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除夜の鐘

2008年12月31日
いよいよ大晦日を迎えた。  
1年の最後の夜を、「除夜」というが、「1年を除く」、「暮れ行く1年を惜しむ」意味だそうだ。
そういえば、中国語で、正月の前日を「除夕」というが、こういう意味だったのだ。
この夜は年が改まるまで眠らない習慣があり、早く眠ると歳をとるのだともいわれる。

今年の除夜は、眠らずに新年を迎えてみようか・・・。
除夜の鐘を撞いてから、先日、張り紙をみた神社で初詣。 お神酒とお汁粉をいただく。
お神酒とお汁粉の誕生祝もまた格別で、いいかもしれない。 
実は、私の誕生日は、1月1日。 「生日 快楽!」(Happy Birthday!)
眠ろうが、起きていようが、元旦には、私は1歳加齢することになる。 

今月半ば、グループ展の打上げ兼忘年会があり、ランチの後に1軒の珈琲店に行った。 
この店の窓から、道路沿いにトタン板の高い塀が続くのがみえる。
あの塀の中は何があるのかと Fさんに訊かれた。中にはお寺の池があり、以前は塀はなく
自由に出入りできたこと、絵を習い始めた頃にスケッチにきたこともあったことなどを話した。 

どんな池なのか見てみたいということで、Fさんたちと数人で、お寺に行って訊ねた。
今は資材置き場になっているそうだが、「入れません!」という高飛車な物言いはともかく、
変わり果てた池畔を想像してがっかりした。
冬の水 一枝の影も 欺かず」という草田男の句を思い出させる味のある池だった・・・。 

           冬の池 click! 
                    
「・・除夜の鐘をみなさまとご一緒につく 除夜会を本年十二月三十一日に修行致します・・」
総門の脇に除夜の鐘のお知らせがあった。 これだけでも、来た甲斐があったというもの。
まだ子どもたちが小さい頃、この寺に除夜の鐘を撞きに来たことがあったが、
環状八号線建設による墓地移転で、いつの間にか鐘楼も取り壊されてしまったらしい。
たまに近くを通ることがあっても、この寺にも池にも、ほとんど関心がなかったため、
鐘撞きが再開されたことも知らないでいた。 

ところで、「除夜の鐘」を調べてみると、
その起源は中国の宋の時代で、日本には鎌倉時代に伝来したといわれる。
108回の鐘は人間のもつ煩悩を撞き砕き、清らかな身体で新年を迎えるためとされるが、
どちらかというと、道教の考え方に近いとのこと。

108の意味には、諸説あるが、主なものは
*現在・過去・未来の世界で起こる煩悩と六識を合わせると     3×6×6=108
*嫉妬や悔み、怒りなどの「十纏」に煩悩の「九十八」を加えるると  10+98=108
*1年間、四苦八苦するので                       4×9+8×9=108
*1年は12ヶ月・24節季・72候                    12+24+72=108

話は中国の鐘に飛ぶが、6年前、中国語学習会の同学Sさんと、短期留学先の江蘇省常州から
北京に寄ったことがあった。元旦の夜に北京に着き、翌2日の朝、鐘楼へ向かった。

             鐘楼と入場券

鼓楼と向かい合っている鐘楼は、日本の鐘楼とは違い、レンガ造りの高い建物だった。 
下で入場料を払って、暗くて急な階段を上る。
火の見櫓の機能も兼ねていたのだろうか、見晴らしがよく、眼下に雪を冠った四合院や、
遠く紫禁城までも見ることができた。 
鐘楼の上から、胡同をスケッチしたいという願いがついに叶ったのだった。 

この鐘楼は明の永楽年間に創建、清代に再建された、高さ48mのレンガ造りの建物。
鐘は永楽帝により鋳造された3つの鐘「永楽大鐘」のうちの一つ、「古鐘の王」といわれ、
現存する中国最大のものだということを後で知った。(鐘本体の高さは5.5m、重さは63t)

絵を描かないSさんに待ってもらっていたこともあり、いささか、気が急いではいたが、
鐘に背を向けてスケッチをしていたので、彼女の写真を撮ったときにしか、
鐘を見なかったような気がする。 
今になって思えば、もっと見ておけばよかったと悔やまれるが、
あのときは、よほど、四合院の雪景色に魅せられていたのだろう。
つれづれ | Comments(0)

猫たちのこの1年

2008年12月30日
2008年、子年(ネズミ)は行く。 来年は丑年(ウシ)。 
十二支の逸話の中の猫が、ネズミの嘘を信じたために、
いくら待っても、猫年は来ない。

わが庭の2008年を振り返ってみると・・・      
                    木上で

                    1月 ケシ クク 生後2ヶ月 
                    5月 アミ  トラ クロ ナム生れる  
                    6月 ケシ クク 手術
                    7月 クロ ナム 養女となる  チビ 手術
                   10月 チビ 姿消す
                   11月 ターノ ラスカル 夕食に参加
                   12月 チャトランを含めて 総勢7匹の夕食 

2008年、アミトラにとっては、幸せな1年だったろう。
庭があり、家があり、兄ケシと姉ククがいて、いとこのラスカルターノがいる。
今年の秋、母親チビがいなくなったが、チャトランがいつも見守ってくれていた。
                        
このほか、12月には、ケシの毛が全身波打つという出来事があった。(「梅花スタンプ」)

猫に詳しい絵のY先生によると、「猫は子どもが嫌いなのに、逃げるに逃げられず、
限界まで我慢したので、全身の毛が波打った」とのことだ。
子どもが庭に入って来たとき、一宿一飯(どころでないのだが)の恩がある我々が
傍にいたので、ケシにとっては、その場を逃れることが出来なかったのだという。  
なるほど、そういわれると、子どもたちが帰って、しばらくすると、いつもの姿に戻っていた。
おっとりとした彼にも、そのようなデリケートな面もあったのかと、少々、驚いたことだった。

2008年の記念「幸せな日々」・・・
              梯子の上でも
                 梅の木から2階ベランダにかかる梯子の上で 
    
    石に

お名残惜しい2008年・・・        
    猫じゃらし紐と

アミが大好きな樹、かって父が大切にしていた紅梅の樹は、紅い小さな蕾をつけ始めた。 
動物など | Comments(0)

歳末雑感

2008年12月29日
22日から毎晩、11時過ぎに拍子木の音が聞こえて来る。 音はすぐに小さくなっていくが、
我が家の少し先でUターンするらしく、音は再び大きくなり、まもなく消えていく。
昼夜を問わず、街には音が氾濫しており、住宅街でも粗大ゴミや古紙の回収車などが
スピーカーを鳴らしっ放しで回ってきたりする。 
だが、この時期、夜のしじまを破って聞こえてくる拍子木のカチカチという音や、
除夜の鐘の音などは、季節を感じさせる貴重な音といえるのではなかろうか。

久しぶりに歳時記を開いてみた。 街角に 触れて消えたる 夜番かな  波郷

町の掲示板に「子供ナイトパトロール」の張り紙があった。
「みんなで 『火の用心!!』 やってみませんか。 拍子木をカチカチたたいてもらうよ。
45分かけてみんなの住んでいる町を夜警回りします。 新しい発見があるかも!?」
一昨日の晩、8時前に町会会館に集合、夜回り後、9時に解散というものだったが、
この晩、この時間には拍子木の音は聞こえてこなかった。
子どもたちが集まらなかったのだろうか・・・。

また、その張り紙の隣には、近くの神社の「元旦初詣」のお誘いがあった。 
0時から1時までの間、先着700名に「お神酒とおしるこ」が振舞われるというものだ。 
先日、ひょんなことから、近くの寺でも除夜の鐘を撞かせてもらえることがわかったので、
お寺に参拝後、この神社に廻って初詣というコースも悪くないと思った。
勿論、寒さと眠気に打ち勝ったとしてのことだが。

先日、一日預かった孫りんりんを連れて、近くのスーパーへ行った。
11時から「鮪の解体・販売」があるというので、鮮魚売場に設けられた台の前に陣取った。
準備しながら、「メキシコから飛行機に乗って来た鮪だよ」と教えてくれたお兄さんが、
続々と集まる人達を前に解体を始めた。 

        生マグロの解体

「頭 2000円!」「いいカマだよ 3000円!」と威勢のいい声をかけながら捌いていく。 
客が「これ頂戴!」 「私は中トロ!」と次から次へと、サクになった鮪を指差す。
店員が鮪を入れたトレーに蓋をして、1000円と書かれたシールを貼っていく。
りんりんも負けずに「中トロくださ~い」と叫ぶ。 「あいよ!」とお兄さん。
まるで流れ作業のように、先着30名という解体ショーは、あっという間に終わった。
この夜、「大間の鮪」ならぬメキシコの中トロと赤身の刺身が、我が家の食卓に上った。
          
スーパーからの帰り道、いつものメタセコイアのところを通った。
杉の仲間で、冬になっても葉を落とさないが、梢の隙間に見える空が多くなってきた。
この樹は冬の空がよく似合う樹だ。
 
       メタセコイア 

今まで、家と駅との間は素直に往復するだけで、寄り道や回り道をすることが少なかったし、
途中、見かける樹木や草花には目がいったが、町の掲示板などには関心がなかった。
このところ、徒歩20分くらいの図書館や孫の家にも、極力歩いて行くようにしたお陰で、
カメラ持参の路上観察の面白さもわかるようになってきた。   

「知らない街を歩いてみたい」というのは、勿論だが、知っているはずの町にも、
新しい発見があり、それが旅の醍醐味にも通ずる楽しみだ。 
旅は、さだまさしのいう「未知との遭遇」なのだから。 (「美しき日本の面影」)
つれづれ | Comments(0)

大根の季節

2008年12月28日
先日の「餅つき大会」の日、家に戻ってから、神社にあったご神木のことが気になりだした。
あの大きな木は楠だろうか、樫の木だろうか、それとも・・・。
翌日は孫たちの誕生会、りんりんの家に行くのに、少し遠回りをして、神社へ寄ってみた。
境内は前日とは打って変わって人っ子一人いなかった。 (「餅つき大会へ」)
ご神木のそばにいってみると、「タブノキ」と書かれた札が下がっていた。 
タブの木は、椨という漢字を書き、楠科で、犬楠という別名を持つ。 
黄色い花が咲き、黒い実がなるというが、まだ、みたことはない。 樹皮は線香の材料にもなるとか。

              タブの木

この神社の近くの掲示板に、町内夜警(夜回り)の張り紙があった。
26日から30日までとあるので、この町内でもすでに始まっていることだろう。

        募集の張り紙

わが町会では、「夜回り募集」の張り紙はみたことはない。 募集しなくとも集まるのだろう。
毎年、「火~の用~心!」の声と拍子木の「カチ! カチ!」が聞こえてくる。 
今年は、すでに22日から始まったようだ。 この晩、11時過ぎに拍子木の音がしたので、
2階の窓からみると、雨の上った道を通り過ぎて行く4人の姿がみえた。 ご苦労さまです。
 
「拍子木」は、日本では、歌舞伎や相撲、紙芝居など様々な用途に用いられてきたという。
そもそも、主に樫の木などの堅い木で作られる「拍子をとって」音を出す道具だったのだ。 
大根など野菜を「拍子切り」にするなどというが、そういえば、拍子木の形に似ている。

大根といえば、先日の誕生会の日、畑でりんりんが抜いた大根を思い出した。
その晩は、生で、翌日は「ふろふき大根」にしていただいたが、とても美味しかった。

実は、彼と図書館へ本を返しに行く途中、区民農園の横を通りかかったのだが、
小松菜を収穫していたお兄さんに、「みせてくださ~い」と声をかけて、農園に入った。
「これが人参、これは青梗菜・・・」と農園内を見て回っていると、
突然、「大根、持って行く?」と、お兄さん。 万歳! 
お兄さんは、りんりんの抜いた大根の泥を丁寧に洗い落とし、新聞紙に包んでくれた。 
お礼を言って、大根を持って図書館へ行くことになったが、足取りは軽かった。 

       よいしょっ

図書館から戻り、取りたての新鮮な大根をりんりんと2人で描いた。 
私が線を描き、彼が大根の青頚部分と葉を、色鉛筆で塗ったのだ。
彼の「新幹線形メジャー」で測った結果、大根の長さは28cm、葉まで入れて48cmだった。

        見つめられる大根
           シャツも色鉛筆も(メジャーも)新幹線づくし
身近な人びと | Comments(0)

自然教育園

2008年12月27日
初夏に、自然教育園の「路傍植物園」でみた「山帰来」(サルトリイバラ)の青い実が、
紅くなっているのではないかと、ずっと気になっていた。 (「さるとりいばら」)
なかなか、行く機会がなかったのだが、10数年前にスケッチした水辺のノイバラを、
再び描こうと思い立ち、25日、クリスマスの日にスケッチの用意をして出かけた。 
        
          森のなりたち click! 

         さるとりいばらの葉
行きは紅い実を探して歩いたので、気づかなかったが、山帰来は、葉が残っているだけ。 
たまにすれ違う人もいたが、木漏れ陽と小鳥の囀りの中、落葉を踏み締めて歩いていると、
どこか森の奥にいるような錯覚を覚えた。
           
            椿の咲く小径

道の途中にトラックが停まっていた。 見あげると、高い松の樹の上方に人がいた。
腰にロープをつけて剪定をしているところだった。 ロープの長さは30mだとか。

目指すは水生植物園のノイバラ。 あった!  
小さな紅い実をつけた枝を水の中まで垂らしているノイバラは、10数年前と同じだった。 
澄んだ水面に映る空、紅い実や枝、底に沈んだクヌギのような葉、そのすべてを
描けたら、と思った。

       のいばらと水生植物園

園内のところどころに質問を書いた板が立っていた。 6つの設問の中の一つに、
「クマザサの名前のいわれを、葉のようすから考えてみてください」というのがあった。
熊笹を眺めてみたものの、答えがわからないまま、園を出た。
「クマザサは、冬になると葉のへりが白く枯れ、残った緑の部分との対照が美しく見えます。
へりが枯れるようすを くまどる といい、そのためクマザサとよばれたのです」

帰りの電車で、栞にあった答えをみた。 「隈取」は日本画でもよく使われる語だった・・・。 

今度は大きめのスケッチブックを持って行って、あらためてノイバラをスケッチしたいと
思ったことだった。
旅・散策・イベント | Comments(0)

師走の風景

2008年12月26日
図書館へ行く途中で、みつけた冬支度の光景。 

<柿>  2階の軒先に            
             干柿           

<大根> 窓に
        大根
        
<豆>  乾物屋の店先 丹波の黒豆は予約

        豆

ここ数年、おせち料理は作らないが、それでもほぼ毎年、黒豆だけは煮ることにしている。
普段、ブランドには全く拘らないが、黒豆に限り北海道産よりはるかに高価な「丹波産」を
乾物屋で買ってくる。
30日の晩に豆を洗って、一晩、水に浸しておき、翌朝、砂糖少な目で圧力鍋で炊くのだが、
豆本来の味がして美味しい。 
ごんさんの実家や親戚、ご近所にも評判よく、たくさん作って配ったこともあった。

数年前、それまで使っていた大きな圧力鍋の蓋が壊れたことと、
娘も息子も大して好きではないことや、お正月はそれぞれ、連合いの実家へ帰るので、
最近は、張り切って沢山作ることもなくなった。
ちなみに、孫りんりんは、豆は大の苦手で、孫娘ゆうゆうは、豆が大好き。 

      くちなしの実 click!
        金団つくりに欠かせない クチナシの実

クリスマスの日の朝、スーパーの店先に、「輪飾り」がいろいろと並んでいるのをみた。
同じ日、車内から、神社の鳥居にかかった幕に「j初詣」の文字がみえ、
その手前には「お飾り売りの仮設小屋」が建ち始めていた。 

勿論、まだ、街ではクリスマスケーキや、ツリーなどのデコレーションもみかけたが、
クリスマスを境に、お正月を迎える歳末ムードになって行くのだろう。        
つれづれ | Comments(0)

2人の楊先生

2008年12月25日
最近、頚や肩、腰が痛くなると、近くの「接骨院」に行くようになった。(「リフレッシュ タイム」)
さらに、図書館へ行く途中の整形外科で、ビタミンB12を処方してもらって、リハビリ部門の
お世話になることにした。 ふらっと立ち寄って、ほとんど待たずに10分間のマッサージ。
しばらくの間だが楽になり、しかも、コーヒー1杯より安いのが魅力的。
私の頚のヘルニアや腰痛などの古傷は、治るどころか、老化の一途を辿っていくのだから、
これからも、鍼灸やリハビリとの付き合いはずっとつづくことになるだろう。

生れて半年も経たないうちから、西洋医学のお世話にもなっている私だが、
やはり、中国医学や気功、整体などが私の身体には合っていると思っている。
私の整体、気功などの遍歴は、病院のそれに負けず劣らず長く、数え切れないほどだ。 
1回きりというところや、ぎっくり腰が治ったら行かなくなったという整体院などもあるが、
この何年かは、中国医学専門の付属診療所に通っていた。
この診療所では、いつも北京生まれの楊先生にお願いしていたが、
今年春、先生は診療所を定年退職して、独立されたこともあり、足が遠のいてしまった。

楊先生との会話はほぼ日本語だが、先生がお茶会に参加されるというので、
茶道の作法本をお貸ししたり、ずっと北京に行かれていない先生に、私が北京で買った
北京の街に関する本をお貸ししたこともあった。  

日本に留学されたご両親(父:東大社会学、母:中大法科)のことも、折に触れて伺った。
戦争勃発で急遽帰国された両親の大変なその後の境遇・・・。
先生が小学生の頃、父上は亡くなり、90歳過ぎの母上は今、日本で姉と暮しておられる。
日本で仕事を始められた先生が、母のために亡父の東大卒業証書の発行を要請したが、
結局、断られたと悲しそうに話されたこともあった。

さらに、今までだれにも話したことがないがと、文革(文化大革命)の辛い体験などを
話して下さったことも印象に残っている。 
日本で暮らす中国人は、文革の辛い体験を日本人に話したがらないものだが・・・。

また、気功の先生も北京生れ。 鍼灸も気功の先生も女性で、どちらも偶然、楊先生。
はじめは、日暮里までしばらく通ったが、まもなく、渋谷のカルチャーセンターで
気功教室を開かれたので、そちらに移った。しかし、父の入院などで中断したままだ。 
私の紹介でこの気功教室に入った友人のMさんは、そろそろ3年が経ち、
このごろ、身体の調子がとてもよくなったことを実感しているとおっしゃる。

2人の楊先生のことを書いていたら、北京の秋と冬の旅を想い出した。 
たった2回、それも合わせて1週間しかいなかった北京が、何故、こう懐かしくなるのだろう。
私の前世は北京人?かと思うほどだ。     

 本棚の北京コーナー click!

私の机の右側の本棚はほとんど中国関係の本で、まず、眼に入るのは「北京・・」の文字。
奥に北京の鐘楼から撮った冬の北京の写真、手前に、故宮(紫禁城)で撮った写真、
「紫禁城の写真展」と映画「胡同の理髪師」のチケット。
本は、今年4月から7月、世田谷区の市民大学講座、倉沢進先生の「北京の歴史と空間」を
受講中に購入したものが多い。 この時期は、再び「北京迷」になっていた。

そういえば、中国語の沈老師は上海人だったが、 (「再見!」)
来年1月から教えて下さる黄老師は北京の方だ。 
どんな北京のお話をして下さるのだろうか、とても楽しみだ。
中国・中国の旅 | Comments(0)

想い出の犬たち

2008年12月24日
みんみんの庭は、数年前まで、犬のいる庭だった。 
はじめのうちは、迷い込んできたので飼うことにした、雑種の犬たちが多かったが、
数十年前のある日、私が一目ぼれして、小遣いをはたいた、血統書付の柴犬がやって来た。
「チビ」と名づけたその犬は、15年もの間、番犬の務めを全うした。 (「猫のいない庭」)

         チビと表彰状
            15歳のチビ 飼い主が表彰された

1月生れのチビは、16歳の誕生日を前にした12月、老衰で死んだ。
15歳になってガクッと体力が落ち、秋ごろから立っているのがやっとになっていた。
とうとう、最後には自力で体温調節が出来なくなり、直ちに入院させたが、
翌日、その動物病院から電話がかかってきた。
「このままだと、眼も見えなくなり、動けなくなって、植物状態のようになることが確実で、
世話していくことは難しいのではないか」と、安楽死を勧める電話だった。

あのころは、勿論、携帯電話もなく、子機もついていない電話が1台、茶の間にあった。
母が電話を受け、「皆で相談します」と電話を切ってから、泣きながら話し合ったが、
なかなか結論は出なかった。 
2時間ほど経って、「先生のおっしゃるように、安楽死を選ぶしかない・・・」という結論に
達したとき、電話が鳴った。 
「今、チビは静かに息を引き取りました」との先生の言葉に、涙がどっと溢れた。 
身勝手な人間たちの気持ちを察してくれたのだろうか、最後まで健気な犬だった・・・。

チビが死んだのは12月20日だった。
特に覚えていたわけではないが、チビを偲んで描いた白椿のスケッチの隅に、「12.20 チビ没」と、 
そして、「不死・不滅・復活・回生」ともメモしてあった。
これはスケッチにしては珍しく、意図的な構図で、白地蝶文金襴裂の上に萩焼の片口を置き、
その中に水を入れて白椿を浮かべたものだった。 
蝶は「死や霊」をイメージすることもあるというが、そのことを意識して描いていたようだ。
ちなみに、ギリシャなどでは「蝶」を「不死や復活」、
日本では、「死霊の化身」、「仏様の使い」を象徴とさせることがあるらしい。

チビが逝ってから、もう、犬は飼うまいと皆が思っていたが、
それから2年ほど経ったとき、父が何を思ったのか、犬を飼おうと言い出した。 
そこで、私の友人で、恐らく、一番の動物好きと思われるHさんに話してみると、
彼女の犬たちがお世話になっている動物病院に張り紙があったという。
そこの獣医さんが、ちょうどクリスマスパーティの最中に呼び出され、出産に立ち会ったのだが、
そのとき生れた子犬が5匹いるということだった。

クリスマスイブ生まれのシェルティ(シェトランド シープドッグ)、おっとりした長男の犬が、
我が家に来たのは2月半ばを過ぎた寒い日だった。 
Hさんのアドバイスもあり、長男(最初の子)にはアルファベットの「A」から始まる名が
いいのだということで、悩んだ挙句、ALBERT(アルバート)、「アル」と言う名前をつけた。
              
            箒とアル
この犬がやって来たのは、絵を習い始めて2年経った頃で、スケッチやクロッキーと、
とにかく、よく、この犬を描いた。 スケッチはほとんど寝ている姿だったが。
アルは、旧宅と離れがあった時代も、新居が建って狭くなった庭の時代も経験した。
シェルティにしては長生きの方だとはいうが、9月、9歳を前に癌で逝ってしまった。

逝った犬、生れた犬、毎年、12月の半ばを過ぎると、健気でかわいかった犬たち、
そして、彼らが庭にいて楽しかった日々を、想い出すことが多い。
ともかく、彼らのの想い出は限りなくあるが、それは追々、書くことにしよう。
動物など | Comments(0)

季節はずれの花々

2008年12月23日
旬の食べ物とか野菜や果物の旬が、だんだんハッキリしなくなってきた。 
ほしいときに、ほしいものを手に入れたいという、人間の果てしない欲求がなせる業か?
今では、真冬に苺を食べることも、桃の節句に桃の花を飾ることも、当たり前になった。
温室栽培一つとっても、確かに便利にはなったが、地球環境に悪い影響を与えそうだし、
季節感を薄れさせることにもなるわけで、
美しい四季によって育くまれてきた日本人の優れた感受性も失われていくような気もする。

最近、道端でみつけた夏の花たち・・・朝顔・待宵草・紫露草 
         朝顔 
               黄葉の下で咲いた朝顔

この朝顔は西洋朝顔の一種なのかと思って調べてみたら、ノアサガオという多年生の
野生種らしく、沖縄などでは低地の森林や藪にごく普通に生育しているという。

         待宵草
               ネコジャラシの中の待宵草
                     
「待宵草」は夏に咲くと思っていたが、今、空地にネコジャラシとともに咲いている。
調べてみると、「花期5~8月、夕方から午前中まで咲く一夜花で、
日当たりのよい乾燥した場所に生える」
とある。
確かに、日当たりのよい乾燥した空地に生えて咲いているが、今は、12月半ば。

この待宵草は、有名な竹久夢二の「宵待草」の歌詞に出てくる花だと言われている。
「まてどくらせど こぬひとを 宵待草の やるせなさ こよひは月も 出ぬさうな」
この歌は、とても冬の歌とは思えない。 ちなみに、花言葉は「浴後の美人」だそうだ。
         
夏、この花に似た「大待宵草」やピンク色の「琉球月見草」とも呼ばれる「昼咲き月見草」も
よく見かける。
なお、「大待宵草」を「月見草」ということもあるが、本来の「月見草」は白い清楚な花だ。

そして「紫露草」

         紫露草

私がみた「季節はずれの花たち」は、単なる返り咲きの花々なのかもしれない。 
返り咲きは、二度咲き、狂い咲きともいわれ、昔からみられる現象で、冬の季語にもなっている。
とはいえ、寒空に咲く、夏の花たちをみる度に、自然や四季が失われることのないように、
そして、四季の移ろいを美しいと感じる日本人の心が薄れないようにと、願わずにはおれない。
植物など | Comments(0)

カレンダーづくり

2008年12月22日
昨日、孫たちの合同誕生会が終わったが、今年も余すところあと10日。
29日にりんりんはパパの実家、札幌に、30日にはゆうゆうがママの実家、岩手に帰省する。
りんりんには、12月末から正月生れの友達4人での合同誕生会があったり、
そのあと、札幌での2度目の誕生会が待っているとのこと。
彼らには、誕生日やクリスマスのある時期は、「冬のゴールデンウィーク」のようなものだ。

毎年、私のこの週は、自分の年賀状そっちのけで、明年版卓上カレンダーつくりとなる。
りんりんが1歳になった時から始まって、今年で、4回目になる楽しい作業だ。
2人の孫たちのこの1年間のアルバムの中から、各月の1枚を選ぶ作業から始まる。
写真の候補が集まってからなので、各家族が顔合わせする合同の誕生会には間に合わず、
心待ちにして下さっている岩手のゆうゆうのママの実家には、年末に郵送することになる。
   
          手づくりカレンダー
             手前は2006年版、 後方 2008年版表紙と1月の頁

カレンダーといえば、年末には、手帳とともに店頭に多種多様のカレンダーが並ぶが、
2月頃になると、売れ残った賞味期限切れ?のカレンダーは半額など、格安になる。 
今年、本屋のレジにあった500円になった面白いカレンダー(定価2100円)を買った。
12枚のボール紙に、100円と500円のコインの大きさの穴が明けられていて、
毎日、その穴にコインをはめ込めば、12月末にちょうど10万円が貯まっているというものだ。
     
          あと一息!12.17          
 
何ごとも長続きがしない私だが、ごんさんにお願いしたことが、よかったようで、
着々とコインが貯まってきて、10万円まで、あと一息のところまで来た。
そうなってみると、不思議なもので、使うのが惜しくなってきた。 
まずは、来年版の同じものをみつけてから、
このカレンダーのお金をどうするかを考えようとも思っているのだが・・・。
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餅つき大会へ

2008年12月21日
昨日、家から歩いて15分くらいの神社へ出かけたのだが、実は、 
数日前の図書館からの帰り道、掲示板の「鏡餅の上のウシ」のポスターに目がとまり、
よく見ると、町会主催の「もちつき大会」のお知らせだった。 
ちょうど、我が家と孫りんりんの家の中間に位置する神社だったので、彼を誘ってみたら、大喜び。
どちらの家も、ここの町会ではないが、見るだけでも面白そうだから行こうということにした。
11時、神社で落ち合うことになり、ごんさんも行くことになった。

       イイギリの実12.12

途中、イイギリの樹の前を通ると、枝には実は1つもなく、5,6房が地面に落ちていた。
たしか数日前、ここを通ったときは、葉をすっかり落として、実の赤だけが目立っていた。
10月には、緑の葉の中に赤い実を見上げるようにして探したのだが。(「ミニトリップ」)     

神社では、近くの中学校の野球部員数人が、臼の中の蒸し上がった餅米をコネていた。  
町会員に限らず、どうぞどうぞ、どなたでも無料ですと「お餅引換券」と蜜柑が配られた。  

「搗く人 大募集」というので、ごんさんに勧めたら、渋々、承諾。 
頭に被るのか、タオルが必要というので、眼の前にあるスーパーに買いに行って戻った頃、
りんりん達が到着した。
       神社でおもちつき

初めて目の前でみる「もちつき」に、じっと見入っていたりんりんが、「ぼくもやりたい!」。
これを聞いた町会の役員さんが、「あとで、やらしてあげるから、待っていてね」と、
約束してくれた。 
ごんさんの搗く番が回ってきた。
やや、へっぴり腰。 「杵を回さないで」と注意されたが、歳の割には上出来だったようだ?!

「黄粉、小豆、辛み」餅を3皿、「黄粉のみ」1皿に引き換え、見物席にすわり、4人で頂いた
お餅の美味しかったこと。 こうして、搗きたてのお餅を頂いたのはみんな初めてだった。
お昼近く、約束を忘れないでいてくれた役員さんに小さい杵をもらって、
りんりんごんさんの介添えで、搗くことができて大満足の様子だった。

お餅のランチ後、歩いて大型?スーパーの玩具売り場へ直行した。
りんりんに買ったのは、結局、約束の「地下鉄の地下駅」(4000円未満)ではなく、
「カー トレインセット」(7000円)となってしまった。 

       すっかり葉を落とした白雲木

彼らと別れて、今日の誕生会までお預けの、大きな箱を抱えて帰った。
家の近くで、すっかり葉を落としたミズキの向うに、まだ、黄色い銀杏の木が眼に入った。
あと、数日もすると、この銀杏も最後の葉を落としていることだろう。

今日は冬至。 いよいよこれからは、冬の木の出番となる。 
木ヘンに冬と書いてヒイラギ(柊)。
ついでに、木へんに春と書いてツバキ(椿)、夏と書いてエノキ(榎)。
秋と書いてヒサゲまたはキササゲ(楸)。 
この木は、葉は桐の葉に似て、花は漏斗状、実はササゲに似て細長いとある。

           きささげを 見て眠くなり 旅疲れ   虚子
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冬至とクリスマス

2008年12月20日
明日は24節気の一つ「冬至」。 旧暦では、冬至が暦計算上の起点となっている。
この日、太陽が南回帰線上にあるため、北半球では昼が最も短く、夜が最も長くなる。 
冬至を太陽が生まれ変る日と考えて、古くから世界中で祝祭が盛大に行われていたという。

わが国でもこの日は、「柚子湯」に入って邪気を払い、風邪をひかないようにと、
「小豆粥」や「南瓜」を食べるという習慣がある。
また、「ん」のつく食品を7種類食べると「運」がつくという言い伝えもあるそうだ。
「ん」のつく食品は、なんきん(南瓜)、にんじん、だいこん、れんこん、みかん、きんかん、
ぽんかん、そして、こんにゃく、昆布などだ。 特に「うどん」(うんどん)は縁起ものだとか。    
           かぼちゃ click!
中国の北方では「餃子」、南方では「湯圓」を食べる習慣があるという。
湯圓というのは、ゆでた餡入りの団子が、ゆで汁のスープの中に入っていて、
黒ゴマの餡が一般的だそうだが、勿論、家庭によっていろいろな工夫がされている。
ちなみに「湯」というのは、中国語でスープの意味。

この「湯圓」は、「一家円満」を願って、春節(旧正月)から初めての満月にあたる「元宵節」、
つまり、小正月にいただくものだと思っていたが、
数年前、元宵節でも冬至でもない春の季節に、上海の趙さんのお宅にお邪魔したとき、
この「湯圓」をご馳走になった。 日常、よく作られる点心のようなものなのだろうか。 

たまたま、「100万人のキャンドルナイト」という呼びかけをみつけた。
今年の「冬至の日、夜8時から10時まで、電気を消して、スローな夜を」というものだ。
省エネ、平和、家族など、皆それぞれに思いながら、ろうそくの光で2時間を過ごす。
素晴らしい試みだが、徹底するのはなかなか、難しいに違いない。  
今や、照明は何とかなっても、暖房や空調まで止めるわけにはいかないだろうから・・・。

全国各地で、この「キャンドルナイト」が催されるが、東京だけをみても、
お台場でのキャンドル点灯やお寺でのコンサートや献灯などのほか、
手づくりキャンドルを作ろうという店や文化センターなどもあったり、レストランだけでなく、
ヨガやヒーリングスタジオなどでも、「キャンドルナイトin○○」という催しがあるという。

中国で始まったとされる24節気の冬至だが、日本では、クリスマス前の静かなイベント、
というより、クリスマスといっしょの独特な行事になっていくのかもしれない。 

ちなみに、クリスマスというのは、冬至と無関係ではないようだ。 
クリスマスは、冬至の日に太陽の復活を祝う古代ヨーロッパの祝祭と、
キリストの生誕とが結びついたもので、諸説あったキリストの降臨日が、
その年の冬至の日だった12月25日になったものときいた。
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サンタさん大活躍

2008年12月19日
毎年、サンタさんや沢山のイルミネーションで飾られる家が、我が家の近くにも数軒ある。
先日、そのうちの一軒で、どこかの子どもたちにプレゼントをしての帰りだろうか、 
トナカイならぬ赤いベンツを車庫入れしている白い髯のサンタさんをみかけた。 
    
         この下が車庫            
12月、幼稚園や保育園、様々な施設でも、今や、サンタさんは引っ張りだこのご時勢。
ボランティアなのか、アルバイトなのか、勿論、本職ではないと思うが、
いずれにしても、この時期、活躍するサンタさんの数はとのくらいになるのだろう。
ピザの宅配のお兄さんまで入れると、東京だけでも相当な数になりそうだ。

クリスチャンにとっては宗教行事であるクリスマスも、日本では、熱心な仏教徒をのぞけば、
バレンタインデーやハロウィンと同じような、年に1度のお祭りやイベント、或は
一種の娯楽のようなものになっている気がする。 
クリスマス商戦の中で、パーティだ、プレゼントだと、踊らされていることは、
充分、承知しているつもりなのだか・・・。

ゆうゆうが1歳のときから始まった、 両家合同の「クリスマス&誕生祝」がもうすぐだ。 
ゆうゆうが、22日、りんりんが30日、孫たちは、揃って12月生まれ。
          
娘たちが子どもの頃はともかく、近年の我が家は、クリスマスムードとは縁遠くなり、
昔、一生懸命手づくりしたリースさえもまだ、物置の中に入ったままになっている有様。
今年くらいは、出そうと思ったりもしたが、今からでは、また、すぐ仕舞うわねばならない。

               夜のサンタさんサンタさんの住む家?

先日、幼稚園で、りんりんは、サンタさん宛の手紙に「ほしいもの」を描いた(文字は先生)。  
去年、彼の手紙は「中央線の電車がほしい」と可愛いものだったが、
今年は、「ゴーオンジャーのケイタイとウォーリーの○○?がほしい」と欲張ったそうだ。
さらに、家でもサンタさんに「でんしゃのセットをください」と書いたのだと、娘は呆れていた。

娘の話では、「サンタさんはいない」と思っている園児はいないようだが、
「お祖母さんからの(高価な)プレゼントはほしい」が、「サンタさんのプレゼントは要らない」
という、なんともサメた女の子もいるらしい。
そこへ行くと、りんりんには、まだ、サンタ パワーは有効のようで、娘はとうとう、
「サンタさんはみているのだから、いい子でいないと、プレゼントは・・・・」を使い始めた。 
ただし、この呪文は、今年の12月24日限りで効かなくりそうな気配だ。
                  
彼へのプレゼントは、私たち祖父母からは「地下鉄副都心線と地下駅」、
ゆうゆうのところからは「レゴのコテージセット」と決まった。 
そして、ゆうゆうのところにもプレゼントを用意することになるが、
3歳になる彼女は化粧品セットがほしいとか・・・。 
爪にシールを貼ってマニュキア? 最近の女の子の流行らしいが、どうしたものだろうか・・・。
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ツリー オン パレード

2008年12月18日
11月、デパートや駅ビル、駅前広場などあちこちでクリスマスツリーをみかけるようになった。
12月のはじめ、東急線の自由が丘の駅前広場では、聖歌とともに、幼稚園児たちによる
ツリーの点灯式が行なわれていたようだが、クリスマスが近づくに連れて、
クリスマスライブ、ゴスペルライブ、クリスマスキャロル、コンサートなど、呼び方は違うが、
クリスマスソングの演奏会や、降雪イベントがあったり、サンタクロースがやってきたりと、
多彩なイベントが目白押しだ。 きっと樹の上のメジロもびっくりしていることだろう。

  パン屋さん レストラン  洋品屋
    パン屋で         レストランで          洋品店で

      ホテル前      ホテル 
                      ホテルで

            駅ビル      駅ビル
                         駅ビルで 

    病院    りんりんの家  
          病院で          りんりんの家で  

上の写真はすべて、11月中に、たまたま、出先で見かけたツリーばかり。
主要駅の駅前広場や駅ビルだけでも、必ずといっていいほど飾られているようだ。
毎年、夏休みなどに企画されるJRや東急線などのスタンプラリーのように、
そのうち、「クリスマスツリー」バージョンのスタンプラリーが出現するかもしれない。 
スタンプを集めたら、サンタさんからプレゼントがとか、握手できるとか・・・?!           
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トリオのサンタ  

2008年12月17日
12月のある日の午後、我が家から駅までの道で、出遇った4組のサンタさんたち。
ここのところ、このトリオが流行っているのだろうか、あちこちでみかけるようになった。
こういったサンタさんに、毎年、逢っているのだが、プレゼントはどこにあるのかな、
3人ががりで?とか、ふと、気になってしまう。
     
   まだ 早いかな       気をつけて 
         あとにつづいて       もう少し   

昨晩、遅く帰宅した。
我が家の近くで、1組のサンタさんトリオが働く様子を、やっと眼にすることができた。
単に、灯りが順々に点る仕組みなのだが、サンタさんが一生懸命、梯子を上る姿に、
思わず立ち止まり、微笑んでしまった。 

          出番が来たサンタさん

クリスマスイブまで、一週間。 
夜になると、あちこちで、サンタさんトリオは梯子を上りつづける。 ご苦労様!
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偶々見かけた「アレッ」

2008年12月16日
< 椋鳥の大群 >   
    並んだ 並んだ

< 公園の赤い恐竜 >  
           捕まえた!

田園調布せせらぎ公園に出現した赤い恐竜「Made in China」
アジアを代表する彫刻家、隋建国(中国)の作品とか。

これは2年目を迎えた「多摩川アートラインプロジェクト アートラインウィーク2008」
(11.1~11.9)という「多摩川下流域エリアの鉄道・駅・街を舞台に、市民と企業が取り組む
現代アートによる街づくりの活動」
の参加作品らしい。

< 放置屋台 >
         駐車違反のラーメン屋さん  11.25

区と警察署からの「警告書」が張られた年季の入った屋台。
「この物件の所有者は11月28日までに撤去しなさい。 撤去しない場合は、
道路法及び関係法令により厳しく処罰されます。 平成20年11月14日」 
昼間はこの場所に駐車、夜には駅前でみかけるラーメン屋さんになるのだろうか。
「ラーメン 600円 玉子 ニンニク 650円  スタミナ 700円」 結構いいお値段。

12月になった。

赤い恐竜の尻尾のないのが気になって、尻尾のある写真を撮ろうと行ってみたが、
今はもう、公園入口にはいなかった。 

すでにないかと思った屋台が、まだあるところをみると、廃棄されたものだろうか。

        まさしく駐車違反12.15
近寄ってよくみたら、この間は気がつかなかったチョークの跡があった。 
いたずらでないとすれば、自動車と同じ扱いをされているようだ。
いよいよ、この屋台も強制撤去で姿を消すことになるのかな。
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予防接種

2008年12月15日
近所のクリニックで、延ばしに延ばしていたインフルエンザの予防接種を受けた。

私は大病こそしないで済んでいるが、今までに入院、通院と、お世話になった病院は多い。
東大病院をはじめ国立、都立の病院、私立の大学病院から近くの医院、クリニックまで、
様々な科で、不本意ながら診察券、カルテを作りつづけているので、決して自慢にならない
「病気のデパート」ならぬ「病気のスーパー」を自認している。 

病気になることも、病院に行くことも決して好きではないが、それら数多くの体験から、
診療の流れとか、診療室、待合室、検査室などの配置とかを観察することに、
結構、興味をひかれていることに気づいた。
この何年間か、母や2人の孫に付添って初めての病院へ行ったりもしたが、
建物はどんどん建替えられ、内装も綺麗で明るく、患者の便宜を図る工夫が随所に
みられるようになったというのが実感だ。

      診察カードと予防接種の注意書
この2年間に行った病院と治療院の診察カード。 こんなコレクションは情けないし、 
我ながら呆れるばかりだが・・・。
 
いくら「病気の・・・」とはいえ、風邪を引いたくらいで病院に行ったことはなかったのだが、
1年半前、ゆうゆうの看病疲れで、風邪をこじらせ肺炎になったことがあり、
それ以来、風邪が長引きそうになると、今回、インフルエンザの予防接種をしたクリニックで
漢方薬ブレンドの風邪薬を処方してもらうことにしている。

ここは小さいながらも、胃カメラなどの設備もあり、若い医師は往診、在宅医療にも熱心で、
ホームドクターとしては申し分ない。 
さらに、開院して2年に満たないせいか、それほど混んでいないことも助かる。

先日、このFクリニックの待合室で眼にした張り紙には、「予防接種 1人2800円、
家族 2人で5000円、3人で?」とあった。 予防接種にも家族割引があるとは・・・!
だが、区の補助がある母はすでに済ませていたし(2200円)、ごんさんはこの日に
接種しなかったので、残念ながら、2500円にはならなかった。
他の病院の張り紙も気にしてみているが、区内で2800円以下のところはまだないようだ。

「卒業制作に必要な扇風機」募集の張り紙で知り合ったHさんの最近のメールに、
扇風機の台数も100台まであと少し。 張り紙は雨や北風で飛ばされそうになっていたので
剥がしたということ。 来年1月の卒業制作展までインフルエンザ予防接種もして、
万全の態勢で臨めるようにしたい、とあった。 

彼は予防接種を未だしていないと早とちりした私は、Fクリニックをお勧めしたのだが、
すでに彼は接種済みで、「安いですね。家族に勧めたいので、場所を教えて下さい」
というメールをもらった。 果たして、ご家族は何人かで行かれたのだろうか。
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中国人の苗字

2008年12月14日
このところ、中国人の名前を実の姓で書いているが、司馬や諸葛などの例をのぞけば、
呉さん、張さん、周さんなど1文字の姓の人がとにかく多い。
宋の時代、代表的な姓を、4字1句を詩のようにつづった韻文、「百家姓」が作られたりした。

宋代の「百家姓」は 王 李 張 趙  劉 陳 楊 呉  黄 朱 孫 郭 ・・・   
最近、2年がかりで中国1100の県と市の3億近い人達を対象に調査が行われた結果、
新しい「百家姓」は 李 王 張 劉  陳 楊 黄 趙  周 呉 徐 孫 ・・・ となったとのこと。

中国語の張、李、陳、徐、黄の各老師、気功と鍼灸は共に楊老師、若い友人の王、周さんなど、
私の周りを見回しても、ここに挙げた苗字を持つ知り合いが多い。

東京農大の収穫祭で知り合った呉さん。彼からはいろいろなことを教えてもらった。
彼のお陰で念願の客家の土楼へも行くことも、中国の結婚事情も垣間見ることが出来た。
残念ながら、彼とはほとんど日本語で話してしまうため、中国語の練習にはならないが・・・。

呉さんは、愛息U君が生れた去年から、日本式に年賀状を出すことにしたようだ。 
日本に来て3年の林さん(奥さん)は、先月から舞い込む数枚の欠礼の葉書をみて、
何か特別な葉書だと思ったとのこと。 
年賀状や欠礼葉書などを出す習慣は日本独特のものだと、あらためて感じたところ。

      カード
                  「賀年」カード 春節に

今年も、呉さんに、U君の写真と日本語の文も添えて作った年賀状100枚と一緒に、
かつてりんりんが遊んだ積み木や絵本などを添えて送った。

彼らは、来年の春節ごろに、結婚式以来、はじめて帰国するが、年賀状には
「長男 Uはやっと歩けるようになり 毎日のように 彼はひとりで 私たちに分らない
イタリア語?を話しています。 今年の旧正月頃、Uを連れて故郷に帰ります。
彼にとってはじめての帰省で お爺ちゃんとの初対面の日を楽しみにしています」と。
やはり、心のこもった年賀状はいいものだ。  (「呉さんのこと」)
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リフレッシュ タイム

2008年12月13日
11月末、グループ展が終わり、さて、頼まれた年賀状つくりに着手と思いきや、
その次の週は、孫と孫娘の看病(というより遊び相手)で終始してしまった。 

先日、肩も頚も腰も、そろそろ限界に近づいたと感じたので、近くの整骨院に行った。
前回の診療から、ひと月近く間があいてしまったので、かなり、重症だったようだ。
夏に行き始めたこの整骨院のM先生は、K大学を卒業された後、鍼灸、指圧、整骨などを
学ばれたという、 40代前半の男性。 柔道家のような立派な体格と太い声の持ち主。

私のような、古傷?には、保険は利かないが、その代わりに、丁寧に、時間をかけて、
施術して下さり、腰、肩、頚の痛み、眼や頭の疲れ、そして最近、痛くなった膝に、
鍼灸、電気治療、マッサージと、1時間半はたっぷりかかる。

M先生の最初の一言。
「こんなに疲れをためてはいけませんよ。お金ならどんどん貯めて結構だが・・・」 
そして、帰り際の一言は、「あまり、サボらないで、いらっしゃい。」だった。
悪くなって鍼灸院に駆け込むより、普段、気功などで身体、特に呼吸を整えたりすることが、
大切だとわかっているのだが、どうも私は持久力、持続力がないようだ。

         マッサージ店の広告

上の写真は、ドトールの窓際でコーヒーを飲んでいたときに眼に入った広告。
カウンターの前の硝子に立てかけてあり、嫌でも眼に入る。
「気軽に肩こり解消! クイック マッサージ! 1000円/15分」 
どうやら、足湯をしながら、ドトールコーヒーが飲めますということらしい。 
この鍼灸接骨院は眼と鼻の先にあり、硝子越しに見えていた。

どの街でも鍼灸、接骨院、整体院などたくさん見かける。さぞかし、競争も激しいのだろう。 
日曜祝日も営業し、夜も遅くまで開けていたりするくらいでは駄目なのかもしれない。

いずれにしても、鍼灸院でのリフレッシュタイムは、私にとって不可欠な時間である。
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梅花スタンプ

2008年12月12日
ある朝、工事現場に足跡を発見。

           犯人は?  

この何日か後、今度はかなり広く、コンクリートが塗られた。
夜、食事がすむと、まず、トラアミがこの現場近くまでやって来たが、
ククが、塗りたてのコンクリートに最初に足を踏み入れたところを目撃した。

         ククの足跡か

翌朝、何箇所にも「梅花スタンプ」が押されたコンクリートはほとんど固まっていた。
コンクリートには猫をひきつける何かがあるらしいといわれているそうで、
コンクリートを扱う現場では、必ずといっていいほど猫の足跡がつき、職人泣かせだという。

      ケシ

朝、ケシがあられもない姿になって、砂利に身体をこすり付けていた。

       keshike.jpg

昼過ぎに、近くの小学生の姉弟とお母さんが来て、猫たちと遊んでくれた。
ケシをみると、まるでシャンプー直後のように、頭頂部から尻尾まで縦に毛が波打って、
ブラシングしても治らない。 
1時間もすると、いつものケシに戻っていたが、
朝、こすりつけていた、砂利に何か原因があるのだろうか・・・。
動物など | Comments(0)

葉を落とした樹々

2008年12月11日
葉を落としたケヤキ 我が家の2階から
遠くにビルがみえるわずかに色づく   
   12.11                     11.23

落葉した銀杏。 まさしく「千手観音」のようだ。(「尽きない名残」)

       2本だったとは・・・  
          12.10   
                                銀杏の路
 銀杏 散りやまず  秋風 紅葉 舞いやまず  
              我が思ひ あふれてやまず   銀杏 散りやまず


銀杏が散るのをみて、さだまさしの「銀杏散りやまず」の最後のフレーズを思い出した。
この歌は、戦場で散った、父の戦友でもある義理の兄を、父の立場から歌ったといわれる。

ちなみに、銀杏は中国から日本へ伝わったといわれ、葉の形から、中国語の鴨脚(yajiao)が
訛ったとされる説がある。 なお、雄株の葉はズボンのように割れ目があり、雌株の葉は
スカートのようだという説があるが、これはまだ、はっきりしていないようだ。
植物など | Comments(0)

再見! 

2008年12月10日
今朝、上海で闘病中の中国語の沈老師が亡くなられたという、悲しい知らせが入った。
昨日、老師が危篤とのことで、上海へ急行された奥様と中学3年生の息子さんが、
老師のご臨終に間に合われたことが、せめてもの救いだったが・・・。
あんなにお元気だった老師が、また、あんなに可愛がっておられた息子さんを残して
逝ってしまわれるなんて・・・。 悔しくて、悲しくて言葉もない。 

昨日、成田を発つ前の奥様から電話をもらったF同学に、老師の苦しまれるご様子を
きいたせいか、昨日は、よく眠れなかった。 何度も目が覚めたが、変な夢を見ていた。
普段は、夢をみても、目覚めると忘れるものだが、今回は、はっきりと覚えている。
夢に沈老師は出て来られなかったものの、何か、やはり、関連があるような気がする。

思えば、去年の暮に、老師がたくさんの美味しい料理を披露して下さったあの忘年会から
1年が経とうとしている。 
その後、、老師が上海へ戻られ、同学全員の感謝の気持ちをこめた「アルバム」をつくったが、
それが息子さんの手で老師に渡り、見て頂けてほんとうによかったと、F同学と何度も話した。            (「想い出すこと」「アルバムづくり」)

  講座の案内板
                   中からお花見が出来る部屋

来年、高校受験の息子さんは、現在、日本への帰化手続き中だが、
なかなかスムーズに行かないようだ。
今後のことを考えると、いろいろと大変だと思うが、なんとか、乗り越えていってほしいと、
同学みなが望んでいる。

沈老師、半年もの間、ずっと我慢されていたお酒と煙草、思う存分、堪能して下さい。
そして、日本のことも、私たちのことも忘れないで下さいね。
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さるとりいばら

2008年12月09日
   サルトリイバラ   ユリ科  シオデ(スミラックス)属
              学名   Smilax.china            
              別名   サンキライ マンジュウシバ
       
               さるとりいばらの実

サルトリイバラの名前の由来は、棘のある茎に猿が追い込まれ捕まるというところから。
花屋さんでは、サンキライという名のオーナメントとして店頭に出るのだが、
毎年、つい、買ってしまうため、家の中には、いくつもの色褪せた山帰来が下っている。 
関西以西では、がめの葉と呼び、この葉で餅や団子を包む習慣があるらしいが、
「がめの葉餅」という名の柏餅に似た和菓子を渋谷で買ったことがある。 

毎年初夏に、翡翠のような実をつける山帰来も魅力的で、東京目黒の自然教育園にもある。
ここは、都会にある自然の公園というより、森の中に入るような感じがして大好きなところだ。
ここの山帰来は低いところにあるので、1度スケッチブック持って行こうと思いながら、
何年も機会を逃している。 

10年以上前、伊豆大島にスケッチに行き、高い木に巻きついた蔓についた赤い実をみつけ、
それがあの山帰来だと分ったときの感激は今でも忘れられない。
トゲに刺されながら、Yさんと持ちきれないほどたくさん採ってバスに乗ったとき、
運転手さんに東京に売りにでも行くのかと笑われてしまった。 
我が家にある山帰来は、大島、神津島などから来たのだと、このとき初めて知った。

1986年の三原山大噴火の10年後、警戒区域全面解除、内輪遊歩道が開通し、
三原山の登山ハイキングが出来るようになった2週間後のスケッチ旅行だった。

持ち帰った葉つきの山帰来をスケッチした後、何年も玄関に飾っていたが、
あまりにも茶色く色褪せてしまったので、とうとう、鳥たちが啄ばむかもしれないと
わずかな期待をしながら、庭の木にぶら下げたのだが・・・。 

大島の山帰来のスケッチをもとに、描き始めた本画はどういうわけか中断していた。
去年になって、赤い実と葉がわずかに見える程度に、白っぽい色をかけてバックをつくり、
あらためて静物画として仕上げた。 

        「山帰来」6号 click!

眺めていると、手を加えたくなる箇所が出てくるが、額にいれて、しばらく飾っておこうと思う。 
前に自分が描いた絵に納得がいかなくても、その時の気持ちをこめた精一杯のものだから、
そのままにしておくこと。 どうしてもというなら、新たに描くようにと、Y先生はよく言われる。 
今まで1回だけ、同じものを描いたことがあったが、結局は、最初の画の方がよかった。
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池ができた

2008年12月08日
いつだったか、一晩中、雨が降ったときがあった。 
一夜にして、工事現場にはブルーシートの池が出来た。
  
      一夜にして 

臆病なケシの姿は見えなかったが、
クク、アミ、トラ
が、代わる代わる覗き込んでいた。   
              
      トラ覗き込む
 
さすがに、この時期に泳ごうという猫はいないようだ。 
もっとも、夏でも、猫が泳ぐという話は聞いた事がないが。
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尽きない名残

2008年12月07日
11月になると、街にはクリスマスツリーやイルミネーションが見られるようになるが、
「クリスマスツリーの日」なるものがあるという。 なんでも1886年(明治19)の今日、
横浜で外国人船員のために、日本で初めてのクリスマスツリーが飾られたのだとか。

それはさておき、今日は、24節気の「大雪」。 
毎年、「昔ながらのみかん」を注文する和歌山県の鈴木農園からのメールに
「比較的暖かいはずの下津町でも 昨日は初雪が降り、一瞬ですが、吹雪くような場面もあり
驚きました」と書いてあった。

東京でも、雪が降ってもおかしくない季節になったが、それでも賑やかな街から離れると、
まだまだ、秋の名残がみつけられる。 

長い長い夏が終わり、やっと秋になったと喜んでいたら、
いつの間にか、晩秋と初冬が入り混じったような11月が来て、それも終わってしまった。
それなのにまだ緑の葉をつけている銀杏を見る度に、この樹の黄葉はないのだろうか、
地球の温暖化は、植物の世界にも大きな影響を与えているのだろうと心配になる。

      オクテの銀杏

だが、こののんびり屋の銀杏は何日か見ないうちに、まっ黄色に染まっていた。
四方に枝を伸ばした銀杏。 こういう銀杏を見る度、F先生が「千手観音のようでしょう」
とおっしゃったことを思い出す。

いつだったか、風の強い日に、歩道を歩くと、シャリシャリと音がしたのでびっくりした。
強い風は黄色い葉だけでなく、ギンナンまで落としていた。
      
空地でみつけた「名残の秋」  

< 蔦もみじ > 
       椎木にからまる蔦
        紅葉した蔦と手前はヤマノイモの葉

< 白雲木と銀杏の黄葉 >       
     白雲木と銀杏
      初夏には白い花が咲き、白雲が棚引いているようにみえる樹 
 
< 草もみじ >
     猫じゃらしなど
       
ファインダーを覗いたときだけ、ほんのちょっぴり 高原にいる気分を味わったが、
残念ながら、3枚とも、空地に張られたフェンスの隙間にカメラを入れて写したもの。
囲いの中に入れたら、近くからじっくりとスケッチしてみたいのだが・・・。 
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資源回収に思う

2008年12月06日
アンティークショップを開いている友人から頼まれたクリスマスカードの印刷が終わった。
今年で4年目になるが、2年目に大失敗をした。「Christmas」のスペルが違うことに
気づいたのが、100枚の印刷を終えたときだった。 結局、200枚の印刷をした。
紙とインク、時間の無駄遣いをしたが、その後は、もう、このような失敗はない。
今回の印刷のために、7色のインクのうち4色を新しいカートリッジと取替えた。

   アンティークショップ クリスマスカードの一部

この時期は、パソコン、スキャナーは勿論だが、プリンターが最も活躍することになるので、
インクの消費量もピークを迎える。
さあ、これからが最終工程。引き受けた6人分の年賀状の版は出来て、プリントを開始した
ところだが、我が家の年賀状は原稿も出来ていない・・・!

プリンターはキャノンとエプソンの2台を画像用と文書用とに使い分けているが、このところ、
エプソンが怪しくなってきた。 (もう1台のキャノンの複合機はコピー専用に使っている)
そろそろ、買い替えの時期かと、電気店で同じような性能の機種を探しているが見あたらない。
次々に新機種がつくられるのはいいのだが、それまでのインクカートリッジを
使えることは稀で、プリンターがいくら安く買えても、インクが高くつくことになってしまう。

使用済みのインクカートリッジがある程度たまったら、販売店の回収スタンドに戻す。
りんりんの幼稚園でも回収していることを
知ったので、最近は、孫に頼むことが多いかもしれない。

キャノンのカートリッジの箱に「インクカートリッジ 里帰りプロジェクト」として、
カートリッジは「回収箱設置郵便局」や「販売店の回収スタンド」へと書いてある。
この回収システムに協力すれば、「ものを捨てる」という後ろめたさが
幾らかは軽くなるような気がする。

         キャップと使用済みインク

飲料水を買っている我が家では、ペットボトルは資源回収に出し、蓋は捨てていたが、
最近、近くのスーパー、ジャスコで「ペットボトルキャップ回収キャンペーン」のポスターを
見て以来、キャプは捨てずに集めるようにした。 

「キャップを回収し、そのリサイクル対価を各国際協力団体に寄付し、
世界の恵まれない子どもたちを助ける・・」
というキャンペーンだ。 
キャップ2000個で、「ポリオワクチン1人分」「学校で使う鉛筆かペン1人分」
「栄養給食1食分」が支援できるという。 
個人の力は微々たるものだが、中国成語の「積少成多」ということだろうか。

話は変わるが、来年の1月の中国語学習会の再開日までに、どこかに行ってしまった中国語を、
少しずつでも、呼び戻しておかないと大変なことになりそうだ。

昨日、読んだ本に、英語の会話をする前に英語を聴いておく、英文を書く前に
お手本になる英文を読むようなことをすると、学習効果が上るということが書いてあった。
もっとも、これは翌日になると効果を失うというのだから、
まさに、語学学習は「ひたすら継続あるのみ」の一言に尽きるようだ。
つれづれ | Comments(0)

季節の名残

2008年12月05日
我が家から駅までの道でみつけた秋の名残。

桜      
        桜  さくらもみじ
          11.20              12.5
 
銀杏         
       まだ緑色   黄葉   
           11.28               12.5

何年も前に、F先生のデッサン教室で、川崎市鶴見の総持寺境内の黄葉した銀杏を
スケッチをしたことがあった。 
この教室のカリキュラムには、3ヶ月に1度、屋外のスケッチが組まれていたので、
この寺院のほかに、植物園や公園にも随分とスケッチに行った。

この寺は、福井県の永平寺と並ぶ曹洞宗の大本山。
今年の6月、ちょっとしたキッカケで、この鶴見の総持寺で坐禅体験をした。
家からさほど遠くないのに、この寺に行ったのは、スケッチ以来のことだった。

銀杏のスケッチは、最近では、2年前だったか。
月1度のスケッチ会の日、横浜市日吉の慶応大学の銀杏並木を、日吉駅構内から描いたが、
何だか賑やか過ぎて、落ち着かなかったことを思い出した。        

メタセコイア
   ケヤキが色づく  手前の桜が色づく  色づいたメタセコイア
     11.7            11.17           12.5

メタセコイアは、曙杉という和名もあるように、杉の仲間だが、30m近くにもなる落葉樹。 
1939年、日本で常緑種のセコイアに似た、落葉種の化石(植物遺体)が発見され、
「メタセコイア」と命名されたとある。

この時期になると、円錐形のこの樹は赤茶色に紅葉して遠くからでも目立つので、
意外にも、あちこちにあることを発見する。
確か、新宿御苑にもこの樹の並木があった。

ひところ、大きな反響を呼んだ「冬のソナタ」、私は一度もみたことがないが、
このドラマにはメタセコイアの並木道が登場するそうだ。
植物など | Comments(0)

猫と十二支

2008年12月04日
先日、孫りんりんは、高熱を出したが、
翌日には、幼稚園もずる休みではないかと思える程、すっかり元気になっていた。
折紙をしたり、「十二支」の絵本を読んだりしたのだが、この絵本は、
まだ、彼には難しいかなと思いつつも、ちょうど1年前に、買ったたものだ。

絵本の内容は、だいたい次のようなものだった。
神さまが出したおふれは、お正月の挨拶に来た順に、十二支の動物にしてあげるというもの。
牛は足が遅いからと、夜のうちに出発したが、牛の背中に乗っていた鼠が1番乗りをした。
猫が鼠に挨拶に行く日を訊ねたら、鼠は2日だと嘘をついた。
鼠の言葉を信じた猫は、1日遅れて挨拶に行ったため、十二支に入れてもらえなかった。
そのことを根にもって、今でも、猫は鼠を追いかけるのだという。
      
この話は、子どもの頃に聞いたような気もするが、この絵本のおかげで、
猫が鼠を追いかけるようになったわけがはっきりと分ったような気がする。

                   十二生肖 click!   十二生肖

数年前、上海の空港で「十二生肖」という、刺繍された布製の十二の動物が
鼠から猪まで、順に繋がっている飾りを幾つか買ったことがある。
我が家には、色違いの両面のものと、片面のものとの2種類が天井からぶら下っている。
今まで、中国で買ったお土産の中で、この飾りが、最も好評だったように思う。
写真は、両面のもの2個の裏表(左・中)と片面のもの(右)           
 
絵本では「神さま」、「宮殿」が登場するが、お釈迦様が登場する逸話もあるようで、
猫はお釈迦様から「今まで寝ていたのか。顔を洗って出直して来い。」と言われ、
それからよく顔を洗うようになったという。 もっともらしくて面白い逸話だと思う。
猫たちは、ほんとうに、暇さえあれば顔を洗っているみたいだ。 
 
        鼠と牛 
  
十二支は、もともと古代中国で考えられたもので、中国で「亥」は、ブタを意味したらしいが、
日本ではイノシシとなった。 
中国では豚のことを「猪」という漢字で表すが、日本では、豚が飼われていなかったために、
「猪」がイノシシの意味になったという。

        豚? 猪?

猫の話に戻るが、ベトナムの十二支には「猫」も入っているとのこと。 しかしながら、
日本の十二支に猫がいないことなど、我が庭の猫たちにはどうでもいいことだろう。
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チャトランの静養

2008年12月03日
結局、孫娘ゆうゆうは明け方まで不調だったために、今日も保育園を休むことになった。
私が満員電車に揺られて、1時間半近くかかって着いたときは、彼女はちょうど食事中。
意外に元気そうなので、安心した。 
1年前に、風邪で園を休んだころと比べると、随分と体力もついたようだし、
言葉でいろいろと表現できるようになっていた。 
考えてみると、秋の運動会と先月の引越のときを除けば、私は「元気な彼女」に
お眼にかかったことがないように思える。

夕刻、帰宅したゆうゆうのママに今日1日の報告をして、帰路についた。
この分なら、明日は登園できそうだ。

ここからは、猫のことになるが、
しばらく姿を消していたチャトランの傷めた前脚は、まだ治りきっていないようだが、
3本脚でさほど不自由なく行動していた。

       大丈夫かな

先日、さいとうさんチャトランを捕まえて動物病院へ連れて行こうとしたが、
結局、失敗に終わった。 
そんなことがあって、捕まったら大変と、チャトランはわが庭に避難してきたらしい。

      療養中

数日後、南側のかつての物置改造住居の2階で、チャトランはひたすら静かに過ごしていた。
夕方、ベッドのそばに餌を置いてやったら、翌朝には食器は空になっていた。
ソト猫チャトランの頼れるものは、自然治癒力しかないということを知っているのだろう。
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振り回された一日

2008年12月02日
展覧会も終わり、たまっていた仕事を片付け始めた途端、中断を余儀なくされた。 
こういうことは、よくあるのだが、展覧会の会期中でなくて、助かった。 

実は、昨日、孫のりんりんが、幼稚園で熱性痙攣を起し、一騒動したのだ。 
彼は、今月末に5歳になるが、1歳半、3歳の時にも救急車のお世話になった。 
いずれも熱性の痙攣で、点滴後に帰宅。 一晩、高熱が出て、あっという間に治まった。

今回は、3回目。 過去2回、うろたえた娘もさすがに慣れたもの。午後1時に大学病院の
救急外来に車で連れて行ったが、インフルエンザの検査だけで、点滴もせずに帰された。 
検査の結果は陰性。 
結果が出るまでの1時間、りんりんはベッドでぐっすりと(ぐったりと?)眠っていたようだ。

            寒いよ 助けて
            病院の外でじっと耐える犬たち 背中には[HELP]の刺繍

昼、娘からの電話で、「暇なら付き合って」と云われ、(決して暇ではなかったが、)結局、
夕方まで、病院から家までの両方に付き合ってしまった。
   
    病院の玄関    りんりんの家
      病院の玄関に飾られたツリー      りんりんが飾ったツリー   

りんりんに、「明日も来るから」と約束して、帰途につき、
駅までの道を急いだ。
ふと見上げた空に三日月と星をみつけ、カメラを出したときには、月は雲の中。
月のそばの2つの明星は木星と金星だったようだ。 残念!
家が近くなったころ、とうとう、パラパラと雨が降り出した。
     
    クリスマスも近づく

帰宅後、朝の続きの年賀状のプリントを終えて、何とか、郵送するまでに漕ぎ付けた。
夜、9時近く、携帯が鳴った。 着信音で息子からだとわかった瞬間、もしや、と思った通り、
ほぼ1年ぶりに孫娘のゆうゆうがダウンしたという知らせだった。  
今、保育園で流行っているノロウィルスに感染したらしい。 ママが翌日は仕事を休むが、
明日まで長引けば、「私の出番」という予告だった。
ゆうゆうの容態によっては、明日の約束はお断りしなくてはならない。

翌日の午前中は幼稚園の保護者会というので、幼稚園を休んだりんりんの看病に行ったが、
一晩で平熱に戻っていて、いつもより元気なりんりんの様子に、いささか拍子抜けしてしまった。

久しぶりの私の来訪が嬉しいのか、立て続けに喋り捲るので、なんだか圧倒されて、
しばし黙っていると「元気ないね~。 ぼくの元気をあげるね。」と言われてしまった。
一気に高熱が出て、一気に下がるということは、体力がある証拠だそうだが、
それにしてもりんりんの回復ぶりはお見事!としか言いようがない。

ついでながら、保護者会に行った娘の話では、昨日のりんりんの痙攣は、園児たちの間で、
大ニュースだったようで、自分の母親に、ほぼ、正確に伝えられたのは、女の子の何人かで、
男の子の報告は、まったくのチンプンカンプンだったそうだ。
身近な人びと | Comments(0)
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