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夏蜜柑のマーマレード

2009年05月31日
我が家の2階のベランダから、Tさん宅の夏蜜柑の木がよくみえる。 
その向うの崖下の空地には、椎や松などのほか、欅、桜、イイギリなど様々な樹木があり、
四季の移り変りを楽しませてくれる。 
秋には、葉を落とした欅の手前、深緑の葉の間で、黄色く色づいた実が、際立っていたが、
春になり、わが庭の梅や空地の欅が新緑に覆われると、夏蜜柑もさほど目立たなくなった。

         夏蜜柑                 
            手前はわが庭の紅梅  右奥は夏蜜柑

先日、その夏蜜柑を8個、Tさんが届けて下さった。 さて、どうしたものか、思案にくれた。
以前は、私もジャムだけでなく、梅酒や梅干、味噌などを、自分で作ったものだが、
このところご無沙汰続きで、今は、ジャムを作るエネルギーもないし、
昔、夏蜜柑のサラダというのを作ったことがあって、千切りにした生の白菜と夏蜜柑を
合わせるだけの簡単なものなのに、それさえも面倒に思えるし・・・。
それで思いついたのが、Kさんのお宅へ宅配便で送るという、名案だった。 

      味噌つくり
           煮た大豆をつぶす  2歳の姪も味噌作りのお手伝い 

絵の教室でご一緒のKさんは、料理の腕が玄人はだし。 時々、教室の皆にと、
ご自宅の柿の葉を使った「柿の葉寿司」や懐石風弁当、デザートなどを作って来て下さる。
そのKさんが、毎年、この時期には、マーマレードを作られるそうだが、
今年は、いい夏蜜柑が手に入らず、仕方なく甘夏で作ったという話をされていたのだ。

夏蜜柑がKさんのお宅に届いてから、ちょうど4日目が絵の教室だった。
全く期待していなかったといえば嘘になるが、Kさんは、可愛らしくラッピングされた
マーマレードの瓶を全員に下さった。 ジャムもKさんが作られ、ラッピングもご自分で。
ちなみに、Kさんは70代の男性で、お元気な奥様もいらっしゃる。 定年前のお仕事は
料理とは縁のない建築関係。 器用で、面倒見がよく、教室でも皆に頼りにされている。

             マーマレード 
 
翌朝、このジャムを、プレーンヨーグルトにトッピングしていただいた。 
Kさん、さすがです。 美味しかったです。 ご馳走さまでした。
つれづれ

拝島橋の絵タイル 花

2009年05月30日
少し前になるが、八王子の拝島橋歩道に絵タイルがあると聞き、行ってみた。
八王子は、初めてではなかったが、思ったより時間がかかり、遠く感じられた。 
もっとも、東急線の菊名から横浜線でのんびりと行ったせいもあっただろうが。

3年前の年末近く、それまで都内の病院に入院していた父の、転院先を決めるため、
八王子の病院を訪ねたが、そのときは、新宿から中央線特別快速に乗って行った。
人工呼吸器がはずせない父を受入れてくれそうな病院は、首都圏中の全病院を調べても、
八王子の病院、ただ1つだったのだ。 
しかし、この病院に着いて、説明を受けると、申込みの受理までに1年は待つとのこと、さらに、
順番が来ても、実際の入院はベッドが空き次第なのだとわかり、愕然として、待たせてあった
タクシーで駅に戻ったことだった。
結局、父は、お正月を病院で迎え、7日後に、静かに息を引き取った。
あれ以来、八王子に行くことはなかった。

駅で、きいてみると、拝島橋まで歩くのはとても無理と言われ、バスを待つことにしたのだが、
なかなか、バスが来ない。  ワンメーターくらいかと思って、タクシーに乗ったが、
長いトンネルを過ぎて、峠を越え、多摩川の支流を渡り、遠いの何の! 料金は2400円也。
何の下調べもせずに、思いつきで、出かけてきたことを、後悔した。

         多摩川の上流
              多摩川の上流   拝島橋より

タクシーを下り、多摩川に架かる「拝島橋」を行くと、柳だろうか、川原の樹々の緑が眩しい。 
川原には人影もなく、静かだった。 水は透き通っていて、くっきりと川底が見えていた。 
これが、あの多摩川と同じ川なのだ。 

「拝島橋の絵タイル」 下流側の歩道に、10数mの間隔で並んでいる
 夕やけ小やけ 直径2mくらい
           八王子市側    直径2mくらいはある    昭島市側

  八王子市  昭島市
 八王子市の花 ヤマユリ 市の木 イチョウ   昭島市の花 ツツジ 市の木 モクセイ

2つの市の、それぞれの花と木のほかに、 「コマツナギ ウマノアシガタ カワラサイコ」 
「カキオドシ レンリソウ カラムシ クサボケ」「ナデシコ イタドリ メドハギ クズ」
「ツツジ モクセイ カントウタンポポ ヘクソカズラ」「ヨシ ツルボ ヤブカンゾウ ガガイモ」 
など、計24種の川原で見られる植物の絵タイルが張られていた。 私が知っているのは、
半分くらいだったろうか。 

このほか、橋の手すりにも、6種類の鳥の絵タイルがあった。 (「拝島橋の絵タイル 鳥」)
爽やかで、のんびりした、贅沢な1日を過ごせた。
旅・散策・イベント

コンビニ症候群

2009年05月29日
先日読んだ「現代<死語>ノート」(小林信彦 著 1956-1976年)の続篇である
「現代<死語>ノートⅡ」(1977-1999年)の1989年の項に、「コンビニ症候群」
というのがあった。
確かに、あの頃は、古い商店が次々とコンビニエンス・ストアに、生まれ変ったものだ。

『コンビニに、つい、足を踏み入れてしまう』のが『コンビニ症候群』であり、
人間の孤立の淋しさからだと学者は説くが、あてにはならない。手軽だから、
だけではないか」
と書かれている。 

この言葉が、著者の「死語」ノートに繰り入れられたのは、10年近く前のことだ。
今や、コンビニは、年中無休、24時間営業の店がほとんどで、軽食、弁当などのほか、
食料品、飲料、幅広い日用品が揃い、もと酒屋であれば、アルコール類も置かれている。
さらに、文庫本、雑誌、コピーやファックス、ATMなどの利用、振込みや宅配便の受付、
はがきや切手の販売まで。 
1軒の店の中に、銀行、郵便局、本屋、食料品店、宅配便店などなど・・・。
とにかく、便利なこと間違いなしだ。

夕方、近くのコンビニの前を通ると、硝子窓越しに、何人もの若者たちが、
1列に並んでこちらを向き、雑誌に目を落としている。 不思議な光景だ。
まっすぐ帰らず、用もないのにコンビニに行って、何かしら買ってしまう人が多いらしい。

        コンビニ
                   夕方のコンビニ   

コンビニの便利さとは別に、以前から、食品に関する種々の問題が指摘されている。
偶々、目にした「アレルギー患者のための通販」という記事によると、
店頭で販売されている調理済食品の約3割に、食品名からは推測しにくい、
卵や牛乳などの「アレルゲン」が含まれていたという調査結果があるとのこと。 
これは、何も、コンビニだけに限ったことではなく、ファーストフード店、持帰り寿司店、
丼専門店などでも同じことがいえるという。

さらには、食品に含まれる「添加物」の問題。法的に認められているとはいえ、
コンビニのサンドイッチやおにぎりなどにも、数え切れないほど多くの添加物が含まれている。
「都会の小学生の1割は朝ごはんを食べない。食べたとしても、母親自らがカップ焼きそばを
作って与える・・・。その結果、子どもたちは、低血糖を起こし、キレやすくなっている・・・」
と。
食問題ジャーナリスト安部氏は、これらの症状を「コンビニ症候群」と呼ぶ医者もいるという。 
また、彼は、食品添加物に関して、「消費者は被害者ではなく、むしろ支持者といえる」
とも言っている。

さらに、バスの中で眼にした「ガチャピンとムックの大人になった みんなへ」のポスターに、
「子どもの基本的な生活習慣の乱れが、学習意欲、体力、気力の低下の要因の1つ」だと、
書かれていた。 (「早ね 早おき 朝ごはん 全国協議会」) 

数年前まで「御用聞き」に来てくれていた、あの酒屋さんも、すでにコンビニに変わっている。
「御用聞き」は「死語」になったように思えるが、「コンビニ症候群」は、
まだ、「死語」ではなく、変身して生き残っているような気がする。
(「御用聞き」は「現代死語ノート」Ⅰ・Ⅱには載っていない)

生活が便利になっていくのも、また、店に入ってほっと一息つくというのも、いいとしよう。
だが、コンビニ商品の愛用過多は、実害を伴うこともありそうなので、
気をつけてほしいものだ。
つれづれ

右と左について Ⅱ

2009年05月28日
<回転> 
正面から見て、中心より上の部分が、右へ右へと動いているものを、回りという。 
平面上の回転については、時計の針の動きと同じ方向に回る回り方を、時計回りという。 
地球  回りで自転しながら、回りで太陽の周りを回る。(公転)  (地球の北側が上方向) 
地球と同じ、太陽系に属する、水星、金星などの惑星も、太陽の周りを回りで回る。
太陽系  銀河系の中を回りで回る。             (太陽がある方を上方向として)    
トラック(競技)   回り

<渦巻き>
平面の中での巻き方。 時計回りと反時計回りがある。  (正面にみて、中心から外側へ向かって)
台風   北半球では、巻き
頭のつむじ、ロールケーキ、蚊取り線香、紙テープなど、身近なものにも多い。
唐草模様、狛犬の毛並みにも沢山の渦巻きがある。

   熊野神社 狛犬click!    熊野神社 狛犬

以前、区内の神社を訪ね、子連れの狛犬を描き止めるのに夢中になった時期があった。
そのときの、クロッキーをみると、どうやら、29組の狛犬たちの毛の流れを表す渦巻きは、
右半身は巻き、左半身は巻き、になっているようだ。 
もっとも、10分程度で描いたものなので、断言はしかねるが。(「招き猫から狛犬へ」)

<螺旋>
螺旋の巻き、巻きの表現は、混乱したまま用いられてきたが、現在は以下の通り。

巻き(右手巻き・Z巻き)は、右手を握り、親指を立てた方向に螺旋の軸を進む時、
握った指の付け根から、指先方向に巻きつくこと。 
朝顔、通草(あけび)山藤などの蔓植物。
サインポール(理容店)、ワインオープナー、ネジは、ほとんどがZ巻き。

巻き(左手巻き・S巻き)は、藤、夏藤、ヘクソカヅラなどの蔓植物。                             
                              サインポール   
   パイナップル click!                        
「螺旋」という言葉で、思い出したことがある。 デッサン教室で、パイナップルを描いたとき、
「よくみると、この硬いイボ状の部分は螺旋状に並んでいるでしょう」と、F先生は言われた。 
苺の種も螺旋状に並んでいるし、朝顔の蔓も右巻きというように、植物にも決まりがある。
そんなことを教えて下さった先生だった。 

5年前の5月、F先生は、日本画の教室でもあったご自分の画廊で、息を引き取られた。
先日、急にお会いしたくなって、先生が眠っておられる、港区のお寺へ出かけた。
駅からの道順が、いささか覚束なかったが、どうにか迷わずにすみ、
久しぶりに、ゆっくりと、お参りすることが出来た。  
つれづれ

右と左について Ⅰ

2009年05月27日
子どもの頃、鏡に写ったものが、左右逆になって見えることが、とても不思議だった。
美容院に行くと、嫌でも鏡とにらめっこする時間が長くなるので、 
鏡に写る時計をみて、「12時まで、あと35分・・・」などと、脳トレをやってみたりする。
席によっては、後方の鏡に写った鏡像が、眼前の鏡では、実像と同じように見えたりと、
やはり、鏡は不思議だと思う。
鏡を見て、「上下」や「前後」は問題ないが、「左右」に戸惑うのは、私だけでないようだ。 

図書館の児童室で「右と左の不思議がわかる絵事典」を見つけたとき、
まさに、こういう本を探していたのだと嬉しくなって手に取った。
古代から、狩猟、農業、放牧、機織りなど、人が集団で暮らしていくようになると、
「左右」を区別し、神にお供えをするには右手をと、使い分けるようになったという。
        
           右利き用の道具

<人体> 外見は、ほとんど左右対称のようだが、顔もよくみると、対称ではないし、
体の中の、内臓は非対称のようだ。これは、長期に亘る進化の結果だという。 
左右一対である、手足、目耳、腎臓などの内臓と同様に、大脳左脳右脳と2つある。 
「左脳は、文字や言葉に関することや、計算など、ものごとを論理的に考えることを司り、
右脳は、立体的な図形に関することや、イメージでものごとを考えることを受け持っており、
左右、同じ働きをしているのではなく、お互いに助け合っている」
という。

人種や時代を問わず、人の90%は、右手が利き手だといわれ、
右が利き足の人は、全体の60~70%だそうだ。

<衣服> 和服は、男女とも右前で、右の衽(オクミ)の上に左の衽を重ねる着方で、
左前は、死者に着せる経帷子(きょうかたびら)を連想させるので、不吉な着方とされる。
また、物事が順調にいかないこと、商売などがうまくいかなくなることを、「左前」ともいう。

子どもたちが小さいとき、お正月に、ウールの着物を着せた時期があったが、
ある年の写真に、左前に着ている息子が写っていた。
着せた人も(恐らく私だろうが)着せた人だが、撮影時にも、誰もおかしいことに
気づかなかったようで、大失敗の証拠写真となってしまった。

              娘は右前 息子は左前
<交通と乗り物> 
日本では、第二次大戦後、「」の対面交通となった。
江戸時代、武士たちは差した刀が相手とぶつからないようにと、左側を歩いていたので、
それを引き継ぎ、明治以降長い間、人も車も左側通行だった。
車が左側を走る国は、日本のほか、イギリス、オーストラリアなどと、少ない。

日本では、鉄道左側通行。 
船舶も飛行機も、右側航行が原則。 乗り降りは、どちらも左側から。 
ちなみに、東京では、エスカレーターなどの右側を、急ぐ人たちが早足で通り過ぎるが、
大阪では、万博の後に、それまでの逆、左側を通るようになったといわれている。

<イメージ> 奈良時代まで、が尊ばれたが、中国からの影響があって、
が尊ばれるように変わっていった。 「右に出るものはいない」という言葉もある。 

雛人形  向かってに男雛、に女雛。 昭和天皇即位後、逆に飾ることが多い。    
狛犬    向かってに「阿」、に「吽」。
舞台    向かっては「上手」(かみて)、は「下手」(しもて)
       歌舞伎では、身分の高い登場人物が上手に立つ。

ほかに、川の両岸は、川下を向いて立ち、それぞれ左手を左岸、右手を右岸という。
例えば、多摩川の左岸は東京都側、右岸は神奈川県側ということになるわけだ。

いつもは、何気なく接している「左と右」の違いだが、右利きの人が多いということで、
街の中の自販機、自動改札機などが、右利きの人に都合よくできていることも納得できる。
利き手の決定も、脳の働きと深い関わりあるらしく、やはり、不思議なことばかりだ。 

参考:Wikipedia / 「右と左の不思議がわかる絵事典」 (富永裕久 著) 
つれづれ

夜勤あけ

2009年05月26日
5月になって、夜勤が始まったのだろうか。 そんな日は 一晩中戻ってこない。         
朝、戻って来て、「あさごはん」をすませると、夕方まで、ひたすら眠りつづける。
                        
     アミおはよう
              アミ  
     おやすみなさ~い
 アミああやったり
                              こうやったり
     アミいろいろとやってみて
                 アミ
        ひたすら眠る
         アミ眠りつづける

やはり、猫は夜行性なのだろうか。 
動物など

街角アート

2009年05月25日
東横線と日比谷線が接続する「中目黒駅」の駅前は、大規模な再開発事業が展開され、
およそ7年程前に、見違えるほどお洒落な街に生まれ変った。
中目黒GT(ゲートタウン)」と名付けられた、住居棟あり、オフィス棟あり、商店街あり、
公共施設や地下広場ありの、広大な一画が中心だ。 周囲には桜並木や緑道もある。

駅前に立つと、広場、商店街、歩道、テラス、建物の壁面、頭上の空間と、
至るところで楽しいオブジェが迎えてくれる。

    超高層ビル     雲のオブジェ
       現在建設中の超高層ビルとオブジェ「浮遊する雲」

「都市の祝祭」というテーマで、たくさんの作品が展開されているが、
光を用いて空間全体をアート化する、 ジャン・フランソワ・ブラン(フランス)の作品や、
半具象で明快な造形を得意とする、ナディム・カラム(レバノン)の作品がメインのようだ。
ブランの作品は、頭上の「浮遊する雲」と中央地下広場の「百の月の池」。カラムの作品は、
「古代の行列」と題したオブジェや日本独自のモチーフを取り上げたキャラクターたち。
               
  パーキング   ショップ棟

アリの行進のように延々と続く作品群も楽しい。 
          象

           1.2.3             
           4.5.6

   人  はさみ  人  
 
          花屋さん

中目黒駅の高架ホームから、「浮遊する雲」やビル群は何回も眼にしていたが、
目黒川沿道、蛇崩川緑道なども近く、ゆっくりと街を歩いてみると、いろいろな発見があり、
とても楽しい時間が持てた。 ここは魅力的な街。 
旅・散策・イベント

中国で見た竹 3題

2009年05月24日
六枝(貴州省)でのこと  1999.4
10年前、雲南・貴州の少数民族を訪ねた折、旅も終りに近い頃、この旅の目的の1つ、
「桜花小学校」を訪問したが、そこからの帰りに、道路の真中に何本もの長い笹が敷かれ、
その上をトラックなどの車が、次々に、通り過ぎていくという光景を眼にした。 
笹に付いている皮を、剥がす手間を省こうということらしい。

ここの人々にとっての竹は、竹細工の原料のみならず、家屋の壁や屋根の材料、大きな橋を
架ける資材にと、日常生活に欠かせない必需材なのだ。 
この笹も、どこかの家の屋根の修復などに使われるのだろう。

        貴州省六枝
         道路に敷かれた笹 「桜花小学校」付近の集落で

この「桜花小学校」は、旅のメンバーのNさん、Tさんが参加している日本の団体が、
貴州省六枝に寄付金や学用品などを贈ったことで、新校舎が建設されたのだ。それを機に、
塘上小学校から「桜花小学校」と名を変え、以前より少し、山の上へ移されていた。
なんと、車から見えた新校舎は、白とピンクに塗られた、派手なものだった。 
石造の可愛らしい旧校舎(上の写真のような石造の建物)で、皆で用意したお土産の学用品を、
校長先生にお渡しした。 この日の晩、歓迎会が開かれ、中国奥地で、政府要人並みの
歓迎を受けたのは、こういった経緯があったのだ。

中国では、学校の建設や教員給与のほとんどが、地域の負担となっていて、
貧しい地域では、この経費が十分賄えないため、1980年代から「希望工程」という
個人や企業からの寄付金で奨学金支給や学校建設が行われている
とのこと。
  
宏村(安徽省黄山市)でのこと 2001.4 (2000年世界遺産登録)        (「中国春の旅」)
 
           宏村        

池の周りのカラフルなパラソルの下では、このあたりの特産品である竹細工や石細工、
お茶や筍などが、所狭しと並べられていた。 
ガイド役の張さんが、竹細工を売る娘さんと話をしていたかと思うと、まもなく、製造元である
1軒のお宅へ案内してくれることになった。 
中庭には、沢山の竹が散らばっており、この家の主人、泡さんが、水筒を作っているところだった。 
私はここで、画を描かせてもらうことにした。 
この頃、私は、片言の中国語が話せたからか、気がつくと、張さんの姿はなかった。
 
                   宏村の泡さん宅 click!
                    宏村の泡寶山さん宅の中庭* (スケッチ下部分) 
   竹細工"
 
集合時間が来たので、暇を告げると、泡さんは屋内へ招き入れ、幾つもの竹細工品を
みせてくれた。 椅子とテーブルのミニュチュア・セットなどを買ったが、
後になって、水筒も買えばよかったと思ったことだった。 

上海市でのこと  2004.4      (「江南水郷の春」)
中国語の同学Sさんと2人で、上海市内を歩いていて、眼にしたのは、竹製の足場だった。 

聞いたところでは、5階建てのマンション建築でも、足場は竹で組まれることが多いようだ。
竹は金属製に比べて軽く、組立てや解体が容易で、作業員の負担も大幅に軽減できるし、
太陽熱で熱くなり過ぎることもないとか、幾つものメリットがあるようだ。  
この竹の足場、竹棚は、専門の職人が組むのだそうで、意外に丈夫で、揺らしてみても
ビクともしないのだとか。
中国・中国の旅

フル活用の素材 竹

2009年05月23日
横浜市綱島の森で、竹林の中の小径を歩いた。      (「思わぬ収穫」)
葉擦れのサワサワという音と、足元のカサカサという落葉を踏む音に包まれる。
真直ぐに立つ竹の林は緑一色、種々の樹木が思い思いに枝を伸ばす林とは、何か違う。
緑の中に溶け込んでしまったようで、とても落ち着いた静かな気持ちになれた。

竹と笹は、花の形がどちらも稲の花に似ているので、イネ科に分類されているが、
竹や笹は、木化する、枝を出すことなど、稲と異なる点も多く、タケ科とされる場合もある。

        竹林

竹類は、タケノコから成長するにつれ、竹の皮は落ちてしまうが、
笹類は、生育後も竹の皮を着けたまま。 これが、見分ける一番のポイントだろうか。

わが庭にあったのは、笹で、改築後の庭に突然、細い筍が顔を出したと思ったら、
どんどん丈が高くなり、見る見るうちに、2階のベランダから手が届くほどになった。 
地下茎が伸びて、春になると、あちこちに筍が顔を出したが、通行の邪魔になるからと、
毎年、伐り取られた。
数本残った丈の高い笹も、2年前に、ウッドデッキ設置のため、伐り取られてしまった。 
    
竹や笹は、あらゆる部分が利用できることから、「ゼロ・エミッション」の植物と言われる。
(ゼロ・エミッションとは、国連大学が提唱した概念。排出物ゼロ、廃棄物ゼロ、完全再利用)
例えば、マダケなどの稈(かん)は、昔から竹細工や工芸品、玩具などに利用されている。 
我が家にあるものだけでも、籠、笊、箸、串、楊枝、筆、竹箒、物差、扇子、団扇、踏み竹、
経木、竹炭、簾などのほか、茶道具の柄杓、茶筅、茶杓、蓋置、竹筒など、枚挙に遑がない。
        京都の筍
筍やメンマなどは食材として利用され、また、竹には抗菌作用や通気性があるので、
皮は包装材に、尺八、龍笛、笙などの楽器、和風の庭には竹垣、蹲の導水、鹿威し、
水鉄砲、竹とんぼなどの玩具、レコード針、釣竿、また、流し素麺の流路などにもなる。
地下茎は傘の柄などに、生薬、繊維原料、和風建築の塗り壁の素地などにも利用され、
まさに、捨てるところがない植物だ。

かつて、T・エジソンがフィラメントに京都の竹を使って、白熱電球を開発したとのことだが、
和弓と矢、踏切の遮断機、麻雀パイなども、竹製のものが主流だったとか。

          オカメザサ

ちなみに、オカメザサは竹類で、ヤダケは笹類というように、和名の属名や種名は
必ずしもタケやササの分類と一致していないとのことだ。
オカメザサは、笹だとばかり思っていたが、新芽から鞘が剥がれるので、竹なのだそうだ。
先日、見た、オカメザサの説明板には、この名の由来について、
「酉の市に、阿亀(オカメ)の面をつけて売られたことによる」
と書かれていた。
植物など

図書館蔵書の受難

2009年05月22日
最近、よく、図書館を利用するが、利用者のマナーが問われる事件が増えているようだ。
返還遅延や無断持出しのみならず、本を汚したり、書込みをしたり、切り取ったりといった、
悪質な事例が頻発しているようで、館内の壁に、「器物損壊罪」「犯罪です」と書かれた
警告文が張られ、実際に被害にあった現物が、展示されることもある。
「犯罪」という「剥き出しな言葉」で示さないと、人の心に届かないのだろうか。

先日、テレビでも、図書館の本の被害のひどさを、報じていた。 
中が抜かれ、表紙だけになった本、タレントの写真が切抜かれた雑誌・・・。 
さらには、法律関係の本に、「器物損壊罪」とペンで書き込みがあったりとか・・・。 
呆れてモノがいえない。

書込みされた本を修復しても、とても追いつかず、あまりにひどい場合は、
購入したての本でも、廃棄を余儀なくされ、まさに「図書館の本は泣いている」のだ。

          警報装置つきゲート

盗難に関しては、本の裏表紙に貼ってある盗難防止用のバーコードを切り取って、
持ち出したり、中身を抜き取って、本の表紙だけを書架に残したり、ゴミ箱に捨てたりする
手口が目立つそうだ。
被害を防ぐため、館内の巡回回数を増やしたり、警報装置付きの防犯ゲートを設置したり、
本格的な対策に乗り出している図書館もある。
私が行く港区の図書館にもこのゲートがあるが、何とも、情けない気分で通り抜ける。

ちなみに、持ち去られたり、切り取られたりした本は、不要になると捨てられるらしく、
町のコンビニ前に置かれたゴミ箱などで、大量に発見されたこともあったという。 
いつの間にか、港区立図書館のゴミ箱が透明になっていたのは、こんな背景によるもの
だろうか。 すでにJRの駅ではゴミ箱は透明になっている。

   図書館で  JRの駅で
       港区の図書館で               JRの駅で

この図書館では、以前から、警報装置付きの防犯ゲートが設置されているので、
持ち出されることは少ないだろうが、表紙だけ切り取って捨てられたり、
表紙だけ書架に戻されることが多いのかもしれない。

前回、カウンターで本を借りたときに、勧められた「自動貸出機」を、初めて使ってみた。
借りたい本を数冊重ね、所定のガラスの上に置き、貸し出しカードを挿入すると、
数秒で、「貸出票」が出て来た。 ここには、貸出日、返却期限などのほか、
1冊ごとにの題名、著者、出版社、発行年月、本のサイズが印字されていた。
       
             自動貸出機

上の写真は、自動貸出機と、ガラスの上に重ねて置いた4冊の本。 
どんな仕組みで、すべてを一瞬にして読み取ることができるのか、不思議でならない。 
図書館が、便利になるのは有難いが、それよりも、まず、利用者のマナーが向上して、
だれもが気軽に足を運べて、気持ちよく利用できるような場になってほしいと思う。        
つれづれ

カラーの花

2009年05月21日
今日は、24節気の1つ、小満。 
「万物生気充満す」、植物が育ち茂るという、いい季節になった。

   カラー   サトイモ科 ザンテデスキア属
          学名  Zantedeschia          
          別名  オランダカイウ  カラーリリー  リリー・オブ・ナイル
          原産  南アフリカ

           カラー

「カラー」は、仏炎苞が洋服の白襟(カラー)に似ているところから付いた名。 
江戸時代に、オランダ船で運ばれてきたことから、「オランダ カイウ」の別名がある。 
カイウ(海芋)は、海を渡ってきた里芋の意味。

この花は、花屋さんではよくみかけたが、何株も群生しているところは、
東京国分寺の「お鷹の道」近くで、見たのがはじめてだった。
真っ白な仏炎苞と芯の黄色い花が、細長いハート型の、濃緑の葉の間から、
すらりと茎を伸ばして、咲いていた。 花だけでなく、クルリと巻いた蕾も魅力的だった。
それ以来、、ますます、この爽やかな初夏の花が好きになった。
最近は、品種改良が進み、黄色、オレンジ、紫、ピンクなどのカラーもあるようだが、
私は、何といっても、白いカラー、それも、出来れば、緑の葉に囲まれたものが好きだ。

10年も前、多摩川台公園(大田区)で、大きな株のカラーを、スケッチしたことがある。
数年前のこの時期、ここを訪れたとき、心当たりの場所に行ってみたが、
カラーはなくなっていた。
あのときのスケッチをもとに、本画を描いておいてよかったと、つくづく思う。 

             「初夏」 8号
         
昨年5月、横浜山手の「ブラフ18番館」の庭にカラーがあると、Yさんに聞いて出かけ、
久しぶりに、スケッチすることができた。 
このとき、YさんとSさんは、隣の「外交官の家」で、バラの花を描かれたようだ。
昼過ぎに合流して、どこに寄ったのか、どこで食事をしたのか、とんと覚えていない。
  
数年前、我が家からそう遠くない道端に、カラーが咲くのを見つけたので、
今年はどうかと、春先から楽しみにしていたところ、4月半ばに咲き始めた。
ここは車もあまり通らず、人通りも少ないので、描けないわけでもないが、
私自身が、どうも近所でのスケッチは苦手なので、今年も写真を撮るだけになりそうだ。
植物など

月島と佃島

2009年05月20日
今月のスケッチ会は、佃煮のふるさと「佃島」へ。地下鉄月島駅前に10時集合だった。 
参加者は4人。 先月の上野「谷根千」では、1枚も描かずに、散策、探訪で終始したが、
今回は、「佃煮」老舗の前で、スケッチブックを広げ、2時間ほど黙々と鉛筆を走らせた。

勝どきの絵タイル(都営地下鉄大江戸線)
私は「月島駅」に集合する前に、お隣の「勝どき駅」で下りて、小1時間の散策をした。
勝どき橋へ向かう途中に、開校100周年という、「小学校と幼稚園」があり、
その裏の歩道で、園児か小学生が描いたと思われる、楽しい絵タイルがあるのををみつけた。      
小学校を囲むように、新しくお洒落なビルが建ち並び、歩道も新しかったが、
ここには、全部で7枚の絵タイルが残っていた。   (「中央区に残る絵タイル」)

   うさぎの絵  ロケットの絵
          月島第二小学校裏の歩道で  (中央区勝どき)
   魚の絵  虹と花の絵

月島橋から月島駅
 月島橋から築地方面を望む(月島川水門・西仲橋)             月島駅構内

佃島  (中央区佃1丁目)
    煉瓦のモニュメント    神社裏
    「リバーシティ21」にある古煉瓦のモニュメント    住吉神社にある煉瓦造りの蔵

高層マンションが林立する「リバーシティ21」(「石川島播磨重工」の工場跡地)を抜けて、
「佃島小橋」へ向かう。
門柱や塀がなく、玄関は引き戸で、その脇に植木や季節の花々の鉢植えが置かれた家が多い。
井戸も、リユースされた防火用水槽も、大事にされていて、昔ながらの、いい雰囲気があった。

      井戸  防火用水槽
         玄関前の井戸     2軒の家の間の植木
    
          隅田川と水上バス
            佃大橋から新川方面を望む(亀島水門)

「佃島」という地名は、徳川家康が江戸に幕府を開いた際、大阪の佃村の漁民たちを
江戸に呼び寄せ、石川島に近い島を居住地として与え、漁業権を保障したが、
彼らはここを、故郷の佃村に因み、、「佃島」と名付けた。
生業のかたわら、湾内で獲れた小魚類を塩辛く煮込んで保存食としていた。
その後、千葉から醤油が入るようになって、醤油で煮込んだ魚貝類を「佃煮」と命名し、
江戸市中に売り出したといわれる。
              「天安」 click! 「天安」 天保8年創業* 

佃煮の老舗、「天安」と「田中屋」の両店とも、描いている間中、切れ目なく、
客の出入りがある。 昆布の佃煮だろうか、醤油の煮詰まった香りが流れていた。  

スケッチ後、昆布、葉唐辛子、アミの佃煮を100gずつ買って、月島の「もんじゃ焼き」通り
(西仲通り)へ向かった。
この通りには、もんじゃ焼きの店が何十軒もあるのに、どこも修学旅行の中学生で一杯で、
やっと入った店でも、青森県から来たという中学生で混みあっていた。そこで、
それまでの無口ストレスを、解消せん?とばかりに、お好み焼きをつくる間も、食べる間も、
おしゃべりを続けるという、中学生たちに負けないほど、賑やかなランチタイムとなった。 

ランチ後、私は中国語教室へ。 
皆は再び、佃島へ戻り、高層マンション群を背景にした、佃小橋と小舟を描いたそうだ。
旅・散策・イベント

空き室あります

2009年05月19日
先月、桐と檜のスノコを主な建材とした、3階建ての新居が完成した。 
通気も採光も満点の6室だが、その利用状況は いつも異なる。

2階が空室の場合もあれば
           空き室あり ケシとアミ
                   つぶさないで~
3階が空室の場合も
           落ちそう~             
             2階にケシとトラ    1階はチャトラン
    
2階、3階が空室で、となりに3匹が同居のときも 
          チャトランのみ
            チャトラン           ケシ、トラ、下にアミ 3匹!

そして、こんなときも
            トラとアミトラとアミ

こんな窮屈なときもある。2階、3階は空室なのだが。 
              三つ巴
                     アミは熟睡 ひたすら耐えるケシ   
               耐える
              
ほとんどの場合、甘ったれで寒がりやのトラが、後から入り込んでくる。
さすがに、チャトランおじさんのところは、遠慮している様子だが・・・。
動物など

燕にまつわる話

2009年05月18日
今の時期は、子育て中のツバメを、あちこちでみかけるが、この泥と藁などで巣をつくる
スズメ目のツバメと、中華料理の高級食材「燕の巣」をつくるアマツバメ目のツバメとは、
姿は似ていても、違う種類の鳥で、アマツバメの方は、むしろ、カワセミやブッポウソウに
近いそうだ。

アマツバメの巣は、空気中の鳥の羽毛や植物片などの塵芥を、唾液腺からの分泌物で
固めた皿状のもの。 その内でも、アマツバメ科アナツバメ属は、空中から採集した巣材を
ほとんど使わず、唾液腺の分泌物だけで巣をつくるが、このように混ざり物などが少なく、
作られて間もないものが重宝され、高値がつく
のだという。 (Wikipedia)

以前、岩礁の断崖絶壁をよじ登って、「燕の巣」をとる場面をテレビでみたことがあったが、
それこそ命がけの、非常に危険な作業だった。
近年、タイなど東南アジア諸国では、都市部の鉄筋コンクリートでつくった建物の内部に
人工的な集団営巣地を作らせて採取するようになり、市場への供給量が増したとか。 
          
           yanzinosu.jpg
              泥と藁などでつくられたツバメ目「ツバメ」の巣

「ツバメ」といえば、小鳥の名前のほかにも、いろいろな「燕」があるものだ。
高速で飛行することから、速さのシンボルとなり、列車の愛称になったり、
球団(ヤクルトスワローズ)の名称として親しまれている。
裾の深い切れ込みが、ツバメの尾の形に似ている、礼服は、「燕尾服」と呼ばれる。

また、中国語を学び始めて知った「ツバメ」が、2つある。
1つは、遊牧民族のカザフ人たちのラブソングの「燕子」で、素晴らしいメロディーの曲だ。
中国語で「燕子」は、ツバメのことを言い、美しく魅力的な娘の意味。
因みに、日本の「若い燕」は、年上の女に養われている、またはつきあっている若い男を
指す俗語。頻繁に女の巣に通うことから、そう例えられる。(Wikipedia) 
日本語の「燕子」は、「いずれ菖蒲(あやめ)か杜若(かきつばた)」の「かきつばた」と読む。 

もう1つの「ツバメ」は、「燕」という国。 
「燕」(Yan)は、春秋戦国時代(BC770~221)に、薊(Ji)に都を置いていた国の名。 
「薊」は、今の北京市にあたり、そのため、北京は、現在でも「燕京」、「燕都」と言われる。
    
          北京コーナー

元旦の北京に、中国語の同学と2泊した晩、スーパーで、憧れの「燕京ビール」の缶を
買いこんで、ホテルに戻り、2人で乾杯をしたことを思い出す。 (「冬、北京に寄り道」)
あの夜の気温は、-10℃。暖かい部屋で飲む、ほどよい冷たさのビールは最高だった! 
北京の記念として持ち帰った空き缶は、今、テープで蓋されて、本棚の上に飾ってある。

ところで、「臙脂(燕脂・燕支)」という日本の伝統色の名前は、本来、紅花の色素を
沈殿させて作った艶紅色のことで、中国の紅花の一大産地である「燕支山」に由来する
のだという。
           日本の紅花

現在は、臙脂虫とも呼ばれるカイガラムシから抽出された「臙脂色の色素」は、
友禅や紅型などの染料として利用されている。
日本画の絵具としてもお馴染みの色だが、私は、この白味がかった濃紅色を使わずに、
「海老茶」に胡粉を少し混ぜるか、より紫味がかった「小豆茶」を使うことが多い。
つれづれ

ツバメの巣づくり

2009年05月17日
昨日で「愛鳥週間」(5/10~16)が終わったが、野鳥たちは子育ての真っ最中。
東南アジアで冬を過ごしたツバメたちは、3月から4月にかけて戻ってきて、
家の軒先を飛んで、前の年の巣がどうなっているかを確かめたり、若い夫婦は、
初めての巣づくりの場所を丹念に探すのだという。 

     東急線綱島駅5.5
                 東急東横線 綱島駅

ツバメの巣は、森林や山の中でなく、人の住んでいる、しかも、人目につく場所、
駅の改札口付近、民家の軒下などでよく見かける。 
これは、お椀形で浅い巣の卵やヒナを、カラスに襲われないように、
スズメに巣を横取りされないように、人間に接近した結果らしいが、
人間もまた、農作物につく害虫を捕ってくれる益鳥として、ツバメを大事にしてきた。
ツバメの鳴き声の「聞きなし」は、「土食って 虫食って、 しぶ~い」と表されるそうだ。
6月は、ツバメの子育ての季節。 ツバメが低く飛ぶときには雨になると言われている。

改札口 5.1 フンに注意 5.13
                              ボール紙のフン避け 
 「改札上 ツバメのフンに ご注意下さい 駅長」が張られた 東急多摩川線鵜の木駅

偶々、見かけたツバメの巣は、鶴見川に近い綱島駅と、多摩川に近い鵜の木駅。 
どちらも、巣の材料や餌を調達しやすい、川原に近い駅だ。

ツバメかんさつ全国ネットワーク」という、面白いホームページを偶然、見つけた。
「ツバメが繁殖をはじめる時期を調べています。どこかへ渡っていく途中のツバメではなく、
巣作りを始めようとしているツバメを記録したいので、ツバメが初めて軒先にやってきた日を
教えて下さい」
という「軒先初認しらべ」、そして、皆から寄せられた「観察日記」には、
巣のある市区町村名、周りの環境と地形、生れたヒナの数、巣立ったヒナの数とその時期が
寄せられ、現在までの「巣の数?、生れたヒナ?羽、巣立ったヒナ?羽」と記録されていく。
 
インターネットの普及で、こういった全国規模の調査が、比較的簡単にできるのだろう。
「多摩川流域ツバメ集団ねぐら調査連絡会」というのもあって、子育てを終えたツバメが、
多摩川流域の、どの辺りに、何羽くらいがねぐらにしているのか、
また、いつ頃から「渡り」が始まるのか、などの調査をしているとのことだ。 

ときどき、図書館の児童書コーナーで、科学絵本を開いてみることがある。
さすがに絵や写真が多く、わかり易く説明されているので、たまに、借りてくることもある。
今回は、「ツバメ観察記」(月刊 たくさんのふしぎ 3月号)と「ツバメのくらし」(科学のアルバム)の2冊を。

・ 電線は足の弱い燕には適した止まり場所。
・ 巣は、やわらかい泥と枯れ草を口の中で自分の唾液をまぜ、捏ね上げる。
 都会のつばめは材料集めが大変。 
・ 5月、古い巣の修繕の追われ、5日くらいかかって巣をつくる。
・ 巣ができると、1日に1個ずつ、計3~7個産み落としてから、卵を抱く。
・ オスは猫などの危険から守る。 蜜蜂や虻などををつかまえ、巣へ運ぶ。
・ 抱き始めて14日目頃、孵る。  ヒナの目は6日目に開く。
・ 6月下旬、巣立ち。 生れて24日目くらい。

以上のようなことが書かれていた。 
 
鳥は、夜になると、ねぐらで休むというのが常識だが、
都会のツバメには、その常識は当てはまらなくなってきたらしい。 
夜になっても、ネオンや街灯で明るい都心では、ツバメが空を飛ぶこともできるし、
明かりに集まる虫も多く、お腹をすかせているヒナたちの餌に事欠かないようだ。 
電照菊の栽培と同じように、夜更かしのツバメの方が、巣立ちが早いのかもしれない。
動物など

消えたものを愛しむ

2009年05月16日
<閉じた店> 
郊外にある、我が家の近くの小さな商店街でも、世代交代が続いているのか、
一昨年は、和菓子屋が、昨年は、中華料理店と畳屋が、相次いで店を閉じた。
3軒とも、後を継ぐ人がいないということが共通しているようだ。

和菓子店 風情ある、いかにも町中の和菓子屋といった店構え。
愛想のいいご夫婦2人で切り盛りしていたが、静岡に越していった。 
       店は今でも、シャッターが下りたまま残されている。
       母がお茶の稽古に使う主菓子を、よく届けてもらっていた。
       1年前に、その母も教室を閉じた。         
      
中華菜館 小さな店から始め、40年くらい前に駅前に2階建の店を構えたとのこと。
       開店当時から、美味しいと評判で、一時は電車に乗って来る客もあったjほど。
       我が家でも、人が集まる時などに、度々、配達をしてもらったものだが、
       息子や娘たちもお気に入りで、「ここのチャーハンは最高だね」とよく言っていた。
       店主は「疲れたよ」とこぼしてはいたが、 突然、閉店のお知らせがドアに張られ、
       店は閉じた。 建物はそのまま。今は、不動産屋になっている。
        
畳屋    威勢のいいオヤジさんが、朝、8時にやって来て、「夕方、アガるよ!」と
       何枚もの畳を担ぎ出し、軽トラに積み込んでいた姿を思い出す。
       まだまだ、元気だったが、息子夫婦との同居を決め、店を畳み、住居を新築した。 
       たまに新居の前を通るが、家の脇の花壇に色とりどりの花が咲いていたりして、
       つい、この間まで、ここが畳屋さんだったことを忘れてしまう。

         畳屋
                  隣町の畳屋さんは健在
 
畳といえば、わが家は、建て直した今でも、和室が比較的多いが、敷かれている畳は、
発泡スチロールをワラに挟んだ、軽い畳床の、いわゆるスタイロ畳だ。
最近は、ほとんどがワラ床でないせいか、畳を干している光景はあまりみられなくなった。
私が子どもの頃、父が学生さんたちに暮の大掃除のお手伝いをお願いしたことがあって、
庭に運び出した畳を、皆でポンポンと叩いていた光景を思い出す。

増改築する前の旧宅は、応接間と台所以外はすべて和室で、畳が敷かれていた。
表玄関、内玄関にもそれぞれ3帖の畳の間があったが、私が高校生の時だったか、
内玄関と台所をつないで、グレーと臙脂色の床の「ダイニングキッチン」ができた。
それまでの食事は茶の間でという生活は、だいぶ変わったはずだが、
このダイニングキッチンで、父と食事した光景がまったく思い浮かばないところをみると、
父が在宅のときは、茶の間で夕食をとっていたのかもしれない。

            四畳半の部屋
           作りつけの机とL字型の硝子戸付きの棚

今でも夢に出てくるのは、広い庭と、平屋建ての旧宅の情景ばかりで、
茶の間や座敷、縁側、そして、大好きだった陽のあたる四畳半の部屋のほか、
狭くて暗い板の間だった台所などである。
つれづれ

流行語と死語

2009年05月15日
渋谷の「東急ハンズ」に行ったときのこと。
人が多いのは覚悟の上だったが、店内は勿論、街中に様々な音が溢れていて、
ひどく疲れてしまい、その後の予定を切り上げて、早々に、渋谷の街を引きあげた。

       スクランブル交差点
         
電車に乗れば、またまた、音が溢れていた。 
車内での楽しげな会話やアナウンスは、不思議と気にならなかったが、
あちこちから「ケータイ」の着信音は聞こえてくるし、優先席に坐って、周囲を憚ることなく
電話する若者や、プッシュ音を消さずにメールを打つ年配の男性がいた。 
さらに、若い女性は、自分のイヤホンからもれる音(低周波?)を知ってか知らずか、
どうみても3cm以上はある、尖った爪の先で、携帯を操作している。
低いが耳障りな音に邪魔され、読んでいた本を閉じてしまった自分にも、嫌気がさした。

最近、「現代<死語>ノート」(小林信彦 著)という本を読んだ。
この本は、「<死語による現代史(または裏現代史)>が作れるのではないかという
発想からスタートした」
本で、著者自身が体験した現代史が核となり、
「流行語はそこから出てくるアブクのようなもの」という。

1956年から1976年まで、1年ごとに、「死語になったことば」がいくつか取り上げられ、
その言葉が生れた背景や、その後の行方についても書かれているのだが、 
索引をみると、驚くほどたくさんの「死語」が集められている。(1997年出版)

死語の行方には、2つあるとして、1つは、「将来、国語辞典に入る」もの、
例えば、「蓄音機」「十徳」など、モノである場合が多い。 もう1つは、
「消費し尽くされて、闇の中に消えてしまう」もので、実体のないフワフワしたもので、
「新人類」「フィーバーする」などの、いわゆる流行語が多いようだという。
   
        卓袱台と

話は変わるが、昨年、中国語学習会のMさんが、1984年からの「新語・流行語大賞」の
一覧表を 配って下さったことがあった。 私が、「三字経」などをまとめて、同学たちに
資料を配ったように、彼もまた、漢詩や、中国語で書かれた「水餃子の作り方」など、
色々と面白い資料を下さるのだが、偶々、「未整理抽斗」に入れたままのそれを見つけた。

きんさん・ぎんさんの、「うれしいような、かなしいような」(1992)が流行語になったのは、
随分、昔のことだ。
そういえば、「新人類」(1986)や「オバタリアン」(1989)も、今や、それぞれ40代、
60~70代になり、言葉そのものが、死語になったようだ。

話は戻るが、「現代<死語>ノート」の中に、1957年に「ケ・セラ・セラ」をみつけた。 
ヒッチコックの映画「知りすぎていた男」の主題歌で、ドリス・デイが歌って、アメリカで
ミリオンセラーになり、「明るいメロディと覚え易いカタカナ言葉で日本語版も普及した」という。

「なるようになるさ」というスペイン語だが、この言葉が「死語」になっていたとは・・・! 
以前、「禅語」を易しく解説した本を読んでいて、「任運謄謄(にんぬんとうとう)」について、
「ケ・セラ・セラ」「明日は明日の風が吹く」「将来を心配するより、今を精一杯生きよ」とあり、
この禅語とスペイン語の両方が気に入った。 
その後、「ケ・セラ・セラ」は、「マイ流行語」になったのだが、私にとっては、
終生、「死語」にはならず、愛用し続けるような気がする。
つれづれ

ねこはねるこ

2009年05月14日
このごろのアミ    
                眠る 眠る とにかく眠る

      アミとケシ   アミ
            2階で                   1階で
   
       アミ
                    2階で

     アミ     アミ 1階 ケシとトラ 2階
            2階で                   1階で (2階はケシとトラ)
動物など

歩道の絵タイル 中央区

2009年05月13日
先日、茅場町から東京駅まで歩いた時、途中の歩道で絵タイルをみつけたが、
その他にもあるのではないかと思い、中央区役所に問合わせてみた。
ところが、15年くらい前に、たくさん作られたのだが、今は、絵タイルのある場所も、
作られた経緯や委託先なども、記録がなく、詳しいことはわからないとのことだった。
また、古くなった歩道は、順々に更新されるので、絵タイルは外されていくのだという。 

なお、私が偶然出逢った、「阪本小学校」前の歩道のほかには、勝どきに1か所と、
湊橋から箱崎エアポートまでの通りに、何枚か残っているようだとの話もあった。
そのうちに、などと言っていると、なくなってしまうかもしれないと思い、
築地へ行った帰り、茅場町へまわってみることにした。 (「路面にも楽しみが・・・」) 

築地3丁目交差点  
    
          平成通り
                         明治の建造物と平成通り
              創業明治35年の「宮川食鳥鶏卵株式会社」
                 
 スズラン  アザミ
                  4箇所の歩道入口にあった絵タイル 
  テントウ虫   トンボ

茅場町ー霊岸橋(亀島川)ー湊橋(日本橋川)と歩き、
湊橋を渡ったところで、永代橋、湊橋、豊海橋、倉庫の絵タイルがあった。
ちょうど、お昼どきだったせいか、絵タイルの前で、カメラを構えて立ち止まるのは、
少々、憚られるほど、人通りが多かった。 

湊橋通りの絵タイル        
          湊橋

  箱崎町  箱崎通り
         
         永代橋
              
   豊海橋 倉庫
        
絵タイルが途切れるところまで行くと、大通りの斜向いに「箱崎バスターミナル」が見えた。
ここでUターンして湊橋まで戻ったが、こちら側の歩道のタイルも、ほとんど同じ絵だった。
地図をみると、隅田川も永代橋も、湊橋から数百メートルと、思ったより近い。 
後になってからだが、もう少し頑張って、永代橋まで行けばよかったと思ったことだった。 
旅・散策・イベント

貴重な緑

2009年05月12日
昨年、我が家近くの、小さな稲荷神社は、全面的にリニューアルし、
鳥居や社殿のみならず、参道や石段、そして狐たちまでも、何もかも新しくなった。 
それまでの、小さいながらも「鎮守の森」だった木立は、数本の樹が残されただけの、
明るい境内になった。

先日、ラジオで聞いたのだが、「鎮守の森」は、日本の平均的な森林に比べると、
CO2を3倍以上も吸収、蓄積している
という、調査結果が出たそうだ。
これは、どこの大学だったか、学生たちが、数年がかりで都内の59神社を調べた結果で、
下刈りなど人の手入れが行き届き、樹木が成長しやすいこと、
戦後に育成された「森」が多く、まだ若いこと、
シイやクスノキなど、CO2吸収量が大きい広葉樹が多いこと、
これらの諸条件が、「鎮守の森」のCO2吸収量を、大きくしている要因だという。

また、「鎮守の森」だけでなく、学校や公園などの樹木を手入れして大切にすることは、
都心の貴重な緑をを守るだけでなく、地球温暖化対策としても有効だという。
  
         椎の古木
         近所のH家のマテバシイの古木(樹高13.6m 幹周 6.5m) 

最近、幸田文の「木」という随筆集を、バッグに入れて持ち歩いている。 
薄くて、安くて(400円以下)、しかも、これほど中身が詰まった文庫本は初めてだ。
小さい頃から、著者たち姉妹は、父、露伴に自分専用の木を与えられ、管理することで、
木だけでなく、すべての植物に関心を持つように育てられたのだそうだ。 

著者は、木との出会いは、「出会い」ではなく、「出逢い」だという。 
木の精との「出逢い」を求めて、まさに憑かれたように、日本中を歩き回ったそうだ。
道案内の人たちの都合がつくまで根気よく待ち、弱った足を棒にして歩けるところまで歩き、
歩けなくなると背負われてまで、遠く北海道のエゾマツや屋久島の縄文杉に逢いに行く。 
その熱い思いに、読んでいて何度も圧倒された。

もう1冊、「命を守る森のささやき」という小冊子から。 
これは、先日、自由が丘のハーブ専門店「グリーンフラスコ」で、偶然、見つけたものだが、
緑の大切さをあらためて教えられた。

           椨の木
            近くの神社の椨(タブ)の木 楠科 大楠ともいう

木、特に常緑広葉樹は、立派な消火器の役割を果たしてくれているとのことだ。
1976年の酒田市の大火で、旧家にあった2本のタブノキが、延焼を喰い止めたこともあり、
関東大震災でも、緑豊かな岩崎家別邸(清澄庭園)に逃げた2万人は命を救われたとか。
また、花粉症は人間が作り出した災害とのこと。
戦後、経済的な理由で植えられたスギ林は、輸入材が増えたことで、放置されてしまった。
スギは、すべての生物がそうであるように、自分の生存権の危機を感じて、子孫を残そうと、
必死に花を咲かせ、たくさんの花粉を飛ばすのだそうだ。
さらに、海でも異変が起きている。 山に健全な森林がないために、栄養豊かな水が
海へ流れず、魚たちも減っている。漁師の仲間が、山に木を植える活動を始めたそうだ。

日本が誇る「鎮守の森」を、もう1度取り戻そうということで、植物学者の宮脇昭氏が
推進する植樹活動も紹介されている。 
「宮脇式の潜在自然植生」は、その土地に本来根付く植物を多様種植えるというもの。
1m四方のスペースがあれば、どこでも木は植えられるという。

ツル性の植物でつくる「緑のカーテン」は、各家庭でも何とか出来そうだし、
この宮脇式の植樹も広まって、ほんものの森がどんどん増えていけば、
人も動物も植物も、皆が住みやすい環境になるに違いない。
1本なら「木」だが、2本になれば「林」、3本の木なら、「森」になるのだから。
植物など

木を見て森を見ず

2009年05月11日
「木を見て森を見ず」という諺がある。 
西洋医学をメインとした病院の診察室では、こちらが訴える症状に対して、
検査結果やMRIやCTなどの画像による診断がほとんどで、ともすると、カルテやカルテ
代わりのパソコン画面を睨んでいるだけで、医師と患者が顔を合わせることは少ない。
診察室を出た途端、この諺がふと頭をよぎる。勿論、データや経験に照らし合わせた診断は
的確だろうとは思うのだが、でも、何か足りないような気がしてしまう。 
東洋医学では、脈や舌、顔色などを丹念に診て、血液検査もしないで、「血が薄い」とか、
「血が少ない」とか、「免疫力が落ちている」といったことを言われることが多いのだが。
          
     自然教育園の森

先日、東京原宿の小児科の開業医、毛利子来(もうり たねき) 医師の「木を見て森を見ず」
という題のエッセイを読んだ。 
最近の「後期高齢者医療制度」など、今の医療は、「木を見て森を見ず」と言いたくなる程、
「病気を治そうとして人間を殺す」という医療になりはてている」のだという。
「医療以外の制度や行政まで、そうなっていなければいいのだが」とも述べている。

例えば、子どもが熱があると駆け込んで来る母親は、体温計の数値にのみ捉われて、
子どもが全身で物語る様子を無視しがちと、患者の側にも問題はありそうだ。
「そもそも、体温計にばかり頼るのはどんなものか。 どうやら、数字で示されるから
科学的と信じられているようだが、実は、さほど科学的ではない。温度がわかるだけなのだ。
熱の程度を知りたければ、体温計よりも、子どもが発する熱を全身から感じ取ることのほうが、
ずっと気が利いている。 たとえば、抱いたときに立ち上る熱さ。吐く息にふっと漂う熱さ。
常日頃から子どもの面倒をみている人であれば、敏感にとらえられるにちがいない」


実際、40度もあるのに走り回っている子どもがいる。そんな子は、病気が重いはずはない。
少なくとも、急を要する事態ではなかろう。 逆に、37度ちょっとしかないのに、ぐったりして
いる子がいる。そんな子は、軽症とはいいにくい。それこそ、決して、見くびってはならない
のだそうだ。

確かに、孫のりんりんをみていて、どうも、はしゃぎすぎだなあ、と思っていると、
案の定、翌日、39度の熱が出たとかで、幼稚園から呼び出しが来たりする。
だが、本人はいたって元気で、一晩で、熱は下がることが多い。 随分と、体力がついたようだ。 
彼は、今までに、熱性痙攣を起こして、救急車で運ばれたことが2度ほどあった。 
最初は、2歳のときで、新米の母親である娘は、かなり、動転していたが、2度目のときには、
落ち着いたもので、3度目には、自分で車を運転して病院へ連れて行った。 
 
救急車は、国道をサイレンを鳴らして、スピードを上げて走っているのだが、
なかなか、スムーズには進まず、思ったより、時間がかかるものだと感じた。 
なぜか、私は3度とも、お付き合いするはめになったのだが、もう、救急車はご免蒙りたい。
「救急車」に乗りたいと望んでいた彼は、2度も乗ったに、全く、憶えていないようだ。

         ミニカー
                 
余談になるが、救急車で思い出したことがある。 
昔から、ミニカーなど、特に、救急車、消防車、パトカーなどの緊急自動車は、
子どもたちに人気があるが、りんりんが遊んでいた救急車には、全くもって恐れ入った。
というのは、もし、ミニカーが傍になければ、本物だと間違えるほどのサイレンが聞こえ、
「救急車が通ります。進路をあけてください!」、「もうすぐ病院ですからね!」と叫ぶ男性の
声が聞こえてくるのだ。 後部ドアもちゃんと両側に開く。 
この救急車(「おしゃべりトミカ」というらしい)も、彼はとっくに卒業したようだが。

「木をみて森を見ず」という戒めは、医療面だけでなく、何にでも当てはまると思う。
それとは逆に、「森を見て木を見ず」では、具体的な対処方法を選び難いだろうが、 
「木も見て森も見る」という、バランスのいい眼を持ちたいと願うことは、
欲張りすぎなのだろうか。 
私自身は、先ずは、「木を見て」から、「林も見る」でいこうかと思っているのだが。
つれづれ

リユース&リサイクル

2009年05月10日
「なくなるといいな、ゴミということば」という広告があるが、
「リデュース、リユース、リサイクル」の3Rは、環境問題解決のキーワードだそうだ。
リデュースは、ゴミそのものを減らそうという活動。
家庭でも出来る「リデュース」は、ゴミの削減、節約、節水、節電などだろうか。
「リユース」は、再使用すること。 「リサイクル」は、再資源化のこと。 

 道路上  踏石
    もと石造りの防火用水槽      わが庭に残る もと瓦屋根と石臼(内側)
        
       新橋駅前
        JR新橋駅前広場の蒸気機関車 C11 (1番線ホームより)
                
このSL広場では、正午、午後3時、午後6時に、汽笛を聞くことができる。
昭和20年に生まれた、このC11は、西日本のローカル線を走っていたとか。
今、ここは、絶好の待ち合わせ場所、インタヴュー場所となっているようで、 
新聞6紙、すべての号外が配られる場所は、この広場だけだということを、最近知った。

          「汽笛一声」
    「汽笛一声」の碑 新橋地下駅開業記念 1976.10.1(3番線ホームより)
                
ペットボトルは、ガラス瓶や缶代わりの容器として再利用したり、小物入れや鉢などに
加工したり、ペットボトルロケットとして、教材としても利用されることもある。
水を入れたペットボトルを玄関先に置くと、猫避けになるとの情報?が流れて、
町のあちこちで、よく見かけるが、果たして、効果はあるのだろうか? 

   花壇で  門の脇で
              風車?                   猫避け? 
                
ペットボトル入りの飲料は、水筒要らずの軽便さから、多くの愛用者を獲得した。
日本に自動販売機が入ってきて、わずかの間に、その普及率は、世界一になったという。 
しかし、その反面、新たに生じた問題も多く、莫大な電力消費量は、
100万kWの原子力発電所が、1年間フル稼動して得る発電量を、はるかに超えるとか。 
また、景観の問題、配送の問題、ゴミ処理の問題なども、軽視できないようだ。
 
以前、ペットボトルが、フリースにリサイクルされるときいたことがあったが、やはり、
リサイクルの代表は、古新聞、古雑誌などを回収、再生した「再生紙」だろう。
トイレットペーパーも、再生紙の1つ。 駅のトイレットペーパーには、
使用済み「切符」をリサイクルしたものがあるとのことだ。 
最近は、パスネットやスイカなどの「ICカード」で、自動改札を通ることが多くなったので、
特に、私鉄では、使用済み切符は少なくなったのではないだろうか。 

          中国茶水筒
           菊茶入プアール茶を入れた水筒と中国茶 

私も、偶にだが、駅のホームの自販機のお茶を、ICカードで調達することがある。
自宅では、中国語の同学Sさんに買ってもらった「中国茶用携帯水筒」(茶漉付)に
中国茶を入れて、愛用しているが、外出の際にこそ、携帯しなくてはと思っている。
つれづれ

資源回収とホームレス

2009年05月09日
週1度の資源物回収の日、わが家近くの集積所にも、数軒分の資源物が
出されるのだが、ある朝、コンテナから、出ていたはずのペットボトルの袋がなくなり、
次に、出掛けに見たときには、ダンボールなどの古紙の束も消えて、
資源回収のトラックが来る前なのに、コンテナの中は空っぽになっていた。

このように、業者だか、ホームレスの誰かだかによる、資源物の無断持ち出しが、
後を断たないとか。 罰金付きの防止条例もあるし、先月から、民間委託ながら
「抜き取り監視パトロ-ル」も始まったらしいのだが・・・。

自分自身が自転車に乗れなくなるほど、たくさんの空き缶を詰め込んだ大袋を積んで、
ガラガラと自転車を引いて行く、そんな光景をわが町でもみかけるようになった。
我が家の前の資源物も、きっとこういった人たちが、持って行ったのだろう。

      空き缶を積んで      
                      ガード下
                    駐輪中のリヤカー 有楽町付近のガード下
 
ちなみに、わが区では、新聞・チラシ、雑誌・雑紙、紙パック、ダンボールなどの紙類と、
瓶、缶、ペットボトル、食品トレイの8種類が、回収資源とされている。
       
ところで、空き缶や古紙などの収集で、生計を立てているホームレスの人たちが多い中、
先日、偶々、目にした「ブルーシートの住人」は、大分、異質な生活をしており、 
彼の口述本によると、「古紙や空き缶集めはしない」「拾ったものは食べない」「清潔好き」で、
洗濯もマメにし、3日に1回は銭湯へ行っているのだとか。

      多摩川べり
      所有するボートで、魚を獲ったり、時には、人命救助も!

多摩川の丸子橋付近が拠点。「住所 田園調布 職業 ホームレス」という本の主人公が、
柴犬と烏骨鶏を飼いながら、自給自足?の暮らしを続けているようだ。 
とにかく、彼は、交友関係が広く、時に、警察に依頼されて人命救助をすることもあったし、
子どもたちにモノの大切さを教えたりと、毎日忙しい。 この辺りでは、かなりの有名人らしい。
時々、河川敷で遊ぶことがある、孫のりんりんは、烏骨鶏の卵をもらったこともあるという。
つれづれ

満1歳になったトラ

2009年05月08日
5月1日、トラとアミは満1歳を迎えた。 
トラは、とにかく甘ったれで、警戒心も強い。    (「アミ満1歳になる」)

トラの1年      
              生後1ヶ月のトラ2008.6.7
     
       生後4ヵ月9.15

             きつい顔のわりには甘ったれ 12.30

生まれた時は、もっとも警戒心が強かったが、今では、もっとも人懐っこい猫となった。
2階ベランダのガラス越しに、中の様子を窺い、眼があうと「みゃあ~」と何かを訴える。

      もっともわがまま娘3.1

チャトラン用にセットしたダンボール製の部屋がお気に入り。
隙あらば陣取って、チャトランがやって来ても明渡すことはない。 
ちなみに、アミがここに入っているのは、見たことがない。
動物など

上野から谷根千へ

2009年05月07日
今回のスケッチ会は、「谷根千(やねせん)の下町散策となった。
「谷根千」とは、江戸の下町、谷中(台東区)と、根津・千駄木(文京区)の界隈を指す。 
「阿修羅展」で賑わう、トウハク(東京国立博物館)前の、循環バス「めぐりん」のバス停に
集合したのは、総勢6人。 
快晴だが、それほど、暑くもなく、寒くもなく、穏やかな散策日和の1日だった。

先ずは、千駄木方面に向かう「東西めぐりん」に乗車。 
バスの中からも、地図を片手に散策したり、買物を楽しむグループをいくつも見かけた。 
千駄木駅前で下り、旧藍染川の「へび道」を通り、「大名時計博物館」へ向かった。 
            
この「大名時計博物館」は、35年前に、旧勝山藩(現在の岡山県)の下屋敷跡の民家を利用して
作られたもので、博物館というよりも、古時計マニアの陳列室といった佇まい。
ワンフロアの薄暗い館内には、陶芸家、故上口愚朗氏が収集した、江戸時代の
貴重な和時計が展示されていた。
(やぐら)時計、印籠時計、御籠時計、香盤時計など、どれも珍しい時計ばかりだ。 
大小2つのオモリで動く、高さ1mくらいの時計は、今も、時を刻んでいた。

   猫まるカフェ    谷中銀座
    広告の中の猫 めぐりん車内         屋根の上の看板猫 谷中銀座

その後、谷中を巡り、途中のお蕎麦屋さんで、早めの昼食をとってから、谷中銀座へ。
「谷中七福神」うどん(そば)は、7種の具が載っていて700円(冷しそば 770円)。

               谷中七福神うどん
          エビ(恵比寿) 袋茸(大黒) 筍(福禄寿) 海苔(寿老人)
          紅白蒲鉾(弁財天) うづら卵(布袋) 鶏肉(毘沙門天)

食後のフリータイムでは、Y夫妻と私は、千駄木の緑豊かな「須藤公園」を抜け、
旧安田楠雄邸に向かったのだが、着いてみると、残念ながら、お休みだった。  
雛祭の頃に、開館日を調べたことがあったが、そういえば、水曜と土曜のみの開館だった。  
   
             谷中2丁目 これはホンモノの猫 
                硝子ケースの中の猫 谷中

台東区と文京区の境目、「よみせ通り」の喫茶店に集合してみると、
スケッチした人は1人もいなかったが、皆、それぞれに収穫があったようだ。
そして、再び、谷中銀座の商店街を抜けて、JR日暮里駅へ到着したのは、午後3時。
この日、谷根千のうちの根津には、行けなかったが、
充分、下町情緒を味わうことが出来た。

帰宅後、携帯の歩数計をみてみると、14,322歩だった。 
大名時計博物館でみた、江戸時代の歩度計でなら、「何里何町」と表示されたことだろう。
旅・散策・イベント

路面にも楽しみが・・・

2009年05月06日
Hさんの展覧会をみた後、少し遠回りをして、東京駅まで歩いた。
日曜日だったせいか、いつもは、ビジネスマンの往来で賑わっている通りが、
人通りは少なく、開いている店もほとんどなかった。 

途中、ビルと公園の間に、「中央区立 阪本小学校」の門があり、近寄ってみると、
門柱にかけられた銅版には、「明治6年創立 第一番官立小学 坂本学校」とあった。
この学校は、「第一大学区第一中学区第一番小学 阪本学校」として開校したが、
日本の公立学校創生期において、「一、一、一」を冠した小学校は、
日本中でも、この学校だけ
だという。 (明治4年 文部省設立 5年 学制発布)
なお、谷崎潤一郎、左団次、杵屋六左衛門などを輩出しているとのこと。

この小学校近くの歩道で、路面に埋め込まれた絵タイルをみつけた。 
画の説明は見当たらなかったが、この付近を歩いてみると、
ほかにも、こういった絵タイルが見付かりそうな感じがした。

はじめて歩いた道で       
            中央区
                    坂本公園前  中央区茅場町
ときどき歩く道で
           新橋駅近く
         「打ち水にご協力ください」「この歩道は保水性道路です」 新橋駅付近

              ハチ公の足跡? 
             「JR渋谷駅」を指し示すハチ公?マーク  地下街

たまに歩く道で
          横浜三塔
        横浜市中区 県庁前 ジャック・キング・クウィーンの塔のマーク

   県庁前    綱島
        横浜市中区 県庁前            横浜市港北区 綱島商店街
               六郷用水  
              陶製のカラフルな葉が散らされている 
                  大田区 六郷用水沿道

路面のタイル画といえば、足許ばかりを見ながら歩くわけにはいかないが、
都内だけでなく、近郊各地でも、楽しいものがたくさんあるようだ。
旅・散策・イベント

端午の節句

2009年05月05日
今日は、24節気の1つ、立夏。 「夏の気はじめて立つ」と言われる。 
「端午の節句」は、男子の節句とされているが、もともとは女性が身を清める日だったとか。
陰暦の5月初旬は、田植えの時期でもあり、その主役となる「早乙女」(さおとめ)たちが、
菖蒲の葉で葺いた小屋に籠り、穢れを避けるという「五月忌み」の風習があった。

「端午」は、旧暦の午(うま)の月の「端」(始り)の午の日という意味だったが、
「午」は「五」に通じることから、午の月の五日、5月5日が「端午の節句」となったという。

銭湯の煙突  ショーウィンドウに
   煙突に40匹の鯉(杉並区高円寺)      ショーウィンドウ(豊島区池袋)

日本では、「端午の節句」に、粽(チマキ)や柏餅を食べるが、
柏餅は、江戸時代に登場した日本独特のお菓子だという。 柏は新芽が出るまで、
古い葉を落とさないことから、「家系が途絶えない」ことを連想させ、縁起のよい樹とされる。
粽を食べる習慣は、中国から、「端午の節句」の行事とセットで、伝わってきたらしい。 

昔、楚の国に、屈原(くつげん)という政治家がいて、人々の信望を集めていたが、 
陰謀によって失脚し、国を追われて、汨羅(べきら)という川に身を投げてしまった。 
彼の徳を慕う人々は、川に行き、小舟を浮かべ、太鼓を打って、魚を追い払い、
さらに餌として、粽を投げ入れ、屈原の身体を魚から護ろうとしたという言い伝えがある。

やがて、中国全土で、命日の5月5日に、屈原を供養する祭が行なわれるようになった。
この日、舳先に龍の飾りをつけた「龍船」で競争するようになり、これが、
ドラゴンレースの始まりとも言われる。さらに、病気や災厄を除ける大切な宮中行事となり、
「端午の節句」と称されるようになったとか。

日本の「端午の節句」には、鎧兜と鯉のぼりは欠かせないが、これが定着したのは、
江戸時代になってからとのこと。 
また、「尚武」(武芸を尊ぶ)と音が通ずる「菖蒲」は、その強い香りが不浄を払い、
邪気を遠ざけるといわれ、「菖蒲枕」や「菖蒲湯」などの風習が生まれたようだ。

    鯉のぼり        兜の前で 
       風のない日                紙製の兜をかぶって
    
夏生れの息子(ゆうゆうのパパ)が、ちょうど9ヶ月のとき、初めての「端午の節句」を迎え、
庭に鯉のぼりを立て、兜を飾って、お祝いした。 もう、30年以上も前のことだ。

写真をみると、「歩行器」の中の息子は、包み紙で作った兜をかぶっている。
娘は10ヶ月で歩いたが、息子が歩き始めたのは、1歳2ヶ月くらいだった。 
それまでは、このキャスター付きの歩行器で、部屋中、自由自在に移動していた。
当時も、歩行器を使うと、筋肉の発達などによくないとか、怪我しやすくなるとか、
いろいろ言われていたような気もするが、わが息子に関しては、問題はなかったようだ。

木の枝に引っ掛かると大変だった鯉のぼりは、何年もしないうちに飾らなくなり、その後、
兜もいつまで飾っただろうか。 それでも、息子は、高校時代には、陸上、大学時代には、
ラクロスと、どちらかというと身体を動かすことが好きな男の子に育ってくれた。

5年前、娘に男の子が生れた。 そこで、20数年ぶりに恐る恐る「兜」を出してみると、
箱のビョウの1部に錆が出ていた以外、「兜」は、綺麗な状態を保っていた。 
その後、息子のところで生まれたのは、女の子だったので、「兜」は、息子の元へ行かず、
今もそのまま、我が家にあり、息子と同じ歳を重ねている。
つれづれ

緑のカーテン

2009年05月04日
今日は「みどりの日」。
「自然に親しむとともに、その恩恵に感謝し、豊かな心をはぐぐむ」ことを趣旨としている。 
それまで4月29日だった「みどりの日」は、2007年以降、5月4日となり、
4月29日を「昭和の日」とすることになった。

先日、東急線大岡山駅に併設された「東急病院」に行く機会があった。
かつて大岡山駅に隣接した場所にあったこの病院は、ちょうど1年半前、駅舎の真上に
移転したのだが、コイルばねの振動防止装置を設置して、鉄骨造り5階建の建物が
揺れないような構造にしてあるのだとか。 
駅の上に病院が建てられたのは、わが国初めてのことだそうだ。

道路を挟んで向い側には、東京工業大学。 周辺は、商店街と住宅街。
閑静な学園都市の空に、忽然と出現した建物は、不思議な生きものにも見える。

 大岡山駅と東急病院  東急病院

ガラス張りの壁面には、緑のツタをはわせ、屋上庭園を設け、夏は2℃ほどの
室温低下を図っているという。  
最近では、窓がなかったり、あっても曇ガラスの窓という病院は少なくなったと思うが、
ただでさえ、気持ちが沈みがちな病院で、緑のカーテン越しに街が望めることは、
利用者の心を休める、何よりの薬になりそうだ。

病院を出てから、洗足池の方へ歩いて行くことにした。
途中の街並みには、淡い黄色のツルバラが下がっていたり、ジャスミンが塀を覆い、
藤の蔓がワイヤーを上って、緑のカーテンをつくっているマンションなどがあり、
この街は、地域ぐるみで「緑化運動」をしているように思えた。

      マンション    薬屋さん

帰宅後、駅でもらってきた東急線各駅に置いてある月刊誌を開いたところ、
偶然にも、この病院の「壁面緑化」に関する記事が載っていた。
建物の壁にワイヤーを張って、4200本のツタを巻きつけていること、
1年以上かけた研究の結果、「テイカカヅラ」や「ハゴロモジャスミン」など、
7種類の常緑のツタを使うことに決まったこと、
屋上にある水のタンクから、1日に2回、自動で水遣りしていること、
建物全体をツタが覆うには、10年の歳月を要するということ、などが書かれていた。

地球温暖化やヒートアイランド現象など、地球や都市の環境について、色々な問題が
毎日のように取り上げられているが、
先月、港区の図書館からもって来た栞、「みどりのカーテン 身近なエコを楽しもう!」に、
「がんばって環境のための行動に取り組むことも有効ですが、
一時的な大きながんばりよりも、普段の生活に小さくて楽しい環境活動を取り入れ、
長続きさせることが、さらに重要なことです」
と書かれていた。

昨年、ごんさんは、「緑のカーテンづくり」の講習会に行き、朝顔などの種を買って来て、
2階のベランダにカーテンをつくるべく、頑張ったのだが、半分しか成功しなかった。
朝顔は屋根まで蔓を伸ばし、何とか花を咲かせたが、ゴーヤ、ヘチマはあまり伸びず、
実をつけることなく、枯れてしまった。
今年こそは、再チャレンジ。苗から育てて成功させると、張り切っておいでなのだが・・・。
旅・散策・イベント

スイートピー

2009年05月03日
  スイートピー  マメ科  レンリンソウ属
            学名  Lathyrus odoratus               
            和名   ジャコウレンリソウ(麝香連理草) ジャコウエンドウ(麝香豌豆)
            原産   地中海沿岸

              スイートピー

スイートピーには頚椎麻痺を引き起こす強い毒があり、家畜が野生のスイートピーを
食べて中毒を起こし、足に麻痺が残った例があるという。 人間にも同様の中毒が起き、
後遺症が残る危険があるとか。 きれいな花ほど、トゲや毒があるのかもしれない。

『赤いスイートピー』という歌が出た当時は、まだ、赤は生れていなかったらしいが、
今は、カーネーションと同じように、品種改良がすすみ、赤色、黄色、濃紫の花など、
品種改良された、カラフルなスイートピーを、花屋さんの店先で、たくさんみかける。

F先生のデッサン教室で、1度だけ、葉がついたスイートピーを写生したことがあった。
花屋さんでは見かけないので、こういった花を描くには、種を蒔いて育てなくてはならず、
それが、苦手な私にとっては、このときの画は、とても貴重なものとなっている。

        スイートピー スケッチの1部

旧宅を解体したとき、表玄関と横の3畳間の、電気の笠を取って置いたのだが、
3畳間にあった球形の笠を、花瓶代わりにして、葉がついた白や淡いピンクの
スイートピーを活け、本画を描いたことがあった。 (この画はSさんのお宅にある)
やはり、無理につくられた濃い色の花より、葉もついた、自然な感じの淡い色の方が、
いかにも、明るい春のイメージがして、好きだ。
植物など

豌豆と蚕豆

2009年05月02日
「八十八夜」にあたる今日は、立春から数えて88日目にあたり、「八十八」という文字を
組み合わせると、「米」になることもあり、この日は農村の人々にとって特別な日。

ゆっくり歩いていると、あちこちにある空地の緑に目が行き、引き寄せられる。
先日も、タンポポ、ヒメオドリコソウ、オオイヌノフグリなどに混じって、ヤハズノエンドウが、
可愛らしいエンドウ豆の花に似た、赤紫の花をつけているのを見つけた。   
このヤハズノエンドウは、カラスノエンドウともいう。

          カラスのえんどう
                   ヤハズノエンドウとタンポポ
 
ヤハズノエンドウの原産地は、オリエントから地中海。 
現在では、雑草扱いだが、古くは作物として栽培されていたらしく、若芽や若い豆果、
熟した豆も、食用にすることができるという。 さすが、ソラマメ属だ。
そういえば、キク科のタンポポも、西洋でも漢方でも、薬草の女王といわれているとか。
根はコーヒーの代用にもなるが、気功の楊先生が教えて下さったのは、
「葉をサラダにしたり、炒めたり、和えたりして食べられる」と。簡単な方法だ。

毎年、近所の空地で、タンポポもヤハズノエンドウも、たくさんみかけるので、
春先になると、自分の庭や畑に育っているようで、とても嬉しくなる。 

20年近くも前のことになるが、絵のサークルに入ってまもなくだった頃、
あるメンバーのご自宅近くにある区民農園に、数人でスケッチに行ったことがあった。
竹箒を逆さにしたような支柱に巻きついた、えんどう豆の蔓に、赤紫の花が咲き、
緑色の実もなっていた。 
私は、6号大の画用紙を縦に2枚繋げて、この豆の蔓をスケッチした。

               豌豆の花

これを元に描いた本画は、縦長の12号の変形で、ベニヤを切って、和紙を貼ったが、
額が特注になってしまい、拙い画が、立派な額に納まることになってしまった。
「馬子にも衣装」とはいうが、画が引き立ったとは思えなかった。 
この画は、知人の家に行った。 いつかは、この額に合う画を描きたいと思ったのだが・・・。

えんどう豆の花には、白花種と紅花種があり、未熟な鞘を食べるサヤエンドウ、
鞘の中の豆を食べる実エンドウ(グリーンピース)、肥大した鞘と豆の両方を食べる
スナックエンドウ(スナップエンドウ)の3種類があるという。

     1月   4月 
        道路脇の豌豆 1.6        4.11 絹サヤも発見

ある年、絵の先輩から、「ツタンカーメンのエンドウ豆」という種を貰ったことがあった。
この種は、有名なツタンカーメン王の墓から発掘され、3000年の時を超えて発芽し、
食べられたということで、今では世界中に広まり大事に栽培されているそうだ。
花・鞘は紫色で豆は緑色。 現代のエンドウ豆に比べ、柔らかく、少し小粒で淡白な味。

我が家で、収穫出来たのは1度きりで、後は続かなかったと思う。 
花も野菜も、苗や鉢を買って来ては、駄目にしてしまう私は、やはり、空地やよその畑で
描かせて貰う方が似合っているようだ。

その後、蚕豆の花は、別の区民農園で、スケッチしたことがあった。
   
                 蚕豆の花
                    
つい、この間、近くの畑で、豌豆と蚕豆が栽培されているのをみつけて、
うれしくなった。 しかも、支柱は竹の枝だった。
スケッチしたいと思ったが、畑の周りには柵があり、鍵がかかっていて、中には入れない。
仕方がないので、最寄の区民農園へでも行って、豌豆を探してみようかと思っている。
植物など
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