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「茅の輪」めぐり

2009年06月30日
港区
           愛宕神社 
                愛宕神社 千日詣り   
目黒区 
                奥沢神社 
                     奥沢神社     (「茅の輪くぐり」)
品川区
           居木神社 
                    居木神社
 
            氷川神社  
                 氷川神社(西五反田)
大田区    
  雪谷八幡雪谷八幡 
    這い這いで参拝?    「豆撒き」以来の雪谷八幡神社   (「立春大吉」) 

杉並区
           氷川神社 
           高円寺 氷川神社  境内に「気象神社」がある 
                 
世田谷区     
 世田谷八幡宮世田谷八幡宮
            世田谷八幡宮 
                    世田谷八幡宮 

昨日の午後、「世田谷八幡宮」では、今日の「夏越の大祓え」の準備が行われていた。 
広い境内は、掃き清められ、ちょうど、「茅の輪」が設置されるところだったので、
この神社と通行止めが置かれた「居木(いるぎ)神社」では、「茅の輪」を潜らなかった。

「愛宕神社」の千日詣り(6.23,24)の日から、毎年、茅の輪が設置される神社を廻ったが、
茅の輪そのものは、ほとんど同じようだった。
今日の 「夏越の大祓え」の神事は、どうやら、雨の中で行われることになりそうだ。           
旅・散策・イベント

「茅の輪」くぐり

2009年06月29日
早いもので、明日は、1年の折り返し点にあたる、6月30日となる。 
「大祓」は、6月と12月の晦日に行われる、罪や穢れを祓い、無病息災を祈願する、
神道の行事であるが、「夏越大祓(なごしのおおはらえ)」は、6月に行われる祭事。
「水無月祓」「輪正月」などとも言われ、茅草で作られた「茅の輪(ちのわ)」を潜る。 
 
           茅の輪 奥沢神社
   
茅草を使うのは、茅の輪を腰につけていたら、疫病をまぬがれたという「備後国風土記」に
記されている神話からきているようで、「茅の輪」の潜り方には色々あるらしい。
「茅の輪」の正面より、先ず、左に、そして、右、左と3回、8の字にまわるところが多い。
「形代(かたしろ)」あるいは「人形(ひとがた)」を抱いて潜る神社もあるようだ。

3年前、たまたま、車で通りかかった、「奥沢神社」(世田谷区奥沢)の鳥居の下に、
「茅の輪」が作られているのをみた。 
早速、母を誘って行ったが、「夏越大祓」の前日だったため、境内は、静まり返っていた。
この日、裏から境内へ入ってしまったので、一旦、茅の輪の横を通って、正面に回り、
案内通りに、左回り、右回り、左回りと3回、8の字に回まわったことを覚えている。

ここ「奥沢神社」の鳥居には、しめ縄ではなくて、藁作りの大蛇が絡ませてある。
江戸時代の中頃、奥沢の地に疫病が流行したとき、この村の名主の夢枕に、
八幡大神が立って、「藁で作った大蛇を、村人が担ぎ、村内を巡行させると良い」という
お告げがあったという。 
村人は、早速、新藁で大きな蛇を作り、村内を巡行したところ、疫病が終息したとのこと。 
それ以来、厄除けの大蛇として、鳥居に絡ませることになったのだそうだ。
 
奥沢神社鳥居大蛇の顔 
 およそ長さ10m、胴の直径25cm、重さ約150kgの大蛇  交替まで2ヶ月
    
毎年、9月の秋祭りで、「大蛇お練り巡行」(世田谷区無形民俗文化財」)が行われる。
新しく作られた大蛇は、拝殿に奉納されて、前年奉納された大蛇が、鳥居の大蛇と
なるのだという。 

「茅の輪」そのものは、今までにも、幾つかの神社で見かけたことがあったが、
「茅の輪潜り」の神事は、6月30日の夜に行われることが多いので、残念ながら、
まだ、1度も拝見したことがない。 

        母の分 も一つくぐる 茅の輪かな   一茶
つれづれ

故郷への起点 「上野」

2009年06月28日
東京の北の玄関口、「上野駅」(台東区)の前には、日本で最初の公園である
「上野公園」があり、その広大な敷地の中には、不忍池や寺社、博物館、美術館、
動物園、芸術大学などがある。 

動物園近くの「不忍通り」の街路樹の下に、動物の絵タイルを見つけた。

      フラミンゴ      キリン
       街路樹
      シマウマ     ペンギン

また、上野駅前商店街でみつけたのは、東北、信越、そして、東京、神奈川をのぞく
関東各県の絵が刻まれたポールだった。
店の方を向いているものもあれば、斜めを向いていたり、横を向いているのもある。

 青森県  岩手県  宮城県
      青森県             岩手県            宮城県
    「ねぶた祭り」         「おにけんばい」      「仙台七夕まつり」

 秋田県  山形県  福島県
     秋田県              山形県           福島県
    「なまはげ」           「花笠おどり」      「相馬の野馬追い」 

 宮城県古川市 新潟県 長野県
台東区姉妹都市 宮城県古川市     新潟県           長野県  
   「ササニシキの里」        「佐渡おけさ」         「はと車」

この車止めのポールは、ときに、椅子の代わりにもなるようだ。 
群馬県のポールの下の歩道には、ご丁寧にも、「前橋市まで111.2km」 
「高崎市姉妹都市 サンアンドレ市 ブラジル 18200km」と書かれている。
 
 栃木県 前橋 群馬県
     栃木県             群馬県              群馬県   
 「日光の千人行列」                        「小林山のだるま市」 

 茨城県  千葉県  埼玉県
       茨城県            千葉県              埼玉県
      「水戸の梅」      「大原のはだか祭り」      「岩槻のひな人形」

私は、東北各地、特に、山形には、度々訪れたが、「ねぶた」も「なまはげ」も、
そして、「花笠踊り」にも、出会う機会がなかった。 
きっと、たくさんの人たちが、このポールをみて、故郷を懐かしく想い出すことだろう。
東京生れで東京育ちの私には、遠くに「故郷」がある人たちが、羨ましく思える。
旅・散策・イベント

今どきの賢妻良母は?

2009年06月27日
今日は「女性雑誌の日」だとか。
1693年にロンドンで、女性向けの週刊誌「ザ・レディース・マーキュリー」が
創刊された日だそうだ。
日本で初めての女性雑誌は、青鞜社の機関紙である、「青鞜」(1911~1916)だが、
これは、当時の家父長制度の桎梏から、女性を解放しようという思想のもとに、
平塚らいてうが、生田長江のすすめと母からの資金援助を受けて創刊したもの。
「青鞜」という誌名は、当時のヨーロッパで、知的な女性達が、履いていた靴下が
青かったことから、ブルーストッキングと呼ばれたことに由来する。

雑誌「青鞜」は、当時、家父長制度に従属させられていた女性たちの共感を得ていたが、
「良妻賢母」の理念にそぐわないとの理由から、当局によって、廃刊へ追い込まれた
という。
          女性雑誌
           
以前、読んだ「日本文化を中国語で紹介する本」に、「賢妻良母」という項目があった。
それによると、明治時代の国家制度の基礎は「家制度」で、一家の主である夫に従う
女性が理想的だとされた。 こういった考え方から、昭和40年代までは、
女性は結婚後、退職して、家事や子どもの養育に専念することが、望ましいことであり、
幸せだと思われていた。
だが、現在では、家庭は、自立した男女によって構成され、共に社会に参加する
というのが一般的になったというようなことが、書かれていた。

昨年、老師のご病気で、中国語教室の授業が中断していた頃に、日中両国語の
「四字熟語」を対比して、両国語で注釈した一覧表を作ったことがあった。 
日本語の「良妻賢母」は、中国語では、「賢妻良母」というが、このほかにも、
「堂堂正正」「不省人事」や「古今中外」「前所未聞」「意気相合」などのように、 
4文字全てが同じ熟語もあれば、その中の1文字が異なる熟語や、1部の文字が
入れ替っていても、ほぼ同じ意味を持つ熟語などがあって、とても興味深かった。 

因みに、朝鮮語でも、「賢母良妻」と同様の言葉があり、それは儒教的色彩の強い
女子教育を形容する際に用いられるのだという。

「良妻賢母」「賢妻良母」、私が気に入っているのは、断然、「賢い妻で良い母」だが、
「良妻」「賢妻」「賢母」「良母」、私自身はといえば、どれ1つ、近いものはない。
つれづれ

なかよし兄妹

2009年06月26日
兄のケシと妹のトラは大のなかよし   

2階ベランダ 畳の上で
            畳上
                                     
アパートの入居率はいつも50%以下  トラが割り込む ケシは耐える

    3階 
                          301号室
                         3階 

   2階 201室
        
             1階 101号室

庭の片隅で 
        庭 

アミは別館で悠々と 
          アミ
動物など

列をつくって

2009年06月25日
上野公園(台東区) 
           炊き出しを待つ 3.10
                               炊き出しを待つ列
   
           阿修羅展 4.30
                  東京国立博物館 「阿修羅展」に並ぶ列
   スケッチ 4.30
                          画板を持って
             遠足 4.30 
                                リュックを背負って  
集団下校(大田区)
          集団下校
                            ランドセルを背負って
ランチどき(中央区)
                うどん屋
                                 うどん屋さんに並ぶ列
旅・散策・イベント

ツバメの子育て

2009年06月24日
5月初め、駅改札口の天井近くに、ツバメの巣が完成した。  (東急多摩川線鵜の木駅)
1日に1個ずつ、3~7個を産み落としてから、卵を抱き始める、と聞いたので、
10日過ぎに行ってみると、すでに卵を抱いている模様だった。(「ツバメの巣づくり」)

その後、巣の様子を見たくて、この駅で途中下車をしたり、1電車遅らせたりもした。
小さな街だが、駅前商店街の賑やかな人の声、踏切りの音、発着案内のアナウンス、
改札口を通る大勢の乗降客の雑踏、そんな中で、ツバメの子育てが始まった。

5月末、ごんさんを誘って、巣の様子を見に 出かけた。
電車が行ってしまってから、ホームの上でみていると、親ツバメが巣に餌を運んできた。
いたいた! 暗くてはっきり見えないが、大きく開いた口が見えた。 
ごんさんは、最近買った、一眼レフデジカメ(+望遠レンズ)で、巣に餌を運ぶ親と、
餌をねだるヒナのツーショットを狙ったが、なかなか、むずかしそうだった。 

         10:58ホームの上から

改札を出て、しばらく、巣の様子を見ていたら、すぐ上の電線に、メスのツバメだろうか、
巣が見える位置にとまっていた。
カメラを構えて駅にいたのは、5分足らずだった思うが、親ツバメが餌を運んでくるところを
何回もみることが出来た。

  11:39
                  11:39
                               再び 餌を探しに
 11:39  
              
ヒナが孵ってから、そろそろ、ひと月くらいだろうか。 巣立ちの日も間近なことだろう。
動物など

緑道散策の魅力

2009年06月23日
近頃、「○○緑道」とか「みどりの散歩道」という名の、歩道を歩くことが楽しくて仕方がない。
街の中の歩道も、絵タイルが敷いてあったり、配電盤ボックスに絵が描かれていたり、
いろいろ工夫はされているものの、歩いている脇を、自転車がすり抜けるように通ったり、
すぐ横が、車道だったりして、のんびりと歩く気になれない。
大きな公園や植物園内だけでなく、静かに散歩できる所はないものかと探してみると、
小鳥の囀りが聞こえてくる、緑に囲まれた散歩道が、都内にもたくさんあることを知った。

最近では、中野区の神田川四季の道や「目黒川」「等々力渓谷」沿いの道を歩いた。
目黒区内には、川を暗渠にして、その上を散歩道に整備した、「蛇崩川」「立会川」「吞川」
「羅漢寺川」「谷戸前川」「六畝(ろくせ)川」「九品仏川」の緑道に、緑の多い歩道を加えた、
9つの「みどりの散歩道」があるようだ。

1つ目の、「立会川緑道」を歩いたとき、車止ポールに乗っている「生きもの」をみたが、
「セミ」なのか「ホタル」なのか、よくわからないものもあり、他にどんなものがあるのか、
詳しく知りたくなって、中目黒駅(東急東横線/地下鉄日比谷線)で途中下車して、
目黒区役所に寄ってみた。 「みどりと公園課」で、ポール上の小動物は鋳物製で、
全部で12種類あることなどを、職員の方が丁寧に説明して下さった。 
そして、4月に改訂された新版の「みどりの散歩道」のコースガイド(300円)を紹介され、
時間があったら是非にと、「蛇崩(じゃくずれ)川緑道」から世田谷区へ続くコースを勧められた。
 
          みどりの散歩道

その後、渋谷で「気功」の練習をした後、Mさんと2人、早速、お勧めの「蛇崩川+α」の
コースを歩いてみることにした。 これが2つ目。 歩くと汗ばむような陽気だったが、
世田谷区に入り、下馬の「駒繋神社」に辿りついたところで、この日の散策を切り上げた。

この神社の境内も、深い緑の中にある、まさに「鎮守の森」だった。 
「駒繋」の名は、源頼朝が、この場所に馬を繋いで休息したという故事に由来し、
「下馬」の地名は、馬を下りた場所、また、「上馬」は、馬に乗った場所だといわれる。
小一時間、おしゃべりをして、近くのバス停まで歩き、バスで目黒駅に出た。

3つ目は、「吞川本流緑道」。 この緑道の車止めにも、「生きもの」が乗っていた。
歩いていくと、「氷川神社」(目黒区八雲)への案内板があり、寄ってみた。
とても都会にいるとは思えない静けさの中、「一の鳥居」から神殿への参道を歩いた。
「これこそ、鎮守の森」と思いながら、「三の鳥居」をくぐると、左手に立派な「神楽殿」があり、
「目黒囃子保存会」の方たちが、獅子舞のお獅子や太鼓などをセットしているところだった。
伺ったところ、1年に1度の「夏の大祭」の日で、準備が出来次第、始めるということだった。
              
   氷川神社 アカガシ
         氷川神社 神楽殿                アカガシの古木

また、境内には、「アカガシ」の枯れた株があったが、このご神木は癪(しゃく)封じのご利益が
あるとつたえられており、木の皮を剥いで、煎じ薬にする信者が、あとを絶たなかったのだという。
しばらくして、お囃子が始まったが、観客は何人もいなかった。 「秋の例大祭」では、
「剣の舞い」が奉納されたり、参道に屋台が並んだり、多くの参詣客で賑わうそうだが・・。 

昨年の夏は、避暑地代わりに、図書館通いをしたが、今年の夏は、天然のクーラーを求めて、
「緑道巡り」をしようと思っている。 目黒区の次は、世田谷区あたりがよさそうだ。
足の向くまま気の向くまま、寄り道、まわり道の連続、となることだろう。     
旅・散策・イベント

絵本の中の猫たち

2009年06月22日
最近、猫が主人公の絵本、「長靴をはいた猫」と「100まんかい生きたねこ」を借りてきた。

「長靴をはいた猫」は、ペロー(仏)の作品が著名だが、もともと、ヨーロッパに伝わる
民話で、アニメになったり、ゲームになったり、子どもにも大人にも広く親しまれている。
私がこの本に出会ったのは、いつ頃のことだったろうか。 ストーリーをかすかに覚えては
いたのだが、あらためて読んでみると、不思議なことだらけだった。 
貧しい粉挽き屋の父が死んで、その遺産として、三男に譲られた猫は、なかなかの
策略家で、自分のご主人を、「公爵」に仕立てるため、執事の如く仕えるのだ。 
猫が長靴を履くというのも変だが、「犬は人につき、猫は家につく」と言われるのに、
忠犬ならぬ忠猫という意外性が、絵本の世界へ惹きこんでいくのかもしれない。

            絵本の中の猫
   
「100まんかい生きたたねこ」(佐野洋子 著)は、子どもだけでなく、大人からの支持も
得ている絵本だが、傑作と評されている作品のようだ。

「100万年も しなない ねこがいました。100万回も しんで、100万回も 生きたのです。
りっぱな とらねこでした。 100万人のひとが、そのねこを かわいがり、100万人のひとが、
そのねこが しんだ とき なきました。ねこは 一回も なきませんでした」
から始まり、
あるとき、白い牝猫とずっと一緒にいたいと思い、家庭を持ち、子猫も生れ、幸せだった。 
やがて、白猫は年老いて死に、100万回生きた猫はその後を追うように、静かに死ぬが、
「ねこは もう、けっして 生きかえりませんでした」で、このお話は終わる。

「なぜ、100万 回も生き返ったのに、今度は生き返らなかったのか?」
「ねこは、しぬのなんか へいきだったのです」というのに、「いつまでも 生きていたい」と
猫が思ったときには、彼は生き返らなくなった。

悲劇でもなんでもない、輪廻転生を繰り返していく様を描いているのだが、
猫の持つ「強さ」「自立性」「怖さ」などの多面性が、語る言葉の少ない「絵本」の中に、
たくさん盛り込まれていて、なかなか、考えさせられる、読み応えのある絵本だった。
どちらの絵本も、主人公が、犬ではなく、猫だからこそ、オハナシになったような気がする。

わが庭の猫たちは、子孫を残すということは出来なくなったが、
飼猫の「安定性」とノラ猫の「自由さ」とを得て、毎日、穏やかな生活を送っている。 
この庭に最初にやってきたのはふうちゃんだが、彼は、今は、めったにやって来ない。
たまに、近所でみかけることがあるが、年老いて、毛はボサボサ、顔つきも変わった。
「ふうちゃん!」と呼びかけると、それでも「にゃあ~」と、応えてくれる。

 若いふうちゃん   ふうちゃん
        3年前                    最近のふうちゃん     

思えば、ふうちゃんは、「100まんかい生きたねこ」の猫に、似ているような気がする。    
動物など

夏椿

2009年06月21日
今日は、24節気の1つ、夏至。 昼間の時間が、最も長くなる。

初夏から夏にかけて咲く花で、好きな花はたくさんあるが、「夏椿」の花は、
間違いなく「ベスト5」に入る。
以前、好きな器に水を張ってこの花を浮かべ、スケッチしたことがあったが、
透通るように薄い白い花弁を描く自信がなく、まだ、本画にはしていない。  

           夏椿
                       夏椿の花 

先日、読んだ、幸田文の随筆集「木」の中に、「姫沙羅」のことが書いてあった。
杉は縦縞もようの、松は亀甲くずしの、「ひめしゃら」は無地のきものを着ているようだという。
「姫沙羅」は、「夏椿」を小型にしたような、白い小さい花をが咲かせる木だが、
この木について、幹の樹皮が「剥げる木だが、特別うつくしい肌をもっている。林の中で、
ひときわ目立って、赤い肌である。 しかもそれが着物ではなく、素肌といった感じである。
さわれば冷く、つるつると滑らかで、その上、光沢がある。布地でいえば、羽二重だろうか」

とあった。 

この頁を読んでいて、2年前の6月に行った、「町田薬師が池」(東京)を思い出した。
池で「河骨」(こうほね)を描いた後、夏椿の太い幹と、苔の上に散り落ちた花を描いた。
「夏椿」の幹も、姫沙羅とそっくり、つるつると滑らかで、何ともいえない魅力ある木肌だ。

        夏椿
            
シャラノキ(娑羅樹)という名だが、仏教の聖樹、娑羅双樹(サラソウジュ)に似ているので、
この名がついたといわれる。「平家物語」の「沙羅双樹の花の色・・・」の「沙羅双樹」は、
「夏椿」のことを指すが、釈迦が亡くなった時に生えていた樹は、夏椿とは異なるという。

「沙羅双樹」は、幹高30mにも達し、花は小形の淡黄色、インド原産の常緑喬木で、
日本の風土では育たないとのことだ。
「夏椿」は、幹高10mほどで、葉も花も、椿のように肉厚でなく、花は、開くとまもなく散り、
葉は紅葉し、冬には葉を落とし、百日紅(サルスベリ)に似た、すべすべとした幹だけになる。
「猿滑」(サルスベリ)という、百日紅と紛らわしい別名もある。
 
             夏 1994.6

わが庭に、「夏椿」が仲間入りしたのは、30年近くも前のこと。私の母、りーりさんが、
初めて、「夏椿」という句集を上梓した折に、私たち夫婦は、「夏椿」の苗木を贈った。 
よほど、この庭に合ったのか、10年もすると、2階の屋根に届きそうなほど、大きくなった。
初夏には、縮緬のような白い花をつけ、秋には、見事な紅葉をみせてくれ、
母だけでなく、父も好きだったようだ。 

退官してからの父は庭で過ごす時間が多くなり、自己流に庭木をチョキチョキとやったり、
(これは植木屋泣かせだったが)、また、カメラを買って、庭の四季を撮るようになった。 
今のように、デジカメもなく、どちらかというと、メカ音痴の父は、近くの写真屋にカメラごと
持って行っては、現像してもらっていた。 

父の残した写真をみると、昔あった、「枝垂れ桜」、「藤」、「手向山」(モミジの1種)をはじめ
「百日紅」や「夏椿」などが、毎年のように撮られており、特に、「夏椿」の紅葉が多い。

 秋 冬 春 
           1993.11              1994.1             1995.4

句集「夏椿」の題名は、次の句に拠る。
 
             茶を教へ得しやと常にぞ夏椿 

母は、「夏椿」に続いて、12年後に「金木犀」を上梓したが、この題名は次の句に拠る。 
 
             金木犀嬉しきことは未だ告げず

金木犀も、やはり、母の大好きな花の1つだ。 
狭くなった庭だが、初夏には、「夏椿」が白い花をつけ、秋には、「金木犀」の香りが漂う。
植物など

旬のことば

2009年06月20日
最近、LOHAS(ロハス)という言葉に、何回か出会った。 大分前に、「中目黒」を特集した、
「しあわせロハス」(BS朝日)というTV番組をみて、初めて知った言葉だ。
私も、「中目黒」の街は、目黒川沿いの店々やレストラン、駅前のお洒落なアートなど、
東横線沿線のほかの街とは、ひと味違った魅力があると感じていたが、 (「街角アート」)
その番組のテーマ、「ロハスなお店がいっぱい!」「ロハスなライフスタイルを探し求める」
というフレーズは、よくわからなかったし、大して気にも留めなかった。

先日、「立会川緑道」散策の途中で、「円融寺」に立ち寄り、このお寺で、「写経」や「坐禅」の
会が行われていることを知った。                          (「立会川緑道で」)
今まで、港区の「龍源寺」や横浜市鶴見の「総持寺」で、坐禅を組んだ経験はあったが、
このお寺の「坐禅会」は、月に1度、朝の8時からと時間的にも好都合、我が家から
比較的近いこともあって、久しぶりに坐禅会に参加してみようかと、思ったことだった。
         円融寺釈迦堂
           都区内最古の木造建築の円融寺釈迦堂

帰宅後、ネットで確認してみたら、月1回の坐禅の会の他に、「ロハス 禅の会」というの
があって、「心静かに禅を楽しみながら、ロハスの仲間を広げよう」と呼びかけており、
「ロハスは禅」であり、「禅はロハス」だという。 こんな場面に「ロハス」が出てきて、
びっくりしたが、「ロハス」が何なのか、ますます、わからなくなってしまった。
  
その数日後、「ロハスデザイン大賞・新宿御苑展」という、中吊広告が目にとまった。
そこで、改めて、「ロハス」とは何ぞやと思い、これも、ネットで検索してみた。 

「ロハス/LOHAS」とは、Lifestyles Of Health And Sustainability(健康で持続可能な
さまざまなライフスタイル)の略称であり、環境と人間の健康を最優先し、持続可能な
社会の在り方を志向するライフスタイルを指す言葉」だという。

ロハスな「ヒト」「モノ」「コト」があり、例えば、杉の間伐材を使った「木の座布団」「木の団扇」
などが、ロハスな「モノ」のようだ。

「ロハス」という語は、「旬のことば」だが、ロハスなヒト、モノ、コトは、昔から身近に
幾例もあったし、今に始まったことではないように思う。   
先日、「台東区下町風俗資料館」で、「張り板」を見たとき、祖母がこの板を立てて、
「洗い張り」をしていた光景を思い出した。 
また、母は、古いセーターをほどいて、私のセーターに編み直してくれたし、
前の晩入れた「湯たんぽ」のお湯は、翌朝、顔を洗うとき再び役立った。

         張り板 張り板   下町風俗資料館

ちなみに、私にとっての「旬の言葉」といえば、「アラカン」だろうか。 
「アラサー」(around thirty)も「アラフォー」(around forty)もとっくに過ぎた「aroound 還暦」。
「団塊の世代」でもあり、「定年」周辺世代ということになる。
今年の初め、数十年ぶりに出席した、高校の同窓会で、初めて聞いた言葉だった。

つい最近、電車の中で、目にしたのは、「団塊の世代」ならぬ、「男介の世代」という文字。 
これは、雑誌の中吊り広告だった。 
いよいよ日本は、「男介の世代に突入」したのだそうだ。
今や、介護者の3割は男性だというから、こんな言葉が生れるのも、不思議ではないが、
もっと、夢のある、心が奮い立つような、素敵な「旬の言葉」はないものだろうか。
ところで、今の季節、「旬」のものと言えば、何だろう? サクランボ? 蚕豆? 鮎? 
それとも・・・?
つれづれ

立会川緑道で

2009年06月19日
西小山(目黒区/品川区)へ行く機会があった。
すぐ近くに「立会川緑道」があることを知って、早速、得意な「寄り道」をすることにした。  

「立会川」は、目黒区の碑文谷公園の弁天池と清水池を水源とする河川で、目黒区南部を
東に流れ、品川区の小山、中延、大井町を経て、大井競馬場脇の新浜川橋で海に注ぐ。

         碑文谷池 1.15 
          碑文谷池   葉を落としたメタセコイア

「立会川緑道」は、碑文谷八幡宮から西小山駅前までの、約1kmにわたる緑道。
かつては小魚が泳ぎ、ホタルが飛び交ったという「立会川」は、暗渠となり、
1段高くなった歩道には、桜の木が植えられ、ベンチなどが設置されている。

        雪見橋

緑道入口で目に留まったのは、昔あった橋の跡に立てられた、石柱と「羅刹(らせつ)橋」の
碑銘。 それと、車止めポールの先端に、ちょこんと乗った、鋳物製の「亀」だった。 
その奥にあるポールにも、いくつもの、愛らしい「生きもの」たちがいた。

    水鳥   鳥    蝉   蝸牛 
      カルガモ     シジュウカラ      セミ          カタツムリ
     蛇   天道虫    蛙    亀
      ヘビ        テントウムシ       カエル          カメ  

このほかにも、目黒区内の緑道では、「エビガニ」「ナマズ」「ホタル」「バッタ」と、
全部で12種類の「身近な小動物」がポールの先で待っている。 
  
途中、門前橋で右に曲がり、円融寺に寄った。 
室町時代初期に建立されたという、この寺の釈迦堂は、都区内で最古の木造建築で、
建造物としては区内唯一の国指定重要文化財とのこと。
「仁王門」の両脇に立つ、「黒仁王尊」(都指定重要文化財)は、かつては真黒に彩色されて
いたらしい。 今は、どちらかというと、可愛らしい「仁王さま」といった感じだった。
「仁王門」には、草鞋がたくさん奉納されていたが、筋肉隆々、力強い風貌の「仁王さま」は、
無病息災の神としても、また、「健脚の神」としても崇拝されるのだとか。

「円融寺」を出て、気ままに歩いて行くと、運よく環七通りに出たので、
ガソリンスタンドで道を訊き、「大岡山駅」(東急目黒線/大井町線)まで歩いた。 
帰宅後、ケイタイの歩数計をみると、歩行距離は9.2km、歩数14146歩だった。 
さらに、「いきいき歩行時間」などというのもあって、これは、「1時間28分」。 
ケイタイは、「いきいき歩き」と「だらだら歩き?」とを、どのように識別するのだろうか。
旅・散策・イベント

子どもたちの長靴 

2009年06月18日
孫娘のゆうゆうを、保育園に迎えに行き、その足で、結膜炎が完治したどうか
診てもらうため、眼科へ連れていくことがあった。 
その日は、朝から小雨が降っていた。 私は、レインコートを着て、お洒落なレインブーツも、
昔風の雨靴も持っていないので、古い合皮の靴を履き、傘は折畳傘にした。

ゆうゆうを迎えに行く前に、眼科受付に診察券を出しておこうと、ケイタイで地図を見ながら
青梅街道沿いに歩き出したのだが、なかなか医院がみつからない。 
ちょうど、交番があった。 
「A眼科ですね。 ちょっと、待ってね。 白内障なんでね、よく見えなくて・・・」と、
年配の警察官は、区内病院の一覧表を見ながら、探し出してくれた。 
どうやら、道の反対側を歩いて行ったのが、まずかったらしく、交番に寄ったときは、
すでに、大分、通り過ぎていたのだった。
「少し、戻ればいいですよ」と励まされて?、反対側に渡って引き返し、眼科へ向かった。 
  
        園で

眼科を出て、保育園に着くと、ホールで楽しそうに遊ぶ子どもたちの姿がみえたが、
園庭には誰もいなかった。
部屋の前の靴箱に並んだ、カラフルな長靴を眺めていると、ゆうゆうがホールから
戻ってきた。 まず、靴下、長靴を履き、レインコートを着て、レインハットを被る。  
長靴にはサクランボ、レインハットにはリンゴ、レインコートには、たくさんの苺の模様。
あ~、女の子だなあと思った。 傘だけは、ブルーラインのシンプルなものだった。
 
園から眼科までは、結構、時間がかかったが、眼科は空いていて、すぐ、診てもらえ、
結膜炎は完治しているとのお墨付きを頂いた。 
ゆうゆうは、1歳から保育園通いが始まり、最初の頃は、よく熱を出して、園を休んだり、
途中で呼出し電話があったりして、私も何回か、迎えに行ったものだった。
が、2歳になった頃からは、病気で休むこともなく、楽しく通園しているようだ。
ゆうゆうの明るく元気な姿をみると、ほんとうによかったと思う。
身近な人びと

カミナリさまはこわい!

2009年06月17日
昨年の夏から秋にかけてのカミナリの発生数は、平年の2倍もあったという。
先月、NHKテレビで、「突然のカミナリから身を守る」という番組を見る機会があり、
様々な実験結果をみて、ますますカミナリが恐ろしくなった。

カミナリが襲うのは、人が身につけている金属ではなく、人体そのものだということを、
何かで読んだことがあったが、実験でも、「金属は関係なし」と、証明されていた。
また、自分より背の高い物のそばにいれば安全かと言えば、必ずしもそうではなく、
「側撃雷」といって、木に落ちたカミナリが横に飛び移るので、危険なのだという。
結局、安全なのは、避雷針のついた建物か、車の中しかないようだ。

本来、電気を通さない空気は、高い電圧がかかると、イオン化して火花を散らしながら
放電するが、これが稲妻と呼ばれる火花放電で、空気の絶縁の弱いところを縫って、
進むため、ジグザクに光って見えるのだという。

「耳を澄ませば聴こえてくる音の日本語」 (山下景子 著)によると、
昔の人たちは、天をつんざく雷鳴を、「神鳴り(カミナリ)」、つまり、神の声と聞き、
稲光、つまり稲妻は、稲の夫(つま)、稲と結ばれ、実りをもたらす
と信じられてきたという。

「九品仏浄真寺」(世田谷区)の仁王像の背面に、可愛らしい「風神・雷神」が立っている。
「雷神」を、惧れと親しみをこめて「雷さま」と呼ぶことがあるが、雷鳴を聞き、稲光をみると、
天から雷さまが落ちてくると信じていた、民間伝承も無理のないことだと思う。

「風神・雷神」といえば、俵屋宗達の「風神雷神図」(国宝)が有名だが、
以前、トウハク(東京国立博物館)でみたのは、尾形光琳の「風神雷神図」(重文)で、
この屏風は、俵屋宗達の屏風画の模写だといわれているものだ。 
 
 宗達
              俵屋宗達 「風神雷神図屏風] (国宝)
 光琳
              尾形光琳 「風神雷神図屏風」 (重要文化財)

光琳の模写は、原画にかなり忠実だが、いくつかの点で異なっているという。
「風神・雷神の姿が画面ギリギリではなく、神の全体像が画面に入るように配置され、
宗達の画では、両神の視線が下界に向けられているのに対し、光琳の画では、両神が
お互いを見るように視線が交差して、顔が、やや柔和な印象を受ける」
 (Wikipedia)
また、酒井抱一の「風神雷神図」(東京出光美術館所蔵)は、光琳の「風神雷神図屏風」の
模写だといわれているとか。 

以前、トウハクで買った「風神」と「雷神」のハンカチが、引出しの奥にあることを思い出し、
手にとってみたが、あまり、実用向きでない気がして、元に戻した。
すでに、このハンカチは作られなくなり、「風神雷神図屏風」の手ぬぐいが販売されている。

これからの季節、ただでさえ、暑さと蚊の大敵を相手に闘わなくてはならないのに、
親父はともかく、地震も雷も大の苦手とする私としては、雷神の訪問はお断りなのだが。
つれづれ

雨合羽と蓑

2009年06月16日
沖縄 奄美地方では、梅雨明け間近だが、東京では、まだまだ、鬱陶しい梅雨空が続く。

雨の日、自転車で通勤通学をするということになれば、傘を差しながらではなく、
両手が明けられる、レインコート着用がいいのだが、荷物を濡らさない工夫が必要になる。
もっとも、今は、開いた傘を自転車のハンドルに固定する器具もあるようだが。

自転車大国の中国では、自転車の前籠まで隠れる、大きな雨合羽をよくみかけた。
10年近く前、雨の朝、上海から乗った列車が、昆山駅(江蘇省)に着く前、
突然止まったことがあった。 
この日は、中国の旅で度々お世話になった張さんと、常州駅(江蘇省)で落ち合う予定だった。
このとき、列車でのアナウンスはなかった気がするが、あっても、聞きとれなかっただろう。
何故止まったのか、どのくらい止まるのか? わからないまま、小さいスケッチブックに、
窓の外の風景や、車内の落ち着き払った人たちの様子を、クロッキーした。

      昆山付近
                江蘇省昆山付近
        
赤、青、黄など、鮮やかな色の「雨合羽」を着て、自転車に乗る人たちを何人もみかけた。
この旅の終り、Nさんは、張さんにお願いして、赤と青紫の「雨合羽」を調達してもらった。
お値段はいくらだったか忘れたが、今、日本でも、こういった「雨合羽」が売られている。
上海からの直輸入だとか、「自転車まですっぽり雨合羽 丈夫なビニール製」という
キャッチフレーズで、2000円近くするが、人気があるのか、品薄状態のようだ。 

今年の春、孫のりんりんと、品川にある水族館エプソン品川アクアスタジアムで、
イルカのショーを見る時、「イルカ応援団」のメンバーになり、大きい真赤な合羽を着て、
最前列に坐った。 残念ながら、イルカのハネ上げる、水しぶきは届かなかったが、 
メンバーカードは1年間有効、次回からの入場料が割引になるというものだった。
そういえば、あれから水族館に行っていないし、雨が降っても、この合羽は使ったことはない。
とにかく、派手なのだ。 イルカのプールの前にいるときでさえ、凄く目立っていたのだから。

         イルカプール用 モデル りんりん
         
ビニールも合成繊維もない大昔は、「蓑と笠」で、雨や雪を防いだわけだ。
「蓑」は、イネ科の植物の藁を編んで作られるが、稲藁などの撥水性のある繊維に
雨滴がかかった場合、繊維に沿って水が流れて、内部に滲みこまないようになっている。
実に、上手く出来ているものだ。

話は、変わるが、「ミノムシ」は、雑物を集めて補強した「蓑」のような繭を作って越冬する。
私が子どもの頃、楓の木にぶら下がっている「ミノムシ」を、縁側から身を乗り出して
取ったものだが、この虫が、蛾の幼虫だということを、知ってか知らずか、
紡錘形の蓑を着た形が面白くて、好きだった。 

本来、「ミノムシ」は、、樹木の新芽を食い荒らす害虫だが、日本人には馴染みが深く、
俳句の秋の季語にもなっている。 また、この「ミノムシ」が、外来種のヤドリバエに
寄生されて、絶滅しかかっていると聞くと、害虫とはいえ、何とも淋しい気がする。   

「隠れ蓑」という、「蓑」もある。 
本来は、天狗や鬼が身にまとって、自在に姿を隠すという、想像上の産物だろうが、
転じて、実体を隠す手段や、表向きの理由を指すようになったという。

わが庭にもあるのだが、「カクレミノ」という樹があって、葉の形がおとぎ話の「かくれみの」
に似ているところから、この名がついたとか。
日本人が古来から神聖視してきた樹木の1つで、「古事記」や「日本書紀」に出てくる、
「三角柏(みつのがしわ)」という、当時、宮中で食器に使われた植物だという説もある。 

           カクレミノ

この樹が、なぜ「カクレミノ」という名前なのか、その由来が気になっていたが、
そう思いながら、よく見ると、蓑にみえてくるから不思議だ。
つれづれ

てるてるぼうず

2009年06月15日
りんりんの幼稚園の遠足が、珍しく、予定通りに行われた。 
昨年は、雨のために翌週に延期となり、一昨年は、2度も延期されて、
結局は、半月遅れての遠足となった。

彼は、日頃、テレビの天気予報をよく見ているが、翌日は雨という予報が出ても、
今年のように、「晴れ」の予報であっても、「てるてる坊主」をつくった。 
今回、はじめて、「天気にしておくれ」の願いをきいてもらえたわけだ。 

          てるてるぼうず りんりん作
            歌う 笑う ウィンクする 

「てるてる坊主」は、元々は中国から入って来た風習だとのこと。
「空の雲を掃き出す」ために、箒を持つ少女の形に切った色紙を川に流していたという。
日本に入って来たのは、江戸時代の中頃。白い紙や布で作られ、
寺子屋に通う子どもや、裁縫を習っているお針子たちの間で、広まったと言われている。 

初期の頃は、顔を描かず、願いが叶ったら、目を描き入れたり、頭からお神酒をかけた後、
川に流す地方もあったようだ。
今は、こうした風習は薄れ、初めから、「へのへのもへじ」など、可愛らしい顔を描いて、
軒先などに吊るすことが多い。

「雨乞い」も、晴れてほしいと、「日和(ひより)乞い」をするのも、神に願うのだが、
「てるてる坊主」は、子どもの願いをこめた「おまじない」だという。
もし、晴れにならなかったら、頭をポカポカ叩くとか、同名の童謡の歌詞(3番)にあるように、
首をちょん切るなどと、残酷な言い方をするが、あくまでも、これは「おまじない」なのだ。
ちなみに、この童謡の3番の歌詞は、放送時には、カットされることが多いとか。

呼名や扱いも、地方によって異なり、「てれてれ坊主」「てるてる法師」「日和ぼうず」
などと言うところもあれば、「てるてる坊主」を逆さまにして吊るすと、翌日の天気は
雨になると言い伝えている地方もある。
これは、「あめあめ坊主」「ふれふれ坊主」「るてるて坊主」と呼ばれているとか。 

               自然教育園
              今年の遠足は「自然教育園」(港区)

いずれにしても、今の子どもたちは、「てるてる坊主」に、さほど期待している様子もなく、
遠足や運動会などの楽しいイベントが、前日から始まっているといったところだろうか。
りんりんにとっては、遠足が延期になっても、普段と違ったお菓子が、用意されている日は、
それは、また、楽しい、期待に満ちた1日なのだろう。
つれづれ

猫とジョウロ

2009年06月14日
あるとき、アミは、ベランダに置いてある、ジョウロを見つけた。
             ジョウロとアミ
                        研究熱心なアミ
             ジョウロにアミ
       
10日後 ジョウロの中に、水があることに気づいた。
                                                           
                       1まずは、左手?で
            2「天然水」ではないようだ
   3どれ もう1度
                               次は右手?で
                           4雨水かな?
      5いや、どうやら
                        6水道水のようだな
動物など

「ら抜き」ことば

2009年06月13日
電車の中でみた、「日能研」「シカクいアタマをマルくする」の額面広告には、
早くも、今年の私立中学校の国語の入試問題が載っていた。  (「受験シーズン」)

      日能研 額面広告

問 次の各文について、その表現が日本語の乱れといわれているものにはA,
言われていないものにはBと答えなさい。
   ア 子どもに本を読ませる。
   イ 私も行かさせてください。
   ウ 英語とか数学とかは好きですが、歴史とかは苦手です。
   エ 明日の予習も終わり、落ち着いてテレビを見られる。
   オ 三歳になって自分で服を着れるようになりました。


「言葉の乱れの問題は、子どもたちだけの問題ではありません。子どもたちの言語環境を
形作っている大人たちの言葉の乱れの問題でもあります。最近ではテレビの出演者や
アナウンサーまでもが「さ入れ言葉」や「ら抜き言葉」を使っている場面が見受けられる」
と、
「日能研」の解説には書かれていた。確かに、まず、大人たちが真剣に考えていかなくては
ならない問題だと思う。 因みに、解答は、イ、ウ、オがAで、これは誤った言い方。 

先日、「ことばおじさんの気になることば」(NHKアナウンス室 ことば班 編)という本をみかけた。
それは、「ことばおじさん」こと、梅津アナウンサーが、視聴者から寄せられた
「言葉に関する疑問」に、わかりやすく答えるという、テレビ番組を編集したものである。

その中に、「ら抜きに耐えられる?」という項目があった。 
SMAPの「夜空ノムコウ」の歌詞に、「あれから僕たちは 何かを信じてこれたかな」とあるが、
「こられた」ではないかという、視聴者の疑問に、「おじさん」は、こんなふうに答えている。

言葉の乱れの代名詞にもなっている「ら抜きことば」は、平成12年度のNHKの調査で、
およそ半数の人が「ら抜きことば」に抵抗を感じているという。だが、東海地方では、
100年以上前から、東京では、昭和初期から使われ始め、戦後さらに広まったとのことだ。

どうして、「ら」を抜くようになったか。 助動詞「れる・られる」には、可能・尊敬・受身・自発の
意味があり、この中で、「ら抜き」になるのは可能の場合だけ。
「れる・られる」は、その意味を文脈から判断しなくてはならない場合がある。
例えば「食後にケーキを食べられますか?」は、可能か、尊敬かがはっきりしないので、
可能の場合だけでも「ら抜き」にして、区別しやすくしようという意識が働いている
のだとか。

              たぬき 「たぬき」

「おじさん」は「ら抜き」防止にも効果があると、飯間浩明氏の「ら抜きチェック法」を紹介している。
これは、語幹の後に「~よう」(勧誘)を付けてみる方法だ。  
「よう」がつくものは、ほとんどの動詞は、可能のときに「られる」がつくのだという。 
「見る→見よう」だから、「見られる」、「着る→着よう」だから、「着られる」など。
「よう」がつかないものは、「られる」はつかず、「れる」になる。 
「走る→走ろう」だから、「走れる」になり、「切る→切ろう」だから、「切れる」になるという。

このチェック法は、勿論、日本語の習得が不十分な幼児たちには、当てはまらない。
幼児たちは、身近な環境、家庭は勿論、保育園、幼稚園、テレビなどから、
耳に入ってくる日本語を、そのまま受入れる。正しくきれいな言葉遣いができるように、
いい環境を整えていくのは、
大人たちの務めなのだと、痛感した。
つれづれ

神田川四季の道

2009年06月12日
桜の季節も過ぎた4月半ば、中野~新宿間にある「神田川四季の道」を歩いてみた。

神田川は、東京都内を流れる一級河川で、三鷹市の「井の頭池」を水源とし、
下流は隅田川に達する、流路246kmの、荒川水系の支流である。 
杉並、中野、新宿、豊島、文京、千代田の各区を経由し、台東区と中央区の境にある
「両国橋」脇で隅田川に合流する。 主な支流は善福寺川や皇居外堀、日本橋川など。

神田川というと、南こうせつの「神田川」を連想して、街を流れる小さな川だと思っていたが、
都内の中小河川としては、流路延長、流域面積とも最大規模で、都心を流れているにも
拘らず、全区間にわたって、川面が地上に出ている開渠なのは、極めて稀だという。

JR中央線の東中野駅から出発して、南小滝橋へ向かい、小滝橋までは、絵タイルが
埋め込まれた歩道を歩き、小滝橋から亀齢橋までは、新宿区側の川沿いの公園を歩いた。
 
小滝橋(おたきばし)
 新宿区側  中野区側
         新宿区側は公園               中野区側は歩道

中野区側には「すみだがわ←10.5キロ みなもと→14.1キロ」 の里程標があった。

亀齢橋(きれいばし)   
  亀齢橋欄干 亀     
   椎  つつじ 
    中野区側の歩道  区の木「しい」    区の花「つつじ」  
          
南小滝橋(みなみおたきばし) 
   滝  蛍
       「滝」と「桜」 南小滝橋        「ホタル」 中野区側歩道

大東橋 
     桜   鯉

万亀橋

新開橋 
  新開橋欄干 魚
        中野区の花「つつじ」 

柏橋 
   柏橋欄干
末広橋 
この橋の新宿区側に、「神田川」の歌碑がある。

小滝橋から末広橋まで約1km強。 
この遊歩道沿いに植えられた椿や紫陽花など、多くの花木を見ながら歩くのも楽しい。 
近いうちに、紫陽花を見に行ってみようかと思う。

   自転車   歩く
     お洒落な「車の乗り入れ禁止」の絵タイル  中野区側の歩道 
旅・散策・イベント

ミステリーツアー

2009年06月11日
今月初旬、生れて初めて、「ミステリーツアー」なるものを体験した。
20年ほど前から始まったといわれる「ミステリーツアー」は、「目的地が出発まで
伏せられている」という行き先不明のツアーと、 「謎解きやミステリー劇に参加しながら
旅をする」というイベント型ツアーとがあるようだ。

「西小山ミステリーツアー‘09」(主催「西小山商店街賑わい再生プロジェクト研究会」)という、
東急目黒線西小山駅周辺で3日間行われるツアーに、友人3人を誘って4人組で参加した。 
線路の東側が品川区、西側が目黒区という、西小山駅(東急目黒線)の駅前をスタートして、
「謎解き」をしながら、駅周辺の5つの商店会を廻るというツアーだった。
事前の申し込みは必要だが、参加費は無料で、13の店と麻耶寺というお寺の
14箇所を廻れば、「アルファベットの怪文(回文)」が完成し、謎が解けるというものだ。

          ヒント
         店頭に張られた回文のヒント 「I KAYAKI」(イカ焼き)

途中、黄色いTシャツや探偵衣装をまとった学生さんたちに案内してもらったり、
「あと、一息ですよ」と励まされたりしながら、小雨の中を歩いたのだが、 
途中、「ゼイタク煎餅」や5本指の絹の靴下を買ったり、蒲鉾の味見をしたりと、
なかなか、楽しい1時間だった。
   
       蒲鉾屋さん

ゴールで、解答欄に「西小山駅」と記入した用紙を提出して、ガラガラ(回転抽選器)を
廻したら、籤に弱い私が、どうしたことか、Tシャツが当ったのだ。 
「西小山ミステリーツアー」と左胸にプリントされた、黄色いTシャツ。 バンザ~イ!
          
        抽選
             黄色いTシャツ       抽選に並ぶ列

実は、風水にも詳しい気功の楊先生に、黄色いものを身につけたらいいと、
前々から勧められていたのだが、黄色のものは、靴下くらいしか見つからないでいた。 
このTシャツを着て街を歩く勇気はないが、次の気功の時間に着ることにしよう。
因みに、友人は3人とも、景品はノートだった。
旅・散策・イベント

時を告げる

2009年06月10日
今日は、時の記念日。 
最近は滅多に、腕時計をしなくなったが、ケイタイさえあれば、あまり不便を感じない。
「ケイタイ」は、電話やメールのほかに、時計や目覚まし、手帳、電話帳、計算機、カメラ、
歩数計として、重宝している。 
テレビの時報でも、駅の構内でも、アナログ時計はあまり、みかけなくなり、
「現在時刻・発車時刻」も、デジタル表示で案内されるようになった。

「大名時計博物館」の大名時計(台東区谷中)       (「上野から谷根千へ」)
「江戸時代の時計は、現代のような24時間制の定時法ではなく、明六つから暮六つを
6等分、暮六つから明六つまでを6等分した不定時制の時刻割で、季節や場所により、
昼と夜の長さが変わるため、絶えず、専任の時計師が調整していた」
そうだ。
写真の時計は、今も時を刻む大名時計で、穴にピンを挿しておくと目覚ましにもなるとか。
              大名時計     
              大名時計博物館の入場券   

JR錦糸町駅前の和時計(墨田区)
駅前のビルに、珍しい和時計があるときいたので、JR錦糸町駅で途中下車してみた。 
ビルの正面入口に、下を通り抜けられるような、4本足の櫓時計があるはずだったが、
時計の姿は見えず、ビルの周りにも反対側の入口にも見当たらない。

ビルの奥にある喫煙具店で訊ねてみたが、「ありますよ!宝くじ売り場のまん前に!」
という答えが返ってきた。「そこは、何回もみたのですが・・・」と言いかけたが、
自分の眼がどうかしたのかと、不審に思いながら、何度も探した正面入口に戻った。 
だが、やはり、何もなかった。 
宝くじ売り場の人に訊ねたら、「あ~、ついこの間まで、ここにあったのですけどね」と。
確かに、そこに、タイルの色が薄れた、時計の置かれた痕跡が残っていた。

JR川崎駅の時計 (神奈川県)
川崎駅から地下街へ向かう、エスカレーター正面に、宇宙カプセル型のオルゴール時計が
あり、1日に7回、カプセルの蓋が開き、ハンドベルと鼓笛隊人形による演奏が行われる。
偶々、この演奏時にエスカレーターに乗ると、ついつい、見とれてしまう。

      川崎駅
      演奏時間 10:00 12:00 13:00 14:00 16:00 18:00 20:00
                 川崎駅
                 JR川崎駅 「アゼリア宇宙カプセル」 (川崎市) 
    改札前の時計       換気口に時計
    JR川崎駅 改札口前          JR川崎駅東口 

時計台(時計塔)は、時計が周囲から見やすいように、高く掲げられた建物や塔のことで、
時計の文字盤は、四方からみることができるものが多い。 
川崎駅改札口前の時計台は、4面とも時計。 多くの待合せの人たちに囲まれている。

東口バス乗り場の時計台は、時計のほか、温度・湿度がデジタルで表示されている。
なお、この塔は、「アゼリア」の煙突になっているらしく、時々、煙や湯気が出ているとの
ことだ。 「アゼリア」の地下面積は、大阪のクリスタ長堀、東京の八重洲地下街に
次いで、日本で3番目の規模だというから、換気口の数も半端ではないのだろう。

街でみかけた時計   
    谷中         元町 
    理髪店 10:40 (台東区谷中)      時計店 (横浜市元町)   

          月島第二小
           開校100周年の月島第二小学校 (中央区月島)

時計台といえば、札幌の時計台が有名。以前、スケッチ旅行で立ち寄ったことがあるが、
あのときは、観光気分優先で、あまり真剣にスケッチしなかった。 
ほかに、埼玉県川越にも、何回か訪れて、蔵の街のシンボル「時の鐘」を見たが、
「残したい日本の音風景百選」に選ばれたという、この鐘の音は、まだ、聞いたことがない。

6年前に訪れた中国の首都北京の、「鐘楼」や「鼓楼」では、元、明清時代には、
毎日、太鼓や鐘を鳴らして、時を告げていたというが、現在は、一般に公開されて、
観光名所となっている。北京に行くことがあれば、また、訪れたい。 (「冬 北京に寄り道」)
旅・散策・イベント

朽ちた洋館と枇杷の木

2009年06月09日
「阿修羅展」を見終わった後、折角、上野まで来たのだから、「清水坂」(暗闇坂)に
行ってみようと、思い立った。
昔、絵を習い始めた頃、この坂の途中の、「煉瓦造りの洋館と枇杷の木」を描いたことが
あり、上野へ行ったり、枇杷の木をみたりすると、時たま、その坂の風景をぼんやりと
思い出すのだ。
とは言え、その古い洋館も枇杷の木も、そのまま残っている筈もなく、
今では、マンションか何かに様変わりしているだろうと想像していた。
ところが、雑誌「散歩の達人」5月号で、この坂が、「朽ちかけた洋館沿いの坂」と銘打って、
写真入りで紹介されているのをみつけた。 枇杷の木も健在のようだった。

この日、トウハクを出て右折し、気の向くまま、足の向くまま、寄り道をしながら、
清水坂に向かった。
旧東京音楽学校奏楽堂ー動物園旧正門ー森鴎外旧居跡ー上田邸ー清水坂ー不忍池
と歩き、最後に、「下町風俗資料館」に立ち寄って、しばしのタイムスリップを楽しんだ。

         奏楽堂             
            旧奏楽堂   熱心にスケッチするグループ

         動物園旧正門
         上野動物園旧正門 子どもたちの賑やかな声がした

     上田邸      清水坂
      動物園通りの上田邸         清水坂の朽ちかけた洋館 

東京都選定の歴史的建造物「上田邸」は、案内板によると、以前、忍旅館として営業しており、
「花園町(現在 池之端)」の「白さぎ城」と親しまれていたそうだ。
この建物は、3階建の木造建築で、各層は階段状にセットバックしているため、3階上に
塔屋がのっていても圧迫感がない。 モルタルに目地を切って石壁風に見せた外壁のほか、
各所に独自のデザインが取り入れられた外観になっているという。

目指した清水坂に着いてみると、確かに、古い洋館と枇杷の木があった。
「散歩の達人」にあるように、この建物は「廃墟」なのだろうか、蔦の這った痕が
全面に残る壁は、辛うじて煉瓦とわかるほど、更に古びていた。 

帰宅後、20年前、この坂で描いた絵を出してみた。 日付は、6月16日。
煉瓦造りの洋館の前に枇杷の木が実をつけていて、その手前には、太い幹の樹がある。
屋根近くの壁を這う蔦は、若葉色だ。 
今は、この大木は無くなっており、枇杷の木だけが、大きく繁って沢山の実をつけていた。
旅・散策・イベント

終わった「阿修羅展」

2009年06月08日
3月末から、東京国立博物館で開催されていた、国宝 阿修羅展が、昨日で終わった。
平城京遷都から1300年、興福寺の中金堂再建事業の一環として開催された特別展。
東京での展示は、60年ぶりのことという。

4月末の、「谷根千」散策で、見かけた、前庭の人の波にはびっくりした。 
あれほど多くの人々が、トウハクに集まってくるとは! テレビや新聞雑誌の影響力は
実に大きいものだ。 
日頃、本館や東洋館などの常設展では、国宝、重文級の仏像や青銅器の前に
好きなだけ居られるし、また、鉛筆スケッチなら許されるほど人影もまばらで、
じっくりと拝観できるのに・・・。

「入場制限 ○○分待ち」をして、「阿修羅像」を人垣越しに拝見するなんて、真っ平だと
思っていたし、奈良でじっくりご覧になったKさんやYさんに、「そのうち、奈良のお寺で
見たらいい・・・」と勧められたこともあって、「行けたら行こうか」程度の軽い気持ちだった。
だが、年6回の特別展(全国の国立博物館)でも有効の「パスポート」が、
8月末で期限切れであることに気づき、まだ、1回も使っていないので、並ぶのを覚悟で
行ってみようかと、思うようになった。

そんなわけで、先月、時間がとれた土曜日、意外と空いている気がして行ってみた。
上野駅着、9時少し前。 チケット売場前は、駅構内、公園内ともに長い列ができていて、
「ルーブル美術館展」開催中の西洋美術館の前では、正門から塀を取囲んでいる人たちの
横を通って、トウハクの門前に着いたのは9時。9時半の開館を待たず、庭の中への移動が
始まった。

         9:08 
           動き出した列
           ユリノキユリノキ
           
列は数10m前進しては、15分ほど待つの繰返しだったが、ちょうど「ユリノキ」のすぐ横で、
停まったのは、ラッキーだった。この花は、連休頃が見頃だったろうが、まだ、咲いていた。
咲いている時に来たいものだと思いながら、1度も実現できないでいたので、
行列の途中で、ゆっくり鑑賞でき、嬉しかった。

平成館の正面には、九十九折の人の列! だが、定刻9時半が繰り上げられたお陰で、
思ったより早く入館できた。 [黒木瞳が語る 音声ガイド」貸出に並ぶ列の横をすり抜け、
第1会場の最後、「360度全方向から阿修羅像を拝観できる」部屋へ直行した。

「阿修羅像」の周りを囲む人は2重程度。 高い位置からの鑑賞スーペースにはまばらで、
「立ち止まらず時計回りに進んで下さい~!」と係員の叫ぶ中、最前で動かない人もいたが、
私は、阿修羅像の周りをゆっくりと2度まわって、充分に満足した。
    
     阿修羅像の顔

正面、向かって左の顔、右の顔とも、それぞれに違う表情を見せて、年齢も微妙に
違っているように見えたが、私は、特に、心の中をみつめているような深い表情の右の顔、
それも、正面の顔に近い角度でみた右の顔が最も印象的で、ずっと眺めていたいと思った。 

高さが3mを超えるという、薬王菩薩と薬上菩薩の両像に圧倒され、VR(バーチャルリアリティ)
の部屋に行くと、そこは、ガラガラだった。 6分ほどのVR上映だったが、コンピューター上で、
再建されて完成した中金堂の外観や、仏像が安置された内部の様子とともに、
阿修羅像の正面の顔に施された彩色を取り去ると、涙で目が潤んでみえるのだという、
VRならでの不思議な映像もみることができた。    
                            号外

見終わってから、売店で、Uさんに頼まれた阿修羅像の絵葉書のほか、図録の代わりに
「阿修羅」の絵葉書を全種類買った。
その中には、私の好きな角度の「阿修羅像」はなかったが、会場に置いてあった
「朝日新聞 号外」に、私の好きな写真をみつけて、喜んでもらって来た。 
旅・散策・イベント

猫の天気予報

2009年06月07日
雨の季節到来。 
川や海、湖や池、水は大好きなのだが、はっきり言って、雨は嫌いだ。
まず、雨靴を持っていない、歩くのが下手なので、派手にハネを上げてしまう。 
長い傘は、雨が上ったときに持て余すし、混んだ車内などでは、隣の人に濡れた傘を
押し付けられたりすることもあったりする。 雨降りの日には、できれば外に出たくはない。

桜の季節、どこだったか、農家の軒先で雨宿りをしながら、スケッチしたことがあった。
さしていた透明のビニール傘に、雨と共に、桜の花びらが舞い下りてきて、何ともいえず
素敵な花模様の傘になった。 描くのをやめて、その傘を眺めていたことを思い出す。
眺める雨は、嫌いではないような気もする。

ところで、猫の話になるが、わが庭の猫の中で、アミだけが、「水」に関心を示す。
雨樋から流れてくる水、その水の行き先をじっと眺めていたり、水の入ったジョウロの中に、
手、いや、前足を入れて、味見をするように舐めてみたりする。   (「アミとジョウロ」)
因みに、ジョウロは、「jorro(水の噴出)」、或は、「jarra(水差し)」」を意味する
ポルトガル語が語源とされ、「如雨露」という漢字は、実にうまく出来た当て字だと思う。

雨も、そう嫌いではないらしく、他の猫たちは外出せずに、昼間から寝ているのだが、
アミはどこからともなく戻って来て、雨の雫をある程度落とすと、ほかの猫が寝ている
横、或は上に入り込む。 てっきり、追い出されるかと思うと、背中についた雨粒を、
舌で舐めて、拭取ってもらったりすることもあった。

「猫が顔を洗うと雨が降る」という言い伝えがあるが、実際、猫たちを見ていると、
これは、当っているかもしれないと思うことがある。
普段でもよく、手に唾液をつけて顔を擦すっているのだが、あるとき、何度も何度も、
それこそ、耳の後ろまで手をまわして、丁寧に擦っていた。 
きっと雨が降るのだろうと思っていると、案の定、数時間後に降り始めたことがあった。 
この日、お天気キャスターの予報も、猫の予報も当ったのだ。
         
猫が顔を洗うのは、ひとつには、口の周りについた食べ物の匂いや汚れを消すため。
もうひとつは、ヒゲを綺麗にして、ピンと張っておくためだとか。 そういえば、
狭いところを通ることが出来るかどうか、自分のヒゲで測るのだと、きいたことがある。 
雨が近づき、湿気が多くなると、猫にとって大切なセンサーであるヒゲに張りがなくなり、
狩りの成功率が低くなるのだとか、猫の毛が伸びると、筋肉を刺激して、ムズムズする
のだとか言われるが、ほんとうの理由は、猫にきいてみないとわからないだろう。
 
      アミ
                             雨が近い?!        
                      ケシ 
        
猫の天気予報は、他にもあるようで、猫が「仰向けに寝る」「顔を隠して寝る」と雨が近い、
「走り回ると天気がいい」とか、いわれるようだが、果たしてどうなのだろうか。
わが庭の猫たちに限れば、晴れていても、曇っていても、雨降りでも、昼夜を問わず、
仰向けや横向き、様々な格好をして寝ているし、元気に走り回っている。 
最近は、アプローチに植えたばかりの「タマリュウ」を抜いてはころがして遊んでいる。 
運よく?この現場に出くわし、「だめ!」と言っても、次の日、タマリュウはころがっているのだ。
動物など

拝島橋の絵タイル 鳥

2009年06月06日
多摩川上流の橋、拝島橋(八王子市・昭島市)には、歩道に花の絵タイルがあり、 
欄干には、7羽の鳥の絵があった。 (「拝島橋の絵タイル 花」)
          拝島橋より
                 拝島橋歩道より 多摩川下流を望む

  オオヨシキリ  セグロセキレイ
         オオヨシキリ                   セグロセキレイ

  カワセミ   コサギ
           カワセミ                      コサギ

  ユリカモメ   キジ
          ユリカモメ                      キジ
             マガモ  マガモ      

今頃は、このあたりの川原にも、カワセミたちが姿を現していることだろう。
次には、本物の鳥たちに逢いに、電動自転車で、川沿いに行ってみようかと思う。
以前、区役所でもらった「たまリバー50キロ コースマップ」によると、
丸子橋から拝島橋までは34km、ガス橋からだとは37kmとあった。 
薄曇りの涼しい日を選んで出かけ、何とか目的地に辿りついたとしても、再び、自転車で
帰ってこなくてはならないのだから、決行するには、よほどの覚悟がいりそうだ。 
旅・散策・イベント

中国 長寿の里 

2009年06月05日
先月、NHKテレビで、「世界で一番長生きが多い里~中国・広西巴馬」 という番組を見た。
100歳以上のお年寄りの割合が世界一といわれる、広西チワン族自治区の「巴馬」という
村を訪ねて、長寿の秘訣を探るというものだった。

「巴馬」は国際自然医学会によって、5番目の「世界長寿の里」に指定されたという。
ここ、少数民族ヤオ族の村には、100歳以上の高齢者81人が暮らしているとのこと。
この割合は、ユネスコの基準の約4倍だそうで、「世界五大長寿の里」の中でトップだという。

この村の長寿の秘訣は、水質、食べ物、働くことの3要素。
石灰岩から浸み出した、カルシウムなどのミネラル分豊富な水を飲み、
その日に収穫した新鮮な野菜や穀物を食べ、
どんなに高齢になっても、毎日、田畑に通い、働くことで、足腰も鍛えられるのだという。

ここでは3世代・4世代同居が普通で、お年寄りは尊敬されていて、この「家族力」が
長生きにつながっているともいわれる。 ここには、寝たきり、認知症のお年寄りはいない。
村のお年寄りたちが楽しみにしているのは、春節(旧正月)。
町から家族や親戚たちが大勢戻って来るこの時期は、1年中で最も賑やかになる。 

「人民網日本語版」によると、「 巴馬」には、昨年の連休中、史上最高の観光客が訪れ、
長寿文化を体験したという。 
この素朴で自然豊かな村が、次第に観光地化されていくのは、さびしい限りだ。 

「巴馬」と同じ広西チワン族自治区にある「桂林」は、日本人の間でも著名な観光地。
私が桂林を訪れたのは、7年前の3月。 漓江(りこう)を派手な観光船で下った。 
「陽朔」で船を下り、土産物店の通りに一歩踏み出した途端、あちこちから、声がかかる。
追いかけてくるような呼び声の中を、「不要!」「不要!」と手を振りながら、
足早に通り抜けた。 
ここは、今まで私が訪れた中国各地の中で、最も「観光地化」されたところだと思う。

次の日は、ガイドブックの小さな写真だけを頼りに、白沙鎮にある「アーチ型の石橋」へ。 
地元の運転手も知らず、途中、何人もの人に訊ねて、やっと辿り着いたことを思い出す。 
この地方独特の筏に乗せてもらったり、学校帰りの子どもたちと一緒に写真を撮ったり、
また、絵を描く充分な時間が取れて、観光地では滅多に味わえない、楽しい1日だった。
 
        白沙鎮の石橋 click!         

石橋で思い出すのは、4年前に訪ねた、福建省泉州市の、安海鎮の「安平橋」。
呉さんの案内で、崇武古城へ向かう途中に寄ったこの橋は、南宋時代に作られた、
中国最長の石橋だった。                      (「アモイ・泉州へ」)
泉州市内のお茶屋さんで、高級な武夷岩茶(烏龍茶の1種)をみたが、その産地として
有名な福建省の武夷山も、まもなく、「世界長寿の里」として認定されると見られている。

ちなみに、「五大長寿の里」は、中国の広西自治区の「巴馬」と
新疆ウィグル自治区の「和田(ホータン)」及び、エクアドルの「ビルカバンバ」、
パキスタンの「フンザ」、そして、ロシアの「コーカサス」だという。 

話は、テレビの「巴馬」に戻るが、100歳を超えた女性が、長寿の秘訣を訊ねられ、
「わからない」「ここまで生きてきたのだから、いつ死ぬかなんて考えていない」と、
実に淡々と語る言葉が、もっとも印象に残った。 
考えて、努力して、長生きしてきたわけではないのだ。 恵み豊かな自然の中で、
暖かい家族に囲まれて、毎日、当たり前のやるべきことを、淡々と続けてきたら、
いつの間にか、100歳を超えていたということなのだろう。
 
「長寿」と「長命」は違う。 私は、自力で暮らせない「長命」は、決して望んでいない。 
長くなくていいから、自然な(無理のない)、自分らしい「生」を全うしたいと、
願っているのだが・・・。
中国・中国の旅

歯 顎から背骨へ

2009年06月04日
明日は24節気の1つ、「芒種」。 
雑穀の種まきや田植えの時期に入る。 梅雨めいてくる。

今日、6月4日は、「虫歯予防デー」。 そして、今日から「歯の衛生週間」が始まる。
「満80歳で健康な20本以上の歯を残そう」という「8020(ハチマルニマル)運動」は、
今年で20年を迎えるとのことだが、この達成者は2割を超え、80歳での平均残存歯数も
9本近くになり、この運動の効果は確実に上っているそうだ。

          haeiseiweek.jpg

89歳でなくなった父は、骨も歯も、人一倍丈夫なことが自慢だった。 
「8020」を達成するのは確実だと思っていたが、80歳を待たずに、急に悪くなった。
近所の内科医に行くのも、歯科医院に行くのも、ますます嫌がるようになったので、
介護保険を利用し、内科の医師だけでなく、歯科医師による訪問医療を受けることにした。
この訪問歯科医が作り直した入れ歯を、「痛い」と言って、なかなか嵌めてくれず、
困った時期があった。 入れ歯なしで食べられるものは限られ、
今思うと、噛む回数が少なくなってしまったのが、よくなかったようだ。

歯と脳には密接な関係があり、歯を噛み合わせる度に、脳は活性化されるとのことだ。
特に前歯を噛み合わせると、知性、理性を司っている「前頭葉」が活性化されるという。
「噛み合わせ」というのは大切で、噛み合わせが悪かったり、片側の歯で噛む癖がある
というだけでも、頭蓋骨が歪み、身体の左右のバランスが崩れ、慢性の肩凝り、頭痛、
腰痛だけでなく、内臓など身体全体に悪影響を及ぼすのだと、聞いたことがある。

私は、今年になって、気になっていた「顎関節症」を何とかしようと、専門の歯科医に
通い始め、身体全体の骨格矯正と、丁寧に歯の噛み合わせを調整してもらった。
気功や整骨院通いとの相乗効果もあるだろうが、顎関節症の異常が治っただけでなく、
ひどかった肩凝りや頚痛、腰痛が嘘のように軽減し、胃の調子もよくなってきた。

肩が軽く、頚が回るというのは、こんなに楽なものなのかと、喜んではしゃいだのだが、
「調子に乗って、根をつめないようにね!」と、友人にたしなめられてしまった。
つれづれ

紫陽花

2009年06月03日
   あじさい  アジサイ科 アジサイ属
          学名  Hydrangea
          和名  あじさい 紫陽花   
          原産  日本

          あじさい

もっとも多く植えられている、球状のアジサイは、セイヨウアジサイで、
日本原産のガクアジサイ(Hydrangea macrophylla)を改良した品種。

花の色は、アントシアニンのほか、その発色に影響する補助色素(助色素)や、
土壌のpH(酸性度)、アルミニウムイオン量、さらには開花からの日数によって、
緑から白、青、紅と、様々に変化する。そのため、「七変化」とも呼ばれる。
一般に「土壌が酸性ならば青、アルカリ性ならば赤」と言われているが、
土壌のpH(酸性度)は、花色を決定する要因の一つに過ぎないらしい。

アジサイは毒性があり、ウシ、ヤギ、人などが摂食すると中毒を起こすという。
アジサイを食べてみようとは思わないが、毒性があるとは、知らなかった。

以前は、ガクアジサイが好きだったが、絵を始めて、度々スケッチしているうちに、
次第に、西洋アジサイの花色のグラデーションと、その萌黄色の蕾に惹かれるようになった。
何枚かの紫陽花のスケッチをもとに、6号の本画を描いたことがある。 

時折、窓に吹きつける、強い雨脚の中で、硝子越しに滲んで見える紫陽花を描きかった。 
昔から、わが庭に、紫陽花の株はなかったので、頭の中で創り上げたイメージを、
最後まで持ち続けて描いた。 私にしては珍しい作品の1つだと思う。

             「雨」 6号 本画 click!
                            「雨」 6号*

息子が結婚して、初めての母の日に、娘と息子夫婦から、紅ガクアジサイの寄せ植えを
プレゼントされた。 花芯は白色、ガクは白色から紅色に変わっていくというアジサイで、
ヤマアジサイの仲間。 清楚な美しい花で、とても嬉しかった。 
花が終わってから、地面に下ろしたのがよかったのか、それ以来、毎年、花をつけてくれる。 

今年の母の日は、濃いピンクの西洋アジサイの鉢で、これは、すぐに門柱の横の
ドウダンツツジの下に地植えした。 まだ、小さな株だが、何年かしたら、ドウダンツツジの
枝にぶつかる程、大きくなってくれるだろうと、門を出入りする度に、眺めている。            
植物など

コンビニ敬語?

2009年06月02日
スタバで、コーヒーを注文した時、「マグカップでお出しして、大丈夫でしょうか?」と
訊かれて、「はい」と答えたものの、どうも、すっきりしなかった。
店内で飲食するのに、紙コップでなく、マグカップでいいかという、確認なのだろうが、
「・・・よろしいでしょうか?」とか、「・・・いいでしょうか?」と言えば十分なのにと思った。

                             マグカップで

そういえば、最近、「よろしかったでしょうか」は、だいぶ、聞かれなくなったようだが、
レストランに入ると、「禁煙席で大丈夫ですか?」と問われたり、
空いた皿を下げたいのだろうか、「こちら、大丈夫でしょうか?」とか、
「大丈夫」の意味が、拡大されているようだと、何かで読んだことがある。

ほかにも、コンビニやレストランでは、「コンビニ敬語」と言われる、敬語もどきの言葉が
横行している。
例えば、700円の買物で、千円札を出すと、「千円からお預かりします」というのも
不思議な言葉遣いだ。 「千円を預かって、そこから700円を頂く」という意味なのだろうが。
「コーヒーの方、お持ちしました」というのも、よく考えると,妙ちきりんな言葉だが、
こちらも,いつのまにか馴れてしまって、あまり、違和感がなくなってしまった。 
だが、先日聞いた「ただ今、コーヒー、落としています」は、一瞬、意味がわからなかった。
「コーヒーを抽出中ですから、少々お待ちを・・・」ということらしかった。 

          珈琲店
         珈琲専門店のレジでも 「千円からお預かりします」と
 
こんなふうに言葉の使い方は、どんどん、変わっていくのかもしれないが、
大げさにいえば、人格を無視したような云い方も起きているという。
「遊ぶ日本語 不思議な日本語」(飯間浩明 著)に、著者がファーストフード店に立ち寄り、
注文後、整理券を渡され、まもなく、呼ばれたが、「81番さま。お待たせしました」と云われて、
仰天したという話があった。 
迷った末、やんわりと抗議したそうで、店員は「ああ、何番のカードをお持ちのお客様、
と言えばいいんですね」と理解してくれたとか。

さらに、レストランに入るやいなや、「1名様、入りまーす」と、奥に呼びかけるのには、
ガクッと来たそうだ。  レジで「1万円入りまーす」などと、店員同士の確認のために言う
セリフの使い回しだろうが、人間と紙幣が同一視されており、ここでもまた、人格無視が
起こっているのであって、問題は「入る」に敬語が抜けていること。 
せめて、「入られます」というべきで、「お一人様、お越しです」と言うのがよいだろう
と。

私なら、「お一人様、お見えでーす」とか「お一人様、おいででーす」、あるいは、
「お一人様です。いらっしゃいませ」と、云うところだ。  
つれづれ

ごはん まあだ?

2009年06月01日
夕食時間が、だんだん早くなっていく。 
夕方の「夕やけ小やけ」のメロディーが聞こえてくる前から、そわそわし始める。
ケシトラは、「ニャア~ン」。 チャトランアミは、眼で催促する。

3月

  アミはまだ? 3.28 16:55
              揃ったね 

4月
       4.14  まだかな
    待ちくたびれた 

5月
          5.5 並んで 並んで
       アミはどこ? 


揃ったけれど 5.6 16:04
           押さないで! 
動物など
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