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鉄道のスタンプラリー

2009年07月31日
当然のことながら、夏休みが始まると、電車内や駅の構内は、高校、大学生に代わり、
小中学生、幼児の姿が多く見られようになる。
先日、JR新橋駅の改札口近くを通りかかると、長い行列ができていた。 
「ポケモン スタンプラリー」、JR東日本が首都圏の駅に設置している、人気アニメ
「ポケモン」のスタンプ台に並ぶ人の列だった。 

            JR新橋駅で
                 駅改札の外に置かれたポケモンのスタンプ台

スタンプ台の設置は、朝9時半から夕方4時までとなっていたが、
これは、通勤時間帯を避け、子供たちがラッシュに遭わないようにとの配慮だろうが、
通勤途上のオトウサン、オニイサンたちのためでもありそうだ。 
リュックを背負ってサンダル履きで、電車の扉が開くや否や飛び出し、階段を駆け下り、
我先にと改札口を抜け、スタンプ台へまっしぐらという、子ども達を見かけた。

各駅で順々に下車して、公園や博物館、美術館などへ行くわけでもなく、
フリーパスのキップを使って、改札を出てスタンプを押し、再び、改札を入っては、
次の電車に乗る、といったことの繰返しのようだ。
とにかく、スタンプを6個押せば、賞品をもらえるらしいが、
せっかくだからと、欲張ってしまうのだろうか、落ち着いていられないのだろう。

JR五反田駅で、スタンプラリー中の、ママと一緒の孫りんりんに、バッタリ遇った。 
電車好きの彼だから、賞品が目当てというより、電車の乗り降りそのものが魅力らしく、
6駅どころでは済まず、1日がかりの大仕事になりそうな気配だった。

この企画は、夏休み期間中かと思いきや、わずか、2週間のみの限定。 
賞品は30万個用意されているとか。 とはいえ、「なくなり次第終了」となると、
早く行かなくては・・・!となるのだろう。
どうやら、この期間や数の限定、早い者勝ちといった言葉に弱い人が多いようだ。

かく言う私も、こういった言葉には弱い方で、しかも、「集める」ことが好きときている。
ポケモンフェアをやっている、セブンイレブンでも「ポケモンのスタンプラリー」があり、
孫に頼まれて、行く先々で、セブンイレブンを探して、スタンプを押して廻ったので、
数日のうちに、8個が集まってしまった。
集め始めると、もう、孫のためというより、集めること自体が楽しくなってしまうのだ。
 
        セブンイレブン スタンプラリー
         用紙と景品のシール (おまけ付ペットボトル飲料)

スタンプラリーもいろいろあるが、寺社を巡って、御朱印をいただくことなどは、
スタンプラリーのルーツといえるそうだ。 
私の御朱印帳は、旅に持って行ったり行かなかったり、気儘に集めたコレクションで、
信仰心からというより、旅のお守り代わりといった感じなのだが。

鉄道のスタンプラリーは、いつ頃から始まったのだろうか。 
30年近く前に、東急線で行われていたことは確かで、当時、小学校低学年だった
息子が、近所の1年上の友だちと、東急線のスタンプラリーに出かけたことがあった。 
夕方になっても戻らず、子ども達だけで出したことを後悔させられたり、疲れが出たのか、
翌日、熱を出したりしてで、「スタンプラリー」というと、このときのことを思い出す。
つれづれ

こんなところに・・・

2009年07月30日
横浜みなとみらい 大桟橋のデッキ
               撮影中 
                何の撮影か? 演技している人がみえた・・・!  

上野不忍通り歩道    
         時計
                      湿度計つき時計
 
多摩川丸子橋下
         橋の下
                     橋下の家財道具  

大田区池上付近 吞川 
         吞川
                        川の清掃? 
 
「吞川」の由来について、「水がきれいで吞めるから」と言う説と、「洪水が多く、人やものを
吞み込むから」という説があるというが、前者の説は、今の川をみると、想像もつかない。
ちなみに、漢和辞典をみると、「飲む」とは、水や湯をのむことで、「吞む」というのは、
ものを噛まずに丸呑みすること
とあった。

横浜市綱島 着物店のショーケース内
              作業中 
                  着物姿のご婦人 展示替えの最中
旅・散策・イベント

こんなものが・・・

2009年07月29日
港区郷土資料館前で
            タツノ式            
「タツノ式ガソリン計量機」 昭和4年(1929年)製造の手動式ガソリンスタンド。 
港区役所赤坂支所で使用されていたもの
という説明がある。         
都心のお役所ともいえども、80年前の車の数やガソリンの消費量からすれば、
これで充分だったのだろう。

横浜港大桟橋のウッドデッキで         
                   トゲ注意 
船の甲板のような屋上フロアで、床材がささくれ立っているから、ご注意を!との看板。 

東京駅構内の通路で
            東京駅 
東京駅構内にある本屋とレストランの間の通路の天井には、何台かのスクリーンが!
天井を見上げて、ビデオを鑑賞しながら通れというのだろうか? 狙いは何?

東急線の車内で      
          車内
車内に干されたソックス??  ムレないソックスの広告
                    
東急線鵜の木駅近く
             今日は休み             
ペコちゃんマーク入りのバケツが、弁当屋の店先で、留守番役を!
旅・散策・イベント

凌霄花

2009年07月28日
   ノウゼンカズラ     ノウゼンカズラ科 ノウゼンカズラ属
                学名  Campsios grandiflora                 
                原産  中国
                漢名  凌霄花(りようしようか) 
                和名  のうぜんか  のうぜん

            のうぜんかずら
         
この木は、夾竹桃、ハイビスカス、デイゴなどと同様、暑さに遭うほど、元気旺盛だ。
凌霄の文字は、しのぐ、越えるの「凌」と、大空の「霄」の合成語。  
茎から気根を出して他の木などを這い上がり、大きい漏斗状の花をつける。
真夏の空と緑濃い夏木立に映える朱色の花のコントラストは、強烈で、印象的だが、
黒っぽい地面に落ちた花や蕾も、思わず立ち止ってしまうほど、鮮やかな色をしている。

この花との出遇いは、絵のサークルに入って2年目、「尾瀬、南会津の旅」でだった。
尾瀬までは元気だったのだが、3日目の南会津では、バテ気味になり、
ほとんどのメンバーがスケッチに出かけてしまった後、ひとり残された私は、なぜか、
皆と反対方向へ、描くつもりもなく、ブラブラと歩いて行ったものだ。
スケッチ旅行で、単独行動をとる傾向は、どうやら、この頃からあったらしい。 
この時、まだ名前も知らなかった「凌霄花」に出遇って、夢中になってスケッチをした。
        
       南会津南郷村
                   8月末の南会津 南郷村  

描き終わった頃、不思議なことに、それまでの頭痛がすっかり治っていた。
中国明代の「本草綱目」には、この花は利尿作用がある薬用植物だとあったが・・・。
因みに、この花には強い毒性があるというのは、どうやら、誤解らしい。

その後、真夏の旅をすることは少なくなったが、1度だけ、どこだったか、崖を這い上る
「凌霄花」をスケッチしたことがあった。
ほかに残っている数枚のスケッチは、すべて、東京都内で描いたものだった。

本画にしたのは、1度だけ。 10号の横画面に数本の茎が垂れ下がっている画だが、
この画は、なんだか、元気のない花のように見える。 

先日、整理をしていて、「海蔵寺の凌霄花」(大貫昭彦)という、黄ばんだコピーを見つけた。 
これは、10数年前の、A4版の薄い、鎌倉を紹介する雑誌の8月号に掲載された特集
「鎌倉 樹の記憶」のシリーズの1つらしい。 この記事に目を通していたら、
あらためて、この花への愛着を掻き立てられた。 
この夏、鎌倉の海蔵寺や妙本寺の、半世紀を越すといわれる「凌霄花」を、
是非、見に行こうと思っている。 
夏の暑さは大の苦手な私だが、スケッチもしたいので、涼しい日を選んで・・・。
植物など

自販機だらけの街

2009年07月27日
大分前のことになるが、3台の自販機(自動販売機)を積んだトラックを見かけた。
また、どこかの街に、自販機が増えることになるのだろう。

日本では至るところに、人通りの多い店頭や街角のみならず、人影の少ない駐車場や
公園入口にまで、自販機が置かれている。
これは、窃盗や、破壊などの犯罪が頻発するとは、考えられないからだろうと、
ある中国人から聞いたことがある。
日本全国の自販機設置台数や、取扱商品の幅広さは、世界でも類をみないそうだが、
外国人の窃盗団の目には、「道路にお金が置かれている」「屋外に金庫がある」と、
思われているほどだという。
(Wikipedia)  

         自販機を積んだトラック

このトラックに積まれていたのは、缶コーヒーの自販機のようだったが、
毎年、4月末から、飲料用の自販機では、ほとんどが「コールド」に切り替えられるようだ。
同じ1台の自販機なのに、温かいものでも冷たいものでも、即座に出てくるのは驚きだ。
「電気食い虫」といわれる程、厖大な電気代がかかる自販機が、
なぜ、こんなに普及したのだろうか。 
何でも、東京電力の供給量の約20%を自販機で消費している計算になるのだとか。

因みに、日本で初めて登場した自販機は、「コカコーラ」のボトルで、昭和36年(1961年)。 
その6年後には、缶入の自販機が登場した。
ホット飲料の自販機が登場したのは、昭和48年(1973年)の「ポッカ」が初めて。
この頃は、ホットかコールドか、機械は別々だった。その4年後には、ホットとコールドを
自由に選択できる自販機が登場したとのことだ。

ところで、八王子の手前、橋本駅のホームで、「八王子行き」の電車を待っている時、
眼に入ったのは、「お菓子の自販機」と「ソフトクリームの自販機」。コーヒーや紅茶などの
飲料だけでなく、パン、ラーメン、おでんなどの軽食も自販機で買うことができる。   
ひと昔前に比べると、コンビニや24時間営業のスーパーが増えてきたこともあり、
自販機で販売される種類は減ってきているとはいうが、それにしても多い。
     
飲料では、缶入、ペットボトル入のものが圧倒的に多いが、その都度、紙コップに注がれる
コーヒーやココア、フルーツジュースなどもある。 
また、購入した専用のボトルに、飲料水を充填できる機械を置いてあるスーパーもあり、
我が家の近くのスーパーでは、無料だが、100円かかるところもあるようだ。
ホットドッグやハンバーガー、焼きそば、唐揚などの軽食、スナック食品などは、
電子レンジで冷凍のものを温めたり、カップ麺などは、給湯器からお湯を注ぐなど、
調理?できる自販機もみかける。 また、米や卵などの自販機もある。

   ソフトクリーム   ガチャガチャ 
     ソフトクリームの自販機          ストラップの「ガチャガチャ」
     JR橋本駅のホームで            JR品川駅 ecute内で 

飲食物以外では、煙草、新聞、雑誌、カード類や、乗車券、食券、入場券などの自販機、
特殊なものでは、釣具店に、生きた「釣り餌」の自販機もあるとか。
5歳になった孫が、2年ほど前まで、欲しがった「ガチャガチャ」も、カプセルトイの自販機。

そういえば、区内の都立病院には、「生花」の自販機があり、コンパクトながら、新鮮な花の
ブーケや花籠が並んでいた。 その自販機の前を通る度に、せっかく、お花を贈るなら、
その人の好みや個性にあった花を、自分の目で1本ずつ選びたいと、思ったものだ。

とにかく、駅でも、銀行でも、コンビニや食堂でも、キーボードやタッチパネルだけで、
用を足すことが増えた。ケイタイでのメール交信もそうだが、人と言葉を交わす必要が
ほとんどない。 日常生活が、スピーディで便利になるにつれて、
人と人とのコミュニケーション、相手の顔を見ながら話す、人と触れ合う暖かさが、
目に見えて薄れていくようで、淋しい思いがするのだが。    
つれづれ

ペットロスの悼みを癒す

2009年07月26日
久しぶりにHさんから手紙を頂いた。 ピンク色の包装紙で作られた封筒の中には、
筆達者な優しいお手紙と共に、「猫カフェ」のパンフレットが同封されていた。

Hさんは、84歳。 ご主人を早くに亡くされて以来、猫と一緒の暮らしをされている。
昨年、お嬢さんのところに、お孫さんが生まれたと大喜びしておられた。
彼女と母は、女学校の同級生で、俳句の会でずっとご一緒だった、最も親しい友人だ。
 
旅が大好きで、ご自分で車を運転して、日本各地に行かれ、鳥や野の花の写真を撮り、
俳句をつくり、教えたりと、忙しい毎日を送られていた。
活動的で好奇心のかたまりのようなHさんと、なかなか、自由に出かけられない母とは、
つい最近まで、週1度のペースで、自作の封筒入りの手紙を、往き来させていた。 

2年前、母の体調がすぐれず、手紙が滞ったとき、心配して電話を下さった。
このとき、わが庭の猫のことに話題が及んだことから、その後、Hさんから私たちに、
愛猫の「ふっこ(福子)」の話などが書かれた手紙が届くようになった。
私たちがよほど猫好きだと思われたのか、可愛らしい猫の絵がついたレターセットを
贈って下さることもあった。 

今年の4月末、Hさんから、愛猫ふっこが亡くなったという、お電話を頂いたので、 
綱島の鰹節店で鰹節を買い求め、供物をお届けした。
5月に頂いた手紙には、「ペット・ロス症候群というのがある由ですが、今の私も多分。
早く癒さねばです。 お宅の猫ファミリーの賑やかさを想いて 一筆まで」とあった。

            Hさんからの手紙
          
さて、先日の「猫カフェ」パンフが同封された手紙に戻るが、この手紙には、
「福子逝いてやがて100日です。少しずつ馴れてきました」とあった。 
そして、愛猫の一周忌間近な俳句のお仲間が、「淋しい 死にたい・・・」との思いが
強いとかで、それをなだめる役はHさんなのだとあった。 
更に、先日、NHKで、ネコ喫茶を紹介していたので、歌舞伎町の店を2人で覗いて、 
「こんな世界があったのかとびっくりしましたが・・・。 本店は吉祥寺駅前にあり、
そちらもチラリと様子をみて来ましたが、若い男女が昼間から来ているのには、
これまたびっくり。 でも 一見に如くはなし です。 一筆とりました」とあった。

わが庭のことになるが、猫たちに住みやすい環境を整えて、眺めて楽しんでいる。
また、以前、飼っていた犬たちも、家の中には入れず、ある程度距離をおいて
接していた。
飼い犬が死んだときの悲しみや辛さは充分に、わかってはいるつもりだが、
ペットを熱愛する人たちが増え、ペット依存度が深まるにつれ、ペットロス症候群も
増えるに違いない。
因みに、日本医師会では1ヶ月以上、悲しみが癒えずに体調不良が続いている場合には、
心療内科や精神科など専門医の受診を勧めているそうだ。

こうしてみると、杉並にお住いのHさんが、新宿や吉祥寺(武蔵野市)まで出かけて、
猫カフェなるものをちょっと覗いてこようという気持ちになられたとは、さすがだ。
ペットロス症候群どころではない。 好奇心は元気の元なのだと実感した。
Hさんのおっしゃるように、猫カフェに、「若い男女が昼間から来ている」ことの方が
何だか心配になってしまう。              (「猫カフェのポスター」)
動物など

猫カフェのポスターから

2009年07月25日
先月だったか、上野で乗った循環バス「めぐりん」の車内で、猫がいる喫茶店「猫カフェ」の
ポスターをみかけた。 はじめて「猫カフェ」の広告をみたのは、今年の初め頃、
JR新宿駅構内でだったが、最近は、あちこちで目にするようになった。

     猫カフェの店 「30分 900円 1時間 1200円 ドリンク付」 
         猫カフェ  目黒区

「愛犬と一緒にどうぞ」というカフェがあることは、以前から知っていたし、偶然入った店で、
テーブルの下に伏せて、大人しくしている犬たちを見たことも、何度かあった。
だが、この「猫カフェ」なるものは、それとはいささか違うようで、 
猫を飼っている人、飼えない人、猫好きの人たちが、お茶を飲みながら、
自宅にいるような感覚で、その店にいる猫たちと、交流できるということらしい。 

ところで、「人々」とはいうが、「猫々」「犬々」とは言わずに、「猫たち」「犬たち」という。
そう言われてみると、不思議だが、「遊ぶ日本語 不思議な日本語」(飯間浩明 著)の中に、
このことについて書かれた箇所を見つけた。 

人や動物などの場合には、「私たち」「ペットたち」のように、「たち」「ども」「ら」などをつけて
複数を表すが、この言い方を拡張して、「本たち」「機械たち」「家具たち」などと、
無機物を擬人化して、表現されることも多いという。

複数を表すために、「たち」をつけるより、もっと一般的に用いられるのは、
その名詞を繰返す言い方で、これを「畳語(じょうご)形」というそうだ。
「人々」「木々」「山々」「折々」のように、人間、植物、風景、抽象物などに広く当てはめる
ことができるというが、「山々」と言えても、「川々」とは言わない。 「人々」とは言えても、
「猫々」とは言わない、というように、対象となる名詞が偏っているという。

頂上から見渡す、連山の中には、高い山もあれば低い山もあり、丸い山もあれば
尖った山もあり、その変化に富んだ一つ一つの山を表すのが、「山々」という表現になる。
一方、日本では、一望の下に多くの川を眺めるというシチュエーションはあまりなく、
ふつうは、隅田川なり信濃川なりが一本、目の前に横たわっているだけなので、
「川々」という表現は出てこないということらしい。
  
            山々
          山々、家々そして川  山形市 立石寺(山寺)より

「人々」も同じで、世間にはいろいろな人が存在し、それらの個性ある人1人1人を指して
「人々」と言っている。 
しかし、動物たちに対しては、自分たち人間ほどの個性を認めることができないらしく、
猫や犬、鳩などが何十匹、何十羽集まっていても、それらを集団としてひと括りにして、
「猫々」とか「犬々」とか「鳩々」というような表現はしないのだろうというのだ。

これを読んで、なぜ「猫々」とは言わないのかが、わかったのだが、
それぞれに、個性豊かな猫たちの集まりである、わが庭の猫たちをみていると、
「猫々」と言ってもおかしくない気がする。 
思うに、愛称で呼ばれる猫や犬たちは、「猫々」「犬々」と言えるのではないだろうか。
だからといって、私は、彼らを「猫々」と呼び変えようとは思わないが。 

ところで、「人々」「山々」などのほかに、どんな畳語がよく使われるのかということを、
この著者が、文学作品から、「○々」「○○々々」などの名詞を抜き出し、調べたところ、
多い順に、「人々・我々(吾々)・時々・種々・色々・方々(かたがた・ほうぼう)・所々(処々)
度々・折々・日々・家々・・・」だったという。 

このように、1つの名詞を重ねて「山々」のような名詞の複数を表す「畳語」のほかに、
副詞的な表現として使われる、「時々」「寒々」「返す返す」などという「畳語」もある。
また、重ね言葉は、目のことを「おめめ」というような幼児語や、愛称として、「タンタン」など
というほか、「ガタガタ」のようなオノマトペ(仏語/擬声語・擬音語)、「ひらひら」「べたべた」のような
擬態語、「とってもとっても」などと強調する時にも使われるようだ。 (Wikipedia)

以前にも書いたが、この数年、猫たちに囲まれた生活を送っていて、この間、彼らを
「ペット」として扱ったことはない。それぞれの猫の個性の違いや、猫同士の関わり合い、
人間に対して見せる表情など、距離をおきながら観察していると、面白くて仕方がない。 
「親戚づきあい」の方法や、ストレス発散法など、猫たちに学ぶことも多いし、
猫たちに癒されることもしばしばある。わざわざ、「猫カフェ」に出かけていくこともなさそうだ。
つれづれ

花火大会の思い出

2009年07月24日
明日、東京三大花火大会の1つ、隅田川花火大会が開かれ、
8月には、明治神宮外苑と東京湾の2つの花火大会が予定されている。

隅田川花火大会 7月25日(荒天の場合 26日) 打ち上げ数 21,500発
会場  隅田川近辺 ①桜橋下流~言問橋上流 ②駒形橋下流~厩橋上流
神宮外苑花火大会 8月6日(荒天の場合 7日)  打ち上げ数 12,000発
会場  明治神宮外苑(新宿区)
東京湾大華火祭  8月8日(荒天の場合 中止)  打ち上げ数 12,000発
会場  東京都晴海地区(中央区)

いつだったか、隅田川花火大会当日、たまたま、絵の仲間と会場の近くにいて、
近くのビルの非常階段に上って眺めたことがあったが、会場まで行ったことはない。
多摩川河川敷で打上げられる、二子玉川の花火は、家から比較的近いこともあり、
丸子橋近くの河川敷でみたことがある。 

たまがわ花火&多摩川花火大会  8月22日(荒天の場合23日)
会場 二子玉川緑地  打上げ数 各6,000発
 
多摩川をはさんで、世田谷区(たまがわ花火大会)と川崎市(多摩川花火大会)の花火が、
同時に楽しめるのが、この花火大会の特徴だ。

大田区平和都市宣言記念 花火の祭典 8月15日(荒天中止) 打上げ数 約6,000発
会場  多摩川 西六郷河川敷  

大田区は昭和59年に世界の恒久平和を願って、「平和都市宣言」を行った。
これを記念する「花火の祭典」は、今年で23回目を迎え、ステージでは、和太鼓演奏、
ジャズコンサートなども行われる。

この花火大会も、我が家から歩いて20分ほどの、ガス橋まで行けば、よく見えたので、 
以前は、散歩がてら、よく行ったものだ。 
花火のドーン、ドーンという音を耳にしてから、おもむろに、家を出て、
30分も見れば充分に満足して、後を振り返りながら、家に戻ったものだった。
 
15年以上も前のことになるが、愛犬アルバート(シェルティ)を連れて、
この「花火」を見に、ガス橋まで行ったことがあった。     
このとき、アルバートは癌に冒され、弱っていたため、満足に歩けなかったので、
自転車の籠に入れたり、ごんさんと代わる代わる抱いて帰ってきた覚えがある。
3週間後、アルバートは動物病院で、静かに息をひきとった。 (「想い出の犬たち」)   
私にとって、この「花火の祭典」と「ガス橋」が、アルバートの最期を連想させるのか、
その後、しばらくは、「花火」を見ようと、ガス橋へ行く気はしなかった。

ごんさんの山形赴任中、山形県が誇る両花火大会、「山形花火大会」と
「赤川花火大会」とをみた。
山形駅からシャトルバスに乗り、会場の河原まで行ったのだが、バスに乗るのも、
バスを降りてからも、大勢の人、人、人! 行きも帰りも、なかなか、大変だった。
「山形花火大会」は、今年は、8月14日、20,000発が打上げられるという。

赤川花火大会」は、かつて「全国の花火50選」に選ばれたこともある国内有数の大会。
ごんさんが酒田市に赴任中、酒田から1人で鶴岡の赤川河畔まで行って見た。
赤川河川敷の両岸、2kmに渡る幅広い会場では、全国デザイン花火競技会参加の
花火やミュージカルワイド花火が夜空を彩るという。 
今年は、13,000発が打上げられる予定。

     赤川花火1   赤川花火2
   赤川花火3   赤川花火4   赤川花火5

写真は、すべて6年前のもので、撮影の技術もデジカメの性能もイマイチながら、
真っ暗な空に勢いよく上った花火の華やかさに負けず、輝く月や星が写っていることが、
何よりも嬉しい。
この花火大会には、機会があれば、また、行ってみたいと思うのだが。

花火といえば、夏の風物詩だが、「秩父夜祭花火大会」は、毎年12月3日に
行われる、日本でも数少ない、冬の花火大会だ。 
「秩父夜祭」は、埼玉県秩父市内の秩父神社の例祭で、
京都の祇園祭、飛騨の高山祭と並んで、日本三大美祭・三大曳山祭りの1つ。 

       秩父夜祭 1990.12.3

実は、20年近く前、デッサン教室のお仲間、Kさんたちと、この花火大会に行った
ことがある。  午前中、渋谷からバスに乗り、秩父市に着いたまではよかったが、
秩父駅、神社周辺が混んでいるために、バスの中で、何時間も待たされた。
やっと、バスから解放されて、フリータイム。 夜になるのが待ち遠しかった。
ともあれ、物凄い見物の人だったが、屋台や笠鉾、珍しい冬の花火を見るのに、
寒さを忘れて夢中になった。 

夜祭が終り、バスに戻るまでの寒かったこと。 バスは明け方、無事、渋谷に到着。 
冬の花火見物も、始発電車での朝帰りも、どうやら、あれが最初で最後だったようだ。
旅・散策・イベント

横浜でみた絵タイル

2009年07月23日
今日は、24節気の1つ、暑さが最高になるという、大暑。
梅雨はすでに明けて、夏まっさかり。 道を歩いていても、照り返しで眩しい。 

横浜市 JR石川町駅前(中区)

      石川町  石川町
      石川町  石川町

横浜市 東急線綱島駅前(港北区)

    東横線    桜    花火 
      「東横線電車」         「市民の森」        「鶴見川と花火」

東横線電車 綱島温泉駅として大正15年に開業し昭和19年に綱島と改称、
区民の足として最大の交通機関となっています」 


「青ガエル」の愛称をもつ、「旧5000型」が走っていたのは、20年以上前のことらしい。
東横線を走り、その後、当時の目蒲線や大井町線で働いたあと、引退した。 
それが、つい最近のことのように思うのは、渋谷駅のハチ公前広場に展示されている、
電車が「旧5000型」で、その姿を、時々、目にしているせいかもしれない。

    ログハウス     桃   土俵
      「ログハウス」           「桃」             「土俵」

 戦前桃の生産で水密桃の原産地でした、現在も綱島東の一部には桃畑が残り
当時の面影を偲ぶ事ができます」
                  (「綱島の日月桃」) 
                    
綱島駅前歩道の配電ボックス

   鉢植え シマウマ サボテン

花 さかな 金魚
旅・散策・イベント

横浜の「日月桃」

2009年07月22日
今世紀で最も長い時間の「皆既日食」が、種子島南部から奄美大島北部の間で
今日の午前中に、観測できるという。 
海外では、インド、ブータン、バングラディシュ、そして、中国の上海、杭州、重慶などの
長江流域で、雄大な皆既日食が観測できるらしい。

そこで、「上海着発 皆既日食観測&銭塘江逆流観賞(3泊4日)」、「銭塘江逆流、烏鎮 、
日食観測と蘇州市内観光」などといった、「中国皆既日食ツアー」が登場した。
参加者には、「日食観測用メガネをプレゼント!」というサービスもあるそうだ。

因みに、月食は、地球が太陽と月の間に入り、地球の影が月にかかり、
月が欠けて見える現象。日食と違い、月が地平線より上に見える場所であれば、
地球上のどの場所からでも観測・観察できる。          (Wikipedia)

日食と月食から連想したのは、横浜市綱島で聞いた、「日月桃」という桃だ。 
今でこそ、桃の産地と言えば、岡山、山梨、福島、山形などが有名だが、
かつては、「東の神奈川、西の岡山」と言われて、横浜市綱島で栽培された「日月桃」が、
三越、銀座千疋屋、新宿高野など、一流の店で販売されていたという。

鶴見川沿岸の土質が桃栽培に最適だったこともあり、綱島の桃は、明治の終りに
栽培が始まり、大正から昭和にかけて、品評会で優等賞や県知事賞を独占したという。
昭和初期には最盛期を迎えたが、洪水の影響や時勢の要請に従って、米麦を作るように
なっていき、第二次大戦を境に、桃の栽培はほとんど行われなくなったそうだ。

現在、綱島で唯一、栽培しているのは、江戸時代に、名主だった池谷家の農園のみで、
毎年、今頃、併設のゴルフ練習場「ピーチゴルフセンター」の店頭で、整理券を発行して、
1日に30パックから100パック程度が、販売されると聞いた。

 待つ 日月桃
   
そこで、先日、綱島へ出かけた折に、足を伸ばして、ゴルフセンターに行ってみた。
タイミングよく、整理券の配布が始まった時刻に到着し、辛うじて整理券がもらえ、
大して待たずに4個入1000円と600円の2パックを買うことができた。 
小ぶりだが、その美味しかったこと。 この時季にしか味わえない、贅沢を楽しめた。
桃桃桃    
旅・散策・イベント

山形の板そば

2009年07月21日
2000年から、ごんさんの赴任先の山形へ、スケッチを兼ねた旅をするようになった。 
山形のおいしいものは?と訊かれたら、サクランボ、ラ・フランスなどのフルーツと、
だだちゃ豆、蕎麦などが思い浮かぶ。

その年の初冬、絵の先輩3人を案内して、羽黒山、鳥海山麓、遊佐など、
山形の各地を旅したが、途中、立ち寄った寒河江で、「板そば」を食べ、
蕎麦があんなに美味しいものだと、初めて知った。

「そばアレルギー」ではないのだが、それまで、日本そばは、滅多に食べなかったし、
蕎麦の専門店に行ったときにも、気がひけながら、1人で、うどんを注文していた。
うどんが大好きというわけでもないのだが、東京で食べる蕎麦がおいしいと
思ったことがなかったのだ。 
近いところでは、調布市の深大寺、信州や戸隠など、蕎麦の美味しいことで有名な
ところに行ったときも、うどんを食べていたのだが、寒河江では、うどんがなかったのか、
「板蕎麦」が余程美味しそうに見えたのか、たまたま注文したのだった。

「板蕎麦」は、山形県の内陸部で、広く食されている蕎麦で、昔大きな長い板や木箱に
そばを盛り付け、農作等の共同作業や、集会後に振舞ったのが由来とされる。
ザルではなく木で作られた長方形の浅い箱状の器に、薄く均一に盛られる。
麺は通常のそばに比べてかなり太いため、歯応えや食感に特長がある
という。

山形の蕎麦がキッカケで、東京でも、たまに「蕎麦」を食べるようになったが、
「蕎麦湯」は相変わらず苦手で、結局、温かい「蕎麦」を注文してしまう。
蕎麦茶や、蕎麦かりんとうは、昔から大好きだったのだが。 

           板そば            

東京恵比寿で、板そばの店をみつけた。 山形の板そばは、3人前くらいの量があるが、
この店では、50×20cmくらいの板の上に、1人前の蕎麦が載っていた。

蕎麦焼酎というのもある。 
父は、九州から取り寄せた「蕎麦焼酎」を、お湯割りにして、愛飲していた。
母は、1升瓶から移した小瓶に輪ゴムをはめて、「今晩はココまで」という目印にしたが、
父は輪ゴムを何cmか、上に動かすこともなく、(もっとも、いつも見ていた訳ではないが)
気持ちよさそうに酔った。 きっと、輪ゴムの位置は、適量だったのだろう。
父の晩年の食事は、昼はビール、夜は焼酎から始まり、食事中も煙草は欠かさない
人だった。 医者にもほとんど行かず、薬も飲まず、血圧を測ることもしなかった。
蕎麦には、血糖値を下げる効果があるルチンが含まれるといわれるが、
蕎麦を食べなかった父にとっては、蕎麦焼酎こそが、「百薬の長」だったのだろう。

ところで、夏に欠かせない、素麺や冷麦だが、両者の違いは、麺の太さだけではなく、
小麦粉に塩や水を加えて捏ねるところまでは同じ、その後、細く延ばすときに、
油を使うのが素麺で、使わないのが冷麦。 冷麦は、細めの「うどん」というわけだ。
ちなみに、ラーメンは、うどんと同じ小麦粉が原料だが、カンスイというアルカリ液を
加えることで、コシが強く、黄色い麺が出来るという。
もっとも、添加物に敏感になった消費者の要望から、カンスイを使わずに、塩と卵黄を
つなぎに使って、熟成に時間をかける方法も増えてきているようだ。

私は、うどんも好きだが、ラーメンを、無性に食べたくなるときがある。 
特に、食べられない状況にあるときに限って、なのだ。 例えば、病院に入院中。
「退院したら、まず食べたいのが、ラーメン」と、思ったものだ。 そして、中国でも。
白いご飯ではなく、日本のラーメンが食べたくなるのは、どうしてなのだろう。 
中国のラーメンと日本のラーメンは違うと、日本に住む中国人も言うのだが。
つれづれ

寒河江の慈恩寺

2009年07月20日
今日は、海の日。 「海の恩恵に感謝し、海洋国日本の繁栄を願う日」として、
1996年、7月20日の「海の記念日」が、国民の祝日となり、さらに、2003年からは
7月の第3月曜日となり、3連休化された。
 
2000年の「海の日」には、ごんさんの単身赴任先の山形市内と、山寺を見てまわった。
長い石段を汗を拭き拭き上って、やっと辿り着いた、五大堂からの眺めは、忘れられない。
翌日は、1人で鶴岡までの高速バスで、酒田へ行き、山居倉庫をスケッチした。
この日の鳥海山は、酒田港の展望台から探したが、ほとんど雲の中だった。
夕方、羽越本線で帰路に。日本海の夕陽を眺めているうちに、新潟へ着いた。
この、往路「東京ー山形ー酒田」、帰路「酒田ー新潟ー東京」のコースが気に入り、
その後、ごんさんが、山形市から酒田市に移ってからも、このコースを選んで往復した。
 
「海の日」の前日、山形駅に着いてすぐ、左沢(あてらざわ)線に乗換え、寒河江(さがえ)に向かった。
フルーツ左沢線とも呼ばれる、この沿線は、「佐藤錦」など、さくらんぼの栽培が盛んで、
特に、寒河江は、日本一の「さくらんぼの里」といわれる。
   
 夏 click!  初冬
    溝延橋からの月山*  2000.7                   2000.12   
   
寒河江川に架かる溝延橋の上で、月山と寒河江川をスケッチした。
この川は、朝日岳に水源を持つ、一級河川で、河北町溝延で最上川に合流する。 
前方に月山、左手に朝日連峰を見ながら、蝉時雨の中、川沿いにつづく桜堤、
通称「さくらんぼサイクリングロード」を歩いた。 すでに、さくらんぼの収穫は終わっていた。 

歩き始めて30分、道を訊ねたオジサンと、しばらくの間、いろいろ話しながら歩いた。
オジサンは、天童から、時々、散歩に来るのだという。 寒河江川橋が見えてきた頃、
雨が降ってきた。 オジサンと別れて、郵便局に駆け込んだことを思い出す。
壁の時計によると、溝延橋から川沿いに、50分歩いたことになる。 
雨宿りもそこそこに、タクシーで慈恩寺に向かったような記憶があるが、降らなければ、
慈恩寺まで歩くつもりだったのだろうか。

慈恩寺は、奈良時代に聖武天皇の勅命により開基されたと伝えられている古刹で、
江戸時代に寺領東北随一を誇り、出羽三山とともに、修験道の寺としても栄えたという。
境内には、本堂(国指定重文)、山門、薬師堂、三重塔(県指定)などが立ち並び、
茅葺の本堂宮殿内には、木造弥勒菩薩及び諸尊像などの秘仏(非公開)や
薬師如来及び日光・月光菩薩、十二神将など、すべて、国や県の指定を受けた、
重要文化財が数多くある。
  
              jionnjisanmon.jpg
                 慈恩寺 山門  2000.7

三重塔は、1608年、山形城主、最上義光により建立され、1度焼失(1823年)し、
その後、再建されたもの。

    慈恩寺の夏      羽黒山の夏
       慈恩寺 三重塔 2000.7         羽黒山 五重塔 2000.8 

寒河江には、その年の初冬、絵の先輩たちを案内して行った。     (「庄内の旅」)
再び、この寺を訪れたが、観光客がいなかったせいもあって、夏冬2回訪れた羽黒山と
比べて、より厳かでひっそりとしており、その佇まいは、今でも、強く印象に残っている。
出羽三山とともに、修験道の寺としても栄えたということだ。
旅・散策・イベント

土用丑の日

2009年07月19日
今日は土用丑の日。 土用は年に4回、土用の間に丑の日が2回ある年もあるため、
土用丑の日は、年に数回あることになるが、一般には、土用丑の日というと、夏を指す。
今年の夏の丑の日は、2回あり、二の丑は、7月31日。

土用の丑の日に、鰻を食べる習慣がある。 この由来について、諸説あるようだが、
平賀源内が、鰻屋に店のキャッチコピーを頼まれ、丑の日には「う」の字がつく食べ物を
食べると、夏負けしない、という民間伝承にヒントを得て考え出したとされている。 

          鰻屋
            
鰻の栄養分は、この夏バテ防止になる、ビタミンB群をはじめ、A、Dなどを豊富に含む。
冷房の効いた部屋にいて、身体を動かすことが少ない夏には、ビタミンやミネラル類、
特にビタミンB群の消耗が激しく、それが、夏バテの原因になっているとか。 
鰻の旬は、冬眠に備えて身に養分を貯える、晩秋から初冬にかけての時期で、
秋から春に比べても夏のものは味がおちる
のだそうだ。 (Wikipedia)

もともと、上方の食べ物だった鰻が、江戸で食べられるようになったのは、18世紀初めで、
18世紀末には、味醂が普及し、蒲焼の味が確立して、土用の鰻という食習慣も広まった。 
江戸時代末期には、白焼を蒸した後に蒲焼にする、関東独特の焼き方は「江戸前」として、
定着したという。 鰻の養殖は、明治12年、深川で始まり、のちに、静岡などの他県に
移った。(江戸 東京学事典」)
 
        丑の日予約
             コンビニでも 7月に入ると予約承り中  

関東と関西では、鰻の調理方法が異なるようだ。
関東では、「背開き。1度蒸してから、タレにつけて焼く」ので、柔らかく、脂っこくない。
関西では、「腹開き。蒸さずに焼く」ので、固く、香ばしいが、脂も多く残るといわれる。

関西の川は、関東に比べ、海までの距離が短く、流れも速く、鰻は身が締まっていた
ため、わざわざ蒸して、脂を落とす必要はなかったのだという。
どちらが美味しいかという論争は、昔からあるが、これは鰻が天然ものだった頃の話。
今は、ほとんどが養殖鰻なので、関東風の方が、美味しいと聞いたことがある。

20年近く前のことだが、友人が浜名湖の天然鰻を取り寄せるというので、
私も何度か、注文したことがあったが、この鰻は、関東風の調理がしてあり、
柔らかく、トロッとしていて、美味しかった。 
現在、天然鰻の漁獲量は、国内養殖の生産高の1.5%程度で、
輸入鰻(加工品含)も合わせると、0.3%未満だとか。
水質汚染がひどくなり、コンクリートによる河川工事などで、干潟も浅瀬も減り、
岩場などの狭い場所が好きな鰻にとって、川は棲みにくい環境になったのだそうだ。

ところで、鰻の調理法に限らず、うどんや蕎麦の「きつね」と「たぬき」、汁の色や
塩味の濃さなど、関東と関西、東日本と西日本では、食文化や言い方の違いが
多くみられる。 この境界線は、静岡県浜松市付近を通っているようだとか。 
例えば、塩を舐めたとして、浜名湖の東、浜松市では「しょっぱい」と言い、
西の湖西市では、「からい」と言うように、分かれた。 これは、江戸時代、浜名湖に
関所があり、人や物の行き来だけでなく、言葉も堰き止めていたのだろう
という。
(NHKアナウンス室ことば班編 「ことばおじさんの気になることば」)

東京から離れたことのない私が、「しょっぱい」と言わず、「からい」と言うのは、
九州生れの父や祖父母の影響だからだろうか。 
つれづれ

北沢川緑道の絵タイル Ⅱ 

2009年07月18日
「北沢川緑道」の中程、「光明橋広場」から、西へ行くと、羽根木公園周辺にあった
草花の形を焼きつけたタイルや、昔、緑道が川だった頃の、水辺の生きものや植物が
描かれた絵タイルがみられる。                 (「北沢川緑道の絵タイルⅠ」)

歩道で歩道で歩道で
        ユリノキ ユリノキ  
歩道で歩道で歩道で


 光明橋広場モオモダカ   
                           モ               オモダカ
 アシスゲセリ          
         アシ               スゲ               セリ         
              
 かもめさぎかも
         カモメ             サギ                カモ
 セキレイgひばりクイナ
        セキレイ            ヒバリ               クイナ  

 カメカエルヘビ
         カメ               カエル              ヘビ    
 トカゲみみずイモリ
        トカゲ              ミミズ                イモリ           
 緑道  ホタル
                                             ホタル
 トンボイナゴカマキリ         
        トンボ              イナゴ              カマキリ

これらのタイルは、10数年前、住民が参加し、「ふれあいのあるまちづくり」の
一環として、 梅が丘中学校生物部員が中心になってつくられたそうだが、
このときの子どもたちは、今は、何歳くらいになっているのだろう。
螳螂や蝗などという難しい漢字を、今でも覚えているのだろうかと、ふと思った。
 
「北沢川緑道」の、梅が丘と豪徳寺間の短い距離だったが、
私の脳も、少しは、活性化されたような気がした。
水の流れも、川に架かる橋もなく、つくられた「自然」ではあるが、それでも、
種々の樹木、四季折々の花々に囲まれた、「みどりの散歩道」は魅力的だ。

帰宅後、ケイタイの歩数計を見ると、1万5千歩を超えていた。 
だが、そのうちの「いきいき歩行」の歩数は、8316歩。 これは、毎分60歩以上の
ペースで、連続して3分以上歩いた場合にカウントされる歩数。 
次の日、出掛けずにいたら、50歩に満たず、「いきいき歩行」はゼロだった。
旅・散策・イベント

北沢川緑道の絵タイル Ⅰ

2009年07月17日
世田谷区の「北沢川緑道」のほぼ中程、小田急線梅が丘駅前の「光明橋広場」を
スタートして、西へ一駅の、豪徳寺まで歩いたことがあった。
「北沢川緑道」は、上流は世田谷区赤堤から、下流の池尻までの緑道で、
途中、代沢の「鎌倉橋」からは、浄化された水が流れるせせらぎとなり、
三宿の三村境で烏山川と合流し、目黒川と名を変える。

「光明橋広場」から豪徳寺までの緑道は、お洒落なデザインの歩道になっていて、
可愛らしい絵タイルが、あちこちに嵌め込まれていた。
描かれているのは、かつて緑道が川だった頃に、よくみられた生きものたちだ。 
あまりに多すぎて、1度にご紹介できないので、先ずは、水辺の生きものたちから
始めることにする。

 ウナギドジョウナマズ
 ウナギドジョウナマズ 
      ウナギ              ドジョウ              ナマズ

 鯉 タナゴヨシノボリ
        コイ               タナゴ              ヨシノボリ

 カワニナタニシサワガニ
      カワニナ              タニシ              サワガニ  
   
 ザリガニエビガニザリガニ
       ザリガニ         エビガニ(ザリガニ)         ザリガニ

メダカミズスマシゲンゴロウ
 めだかアメンボゲンゴロウ
       メダカ          ミズスマシとアメンボ         ゲンゴロウ

                   緑道 

 貝タガメタガメ
                          タガメ              タガメ

楽しい絵タイルをみながら歩いて行くと、豪徳寺駅の近く、世田谷線の山下駅に出た。
世田谷線(下高井戸駅ー三軒茶屋)は、東急電鉄の軌道線で、ほとんどが無人駅だ。
山下駅の踏切りを渡ると、「ユリの木公園」で、緑道はこの先もまだつづく。 

ここで、Kさんと待ち合わせて、何枚かの簡単なスケッチをしたり、おしゃべりしながら、
ユリの木のトンネルを抜けて、緑道の終点、赤堤まで歩いた。 
花見客で賑わう、桜の時季は別として、梅雨の晴れ間の静かな散策は、
なかなか、いいものだ。 
次の機会には、梅が丘から、東へ向かって歩き、烏山川と合流する目黒川まで、
下ってみたいと思っている。  
旅・散策・イベント

ネコ食堂の引越 

2009年07月16日
わが庭の「猫食堂」は、この半年ばかりの間に、度々、引越をした。

南側の沓脱石の上から 
           チビと 2008.1
                 母親チビとケシとクク(満2ヵ月)
               
チビの5匹の子のうち、ケシククの2匹が残った。 
写真左手前のココはいつの間にかいなくなった。
その後、チビは、アミとトラを生み、子育てをほぼ終えた10月に姿を消した。

北側の井戸の前へ   2008.12~         
                  クク
                    ククは物置の上で  2009.1 
         3匹+ 
         ターノやラスカルもやって来た
          4きょうだい 2009.2
                妹たちアミとトラ   姉ククと兄ケシ 
そして、玄関のポーチへ   
 チャトラン遠慮 孤食
         チャトランはアミに譲る               孤食? 
    
近頃は、2階のベランダ  2009.3~
         雨の朝
                     混みあう雨の日の朝   2009.6

ククは夕方やって来ることがあるが、お向かいのさいとうさんのところで食べているせいか、
顔を見せると、さっと帰って行く。

チャトランは、6月半ば、突然姿を消した。
さいとうさんと顔を合せる度に、「チャトラン見ましたか? どうしたのだろう」と心配していた。  

七夕の日、孫りんりんも私も、チャトランが戻るようにと、短冊に願いを書いた。
夜遅く、さいとうさんから「チャトランが来ました」という電話があった。 
少し痩せたようだが、元気だったという。 とにかく、無事でよかった。
あの日から、10日。 チャトランはまだ1度も姿をみせない。 
動物など

中国 鎮江の黒酢

2009年07月15日
最近、鹿児島産の「黒酢」を飲み始めた。 日本の黒酢づくりの技術は、中国江蘇省から
伝わったとのことだ。日本の黒酢が、主に玄米や大麦を原料として作られるのに対し、
中国では、もち米と麦胚芽を主原料にして作られ、日本産の黒酢に比べて、アミノ酸を
豊富に含み、水餃子のタレを始め、多くの中華料理にはこの酢が用いられている。

中国では、山西省産の黒酢が有名だが、江蘇省の鎮江で作られる「鎮江香酢」は、
色が濃くて味は美味、香ばしくて甘みがあり、酸っぱくて渋みがないといった特徴があり、
「江蘇の鎮江のものを以って最も良しとす」(「中国医学大辞典」)といわれている。
 
鎮江は、三千年の歴史がある、屈指の都市で、長江と京杭(北京ー杭州)大運河の
合流点に位置し、昔から、南方と北方を結ぶ交通の要衝であった。
東は常州、西は江蘇省の省都、南京、北は揚州、南は金壜と接する。

5年前、張さんの甥、周さんの結婚式に参列するため、南京に行った。(「江南の旅」)
それまで、張さんのお宅がある常州で、「京杭大運河」は何度か見たことがあり、
スケッチしたこともあったが、中国最長の川、「長江」は、まだ見たことがなかった。
   
因みに、長江は、ナイル川、アマゾン川に次いで、世界で3番目に長く、6300km。
黄河は5464km。 中国で「江」といえば「長江」のこと、「河」は「黄河」のことだ。 
日本でもそうだが、外国人の間で、「長江」のことを「揚子江」と称する人があるようだが、
本来、「揚子江」は、揚州付近での名前で、「長江」全体を指すのではないと
聞いたことがある。 
確かに、知り合いの中国人に聞いても、「揚子江」を知っている人はいなかった。

南京で結婚式に参列した翌日、南京長江大橋近くのフェリー乗り場で、
初めて「長江」に出逢った。 南京長江大橋は、長江に架かる橋の中では、
3番目に長く(全長6,700m)、道路が上で、鉄道が下にある2段式の橋だという。
    
      南京長江大橋
                  南京長江大橋を望む 

その日の午後、鎮江に寄り、張さんに市内を案内して頂き、金山寺の慈寿塔の上からと、
「京杭大運河」との合流点「迎江橋」近くで、思う存分「長江」を眺めた。 

         迎江橋付近
                長江の眺め   鎮江 迎江橋付近     

鎮江では、中国語の教科書で習ったばかりの「水漫金山」(「白蛇伝」)の舞台となった
「金山寺」、アメリカの女流作家、パールバックの故居、古い民家の残る「千年古街」と、
各地を訪ねたが、このときの旅では、ほとんどスケッチができなかった。 

鎮江と聞いて、思い浮べるのは、まるで、海のような「長江」のゆったりとした流れと、
有名な「恒順香醋」の店へ行って、お土産に買った黒酢の瓶と香りだろう。

        恒順香醋
                  「恒順香醋」販売部 
 
この店で、瓶入りの黒酢のほかに、ミニチュアのような瓶が10本入った箱入りを、
数箱買ったが、今は亡き沈老師にも差し上げて、喜んで頂いたことを思い出す。
日本の中国食品店などでも、同じような瓶を見かけるが、やはり、本場で買ってきた
ものとは、何となく違うような気がする。  
         ミニ黒酢
                    黒酢の小箱

なぜか、あの時買ってきた黒酢が、1箱、我が家に残っていた。 
鎮江黒酢は、時が経てば経つほど、味が深くなるというから、
もうしばらくは、このまま、飾っておくことにしたのだが・・・。
中国・中国の旅

くちなしの花

2009年07月14日
  くちなし    アカネ科 クチナシ属
          学名  Gardenia jasminoides Ellis
          和名   クチナシ 梔子 支子

         くちなし       

秋に赤黄色の果実をつけるが、この果実は熟しても割れないため、「口無し」が
和名の由来となっているとのこと。 クチナワナシ(クチナワ=ヘビ、ナシ=果実のなる木、
ヘビくらいしか食べない果実をつける木の意)からクチナシに変化したという説もある。

果実は山梔子(さんしし)と呼ばれ、生薬として用いられる。 
乾燥させた果実は、古くから黄色の着色料として用いられるが、発酵させることで、
青色の着色料にもなる。 これは繊維を染める他、食品の着色にも用いられ、
サツマイモや栗、和菓子、たくあんなどを黄色に染めるという。

             梔子の実

旧宅の「離れ」の北側には、八重の花を咲かせる大きな梔子の樹があり、 
その横の百日紅や松がある築山との間に、母屋への踏石が続いていた。 
梔子の木の下には、蹲があり、濡れ縁があったが、そこに腰かけることは、
滅多になかった。 
庭を眺めるときは、雪見障子の小障子を上げ、ガラス越しに見た。
この時季は、蕾がどこに、いくつあるか、明日には咲くかな、と毎日眺めたものだ。
雨の中で、静かに咲く花の風情も大好きだった。 
雨が上がり、陽の光で輝き始めた、梔子の枝に架かった蜘蛛の巣を、スケッチした
記憶があり、特に印象に残っている。 

この梔子の花は、家を改築するまでは、毎年、欠かさず、スケッチしたものだ。 
花は、どちらかというと、一重の花が好きなのだが、この梔子の花に限り、
八重の花の方が好きだ。 実は、一重の梔子にしか成らないのだが、
実は、実で面白く、スケッチもした。
     
           「静花」 6号

日本画を習い始めて、最初の本画は、梔子を描いて、「静花」という題をつけた。 
大好きな唐津焼の器に水を張り、梔子を入れた、実にシンプル、素直な絵だったと思う。
植物など

九品仏浄真寺

2009年07月13日
目黒区緑ヶ丘から「九品仏川緑道」を、世田谷区の「九品佛浄真寺」まで歩いた。
広い境内には、天然記念物のカヤ(樹齢800年以上)やイチョウのほか、菩提樹などの
巨木が数多くあり、まさに「武蔵野の面影を残す霊域」だった。

「略縁起」によると、境内周囲の土手は、この地がかつて奥沢城だったときの名残りで、
鎌倉期における築城学上「土塁」の形態を示すものとして、貴重な資料
であり、
また、参道・総門・閻魔堂・仁王門・鐘楼・開山堂・本堂・三仏堂・書院・食堂(じきどう)など、
いわゆる七堂伽藍の完備した僧坊として、数少ない寺院といわれている。

               総門
                            総門

 閻魔大王  六地蔵
  
このお寺には、春、夏、秋と、5回ほどスケッチに来たことがあるのだが、
この日は、まるで、初めて訪れたお寺のように、いろいろな発見があった。
閻魔堂があることに気づいたり、その隣に並ぶ「六地蔵」も、見たことがあるはずなのに、
初めて拝観した感じがした。
六地蔵は、地獄、餓鬼、畜生、阿修羅、人、天の「六道」の入口に立ち、
衆生の苦しみを救って下さるお地蔵さまだとか。

             紫雲閣
                     紫雲閣(仁王門) 
       吽像    阿像

「仁王門」の上層には「二十五菩薩」が、下層には少々メタボ気味の「仁王像」が
安置されている。 そして、今まで気づかなかった「風神・雷神像」が、仁王像の背面に
あったが、金網が邪魔になって、よく見えなかった。

この寺は、「おめんかぶり」の名で親しまれる「来迎会」(都無形文化財)でも有名だが、
これは、念仏行者が臨終のとき、阿弥陀さまが25菩薩を従えて、ご来迎になるという
浄土の教えを行事にしたもので、3年に1回、8月16日に行われている。
是非1度観たいとは思うのだが、この暑い時期に、多くの人たちにもまれる勇気がなく、
昨年も逃してしまった。 

また、8月、境内の「鷺草園」では、世田谷区の花にも指定され、大正の末期まで
この付近に自生していたといわれる「鷺草」が、純白の可憐な花をつける。
絵を始めて間もない頃、友人のHさんに誘われて、この鷺草園でスケッチをした。
もともと、夏には弱い方だが、この日はよほど暑かったのか、途中気分が悪くなり、
早々に引き上げたことを思い出した。 
その後、何度か、浄真寺を訪れているが、夏は、このとき限りのように思う。
旅・散策・イベント

九品仏川緑道のベンチ 

2009年07月12日
緑ヶ丘駅(東急大井町線)で下車して、自由が丘駅(東急東横線/大井町線)を経由して、
九品仏までつづく「九品仏川緑道」を歩いたことがあった。

緑ヶ丘(目黒区)から「九品仏川緑道」へ
 緑ヶ丘~  緑ヶ丘~自由が丘 
       紫陽花の多い道がつづく            2人がけのベンチ          
  九品仏緑道   ~自由が丘
             似ているようで違う2つのベンチ  置き去られた鉛筆削り 
         
この「九品仏川緑道」と、緑ヶ丘ー都立大学(東急東横線)の「吞川本流緑道」、そして、
都立大学ー自由が丘間を結んで、ほぼ三角形を作る、約5kmの「吞川・自由が丘コース」も、
目黒区内の「みどりの散歩道」の中の1つである。  (「緑道散策の魅力」)
        
自由が丘(目黒区/世田谷区)
 自由が丘  喫煙エリア
                                   喫煙コーナー

自由が丘は、お馴染みの街だが、この通りが、「九品仏川緑道」とは知らなかった。
両側には、お洒落なカフェや店があり、子供連れや若い女性が特に目立つ。 
喫煙コーナーさえも、どことなくお洒落。 空いているベンチを探すのに一苦労する。

ねこじゃらし公園(世田谷区)
ねこじゃらし公園公園

この「ねこじゃらし公園」が、「九品仏川緑道」の終点だった。
公園には、人工的だが、ごく小さな流れがあって、子どもたちが水遊びをしていた。 
ここから、九品仏にある、「お面かぶり」で有名な「浄真寺」までは、さほど遠くない。
旅・散策・イベント

テントウムシとダンゴムシ

2009年07月11日
目黒区の立会川緑道で出逢った、車止ポールの先端の「小さな生物たち」は、
小鳥、蛙、蝸牛など10種類以上もあった。 それは、緑道が川だった昔、よく見られた
小動物たちなのだが、そのうちの虫は、バッタ、セミ、ホタル、テントウ虫の4種類だった。 

私は、虫好きではないが、格別虫嫌いでもないので、バッタ、セミなどを掴むことも、
テントウムシを掌の上で這わすことも平気だが、カタツムリを這わせたり、毛虫や蛾を
摘むのはご免だ。 そういえば、カタツムリが、めっきり減ってしまったようで、
最近は、滅多にお目にかからなくなってしまった。 
因みに、カタツムリは、虫ではなく、巻き貝やウミウシの仲間、軟体動物だそうだ。
    
虫たちの世界でも異変が起きているのか、バッタやカメムシなどが異常発生したり、
この数年、テントウムシも、異常発生していると聞いた。 
テントウムシは害虫ではないと、何となく知っていたが、何種類もあるこの虫は、
アブラムシを主食にしており、春、道端や空地のカラスノエンドウの草むらを探せば、
大抵、見つかるらしい。

テントウムシは、幼虫・成虫ともに、強い物理的刺激を受けると、死んだふりをし、
さらに関節部から、強い異臭と苦味のある体液を分泌する。
派手な色で、異臭とまずさを警告しているため、鳥などに食べられることはないのだとか。

この虫の小さくて丸っこいフォルムや、艶やかな赤と黒の色合いが愛されて、
子ども用の雑貨や衣類のデザインに、よく見られる。 
3歳の孫娘のゆうゆうは、つい、この間まで、てんとう虫の絵がついたTシャツを着ていた。 
釦を押すと2枚の羽が開き、文字盤が現れる、ペンダント型時計をみたこともある。

先日、孫のりんりんとテントウムシをみつけたが、彼はさほど、興味を示さなかった。 
彼が好きなのは、ダンゴムシ。 わが庭でも、どの石の下が、たくさんいるのかを
知っていて、捕まえては転がして、虫が円くなるのをみて、楽しんでいる。
ついに、私の掌にダンゴムシを載せられてしまい、これには、参った。
        
          石の下には
               この石の下には数匹いた

そういえば、彼が、ダンゴムシのファンになったのは、2年ほど前からだった。
たくさんの絵本の中から、「おはなしのえほん」ではなく、「だんごむし」の絵本を選び、
ひとり夢中になって、「だんごむし」の世界に遊んでいたものだ。
私も図書館で、「だんごむし」の絵本を探してみたが、何種類もあることに驚き、
「だんごむし」は、子どもに人気がある、身近な虫であることを知った。

ダンゴムシの足は14本。 昆虫ではなく、甲殻類で、ワラジムシの仲間だそうだ。
ダンゴムシはジグザグ歩行が好きらしく、「オカダンゴムシ」の迷路実験によると、
「短い距離で、左右交互に曲がると、抜けられる迷路では、学習なしで
通り抜けられる」
のだという。 

            迷路の中のダンゴ虫
                ダンゴムシを見つめるりんりん

先日、りんりんに、ダンゴムシの迷路実験を提案した。
彼は、木箱の蓋の中に、ブロックで迷路を作って、ダンゴムシを1匹入れたのだが、 
迷路の作り方が粗かったために、はっきりした結果は出なかった。 
ダンゴムシの動きは素早く、あっという間に、ゴール?に達したかと思うと、
あっという間に、蓋から飛び出してしまった。 
今度は、2匹のダンゴムシに競争させようと、りんりんは張り切っている。

ダンゴムシは、主に落葉や雑草などを食べるという。 益虫なのか害虫なのか、
わからないが、少なくとも、子どもの遊び相手として、充分、役に立っているようだ。
動物など

ほおずき縁日

2009年07月10日
入谷「朝顔市」が一昨日で終わり、昨日と今日、浅草寺「ほおずき市」が開かれている。

先月、港区の愛宕神社へ出かけ、「千日詣り」をして来た。 
1日の参拝で、千日分の御利益があるといわれる、「千日詣り」の祭日に合わせて、
「ほおずき縁日」が開かれていた。 また、神社の入り口に、無病息災を願って潜る
「茅(ち)の輪」も設けられていた。
「ほおずき縁日」は、その昔、この近所に住む人が、愛宕山に自生していた「ほおずき」が
良薬になるとのお告げを受けたことから、始まったということだ。

地下鉄御成門から歩いていくと、愛宕トンネルの脇に、エレベーターがあるのを見つけた。
以前、見上げたことがある、あの長くて急な階段の「男坂」を上らずに済んで助かった。 
別名「出世の石段」といわれる「男坂」は、何でも86段もあるとかで、さすがに嶮しい。

     千日詣り  エレベーター
           エレベーター          エレベーターの中から

境内は、大勢の参詣者や報道陣のほか、大きなカメラを提げた人や、ケイタイで
記念撮影する人、ほおずきを買う人たちで、賑わっていた。
茅の輪は、8の字に廻らずに、茅の輪を跨いで通り抜けた。 

          形代  納める
          「水無月の夏越の祓いする人は 千歳の命延ぶというなり」 

形代納めの場所には、「息を三回吹きかけて 罪穢を形代に移し 樽の中にお納め下さい」
と書かれてあった。
形代をいただいて、名前、年齢を書き、(息を吹きかけることは忘れ)糊で、樽の内側に
貼ってきた。 形代を納めるのは、初めての経験だった。

         ほおずき市

そして、いよいよ、ほおずきが並ぶところへ。 まだ青い実がついている鉢がほとんどで、
その中でも、なるべく赤味が多いのを選んだ。 
ほおずきを買うと、社殿の中で、お祓いを受けられるというので、早速、社殿へ。

      見下ろす  見上げる 
          見下ろして・・・            見上げると

帰路は、階段で、と思ったのだが、下を見ると、手すりはあるものの、怖い。
下りるのを躊躇していると、「ちょっと、下りる気がしませんね~」と、同年輩の女性に
声を掛けられた。 彼女は、参道から上って来たのだという。私は、エレベーターで、
というと、彼女はエレベーターの存在を、俄かに信じられないようだった。
結局、私はもと来たように、エレベーターで下りて、階段の下まで歩いて行ったのだが、
果たして、彼女は、どうやって、下山したのだろうか。 

茅の輪を潜り、形代を納め、さらに、お祓いをして、今年上半期の厄払いは完璧?!
これ以上、欲張ると、下半期の無病息災が怪しくなるかなと思いながら、神社を後にした。
旅・散策・イベント

入谷 朝顔市

2009年07月09日
七夕の日の一昨日、Yさんに誘われて、初めて「入谷の朝顔市」へ出かけた。 
朝10時半頃、JR鶯谷駅(台東区)の駅前道路は、既に、朝顔市へ向かう人でいっぱい。
朝顔の鉢を持った人たちとすれ違いながら、番号が付いた店並の入口へ向かった。

         1番

「キキョウ朝顔」、「西洋朝顔」、「団十郎」といった、様々な朝顔が並ぶ中を、
人の波をかき分けながら進んで行き、「入谷鬼子母神(きしもじん)」に辿り着いた。
以前にも来たことのある、Yさんによれば、思ったより、混んでいないとのことだった。
             
    入谷鬼子母神着物姿
            入谷鬼子母神 

境内で、2人とも淡いブルーの花を探したが、ほとんどが、3色とか4色の鉢で、
結局、淡いブルーや白の花が咲いている3色の鉢を買って、境内を後にした。 

       42番

その先は、なおいっそう混みあっており、難行苦行、やっとのことで、抜け出し、
道路の反対側の、屋台が並んでいる歩道を戻ることにした。 
途中、孫りんりんへのお土産に、ヤドカリを買った。
この屋台は、金魚、ミドリカメ、カブト虫、鈴虫のほか、ナマズやウナギまで売っていた。

 ナマズ  うなぎ
   「地しん知らせます ナマズ」 \300       「うなぎ! もうすぐカバヤキ?」 

朝顔の鉢とヤドカリ4匹?を持って、人混みを避けて、上野まで歩くことにした。
途中、上野郵便局の前の広い通りの両側に、大型トラックが何台も駐車していた。
どうやら、トラックの中は、すべて朝顔の鉢で、すでに下ろされたものもあった。
6日から始まった「朝顔市」だが、これだけの鉢が、7日の夜までになくなって、
翌8日の分は、また、全国からトラックで運ばれてくるのだろうか・・・?

            待機中の朝顔

帰宅すると、幼稚園で作った七夕飾りを持って、りんりんが来ていた。
ヤドカリをみせると、初めて見たのか、戸惑った様子だったが、そのうち、すっかり気に入り、
2匹を家に連れて帰ることになった。 
昨年の夏は、カブト虫を飼い始めたが、なかなか、うまくいかなかった。
この「丘ヤドカリ」は、水はなくていいし、餌もきゅうりなどの野菜でいいらしいので、
彼には格好の飼育対象ではないかと思うのだが・・・。 

   ヤドカリ ヤドカリとりんりん
   丘ヤドカリ 小 2匹で300円           観察する?りんりん

ついでながら、りんりんが幼稚園で書いた短冊には、「パイロットになりたい」とあった。
機関車トーマスに夢中で、「とーますになりたい」と書いた、2年前の彼を思い出した。
旅・散策・イベント

モーニング コンサート

2009年07月08日
先月のスケッチ会は、梅雨の季節でもあり、晴雨いずれでも対応できるよう、
トウハク(国立博物館)周辺と決めて、上野の文化会館前に集まった。
当日は、朝から小雨が降っていた。予報では、昼過ぎには上がるということだったので、
上野公園を通って、動物園通りにある、「上田家住宅」、清水坂の枇杷のなる古い洋館を
見て回ったのだが・・・。                     (「朽ちかけた洋館と枇杷の木」)
傘をさしながら描くのは、無理なようなので、午前中はトウハクで描いて、雨の様子で
午後に戻ってもいいかということになり、清水坂を上り、トウハクへ向かった。

途中、藝術大学の音楽学部の門の前に来たときに、構内で整理券のようなものを
受取る人たちをみかけた。 「モーニングコンサート」という文字が目に入ったので、
すでに通り過ぎていた仲間を呼び止めた。 
コンサートというだけで、何もわからないまま、整理券をもらって、奏楽堂へ。
      
     旧奏楽堂
                  旧奏楽堂

老朽化したため解体されて、上野公園に移築再建された旧奏楽堂には、
1度だけ、演奏を聴きに行ったことがあるが、この新しい奏楽堂は、初めてだった。
ホールの中に入ってしばらく、左の上方に「月」、右に「太陽」がデザインされている、
立派なパイプオルガンに見とれていた。

藝大の「モーニングコンサート」は、藝大フィルハーモニア(東京藝術大学付属管弦楽
研究部)
と、学内から選ばれた優秀な学生による演奏会で、芸大出身の一流指揮者が
タクトを振る。
この日は、ホルンと、ヴァイオリンの2人の学生による演奏だった。
因みに、藝大フィルハーモニアの前身である旧東京音楽学校管弦楽団というのは、
ベートーヴェンの「運命」や「第九」の国内初演をしたオーケストラだそうだ。

          sougakukoncert.jpg
                  東京藝術大学 奏楽堂 

コンサートは、無料で、木曜日の10時から、整理券配付、11時開演、演奏は昼まで。
だが、毎週木曜日に行われるわけではなく、どうやら、月に4回あるのは6月だけで、
8月、9月など、1回も行われない月もあるようだ。 
たまたま、6月の木曜日、10時半頃、奏楽堂の前を通りかかったことが幸いして、
素晴らしい演奏を聴いて過ごせたことは、ラッキーだった。
正午、外はまだ、霧雨が降ってはいたが、晴れ晴れとした気分でトウハクに向かった。

帰宅後、早速、中国語教室の同学3人にメールをしたところ、次回の中国語教室の前に、
是非、行ってみたいということになった。 
素敵な演奏を聴いて、ランチをして、おしゃべりをした後、お勉強ということになるのだが、
さてさて、中国語が子守唄にならないといいのだが。
つれづれ

歩道の上の星座

2009年07月07日
今日は七夕。 牽牛星と織女星が、天の川に架けられた「かささぎの橋」を渡り、
今夜、再会するという昔話が楽しい。
織女(織姫)は、こと座のベガ、牽牛(彦星)は、わし座のアルタイルのことだ。
 
              tanabatashikisi.jpg 大田区蒲田

駅ビルに飾られた笹には、たくさんの願いをこめた短冊が・・・。
「しんかんせん のぞみごうにのれますように」 「ピアノがじょうずになりたい」
「40年ぶりのクラス会 晴れますように」 「お母さんの病気 よくなりますように」・・・。  
今年、孫のりんりんは、幼稚園で、どんな願いを短冊に書いたのだろう。

これまで、何回も通ったことのある五反田駅前(JR・東急池上線・都営浅草線)の歩道橋。
この頃、歩道のタイル画が気になり始めたこともあって、先日、久しぶりに渡ったとき、
ここの路面に、星座の画があることに気がついた。

この歩道橋は、随分と昔からあったものだけに、所々、タイルが剥げ落ちていたり、
汚れたままになっている箇所があったりする。 
五反田と星座との関連は、よくわからないが、確かに、星座の画が続いている。

昨年4月、東急線の駅に直結している東急プラザは、働く女性向けのショッピングビルに
生れ変わり、JR駅西口には駅ビルが建てられ、五反田もお洒落な街になりつつある。
 
 白鳥座   琴座
   白鳥座 夏の星座          こと座 夏の星座 織姫星のベガ(彦星は鷲座に)  
               
 さそり座   方角
   さそり座 夏の星座 南の空              方位
           
 おおぐま座   オリオン座
  おおぐま座 春の星座 北の空     北斗七星 オリオン座 冬の星座

そういえば、以前、渋谷駅前の文化会館屋上に、「五島プラネタリウム」があり、
子どもの頃より、むしろ大人になってから、気分転換によく行ったものだった。
星座は勿論、月や太陽、宇宙のことなど、むずかしいことはわからないままに。
こんな都心に、日常から離れられる、静寂な空間が存在していることが嬉しかった。

9年前、文化会館は47年の歴史を閉じて、解体され、地下鉄副都心線の工事が始まり、
副都心線は1年前に開通した。
渋谷駅前地区のランドマークである「マークシティ」(2000年開業)などの構築と共に、
渋谷の街もどんどん再開発が進み、更に大きく変るのだろう。
旅・散策・イベント

子守りの大変さ

2009年07月06日
孫の「子守り」に駆り出されて、時々、阿佐ヶ谷へ行くが、先月は特に忙しかった。 
今年2月に誕生したあいあいが高熱を出して、肺炎の疑いで入院したため、
3歳の姉ゆうゆうの面倒をみたり、退院時や通院時に付添ったりしたのだ。

いつか、電車内でみた、額面広告「シカクいアタマをマルくする」(日能研)で、
「子守り」という言葉をとりあげていた。
「子守り」「灯台守」などの語からわかるように、古い日本語では、「守る」ことを、
「もる」といい、一方、「まぶた」は「めのふた」、「またたく」は、「め」をたたくくことで、
古い日本語では、「め」のことを「ま」といった。 これらのことから、現代語の「守る」とは、
「めでもること」つまり、「見守る、じっと見る」というのが本来の意味
なのだそうだ。

            車内で
            車内でみかけた、孫の子守をする女性

実際の「子守り」は、とても、「見守る」だけではすまないのだが、
孫には、あたたかく「見守る」という姿勢で接しようと、心がけている。

それにしても、子どもたちを守ることが、何とも難しい時代になってきたようだ。
ニュースにならないところでも、子どもたちが、危険にさらされている。
先月、「区民安全・安心メールサービス」を受信できるように、メンバーに登録したが、
これは、ケータイやパソコンで、区が送信する「防犯・防災・気象・地震情報」などを
受信できるというもの。「新型インフルエンザ区内感染者発生」の情報も送られてくる。

ところが、ケータイに登録した翌日に、何件もの「不審者情報」が入ったのには驚いた。
「午後6時30分頃、○○二丁目付近で、小学生女子児童が下校中、坊主頭でピアスを
付けた30歳位の男に、後を付けられました。児童に被害はありませんでした」
「午前7時35分頃、△△三丁目付近で、中学生女子生徒2名が登校中、車に乗った
50歳位の作業着姿の男にすれ違いざまに写真を撮られた。また、午後6時30分頃、
□□一丁目付近で、生徒が歩いて塾へ行く途中、20歳位の男が自転車で後をしばらく
ついてきた。いずれも生徒達に怪我はありませんでした」

いずれも、「警察署でパトロールを強化しています」ということだったが、
同じ日に、これだけの情報が入るとは! 

民間警備会社へ委託して「子どもの施設巡回パトロール」などを実施している区や
自主的に防犯パトロールをしている町会があったり、「防犯パトロール中」と書かれた
プレートを後の籠につけて走る自転車を見かけたこともある。
地域ぐるみで子どもたちを守らねば、という、何とも厄介な「子守り」の時代になったものだ。 
身近な人びと

さようなら ターノ

2009年07月05日
昨日の朝、チャトランの夢をみた。 チャトランが姿を消してから、すでに、2週間になる。
夢の中のチャトランは、脚を怪我していた。 捕まえて病院に連れて行くのは無理だろう。
きっと、以前同様、自然治癒力を発揮して、治すのだろうと思ったところで、目が覚めた。
     
      チャトランと 
              チャトラン(右)は この2週間後、姿を消した

さいとうさん宅を拠点にしている、ターノが、先月から、2階ベランダまでやって来るようになった。
わが庭で生れたケシクク、そして、アミトラの従兄弟で、アミたちとほぼ同じ頃に生れた、
少し、気が強い男の子だったが、手術してからは、穏やかになった。
大分、慣れて、2階ベランダで、食事をするだけでなく、皆と共に寝ていたこともあった。

ターノに限らず、このあたりの猫たちは、本来、ノラ猫にある、警戒心が薄れてしまった。
それがいけなかったのだろうか・・・。
昨日の朝、ターノが交通事故に遭って、命を落とした。 わずか、1年余の命だった。
私は、朝から出かけていたので、このことを知ったのは、夕方だった。 
我が家のお隣の塀に、立てかけるように花束が見えたとき、一瞬、ドキッとした。 
花束の横に、数本の線香が焚かれているのが目に入った。
ちょうど、出逢ったさいとうさんの奥さんから、ターノが車に轢かれたことを聞いた。 

奥さんのお話では、どうやら、ごんさんが第一発見者だったということ、
さいとうさんのところにの防犯カメラに、一部始終が写っていたこと、
毎日、あの時間に猛スピードで走っていく、○○ハウジングの社長の車に轢かれたようだ
(と奥さんは確信している) 
ちょうど、土曜日なので、区に一旦、連れて行かれた遺体を、月曜日に引き取り、
懇意にしているS寺に埋葬するつもりだということだった。
ターノが車の前を通り抜けたのなら、仕方ないが、道路の真中で毛づくろいをしていたのに、
酷すぎる!(ターノ、馬鹿だねえ~)と、よほど泣き尽したのだろう、
悲しみは、運転者に対する怒りに変わっていた。 
果たして、この運転者は、再び、この道を通ることができるのだろうか・・・?

         ターノ 6.12
          ベランダに来るようになったターノ

手術以来、警戒して、さいとうさん夫妻のそばに行かなかったターノだったが、
事故の前の晩、奥さんに撫でてもらったそうだ。  

                 ターノ 2ヵ月2008.8
                     ターノ ゆっくりおやすみ
                                    さようなら    
動物など

河骨

2009年07月04日
   コウホネ     スイレン科  コウホネ属
             学 名  Nuphar japonica
             和 名   河骨 

         町田で
   
コウホネは、浅い池や沼などに生える多年生の水草で自生する。
6月から9月、円柱形の花柄を水の上に出し、黄色い花を上向きにつける。
根茎が白色で肥大し、これが白骨のように見えるので、「河骨」という和名になった。
根茎を乾燥したものは、「川骨(センコツ)」という生薬になるという。
今年、「洗足流れ」で、初めて河骨の根茎をみた。
          
         洗足流れで
            コウホネの根茎  「洗足流れ」(大田区)

一昨年、鉢植えの河骨を買ってきて、庭にある石臼の中に、鉢ごと沈めた。
この石臼は、、いつも水が張ってあり、それまでは、小鳥の水浴び場所だったり、
猫たちの水呑場となっていたものだ。
初夏から夏にかけて、可愛い黄色の花を咲かせ、冬には、葉はすっかりなくなってしまったが、
そのままにしておいたら、春も終りの頃、緑の葉が少しずつ見え始め、
初夏には、いくつか蕾をつけた。  この頃になると、ボウフラがわくようになったので、
小さい金魚を3匹、放したりしたこともあったが、結局、金魚は全滅してしまった。
今年は、水を換えやすいように、睡蓮鉢を買ってきて、その中に移した。

河骨との出逢いは、港区の自然教育園の水生植物園でが最初だったと思う。
このときのスケッチをもとに、20号本画、「游」を描いたのは、もう、10数年も前になる。

             「朱夏」 20号 click! 「朱夏」*
               
2年前の6月末、町田市にある「薬師が池」に、スケッチに行ったことがあった。 
カワセミを撮ろうと、大勢のカメラマンたちが集まっている池畔で、河骨を描いたが、
昨年、それを元に、10数年前のスケッチも参考にして、再び、20号の本画を描き、
それを「朱夏」と題した。
植物など

猫たちの反応

2009年07月03日
ボールで あそぶアミ
  アミ 2階から
                      アミ
         1階に下りて                      ケシは見学
         アミ
                                    3階に上って         
                    アミ
                     トラも加わって

  ケシ 次はケシの番 
        下手だなあ・・・
                      トラは糸を口にくわえて
                      トラ
                                        アミは応援            
          チャトランおじさんは・・・眺めはしても、あそばない   
          チャトラン


このボールは、実は、「風水福助ストラップ」が入っていた「ガチャガチャ」のケース。   

        福助
            「福助+足袋」の健康運、金運、家庭運、シークレット

この4種以外に、勝負運、仕事運、旅行運もあり、全部で7種らしい。
緑色の「健康運」の福助以外は、友人にあげた。 
動物など

ひと休みしませんか

2009年07月02日
今日は、「半夏生(はんげしょう)」。雑節の一つで、半夏という薬草が生える頃にあたり、
農家にとっては、大事な節目の日に当る。

                 半夏生 
                    半夏生  北沢川緑道で

        蛇崩川緑道    吞川緑道
          蛇崩川緑道 (目黒区)     吞川本流緑道 (世田谷区) 
   
       立会川    立会川
                 立会川緑道 (目黒区)

  神田川  神田川 
                 神田川四季の道 (中野区)
  神田川  なべなべ
                               「かごめ」     「なべなべ」

  しまおくら  げんこつやまのたぬきさんi
            「しまおくら」             「げんこつやまのたぬきさん」                                    
   おちゃらか  ちゃつみ
          「おちゃらか」                  「ちゃつみ」

四季の道には 「なべなべ」「かごめ」など、昔からの「子どものあそび」を紹介した、
陶器製の「腰かけ」がいくつもあった。
中には、私の知らないものもあり、じっくりと見入ったりした。「しまおくら」は、
じめんの「しま」のなかで、りょうてをくんで かたあしでぶつかりあい 「しま」のそとに
だしあいっこするあそびです。りょうてをはなしたり、しりもちをついてもまけです。

この「しまおくら」は、遊んだことがないが、「ちゃつみ」「かごめ」「なべなべ」などで、
遊んだ頃を思い出した。 今の子どもたちも、こういった遊びをしているのだろうか。
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