FC2ブログ

中国の伝統演劇

2009年08月31日
中国の戯曲「京劇」は200年余の歴史があり、各種の地方戯が長い期間に渡って、
変化発展した末、360種あまりの風格の異なる戯曲が形成されたという。
その内、中国戯曲芸術の絶品と称される「京劇」は中国の四大国粋(文化の精華)の一つ。

「京劇は中国文化の粋であり、庶民から大いに愛されている。北京の街角を歩けば、
しばしば道ばたから抑揚たっぷりの1節が聞こえ、一種独特の風景を作り出している」
と、
「中国語でめぐる北京」(日中通信社)にあるように、北京だけでなく、上海でも、
江蘇省常州市の公園でも、そんな光景を見かけた。

        公園で
             北京市 陶然亭公園 朝の風景

「京劇のルーツを辿っていくと、いくつかの古い地方劇に辿り着くが、清時代に安徽省の
四大地方劇団が、相次いで都で芝居を披露し、空前の成功をおさめた」
が、次第に
「崑曲」などの曲目や曲調や演技方式、さらに民間の曲調を取り入れた「戯曲」が誕生した。
「昆劇」とも呼ばれる「崑曲」の発祥地は、江蘇省の昆山市一帯が発祥地とされる。
600年の伝統を誇り、演劇の世界三大ルーツといわれ、世界無形遺産にも登録された。

「昆劇」や「京劇」などの伝統劇は、欧米で「中国のオペラ」などと紹介されることがあるが、
役者も「歌う」点が、日本の歌舞伎と異なる。
昨年、歌舞伎俳優の坂東玉三郎が、かつて梅蘭芳の立った舞台「北京の湖広会館」で、
江蘇省蘇州昆劇院の役者たちとの合同公演を熱望し、その監督を務めただけでなく、
男旦(女形)としてヒロインを演じた。 公演までの過程や公演の様子を、テレビでみたが、
合同公演「牡丹亭」は大成功をおさめた。

ところで、「京劇」の曲調・楽器・演技・化粧・隈取は、極めて独特で、その役柄は 、
生・旦・浄・末・丑に分けられ、「生」は男役、「旦」は女役、「浄」は顔に特殊な隈取をする
花臉、 「末」は男の 脇役、「丑」は道化役。

        京劇人形と面

写真後方、「白蛇伝」の「旦」、白素貞の京劇人形(「京劇人形展」カタログ 日中友好協会発行)
月刊誌「人民中国」連載の「三国人物の隈取り」。手前は、張飛、関公(関羽)、曹操。
隈取の色で性格を表し、例えば、紅色は忠誠、剛直、黄色は才能がある、緑色は頑強、
白色は悪賢さ、紫は剛正、沈着、藍色は剛強、計算高いといった性格を表す。

             京劇面 
               張さんに頂いた「京劇面」

中国各地で生れた伝統芸能は、数多くある。
そのうち、「越劇」は、浙江省紹興市の山郷の小劇から発展し、100年以上の歴史が
あるが、50年前、上海で、徐玉蘭主演の「紅楼夢」が上演されて以来、中国全土で
上演されるようになった。 
      
また、四川省の「川劇 (せんげき)」は、「変臉(へんれん)」という絶技で有名。 
これは、役者が音楽に合わせて軽快に踊りながら、顔に手を当てる瞬間に、瞼譜(隈取)を
変える伝統芸で、「一子相伝」の「秘伝」とされ、第1級国家秘密として守られている。

何年前だったか、映画『変臉 この櫂に手をそえて』をみたことがあったが、
テレビの「大地の子」で、中国の父親役を熱演した朱旭(チュウ・シュイ)が見せる「変臉」の芸に、
まず、驚き、そして、子役と猿の演技?にも感動した。また、見たい、中国映画の1つだ。
中国・中国の旅

 東京の水道水

2009年08月30日
いつの頃からか、水道水を直接飲用しなくなり、浄水器をつけたりした時期もあるが、
ここ数年は、水のペットボトルをまとめ買いして、お茶やコーヒーを入れるときには、
この水を使っていた。 
ところが、先日、渋谷の電器店の店頭で、デモンストレーションしていた「ウォーターサーバー」
(レンタルの冷温水器)と天然水の宅配システムが気に入り、契約をした。 
電気ポットにペットボトルの水を入れて使用するのと、電気代はさほど変わらないという。 
富士山か大分の天然水を選び、定期的に宅配してもらい、使用済ボトルはペットボトルと
同じようにリサイクルでき、従来のものに比べて、優れている点が多いということだった。 

             ウォーターサーバー 上置きのサーバー

たまに買う自販機の水の中には、硬水もあるが、多くは、軟水のものだ。 
軟水とは、硬度100mg/ℓ以下(WHO基準では80mg/ℓ)の水をいう。
もともと日本の水道水や、多くのミネラルウォーターは軟水で、飲料水、料理全般、
洗顔などと幅広く利用されていて、日本人の口に最も合うといわれる。 

以前、中国へ旅行するとき、2回目の江南旅行だったと思うが、わざわざ日本から、
アルミ缶入の烏龍茶のボトルを持参したことがある。 
中国の茶葉で作った「日本製の烏龍茶」の空缶に、中国のホテルで、中国茶を入れて、
水筒代わりにしたことになる。
中国の水は硬水なので、お腹をこわすからといわれ、直接、飲まないように、
また、歯磨きの際、口を漱ぐのにも、湯冷ましを使うようにと忠告されたりした。
果物やサラダなどの、生のものには、手を出さない方がいいともいわれたが、
もともと、果物はそれほど好きではないので、これは大して困らなかった。

そのうち、旅なれたこともあり、現地で、ペットボトルの水を買うようになったのだが、
今でも、自販機などの缶入り烏龍茶をみると、このときの旅を懐かしく思い出す。  

因みに、硬水は、タンニンやカフェインが熔けにくい性質があり、食物繊維も硬くなるので、
煮炊きする料理や、コーヒー、紅茶などに用いるのは適さないといわれる。
硬水の中国やヨーロッパでは、蒸し煮や、水を使わない炒め料理が多いのも頷ける。

ところで、「東京の水はバブル期の頃が最悪だったが、年々おいしくなっていて、
大げさに言えば世界の大都市の中で一番だと思う」という、水に詳しい専門家もある。
カルキ臭い、おいしくないと不評だった東京の水も、変わりつつあるようだ。

東京都の水道水の水源は、多摩川上流地域に広がる森林で、この水源を守る活動は
100年間に渡って続けられているという。 
マンションや学校などでも、水をタンクに貯めることなく、直接、水道管から給水できる
「増圧直結方式」の促進といったことなども行われているようだ。
また、高度浄水処理システムを導入し、これまで取り切れなかったカビ臭の原因や
カルキ臭のもと等を、除去・低減することに成功したという。
                 
                 東京水 東京の水道水

先日、孫りんりんの東京メトロのスタンプラリーに付き合ったとき、
東京駅地下街のみやげものセンターで、ボトル詰めの「東京水」を買ってきた。
蛇口からの水と同じはずだが、もったいないような気がして、まだ、飲んでいない?! 

この水道水のおいしさを知ってもらおうと、東京都水道局では、水道水「東京水」
(500mℓ 100円)をつくり、都庁や都立公園、都立病院などの都関連の
公共施設で販売したり、通信販売を行っているそうだ。 
調べてみると、この「東京水」には、カルシウムなどのミネラルが、
市販のミネラルウオーターと同等レベルで含まれていることがわかった。
東京の水道水がそんなに美味しいとは!ミネラルがたくさん含まれているとは!
    
私は、コーヒーやお茶などを控えるようにと、気功の楊先生に言われているので、
せめて、自宅では、ミネラル豊富な美味しい水を、たっぷり飲むという贅沢を、
と思っていたが、市販の「○○ウォーター」でなくても充分なようだ。 
東京の水道水を見直した。
現在、ウォーターサーバー用に、大分から宅配される天然水は、「東京水」より、
ミネラル分ははるかに多く、美味しいと思って飲んでいるのだが・・・。 
つれづれ

蚊帳の思い出

2009年08月29日
私が子どもの頃は、夏になると毎夜、部屋に蚊帳(かや)を吊って寝ていた。
茶の間と座敷、四畳半の各部屋用に、3張の蚊帳があった。
蚊帳の四隅と真ん中の2ヶ所の鐶と、長押に取付けた吊り輪とを結んで吊るのだが、
夜、蒲団を敷き、蚊帳を吊り、朝になると、蚊帳をはずして畳み、蒲団をしまうという、
そんな繰返しが、えらく面倒に思えたものだ。

勿論、当時は、クーラーはなく、網戸もなかった。あっても、夜には雨戸を閉めたので、
暑かったのではないかと思うのだが、土や樹木に囲まれた、木造平屋の家は、
涼しかったし、蚊帳の中では、蚊に刺されることもなく、安心して休むことが出来た。
              
蚊帳に入るときには、蚊帳の下をパサパサとふるって、周りの蚊を追い散らし、
頭を下げ腰をかがめて、すばやくもぐりこんだものだ。 
緑色の麻製の蚊帳の感触はひんやりとして、気持ちがよかった。

蚊帳は、奈良時代頃からあったらしく、江戸時代には、庶民の間でも使われ始め、
蚊帳の中は、雷避けになるとも信じられて、特別な場所だったとか。
「蚊帳の外」という言葉があり、皆が蚊帳の中にいるのに、1人だけ外におかれて、
仲間はずれになっていることを指すようだが、蚊帳越しに見える内側は、
特別の空間のような気がしなくもない。 
        
          お昼寝1982.8 
                      
20数年前に、姪たちが遊びに来て、昼寝をすることがあっても、蚊帳を吊った記憶はない。
あの頃は、夏には、網戸と蚊取り線香、扇風機が活躍した。 
クーラーは応接間にあり、普段は使われなかった。それでも、何とか、暑さをしのげた。
今のように、熱帯夜とか熱中症とかといった言葉も聞かれなかった。 

改築後、寝室が一階だったため、玄関のドアや窓の開閉時に、紛れ込んできた蚊が、
夜、寝付いた頃になると、決まって、耳元でブ~ンと、かすかな羽音を響かせた。
それが、灯りをつけると、聞こえなくなり、消すと、再び、顔の周りに襲って来たものだ。
数張あった蚊帳も、母が処分したのだろう、今は、1張も残っていない。  
折込広告でみつけた蚊帳は、麻製ではなく、色もどぎつい緑色で、1万円以上した。
近くのホームセンターに訊いてみると、取り寄せだという。 

ネット通販で調べてみたら、ベビー用のドーム型や、ベッドやソファに合わせたもの、
昔ながらの和室用など、材質も綿、ナイロン、麻など、色も水色、緑、生成りと、
いろいろな種類がある。 ちなみに、本麻の蚊帳は、6畳用が5万円近く、
8畳用は5万円以上する。 そんなことなら、あれも、とっておけばよかった!

   洋風   蝿帳
   モスキートネットというらしい       たまに利用する食卓用蝿帳 

そのあと、横浜だったか、ちょっとした民芸店で、天井から吊るす式の、
食卓用蝿帳のようなナイロン製の蚊帳?をみつけて、買ってしまった。
たしか、3000円くらいだったと思う。
それを、ベッドの上に吊るした夏も何回かあったが、現在は、2階の寝室なので、
中に入ってくる蚊は滅多にないし、吊ると、温度が上がり、暑くなるような気がして、
仕舞ったままだ。
でも、また、いつ、入用になるかわからない。 安易に処分しないことにしている。 
つれづれ

小川に沿った緑道

2009年08月28日
この数ヶ月の間、玉川上水、神田川、北沢川、烏山川、立会川、呑川などの「緑道」を
歩いてみたが、そのほとんどが、暗渠化された河川の上に作られた道だった。
だが、大田区の「六郷用水」跡の親水公園や「洗足流れ」には、歩道に沿って
小さな川が流れており、夏の散策にはもってこいの小道だった。

六郷用水 
江戸時代の初期、旧武蔵野国に開削された用水路。時の用水奉行、小泉次太夫の
名をとって、「次太夫堀」とも呼ばれた。
多摩郡和泉村(現在の狛江市)の多摩川を水源とし、世田谷領と六郷領、
(現在の東京都世田谷区、大田区)を潤した、全長約30kmの用水路。
主に農業用の水路だったが、昭和初期には、その役目を終えた。
水は丸子橋のすぐ近くにある水門から、多摩川に落とされて丸子川と名を変え、
下流の水路跡は、「親水公園」として整備されている。

                  流れ
                             親水公園

  カルガモ
          カルガモ  時には白鷺もみかける

  蛇腹   湧水
   ジャバラと呼ばれた踏み車の模型       東京の名湧水57選の1つとあるが・・・

      六郷物語     マンホール 「六郷用水物語」
 船頭さんを形どったポール       マンホール

よく通る遊歩道だが、水の流れと季節の樹や花を眺めながらの散歩は、心が落ち着く。 
お花見の時季をのぞけば、実に静かな緑道だ。

        葉形のタイル  
                   中の3枚がホンモノの葉
      
洗足流れ
大田区の、洗足池駅(東急池上線)から東雪谷まで、
水路に沿った約1.5kmの遊歩道がある。
この流れは、洗足池の水を利用して、「洗足流れ」を復元したものだという。
川の両側、または片側に歩道があり、川には「池下橋」から「山下橋」など、
小さな橋が架かっており、東雪谷交差点付近で暗渠になって、吞川に注ぐ。

  橋  橋

川には鯉やカルガモ、カメ、カワニナやホタルなどの生きもの、セリ、ホテイアオイ、
河骨などたくさんの植物がみられる。

      ホタルの飼育     カワセミ
     ホタルの餌になるカワニナの飼育       カワセミも来る

 あじさい   こうほね
        アジサイ                    コウホネ
旅・散策・イベント

デスティネーション

2009年08月27日
今年、開国・開港から150周年を迎える「横浜」では、「開国博Y150」が開催されたり、
それに関連する様々なイベントが開かれている。

         水辺セレクション
            「水辺セレクション」のポスター  JR京浜東北線内
     川崎 東扇島公園 横須賀 観音崎 鎌倉 七里ガ浜 箱根 芦ノ湖 藤沢 江ノ島

先日、JR山手線の車内で「横浜・神奈川 デスティネーションキャンペーン」(6/1~8/31)
という、横浜周辺の5つの都市の夜景を載せたポスターが目にとまった。
扉の上に張られたものだったので、小さい文字は読めなかったが、
藤沢市江ノ島の灯台、箱根町の芦ノ湖、鎌倉市鶴岡八幡宮、横須賀市三笠公園、
川崎市の京浜工業地帯千鳥町の夜景が並んでいた。

江ノ島、芦ノ湖、鶴岡八幡宮、三笠公園は観光地。 芦ノ湖は、夏祭り(7/31~8/5)の
花火、八幡宮は、ぼんぼり祭り(8/6~9)の写真で、夜分でも訪れる人は多いことだろう。
川崎には、川崎大師や日本民家園などもあるのに、あえて、工場の夜景が
取り上げられていることが意外だったが、あらためて見ると、夜の闇に浮かび上がる
ライトアップされた工場は、不思議な魅力を持っていた。

調べてみると、四方を運河に囲まれた千鳥町には、火力発電所や工場などが建ち並ぶ。
この近くまで行ったことはないが、以前、スケッチ会で、JR鶴見駅から鶴見線に乗って、
終点の「海芝浦駅」で降りたことはある。
この駅のホームは、京浜運河に面しているという、非常に珍しい駅で、
東芝京浜事業所の敷地内にあり、駅の出口がそのまま工場の門に直結しているため、
関係者以外の一般客にとっては、「出られない駅」として有名だとか。
       海芝浦駅ホームより

このとき、ホームで描いたスケッチを出してみたら、
鶴見駅発10:20 海芝浦駅着10:30 海芝浦駅発10:56 2004.9.7とメモしてあった。 
15分でスケッチをして、再び、乗って来た電車で戻ったということになる。

ところで、よく耳にする、「デスティネーション」という言葉は、本来は、「目的地、行先」と
いう意味なのだが、美しい風景写真に「○○デスティネーション」という文字の入った、
ポスターをみると、何度も訪れた場所でも、未踏の地のように思えるから不思議だ。
JR東日本だけでも、いろいろな「デスティネーション」があるのだが、
最も印象深いのは「酒田」。
ごんさんの単身赴任中、酒田駅を訪れたとき、
「山形デスティネーション」の、畳半帖よりはるかに大きなポスターが貼られていた。
その風景は、田圃を前にした、たしか春の鳥海山の雄姿だった。
駅員に、その写真の撮影場所を訊ねて、いろいろ、調べてもらったりしたのだが、
その時は特定できなかった。

         鳥海山 2000.12
                酒田市砂越付近からの鳥海山

そこで、その年の冬、ポスター写真の撮影場地点に似た「砂越」に、絵の先輩3人を
ご案内して、スケッチに出かけた。 
だが、その内のHさんは先年お亡くなりになり、残るお2人も、ご自身やご主人が闘病中で、
旅どころではない毎日を過ごされている。
あの旅が、先輩たち3人一緒の、最後の旅になってしまった。

最近は、私自身も、東北方面への旅をすることもなくなり、山形は遠くなってしまった。
そんなこともあってか、山形に限らず、「デスティネーション」という言葉を見たり聞いたり
すると、すぐにでも、行ってみたくなる。 
どうも、この言葉の響きは、人を惹きつけるものがある。
旅・散策・イベント

クールビズ.・トレイン

2009年08月26日
東急多摩川線の駅で、「クールビズ・トレイン」のポスターをみた日、この電車に乗った。
8月1日~31日の10時~16時の間、東急多摩川線と池上線(7000系車両)で、
冷房の温度を通常より1℃高めにした「クールビズ・トレイン」を運行するというもの。
東横線(5000系)は、11月下旬まで、多摩川線、池上線は今月末までの実施という。 
乗ってみた感じでは、充分、冷房が効いていて快適だった。 

        クールビズトレイン
                 東急東横線 渋谷駅で

クールビズは、「クール(cool)」と「ビズ(biz)」を合成した和製英語。 
「クール」には、「格好良い」と「涼しい」の2つの意味を持たせ、「ビズ」は「ビジネス」を
短縮したもの。 
これは、地球温暖化を抑止する狙いから、夏の職場のエアコンの設定温度を28℃に
すると共に、夏の軽装を促進する目的で、平成17年(2005年)に、環境省が名称を
公募し、決定したものだという。

環境省が提唱するファッションは、ノーネクタイ・上着なしなのだが、駅のホームでも、
頑張って上着を着ている人、脱いだ上着を片手に持ち、汗を拭き拭きといった人たちを
まだまだ多く見受ける。 涼しさより体面尊重といったところだろうか。
それに引きかえ、若い女性の中には、極端な薄着で、たまに、上に羽織るものを
持っている人もあるが、冷房病を心配させるほど、クールな姿の人もいる。 

クールビズに似たものに、昭和54年(1979年)、大平内閣によって提唱された
「省エネルック」がある。 これは、オイルショック対策としてとられたものだが、
半袖スーツに代表されるファッションは、普及するまでには至らなかった。

JRの山手線や京浜東北線などの通勤形車両に、「弱冷房車」と表示の車両があるが、
これは、全車両ということではなく、概ね西寄りから4両目に設定されているようだ。
設定温度は、一般の車両が25℃から26℃なのに対して、28℃。
JRだけでなく、小田急、東急、東武、西武、東京メトロなど、多くの交通機関で
導入されているとのこと。

            駅のポスター

クールビズ・トレインは、東急線のほか、小田急線と江ノ島電鉄(8/3~7)でも走った。 
東急東横線では、11月までなので、まだ、しばらく走ることになる。 
11月まで冷房が必要とは・・・。 この線は、それほど混みあう列車ということだろうか。
つれづれ

オカヤドカリ

2009年08月25日
孫のりんりん一家が、北海道へ旅行する間、ヤドカリと鉢植えの朝顔を預かった。
朝顔は、幼稚園で種から育てていたもので、毎朝、いろいろな色の花をさかせており、
彼は毎日、何色の花がいくつ咲いたかを、ノートに記入しているので、
預かっている間もつづけてほしいと頼まれた。 毎朝咲き、多いときでは、5つも咲いた。

先月初め、私が入谷の朝顔市で買った朝顔は、鉢ごと、玄関前の庭先に置いたが、
あっという間に花が終わってしまい、残った葉は、虫に食われて穴だらけになってしまった。
あの日、朝顔と一緒に、オカヤドカリを4匹買って帰った。    (「入谷 朝顔市」)

そのうちの2匹は、りんりんの家で飼うことになり、飼い方を調べ、近くのホームセンターで、
ケースと珊瑚砂、ミニ観葉、流木を買い、ヤドちゃん、カリちゃんと名前をつけて飼い始めた。 
2匹で300円だった彼らのために、3000円余を投じて、住環境を調えたことになる。
ちなみに、我が家の2匹のためには、ケースだけを買い、砂はあり合わせのもの。

りんりんが、北海道へ発つ前日、朝顔の鉢とケースに入ったヤドカリを預けに来たが、
我が家に2匹いたヤドカリは、1匹しかみつからず、預かった2匹と一緒にすることにした。
以前、銀座の野の花の店で買った、小さな蛸壺形の花入れも、隠れ家用に提供した。

                名なし
                           新入り(我が家にいたもの)
      ヤド    カリ
              ヤドちゃん                    カリちゃん

喧嘩するかと心配したが、様子をみていると、どうやら、大丈夫のようだった。 
    
         上からみると
           蛸壺形の花入れ 

          ぶら下り
                枝につかまって、眠っているのか・・・

          3匹それぞれ
                隠れきれない「隠れ家」(お猪口)

ちなみに、餌は、きゅうり、人参、キャベツ、パンなど。 
動物など

それは、「渚でやろう!」

2009年08月24日
地下鉄東京メトロの、マナーポスターが面白い。 
昨年4月から月替わりで、「○○でやろう」を見出し語にした、シリーズもの。
東京メトロの駅構内や電車内で、地下鉄利用の度に、目にする。 

例えば、昨年4月~7月は、「座席の独り占め」「座席での化粧」「携帯電話の使用」
「ヘッドホンの音漏れ」の絵が描かれ、「家でやろう」と、注意を呼びかけている。
8月は、「海でやろう」といって、駆け込み乗車の危険」を、
9月は、「山でやろう」といって、ドア周辺に大きな荷物を置かないように、
大きなリュックサックを担いだまま、乗車しないように、呼びかけている。

いつだったか、雨の日のホームで、濡れた傘を振り上げているオジサンを見た翌日、
傘で素振りをする男性が描かれた、「庭でやろう」のポスターに出会った。
それを見た瞬間、あのオジサンにも、このポスターを見せてやりたいと思った。

今や、迷惑行為を注意すると、「逆切れ」されて、怖い目に遭いかねない。
そんな風潮の中で、毎月登場する、ポスターの「メガネのオジサン」は、
迷惑を受ける側の代表者として、頑張っている訳だ。

  家でやろう click!     渚でやろう
「ごみは車内には置かず、お持ち帰り下さい」*   「ホームの端は危険です。白癬の内側でお待ち下さい」
                        2009.3                            2009.8


昨年の8月は、「海でやろう」だったが、今年の8月は、「渚でやろう」と。 
「店でやろう」「社でやろう」「外でやろう」「後でやろう」というポスターも見たことがある。
ということは、月に1度以上、東京メトロに乗り、「オジサン」の迷惑顔に出会っている
ことになる。 1日も早く、この「オジサン」の困り顔がなくなるように、と願うばかりだが、
それはそれとして、地下鉄に乗ると、何とも味がある、この「オジサン」の顔を、
ついつい探してしまう。
つれづれ

東京の大きな樹

2009年08月23日
今日は24節気のうちの1つ、「処暑」。 陽気ようやく止まる。暑さ終わる頃。

都会のオアシス日比谷公園(千代田区)の、「首かけイチョウ」は、樹高20m、幹囲6.5m。 
国や都の指定は受けていないが、樹齢400年、立派な銀杏の巨樹だ。(「日比谷公園Ⅰ」)

地上から1.3mの位置で測定した、幹囲3m以上、株が複数の場合は、
主幹2m以上の木を、巨樹というのだそうだ。 
この公園内に、昨年の春にオープンした、「i プラザ」に立ち寄り、2階の閲覧室で、
季刊誌「緑と水のひろば」(東京都公園協会発行 36号)に目を通していて、
東京の巨樹の多さに驚いてしまった。
その雑誌には、「東京の自然図鑑ー巨樹王国[東京]」と題して、
都道府県別巨樹本数は、東京都が全国1位で、3800本近くあり、
市町村別では、全国1位が、東京都奥多摩町(891本)、2位が東京都御蔵島村(649本)

といったことが書かれていた。

さらに、千代田、中央、港、新宿、文京、台東の都心6区には、巨樹が多く、これらを、
ひとまとめにして、「都心6区の巨樹の森」として扱えば、全国3位にランクされ、
奥多摩町、御蔵島村、都心6区の巨樹数を合計すると、東京都全体の56%にあたり、
巨樹日本一を支える3本柱といえる
という。

南北に11km、東西に4.5kmの楕円形の都心域に、皇居の森(23)を核として、
それを囲むように、巨樹群生の森が展開しているそうだ。 その中でも著名なのは、
六義園(13)、小石川植物園(23)、小石川後楽園(12)、東京大学(26)、上野の山(31)、
湯島聖堂(9)、浜離宮恩賜庭園(39)、芝公園(15)、有栖川宮記念公園(13)、
国立自然教育園(18)、赤坂御用地(29)、新宿御苑(98)の13ヵ所の森
で、
その多くが江戸時代の大名庭園だとか。

私の大好きな、自然教育園(港区)の巨樹の数は、意外に少ない。 
樹齢300年といわれる老松の周辺は、高松藩主松平讃岐守の下屋敷だった当時の
面影を残している。

     大蛇の松    物語の松
        大蛇(おろち)の松                物語の松

一方、新宿御苑(新宿区)に巨樹が98本もあるというのには驚きだ。 
新宿御苑は、江戸時代に信州高遠藩主内藤家の屋敷があったところで、
白木蓮、ユリの木、プラタナスの巨樹などがよく知られている。 
幹囲は5.8m、高さ25mの、どこかユーモラスな姿のプラタナスには何度も出会った。
 
プラタナスの根元とその周りの落葉をモチーフに、本画を描いたとき、野川(小金井市)と、
ここの樹を部分的にスケッチして、下図を作った。         (「秋の野川」)
プラタナス、別名、鈴懸の樹(モミジバスズカケノキ)は昔から大好きな樹の1つだ。
秋になり、あの鈴のような実がなる頃に、再び、逢いに行ってみたい。
植物など

日比谷公園の銀杏

2009年08月22日
最近は、展覧会を見に行くとき以外は、あまり、銀座や日比谷方面に出かけなくなった。 
特に、日比谷公園(千代田区)には、昔、デッサン教室でスケッチに行って以来、
ずっとご無沙汰していた。
            
            日比谷公園 click! 1996.10
                   公園内のレストラン*

ところが、先日、鹿鳴館のモニュメントを見た後、公園の「首かけイチョウ」をみたくなって、
日比谷公園に寄ってみることにした。          (「銀色の風景」)

毎年11月頃、年賀状作りの依頼が数件あり、原稿のほとんどが風景や静物などの
水彩画だが、昨年、Sさんから依頼されたものは、日比谷公園の銀杏だった。
その画のキャプションが、「日比谷公園 首かけイチョウ」となっていたので、
「首かけ」は、年賀状にふさわしくないような気がして、本来は、依頼された通りに
作るのが筋だが、Sさんに感じたままを話し、結局、「日比谷公園」とすることになった。

その後、何かの折に、本棚の「東京 巨樹探訪」(平松純宏 著)を久しぶりに開いたところ、
「首かけイチョウ」が「首かけ」と言われる由来を知ることができた。

この樹齢400年と推定される銀杏は、もともと現在の日比谷交差点脇にあったが、
明治32年頃、道路拡張のため、伐採されようとしていた。 これに驚いた本多博士の、
「首をかけても移植させる」という強い進言により、現在の場所に移植されたことから、
この名が生まれたという。 (25日かけて450m移動させた)

当時、移植は不可能とされていたが、関東大震災も戦災も奇跡的に切り抜け、
昭和46年の沖縄返還闘争時に「松本楼」の火災で、一部が焼け焦げたものの、
今では回復して、秋には見事な黄金色の樹葉を見せているという。

大噴水の前で、面白い説明板をみつけた。 
左から、「日比谷公園の大噴水 高さ 約10m、
ブラキオザウルス 全長 約30m 高さ 約18m、
日比谷公園の首かけイチョウ、
日本一太い木(クスノキ) 鹿児島県蒲生町八幡神社 幹周 24.2m 樹高 約30m、
日本一高い木(スギ) 高知県大豊町八坂神社 約68m」


             せいくらべ 「せいくらべ」 

昭和48年に再建されたという、松本楼の前にある、立派な銀杏の巨樹である。
樹高20m、幹囲6.5m。 これが、本多博士が首を賭けて守った銀杏だ!  
お寺や神社以外の場所で、これほどの巨樹をみるのは珍しい。

              首かけイチョウ
                    首かけイチョウ

そういえば、東京都の木は「イチョウ」。 
都立日比谷公園のシンボルとして、「首かけイチョウ」は、ふさわしいかもしれない。 
都心にこれだけの緑があるのは、嬉しいものだ。 
そんなことを思いながら、蝉時雨の中、しばしの散策を楽しんだ。
植物など

東京の「銀色の風景」

2009年08月21日
板橋区の高島平(都営三田線)へ行く機会があったので、
以前、都営地下鉄の中吊り広告と駅構内のポスターでみた、「銀色の風景」の1つ、
高島平の「赤塚公園の噴水」を思い出し、駅の案内板で場所を確かめ行ってみた。

この「銀色の風景」は、東京都交通局が、「東京彩々」と題してつくる、年4回発行の
ポスターのうち、今年4月に張り出されたもの。
ポスターは、都営交通で行ける「東京を彩るさまざまな風景」を紹介しており、毎回、
「青」「赤」「黄色」「緑色」「金色」などと、色で括られてある。
都営地下鉄にはあまり乗らないので、気がつかなかったが、「銀色の風景」の写真を
見たとき、建物や、モニュメントなどにつけられた、「色」に興味を持った。
 
 銀色の風景 click! 中吊り
   2009.4  「銀色の風景」*          「銀色の風景」

銀色の風景 
「錫色」  Silver Gray   東京カテドラル聖マリア大聖堂   都バス 椿山荘前
「銀色」  Peal Gray    日暮里・舎人ライナーの車両    日暮里・舎人ライナー
「白鼠」  Warm Gray     鹿鳴館跡のモニュメント       三田線 日比谷/内幸町
「銀鼠」  A Silvery Gray  赤塚公園噴水            三田線 高島平/西高島平

       赤塚公園噴水 「銀鼠」

JR目黒駅で、「都営地下鉄・東京メトロ 1日乗車券」(\1000)を買って、 高島平へ。
赤塚公園へ行くと、「銀鼠」の大噴水の周りの「ジャブジャブ池」は、夏休み中は
開放されているようで、水着姿の子どもたちの歓声があがっていた。  

駅へ戻り、再び、三田線に乗って、日比谷で途中下車した。 
日比谷公園前の交番で、「鹿鳴館跡」のモニュメントの場所を訊ねた。 
どうやら、大和生命ビルが建っているあたりが鹿鳴館跡らしい。
日比谷通りを内幸町へ向かって歩いて行くと、ほどなく、夏の空と周りの風景を映し出した
「白鼠」の球が見えてきた。鹿鳴館跡の碑は別にあるので、鹿鳴館とは関係なさそうだ。
 
          鹿鳴館跡に 「白鼠」
 
そして、蝉時雨の日比谷公園を抜けて、霞ヶ関に出た。 東京メトロ日比谷線に乗り、
中目黒で東急東横線に乗換えたのだが、果たして、この日のミニトリップで、
1日乗車券を利用したのは、賢明だったかどうか。

銀色といえば、電車の「優先席」を、シルバーシートと呼んでいたように思うが、
「優先席」の下に書かれた英語は、三田線車内では「PRIORITY SEAT」、
地下鉄乗入の東急線では、「COURTESY SEAT」となっていることに気がついた。  
もっとも、オレンジ色に囲まれた、「シルバーシート」は、時には、ケイタイやゲームで
夢中の、茶髪の若者たちで占められていたりしている・・・。  
       
            優先席

因みに、7月発行の「東京彩々」のポスターでは、「白色の風景」。
豊島清掃工場の煙突が「乳白色」、歌舞伎座正面玄関が「白練」、東京国際フォーラムが
「銀白」、若洲公園の風力発電の風車が「胡粉」色として紹介されている。
絵画・博物館

団扇(うちわ) 

2009年08月20日
立秋を過ぎてだいぶ経つが、そろそろ、夏の暑さは一段落するのだろうか。 
冷夏も困りものだが、なるべく早く、涼しくなってほしい。
クーラーに弱い私は、出かけるときには羽織るものを持参し、熱帯夜でも、直接、風が
当らない所の窓を少し開ける程度で、クーラーも扇風機も極力使わないようにしている。 
団扇(うちわ)でバタバタ煽ぎながら、そのうち、疲れて眠ってしまうこともある。
考えてみると、昼間、団扇を使うことは、ほとんどなくなった。

「団扇」は、中国由来の熟語で、「団」は「まるい」を意味し、「だんせん」と音読みもする。
古来、団扇は、木の板、鳥毛や獣毛、芭蕉の葉でつくられた、「翳(は)」といわれる
大型のもので、儀式、祈願、軍配、行司、信仰、占いなどにつかわれた
が、
形や材質は時代によって変化し、室町時代末、竹骨と紙を素材とする現在の形となった。
江戸時代には、一般大衆に普及し、町民文化が花開くとともに、涼や炊事、装いや流行、
蛍や虫追いなど、さまざまな場面で利用された。
害虫などを打ち払うことから、「打つ翳」→「うちわ」となったのが一般的な説だが、
病魔などを撃ち払う、魔除けの意味もあったとされる。
  (Wikipedia)

数年前まで、母は自宅で茶道を教えていたが、8月のお稽古は休みにしていた。
7月には、お手前する和室にも、水屋にもクーラーを入れていたので、 
何種類か用意してあった団扇も、冷房の効いた部屋では不要。
実用よりは、涼しさを演出するインテリアとして置いてあったようだ。

    シュロ製 
      シュロ製
               和紙製
      画入

昔から、わが家には、シュロで編まれた団扇、和紙の民芸調の団扇などがあった。
絵を始めてまもなくの頃、無地の千鳥型の団扇を買ってきて、「昼顔」と「風船蔓」を
描いたが、シミが出てしまったので、処分してしまった。

街では、夏、広告のティッシュペーパーに負けずに、プラスティック骨の団扇が配られる。 
貰ってしばらくは使ってみるが、まず、次の夏まで取っておくことはない。
今年、愛宕神社「ほおずき市」でもらった竹骨の団扇は、すっきりしたデザインなので、
記念に取っておくかとも思うが、迷っているところだ。            (「ほおずき縁日」)

   愛宕神社  雪洞 click!
   ほおずき縁日の団扇 愛宕神社      雪洞団扇 鶴岡八幡宮*
                              
先月、鎌倉の鶴岡八幡宮で買った、日本画家 岡 信孝 揮毫の「雪洞うちわ」は、
雪洞(ぼんぼり)型の団扇に、紅い睡蓮の絵が描かれ、いかにも涼しそうだ。 
印刷とはいえ、和紙に竹骨製、しっかりしている。

八幡宮では、立秋前日の夏越祭から、9日の実朝祭まで、「ぼんぼり祭り」が行われた。
雪洞に仕立てられた、鎌倉在住の各界著名人の書画が、参道脇に立ち並び、
日没とともに、雪洞に灯が点される。 
この光景を1度見ていたいと思っているのだが、今年も実現できなかった。
旅・散策・イベント

古井戸いろいろ

2009年08月19日
鎌倉の海蔵寺に、Oさんを誘って、「凌霄花」(のうぜんかずら)を見に行ったのは、
10数年前の紹介文に書いてあった「つる性のその木は、三本のシュロの木を
つかみながら七、八㍍の高さにまで駆け上がっています
」(大貫昭彦)という、
その木をこの眼で見たかったからだ。              (「ノウゼンカズラ」)

小雨のためか、境内は訪れる人も少なく、鶯の声が辺りにこだましていた。
茅葺屋根の庫裏を背景に咲いている、鮮やかな花も見事だったが、
散り落ちた花の朱色と、濡れた石畳とのコントラストは、なんともいえず、美しかった。  
        
「十六井戸」と「底脱の井」 (鎌倉市 海蔵寺)
境内の南の小径を行くと、洞窟の中に「十六井戸」(拝観料100円)があった。 
鎌倉時代の井戸で、洞窟の壁の中央に石造の観音菩薩像を祀り、その下方に
弘法大師像を安置。 床に径70cm、深さ50cmくらいの井戸が16穴。
それぞれに清冽な水をたたえている。
    
    十六井戸   底脱井戸   
         十六井戸                底脱の井
                
「底脱の井(そこぬけのい)」は、山門の脇にある井戸で、鎌倉十井の1つ。 
中世の武将の安達泰盛の娘・千代能が、ここに水を汲みに来た時、
水桶の底がすっぽり抜けたため、「千代能がいただく桶の底脱けて、
水たまらねば月もやどらず
」とうたったことから、この名がついたといわれる。

「柳の井戸」 (港区 善福寺総門前)
この井戸は、自然に地下から湧き出る清水。 弘法大師が鹿島の神に祈願をして、
手に持っていた錫杖を地面に突き立てたところ、忽ち噴出したものだとか、
ある聖人が柳の枝を用いて掘ったものであるとか、信仰的な伝説が語りつがれてきた。

         柳の井戸
                   

目黒区のお寺や神社で見た井戸
  円融寺  氷川神社  碑文谷八幡宮
       円融寺          氷川神社         碑文谷八幡宮

街中でみた井戸
一葉の井戸旧東海道佃島梅が丘
 樋口一葉旧居跡     旧東海道      佃島       梅が丘の公園
   (文京区)       (品川区)     (中央区)      (世田谷区)
旅・散策・イベント

蓮のことなど

2009年08月18日
これまで、上野の不忍池や町田の薬師が池で、何回も蓮の花をスケッチした。
町田の薬師が池では、畦に入れたので、四方を蓮に囲まれて、スケッチできた。
自宅から2時間近くかかったが、何度か通った。 あの頃は、若かったのだ・・・! 
今年、鎌倉の光明寺と鶴岡八幡宮を訪れたときに、ちょうど蓮の花が咲いていたが、
炎天下、スケッチする気力は湧かず、カメラを向けるだけで、精一杯だった。  

蜂の巣状の花托に果実が実るから「ハチス」、そして「ハス」といわれるようになったとか。
蓮の起源は、人類の起源と同じくらい古く、そのルーツは、古代インド、古代エジプト、
古代ギリシャ、中国とか。 紀元前何千年という昔から、すでに蓮にまつわる神話や
伝説が生まれているという。

泥、汚れた水の中から、清らかな花が咲くこと。 穢れがない。
蓮根からも、種子からも繁殖する力、生命力の強いエネルギー。
葉が水をはじく(ロータス効果)。 つまり、とらわれることがない。 
古代から人々は、蓮へ深い思いを寄せてきたのだ
という。 (栗田 勇 著「花を旅する」)

         海蔵寺
                雨の中の蓮  鎌倉海蔵寺

根のように見える地下茎は、食用にされ、蓮の根、蓮根(レンコン)と呼ばれる。
蓮根には、9個の孔があり、そのうち、2個の孔は、隣り合っていて、地中では、
必ず上方になっているのだそうだ。
スケッチするときも、食べるときも、孔がいくつあるなどということに、無頓着だった。
確かに、スケッチしたものをみると、ちゃんと9個の孔があいていた。 

蓮の葉は、乾燥させて、漢方薬として解熱や止血剤などに用いられる。 
また、中国や東南アジアには、魚、鶏肉、椎茸などと一緒に粳米や餅米などを
蓮の葉に包んで蒸す、「荷葉飯(he ye fan)」という粽(チマキ)がある。  
粽には、笹なども使われるが、古くは、蓮の葉を使うときは、宗教的な意味合いを
持っていたという。  現在は、一般に、点心の一種として、香味付けに
海老などを入れて作ることもあるようだ。   (中国 維基百科 自由的百科全書)
 
         粽          
            荷葉飯 (香港料理店で 大田区蒲田) 
    
数年前、中国北京の「宋慶齢の旧居」近くだったか、お昼に入った小さなレストランで、
この「荷葉飯」が出たことがあった。 蓮の葉の香がして、何とも言えず美味しかった。
その後、江南の水郷の街で、この「荷葉飯」を見つけ、お土産に持ち帰ったことがある。 
しかし、それを、その晩、ホテルで食べたのか、日本まで持ち帰って来たのか、
確とした記憶がない。
植物など

夏の鎌倉散策 Ⅱ

2009年08月17日
凌霄花(ノウゼンカズラ)の咲くお寺(*印)を巡った。 (「夏の鎌倉散策 Ⅰ」)
鎌倉駅でもらった「かまくら 四季のみどころ」に載っていた、この花が咲くお寺は、
海蔵寺、光触寺、光則寺、浄智寺、長谷寺、本覚寺、妙本寺などだったが、
偶々、訪れた浄光明寺にも、見事な凌霄花が咲いていた。
夏、都内でも、あちこちで見かけるが、鎌倉の古寺境内でみた、苔むした老樹を
天に向かって這い伸びている凌霄花は、やはり風情があった。

鉄の井くろがねのい)  鎌倉十井のひとつ。

          鉄の井鶴岡八幡宮付近  
            
建長寺(臨済宗) 鎌倉五山第一位、日本最古の禅宗専門道場。 (拝観料300円)  
国宝の梵鐘は、円覚寺、常楽寺と並ぶ、鎌倉三名鐘の1つ。
境内の柏槇(びゃくしん)の古木は、幹が荒波のような模様を作っており、
樹齢750年という、歴史の流れを感じさせる。 
 建長寺山門   柏槇
          山門(重文)           柏槇(イブキの一種 ヒノキ科)

建長寺門前の蕎麦屋で、遅い昼食をとった。
さほど、歩いたわけでもないのに、随分遠くまで来たようで、すっかり旅気分。 
先客に倣い、「けんちん」うどんを注文したが、大根、里芋、人参、牛蒡、蒟蒻、
豆腐などが塗りもののお椀にたっぷり入っていて、とても美味しかった。

けんちん汁(建長汁或いは巻繊汁)は、神奈川県鎌倉発祥の精進料理と言われる、 
大根、ゴボウなどの野菜、豆腐などを胡麻油で炒め、醤油で味を調えたすまし汁。
地域や家庭によって醤油ではなく味噌仕立ての場合もある。
建長寺の修行僧が作っていたため、「建長汁」がなまったという説や、
普茶料理の巻繊(ケンチャン=野菜を刻み、豆腐を混ぜて炒め、湯葉で巻いて
油で揚げた料理)がアレンジされ、けんちん汁になったという説がある。(Wikipedia)

*浄光明寺(真言宗) 北条氏並びに足利氏とゆかりの深い寺。(拝観料200円)
   不動堂     凌霄花
         萩に囲まれた不動堂             凌霄花

境内の「楊貴妃観音」の傍に、天高く、凌霄花が咲いていた。
玄宗皇帝が作らせた楊貴妃像を、500年後、譲り受けた留学僧が日本に持ち帰り、
京都泉涌寺に安置したという。 その像を模した観音像が、末寺である浄光明寺に
寄進されたのだそうだ。 
まだ、新しいのだろう、苔むした庭の樹木やお堂などと、馴染んでいないように思えた。

一旦、鎌倉駅に戻り、江ノ電に乗り、長谷で下車。 長谷寺と光則寺に寄った。

*長谷寺(浄土宗) 木造「十一面観音」が有名。 (拝観料300円) 
一石 長谷寺
 左から「書いた石」、「書く石」、硯と筆、カード         長谷寺からの眺め

般若心経の 一文字を、石に書いて納める、「一石一字経」というコーナー(100円)で、
なるべく平らな石を選んで、カードに出ていた「阿」の文字をみながら、「阿」と書いた。
この石はやがて長谷寺の諸堂の礎となるという。

*光則寺(日蓮宗) 枝垂桜や海棠など、花の寺として知らている。(拝観料100円)  
 海棠 半夏生
         樹齢200年海棠の古木と半夏生(はんげしょう)の群生

山門の凌霄花は見事で、ちょうど、女性2人が大きなカメラで、この花を撮っていたが、
今の時季は、あまり、訪れる人もないようだ。 境内では、鶯と蝉の声がしていた。 

星月の井(星の井)  鎌倉十井の1つ。
        
               星月の井極楽寺坂付近  
         
極楽寺(真言律宗)  
    2009.7 2009.7  
        
            1989.3 1989.3

極楽寺駅まで来たとき、昔一度、絵のサークルの仲間と来たことを思い出した。 
帰宅後、20年前、この駅前で撮った写真を、探してみた。 あった! 懐かしい! 
階段横にスロープが出来、奥に自転車置き場が、そして、赤い丸ポストも移動していた。
Sさんはどうしておられるだろう。 I さんは亡くなられたと、Kさんから伺ったことがある。
ここで、駅舎をスケッチしたような気もするが、画の方はみつからなかった。
旅・散策・イベント

夏の鎌倉散策 Ⅰ

2009年08月16日
先月、凌霄花(ノウゼンカズラ)を鎌倉の海蔵寺で見たことがキッカケになって、
その後も、何度か鎌倉に出かけ、主に、凌霄花の咲くお寺(*印)を巡って歩いた。
スケッチに度々訪ねている鎌倉だが、この花以外にも、様々な夏の花が咲いていた。
のんびり散策は、花だけでなく、巨樹、井戸、坂、鐘楼など、何かテーマを軸にして
歩いてみると、なかなか楽しい。

*海蔵寺(臨済宗)  花の寺、水の寺ともいわれる。   (「古い井戸いろいろ」)
海蔵寺 十六ノ井
          門前の萩                   十六ノ井 洞窟内

7月はじめに訪れたときは、ミンミンゼミが、7月末、再び、訪れてみると、
雨の中、ヒグラシが鳴いていた。

*妙本寺(日蓮宗)
    妙本寺   妙本寺
            祖師堂                    迎えてくれた猫?
                  
和賀江嶋 日本に現存する最古の築港遺跡といわれる。 
すぐ近くの材木座海岸は、サーフィンをする人たちで賑わっていた。

            材木座海岸                         
光明寺(浄土宗) 
光明寺山門光明寺蓮池
    鎌倉に現存する最大の山門          小堀遠州作と伝えられる蓮池

*本覚寺(日蓮宗)  眼病に効く寺「日朝さま」と言われる。
阿吽

鶴岡八幡宮 
源氏池鳩
       源氏池に咲く白蓮               屋根の上の鳩たち 

太鼓橋の左右にある源平池では、ちょうど蓮の花が見頃だった。
かつては、源氏池には白蓮、平家池には紅蓮が咲いていたが、今は殆どが白蓮。
八幡様のお使いは、鳩というだけあって、鳩との縁が深く、鳩のお守りがあり、「八幡宮」の
「八」の字が、鳩が向かい合う形になっている扁額が、本宮楼門に掲げられている。  
旅・散策・イベント

鎌倉の三十六童子

2009年08月15日
今日は、戦後64年目の「終戦の日」。

先日、絵の仲間2人を誘って、20年ぶりに「鎌倉湖」と「今泉不動」まで行ってみた。
鎌倉湖は「散在が池(さんざがいけ))」の別称だが、観光地である鎌倉の中心部から、一山を隔てているためか、観光客はあまり訪れない。 
この辺りは、昔から農村だったようで、近年、開発が進み、住宅地が増えてはいるが、
「散在が池森林公園」には、豊かな自然が残っている。 
ここで、近頃は滅多に見かけない、ミノムシをみつけた。

   ミノムシ     今泉称名寺
    散在が池のミノムシ               今泉山称名寺案内図*
   
散在が池の近くに、「今泉不動」と呼ばれる、浄土宗の古刹、「称名寺」があり、
このお寺の境内右奥手に、「陰陽の滝」(落差5m弱)がある。
鎌倉にある自然の滝は、この「陰陽の滝」と「朝比奈滝」だけになったという。
「陰陽の滝」は、2筋の「男滝」と、下の「女滝」とからなり、「砂押川」となって、
大船方面に流れている。

烏婆計童子 大日如来??童子
    烏婆計童子              大日如来              ?童子

石段を上ると不動堂があり、さらに続く石段の両脇に、三十六童子が立っている。
中には合掌している童子もあるが、ほとんどは、武器を持ち、不動明王に従って、
修行の邪魔を退治する仏なのだそうだ。
さらに石段を上ると2童子が控え、大日如来の石像があるが、ロープが張られていた。

20年前は、不動堂の屋根は茅葺で、童子たちも山の斜面に、正面を向いたり、
右や左を向いて、思い思いの姿で立ち、大日如来のすぐ下にも行くことができた。
それが、今回行ってみると、不動堂の屋根は茅葺ではなくなっていて、
20年ぶりに、再会した童子たちは、石段の両脇に3列になってキチンと整列していた。

  矜迦羅童子  吉祥妙童子 click!   法挟護童子click!
      矜迦羅童子          吉祥妙童子*        法挟護童子*
           1990.3                  1990.4              1990.4

大日如来、無垢光童子、吉祥妙童子など、見覚えのある童子たちをみつけ、
スケッチに通った頃を思い出し、とても懐かしかった。 
あのときのスケッチを元に、何年後だったか、無垢光童子と慈悲光童子を、
それぞれ、足元に蒲公英、昼顔の花を添えて、10号の本画2枚に仕上げた。    
旅・散策・イベント

思わず微笑む!

2009年08月14日
つい、立ち止って、ニヤリ。                                         
                  やんちゃ坊主鎌倉市
                       花を持つ「やんちゃ坊主」

大田区蒲田の八百屋
           ながちゃん
              「私の名前は・・・ ながちゃん 1人 580円」 
            
            プロフィール  
            本名・・・・・・・・・・ながちゃん南瓜  
            出身地・・・・・・・・神奈川県生まれ
            特技・・・・・・・・・・煮物・天ぷら・焼き物・スープ・観賞用   
            好みのタイプ・・・買ってくれる人

地下鉄高島平駅 
           高島平駅                   
                      どうみても人の横顔

見上げると 巣づくり中のハト
                                     東急線綱島駅構内 
         鳩
                   ← の先に ハトが!
そして  ツバメ
                                  東急線二子玉川駅構内      
             ツバメ8月
                      ツバメの親子?

2ヵ月ぶりの二子玉川で、コーヒー店の看板を引き立てるツバメに出合った。
お洒落な止まり木に2羽のツバメ。 ツバメの黒、白と赤い色は、店の看板によく似合う。 
以前、よその駅でみかけたツバメより、はるかにスマートでダンディだ。 (「ツバメの巣づくり」)
子ツバメの方は、すでに巣立ちしていて、目下、独り立ちの特訓中のようにみえた。          
旅・散策・イベント

ほおずき

2009年08月13日
   ホオズキ  ナス科 ホオズキ属 
           学名   Physalis alkekengi var. franchetii  
           和名   酸漿  鬼灯  
           原産地  東南アジア 南欧 アメリカ大陸
       
            ほおずき

ほおずきの和名、酸漿(さんしょう)は、漢方などで用いる名称だが、「鬼灯」と書いて、
ほおずきと読ませることもある。
お盆に、萼に包まれた果実を、枝付きで精霊棚に飾り、死者の霊を導く提灯に見立てる。
「ほおずき」には、まさに「鬼灯」という漢字がぴったりだと思う。

毎年、ほおずきの淡く黄色い花が咲く頃、日本各地で「ほおずき市」が開催される。
中でも、7月初旬に開かれる東京浅草寺の「ほおずき市」は有名だが、
今年の6月初旬、私は、港区の愛宕神社の「千日詣り」の日に参拝して、そこの縁日で、
鉢植えの「ほおずき」を買った。                    (「ほおずき縁日」)
濃緑の葉と薄黄色の花、まだまだ青い実、薄黄色や赤く色づいたものと、色とりどりで、
帰宅したらスケッチするつもりだったが、ぐずぐずしているうちに、みな赤く熟れてしまった。

それまでにスケッチしたものが、数枚あったが、すべて、静物として描いてある。 
かなり前に描いた本画は、初めて「揉み紙」という手法を使って描いた画だったが、
「ゆく夏」という題をつけて、合同グループ展に出したように思う。

         「ゆく夏」 10号

揉み紙の作り方も、色々あるが、薄手の和紙に色を着けたり、箔を押したりした後、
その紙を揉んで皺をつけ、ベニヤのボードに張ることが多い。
不規則な皺や細かい影が、思わぬ変化や深みをもたらす、偶然の妙が期待でき、
楽しい作業だ。また、揉み紙を作って、ほおずきを描いてみたくなった。 今度は、
可愛らしい「ほおずき」ではなく、少し、怪しげな雰囲気の「鬼灯」にしてみたいのだが。
植物など

満1年の記念日に・・・

2009年08月12日
初めて「みんみんの庭」を公開したのは、ちょうど1年前の今日のこと。
庭の猫たちの紹介から始め、見たもの、聞いたもの、感じたことを書くことにして、 
いつまでつづくか、どうなるのか、自信もなく、とにかく、スタートした。

Fさん、Yさんをはじめ、Sさん、Uさん、Kさん・・・今まで、応援してくださった方々、
登場していただいた方々、ほんとうに有難うございました。 
お陰さまでここまで来れました。

それにしても、登場して頂いた Kさんが、こんなに大勢いらしたとは・・・!
  デッサン・スケッチ会で度々登場の Kさん
  中国の旅・日本画でご一緒の Kさん 
  山形の旅にご案内した Kさんと Kさん
  中国語でご一緒の Kさん
  マーマレードを作って下さった、日本画でご一緒の Kさん
  夏蜜柑を下さった、ご近所の Kさん
  絵手紙のキャッチボール、最初のお相手、Kさん
  絵のサークル以外に、よく都内のスケッチに行った Kさん 
  昔のサークル仲間、年賀状は「多摩川」の絵という Kさん
 

初回の「登場するのは」(2008.8.12)のメンバーも、1つ歳が増えた。
母は84歳、父が逝って3年が経ち、ごんさんは退職して4年、
孫のりんりんは5歳になった。
また、ゆうゆうは3歳になり、妹あいあいができた。

1年前と大きく変わったのは、庭に出入りする、猫たちの顔ぶれ。
チビはいなくなり、チャトランも滅多に顔をみせなくなった。

                チビ チビ
               ケシ、クク、トラ、アミの母親 
チビの子どもたち
       ケシ        トラ
         ケシ 07.11生れ ♂            トラ 08.5 生れ ♀
                    現在、籍を置く猫たち

      クク       アミ
         クク 07.11生れ ♀             アミ 08.5生れ ♀
                  たまに顔をみせる猫たち

聞くところによると、ノラ猫の兄弟姉妹は、子孫を残していくために、別れていくのだとか。
生れた場所に残る猫は、特に、臆病で甘ったれの猫だといわれるが、
確かに、ケシトラも甘ったれで臆病なところがある。

親戚猫
        ターノ        ラスカル
         ターノ 08.5生れ ♂           ラスカル 08.6生れ ♀
         (今年の7月に事故死)          たまに見かける

     チャトラン    ふうちゃん
          チャトラン ♂              ふうちゃん ♂  
          しばらく見かけない             たまに見かける        
つれづれ

阿佐ヶ谷 七夕まつり

2009年08月11日
今年も、「阿佐ヶ谷七夕まつり」(8/4-9)に出かけた。
七夕祭りといえば、「湘南ひらつか七夕まつり」(7/2-5)や「仙台七夕祭り」(8/6-8)が、
よく知られているが、昭和29年から始まった「阿佐ヶ谷七夕まつり」も、
お隣、高円寺の「阿波踊り」(8/29-30)と共に、今や、東京の夏の風物詩となっている。

「阿佐ヶ谷七夕まつり」は、JR阿佐ヶ谷駅南口駅前から青梅街道の杉並区役所前まで、
700mのアーケード「阿佐谷パールセンター」で行われる。 
商店主たち手づくりの吹流し、薬玉のほか、アニメのキャラクターなどの大きな張り子が
飾られ、様々な出店が並んで、多くの人たちで賑わう。

   七夕祭り   七夕祭り

3年前にも、孫のりんりんを連れ、「七夕まつり」に出かけたのだが、
阿佐ヶ谷に住む息子たち一家と駅で落ち合って挨拶を交わした途端、駅に着くまでは
ご機嫌だったりんりんの様子がおかしくなった。
息子に抱かれた従妹のゆうゆうの存在が気になるらしく、落ち着かないようだ。 
このとき、りんりんは、2歳8ヶ月、ゆうゆうは満8ヵ月だった。
そのときの写真をみると、いつもの賑やかな彼とは大違い。祖父のごんさんに抱かれ、
ゆうゆうを怪訝そうに見ていたり、ブスッとしているものばかりだ。

彼は、ゆうゆうが生れたとき、お食初め、端午の節句と、何回か会っているのに・・・。
彼らが、お互いに会うのを楽しみにするようになったのは、いつ頃からだっただろう。
2人とも楽しみにしてはいても、いざ、会ってみると、遊び出すまでに時間がかかった。
今年2月に生れた、ゆうゆうの妹のお食初めのときには、すぐにお遊びモードに入り、
彼は、終始、リードして、ゆうゆうも楽しくて仕方がないといった様子だった。

金賞 天の川賞 サイバンインコ
        金賞               天の川賞          サイバンインコ

「このピカチューは、七夕まつり終了後、杉並警察署で、秋の交通安全運動等に
今年いっぱい使います」という張り紙があった。
金賞は、「ドラゴンボール」に登場する、架空の人物べジータらしい。
裁判員制度のハッピを着たインコも登場した。

                 手をつないで
  
今年の「七夕まつり」では、りんりんは、食べるものも、買ってもらうものも、
ゆうゆうと同じものをリクエストしたり、手をつないで歩いたりと、楽しそうだった。

この前日、りんりんの家には、3人のいとこたちが遊びに来たそうだ。
そして、まもなく、パパの実家のある札幌へ出掛けることになっている。
去年の往路はカシオペアで、今年は新幹線「はやて」と特急「スーパー白鳥」で函館へ。 
函館で1泊後、祖父母や従兄の待つ札幌へ行くのだと、嬉しそうに話している。
JRのポケモン(95駅踏破)と、東京メトロの仮面ライダー(12駅)のスタンプラリー、
「阿佐ヶ谷七夕まつり」など、なかなか忙しいが、楽しくて、充実した夏休みを過ごしている。 
幼稚園児には宿題もないことだし・・・。
身近な人びと

誰だって夏は暑い

2009年08月10日
2度目の夏を迎えた、一昨年秋生まれのケシ、昨年春生れのトラアミ

    ケシとトラ
            2階のベランダは暑い  手足を投げ出しても・・・
                  トラ
                         風通しはいいのだけど・・・
            
   ケシ
      見晴し、風通し共に抜群  北側の屋根の上

       ケシ 塀の上と石の上 どっちが涼しい?
               トラ

                        アミ
                         自転車の籠の中  走ればも少し涼しいかも

             ケシとトラ
                木陰の土の上    しっとりとして気持ちがいい
動物など

「長崎から」

2009年08月09日
さだまさしは、1987年から20年間、広島の原爆忌に当たる8月6日に、
故郷の長崎で無料の野外コンサートを開き続けた。 20年間の観客数は、
延べ50万人に上るという。

長崎から広島に向かって、平和について歌う「夏 長崎から」のコンサートは、
反戦や平和を直接訴えるのではなく、1人ひとりが平和について考える
きっかけになればいいという、強い思いから始めたそうだ。
TVでも中継されたし、「逢ひみての」というCDにも収められているので、よく聴いた。
また、大江光の「広島レクイエム」(「大江 光の音楽」)も、この時期、聴いていた。

8月の空 

今年の夏は、長崎から広島へ向かって歌う「広島の空」(作詞・作曲 さだまさし)を
繰り返し聴いている。               
                                    
          蝉                                 
つれづれ

青森のねぶた祭り

2009年08月08日
今日は、中央区晴海ふ頭で、「東京湾大華火祭」が催される。
全国各地で夏祭りが行われているが、東北地方の主な祭りは、8月上旬に集中している。 
青森県では、東北三大夏祭りの1つ、「青森ねぶた祭り」(2日-7日)のほか、
「弘前ねぷた」(1日-7日)、五所川原の「立佞武多(たちねぶた)」(4日-8日)など、
30以上の「ねぶた」があり、武者絵や歴史上の人物などが描かれたものから、
現代的な「ねぶた」など、それぞれに特色のある「ねぶた」が運行される。
囃し方の掛声は、青森が「ラッセラー」、弘前が「ヤーヤドー」、五所川原が「ヤッテマレ」。
因みに、東北三大祭りは、「仙台七夕まつり」と「秋田竿燈まつり」とこの祭りを指す。

これまで私は、関東地方の「栃木の秋祭り」(隔年11月)、埼玉の「川越まつり」
(10月)と「秩父の夜祭」(12月)で、山車の運行をみたことがあるが、
青森、弘前、五所川原、すべて、訪れたことがあるのに、いつも、お祭りの時期では
なく、ねぶたの運行は1度もみたことがない。

      渋谷    渋谷
      「青森ねぶた」のポスターが貼られ、飾りつけがされた渋谷センター街 

先日、渋谷駅前のセンター街(渋谷区)で、第5回「センター街ねぶたまつり」の
ポスターをみつけた。 毎年9月、渋谷に「青森ねぶた」がやって来ているのだという。 
今年は、渋谷で「青森ねぶた」の見物ができそうだ。

           しらかみ号
                 五所川原駅ホームより
   
何年か前の夏、ごんさんが山形県酒田に赴任中、北東北を巡ったことがあった。 
五能線の「リゾートしらかみ号」で、途中下車をしながら、五所川原駅で降りた。 
夏は風鈴列車、冬はストーブ列車になるという、津軽鉄道にも乗ってみたかったが、
時間がないので諦め、五所川原の「立佞武多の館」に寄ってから、駅に戻った。 
10日ほど前に、市内を練り歩いたであろう、2体の佞武多が立っていた。
その巨大な立ち姿に圧倒されながら、列車の発車時刻ギリギリまで、クロッキーをした。

    五所川原   五所川原 
             白神                   北の守護神
     
五所川原の立佞武多」は、「青森のねぶた」と構造は基本的に同じだが、
その名の通り、高さが最大で20mを越える、立ち姿の人形山車が魅力だという。 
この巨大な山車を運行するため、駅周辺道路の電線は埋設され、道路の拡張工事も
行われたそうだ。
「青森ねぶた」と違って、背の高いこちらの「ねぶた」は、東京には来てもらえそうにない。       
旅・散策・イベント

自然教育園の野茨

2009年08月07日
今日は24節気の1つ、秋の気立つ「立秋」。
「秋立つ」とはいえ、猛暑、極暑はこれからが本番。 暑さが一段落するといわれる、
「処暑」が8月23日。 暦の上でも、当分の間は、暑さが続くということになる。

先月、少し時間があったので、途中で下車をして、東京白金台の自然教育園へ行った。
都心のオアシスで、リフレッシュしたいという願いもあったが、何よりも、整備工事中だった
水生植物園の「野茨」の様子を見てみたかったのだ。
緑豊かな自然林の中の、雨上がりの、小路には、いくつもの水溜りが出来ていていた。

    ひょうたん池 ひょうたん池

絵を始めて間もない頃、ここの水生植物園で、「野茨」の実をスケッチしたことがあり、
昨年12月末、再び、冬の「野茨」をスケッチしようと出かけた。 (「自然教育園」)
以前描いたのと同じ場所に、同じ株が残されており、とても嬉しかった。 
池に架かる木橋に腰を下ろして、1時間程、以前描いた隣の株をスケッチした。

        12月

その後、3月半ば、来てみると、すでに萌黄色の若葉が密生していて驚いた。
次は、花が咲く頃に、来ようと思っていたのだが、残念ながら、機を逸してしまった。

        3月
               
              花ノイバラの花

そして、先月、整備完了の水生植物園を訊ねると、もう、あの「野茨」はなく、
橋の傍に繁っていた株は、数本を残すだけ。それも、綺麗に剪定されていた。
     
10数年前のスケッチと、昨年描いたスケッチを元に、つい最近、20号の本画、
「冬隣」を描き終えた。

        7月
             葉陰が少なくなり、淋しくなった水面
             あめんぼう
                    アメンボウが悠々と

立秋を過ぎると、「暑中お見舞い」から、「残暑お見舞い」となるわけだが、
「残暑」ときいて、秋の訪れも間近かといった気になるが、とんでもない。
実際は、まだまだ、蚊の襲撃や熱中症などと闘わなくてはならないのだ。 
旅・散策・イベント

「8月6日」の歌

2009年08月06日
5年前の8月6日、「ミッドサマー・ チャリティ・コンサート」 ー平和への祈りー 
“礼拝堂にひびくソプラノと楊琴の調べ”が、大田区田園調布の教会で開かれた。
夕方、田園調布駅で数人の友人たちと待ち合わせて、教会へ向かったが、
この日は大変に暑かった。 59年前のあの日の暑さを、思わず連想した。

                  教会

ソプラノ、テノール、そして楊琴の音色にうっとりとして、ひと時を過ごしたが、
最後に歌われたのは、「一本の鉛筆」(作詞:松山善三 作曲:佐藤勝)という、
8月6日のために作られた歌だった。 

「一本の鉛筆があれば 人間のいのちと私は書く」で終わるこの歌は、
1974年8月、第1回広島平和音楽祭で、美空ひばりが初めて歌った。
彼女の好きな歌のベスト10に入る曲で、病に倒れた翌年の1988年の
音楽祭に、病をおして出演しこの歌を熱唱したという。
  
初めて聴いた歌だったが、会場を出てからも、いつまでも深く、心に残った。
今年の夏も、この歌がどこかで歌われているに違いない。 
つれづれ

「ひろしま忌」の灯篭流し

2009年08月05日
明日8月6日、原爆の図 丸木美術館(埼玉県東松山市)では、今年も「ひろしま忌」が催され、 
夕方から、美術館の下を流れる都幾川河原で、灯篭流しが行われる。

「丸木美術館」は、丸木位里・丸木俊夫婦による「原爆の図」連作のほか、
共同制作の作品や位里の母・丸木スマの絵画を常設展示している。特に、原子爆弾が
投下された広島市の惨状を、実体験を元に描いた「原爆の図」は、日本をはじめ、
世界各地で巡回展示され、世界中の人々に原爆の恐ろしさを伝えた。 
 (Wikipedia)

今年、「ひろしま忌」は、午前中、灯ろうつくり、午後には、中高生の「和太鼓」演技、
野外コンサート、講演などが、夕方には、被爆者の霊を悼む、「灯籠流し」が行われる。

1997年8月6日、絵のサークルで、この「丸木美術館」の「ヒロシマ忌」に、
スケッチ旅行を兼ねて出かけたことがあった。 
位里氏は1995年に亡くなられたが、俊さんは2000年まで、ご存命だった。
メンバー6人の中には、ご主人を亡くされた、70代半ばのお2人がいらしたが、
その数年後、お2人とも、相次いで、ご主人のもとにゆかれた。

この美術館は森の中にあったが、訪ねたあの日は、とにかく暑い日だった。 
それまでにも、画集や写真などで、丸木夫妻の作品をみたことはあったものの、
「原爆の図 丸木美術館」で、巨大な原画に囲まれてみると、描かれている人たちと、
同じ時間、同じ空間にいるような、そんな錯覚を覚えた。 
俊さんの素晴らしいデッサン力もさることながら、何よりも、夫妻がどんな思いで、
この作品を描き続けたのか、痛いほど伝わってきた。

各自が、作った灯籠に絵を描き、夕方、美術館の下を流れる都幾川の河原に出て、
灯籠を浮かべたことは、覚えているのだが、午前中、どこでスケッチしたのか、
その画がみあたらない。     
                   秋の都幾川 1997.10.9
                         秋の都幾川*

その年の秋、再び、数人で丸木美術館を訪れ、都幾川の河原で、スケッチをした。
夏と違って、日が暮れるのも早かった。  
豊かな自然が残っており、日帰りできる近さ。また、機会をみつけて行ってみたいと思う。
旅・散策・イベント

モラルの低下に思う 

2009年08月04日
ラジオから、「お願い助けて! ゴキブリが出た!」 と叫ぶ声が聞こえてきて、
「これは実際にあった110番・119番です」 とのナレーションに、わが耳を疑った。
それは、AC JAPANのャンペーン「モラルの低下にサイレンを」と題したCMだった。

タクシー代がないので、「いいからすぐ来てよ」という男性、
公衆トイレの紙が切れたからと、「 ちょっと、はやく持ってきて!」と叫ぶ女性、
終電を逃した男性が「送ってくれる?」 、
「忙しいのよ、ホント」、子どもの面倒をみてほしいという母親。
「ゴキブリが出た!」
「あのぉ、頼みたいんだけど。 旅行中、犬を預かって~」
これは、みな、実際にあった110番・119番への電話だという。
ほんとうに、「もしもし、大丈夫ですか? あなたのモラル」と、顔をみたくなる。

        新聞広告
          「もしもし、大丈夫ですか? あなたのモラル」の新聞広告  
                
5歳になる孫りんりんだが、今までに3度、熱性痙攣を起こして、
そのうちの、2度ほど、救急車のお世話になった。   (「木を見て森を見ず」)

近所の医院で救急車を呼んだのだが、消防署はすぐ近くなのに、管轄が違うのか、
救急車の到着まで随分と時間がかかりハラハラした。 
幸い、たいしたことがなく、検査と点滴をした程度で、帰宅できたのだが。 
実際、1分1秒を争う緊急のときに、救急車が出払っていたら、と思うとぞっとする。
まさか、送ってほしいとか、ゴキブリが出た!とかで、出動することはあるまいが。

「たくさんの人々が暮らす街や都市にこそ、ルールや規則以上にモラルが必要。
モラルの低下が引き起こす身勝手な行動は、実は社会基盤を揺るがす大問題。
110番、119番の実例が反面教師となり、一人ひとりのモラル意識が高まることを
期待する」
。東京地域のキャンペーン・メッセージだ。
無料のタクシー、便利屋代わりくらいに思っている、身勝手な人たちが、
それだけ多くなってしまったということだろうか。 

            消防庁ポスター  総務省消防庁
             「1秒に救われる命があります」  

煙草のポイ捨てをはじめ、大声でのケイタイ、扉の前にうずくまって場所を塞いだり、
ヘッドホンの音漏れなど、危険がない、車内での迷惑行為などには、残念ながら、
目をつぶって諦めるしかないのだろうか。        それは「家でやろう」

この偉大な自然の中で病と向かい合えば 
神様について ヒトについて 考えるものですね 
やはり僕たちの国は残念だけれど何か 大切な処で道を 間違えたようですね」
 
という、さだまさしの歌「風に立つライオン」(1987年)の一節を思い出した。 

これは、アフリカの無医村で働く、実在の青年医師をモデルにした、手紙形式の歌だが、
間奏とエンディングに流れるコーラスが、「アメイジング・グレイス」という曲だと知り、
まだ、「アメイジング・グレイス」が、今ほど、知られていなかった頃だったので、
この曲が収められたCDを求めて、レコード屋さんを探し回ったことがあった。 
ギリシャのナナ・ムスクーリと、ノルウェーのシセル・シルシェブーの2枚を買った。
つれづれ

夏の上野動物園

2009年08月03日
ベルリン動物園で人工哺育されたホッキョクグマの成長記録、ドイツ映画『クヌート』が、
先月、封切られたが、この映画『クヌート』は、地球温暖化や自然破壊についての警鐘を
鳴らし、人びとの関心を呼び起こすキッカケとなっているようだ。

地球温暖化のために、北極の雪や氷が少なくなり、主食であるアザラシも減って、
餌の少ない夏を過ごすのに必要な栄養が得られなくなるだけでなく、陸地に近い雪の下に
巣穴を掘って出産するホッキョクグマは、深刻なダメージを受けているという。

先日のラジオで、上野動物園園長の小宮氏が、「環境動物園」として、上野動物園が
取り組んでいる様子を話されていた。 その話によると、園内の動物舎やトンネルなどの
壁面を蔓性の植物で覆う、「グリーンカーテン」などの緑化運動を進めたり、
できるだけ人工エネルギーを使わずに、馬の背に餌を載せて運んだり、
馬車を引かせる訓練をしているのだとか。 園内の池には、ミニチュアの干潟がつくられ、
色々な生物と共生できる、豊かな自然づくりも成功しているそうだ。

JR上野駅の公園口から出て、パンダ橋下の歩道を歩くと、上野動物園の動物たちの
実物大の足型が目に入る。 猫や犬の足跡は日頃からお馴染みだが、ゾウやカバ、
カンガルー、キリンなどの足の裏は珍しく、随分と面白い形をしている。 
よく、この駅の公園口で、人と待合わせをする。 そのとき、時間に余裕があれば、
横断歩道を渡って、この楽しい道を通ってみたりする。

 ゴリラ ヒト  ジャイアントパンダ ツキノワグマ  カンガルー
       ゴリラ         ジャイアントパンダ        カンガルー
        ヒト           ツキノワグマ         (前足 後足)      

            アジアゾウ
                      アジアゾウ 

クロサイ カバ  キリン オカヒ  ライオン キツネ タテガミオオカミ
     クロサイ            キリン             ライオン キツネ
      カバ             オカピ             タテガミオオカミ
                      
オカピは、キリン科、ウマ目の動物。 体長190~250cmと小柄。 
名前の由来は、アフリカの森林帯に住む先住民の呼び名である 「森の馬」によるもの。 
ジャイアントパンダ、コビトカバとともに「世界三大珍獣」として、珍重されている。

この夏、上野動物園では、土曜日(7/4~8/8)の開園を、午後7時まで延長したり、
8月11日から16日には、「真夏の夜の動物園」(東園は19時、西園は20時まで)
といったイベントが予定されている。 
これは、普段は入れない、ゾウの放飼場に入って、ゾウの寝室を見学したり、
ライオンの森で、ライオンを間近に見たり、いつもは暗い小獣館を明るくして、
夜行獣たちの昼間の姿を見たり出来るのだという。
不忍池畔では、ビヤガーデンが(20時まで)オープンされるというのも魅力的。

滅多にない機会なので、孫のりんりんを連れて行ってみようかと思う。 
科学博物館の地球館を見てから、夕方の動物園に行くというのも、名案のようだ。
水族館にも行ってみたくなった。 夏休みのない私にとって、暑いことと、中国語の宿題を
のぞけば、夏もまた、楽しい季節のような気がしてくる。      
動物など

インカ帝国のルーツを覗う

2009年08月02日
今、東京上野の国立科学博物館で、特別展 インカ帝国のルーツ 黄金の都 シカン
(7/14~10/12)が開かれている。 
インカ帝国滅亡から遡ること約500年、ペルーの北海岸に「黄金国家の都」があったと
考えた、日本人考古学者・島田教授(イリノイ南大学)とシカン文化学術調査団による、
30年間の発掘過程とその成果である貴重な考古遺物が展示されている。
インカ帝国は有名だが、それ以前にも黄金国家の都があった、ということは知らなかった。

9世紀初頭に興り、14世紀後半にチムーによって滅ぼされるまで、この地に栄えた、
シカン文化を担った人々は、長大な灌漑用水路を建設し、驚くべき彫金の技術を
発展させたり、農業や漁業まで行っていたとは驚きだ。
支配層と庶民の階層がはっきり分かれた階級社会であったことや、30代女性の
主の墓が発見されたりと、考古学的にみて、多くの世界的大発見があったそうだ。

          シカン展

チケットを、Fさんに頂いたので、シカンの特集番組(TBS TV)を見た翌日、出かけた。
夏休みなので、混んでいるのを覚悟の上だったが、普段は休みになる月曜日のせいか、
拍子抜けするほど、空いていた。 

TBSの特集は、「古代アンデス大発掘 地底のメッセージ~黄金国家シカンと格闘した
30年~」という、2時間番組だったが、これを見ておいたお陰で、500円の音声ガイドを
借りることもなく、自分のペースでゆっくりと鑑賞することができて、とても良かった。
3Dシアターでは、シカン文化の興隆から滅亡にいたるプロセスを追うという構成。
専用の眼鏡を借りてみると、CGで再現された「ロロ神殿」や墓室などが、すぐ目の前に!
まるで自分も発掘現場にいるような臨場感を味わった。 
   
お土産コーナーで、「古代アンデス文明を楽しもう」のお洒落なデザインの本を買い、
ガチャガチャ(玩具の自販機)を廻したら、アンデスコレクションの6種のうち、
一番欲しかった、黄金の儀式用のトゥミ(ナイフ)のフィギュアが出て来た。 
勿論、黄金ではなく、亜鉛合金製だったが。
      
         空とぶクジラ

時間に余裕があれば、地球館の常設展なども、見てみたいと思いながら
外に出ると、大きなクジラが目に飛び込んできた。 それにしても、大きい! 
シロナガスクジラ? 実物大なのだろうか。 博物館前のD51機関車は見馴れているが、
この空を泳ぐクジラは、あらためて見ると、不思議なオブジェだ。     

この科学博物館前の園路の1部には、多摩産の間伐材を活用した舗装がされている。 
細かく溝を入れた木材が敷詰められ、滑りにくく、弾力もあって、歩きやすいので、
トウハク(東京国立博物館)に行くときには、この木の温もりのある路を通るこことが多い。

      木材の舗装
           多摩の間伐材(スギ)を使った園路
旅・散策・イベント
 | HOME | Next »