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猫たちの6大ニュース

2009年12月31日
12月 ケシのトンだ災難!  
  南側 西側
    4匹揃った兄弟姉妹 2008.12        兄のケシと妹のトラ  2009.9

家の南側から玄関近くに移動させた、猫たちに開放している物置は、前面の扉が
シャッター式で、雨の日以外は全開にしてある。
ついこの間まで、彼らは、物置の上にいることはあっても、中で寝ていることはなかった。
雨の予報が出た朝、ごんさんが、シャッターを下ろそうとしたら、中からケシが飛び出したので、 
下を15cmほど開けておいたそうだ。 この日は1日中、雨だった。

翌朝はいい天気。ごんさんが、玄関から出ると、どこからか、「ニャアニャア~」と聞こえてくる。
門の外や屋根の上をみたが、猫の姿はなく、物置の中から聞こえていることに気づいた。 
少し開けておいたはずのシャッターは下りていた。急いでシャッターを上げてやると、
ケシがものすごい勢いで飛び出してきたとのこと。
どうしたはずみか、シャッターが下りてしまい、ケシは閉じ込められたのだろう。 無事でよかった。 
雨宿りのために、いつ頃、入ったのかわからないが、何時間も真っ暗な中で、不安な時を
過ごしたことになる。 この時から、しばらく、ケシは姿を見せなかった。

11月  戻ってきたクク 
            クク

わが庭で生まれた猫たちのうち、ククだけが、いつの間にか、さいとうさんのところを
本拠地にしていた。今、思うと、チャトランがいなくなり、ターノが事故死した頃から
だったような気がする。 
ところが、また、いつのまにか、わが庭に戻ってきた。2階のベランダには、めったに来ないが、
南側で日向ぼっこをしたり、屋根に上がったり、近寄ってきて甘えるようになった。
シロクロが生まれて、さいとうさんのところの「ネコ人口」が増加したが、
それと関係があるのだろうか。

10月  シロとクロ デビュー           (子猫2匹デビューす」) 
       シロ  ミケ
           シロ  2009.12              母親のミケ 2008.10

さいとうさんのところに、ミケが2匹の子猫を連れて来るようになった。 
母親は白黒茶の三毛だが、子猫は真っ黒のクロとほぼ真っ白、顔と尻尾の一部が黒いシロ。
それぞれ、さいとうさんのところに食べにくるようになったが、クロは、警戒心が強く、
近付こうものなら、「フギュア~!」と牽制するが、シロはおっとりしているようだ。 
    
7月 タ―ノの事故              (「さよならターノ」)
            ターノ 2008.10
                         ありし日のターノ      

6月 チャトラン 姿を消す
              日なたぼっこ                         
                          トラ ケシ チャトラン         2009.6

わが庭で生まれた猫たちもさいとうさんのところの親戚猫たちも、仲良く暮らしていた。
チャトランは、自分のリーダーの役目は終わったかのように、6月末、姿を消した。
不思議なことに、ターノの事故の3日後、七夕の夕方だったが、ひょっこり、戻ってきた。
しかし、再び姿を消したようで、その後、誰もチャトランを見かけた者はいない。
           
1月 2階ベランダへの引越
               3匹 
                          トラ アミ ケシ         2009.1
動物など

丑年から寅年へ

2009年12月30日
今日12月30日は、孫りんりんの6歳の誕生日。 
思えば、あの日の深夜、無事誕生の知らせを受けて、翌早朝、ごんさんと二人、
大宮(埼玉県)の病院へ向かい、新生児室のガラス越しに、孫との対面を果たした。
我々にとっては初孫、私の両親にとっては、初の曾孫の誕生だった。 
  
       曾孫生る ひつじ年 明日果つる日に     母の俳句

対面の後、病院を一旦出て、大宮駅前のビックカメラの開店を待ち、カメラ売り場へ直行。
ビデオカメラを買って、病院に戻った。 このときから、○○馬鹿が始まったことになる。 
このとき買ったビデオカメラも6歳になったわけだが、まだまだ現役。 
この秋も、幼稚園の運動会で、娘はこのカメラで、りんりんの元気な姿を追いかけていた。

話は変わるが、先日の日本画の教室では、来年の干支、寅を金潜色紙に描いた。
Y先生が用意された1枚の下図をもとに、先生が描かれる色紙をお手本にして、
描くのだが、思うように描けない。
ともかくも、色紙は出来上がり、先生の分も含めて9枚の寅たちを一列に並べた。 
「ちょっと猫背のトラね」「Tさんにそっくり!」「このトラ、Sさんに似て色白ね」等々と、
それぞれのトラは、描いた人に似ているというのが、皆の共通した感想だった。
小顔のトラを描いたKさんは、小顔になりたいという願望の表れだそうで、私はといえば、
持病の頸椎ヘルニアが気になってか、やたらガッシリした頸のトラになってしまった。

実際、同じ下図から起こした絵なのだが、8人8様のトラがうまれた。
下図の線の内側をなぞるか、外側をなぞるかで、形は自ずと違ってくる。
色にしてもそうで、「寅は、黄色と黄土色を混ぜて」といわれても、各自、その配合は異なる。 
絵馬の板もバックの色も、黒い線の濃淡でも、皆、それぞれに違うのだ。
      
                    先生作 Y先生作

    寅の色紙                    
    寅の色紙
  
丑年はまもなく終り、寅年を迎えることになる。
この秋、りんりんは、「新型インフルエンザ」に、予防接種をする前に、さっさと罹ってしまった。
彼は、ごんさんに連れられて行った床屋さんで、「ぼく、シンガタにかかったんだよ!」と
嬉しそうに報告していたそうだ。 
たしかに、注射の嫌いな彼にしてみれば、シンガタの方がはるかに楽だったことだろう。
そんなりんりんも、来春から、「ピカピカの一年生!」だ。 
いったい、どんな小学生になるのやら、不安がないとはいえないが、今から楽しみだ。              
つれづれ

南天

2009年12月29日
  ナンテン   メギ科  ナンテン属     
          学 名   Nandina domestica
          和 名  南天 ナンテン       
          原 産  中国

          南天                           

お祝いの日、ハレの日に供されるお赤飯は、もち米に小豆またはささげを混ぜて蒸した
ご飯だが、赤飯の起源は、赤米だという。
また、お赤飯には、南天の葉を飾りに載せることが多く、これは、「ナンテン」の音が
「難を転じる」に通ずることから、縁起をかついでのことのようだ。
ナンテンの名の由来は、漢名の「南天燭」の略とのこと。

毎年、お正月に来客の多かった我が家では、おせち料理に、庭の南天の葉を飾ったものだ。 
父が亡くなる数年前から、来客も少なくなり、娘も息子も、それぞれの連れ合いの実家で、
年末年始を過ごすため、我が家は黒豆を煮る以外、おせち料理をつくらなくなった。
デパートなどで売られている豪華なおせち料理の飾りは、プラスティックの南天の葉。
お刺身の、あの菊の花と同じだ。「難を転じる」どころか、目出度さも半減してしまう
感じがする。

南天は、縁起がよいからばかりでなく、色目の良さから、庭木として人気がある。 
狭い場所でも楽しめ、病気、害虫に強く、育てやすい樹とされ、鬼門または裏鬼門に
植えると良いといわれる。 
我が家の南天は、北側の門の傍にあるが、果たして、鬼門にあたっているのかどうか。

南天の葉には殺菌効果があり、鳥の大好物だという赤い実は、「南天実(なんてんじつ)」といい、
解熱、咳止めの生薬として用いられる。 コマーシャルでよくお目にかかる「南天のど飴」は、
実際、咳止め以外にも、「難を転じる」の効果があるような気がしている。
     
          イイギリ
                       イイギリ 

無病息災を願う「南天箸」は、よくお寺などで売られているが、わが庭の南天の木をみても、
細くて、箸がつくれるようには思えない。 どうやら、イイギリの木で作っているらしい。
なるほど、イイギリは赤い実を付け、大木だ。 何本でもお箸が出来ることだろう。
とは言え、南天の太い幹もあり、建材として床柱などに使われることもある。
京都の金閣寺の床柱は、南天を使って いることで知られている。

福寿草の花と南天の実とをセットにして、「難を転じて福となす」という縁起物の飾付けを
することがある。
日本の郵便切手だが、以前、「南天」の意匠の6円切手が発行されていた。
「福寿草」は、現在、10円切手の意匠になっている。
季節感のある80円の記念切手にプラス10円という時、「福寿草」の10円切手を貼る
ことになるが、「福寿草」は、季節感がありすぎ、記念切手と並べて貼りたくないので、 
別に90円切手を買っていた時期もあった。 最近は、そこまで拘るのはやめたが。 
植物など

自然の草木がもつ甘味

2009年12月28日
ひと月前から、渋谷にある漢方医学のクリニックに、通い始めた。
聞くところによると、最近、低体温の人が増えているということだ。成人の体温は、
36.2度以上が望ましく、それ以下だと差し障りが出やすくなるらしい。
そこで、私も、この夏から、体温を測り始めたところ、起床直後は34度台で、
高くてもせいぜい35.8度しかなく、情けないことだが、身体のあちこちに支障が出てきた。

クリニックで処方された漢方薬は、顆粒状の内服薬だった。母に似たのか、顆粒や粉薬を
オブラートで包まないと飲めない私は、いつも外出先で薬を飲むときは苦労する。
1週間後、煎じ薬に変わった。道の向かい側にある漢方薬局は、えらく混んでいて、
「40分から1時間 お待ち頂くこともあります」という張り紙の通り、大分待つのだが、
この漢方薬局の薬は、保険が適用されるので助かる。
今度の薬には、小枝の破片のようなものが交じっていた。
それを、以前、気功の楊先生調合の「養生茶」と同じく、美濃焼のゆきひら鍋で煎じる
ことした。飲んでみると、養生茶と共通した甘味が感じられたが、その甘味の素は
カンゾウ(甘草)で、「花祭」で振舞われる、アマチャ(甘茶)の味にも似ていた。

実は、甘茶に使われる葉は、茶葉の仲間ではなく、アジサイの1種「ヤマアジサイ」の葉。
この中には、甘茶に出来る品種があるらしい。生の葉は苦いだけで、甘茶にするには、
葉を揉んだり、陰干しをしたり、発酵させたりと、手間がかかるそうだ。
     
              花まつり 2009.4.8
               花祭り 目黒区 等々力不動尊 
 
「カンゾウ」は、甘草(カンゾウ)の根を干したもので、リコリスとも呼ばれる。
ヨーロッパでは、リコリスキャンディーが健康食品として、中国ではスープや薬用酒の
甘味料として、広く使われているという。カンゾウには、砂糖の50倍もの甘味があるが、
低カロリーなため、虫歯や太る心配はないという。それはそうでないと、困ってしまう。
 
植物で甘味がとれるものといえば、サトウキビや砂糖大根(ビート)は別格として、
カンゾウのほかにもスイカズラの花などがあり、ヤマボウシやケンポナシの実も、
砂糖代わりに使えるらしい。
ケンポナシは、実といっても、正確には、花序の軸、肉質の果柄が肥厚したものと
いうことだが、これが、中国雲南省の市場では、籠に盛られて売られているそうだ。
  
日本にも、東京にもケンポナシがあると聞き、それを見に行った。
品川区の戸越八幡のケンポナシは、都内では珍しく、貴重な存在。
この神社は、樹木に覆われ、静かで落ち着いた雰囲気の神社だった。

    ケンポナシ 幹
        ケンポナシ         樹高18m 品川区天然記念物

境内の隅に、ほとんど葉を落としたケンポナシの樹があり、その下には、軸つきの実が
いくつも落ちていた。 面白い形をしていたが、泥まみれで、拾う気にはならない。
ケンポナシの樹高は、通常、5mくらいだが、この神社の樹は、18mの大木だ。
かつては、幹が2本立てだったらしいが、1本は枯れてしまったとのこと。

         ケンポナシケンポナシの実

「ケンポナシ」は、玄圃梨とも書く。クロウメモドキ科の落葉高木。 
夏、白色の小花を開き、秋、花穂の枝は赤みを帯びて肉質に変じ、甘味を有し、食用になる。
幹は建材、家具材、楽器材となり、干した果肉は利尿、解毒、二日酔いに効くとか。

私は、普段、コーヒーや紅茶などにも砂糖を入れないし、料理にも砂糖を使うことは少ない。
だが、大好きなスウィーツで、糖分を摂っているような気もする。
和菓子に比べて、脂肪分の多い洋菓子の方が、太りやすいのだとか。
先日、漢方の診療所で、胃のモタレを訴えたら、それまでの薬に「ニンジン」が加わった。
来年は、気功の練習に励み、処方された漢方薬を飲み続け、体温アップ、免疫力アップを
目指す努力をしよう。勿論のことながら、甘いもの特に洋菓子を控えることにして。
植物など

浮世絵行燈100個

2009年12月27日
上野の科学博物館からの帰途、少し遠回りをして、公園の中を通ったとき、
植込みに置かれた浮世絵行燈の列に気付いた。
噴水の広場の南側から袴腰広場まで、片側の植込みに等間隔で置かれている行燈は、
歌川広重の「名所江戸百景」のようだった。 
行燈の列が始まるところまで戻り、初めから、1つずつ、カメラに収めながら見ていった。
京成上野駅側から公園に入れば、大きな行燈が目に入り、パンフレットも置いてあるので、
きっと、初めから見ていくことができただろう。

            大行燈 大行燈 「うえの華灯路」の案内
                           
「名所江戸百景」は、歌川広重が、江戸の市中と郊外の風景を描いた浮世絵版画。
初代広重が描いた118枚に、2代目が描いた1枚と目録を合わせて、120枚からなる。
電車に乗ってから開いたパンフレットによると、清水観音堂への階段脇の行燈を
見落としている。弁天堂への階段は、写真のためだけに、下りたり上がったりしたのだが。
そんなわけで、もれなく撮ったはずの行燈は、数えてみると、99枚しかなかった。

一昨年秋、上野を描いた浮世絵10点を公園内に展示して、好評だったことから、
昨年は、東京芸大の協力で、広重の「名所江戸百景」を行燈にして設置した。
今年は展示の期間も延長され、9月の半ばから今日(18~21時)まで点灯されている。
行燈の前に屈みこんで、写真を撮っていた外国人女性もいたが、ほとんどの人は、
おしゃべりしながら、気づかずに通り過ぎていく。 
行燈の前に腰かけている人がいて、「ちょっと、退いて下さい」とも云えず、
かなり斜めから撮ったものもある。

台東区内の風景
上野山した上野山内月のまつ上野清水堂不忍ノ池
     「上野山した」        「上野山内月のまつ」      「上野清水堂不忍ノ池」
       
下谷廣小路浅草首尾の松御厩河岸御厩河岸
     「下谷廣小路」       「浅草首尾の松御厩河岸」       「御厩河岸」

猿わか町上野東照宮箕輪金杉三河しま
   「猿わか町よるの景」       「上野東照宮」        「箕輪金杉三河しま」

台東区内の「名所江戸百景」は、上の9点のほか「吾妻橋金龍山遠望」「真乳山山谷堀夜景」
「浅草金龍山」「駒形堂吾嬬橋」「浅草川大川端宮戸川」などがある。
旅・散策・イベント

常州でみた大運河

2009年12月26日
7年前の今頃は、中国江蘇省の常州に滞在していて、語学留学中だった。 (北京に寄り道
留学といっても、それまでの旅でお世話になった張さんからの強い要請で、日本人留学生を
常州の大学に誘致するための下見のようなものだった。
常州市は、上海の西160km、南京との中間に位置する都市で、北は長江に接し、
南は太湖に近く、京杭大運河が市内を貫流している。

クリスマスイブに常州に着いて、年明けに、北京に移動するまでの短い期間だったが、
当時通っていた中国語学習会のSさんと2人、外国人講師が使うホテル並みの個室で、
梁老師のレッスンを受けた。                            (中国のお粥

宿舎の中の応接室で教科書を使ってのレッスンのほか、梁老師や日本語を学ぶ学生と、
一緒に食事をしたり、街に出たりしたことも貴重な体験になった。
休みの日は、張さんの派手な鮮緑色のシトローエンで、東坡公園や文筆塔などを訪ねたり、
張さんや、張さんの友人の高さんのお宅にお呼ばれしたこともあった。
どちらのお宅も市内の中心部にある、冷暖房完備のマンションで、中学生のお嬢さんたちは、
まさに、「小さな皇帝」だった。 彼女たちの勉強部屋は、綺麗に片づけられていて、
特に、高さんの部屋は、「歴史年表」などが壁に所狭しと貼られていたのが印象的だった。

夜には、2家族と、市内のレストランで食事をした。
私は、「郷に入れば・・・」で、出された料理は、ほとんど挑戦してみるのだが、
このとき、イヌの料理が出てきたのには、困った。幸い、張夫人も駄目だったようで、
まもなく、この皿は下げられ、私たちはほっとしたものだった。

      東坡公園 
                     夕暮れの京杭大運河

因みに、江南の政治・経済・文化の中心地として、古い歴史を持つ常州は、
皇帝15名、状元や進士など多くの科挙合格者を輩出した地として知られている。
常州を愛した、北宋の蘇東坡は、ここが終焉の地となったという。

常州市内を流れるのは、北京から杭州までを結ぶ、京杭大運河(総延長2500km)だ。
世界最古に開削され、最大規模かつ最長の、今日でも使用されている、世界唯一の人工運河。
また、中国で唯一南北を貫通する大運河で、途中で、黄河と揚子江を横断している。
戦国時代より部分的には開削されてきたが、隋の文帝と煬帝がこれを整備した。
歴史的価値は、万里の長城と並ぶものとされ、世界遺産に申請の予定(2014年)だという。

午後の自由時間に、Sさんと2人で、バスで市街地に出たこともあった。
どこに行ったか、まったく覚えていないが、スケッチブックを持って、地図を片手に歩きまわった。
いつの間にか街から外れてしまい、戻り道でバス停が見えたときには、ホッとしたものだ。 
宿舎に辿り着いたときには、すでに真っ暗になっていた。 

         市場  2002.12.30
                    籠の中には数羽の鳩

スケッチをしようと、ひとりでバスに乗り、大運河のみえる街まで行ったこともある。
何度か乗った市内行きのバスで、マークしていた街で下り、運河沿いに西倉橋まで歩いた。
そこで、念願の「京杭大運河」のスケッチをすることができた。 
たまに、テレビでも、無錫や蘇州などを流れる大運河が取り上げられる、あの運河と同じだ。
スケッチ旅行でないので、このときの常州滞在期間中のスケッチは、たったの2枚だった。

                 京杭大運河
      大運河 2002.12.28
             京杭大運河   常州市 西倉橋より     

このところ、すっかりご無沙汰しているが、張さんにメールでもしてみようかと思う。
今なら、蘇東坡の話もできるかもしれない。
彼のちょっとおかしな日本語と、相変わらず上達しない、私の中国語でやり取りするのも、
面白いかもしれない。
中国・中国の旅

クリスマスの季節 Ⅲ

2009年12月25日
中目黒駅(東急線、東京メトロ)で下りて、目黒川沿いにある福砂屋へ、カステラを買いに
行くことがある。 その帰り、駅前の「中目黒GT」のスタバに寄って一休みする。
先週、寄ってみると、ビル内3か所で、「中目黒あかりまつり」「私のクリスマスツリー展」を
開催中で、公募で集まったという、オリジナリティ溢れるツリーがたくさん展示されていた。

   私のクリスマスツリー     伸縮自在
                                      伸縮自在のツリー
       4種
       プラスチックカップで   写真はがきで   ツリー形ペーパクラフトで    枝とサンキライの実で

                いろいろ
                  スプン・フォーク製 ストロー製 指サック製 スポンジ製 フロス楊枝製

        3種
       紙皿には子どもたちの絵が  サンタさんの袋か? 大きな箱には何が・・・?
旅・散策・イベント

クリスマスの季節 Ⅱ 

2009年12月24日
駅構内や駅ビルで
        渋谷  
                 渋谷駅 マークシティ

五反田  品川
                   五反田駅 remy            品川 Ecute

    蒲田
                 蒲田 GRANDUO

蒲田 568no9.jpg 川崎 
  蒲田 GRANDUO             横浜駅          川崎 ラゾーナ
           
      川崎
                川崎ルフロン 3色に輝くツリー 

      四谷     中野
         四谷 アトレ             中野駅 改札口
旅・散策・イベント

クリスマスの季節 Ⅰ

2009年12月23日
今月7日未明、JR渋谷駅南口の、ルパン3世に盗まれたはずのモヤイ像が、いつの間にか
元の場所に戻っていた。                       (姿を消したモヤイ像
「シブハナ」(SHIBUYA FLOWER PROJECT)というプロジェクトの活動が始まっていて、
モヤイ像の周囲は花壇に変わり、たくさんの花が植えられていた。

渋谷
モヤイ像 ハチ公前広場
   戻ってきたモヤイ像                  ハチ公前広場

渋谷 渋谷

上野
    西洋美術館    科博
         西洋美術館                  科学博物館

国立科学博物館日本館の階段吹き抜け部分に、吊り下げられた約3mのツリーは五段式。
上から1段目「人類」、2段目「植物」、3段目「理工」、4段目「動物」、5段目「地学」と、
各分野に合わせたオーナメントとは、いかにも科博らしいクリスマスツリー。 (12/27まで)

              人類人類
            植物植物
        理工理工
          動物動物
        地学地学

表参道
  表参道  表参道  表参道

銀座
  銀座 銀座

大きなツリー 
         三越       池袋
              日本橋 三越                池袋駅 東口 
旅・散策・イベント

一陽来復

2009年12月22日
今日は24節気の1つ、冬至。 日が暮れるのが早く感じられる。
北半球では「一年で一番昼の時間が短い日」で「太陽が一番南に下がる日」。

今日は、孫ゆうゆうの5歳の誕生日でもある。2月に妹のあいあいが生まれて、
すっかり、いいお姉さんになった。 「お誕生日おめでとう!」 「生日快楽!」
23日が天皇誕生日で祝日。その後、クリスマスイブとクリスマスが続くため、
冬至の影が薄らいでしまう気がする。     (冬至とクリスマス

冬至は、「一陽来復」とも言われ、大昔の中国の占いの書『易経』には、
「段々と陽の気が少なくなり、ついには陽の気がなくなり、陰の気ばかりになる。
その後、再び陽の気が復活してきて、陽の気がどんどん増える」とある。
昔の人は、日が長くなる冬至を境に、太陽の力が復活すると考えていたらしい。
「一陽来復」には、「逆境・不運など、良くないことが続いた後、幸運が向いてくること」
という意味もある。 
                       
冬至には、南瓜を食べる。南瓜はビタミンAを多く含み、野菜が不足する冬に向けて
体力をつける意味があるといわれる。 
小豆入りの粥は、小豆の「赤」によって疫神を遠ざけるという意味があるという。
南瓜と小豆で「いとこ煮」を作ることもある。
因みに、カボチャの原産地はアメリカ大陸。 日本には、カンボジア経由で伝えられた。
輸入物が市場の半分を占めるという。
南瓜南瓜
   17世紀に伝えられた「日本カボチャ」      江戸末期に輸入された「西洋カボチャ」
  
お風呂には、柚子を浮かべる。柚子から出る精油成分が溶け出し、身体がぽかぽかしてくる。
柚子湯で思い出すのは、孫りんりんが我が家のお風呂に入った、冬至の晩のできごと。
りんりんは12月30日生まれ。まもなく彼が2歳になろうというとき、湯船の中に立って
柚子で遊んでいたのだが、足を滑らせて、お湯の中に潜ってしまった。すぐにひきあげたが、
勿論、大泣きした。
            柚子

柚子で楽しそうに遊ぶ、りんりんの写真をみたり、「冬至」、「柚子湯」という言葉を聞く度に、
あの「柚子湯事件」を思い出す。 あれから、4年。 りんりんも成長した。
つれづれ

私の苦手な果物

2009年12月21日
ここ数年、缶詰復権の兆しが見えるということだが、特に今年は、蜜柑や桃の缶詰の
売れ行きが好調なのだそうだ。
1缶100円を切る特売品が出るなど、価格が下がったことや、新型インフルエンザの
流行などが背景にあるらしい。
誰かが風邪やインフルエンザになれば、料理を作るのも大変だし、高熱の子どもを置いて
買物に行くわけにもいかない、といったことなのだろう。
 
今は、冷凍やレトルト食品など、保存方法も品種も増えたが、缶詰には缶詰の良さが
あるようだ。 果物を含め、鮭、鯖、ツナ、コンビーフ、筍、トマト、グリンピース、
コーンなどの缶詰を、非常食を兼ねて、常備している家庭も多いのではないだろうか。 
私も、果物の缶詰は、子どもが小さかった頃、デザート用に常備していて、
お誕生会のときなどに、フルーツポンチをつくったりした。甘くて水分の多い果物の
缶詰は、ビタミン補給にもいいので、風邪のときや、非常食にも適しているそうだ。

        缶詰

甘いものやデザートといえば、私は、和菓子や洋菓子を買うことはあっても、
果物や果物の缶詰はめったに買うことはない。 
果物が嫌いなのではなく、剥いたり切ったりすることが面倒なのだと思う。
かなり昔のことになるが、アイスクリームの上にキーウィやオレンジなどの果物が
たくさんのっている、フルーツパフェーやコンポートをよく食べた時期があった。
今でも、お仲間と一緒のときなどは、フルーツみつ豆を注文することがある。

缶詰や瓶詰の果物は、たいていが甘いシロップ漬けなので食べられるし、
苦手なラフランスや洋ナシも、甘く加工されていると、食べられる。 
洋梨のコンポートとか、洋梨のケーキなどは大好きだ。
果物でも缶詰でもないが、大の苦手なウリも、奈良漬となると大好物となる。

食べ物の好き嫌いは少ない私だが、苦手な3種の果物がある。
洋梨、メロン、柿のうち、どうしても食べられないのが、メロンと柿だ。
メロンがお菓子になろうと、柿が羊羹や干し柿になろうと、苦手なことに変わりはない。
      
    干し柿   柿と洋梨 border=
         干し柿                柿と洋梨のスケッチ
 
以前、我が家の庭にあった、2本の柿の木は、毎年交互に実をつけた。
父が梯子に上り、枝ごと柿をどんどん落とす。 私と妹が下で手を広げてキャッチする。 
秋になると、「今日は柿とりだ!」と、いつ言われるのかと、内心ビクビクだった。
今では、懐かしい思い出になったが、当時は、何とか「柿とり」から逃れたかった。

縁側に並べた柿を満足そうに眺め、早速、母が剥いた柿を味見していた父の姿を思い出す。
振り返ってみると、母は、果物があまり好きではなかったと思う。
よく果物を頂くことはあったが、母が自ら果物を買ってくることは、滅多になかった気がする。
そんな家庭で育ったせいか、私は果物がなくても暮らせるように?なってしまった。

毎日、果物を欠かさない家庭は多いと思う。 ごんさんの実家もそうだ。
私は、美味しいと評判だった我が家の柿も食べなかったし、果物なしでちっとも淋しくない。
そんな私なので、ごんさんも子どもたちも、果物が少ない生活を送ってきた。
てっきり、娘も息子も果物はそれほど好きではないと思っていたが、それぞれの連れ合いが
果物好きなこともあって、両家族とも、欠かさずよく食べているようだ。
つれづれ

のむヨーグルト

2009年12月20日
以前、「遊ぶ日本語 不思議な日本語」(飯間浩明 著)という本で、食料品のネーミングに
ついての、「のむヨーグルト」の部分は、商品を思い浮かべながら、面白く読めた。
食料品会社は、知恵をしぼって、魅力的な商品名を考え出していて、中でも、目を引くのは
「○○する××」とか「△△な□□」とかいうような、句の形になっている名前。
たとえば、「とろけるシチュー」、「ふえるわかめちゃん」「おいしい牛乳」など
だが、
特に、著者が気になっているのが、「のむヨーグルト」だという。

「のむヨーグルト」のように、「動詞連体形+名詞」の形で、ものの名前が定着するのは
珍しいケースだという。 
一般的に、飲む薬は「飲み薬」、飲用する水は「飲み水」で、飲用するヨーグルトは
「のみヨーグルト」となりそうなものだが、それをあえて「のむヨーグルト」としたのは、
驚きの感じを出そうとしたためで、「のむヨーグルト」の方が訴える力があると著者は考える。
「動く歩道」「飛び出しナイフ」「飛び出す絵本」など、食品以外にもこういった使い方は多い。

          動く歩道
                   JR渋谷駅の「動く歩道」 
 
ところで、「飲む水」と「のむヨーグルト」の違いは?どんなところに現れるのだろうか。 
前者は「家族が飲む水」のように、「○○が」をつけることができるが、
後者は「家族が飲むのむヨーグルト」と、ややこしい言い方をする必要があり、
「のむヨーグルト」全体で、「水」とか「ジュース」とかいう1単語の名詞と同じ性質を
持つようになる
のだそうだ。       
             飲むヨーグルトのむヨーグルト

私は、「ヨーグルト」も「のむヨーグルト」も好きだが、「のむヨーグルト」には
苦い思い出がある。ある夏、帰宅そうそう、冷蔵庫から出した「のむヨーグルト」を
コップについで、一気に飲み干した途端、胸が痛くなり、腕は震え、冷や汗が出て、
深呼吸をしようとしても叶わず、息が止るような恐怖を味わった。狭心症だったのか、
あれほど苦しかったのは初めてだった。
すっかり懲りて、以後、この種のヨーグルトは、口に含みながら飲むようにしている。

「のむヨーグルト」に似た飲料「ラッシー」を、インドカレーの店で飲むことがあるが、
「ラッシー」は、ダヒーというインドのヨーグルトに、クリームやミルク、水、砂糖などを
加えて作られるのだそうだ。カレーの後のラッシーは、さっぱりとしていて美味しい。
中には、甘過ぎて残してしまったラッシーもありはしたが。
つれづれ

りんりんの日記帳

2009年12月19日
幼稚園のお友達の家にお泊まりをするので、その練習に、我が家に泊まるといって、
孫のりんりんがやってきた。
「いつも、ごはんのとき、ママがいるのに、今日はボクひとりだね」と、久しぶりの
お泊まりが嬉しいらしい。 夕食の間も、入浴の間も、しゃべり続けだった。
特に、興奮しているわけではなく、いつも、彼は、おしゃべりなのだ。 

8時半の就寝前に、ほぼ毎日書いている日記を、サラサラと書きあげた。
彼が寝入ってから、日記帳を開いてみると、平仮名、片仮名、漢字交じりの、まさに、
ミミズが這っているような字が並んでいて、判読困難だった。

   15マス   日記  
                            かま田の「田」が目立つ

何とか、かろうじて判読できた部分は、いくつもなかった。
ママと出かけて、帰宅後、大好きなテレビ番組「ダーウィンが来た」をみたこと。
この日のテーマは、ジャッカルだったようだ。最近、彼の話は、「それで」というところ、
「で」で済ませてしまう。 日記にも、所々、この「で」が出てくる。 

「きょうかま田にいった。プリンをかってもらった。かえってきて50ふんくらいして、
ちょうどよいダーウィンがきた。がはじまってジャカルだ。 ライシゅうはカルドレニア
ガラスできょうじかん
(?意味不明)とるかまえをした。(えものをジャカルがトル!)
そのつぎカエルアンコウです。だってさらいしゅうにでるから
」 

調べたら、第171回「ジャッカル成功への道」 第172回「天才職人!道具を作るカラス」
(カレドニアガラス)第173回「魚を釣る魚 カエルアンコウ」ということだった。
正確ではないまでも、予告編まで覚えているとは、よほど、好きな番組に違いない。 

また、お友達とよく遊ぶが、ちょっとしたことで、喧嘩になることもあるようで、
彼の日記は、反省文が多い。自分が本当に悪いと思わないと、決して謝らないというから、
なかなか大変だと、娘は嘆く。 誰かさん似なのでは?と、言いたいところだが。

きょうようちえんがおわったらこうえんにいった。 ずっ――――――――― と
なかまはずれにしてかえるといって・・・ごめんねってあやまったらかえんなくて
いいんだよっておしえてあげたよ。でぜーいん(4にん)じゃなくて3人ごめんねと
いったらいい。・・・さそろそろ きょうのまいにちおわり。きょうのまいにちおしまい。
きょうのまいにちしゅうりょう。
」と、2頁近くの「反省文」のような月曜日の日記。
2行が残り、そこに「ここはあしたのぶんです。」と。
残された2行は、空白のままで、次の頁は、水曜日の日記が書かれていた。

今年の2月、自から書き始めた日記だが、気がのらない日や眠たい日もあるだろに、
ほぼ毎日、書きつづけていることに驚く。
1行10マスの「こくご」学習帳から、いつのまにか、15マスのものに変わったが、
勝手に覚えた、癖のある文字は、ちっとも変わっていない。
筆圧も強いところがあるかと思えば、眠くなったのか、消えそうな薄い文字がつづく頁もある。 
また、漢字が増えて、漫画のような絵が文を補うように添えられるようになってきた。

判読の難しい文字を書くりんりんだが、来春、小学生になれば、きちんとした文字が書けるように
なるだろうと期待している。自分から始めた日記だから、正しい字を書くことより、先ずは
自分の気持ちを自由に表現することの方が大切だろう。反省文ばかりにならないといいのだが。

「継続は力なり」。 私の中国語の学習も、彼に見習わなくてはならないと思う。
今年の6歳の誕生日兼クリスマスのプレゼントは、どんなものにしようか。
彼の「仮面ライダー??」という、リクエストに応えず、百科事典のような、何年も使えるものに
したいと思っているのだが。 
身近な人びと

愛犬との心の交流

2009年12月18日
国内の犬の飼育数は1000万頭を越え、総世帯数の2割は犬を飼っているといわれるが、
「バウリンガルボイス」という、犬とのコミュニケーションツールがあることをラジオで知った。
この装置は、犬の首輪に装着したワイヤレスマイクで、犬の鳴き声を捉えて本体に転送し、
リアルタイムで分析、日本語に翻訳された言葉が音声で再生される仕組みになっている。
7年前に発売された「バウリンガル」は、感情表現が本体の液晶画面に表示されるもので、
国内外で30万個の売上げがあったとは驚きだ。出力されるのは「フラストレーション」
「威嚇」「自己表現」「楽しい」「悲しい」「欲求」の6種類の感情で、約200パターンの
日本語に当てはめて表示されるらしい。 
(Wikipedia)

従来はFM波を使っていた声紋データの転送をデジタル化したことにより、
5台まで同時に利用できることになった。伝送距離は約10メートル。公園やドッグカフェに
集まり、飼い主同士のコミュニケーションに利用できる「犬端会議」仕様だという。
「犬端会議」をさせられる犬たちは、犬同士の自由な会話を楽しむこともできないのでは?

価格は、約2万円だというが、それにしても、不思議なものが登場する世の中になった。 
猫向けには、ミャウリンガルという姉妹品があるという。 こういったツールに頼らないと、
彼らの気持ちが伝わらないわけではなく、玩具やゲームとしての人気なのだろう。
犬であれ猫であれ、長く飼っている人にとっては、無用の長物に違いない。

ところで、毎年11月1日の「犬の日」に合わせて、犬の保険会社によって行われる
「愛犬の名前調査」によると、今年は、「チョコ」が総合ランキングで5年連続トップで、
次いで、「ココ」「マロン」だそうだ。 スイーツ系のかわいい名前が人気のようで、
オスのベスト3は「チョコ」「ソラ」「マロン」、メスは「モモ」「ココ」「ハナ」で、
「ココア」は1頭差で4位だったという。 
以前、犬の代名詞だった「ポチ」は440位、チビは159位、コロは52位だという。
アルバート池をのぞきこむアル   
         アルバート     
わが家で飼った犬の名前だが、誰がつけたのか、ほとんどの犬は実に単純な
ネーミングだった。 覚えている名前だけでも、茶色いから「チャーコ」、塀をもぐって
入ってきたから「モグ」、コロコロしているから「コロ」といった名前だった。
彼らは、そもそも野良犬だったが、わが庭で番犬としての役目を立派に果たした。 

野良犬が来なくなり、獣医さんにお願いした犬は、「ボビー」という名をつけがのだが、
彼は甘えるだけで、番犬にならなかった。 
私がお小遣いを叩いて買った、血統書付の柴犬は、最初の可愛く小さかった印象で
「チビ」と名づけたが、16年近く、立派に番犬を務めた。          (犬がいた庭
わが庭最後の犬、シェットランドシープドッグの「アルバート」は、考えてつけた名前だった。
犬猫に詳しいHさんのアドバイスで、長男、長女の名は、「A」から始まるのがいいと、
アルバート、アルフレッド、アレキサンダーなどから、「アルバート」を選び、「アルバ」という
愛称も決めたが、結局は、「アル」に落ち着き、皆が「アル、アル」と呼びかけたものだった。
       ソファで                 
この犬だけが、庭を自由に走り回ることができたが、9歳になる前に、逝ってしまった。
その後、犬を飼うことはなく、庭は地域猫たちのものになっている。  (「猫のいない庭」)
アルバートを詠んだ母の句を久しぶりに思い出した。 アルバートが逝って14年になる。
   
               老犬の病みても芝を小走りに

               犬の死期告げられ秋の俄かなる

               もう犬現れず帰りし門の秋灯          
動物など

都内のケヤキ並木

2009年12月17日
ケヤキはニレ科の落葉広葉樹で、樹冠が扇を開いたような箒状となる姿が好まれ、
街路樹としても広く植栽されているので都会でもよく見かける。
関東平野は、ことに、ケヤキに似合った土地だといわれる。 武蔵野や江戸の人々は、
ケヤキを大切にしてきた。 村に散在する住居は、ケヤキの屋敷林によって風を防いだし、
大国魂神社(府中市)のように、参道の並木がケヤキである神社も多い。

表参道通り  
11月末、表参道のケヤキ並木を歩いた。 ケヤキの幹には、12月から始まる、
「表参道イルミネーション」(2010/1/10)のために、小さな電球が取りつけられていた。
明治神宮入口から青山通りまでの約140本のケヤキに、LED63万個を点灯。
LEDの取り付け方法も工夫して、枝や幹への負担軽減を図っているという。

「表参道(おもてさんどう)」は、1920年に明治神宮が創建されたのを機に、
その正面側の参道として整備された道路の通称。 渋谷区と港区にまたがって位置し、
原宿駅前付近から青山通りと交差する表参道交差点までの区間を指す。
東京メトロ表参道駅付近を特に表参道と称することも多く、それと明確に区別するために、
この通りは表参道通りと呼ばれる。

   表参道  ライトアップされるケヤキ
           表参道通り            ライトアップの準備

        表参道 11.23
                表参道通りの歩道橋から

道玄坂
              道玄坂 11.16 
                    渋谷区 道玄坂 

中杉通り
「杉並百景」にも選ばれている、「中杉通り」のケヤキ並木は、JR阿佐ヶ谷駅を挟む、
早稲田通りと青梅街道の間の、南北1.6kmの街並とともにある。
昭和29年の戦後復興期、駅周辺の整備事業として、JR阿佐ヶ谷駅から青梅街道までの
「中杉通り」沿いにケヤキが植樹され、およそ50年が過ぎて、立派なケヤキ並木になった。

「中杉通り」の名の由来は、中野区鷺宮から杉並区阿佐ヶ谷に通じることからといわれる。
沿道には、レストランやケーキ屋さんなどお洒落な店が並び、この通りのケヤキ並木を
「中央線の表参道」という人もいるとか。
秋、色づいたたケヤキを眺めながら、この通りを歩くのは楽しいが、落ち葉の量は半端でなく、
沿道の人たちは落ち葉の始末が大変だろうと思われる。

            阿佐ヶ谷駅前 11.3       
                   中杉通り 阿佐ヶ谷駅前  

ガス橋通り
「新大田区百景」の1つである「ガス橋通り」は、大田区民プラザ近くの環状八号線から
ガス橋に至る道で、道の両側に200本近いケヤキが、900mに渡って植えられている。
このケヤキは、地元町会の人たちが1本1本、手植したものだという。
古くは、平間の渡しで越えていた多摩川に、昭和4年、鶴見工場で造られたガスを東京に
供給するため、川崎市平間と下丸子間に橋が架けられ、昭和35年には、近代的な橋に
改築され、自動車の通行が 可能となった。

 ガス橋通 09.11.15  ガス橋通 08.11.12       
        ガス橋通り                    ガス橋通り(1年前)
 
ほぼ同じ場所から撮った、1年前の写真と比べてみると、お天気にもよるだろうが、
今年のケヤキの方が、わずかに色づくのが早いようだ。
 
最近は、隣のケヤキからの落葉が多くて困るとか、家や道路をつくるのに邪魔だからと、
ケヤキの巨木が切られてしまうことも多いという。 
この木の種は、マッチ棒ほどの大きさで、枝の先端の小さな葉の付け根についていて、
冬になると枯れ葉がついたまま枝先から折れて、風に吹き飛ばされていくのだそうだ。
 
春の芽吹き、5月の若葉の輝き、夏には涼しい木陰をつくり、秋には紅葉のトンネル。
冬になれば、すっかり葉を落とてし、寒空に凛として浮かぶ、シルエットをつくる。
箒のような特徴ある枝ぶりを見ると、遠くからでもすぐにケヤキとわかる。
色づいたケヤキもいいが、幹と枝だけのすっきりしたケヤキも魅力的だ。 

ちなみに、ケヤキを「区の木」に指定しているのは、板橋、渋谷、新宿、世田谷の4区。
植物など

姿を消したモヤイ像

2009年12月16日
先週、JR渋谷駅南口を通りかかったとき、人だかりがしていたので、目をやると、 
いつも見えるモヤイ像がなく、警備員が見守る中、立入禁止のテープが張られていた。
そしてその台座に、「モヤイは いただいた」「LUPIN STEAL JAPAN PROJECT」と
書かれた、「ルパン三世」のサイン入りの犯行声明?が残されていた。

       犯行声明

ここは、ハチ公前広場とともに、待ち合せスポットになっているのだが、すぐそばにバス停が
あったりして、ハチ公前広場に比べると、利用する人は少ないように思う。
ケイタイやカメラを向けている人たちがいなかったら、気づかずに通り過ぎていただろう。

モヤイ像は、イースター島の「モアイ」をモデルにした、伊豆諸島新島村の名物の石像。
渋谷のモヤイ像は、新島の東京都移管100年を記念して、新島から渋谷区へ寄贈されたもの。
モヤイ」という名は、モアイにちなんだものだが、同時に、「舫う」(船を綱で繋ぎ留める)と
「催合う、最合う」(力を合わせる、助け合う、共同で作業をする、使用する)の意を含ませて、
決めたとのことだ。(新島では、後者の意味を指す言葉として、今も使われているという) 
新島は昭和50年代に、盛んに日本各地にモヤイ像を制作して寄贈した。
  (Wikipedia)
 
もうひとつのモヤイ像は、大田区の蒲田駅東口駅前広場にある。
ここのモヤイ像も、横断歩道の傍にあるため、横目で見ながら、急ぎ足で通り過ぎてしまい、
ゆっくりと見たことがない。  
                  蒲田モヤイ
                        JR蒲田駅東口のモヤイ像
         
蒲田には元々2体が寄贈されて置かれていたが、現在では1体のみとなっている。
もう1体のモヤイ像は長らく倉庫に眠っていたが、所ジョージが司会しているTV番組で、
貰い手を募集したところ、沢山の応募があり、抽選の結果、青森県深浦町が当選し、
現在では、深浦町の観光施設に移され、観光の目玉となっている。
  (Wikipedia)

ところで、渋谷の消えた「モヤイ像」だが、帰宅後、調べてみると、12月1日、ルパン三世は、
モヤイ像を盗むとの犯行予告を行い、7日未明、盗み出したのだそうだ。
渋谷のモヤイ像がなくなったことに、私が気付いたのは、12日だったが、
それまでに、渋谷には、2回ほど行ったのだが、ルパン三世の予告には気づかなかった。 

このプロジェクトは、人気アニメの主人公「ルパン三世」に「盗んでほしいもの」を
募るというサイトが企画したもので、「不況など暗いニュースが目立つ日本に、
愉快・痛快な話題を提供して活力を与えよう」と発足したのだという。
第1回目は渋谷のモヤイ像を盗むことにし、新島観光協会や、何と渋谷警察署などの
協力も得て実現したという。 盗んだモヤイ像の今後については未発表だとか。

「ルパン三世」は、今後も各地のものを盗んでいく予定(2010年2月末まで実施)らしい。
次は、「道頓堀のくいだおれ太郎」だとか。(犯行予告 12月10日)

          池袋 池袋のふくろう
               そのうち盗まれるかも??

ちなみに、「ルパンに盗んでほしいもの」を公募した結果、現在までに「おなか周りの
脂肪を盗み出せ」「マイナス思考を盗み出せ」「池袋フクロウを盗み出せ」など
2万件以上の「依頼」が寄せられているという。 
私の「おなか周りの脂肪」も「マイナス思考」もなくしてほしいが、ルパン三世にも、
神さま仏さまにも頼むわけにはいかない。 自分で何とかしなくては・・・。
旅・散策・イベント

仙台坂上の石造り教会

2009年12月15日
東京には、江戸時代、仙台藩伊達家の下屋敷があったことから、「仙台坂」と呼ばれる
坂が2つあり、そのうちの一つは、品川区、京浜急行の青物横丁駅からJR大井町駅へ
向かう途中にある、「仙台坂」と「旧仙台坂」(くらやみ坂)である。 (仙台坂のタブノキ
  
もう一つの仙台坂は、港区麻布1丁目と元麻布1丁目の間にあり、片側1車線の対面通行の
道路となっており、広尾や六本木ヒルズ方面に抜けることができることから、交通量は多い。

    仙台坂        柳の井戸
      「仙台坂」港区麻布        仙台坂近くの「柳の井戸」 善福寺参道

港区の図書館で見た、コンサートのパンフレットのモノクロ写真安藤記念教会
気になり、渋谷に出たついでに、行ってみた。 渋谷駅前から新橋行きのバスに乗り、
「四の橋」で降りた。「薬園坂」へ入り、イラン大使館を過ぎてしばらく行くと、
「仙台坂上」に出た。この辺りは、坂も多いが、大使館も多い。
仙台坂のちょうど中程に韓国大使館があるため、デモなど不測の事態に対処するためか、
大使館前だけでなく、坂の下にも警官が立ち、緊張感が漂っていた。

仙台坂上を過ぎると、真っ赤に色づいた蔦がからまる石造りの教会が目に飛び込んできた。
シンプルだが、風情のある立派な建物だ。正面のステンドグラスに、しばし、見とれる。
        安藤記念教会

大正6年に建てられ、関東大震災にも耐えた、この教会は、「東京都選定の歴史的建造物」に
指定されている。大谷石造りの教会は珍しい。小川三知作のステンドグラスも貴重なもの。
橋本雅邦に日本画を学び、明治33年、アメリカへ渡り、日本画教師だった三知は、やがて、
いくつものガラス工場でステンドグラスの技法を学び、明治44年、帰国後、工房を開いた。

 安藤教会 科博
   安藤教会の礼拝堂            国立科学博物館 旧館の天井

この教会のステンドグラスのことを調べてみて、小川三知という作家のこと、また、
彼の作品が、慶応義塾大学の図書館や科学博物館旧館の天窓に残されていることを知った。
科博には、数回訪れたが、その度に、旧館の天窓のステンドグラスを透して入る柔らかな
光に見とれたものだ。 あの科博のステンドグラスが、日本画を学んだ日本人の作家によって
造られたものだということを知って、あらためて感動した。

街でよく見かける、煉瓦造りの建物に蔦という光景もいいが、この教会の淡いグレーの石壁と
赤い蔦のコントラストは、何ともいえず美しい。蔦の赤が残っているうちにスケッチを
しておきたいと思い、先日、Mさんを誘って訪れた。
そこからの帰り、麻布十番駅(東京メトロ)に向かう途中、偶然、「暗闇坂」に出た。
「暗闇坂」は、どこにでもある坂のようだ。
品川区の「旧仙台坂」も「くらやみ坂」と言われているし、上野の清水坂もたしか、
「暗闇坂」と呼ばれていた。 そういえば、あの坂道の、薄暗い急カーブの横にも、
蔦に覆われた、煉瓦造りの洋館があった。      (朽ちた洋館と枇杷の木
旅・散策・イベント

アトム通貨の街 早稲田

2009年12月14日
先月、渋谷駅前のビルの垂れ幕に、「ハチ公商品券取扱店」の表示をみつけて、渋谷区でも
地域共通の商品券が出来たことを知った。
今春、定額給付金の支給に合わせ、多くの自治体が地元の商店街と連携して、
商品券を発行することにした。 渋谷区は、この時は見送ったが、昨秋以来の不況続きで、
商店の元気がなくなったと、今般、区が直接乗り出し、プレミアム付きの商品券を
発行することにしたそうだ。 
1冊10000円(額面11500円)で、購入できるのは区内在住の16歳以上の人だとか。

大田区では、先月、第2弾の「夢 Ota 区内共通商品券」(区商店街振興組合連合会発行)が
販売された。 こちらは、1セット5000円(5500円分)、購入資格は区内在住者とは
限らないようだが、渋谷区、大田区とも、有効期限が設けられている。

また、杉並区のように、「共通商品券」(区商店街振興組合連合会発行)から、さらに発展させて、
「電子地域通貨」の導入を計画している区もあるようだ。 

地域発行の商品券とは別の、地域で流通する通貨があることを知ったのは、今年の9月。
墓参の帰りに立ち寄った早稲田大学で、「早稲田・地球感謝祭2009」というイベントが
開かれていた。 構内は、全国各地の物産店、模擬店、キッズコーナー、パフォーマンス、
「環境」や「防災」コーナーなど軒を並べており、学生だけでなく、家族連れなど、
多くの人たちで賑わっていた。 
 
           「地球感謝祭」

そこで、「鉄腕アトム」をみつけた。アトムの後をついて行くと、文化放送の番組「たまなび」の
中継車が来ていた。 
そこで、「たまなび」の放送チームは、この催しでコラボレートしている、「アトム通貨」と
「地球感謝祭」の様子を、鉄腕アトムのキャラクターと一緒に中継し始めた。

アトム通貨は、2004年に新宿区の早稲田・高田馬場地区でスタートした街を活性化する
地域限定の通貨(100馬力=100円)で、町のゴミ清掃や子どもたちの支援活動など、
「良いこと」をしてくれた人に渡される、「ありがとうのカタチ」として発行されるもので、
平成20年、21年度の環境省エコ・アクション・ポイントモデル事業に採択されたという。
名前の由来は、手塚治虫作「鉄腕アトム」の主人公の誕生の地が、高田馬場であることから。

    生トーク  キャプ集めのブース    
                  「ペットボトルキャップで地球を救え」        
    「たまなび」の玉川美沙さんの生トーク    ボトルキャップ回収のブース

話は「地球感謝祭」に戻るが、ペットボトルキャップを持参すれば、「アトム通貨をゲット!」
のキャンペーン・ブースには、すでにたくさんのキャップが集まっていた。
我が家にもたくさんのキャップがあるのに・・・残念!と思いながら、仕方なく、
竹の箸を1膳買って、「10馬力」1枚を手に入れた。 有効期限が今年いっぱいだった。 
アトム通貨が使えるのは、早稲田・高田馬場地区のほか、埼玉県川口、札幌、徳島。 
10馬力のアトム通貨は記念としてとって置くつもり。
     555no6.jpg 

ちなみに、キャップ収集数は、28400個。 日経新聞の販売店を通じ、227.2.kgの
Co2削減につながり、同時にポリオワクチン71本を途上国に寄付できたとのこと。

大学のキャンパスを歩くのは、秋に訪れた「東京農業大学」の学園祭以来だった。
「地ビール早稲田」やワセダスイーツ「杜の恋の物語」の限定販売にも惹かれたが、
帰りの混んだ車内でのことを考え、買うのを諦めた。 
バスでJR高田馬場駅へ出た。 ホームで「鉄腕アトム」の発車メロディを聞いた途端、
早稲田カラーである、エビ茶色のTシャツを着た、アトムの姿を思い出した。 
旅・散策・イベント

すぐ傍に来たロボット

2009年12月13日
今月末、NHKテレビで、先月行われた「高専ロボコン」全国大会の様子が放送される。 
「高専ロボコン」は、全国の高等専門学校が参加する「ロボットコンテスト」のことで、
ほかにも、「大学ロボコン」や国際的な「ABUロボコン」などが行われているようだ。
今年で22回目になるという「高専ロボコン」の大会は、以前、テレビで見たことがあるが、
それぞれに工夫されたロボットの、遊び心に満ちたパフォーマンスに、つい、引きこまれ、
機械音痴の私でも、十分に楽しめた。

ロボット (robot) とは、① 電気・磁気などを動力源とし、精巧な機械装置によって
人間に似た動作をする人形。人造人間。② 目的の作業・操作をコンピューターの制御で、
自動的に行う機械や装置。人間の姿に似るものに限らない。自動機械。③ 自分の意志でなく、
他人に操られて動く人間。傀儡(かいらい)。 
(大辞林)
因みに、中国語では、机器人(機器人 jiqiren)というようだ。

人間に似た形をした架空のロボットとしては、『鉄腕アトム』と『ドラえもん』が思い浮かぶ。
『鉄腕アトム』は、21世紀の未来を舞台に、少年ロボット「アトム」が活躍する物語。
私が中学生の頃だったか、テレビで放映されるようになり、「マーブルチョコ」のおまけに
ついていた「アトム」のシールを集めて、休み時間に交換したりしたものだった。
裏表紙にアトムシールを貼ったバインダーは、引越や整理の都度、何回も迷った挙句、
つい最近まで残してあった。
あの頃は、漫画や動画は勿論、お菓子、シール、文房具も、今ほど、多くの種類はなかった。

JR 高田馬場駅の発車メロディは、『鉄腕アトム』の主題曲。
「アトム」の生誕の地、高田馬場・早稲田の街では、アトムは人気者だ。

    アトム   アトム
          早稲田大学「地球感謝祭」で人気者のアトム

ロボットの研究・開発の潮流は、大きく分けて2通りあるという。
1つは、人間を模倣し、人間の代わりとなって働いてくれるようなロボット。
もう1つは、必ずしも生産性を求めない、エンタテインメント的な要素を持つロボットで、
こうしたロボットが一般家庭にも普及しつつあるという。

人造人間のロボットなのに、「アトム」に感情があるのは不思議な気がしていたが、
先日、ラジオを聞いていたら、その謎が解けた。 日本では、ロボットにも魂があると
感じるせいか、○○ちゃんといった、擬人化した名前が多い。 一方、ヨーロッパでは、
ロボットは、「神によってつくられた人間」がつくった「モノ」と考えられているという。

        病院待合室
                    病院の待合室でも活躍

従来から、人間の代わりをする、手助けロボットが、盛んにつくられてきたが、
近年、仕事とは無関係の、ペットロボットの「AIBO」、猫型ロボット「たま」、アザラシの
「バロ」など、存在そのものに一種の癒しを感じさせる、愛玩用も増えてきたようだ。
机の上で勝手に喋りまくるロボットや、ゴミを捨てようとすると逃げまくるゴミ箱の
「ブッシュ君」などというものまで登場したという。

また、独り暮らしの高齢者宅に常設し、高齢者がこのロボットと対話したり、
触ったりするといった操作履歴を、デジタル通信網を通して知ることにより、
独居生活者の安全や変化を、間接的に確認しようという仕組みもあるという。
「アニマルセラピー」とは違い、こうした高齢者向けの「ロボットセラピー」は、
給餌や躾の必要がなく、安全性の面でも問題が少ないなどのメリットがある。

2003年生れとされた「アトム」が、実際に、この21世紀に生きていたら・・・?
今後さらに、ロボットたちの活躍の場が増えて、彼らはますます忙しくなることだろう。
つれづれ

猫の手相を占う

2009年12月12日
最近のペットブームはすごい。それも、猫と犬。 総世帯数の2割は犬を飼っているといわれ、
「バウリンガル」とか、「ミャウリンガル」という、犬猫とのコミュニケーションツールが売れ、
猫カフェ、ドッグカフェなどの人気は衰えない。        (「愛犬との心の交流」)
猫は、保健所への届出が不要なので、正確な数は把握できていないだろうし、
本格派の「ノラ猫」や、わが庭に出入りするような「地域猫」も多いことを考えると、
相当な数になることだろう。

図書館で、猫との生活、といった雑誌を、パラパラめくっていたら、「猫用のハウス」の広告を
みつけた。 「キャットシャトー」とか、螺旋状に台がいくつか付いた「ブリッジタワー」とか
室内猫用のハウスの写真が載っていた。
トイレハウスとかいって、2階建、或いは3階建のハウスの1階がトイレになっているものは、
2階建が約6万円、3階建が10万円。 2万円のトイレハウス、これは、ベランダにどうぞ、
ということらしい。 そして、家との間は、フリードアで仕切られる。 これが5万円近くかかる。 
センサーを装着した猫のみが、自由に出入りできるということらしい。 

こんなことで驚いてはいけない。 Hさんに頂いた「ねこの肉球うらない」(宮岸洋明 著)と
いう本には、猫のための、いや、猫の飼い主用の「掌球と指球うらない」「ねこ風水」と
「姓名判断」が載っている。 人間に手相があるように、猫にも肉球相があるのではないかと、
著者は仮説を立て、多くの愛猫家を訪ね、猫カフェに通い詰め、100匹以上の猫を観察した。
その結果、肉球はいくつかのパターンに分類できることがわかったという。
           
           猫の肉球うらない

飼い猫ではない、わが庭の猫たちは、肉球など見せてくれるだろうか。 占うには、利き足
である右前足を見ることが必要らしい。頭や身体を撫でさせるが、抱かれることはない彼ら。
せっかく、Hさんに頂いたのだから、何としても占ってみようと、寝ているときに、実行した。 

 トラケシ
                トラの掌球                   ケシの掌球

この本の肉球占いよると、トラは、肉球の真ん中が富士山型で、このタイプは、
「何が何でも自分が一番!」ということで、複数の猫と一緒に住んでいる場合、自分が
ボスだといわんばかりに君臨しようとするのだという。
たまに、ふらりとやってくる、姉?をあまり、歓迎していない様子だ。

ケシは、「飼い主への愛情は一生」というタイプで、愛情が深く、飼い主を裏切らないという
信念を持っているとか。 人懐っこく、飼い主の傍をなかなか離れようとしないそうだ。
確かに、彼は飼い猫ではないが、我々にも懐いていて、ちょっとした隙に、部屋の中に
入りこんで来て甘えたりする。 だが、門の外で遇うと、彼は知らんぷりする。            
  うらないのページ
この本には、名前の占いもあり、これなら、親戚猫も含めて、名前がついているので、
簡単に占うことができる。 と思っていたら、名前が平仮名か片仮名かによって、
運勢が異なるのだそうだ。
それによると、アミは「好奇心旺盛で活発」で、当たっているような気がする。
ケシは「穏やかで平和な生活」を送るのだとか。 確かに、優しくて、穏やかな性格だ。
甘ったれで、警戒心の強いトラ。 このごろは、随分、甘え方も上手になってきた。 
名前占いでは、「生活に不満だらけ」となっていた!? 

猫たちの占いをするために、肉球の写真を撮るのに苦労した半月だったが、楽しかった。 
当たっていると思えば当たっている、占いの託宣だが、それはともかく、猫にも個性があり、
それぞれの生き方(運勢)があるということだけは、間違いないだろう。
動物など

歯切れのいいコトバ

2009年12月11日
この頃、電車内で、何度か眼にするポスターに、「タッチでキレイを逃さない」という、
カメラの広告がある。 「タッチフォーカス」といって、モニター画面の被写体にタッチすると、
「キレイで劇的な」シーンが決められるということらしい。 
「きれいな○○」とか「きれいに△△」と書くところ、「きれい」が名詞として使われていて、
それもカタカナで「キレイ」なのが、眼を引いた。 
大辞林をみると、「きれい」には、 派生語として、名詞「きれいさ」という語もあった。
「タッチで キレイを 逃さない」は、すべて4文字で、歯切れがいい。 
カメラや人物の画像よりも、「キレイ」「タッチ」の文字が、強く印象に残る。
 
        カメラの広告 

ACの「2010年は国民読書年」のポスターも、「コトバ ダイブ しよう」と3文字のカタカナが
まず、眼に入った。 「文字の海には、知らなかったボクがいました。」と右上に書かれている。 
何の広告なのだろうと、近付いてしまう。 
ちなみに、「ダイブ(dive)」は、英語日本語とも、動詞だけでなく、「飛び込み、ダイビング、
潜水」など名詞用法もある。「言葉 ダイビングしよう」より、はるかにお洒落だと思った。
「本を読みましょう」ということなのだろうが、このポスターも、人物より、カタカナの文字が、
目に飛び込んでくる。 
そして、水色の海に浮かんでいるように、本の中から飛び出した言葉が・・・ ここに 現れる
この世界 子供の頃は どっちだろう 俺は 名前は? コーヒー そして去っていく・・・。
どこの駅だったか、立ち止って眺めていたら、何人もの人たちが、怪訝そうな顔をして
通り過ぎて行った。
              国民読書年 「2010年は、国民読書年」 
                      
最近はまったく見かけないが、やはり、車内の中吊りで、「2人で食べる担担なひととき」
という、タンタンメンの広告があった。 たしか、タンタンメンを食べている写真だった。
担担というのは、タンタンメンのことらしいが、「ひととき」を形容する、品詞として
使っていたのが、印象に残った。 
タンタンメンは、中日辞典によると、「担担面(dandanmian) 四川料理の1つで、
唐辛子をきかせた肉そぼろ入りのうどんのことで、担子(danzi 天秤棒)で担いで
売り歩いたことから
」とあった。

日本の担担麺は、麻婆豆腐と同様、日本人向けに改良されて広まったと言われ、
店によってまちまちの味付けと具材になっているようだが、たまにメニューに「坦々麺」と
書いてあることがある。 これは、日本語入力の際の漢字変換辞書に「担」の字が
登録されておらず、「平坦な」という意味の「坦坦」「坦々」が呼び出されたのに気づかずに、
確定してしまったことによる誤記とされる。
(Wikipedia)
坦坦麺でも担担麺でもいいが、タンタンメンは大好きで、メニューに、タンタンメンがあると、
辛いのは心臓にもよくないと知りながら、ついつい注文してしまう。 
つれづれ

ただ今、工事中です

2009年12月10日
東京駅丸の内側の再開発
         東京駅
            駅前に建てられた塀には、復原された東京駅舎の図

この夏、久しぶりに東京駅丸の内南口の中央郵便局へ行ったが、東京駅では
「東京駅丸の内駅舎保存・復原工事」という、世紀の大工事が行われていた。 
また、郵便局正面の時計の針はなく、中央郵便局建て替えのため、八重洲北口に
移転した旨の案内板が掛けられ、ここでの営業はされていなかった。 
東京駅舎の工事は、1914年(大正3年)に創建された東京駅丸の内駅舎を
可能な限り保存しつつ、戦災により焼失した部分を復原し、創建当初の3階建ての建物に
近づけるのだとか。

区立小学校校舎の新築   
              小学校 
                     杉並区立天沼小学校 

小学生たちが描いた、平成22年度に完成予定の、新しい校舎やプールの絵が、何枚も
並んでいた。 その中の一枚には、「楽しみにしています 新しい校舎」と書かれていた。

建設予定地 (何ができるのか?)
          目黒区中目黒
                  目黒区上目黒 

なかなか完成しない?建築現場
        品川区
                      品川区 

本堂建替え中のお寺
 幸国寺 鐘楼
           新宿区牛込  幸国寺                鐘楼に猫

銀杏の巨樹を見に行ったお寺の鐘楼には、解体された柱や瓦などが積まれていた。
この日、工事は行われていなかったが、資材置き場になっている鐘楼にいた、
工事管理者のような猫と、目があった。
ここの山門には、お線香の自動着火器が置かれていた。  (お寺でみかけたもの
旅・散策・イベント

1年続いた黄老師教室

2009年12月09日
早いもので中国語の沈老師が亡くなられて、明日12月10日で1年になる。 (「再見」)
沈老師は、故郷の上海で、病床にありながら、後任の老師を配慮して下さった。 
11月末、沈老師と同じS大学で教鞭をとられていた黄老師とお目にかかった。 

そして、今年1月、「黄老師の中国語教室」が始まった。課本(テキスト)が変わった。 
午前中だった授業は午後になった。2人の同学が退会し、新入会者は1人。 
そのまま、順調に継続されて、あっという間に1年が経った。

課本に沿って進んでいるが、時々、脱線する。 いや、話題が発展するというべきだろうか。
中秋節が過ぎた頃、私の友人趙さんの上海土産の月餅を、教室のみんなで頂いたときに、
月餅が入っていた缶に書かれていた語句について、1人の同学が質問をしたことから、
月餅の話、中秋の話、さらに、北宋時代の詩人蘇東玻(そとうば)の話になっていった。

四川省の名門の出である蘇東玻は、政治家、詩人、書家であった、蘇軾(そしょく)のこと。 
蘇軾は、杭州(浙江省)の知事になったが、率直な性格が災いし、人の恨み、皇帝の怒りを
買い、地方へ左遷されたとき、その地を自ら東波と名づけた事に由来するといわれる。
有名な詩の1つに、当時、離れ離れだった弟を思い、中秋節に詠んだ「水調歌頭」があると、
黄老師は話して下さった。

次の回、黄老師は、蘇東玻の『水調歌頭』の詩に、ピンイン(発音記号)をつけたものを
作ってきて下さった。 この日の教室は、前半、この詩の話で終わったのだが、
Oさんの話によると、この詩は、テレサテン(麗君)が歌っているということだった。
『水調歌頭』の詩の最後の行、『但願人長久』という句が題になっているのだという。

帰宅してから、テレサテンの『但願人長久』を検索してみたら、YouTubeでこの歌が出たので、
何人かに、このことをメールで伝えたら、Sさんから、「次回までに暗唱 挑戦しましょうか?」と
いう返信が来た。

私は暗記どころか、何もしないまま、2週間が経った。 
テレサテンの歌を、黄老師はノートパソコンで、OさんはiPod(アイポッド)で、それぞれ、
歌詞と訳のコピーも用意されていた。SさんはCDを持参されたので、事務室でプレーヤーを
借りて、いざ、聞こうとすると、CDケースの中は空っぽ。 
こういった失敗は、私だけではないのだと、なぜか、安心したものだった。

       「但願人長久」
        蘇東玻の詩とテレサテンの「但願人長久」の歌詞とCDジャケット

そんなわけで、iPodから、そして1テンポ遅れてパソコンから流れる、テレサテンの歌に
あわせ、みんなで歌ったのだが、隣の席のSさんは、歌詞のコピーを見ないで歌っていた。 
訊くと、2週間の間、犬のビーちゃんと散歩の間、ずっと聴き、冷蔵庫に張った歌詞を
見ながら台所仕事していたとのこと。 まさに脱帽!  

明日は沈老師のご命日。 「中国語教室」の後、黄老師を囲んで懇親会を開く。
「沈老師不在の教室に行くのは辛い」からと、黄老師の教室には参加されないSさんを
お誘いした。 沈老師は、Sさんを尊敬されていた・・・。 私たちにとっても、Sさんは、
今でも大きな存在で、皆、特別会員、名誉会員だと思っている。
 
明日の懇親会では、沈老師と黄老師のお陰で、1年続いた「黄老師の中国語教室」に、
まずは「乾杯!」しよう。 「継続は力なり」「活到老 学到老」「乾杯!」 
中国・中国の旅

シイの巨樹

2009年12月08日
シイ(椎)は、ブナ科シイ属の樹木の総称で、琉球列島・九州から本州にかけて、
照葉樹林の代表的な構成種として多くみられ、身近な里山の樹木として親しまれている。
シイの実は、古代では重要な食料であったし、近年では子供のおやつにもなった。
生でも食べられるが、軽く煎って食べるのが普通。 博多では放生会(お祭り)の夜店で、
今でも売られているとか。
材は建材の他、シイタケ栽培用のホダ木として用いられる。

旧宅時代、我が庭には、塀沿いに何本かの椎の木があったし、今でも、駅に行く途中、
大きな椎の木がある空き地の横を通るが、見慣れているせいか、普段は気にならない。
毎年、杉の花粉症騒ぎが収まる頃、薄黄色の椎の花をたくさんつけた時には、
急ぎ足で通り過ぎ、秋には、椎の実を拾いながら通ることが多い。
この椎は、大きいものでも、幹囲2mくらい、樹齢100年といったところだろう。

今年、都内の巨樹めぐりを始めた。 はじめのうちは、カメラに収めるだけだったが、
そのうち、小さいクロッキー帳を持参して、空洞ができた椎の幹を描き留めるようにした。

旧細川邸   港区高輪 
         旧細川家 
              幹囲8.13m(都内1位)  樹高17m  
              樹齢300年以上  都指定天然記念物

湯島聖堂  文京区湯島
       湯島聖堂   椎 click!  

金王八幡宮   渋谷区渋谷
        金王八幡社   椎
    
延命寺  台東区谷中
       延命寺   椎   
        幹囲5.5m 樹高16m 樹齢600年  都指定天然記念物
        幹内は腐って崩落している 

大龍寺   品川区南品川
      大雄寺   椎
        幹囲3.23 樹高9.5m 樹齢150-200年  区指定天然記念物
    
小山八幡神社  品川区荏原
        小山八幡   椎
       幹囲2.85m 樹高13m  樹齢200年  区指定天然記念物

明治公園   新宿区霞ヶ丘
         椎
            幹囲3.6m 樹齢350年  区指定天然記念物
                空洞になった幹にツタが這う

余談ながら、「椎の木」を「区の木」とする、中野区と目黒区には、椎の巨樹は少ない。 
植物など

今も残るジロとハチ公の姿

2009年12月07日
今日は24節気の1つ、大雪。 雪が降り積もる頃という。
「降る雪や明治は遠くなりにけり」を思い出す。草田男の母校、港区の青南小学校に、
この「降る雪や明治は遠くなりにけり」の句碑があるそうだ。

何十年前になるだろうか、「南極物語」を子どもたちを連れて見に行ったことがある。 
初の南極観測隊に同行した、樺太犬の兄弟、タロとジロを描いた感動的な映画だった。
そのころ、小学校低学年くらいだった、娘は、今でもはっきりと、覚えているという。 
実際に、映画に登場する犬たちは、樺太犬ではなく、エスキモー犬だったらしいが、
当時、我が家では柴犬を飼っていたこともあって、家族みんな、犬が大好きだった。

タロは、第4次越冬隊と共に、4年半振りに日本に帰国後、札幌市の北海道大学植物園で
飼育され、14歳(人間でいえば80~90歳)の天寿を全うした。
ジロは第4次越冬中に病死(5歳)し、剥製は上野の科博(国立科学博物館)に置かれた。
樺太犬兄弟を一緒に、という運動が起こり、稚内や上野で、タロとジロの剥製がいっしょに
展示されたこともあったが、現在は、タロの剥製は北海道大学植物園に、
ジロの剥製は東京の科博に展示されている。           (「柴犬のこと」)

上野 国立科学博物館
          ジロとハチ公
           手前が「ハチ公」  上段右が「ジロ」 左は甲斐犬     
              
ジロは、科博の日本館2階の「伴りょ動物としてのイヌ」のコーナーに、秋田犬のハチ公と
ともに展示されているが、彼は、南極で病死した状態で剥製にされた事もあって、
傷みが激しく、容易に動かす事できなかったので、北海道のタロとは離れ離れのままだ。 
             
東京タワー 港区芝公園     
         東京タワー      タワー

東京タワーに、南極に行った樺太犬の像があると聞いたので、浜松町での用をすませて、
桜や銀杏の紅葉を眺めながら、東京タワーへと向かった。 JRの駅から、歩いて15分。 
「南極観測ではたらいたカラフト犬の記念像」(1959年 日本動物愛護協会)があった。
1959年といえば、東京タワーが完成した翌年だ。
どれが、タロなのか、ジロなのかと思いながら、しばらく見ていたが、わからなかった。 
     
       樺太犬
                「南極観測ではたらいたカラフト犬の記念像」
渋谷ハチ公広場
                ハチ公 渋谷駅前のハチ公

渋谷駅前の「ハチ公」像と、東京タワーの「カラフト犬」の像は、同じ作者(安藤 士氏)に
よるものだそうだ。
何度もみているハチ公だが、正面から見て初めて、左耳が垂れていることに気付いた。
これは、生まれつきのものではなく、皮膚病の後遺症だとか、野犬にかまれたせいだとか、
云われているが、科博にいるハチ公の耳は立っている。 
            
     ハチ公ファミリー

もしハチ公にファミリーがいたら・・・というテーマの陶板画が、ハチ公広場の前にある。
太陽と月と虹の下、ハチ公は、たくさんの一族郎党に囲まれて幸せそうだ。 
動物など

手帳の効用

2009年12月06日
渋谷に出たときなど、少し時間があると、文房具屋とか本屋に足が向いてしまう。 
手帳、日記、カレンダーは、歳末の人気商品だ。 つい、手にとってみたくなるように、
これらのコーナーでも、並べ方が工夫されている。

           手帳いろいろ

本屋さんの手帳コーナーには、「天文手帳」「英語手帳」「税務手帳」「歴史手帳」などという、
専門的なものや、マニア向けのもののほかに、「小室淑江のワークライフバランス手帳」
「ビジネス力養成 小宮一慶手帳」「陰山英男のHAPPY手帳」などの、ビジネス手帳の
ブランド品ともいえる手帳が目についた。 
「女性手帳」とか、「この手帳があれば困らない!」という帯がついた「日本人のしきたり
手帳」があったり、「夢をかなえる人の手帳」、「月と星の恵み」を感じて暮らすという
「占星術手帳」や「Dr.コバの風水手帳」、「風水開運手帳&厄落とし日記」など、
風水や占星術に関する手帳が多いのに驚いた。 

          手帳いろいろ

このような来年度の手帳は、8月頃から販売されるというが、手帳業界は不況知らずで、
日常のデジタル化が進めば進むほど、手書きの愛好者が増えていく傾向にあるとか。
手帳は、手帖とも書くが、「帖」は常用漢字表にないので、「手帳」の方が多用されるようだ。

以前、今頃になると、父のところに、あちこちの出版社から何冊もの手帳が送られてきた。
父は、私と妹に、後に孫たちが大きくなると、彼らに好きなものを選ばせたものだった。
父が亡くなってからまもなく3年が経つ。 「能率手帳」だけは父のものだったようで、
書斎を整理したときに、父が愛用していた「能率手帳」が、20冊以上見つかった。
 
晩年は、教え子の皆さんが企画された会にも出かけなくなって、最後の数冊には、
予定が書かれることはほとんどなくなり、所々、力のない文字で、自分の身体の状況が
メモしてあったのをみて胸が詰まった。 
これらの手帳は、木箱に入れて、しばらく書斎の押し入れの奥にしまっておいたが、
母がこの部屋を使うことになってからは、物置に入れたままになっている。

           システム手帳

私は、父からもらった手帳はあまり好きでなく、父の手前、一応もらったものの、
自分でシステム手帳を買って使っていたように思う。 
ノートの使い方でも同じなのだが、最初の数頁は丁寧に書き始めるのだが、
そのうち、字も乱雑になり、そのページを破って、初めから書き直したり、
新しいノートに取り替えたくなってしまうのだ。
中学高校時代は、大学ノートを使ったり、バインダーに替えたりの繰り返しだった。
今でも、この癖は残っているのか、中国語でも、ミシン目の入ったノートにしたり、
バインダーにしたりと、時々、取り替えては、気分一新を図っている。 

ケイタイを持つようになってからは、予定を記入するための手帳は不要になったが、
手帳売り場で、いろいろな手帳やリフィル(専用の用紙)などを見るのが好きで、
今年は、初めて革製のシステム手帳を奮発した。 ここには、予定は書かないが、
「巨樹の一覧表」や「今までの旅の記録」などのほか、街を歩いていて気付いたこと、
講演会での話や、気功の楊先生のお話などを書き留めることにしている。

外出のとき、バッグが重たくなるのを避けたいのは山々だが、電子辞書とケイタイ、
そして、この手帳がバッグにないと不安になる。 本屋で見た「夢がかなう手帳」には
敵わないが、私にとっては、大切な一種のお守りとなっている。 
つれづれ

「江戸しぐさ」と生き物たち

2009年12月05日
現代のわれわれも、身近な教訓として心得ておきたい、「江戸しぐさ」の数々だが、
「絵解き 江戸しぐさ」(和城伊勢 著)には、江戸時代の人たちが、どんな基準で、
江戸っ子を見分けたかが述べてあり、そのポイントは4つだという。 
1 目の前の人を仏の化身と思えること 
2 時泥棒をしないこと(他人の時間を無駄にしない)
3 肩書にとらわれないこと(家柄・学歴・職業などを気にしない)
4 遊び心を持っていること(文化などに関心が高く、造詣が深い)


江戸しぐさは、人を思いやったり、人に学ぼうとする姿勢などを、本来、口伝えで、又は、
真似ながら、代々受け継ぐものだったため、文献や資料として残っているものは
ほとんどないそうだ。

動物の様子や習性をヒントに名づけられた「江戸しぐさ」も多いという。 
たとえば、往来を歩く時の心得として、「前だけでなく、後ろにも注意を払って歩くこと」を
挙げているが、それを「カエル」というそうだ。 カエルの目は前についていて、後ろは
見えないから注意が必要ということらしい。 
「イヌ」(犬のような食べ方をしたり、立ち小便をしたりする人)、「ウシ」(ぼろぼろと
食べ物をこぼしながら食べる人)、「ネコ」(食べ物をくわえたまま歩いている人)などもある。

江戸時代にも、マナーをわきまえない無粋な人、他人の気持ちを考えずギャーギャーと
まくし立てる人もいたようで、彼らは「ムクドリ」と呼ばれたらしい。 
ムクドリは、突然、やってきて、ギャーギャー、ギュルギュルと騒ぎ、突然、去っていく。 
わが庭にも、以前はよく来ていたものだが、最近は、ムクドリだけでなく、
オナガやヒヨドリの姿も見かけなくなり、見かける鳥といえば、カラスばかりになってしまった。

           煙草の吸殻

現代の街でも、「ムクドリ」と呼びたくなる人を見かける。 江戸っ子が、くわえ煙草や、
煙草のポイ捨てをする、今どきの人たちをみたら、何と命名するだろう。
自転車に乗りながらケイタイする人、電車内でお化粧する人は?
いずれにしても、引き合いに出された動物たちは、断りもなく勝手に自分の名前を使われ、
さぞかし迷惑に思っていることだろう。
ついでながら、「ムクドリ」は、群れて騒ぎ立てることから、街に出てきた田舎者をさす
言葉にもなっていたようだ。(Wikipedia)

話は変わるが、毎週届く、科博(国立科学博物館)のメルマガに、興味深い記事があった。
科博友の会の会員、渡辺氏は、「人類が消えた世界」(アラン・ワイズマン 著)を読んで、
人類が地球上から消えた場合、上野周辺に生息する野鳥への影響について考えたそうだ。 
それによると、人類がいなくなると、スズメは案外うまくやっていくだろうが、ツバメは、
ハシブトガラスやノラ猫などに狙われるなど、かなり深刻なことになりそうだ
とか。

             スズメ清澄庭園で 

そして、ハシブトガラスについては、最大の天敵?である人類が消えると、我が世の春を
謳歌できるかと思ったら、大間違い
。 その理由は、定期的に排出されていた
生ゴミがなくなることで、自然環境での適正な個体数にまで減少する
というのだ。
また、自然環境がよくなれば、オオタカなどの猛禽類が戻ってくると思われるので、
カラスたちも安閑としてはおられないだろうと。
人とカラスは、地球上のどこででも生きられる、と聞いたことがあるのだが。
 
         カラス 
  
人類がいなくなったときのムクドリについては、書かれていなかったが、スズメと同じように、
なんとか、やっていけそうだと思うが、どうだろうか。
つれづれ

近頃の公園に思う

2009年12月04日
一口に公園といっても、いろいろあって、ブランコ、滑り台、ジャングルジム、シーソーなど、
昔ながらの遊具がある公園やアスレチック遊具が中心の公園ばかりでなく、
草っ原公園といった、できるだけ自然を残そうとしている公園もある。
何年前だろうか、我が家の近所では、50坪以下の空地が次々と公園になっていった。
しかし、今、そういった児童公園の前を通っても、園内に誰もいないことの方が多い。

ある程度大きい公園になると、午前中は、保育園児のお散歩コースになったり、
幼児とお母さんたちが集まる、憩いの場になる。 
といころで、若い親子にとって、公園デビューするのは、なかなか、大変なことのようだ。 
自分と同じように、子育て中のお母さんたちが集まる場所を探して、お仲間に入って
いかなくてはならない。 このデビューがスムーズにいくとは限らず、気弱な母親、
挨拶が面倒、気遣いが不得手という母親もあって、ストレスや育児不安などの
深刻な問題を抱えこむ場合も多いようだ。 
何でも、初めての公園デビューに失敗して、気の合うグループを探しあてるため、
さまざまな公園を転々とさまよう親子のことを、「公園ジプシー」と呼ぶのだとか。 
     
        豊島区の公園  豊島区


       ブランコ 杉並区
                 ブランコをこぐ4歳のゆうゆう

孫のゆうゆうは公園が大好き。 初めて行った公園では、すべての遊具を試すらしい。 
孫のりんりんと行った大田区の公園には、面白い遊具があった。   

   キツネ   フクロウ   タヌキ
             「地中のパイプで おともだちとお話ができます」
    10mほど離れて立つ動物たち 中央の穴に耳や口をあてて話せる遊具

いつだったか、夕方、公園のベンチでゲーム遊びをしている小学生たちを見かけた。
家にこもり、1人でゲームをするよりはましだろうが、何故、身体を動かして遊ばないのか、
疑問に思ったものだ。 
考えてみると、ほとんどの公園には、「ボール投げ禁止」など、いくつもの禁止事項があり、
ブランコや滑り台などを卒業した小学生たちが、走り回って遊ぶのは難しいのかもしれない。
なんと、「私語禁止」とか「地面に絵や字をかくことを禁止」するところもあるとか。 

最近、ジャングルジムをあまり見かけなくなったが、昔ながらの遊具の使い方が
様変わりしているという。 ジャングルジムは、ままごと遊びの大邸宅として使われ、
滑り台は、陣取りに使われることが多いそうだ。
  
先日偶々見たテレビで、小学生たちの多忙な毎日に驚いてしまった。 
たとえば、ある1人の一週間の予定は、サッカー、マッサージ?、塾、英語、テニス、
科学クラブなどでびっしり。 遊べるのは、塾の先生が休みのときか、
短縮授業の日だけだとか。3人の小学生がスケジュール帳を見ながら相談していたが、
一緒に遊べる日は月に1度ほどしかないというのだ。

これもテレビでみたのだが、足立区の小学校で、午前の20分の休み時間を30分に
延ばしたそうだ。休み時間、校庭で身体を思いっきり動かして遊ぶようになったら、皆、
体力もついて元気になり、給食が待ち遠しくなると共に、食べ残しがなくなったという。 

      道路の落書き  
  
久しぶりにみた、道路に描かれた「アンパンマン」「食パンマン」の絵。 そこは、あまり、
車が通らない道路ではあったが、安心して描ける地面を確保してあげたいものだと思った。      
つれづれ

街で気づいた意外なもの

2009年12月03日
気づく人は気づく、さりげない提案!
  南北線     三田線
      東京メトロ南北線車内               都営三田線車内

「車内では、足を組んだり、前に投げ出さないように・・・」と、座席の前のラインや模様が、
注意を喚起しているように見える。 
JR浜松町駅ホームでみたタイルの模様は、「3列にお並び下さい」を意味するのだろうか。
東京駅構内のエスカレーターには、子ども目線の高さに、やさしい注意書きが流れていた。

 浜松町   東京駅       
      JR浜松町駅ホーム        「手すりにおつかまりください」 東京駅構内

杉並区のコミュニティバス「すぎ丸」(阿佐ヶ谷~浜田山 100円)に乗ったときに見かけた。
降り口の側に「貸し傘」が数本、用意されていた。
「みんなの傘です。 大切に使いましょう。また、傘を借りたら、必ず返すようにしましょう。」
この日は、快晴だったが、もし、雨が降っていたら、この傘はどんなにか有難いことだろう。  
       
          すぎ丸
                      「すぎ丸」車内    杉並区

街でみつけたストライプ
     理髪店      芝公園
       自由が丘 目黒区              芝公園駅 港区

「赤白青」のストライプは理髪店のシンボルマークだが、
都営地下鉄芝公園駅でみた「青白」のストライプは、何のシグナルだろうか?

公園でみつけた有効利用 
  氷川の杜  切り株ベンチ 
               氷川の杜公園  渋谷区    

この樽には、「地震などの災害が発生した時の生活用水確保のために、区立公園に設置
しました。 普段は、お花や植木の水やり、打ち水、公園の清掃の時に使います」との
表示があった。
現役引退のウィスキー樽を加工したもので、雨水を450リットル溜めることができるとか。       
つれづれ

年老いた犬の終の住処

2009年12月02日
現在、全国で1000頭余の盲導犬が活躍中とのことだが、5日に東京渋谷で、
恒例の「引退した盲導犬たちを支援するチャリティコンサート」が開かれる。
主催は、クラシック演奏家で構成された「アヴェマリア」。演目は、エレクトーンや
ピアノの演奏、クリスマスキャロルの合唱などで、収益は「老犬ホーム」運営のために
寄付されるそうだ。私もKさんと、一足早いクリスマスを過ごすことにした。
           567no3.jpg駅で見かけた盲導犬

「老犬ホーム」は、北海道盲導犬協会(札幌市)によってつくられた、引退した盲導犬の
ための、世界初の専用施設。
盲導犬は、12歳(人間でいえば65歳程度)を目処に引退して、この「老犬ホーム」や
老犬飼育委託家庭と呼ばれるボランティアの家庭に預けられている。
現在、ホームには、2匹、ボランティアの家庭では、39匹が、余生を送っているそうだ。
 老犬ホームはそんな犬たちのショートステイ先ともなっているのだそうだ。 

江戸時代の話になるが、5代将軍綱吉の時代、現在の中野区役所あたりの中野村に、
巨大な犬屋敷があったという。
JR中野駅前の中野区役所玄関脇に立っている、「犬屋敷跡」の説明板によると、
最盛期には、約30万坪(東京ドーム約20個分)に、8万数千頭が収容されていた。  
5つの大きな犬囲いがあり、それぞれに「犬小屋」「餌場」「日除け場」「子犬養育場」などが
完備され、専門医や役人なども配備されていた。 厖大な費用は、商家や天領の農民の
負担で賄われた
という。 綱吉の死後、廃止されるまで、15年間も存続したという。
中野4丁目一帯の「囲町」という旧名は、この犬囲いがあったことに由来するそうだ。

       中野区役所
                  中央に「犬屋敷跡」の案内板 
             
綱吉の「生類憐れみの令」は有名だが、この厳しい法律の下、犬を飼う者はいなくなり、
飼い主のいない野良犬が餌を求めて人間を襲うようになっていったため、
この野良犬たちを収容せざるをえなくなった。最初は四谷・大久保に設けられたが、
収容しきれなくなり、江戸郊外の中野村に前代未聞の巨大犬屋敷が作られたのだという。 
 
        犬屋敷跡に区役所の一角  

最近のペットブームは、ペットの高齢化、介護など、たくさんの問題を抱えているようだ。
「老犬ホーム」で検索してみたら、各地でも多くの「老犬ホーム」がつくられていて、
驚いてしまった。 大阪では、老犬・老猫のための「生涯ホーム」、神奈川県には、
短期では3日から、最長一生涯預かるという、「ペット牧場」というのがあり、東京でも、
「老犬ホーム」オープンの準備を始めているところがあるようだ。
ちなみに、神奈川県の「老犬ホーム」入舎金は、10万円(小型犬)から12万円(超大型)。
月に、室内犬が3.2万円から6万円、室外犬が3万円から4.5万円かかる。
寝たきり介護の場合は、月々9千円プラスだとか。 
どうやら、こういった「老犬ホーム」は、ペットショップ、ペットホテルなどが
関連事業として乗り出した、新種ビジネスのようだ。            

飼っている犬が年老いて、介護するのが大変になったので、「老犬ホーム」へ預ける人が
増えているらしい。飼い主の高齢化も、「老犬ホーム」繁盛の要因となっているのだろうか。
どこかの「老犬ホーム」の入居案内に、10歳未満の犬は割高だということが書かれていた。
どういう理由か、老犬とはいえない犬を「老犬ホーム」に送り込む人もいるのだろう。
愛猫を亡くされ、ペットロス症候群からやっと立ち直った、母の友人のHさんを思い出した。
動物など
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