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「もったいない」の感覚

2010年01月31日
立春が近いとはいえ、まだまだ、寒い日がつづく。昔からの防寒器具にはいろいろあるが、
その中でも、新しい感覚のカイロや湯たんぽが、注目を浴びているようだ。
特に、「使い捨てカイロ」ではなく、充電式の「使い捨てないカイロ」が、若者の間で
流行し始めているらしい。 卵型や両面発熱型など、お洒落でコンパクトなスタイル。
色もピンクやゴールドなど、バラエティに富んでいる。

私たちも、以前から、冬のスケッチ旅行には、便利な「使い捨てカイロ」を必ず持参したし、
「指出し手袋」とマスクは、特に雪の中でのスケッチに欠かせない必需品だった。
マスク1枚で、衣類1枚分の保温効果があるというのだから、今でも、冬の日の外出時には、
マフラーにマスク、「指出し手袋」は必手放せない。

          手袋とマフラー

最近、暖房費節減のために、部屋全体を暖めるのはもったいないと、個人用、或いは
部分的な暖房機に人気が集まっているそうだ。キッチンに小さなセラミックヒーターを
置いたり、エアコンはつけず、足温器などで暖をとる人も多いとか。
もともとエアコンが好きでない私は、机の下に置いた足温器に足を載せ、膝にヒザカケ、
フリースの上着を羽織って、パソコンに向かう。それでも、手が冷たいときには、
「指出し手袋」をはめ、キーボードを叩き、マウスを動かす。「頭寒足熱」の態勢だ。

就寝時は、電気敷毛布や電気あんかをやめ、エコな暖房器具として、湯たんぽを
愛用する人も多く、特に、若い女性の間で人気が高いらしい。
湯たんぽは、従来からの金属製、プラスチック製、陶製など、いろいろな種類があるが、
保温性が抜群で遠赤効果もある、陶製の湯たんぽが、再び、注目を集めているという。
最近の電子レンジ加熱式のものや、IHヒーターでも直接加熱できるものは便利だが、
加熱中の火傷事故も報告されているらしい。

    湯たんぽなど
              湯たんぽ 電気あんか 指出し手袋など

さらに、ぽかぽかと暖かい猫に、癒されながら眠ろうという「猫型湯たんぽ」、
つまり、「湯たんぽ入りの猫のぬいぐるみ」というのまである。「ペットを飼えない人、
アレルギーの人、1人暮らしの人、寒がりで寂しがりやの人におススメ」というが、
7000円もする。それこそ、何だかもったいないような気がするのだが。

節減といえば、ひと頃、古くなったり、故障したりすると、どんどん買い替えられていた
ケイタイも、修理されることが多くなったそうだ。 
リデュース(減らす)、リユース(再利用)、リサイクル(再資源化)の「3R]のうち、
リサイクルするには、また資源が必要になるという矛盾があり、何よりも、ゴミを減らす、
リデュースが重要だと考えられるようになったようだ。 (リユース&リサイクル

このほかの「R]に、リフォームやレンタルなどがあるが、最近、家電や家具のレンタルも
着実に増えているそうだ。
以前から、ベビーベッドやタンスなどのレンタルはあったが、単身者だけでなく、
新婚時に、ソファや家電を借りる人たちが、多くなっているようだ。
因みに、家電4点セットとは、テレビ、冷蔵庫、洗濯機、電子レンジ。
新品4点セットを1年借りると10万円程度。また、中古4点セットにすると、1年で4万余円。
1日約120円、缶ジュース1本分で賄えることになるとか。

どこでだったか、青い車体に黄色い文字で、「もったいない」と書かれたゴミ収集車を
みかけて、思わず、「ギクリ」としたことがあったが、もう一度、身の回りを確かめてみよう。
つれづれ

そこまでしなければ駄目?

2010年01月30日
カフェで 
 BECKS UCC
   マイボトル持参 20円引       マイタンブラー持参 50円引

マイボトルを持参すると、割引が受けられるサービスである。私もマイボトルを購入して、
お茶を入れて出かけたことはあるが、まだ、マイボトルでコーヒーを買ったことはない。
残念ながら、何処へ行くにも、常にマイボトルを持ち歩く熱意は、持ち合わせていないが、
果たして、日に何人ほどの人が、このサービスを享受しておいでなのだろうか。

パン屋さんで
田園調布  池上
          長津田 
                   アクリルカバーつき

トレーを伏せて積んである店が増えたが、パンを陳列した籠の手前に、透明のアクリル
カバーが付けられた店があった。
このカバーを左手で持ち上げながら、右手で持ったトングでパンを挟むのは難しかった。
バッグを持ち、下の段のパンをとるのは、特にコツが要りそうだ。 
新型インフルエンザの流行以後、衛生面に配慮してか、こういった店が増えた気がする。
それほどの、防菌、防唾?対策をしなければ、気持ちよくパンが食べられないだろうか。

マイドッグのために
              池上
                  「マギーカート(犬用)¥18,900」

以前、電車の中で、こういったカートに犬が入っているのを見たことがあったが、
ショッピングカーを改造したものかと思っていた。下のネットの中が、犬の居場所。
窮屈なケージよりは快適だろうとは思うのだが・・・。

        温泉
                 「ペットも温泉で健康づくり」
 フィットネス
    「アクアフィットネス」 (~10kg ¥1200, ~20kg ¥1800, ~25kg \2500)

「運動不足解消・肥満対策・お散歩代わりまで わずか10分のお手軽トレーニング」とあった。
犬同伴の喫茶店やホテルがあるように、犬は家族の一員として扱われる。
そのうち、犬といっしょにスイミングなどというクラブが登場しないとも限らない。
今は、犬の成人式というのもあるくらいだから、何も驚くことはないのかもしれないが。
温泉もフィットネスもいいけれど、犬たち動物は、毎日自然に親しみ、野原を自由に
走り回りたいに違いない。
人間の勝手な思い込みを一方的に強いられるペットたちは、ほんとうに幸せだろうか。
旅・散策・イベント

随分とヒトに近いゴリラ

2010年01月29日
今年、初詣に行った池上本門寺で、偶然、「猿回し」の実演に出会った。 
実演が始まる前、取り囲んだ観客たちに「猿は非常に繊細な動物なので、傍に来ても
決して目を合わせないように」と、注意を受けた。
そういえば、猿などの動物は、相手の目を見ることが威嚇になると聞いたことがあった。
目を見ると、脅威を感じて逃げるか、逆に、攻撃を仕掛けてくることがあるらしい。

  猿の芸 猿の芸
        
猿のすばやい動きを、目で追いかけている間は、猿の目を見るどころではなかったが、
演技が終わり、籠を持ってご祝儀を集めて回る猿。ご祝儀500円以上の人には、
「猿の手形」をプレゼントとするというので、財布にあった500円玉を籠の中に入れた。

   猿の手形        ゴリラとヒトの足形
       猿の足形(9cm長)      上野駅前歩道の足形(ゴリラとヒト)

大分前のことになるが、ラジオで、日本のゴリラ学の第一人者、山極寿一氏
京大大学院の人類進化研究室教授)の話を興味深く聞いたことがあった。 
東方のゴリラは真っ黒で、長い顔と鼻、西方のゴリラは茶色、丸い顔に短い鼻が特徴。
野生のゴリラの寿命は 40~50歳だが、日本の動物園では、20年くらいだそうだ。
ゴリラの音声(ことば)は20種くらいと言われている。

ゴリラと人間が似ている点は、お互いに対面して挨拶をすることだそうだ。
だが、ゴリラは、まず見つめあってから近づく。なぜなら、ゴリラには白眼がなく、
モニター出来ないために、近付いて相手を確かめるのだそうだ。
ほかの類人猿、たとえば、ニホンザルは対面を避ける。見つめることは脅しとなるらしい。

もう1つ、人間と似ている点は、ゴリラはペットとつきあうことが出来るそうだ。
アメリカの動物園で、猫をペットにしたメスのゴリラがいたり、野生のゴリラでも、
フクロウやカメレオンなどの異種の生物を相手に、遊ぶことがあるらしい。
繊細で心優しい彼らは、自分の力を抑制して、相手の身体能力に合わせるからだという。
サルの遊びは10秒以上続くことはめったにないが、ゴリラは1、2時間は平気で遊ぶという。

ゴリラは「ヘルシーな食生活」をしている。「喧嘩してもすぐ仲直り」する。
群れで生活しているため、長い喧嘩をしていられないからで、第三者が必ず仲裁に入る。
保護者で監督者であるオスのゴリラは、喧嘩の仲裁のとき「グウーム」と低く太い声を出す。
山極氏によれば、ゴリラほど「男らしい」生き物はないそうだ。

          動物園前 
             上野動物園前 ゴリラとパンダのオブジェ

ヘルシーな食生活といえば、たまたま、図書館で目にした「動物たちの自然健康法」
シンディ・エンジェル 著)には、ゴリラがベジタリアンだということが書かれていた。
19世紀後半、ゴリラの主食は肉だと考えられていたが、約100年後、野生ゴリラの
研究から、彼らがほぼ完璧なベジタリアンで、苦い植物や甘い植物、繊維質の植物、
果実や種子など多様な植物を食べ、動物質はほんの時折り、昆虫を口にして栄養を補う
程度であることがわかったそうだ。
一方、チンパンジーは、少数の昆虫以外に
肉を食べるところが観察されたことがなく、本質的にベジタリアンだと考えられていたが、
その後、肉を食べるだけでなく、肉を手に入れるために狩りまですることがわかった
そうだ。

ゴリラには、思い出がある。ずいぶん昔になるが、日本画デッサン教室に入ってまもなく、
はじめての屋外スケッチは、上野動物園だった。
門の前でF先生にお会いすると、開口一番、「あなたはゴリラを描きなさい」といわれ、
「え~、ほかの動物ではだめですか?」という言葉を呑みこんで、ゴリラ舎の前へ行った。
どっしりとして男前。比較的動かないゴリラだが、私が描いているのがわかるらしく、
恥ずかしそうに視線を避けているような気がした。 
グズグズといつまでも手こずっているからか、待っていられないよとでもいうように、
突然、立ち上がり、移動を始めた。勿論、私も追いかけたが、このときのクロッキーは
中途半端なメモのメモでしかないのだが、初めての動物園スケッチの記念となった。

昨年、「国際ゴリラ年」にちなんで、特別展「上野の森のゴリラたち」が開催され、
歴代ゴリラの写真などが展示されたようだが、残念ながら都合がつかず、行けなかった。
私と見つめあった?あのゴリラが、「ブルブル」だったかどうかを確かめたいと
思ったのだが。
動物など

玩具が持つ思わぬ効用

2010年01月28日
ひと口に玩具といっても、対象とする年齢層や性別、または、目的、効果、好みなどの
違いで、ピンからキリまで、多種多様のものがある。
中でも、ぬいぐるみやお人形などは、小さな子どもたち専用のものと思っていたが、
ラジオを聞いていて、玩具や玩具ペットを使っての「玩具療法」が、障害者の養護施設や
高齢者の介護施設などで、盛んに行われていることを知った。

東京都でも高齢者が多いといわれる、台東区の高齢者デイサービスセンターでは、
以前から、「玩具療法」を取り入れていて、抱き上げると「クンクン・・・」と鳴く
犬のぬいぐるみとか、人形などが、自然に触れられるように置かれているそうだ。
人形は、しゃべらなくてもいいのだそうだ。人形でなくても、畳んだ座布団を抱えて、
身体を揺らして、子どもをあやす仕草をする人もいるなど、それぞれの人たちの
幼児体験や日常生活の記憶が、反映されるのだという。 
       
      ぬいぐるみ              
          ワンワン鳴く
               ワンワン鳴く 尻尾を振る 歩く 犬の玩具
      
パズルやゲームを楽しむこともあるそうだが、1人でやるのでなく、2人でやる方がよく、
その際、ルールは気にせずに、自由に楽しませるという。 だが、昔、よく遊んだ玩具でも、
けん玉やベーゴマなど技術のいるものは、自信をなくすので、玩具療法には適さないらしい。

         けん玉

このセンターのお年寄りたちは、人形や動物の縫いぐるみに話しかけたりするようになって、
本当の笑いが見られるようになり、表情も穏やかになったそうだ。また、徘徊していた人が
座っていられるようになったともいう。

お年寄りにとって、玩具は、精神療法や機能訓練に役立つ、大切なものといえるのだろうが、
孫や曾孫といった子どもたちとの交流や、大人しい犬や猫などとの接触も、大きな楽しみや
よろこび、励みになると思われる。
りんりんが、曾祖父にあたる、私の父が入院中、度々、お見舞いに来てくれたが、
それまで不機嫌そうな顔をしていた父が、彼にだけは笑顔をみせていたのが印象に残っている。
その後も、つい1年くらい前までは、我が家に頻繁に出入りし、私の母も曾孫に会うのを
楽しみにしていた。最近は、りんりんも忙しい幼稚園生活を送っているらしく、このところ、
会う機会はめっきり少なくなってしまったが。
  
ごんさんの父にとっても、りんりんは、かわいい曾孫の1人。 義父は昨年の夏から体調を崩し、
入退院を繰り返していたが、退院後、食欲がすっかりなくなった父は、栄養剤を飲みたがらず、
義母は毎回、苦労していた。 
ごんさんとお見舞いに行ったりんりんが、その栄養剤を味見し、「おいしいね~」と言ったところ、
頑として飲まなかった父が、「そうか」と言って飲むようになったそうだ。

昨年の節分に、神社で頂いた福豆を持って、りんりんと一緒に、義父母の家を訪ねた。
このとき、5歳の彼は、曾祖父に代わって、豆まきをした。
玄関の扉を開けて、挨拶をすると、その前の年の光景が甦るのだろう。 
りんりんの、「また、豆まきしようね」という言葉に、父は目を細めて嬉しそうな顔をした。
                      オニはソト~                 
今年も、節分の豆と、義父の大好きな福砂屋のカステラを用意して、あっちでもこっちでも、
大活躍する「豆まきボーイりんりん」を連れて、訪ねるつもりでいる。
つれづれ

樹木と食との関連

2010年01月27日
日本には、桜、柿、椿、柏、ガメノハなどの木の葉で、餅や寿司を包む食文化がある。
ガメノハは、サルトリイバラの葉のことで、亀に似ていることから、福岡などでは、
ガメの葉と呼ぶようだ。以前「ガメノハ餅」を売っている店を渋谷でみつけ、
いくつか買ったことがあるが、葉以外は、カシワ餅と同じだった。 
桜の葉を巻いた桜餅、2枚の椿の葉で挟んだ椿餅、どちらも私の大好物だ。

       椿と椿餅
                    椿の花と椿餅

柿の葉には殺菌効果があるといわれており、柿の葉で包まれた「柿の葉寿司」は、
奈良の旅で、思う存分味わったが、東京でも、日本画の教室で、Kさんお手製の
「柿の葉寿司」を、おやつ代わりにみんなでいただくことがある。 
Kさんは、絵は勿論だが、大工の腕も料理の腕もプロ並みの器用な方。
庭の柿の葉で、きれいに包まれた「柿の葉寿司」に、お手製のデザートがつくこともある。 
今年の初夏には、夏ミカンのジャムも作ってきて下さった。(夏蜜柑のマーマレード
 
「樹木がはぐくんだ食文化」(渡辺弘之 著)は、こうした木の葉で食品を「包む」など、
テーマ別に、樹木と食文化の関わりが、例をあげて書かれていて、面白かった。
ヒバや南天などで「飾る」、ブルーベリーなど「生を味わう」、トチ餅、桜の塩漬けなど
「食べる」、メープルシロップやドングリコーヒーなど「飲む」、「味をつける」のは、
山椒、肉桂、塩味のヌルデやケンポナシなど、「色をつける」クチナシ、「香りをつける」
ジャスミンなど。そして「爪楊枝や箸」の素材も、食文化と深い関係がある。
この本を読みながら、こうした自然の恵みの奥深さを、うまく活用した人間の知恵を
大切にしたいものだと、あらためて感じた。

昔、我が庭にも月桂樹があり、シチューなどを作るときに、この葉(ローリエ)を使った
ことを思い出した。当時からあった南天、山椒、クチナシは健在で、それぞれに実をつける。
我が家では、南天の葉は、お赤飯のほか、おせち料理にも飾ったが、きんとんは作らないので、
クチナシの出番はなく、いつも鳥のごちそうになってしまう。
        クチナシの実
つい最近まであった、わが町の2軒の魚屋さんでは、ヒバの葉の上に新鮮な魚を並べていた。
発泡スチロールの皿の上より、自然の木の葉の方が、数倍美味しそうに見えたものだ。
エコだ、リサイクルだと言う前に、食品を経木で包んだり、本物の葉や花で飾ったり、
自然の素材で味や色をつけることなど、自然を生かした食生活を、大切にしたいと思う。
植物など

いろいろな「三種の神器」

2010年01月26日
「省エネ家電のエコポイント制度」が、今年末まで延長されるようだが、対象商品は、
エアコン、冷蔵庫、地デジ対応テレビ。 家庭内で、CO2の排出量の7割を占めるのが
家電製品で、その中の5割がテレビ、冷蔵庫、エアコンだという。

先日、ラジオを聞いていたら、「環境にやさしいというが、買って1年も経たない冷蔵庫を
廃棄して、ポイントつき冷蔵庫に買替えるのが、エコといえるのだろうか」という声が
寄せられていた。経済効果は上っても、「地球温暖化防止推進」の方はどうなのだろう。 

1950年代後半、「もはや戦後ではない」という、経済白書が出た頃、テレビ冷蔵庫は、
洗濯機とともに、「三種の神器」といわれた。テレビ放送開始前の「三種の神器」には、
テレビの代わりに、電気釜、或いは電気掃除機が入っていたという。 
因みに、東京タワー(港区芝公園)からのテレビ放送開始は、昭和33年(1958年)のこと。

           テレビ
             ブラウン管の白黒テレビとラジオ  「さわれる展示室」              

JR田町駅、都営地下鉄三田駅に近い、港区立三田図書館の4階に港郷土資料館
あり、その中の「さわれる展示室」には、昭和30年代の電化製品やミシンなどの道具が
展示されており、当時の暮らしの様子がわかるようになっていて面白い。

         電気釜
           電気釜とテープレコーダー   「さわれる資料室」

この資料館には、図書館へ来たついでに、時たま立ち寄るが、「さわれる展示室」では、
ほかにも、縄文・弥生・古墳時代の土器、江戸遺跡出土の動物の骨などの考古資料、
アジアゾウや全長7mのミンククジラの骨格標本にもさわることができる。
昨年、孫のりんりんを連れて行ったが、彼が興味を持ったのは、昭和30年代の
暮らしではなく、クジラの骨格標本とペンギンの剥製だった。 「南極から上野動物園に
運ばれる途中、死んでしまったペンギンだよ」と、館の人に説明されて、しばらくの間、
不思議そうに眺めていた。

        ペンギン
           皇帝ペンギンの剥製   頭上にはクジラの骨格標本
      
「三種の神器」の話に戻るが、高度経済成長期には、「新三種の神器」と呼ばれる、
カラーテレビクーラー自動車の「3C」が登場した。

平成になって、キッチンの「三種の神器」(食器洗い乾燥機、I H クッキングヒーター、
生ゴミ処理機)など、さまざまな「新三種の神器」が提案されたが、浸透しなかったようだ。
デジタル時代が到来し、「デジタル三種の神器」、デジタルカメラDVDレコーダー
薄型テレビが普及し、エコポイント制度以後、地デジHDテレビへの買い替えが進んでいる。 
現在、「新三種の神器」は、省エネ家電太陽光発電電気自動車と言われているが、
省エネエアコンは、人の動きを感知して、温度調節してくれるという。掃除機をかけていると
温度が下がり、運動量が少ない読書中には上がるというのだ。
部屋が汚れていると、掃除機が勝手に動き出すなどということにならないといいのだが。

ところで、月刊誌「人民中国」の数年前の記事に「3種の神器も時代で変わる?」というのがあり、
それによると、当時の「三種の神器」は、マイホームマイカーパソコンだったとのこと。
北京オリンピックも終わり、上海万博の準備が進む、現在の中国での「三種の神器」は、
マイホームマイカー、そして海外旅行だとか。都市化の進展や所得向上などで、
この新しい「三種の神器」は、庶民にとって、もはや「高嶺の花」ではなくなったとのことだ。

最近の中国では、ゴルフが静かなブームとなっていて、郊外の住宅からゴルフバッグを
自家用車に積み込み、ゴルフ場に向かう人の姿が、ますます目立つようになったらしい。
北京や上海などの大都市では、衣食足りた後の人々の間で、エステやダイエットが流行り、
ペットブームも広がっているという。

話は日本に戻るが、「新三種の神器」は家電以外の分野でも、巷に溢れているようだ。 
働く女性の現代版「三種の神器」は、USB加湿器、3WAYケープ、充電式カイロだそうで、
中高生にとっては、携帯電話、携帯音楽プレーヤー、DSといったところらしい。
便秘解消の「三種の神器」というのまであるという。
オリゴ糖、食物繊維、漢方薬だとか、どこかの製薬メーカーの宣伝かもしれないが。

そういえば、「防災の三種の神器」は、1995年の阪神・淡路大震災の被災者による
アンケートにより選ばれたもので、カセットコンロ懐中電灯携帯ラジオだという。 
この「防災の三種の神器」だけは、宝の持ち腐れになってほしいものだ。
因みに、現代の若者は、クルマ、カデン、カイガイ旅行の、3K商品には、関心が薄いようで、
彼らの関心事は、ファッション、家具、ゲーム、外食などだとか。
つれづれ

楊先生おすすめの気功

2010年01月25日
週1度、楊先生の気功教室に通っているが、楊先生から年賀状を頂いた。
今年の干支は、寅年。中医学の「五行説」によると、「虎」は「肺」に当たるそうだ。
肺は「主一身之気」といわれるように、全身の気を支配していて、「気」が流動していれば、
調和がとれ、停滞していれば、病気が生じます。今年の養生法は、「気順」です。
すべてが「順」でありますように
、と書かれていた。

気功は、自然治癒力を高め、生活習慣病を予防する心身の訓練法で、年齢に関係なく
行えるエクササイズとして、最適な方法だ。
現在、気功には3000以上の種類があるといわれているが、大きく分けると、
硬気功(武術気功)と軟気功(医療気功)の2つになり、軟気功は「外気功」と「内気功」、
さらに、「内気功」は「静功」と「動功」に分けられる。

       気功練習
                        鏡を見ながら自習

中国では、古くから、動物の動きを気功の中に取り入れてきたが、その代表的なものが、
三国時代、魏の名医華陀が考案した「五禽戯(ごきんぎ)」だといわれる。
その後、身体に負担が少なく、効果はそのままという、新しい「五禽戯」が考えられた。
虎、鹿、熊、猿、鳥の戯が、それぞれ、肺、胃、肝臓、腎臓、心臓及び全身の機能を高め、
増強する効果があるとされる
楊先生の気功は、この新しい「五禽戯」を取り入れ、さらに発展させたものだとのこと。

中国の伝統医学(中医学)では、嬉しい、悲しい、怒りなどの日常的な心の働きは、
それぞれの五臓に分かれて存在し、心と臓器が互いに影響しあう、密接な関係にあると
考えられている。心地よい言動、情緒、雰囲気などは、細胞や内臓を活性化させ、
一方、よくない感情や思いは、直接内臓を傷つけることになるという。
例えば、「肺」の気が不足すると、悲しみが生じるし、「腎」の気が少なくなると、恐れを、
「肝」の気が不足すれば、怒りを生じるのだといわれる。

楊先生は、度々、「ストレスは万病のもと」「自分で自分を守らなくてはだめ!」と、
免疫力をアップさせる食材や病気の予防法を教えて下さる。
ストレス緩和には、何といっても「黒きくらげ」。血液をきれいにし、血流の滞りを
散らして、心のコリをほぐしてくれるだけでなく、体内に入ってしまった毒素や悪い気を、
外に出してくれるのだそうだ。 
心が落ち着かないときに陥る症状に、不眠があるが、「安神」(精神安定)のための
食材である「百合根」は、神経を鎮め、心を穏やかにしてくれる。
また、咳止めの働きもあるという。「蓮の実」も同様の効果があるそうだ。

      4種の食材
          蓮の実     黒きくらげ      白きくらげ     クコの実

私は、めったに不眠で困ることはない。体温を上げ、免疫力を高めることが先決のようだ。
「黒きくらげ」「白きくらげ」(免疫力アップ 解毒排毒)や「クコの実」(補気)、「蓮の実」も
たくさん買いこんだ。だが、冷蔵庫の奥に、大分前に水で戻したキクラゲが残っていたりする。
「ああ、勿体ない」と思いながら捨てることになる。どうして、私は、長つづきしないのだろう。
この嘆きも、あまり神経質になると、また、新しいストレスの原因になってしまう。
ほどほどで諦め、思い詰めないようにしよう。
中国・中国の旅

昼間の街灯 あれこれ

2010年01月24日
橋のたもとで
      清州橋    東海橋    聖橋     
      隅田川に架かる清州橋  目黒川に架かる東海橋    神田川に架かる聖橋        
       (中央区・江東区)        (品川区)        (千代田区・文京区)

聖橋は、橋の両端にある2つの聖堂(湯島聖堂とニコライ堂)を結んでいることから、
そう命名された。
この橋は、船から見上げた時に最も美しく見えるようにデザインされているそうだ。

四谷見附橋四谷見附橋四谷見附 
四ッ谷駅中央線ホームより   四谷見附橋               四谷見附
       (新宿区・千代田区)                     (千代田区)

四谷見附は、寛永16年(1639年)に完成。城門は現在の四ツ谷駅麹町口付近にあったが、
明治5年に撤去され、現在は石垣が残るだけとなった。
大正2年に完成した四谷見附橋は、平成3年に架け替えられた。

街頭や路傍で
   青物横町青物横町
       カボチャやサヤエンドウのデザインが  京急線 青物横丁駅 (品川区)  
 
  石神井公園等々力
      西武線 石神井公園駅              東急線 等々力駅
          (練馬区)                     (目黒区)
         
 赤坂 両国 早稲田 田園調布
     赤坂        両国北斎通り    早稲田南門通り      田園調布 
    (港区)        (墨田区)      (新宿区)         (大田区)

江戸東京博物館の近くの「北斎通り」にある、「葛飾北斎生誕の地」の碑には、
北斎が本所を中心に90回以上も転居したことや、90歳にて浅草で没したと書かれている。

上野 銀座銀座    ガス燈ガス燈
 上野公園     銀座並木通り    銀座ガス灯通り       明治記念館 
 (台東区)           (中央区)                 (品川区)

日本ペイントの「明治記念館」は、我が国最古のレンガ造り「油ワニス工場」(明治42年)の跡で、
明治の面影を残している、品川区内で最も古い洋式建造物。 
ここに、銀座にあった初期のガス燈が展示されていた。        (旧東海道 品川宿
旅・散策・イベント

「猫も杓子も」の猫

2010年01月23日
猫ほど、多くの諺や慣用句に登場する動物は、いないのではあるまいか。
「猫の手も借りたい」「猫に小判」「ネコに鰹節」「啼く猫鼠をとらず」などなど、
枚挙にいとまがない。
先日、ラジオをきいていたところ、「ネコもシャクシも」というが、その語源は?
「犬もオタマも」ではいけないのでしょうか?という質問があった。
答えは、勿論、NO。「猫も杓子も」は、「誰もかれも、何もかも」の意味で、
今日でも頻繁に使われるが、鎌倉時代の末頃、すでに使われていたとのことだ。 

一休禅師の狂歌に、「生れては死ぬるなりけりおしなべて 釈迦も達磨も猫も杓子も」と
いうのがある。釈迦と達磨が対になるのは分かるが、なぜ、猫と杓子が対になるのか?
一見すると、似ても似つかぬ両者だが、「猫の手と杓子の形」が似ていることによるのだとか。
唐突に猫を登場させたのは、一休さん独特の洒落、遊び心の発露といったところか。

        猫の手杓子?

ほかに、「猫のちょっかいが杓子に似ている」という、江戸時代の学者の説、
「女子(めこ)も弱子(じゃくし)も」(女も子供も)や「禰宜(ねぎ)も釈氏(しゃくし)も」(神も仏も)が
変化したという説、「寝子(ねこ)も赤子(せきし)も」が変化した説などがある。

中国語の辞書を引くと、「猫も杓子も」は「阿猫阿狗」または「阿狗阿猫」とあった。
「阿」というのは、親しみを表す接頭語。猫ちゃん犬ちゃんといったところだろうか。

猫に関わる慣用句には、「猫の手を借りたい」のほかにも、頭の先から尻尾まで、
身体の特徴からきたものが多いように思う。
「猫毛」「猫面」「猫の額」「猫の目」「猫耳を洗うと雨が降る」「猫の鼻」「猫の舌」
「猫の歯に蚤」「猫背」「猫の尻尾」「猫足」「猫なで声」など、あまり、いい意味に
例えられないことが多い。

  アミ トラ
          アミの冷たい鼻                   トラは猫舌?

「猫の目玉と秋の空」「女の心は猫の目」と言われる目だけではなく、「猫の鼻と傾城(けいせい
の心は寒い」(城を傾けるような絶世の美女の心は冷たい)と言ったり、「猫の鼻と愛宕山とは
真夏でも冷ゆる」と言ったりして、鼻も取り上げられている。
  
「猫の尻尾」というのは、なぜか「あってもなくてもいいもの」に例えられている。
わが庭に出入りする猫たちをみても、確かに短いのもいれば長いのもいる。
チャトランラスカルは長い尻尾だ。 鉤型に曲がっているのは、アミトラケシ
どんな形の尻尾でも、彼らにとっては、なくてはならないものに思えるのだが・・・。

  チャトランの尻尾アミの尻尾
          チャトランのストレートな尻尾              アミの鉤型の尻尾

「猫撫で声」は、人が猫をなでるときの優しい声、つまり、人の発する声だったらしいが、
片や、猫が発する「ニャオ」という甘えた声そのものだとする説も根強くある。
猫は、犬よりも野生に近く、犬と比べるとはるかに獰猛な生き物だが、食べ物をねだったり、
撫でてほしいときなど、甘えた声を出す。「猫撫で声」は、わが庭の猫では、ケシがお得意だ。

話は飛ぶが、先日、孫りんりんは、年賀状に虎を描くついでに、猫も描いたのだが、
どちらにも髭を付けるのを忘れた。猫や虎に、髭がないと、随分間が抜けているものだ。
実は、彼の絵をスキャンして、プリントする前に髭がないことに気付いたのだが、
彼に髭を描かせて、スキャンし直すのも面倒なので、私がパソコン上で、髭を描いて
プリントした。彼は、自分のの年賀状のトラとネコに、1枚ずつ色をつけて、
幼稚園の先生やお友達に出したのだろう。

ヒゲのないネコとトラ  byりんりん
         ネコ 
         トラ 
動物など

「箱根駅伝」の経済効果

2010年01月22日
上野不忍池の弁天島に、「駅伝の歴史ここに始まる」と書かれた、「駅伝の碑」がある。
それに、「我が国最初の駅伝は、奠都五十周年記念大博覧会「東海道駅伝徒歩競走」で、
大正6(1917)年4月、3日間にわたって催され、スタートは京都の三条大橋、
ゴールは上野不忍池の博覧会正面玄関であったと、書かれていた。
            駅伝の碑 駅伝の碑
 
今年も、新春恒例の、第86回「箱根駅伝」(「東京箱根間往復大学駅伝競走」)が行われた。
この「箱根駅伝」は、数年前まで、私自身が旅行中ということも多かったし、どちらかというと、
スポーツ観戦にはあまり興味がないせいか、家に居てもめったに見たことがなかった。
ところが、今年の1月3日には、浜離宮庭園の「放鷹術の実演」を見た帰り、汐留の
日本テレビ近くで、「HAKONE EKIDEN」の大きなポスターを見かけたし、
この時間は、復路を懸命に走っていることだろうと思いながら、通り過ぎたことだった。

   汐留駅
                   汐留 日本テレビ前で

また、偶然だが、昨年暮、JR渋谷駅ホームで、「箱根駅伝 ひと足早い書き初め展」を見た。
このときは、電車を待つ間に見ただけだったので、詳しいことはわからないままだったが、
どうやら、これは、「箱根駅伝」に出場する全20チームの、選手や監督をはじめ、
大会スタッフ、日本テレビ局のアナウンサー、箱根駅伝を応援する大物芸能人による、
合計228枚の「箱根駅伝」の書き初めを、ホームや改札口付近に掲出し
、若者に「お正月の風物詩」をアピールするという催し(12/21~27)だったらしい。

渋谷駅書き初め
            「ひと足早い 書き初め展」 JR渋谷駅山手線外回りホーム

箱根駅伝」が終わった数日後、ラジオで、「箱根駅伝」は、名誉競走であるとともに、
経済戦争でもあるという、ジャーナリスト生島淳氏の話を聞いて、少々、驚いた。
生島氏によれば、「箱根駅伝」に出場することが、そのまま大学の宣伝になり、
受験料収入につながる」というのだ。 箱根を上位で走行した場合、受験料収入が
数億円の単位で増えるという、ある大学関係者の談話は見過ごせないという。
「箱根駅伝」に、大学側がこれほど入れ込むのは、入学試験の出願締め切りの直前という、
最高のタイミングで行われるからだとか。つまり、大学にとって、「箱根駅伝」での成績は、
大きなビジネスチャンスを左右する鍵になるそうだ。

さらに、有望選手の獲得競争は「経済支援」の戦いにもなっており、授業料、寮費などを
奨学金という形で全額給付する大学もあるようで、少子化時代の各大学にとっては、
「箱根駅伝」の争いは、経済戦争的な側面もあるということらしい。

だが、箱根駅伝の成果によって、受験料収入を億単位で増やせる可能性がある大学は、
今年の場合、東洋大学と早稲田大学の2校くらいだそうだが。
つれづれ

蝋梅

2010年01月21日
   ロウバイ   ロウバイ科 ロウバイ属
           学名   Chimonanthus praecox
           原産  中国 
           和名  蝋梅 蠟梅 唐梅
       
             ロウバイ
                碑文谷公園のロウバイ(目黒区)
                    
名前に「梅」がついているため、バラ科サクラ属と誤解されやすいが、ロウバイ科ロウバイ属。
見た目も触感も、蝋細工のようだが、花の香りは強く、12月末から翌3月半ば頃に咲く。

「蝋細工」のような、梅に似た花ということから、「蝋梅」の名になったといわれるが、
臘月(ろうげつ)ともいう12月、陰暦の12月頃、梅に似た花を咲かせることから
「臘梅」の字で表わすこともある。
ソシンロウバイ(素心蝋梅)、マンゲツロウバイ(満月蝋梅)、トウロウバイ(唐蝋梅)などの
栽培品種がある。よく栽培されているのは花全体が黄色のソシンロウバイ。
花やつぼみから抽出した蝋梅油は薬として使用される。
        
1年前になるだろうか、メタセコイアを見ようと思い立ち、碑文谷公園に行ったことがあった。
すっかり葉を落としたメタセコイアを映した弁天池近くで、蝋梅が咲いているのを見つけた。
花の中心が赤紫色のロウバイで、この木の周りは、一足早い春が来たようだった。
      
         メタセコイア                    
                  碑文谷公園のメタセコイア
           弁天池
                 メタセコイアの影が映る池

碑文谷公園は、区内で最も古い公園の1つ。公園の真ん中にある弁天池は、現在より大きく、
野鴨が多く飛来し、将軍家の鷹狩場に使われたこともあり、江戸期から昭和初期までは、
荏原郡碑文谷村所有の水田灌漑用貯水池で、村人の「命の水」となっていたとのことだ。
現在は、ボート場や ウサギ・モルモットなどとふれあったり、引き馬・ポニー教室などが
ある「こども動物広場」もある。

その後、大田区内では、ロウバイの寺として有名な密蔵院でみたが、花全体が黄色い、
ソシンロウバイのようだった。ロウバイは花の少ない時期に、貴重な花だ。
       ソシンロウバイ 
                密蔵院のソシンロウバイ(大田区)
植物など

懐かしい燃料「炭団と練炭」

2010年01月20日
今日は24節気の1つ、「大寒」。 寒さが最も厳しくなる。 極寒。

     上野
          水路に張った氷を取り除く  上野 東京文化会館

昨年12月初に放送された「ブラタモリ」(NHK総合)では、「本郷台地」が取り上げられ、
以前、文京区本郷周辺のスケッチに行ったときに通った「炭団(たどん)坂」が登場した。
この「炭団坂」は、文京区の本郷台地から菊坂の谷へ下る急な坂で、
「炭団を商売にする者が多かった」からとか、「切り立った急な坂で、炭団のように
転がり落ちた者がいた」からということで、この名がついたようだ。
台地の北側の斜面にある坂のため、じめじめしていて、今のように階段や手すりのない時代、
特に雨上りには、滑って転び、泥だらけになってしまったことであろう。
(区教育委員会)
   
            炭団坂 炭団坂

「炭団を知っている?」と、タモリに訊かれた若い女性アナが、「知らない」と答えていたが、
無理もない。最近は、あまり見かけない、幻の燃料になったようだ。
炭団は、木炭の粉末にふのりを混ぜて練り、握り拳大の黒い団子状にし、乾燥させた燃料。
石油ストーブが登場するまでは、木炭と同じ燃料として、一般家庭でも七輪、火鉢、
掘り炬燵で使われていたというが、我が家では、ほとんど使っていなかったように思う。
練炭(れんたん)を使っていた記憶は、薄っすらと残っているが。

石炭の粉で作られる、家庭用の練炭は、専用の「上付けコンロ」に収まる円筒形に成型され、
底面から燃焼面へ空気を通す穴が十数個ほど空けられている。
以前は、掘り炬燵などで使われたが、特に点火してから赤熱するまでに、強い臭いと
一酸化炭素が多量に発生するため、現在はあまり使用されず、アウトドアレジャーなどでの
使用が中心になっている。

日本では、10年ほど前から集団自殺が社会問題化している。練炭による場合が多数報告され、
「練炭自殺」という言葉も生れたほどだ。そんなこともあってか、 購入の際には販売店から
「使用目的と使用場所」を確認される場合もあるのだとか。

練炭で思い出すのは、初めて北京に行ったときに見かけた、練炭の店と練炭を買い求めに
やって来た人たち、それに、「此処禁止到拉圾」(ゴミ捨て禁止)と書かれた塀のすぐそばに、
捨てられた練炭の燃えカスだ。

練炭工場  練炭
        大柵欄  練炭を売る店         積み上げられた練炭

          東媒廠胡同
             捨てられた練炭の燃えカス 西城区 東媒廠胡同 
つれづれ

大きな絵タイル

2010年01月19日
         阿佐ヶ谷
                       JR阿佐ヶ谷駅前 
                   阿佐ヶ谷

毎年8月に「七夕祭り」が行われる、阿佐ヶ谷駅前のパールセンターの絵タイルは、
わし座とこと座。
牽牛星(彦星、アルタイル)がある「わし座」と織女星(織姫、ベガ)がある「こと座」だ。

     播磨坂
                   文京区小石川 播磨坂の緑道

この地にあった松平播磨守の上屋敷に因んで名づけられた、播磨坂には、約150本の桜
が植えられた。 中央部は緑道として整備され、憩いの場となっている。

        表参道
                       東京メトロ 表参道駅 

          本郷三丁目
                       東京メトロ 本郷三丁目駅

          西小山
                         東急線 西小山駅

                 渋谷ハチ公前
                      JR渋谷駅前 ハチ公前広場 

お馴染みのハチ公前広場だが、この大きな絵タイルに気付いたのは、マークシティの
2階からだった。       

    東陽町
                        江東区東陽 歩道
       東陽町
                      
ほかに 拝島橋の八王子市側と昭島市側に、それぞれの市の絵タイルが、(拝島橋の絵タイル
江東区塩浜には、東京23区の地図と区章が描かれた、絵タイルがあった。(都内23区の花
旅・散策・イベント

トラにも絶滅の危機が

2010年01月18日
今年は寅年。上野動物園では「干支展 トラのえとせとら」(~1/27)が開かれていて、
トラの体と暮らし、生息状況、人間の生活との関係や保全への取組みなどを紹介している。
同じく上野にある科学博物館で開かれていた「寅年のお正月」(~1/17)に、孫りんりん
連れて行った。

彼は、4体のトラの剥製を見て、「トラの世界に入ったみたい」と喜んだ。
この部屋には、「トラ」の名を持つ標本たちが展示されていたり、ホワイトタイガーのように
非常に珍しいトラもいたのだが、彼はさほど関心を示さなかった。
最後に、壁に下がったトラの毛皮に触れ、「気持ちいい」と、しばらく撫でたあと、
「寅」の部屋を後にした。
因みに、トラの名を持つ標本だが、トラツグミ、トラフズク、トラフグ、オカトラノオなどの
動植物のほかに、虎目石やタイガー計算機なども展示されていた。

その後、日本館と地球館を順々に見て廻ったが、彼が最も関心を寄せたのは、「寅」ではなく、
どうやら私の最も苦手な恐竜や宇宙のようだった。何しろ、私は、恐竜のカタカナ名は、
何回聞いても覚えられず、「ティラノサウルスはニクショクでしょうか、ソウショク
でしょうか?」の質問に、「草食?」と答えては、「ブッブー!」と言われる始末なのだ。

       虎トラとら
                     「寅の正月」展  科学博物館

ところで、「虎は死して皮を残し 人は死して名を残す」といわれるが、日本書紀にも
記されているように、虎の毛皮は古くから珍重され、肉は、家康の時代には、薬用として
食されていたらしい。
骨に薬草を加えた骨酒は、中国では今でも、漢方薬として人気があるとのことだ。
          
トラは、熱帯から寒帯まで、ユーラシア大陸の広い範囲に分布しているが、
現在、そのいずれの地域でも、開発による生息地の破壊、営利のための乱獲、
害獣としての駆除などから、生息数は激減しているという。
地域によって毛色や頭骨の形が異なり、9種類に分類されるが、そのうちの3種、
「バリトラ」「ジャワトラ」「カスピトラ」は、すでに絶滅し、「アモイトラ」は、
絶滅寸前だといわれている。 

現在、生息しているのは、「ベンガルトラ」「アムールトラ」「インドシナトラ」
「マレートラ」「「スマトラトラ」だが、100年前には10万頭はいたといわれる彼らも、
現在は、4000頭にまでに激減し、どの種も絶滅の危機に瀕しているという。 
         
       ホワイトタイガー
               ホワイトタイガー(日大生物資源科学部博物館所蔵) 

ホワイトタイガーは、インドに生息するベンガルトラの白変種で、体毛は白色かクリーム色、
黒もしくは茶色の縞模様だが、中には縞ほとんど見えないものもいるそうだ。
かつては、インド北部や中東部に数頭いたといわれる白いトラも、野生のものを目にする
ことは出来なくなり、全世界でも200頭余、日本には、30頭しかいないそうだ。

トラが住む森も、減少の一途を辿っているという。
「トラとトラの森を守る」プロジェクトに取り組んでいる、WWFジャパンによると、
トラが生きていくために必要な森、そして、トラの命を支える生き物や森の実りなども
守っていかなくてはならないのだという。1頭のオスのトラが生きていくのに、
仮に山手線内がすべて森だとしても、狭いというのだから驚きだ。
トラは、ネコ目ネコ科の動物というが、都会でたくましく生きる、ノラ猫や地域猫たちと
同じ仲間とは、俄かには信じ難い。
動物など

エネルギッシュな渋谷の街

2010年01月17日
渋谷のハチ公前広場を通る度に、壁面や大型ディスプレイに映し出される広告に見とれて、
きょろきょろしている中に、信号が変わり、人々がどっと動き出すので、慌てることになる。

     交差点

以前、何処かで読んだか、聞いたかしたのだが、ここのスクランブル交差点を渡る人々をみて、
「一斉に動き出す 静かなる暴動のようだ」と云った人がいた。
ぼーっとしていると、人の波に巻き込まれて、自分の行きたい方向を見失ってしまいそうだ。

  巨大広告
               広告だけでなく ときには ニュースや天気予報も
     巨大広告    

私が子どもの頃は、デパートやビルの屋上に、いくつもアドバルーンが上っていた。
アドバルーンは、和製英語で、広告を意味するad と、気球を指す balloon を組み合わせた
造語だそうだが、今では、ほとんど見られなくなった。
超高層ビルが林立する都会では、まったく目立たず、宣伝効果は期待できないだろう。
飛行船は、たまに見かける。意外に速く移動して、ちょっと目を離した隙に、ビルの谷間に
隠れてしまう。 そこで、最近は、屋内でも使われるようになったようだ。
           宣伝トラック
 
道玄坂から渋谷駅に向かって歩いていると、荷台に気球のような球を2個載せた、
変わったトラックが通った。駅前まで来たとき、再び、そのトラックが目の前を通り過ぎた。
最近、ボディが光ったり、大音量で新曲を流しながら、宣伝して回るトラックがあるようだが、
このトラックには、「球・完成!」「内照式球体のお問い合わせは」と電話番号が書かれていた。
どうやら、この球を使って宣伝をしたい広告主を募集するための宣伝カーのようだ。
これからは、ただ見られる広告ではなく、積極的に見せる広告でなければ、ということか。
    
                   宣伝マン     

渋谷は、スクランブル交差点のように、あちこちから集まってくる多くの人たちが入り乱れている。
若者の街だと思っていたが、そうでもない。アラカン世代もそれ以上のオバサマ方も、楽しそうに
おしゃべりしたり、大きな買物袋を提げて闊歩している。スモーキングエリアでは、煙がモクモク。
ハチ公の前やモヤイ像の前は、いつも、格好の待ち合わせスポットとして大繁盛。 
モヤイ像が消えたかと思うと、数日で戻ってきたりする。渋谷の魅力は一向に衰えない。
旅・散策・イベント

「はしご乗り」の妙技

2010年01月16日
成人の日の11日、池上本門寺(大田区)で、新春恒例の「はしご乗り」(大森土木鳶建設組合)が
奉納された。因みに、今年の新成人は、過去最も少ない127万人だとか。

「はしご乗り」が始まる少し前に本門寺に着いたが、すでにたくさんの人が、本堂の周りに
集まっていた。観客席と化した本堂前の階段に立ち、「はしご乗り」が始まるのを待った。
ちびっ子たちによる「はしご乗り体験」が終わると、山門から、粋な半纒姿の鳶の人たちが、
木遣(きやり)歌を歌いながら、本堂前へ。目の前でみる纏の大きさに驚いた。

木遣歌は、江戸の中期頃、鳶の人たちの間で歌われていたが、鳶職人を中心にして、
町火消がつくられたことから、木遣歌は町火消に伝えられたという。

          登場
                    木遣歌を歌いながら登場

夏前から猛練習したという若者たちが、約6mの青竹の梯子の上で、町火消の心意気を伝える
「はしご乗り」の技を披露した。 およそ3年くらいで、披露出来る腕前になるのだとか。

         本堂前で
                2階の屋根ほどもある高さの上で
 
謹賀新年 足絡み? 祝・成人式 
   「謹賀新年」の垂幕                           「祝・成人式」の垂幕
    頂上で
    頂上で
    頂上で          
    輪に足をかけて  ?
    逆大の字?  3人で click!
                                3人の呼吸はぴったり*

最後は、3人による「はしご乗り」。ハラハラドキドキも、この見事な技で終りとなった。
この日、数人の鳶の若者たちによる「本番の演技」が始まる前に、練習用の梯子を使って、
子どもたちの「はしご乗り体験」が行われた。
「乗ってみたい子~?」の誘いに、6、7人のちびっ子が、次々に梯子の周りに集まった。

    お手本    お手本
                    お手本を示すお兄さん    
    1人目     5人目?
              お兄さんたちに支えられて  ハイ ポーズ 

子どもたちの体験は、伝統ある「はしご乗り」を、広く知ってもらいたいと、今年初めての
試みだとか。「はしご乗り」の体験をしたちびっ子たちの中から、15年後、ひょっとすると、
後継者が現れるかもしれない。

今年の正月3日、浜離宮で行われた「放鷹術の実演」でも、やはり、4人の子どもたちが
「放鷹術」体験をしたが、鷹の重たさに驚いていた。    (クロマツの老木たち
大人は体験こそできなかったが、皆も知らず知らずのうちに、惹きこまれていって、
放されたチョウゲンボウがカラスに追われ、空中を逃げ回る様を、心配しながら見守り、
無事に下りてきたときには、大きな歓声が上がった。

今年は、初詣に行った本門寺で「猿回し」を、翌日には浜離宮庭園で、「放鷹術の実演」を、
そして今度は「はしご乗りの奉納」をと、新春から、伝統的なお祝い行事を目の前で
見ることができた。
「好1年」の スタートであるに違いない。是非、そうあってほしいものだ。           
旅・散策・イベント

クロマツの老木たち

2010年01月15日
浜離宮の三百年の松  中央区     
浜離宮恩賜庭園は、海水を引き入れた池とふたつの鴨場を備えてあり、江戸時代には、
江戸城の「出城」としての機能を果たしていた徳川将軍家の庭園。
「三百年の松」は、約300年前の6代将軍徳川家宣が、この庭園を大改修したときに
植えられたと伝えられる都内では最大級の黒松。

        三百年の松
          
今まで何度か足を運んだ「浜離宮」だが、大手門の入口近くにあるこの松の前は、
いつも足早に通り過ぎていた。
今年、新春恒例の「諏訪流 放鷹術」を見た帰り、この松の美しい姿にあらためて気づいた。 

      放鷹術実演
           放鷹術の実演   昭和初期の鷹匠衣装で

浜離宮での放鷹術の実演は、毎年、正月2日と3日の両日、午前と午後の2回ずつ行われる。
かつて、徳川将軍家の御狩場であり、その後、皇室の鴨場となった浜離宮は、
戦後、都立庭園として一般に開放されてから、鷹狩は行われなくなったが、
この伝統を受け継ぐために、正月開園行事のひとつとして行われているそうだ。
私が行った3日の午後、9名の鷹匠によって、オオタカやチョウゲンボウなどのほか、
ベンガルワシミミズクなどの放鷹の実演が行われた。 放鷹の体験をした小学校5年生以上の
子どもたちによると、「思ったより、鷹が重たかった」そうだ。

今年の初夢は、富士も鷹も茄子も見なかったが、元旦に東京タワーから富士山を見たし、
3日に本物の鷹をみたのだから、よしとしようか。

御嶽神社の夫婦松 
ここの黒松は、神社の神殿の後方に位置し、御神木として祀られている。
樹齢は350年から400年で、神社より古くからあるようだ。 
          御嶽神社  夫婦松
             樹高30m 樹齢400年  都指定保存樹 

秋葉のクロマツ 
大田区田園調布の住宅地にあるクロマツで、根元に静岡県の秋葉神社の分霊を祀る小祠が
あるために「秋葉のクロマツ」と呼ばれている。 
小岩・善養寺の影向(ようごう)のマツ、調布市・虎狛神社のクロマツ(枯死)とともに、
都内三大巨松とされ、樹皮の亀甲模様がくっきりとして素晴しく、他では見られないと評判。

       秋葉のクロマツ   秋葉のクロマツ
            幹囲約4m 樹高15m 都指定天然記念物                   

多摩川近くの住宅地の中、痩せた尾根沿いにあり、田園調布駅から歩いて行ったが、
遠くからでは松の姿を見つけられなかった。所番地を頼りにやっと辿り着いたが、
全景を見ることができない。
河原の方に下りて行き、振り返ってみると、周囲の松並木の樹影を押さえて、
飛びぬけて大きな松の梢がみえた。それが「秋葉のクロマツ」だった。        
植物など

幸せを招く「ふくろう」

2010年01月14日
今年、浜離宮(中央区)で、新春恒例の「諏訪流 放鷹術」の実演を見た。
オオタカのほか、ワシミミズク、チョウゲンボウなども、お正月の空に舞った。   

      ミミズク      実演
        ベンガルワシミミズク      浜離宮 諏訪流 放鷹会場で  
 
JR池袋駅の北口には、JRの発足(1987年)を記念して建てられた「ふくろう」像があるが、 
ここは人の流れが激しく、スペースが狭いので、待ち合わせスポットには不向きなようだ。
もっとも、最近は、携帯電話の普及で、目立つ所で待ち合わせなくてもいいようになった。

     池袋駅   579no8.jpg
      池袋駅 「いけふくろう」の像          雑司ヶ谷鬼子母神境内     

ところで、フクロウとミミズクの違いは、羽角(うかく)とか耳角といわれる、頭の上にある
耳のようなものの有無で、これがあるものがミミズク、ないものがフクロウだと思っていた。
しかし、これは誤りで、フクロウ類には、羽角を持った「ワシミミズク」「コノハズク」がいるし、
りっぱな羽角をもつ「シマフクロウ」は、「ズク」とは呼ばないそうだ。
顔盤といわれれる顔の横にある穴が耳で、左右の耳は上下にズレていて、外耳道も複雑に
曲がり、音が鼓膜に達するまでの時間が左右で異なるので、わずかな時間差を利用して、
目標とする小動物の位置を確認できる。頭は180度以上、回転させることが可能で、
風切羽は細かい綿毛で覆われており、消音装置つきの翼となっているそうだ。 
  
雑司ヶ谷579no4.jpg芝公園
    大田区の公園         雑司ヶ谷の公園            芝公園

梟が飛んでいるような形をしている豊島区の中央に、「豊島みみずく資料館」がある。
「鬼子母神」参道の欅並木を描いた、歌川広重の浮世絵の中に、「すすきみみずく」が
描かれていることから、武蔵の国、豊島郡雑司ヶ谷村の「すすきみみずく」が全国に
知れ渡り、各地で ススキの穂で作った郷土玩具「みみずく」が生まれたという。

梟は、古代ギリシャでは女神アテナの従者であり、「森の賢者」と称されるなど、
知恵の象徴とされている。
日本では梟は死の象徴とされ、梟を見かけることは不吉なこととされていたが、
近年は、「不苦労」「福郎」のゴロ合わせから、福を呼ぶものとして愛玩されている。

梟で思い出すのは、日本画デッサン教室のF先生のことだ。
教室で、フクロウやコノハズクの剥製を何度か描いたことがあるが、何といっても先生が
梟がお好きだったので、先生のところには、たくさんのフクロウグッズが集まっていた。
私も旅先で、変わった梟を見つけると、お土産に買って来たりした。 
竹の皮で出来たものとか、12個の小さい梟の中の2個を差し上げたこともある。
F先生が亡くなられてからは、梟を買うことはなくなったが、その頃買い集めたものが、
いくつか、我が家に残っている。
 
      フクロウグッズ 
             ブロンズ製、ガラス製、10個の紙製の梟たち

            お香立 お香立
旅・散策・イベント

北京からの雪便り

2010年01月13日
「北京は、どこの雪国に来ちゃったの?と思うくらい大雪です。
気温が低いためサラサラの雪で、ちょっと握ったくらいでは固まりません」
 (1/5)
北京に赴任されたご主人の元に滞在中のHさんから、北京の大雪の写真が送られてきた。

      3日の北京

「3日午前中に家の窓から撮った写真を添付します。その後も終日降り続けました」。
「これは、ちょっとでも体験しなくっちゃ・・・」と、彼女は厚着をして隣のマンションにある
パン屋さんに行ってみたが、さすがに寒かったそうだ。
2日は、晴れだったが、風が強く、気温-12℃、体感気温-22℃を記録したそうだ。
何と40年ぶりの寒さだということらしい。
北京に大雪(積雪30cm)を降らせた低気圧は、4日に韓国、5日には日本にやってきた。

今年の冬、北京は2002年以来の大雪だといわれるが、2002年というのは、
私がはじめて北京を訪れた年だ。
10月末、前日に降った雪が残る万里の長城でのこと。革靴に背広姿の中国人観光客が
私の目の前で滑った。ほかの人を巻き込むこともなく、怪我はなかったようでほっとした。
北京に雪が降るのは珍しいことだが、北京の冬が寒いことは間違いない。

私の2度めの北京滞在は、2003年1月1日夜から3日の昼までの短い間だった。
朝、胡同を歩くと、リヤカーにたくさんのパンを載せたパン屋さんが店を出していたので、
スケッチを始めると、人が集まって来た。「いつ、雪が降ったのですか?」「5日前!」
このとき残っていた雪が「40年ぶり」と騒がれた大雪だった。 

この愛想のないパン屋さんは、スケッチしている間に行ってしまったので、パンも買えず、
会話もできなかったが、夕方、「老舎の故居」近くでスケッチ中、集まってきた人たちと
雪はいつ降ったのか、4、5日前から・・・といった、同じような会話をして楽しんだ。
 
   パン屋さん click! 2003.1.2            
                  雪の残る前馬厰胡同で*  

偶々通りかかった「后海」は、話には聞いてはいたが、天然のアイススケート場になっていて、
スケートや椅子ソリ?に興じる人たちで賑わっていた。
アルバムをみると、「入場券 10元、売場 朝9時から夜の8時半まで」とメモがあった。

     北海 2003.1.2
                  スケート場となった「后海」 遠くに「鼓楼」が見える

話は、今年の北京に戻るが、Hさんのメールには、「2日、朝起きたら雪が積もっていました。
去年からこの冬の北京は雪の当たり年なのかもしれません」
と書かれていた。
「さすがに1日くらいは、少しはお正月的な雰囲気があるかナ」と、期待した彼女は、
天安門を遠くから眺めたり、前門の繁華街に行ってみたそうだが、全くと言っていいくらい、
お正月らしさを感じなかったそうだ。(1/2)
中国の旧正月は、花火や爆竹など盛大に祝うが、新年は普段の休日と変わらないように思える。

聖誕節(クリスマス)のメールには、「昨夜はものすごい突風が吹いて、今日はまだ外に
出ていないのでわからないのですが、いろいろなところに飾りつけてあったツリーや
リース飾りなどが、どの様な影響を受けているのか見てみたいけれど、ちょっと怖い気も
している」
のだとか。 また、北京の一番賑やかな中心部でのクリスマスはどのように
なっていたのかを見たかったそうだが、「道に迷ったりしたら・・・」とか、様々な心配が
先に立ち、一人で歩いていける範囲しか探検する気持ちになれないのだとも。(12/25)

彼女の2度目の北京生活もそろそろひと月になり、まもなく、東京に戻って来られる。
「早く片言の語学力とアクシデント対応力を身につけて散策できたら!と思っています」
いう彼女だが、「没問題!」「加油、加油!(ガンバレ、ガンバレ)」 
現地で会話練習ができる、何よりも若い彼女が羨ましい限りだ。
中国・中国の旅

高まる漢字への興味

2010年01月12日
7年前、中国江蘇省を訪ねたとき、お土産に頂いた、14歳の雅さんの書、蘇東坡の詩
『水調歌頭』を、昨年秋の中国語教室で皆さんに披露した。  (蘇東坡の詩と常州
その書の畳み皺を伸ばすために、しばらく自室の壁に張っておくことにした。                       
あるとき、孫のりんりんがみつけて、「あっ、この字、わかる。天地人のテンだ!」と叫んだ。
彼は、「侍戦隊 シンケンジャー」が大好きで、テレビをみたり、シンケンジャーの
変身アイテムを欲しがった。その影響か、大河ドラマ「天地人」を見るようになり、
戦国武将などにも興味を持ち始めたらしい。

何でも、「シンケンジャ―」は、「殿」と「家臣」の「上下関係」と「武士道」がテーマで、
和の意匠がふんだんに取り入れられた「和風の戦隊」なのだとか。
基本装備は刀、変身アイテムは携帯電話が変形した筆であり、その筆で書かれた
漢字に宿る力「モヂカラ」(言霊)で、変身したり、技を駆使したりする。
戦隊スーツは着物、変身バンクは袴姿、そしてマスクは漢字をあしらった大胆なデザインで、
アクションはチャンバラを主体とし、時代劇風の味付けが施されている
というから、
「シンケンジャー」や「天地人」の戦国時代ドラマを見て、漢字への興味が生れたのも
納得できる。先日の6歳の誕生日には、漫画版「伝記」と図書カードをプレゼントした。

 シンケンジャ―? 書店で
       1年前のりんりん           書店に並ぶ伝記や歴史の漫画 

りんりんは、以前から、雑誌「テレビマガジン」を買ってもらえるのを楽しみにしている。
付録の「シンケンジャー」変身グッズの紙製のマスクを、本来は糊らしいが、セロテープを
使って、自分で組み立てたのは、1年前のこと。今でも、我が家に来て、棚上に置いてある
マスクやビニール製の刀を、自分でスツールに乗って下ろし、「シンケンジャー」に変身!
高価なものでなくても、付録の手づくりのもので満足してくれるので助かる。
           「水調歌頭」" 雅さんの書
                 蘇東坡「水調歌頭」

雅さんの書は隷書体なのだろうか。その中で活字と似た文字はわかるようで、「何」「年」
「有楽町のユウ」「大宮のミヤ」「勝つのカツ」。だんだん、テンションが上ってきた。
「久が原のク」「間(カン)」「向かうのムカウ」「上」「風」「事」「高」「千」・・・。
「あっ、不動前のフだ。不合格のフ!」には、思わず笑ってしまった。
「古」を「ヨシ」と間違えたりはしたが、随分、読める字が多いことに驚いた。

駅名から覚えた字が多いようだが、漢字が読めることが嬉しくてたまらないようだ。
何にでも興味を持ち、「うーん、確かにそうだけど・・・」と、真面目くさった顔をして、
大人の会話に入ってくる。りんりんを見ているのは実に楽しい。
身近な人びと

蘇東坡の詩と常州

2010年01月11日
今日は「成人の日」。長い間、「成人の日」は、1月15日と思ってきたため、
毎年変わる「成人の日」には、まだ、慣れないでいる。 

昨秋の中国語教室でのこと。中秋節の話から北宋の蘇東坡(蘇軾)の詩『水調歌頭』の
話になり、この詩が、テレサテンの『但願人長久』という歌の歌詞であることがわかり、
皆で歌ったことがあった。                (1年つづいた黄老師教室
蘇東坡の『水調歌頭』を何回も声を出して読んでいると、なぜか前から知っているような
気がしてならなかった。それもそのはず、7年前、江蘇省の常州を訪ねたとき、
張さんに東坡公園に連れて行ってもらったし、そして、張さんの友人高さんのお宅で頂いた、
1人娘の雅さんの書が、蘇東坡の詩だったのだ。

アルバムを出してみると、公園の入場券と数枚の写真があり、私が頂いた書は、蘇東坡の、
まさに『水調歌頭』だった。
雅さんは、当時14歳で、全国の中学生書道コンクールで2位の成績をおさめたと聞いた。
今は、21歳、きっと素敵な女性になっていることだろう。   (常州でみた大運河

          雅さん
             雅さんの書「水調歌頭」と高さん父娘

次の中国語教室に、雅さんの書と数枚の写真を持参したのは言うまでもない。
頂いたときのまま、表装せずに折りたたんで仕舞っておいた書と写真を前に張って、
常州の旅のこと、蘇東坡のことを話した。残念ながら、ほとんど日本語だったが。
ひと月前の教室と同じように、だが、iPod などの伴奏なしで、雅さんの書の文字を
追いながら、皆で「但願人長久」を歌った。こうして、この日の授業の前半が終わった。

     教室で 黄老師と共に「水調歌頭」を歌う

常州は、10数回訪れた蘇東坡にとって、彼の終焉の地となった。
西晋時代から近代に至るまでの1700年もの間、都・府として栄え、江蘇南部の政治、
経済、文化の中心地として「三呉の重鎮、八邑の名都」と呼ばれている。
また、皇帝15名、状元(科挙制度の成績が全国1位の人)9名、進士1,333名等の
偉人輩出の地としても有名で、清代の康煕帝、乾隆帝も、幾度となく訪れたといわれる。
   
     公園

古く隋・唐の時代から織物が有名で、明朝以降は美術工芸品の“櫛”が特産となり、
「櫛の故郷」とも呼ばれている。
また、黄老師によると、中華風の豚の角煮「東坡肉(トンポーロー)」は、蘇東坡が、
杭州の長官時代、偶然、出来あがった豚肉料理が、街中で評判になったことから、
こう名づけられたという。             
     櫛
            張さんに頂いた櫛  「沙和尚」 「唐僧」 「湘云醉眠」
中国・中国の旅

たんすケータイ

2010年01月10日
昨年、「たんすケータイあつめタイ」(経産省「使用済み携帯電話の回収促進実証事業」)が発足した。
携帯電話には、金や銀、銅、パラジウムといった希少金属が使用されているので、
リサイクルすることで、それらの金属を有効活用できるのだという。

全国の家電量販店や総合スーパーなどの店頭に使用済みケータイを持って行くと、
最大で5万円の商品券が当たる応募券がもらえるというもの。(配布は2月28日まで)
我が家にも「たんす」ならぬ机の抽斗に、以前、母が使っていた1台と私の2台の
使用済みケイタイがあった。
以前、機種変更時に、使用済みのものは回収されていたが、ここ数年、回収されなくなって、
捨てるわけにもいかず、抽斗の中に入れてあったのだ。
娘のところも息子のところでも、子どもの玩具と化したケイタイがごろごろしていた。   

昨年11月末、川崎のヨドバシカメラに行くことがあったので、3台とも持参した。
個人情報が漏れないように、「電源ボタン」「決定ボタン」そして、「5」に、パンチ機で
1台ずつ、穴をあけたのだが、結構、力が要った。店によっては、店員がやってくれる
ところもあるらしいが、ボタンが無残に壊れたケイタイを回収ボックスに入れた。
応募券を3枚もらい、少しは「エコ活動」に参加したことになるだろうと、すっきりした。

抽選は、Web上で行い、応募券のシリアルナンバーを入力して申し込む。
応募券は、ゴールドコース(携帯電話購入時、使用済みケイタイを提供した場合、5万円、
5千円、千円分の商品券が当たる)とシルバーコース(購入しない場合、千円分の商品券)
の2通りある。 私は、購入しないので、3枚ともシルバーコース。
そのうち2枚を息子の家に置いてきたが、その夜、2枚とも外れたという、メールが来た。 

昨年暮になって、忘れていた1枚の応募券の抽選を、パソコンで確かめてみた。 
シリアルナンバーを入れ、性別、年代、住んでいる地域、何台回収したかなどに答える。
クマのぬいぐるみが載ったたんすの絵が出た。「引き出しを開ける」ボタンを押すと、
引き出しが開き、ケータイが飛び出してきた。当たりだ。千円分とはいえ、嬉しかった。 

賞品の送付先を記入し、アンケートに答える。応募動機、今まで使用済みケイタイを
どうしていたか、何で知ったか、提供した店はどこかなどなど。
店頭で抽選をしないのは、アンケートの回答をこれからの回収促進事業に役立てる
ためだろうか。
 
          シルバーコース

以前、ケイタイの機種変更は、新機種でもない限り、比較的安く、0円だったこともあったが、
昨年、それまでのケイタイが壊れて買い替えたときには、数万円したので驚いた。
もう、壊したり、簡単に機種変更したりすることは、できないと、つくづく感じた。

ケイタイを、もっぱらメールのやりとりに使うことが多いのはわかるが、驚いたことに、
電話という本来の機能を知らずにいた大学生もいたのだとか。 
今の大学生は、何をするにも、ケイタイで連絡を取り合い、共に行動する傾向があるらしい。
ネットやケイタイで、世界中の情報を手に入れることができ、世界は広がったようだが、
ケータイの相手はほぼ9割近くが同居している人か、日常的に顔を合わせる人だという。
また、メール受信後、すぐ返信するのが習慣になり、深く考えずにコミュニケーションを
とるようになり、そのことが、論理的に物事を考えることが苦手な人たちが増えてきた、
要因の1つではと分析する人もあるようだ。
つれづれ

年賀はがきかケイタイメールか

2010年01月09日
りんりんは、昨秋から「朝日小学生新聞」を読み始めた。
まだ、年長さんの彼には難しいが、「きょうりゅうの??」を切り抜いたり、漫画を見て
笑ったりしているところをみると、それなりに役立っているのかもしれない。
彼が読み終えた?新聞を何部かもらってきた中に、興味深い記事があった。

        小学生新聞

年賀状の歴史について書かれた記事によると、平安時代の手紙には、新しい年にあたって、
幸福を願う言葉が書かれていたそうだ。明治時代には、安い値段でだれでも手紙を送れる
ようになったが、「そのころの郵便で新年のあいさつを送るのは、今の『メール』みたいなもので、
あくまで略式。直接あいさつに行くのが基本と考えられていた
」ようだ。
年賀状を12月中に書くようになったのは、1899年12月以降だそうだ。
私は、頼まれた年賀状を12月半ばまでに作り終えてから取りかかるため、
年賀状の投函は、早くても晦日頃になってしまう。

お年玉付き年賀はがきが発売されたのは1949年、60年前のことだという。
発行枚数は1億8千万枚。「お年玉くじ」の特等はミシン、1等が洋服の生地だったとか。
その後、年々増え続けたが、ここ20年は横ばいが続いているそうだ。
因みに、2004年の44億6千万枚が最高で、今年は、39億枚だとか。
発行枚数が減っている理由の一つは、インターネットや携帯メールの広がりがあるという。
私のところに、携帯メールの年賀状が届くようになったのは、この5年くらいだろうか。

最近は、相手の住所を知らなくても、ネットサービス「mixi」に登録された仲間の住居に、
実際の年賀はがきを送れるという、ミクシィ年賀状というサービスがあるそうだ。
1枚あたりの販売価格は、サービス利用料、テンプレート利用料、印刷費、郵送費全て込みで
98円から130円程度だとか。
メール仲間に住所を聞いて、直接自分で送ればいいものをと思うのは、私だけだろうか。

年賀はがきが、ネットや携帯メールに押され気味なのは、ほかにも原因があるように思う。
小学生新聞の記事にもあったが、最近の小学校では、「個人情報保護法」の影響で、
クラスの連絡網が作れず、友達の住所がわからないから、年賀状は書かないという子も
多いようだ。極端にいえば、コミュニケーションの手段として、ケイタイさえあれば、
友達の住所など知らなくても困らない世の中になったのかもしれない。 
友達の家に行くときは、携帯で連絡しあい、どこかまで迎えに来てもらえば済むだろうから。

ところで、今年の年賀はがき、年賀切手のお年玉抽選は、1月24日。
1等は、ハイビジョン液晶テレビや海外旅行・国内旅行などなど。2等は、家庭用ゲーム機や
空気清浄機などで、3等は、選べる有名ブランドの食材や地域の特産品。
せめて、4等の切手シートくらいは、当たってほしいものだが、確率は、100本に2本とか。
あまり、期待しない方がよさそうだ。

我が家に残っていた、切手シートを集めてみた。切手の買い置きがなくなると、片っ端から
使っていたせいで、2枚組の1枚しか残っていない年があったり、2枚とも使い切ったか
何もない年もある。最も新しい、丑年の50円切手も、つい、最近、使ってしまった。


      切手シート
  
昭和63年辰年の40円と60円切手の次が、平成6年戌年は、41円と62円の切手。
平成8年鼠年は、50円と80円だ。7年から変わったのか、8年からだろうか、
その後は、ずっと、50円と80円のまま、値上がりしていない。

            寅年 12年前の寅
                        
並べてみると、12年前の寅の切手だけでなく、ほかの年も、使ったのは50円切手ばかりだ。 
50円の普通切手を、買い置きしておけばよかったのにと、少々、後悔している。
つれづれ

寺社にある手水舎

2010年01月08日
巨樹に興味を持つようになって、大木のある都内の公園や寺社を訪ねる機会が増えた。
たいていの神社やお寺には、参道または社殿の脇に、参拝者が身を浄めるために手水を使う、
「手水舎(てみずや・ちょうずや)」と呼ばれる小さな建物がある。
「手水舎」は「水盤舎」とも呼ばれ、置いてある水盤は通常、石造りのものが多いが、
鉄や木などで作られたものもあるようだ。

  雑司ヶ谷鬼子母神 須賀神社
      雑司ヶ谷鬼子母神 (豊島区)             須賀神社 (群馬県沼田市)
                       
「手水」の起源は、神道に由来し、かつては周辺に流れる河川の水や湧き水で身を清めていた
ことに始まるという。後世になると、河川の水質が汚染され、清流や湧き水の確保が
困難になったことから、境内に御手洗場が併設されるようになったといわれる。

「右手に柄杓を持ち左手を清める 左手に持ち替え右手を清める 再び右手で柄杓を持ち 
左手に水を受け口を清める 水を入れた柄杓を立て柄に水を流すように洗う」
といった、
お清めの方法が丁寧に書かれていることもある。

杉並区
                杉並大宮八幡 大宮八幡宮 多摩清水社 
            
大宮八幡宮の多摩清水社には、自然石に龍口がついた「手水場」があった。
「ご利用後は必ず 龍口(蛇口)を閉めて下さい」「龍口に容器の口を押しつけないで下さい」と
いう注意書きがある。蛇口は後方のお社に取り付けられていた。

私が見た水盤は、ほとんどが、青銅製の龍の口から水が流れ落ちるといったもので、
水盤に置かれた柄杓は、竹製や木製のものより、プラスチックや金属製のものが多かった。
   
天沼八幡 高円寺氷川神社
            天沼八幡神社                   高円寺氷川神社

品川区
寄木神社戸越八幡
            寄木神社                      戸越八幡神社

大田区
本門寺 六所神社
           池上本門寺                       六所神社          
旅・散策・イベント

沼田の巨樹に逢う

2010年01月07日
昨年、巨樹に関する本などを読んで、全国に数多くの大きな老木があることを知り、
せめて都内にあるものだけでも見てみたいと思い、巨樹めぐりを始めた。
呉さんの住む沼田市(群馬県)にも、2本の巨樹があることを知り、いずれ、
機会をつくって、この巨樹たちにも逢いに行こうと決めていたのだが、
はからずも、今年の元日、この願いが実現した。       (今年の元日の旅

元日の午前中に訪れた富岡から、沼田に来てみると、天気は一変して、雪が舞い始めた。 
市内にある須賀神社は、こじんまりとした、小さな神社だった。
ここで、呉さん一家と、初詣ができた。昨年の初詣は、やはり、沼田市の吉祥寺だった。
「蓮根の大桑」は、想像していた以上に幹が太く、美しい立派な木だった。呉さんの家から
さほど離れていないが、彼は、こんなに大きな木があるなんて知らなかったと驚いていた。

須賀神社の大ケヤキ  
須賀神社には、3本の大きなケヤキがある。
その中の、もっとも大きな、道路に面しているケヤキは、県の天然記念物に指定されている。

   諏訪神社  ケヤキ
          須賀神社 3本の大ケヤキ        県指定天然記念物の大ケヤキ
          ケヤキ
           幹囲8m 根元周り19m 樹高24.5m 樹齢400年以上 
           
蓮根の大クワ
桑樹では、日本3名木の1つ。ヤマグワでは日本一の巨樹で、国指定天然記念物。
貞享3年(1686年)に高須隼人が石墨村を検地したときに、検地の標木としたといわれ、
樹齢はなんと1500年だそうだ。 
高木のため、霜の害に強く、周囲の桑園が遅霜にあった際、この木の葉を養蚕に用いたことも
あるという。地元の人たちに、「養蚕の神」として祀られているというのも頷ける。

          蓮根の大桑
                         蓮根の大桑              
      大桑
         幹囲7.9m 根元周囲5.26m 樹高13.65m 樹齢1500年

U君たちを車の中に待たせていなければ、いや、気ままなひとり旅だったら、もうしばらく、
この樹の傍にいたことだろう。
この夜、沼田に「大雪警報」が出た。翌朝のニュースでも、関越道の沼田付近が渋滞していると、
しきりに報じていた。 富岡から関越道を通って沼田市内に入ったのが、あと数時間後だったら、
新幹線が遅れたりして、私の帰宅も大変になっていたかもしれない。
植物など

今年の元日の旅

2010年01月06日
1995年に登場した、JR東日本の「正月パス」を利用して、これまで7回、元日の旅をした。
昨年の元日は、東北地方が大雪だったため、上越新幹線で新潟へ行き、帰途、上毛高原で
下車という、新幹線利用のみ短い旅になった。(2009年元日の旅今年の旅はじめⅡ
昨年末、この「正月パス」制度がなくなってしまったことを知り、今年は群馬県沼田市に住む、
呉さん一家を訊ねることにした。

東京タワー 港区
元日の朝、5時に家を出て、東京メトロ芝公園駅で下車。東京タワーに向かった。
       夜明け前のタワー
           5:56         6:00         6:02

ライトアップされたタワーを見ながら、タワー下に着くと、幾重にも重なった人の列!
昨年秋の「阿修羅展」に並ぶ人の列も大変なものだったし、数寄屋橋(中央区)の
宝くじ売り場の長い列にも驚かされるが、それよりもはるかに長い列だった。
どうしようか迷ったが、とりあえず並ぶことにした。6時15分、ライトアップの灯が消えた。
寒波襲来というので、重装備できたし、大勢の人の中にいるせいか、寒くはなかった。
途中、何度か抜けようかとも思ったが、1時間後、「チケット売り場」に辿り着いた。

窓口の上に、今日が誕生日の人は、受付に立ち寄るようにと書いてあった。
実は、元日は私の誕生日。早速、受付で免許証を見せて、「おめでとうございます!」と
バースデイカードと「大展望室入場券(820円)とケーキ引換券」を渡された。 
大展望台のカフェで、レアチーズケーキ(380円)と引き換え、1日中、持ち歩いた。
日の出の瞬間には間に合わなかったが、ラッキーな1日、1年の始まりだった。

          カードと引換券 
    初日の出
        7:00
                  東
      西

初日の出を拝んだ後、混んだエレベーターを避けて、階段で下りることにしたが、
ビルの階段とは違って、途中でエレベーターに乗ることもできず、ひたすら階段を下りた。
地上に着いてはじめて、展望台から150m、600段の階段を下りたことを知った。
数日前まで痛かった膝も、整体に行ったお陰か、少々ガクガクした程度ですんだが、
これからはもっと、先のことを考えて決断し行動しなくてはなるまい。今年初の反省だ。

      階段で
            「ここは地上40m、ウルトラマンの身長と同じだぞ」  増上寺が見える

上野駅に8時半に到着。8時50分発の快速で高崎へ。改札口で呉さんの出迎えを受ける。
呉さん一家に会うのは1年ぶりだが、度々、近況報告の電話やメールで、愛息U君の写真を
下さるので、実の息子より、会話をしているような気もする。 
昨年の元日は、数時間、沼田市内(群馬県)を案内して頂いたが、今年は、富岡製糸場と、
沼田市内の巨樹を見に連れて行って頂くことにした。

2歳半になったU君は、車の中で、園で覚えた歌を歌ったり、絶えずしゃべり続けていた。
彼は、親の話す中国語はほとんど理解しているが、しゃべるのは、日本語中心のようだった。
保育園での日本語、家での中国語という、言語環境の中で育っている。

富岡製糸場  群馬県富岡市
     富岡製糸場

富岡製糸場は、明治5年に操業開始した日本初の器械製糸工場。官営模範工場の一つ。
日本の木造建築と西欧のレンガ造りを取り入れた「木骨レンガ造」建築は、
ほぼ明治初期のまま良好な状態で保存され、重要な近代化遺産となっている。

      明治5年     火の用心
     「明治5年」の刻字 東繭倉庫    各所に「火元用心 禁煙」のタイル     

2005年、「旧富岡製糸場」として国の史跡に、1年後、明治8年以前の建造物が
国の重要文化財に指定された。 
2007年、「富岡製糸場と絹産業遺産群」として、ユネスコへの世界遺産暫定リストに
加えられたが、世界遺産推薦は、1つの国から文化遺産、自然遺産それぞれ年間1件まで
という制限があるため、まだ推薦時期はわからないとのこと。

明治3年、横浜のフランス商館勤務のポール・ブリュナらが 武蔵、上野(こうずけ)、信濃の
各地を調査し、富岡付近は養蚕が盛んで、生糸の原料の繭が確保できること、
製糸に必要な水が既存の用水を使って確保でき、燃料の石炭が近くの高崎や吉井で採れる
ことなどから、上野(今の群馬県)の富岡に場所を決定したということだ。
               ひな人形
群馬県は、全国一の養蚕県。 
桑葉98kgから(→蚕約2700頭→繭約5kg→生糸900g)絹織物1反が作られる。
桑園10アールからは、桑葉2000kg→絹織物20.5反が作られるとのことだ。
東繭倉庫内の売店には、たくさんの絹製品などが並べられていて、目移りしたが、
かわいい繭のひな人形をお土産に買った。 今年の桃の節句が、今から楽しみだ。

午後、雪のチラつく沼田市で巨樹を見た後、上毛高原駅から乗った新幹線はガラガラだった。
家の近くまで来て、澄みわたった空に浮かぶ月に気がついた。 
今年はじめての月は満月だった。 初日の出からちょうど12時間経っていた。
         
           満月 19:00
旅・散策・イベント

陽だまりが恋しい

2010年01月05日
今日は、24節気の1つ、「小寒」。 寒の入り。寒さが増してくる頃。

本格的な冬を迎えたわが庭の猫たちも、昼間は、思い思いの場所で過ごしているようだ。 
たまに、彼らを庭でみかけることもあるが、朝から1度も見かけない日もある。

ある朝、ケシは、物置の上に置いてあった、ゴミに被せるためのネットにくるまっていた。
ネットは、決してソフトでなく、快適だとは思えないのだが。  

        頭隠さず
              うまくいかない
                 どうも居心地がよくない・・・

    どうしようか
                          あっちへ行ってみようか

         もぬけのカラ
                              というわけで

          日なた
                 陽があたっている南側がいいかな

             最高
                    ひと寝入りするとしよう
動物など

目黒川の幾つもの橋

2010年01月04日
ときどき、中目黒駅(東急線/東京メトロ)で下りて、目黒川沿いの道を散歩する。
目黒川は、世田谷区から、目黒区、品川区を通って東京湾に注ぐ延長8kmの川である。
大橋(世田谷区)から目黒駅(品川区)辺りまでの約3.8kmの川沿い に、約830本の
ソメイヨシノが植えられていて、お洒落なカフェ、レストラン、商店が並び、春のお花見や、
秋の桜紅葉の時期には、多くの人たちで賑わう。

   千歳橋
                   鶴と亀の模様がある「千歳橋」
     鶴  亀 

駅前の山手通りを渡ると、見えてくる橋が「日出橋」。この橋から上流に向かって、
「別所橋」「桜橋」、そして、旧鎌倉街道と交わる「宿山橋」とつづく。 この旧鎌倉街道を
東に行くと、途中に九十九折りの坂、「目切り坂」がある。 江戸時代、この坂の近くに
石臼の目切りをする、評判の石工が住んでいたことから、この名がついたといわれる。
また、樹木が鬱蒼と茂っていて、昼でも薄暗かったため、「暗闇坂」とも呼ばれたとか。
この坂から旧山手通りに入ると、重要文化財(2004年指定)で、大正ロマンの趣のある、
「旧朝倉家住宅」がある。

  日出橋  別所橋
            「日出橋」                  「別所橋」   
                              
  桜橋  宿山橋
           「桜橋」                     「宿山橋」

「宿山橋」からさらに行くと、「朝日橋」「緑橋」「天神橋」がある。
「天神橋」の近くには、「北野天神」というお宮がある。
江戸時代、目黒川で「垢離とり」(水垢離)をして、目黒不動尊に願かけをする人が
多かったことから、この川は、「こりとり川」の名で呼ばれていたという。
「天神橋」の次は、鶴と亀の図柄が楽しい、「千歳橋」で、どうやら、この橋から先は、
ごく普通の橋のようだったので、散歩はここで切り上げ、中目黒駅に戻ることにした。

  緑橋  天神橋
            「緑橋」                 「天神橋」

昔の目黒川は、水が澄んでいて、友禅流しも行われていたというが、昭和30年頃には、
完全に姿を消してしまった。
また、かつては、のどかな田園の風物詩だった水車も、その最盛期は明治20年代で、
当時の目黒川と蛇崩川の流域だけで、11か所もの水車小屋があったという。
今では、昔の面影はない目黒川だが、四季折々、さまざまな生き物たちが集まってくる。
ツバメ、セキレイ、ムクドリ、カルガモ、トンボなど。夕方には、コウモリも見られるそうだ。
昨年の夏、やはり目黒区の「立会川緑道」を歩いたときにみかけた、車止めのポールの
モデルになった生き物たちだ。                     (立会川緑道で
旅・散策・イベント

お正月に生まれるトラ

2010年01月03日
私は子どもの頃から、お正月は嫌いだった。 三が日だけでなく、連日お客様が続き、
母は台所と座敷を行ったり来たりと忙しく、私と妹は、手伝うこともなく、来客の都度、
渋々座敷に行き、挨拶を済ませて引込むことが常だった。
私が夢見るお正月のイメージは、家族で炬燵を囲み、蜜柑を食べながらトランプや
百人一首に興じたり、羽根つきをして遊ぶといった情景だったが、そのようなお正月は
一度も経験することが出来なかった。

娘が生れてから、私たち夫婦は離れに移り住んだが、2日からほぼ毎日、日によっては、
10組以上のお客様が、三々五々みえるので、父や母だけでなく、台所に立つ私たちも
なかなか大変だった。
そのうち、大学やゼミなどのグループごとに、来て頂くようになったので、前もって、
人数を把握することができたし、昼前にみえて、夕方には、揃って帰られたため、
後片付けも楽になった。 お陰さまで、我が家のお正月も、随分、様子が変わった。

だが、私の子ども時代のお客様は、故郷に帰らなかった学生さんが多かったせいか、
夜ともなると、廊下、それもお手洗の前に、「虎」や「大虎」が転がっていることがあった。
当時、平屋の旧宅に、玄関が2つと勝手口があったが、お手洗は1つしかなかったのだ。
決して暴れたりしない、大人しい虎だったはずだが、なんとも不気味で怖かった。
         土鈴 
酔っ払いを「虎」といい、酷く酔って、恐いもの知らずになることを「大虎になる」と
いうようだが、これは、どうやら、中国の故事に由来するらしい。
昔の中国では、竹の葉から滴り落ちた露が酒になったとも言われ、酒のことを「笹の露」
「竹葉」と呼んでいたこともあったそうだ。
日本でも、「酒(ささ)」と「笹」を掛けて、笹に付きものの「虎」と表現したと言われ、屏風に
よく描かれる「竹藪に虎」のように、笹(酒)の中には虎がいることが多いのかもしれない。

「日本語と中国語」(劉徳有 著)によると、彼は、日本に滞在中、酔っ払いを「虎」と呼ぶのは
てっきり日本だけだと思っていたそうだが、あとになって、中国に語源があることを知って
驚いたらしい。
昔の中国では、大酒家を「酒虎(jiuhu)」と呼んでいたという。
         竹製          
「虎」に関する諺や慣用句は多いが、「虎の尾を踏む」(非常な危険を冒すことの喩え)、
「虎は千里往って 千里還る」(勢いが盛んな様子)、「虎を野に放つ」(禍根を絶つのを怠り、
後に起こる大事の原因を作ってしまう、危険なものを放置すること)などがある。
「虎を養いて虎に噛まる」「虎を養いて自ら患いを遺す」(可愛がって育てた虎の子どもが、
後に猛虎になって禍となる)という語もある。やはり、「虎」は中国から来たようだ。    
             布製
虎は、強い者の代名詞として用いられることも多く、日本では、武田信玄は「甲斐の虎」、
上杉謙信は「越後の虎」と、虎に喩えられたとか。

そんな大きくて強い虎が、生物の分類によると、ネコ目のネコ科というから、面白い。
目:ネコ目、科:ネコ科、属:ヒョウ属、そして、やっと、種:トラとなる。
わが庭で生まれた猫に、「トラ」という名の猫がいるが、彼女は4匹の中で最も臆病だ。
つれづれ

北京市 民間伝統芸術展へ

2010年01月02日
中国には、剪紙(切り絵)、面塑(しんこ細工)など、民間の伝統芸術がいくつもある。
先月、たった1日だけ、新宿の都庁で、東京―北京友好都市提携30周年を記念して、
「北京市民間伝統芸術」の展示と実演があることを、中国語同学のMさんから教わり、
出かけてみた。都庁は、傍を通ることはあっても、都庁の中に入るのは初めてだった。
45階展望台行エレベーター前で、簡単な荷物検査があったのには、少々驚いた。

    新宿御苑方面
          新宿御苑方面   都庁 45階南展望室より

剪紙は、今までにも、お土産に頂いたり、自分でもお土産に買ったりしたし、
数年前、日中友好会館美術館(文京区後楽)で、伝統的な剪紙の展示をみたこともあって、
今回も、心のこもった素晴らしい図柄に、あらためて感動した。
剪紙は、人々の生活の中で、年中行事や儀式の装飾、刺繍の型紙などの実用品として
使われてきたもので、生活が洋風化した大都会でも、結婚式には、お祝いの赤い剪紙が
必需品だといわれる。 
    トラ  孫さん
             トラの剪紙                  4代目 孫 春播さん

      剪紙

孫 春播さんは、「孫氏剪紙」第4代後継者で、国内での受賞歴も長く、海外からも招待を受け、
積極的に芸術交流を行っているそうだ。 
初めて剪紙をみた人たちからの質問を受けながらも、ハサミを持つ手を休めることなく
動かしていた。彼女は、18歳から本格的に始めたのだという。結婚したばかりだが、
子どもができたら、後継ぎにしたいかという質問には、子どもがやりたければと答えていた。
彼女の綺麗な中国語は、通訳の日本語を聞く前に、何とかわかったのが嬉しかった。
今まで見た剪紙と比べると、彼女の「孫氏剪紙」は、大きな目が特徴のように思った。

「哈氏風筝」(中国の凧)は、国家無形文化遺産に登録されている。哈氏も第4代後継者。
北京の風筝は種類も多く、『北平風筝譜』には200種あまりが紹介されているそうだ。

風筝のいわれは、竹を弓のようにまげ、綸子や紗綾などの細い布を弦にかけて"うなり"を
生じさせることからついたという説と、五代の頃、宮中で凧遊びが盛んになり、笛をつけて
飛ばしたところ、その音が古筝に似ていたことからという説があある。
((Wikipedia) 
北京の「人民広場」で、こういった凧をあげる光景をみたことを思い出した。

    風筝  作者
                                        4代目 哈氏
       風筝

「内面鼻煙壺」(嗅煙草入の小さな壺)や「瓢箪彫刻」を、北京や上海の土産物店でみたが、
それらは、観光用に機械的につくられたものだと思っていた。
こうした制作実演をみたことで、これからは、伝統的芸術作品として、見方が変わることだろう。

  鼻煙壺と面塑 ひょうたん彫刻
     沈老師にいただいた「鼻煙壺」と制作実演           瓢箪彫刻をする王さん
中国・中国の旅
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