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毎度歓迎とはいかない!

2010年02月28日
ある日の夕方
          17:48 17:48

夜になって トラは3階のケシのところへ  窮屈もまた楽し
   20:43 20:43 20:43
       「入れてちょうだい~」              「ここは狭いから駄目だよ」                      
 20:44 20:44 20:44
    「ここは広いから入れて~?!」   「ダメ! せっかく寝ているのに!」「フギャ~!」     

                           20:44 20:44
                             すごすごと退散するトラ
      20:45 20:45 
            見送るケシとアミ
次の日
     次の日
                    今日は入れてもらえたトラ            
動物など

新旧2つの「三駝図」

2010年02月27日
黄老師の中国語教室では、北京の大学の日本人留学生用の課本を用いているが、
時には、同学の質問から、思わぬ方向に話題が広がっていくことがある。
昨年の中秋節の頃、月餅が入っていた缶に書かれた文が、蘇東玻『水調歌頭』だと
教えて下さった黄老師。この詩をテレサテンが『但願人長久』の題で歌っていると、Oさん。
次の時間から、その詩を皆で朗読したり、テレサテンの曲に合わせて歌ったりした。 
私は、蘇東玻ゆかりの地、常州を訪れたときに頂いた、高さんの『水調歌頭』の書を
持参して、皆にご披露した。 (1年続いた黄老師教室)(蘇東玻の詩と常州) 
その後、中国茶の技芸師でもあるS同学が、お茶席で用いる対聯、「茶聯」に関する逸話を
コピーしてきて下さったこともあった。

今年の春節前には、以前私がスケッチ旅行で撮ってきた、「春聯」の写真を持って行ったり、
S同学は「大晦日に何故爆竹を鳴らすのか」という、面白い故事を紹介して下さったりした。
そんなわけで、課本通りにはなかなか進まないが、思いがけず楽しい授業になる。

先日、「中国語を習っているなら、この画の意味を教えて!」と友人に言われて困ったという
O同学が、「三駝図」(方君 作)という画の(写真)を持って来られた。
黄老師は、この画は新しいものだろうと、おっしゃったが、次の授業には、
よく似た、明時代の李士達という画家が描いた、「三駝図」(写真)を探して来られた。

           三駝図
                Oさん持参の「三駝図」軸

背中の曲がった張さん(右)は、箱を提げて親戚回り。背中の曲がった李さん(左)は、
(同じように背中の曲がった者同士が)出会ったのはどうしてだろうと訊いた。
やはり背中の曲がった趙さん(上)は、ハハハと手を叩き、世の中に真直ぐの人などいない!と
笑ったと。

比べてみると、李士達の「三駝図」の構図は、逆三角形になっている。落ち着いた構図だ。
背景は描かれてなくとも、それぞれが違う、豊かな表情の3人が、美しい線描によって、
生き生きと描かれている。
          三駝図
                    李士達の「三駝図」軸

李士達は、どんな意味をこめて描いたのだろうか。李士達の画の上方には、
銭允治、陸士仁、文諌元による、3人3様の題詩が書かれている。
Oさん持参の軸に書かれたものは、銭允治書と同じ内容だった。

「駝」には、「らくだ」のほかに、「背中が曲がる」という意味もある。
中国語で、駱駝(ラクダ)は、「駱駝(luo tuo)」、或いは「駝(tuo)」という。

駱駝で思い出すのは、月刊誌「人民中国」主催の旅の感想文募集に応募して、
2等に入賞し、賞品として、北京から送られてきた、呉作人の「駱駝の図」のことだ。
呉作人は、中国美術界の最高権威である中国美術家協会主席、当代人気作家。
駱駝の絵を書かせたら右に出る者は居ないという達人だとか。
以前、張さんに、このことを話したら、それは、ニセモノに違いないと言われた。
確かに、そうだったのかもしれない。

孫のりんりんが「ほたるのおじいちゃん」と呼ぶ、ごんさんの父に見せると、
「とてもいい絵だねえ」と気に入ってくれた。本物だろうと贋作だろと構わないと。
それから、義父は、その掛軸を床の間に掛けて、今年の1月に入院するまで、
毎日飽きずに眺めていたそうだ。
1月末、義父は亡くなった。 義母はこの「駱駝」を私に返そうかしらと言ったが、
このまま、義父の部屋に置いてもらうように頼んだ。
     
          呉作人 作 click!
                 呉作人 作? 「駱駝」      

因みに、ヒトコブラクダは、「単峰駝(dan feng tuo)」という。
あのコブが「峰」「山の頂」に見えるということだろう。フタコブラクダを調べてみたが、
大辞泉にも、日中辞典にも出ていなかった。「双峰駝」とでも言うのだろうか。
今度、黄老師に伺ってみることにしよう。
中国・中国の旅

みのむし

2010年02月26日
みのむしが げんきよく みのをつくるのは はるとなつです。あきは すずしすぎるので
げんきがありません。糸を ちょっぴりしか はくことが できません
」と、
りんりんにと貰ってきた、図書館のリサイクル本、幼年版 「ファーブルこんちゅう記」の
「みのむし」の話を読んでみると、知らないことが沢山あり、面白かった。

私が子どもの頃、すっかり葉を落とした庭の楓の樹に、蓑虫がよくぶら下がっていた。
蓑虫を、蓑から出して、小枝やちぎった折り紙を入れた箱に入れておくと、
カラフルな蓑を作るというので、試したことがあったが、一度も成功しなかった。

蓑虫は、冬は勿論、秋も元気がなく、「せっかく ざいりょうを もらっても、みのを
つくる ことが できないのです。 さむい ふゆも もちろん だめです
」と続いていた。
子どものとき、「ファーブルこんちゅう記」を読んでいたら、あんなかわいそうなことは
しなかったと思う。 蓑虫にとって、1年の間、寒さや風雨から身を守る大切な着物を、
身ぐるみ剥がすようなことを・・・。

                 散在が池公園 2009.6
        
わが庭では、もう、見つけられそうにないが、昨年、鎌倉の「散在ヶ池森林公園」を
歩いていて、何の木だったか、蓑虫がぶら下がっているのをみつけた。
鎌倉湖とも呼ばれる、「散在ヶ池(さんざがいけ)」は、もともとは、農業用水池だったそうだが、
池の周辺には、自然がそのまま残されていて、2.4Kmの散歩道がある。
スケッチブックを持って、何度か訪ねたが、まともにスケッチしたタメシが一度もない。

これまで何度か通った、三鷹市にある井の頭恩賜公園に、今年、何年ぶりかで訪れた
井の頭池の周りには、大勢の人たちが、散歩をしたり、スケッチをしたりしていた。
この池のそばで、1本の木にたくさんの蓑虫がぶら下がり、風に揺れているのを見つけた。

                 井の頭公園" 2010.1

この蓑虫が、近年、外来種のヤドリバエに寄生されて、絶滅しかかっていると聞くと、
樹木の新芽を食い荒らす害虫とはいえ、とても寂しい気がしてくる。
「蓑虫」の雄は普通の蛾と同じだが、雌は退化して、一生巣から出ないのだそうだ。
 
日本人には馴染みが深く、「鬼の子」とも言われて、俳句の秋の季語にもなっている。

     蓑虫のはるけくも地に着かむとす    山口 誓子

     蓑虫や死ぬべき覚悟さらさらなく    土岐 錬太郎
つれづれ

本にも第2の人生を

2010年02月25日
最近、年のせいか、疲れからなのか、よく忘れ物をする。週2回ということさえある。
先日、大田図書館で本を借りて、10頁ほどコピーし、次に回ったことがあった。
帰宅後、コピーしたはずものが見当たらない。慌てて図書館に電話してみると、
「はい、届いています」ということだった。

翌日も図書館に行くことになった。図書館にはリサイクル本のコーナーがある。
いつもは、チラッと見て通り過ぎるのだが、この日は、忘れ物を受け取るだけだったので、
立ち止まってゆっくりと眺めてみた。

何冊も本が並べられている中に、「ファーブルこんちゅう記」という本が7冊あった。
昨年、「 プチファーブル 熊田千佳慕(ちかぼ)展」に行ったとき、99歳の細密画家
クマチカさん(会期中に逝去)が挿絵を描かれた「ファーブル昆虫記」を買った。
孫のりんりんに見せると、「あっ、ファーブル昆虫記だ!」と大喜びだった。

リサイクル本コーナーには、「ご自由にお持ちください」と書かれていたので、
頂戴することにした。そこで、孫りんりんが喜ぶだろうと、すべて持ち帰りたかったが、
少し気が引けたので、6冊を選んだ。
     リサイクル本
        幼年版「ファーブルこんちゅう記」 (1993年 1200円) 

この本は、5歳から7歳向きで、彼にぴったりだ。「ふんをころがす虫の話」「せみの話」
「かりをするはちの話」「ありしでむしの話」「こおろぎばったの話」など全10巻。
「リサイクル資料 除籍済」というシール付の本は、いくらか黄ばんでいるが、充分きれいだ。 
我が家に置いておこうかとも思ったが、1冊ずつ彼に渡していくことにした。

また、以前、中国語学習会でご一緒のSさんに、図書館の本を「又貸し」をしたことがあり、
室内犬の「ビーちゃん」のご機嫌が悪かったようで、本に深く歯型をつけられた。
数日後、新しく買った本と歯型のついた本を持って、2人で図書館に詫びに行った。 
歯型付きの方は、リサイクル本のシールが貼られ、今は、我が家の本棚に鎮座している。

千代田区の図書館では、「読み終わって捨てようとしている本はありませんか。
本にも第2の人生を与えてみませんか?」と、リサイクル用の本を受け付けている。
図書館のリサイクル本で、気に入った本を見つけたり、「ブックオフ」などで、
文庫本を定価の半額で買えたときなどは、すごく得した気分になる。 
だが、只であろうと、安く買おうと、ほとんど読み直されないまま、書棚は膨らむ一方だ。
今まで何回か、不用品を有効活用してくれる施設に送っていたので、衣類などは、
随分と片付いたのだが、本も何とかしなければと思っている。

先月、偶然、立ち寄った「JICA地球ひろば」でもらった、「NGO シャプラニール」の
「ステナイ生活」サポーター募集のパンフを見て、古本やCD、葉書などを寄付することで、
南アジアの人々を支援しようという活動があることを知った。

古本やCDなどは、「ブックオフ」の宅本便(無料)で、未使用や書き損じの官製葉書、
未使用切手、プリペードカード(使用・未使用共)は、直接、郵送するというもの。
例えば、葉書1枚(40円相当)で、「子ども5人がペンを買って、勉強する」ことが、
古本1冊(100円相当)で、「ストリートチルドレン」20人がミルクを飲んで、栄養を補う

ことが出来るのだと書いてあった。
これなら、私にもできそうだ。暖かくなったら、本棚や押入れの整理を始めよう。
つれづれ

街の本屋さんの苦闘ぶり

2010年02月24日
今年は「国民読書年」。テレビやラジオでもこの言葉を耳にするが、昨年あたりから、
このポスターを駅の構内や車内でみかけるようになった。       
          ポスター

読書離れが社会問題になっている。調査では、半数の人が、ひと月に読んだ本は1冊以下。
仕事や勉強で忙しい(30%)、読みたい本がない、読まなくても不便感じない(15%)
といった理由らしいが、子ども時代も読まなかった人(37%)が多いとか。

いわゆる無読率は高学年層ほど高くなり、1年間に1冊も読まない子は51%もいて、
読書する子はする、しない子はしないと、大きく二分されるらしい。
全国学力・学習状況調査結果(文科省)によると、読書が好きな子ほど、
また、読書時間の多い子ほど学力が高いことがわかったそうだ。
「読書のまち」を宣言した、茨城県大子町の小学校では、「朝読」という時間を設け、
家庭では「家読(うちどく)」、この2つの運動が効果を上げているというが、
なぜか、この大子町の街の本屋さんは、なくなってしまったそうだ。

10年前に全国で2万店以上あったという、街の本屋さんは、郊外型の大型店舗の増加、
電子書籍の普及などに伴い、30%近くも減ったそうで、共同でネット販売に乗り出したりと、
本屋さんも売上確保に躍起だそうだ。

大型店でも講習会や講座を企画したり、神田神保町の三省堂のように、隣接のビルに
古書館を作って、顧客の増大に努めているとのこと。
また、昨年秋に、丸善本店にオープンした「松丸本舗」は、今までの書店とは全く違う、
丸善と松岡正剛の共同プロデュースによる新しい試みを始め、業績も好調だそうだ。
暗めの照明の中、「整理中かと思った」というように、本棚の大きさも形もマチマチ、
著者やジャンルなどに関係なく、イチローの本の前に「心理学入門」があったり、
新刊と古書と漫画が隣り合わせ、横積みの本が混じっていたりと、まるで「大人の書斎の
ようだ」とか。
私は、まだ行ったことはないが、銀座に行く機会があれば、ぜひ、覗いてみたい。

昨年、紀伊國屋書店で、全国初の「書店のポイントカード」ができたことを耳にしたので、
紀伊國屋の渋谷店で、孫たちの誕生祝いを買うことにしたのだが、「ポイントカード」の
発行は、新宿の2店だけで、渋谷店では今年の夏からだった。結局、孫たちには、
図書券を贈ることにしたのだが、知らない間に、「図書券」は図書カード」に姿を変えていた。
こうしたプリペードカードは、お釣りがないようにと考える必要もなく、便利だと思う。
       
       図書カード

私は、それ程本を読む方ではないが、本屋さんに寄るのは大好きだ。
どちらかというと、ふらりと本屋さんに入り、いろいろな本を手にとってみて、
結局、買わないことが多いので、大型書店の方が気楽でいい。
わが町にも本屋さんがあるが、随分と前に、店の半分が不動産屋さんになってしまった。
10年ほど前は、毎月、テレビの「中国語講座」のテキストを配達してもらっていたが、
今は、ほとんど利用していない。
たまに、この店の前を通るが、めっきり老けたご主人が、店番をしているのを見ると、
目を合わせないようして、早足で通り過ぎてしまう。
つれづれ

プラットホームからの眺め

2010年02月23日
私は渋谷へ行くときだけでなく、横浜方面へ行くときも、多摩川線(多摩川ー蒲田)の電車に
乗って、東急多摩川駅で乗り換え、東横線を利用することが多い。
多摩川駅の多摩川線ホームは、地下1階なので、東横線の高架ホームに移るとホッとする。
そして、この駅の東横線下りホームから、「せせらぎ公園」の樹々を眺めていると、いつも新しい
発見があり、嬉しくなって来る。
そこで、毎月1回以上、電車を待つ間に、同じ地点に立ち、同じ角度で写真を撮ることにして、
今月で四季の12枚が揃った。

2010年
        2月 2月
                       わずかに残る雪

        1月 1月

葉を落とした樹のせいか、いつもと違った風景のように感じられる。
この写真の中に、いったい何種類の、何本の樹があるのかわからないが、
そのうち、この樹たちのそばに行ってみようと思っている。 
      
2009年              
        12月 12月
        11月 11月        
        10月 10月
        9月 9月        
        8月 8月        
        7月 7月        
        6月 6月       
        5月 5月       
        4月 4月    
        3月 3月        

    
植物など

「国宝 土偶展」を見た

2010年02月22日
上野のトウハク(東京国立博物館)で、昨日まで「国宝 土偶展(縄文のスーパースター)」
(2009.12.15~)が開かれていた。
ひと月前から、この「土偶展」に行くことを、約束していたKさんが、約束の日の直前に
体調を崩され、行けなくなった。私の「土偶大好き」よりもはるかに、土偶や埴輪が
お好きなKさんにとって、まことに残念なことになった。

会期の最後の週、トーハクは初めてという、Mさんを誘って行くことにした。
午後ならいくらかは空いているか、と思ったのは大間違いで、大盛況だった。
展示は、1室だけだったが、あまりの混み様に圧倒されて、Mさんと一緒に見て回るのは
無理だろうと、1時間後、ロビーで会うことに決めて入った。

「土偶」は、土の「ひとがた」を素焼きしたもので、縄文時代草創期(約13,000年前)
から作られ始めたようだが、今回の展示品は、最古のものは、9000年前、
最新のもので2400年前ということだった。
土偶のモデルとなったのは、きっと、「縄文時代のスーパースターたち」だったのだろう。
     土偶たち
       重文「仮面土偶」     国宝「縄文のビーナス」   国宝「合掌土偶」
       縄文後期(34cm)    縄文中期(27cm)       縄文後期(19.8cm) 
             長野県茅野市出土               青森県八戸市出土
        
展示品が入ったガラスケースの前に、2重、3重の人垣が出来ていて、スケッチどころでは
ない様子だった。それでも、ケースから2mほど離れて立ち、スケッチブックを出した。
人が途切れた隙にチラチラと見えた部分を描いては、再び、土偶が現れるのを待つという
繰り返しだった。
あと、少し!というところで、係員に「混んでいますので、スケッチはやめて下さい」
「ここは、通路です!」ときついお叱りを受けた。
      深鉢形土器 土器
       重文 顔面把手付深鉢形土器       重文「有孔鍔付土器」
       縄文中期(43.5cm)              縄文中期(54.8cm)
       長野県岡谷市出土               山梨県南アルプス市出土

部屋の真ん中に置かれたソファに腰掛けると、思いがけず、大きな土器が見えた。
その胴に、「冠状の帽子をかぶり、頬に入れ墨をした、踊る女性」が彫られている。
腰かけたまま、人の流れの合間に見え隠れする、その土器を、なんとか描くことが出来た。
そして最後に、国宝「縄文のビーナス」の後姿を、クロッキーした!
縄文の世界を抜け、「縄文のビーナス」などの絵葉書を数枚、Kさんに買ってから、
常設展を見て平成館へ。

ところで、土偶のほとんどは、完全な形が見当たらないため、元々、壊されるために
作られたのだろうとも言われている。手、足、顔など、その壊された部分は、本体と共に
出てこないという。その理由については、諸説あるが、1つは、病気や傷の平癒を祈って
該当する部分を壊すという説。もう1つは、呪人形説だ。
そして、土偶の大半は女性の姿をしているが、生命を産み出す神秘的な力を有する女性に
願いを託して、豊穣を祈ったという説、また、土偶に宿る精霊、先祖をかたどり、
崇拝の対象としたという説など、様々な説があるという。

因みに、埴輪は、古墳時代(3世紀半~7世紀末)、主に貴人の死に際しての副葬品
(殉死の代わりとも)や古墳の装飾品として作られたと言われ、人の形だけではなく、
家、動物、武器など様々な形の埴輪が出土している。

    人面把手
               我が家の縄文風「人面」

随分前になるが、トウハクで、「人面把手」部分だけが展示されていたことがあり、
そのスケッチをもとに、陶芸の窯を借りて、2つの「人面把手」を作ったことがあった。
それが、どこかの遺跡で買って来た埴輪と並んで、飾り棚の片隅に鎮座している。
土偶展の「土偶の仲間たち」のコーナーにあった、土器に付いていた「人面」こそ、
昭和生まれの私が作った「人面」のモデルだったことを発見して、無性に嬉しかった。
芸術・文化・考古

そこだけ人間並みでも・・・

2010年02月21日
最近、愛犬のための温泉とか、「愛犬にアクアエクササイズを」という看板を掲げた、
犬のスポーツクラブがあることを知った。        (そこまでしなければ駄目?) 
私自身が、昨年12月から筋トレのクラブに通い出したので、時々、この前を通ることがある。
チラリと覗いてみるが、まだ、トレーニング中の犬をみたことはない。
そのクラブは、「ランニングマシーン」や「プール」で、犬の運動不足や太り過ぎを
解消させるのが目的かと思っていたが、パンフレットには、ヘルニアの手術をして
下半身マヒになった犬や、足の靭帯が切れるなどの怪我を治療した犬が、リハビリに
通ったお陰で、運動機能を回復したり、効果をあげているという事例が載っていた。

      ドッグラン   温泉

トレーニング内容は、まず、運動前に身体測定してから、犬に合わせた水中歩行。
インストラクターとともにジェットプールに入った後、ホットスパに入りながら
マッサージを受ける。仕上げは、シャンプー、リンスにブローまでとか。
ダイエット、筋トレ、治療にと、犬たちもスポーツクラブに通う時代が来たのだろうか。
入会受付時には、勿論、「狂犬病予防接種と混合ワクチン接種済の証明書」が必要だそうだ。

今年の1月末、板橋区は、23区内では初めての試みとして、区内在住の犬(飼い犬)
を対象として、「犬の住民票」の発行を始めたそうだ。
これは、区内の飼い犬約5万匹のうち、「狂犬病予防法」で義務付けられている登録が、
3分の1しかされていないことから、登録率と予防接種率のアップを図るためだそうだ。 
因みに、推定の予防接種率は約2割にしか達していないという。

「住民票」は、愛犬の写真や名前、住所、犬種が記載され、裏面は、予防接種の記録のほか、
チャームポイントなどを記入できるという。 
「住民票」の発行は無料だが、登録、予防注射には費用がかかる。
初日には、91匹の「犬の住民票」が保健所の窓口で発行され、今回、新たに登録した人も
いたというが、果たして、こうした住民票の発行で、登録や予防接種が促進されるだろうか。
動物を飼うには、飼い主のマナーだけでなく、責任も必要なのだが、この「犬の住民票」が
飼い主の自覚と愛情を深めるキッカケになればいいが。

因みに、「動物の愛護及び管理に関する法律」の飼い主の責任について
・動物が自分の所有であることを明らかにするよう努めなければならない。
・動物の種類や習性等に応じて適正に飼い、動物の健康及び安全を守るとともに、
 動物が人の身体・財産に危害・迷惑を与えないように努めなければならない。
・動物による感染症の知識を持ち、その予防に注意しなければならない。
とある。

ここ数年、わが庭は、地域猫たちに占領されているが、それまでは、6代にわたる
愛犬たちが主人公で、どの犬も番犬として屋外で飼った。 
迷い込んできた犬、獣医さんにお願いした犬、ペットショップで買った犬など、
私が子どもの頃からずっと飼ってきたが、どの犬にも、狂犬病予防接種は勿論のこと、
夏の蚊に備えて、フィラリヤの予防注射なども済ませていた。

        モグ  チャーコ
                 モグ               チャーコ

登録率が低い原因のひとつに、小型犬などを室内で飼う人が増えたことがあるかもしれない。
以前、聞いたことだが、Aさん宅のマルチーズは、散歩をしたこともなく、家の外に出るのは、
犬の美容室?に行くときだけだから、予防接種はやらないということだった。
美容院でのお手入れにはお金をかけても、予防接種や登録は勿体ないということなのか。

今や、国内では「狂犬病」の発生はほとんどなくなり、「狂犬病」ということばを
めったに耳にすることもなくなった。だが、犬に限らず狂犬病に感染している動物が、
ペットとして海外から持ち込まれる可能性は常にあるという。
「狂犬病」が、ヒトを含めたすべての哺乳類が感染する、危険なものであること、
毎年1回の狂犬病ワクチンの予防接種が義務付けられていること、を知らない飼い主も
多いに違いない。

ペットとしての犬や猫が急増していると聞くと、飼い主のモラルの低下が、
ますます気になってしまう。彼らを家族の一員として受け入れるには、
人間の子育てと同じような配慮や接し方が必要だと思うのだが。
動物など

江戸東京の伝統野菜

2010年02月20日
昨年、我が家近くの居酒屋風のお店がランチを始めたので、忘年会や新年会と称し、
絵や中国語教室のお仲間と一緒に何回か食べに行った。
この店のマスターは、毎朝、築地に仕入れに行くそうで、野菜も魚も勿論肉も、新鮮で
美味しい。特にサラダには、食べたことも見たこともない、珍しい野菜が入っている。
あるとき、サラダに、どう見ても、生にしか見えない茄子が入っていた。この茄子は、
瑞々しく、アクはなく、ほのかに甘い。尋ねると、生食用の「水茄子」ということだった。
「水茄子」は、全国各地で栽培されているが、特に、大阪泉州産が有名だという。

最近、「江戸野菜」或いは「江戸東京野菜」という言葉を耳にするようになった。
これは、もともと江戸にあった地野菜とともに、参勤交代で諸国から集まった武士たちが、
故郷の野菜を栽培し始め、永年の品種改良を経て「江戸の野菜」として定着したもの。
1960年頃までは盛んに作られてきたが、サイズが大き過ぎたり、
栽培に手間がかかったりで、一時は姿を消しかけたという。

こうした伝統野菜を見直し、絶滅しそうな品種の復活運動が、各地で推進されている。
例えば、京都の「加茂茄子」、「金ゴボウ」と呼ばれる奈良の「宇陀牛蒡」、大阪の「勝間南京
こつまなんきん)」、金沢の「加賀太きうり」などの「加賀野菜」。
因みに、加賀野菜は、戦前から栽培されているものに限っているそうだ。

東京の伝統野菜は、「谷中生姜」(台東区)、葛西(江戸川区)の「小松菜」、早稲田ミョウガ
新宿区)、千住ネギ(足立区)など。立川が「ウド」の生産日本一だということは、
以前から知られているが、この「東京ウド」も「江戸東京野菜」のひとつだ。

「練馬大根」(練馬区)、「亀戸大根」(葛飾区)、「大蔵大根」(世田谷区)も「江戸野菜」。
昭和20年代までは大根の代名詞のような存在であった「練馬大根」は、首と下部が細く、
中央が太い。1m近い大根を引き抜く際、青首大根の数倍の力が必要なため、
収穫時の負担が大きく、生産量が減った原因の一つだといわれる。
因みに、神奈川県特産の「三浦大根」は、三浦半島の地元の大根と練馬大根との交雑種。

        練馬大根 2009.11.20
              「練馬大根」  光が丘公園(練馬区) 

昨年秋、スケッチ会で訪れた、光が丘公園で、「農業祭」の準備が行われていた。
そこで、長くて細い練馬大根の現物を初めて見た。 

          様々な野菜
            13:00       農業祭の準備     12:00  

ところで、先日、ラジオを聞いていたら、伝統野菜の復活・普及の推進を目的に
「伝統野菜が地球を救う!」という「伝統野菜サミット」が開かれたという。
放送を聴いていて驚いたのは、地場産の食材に比べて、国内、国外から食材を運んだ場合、
消費されるエネルギーやCO2排出量が、信じられないほど多くなるということだった。
例えば、ニュージーランドからカボチャを輸入すると、地場産のカボチャに比べ、
9倍のエネルギーを必要とする。また、中国からのホウレンソウは、地場産に比べると、
CO2排出量は40倍になるのだという。

旬を味わう、安心で安全な「地産地消」(地場産を地元で消費)は、環境にもやさしい。
安い輸入野菜が出回る一方で、最近は、デパートやアンテナショップのほか、スーパーでも
全国各地から取り寄せた特産品が並べられている。
また、各地の「伝統野菜」は、ネット通販で購入できるようになって、「なにわの野菜」や
「京野菜」などが東京でも味わえるようになったが、単に珍しいブランド野菜の位置に止まらず、
地元野菜と競り合って、日常の定番食材にまで、成長してくれるとうれしいのだが。
つれづれ

予報・予想が気になる季節

2010年02月19日
今日は24節気の1つ、雨水。雪が溶け始めるころ。
寒さも峠を越え、「春一番」が吹き、鶯の鳴き声が聞こえ始める地域もある。 

花粉症の季節でもある。環境省によると、今年春の「スギ・ヒノキ科花粉総飛散量」は、
ほとんどの地域で昨シーズンよりも少なくなり、また、全国的に例年並みか、
例年より少なくなると予測されるという。とはいえ、油断は禁物だろう。
花粉は、昨年より3日遅く、2月8日から飛び始めたとか。

そろそろ、「桜の開花予想」が聞かれる時期でもあるが、今春から、気象庁は
「開花予想」の発表を取止めることにしたそうだ。
気象庁は、民間の要望を受けて1955年から予想を開始し、毎年3月上旬~4月下旬、
沖縄・奄美地方を除く各地で、開花予想日を順次更新していったが、
近年、民間の機関が精度の高い開花予想を発表するようになったので、
役目を終えたと判断したという。

「桜の開花予想」は、2003年に気象情報会社のウェザーニューズ社が、
2007年からは、財団法人日本気象協会も参入し、標本木の開花時期を予想するだけの
気象庁に対し、桜の名所の見頃の時期を予想するなど、充実したサービスや精度を
高めていったという。

      多摩川土手 多摩川丸子橋下

「開花予想」レースに新規参入したウェザーマップ社の、1回目の予想(1/25)では、
東京都心の開花は3月24日頃。2回目の予想(2/15)では、3月25日となった。 
気象協会とウェザーニューズ社の予想(2/15)は、都心は3月23日頃となったが、
後者の予想方法は、他の2社と違い、標準木以外にも、モニターなどの情報も含まれること、
また、2社が5輪なのに対し、1輪で開花と見る点が異なるのだそうだ。

どこの予想が当たるのだろうかを、予想しても仕方ないが、いずれにしても、
東京では、「4月の入学式に満開の桜」という光景は、期待できなくなったようだ。

ところで、花粉症や熱中症に関する予想は、天気予報の中でもお馴染みだが、ラジオの
「健康天気予報」(TBS)で、関節痛や血圧に関わる予報を初めて聞いたときは驚いた。
これは、気象予報士が、気象が健康に与える影響を1週間ごとに予測し、生活上の注意点や
病気の予防法などを伝えるミニ番組。血圧は、「南関東では、3段階の1番上のランクで、
日中の最高血圧の平均値は上るでしょう」とか、関節痛は、「北関東、南関東は、
今日明日とも上のランク。痛みを感じる方が多いでしょう」といったような内容だ。
幸い私は、今のところ、花粉症、血圧や関節痛には悩まされていないが、
つい、聞き入ってしまうことがある。

昨年の新型インフルエンザ騒動以来、自分のためばかりでなく、家族や孫たちのために、
外出の際は使い捨てマスクの着用を励行しているので、昨年秋に買った100枚入りの箱が
まもなく、カラになりそうだ。
何でも、マスクの売上げが前年の倍になり、うち、75%はインフルエンザ対策だと聞く。
インフルエンザがいくらか下火になり、花粉症と入れ替わるという季節だが、
どちらにしても、マスクをしている人は、ひと頃より少なくなったように思う。 
 
桜の開花日が何日になろうとも、青空の下、美味しい空気をたっぷり吸いながら、
ゆっくりと「お花見」をしたいものだ。
つれづれ

サンザシ

2010年02月18日
  サンザシ  バラ科 サンザシ属
          学 名  Crataegus cuneata          
          和 名  山査子 さんざし
          原産地 中国   
    
        花      
                 サンザシの花と実
        実
       
果実は、山査もしくは紅果と呼ばれ、生薬、健康食品、ドライフルーツなどとして食するほか、
甘酸っぱいサンザシ酒の材料にもする。
サンザシの実はビタミン豊富だが、そのままでは酸っぱいので、砂糖で煮詰めたり、
山査子糕(羊羹)や山査子餅にしたりすることが多い。 
冬の北京の街でよく見かける、「糖葫芦」(タンフールー)は、竹串にサンザシの実を刺して、
煮溶かした砂糖をからめたもの。

7年前の秋、北京を訪れた際、「香山」の麓の村に向かう途中で、「りんご飴」のような
「糖葫芦」を見かけたが、埃っぽい気がしたし、一度で食べ切る自信もなく、買わなかった。 
その後、映画や写真などで「糖葫芦」を食べる「北京っ子」を見ると、やはり、あのとき、
味わっておくべきだったと、悔やまれてならない。
日本の縁日で見かける「りんご飴」では、「北京っ子」の気分は味わえない。

   タンフールー 北京の冬
             「糖葫芦」            北京の冬 

サンザシは、柘榴、ナツメとともに、北京の四合院の中庭でよく見られる樹の1つだ。
四合院内の様子を表す諺に、「天棚、鱼缸、石榴树、老爷、肥狗、胖Y头」
(日除け、金魚鉢、柘榴の樹、主人、肥った犬、太ったお手伝い)というのがある。
雑院と化した、現在の「四合院」からは想像もつかないが、1対の海棠、ナツメ、柘榴、
サンザシなどが植えられた、私の憧れの「老北京」の情景を偲ばせる。

生粋の北京っ子は、四合院には、松やコノテガシワを植えることを嫌うときいたことがある。
これらの樹がもっぱら墓地に植えられるからで、また、桑(sang)や梨(li)などの樹も、
それぞれ、「喪う(sang)」「離れる(li)」を連想させるので、植えられないとか。

       宋慶齢故居
                  宋慶齢故居  
   
后海北岸にある四合院づくりの「宋慶齢故居」は、そもそも、清朝の光緒帝や
ラストエンペラー溥儀などを輩出した醇親王府だったものだが、現在は、孫文の未亡人、
宋慶齢の故居として公開されている。
7年前、ここを訪れた頃は、王府などの大きくて立派な四合院には関心が薄く、
細かいことは記憶にないが、ナツメかサンザシの大きな樹が数本、
広い中庭に植えられていたことを,はっきりと覚えている。

数年前、我が家の近くで、サンザシの樹をみつけた。 
春に林檎のような白い花が咲き、秋には紅い実をつける。
葉を落としたサンザシの樹に紅い実が目立つようになる頃、近くまで行って落ちた実を
拾ったりはするものの、眺めるだけで、口にしたことはない。
中国では、血液浄化、整腸作用などの効果があるというので、ちょうど梅干しのように、
日常的に食べられているというのだが。
植物など

今どきの屋台

2010年02月17日
焼き芋屋さん (1)
       清澄庭園前 2009.11
                 清澄庭園前  江東区

焼き芋屋さん (2)
 広尾 2010.1
                  外苑西通り 渋谷区広尾
外国の大使館の多い街で、焼き芋の表示も、英、韓、中の3カ国語まで。

桃の直売
       桃 2009.7
                    芝公園前 港区
アイスキャンデーにかき氷
        アイスキャンデー 2009.8 
                 新宿御苑前 新宿区

お蕎麦の出前 
                 蕎麦屋さん 2009.12
                 懐かしい自転車での出前 品川区

当てにならないことの喩えに、「医者の只今」「蕎麦屋の出前」などというが、
最近、出前をしてくれる蕎麦屋さんは少なくなった。たまに、岡持ちを提げたバイクを
見かけることはあるが、自転車での出前は珍しい。
先日、久しぶりに出会い、うまくバランスを取るものだなと、しばし、見とれてしまった。

    野菜と豆腐 2010.1
       採りたての有機野菜     豆腐屋さん ラッパ片手に  大田区

ときどき、有機野菜や豆腐をリヤカーに積んで、住宅街を巡っている若者をみかける。
彼らはどうやら、農家の青年というわけではなく、アルバイトらしい。

ほかに、お昼のオフィス街では、臨時のお弁当屋さんが店開きし、自家製パンを積んだ
軽トラックも来る。
夜の駅前には、ラーメンの屋台やたこ焼きの店が、どこからかともなく集まってくる。 

       ラーメン屋台 2010.2
              駅前駐車場の脇が待機場所  大田区       
旅・散策・イベント

窮屈も また楽し

2010年02月16日
今年になってから、わが庭の猫たちは、夕方になると、2階のベランダに置いた、スノコ製
3階建ハウスに戻ってくるようになった。
甘ったれで寂しがり屋のトラは、隙あらばケシが寝ているところに入りこもうとする。

    アミとケシトラ2.7
                    お隣りはもう寝たの?

    ケシトラ2.6  
                  隣室は空いているのに・・・

     アミケシトラ2.6
              あとから入って来たトラに 押し出されるケシ

     トラケシ2.3
               雨に濡れたトラを 拭いてあげる?ケシ

     ケシトラ2.1
                     かなり窮屈そう! 

たまには、それぞれの部屋で    
  3階 2.1
                   これでやっと眠れる 
動物など

福建土楼で見た春聯

2010年02月15日
5年前の2月に、福建省南靖県と永定県の客家土楼を訪ねたが、 (福建土楼への旅Ⅰ
訪れた土楼の門や扉には、何処も3枚の春節を祝う春聯が貼られていた。   (春節と対聯

客家(ハッカ)は、祖先の地である黄河流域の「中原」を離れて、この地に移住してきた漢民族で、
辿り着いた地に先住民がいたため、やむなく山間部に居を構えたとのことだ。 
「客而家焉」(客ここを棲家とする)の言葉が示すように、「客」は客人ではなく、「よそ者」の意味。
土楼は、一般に4~5階建(最大100戸以上、800人以上)の集合住宅で、1家族毎の居住空間
は縦に連なっている。

<南靖県> 約1万5千の土楼がある。
      南靖の円楼
                  中庭
春聯  「九州同春」(横批) 「描天描地描日月」(上聯) 「旺江旺海旺山川」(下聯)
      九州は 中国全土(九州大地)のこと。 旺は 盛んなこと。 
          
      春美楼
                      春美楼                      
春聯  春美楼」(横批) 緑楊柳万千条」(上聯) 満神州尽舜尭」(下聯)
     神州は 神州大地(中国全土)のこと。 舜尭は 中国古代の伝説上の帝王尭と舜。
     徳をもって理想的な仁政を行ったことで、後世の帝王の模範とされた。(大辞林)

  
       
   和貴楼
             方形  和貴楼         簡 楼長 土楼特級講解師            
対聯   「和貴楼」(横批)観既康禄」(上聯)   「子共賢孫」(下聯)
春聯   地献奇山川人物星斗畫」(上聯)  宗垂訓永冠被楽振家産」(下聯) 
       和地は 穏やかな大地。 星斗は 星の総称。 畫は 描く。
       貴重な祖先の教訓を永遠に代々引継いでいくことで、家(業)は繁栄する。

                           
<永定県> 方形4千、円形360を含む2万以上の土楼がある。
14世紀黄河流域の中原から南下してきた客家たちによって造られた。
        
        栄昌楼
                          栄昌楼
対聯  「栄昌楼」(横批)  「顕光前烈」(上聯) 明裕後謨」(下聯) 
春聯  「五福臨門」(横批) 「萬里鵬程添錦綉」(上聯) 「千秋偉業更輝煋」(下聯) 
     (対聯)昌栄によって祖先にも栄光がある。 蓄財によって子孫は繁栄する。   
     (春聯)明るい未来 更に輝く。 千年(古くから)築いた事業 さらに発展していく。


     
       福興楼
                          福興楼
対聯   「福興楼」(横批)   「澤源流遠」(上聯)  「隆歳月長」(下聯)
春聯   「合楼平安」(横批)   「美景年年有」(上聯)   「良辰歳歳新」(下聯)     
      (対聯)福は川のように長くつづく。 繁栄は年月のように長くつづく。 
      (春聯)良辰は よい時。吉日。


対聯、春聯の大意は、この旅でお世話になった、呉さんに教えて頂いた。 謝謝!
中国・中国の旅

春節と対聯のこと

2010年02月14日
今年の「春節」(旧正月)は、今日2月14日。「春節」は、中国最大の行事で、
学校や会社は勿論、レストラン、商店、市場も軒並み休み、地方の実家に帰郷する
「民族の大移動」が全国的に展開される。

大晦日(除夕)は、家族全員が集まり、年夜飯(年越しのごちそう)を囲む日。
提灯を吊るし、五色の布を飾り、「春聯」を玄関の左右に貼る。
また、寿老人やお祝いの桃、鯉の滝登り、五穀豊穣、龍と鳳凰などがデザインされた、
「福」の字の紅い紙を門、鴨居や窓などに飾り、新年を迎える準備をする。
北京など華北地方では、この日餃子を作って食べながら年越をする風習があり、 
いくつかの餃子の中に硬貨を入れたりして、この餃子に当たった人は、
「発財」(財を成す)の一年が約束されると喜ぶのだと聞いたことがある。

新年には、拝年(年始回り)を始め、子どもたちに、圧歳銭(過年銭)と呼ばれる
お年玉を入れた「紅包」を渡す風習もある。

           紅包 
                 「紅包」に入れる小銭は偶数 
                   
門や鴨居に貼る、「福」の紅い紙は、上下逆さまに貼られることが多い。
逆さにする理由だが、明の太祖朱元璋(洪武帝)と馬皇后の伝承によるとする説や、
以前、中国語の老師から聞いた西太后説など、諸説あるが、
「倒福 dao fu」が「到福 dao fu」と同じ発音のためという説が有力のようだ。
これは、「福到来(福が来る)」の「到 dao」が、日本語と同じ「倒す」と言う意味の
「倒 dao」と同じ発音をすることから、「福」の字を逆さまに貼るようになったというもの。

 福

以前、我が家でも、中国で買ってきた数枚の「倒福」を、1年中、各ガラス戸に貼っていたが、
現在では、たった1枚、「中国土産の抽斗」の中に残っているだけだ。
これでは、「福」も逃げて行ってしまいそうだ。

「対聯(ついれん)」は、例えば、「恭喜発財」と「萬事如意」のような縁起のよいものや、
李白、蘇東坡などの詩、風刺したもの、「茶聯」などがあり、紅紙に一定の規則に従って
文字を書き、入口や部屋の中などに貼るもので、対になっている。
「春節」を祝う時に貼り出される対聯は、「春聯」とも言う。
雲南省の麗江やイ族の村などを訪れたのは4月で、春節から数カ月経っていたが、
家々の門に貼られた「春聯」は、まだ、鮮やかな紅い色だった。

  雲南省イ族の村   雲南省麗江
       「照星高福」 (普照村)           「光風麗秀」 (麗江) 
「福旺財五気旺」「家與人與事業與」    「古柏参天爽気来」「黄山蔭戸春風暖」

「対聯 (dui lian)」の歴史は古く、千年以上前から始まり、古典の韻文から
発展してきたものといわれる。
右側の「上聯」と左側の「下聯」は、対句となり、上の「横批」は対句の意味を
まとめたり、他の意味に転じたりする短い句となっている。
対句の字数には制限はないが、左右の字数は必ず同じとなっている。

また、弔文、挽歌から変化したといわれる「挽聯」という、故人を偲んだり、
故人の人柄などを賛美する対聯を、通夜や告別式の会場に貼る。
  
                 雲南省イ族の村
                   「発引送終」  「駕返 瑶池」
              「痛失慈親挙室悲戚」「長留愁穏全家緬懐」

「発引」は出棺する、「送終」は死に水を取るという意味。
「駕返 瑶池」は、老女の死を悼む成句で、「瑶池」は西王母が住むところ。

この「挽聯」をはじめてみたのは、雲南省のスケッチ旅行で、イ族の村でだった。
この村だけでなく、秋になっても、民家の門や扉に、色褪せて破れかけた春聯を
目にしたが、春聯も挽聯も、1年中、貼られたままなのだと聞いた。 
中国・中国の旅

「おひとりさま」が増えている? 

2010年02月13日
今年のバレンタインデーは、日曜日。そのため、職場や学校で配られる「義理チョコ」の
減少や3月のお返しが期待薄という心配からか、「義理チョコ」の早割が登場したらしい。
横浜のデパートでは、バレンタインデーに向けたチョコレートの「早割クーポン」を
発行して、購入予定のある女性客の早期獲得を始めたようだ。
また、ネットで、1月限定の「早割5%OFF」を売り出したホテルもあった。

最近は、バレンタインデーが男性不在でも成り立つイベントになりつつある。
いわゆる、「本命チョコ」「義理チョコ」、友達同士で贈り合う「友チョコ」のほかに、 
女性が自分自身のために購入する、「自分チョコ」が増えてきて、
一般化してきたとのことだ。
「友チョコ」は女子高生に多く見られるが、「自分チョコ」は、特に海外高級ブランドの
限定チョコが人気で、「美味しいチョコは自分に!」と、買う女性が増えているそうだ。

        義理チョコ

最近、「おひとりさま」というテレビドラマが放映されたが、20~40代の女性が1人で、
仕事帰りに一杯とか、1人で温泉に行くなど、そんな姿も、珍しくなくなった。
「おひとりさま」向けの旅行が企画されたり、1人で気ままな時間を満喫する人たちが
増えてきたことは確かだ。
  
そもそも、「おひとりさま」とは、飲食店などで、人数を確認するときに使う言葉だった
のだろうが、1人で行動出来る、余裕のある女性といった意味なのか、
単に仕事を頑張る独身女性のことをいうのか、私にはわからないが、どちらであっても、
「おひとりさま」もいずれ、老後を迎える。そういえば、「おひとりさまの老後」
上野千鶴子 著)という本もあった。

それにしても、「おひとりさま」に限らないが、どこでも「女性ブーム」のようだ。
手帳の売り場には、女性用と思われる手帳が溢れ、システム手帳、綴じ手帳とも、
予定を書き込むというより、日記や記録の自分アイテムとして使われているらしい。
女性の「山歩き」や「一眼レフカメラを片手に散策する」というのも流行っているそうだ。
デパートの登山用品売場に女性専用コーナーを設けたり、今まで更衣室のなかった
山小屋では、女性客用に急遽、カーテンを取りつけたところもあるのだとか。

また、今季から、東京ドームの「巨人」主催の試合で、「女性専用シート」が設けられる。
新規の女性ファン獲得を目指し、三塁側内野席の一部(水曜日 100席 年間10試合程度)を
女性専用席として、女性ファンがより観戦しやすい環境を整えることになったそうだ。
何でも、女子大生などを対象にアンケートを行った結果、球場に行きたくない理由として、
「酔った男性客の隣で見たくない」「大声を張り上げて、応援したくない」が
圧倒的に多く、「女性専用シートがあれば、ひとりでも球場に行き易い」との意見が
寄せられたとか。        

        女性専用車乗車口

特に応援するチームもない私は、TVで野球観戦もしないし、球場で観戦したこともない。
仮に球場で見る機会があっても、1人でも、「女性専用シート」で観戦したいとは思わないが、
朝夕の通勤ラッシュにぶつかったときなどは、「女性専用車両」に乗ることがある。
実際、朝の東横線の、特急や急行の混み方は半端ではない。「女性専用車両」に乗るか、
数台やり過ごして、「各駅」に乗るしかないのだ。そんなこともあって、
朝、渋谷に行くときは、30分は早めに家を出る習慣になってしまった。
つれづれ

姿を消したメタセコイアの樹

2010年02月12日
メタセコイアは、曙杉という和名を持つ杉の仲間だが、落葉樹。高さ30m近くにもなる。
1939年、日本で、常緑種の「セコイア」に似た、落葉種の化石(植物遺体)が発見され、
三木博士によって「メタセコイア」と命名されたという。

私が渋谷に出かける時は、まず、2本のメタセコイアの傍を通って、最寄駅に向かう。
そして、多摩川駅で、東横線の上り電車を待つ間、多摩川台公園のメタセコイアを眺め、
学芸大学駅近くで、「碑文谷公園」の池畔に立つ数本を、車窓から見て楽しむ。

ところが、もっとも近くてお馴染みの2本が、2月に入って姿を消してしまった。
先日偶然、3日つづけて、この傍を通ることがあった。
初日は、樹上に2人の植木屋さんの姿をみつけ、何で今頃?と不思議に思ったが、
次の日には、すっかり枝が払われており、がっかりした。
3日目、大きなクレーンが遠くから見えた。もしやと思い、近くに行ってみると、
1本の樹はすでになく、もう1本の樹もクレーンで吊上げられようとしているところだった。

2010.2.1   2.12.1
                2.2 2.2
  2.3pg 2.3 2.3
2008年
  2008.11 2008.12
                   11月                     12月 

四季の移り変わりを、誇らしげにみせてくれていた、あのメタセコイア。
その姿がみえなくなった、駅までの道は、急に寂しいものになった。

2009年
  2009.1 2009.4
                    1月                      4月
 2009.72009.10
                    7月                       10月
 2009.11 2009.12
                   11月                        12月
植物など

日本はどうやってできたの?

2010年02月11日
今日は、建国記念の日。国民の祝日。
明治時代に制定された2月11日の祝日「紀元節」は、戦後、占領軍の意向で祝日でなく
なった。だが、その後、建国記念日復活の気運が高まり、「建国を記念するための祝日」を
設けることとなった。
その際、「紀元節」から「建国記念の日」に改められ、1966年に国民の祝日となった。
ちなみに、「建国記念の日」が「建国記念日」でないのは、この日が、史実に基づく
建国の日ではなく、建国されたという事実そのものを記念する日だからだそうだ。

時々、6歳の孫りんりんが我が家に来るが、次から次へと、喋り出して止まらない。
何にでも興味がある彼は、先日も、「○○が生れたのはおよそ何年前?」とか、
猫を見ては「ネコはいつから地球にいるの?」と、ごんさんをつかまえて離さない。
「昔から」と曖昧な答えでは済まなくなることも度々で、「昔って、戦国時代? 室町時代?」
「地球が出来たとき?」と、知っている限りの知識を引っぱり出してくるので、
簡単には対応できない。年表を探してきて説明したり、真剣にならざるを得ない。

いつだったか、「東京タワーが出来たのは、50年前」という話をしていたら、
「じゃあ、昭和時代ってことだね」と言われた。昭和生まれの私は、「昭和」の時代は、
ついこの間のような気がしていて、「昭和時代」という言い方はしっくりと来ないのだが、
考えてみると、平成になって20年以上も経っているのだから、
平成生れの彼にしてみれば、江戸時代や明治時代と同じように、過去の「時代」なのだ。

       日本史図録
           彼の疑問に答えられるように購入した「日本史図録」
   
「ウエムラナオミって昭和時代の人でしょ」。「冒険家の植村直己のことかな?」
「そう、あの、あったかい服着ている人」といった調子だ。
何故、いきなり、「植村直己」が出てきたのか、不思議だったので聞いてみると、
「まんが 日本の歴史人物事典」に載っていたそうだ。それは、「侍戦隊 シンケンジャ―」に
夢中になっている彼が、戦国時代など、日本の歴史や人物にも関心を持ち始めたと聞いて、
昨年のクリスマスに私がプレゼントした事典だ。       (高まる漢字への興味
母親にきいてみると、彼は、暇があればこの事典を開いているのだとか。
なかなかいいクリスマスプレゼントだったようだ。

ところで、「猫がいつ頃からいたの?」から始まった、りんりんの疑問は、
「日本は、どうやってできたの? だれがつくったの?」へ発展して行った。
探し出した年表を広げ、西暦だの、紀元前だのと、困惑しながら説明する、ごんさん
様子がおかしかった。彼はが知りたいのは、「日本書紀」とか「神武天皇」などで説明する
「日本の始まり」ではなく、今、彼が関心を抱く、「宇宙の始まり」「地球の始まり」と
同じレベルの、「日本の始まり」だったと思うのだが。
身近な人びと

ベルリンの壁 崩壊から20年

2010年02月10日
昨年9月からドイツの大学に留学している甥から、絵葉書が届いた。
2月末には帰国予定とのことだったが、元気でやっている様子で安心した。
ドイツは非常に寒く、-15℃を体験したと書かれていた。

絵葉書には、薄い石の破片が入った、両面透明のプラスチックがはめ込まれていた。
それが何なのか、特別な説明はなかったが、「ベルリンの壁」の写真と地図、
イギリス、ロシア、フランス、アメリカの国旗の写真が載った絵葉書を見て、
その石片が、崩壊したベルリンの壁の欠片だということがわかった。

     絵葉書
             絵葉書とベルリンの壁の欠片の両面

1961年に建てられた「ベルリンの壁」が、崩壊したのは1989年11月9日。
この極めて重要な歴史的事件は、「ドイツ再統一をもたらし、欧州分断を克服し、
東西対立を終わらせる、一連の出来事の端緒となった
」。
そして、昨年の11月、ドイツはベルリンの壁崩壊から20周年を迎えた。

ドイツ大使館のサイトを見て、「ベルリンの壁崩壊」の記憶を今一度新たにしようと、
大使館の外壁を利用した写真展(2009.9~)が、1月中旬まで開催されていることを知った。

ドイツ大使館は、機会があれば行きたいと思っていた、都立中央図書館(港区南麻布)の
近くにあることがわかり、いい機会だからと、写真展開催中に行くことにした。
有栖川宮記念公園の真向かい、南部坂を上っていくと、右側に大使館の高い壁が見え、
大きな写真が、1970年から現在まで、順を追って張られていた。

写真展大使館
          「ベルリンの壁 崩壊20周年記念写真展」とドイツ大使館

          崩壊前 
                「分断されたポツダム広場」 (1970年)

   1989年
    「壁の上によじ登ってよろこびをかみめる      「壁が崩壊した夜」
    東西両ベルリンの市民」(1989年11月11日)  (1989年11月10日)
  
   1989年
  「1989年秋、東西ベルリン間通関手続き」   「壁を打ち壊すベルリン市民」
                                 (1989年11月10日)

   崩壊後
      「ベルリンの壁跡」   「連邦議会議事堂前でドイツ統一を祝う人々」       
          (現在)                (1990年10月3日)

写真を見ながら、安藤坂を上ると、向いには、「有栖川宮記念公園」の正門が見える。
都立図書館に行くには、この門から入ると近いのだが、再び、写真展を見ながら、坂を下り、
広尾門から公園に入ることにした。 
冬木立ちの園内にある梅林では、大勢の家族連れが咲き始めた紅梅の下に集まっていた。
可愛らしい英語が耳に入った。見ると、ベビーシッターと金髪の小さな姉弟らしい一行。
やはり、広尾や麻布は外国大使館が多いところだ。
旅・散策・イベント

減らない子育ての大変さ

2010年02月09日
現在、保育園の待機児童数は、過去最多の2万5千人を上回るとのことだ。
待機児童は、特に都市部に多いといわれるが、同じ自治体の中でも、子育て中の世帯が
多い地域の保育園は、入園希望者がオーバーするのだ。

私の息子のところは、夫婦共働き。
「子ども生むなら杉並区、老後住むなら武蔵野市」といわれる、杉並区に住んでいる。 
4歳の長女ゆうゆうは、1歳の4月から、自宅から5分程度の公立保育園に通っているので、
まもなく1歳になる次女あいあいも、姉と同じ保育園に今春から通わせたいと申し込んだ。
この公立の保育園に入れるかどうか、来週には通知がくるというが、
厳しい枠があって、姉が通園しているからといって、入れる保証はないらしい。

公立が駄目な場合、姉妹が別々の保育園に通うことになるのだが、駅の反対側にある
私立保育園に申し込もうと訪ねたところ、なんと、100人待ちだと言われたそうだ。
2人の子どもの園があまり離れていると、母親1人で2人の子どもを時間内に迎えに行く
ことが難しく、息子たち夫婦は頭を抱えている。
     運動会
                          親の出番も多い 保育園の運動会         

ところで、家事、育児に関わりたいという父親は、54%と、4年前に比べて増えているとか。
主な育児参加は、子どもと入浴したり、寝かしつけたり、外で遊ぶことなどだそうだ。
わが息子は、子どもが生まれる前から、家事をよくやっていた。 父親になってからは、
おむつ替えから入浴、食事の世話、そして、遊ばせることまで、パワフルにこなしている。
よほど私の育て方がよかったのだろうか?!

親からの経済援助を受けている、25歳から35歳の若い世帯も増えているそうだ。
妻の親からの援助(約3万円)を受けている世帯は、10年前に6%だったのが10%に、
一方、夫の親からの援助(約4万円)は、14%だったのが9%になったと、
ラジオで耳にしたことがある。
また、これらの世帯の多くが、教育費の増加に将来の不安を感じているのだという。
このまま、核家族化や少子化が進んでいくと、子育てや教育の問題だけではなく、
ますます、多様な問題が生じて来るに違いない。 

わが孫娘たちが、この4月から、運よく同じ園に通えたとしても、急な発熱などで、
園に駆けつけたり、家で看病したりと、私の出番も今までの倍に増えるのではないかと、
内心ビクビクしている。息子の家へも保育園へも、我が家からは1時間余かかる。
今まで何度か呼び出され、ゆうゆうの看病に、朝9時までに行き、両親のどちらかが戻るまで
傍にいたものだ。帰宅はたいてい夜9時過ぎとなり、12時間労働の1日になってしまう。
そんな時は、電車の乗換えも面倒なほど、疲れを感じて、うたた寝するときもある。
とにかく、まず、私自身の健康保持が一番だと、肝に銘じているのだが。
身近な人びと

歩道の物語 

2010年02月08日
先日訪ねた世田谷区立の図書館で、「せたがやの民話と伝説」という本を見つけた。
その本には、区内各地区に残る民話や伝説が集められているが、その中の4話の絵タイルが
烏山川緑道にあった。
また、川崎駅前には、「鶴の恩返し」の絵タイルがあったので、ご紹介することにした。

世田谷の民話絵タイル  
  タヌキ キツネ
    「岡本の大六天森のすねこすりタヌキ」  「子別れ儀式やめて 鎮守で暮らす母子キツネ」
            (岡本)                        (池尻・三宿)
  地蔵 猫
     「しょんべん地蔵はこどもと遊ぶ」          「和尚さんのネコが 殿を招く」
            (深沢)                         (豪徳寺)

「岡本の大六天森のすねこすりタヌキ」
岡本では、夜に庚申坂を通ると、何者かにすねをくすぐられ、驚いているうちに
荷物をとられるという事件がおきていた。そんな中、母親のために薬をとりに行った娘が、
すねこすりに遭った。ちょうどその時、子タヌキが崖から落ちて気を失ったので、
娘は持っていた母親の薬を飲ませ、六天森に放してやった。
その後、すねこすりはパタリと止み、その娘の嫁入りが決まると、たぬきの親子が来て、
すねこすりをしていたことを謝り、娘に立派な嫁入り道具を贈ったという話が伝わっている。

「子別れ儀式をやめて 鎮守で暮らす母子キツネ」
池尻村と三宿村の境に住む、親子キツネの話。姉キツネの毛色はキツネ色なのに、
妹キツネは鉄砲うちにすぐ見つかってしまうような銀色の毛だった。 
子別れ儀式の日、鉄砲うちが現れた。とっさに、母キツネは妹キツネをかばい、
姉キツネはすばやく鉄砲うちに襲いかかったので、鉄砲うちは慌てて尻餅をつき、
その隙に、キツネたちは池尻の稲荷の森に逃げ込み、危うく難を逃れた。
その後、3匹は子別れをやめて、母子で神に仕えて暮らすことに決めたという。

「しょんべん地蔵はこどもと遊ぶ」 
深沢村や新町村の子どもたちがいつも集まって遊ぶ村はずれの木の下に、お地蔵さんが
祀られていた。雨でもないのに、お地蔵さんが濡れていることがあるのが不思議だった。
ある時、善吉じいさんが木の上を見ると、村の子どもがお地蔵さんめがけてしょんべんを
していた。 善吉じいさんは、早速、家に帰り、子どもたちがいたずらをしないように、
お地蔵さんを囲う小屋を作ったが、その晩、熱にうなされた。 明け方になって、
「せっかくだが、小屋は要らない。壊してくれないか」という、お地蔵さんの声が
聞こえたので、善吉じいさんは、言う通りに小屋を壊したという。
それから、このお地蔵さんは、「しょんべん地蔵」として子どもたちの身代わりとなって、
村を守ったということだ。

「和尚さんのネコが殿を招く」 
世田谷に検分に来た彦根藩主の井伊直孝が、松の木の下で休息をとっていると、
猫が手招きをした。手招き仁応じて庵に行くと、急に空が暗くなって雷雨となり、
それまでいた松に雷が落ちた。猫のお陰で難を免れた直孝は、この庵を井伊家の菩提寺とした。
もともと、世田谷城主五代目吉良政忠が、伯母を供養するために建てたものだったが、
井伊家の菩提寺となってから、直孝の法名から豪徳寺と呼ばれるようになった。
現在も招き猫を祀った堂が境内にあり、多くの招き猫が奉納されている。
( 豪徳寺は招福猫児(招き猫)発祥のお寺として有名)

JR川崎駅東口の絵タイル (川崎市)
      川崎駅 川崎駅

      川崎駅 川崎駅

川崎駅前の歩道に、「鶴の恩返し」や「夕鶴」の鶴をモチーフとしたと思われる、
4枚の絵タイルがある。なぜ、川崎に「鶴の恩返し」かと、市役所に問い合せてみたが、
この絵タイルは昭和60年頃に作られたもので、経緯はわからないということだった。
川崎市で、オペラ「夕鶴」(木下順二 作)の公演が行われたからなのだろうか。

「鶴の恩返し」は、人間に助けられた鶴が、そのお礼のために訪ねてくるという、
全国各地に見られる話だが、お話の結末は色々で、「おじいさんとおばあさんの娘になる」
「青年の嫁になる」「青年の嫁になり、子を授かる」など、
少しずつ違って伝えられているようだ。 
旅・散策・イベント

猫たちのお好みの居場所

2010年02月07日
わが庭で生まれた猫たちは、それぞれに、好みの場所があるようだ。
トラは、生れたときから、もっとも臆病だったが、今でも行動範囲はきわめて狭い。
道路を横断し、お向かいのさいとうさんのところまでは行っているようだが。
  トラ    トラ
       すまし顔のトラ  アプローチで              2階屋根近く

アミはおてんば娘。怖いもの知らずで、どこへ行っているのかわからないが、何日も
姿を見ないこともあるし、たまに、背中や足にイノコヅチをつけて戻ってくるときもある。
 アミ アミ
        悠然と眠るアミ   アプローチで             籠にはまって眠るアミ

わが庭で生まれ、いつの間にか、さいとうさんのところに引越して、親戚猫たちを見守る、
「あねご」猫?となったクク。めったに来なかったのに、夏に生れたシロクロ
大きくなったからか、ときどき、やって来るようになった。
 クク  クク
        クク   アプローチで                 近くの駐車場で

ケシは男の子だが、手術済みなので、行動範囲は比較的狭く、わが庭から離れたところで
たまに見かけることがある。そんなときは、「ケシ!」と呼んでも知らんふりだ。
    ケシ    ケシ 
      2階ベランダ手すりで日向ぼっこ?         探検中ののケシ    
動物など

気功「六字訣」を学ぶ

2010年02月06日
気功の楊先生は、重要なツボや経絡、それに応じた「摂るべき食材や調理法」などを
教えて下さる。また、気功のほか、リンパの流れをよくするための「リンパ体操」を
練習することもある。この体操は、先生が考案された、7種類の動きで、すべて行っても
1回5分程度のものだ。
気功同様、毎日、家でも行うのが理想だが、怠け者の私は、ついつい、省略してしまう。

私が中国語を習っていることをご存じの楊先生は、ある時、先生が発音する6つの漢字を
書くように言われた。最初の音は「fei」だった。「飛」と書けばよかったのだが、
中国語の簡体字「飞」なら書けるのに、なぜか、自信を持ってちゃんと書けず、
結局、助け舟を出してもらって「飛」と書くことができた。次は、「香 xiang」で、
日中とも全く同じ字なので、問題なし。「feng 风」は「風」、これも書けた。
「平 ping」「和 he」も日中同じだ。
最後は「kai 开」は「開」。手を前に広げながら、口を大きく開け、「カァ~イ」。        
         気功教室                     
「飛」の字を書けなかったことは、私にとって大変にショッキングな出来事。
脳の老化は勿論だが、普段、パソコンに頼っていて、手書きすることがあまりない上に、
どうやら、メモ書きをする時など、簡体字を使うことが多いのも原因のようだ。
簡体字は、概ね画数が少ないので、速く書ける。       

簡体字(かんたいじ)は、1960年代に中国で制定された、簡略化された漢字の字体。
現在、中国大陸やシンガポールでは、ほとんどの出版物や教育現場で簡体字を用いており、
片や、台湾や香港などでは繁体字を使い続けているため、簡体字が読めないという人が多い。

       飞   香   风   平  和   开  
       飛  香  風  平  和  開 

紛らわしいことに、簡体字の中には、日本の新字体や簡略化された漢字と同じものがあるし、
簡体字が日本の別の漢字と衝突することもある。 
ほんの一例をあげると、「机」は日本では「つくえ」だが、簡体字では「機」の略字である。
また、「叶」は、日本語では「かなう」と読むが、簡体字では「葉」の略字となる。
最も頭を悩ますのは、簡体字では「対」の字にある「点」がなかったり、「写」の字の横棒が
突き抜けると、間違いになってしまうことなどだ。日中の書体が全く異なるならまだしも、
ほんの少し違う漢字を覚えるのは、至難の業。脳トレと思って続けるほかないようだ。

話は6つの漢字に戻る。楊先生は、この6つの漢字を中国語で発声しながら行う、
「六字訣(ろくじけつ)」という気功法を教えて下さったのだが、当初は、この「訣」の意味も、
6つの漢字を発声することの意味も分からずじまいだった。

「訣 jue」を調べてみると  
中日辞典には 1 ① 物事の内容や要点などを覚えやすいように 口調よくまとめた語句
             掛け算の九九のようなもの   ② 奥の手 秘訣  2 別れる
大辞泉には  1 きっぱりと別れを告げる「訣別/永訣」
          2 簡潔に言い切った秘伝の文句 奥義「口訣(くけつ)・秘訣・要訣」とあった。

さらに、ネットで検索してみると、「六字訣」は、中医の理論に基づいて編纂された、
今も中国で広く行われている功法の1つだ。
「六字訣」では、6つの文字を発声すると同時に、ツボや経絡に意識を集中させるのだそうだ。
楊先生の考えられた「六字訣」は、6種類の動きで各々の文字の意味を表現し、発声の際の
口の形や声の振動で、ツボや経絡にいい刺激を与える、と聞いた。   (気功と養生

楊先生は、冬休みの間に考えられたのだろうか。「飛・香・風・平・和・開」につづいて、
今年、7つ目の「心 xin」を教えて下さった。6つの功法はうろ覚えのまま、
7つ目に挑戦しなくてはならない。まずは、形を覚えるので精一杯だ。
先生のように、流れるような綺麗な動きをしたい。いつになったら、できるようになるだろうか。
中国・中国の旅

豆まきの約束が・・・!

2010年02月05日
孫のりんりんと一緒の豆まきを、楽しみにしていた義父が、節分を待たずに
1月の末、他界した。            (玩具が持つ思わぬ効用
りんりんは、この曾祖父のことを、「ほたるのおじいちゃん」と呼んでいた。
「ほたる」は、2階のごんさんの弟一家が飼っている、ゴールデンレトリバーの名前で、
りんりんも小さいときから、親しんでいる、仲良しである。
      
           ほたると
                2歳のりんりんとほたる

彼は、葬儀の間は、さすがに、神妙だったが、それ以外は、従妹のゆうゆうといっしょに、
楽しそうに跳ねまわったり、折り紙で遊んだりと、随分とにぎやかだった。
告別式の朝、持っていた折り紙に、「見ないで」と言いながら、てがみを書いた。
いよいよ最後のお別れが来た。 花と折鶴で飾られた「ほたるのおじいちゃん」の胸に、
彼は「てがみ」をそっと置いてから、しばらく、見つめていたが、こらえきれなかった。
ごんさんから借りた大きなハンカチで顔を覆いながら泣き出してしまった。
     てがみ
                  「ほたるのおじいちゃん」へ   
ほたるのおじいちゃんへ 
ほたるのおばあちゃんもしあわせにしています。ぼくもおじいちゃんのこと、
まめまきを2月にすることをまてませんけれど、おばあちゃんと、できます。
ではまたこのことのおてがみをかきます。 
 
彼は、「ほたるのおじいちゃん」が病院から自宅へ戻った日から、お通夜、告別式、そして、
自宅へ落ち着くまで、3日間、出来る限りいっしょに過ごした。
3年前、私の父が亡くなった際、それまでに病院へ何度もお見舞いに来てくれたりしたが、
当時3歳だった彼は、お寺に鯉がいたことくらいしか覚えていないらしい。
幼時の記憶は、4、5歳くらいからしか残らないというのは、どうやら本当のようだ。 
とすると、4歳になったばかりのゆうゆうにとって、今回のことはどうだろうか。

通夜の席で、りんりんが「般若心経のお経はあげないんですか」と、
導師(曹洞宗)にたずねると、「四十九日のときにあげますよ」ということだった。
以前、りんりんといっしょに「般若心経」を覚え始めたが、最後まで続かず、
今は、2人ともすっかり忘れてしまっている。

「かんじざいぼさつ ぎょうじんはんにゃはらみったじ しょうけんごうんかいくう 
どいっさいくやく しゃりし しきふいくう くうふいしき しきそくぜくう くうそくぜしき・・・」

3月の法要までに、もう一度、覚えようと、りんりんと約束を交わした。
身近な人びと

春に入る

2010年02月04日
今日は24節気の1つ、立春。春の気はじめて立つ。
冬と春の分かれる節目の日(節分)の翌日で、寒さが明け、春に入る日。いわば「春の初日」。

2月に入り、東京都心では、この冬初めての積雪があった。
1日の晩に降りだした雪は、2日早朝には止んでいた。

       南 7:20
                      2階ベランダから

         北8:30
                      ネコの足あと 北側屋根

   門前8;50
                      ネコの足あと 道路

       近所 8:55                   
         
             雪だるま 12:30

                小学校 13:30
                        小学校のポスト

         椿 15:30

            空地 16:00
旅・散策・イベント

進化するコンビニ 

2010年02月03日
今日は節分。
お正月が過ぎると、スーパーやコンビニで、「恵方巻予約」の文字を見かけるようになった。
今年は「西南西」が恵方だそうだ。
我が家では、りんりんが来た昨日、1日早い「豆まき」をして「恵方巻」を食べた。

      セブンイレブン セブンイレブン 
            天井から下がる大きな恵方巻

約40年の歴史を持つ、わが国のコンビニエンスストアが、大きく変わりつつあるという。
今や、全国のコンビニの年間売上高は、全百貨店の年間売上高を抜き(2008年)、
公共施設の病院、大学、庁舎内などへの出店も、確実に増えているようだ。
支払いも、通常の現金払いの他、各種料金の収納代行や一部商品の代金を除いて、
クレジットカード・プリペイドカード・電子マネーなどが使用できるようになった。 
私は「ナナコ」(セブンイレブン・デニーズなどのプリペイドカード)や「Tカード」
(ツタヤ・スリーエフ・ドトールなど)を、「スイカ」などと同様、結構重宝している。

          サンクス サンクス
            「中華まん」は 冬のコンビニで大人気

取扱商品の範囲が大きく広がるとともに、宅配便の取次や 公共料金収納代行などの
サービスが始まり、銀行のATMが設置され、チケットなどの取扱い、ゲームソフトなどの
販売なども行われるようになった。
さらに、渋谷区では、「セブンイレブン」に設置されたマルチコピー機を利用して、
住民票の写しや印鑑証明書を発行するサービスが始まった。
渋谷区のほか、三鷹市、千葉県市川市でも。総務省によると、全国初の試みで、
3月から1都8県の自治体に拡大されるという。

             ATM ファミリーマート 

昨年秋、「スリーエフ」や「ミニストップ」では、日本初のコンビニの店舗駐車場を
利用した、「カーシェアリングサービス」を開始したそうだ。自宅より徒歩圏内
(半径800m以内)にある、普段利用しているコンビニを活用することにより、
利用者の便宜を図るのが目的だとか。

           本屋 スリーエフ
                   書店といっしょ  大田区

薬局や本屋と一緒になったコンビニも見かけるようになった。   
カフェのように、カウンターと椅子が置かれたコンビニも増えてきたように思う。
コンビニで買ったファストフードを食べながら、コンビニで買った本や雑誌を
読んでいるのは、若者に限らないようだ。
      
         カフェ ファミリーマート
                   コンビニ内のカフェ  

24時間、日常の買い物ができるだけでなく、軽い食事ができ、本が読め、チケットも買え、
商品の取次もしてもらえ、郵便局、銀行、そして役所の用が足せるようになった。
コンビニがコンビニと云っておれないほど、街の機能を一手に担う日が、すぐそこに
来ているのかもしれない。

因みに、売上高の順位(2009.1)は、①セブンイレブン、②ローソン、③ファミリーマート、
④サークル系サンクス、⑤ミニストップ、⑥デイリーヤマザキ、⑦am/pmだったが、
am/pmは、ファミリーマートに統合されることになったという。
つれづれ

もがり笛(虎落笛)

2010年02月02日
今年の干支「寅」から連想したわけではないが、好きな言葉に「もがり笛」がある。
冬、竹垣や柵などに烈風があたって、「ヒュウゥ~」と唸る音が、笛の音に聞こえる
ことから、昔の人は、この音を「虎落(もがり)笛」と呼んだ。
「もがり」は、竹を組み、縄で結び固めた柵や垣根のことで、これが、中国奥地の
「虎を追い払い、寄せ付けないための、竹を連ねた柵」を、虎落といったことから、
この字を当てるようになったと言われている。

語源は、「捥(も)ぎ木」や「捥がれた木」だとも「物懸り」だとも、
貴人の遺体をしばらく安置しておく仮の祭、「殯(もがり)」に由来するとも言われる。
戦のとき、竹を組んで柵とした矢来のようなもの、また竹を立て並べた紺屋(こうや)などの
物干しなども「もがり」と呼んだそうだ。
    
      花巻 2007.1

都会の冬の烈風は、電線を鳴らし、室外機のファンを回すことが多いのかもしれない。
夜半の木枯らしが鳴らす笛の音は悲鳴のように聞こえる。
「もがり」という言葉は、その音の響きが好きで、記憶に残っているが、この言葉を聞くと、
何とも淋しげで、暗くきびしい冬の情景が目に浮かぶ。冬の季語である。
 
     樹には樹の哀しみのありもがり笛  木下夕爾

     一汁一菜垣根が奏づ虎落笛     中村草田男

     虎落笛子供遊べる声消えて      高浜虚子


      野鳥公園 2005.1

立春間近とはいえ、この音色が聞こえる季節は、しばらく続くことだろう。
つれづれ

新しい電波塔 「東京スカイツリー」

2010年02月01日
上野の国立科学博物館の地球館屋上から、現在、建設中の東京スカイツリーが見える
ことを、週1度送られて来る「科博メールマガジン」(11/26号)で知った。 

昨年11月末、上野に出かけた際、時間があったので、思い立って、科博の屋上に上ってみた。
地球館の屋上は、ハーブガーデンとパラソルガーデンになっていたが、ひっそりとしていて、
ひと組の父子に出会っただけだった。

         ハーブガーデン
                      ハーブガーデン

すっかり色づいた上野の森に囲まれた、学士院、東京国立博物館、東京藝術大学、
五重塔などが眼下に、遠くには秩父、多摩の山々が見える。
澄んだ青空の下、視線を遮る建物もなく、思いがけず、静かな晩秋の風景が楽しめた。

         上野の森 
               科博の日本館、国立博物館などが見える

この地球館屋上の東側の柵に、「スカイツリー」の写真(2009.8撮影)が張ってあった。
公式サイトのホームページで、「NOW ○○○m」と、建築工事の進み具合がわかる。
2008年7月に着工された「スカイツリー」は、この写真撮影時は、118m。
私が訪れた11月末、215mの高さだったが、年末には、245mになった。

2009.8.21 2010.1.7
     118m 2009.8.21現在 撮影写真のタワー           245m  2010.1.7

新年になって、孫のりんりんと科博に行った際、再び、屋上に上ってみた。
帰宅後、サイトを見たが、まだ、正月休みのせいか、年末と同じ高さのようだった。 
現在、281m(1月22日現在)。
因みに、中国語では、「東京天空樹」というようだ。

「東京スカイツリー」は、墨田区押上に建設中の電波塔。2011年末、遅くても
2012年早春に、竣工の予定。
完成時には、634mになる予定で、キエフテレビタワーを上回る世界第1位となり、
自立式建築物としては、広州テレビ・観光塔(建設中)を上回り、ブルジュ・ハリファに
次ぐ世界第2位の建物となる予定だという。 (Wikipedia)

この「スカイツリー」の建設目的は、東京都心部に増えた超高層ビルによる電波障害の
発生区域を低減することにあるという。すでに、地上デジタル放送やワンセグ放送が
普及してきており、2011年7月には、地上アナログテレビ放送が終了となるため、
「東京タワー」に代わって、地上デジタル放送用の電波塔となる。

一方、港区芝公園にある「東京タワー」は、昭和33年に完成した、東京地区の集約電波塔。
高さは約333mと、パリのエッフェル塔より高く、当時の自立式鉄塔としては
世界最高だったというが、着工からわずか1年3か月で完成したのだという。 
地上アナログ・デジタルテレビジョン放送(VHF・UHF)及びFM放送のアンテナとして、
放送電波を送出する他、JR東日本の防護無線用アンテナや東京都環境局の
各種測定器なども設置されているそうだ。

「東京タワー」が出来たばかりの頃、叔父に連れられて行った記憶がある。
その後は、タワーの下までは行くことはあっても、展望台まで上がったことはなかったが、
今年の元旦、1時間近く並んで、エレベーターで大展望台に上がり、初日の出を見た後、
混んだエレベーターを避けて、階段を下りた。  (今年の元日の旅

  2009.11.29 2010.1.1 展望台へ
       2009.11.29       2010.1.1      地上150mまで、600段の旅を!       

「東京タワー」が電波塔としての役目を終えても、今年の元旦の、大展望台からの
眺めや下り階段の途中で見えた眺めは、いつまでも忘れられないだろう。       
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