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3人乗りの電動自転車 

2010年03月31日
最近、街で自転車ツウキニストをよく見かける。そんな自転車通勤ブームもあって、
昨年は自転車がらみの人身事故が、前年度に比べおよそ2倍に増えたという。
歩道を歩いていると、スピードを落とさずに、歩行者の間をすり抜ける自転車が多い。
歩道は、本来、自転車の通行は禁止されている。だが、大型トラックなどがビュンビュン
通る車道を、自転車で走るのは怖いし危険なので、歩道を通ることになってしまうのだろう。

先日、文京区の国道17号線の一部に、都内の国道では初めて、自転車専用のレーンが
設けられたと聞いた。
東大農学部前から千石の交差点までだそうだが、都内の国道で初めてとは、驚きだ。

山形市など、すでに専用レーンが設けられているところがあるが、利用者は少ないという。
というのも、路上駐車する車が専用レーンをふさぎ、自転車は、車道にはみ出して走行する
ことになる場合も多く、かえって危険を伴うからなのだとか。
文京区に設置された専用レーンでも、初日、このレーンに駐車する車が見られたという。
歩行者、自転車、両方とも、安心して通ることができる道になってほしいものだ。

自転車に乗っていての怪我は、誤った使い方や、整備不良など、自分の不注意によるものも
少なくない。例えば、ハンドルにぶら下げた袋で、前輪がブロックされてしまい、
チェーンが外れたといったような、ちょっとした配慮で、未然に防げる事故が多いようだ。
随分昔の話になるが、息子が小学生の頃、友達が、母親の運転する自転車の後部座席で、
足を後輪に挟み込んで怪我をしたことがあった。当時の自転車には、今のようなガードは
付いていなかったこともあるだろうが、後部に座るには、彼の脚は長過ぎたのかもしれない。

ところで、阿佐ヶ谷の息子のところでは、保育園の送迎に、自転車を用いている。
1年前までは、一人娘のゆうゆうを前椅子に乗せての往復だったが、2月にあいあい
生れたので、姉を前椅子に乗せ、妹を背中にオンブしての送迎となっていた。

    試乗用
         3人乗り電動自転車の試乗をどうぞ       大田区のスーパー

先月、母親の負担を少しでも軽くしようと、3人乗りの電動アシスト自転車を買った。
ちょうど、昨年の夏、自転車の3人乗りが解禁になり、3人乗りの電動自転車が発売された。
幼児2人を乗せられるように、フレームの強度やブレーキ性能を向上させたものだという。
ゆうゆうを乗せて試乗してみた母親によれば、「重たかった」そうだが、安定性を重視すれば、
本体だけでも、結構、重くなってしまうのだろう。

お値段は、発売当初よりは安くなったものの、10万円以上したそうだが、この4月から、
2人の娘を乗せて、園への送迎をするための必需品なので、無理したとのこと。
自転車だと、自宅から保育園まで10分。園から母親の仕事場まで15分だという。
雨の日は大変だろうなと、心配になるが、2人が同じ保育園に入ることができただけでも、
ラッキーだった。それだけでも感謝しなくてはなるまい。

明日は、いよいよ、あいあいの初登園の日。2人を乗せての保育園経由、
自転車通勤の初日ということになる。
電動自転車の扱いに、一日も早く慣れてと、安全通園、通勤を願うばかりだ。
下り坂では急に加速されるので、細心の注意が必要だと、先日、アドバイスをしておいた。

実は、1年前に買った電動自転車の初乗りで、私は大失敗をした。それは下り坂でだった。
ブレーキのかけ方がまずく、電柱に激突して、思いっきり、Gパンと膝を擦りむいた。
以来、私はこの電動自転車には滅多に乗らない。もっぱら、ごんさんの専用車となっている。
身近な人びと

わが家にも歴史ブームの風

2010年03月30日
最近、歴史ブームだという。「もういちど読む 山川日本史」や「山川世界史」(山川出版)
ベストセラーだと聞いた。「高校教科書を一般読者のために書き改めた通史」だそうだ。

先日、車内広告で、「信長の野望 天道」という、歴史シュミレーションのゲームソフトを
見たが、パチンコ屋さんの前を通っても、何やら戦国武将が闘っている幟が立っていたり、
戦国武将の名がついた個室がある居酒屋までも現れたりしている。

どうやら、この歴史ブームは、戦国時代の英雄を主人公にした大河ドラマや、
「戦国BASARA」というゲームソフトが大きく影響しているらしく、伊達政宗、真田幸村、
長宗我部元親といった戦国武将が、若い女性の間で人気者になっているとのこと。
こうした「歴女(レキジョ)」とか「戦国乙女」と呼ばれる女性たちは、歴史大好きというより、
ゲーム上の恰好よく作られた、武将のキャラクターに夢中で、武将ゆかりの地を訪れたり、
関連グッズを集めて、楽しんでいるようだ。
彼女たちは、戦国時代以外の歴史や人物にも、興味を示しているのだろうか。

わが家も、孫りんりんのお陰で、俄かに歴史ブームの風が吹き始めた。
「侍戦隊 シンケンジャ―」や母親と見ていた「篤姫」「天地人」の影響もあるようだが、
昨年の誕生日に、私がプレゼントした「日本の歴史人物伝」が引金となったようだ。
当初は「植村直己って知っている?」だったのが、「野口英世博士みたいになりたい」から、
最近では、「夏目漱石みたいにお札に載りたい」などと言いだす始末。

歴史上の人物でも、目の前にいる人でも、「何時代の人か」ということが、彼の関心事。
義父の葬儀の際、義母やその姉たちが大正生まれだと聞いて、しきりに感動していた。
そんな彼に、「平安時代(794-1192)が一番長いんでしょ」と問われ、「江戸時代(1603-1867)
じゃないの」と応じたが、「否」と正されて、自分の記憶が如何にいい加減なものだったかと、
ショックを受けた。考えてみると、受験勉強中は、やみくもに暗記するのみで、試験が終れば、
きれいさっぱり忘れてしまっていた。

最近、りんりんの相手をするため、世界の出来事も載っている「日本の歴史年表」と
「日本史図録」を購入したが、両方とも即座に、彼の家に持って行かれた。

      年表
                りんりんの部屋に貼られた年表

わが家用にと、再び、書店で年表を探したが置いてなかった。そこで、「日本史年表」付の、
「ずかん百科 日本の歴史」(学研)と、自分用に、「早わかり 日本史」と「早わかり 世界史」
日本実業出版社)を買ってきた。
りんりんが歴史に夢中ということで、友人のYさんが、お子さんたちが愛読した「学習漫画
日本の歴史」(集英社)を譲って下さり、わが本棚の歴史コーナーは、だいぶ賑やかになった。
これらの本を、彼は自宅に持って行きたがったが、こればかり読んでいられても困ると、
母親に止められて、渋々諦めた。
   
        歴史コーナー

因みに、歴史に興味を示す小学生たちを、「歴チル」というそうだが、何にでも興味を持ち、
自分で知ろうとする、わが孫りんりんは、「歴チル」なのだろうか。
情報源は、本や雑誌や博物館だけでなく、テレビや人の話などあらゆるところで、
「一番好きなのは、カガク、理科かなあ」と、宇宙にも恐竜にも昆虫にも関心を示すが、
目下のところ、「日本の歴史人物伝」に載っている、人物に最も興味を抱いているようだ。

宮沢賢治の頁に載っていた「雨ニモ負ケズ」を丸暗記したり、賢治記念館に行きたいとか、
夏目漱石ゆかりの地に行きたいとか、「歴女」のようなことを言うようになった。
「銀河鉄道の夜」などの賢治の童話を借りてきても、積んだままだと、母親は嘆く。
それでいて、どうみても小学校中高学年向の、夏目漱石の伝記を、ルビに頼りながら、
どんどん読んでしまうのだと、母親は驚いている。

先日、りんりんを連れて、父の眠る、早稲田(新宿区)夏目坂の菩提寺に墓参に行き、
その後、お寺からほど近い、「漱石公園」に足をのばした。
園内には、漱石が晩年の9年間を過ごした「漱石山房」や、飼っていた犬や猫の塚を
復元して、展示してある。                    (お墓を巡る人々
6歳の彼を、ハカマイラーにするには早過ぎるので、雑司ヶ谷にある漱石のお墓参りは、
先延ししたが、これから、彼の関心は、どう拡がっていくのだろうか、気になるところだ。
身近な人びと

一階に越した猫食堂

2010年03月29日
今月初め、私は、2階の部屋から、1階の、かつて父の書斎だった部屋に移った。
ちょうど4年前、父は緊急入院し、手術。その後10か月続いた入院生活。
途中、89歳の誕生日を迎えたが、とうとう戻ることのなかった部屋だ。 
この部屋の南側の窓からは、父が毎日眺めていた、紅梅や手向山(枝垂紅葉)、
そして、石灯籠や蹲などを見ることができる。

14年前、シェルティのアルバートがいなくなってから、庭を横断し始めたノラ猫たちは、
父に追い払われることはあったが、だんだんに、この庭の主になっていった。
先月までの、2階ベランダの猫食堂?には、ケシ、トラ、アミの3匹が食べに来る程度だったが、
私が1階に移って、猫食堂も一階に移して以来、わが庭で生れた猫のほか、
お馴染みの親戚猫や地域猫以外にも、首輪をしたどこかの飼い猫が、入れ替わり立ち替わり
現れていることがわかった。

 ごはん まあだ? 早くう~"
     「ごはん まあだ?」とケシとトラ         ケシの「お願い」スタイル 

ある朝、様子をみていると、親戚猫ミケの子であるクロシロの子育てを手助けする、
ククが最初に食べる。1mほど後方にクロが控えていた。
ククが食べ終わると、次はクロの番。ククが少し離れたところで、見守っているせいか、
クロは安心して食べ始めた。

         ククとクロ
                ククが食べ終わるのを待つクロ
   クロ クロ   
         すごい食欲のクロ 1皿目             2皿目

        ミケ 
          遠慮がちなミケ クロとシロの母親 

                   ラスカル
                          警戒心強いラスカル

赤い首輪をした猫は、今までに何回か見かけた。1度だけ来た青い首輪の猫については
どこのだれだか、さいとうさんも、把握していないとのこと。

   赤首輪
          よそのゴハンは美味しいのか? 赤い首輪の飼猫   

私がもっとも図々しいと思う猫は、白地の部分に大きな黒丸がある猫。
かなり遠くからやって来るようで、身体が大きいことや、ラスカルを追いかけていたので、
オスだろうと思われるが、さいとうさんもそれ以上のことはわからないらしい。
ノラ猫にしては、栄養状態もいいので、どこかの飼猫かもしれない。

「わが庭の猫食堂」は、私の気まぐれや依怙贔屓で、時々振れることはあるが、原則として、
わが庭で生れた猫たちやお馴染みの親戚猫に、開放している心算だ。
他所の飼猫や通り掛りの猫にまでサービス気はない。しかし、だからと言って、ずっと
番をしているわけにもいかず、一々追い払うことも出来ず、ついつい隙を狙われてしまう。
とりあえず、部屋を離れるときには、食べ終わった皿を引きあげているが、
何か名案はないものだろうか・・・。
動物など

菜種梅雨の頃

2010年03月28日
3月中旬から4月にかけて、菜の花が咲く頃にやってくる長雨を、「菜種梅雨」とも、
「春霖(しゅんりん)」ともいう。霖とは三日以上降り続く雨のこと。
この時季は、曇りや雨の日が多く、すっきりしない天気が何日も続いたりする。

3月半ば、鶯の初音を聞いてから1週間、毎朝、鶯の声を聞き、春を実感していたのだが、
お彼岸過ぎに真冬を思わせる、冷たい雨の日が続いた。
コートもマフラーも手袋も要らないと思えるほど、暖かい日があったのが嘘のようだ。

今年の春分の日は、寒かった。この日、孫りんりんたっての希望で、福島県の野口英世の
生家を訪ねたそうだが、「みぞれが降ってきて寒かったんだよ」と、彼が話してくれた。
前日の夕方、出発、栃木県宇都宮泊で、翌朝、生家に向かったそうだが、娘の言によれば、
「高速料金が千円でなければ、あんなに遠くまでは行かなかった」とのことだった。

囲炉裏がどんなものかを知らないりんりんは、清作(英世)が落ちて大火傷した囲炉裏を見て、
「これがあのイロリなのか~!」と感激していたそうだ。猪苗代湖にも行ったはずだが、
「清作のおかあさんはシカというんだ」などと、彼の話は、もっぱら、野口英世のこと
ばかりだった。
野口英世の生家の次は、福島県よりさらに遠い、岩手県の宮沢賢治記念館に行きたいと
言い出しそうだ。

     菜の花

「菜種梅雨」は、菜の花をはじめ色々な花を催す(咲かせる)という意味で、
「催花雨(さいかう)」とも呼ばれる。
同じ発音の「菜花雨」から「菜種梅雨」になったという説もあるようだ。

        豌豆の花2010.3.25
                  雨に濡れる「豌豆の花」

     2010.2    2010.3
        2010.2.21         豌豆の花          2010.3.25

 2010.22010.3
        2010.2.21     蚕豆(そらまめ)の花           2010.3.25
      
          病院の窓から東急病院の窓より 2010.3
           
東急線大岡山駅の2階にある病院の窓から、グリーンカーテン越しに、ロータリーが見える。
因みに、この病院へは、駅改札を出て、雨に濡れずに行くことができる。(緑のカーテン)   

            新一年生の集団下校2009.4
                   新1年生の集団下校風景
 
                ケシとトラ 
         軒下の籠の中で  2日続きの雨にうんざりのケシとトラ
     
     アミ
         お腹を空かしてやって来た、ずぶ濡れのアミ  
旅・散策・イベント

頑張っています 蔓も草木も!

2010年03月27日
街を歩いていると、つい、足を停めて、目を凝らしたくなるときがある。
ここ数年、自然の力を活かそうと、グリーンカーテンをしつらえた公共施設、病院、
スーパーなどが増えてきたが、見事なカーテンだけではなく、植物の意外な姿を見かけ、
驚かされる。

      蔓 蔓
         フェンスに遺された 小学校の藤蔓            杉並区

管から竹? 竹の再利用
 鋼管から這い出した竹?       自家製の竹のプランター       大田区

         川崎市
       現役を引退して第2の人生? 駐車場に鎮座している車    川崎市    
  
 日野市 立川市
 電柱と見紛うような幹 日野市      三方を緑のカーテンが覆う家  立川市           
旅・散策・イベント

進化したアルバム?

2010年03月26日
先日の朝日新聞に、「デジタルフォトフレーム」についての記事があった。「デジタル
フォトフレーム」は、デジカメで撮影した画像を、簡単に表示できる写真立てのこと。
2009年の国内販売台数が、初めて100万台を突破し、110万台に達したという。
私がラジオで聞いたのは、2008年の販売数は38万台で、2009年は135万台。
100万台を突破し、その8割が贈答用だったというものだった。 
110万台にしろ、135万台にしろ、いずれにしても、ものすごい売れ行きだ。

この写真立てに初めてお目にかかったのは、昨年の夏、絵のお仲間Hさんのお宅に
お伺いしたときだった。彼女のご主人が、北京に単身赴任されるとき、会社のみなさんから
お餞別として2台贈られたそうだ。1台は中国、もう1台は日本というわけ。
すでに、Hさん宅のものには、北京でのご主人とのツーショットが入れてあった。

わが家にも1台、この「デジタルフォトフレーム」がある。
昨年、ごんさんの父が体調を崩して、入退院を繰り返していたため、敬老の日のお祝いに、
草花や風景、曾孫の写真などをこのフレームに入れて、プレゼントしようと買い求めたもの。
川崎のヨドバシカメラで、比較的小さく安いもの、2種類のうち、使い方のやさしい方を選んだ。
フレームに挿入する、メモリーカードを買っても、1万円しなかった。

帰宅後、パソコンに保存してある写真の中から、適当なものを選び、メモリーカードに移した。
草花、風景、巨樹の写真、りんりんゆうゆうの写真を入れても、まだ入りそうだったので、
わが庭の猫たちの写真も入れた。
写真だけを表示させたり、時計やカレンダーを入れたりもできるし、スライドショーの
間隔や形など、いろいろ設定することもできる。

    コスモス
        コスモス                     
                  鳥海山
                               秋の鳥海山

撮った写真をプリントしたり、アルバムに整理する手間が省けて、なかなか楽しいものだと、
しばらくの間、居間に飾って置くことにした。

数年前までは、旅の写真も孫たちの写真も、一旦、パソコンに整理し、CDに移して保存し、
その中から選んでプリントし、アルバムに入れていた。
娘や息子のところとの画像のやり取りも、数年前まではCDだったが、このところ、お互いに
面倒になり、メモリースティックやカードでのやり取りになった。
つい最近も、息子から、私が撮った、七五三以降の写真の画像が欲しいとのメールが来たので、
先日の法要のときに、メモリーカードを渡したばかり。

12月、孫たちの1年分の写真を集め、その中から選んだ画像で、カレンダーづくりを始める。
りんりんが1歳になったときからだから、もう、5年になる。
考えてみると、ここ数年、カレンダー作り以外、写真をプリントすることはめったになくなった。   
つれづれ

歩いていると

2010年03月25日
           看板    カルガモの車止め        
             看板の裏に カルガモの車止め  目黒区 
          
    鬼瓦ポスト  ポスト
      鬼瓦の郵便受   文京区        ポストの郵便受   杉並区
 
           塀の上のタワシ
                 塀の上にタワシ  大田区
       
              自転車に
                  放置自転車に蔓草  大田区

              鎖にベル
                     鎖にベル     目黒区
旅・散策・イベント

味のある優しいフォント

2010年03月24日
大分前の番組だが、「荒川の匠育成事業」の紹介で、江戸時代から伝わる「江戸文字」
職人の許へ弟子入りした、大阪出身の若者が修行する様子を追っていた。

江戸文字とは、江戸時代に盛んに使われた図案文字の総称で、それぞれの書体は、
それぞれの名称を持ち、もともと、使用される用途も異なっていた。
(Wikipedia)
芝居文字は、通称、勘亭流。落語や歌舞伎の看板、番付に使われる書体。
寄席文字は、通称、橘流。ビラや千社札に使用される書体。
ほかにも、籠文字、髭文字、相撲文字、提灯文字、角字などがある。

今日でも、江戸文字のカルチャー教室があったり、駅や観光地のお土産物コーナーで、
江戸文字で書かれた「商売繁盛」などと書かれたシールやストラップが売られて
いるのだから、江戸文字は人気があるようだ。
江戸文字などの和文フォントを使って、年賀状を作る人も多くなったようだ。

      江戸文字
                               勘亭流と橘流

勘亭流のフォントは、私のパソコンにも入っているが、滅多に使うことがない。
江戸文字に限らず、気にいったフォントをダウンロードしようかとも思うが、
つい、面倒さに負けて、いつも同じフォントを使うことになる。
明朝体はあまり好きでないので、丸ゴシックか、いくつかの隷書体やPOP体などに
変えてみるくらいだ。何しろ、中国語ソフト「チャイニーズライター」を入れてあるため、
中国語フォントが多くなってしまい、フォントの変換に時間がかかり過ぎてしまうのだ。

ところで、新しいフォントを創って販売する会社があるとは知らなかったが、この会社では、
読みやすさの向上と誤読を防ぐために、デザインにいくつもの工夫がされているという。
デザイナーが1字1字書きあげた「イワタUDフォント」という、目にやさしい文字が、
出来ているのだそうだ。UDとは、ユニバーサルデザインのこと。

最近は、テレビの使用説明書ひとつとっても、情報量が増えてきているため、
読みやすい、書き文字を改良していくことが必要になっているのだとか。
このフォントは、例えば、電子・電気製品・OA機器の操作表示、リモコン操作表示、
交通標識や各種案内表示板・看板、公共施設の手続用紙、機器類の取扱説明書などに
採用されており、そのような裏方のご苦労を知らないまま、実際には、よく目にして
いるのだろう。   
         野菜ジュース
例えば、横太明朝といって、横の棒が縦より1.8倍も太くなっているフォントがあったり、
「広辞苑」の縦書きの文字は縦長、横書きは横長と、活字の縦組と横組では異なる。
紙パック入りの野菜ジュースをたまに買うことがある。賞味期限をチラッと見ることはあっても、
注意書きなどはめったに読むことはないのだが、ここにも、読みやすく作られたフォントが
使われているのだそうだ。

数年前に購入した、「自分フォントを作る」というソフトを、棚の奥に見つけた。
自分の書いた文字をフォントにするというもので、200文字の手書き原稿を書いて、
スキャナーで取り込み、癖を解析、大きさや形を整えれば、フォントが出来るというもの。
そういえば、初めから、自分の字でフォントを作る気はなく、義父の字が好きだったので、
お願いしようと思っていたのだが、数年前から体調を崩され、とうとう逝かれてしまった。
結局、あのソフトは、使わないまま、再び、棚の奥にしまっておくことになりそうだ。
つれづれ

変わり続ける渋谷駅周辺

2010年03月23日
渋谷駅(渋谷区)で、昨日まで、アーバンエキスポ2010「SHIBUYA1000」が
開催されていた。
このコンセプトは、「変わり続ける街で変わらない魅力を見つけること」で、
「1000」という数字がキーワードだという。
            アーバンエクスポ 2010
開催日の前日、駅地下のコンコースを通ったとき、シブヤとLOVEをテーマにした、
「渋谷1000人顔」と題された、1000人分のポートレートが、ちょうど壁面に
展示作業中だった。

 シブヤとLOVE
            アーバンエキスポ2010 「渋谷1000人顔」の準備中
    準備中             

渋谷駅東口の正面にあった「東急文化会館」が解体されたのは、2003年。
8階にあった「天文博物館 五島プラネタリウム」が閉鎖されたのは、2001年だった。
東横線の渋谷駅ホームからも、プラネタリウムの丸いドームがよく見えたものだ。
私は、月や星や宇宙に、特に関心があったわけではないが、学生時代には、
映画を見る感覚で、たまに寄ることがあった。ドームの中で、星空を眺めているうちに、
しばし、現実を忘れて、リフレッシュできるのが魅力だった。

今年の11月、渋谷駅南口近くの旧大和田小学校跡地に、同区の総合文化施設が開館する。
その中には、「コスモプラネタリウム渋谷」が入り、閉館した「五島プラネタリウム」の
資料やスタッフを引き継いでオープンするそうだ。
屋上階には既にドームが姿を表してきたという。このプラネタリウムのほか、
「こども科学センター・ハチラボ」ができ、学校の授業では体験できない「おもしろ実験」も
楽しめるのだとか。

        道玄坂の古い建物
                   道玄坂に残る廃店舗

JR渋谷駅の西口に面するエリアには、「渋谷東急プラザ」があるが、京王井の頭線渋谷駅、
その上部にある複合ビル「渋谷マークシティ」と国道246号線にはさまれた、この区域は、
比較的小規模な店舗やオフィスビルが並び、道路も狭くゴチャゴチャしている。
「渋谷区道玄坂1丁目再開発計画」が持ちあがったのも無理ないかもしれない。

先日、その「渋谷東急プラザ」内のセミナー(カルチャースクール)から、移転のお知らせが
舞い込んで、驚いた。
このセミナーには、随分前のことだが、故F先生の日本画デッサン講座に参加した時から、
お世話になっている。何でも、昭和58年の開校だというから、長い歴史のあるセミナーだ。
お知らせによれば、来年早々、講座の移転も始まるそうで、東急線の自由が丘か二子玉川の
どちらかの駅前に開校することになるのだとか。

二子玉川では、すでに再開発が行われていて、民間推進の事業としては全国最大規模に
なる見通しだという。
自由が丘、二子玉川と、セミナーがどちらに移っても構わないが、「渋谷東急プラザ」
5階にある、私のお気に入りの、「紀伊国屋書店」は、どこに行ってしまうのだろうか。
今年の夏、ポイントカードを作る予定だったのに・・・。
あと1年、セミナーが渋谷にある間は、せいぜい、5階に立ち寄ることにしようと思う。      
旅・散策・イベント

春告鳥「鶯」

2010年03月22日
先週初の早朝、鶯の「初音」で目が覚めた。「ホー ホケキョ!」と、とても上手だった。
翌朝もすぐ近くで鳴いていた。窓から鶯の姿を探したが、見つからなかった。

鶯は、梅の咲く頃、平地で囀り始めることから「春告(はるつげ)鳥」とも呼ばれる。
秋から春にかけて、藪の中を「チッチッ」という声を出しながら移動するが、
この地鳴きは、特に「笹鳴き」と呼ばれて、冬の季語となっている。
「ケケケケッキョケッキョ」という鋭い声は、「谷渡り」。警戒音と考えられるそうだ。

冬の間は平地にいた鶯も、夏には、山地の低木林で繁殖し、頻繁に美しい声で
囀るようになっていくという。
そういえば、昨年7月、鎌倉を訪れた時、辺りの山々にこだまする鶯の声が淋しげで、
雨だったこともあって、少し怖かったことを思い出す。

   鶯や前山いよゝ雨の中  水原 秋桜子  

           海蔵寺
                     海蔵寺  鎌倉市        2009.7

お葬式を「鶯」ということもある。泣き泣き埋めに行く(鳴き鳴き梅に行く)からだそうだ。
さだまさしの「春告鳥」の暗いイメージは、こんなところから来ているのかもしれない。
ちなみに、「春告草」「春告花」の異名を持つのは梅。「春告魚」は、ニシンやメバル。
    
鳴き声を楽しむために、古くから飼育されていた鶯だが、鳴き声がもてはやされるのは、
姿をみかけることが稀なこともあるらしい。
「ホーホケキョ」と鳴くのは雄で、「法法華経」と聞きなして「経読鳥」とも呼ばれる。

鶯は、スズメ目ヒタキ科。大きさはスマートな雀ほどで、羽色は地味な茶褐色をしている。
「鶯色」は、メジロの羽色のような色をいう。
ウグイスとメジロは混同されることがよくある。俗に、「梅にウグイス」というが、
実際は、梅の蜜を吸いに来るのはメジロであり、藪の中で虫を食べるウグイスが、
そのようなところで姿で見せることはまずないとのことだ。

鳴き声の美しさから「日本三鳴鳥」と呼ばれているのは、ウグイス、オオルリ、コマドリ。
「ウグイス嬢」などと、声の美しい女性を称することがあるが、「ホーホケキョ」と
美しい声で鳴くのは、雄なのに・・・。

春は名のみの 風の寒さや  谷のうぐいす 歌は思えど
時にあらずと 声も立てず  時にあらずと 声も立てず  

「早春賦」(作詩 吉丸 一昌 作曲 中田 章)を思い出した。私の大好きな歌だ。

初音を聞いた朝からほぼ毎朝、5時頃、鶯が美しい声を聞かせてくれる。
春の嵐の昨日の朝は、さすがに7時を過ぎていたが。
動物など

水温む季節

2010年03月21日
今日は、24節気の1つ、春分。
「春の最中夜昼半分」春の半ばなり。昼と夜の時間が同じ。
「暑さ寒さも彼岸まで」という慣用句がある。春のお彼岸は明るいイメージだが、
秋のお彼岸は、まだ、蚊に刺されることもあり、蒸し暑さが残っている。

早春の季語、「水ぬるむ」という言葉が大好きで、本画の画題に用いたこともあった。
長かった冬も終わりに近づき、寒気が緩んだ水辺に立つと、辺りにはようやく訪れた
春の気配が漂っている。どこか暖かさを感じさせる水の色や動きは、見ていて飽きない。

7年後の2017年に、開園100周年を迎える、「井の頭恩賜公園」(三鷹市・武蔵野市)は、
日本最初の郊外公園として人気がある。 
公園中央にある井の頭池は、初めて江戸に引かれた水道「神田上水」の水源だったという。

井の頭池でみた水鳥
   井の頭池         
    ハシビロガモ ♂ 水面の餌を漉し取る 近年 渡来数が増加傾向にある

      オナガガモオナガガモ ♂
        冬一番多いカモ 30年ほど前から急増している        
 
        キンクロハジロキンクロハジロ ♂
              この10年で増えた海ガモ 

        カルガモ      カルガモ
   季節が変わっても移動しない留鳥(りゅうちょう)  雄雌ともに地味

井の頭池には、水鳥だけでなく、テナガエビやナマズなどの在来生物、オオクチバスなどの
特定外来生物、そして、生態系に影響を及ぼすとされる、ミシシッピ アカミミガメ、
アメリカザリガニなどの要注意外来生物がいる。 

今では、在来種のニホンイシガメやクサガメより、要注意のアカミミガメが最も多くなったとか。
飼えなくなったペットを池に放したり、餌やりをする人が後を絶たないため、
池の水は汚れ、生き物の健康を損なわせ、生活を狂わせているのだという。
野生動物を助けるためには、水質悪化を抑止し、自然の食べ物が十分得られる環境を
整えようと、「よみがえれ!! 井の頭池!」運動が進められているとのことだ。   
動物など

わが庭に帰ってきた「ふう」

2010年03月20日
今年になって、近所の1軒の家が壊されて、更地になった直後、そこに4軒の住宅が建った。
ときどき、ふうちゃんが、わが庭に姿を見せるようになったのは、建替工事が始まった頃だった。
ふうちゃんにとって、居心地がよかったお宅の庭がなくなったからだろう。

 2010.2 2010.2
                   最近のふうちゃん  

ふうちゃんは、わが庭の表門付近で、青い首輪をした侵入猫を追い払うことがあるかと
思えば、あるときは、さいとうさんのところで、クロシロたちを見守っているときもある。
侵入猫に向かうときのふうちゃんは、実に機敏でたくましい。

4年前、父が入院するまでは、わが庭を通る猫たちは、父の目を避けて、こわごわと
行動していたが、それが、どうしたことか、わが庭にふうちゃんという、1匹の猫が
やってきてからというもの、地域猫とも飼い猫ともつかない猫たちが、入れ替わり立ち替わり
やって来るようになった。

2年前、孫りんりんのために、「はるよこい」という題の、わが庭を訪れる猫たちを主人公にした、写真絵本を作ったことがあった。
「ねこのフウちゃんが このおにわに やってきたのは りんりんが 2さいのときでした。
りんりんと フウちゃんは すぐに なかよしになり いっしょに あそぶようになりました」


          2006.5
                若かりし頃のふうちゃん

久しぶりに、その絵本を開いてみたら、あの頃のふうちゃんの若々しい姿があった。
違う猫かと錯覚するほど、スリムだ。
それまでは、さいとうさんのところで食べていたらしいが、わが庭でも食べるようになった。
朝、玄関を出ると、カナブンや蝶、トカゲ、コウモリなどが置かれていることも度々だった。
一宿一飯の仁義?なのか、狩りの腕前を褒めてほしいのかわからないが、ほかの猫たちは
狩りをしても、見せに来たことは一度もないところをみると、感謝の意の表明かもしれない。

ふうちゃんチャトランを連れてきた。やがて、チャトランチビを連れてきた。
          2006.7
               道路の向い側を眺めるふうちゃん

チビは、まもなく庭のどこかで6匹の子猫を産んだ。そのうち、ケシ、クク、ココを、
わが庭でチャトランとともに育てていたのだが、3か月経った頃、ココがいなくなった。
ここで絵本は終わるのだが、半年後再び、チビは、アミトラ、そして、里子に行った
ナムクロの4匹を産んだ。
   
ふうちゃんは、チャトランチビを連れてきた頃、わが庭から姿を消した。
命名したのは、どうも私らしいが、たまに、近所でみかけ、「ふうちゃん!」と呼び掛けると、
「にゃあ~」と返事をしてくれた。

毛の艶が悪く、元気がない時期もあったが、わが庭の初代猫、ふうちゃんが健在なのは嬉しい。 
ノラ猫の寿命からすれば、ふうちゃんはこの地域でもナンバーワンの長寿かもしれない。
これからも、長寿の記録を更新していってほしい。
動物など

初めてのひとり旅

2010年03月19日
りんりんは、月に数回、幼稚園が終わったあと、
夕方、母親が迎えに来るまで、わが家で過ごすのだが、そんな日はごんさんが幼稚園に迎えに行く。
わが家から彼の家までは自転車で10分、徒歩だと25分くらいかかる。
幼稚園までは、電車だと4駅だが、自転車で15分くらいだろうか。 

来週は、いよいよ、卒園式。小学生になれば、ごんさんのお迎えの役目は終わり、
わが家へ来るときは、下校後、1人で電車に乗って来ることになる。
入学に向けて、母親は小児用パスモとキッズ携帯を準備することにした。
携帯電話の使用年齢は、どんどん低年齢化しているというが、GPS機能のおかげで、
親たちは安心感を得られるのか、よく売れているそうだ。
それほど物騒な(不安を感じさせる)世の中になったということかもしれない。

登録したケータイでGPS機能をつかえば、(彼の場合は母親とごんさんが)どのあたりに
いるのかがわかり、もし、何かの原因で電源が切られた場合には、その旨、メールで
知らせてくれるのだとか。
りんりんの携帯を買った日、彼が嬉しそうに電話してきた。
メ-ルができないように、通話も親と我々2人だけにしか掛けられないように設定したので、
(皆同じドコモなので、ファミリー間の通話は無料)毎月の支払いは700円位だとか。
とはいえ、その日から毎日のように電話が掛かってきて、いささか閉口している。
4月からは、ランドセルの底に入れておき、あくまでも位置確認用として使うとのこと。

3月初め、りんりんは自宅からわが家まで、ひとりで電車に乗って来る練習をした。
小児用パスモを使って改札を通るのを見届けた、母親から連絡をもらった。
いつもは、道を歩いていても、あちこちに目が行くことも多く、立ちどまったかと思うと、
急に走り出すこともあるりんりん
乗車は5分(2駅)、徒歩4分のところ、彼の足だと・・・?と、実際に彼の姿を見るまで、
落ち着かなかった。
「ピ~ンポ~ン」。思ったより早く、平然と、彼は現れた。
パスネットもちゃんと使えたようだ。

          小児用バスモ 小児用パスモのポスター

よほど気が張り詰めていたのだろう。玄関を入った途端、彼はいつもよりハイテンションで、
この日は、母親が迎えに来るまでの1時間、よく食べ、よくしゃべっていた。

4月には本番を迎える、学校からわが家までの、ランドセルを背負っての旅は大丈夫だろうか。
幼稚園から小学校へ。この高い一段を上るのは、本人や親だけでなく、我々も何かと大変だ。
なんとも気がもめる時期が、しばらくは続きそうだ。     
身近な人びと

鶴岡八幡の大銀杏

2010年03月18日
今月10日の早朝、鶴岡八幡宮(神奈川県鎌倉市)の大銀杏が、根元から倒れたそうだ。
前日9日夕刻からの、雪まじりの強風が原因だとか。
雪まじりの風は、通常の数倍の力がかかるようで、それに抗しきれず、倒れたとみられる。
立っていた石段脇の斜面が、土の層が薄い場所であったことも影響したらしい。

樹齢1000年の大銀杏は、県指定の天然記念物。幹回り6.8m、樹高は約30m。
1219年、鎌倉幕府の三代将軍源実朝が、参拝を終えて石段を下っていたとき、
甥で僧侶の公暁に暗殺されたが、この樹は公暁が潜んでいた「隠れ銀杏」と伝えられている。

      鶴岡八幡宮2009.7        

昨年の夏頃から始めた、都内の巨樹巡りに伴い、「凌宵花」をスケッチするため、
鎌倉に何回も足を伸ばした。鶴岡八幡宮を訪れた日は生憎の雨だったが、
源平池に咲く、雨の中の純白と真紅の蓮の花が印象的だった。
大銀杏は、本殿へ向かう石段の左脇にあった。
これまでに、台風や大きな地震など、何度も遭ったことだろう。
緑の葉をたくさん繁らせて聳え立つ姿は、実に堂々としていたのだが・・・。 
 
            大銀杏 2009.7

大銀杏は、八幡宮のシンボルとして親しまれていただけに、人々の落胆は大きいようだが、
倒れた樹の根元部分を移植して、再生させる可能性十分と診断された。
15日、植え直しが成功し、再生へ向けた第一歩を踏み出したそうだ。
なんとか、歴史的な名木のDNAを引継いで、生き延びてほしいものだ。
植物など

法要を終えて思う

2010年03月17日
義父が亡くなって、今日で四十九日になる。この日で、故人の忌が明けたことになるそうだ。
数日前、曹洞宗のお寺で行われた、義父の七七日忌(四十九日法要)は、導師と僧侶、
2人による般若心経の読誦から始まった。
曹洞宗にとって、般若心経の重要性は、きわめて高い位置を占めているそうだ。

私の父の一周忌の頃だったと思うが、ネットで般若心経の曹洞宗の読経を聞いたことがある。
最近、誘眠剤代わりのCDを、中国語から、般若心経の読経集に変えた。
これは、なかなか、効き目のある誘眠剤だと思っている。
これには、比叡山延暦寺(天台宗)僧侶4人によるもの(3’03”)
高野山金剛峯寺(真言宗)専修学院生76人によるもの(2’28”) 
大本山建長寺(臨済宗)僧侶8人によるもの(3’28”)
そして、デリー大学哲学博士によるサンスクリットの「般若心経」の読経が収められている。
前々から感じていたが、堂内に響き渡る読経の声は、大勢の僧侶のコーラスのようで、
とても心地よく感じられる。

ところで、人は亡くなると、中有(中陰)、現世と来世の間にある世界、を彷徨うという。
この冥途への旅が、四十九日で終わるということのようだ。
7日間ずつ、7回彷徨って7回の審判を受けるといわれ、本来、7日毎に法事、つまり
追善供養(回向)をするが、その最後が、7×7=49で、四十九日の法要となる。
追善とは、死者が浄土へ無事往生できるように、生存する近親者が、善事をあとから
追い行うことを意味しているのだとか。
 
        曾孫3人
           折り紙で遊ぶ3人の曾孫たち(6歳、5歳、4歳)
         義父母の孫は6人、曾孫は5人(写真の3人と9歳と1歳)   

百か日法要は、故人が四十九日の審判で地獄界、飢餓界に落ちても、百日目の審判で
助けてもらえるように供養するという発想だといわれるが、導師のお話では、
この日は卒哭忌といって、哭き終わる日で、いかに哭き終わるかが問題なのだとか。
若くして命を落とした人や逆縁の場合など、哭き終わることはできないこともあるが。

義父の四十九日法要の日、帰宅して、家にあった仏教関係の本を開いてみた。
百か日法要(卒哭忌)、一周忌(小祥忌)、三回忌(大祥忌)の三つは、儒教の礼法を
仏教に取り入れたものだといわれる。中国では父母が亡くなると、痛哭(つうこく)するのが
礼儀であるそうだ。

法事は、故人の回向を願い、読経や説法を聞くことで、その人が仏道を学び、
仏との縁を結ぶこと、結縁(けちえん)になる機会であるとあった。
以前から、葬儀や法事などの仏事は、死者のためというより、死者があの世で
救われると考えることが、遺された者にとっての救いになるからではないかと思ってきた。
仏教の教義、仏像、経典など、それぞれに惹かれるものがあるが、仏事は、どうも苦手だ。

     石たち

実父が逝って3年になる。庭を見る度に、庭を眺めていた父の姿を思い出す。
私の本棚は、父の著書や蔵書が半分近くを占めているし、父がどこかで拾ってきた石も、
私の部屋に並べてある。
そんなやり方で偲ぶことが、父を喜ばすと、勝手に思っているのだが。
つれづれ

鶴の恩返し的勉強法

2010年03月16日
かなり前になるが、「茂木健一郎の脳活用法」(NHK TV)の中で、「鶴の恩返し勉強法」という、
茂木流の暗記法が紹介されたことがあった。
彼は、この方法を学生時代から続けてきたというが、姿を隠して機織りする鶴の姿に、
自らの姿をなぞらえて、「鶴の恩返し勉強法」と名付けたという。

その方法とは、まず声を出して読みながら、ひたすら書くこと。
長期の記憶に関わる脳の部位は、見たり、聞いたりという、五感を司るところに近いため、
大声を出しながら、回数多く書けば、その部位が活性化され、効果があるのだそうだ。
もう1つのポイントは、暗記の途中、一旦、目を離して、思い出しながら口に出し書くことだ。
こうすることで、脳の中には、「覚えろ」という信号が出て、これが記憶の定着を促進させる
ことにつながるとのことだ。
茂木氏は、とても人には見せられないほど、なりふり構わず集中して、勉強するとか。
「鶴の恩返し勉強法」とは、「私が機を織っているところは、決して見ないで下さい」という、
あの鶴のように、一心不乱に勉強するということなのだろう。

         川崎市駅前
            「鶴の恩返し」の絵タイル  川崎市駅前

ついでながら、脳を活性化するには、「鶴の恩返し法」で集中力を身につけるとともに、
ドーパミンによる「強化学習」が有効であると茂木氏はいう。
ドーパミンは、難しい問題が解けたときなどに分泌される、脳内に快感を生み出す物質。
さらに、自分の作業に制限時間を設けるなどのタイムプレッシャー、つまり、
負荷をかけることによって、脳の持続力を鍛えるのが、効果的だとのこと。

話は変わるが、小学校の校庭に建っていた、二宮尊徳の像は、薪を背負って本を読んでいる。
彼は、歩きながら、本を読み、寸暇を惜しんで勉強していたのだろう。
二宮尊徳(金次郎)は幕末の貧しい農民だったが、苦労の末、武士の身分にまでなり
農村救済、農村復興の指導者として、尽力したといわれる。
14歳で、一家の生計を担うことになった二宮尊徳は、薪拾いの往復の際に、
書物を大音で朗読しながら歩いていたため、道ですれ違う人たちは、狂児かと怪しんだ
という話が残っている。
尊徳像が持っている書物は、四書五経の1つ「大学」(儒教の重要経典)とされている。

昭和初期、彼の勤勉さや倹約の姿勢を、国策に利用せんとして、全国に多くの銅像が
建てられたが、戦中の金属供出や戦後の方針変換で、その大半が取り外されたという。
尊徳像もいろいろで、石像あり、顔も違えば、柴を背負ったもの、斧、印籠を持った
ものもある。読んでいる本も「大学」のほかに、「論語」というのもあるそうだ。

     金次郎像 「二宮金次郎像」 杉並区

昨年秋、杉並区立郷土博物館の庭で、「二宮金次郎像」に出会った。
案内板によると、昭和12年に杉並区第八小学校創立5周年を記念して立てられたが、
昭和40年代の校舎改築で校外に移され、平成5年に博物館に寄贈された
とのこと。
写真を見ていると、声を出して難しい本を読んでいるように見えてきたから不思議だ。

先日、母の書棚を整理していて、「声に出して読みたい日本語」(齋藤孝 著)をみつけた。
「鍛え抜かれ滋養にみちた言葉を暗誦・朗誦すると、心と身体が丈夫になる」のだそうだ。
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり」「今は昔、竹取の翁といふもの有りけり」など、
母は声に出して読んだのだろうか。本に挟まれていた母のお手製の栞には、
「溌剌と生きる者にのみ深い眠りがある」と、母の手で書かれた言葉が記してあった。

「ラジオは脳にきく」(板倉徹 著)では、黙読しながらイメージを浮かべているときも、
それなりに脳がはたらくが、声を出して読むと、声帯などの器官まで働かせることになり、
はるかに脳全体が活性化する
とある。
自宅で、中国語の予習復習をする時、たまに教科書に付いているCDを流したりするが、
声に出して本文を読むことはめったにない。これでは、上達は望めないわけだ。

義父の四十九日法要の日までに、「般若心経」を覚えるつもりだったが、脳の老化だけでなく、
鶴にも金次郎にもなりきれず、結局、前半の何行かと後半の最後の数行がやっとだった。
「・・・ぎゃーてー ぎゃーてー はーらーぎゃーてー はらそーぎゃーてー ぼーじ-そわかー
はんにゃしんぎょう」
つれづれ

街で見かけた「へぇぇ!」

2010年03月15日
目黒川畔で
      電撃殺虫機 目黒区

中目黒付近の目黒川沿いには、「電撃殺虫機」なるものが設置されている。
ユスリカを駆除する電気蚊取り機らしい、効果のほどは??

まもなく「お花見ツアー2010in目黒川」(3/21~4/7)が開かれる。これは、
目黒川の桜を眺めながら、川の歴史と環境を学び、環境にやさしいエレクトリックボートで
巡る、1時間半の水辺の旅(予約制)だとか。
主催の「NPO法人あそんで学ぶ環境と科学倶楽部」では、神田川や日本橋川などでも
こうしたツアーを実施しているそうだ。

増上寺大門脇で
         大門で 港区
              「雪隠」と呼びたくなる瓦葺の古風なトイレ

渋谷道玄坂の路上で       
        レストランの前 渋谷区

この坂はよく通るが、歩道はいつもヒトとモノでごった返していて、歩くのに一苦労する。
レストランの料理サンプルが歩道に突き出されていたりもする。
この日の鳩たちは、渋谷駅前から出張して来たのか、出来たての?料理に舌鼓を打つ。
通る人たちは、無関心で過ぎる人、呆れて眺める人、カメラを向ける人といろいろ。

二階の窓から
  猫の足跡杉並区
           「东风」(東風)?と読める猫の足跡

新宿駅構内(東京メトロ丸の内線)
      シェルティ

こんな偶然があるのだろうか!             (ホームでみかけた光景
半年前、東急線綱島駅(横浜市)でみかけたシェルティを、先日、新宿駅で再び見かけた。
綱島駅の改札口前で、麻袋に入れられオジサンに引きずられて電車に乗ったシェルティだ。
今回は、地下街をつながれることもなく、トコトコとオジサンの後を追っていた。
だが、やはり、改札前で大人しく麻袋に入り、丸の内線のホームへと下りて行った。
旅・散策・イベント

懐かしの2年前

2010年03月14日
3月も半ばを過ぎると、だいぶ暖かい日が続くようになった。
猫たちも2階ベランダに置いた3階建のスノコ造りの部屋に、ほとんど入らなくなった。
食事場所も庭に移した。彼らは、入れ替わり立ち替わりやってきては、ちょっと食べ、
それから大きく「伸び」をして、再び、どこかへ散歩に行ってしまう。

さいとうさんのところのミケの子ども、シロクロの子育てを助けていたククが、
自分の生れた庭に戻ってきた。
わが庭に、他所から侵入猫が来ないようにと、目を光らせているように思える。
何しろ、親戚猫ではない、近所のボスマダラネコなどがやってくるのだ。

切株の上で    
           クク 2010.3
            切株の上のクク  陶製の唐獅子を背にして
2年前には・・・
切株のところで遊ぶ子猫たち。このひと月後、ココは行方不明になった。
            2008.1.2 2008.1
                 じゃれあうクク、ケシ、ココ

ちなみに、クク、ケシ、ココと命名したのは、当時、4歳のりんりんで、
アミは私、トラは娘が名付けた。

日なたぼっこ
   アミ&トラ 2010.3
           わがもの顔のアミ  少し臆病なトラ
2年前には・・・
ククケシはこのとき、生後2カ月半。ウッドデッキはまだなかった。
      2008.1.22 2008.1
             母猫チビの尻尾にじゃれつくクク 

その後、チビは5月に、アミトラを産んだ。
7月に子どもたちクク、ケシ、アミ、トラ、8月に母猫チビを捕獲、避妊手術に成功。
アミトラの子育てが終わった10月、チビは姿を消した。      

食事風景
今年の3月、食堂は2階ベランダから庭へ戻った。
食事
            トラとクク        トラとケシ 2010.3
2年前は・・・
子猫たちは、缶詰のほか、少しずつ固形フードも食べられるようになっていった。
        2008.1.7 2008.1
            チビに見守られながら食べるケシ、ココ、クク
動物など

りんりんのチャレンジ

2010年03月13日
食べ物の好き嫌いは、誰でも若干はあるものだが、子どものときに嫌いだったものが、
大人になって大好物になったという話はよく聞く。
どうやら、子どもは味覚が発達していないので、味ではなく、食感や食べ易さなどで
判断しているらしい。多くの子どもは、柔らかく食べ易いハンバーグは好きだが、
小骨がたくさんある魚などは、苦手ということらしい。また、濃い味付けのものを好んで、
薄い味付けのものは、味がないと感じるらしい。

6歳の孫りんりんの場合は、ごく幼い頃から、おかずベストスリーが決まっていた。
きんぴらごぼう、ひじきの煮物、おからと、すべて甘辛い味つけのものばかりだ。
ハンバーグなどの肉類はあまり食べなかったのが、今は普通に食べるようになった。
だが、彼が好きなのは、何といっても魚介類。煮魚、焼き魚、お刺身と、魚料理全てが
大好物で、彼の「魚介類好み」は、ますます、エスカレートしているようだ。

一時敬遠していた苺やトマトは大好きになったが、人参、牛蒡などの根菜を除き、
キャベツ、レタス、キュウリなどの生野菜は頑として食べなかった。
しかし、最近、一緒に食事をしたときに、ドレッシングをかけて、これらの野菜を
ムシャムシャと食べるのには驚いた。また、この間まで全く口にしなかった、納豆以外の
豆類も食べられるようになっていた。彼の味覚が発達してきたことになるのだろうか。

おかしいのは鶏卵で、生玉子(卵かけごはん大好き)、スクランブル、卵焼きはOKだが、
ゆで卵、特に黄身がだめだという。これこそ、ポソポソした食感がダメなのだろう。         

昨年の秋、上野の科学博物館に、りんりんを連れて行ったときのこと。
「シアター360(サンロクマル)」の、「恐竜の世界」を観たあと、館内のレストランで、
「ティラノザウルスのすごもり」を注文したりんりん

     戸惑う
          「ティラノザウルスのすごもり」を前に

スパゲティの上に載っている「ティラノザウルスのたまご」は、スコッチエッグだった。
付け合わせのサラダも苦手。
「嫌いだったトマトやイチゴも 食べてみるとおいしかったでしょう。ひと口食べてみたら?」 
「チャレンジ!チャレンジ!」と促してみたが、彼が食べたのは、スパゲティとライスだけ。
結局、私が注文したオムライスと取り替えることになった。

チャレンジといえば、トラの「しまじろう」が登場する幼児用教材「こどもちゃれんじ」
というのがある。
りんりんもこの「ちゃれんじ」の「しまじろう」と共に育ったといえるかもしれない。
毎月、届く日を楽しみにしていたが、そろそろ幼稚園とも「しまじろう」ともお別れだ。

とはいえ、「チャレンジ」と言う意味をどのくらいわかっているのかなと思うことがある。
「カンキョウって何?」「アワタダシイって?」などなど、訊かれることが増えた。
私の父が事典・辞書を何種類も揃えていたので、国語辞典だけでも、「大辞泉(小学館)
「日本語大辞典(講談社)」など数冊あるが、ほとんどが分厚くて重たいものばかり。
わからない言葉は、自分で辞書を引かせるようにしているのだと娘に言われ、わが家にも、
小学生低学年用の辞書を購入することにした。
ごんさんが買ってきたのは、「チャレンジ国語辞典」(ベネッセ)だった。

因みに、この辞典によると、「チャレンジ」は、難しいことに、進んでむかっていくこと。
挑戦すること。 例 苦手な科目にチャレンジする。
 (ルビは振ってある)とある。
「大辞泉」では、①挑戦すること。試合などを申し入れること。 「新人選手の―を受ける」
②困難な問題や未経験のことなどに取り組むこと。 「世界記録に―する」


「チョウセンするって何?」って聞かれたら、「チャレンジすること」では済まない?だろうな。
「ちょうせん」は、①戦いをしかけること。戦いをいどむこと。例 新人選手の挑戦を受ける。
②難しいことに思いきって立ち向かっていくこと。 例 世界一周に挑戦する。
とあり、 
なんと、大辞泉(小学館)とさほど変わらない難しさだ。
まもなく、小学1年生になるりんりん。チャレンジの毎日がスタートする。
身近な人びと

先輩Kさんを悼む

2010年03月12日
絵の先輩であるKさんが、今年の節分に亡くなられた。
私の知人で、彼女ほど長くて辛い闘病生活を送られた人はいない。
若い頃の輸血で、還暦過ぎに肝炎を発病。毎日注射に通い続けた10年余。そして、
ついに肝臓癌になり、2年前に大手術をされてからは、入退院の繰り返しだった。

その間、ご主人も癌で手術、入退院の繰り返し。Kさんは、ご自分の病気と闘いながら、
最後までご主人を支えて来られた。そのご主人は、今月、手術を受けたと伺った。

Kさんからは、体調がよいときは勿論、手術後の痛みがひどい時にも、お電話をいただいた。
ご主人がお休みになってからだったことが多く、たいていは夜も遅くなってからだった。
たまには弱音をはかれることもあったが、絵の話、旅の話、先に逝かれたHさんの話、
運命や仏像の話などを2時間、ときには3時間も話したものだった。

彼女は、かつて中国語を習っておられたこともあり、中国語の話になることもあった。
誕生したお孫さんに「茉莉(まり)」という素敵な名前をつけられたと伺っている。
茉莉さんは、現在、大学生。茉莉花は、ジャスミンのこと。

30年以上前に出版された「苗(ミャオ)族民話集」(村松一弥 編訳 平凡社 )が、
手元にある。11年前、ミャオ族を訪ねて中国を旅したが、その頃、彼女から頂いた本だ。
なかなか、読む機会がなく、本棚にしまったままだった。
開いてみると、いかにも彼女らしく、「夢二郷土美術館」の入場券が挟まれていた。

毎年暮になると、彼女の水彩画や本画を原稿にして、年賀状を作った。
「出せるかどうかわからないから、ほんの少しでいいわ」と依頼された、今年の年賀状は、
何十年も前に、今は亡きHさんたちと旅したペシャワールの博物館でのスケッチだったが、
菩提樹の葉と奉献の少女の、とても淋しい水彩画だった。
年賀状は1枚も出されなかったそうだ。

昨年暮、2度ほど病院に伺った。覚悟されていたのか、彼女はとても明るかった。
小さな木彫の「円空さん」を見せていただいたことが印象に残っている。

     年賀状と写真
      五重塔の写真  昨年の年賀状「八重桜」と「サンチャゴにて」

彼女と今は亡きHさん、そしてもう一人のKさんとご一緒した、庄内の旅を思い出す。
私は、ごんさんの単身赴任のおかげで、大好きになった庄内、鳥海山だったが、
彼女は私よりずっと以前から鳥海山が大好きだった。
その後、ご主人の運転で、庄内の旅をされたことがあり、ご主人撮影の羽黒山五重塔の
写真を頂いたことがあった。

           鳥海山 click!
                      春の鳥海山*

Kさんは、絵の会でご一緒だった先輩だが、生き方や病気との向き合い方など、
いろいろなことを教わる、人生の先達でもあった。
「運は変えられても、運命は変えられないってほんとうだと思うわ!」という、
彼女の言葉が今も耳に残っている。
私も、彼女に倣って、「活到老 学到老」と言える人生を送りたいものだ。
つれづれ

防犯グッズあれこれ

2010年03月11日
先日、街頭でもらった、「防犯を呼び掛けるパンフレット」によると、
ひったくりの被害は増える一方だそうだが、被害者の9割は女性で、歩行中の被害が6割、
自転車に乗っているときが4割を占めているとのこと。
この種の被害者に女性が多いわけは、男性の多くが財布を身につけているのに対し、
女性はその大半が、財布をバッグなどに入れて持ち歩いて、
犯人は、財布や貴重品が入っている可能性が高い、女性のバックを狙うからだそうだ。

被害の最も多い時間帯は、夜8時から10時までの間(20.6%)だそうだ。
犯人が狙うのは、バッグを車道側に持って歩く人、携帯電話やメールをしながら歩く人、
自転車カゴにバッグを入れ、ひったくり防止ネットを付けずに走行している人だという。

先月、息子一家が住む杉並区では、ひったくり防止に役立つという「すぎなみバッグ」
(¥1000)が発売された。
ひったくりにあっても、簡単に手元から離れないように工夫された、抱えて歩くバッグだ。
売れるか売れないかより、区内の犯罪発生の状況に関心を持ってもらい、注意を喚起したい
とのこと。

また、自転車のひったくり防止グッズとしては、市販の防犯ネット(¥1260)や
防犯カバーがあるが、使い勝手の悪さなどが難点で、あまり普及していないという。
杉並区が民間企業と合同で開発した、Y字型のひったくり防止バンド「すぎなみバンド」が、
区役所内で販売されていることを知り、先月、阿佐ヶ谷に子守りに行った折、寄ってみた。

                すぎなみバンド
                    「簡単装着 簡単脱着」とある

区役所内の売店にあった「すぎなみバッグ」は、黒と白の2色。思ったよりお洒落だった。
「すぎなみバンド」は、障害者の店「笑顔ステーション」にあり、脱着がバックル式なので、
使いやすそうで、しかも200円と安い。1本購入した。
                                すぎなみバンド
          
ひったくり事件は、一時減少に転じていたが、昨年から再び増加傾向にあるという。
銀行や郵便局などの金融機関やコンビニなどで、ATMで現金を引き出した後など、
時々振り返って警戒することが必要だという。
また、道を歩くときには、後方からバイクや自転車が近づいてきたら警戒するなど、
自衛するしかなさそうだ。

ほかに、金融機関や店舗に備え付けられているグッズとして、防犯カラーボールがある。
レジ付近や窓口に置いておき、犯人の車や足元めがけて投げつけると、中の塗料の飛沫が
付着するというもの。この塗料は簡単には消えず、現行犯逮捕に至ることも多いという。
数年前だったか、我が家に最も近い郵便局でも、このカラーボールが使われたと
聞いたことがあった。

先日、ラジオで、来月、神戸の会社が開発した、噴射式の防犯グッズが発売されるという
話をしていた。
カラーボールだと、うまく命中しなかったり、犯人に逆上されることもあったりと、
なかなか難しいが、この新しいグッズは、無色透明の液体をノズルから噴射するだけ。
噴射後、5分経つと、ギンナンの腐ったような強烈な匂いを放ち始め、一旦付着すると、
1週間はとれず、消臭剤や入浴でも、その匂いを消すことができないとか。

たまたま、犯人の近くにいて、噴射された臭気剤が自分の体に付着したらどうしよう?と、
ラジオを聞いていて、つまらないことが気になった。
犯人でないとわかってもらえたとしても、1週間もとれない臭い匂いはご免こうむる。

我々の防犯意識の高まり以上に、犯罪のレベルも高度化しているのが実情のようだ。
防犯の基本は、「自分が泥棒になったつもりで考える」ということらしいが、少々無理な話だ。
せめて「狙われない」ように気をつけようと思う。
つれづれ

沈丁花

2010年03月10日
 ジンチョウゲ    ジンチョウゲ科 ジンチョウゲ属
             学 名  Daphne odora Thunb         
             和 名  沈丁花 ジンチョウゲ
             漢 名  瑞香 
             原 産  中国
             
          ジンチョウゲ

沈丁花という名は、沈香という香木のような香りがあり、丁子(ちょうじ、クローブ)のような花を
つけることから。
花芽は前年の12月頃から出来ているが、実際に咲き出すまでは寒い中をそのままで過ごす。

室町時代に中国から渡来した日本の沈丁花は、ほとんどが雄株。挿し木で増やす。
赤く丸い果実をつけるが、有毒だ。花の煎じ汁は、歯痛・口内炎などの民間薬に、
枝の繊維は紙の原料にもなるという。

旧宅の庭には、沈丁花の大きな株がいくつもあったが、今は、数年前に買った紅と白の
小さな鉢植の株を地植えしたものがあるだけになった。
遠くからでも漂ってくる香りは、春の訪れを感じさせてくれるが、あまり近付くと、
顔を背けたくなるほどの強烈な匂いがある。

絵を習い始めたばかりの頃は、庭の花、花屋さんの花など、手当たり次第にスケッチした。
沈丁花にもチャレンジしたが、小さな花が沢山固まって、クス玉のようになっている感じを、
うまく表せずに苦心した。沈丁花のスケッチは、1度限りだったように思う。

   冴えかえる二三日あり沈丁花    高野素十
   
   窓あけて沈丁の香をいれてやる   水原秋櫻子

   三日月の大きかりける沈丁花    松本たかし


壁に架けた「月齢カレンダー」をみると、今度、三日月が見られるのは、来週のようだ。
植物など

もうすぐ小学1年生

2010年03月09日
来月、孫のりんりんは小学1年生になる。
ランドセルや学用品、学習机や本棚などを揃える親たちも大変だ。
ひと頃、学習机には、時計や鉛筆削りなどがついたものが主流で、1月半ばから3月末に
家具売り場は親子連れで賑わったというが、今年は、様子が違うらしい。
あれこれがセットになった机でなく、シンプルなもの、ユニット式など、インテリア重視。
そして、慌てて入学式までに揃えることなく、しばらくは、リビングのテーブルなどで様子を
見てからという家族も多いらしい。

1月半ば、りんりんの本棚や学習机を選ぶという、娘につきあって、近くの家具センターへ
行ったが、大人でも欲しくなるような立派な机から、成長に合わせて高さ調節が出来る机、
ベッドやタンスなどとセットのユニット式のものなど、あまりの多さに驚いた。
結局、この日は1時間以上、売り場にいたにも拘わらず、机も本棚も決められなかった。
この日買ったものはといえば、彼がどうしても欲しいといった、仮面ライダーがいっぱいの、
3000円ほどの机上マットだけだった。

      家具センター

最近知ったことだが、都内の公立小で、「小1プロブレム」という現象が起きているそうだ。
これは、入学したばかりの小学生が教室で座っていられない、勝手に出て行ったりして
集団行動が取れないなど、授業が進められない状態が続くことを指すそうだ。
この状況は、10数年前から目立ち始めたというが、4月にもっとも多く見られ、
年度末まで続いたという例も多いという。

原因として、少子化、核家族化の影響もあって、子ども自身の、基本的な生活習慣の
訓練不足やコミュニケーション能力の不足など、家庭や社会での日常生活のあり方が
指摘されている。また、子どもの生活パターンや活動時間帯が、親の都合で左右されてか、
大人の場所、大人の時間への侵入が安易になっていることも、バランスの取れた発育を
阻害しているのではなかろうか。

幼稚園から小学校へのステップは、大きな段差がある。自分の名前が書けても、
本が読めても、集団活動にうまく対応ができないと大変だ。
りんりんが我が家に来ると、私は決まって、「4月まであと何日ある?」と質問をする。
「○○日!」と答える彼に、「毎日少しずつ、小学生になっていこうね」と、
1月末頃から言い続けているのだが、私自身の気休めのような気もしている。 
4月初めには、心身ともに、「新1年生」の準備完了!となってほしいところだが、
どんな1年生生活を迎えるのだろうか、私も楽しみだ。
身近な人びと

ダイオキシンを松葉で測る

2010年03月08日
今年の3月、松葉をサンプルとして採取し、葉に蓄積された大気中のダイオキシン量を
測定するという、「松葉のダイオキシン調査」(事務局:環境総合研究所)が行われることを知った。

ベトナム戦争時の、ダイオキシンを含んだ枯葉剤による惨禍は、忘れることができない。
ダイオキシンは、脂肪に溶けやすい有機塩素系化合物で、その毒性はサリンの2倍、
青酸カリの1000倍と言われている。

ダイオキシンは、塩素を含むプラスチック類を焼却する際にも発生するという。
清掃工場の焼却炉から出るダイオキシンが社会問題化した1999年に、
初めて、「松葉のダイオキシン調査」が実施されたとのことだ。
2005年、廃プラスチックの処理は、従来の埋め立て方式から焼却処分に変更され、
都内23区では順次、踏み切ることになった。
2007年、廃プラの焼却開始前のデータを得るため、2回目の「松葉のダイオキシン
調査」が行われ、今年は3回目だそうだ。

この調査の対象地域は、併せて9ヶ所の清掃工場がある、世田谷、目黒、大田、品川、
江東、江戸川の6区。世界に例を見ない「市民による調査活動」で、各地で
「ダイオキシン汚染マップ」が作られ始め、調査が行われ、発生源対策を実施した
地域では、ダイオキシン汚染が低減しているという。

パンフによると、多くの場所から、少しずつ松葉を集めるということなので、
わが庭の松も、役に立てたいと思い、実行委員会に問合せをしてみた。
採取地域などを参加申込書に記入して、松葉60本(30対)を提供すればいいようだ。
松葉は、気孔から大気中のダイオキシンを吸い込んで、葉の中に蓄積する。
このダイオキシンを測定分析することで、その場所の大気中のダイオキシンの
平均濃度を推定することができるとのこと。

       松の樹
                     
プラスチックの焼却が始まって1年が経った。始まった当初、燃やして大丈夫なのかな?と
思っていたが、慣れてくると、それまでゴミを分別していたことを忘れてしまいそうになる。
杉並区の息子の家にいるときなど、つい、分別せずに捨ててしまいそうになることがある。

松葉といえば、子どもの頃、「松葉相撲」というのか、2本1組の松葉を互いに絡ませて、
双方から引っ張り合って遊んだことがある。遊ぶといっても、引っ張り合って、
2つに裂けた方が負けという、すぐに決着がつく単純なもの。
小さい子でも勝てたりするところがいいかもしれない。
今の子どもたちは、松葉相撲だけでなく、草花で遊ぶこともめったにないと思っていたら、
先日、公園で、父子が一生懸命に競っている姿をみつけて、何だか嬉しくなった。

松の樹は描いたことはないが、松ぼっくり(松傘,松笠、松毬)は、その自然の造形の
不思議に感心しながら、よくスケッチをしたものだ。
松の葉が、ダイオキシンの濃度を測定するために役立つとは・・・!

今、わが庭では、松などの緑に、白色とピンクの椿、紅梅と白梅、咲き始めたトサミズキと
サンシュの黄色が、春の訪れを告げている。
       トサミズキ
            紅梅とトサミズキ          メジロがやってきた
植物など

並んだ 並んだ

2010年03月07日
洗足池 大田区
                      甲羅干し中の亀たち
             甲羅干しの亀

               水浴びする鳩たち                            
   水浴び中 羽を乾かす鳩たち
                        水浴び後

自由が丘トレインチ 目黒区           行儀よく並ぶ小鳥たち
                   鳥たち

神田川「四季の道」 末広橋 新宿区側       リスたちと鳩
                    リスたちと鳩

門の横に  大田区     カエル 犬 犬 犬 & トトロ
      カエルからトトロまで        

有楽町ガード下 千代田区          映画ポスター
                有楽町

品川駅構内 品川区            商品補充中の自販機   
               自販機
                 表側は立ち姿で  内側では寝姿で並ぶ
旅・散策・イベント

恐れ敬われる蛇

2010年03月06日
今日は24節気の1つ、「啓蟄」。「陽気地中に動き、ちぢまる虫、穴を開き出ればなり」。
柳の若芽が芽吹き、蕗の薹の花が咲くころ。

東京電力のCMだったと思うが、1年間の停電回数は、1人当たり0.1回だそうだが、
電車内では、「停電のため電車の運転を見合わせます」というアナウンスを時々耳にする。
昨年の夏だったか、東北新幹線の新白河―福島間で停電が起き、東北、山形、秋田新幹線
全線が停止したことがあった。蛇が送電線に絡まりショートしたことが原因だったが、
小動物による新幹線の停電は珍しいという。蛇は体長約80センチで、福島県二本松市の
トンネル近くの送電線に絡まっていたらしいが、この停電により、上下線計15本が運休、
計20本に遅れが出たというから驚きだ。

蛇といえは、昔から蛇は神と考えられ、「蛇神」や「龍神」などとして神話によく登場する。
白い蛇や蛇の抜け殻など、縁起の良いものとして扱われることもあるが、長い体に毒を持ち、
凶暴な性格という印象も強い。また、脱皮を行う蛇は、豊穣と多産と永遠の生命力の
象徴ともなる。縄文土器の「渦巻き模様」は、蛇をかたどったものと言われているが、
日本だけでなく、世界中の遺跡にも「渦巻き模様」が見られ、太古から「蛇神信仰」が
あったことを示しているようだ。 

中国では「蛇神」は変形もしくは進化して、「龍神」とともに、権威の象徴、
皇帝のシンボルとして扱われた。龍は水中か地中に棲むとされることが多い。
日本の「龍神信仰」は、中国の影響を受けて、古くからある蛇を「水神」とする信仰と
合体したものであろう。稲作地域では、蛇は「川」「水」の象徴であり、
五穀豊穣をもたらすと同時に、大災害を起こす脅威でもあったことだろう。

神社で必ずといっていいほど目にする「しめ縄」は、雄と雌の蛇が絡み合う姿だと
いうことを聞いたことがあるが、お正月に飾る「鏡餅」が、蛇の古名「カガ」の身の
餅という意味だとか、その形が三重にとぐろを巻いた蛇の姿を模したものだとは、
最近になって初めて知った。
因みに、蛇の古名には、カガチ、ハハ、カハというのもあるそうだ。

            奥沢神社

昨年秋、奥沢神社(世田谷区)の大祭の「大蛇のお練り」は、雨のために中止になったが、
鳥居には、ちょっとユーモラスな「大蛇」が掲げられている。 (秋祭りの季節
昨年秋、JR阿佐ヶ谷駅の近くで、鬱蒼とした木々の中に、小さな祠があるのに気づいた。
門もなければ塀もないので、ただの空地なのか、神社の境内なのか、まったくわからない。
その祠の前に、よく見ると、とぐろを巻いている蛇が載っているような石柱が立っていた。 
やはり、蛇は、神や神社と深い関係があるようだ。

           祠 蛇の石柱
 
私が子どもの頃、我が家にも隣のお宅にも池があり、毎年、ガマガエルが卵を産んだ。
たまに蛇の抜け殻を庭で発見したので、蛇がいてもおかしくないと思っていたが、
ある年、アオダイショウらしいが、本物の蛇を、わが庭で見てしまった。
酒屋のお兄さんが配達に来た。門を開けに行った私は、ビールケースを抱えたお兄さんが、
植込みから出てきた蛇を踏んだ瞬間、悲鳴を上げた。慌てた?蛇は、庭の方に逃げたが、
彼の方は、さほど気にとめた様子もなかった。
私はそれ以来、庭に出たくなかったし、蛇が横断した処を通るのが怖かった。
               
ところで、蛇に関わる諺や慣用句は多いが、「草を打って蛇を驚かす」「常山の蛇勢」
「杯中の蛇影」「蛇足」「龍頭蛇尾」など、中国の出典が多い。
「杯中の蛇影」は「杯弓蛇影」からで、「蛇足」は「画蛇添足」、「龍頭蛇尾」は
「虎頭蛇尾」から。日本に来た「虎」は「龍」になったようだ。
「蛇の道は蛇(ジャのみちはヘビ)」の「ジャ」は大蛇のことで、「ヘビ」は小さな蛇。
「どんなにちっぽけな蛇でも、恐ろしい大蛇の通り道を知っている」ということらしい。

地下をえんえんと這っている水道管を、「蛇の道」とはいわないのだろうか。
その道の先には、いくつもの「蛇口」があるはずなのに。 
日本では、蛇が「川」であり「水」であり、蛇を「水神」とする信仰がなされてきた。
水道水の出口を「蛇口」と呼ぶのは、案外、こんなところから来たのかもしれない。

動物など

猫たちの観梅会

2010年03月05日
2010年 
最近、わが庭にククが来るようになった。
彼女はこの庭で生れたが、いつの間にか、お向かいのさいとうさんのところで
過ごすことが多くなった。そして、昨年の夏、親戚猫ミケが産んだシロクロ
子育てを助けてきたのだが、シロクロも大きくなった。
ククは育児係の責任を立派に果たして、この庭に戻ってきたのだろう。
    
    クク 2010.2.7
     すっかり変わってしまった庭・・・

          クク    
                    紅梅はあの時のままだが・・・ 
  
 2階で 
                                           2010.2.21
   2階から                                
                                           2010.2.21

2009年   
5月生れのアミトラにとっては、はじめての観梅。 
すでに母親のチビはいない。ククさいとうさんのところに。
        アミとトラ 2009.2.10
   3匹
                    仲良し兄妹 

2008年
生後3か月のケシククは、母親のチビチャトランに教わって、木登りの特訓中。
  ケシとクク 
         木登り苦手のケシ            木登り得意のクク     2008.2.10
         チビ 
                      蹲の水を飲む母猫チビ             2008.2.23
動物など

「地球ひろば」で

2010年03月04日
先月、都立中央図書館の帰り、有栖川公園を抜け、東京メトロ広尾駅の近くを歩いていると、
JICA地球ひろば」( 国際協力機構)の建物が目に入った。

     地球ひろば

「世界では、3秒に1人、子どもたちの命が失われている。 紛争、貧困、環境破壊、
感染症など、様々な問題が幼い子供たちの命をうばっています」
という、悲しい告知。
ここの体験ゾーンでは、開発途上国の暮らしの現状や、地球が抱える問題などが、
小中学校生徒をはじめとする市民に、映像や立体展示で分かりやすく紹介されている。
スタッフは、青年海外協力隊に参加した経験のある、「地球案内人」の皆さんだそうだ。

「設問に答えて世界を知ろう」に、「国連教育科学文化機関の発表によれば、今、まったく
学校に行くことのできないこどもは世界にどれくらいいるでしょうか」というのがあった。 
A 300万人 B 4500万人 C 1億1500万人 の正解はCで、そのうち、
「初等教育を受けるべき子どもたちで、学校へ通えない子ども」は、1億100万人。
  
やはり、日本の子どもは恵まれている。「食べることが出来る」「学校に行くこともできる」。
そのうち、この「地球ひろば」に、孫のりんりんを連れて来ようと思いながら、カフェ内の店で、
ウガンダの給食メニュー「白いんげん豆のトマト煮」のパックと、「ミャンマー高原のそば」を、
記念に買って帰ることにした。
このそばは、アヘンの原料となるケシの代替作物として栽培した日本品種だそうだ。 

      蕎麦と白いんげんトマト煮
      ウガンダ給食メニュー「白いんげんのトマト煮」と「ミャンマー高原そば」      

まもなく幼稚園の卒園式を迎える、孫のりんりん。4月には「ピカピカの1年生」となる。
楽しく充実した学校生活を送ってほしいと願っている。
つれづれ

我が家の雛人形

2010年03月03日
我が家には、先月85歳になった母が、生まれた時にもらったというお雛様がある。(雛人形) 
20年ほど前までは、この7段飾りのお雛様を、旧宅の床の間に飾っていたものだが、
最近は、内裏雛、三人官女、五人囃子と幾つかのお道具を、違い棚に飾るだけになった。
今年は、久しぶりに、絵を習い始めた頃に描いた色紙を飾ることにした。

     色紙 色紙

先日、目黒雅叙園(目黒区)の「百段雛まつり」を、Yさんと見に行く機会を持った。
「百段階段」(都有形文化財)の南側にある7つの部屋には、「やまがた雛のみち」や
岩槻(埼玉県)の雛人形などが並べられていた。
「やまがた雛のみち」は、江戸時代、北前船によって、雛人形など上方や江戸の文化が
伝えられた、酒田や鶴岡(山形県)などを巡る最上川沿いの道のこと。

山形の雛人形の中には、我が家のおひな様とそっくりのお顔や衣裳のものがあったし、
お道具の模様がよく似ていると思ったら、我が家のおひな様と同じ昭和初期のものだった。

雛人形はもちろんだが、部屋や階段の天井や欄間などにある、鏑木清方や池田秀畝などに
よって描かれた、美人画、四季の花々、風景画にも目を奪われ、思わず、見とれてしまった。
こういった、催しがあるときに限り、この絢爛豪華な階段廊下「百段階段」(旧3号館)に
入ることができるのだそうだ。この「百段階段」は、ほんとうに100段あるのかしらと、
Yさんと数えながら下りてみると、97段だった。実際は、99段だとか。

我が家には、母の雛人形のほかに、私があちこちで買ってきた、何組かの小さな雛人形がある。
 
         卵
           卵のデコパージュ雛人形 東京国立博物館で購入
 
         今戸焼
                     今戸焼の雛人形

以前、どこのデパートでだったか、この小さな「今戸焼」の内裏雛を買った。
今戸焼は、現在の台東区今戸の地で焼かれてきた日用品の陶器、土人形類のことで、
かつては江戸を代表する焼き物として繁栄していた。
地元の今戸神社にある狛犬台座には宝暦二年(1752年)に奉納した42名の陶工らの
名が刻まれており、当時は、数多くの窯が軒を並べていたに違いない。

         繭
                 繭の雛人形 富岡製糸場

元日、群馬県の富岡製糸場を訪ねた折、繭の雛人形を2組買った。(今年の元日の旅」)
1組は、ごんさんの母のところへ。3人とも男の子だった母の許にはお雛様はないので、
とても喜んでもらえた。
つれづれ

江東区の絵タイル Ⅱ

2010年03月02日
大門通りには、鳥、魚など、大きな絵タイルがあった。  (江東区の絵タイルⅠ

              鳥2

鳥 鳥"

         鳥 

  鳥 鳥

          鳥

   鳥 鳥
   
          魚

  魚 魚


   魚  ?
    
        虫

 ワニ   かぶと虫
旅・散策・イベント
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