FC2ブログ

将棋講座と囲碁講座

2010年04月30日
学校が始まってまもなく、孫りんりんの家で、ごんさんによる将棋講座?が開かれた。
その日は、午後から学校で保護者会があるため、りんりんは、友達2人とごんさんを呼んで、
留守番をすることになった。

ごんさんは、前の晩から張り切っていて、翌日、雨の中を、将棋盤を持って出向いた。
将棋講座といっても、男の子3人と一緒に、「まわり将棋」を1回やっただけらしいが。
何しろ、将棋など初めての友だちは、自分の番が来るまで、読みかけの本を見たり、
ほかの遊びをしながらといった有様で、楽しんでいたのは、りんりんだけだったようだ。

      将棋の駒

春休みに、彼がわが家に泊まったとき、将棋を習い始めた。「まわり将棋」を面白がっては
いたものの、集中力が続かず、数回の対局?で終わったものだ。(りんりんの将棋修行
その後初めて、ごんさんとの対局をしたとき、大分、集中するようになっていた。
「こう動いたら、取られてしまう」「こうなったら、後ろに下がるしかない」などと、
いつのまにか、ちゃんと考えるようになっていたのには驚いた。

ところで、将棋と並ぶ競技、囲碁だが、日本の囲碁人口は400万人に上るといわれ、
今、囲碁への関心が高まっているという。
その証の1つは、スポーツアジア大会で、「頭脳スポーツ」の1種目「碁盤スポーツ」として、
登録されいること。
もう1つは、大学に囲碁講座が出来たことだ。
以前から、東大教養学部と東邦大理学部に「囲碁講座」があったというが、
この春から始まった、早稲田大学、慶応大学の囲碁講座は、単位取得も可能だとか。
早大では、「囲碁で学ぶ数理科学入門」で論理的思考、数学的思考を学ぶのだそうだ。
理数系の学生が多いのかと思ったら、理数系学生は、30人中2人という。

特に囲碁は、「攻めるだけではダメ、守るだけでもダメ」で、奥が深いのだそうだ。
講師によれば、負ける経験も大切で、負ければどうしたら勝てるかを考えるようになり、
また、先を読む力も身につくようになるのだとか。これは、将棋にもいえることだろうが・・・。
将棋と囲碁の目の数もルールの違いもわからない私がいうのもおかしいが。

         碁石

私の父が愛用していた、脚付の碁盤は、現在、りんりんの家にある。
碁石はわが家に残ったまま。娘が「花台にちょうどいいわ」と、持って行ったからで、
碁盤としての役目は全く果していないが、それでも父は文句をいうまい。
そのうち、義父の形見の脚付の将棋盤がわが家に来たら、板の将棋盤はりんりんの家に
置いておくことになりそうだ。
ともあれ、ごんさんは、お呼びがかかれば、また、将棋盤を持って喜んで出かけるに違いない。
身近な人びと

二役こなす公園のベンチ

2010年04月29日
井の頭恩賜公園   三鷹市・武蔵野市
ここの公園には、何回も行っているのに、先月のスケッチ会のときに初めて、
「思い出ベンチ」というのがあることに気付いた。  (水温む季節

この思い出ベンチ設置事業は、平成15年より東京都建設局が推進しているもので、
都の公園や霊園などに設置するベンチを、ここの利用者からの寄附によって調達しようと
いうもので、そのベンチには、地元多摩産のヒノキ材を使用し、背もたれに、
寄贈者名とメッセージを記入した真鍮製のプレートが取り付けられるというもの。
皆に喜ばれる「影の記念碑」となる。

昨年度は、都立公園、都立霊園、動物園に置く計90基を募集したそうだが、
平成15年に設置済みの日比谷公園と井の頭恩賜公園では、募集はしないということだ。
因みに、公園・霊園用ベンチ、動物園用ベンチ、丘陵地公園ベンチと、デザインが異なるが、
寄付とは言いながら、1基が20万円、シンプルなデザインのものは15万円とのこと。

   思い出ベンチ
                    「思い出ベンチ」

プレートには、「八十路なるわれら健やか今を生く 平和念じて 井の頭公園」と刻まれていた。
歩いていくと、「金婚式を迎えて」という、記念プレートもあった。 
どちらのご夫婦も、きっとこのベンチに腰掛けて、思い出を語られていることだろう。

富久さくら公園   新宿区
木造家屋が多い地域にある、この公園は、震災発生時の一時避難場所を想定して
作られたという。
ここのベンチは、腰掛ける部分の木製の板を外すと、2基のかまどになるというもの。
防災訓練では、このかまどで、200人分のご飯を炊いたという。
マンホールを開くと、仮設のトイレになり、水道が止まっても井戸水が用意されている。
街灯は停電の時も使えるソーラー式だとか。

先日、新宿に行く機会があり、以前から気になっていた、かまどベンチを見ようと、
新宿駅の西口交番で、「さくら公園」を訊ねたが、地図に載っていないためわからなかった。
とりあえず、バスで富久町に行くことにした。
バスを下り、交番で訊ねたが、やはり、地図にはなく、「恐らくあの公園だろう」という
公園に向かった。
ちょっとした森のような公園を想像していたが、桜の木が隅にあったのみで、大きな木もなく、
芝生の広場にベンチが点在する公園だった。これが、防災型公園なのだろう。 

      桜公園
                                    「かまどベンチ」         
   桜公園

芝公園   港区
この公園には、たくさんのベンチがある。
東京タワー、増上寺、区役所などが近くにあり、観光客だけでなく、昼休みには、最近増えた
お弁当持参の人たちで、どのベンチも満席?になることだろう。

芝公園
旅・散策・イベント

火にも水にも強いイチョウ

2010年04月28日
ときどき通る銘木店の店頭に、イチョウのまな板が何枚か並べられていた。
イチョウのまな板というのは、あまり聞いたことがなかったが、調べてみると、
まな板には、イチョウ、ヒノキ、サワラ、ホオ、シナ、キリ、カツラなどが使われるが、
イチョウは、昔から高級品の材料として知られ、刃当たりの良さと水切れの良さは
他の素材を凌ぐといわれているようだ。
後日、イチョウのまな板を買ったが、白く艶があり、使うのが勿体ないほど美しい。

     銀杏のまな板

木自体に殺菌作用があり、油分を含むので、水に強く水切れがよく、臭いが残らない。
木質が柔らかく、板にしたとき、春から夏に成長した早材と、
秋から冬に育った晩材の硬さが均一なので刃当たりがよく、包丁を傷めない。
また、木が発するかすかな芳香物質が空気を清浄にしてくれるなど、イチョウのまな板は
最高の条件を具えている。

イチョウは、1億5千万年前から地球上に存在している「生きた化石」のような樹木で、
かつて原爆が投下された広島で、黒焦げになりながらも生き残り、芽を吹き出したのも、
阪神大震災で、防火と延焼の防止に効果を上げて注目を集めたのも、イチョウだった。
火災の延焼を食い止めるための樹木を「防火樹」というそうだが、イチョウのほか、
カシ、シイ、サンゴ樹なども、葉が厚く、枝や幹の厚いコルク層が、多量の水分を含むので、
適しているようだ。

街路樹に多く見られるイチョウ並木だが、大田区田園調布駅前のロータリーから
住宅街へとつづく、放射状のゆるやかな上り坂の両側は、イチョウ並木になっている。
大正12年(1923)、渋沢栄一が、欧米の田園都市に倣って開発した田園調布のシンボル、
赤い屋根の駅舎は、東横線の複々線化に伴って解体され、2000年、駅は地下駅となり、
当時の面影を残す駅舎のみが復元された。
東急線日吉駅前の慶応大学キャンパスのイチョウ並木もスケッチしたことがあるが、
黄葉の秋だけでなく、若葉の頃のイチョウ並木も魅力的だ。

   銀杏並木
                田園調布駅前のロータリーから     2010.4.23
 
そういえば、旧宅の庭にはイチョウはなかったが、シイ、シラカシ、サンゴ樹はあった。
私の祖父は、きっと、防火樹として、これらの樹を植えたのだと思う。
近くの稲荷神社には、イチョウの木があり、秋になると、たくさんのギンナンを実らせる。
毎年11月頃、強い風の吹いた翌朝には、大きな袋を持ってギンナンを拾う人たちを見かける。

イチョウの葉から抽出される物質が、脳機能障害や認知症、気管支炎、ぜんそくなどに
効能があることが、ドイツやフランスで臨床的に認められているそうだ。
イチョウ並木の下を歩いただけでは、効き目はないのだろうか。
植物など

わが庭食堂の常連客

2010年04月27日
3月初め、猫たちの食堂を、2階のベランダから南側の庭に移してからというもの、
わが庭で生れた4匹の猫以外に、あちこちから他所者がやって来るようになった。
中でも、常連は、さいとうさんのところが本拠地のミケとその子どものクロシロ

  ミケ
         ククに見守られて 恐る恐る近づくミケ  

わが庭で生れたククが、いつの間にか、さいとうさんのところで、ミケの子育てを
手伝うようになり、次第に、ミケ親子を、わが庭の食堂へ案内して来るようになって、
彼らが食べている間、見張りを引き受けているようである。(一階に引っ越した猫食堂
夕方、私が帰宅すると、ミケが玄関前で門の方を向いて待っていることもあった。
        
    ミケ  「ごはん」はまぁだ?」といった表情 
  
       ミケ
              1皿目   いつでも逃げられる及び腰で   
 ミケ
              2皿目          台の上で    2皿目 完食
  
クロシロは兄弟だが、クロは肝が据わっているようだ。シロは、母親に似て、臆病。
初めのうちは、ククに守られて食べていたが、各々が単独で現れることも多くなってきた。
ガラス越しに部屋の中を覗き込み、私と目が合うとビクッとする。(我らは兄弟 クロとシロ

   シロとクロ

4月も半ばになると、シロククの付き添いなしにやって来るようになったが、相変わらず、
周囲や室内の様子を窺ってから、食べ始め、途中、何度も顔を上げて、警戒する。
      
     シロ

ケシトラは、顔を見せるが、どこかで食べているようで、わが庭の食堂で食べることが
めっきり少なくなった。
動物など

生姜の効き目や如何に

2010年04月26日
ニンニク、葱とともに、3大薬味といわれる生姜(ショウガ)だが、生姜を紅茶に入れて飲む、
「生姜紅茶」がブームになっている。
低体温の人が増えているせいか、書店には「体温を上げて免疫力を高める!」といった
本がたくさん並んでいる。低体温に悩む私は、「体を温めると病気は必ず治る」
石原結實 著)を読んでみた。
早速、著者おススメの「生姜紅茶」を作ってみると、確かに身体がポカポカしてきた。

最近、外でも、紅茶を注文して飲むことにした。持参したチューブ入り生姜をこっそりと
入れたりすることもある。チューブ入りでは、あまり効果がないという説もあるにはあるが、
私は、生の生姜と効果が変わらないと思って続けることにしている。
お茶に含まれるカフェインには、血液の循環をよくする働きがあるため、心臓疾患を改善し、
腎臓病にも効果があるほか、糖尿病予防、老化予防など、お茶の効用は大変なものだ。
緑茶には身体を冷やす作用があるが、茶葉を発酵させて作る紅茶は安心。
このように、薬効に優れた紅茶と身体を温める効能を持つ生姜で作るのが「生姜紅茶」。

昨年秋、コンビニで見つけたインスタントの生姜入りの味噌汁、スープが気に入っている。
「冷え知らず」シリーズ(永谷園)の、「生姜参鶏湯」や「生姜とん汁」などだが、
結構、美味しくて、身体がポカポカと温まった。
味噌汁に生姜を入れればいいわけだが、時間がない時などに手間いらずで便利だ。       

           生姜入り 生姜入りの豚汁

ショウガは、生姜(しょうきょう)と呼ばれ、中国では紀元前500年頃から生薬として
利用されていて、漢方薬の70%を占めるという。身体を温め、新陳代謝を促進するので、
寒気を伴う風邪の初期症状の治療や胃腸の冷えによる胃腸機能低下にも使われることが多く、
抗潰瘍作用、鎮吐作用、整腸作用のほか、抗菌作用、鎮痛作用などにも効果があるとされる。

生姜を生で食べると、体内の白血球数が増え、免疫力を高める効果があるといわれ、
熱を加えた場合は、血行が良くなるという効果があるそうだ。
そういえば、喫茶店ではジュースでなく、ジンジャーエールを飲むことが多いが、甘味のある
炭酸のせいか、生姜の辛さはあまり感じず飲みやすい。でも、身体が温まったことはない。

また、空気に触れると酸化するので、本来の働きがなくなるが、ハチミツに漬けると、
酸化が抑えられるという。
以前、生姜のスライスをハチミツに漬けた「生姜のハチミツ漬け」の瓶詰を見つけて、
お湯や紅茶で割って飲んだが、生姜をかじってみると、まさに生の生姜!かなり辛かった。

 のど飴生姜糖

先日、喉が痛かったので、のど飴を買おうと、お菓子屋さんに行ったが、生姜の飴や
生姜糖が何種類も並んでいた。大根汁+生姜汁の飴、生姜+蜂蜜の飴、生姜+黒砂糖の飴・・・。
普段、あまり飴を食べないが、つい、どれが美味しいか較べたくなって、店にあった
3種類すべてを買ってしまった。
喉が痛いのは半日程度で、その後、咳が出始め、数週間つづくのが、私の風邪のパターン。
電車の中で咳こみそうになると、マスクの下から口に滑り込ませるのど飴は必要だが、
それにしても、買い込み過ぎてしまった。後悔することしきりだ。
つれづれ

「わけあり」でも中身は良品

2010年04月25日
天候不順による野菜の値上がりが続いている。大手スーパーなどでも、曲がり胡瓜や
形が不揃いなトマトなど、「規格外野菜」の特売が始まったという。

「わけあり商品」といわれる、さまざまな規格外を理由に、格安で販売される見切り品、
いわゆる「アウトレット商品」に、人気が集まっているようだ。
「わけあり」とされる値下げ理由は、型落ち品、新古品、展示品の処分、キズモノ、
サイズの不揃いなど様々で、通常価格の半額~8割引きと、格安で売られている。

以前から、お菓子屋さんの店頭で、割れ煎餅やカステラなどの切落としをよく見かけたが、
最近特に、ネット販売による「わけあり商品」の売上は、この1年間で倍になったそうだ。
中でも、魚介類などの生鮮食品は、脚の数が不足の、或いは脚が折れたカニ、鮪の切落とし、
袋が破れたタラコなどが、飛ぶように売れているのだとか。

      われ煎餅

わけありの家具類や家電をみると、型落ちになった、「展示処分品」や「在庫処分品」、
初期不良で店に戻り、メーカー修理を経て再販売される「修理上がり品」がある。
ほかにも、外箱が損傷してしまった「箱破損品」などがあり、「いいものを少しでも安く」
という需要から、売上が伸びているという。

何年前になるだろうか、私のノートパソコンも、一代前の品は、型落ちになったばかりの
ものだった。パソコンを買いに店に行ったのではなかったのに、あまりの安さに、
衝動買いをしてしまった。展示品だったため、Wordや Excelなどもすでにインストール済みで、
面倒臭がりの私には、手間が省けて助かったことを覚えている。

「いいものを安く」ではなく、「ただの安もの」を、「わけあり商品」人気に便乗して、
故意に「わけ」を作って販売する業者もあるようだが、総体的には、以前は廃棄されていた
ものが、工夫して活かされ、ゴミの減量にも寄与、エコブームにも応えていることになる。

先日、 GINZA ITO-YAで、「メモ虫」という、革製のメモ挟みを見つけた。
皮革製品の製造過程で生じる端切れを、イタリアの技術で加工し、美しく染色された、
リサイクルレザーが使用されている。「わけあり商品」とは範疇が異なるだろうが、
今まで廃棄していたものに、付加価値をつけて活かし、環境への負荷も低減させるものと、
説明書に書かれていた。回転させれば、ペンも立てられ、なかなか、可愛らしい虫さんだ。

            メモ虫

ところで、牡丹で有名な福島県須賀川市は、「きうり天王祭」というお祭りがあるほど、
日本有数のきゅうりの生産量を誇る「岩瀬きゅうり」の産地でもあると聞いたことがある。
ここでは、数年前から、それまで廃棄されていた「曲がり胡瓜」で、化粧水「胡瓜美水
きゅうりすい)」や美容クリーム「胡瓜美潤(きゅうりクリーム)」をつくり、販売しているそうだ。
機会があったら、福島県のアンテナショップを覗いてみようと思っている。
つれづれ

「昭和のくらし博物館」へ

2010年04月24日
先月末、孫りんりんがわが家に泊まった翌日、彼の希望で、「昭和のくらし博物館」に
行くことになった。
わが家の散歩圏内にあるのに、なかなか行く機会がなく、気になっていたところだ。

昨年秋、連れて行った、JR田町駅近くの港区立「港郷土資料館」の「さわれる展示室」で、
クジラの骨やペンギンの剥製に感激していたが、昭和初期に建てられた家で使われていた
電灯、ミシンなどの調度品には、ほとんど興味を示さなかった。(いろいろな3種の神器)  
それが、昨年末、彼にプレゼントした「日本歴史人物事典」を読んでから、明治、大正、
昭和といった時代と、その時代に生きた偉人たちへの関心が強くなったようだ。

先日、彼の家に行ったとき、「パパに買ってもらったんだよ」と、「ポプラディア」
ポプラ社の月刊百科事典)の「昭和のくらし」(2008.10月号)を得意そうに見せてくれた。
まだ難しいとは思うが、カラー写真や図版が豊富なので、調べるのが好きな彼には
いずれ、役に立つことだろう。
「侍戦隊シンケンジャ―」の影響で、戦国時代から入った、彼の歴史への興味は、
現在は、「○○時代に生きた人々や暮らし」へと変わってきているようだ。
平成生れの彼にとって、昭和という時代は、遠い昔の想像外の世界に違いない。

昭和という時代は、戦争に向かった暗黒の時期、戦中戦後のどん底からの復興期を経て、
生活が急速に便利になって、家の中の暮らしも大きく変わり、子どもたちの遊びや
学校生活も、大変革を経験した時代といえる。
昭和のくらし博物館」には、昭和26年に建てられた館長のご自宅に、1軒分の家財
丸ごとが展示されている。暮らしの面から、昭和という時代を考え直す学習の場であり、
昭和生れの我々とっては、子ども時代にタイムスリップ出来る場所でもある。
       
   昭和のくらし博物館    井戸
    「昭和のくらし博物館」              玄関脇の井戸とポンプ

2階の子ども部屋に展示されていた、紙製の着せ替え人形、抽斗の中の赤チンや氷枕、
台所では、革製のベルトが付いたアルミ製の水筒に目がいった。
こういう水筒を持って、遠足に行ったっけ。コルクの栓で、蓋には方位磁石がついていた・・・。
「懐かしい!」を1人で連発しながら見て回った。(館内撮影禁止なのが残念)
もっとも、赤チンは今も作られているし、氷枕も病院などで使われたりと、未だに現役だが。
       
        干し飯、げんのしょうこ、唐辛子など

1階の茶の間の卓袱台(ちゃぶだい)には、昭和の食卓が再現されていて、軒下には、
唐辛子、干し飯、下痢止めや湿疹などに効くという、ゲンノショウコなどが干してあった。

私が中学生の頃には、旧宅の内玄関と台所はダイニングキッチンに改装されたが、それまでは、
茶の間の座卓で食事をしていたはずだが、何故かあまり覚えていない。(古きよき卓袱台) 
薄暗い台所の上がり口や大きな板の間の床を思い出すのだが。

土間の外に風呂釜があり、ボイラー式のものに変えるまで、お風呂は薪で沸かしていた。
ときどき、薪をくべさせられることもあった。屋根はあったので、雨に濡れることはないが、
冬は寒く、夏は暑く、蚊がいたし、子どもの私は、この嫌な時間をどうやり過ごしたのだろう。
台所前に井戸があったが、さすがに水道は引かれていたし、木製の氷冷蔵庫があったのは、
うっすらと記憶している。

昭和生まれの私には、懐かしいものばかりだったが、りんりんは、何が一番印象に
残ったのだろう。玄関脇にあった手漕ぎのポンプ? ブリキのバケツから水が溢れても、
漕ぐのをやめなかったところをみると、よほど面白かったのだろう。 
この日、彼が書いた日記は、井戸のことだろうか、それとも、2階から手すりにつかまりながら、
後向きに下りた、あの急な階段のことだろうか。今度、訊いてみたい。 

* 「ためしてガッテンー忍び寄る低栄養の危険ー」(NHK総合 4/28放送予定)では、
「昭和のくらし博物館」の撮影協力を得て、「戦後の食卓」が再現されるということだ。            
身近な人びと

憩いを誘うベンチたち

2010年04月23日
雑司ヶ谷鬼子母神   新宿区 
「鬼子母神(きしもじん)」は「すすきみみずく」で有名だが、現在は作られていないそうだ。
昨年、「子育て銀杏」を見に行ったとき、ミミズクの像を幾つか見た。  (「柘榴」)

          鬼子母神 
                   
普斉寺   立川市
         立川普斎寺

阿佐ヶ谷神明宮  杉並区 
             神明宮         

くさっぱら公園   大田区
    くさっぱら公園
 
和田堀公園   杉並区    
和田堀公園

播磨坂   文京区 
 昨年の秋、通った「播磨坂」には、様々なベンチや腰掛があった。
この坂は、桜坂とも呼ばれ、春日通から千川通りまでの遊歩道には、桜並木がつづく。
                      
     播磨坂       
播磨坂   
     播磨坂 

氷川の杜公園   渋谷区
「氷川の杜公園」には、氷川神社で行われた、江戸三大相撲の土俵が現存している。
私が訪れたとき、近くの保育園の園児たちが、運動会の練習だろうか、この土俵の周りを
走っていた。                 
 ねむの木
       氷川の杜公園              ねむの木の庭  

ねむの木の庭   品川区
静かな住宅街にある、「ねむの木の庭」は、皇后美智子様のご実家があった旧正田邸跡地を
品川区が整備し、2004年にオープンした小さな公園。
公園の名は、皇后様が高校時代に作られた詩「ねむの木の子守歌」に因んで命名された。
旅・散策・イベント

押しかける中国からの観光客

2010年04月22日
先月、鹿児島市の中心市街地「天文館」が、豪華客船でやってきた中国人買物客で
賑わったということだった。
一行は、蘇州の大手電気自転車メーカー販売店の報奨旅行でやってきた約1400人。
電器店、薬局、化粧品店などの指定された買物エリアには、「熱烈歓迎」などと書かれた
看板などが所狭しと張られ、中国語のアナウンスが流れたという。
通りは両手に多くの買い物袋を下げた中国人客であふれ、わずか2時間弱の滞在で、
30万円以上の買物をした人もいたというから驚きだ。

何でも、客船で鹿児島を訪れた観光客のうち、半数以上が購買意欲の高い中国人だった
ことから、天文館では、中国人観光客を招致して、半年前から受入れ準備を整えてきたという。
テレビで放映されたのは、主に受入れ側の思惑や苦労などだったが、どうやら、
この中国人観光客の招致は大成功をおさめたようで、関係者は胸をなで下ろしていた。

多くの中国人が訪れる東京秋葉原の家電量販店などでも、中国語を話すスタッフを配置し、
「最佳礼品(おみやげに最適)」といった中国語の案内表示をしたり、中国向けの専用
発送スペースを用意して対応しているそうだ。買い物客の中には、カメラや、高級時計など、
100万円以上のまとめ買いをする人もいるのだとか。
彼らに最も人気のあるのは銀座だそうで、今年の春節期間、デパートでは中国語が話せる
スタッフを増員して対応したという。
売り上げの1割は、中国人客、高級ブランド時計店では、客の6割が中国人だともいわれる。

      雨の日
          雨で客が少ない電器店   渋谷と新橋

因みに、昨年度の訪日中国人観光客は、およそ101万人で、国別では唯一の増加。
購入額は平均約8万円と、各国平均を大幅に上回り、支払いの際、「銀聯カード」での
国内決済総額も年々増えているという。

どこの観光地だったか覚えていないが、二種免許を持つ中国人タクシードライバーが、
中国人を客にして、タクシー料金で観光案内をしていると聞いたことがある。

観光地といえば、毎月、定期購読している「人民中国」誌によると、
北海道を訪れる中国人観光客が、昨年初めから急増(前年の約7倍)したという。
実は、70~80年代の『君よ憤怒の川を渉れ』『キタキツネ物語』など、北海道を
舞台にした日本映画が、中国で脚光を浴び、北海道の認知度を一層高めたが、
一昨年末、上映された『非誠勿擾』(『狙った恋の落とし方』)が、中国映画史最大級の
ヒット作となり、再び「北海道ブーム」が起きているそうだ。
ひと頃のわが国における、韓流ブームのようなものだろうか。

       「人民中国」4月号

この映画は、今年2月、北海道で先行して封切られた。映画のストーリーはともかく、
主人公が旅をするのは、中国の杭州、海南島、さらに北海道の、いわゆる人気コースでは
ないスポットで、阿寒湖の温泉街にある居酒屋や斜里町にあるキリスト教会などらしい。

私は、杭州は何度か訪れたことがあるが、リゾートの島海南島にはさほど魅力を感じないし、
北海道へは、絵の会で1度行っただけ。札幌を拠点に小樽、富良野などを、レンタカーで
まわった。阿寒湖や斜里町には行ってみたい気もするが、中国人観光客で溢れるところには
どうも足が向かない。
いずれ近々、東京でも上映されるだろうから、スクリーンの中に訪ねてみることにしたい。

序ながら、昨日から始まった、韓国のテレビドラマ『IRIS(アイリス)』(TBS)のロケ地、
秋田県の田沢湖などにも、韓国からの観光客だけでなく、日本人観光客も押し掛けているとか。
中国・中国の旅

木がみせる面白い表情

2010年04月21日
    新田神社      玉川神社
   闘う武将か?新田神社のケヤキ  土偶のような玉川神社のクスノキ    

新田神社(大田区)は新田義貞の次男新田義興を祀る古社。破魔矢発祥の社とされる。
御神木のケヤキは樹齢700年。落雷や戦災で裂けたが、新緑の頃には若葉が茂る。
蘭学者平賀源内は新田神社の縁起をもとに浄瑠璃・歌舞伎「神霊矢口渡」を脚色したが、
これが、当時の江戸庶民に大変に受け、新田詣が始まったといわれている。

玉川神社(世田谷区)は、静かな住宅地の中にあり、とっくりクスでも知られる。
とっくりクスは、その名のように徳利の形に似ているクスノキで、幹囲は都内で5番目。

ミズキ 椎
   怒っている人の顔にも猿の顔にもみえる  柵から顔出すブルドッグ? 大田区

近所の空地にあるミズキは昨年夏の台風で太い枝が折れ、大きな傷跡ができた。
折れた枝は、未だにそのままになっている。      (枝が折れたミズキ
空地の金網塀からは、ブルドッグのように見える椎の樹が顔を出す。   

大田区の銘木店の中庭を覗いた。ケヤキ、スギ、クスなどの、大小様々な木の板が、
乾燥のため、塀に立てかけられていた。ケヤキは、面白い表情をしているものが多い。
この銘木店で、御蔵島のツツジで出来たペン立てを買った。

  銘木    銘木
         馬の横顔?                   笑う老人?      
                銘木 
                        驚く人?

   店頭 ペン立て
        銘木店の店頭              ツツジの木のペン立て

因みに、日本三大銘木は、欅(ケヤキ)、橡・栃(トチ)、松(マツ)だといわれている。
植物など

雨にも風にも負けず

2010年04月20日
今日は24節気の1つ、穀雨。春の最後の節気。「雨水は百穀を生じる」という意味がある。 
養生面からは、気候が次第に暖かくなり、人の肌も緩み、毛孔も拡大して皮膚の末梢血管の
供血量も増え、中枢神経系統に鎮静、催眠作用を引き起こし体が疲れると言われている。
いわゆる「春眠」とは、季節の変化が引き起こす一種の生理現象らしい。

昨日、久しぶりに、わが庭で鶯の声をきいた。初音からひと月になる。

       パンジー
                  わが家のパンジー 

パンジーは春の花だと思っていた。それなのに、これほど、寒さに強いとは! 
昨年秋、最寄駅近くの歩道のプランターに、パンジーが植えられたが、少々の雨風、
たとえ氷雨や雪であっても、ひそかに耐え、可憐さを誇っている。(歩道脇のニチニチソウ

     2009.10.8   2009.10.17
      ニチニチソウ   2009.10.8                 2009.10.17

     2009.11.13   2009.12.12
                  2009.11                   2009.12 
   
     2010.1.17   2010.2.2
         霜の降りた朝   2010.1       雪が降った翌朝   2010.2 

     2010.3.29   2010.4  
                    2010.3        冷たい雨が降る   2010.4
植物など

背景に登場の日本猫

2010年04月19日
先日、Kさんから「お願いしたいことがあるのだけれど・・・」と電話があった。
私とは別の日本画教室に通うKさんは、月1度の「人物デッサン」のときに顔を合わせる
程度だが、考えてみれば、随分と長いお付き合いになる。
数年前、「烏瓜の実が手に入る花屋さんを知らない?」と訊かれたので、野草を扱う
花屋さんに頼んでおいたら、忘れた頃に連絡が入り、2人で取りに行ったことがあった。

今回の彼女のお願い事は、猫だという。「ナマ猫」だそうだ。
実は、彼女は裸婦の本画を描いていて、先生は「背景にバラの花を散らしたら?」と
言われるが、彼女は、バラの花でなく、猫を描いたのだという。それも、藤田嗣治の
絵に出てくるような洋猫の写真を見て描いたそうだ。

       「猫のいる静物」
            「猫のいる静物」  この猫も洋猫??
         
今まで、彼女から聞いた話では、彼女の先生は、ズバズバとおっしゃるタイプで、
彼女も負けていないが、それでも、絵のことになると、大人しく従うしかないらしい。
先生は、彼女の猫をご覧になり、開口一番、「ダメよ!こんな洋猫じゃ」
「日本の猫を描きなさい!」「生の猫をね!」とおっしゃったそうだ。

それで、猫を飼っていない彼女は、近所のノラ猫を追いかけ、クロッキーを試みたが、
逃げられてしまい、困り果てたとき、浮かんだのが、わが庭の猫たちのことだったとか。 
わが家でデッサンをしているとき、窓から顔を覗かせる猫たちこそ、日本のナマ猫だと。
描けなくてもいいから、写真だけでもほしいとのことだった。
わが庭の猫に限らず、猫たちは気まぐれだ。 Kさんの前に姿を現したとしても、
モデルをつとめられるはずがない。だが、「写真ならいくらでもあるから、とりあえず、
いらっしゃい」ということになった。

数日後、彼女はやってきた。
パソコンに保存してある写真の中から、正面向きの猫を何枚か選んでいるときだった。
ケシが笹やぶ?の中で、ガサガサと音を立てていると思ったら、「ネコが何かをくわえて
通った!」と、彼女の叫ぶ声がした。窓の外を見ると、トラが何かをくわえている。
庭に出て、トラを追いかけた。雀が犠牲になっていた。
恐らく、兄のケシが捕まえたに違いない。それを、妹のトラが横取りしたのだと思う。

  ククとケシ
                蝶が気になるケシとクク
                      ケシ

ケシトラに狩りを教えた、チャトランオジサン?は、鳩を捕まえたことがあった。
そのチャトランは1年前、姿を消した。
いつの間にか、ケシたちは、1人前に狩りができるようになったということだろう。
春になり、彼らの狩りのターゲットはたくさんある。昨日もトラが小さなトカゲを捕まえた。
どうやら、わが庭から犠牲者がいなくなることはないようだ。

その後、彼女の絵はどうなったのだろう。
彼女の絵に、わが庭のナマ猫が登場できたのか、先生が何とおっしゃったのか、
まだ、伺ってはいないが、少しでもお役に立てたとしたら嬉しいのだが。
動物など

結構忙しい新1年生

2010年04月18日
3月のある日、孫りんりんが、小学1年生用のワークブックを持ってやってきた。
幼稚園卒園と同時に、しまじろう(幼児教育雑誌のキャラクター)とお別れした彼が、
この日、持ってきたのは、1年生の「経験学習 おもい出アルバムをつくろう」だった。
自分の思い出の写真を入れたタイムカプセルを作ろうと云うもので、ペットボトルと 
春、夏、秋、冬の写真1枚ずつが必要だと言う。結局、タイムカプセル作りの助手をする
こととなり、ペットボトルや手ごろなプラスチックの蓋などを用意した。

まず、パソコンに保存した中から、彼の写真4枚を選んでプリントすることから始まった。
その間、彼は、カラー画用紙でアルバムを作り、写真を貼って、コメントを書いていった。
いよいよ、タイムカプセルが出来上がると、部屋に1年間、隠して?おくのだそうだ。
ご丁寧なことに、隠し場所を記した、部屋の見取り図を描くのも、この学習の狙いらしい。

        思い出カプセル
            夏のページとペットボトルのタイムカプセル
        
夏の思い出は、フタバスズキリュウの前で撮った写真を選んだ。「国立かがくはくぶつかんが、
たのしそうなので行きました。このときは、まだはじめて行った時だから、たのしめました」
フタバスズキリュウは福島県で発見された首長龍の化石。 
           
夕方、迎えに来た娘に訊いてみると、低学年の「理科」と「社会科」という教科はなくなり、
代わって「生活科」という、体験学習を重視する教科があることを、改めて知った。
学校や教育などに縁がなくなってから、関心が薄れていた。その間、教育のゆとり化が進み、
土曜日が隔週休みになったと思ったら、いつの間にか、毎週休みとなり、驚いたことがあった。
因みに、第2土曜が休業(1992)の3年後、隔週土曜休業。2002年には週5日制になった。

生活科とは、1992年度から、小学校1、2年次に設置された教科の名称。
都心の学校では、自然観察や体験ができる場所が少ないなど、各学校区の社会環境、
自然環境はそれぞれ違っており、各学校ごとにカリキュラムが異なるという。
理科と社会を廃して設置されたため、この両者を統合して授業を行うものであると
考えられがちであるが、実際は別の教科。内容のほとんどが体験的な活動を重視しており、
特に科学的に体系化された内容は含まれない。
(Wikipedia)

だが、来春から、学力低下を招くと批判を浴びた、ゆとり路線から完全脱却するため、
40年ぶりに学習内容が増えた結果、小学6年間で学ぶ分量が現在より25%近く増え、
教科書(2009年度検定)の内容が変わり、頁数が急増したという。

        科博で

先週の「科学博物館メールマガジン」に、こんなことが書かれていた。
博物館は標本資料を豊富に持っている最適な学習の場。新しい教科書では、
科学的なものの見方や考え方を学び、様々な体験活動を通して、自然に対する豊かな感受性を
育てることを目標にしている。全国の自然博物館、動物園、水族館、植物園などと協力して、
体験的なプログラムの開発を進めていくとのこと。

例えば、小学生に自分の骨格の絵を描いてもらうと,足の骨が一本だったり、肋骨がない
こともあるという。そこで、200本もあるヒトの骨を、大きさや形を比べながら
組み立ててもらうことで、骨の形と役割,関節の働きを理解できる「体のつくりを学ぶ」
プログラム」などを用意したという。
他にも、哺乳類や鳥が気温の変化に合わせて羽毛を変化させていることを観察して学ぶもの、
シラス干しに混ざっているアジやカニの子どもを探し出して、食物連鎖について考えるもの、
絶滅の恐れのある植物の保全について学ぶものなどのプログラムが用意されているという。

授業時間が増えたことで、学力低下に歯止めがかかるのだろうか? 
今後、理科実験などは、家庭で担うことになるなど、教師だけでなく、親子とも負担が
大きくなるのではと言われている。
新1年生のりんりんには、まずは、楽しい発見や愉快な体験のある毎日を送ってほしいと思う。 
身近な人びと

シカクい頭の健康法?

2010年04月17日
電車内で、新しい日能研の「シカクいアタマをマルくする」の額面広告を見つけると、
必ず、傍に行って見るようになった。中学入試問題の中から、「こんなチカラを持った
子どもを育てたい」という、メッセージが込められた問題が毎月、載っている。
頭の体操になるだろうと、読みかけの本を閉じて、考えてみるが、実に難しい問題が多い。
算数や理科は、初めから敬遠することが多いが、今月の理科は、出来そうな気がした。
解答は、日能研のサイト上なので、合っているかどうか、その場ではわからない。

4月は、「ヒトのからだで、食べ物が消化される順番はどうなりますか」という、理科の
4択問題。桜の木の下で、子どもたちがお弁当を食べている、可愛らしい絵がついている。
「ご飯→卵焼き→バター」が正解。ほかに、「唐揚げ→おにぎりのご飯→きんぴらゴボウ」など、
子どもたちが好きそうな食べ物が並んでいる。
 
     4月の理科問題

普段、何気なく目にしたり、口にしたりしている食べ物と、消化に関する知識をつなげて
考える力を試す問題になっている。これが理科では大切なのだと、解説にあった。

食べ物は、「口→食道→胃→十二指腸→小腸→大腸→肛門」と移動していくときに消化される。
ヒトの体内で三大栄養素が消化される順番は、でんぷん→たんぱく質→脂肪となる。
でんぷん(ご飯)は、口で唾液によって消化され、たんぱく質(卵焼き)は、胃で胃液に
よって消化される。そして、脂肪は胆液によって細かくされ、十二指腸で膵液によって
消化される
ということだ。
消化器は胃や腸だけではなかった。どちらもなくてはならない大切な臓器なのに、
膵臓や胆のうの存在をすっかり忘れていた。

私の机の横に貼ってある「足裏のツボ」図では、膵臓のツボは、左右の足裏の内側、
ほぼ真ん中、胃のすぐ下にある。胆のうは、右の足裏の肝臓に付いているように見える。
足裏は、身体の各機関や各部位につながっている末梢神経が集中しているところで、
ここを揉むことで、血液循環が良くなり、老廃物が体外に排泄されるだけでなく、
内臓や脳が活性化して、体の抵抗力が上るといわれている。

因みに、この「足もみ(反射区)療法」は、アメリカやヨーロッパでは、リフレクソロジーと
呼ばれており、科学的に証明された療法として、保険の対象になる国もあるのだそうだ。

踏竹と足裏図

自宅では、たまに、足裏のツボ図を見ながら、足を揉んだり、踏み竹を踏んだりする。
踏み竹は、昔から家にあった、半割の竹のものと、突起付のローラー式のものとがあり、
机の下に置いたローラー式のものを、回しているが、腰かけたままのせいか、
あまり痛くない。漢方薬同様、ジワジワと効いて来るのだろうが、やはり、足揉みが
一番効きそうだ。
ついでに、足揉みで、シカクい頭がマルくなれば、いうことはないのだが。
つれづれ

ここらで一服 ひと休み?

2010年04月16日
公園には、必ずと言っていいほど、頃合いな場所に、腰掛やベンチがあるものだが、
昨年よく歩いた、緑道や川沿いの歩道にも、色々工夫されたベンチや腰掛があった。

立会川、九品仏川、神田川の遊歩道のベンチなどはご紹介したので、今回は、坂道や川沿いの
歩道で見た中から、幾つか選んでみた。(公園や寺社のベンチは来週に

   ベンチ
        権之助坂    目黒区          旧仙台坂    品川区

江戸中期、新坂と呼ばれていたこの坂は、中目黒の名主菅沼権之助に因んで、権之助坂と
呼ばれるようになったという。

仙台坂は、港区と品川区の双方にある。いずれの坂も、江戸時代に仙台藩伊達家の
下屋敷があったことに因んでつけられた。
昨年秋、港区の仙台坂に行き、真赤な蔦と壁の白さが際立って美しい、安藤記念教会に
出会った。今度、是非、スケッチしたいと思っている。(仙台坂上の石造り教会
品川区にある仙台坂と旧仙台坂は、以前は車で通り過ぎるだけの坂だったが、
昨年夏、巨樹巡りの折に、この坂を歩いてから、旧仙台坂の中程にあった屋敷跡の、
タブの巨樹を仰ぎ、坂上の仙台味噌醸造所で「五風十雨」という仙台味噌を買うのが
楽しみになった。                         (仙台坂のタブの木

      善光寺坂
                  善光寺坂    文京区
       
善光寺坂は、坂の途中にある善光寺の名に因んだ名前で、この辺りは、学校と寺の多いエリア。
この坂の途中に、「沢蔵司」が宿ると信じられている椋の大木がある。
道路拡張のため切られそうになったが、沢蔵司の伝説から反対する者が多く、木の両側を
道にして残されたとのことだ。
椋の木は、騒音や排気ガスにもめげず、緑の葉を茂らせている。(街で見た路傍の巨樹) 
            

      川沿い
           目黒川   目黒区            六郷用水   大田区

          腰掛
              洗足流れ  大田区     善福寺川 杉並区
  川沿い
  仙台堀川 海辺橋 江東区       隅田川 清州橋付近  中央区

    腰掛
       「しながわお休み石」  品川区        月島  中央区

「ちょっと一息 しながわお休み石」は、山手通りのバス停や商店街など、何か所かで見た。
2つ並んでいることが多かったが、中には3つ並んだところもあった。

大船中野
      JR大船駅近く  鎌倉市             JR中野駅近く  中野区

               青砥
                       整骨院前  葛飾区 
旅・散策・イベント

ツクシとスギナ

2010年04月15日
  スギナ    トクサ科 トクサ属   
          学名  Equisetum arvense
          和名  スギナ(杉菜)
          英名  Field Horsetail

       つくし

近くの踏切脇の土手に、諸葛菜に混じって、ツクシが顔を出しているのを見つけた。
多摩川の土手でもあまり見た記憶がないし、日当りのよい荒れた所が適地だとはいえ、
都内で、しかも車や電車がひっきりなしに通る場所で見ることができるとは驚きだ。

スギナは、花を咲かせず、胞子で増えるという、シダ植物。
スギナと地下でつながっている胞子茎(胞子穂)がツクシ。スギナの子はツクシだ。
スギナにくっ付いて出るから、「付子」、形が「筆」に似ているので、「土筆」とも書く。

杉の形に似ている、スギナは、トクサの一種だという。
トクサは、わが庭にもあるが、ストローの束のようなトクサと、スギナが同じ仲間だとは
不思議な感じがするが、節が幾層にも重なっているところが似ているからか。

ツクシは春の山菜として親しまれている。袴を取って茹でて灰汁を抜き、油炒めにしたり、
軟らかく煮たり、佃煮にしたりするようだ。
ツクシをスケッチするかどうかはともかくとして、1度、味わってみたいと思うのだが、
昔、始発電車が通る前に、あの土手に彼岸花を採りに行ったことがあったが、
今は、とてもあの頃のエネルギーはない。

  ツクシとスギナ                
                    4.4                       4.12

ツクシを見ると思い出すのは、随分昔のことだが、霞ヶ浦へスケッチに行ったときのこと。
ちょうど今頃、小型バスを貸切ったこともあって、絵の仲間のほかに私の友人たちも
参加して、大人数の日帰り旅行となった。
アルバムには、集合写真のほかに、楽しそうに談笑しながら歩く、スナップ写真が何枚もあった。
背景に、遠く茅葺屋根の家の傍で、鯉のぼりが気持ちよさそうに泳いでいる。

この日も、1枚くらいスケッチをしたはずだが、土手でツクシを摘んだことしか覚えていない。
しかも、ツクシは、家まで持ち帰ってどうしたのだろう。まったく記憶がない。
植物など

幼児2人の保育園通い

2010年04月14日
全国の待機児童(2009年4月現在で25,384人)のうち、半数が首都圏に集中しているという。
不況で共働きが増えたためと見られるが、どの自治体も定員枠の拡大に努めているものの、
各地で多数の待機児童が出る見通しだとか。

千代田区でも、ついに、9年ぶりに待機児童が出る見通しとなったという。
先月、テレビ(TBS)で、入園申込み数40倍の世田谷区から、待機児童ゼロの千代田区に
転居した家族を取り上げていたが、この数年、子供を保育所に預けたいという子育て世帯が、
千代田区に移り住むようになったという。1歳児が大半を占めているというが、
入園申込みのために、他の自治体から1年以内に転入した世帯は、3割を占めるという。

区は6月にも、廃校となった区立中学校の校舎に保育施設を開設して、待機児童の解消を
目指すというが、「子ども手当」より、まず、保育園を作ってほしいという声も多く聞かれた。
ところで、杉並区に住む息子のところでは、この4月から、4歳と1歳の娘たちを、
同じ保育園に通わせることになった。ただ、延長保育の枠からは外れたので、長女1人の
送迎時より、お迎え時間が1時間近く早くなったので、親はなかなか大変のようだ。

      運動会 
                    保育園の運動会   2009.10

長女ゆうゆうは、1歳から、保育園に通っているが、彼女の場合は、10日程度の
お試し保育の期間を経て、登園後に泣くこともなくなった頃、母親は安心して仕事に出た。
今回の次女あいあいの場合は、わずか3回の登園で、普段通りの園生活を送ることになった。

3回目の登園となった、4月5日、母親の仕事の都合で、私がお迎えに行ったのだが、
着いたときは、ちょうど「おさんじ」の時間。うどんのようだった。
廊下から見ていると、先生に食べさせてもらうのが待ち切れず、得意の手づかみで
ツルツルと食べ始め、完食した。 先生がエプロンを外すと、泣き出したのだが、
どうやら、午前中いっぱい、泣いていて、昼食をあまり食べられなかったらしい。
「足りない!と怒ったのでしょうね」と先生。

よほどお腹が空いていたのだろう。家に戻ってから、バナナ半分とカステラを少し食べると、
すっかりご機嫌はなおって、玩具のある隣の部屋までスタスタ歩いて行った。
これには、驚いてしまった。半月前に見たときには、5、6歩がやっとだったのに。
ことばの方は、「ママ」のほかにも、苺の絵を見て「イ・ゴ」、蜜柑を「カン」、バナナは「ナナ」
といったところか。子どもの成長ぶりには、驚くばかりだ。
成長ぶり
             2009.12                   2010.3 
  
私が園に迎えに行った翌日、あいあいは、夕方5時過ぎまで頑張れた模様で、一安心した。
待機児童の1人にならずに済んだことも、園の生活に思ったよりスムーズに入れたことも、
有難いことだと、つくづく思うこの頃だ。
身近な人びと

思い出深い樹

2010年04月13日
新宿御苑の春楡(はるにれ)    新宿区
昔通った、日本画デッサン教室のカリキュラムには、動物園、博物館、公園などでの
屋外スケッチの時間がたくさん組まれていた。
中でも、新宿御苑へ出かける機会が多かった。寒い季節には、温室内の南国の花々や、
葉を落とした裸木をスケッチしたものだ。
そして、冬に描いた裸木のスケッチが、緑の樹や花を咲かせた樹を描く場合、
必ず役立つと、F先生はいつも言っておられた。   (新宿御苑のプラタナス

F先生が亡くなられて、来月で満6年になる。
最近、本画にもスケッチにも、あまり熱心でなくなった私だが、新宿御苑の芝生に立つと、
以前、スケッチした、ハルニレの樹に目が行く。そして、「あの樹、いい形をしているでしょう!
葉が落ちた今、描いておくといいですよ」とおっしゃった、先生のお声がよみがえって来る。   

今春、新宿御苑に寄った日は、たまたま、桜の満開の時季に重なってしまった。
芝生は花見客で埋め尽くされていたせいか、春楡の樹は、なかなか見つからなかった。
わずかに芽吹き始めていて、すでに裸木ではなかったが、私が描いた、あの春楡だった。

        ハルニレ 2010.4.3

          ハルニレ 2009.8.12
      
わが母校の桜  大田区
今月の6日、私が6年間通った小学校の前を通りかかると、普段は閉っている校門が開かれ、
国旗が掲げられていた。「入学式」だった。式は、奥の講堂で行われているのだろう。
桜の花がわずかに散り始めた校庭には、だれもいなかった。

校門  あの桜の木?
                    入学式の日                2010.4.6  
     
校庭の桜の木を数えてみると、5本あった。すでに満開となっているようで、見事だった。
はるか昔、私たちの入学式当日、桜の花をバックにして撮った集合写真を思い出した。
あのときの桜は、校庭の奥にある、あの樹ではないだろうか。
前面の倉庫で隠れていて、幹の太さまではよくわからないが、あの桜に違いない。 

帰宅後、戸棚の奥から古いアルバムを引っぱり出してみた。
今のように、デジカメは勿論のこと、一般家庭にカメラがあることが珍しい時代だった。
アルバムの写真は、小学校入学記念から後は、ほとんどが遠足での集合写真で、
1年生の春(浜離宮)、秋(大倉山)、2年生の春(新宿御苑)、秋(野毛山動物園)と続く。

       入学式
                     50数年前の入学式

「入学記念」のモノクロ写真(4月8日)の桜は、まだ、満開になっていないようだ。
校舎は、現在の校舎の何代前になるのだろうか。
校長先生、担任の先生と新入生が、緊張した面持ちでカメラを見ている。49人だ。
残念ながら、担任の先生と数人の女の子と2人の男の子の名前しか思い出せない。
当時は、4クラスか5クラスあったと思う。

現在は全学年とも2クラスで、一昨年は、1年生全員で42人だったとか。隔世の感がある。
今年の新入生は、何人ぐらいだったのだろうか。
1年生になった孫りんりんも、先週から、大きなランドセルを背負って、元気に通っている。
朝、なかなか起きないので、今からこんなことではと、母親は嘆いているが。
植物など

魚が苦手な猫たち

2010年04月12日
漫画「サザエさん」の主題歌に、ドラ猫が魚をくわえて逃げていく場面がある。
スケッチに行って立寄った漁港の傍で、何匹もの猫が群れている光景を見たこともある。
猫の好物は魚だと、ずっと思っていたが、必ずしもそうとは限らないようだ。

我が庭の猫たちは、屋外住いの飼い猫に近い地域猫。いつもはドライフードなのだが、
たまに、缶詰肉を混ぜてやることもある。ドライフードより美味しそうだが、残すこともある。
残すのはマグロやカツオなどの魚肉入りの缶詰で、鶏肉や豚肉入りは、残さず食べる。

いつも買っているドライフードは、3色、3種類の味で、ピンク色の魚の形がまぐろ味、
薄茶色の魚形は白身魚味、緑色のみつば形やよつば形は野菜味のようだ。
器に入ったフードを綺麗に食べるのは、親戚猫のクロシロと彼らの母猫のミケだけで、
わが庭で生れた4匹は、たいてい、5,6粒残す。

        ドライフード
                 残った魚味のドライフード
   
しかし、最近、残された粒の中に、緑色の粒はないことに気付いた。
アミが食べるところを観察していると、緑色の粒を選んで食べている。
猫は色の違いはわからないというから、みつば形が歯ごたえがいいのか、
野菜味が好きなのか、単なる偶然か。
いずれにしても、3種類の色と形があるのは、人間さまのためのような気もする。

飼い主が「うちの猫ちゃんに食べさせたい」と買いたくなるのは、鯖や鰯の青魚より、
鮪や鰹や白身魚などの高級魚入りのフードのようで、メーカー側もあの手この手で、
飼い主の眼に訴えるような、猫餌の開発に力を入れることになるのだろう。

因みに、ごんさんが買って来るのは、「まぐろ仕立ての味わいブレンド」。
原材料名として、穀類、魚介類、肉類、豆類、野菜類のほか、カリウム、ナトリウムなどなど、
書ききれないほど多くのものが入っている。
そういえば、さいとうさんのところは、茶色1色のフードだった。ほんとうの愛猫家は、
シンプルなフードを選ぶのかもしれない。
         
最近、スーパーなどのベット用品売り場に行くと、ドライフード、缶詰類のほかに、
様々な猫のおやつ?が並べられている。
いつだったか、ラジオで、4匹の飼い猫のうちの3匹が、煮干しの頭だけを残すという
話をしていたが、わが庭の猫たちは、煮干しそのままでは見向きもしない。
2年近く前だったか、わが庭の4匹の母猫であるチビがいたころ、ペット用の煮干しを
買ってきたことがあり、それをチビだけが美味しそうに食べたのを覚えている。

       猫のおやつ売り場

極たまに、我々の食事中、ガラス越しにじっと見ている猫がいて、その視線に耐えきれず、
つい、鮭や鰤の皮をやったり、鮪の刺身の切れ端を奮発してやることがある。
皮の方は、どの猫だったか、食べることもあったが、刺身を食べた猫はいない。
人間さまの食べる魚は、ペットフードに馴らされた猫の口には、合わないのかもしれない。
 
       親戚猫一家
           クロが食べ終わるのを待つ母猫ミケと弟?シロ   
       
この頃、わが庭の4匹のほか、親戚猫たちも食べに来るようになり、
用意したフードが早くなくなるようになった。
手術代もそうだが、地域猫の面倒をみることは、なかなか、大変なことだ。
とはいえ、避妊手術をするために、何度も捕え損ねて未だに成功しない、
ラスカルミケを捕まえようと試みることに比べれば、大したことではない。
動物など

カラスの巣作り時期

2010年04月11日
数日前の早朝、近くの表通りで、高い木の上にカラスが3羽、大声を上げて騒いでいた。
何事かと見ると、時々、わが庭に出没する新顔の猫クロマルが、カラスと闘っていた。
急いで、カメラに収めるや否や、カラスは3羽とも退散した。クロマルの得意げな顔は、
残念ながらよく見えなかった。

  闘い
               カラスと闘うクロマル

先月の区報に、「繁殖期のカラスにご注意を」と書いてあったが、春先から夏にかけては、
カラスの繁殖期で、この時期の親カラスは、巣に近づく人間を警戒して、威嚇したり、
攻撃したりすることがあるという。
警戒行動には、大きな声で鳴く、鳴きながら旋回する、木の枝などを落とすといったことで、
こうした行動を見かけたら、刺激しないように速やかに立ち去る方が無難だそうだ。

        捕獲されたカラス 2009.8
        捕獲されたカラス 小石川植物園 文京区 

カラスの被害を防ぐためには、
・枝葉の茂った樹木は、剪定して見通し良くし、三つ又の枝をなくしておくなどして、
巣を作らせないこと。また、針金ハンガーは、戸外に放置しないこと。
・巣の撤去。  
・落下したヒナに近づかないこと。巣立ち直後のヒナは落下することが多い。
・生ゴミをカラスに食べさせないことが大切。


区では、「カラスネット」を貸出しているが、そのネットを持ちあげ、餌を引っぱり出す
カラスを目撃したことがある。
わが家では、数年前から、バケツなどの蓋付の容器に入れて出しているが、
ネットの場合、生ゴミが見えないように、新聞紙などで包むなどの工夫が必要だとか。

      カラス
                  ゴミをあさるカラス 
             
昭和30年代には、各家屋の前に、こうしたゴミ箱があったし、細い路地の側溝に
ドブが流れていたりした。
あの頃は、カラスがゴミをあさることはなかっただろうが、ハエは多かった。
「昭和のくらし博物館」の前には懐かしい「昭和のゴミ箱」が置かれている。

         昭和のゴミ箱
                   昭和30年代のゴミ箱
動物など

白熱電球の降板

2010年04月10日
「120年間、おつかれさまでした。そして、ありがとうございました」
「2010年3月、東芝は一般白熱電球の製造を中止いたしました。今後はLED電球で
皆さまを照らしていきます」
。先月31日の朝刊各紙に載った、東芝の見開き全面広告だ。

当日朝のラジオ(TBS「森本毅郎 スタンバイ!」)では、この白熱電球の製造中止の
ニュースを紹介し、この新聞広告を是非ご覧下さいと森本氏が話していた。
この広告を見て、コンビの遠藤さんが涙ぐんだという。私も、是非、見てみたいと思った。

全面広告 
                 新聞の全面広告        2010.3.31

広告によると、1890年、一般白熱電球が、東芝により、初めて実用化されたとき、
人々は「世界から夜がきえた」と歓喜の声をあげたそうだ。
それ以来、120年の間、私たちの暮らしをあたたかく照らしてきた
のだという。
しかし、時代が変わり、今年3月、「現在直面している地球温暖化への影響を考え、
一般白熱電球製造120年の歴史に幕を下ろした
」が、「電球への思いは、今後、
LED電球や電球形蛍光ランプなど、省エネタイプの商品に注いでいく
」とあった。

戦前普請の旧宅を解体したとき、父は玄関の電燈の笠を残しておいて、新しい家の
軒先に下げた。
取壊し前に撮った写真を見ると、戦時中の灯火管制の名残である、黒布を吊下げるための
太い釘が、壁に残っている。

   旧宅玄関  外灯
        旧宅の玄関                軒先の外灯

私は、玄関上の3畳の控の間の笠が、お気に入りだったので、とっておいた。
花瓶として最適とは云えなかったが、スイートピーを生けてスケッチしたりした。

  応接間  玄関の間
   応接間の笠は残されなかった          花瓶にもなった笠 

旧宅は天井が高いこともあって、今と較べれば、随分薄暗かったような気もするし、
電球の取換えも大仕事だったに違いない。
でも、白熱電球の灯りは暖かく、電球を包む笠は趣きのあるデザインで、存在感があった。

          桜の中に
           桜の中に見つけた白熱球    目黒川沿いで     
     
そういえば、わが家では、かなり前から、白熱電球は使っていない。玄関や廊下の照明は、
高価でも長持ちする、電球形の蛍光ランプに、部屋もシーリングライトに切り替えた。
先月、戸棚の整理をしたとき、使わない白熱電球や円管蛍光灯の買い置きが出てきたので、
寄贈用の衣類などをプールしておく段ボールに入れた。この箱が一杯になったら、
横須賀の施設に、バザー用として送るつもりだが、製造中止となった電球を保存しておくと、
いつの日か価値が出るだろうか?!
つれづれ

りんりんの将棋修行

2010年04月09日
りんりんが「ほたるのおじいちゃん」と呼んでいた義父は、将棋が強く、幾つもの大会で
優勝するほどだったそうで、ごんさんは、形見に脚付と板の将棋盤を貰うことにした。
お彼岸の日に、厚い1枚板の将棋盤と優勝記念の駒を持ち帰ってきた。

先月末、久しぶりに、りんりんがわが家に泊まることになった。
夕食後、毎日欠かさず書いている日記を書き終えると、いよいよ、ごんさんとの将棋の時間。

これまで何回か、ごんさんは、携帯用の将棋盤で、りんりんに将棋を教えようとしたが、
駒の進み方1つにしても、さっぱり覚えようとせず、あっという間に終わっていた。
お泊まりの晩、本物の将棋盤なら、少しは真剣に対戦する?かと思ったが、
「ちゃんと考えてから・・・」「そこへ行くと、このカク(角)でとってしまうよ」といった、
ごんさんの声が何度も聞こえてきた。

      対戦 2010.3
          
彼らの対戦模様?をちょいと覗くと、すぐそこまで相手が迫ってきているというのに、
取った駒を集めて「金も飛車もある。こんなに宝がいっぱいになった!」と大喜びしている。
集めてないでどんどん使わなくては!こういうのを、「宝の持ち腐れ」っていうんだよと
教えたら、面白がっていたが・・・。

私も「まわり将棋」をやらされる羽目になった。彼は、「まわり将棋」は、初めて。
前半は、私が何周もリードしていたが、そのうち、彼が駒の振り方をマスターして、
みるみる挽回し、ついに勝ってしまったので、大騒ぎだった。
だが、おかげで、彼も、駒の進め方や相手の駒の動きを読むのは無理としても、
王将、金将、銀将、飛車、桂馬など、駒の種類を大分覚えられたことだろう。
因みに、その次に、「くずし将棋」もやったのだが、何といっても、彼のお気に入りは、
「まわり将棋」だったようで、翌朝、書いた日記は、やはり、「まわり将棋」のことだった。 
 
2人が将棋盤に向かう光景をみていると、30年前、息子が義父に将棋を教わっていた頃を
思い出した。たった1枚だが、この頃の写真が残っていた。このとき、息子は5歳半、
今のりんりんの方が、わずかに年長ということになる。

        30年前の対戦 1980.1
                                 
息子は、中学で将棋部に入った。その後、彼が将棋を指しているのを見たことはないが、
この将棋盤や駒を見ると、祖父との将棋の時間を、懐かしく思い出すのではないだろうか。
私たちが孫たちに残せるものは、案外、こんな何気ない思い出なのかもしれない。
身近な人びと

桜 桜 桜の4日間

2010年04月08日
今日は、お釈迦様誕生を祝う灌仏会。仏生会、花まつりなどとも言われるが、
昨年のこの日、気功の練習後、友人2人を誘って行った等々力不動尊(世田谷区)で、
誕生仏像に甘茶をかけたことを思い出す。
不動尊の「見晴らし舞台」から眼下に見た、散り始めた桜が印象的だった。(花祭り

今年は、4日連続で、満開の桜を見ることになった。
1日、2日とも、病院の帰り道に立ち寄ったが、入学式の東工大では、学生の数は目立たず、
近隣のお花見客がほとんどだった。
2日の日も平日で、朝、強風が吹いたこともあり、目黒川沿いでは、比較的静かに
桜を見たり、お洒落な店に入ったり、福砂屋のカステラを買ったりすることが出来た。

3日、4日は、用足しついでにといった、軽い気持ちで訪れたお花見だったが、
両日とも、入場制限こそなかったものの、桜の下に辿り着くまで、そして、
帰路は帰路で、大変な思いをした。
3日の土曜日、孫りんりんのピアノ発表会が新宿であった。
彼の出演した第1部が終わったところで、私だけ2時間ほどの時間が出来た。
新宿御苑の大木戸門に向かったが、入場券を買うために幾列にも並んだ人、人、人。
あの広々とした芝生は、広げられたシートで、ほとんどおおわれ、食堂に並ぶ人や
トイレに並ぶ人の列も延々とつながっていた。やっとの思いで門を出て、
りんりんたちと落ち合ったのだが、帰宅後、歩数計の数字は、20,450歩だった。

         新宿御苑
               新宿御苑のイギリス風景式庭園  4.3

      上野駅
           JR上野駅公園口改札前に出来た長蛇の列  4.4

4日は、上野だった。Mさんと科学博物館の屋上から、先月29日に東京タワーを抜いた、
スカイツリーを見るのも1つの楽しみだった。   (新しい電波塔スカイツリー
科博に向かう途中からもスカイツリーは見えたが、以前に比べ、はるかに高く伸びていた。
旧寛永寺や輪王寺の前に来ると、深緑の木立をバックにした桜は、それまで見た桜の中で、
もっとも神秘的で美しく感じられた。
        スカイツリー
         245m  2010.1.7  科博屋上より  338m  2010.4.4 
  
上野公園、旧岩崎庭園、東京文化会館などを会場に、「桜まつり」や「桜の街の音楽会」が
開かれていたが、この日が最終日。5か所で各20分程度の屋外演奏があるという。
文化会館のテラスが会場となった、金管アンサンブルを聞くことにして、まずは食事。
グズグズしていたせいか、演奏会場に着いたときには、演奏者も観客もいなかった。
20分間の予定が、たった3分くらいのファンファーレで終わってしまったらしい。

       マイ サクラ
                     マイ サクラ

待ちわびた満開の桜も、4日連続のお花見では、いささか食傷気味。
わが家近くの空地にひっそりと咲く、恐らく、私より長く生きてきた、あの桜の樹を
「マイ サクラ」に決めて、今朝、1人静かに挨拶をしてきた。
旅・散策・イベント

目黒川沿いの桜

2010年04月07日
今年も、中目黒駅付近を中心とした、約4kmにわたる目黒川の両岸では、800本の桜が
咲き競い、川沿いの各所で、さくら祭りが行われた。
中目黒駅近くの「天神橋」から「宝来橋」間がライトアップされたが、それも間もなく終わる。

都心の桜が満開と報じられた、今月1日、東急五反田駅ホームから、目黒川沿いの桜を見た。
翌日の午後、電車が中目黒駅にさしかかると、再び、目黒川の桜並木が目に入った。
思わず電車を下りて、ホームの渋谷寄りの先端まで行くと、桜をカメラにおさめている
先客が数人。私も、下流の桜を撮った後、階段を急いで、反対側のホーム先端まで移動。
上流の桜並木を撮り終わると、橋上からの風景も見たくなり、階段を下りて、改札口を出た。

 下流
     ホームから    目黒川と蛇崩川の合流地点    「日出橋」から
  上流
       「日出橋」から       目黒川上流の眺め      ホームから 

下流の「宝来橋」から「日出橋」「別所橋」と、上流に向かって架かる橋は、橋の名に因んだ
デザインの、透かし彫がある欄干だ。                     (目黒川の幾つもの橋
たまに、この川沿いの道を歩くが、大勢の人で賑わう、紅葉や桜の時季は初めてだ。
透かし模様越しに見る桜の花も面白かった。
ソメイヨシノオオシマザクラ
      ソメイヨシノがほとんど                 オオシマザクラ

宝来橋日出橋
           宝来橋                         日出橋

別所橋桜橋
            別所橋                         桜橋

宿山橋緑橋
              宿山橋                         緑橋

    上流をみる
朝日橋天神橋
              朝日橋                       天神橋

       千歳橋
                           千歳橋
旅・散策・イベント

喫煙をめぐるストレス

2010年04月06日
JT(日本たばこ産業)が、火を使わず、煙も出ない無煙煙草「ゼロスタイル・ミント」という
一種の嗅ぎ煙草を開発し、5月中旬に東京都内限定で発売するそうだ。
公共的な場所は、原則として全面禁煙になり、喫煙場所はさらに制限された。
「煙の出ない煙草」は新幹線や飛行機内など、どこでも吸うことができるのだとか。

現在、約2600万人といわれる、国内の愛煙家の煙草離れを抑える狙いがあるようだが。
今年の秋に予定されている、値上げ(1箱当り100円)を機に、煙草をやめたいと
思っている喫煙者は、6割以上になるという。
    喫煙カフェ
        1階から3階まで 全席喫煙のカフェ       港区

私が子どもの頃は、父が吸う煙草の煙の中に平気でいた。
当時は、まだ、ニコチンの害も副流煙の害も、それほどは言われていなかった。
結婚後、どのくらい経ってだろう、ごんさんは、換気扇の下やベランダで
吸う「ホタル族」になった。
そのうち、息子が自室を閉め切って吸うようになり、空気清浄機を使ってはいたが、
彼の部屋の出入りの度に、廊下は煙の通り道になっていた。

          渋谷ハチ公広場
            ハチ公前広場のスモーキングエリア   渋谷区

昨年のJT全国喫煙者率調査によると、男性の平均喫煙率は約4割と、この18年間、
減少し続け、特に、急激な減少傾向は、60歳以上(27.8%)に見られるという。
喫煙率が最も高い年代は、30歳代の46.9%だそうだが、30代半ばの息子は、
結婚後、いつの間にか吸わなくなった。
「止めたというのでなく、ただ吸っていないだけだ」と言っているようだが。
因みに、女性の喫煙率は、約12%で、ピーク時より漸減しているものの、ほぼ横ばい。

  大田区 杉並区
    私たちが住む大田区にも 息子の住む杉並区にも「路上禁煙地区」が増えた

ごんさんは、「吸えなくなったら、吸わない」と、煙草もお酒もおいしいと感じるうちは、
どちらも止める気はなさそうだ。ごんさんの父が、退職時、義母に「煙草を止める」ことを
プレゼントしたと聞いたとき、ごんさんにも、格好よい父を見倣ってほしいと思ったのだが・・・。

「タバコより 体に悪い 妻のグチ」(小心亭主)という、数年前のサラリーマン川柳(第16回 1位)を
思い出したが、煙草やお酒でストレス解消する人を、横目で睨みながら遠巻きにしている、
煙草も酒もやらない私たちの方にも、ストレスが溜まってくるように思えるのだが。
つれづれ

夏蜜柑のある風景

2010年04月05日
今日は24節気の1つ、清明。万物発し、清浄明潔。「草木清明風光明媚」

わが家の2階から、裏のお宅の夏蜜柑の樹が、よく見える。このお宅とは、普段の
お付き合いはないが、昨年の5月、植木屋さんに採ってもらったという、見事な実を、
たくさん頂戴した。
その8個の夏蜜柑は、絵の教室でご一緒のKさんのお宅で、美味しいマーマレードに変身して、
絵の教室のお仲間全員にもお裾分けされ、喜ばれたものだった。 (夏蜜柑のマーマレード

              箱詰め
             
今年もまた、まだ3月のうちに、12個の立派な夏蜜柑を頂いたので、昨年同様、Kさんに
お届けした。次の教室では、マーマレードになっているのでは?と楽しみだ。
写真で見る限り、今年の方が色艶もよく、大粒で、豊作のようだ。
 
周りの木々は、色とりどり、姿さまざまに、四季の移ろいを見せてくれる。
だが、夏蜜柑の樹は、実の黄色を除けば、1年中、ほとんど変わらないように見える。

1年前の春  収穫前
             2009.4 2009.4
                後方の欅とわが家の紅梅の若葉が眩しい

初夏  収穫

晩秋 沢山の実をつけた 
             2009.11 2009.11
                  色づき始めた欅と紅葉した柿の葉            
冬  雪の朝
             2010.2 2010.2
                 すっかり葉を落とした欅と満開の紅梅
春  収穫後
             2010.3 2010.3
                葉だけになった夏蜜柑と散り終わった紅梅 
植物など

桜を求めて巡りあるく

2010年04月04日
都心の桜が満開になったと発表された1日、数か所の用を足すついでに、少し寄り道をして、
お花見をした。幸いなことに、その日は、花散らしの雨と強風の前日だった。
強風と言えば、先月の強風で倒れた、鎌倉鶴岡八幡宮の大銀杏は、移植作業終了後、
元の地面に残された根から、「ひこばえ」が数か所で見られたという。嬉しいニュースだ。

増明院の枝垂桜  (大田区鵜の木)
真言宗の古刹。お寺の門前には、立派な染井吉野があるが、境内の枝垂桜も見事だった。

       増明院
                     弘法大師像と枝垂桜

東京工業大学構内の桜  (目黒区大岡山)
大岡山駅(東急線)の改札を出ると、東工大の門が眼に入る。
この日は、ちょうど入学式だった。桜並木の下で、新入生たちが、サークルの勧誘を
受けている光景が見られた。
ここは、10年ほど前、友人2人と桜を見に来たことがあったが、これほどの人出では
なかった。
桜の下、子ども連れの若いママたちのグループや家族連れなどがビニールシートを広げ、
珍しい「大学のキャンパス内でのお花見」を楽しんでいる様子だった。
桜の木には、さすがに、「飲酒は禁止します」の札が下がっていた。

         桜並木

幹囲3m以上の桜の巨樹が何本もあって驚いた。
地面スレスレに、真横に伸びた太い幹は、小さな子どもの腰かけになっていた。
  桜並木
      本館
         お花見

泰明小学校の桜  (中央区銀座)
関東大震災の後に、鉄筋コンクリートづくりの校舎で再建された、復興小学校の1つ。
校舎は都選定歴史的建造物に指定されている。ほとんどの生徒が学区外に居住しているとか。
桜の木は、門からはよく見えなかったので、幼稚園の側に回ってみた。意外に小さかった。
      泰明小学校

桜田公園の桜  (港区西新橋)
現在は、港区立生涯学習センターと桜田公園だが、もとは、港区立桜田小学校だった。
この学校は、明治10年創立。児童数の減少に伴い、近隣の5つの小学校が統廃合され、
平成3年、114年の歴史の幕を閉じた。
敷地内には、「桜田国民学校」と刻まれた石碑が残っていたし、グラウンドは
赤と緑に舗装され、百葉箱が立っていたりして、小学校の面影を残していた。

    旧桜田小学校
       
目黒川沿いの桜  (東急池上線五反田駅ホームより)
      目黒川
旅・散策・イベント

我らは兄弟 クロとシロ

2010年04月03日
昨年夏、ミケが産んだ2匹の子猫は、特に気のきいた名前を考えてもらうこともなく、
クロシロという、とりあえずの呼び名のまま大きくなった。  (子猫2匹デビューす

  10.17 10.17
                     生後3カ月頃

彼らは、母親ミケでなく、さいとうさんのところを拠点にする、ククが育てたようなものだ。 
たまに、近くの空地で、クロに木登りを教えるかのように、見守っているククの姿をみる。
今年の3月、猫食堂が1階の庭に移ってから、ククのミケクロを連れてくることがあった。
ノラ猫、地域猫として生きていくには、テリトリー内に、数か所の食堂が必要なのだろう。

      2.4     12.9
           生後7カ月頃               生後5か月頃

これまで、さいとうさんは、捕獲用ケージを仕掛け、ラスカルミケの捕獲を何度か
試みたが、どうしてもうまくいかなかず、彼らは、ますます、用心深くなったそうだ。
ある時などは、手術済みのケシククが、ケージに入っていたりして、がっかりさせられた
こともあったようだ。 

先月、さいとうさんから、クロシロの捕獲に成功し、手術を施すことができたと、
連絡があった。どちらも男の子だったそうだ。          (子猫のうちに
病院から戻って数日は姿を見なかった2匹だが、再び、さいとうさんのところで
シロを見かけたり、わが庭の猫食堂にクロがやってくるようになった。
2匹とも、穏やかな表情に見えるが、ノラ猫に必要な警戒心や敏捷さは残っている。

3.26 3.28
 窓のすぐ傍までやってきたクロ           道路を横断中のシロ

彼ら兄弟は、手術をしたとはいえ、やはり雄。そのうち、それぞれのテリトリーをつくって、
生きていくことになるのだろう。
猫のテリトリーは、手術済みの雄は250~500m、雌は50~150mと言われるが、
クロは、すでに、わが庭を自分のテリトリーに入れたつもりなのかもしれない。
わが庭で唯一の雄であるケシと、親戚ではあるが、果して、うまくやっていけるだろうか。
動物など

オオアラセイトウ(諸葛菜)

2010年04月02日
オオアラセイトウ  アブラナ科 オオアラセイトウ属
            学名 Orychophragmus violaceus
            原産 中国
            和名 オオアラセイトウ
            別名 諸葛菜(ショカツサイ) 紫花菜(ムラサキハナナ) 花大根(ハナダイコン)

           線路の土手に

原産地は、中国東部。ヨーロッパ南部にも帰化しているが、日本では、江戸時代に
輸入され、観賞用としたものが野生化したといわれる。群生して開花する様が美しいため、
庭などで栽培されることも多いが、道端や空き地でもよく見かける。
因みに、これと親族の和名アラセイトウとは、お馴染みのストックのこと。

3月から5月にかけて開花し、最盛期には50cmくらいまで直立した茎を伸ばす。
5月から6月頃、種子が熟し、自然に落下し秋に発芽させる一年草。繁殖力は強い。
    
毎年この時季には、わが家からほど近い空地や線路沿いにつづく土手は、
満開の桜の下、諸葛菜の紫色に染まり、紫の絨毯を敷き詰めたようになる。
何年か前、線路脇の数本を抜いて来て、プランターに植えておいた。
その後、毎年、花が終わってから、そのままにしておいたプランターのほかに、
庭の思わぬところから、諸葛菜が芽を出し、花を咲かせてくれる。

          諸葛菜
               石の間のわずかな土に根を下して
       
農地の拡大や都市化の進行によって、一旦、衰微、減少したスジグロシロチョウが、
20世紀後期、都市部を中心に増えてきたのは、このチョウの食草として好適な
オオアラセイトウの分布が拡がった影響が大きいといわれている。

諸葛菜の名は、諸葛孔明が出陣した先々で、この種子を植えたことからだと言われるが、
諸葛孔明が植えたのは、蕪らしいとも言われ、日本の諸葛菜と同じものかどうかは不明。
若い葉は食べられるため、中国北部では野菜として栽培され、種子からはアブラナ同様、
油を採取することもあるという。
植物など

何でもありの100円ショップ

2010年04月01日
この6年、かつて同じ絵の会のお仲間だった人たちと、月に1度、スケッチに行ったり、
わが家に集まって、人物デッサンしたり、草花や静物を描いたりしている。
あるとき、わが家へ来られる途中のUさんから、「老眼鏡を忘れてきたので、
買おうと思う。近くの100円ショップを教えて」と、電話があった。

残念ながら、わが家の最寄駅前にはない。隣の駅前にあるけれど、チェーン店でもないし、
小さい店なので、老眼鏡は置いてないと思う。母が昔使っていた老眼鏡ならあるから、
途中下車しないでと答えたのだが、買ってきたと云いながら、Uさんが到着。
それまで、大手の100円ショップで、老眼鏡が並べてあるのを見たことはあったが、
あの、駅前の小さな店に置いてあったとは、驚きだった。

Uさんは、「よく見えるわ」と、スケッチを始めた。
自分にピッタリの眼鏡を選んだのだろうが、それにしても、老眼鏡が100円とは!

      老眼鏡売り場
                あまりの多さに迷ってしまいそう

その後、気をつけてみると、どの100円ショップにも、沢山の種類の老眼鏡があった。
ふと、幾つか買って、手持ちのバッグに1つずつ入れて置くのも、名案だと思ったりした。

数多く揃える場合は、100円ショップが、最適。今まで、買ったもののうち、
スリッパや湯のみなど、とても役に立っている。わが家に見える人たちは、みんな、
「これが100円?!」と一様に驚かれる。

CDで学ぶ会話シリーズというのがあるが、CDも100円、ポケット版の本も100円。
以前、「やさしい中国語会話」の本とCDをもらったことがあったが、結構、役に立った。
どうやら、このシリーズは、15種類もあるようだ。

先日、電車の中で、クロスワードパズルに挑戦している人を見かけて、100円ショップで、
「ナンプレブック」なるものを買ってしまった。
ナンプレは、ナンバープレース、数独(SUDOKU)、つまり、1から9までの数字をマスの中に
埋めていく数字のゲームだった。数独の意味は、数字は独身に限る」の略なのだとか。
帰宅後、やってみたが、ちっとも集中できず、途中で断念したまま、再挑戦はしていない。
数字に弱い私には、初めから向かない買物だったようだ。

       ファイルなど
          カレンダー メモ帳 会話の本 A4ファイル

予定が記入できる卓上カレンダーやA6版メモ帳は、重宝している。
しかし、何といっても、最も愛用しているのが、クリアファイル。表紙は不透明の白に限る。
このファイルを買う100円ショップは決まっていて、この店の近くに行く度に、
5冊くらい買って来るのだが、時には、ピンクのファイルしかないことがある。
昨日、書棚を整理しながら数えてみたところ、予備のものを含め90冊近くもあった。
いつの間にこんなに増えたのか、我ながら驚くほどの量だ。(趣味のうち
つれづれ
 | HOME |