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川や運河を跨ぐ橋

2010年09月30日
都内を歩いていると、枚挙に暇がないほど多くの、川があり道路があり橋がある。
                                (線路 道路を跨ぐ橋

万世橋  千代田区
     万世橋
                               神田川  

「万世橋」は、銀座、日本橋から上野方面に向う「中央通り」(国道17号)が神田川を渡る
ために架けられた、巨大な親柱を持つ、鉄筋コンクリート製のアーチ橋。
江戸時代の寛永年間に、現在の橋よりやや上流の位置に「筋違見附」が設置され、それに
付随して「筋違橋」が架けられたことに始まる。現在の橋は、昭和5年に架けられたもの。

将監橋しょうげんばし)  港区
   将監橋
            古川(金杉川)              港区の花 バラ

現在も釣船や屋形船が繋留されている古川は、金杉橋付近では金杉川、赤羽橋付近では
赤羽川などと呼ばれていたという。
橋の名の由来は、江戸奉行岡田将監の屋敷が近くにあったからという説、将監が橋を架けた
ためという説などがある。この付近は「鬼平犯科帳」にはしばしば登場するのだとか。

東海橋  品川区            
      東海橋
            目黒川             左上方 新馬場駅

目黒川に架かる東海橋は、国道1号線の橋。
橋と平行に、高架の京浜急行新馬場駅のホームが川を跨ぐ。

さらに川沿いに行くと、エゴマ(荏胡麻)のデザインの「荏川橋」がある。
このあたりは、古くから、エゴマの産地だったそうだ。

荏川橋  品川区
   荏川
            目黒川            

さらに進むと赤く塗られた「鎮守橋」があり、この橋は荏原神社の参道につながる。
荏原神社は、東京十社の一つで、品川神社に対抗して「南の天王社(鎮守様)」と呼ばれる。
この付近の川沿いには、桜が多く、桜の季節には特に賑わうという。
昨年9月、旧東海道品川宿のスケッチ会のとき、桜を本画制作中だったYさんは、
この橋の傍の桜並木で、枝ぶりをゆっくりスケッチできたと、喜んでおられた。

品川橋  品川区
    品川区
        目黒川   木立は荏原神社         旧東海道  
  
南開橋   江東区 
     南開橋
                         汐浜運河(東陽1丁目~塩浜2丁目)
東陽橋   江東区
     東陽橋
                         汐浜運河(東陽2丁目~塩浜2丁目) 

江東区には、特に運河と橋が多く、区では自らを「水彩都市」と呼んでいる。
道路と水路が連なって作られており、住宅地の側を船が行き交うことも多い。
川は、荒川、隅田川、旧中川、小名木川、横十間川、竪川があり、
運河は、汐浜運河のほか、東雲運河、豊洲運河、東雲北運河、汐見運河、砂町運河がある。  
旅・散策・イベント

上野にパンダがやってくる

2010年09月29日
御徒町(台東区)から上野公園に向かって歩いていると、「春になったら上野に行くよ~」と
呼びかけている、少々元気のない、ガラスに描かれたパンダと目があった。
上野駅と御徒町駅を結ぶ歩道に、地下歩道に通ずるエレベーターが出来たのは
昨年の春らしいが、この昇降口の壁面のパンダとゴリラに、「春になったら上野に行くよ~」の
吹き出しが加わったのは、どうやら、最近のことのようだ。

         地下歩道 2010.8
              上野中央通り 地下歩道行 エレベーター

2008年4月から「ジャイアントパンダ」が不在だった上野動物園では、来年3月に
中国お墨付きの「美男美女」がお目見えし、待望のシンボルが復活することになる。

             上野動物園
                上野動物園のシンボル

              ジャイアントパンダ 2009.8
                  上野駅パンダ橋口  

パンダ橋は、上野駅中央口と公園口とを結ぶ跨線橋。
2000年に橋が出来て、パンダ橋口が設けられたそうだ。
改札口脇に「ジャイアントパンダ」の縫いぐるみ(高さ3.1m・重量300kg)がある。
           
           上野  
                 上野広小路 歩道     
旅・散策・イベント

りんりんと2人の「バスの旅」

2010年09月28日
残暑の中で始まった2学期だが、孫りんりんの学校でも、10月の運動会に向けて練習が
行われている様子だ。幼稚園の年長組のとき、たまたま?かけっこで1等だったせいか、
今年、リレーの選手に選ばれなかったと、悔しがるようになった。

最近の彼は、土曜日の朝になって、「どこかに連れて行ってくれないかなあ~」と
電話をして来ることが多い。
ご指名は、必ず私だ。私なら多少の無理をきいてくれるだろうと、お見通しなのだ。
その都度、せめて前の晩に連絡を!と断るのだが、たまに、折れてしまうこともある。
先週の日曜、りんりんと「バイオリウム」「食と農」の博物館へ行った。(天高く馬肥ゆる秋

最近、都内、特に渋谷区、世田谷区、目黒区、大田区などに出かけるとき、東急バスの
「1日乗車券」を利用することが多い。勿論、時間の余裕があるときに限るが。
前もって路線図を調べることもあるが、ほとんどは行き当たりばったり。それが、楽しい。
             1日乗車券
            小人用(¥250)と大人用(¥500)

待ち合せた東急池上線雪が谷大塚駅前の「国立医療センター」行きのバス停から、夕方の
田園調布郵便局前のバス停まで、大人と子供用の「1日乗車券」をフルに使って、
「バスの旅」をした。バスを何台も乗り継ぎ、その間彼の口もフル活動。
彼が、学校のこと、電車のことなどを話せば、私も、「ほら、あれが駒沢のオリンピック公園。
東京でオリンピックが開かれたときに出来たのよ」と、ガイドの役目を果たしただけでなく、
このときとばかり、「忘れ物しないようにね」「周りにも気を配らなくてはだめよ」などと、
言い聞かせたりと、あまり歩かなかったのに、気疲れする1日だった。

「バイオリウム」
水族館、動物園、植物園といった括りを取り去った「生き物空間」。
進化生物学研究所が世界各地を調査し、収集した貴重な動植物コレクションがある。             

 バイオリウム
    「レムール」(キツネザル)         「ケヅメリクガメ」    

東京農業大学「食と農」の博物館 
人類の生存に欠かせない「食と農」、さらに循環型社会へ農の環境を科学する博物館。
りんりんは「流氷の天使 クリオネ」がお気に入りだった。
  
    博物館
           「クリオネ」     2階から見下ろした キリンとゴリラの模型

屋久杉、木曽ヒノキ、秋田杉などが並んだ、樹木の年輪のコーナーも面白かったようだ。
説明を読んで、「あっ!ヤクスギだ。ヤクシマに行きたいんだ」と興奮気味。
私が、年輪を指し、「ここまでで100年くらいかな」と言うと、しばらく見ていた彼、
「じゃあ、このヤクスギは1000歳だね。何時代かな」と。彼は、日本の○○時代と
照らし合わせることが好きだが、私には、咄嗟に答えることはできなかった。
説明を読むと、一般に、屋久杉と呼ばれているものは、樹齢1000年以上のもので、
この屋久杉は、樹齢約1400年と書いてあった。飛鳥時代生れということになる。
樹齢1000年なら、平安時代だが。

   杉など
      りんりんが触れているのは 屋久杉とトドマツ(樹齢約130年)
        
2階の「稲に聞く」コーナーも興味深かそうだった。
いろいろな展示の中でも、彼は、モミ、モミ殻、ぬか、白米と、実際に触ったり、
「米たん」(米の縫いぐるみ)の着脱やルーペで米を観察するなど、体験できるものには、
興味を示すが、田植え、収穫、脱穀などの様子や古い農機具などの展示は素通りだった。

      稲にきく
                           ビクともしない米俵
        
モミから玄米、胚芽米、白米と、お米になるしくみが学べるという、食育用縫いぐるみがあった。
りんりんは、早速、もみ殻を取り、玄米の皮(ぬか層)をはがし、胚芽部分をとり除き、
白米になる過程を楽しんでいた。
これからの食卓で、お米一粒一粒を大切に思うようになるだろうと思う。

        米たん
                お米の縫ぐるみ「米たん」  

ママへのお土産に、東京農業大学製のお味噌とエミュの卵を使った「どら焼き」を買った。
前回、私が行ったときには、エミュの卵の「どら焼き」は完売で、次の入荷予定は未定だった。
因みに、エミュは、オーストラリア原産のヒクイドリ目の走鳥類。ダチョウに次いで
世界で2番目に大きい鳥。様々な面で、次世代の新規家禽種となる可能性が高いそうだ。
身近な人びと

保育ママ事業と『暮しの手帖』

2010年09月27日
出産した後も、仕事を続けたいと希望する女性は増えているのに、国の基準を満たす
認可保育所への入所が叶えられない「待機児童」が、3年連続で増えているそうだ。
「待機児童」(2010.4)は大都市に集中し、多い順に、横浜市、川崎市、札幌市、世田谷区、
名古屋市、仙台市、練馬区、相模原市・・・。8市区で100人以上も増えたとか。

現職の保育士は、約36万人。だが、保育士の免許保持者は約90万人だ。
今年4月、それぞれの市町村が行ってきた、「家庭的保育事業」への取り組みを
さらに推進するために、この制度は、国の制度として位置づけられたという。
「家庭的保育事業」とは、保育士、または研修を受けて市町村の認定を受けた人が
「保育ママ」(家庭的保育者)となり、自宅等で児童を預かって保育サービスを提供するもの。

1人の保育ママが預かる子どもは3人まで(補助者と2人以上で見る場合は5人まで)で、
いつも同じ保育者が対応する。子どもたちは、他の子どもたちと兄弟のように触れ合いながら、
家庭的な環境と愛情の中で健やかに育つことができるというもの。

何と半世紀も前から、横浜市では、こうした家庭的保育が行われていたという。
50年前の『暮しの手帖』に掲載された記事が、テレビで紹介されたのを、偶然見たが、
この雑誌が映ったとき、懐かしさがこみ上げて来た。
編集者のお1人、父の教え子K氏は、父が亡くなる数年前までこの雑誌を届けて下さった。
広告がなく、厳しい商品テストとか、商業主義に左右されない編集方針が魅力だった。

『暮しの手帖』に挟まれたメッセージカードの、味のあるK氏の筆跡も忘れられない。
この雑誌は、旧宅時代のわが家には、なくてはならないものだった。
父が目を通しているのは見たことがないが、ずっと母や私たち姉妹の愛読書だった。
なぜか、縁側に置かれた籐の椅子に深く腰掛て読むのが、私たちのお決まりのスタイルで、
その後、『暮しの手帖』と籐椅子は、よく遊びに来ていた姪の居場所となったが、
そのうち、姪もめったに来なくなった。

大切にとってあった『手帖』だが、20年前の旧宅解体を機に、ほとんどを処分した。
残しておいた数冊も、父が亡くなり、蔵書整理の折に処分したことを少し後悔している。
今は、図書館でたまに目を通す程度だ。この『手帖』は、100号毎に○世紀と区分される。
現在は、すでに4世紀。当時は季刊だったが、最近は隔月刊になっているようだ。

      暮しの手帖
           図書館の雑誌コーナーにあった『暮しの手帖』

話は「保育ママ」に戻るが、4年前、世田谷区認定の「保育ママ」が、預かった乳児に
重傷を負わせるという悲しい事件が起こった。
以来、世田谷区では、密室保育の危険性を避けるために、保育ママの新規募集を中止。
定年や中途辞任などで登録者数は年々減少。現在は30人で約100人を預かっているという。

そこで、世田谷区では、新しいスタイルの家庭的保育(保育ママ)事業を始めた。
認可保育所が借り上げたマンションなどで、保育者2人が0~2歳児5人を保育する。
4月に4か所で始め、10月からさらに2か所増やす予定だそうだ。
保育園と連携することで、ベテランの保育士らがサポート役として巡回指導にあたり、
保育ママが休んでも保育所の職員が代行するなどして、カバーするようだ。

幸い、杉並区の孫娘たちは、2人揃って区立保育園に通うことができた。
息子も立派に「イクメン」をこなす。イケメンならぬ「イクメン」は、「育児をするパパ」。
病気などで園を休むときには、とりあえず、私たちが手助け出来る環境にある。
この4月から通い始めた1歳半のあいあいが、リリーフ役の私たちを見た途端、
両親に置いて行かれると思うのか、泣き出してしまうが、そのくらいは我慢するしかない。
それにしても、とんでもない条件反射的な癖がついてしまったものだ。
身近な人びと

少々地味な「秋の七草」

2010年09月26日
「秋の野に 咲きたる花を 指折り(およびおり) かき数ふれば 七種(ななくさ)の花」
「萩が花 尾花 葛花 瞿麦(なでしこ)が花 女郎花(おみなえし) また藤袴 朝貌(あさがお)が花」
   
現在、一般に言われている「秋の七草」は、万葉の歌人、山上憶良(やまのうえのおくら)が
2首の歌に詠んで以来、日本の秋を代表する草花として親しまれるようになったとされる。
1首目は、「五・七・五・七・七」の短歌で、2首目は、「五・七・七、五・七・七」の旋頭歌。

「朝貌の花」は、「朝顔」「木槿(むくげ)」「桔梗(ききょう)」或いは「昼顔」ともいわれるが、
一般的には「桔梗」を指すとするのが有力で、辞典類も「桔梗」とするものが多い。
尾花はススキ(薄、芒)のこと。

七草?        
      萩            マメ科
       尾花 (薄・芒)   イネ科
      葛            マメ科
      撫子          ナデシコ科
      女郎花        オミナエシ科
      藤袴          キク科
       桔梗          キキョウ科

          
     
七草の寄せ植え 世田谷区成城


世田谷区成城の住宅地を歩いていたとき、個人宅のアプローチに置かれた「秋の七草」の
鉢植えに目がとまった。撫子、女郎花は咲いていたが、萩も桔梗もまだ蕾だった。

「春の七草」は無病息災を願って「七草粥」として食べることが多いが、「秋の七草」は
観賞して、秋を感じさせてくれる植物ばかりだ。
「春の七草」で七草粥を作ろうと思っても、家庭で揃えるのが大変なこともあってか、
最近は小さな鉢植えを八百屋さんや花屋さんで見かけるようになった。

            春の七草 春の七草

せり なずな ごぎょう はこべら ほとけのざ すずな すずしろ これぞ七草
春の七草は、しっかりと覚えている。
「あさがお」が、桔梗らしく、ほかにもムクゲという説もあるということは知っていたが、
秋の七草は、今ひとつ曖昧だった。
今回、語呂のいい覚え方を見つけた。花の名前の頭文字を並べて「おすきなふくは」。
おみなえし すすき ききょう なでしこ ふじばかま くず はぎ」が秋の七草だ。

かなり昔のことだが、絵の会に入って初めてのスケッチは、長瀞(埼玉県秩父)だった。
荒川の「ライン下り」で有名な長瀞だが、ここにある「七草寺」は、「秋の七草 寺めぐり」の
参拝客で賑わっていることだろう。
因みに、七草寺とは、撫子の寺「不動寺」、桔梗の寺「多宝寺」、葛の寺「遍照寺」、
藤袴の寺「法善寺」、女郎花の寺「真性寺」、尾花の寺「道光寺」、萩の寺「洞昌院」。

「つくばエクスプレス」が開通していない頃、Yさんとスケッチに行った「おおたかの森」の
葛の花が忘れられない。また、訪れたいと思っていたが、今年も無理だった。
「もう少し涼しくなったら」と言っているうちに、毎年、花の時季は終わってしまうのだ。
近くの空地の葛は、毎年、塀の外にはみ出すほど繁るが、夏の間に刈られてしまうため、
花を咲かせたことがない。    
      空地の葛
                空地の葛     この数日後刈られた

世田谷区の烏山緑道の、東急世田谷線宮の坂駅近くに「万葉の小径」があることを知った。
ナツメ、アオギリ、イチョウなど沢山の木々が植えられ、柿本人麻呂や山部赤人など
万葉歌人が詠んだ花や木には、それに因んだ歌や説明の札が添えられているそうだ。
秋の七草はあるのだろうか。近いうちに行ってみようかと思う。
植物など

ことわざに登場する猫たち Ⅰ

2010年09月25日
猫が登場することわざは数多くある。       (ことわざに登場する犬たち
江戸中期に生れた「いろはかるた」にも、様々な動物が出てくるが、「犬も歩けば棒に
当たる」と並んで有名なのは「猫に小判」。そのほか、「いろはかるた」の中には、
「猫を追うより皿を引け」「猫に紙袋」「猫の手も借りたい」と、たくさんの猫たちが登場する。

           いろはかるた
                100円ショップで購入した「いろはかるた」  

「猫に小判」 「猫に石仏」 「猫に念仏」
どんな貴重なものでも、その価値が分からない者に与えては、何の役にも立たないこと。
高価なものを与えても、何の反応も効果もないことの喩え。  
江戸時代中期には、「猫に小判」よりも「犬に小判」の方がポピュラーだったそうだ。
類語に「犬に論語」「豚に真珠」「宝の持ち腐れ」がある。

「猫に紙袋かんぶくろ
猫は紙の袋をかぶせられると、 それを取ろうとして後ろの方へどんどん下がることから、
後ずさりする格好のこと。 また、尻込みすることのたとえ。後戻りすることを洒落て言う。

「猫を追うより皿を引け」 「猫を追うより魚を除け」 
魚を狙う猫たちを追い払うより、魚を棚にしまうことの方が大切である。
その場凌ぎの解決策や枝葉末節にとらわれずに根本を正すことが大切であるということ。

「猫をかぶる」  「猫被り」ねこかぶり ねこっかぶり)  
本性を包み隠して、表面は大人しそうに見せること。「蒲魚(かまとと)」。
または、藁で編んだむしろ(ねこ)を被る意より、知らない振りをすること。また、その人。

「鳴く猫は鼠を捕らず」
「鳴かぬ猫は鼠捕る」という表現もある。犬の場合は、「吠える犬は噛みつかぬ」となる。
ペットとして可愛がられるようになった犬や猫は、侵入者を撃退したり、鼠を捕ったりする
仕事をする必要はなくなった。
もともと、番犬にしても鼠捕りにしても、彼らの本能がそうさせているので、別に人間のために
しているのではないだろうと思う。
わが庭の猫たちをみていると、食住の心配もない彼らだが、狩猟本能が騒ぐのか、
鳩、雀から、トカゲや蝶まで、見事に仕留める能力を持ち合わせている。

        チャトラン 2008.9
              チャトラン 鳩を捕まえた日
 
わが庭で生れた4匹の猫たちの保育係だった、チャトランが鳩を捕まえた数日後、
生後4ヶ月のトラが雀を捕まえた。

          アミ2008.9             
              一人前のハンター  生後4ヶ月のアミ

「猫は土用に三日鼻熱し」「猫の鼻と女の尻は大暑三日の外は冷たい」 
いつもは冷たい猫の鼻でも、「土用」や「大暑」の暑い時期には、さすがに温かいということ。
猫たちの鼻は、もう冷たくなっただろうか。日中、歩いていても、「猫の子一匹いない」
動物など

「風景印」 目黒区 Ⅰ

2010年09月24日
昨年夏からポツポツ集め始めた風景印だが、目黒区には風景印がある郵便局が24局もある。
神田川四季の道、立会川緑道、呑川緑道、蛇崩川緑道、九品仏緑道などを歩き回った頃は、
まだ、郵便局に風景印が置いてあることを知らなかった。
何度か通った立会川緑道近くの郵便局に、風景印があるのを知ったのは、つい最近のことだ。

目黒局
碑文谷池 メタセコイア
  碑文谷公園  日本近代文学館           碑文谷公園のメタセコイア
           碑文谷池
                           碑文谷池
           
東急東横線の高架沿いに広がる「碑文谷公園」は、清水池公園とともに、区内で最古の公園。
江戸から昭和にかけて、この池は碑文谷村の灌漑用貯水池として大切にされてきた。
現在は、最大の区立公園となり、スポーツ施設、ポニー舎と馬場が整備されている。

碑文谷池と清水池を水源とする小さな流れが、合流して、立会川となる。目黒区の南部を流れ、
やがて、品川区を経て東京湾に注ぐ。
かつては、小魚が泳ぎ、ホタルが飛び交ったというが、暗渠化されて、東急目黒線西小山駅
横から碑文谷八幡宮までの約1kmが緑道になっている。    (立会川緑道で) 

立会川緑道 
          ポール
           ホタル テントウムシ カエル カメ カタツムリ
ほかにヘビ、セミなど、かつてこの辺りにいた生き物たちが、緑道の車止めになっている。

目黒碑文谷二局             
円融寺円融寺
   円融寺釈迦堂  国重要文化財

円融寺は、平安初期に開かれた古刹。その歴史は波乱に満ちているようだ。  
室町初期の建立と言われる釈迦堂は、唐様の建築様式に日本の伝統美をとりいれた木造建築。
木造建築では、都区内最古の建物。
仁王門の、黒漆塗りの「黒仁王」は、江戸中期には「碑文谷の黒仁王」として大変な評判を呼び、
大勢の参拝客で賑わったそうだ。

目黒本町局
清水池清水池
         清水池公園 

清水池公園はその敷地の3分1が池。この池は、「碑文谷池」と兄弟池と言われ、
昔は碑文谷村の水田灌漑用に使われていた。今では、コイやフナなどが放流されていて、
区内でも唯一の釣り堀池として、人気を集めているそうだ。
私が行ったのは、強い日差しが照りつけている日中だったせいか、釣り人は1人だけだった。
ここの風景印が作られた(1986.10)頃には、高い建物は見えず、木々も小さかったようだ。          

目黒碑文谷四局
すずめのお宿古民家
    すずめのお宿緑地公園              江戸時代中期の古民家        
         すずめのお宿

目黒は、昔、筍の産地として知られ、至るところに見事な竹林がみられた。
すでにその大半が消えたが、碑文谷八幡宮の傍に、かつての名残をとどめる竹林が今も健在。
昭和の初め頃、ここの竹林には数千羽の雀が生息していたことから、「すずめのお宿」と
呼ばれていた。
今年の5月、初めて訪れて以来、その後、孫りんりんと一緒に。3回目は、スケッチの会で。
そして、次に訪ねたのは7月、古民家に七夕飾りが飾られたときだった。(古民家の七夕飾り

目黒南三局
大岡山コミュニティ道路道路
     大岡山コミュニティ道路
            大岡山

この「碑文谷・立会川コース」は、目黒区発行の「緑の散歩道」(全9冊)によると、
「碑文谷の歴史と自然を訪ねる径」と、定義づけられている。 
旅・散策・イベント

天高く 馬肥ゆる秋

2010年09月23日
今日は24節気の1つ、「秋分」。彼岸の中日でもある。
日本では、国民の祝日「秋分の日」である。
天文学に基づいて、年ごとに決定される国家の祝日は、世界的にみても珍しいそうだ。

「暑さ寒さも彼岸まで」という慣用句があるが、「秋の彼岸」と聞いて思い浮かぶのは、
「天高く馬肥ゆる秋」「物言えば唇寒し秋の風」「秋の日はつるべ落とし」「女心と秋の空」
「一日千秋」「一刻千秋」などなどの語句。

「天高く馬肥ゆる秋」。「空は澄み渡って晴れ、馬が食欲を増し、肥えてたくましくなる秋。
秋の好時節をいう言葉
」と大辞林にある。
秋の空は高いと言われるが、実際は、暑い太陽光線を受けて空気が膨張する夏が最も高く、
冬に低くなり、秋の空は中程度の高さだという。秋の空が高く見えるのは、夏の湿気の多い
空気に代わり、大陸育ちの乾燥した空気に覆われ、視界が良くなるためだそうだ。     

    馬事公苑
                        馬事公苑   世田谷区

「天高く馬肥ゆ」は、もともとは、中国北西部の農民の諺「秋高馬肥」。
漢の頃、北方に住む騎馬民族匈奴(きょうど)が、秋の訪れとともに、豊かな収穫を狙って
南下し、周辺地域を脅かしていた。「秋高馬肥」の時期は、漢民族にとって大きな脅威だった。
「至秋馬肥 変必起」は、夏の間放牧していた馬が、たっぷり草を食べて肥る秋の頃、
必ず世の中を乱す人々がやって来るから、厳重な注意が必要であると、漢の将軍が皇帝に
進言したことに由来すると言われる。
   
日本では「豊穣の秋」や「食欲の秋」を彷彿とさせる言葉として使用されているが、
「至秋馬肥 変必起」だった秋が、こうした表現に変わっていったのは、
日本という国が外敵に脅かされることが少なかったからにちがいない。
 
            けやき並木 
               けやき並木に「馬事公苑入口」の馬   世田谷区

馬事公苑から「けやき並木」が世田谷通りまで続く。世田谷通りの向こう側が東京農業大学だ。
並木に沿って「バイオリウム」と東京農業大学の「食と農」の博物館がある。
「バイオリウム」とは、動物園、植物園、水族館といった括りを取り去った「生き物空間」。
進化生物学研究所が世界各地を調査し収集した貴重な動植物コレクションが一堂に集められ、
隣接する東京農業大学の「食と農」の博物館と一体となって、楽しい空間を提供している。
世田谷通りに近いけやき並木に「馬事公苑入口」と書かれた、大きな馬の像があった。
馬事公苑、バイオリウム、博物館はすべて無料。

都立日比谷公園(千代田区)には、鋳物製の「馬の水飲み」がある。台座の説明によると、
公園開設当時(明治36年)の照明灯と同じデザインで作られた、馬のための水飲み場で、
陸上交通の重要な部分をになっていた馬が、ここで水を飲んでいた
とのことだ。

  馬の水飲み   馬の水飲み     門灯
        日比谷公園に残る「馬の水飲み」              門灯 
    
そういえば、この夏、光化学スモッグ注意報や警報が出たという報道が少なかった。
今年の夏は、熱中症、熱中症で、熱中症の騒ぎの影に隠れてしまったのだろうか。
ここ数年、光化学スモッグの発生はさほど酷くなっていないようだが、だからといって、
格段に空気がきれいになったわけではないようだ。
ともあれ、澄み切った秋の空は気持ちがいい。長くつづいてほしいものだ。
旅・散策・イベント

中秋節に想うこと 

2010年09月22日
今日22日は「中秋」。古代の暦では、陰暦8月15日は、秋の中旬に当たることから、
「中秋」と呼ばれるようになり、夜空の月を「中秋の名月」「十五夜」「芋名月」という。
この頃の満月は一年で最も円く美しいとされるが、中秋の月が満月とは限らないそうだ。
明日は満月だが、雨の予報が出ている。  

 月の切手
   中国の切手    団圓        賞月         月為媒(月が仲人)

中国では、中秋節は、春節(旧正月)、元宵節、端午節とならぶ「四大伝統祭り」で、
月を愛で、秋の収穫を祝って地の神様を祀る節句。            (中秋節
「中秋節」は「団圓節」とも言われ、中国では古くから、「中秋節」には家族揃って円形に
食卓を囲み、満月のように円い食器で食事をする。
伝統的な食べ物は「月餅(げっぺい)」で、親しい人やお世話になった人に贈る習慣がある。
また、この日、家族団欒の記念写真を撮ることも大切にしているようだ。

何回か訪れた中国だが、中秋の名月を中国で見る機会には恵まれなかった。
6年前、Kさん、Sさんと3人で、留学生周さんの結婚式に参列したとき、南京、常州、
鎮江など「江南の旅」を終えて帰国し、わが家近くで見た「中秋の名月」は忘れられない。

       機内食2004.9.28
           月餅  中秋節の機内食(上海―東京 18:30) 
        
「中秋節」で思い出すことがある。上海で闘病中の沈老師が、家族写真を撮りたいと、
愛息を日本から呼び寄せられた。当時中学3年生の彼にとっては、初めてのひとり旅。
どんなにか心細い旅だったことだろう。

老師が愛息に託された月餅で、10日遅れで「中秋の茶会」をわが家で開いた。
S同学の淹れて下さる中国茶をいただきながら、老師の1日も早い恢復をお祈りしたのだが、
中秋節から3ヶ月後に亡くなられた。 

その翌年の中秋節についての思い出は、蘇軾(そしょく)の詩『水調歌頭』だろう。
黄老師の中国語の授業は、趙さんに頂いた「月餅」の箱に書かれた『水調歌頭』の
詩の朗読から始まり、テレサテンの『但願人長久』を皆で歌ったりと、まるで年末まで
「中秋節」が続いたかのようだった。         (1年つづいた黄老師教室
因みに、蘇軾は、北宋第一の文化人。詩人。政治家。蘇東坡(そとうば)のこと。 
テレサテンの『但願人長久』の歌詞は、『水調歌頭』の詩とほとんど変わらない。
      
    『水调歌头』  苏东坡

    明月几时有? 把酒问青天
    不知天上宫阙 今夕是何年?
    我欲乘风归去 又恐琼楼玉宇高处不胜寒
    起舞弄清影 何似在人间!

    转朱阁 低绮户 照无眠
    不应有恨 何事长向别时圆?
    人有悲欢离合 月有阴晴圆缺 此事古难全
    但愿人长久 千里共婵娟


最後の2行がもっとも知られている。婵娟は月のこと。
人には悲しみと歓び、出会いと別れがあり、
月には晴れと曇り、満ち欠けがある、古き世から完全とは難しいもの。
ただお互いが長く久しきこと、今宵君も同じ月を見ていることを願うばかりだ。


           中秋の名月 2004.9.28
                中秋の名月   東京着 23:30
  
唐の時代の詩人も、明月に寄せて故郷を思い、肉親を想う心を詠じた。

  挙頭望明月 低頭思故郷  李白 (頭を挙げて明月を望み  頭を低れて故郷を思う)    

  露従今夜白 月自故郷明  杜甫 ( 露は今夜より白く  月は自ら故郷のが明るし)
中国・中国の旅

この夏 街でみかけたのは

2010年09月21日
           すいか 大田区 
             「神奈川県三浦産 ジャンボすいか」 展示品
  
          きゅうす三鷹市
                 配電盤の上に蓋のない急須が2つ 
        
           不動産屋    
「ドリンク ALL¥50 携帯電話充電できます 無料 お待ち合わせに・・・電車待ちに・・・
もちろん!不動産のご相談に お気軽にお立ち寄り下さい」 不動産屋 大田区

               渋谷 渋谷センター街
                 
             渋谷 渋谷区 

           学校 大田区
                         小学校校庭 
                   
          ゴミ収集場 目黒区
                         ゴミ収集場
旅・散策・イベント

義父が残した「手拭」

2010年09月20日
今日は「彼岸の入り」であり、そして、国民の祝日「敬老の日」でもある。
「敬老の日」は、「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」ことを
趣旨として定められているが、老人というのはだいたい何歳以上なのだろうか?
60歳でかなり老けこんでいる人もあれば、80歳過ぎてなお活き活きとしている人も
いるわけで、個人差が大きいようだ。

今年1月、ごんさんの父が亡くなったので、わが家の今年の「敬老の日」は、
2人の母が主賓となった。ひょっとすると、私たちも十分該当するのかもしれないが。

先月、旅が好きだった義父が集めた、いや、自然と増えてしまった「手拭(てぬぐい)」を前に、
「こんなにたくさんの手拭、どうしたものかしら」と義母が困っていた。
どれも未使用なのだが、中には、黄ばんでしまったものもあった。それこそ、手拭や布巾に
使えば?とも思ったが、とりあえず、全部もらうことにした。 
 
    東大寺
                 東大寺 大佛殿大虹梁木曳圖
                   
家に戻り、持ち帰った手拭を広げてみると、義父の旅した先の情景が思い浮かぶ。
毎朝、仏壇で般若心経をあげていたという義父。「般若心経」の手拭もあったし、
なぜか、宮沢賢治の「雨ニモ負ケズ」の手拭もあった。
大分前、孫りんりんと一緒に「般若心経」を覚え始めたのだが、いつのまにか、2人とも
中断したままだ。りんりんは、「日本歴史人物伝」に載っていた「雨にも負けず」の詩を
暗誦していたようなので、この手拭は彼にあげようと思う。

手拭は、汗や顔や手を洗った後の水を拭ったり、入浴時に体を洗ったりするための
木綿の平織りの布である。本来は寒暑除けや塵除けなどの目的や、祭礼においての
装身具として頭に被るものである。
(Wikipedia)

儀礼的な装束として畏怖畏敬するものに対して、顔を隠すためにも使われてきたという
経緯があり、日本各地にその名残として、手拭や笠で顔を隠して踊る祭りが多く存在する。
また、日除け塵除けといった意味合いも「厄除け」に通じ、「厄除けの手拭」として祭りや
神事でも被られ、「厄落としの道具」として手拭を使う風習のある地方があるといわれる。


手水舎(ちょうずや)で使用される、寄進された「奉納手拭」というものもある。
手拭いの端が縫われていないのは、清潔を保つためで、水切れをよくして早く乾くように
工夫されているからだそうだ。 

   5枚
     薬師寺展    秩父路     紀三井寺   飛騨高山    耶馬渓

義父が集めた手拭には、東大寺、総持寺など、お寺の名が入ったものが多い。
薬師寺東塔が描かれた手拭いは、東京の日本橋三越の「薬師寺展」で購入したようだ。
ほかに同じ会場で買ったものが3枚もあった。何と昭和61年の開催だ。
その中の1つに、店内1階と7階の2ヶ所で、スタンプが押された栞が入っていた。

「再び舞鶴へ 引揚港まいづるを偲ぶ全国の集い」と書かれたもの、飛騨高山の山車が
描かれたものもあった。忘れてしまいがちな「心」や「和」の文字がある手拭も。

私がもっとも気に入ったのは、下田達磨大師(日照山向陽寺)の「縁起達磨」の手拭。
33の達磨さんのオンパレード。実に、いろいろな達磨さんがあるものだと感心してしまう。
これは4枚もある。どこかに飾っておけば「祈願成就」できるかもしれない。

  だるま Clidk!
        祈願成就 縁起達磨  日照山向陽寺 下田達磨大師* Click! 
 
何年も前、可愛らしい模様の薄緑色の手拭を買い、両端を縫って、プリンターの
カバーにしたが、赤いインクがついて、台無しになって以来、こういった使い方はやめた。
今は、気功や筋トレのときに首に巻いたりするくらいだろうか。

最近は、和風でモダンな手拭が大流行だ。色とりどりのお洒落な手拭を、インテリアとして
飾るための専用額や、竹や木で出来た手拭掛けもある。
さらに、風呂敷のようにラッピングに使ったり、スカーフ代わりにしたりと、用途もいろいろ。

義父の手拭の中には、スカーフ代わりになりそうな、斬新なものは見当たらない。やはり、
手拭本来の用途か、4枚で「のれん」にして掛けるといった生かし方が、適当かもしれない。
つれづれ

りんりんにはお馴染みの空港

2010年09月19日
この10月、羽田空港が国際空港として発足し、世界の航空機が発着することを記念して、
先週、空港の新国際線地区内で、「羽田グローバルエキスポ」が開催された。
国際線の就航が想定されている国・地域との交流をテーマとしたイベントで、大田区では、
国内外の人たちに、国際都市大田をアピールしようと、「空の日フェスティバル2010」と
連携して行われたようだ。

   区報  蒲田駅前   
        大田区報 9月号1面         大田区役所前 歩道の車止め  

新しいD滑走路をバスで(車窓から)見学するバスツアーがあったり、就航国のお国自慢、
屋台も出て、世界を身近に感じてもらおうという催しだ。
りんりんと行ってみようと思ったが、滑走路を歩けるならともかく、各国の屋台とはいえ、
何もわざわざ混むところへ行かなくてもと、娘に水を差され、羽田行きは中止した。
因みに、参加国は、アメリカ、カナダ、ドイツ、中国、韓国、マレーシア、オランダ、タイ、
シンガポール、日本(大田区)。

考えてみれば、12月末生れのりんりんは、生後3ヶ月のとき、初めて札幌へ行って以来、
毎年、盆暮の2回、羽田空港にはお世話になっている。
しかも、昨日は、はじめてひとりで搭乗した。札幌の祖父母のところへは夏休みではなく、
「9月に行くんだ!」と張り切っていた彼は、「空のひとり旅」を実現するため、
父親にひと足先に出発させ、先の空港で到着した父親に迎えてもらうことにした。
明日は、父親と2人で東京へ戻ることになっている。明後日からは学校だ。
  
     空港で
     6歳なりたて   新千歳空港 2008.1.4     5歳  羽田空港  2007.8.12  

今回の彼は、ANAがいいとかJALがいいとか、また、9時○○分のがいいとか、
なかなかうるさくて、キャンセル料を支払った挙句、時間も航空会社も変更したのだとか。
因みに、「嵐」が大好きな彼が乗ったのは、2週間前に就航した「JAL 嵐 JET」(~2011.1)。
「嵐」のメンバー5人の写真の特別塗装機だというが、機内からは、何も見えないのに~と
皆から言われても、何のその、嬉しくて仕方がない様子だった。

中国へ行くために、意を決して、生れて初めて飛行機に乗ったのが50歳という私には、
考えられないことだ。
私の初めての空の旅は、羽田空港から関空経由で雲南省の昆明空港までだった。
その後、羽田空港を利用したのは1度。札幌、小樽へのスケッチ旅行のときだった。
身近な人びと

渋谷に登場の超大型書店!

2010年09月18日
渋谷に都内最大級の書店「MARUZEN&ジュンク堂書店」がオープンした。
月に数回は出かける渋谷だが、早速、午前中の「気功」のあと、書店のある東急本店に
行ってみることにした。当日は、台風9号の影響で、ちょうど昼過ぎは横なぐりの雨。
だが、東急百貨店のマイクロバス(東横店―本店)に乗り、濡れずにすんだ。

7階でエレベーターを降りると、ズラッと並んだ書棚が目に飛び込んできた。
右も左も書棚の列。通路の両脇のベンチに腰かけて本を読む人もいる。
まるで、広い書庫の中にいるようだ。通路の向こうにいる人は、米粒大にしか見えない。

      書店

書棚の間を順々に回ってみると、その細かい区分けに驚く。
ジュンク堂書店はどこの店もこんな感じらしいが。
たとえば、医学関係では、「低血圧」「高血圧」「メタボリック症候群」「貧血」「便秘」
「脳」「薬膳」「免疫」「腰痛」「膝痛」「気」「ヨガ」「ツボ・指圧」「体のゆがみ」
「帯津良一」(ホリスティック医療の第一人者)などと、実に細かい。
森林学や林業の棚は、「森林医学」「樹木医」「森づくり」「光合成」「根」「里山」
「きのこ」「山菜」「竹」「炭」などなど。
中国語関係の棚も見たが、わが家に眠る文法書や会話の本と同じものが数冊あった。
買ったところで、置く場所はないし、上達するわけはないのだが、ほしくなるものだ。
それにしても、中国語に限らず、語学書や参考書の多いこと!

文庫のコーナーで、お目当ての本が見当たらず、レジで訊ねると、多少待たされたが、
どこからか持ってきてくれた。「東京古道散歩」(荻窪 圭 著)
以前、図書館で借りて読んだが、手元に置いておきたくなって買うことにした。
探している本は必ずありそうな、そんな書店だ。

        フロア案内
コミック・文庫・新書・文芸・学習参考書・児童・芸術・人文・語学・社会・医学・理工・PC・実用・地図・雑誌
 
入口近くは、売場面積を2倍にしてリニューアルした、「丸善」の文具スペース。
その隣には文房具の老舗「鳩居堂」も入っていた。
ちょっと嬉しくなったのは、お洒落な喫茶コーナーがあること。
本を読みながら、神戸の老舗「萩原珈琲」の豆を使ったコーヒーと神戸菓子がいただける。
      
      文具とカフェ
              丸善のステーショナリー          喫茶コーナー

学生時代、渋谷まで出かけ、「大盛堂書店」や「三省堂書店」などによく行ったものだが、
いつの間にか、大盛堂は様変わりし、三省堂は閉店してしまった。
ここ数年、ほとんどは、東急プラザ5階の「紀伊國屋書店」を利用しているが、
お目当ての本がないときは、仕方なく、別の本を衝動買いしてしまうこともあった。
これからしばらくは、気功の後は、マイクロバスでジュンク堂へ、というコースになりそうだ。
旅・散策・イベント

世田谷区の2本の緑道など

2010年09月17日
世田谷区には、かつて、北沢川と烏山川(目黒川水系2級河川)が流れ、下流の池尻で合流し、
目黒川となり、東京湾に注いでいた。
現在は、北沢川、烏山川とも暗渠化され、その上は緑道として整備されている。

北沢川緑道
「北沢川緑道」は、かつて北沢村(世田谷区上北沢)から池尻村(世田谷区池尻)付近まで
流れていた北沢川の上に出来た緑道。
昨年夏、小田急線梅ヶ丘から豪徳寺まで、この緑道を歩いた。(北沢川緑道の絵タイル

秋には、東急世田谷線山下駅(小田急線豪徳寺)から赤堤まで、水辺の散歩道を歩いた。
豪徳寺付近の緑道は、一旦途切れ、世田谷線の線路を越えると、目の前によく整備された
遊歩道「ユリの木公園通り」が現れる。

         山下駅
             山下駅とユリの木公園     世田谷線

    ユリの木  ユリの木の花
            ユリの木の花2009.4                        
                     ユリの木の花   トウハクにて

緑道には、かつて北沢川に架かっていた橋の石柱が、ベンチやオブジェとして置かれていた。
       旧石柱
烏山川緑道
「北沢川緑道」の南には、「烏山川緑道」が池尻付近まで続いている。
北烏山を水源とした烏山川も暗渠化され、上は緑道となり、水は池尻で北沢川と合流いている。
この緑道に沿って、豪徳寺、世田谷城址公園、松蔭神社など、歴史にゆかりのある寺社があり、
世田谷の歴史散策が楽しめる。

昨年夏、世田谷城址公園、世田谷八幡宮、豪徳寺を訪ねたあと、経堂に向かって
歩いたことがあったが、歩道には、だいぶ古くなった絵タイルがはめられていた。        

世田谷城址
室町時代、吉良氏が構えた世田谷城は、小田原城落城とともに廃城(1590年)となった。
現在、鬱蒼と繁った木々の間に、掘割や土塁の1部が残っている。

豪徳寺世田谷城址
      豪徳寺「江戸名所圖會」           世田谷城址付近図(大正初期)

豪徳寺
室町時代、吉良氏が世田谷城内に結んだ弘徳院は、江戸時代、井伊氏の菩提寺となり、
豪徳寺となった。招き猫伝説が有名。                 (歩道の物語

世田谷八幡宮
豪徳寺の西にある台地の斜面に立つ、大きな神社。源義家が勧請した(1091年)と伝わる。
室町時代、世田谷城主の吉良頼康が、社殿建立の折、民衆の士気を鼓舞するために、
相撲を奉納したと伝えられ、その勝敗で翌年の豊作、凶作を占ったという。
この「奉納相撲」は、江戸時代に「江戸三大奉納相撲」の1つと言われた。

「江戸三大奉納相撲」が行われたのは、世田谷八幡宮、渋谷氷川神社(渋谷区)、
大井鹿島神社(品川区)の3社。
鹿島神社に土俵はなく、力石が残るのみ。氷川神社は柵で囲まれた土俵が残る。

今も残る世田谷八幡宮の土俵では、毎年、例大祭には、東京農大の相撲部員により、
相撲が奉納される。
私自身、「興行相撲」にはまったく興味がないのだが、ここの神事の一環としての
「奉納相撲」は面白いと思う。今年も、昨年につづき、円形に広がる石の観客席で、
「奉納相撲」を楽しむつもりだ。                 (秋祭りとお相撲

玉川電車 (玉電 たまでん)  
「玉電」とは、東急(東京急行電鉄)の軌道線であった「玉川線」の愛称で、
現在の渋谷から二子玉川駅まで、玉川通りの上を走っていた路面電車のこと。
人々は親しみを込めて「たまでん」と呼んでいた。

玉川電鉄農民 
  玉川電気鉄道木造単車3号(明治40年製)       牛車を引く農民

明治40年(1907年)に道玄坂上を起点に部分開業後、主に玉川通り(国道246号)を
中心に多摩川の砂利輸送、資材輸送を行っていた。旅客よりも砂利輸送の方が主体であり、
「砂利電」とも呼ばれていたそうだ。

「玉電」は、路線の延伸、支線の開設、合併、譲渡を経て、昭和44年(1969年)、一部区間を
除いて廃止された。残されたのが東急世田谷線で、三軒茶屋駅と下高井戸駅を結ぶ。
都電荒川線とともに都内に残る、懐かしの路面電車である。
旅・散策・イベント

江戸城の松と兄弟の黒松

2010年09月16日
世田谷区には、京王線と井の頭線、小田急線、東急田園都市線と世田谷線が走っている。
東京に何十年も住んでいるのに、それらが下北沢、明大前、三軒茶屋、下高井戸などの駅で
どう結ばれているのか、はっきりわかっていなかった。

このところ、京王線や小田急線に乗る機会が増え、ようやく、頭の中で路線図が出来て、
成城学園前の成城ホールで毎月行われる、「健康落語@らく朝」を聞きに行くときにも、
行きはバスを使ったり、渋谷から井の頭線、下北沢で小田急線に乗り継いで行ったり、
鍼治療を受けに笹塚に行くときも、井の頭線で明大前へ出て、京王線に乗換えることが多い。
どちらも新宿から1本なのだが。

先月、鍼治療の前に、桜上水(世田谷区)にある、樹齢380年の黒松を見に行った。
井の頭線浜田山で下りて、「すぎ丸」(杉並区の小型コミュニティバス ¥100)の
さくら路線に乗った。
「すぎ丸」は、けやき路線(浜田山ー阿佐ヶ谷)とさくら路線(浜田山ー下高井戸)があるが、
さくら路線のバス停は、時々利用するけやき路線とは線路を挟んで反対側にあった。

         すぎ丸バス停
           阿佐ヶ谷   「すぎ丸」 けやき路線のバス停  浜田山    

バスが来ると、年配の係員がバスに乗り込み、「みなさん、暑い中、お待たせして申し訳
ありません。もう少しお待ちください」と挨拶?したかと思うと、前方の座席の客に話しかけ、
客も相槌を打つ。休憩を終えた運転手が乗りこむと、その係員は「まだまだ暑いので、
みなさん、十分に水分をお摂り下さ~い」と声を掛けながら、バスを降りて行った。
おかげで、バスが動き出してからしばらくは、大分待ったことも暑いことも忘れられた。         

そういえば、港区の「ちいバス」、台東区の「めぐりん」、渋谷区の「ハチ公バス」などの
街中を循環するバスと、「すぎ丸」はちょっと違う。
「さくら路線」は、緑多い住宅地の細い道を縫うように走り、上北沢駅から甲州街道沿いに、
桜上水駅を経由して、終点下高井戸駅までのコースを往復する。

桜上水駅の南側は世田谷区になる。「旧北沢用水」の緑道沿いにある早苗保育園まで歩いた。
この保育園の庭に、「江戸城の兄弟松」と呼ばれる2本の黒松があるというのだが、
この松は、江戸城御囲い松として江戸城に植樹された苗木と同じ黒松で、樹齢380年とのこと。
早く逢ってみたいのに思ったより遠い。大きな松の木が見えないか、保育園はないだろうかと
見当をつけて歩いて行くが、案内板もなく、道を訊ねようにも暑さのせいか、人っ子1人通らない。

少々心細くなった頃、保育園の赤い滑り台が眼に入った。園庭を覗いてみるが、
それらしき松の木は見えない。塀沿いにぐるっと回ると、あった!塀を突き破って、
2本の松が道に迫り出していた。樹齢380年!幹回りはさほど大きくはないが、
「江戸城の松」と兄弟の黒松だ。
  
      兄弟松    

大田道潅によって1457年に創築された江戸城は、北条氏に攻め落とされたが、
北条氏が豊臣秀吉との戦いに敗れ滅亡し、徳川家康がここを居城と定めて以来、家康、
秀忠、家光の3代にわたって、大造営が行われ、1606年、本丸、二の丸、三の丸が完成し、
翌年、北の丸、天守が造営されるなど、30年かけて、大修築が行われたという。

当時、江戸城御囲いの松の苗木を納めたのが、植木職として江戸城に出入りしていた鈴木家。
代々名主として地域の発展に尽力した鈴木家は、現在の早苗保育園などの広大な敷地に
居を構えていたが、昭和20年頃には人手に渡り、その建物は空襲で焼失してしまった。
また、この時焼け残った大きな茅葺の長屋門も、中学校建設に先立って取り壊されたが、
「江戸城お囲いの兄弟松」は残されたそうだ。

現在、皇居前広場にある数千本の黒松は、明治21年に植えられたものだが、
「江戸城の兄弟松」は皇居外苑のどこかで生きつづけているのだろうか。
植物など

身体がらみの四字熟語

2010年09月15日
6歳の孫りんりんの乳歯(乳中切歯)が初めて抜けた。
生後6~7ヶ月頃に生える乳中切歯。5歳半頃から下の歯が、少し遅れて上の歯が生え変わる。
彼の小さな歯を見て、「下の歯は屋根に、上の歯は縁の下に」といった、言い伝えを思い出した。
マンションなどの集合住宅が増えた昨今、縁の下は勿論、屋根に投げることも難しくなったが、
子どもの成長を願う、親の大きな愛情には変わりはないだろうから、どうしているのかしら。

因みに、「いい歯に代われ」とか「鬼の歯と代われ、鼠の歯と代われ」などと唱える地域も
あるようだが、丈夫な歯の成長を願って、上の歯は下に向かって、下の歯は上に向かって
投げるというのは全国共通のようだ。
お隣りの中国では、乳歯が抜けたら、どうするのだろう。今度、黄老師に伺ってみよう。

数年前、中国語の熟語、成語を自分なりにまとめ、身体、動物、自然などの項目別に、
発音、意味、例文を入れた一覧表のファイルを作ったことがあった。  (中国語
 ファイル
久しぶりにファイルを開くと、日本語と全く同じ漢字と意味のものや1字違いのものが
意外に多く、面白い。
もっとも、こういった言葉は、中国から来たものが多いのだから、当然かもしれないが。
私の集めた「中国語成語と熟語」は、身体に関するものだけで240もあった。
日本でお馴染みの熟語と全く同じもの、似ているものなど、いくつかをご紹介したいと思う。

小心翼翼 : 小心翼翼            以心传心 : 以心伝心
诚心诚意 全心全意 : 誠心誠意     铁石心肠 : 鉄石心腸 
气息奄奄 奄奄一息 : 気息奄奄     断肠之思 : 断腸の思い  
厚颜无耻 : 厚顔無恥            良药口苦 : 良薬口に苦し
  
         「无」は無の簡体字。                  「药」は薬の簡体字。 
           
口若悬河 : 懸河の弁            异口同声 : 異口同 
面目一新 :目一新            刻骨铭心 : 肝に銘ずる
粉身碎骨 : 粉            垂涎三尺 : 垂涎の的 
两手空空 : 一文無し
 

「両手空空」という成語が気にいった。「一文無し」のほか「手ぶら」という意味もある。
今までは「没有銭」しか使わなかったが、これからは、「お金がない」というときには、
この「両手空空」を使ってみることにしよう。

たくさんある「○手○脚」の組み合わせの成語のうち、わかり易いものを選んでみた。
面白いことに、手と足の組み合わせは、「嬉しくて有頂天になる」という意味の
「手舞足踏」くらいしか見当たらない。

大手大脚 : 金遣いが粗い             小手小脚 : こせこせしている/度胸がない
指手画脚 : 手振りを交えて話す         手忙脚乱 : てんてこ舞いの忙しさ
毛手毛脚 : そそっかしい/ぞんざいに扱う  七手八脚 : 大勢が忙しそうに動き回るさま 
轻手轻脚 : 忍び足
   「轻」は「軽」の簡体字。

ところで、以前から気になっていたのは、「頭に来る」と「腹が立つ」のニュアンスの違いだ。
「腹が立つ」は、怒らずにはいられない。しゃくに障る。「頭に来る」は、①怒りで興奮する。
かっとなる。②酔いや病毒が頭に回る。気が変になる。(「大辞林」)

どちらも怒りの表現で、はっきりした使い分けはないようだが、調べてみると、
どうやら、「頭に来る」というのは、1950年代から使われた若者言葉だそうで、
その瞬間に怒るといった意味合いだろうか。「だんだん怒りがこみ上げて来る」という
状態を、「だんだん腹が立って来る」とはいうが、「だんだん頭に来る」とは言わない。
「腹が立つ」は、「少し不愉快に思う」程度から「はらわたが煮えくり返る」まで、
内面に秘めているような印象だ。

日本語は、身体の隅々までわかった上で、いろいろな感情が表現されるように思う。
実は、怒っていると「腹が立つ」のだ。お腹の筋肉は、硬く立っているようになるらしい。
「頭に来る」と、頭頂部(百会 ひゃくえ)が、まるで、ガラスの欠片のように尖って来る。
まさに、鬼の角が生えるのだ。
子どもたちのちょっとした病気に薬は要らなかった。整体の先生に教わって、頭とお腹に
手を当て気を愉(おく)った。何十年も昔のことだ。
      
        ケシの百会
             ケシの百会(ひゃくえ)は  あたりだろうか?

普段、「つのかくし」を被るわけにもいかない以上、ツノが生えそうな時、頭をトントンと叩き、
お腹の弾力がなくならないように気をつけよう。それにしても、何とも腹の立つことが多いことか。
電車の優先席にドカッと坐り、ケイタイで大声を上げる人くらいで腹を立てていては、
身が持たない。
若者はメール専門なのか、堂々と喋っているのは、むしろ、オバサンかオジサンが多い。
つれづれ

進化する?自動販売機

2010年09月14日
この30年間の、電話の変わり様に比べると、自販機の変化はそれほどでもないようだが、
先月、ラジオを聞いていたら、ついに「次世代自動販売機」なるものが、JR品川駅構内に
2台、登場したのだそうだ。

「次世代自動販売機」には、商品選択ボタンが設置されておらず、タッチパネル式。
自販機上部に「顧客属性判定用センサー」と「人感センサー」を搭載しているので、
自販機の前に立ったユーザーの年代や性別を即座に判断して、オススメの商品に
「オススメ」マークがつく。
例えば、10代男性には、炭酸系。50代男性には、栄養ドリンクといったように。
ラジオでは女性のリポーターと男性のスタッフが試したと話していたが、飲みたいものに
ちゃんと?「オススメ」マークがついたそうだ。年代と性別が当たる確率は75%とか。

      自販機 タッチパネル式自販機 

画面上の商品に触れると、選んだ商品が大きく表示され、商品の詳細を見ることができたり、
「水、冷えてます」など、気温や時間帯に応じたコンテンツが画面上に配信されるそうだ。
災害発生時には、遠隔操作により飲料の無料提供も可能だという。
  
     画面
             購入後のパネル         購入前のパネル
     
気になるのは、ユーザーの判別に用いた画像データだが、これらは保存されない仕組みで、
どういった層がどういうものを買ったかという、データのみが残るという、マーケティングの
頭脳をもっている「次世代自動販売機」なのだとか。

先日、新橋に行くことがあったので、品川駅で途中下車をした。改札フロアーをキョロキョロ
しながら歩くと、実にたくさんの飲料自販機があるが、すべて、ボタンを押すタイプだった。
やっと、改札口近くに、タッチパネル式の自販機を見つけた。
ほとんどの人は、気にも留めず通り過ぎていくが、中には、慣れた様子で買っていく人も。

自販機の前に立つ前に思いついたのは、2回試してみることだ。
1回目は、帽子と眼鏡のまま。2回目は、帽子と眼鏡なし。この違いが年代の違いになって、
オススメの飲み物が違うかもしれない。興味津々だ。2回目は、買うつもりなし。

その結果、1回目のオススメは、コーラ、栄養ドリンク、スポーツドリンクの3種類だった。
ミネラルウォーターを買うつもりだったのだが、つい、オススメマークがついたスポーツ
ドリンクにタッチしてしまった。失敗失敗。
                 
         2回目
                    2回目の展示パネル

2回目は、ラ・フランスのジュース、麦茶、ミネラルウォーターにオススメマークがついた。
果して、どちらが若く見られたのだろうか。ひょっとすると、1回目は、男性にみられた
のかもしれない?自販機に訊いてみるわけにもいかないが。

ところで、この「顧客属性判定用センサー」と「人感センサー」を搭載しているのは、
自販機だけではないらしい。大型ショッピングセンターなどでは、立ち止まって画面を
見た人の性別、年代層に合わせた広告が現れるというパネルが設置されているとか。
今後、ますます、こういった自販機は増えていくのだろう。

そのうち、こちらの喉の渇き具合や、財布の厚み?まで判断して、最適商品をオススメする
自販機が登場するのだろうか? 自分が飲みたいものくらい、自分で選びたいと思うのだが。
つれづれ

犬や猫も熱中症に 

2010年09月13日
ある動物病院の話では、今夏の猛暑で、熱中症にかかる犬が急増し、例年の2倍以上が
運ばれて来たそうだ。犬は汗腺が主として肉球にしかないため、ほとんど汗をかけない。
暑くなると舌を出してハァハァと速く浅い呼吸をして、唾液を蒸散させ、気化熱で体温を
下げようとする。炎天下で体温が急激に上がれば、意識障害を起こして死に至る可能性もある。
中でもパグやブルドッグといった「短頭種」は鼻が低く気道が狭いため、熱中症になり易く、
シベリアン・ハスキーなど北方原産の犬や、肥満の犬、子犬や老犬も危険性が高いそうだ。

犬の熱中症の原因で最も多いのが、車内での留守番だというが、エアコンをつけた室内での
留守番も油断はできないようだ。直射日光が室内に入りこんだり、自分で涼しい場所に
移動できない場合は非常に危険だという。
地面近くを歩く犬は、照り返しによる放射熱を受けやすく、想像以上の暑さの影響を受ける。
散歩は、朝夕の涼しいときを選ぶことが大切だとか。     
      
    トラ
                わが庭のトラ  2歳4カ月 ♀

猫の祖先はアフリカ系のリビアヤマネコと言われており、元々は暑さに強い動物だが、
室内飼いの猫の場合は、カーテンを閉めて直射日光が差し込まないようにしたり、
エアコンを入れたり、窓を開けて風通しをよくしたり、涼しい場所に避難移動できるように
しなくてはならないのは、犬と同じことだ。

中国語のF同学からきいた話だが、彼女の友人の愛猫が熱中症に罹ったそうだ。
毎年夏、その友人はエアコンをつけた部屋に愛猫を残して旅行するそうで、
今回もエアコンをつけて出かけたという。戻ってみると、留守番の愛猫はぐったり。
動物病院で点滴など、いろいろ処置を試みたが、結局、息を引き取ったそうだ。

ご自分でも猫を飼っているF同学の話では、猫はクーラーが好きではないのだという。
室内でも陽なたを探して寝ていたりすることもあるのだとか。
猫は、自分のテリトリーの外に出て、見知らぬ場所に行くことは、大きなストレスに
なるので嫌う。したがって、彼女の友人は猫に留守番をさせて旅に出、F同学は
旅行ができないことになるのだという。

    ケシ
                 わが庭のケシ  2歳10カ月 ♂

ペット用の「ひんやりグッズ」もいろいろあるが、外で生活する猫たちにはまったく必要ない。
わが庭の猫たちは、暑い日中、自分にピッタリの自然の「ひんやりシート」をみつけ、
夕方、陽が陰ってくる頃、どこからかやって来ては、鰹節をほしがる。
もらえないとなると、ドライフードにほんの少し口をつけて、さっとどこかへ行ってしまうか、
毛づくろいを終えて横になるかだ。
拘束のない、彼らは、夏バテや熱中症とは縁のない生活を送っているようにみえた。
9月も半ば、この長くつづいた残暑も、そろそろ終わりに近づいているようだ。
動物など

老舗の工夫あれこれ

2010年09月12日
久しぶりの東京駅のエキナカで、どこかのデパートにいるかのような錯覚に陥った。
ごんさんの山形赴任が終了したり、スケッチで遠出する機会が減った6年ほど前から、
新幹線に乗る機会がめっきり少なくなり、東京駅とは少し縁遠くなっていた。
東京駅周辺の再開発で、駅自体も変わったことは充分知っているつもりだったが、
これほどの変わり様は想像していなかった。

丸の内と八重洲を結ぶ、地下1階の「グランスタ」は、これまで飲食店が並んでいた
「銀の鈴広場」周辺が大規模に改装され、名店の惣菜や弁当、スウィーツ、銘酒など、
東京駅エキナカならではの顔ぶれが揃い、テパ地下並みの豪華さだ。

      着せ替えバッグ 着せ替えバッグの店

ドイツの着せ替えバッグ(「tausche」)に目が留った。靴の着せ替えが人気だと聞いたことが
あるが、このバッグは、カバー部分を付け替えるだけで、その日の気分に合わせた
オリジナルバッグに早変わり!ということだった。若い人がちょっぴり羨ましくなった。
    
「銀の鈴広場」に来ると、「かりんとう」の店(「日本橋錦豊琳」)で、5人くらいの店員さんが
1対1での接客中。見ると、通路を挟んだところに長い行列!30分待ちは当たり前という、
ここが行列のできるかりんとう屋さんだ。
かりんとうは奈良時代、遣唐使が持ち帰った唐菓子で、江戸時代以降に庶民の味となり、
明治初期、東京浅草あたりから庶民に親しまれるようになったという。
黒糖のほか、キンピラゴボウ、ねぎみそ、竹炭、唐辛子など、日本伝統の味わいを生かした、
新しい味に人気あるようだ。

          銀の鈴
           「銀の鈴広場」 左に長い行列  右奥がかりんとう屋さん  

「グランスタ」はサッと通り抜け、今年の3月にオープンした「エキュート東京」へ。
ここのコンセプトは、「東京人におくるニッポンRe-STANDARD」で、日本各地にある
文化や素材に注目して、世界に誇れる日本のイイモノを揃えたのだそうだ。

      ステテコ

その中で、面白かったのは、「ステテコ」(「steteco.com」)。
ステテコがダサい、オヤジくさいと思うのは古いのだそうだ。
風土にあったステテコ文化を継承した、次世代ステテコが流行っているとは聞いていたが、
和柄、水玉、チェック、ストライプ、パッチワーク柄など、お洒落なステテコが並ぶ。
部屋着にも、スカート下に、そして、ステテコとお揃いのデザインのコーディネイト用の
サンダルやデッキシューズも並んでいた。
今年のステテコはインナーではなく、「アートステテコ」、見せるステテコだとか。  
見るのは楽しいが、わが家のオジサン、オバサンには似合わない。どうみても、若者向けだ。

新宿伊勢丹デパートの「あめや えいたろう」には、老舗の「榮太郎本舗」の新しい「」が
登場したそうだ。40分待ちも当り前、行列ができるほどの人気で、売切れることも多いとか。
棒飴、板チョコのような飴、リップクリーム形の液状の飴などには驚く。

奈良の墨運堂から、筆を手に持たずに指にはめるという、「Pop Corn ゆび筆」が発売された。
大、中、小(大¥840、中¥735、小¥630)の筆と、指サックに当たる本体部分のセット。
脳からの刺激がダイレクトに指を動かし、指で描いている実感が、創作意欲を駆り立てるとか。

日本は、100年以上の老舗企業が世界一多い国だという。
今は、「老舗サイト」など、ネットで老舗の商品が手に入る時代になった。ネットで、
あれこれと寄り道しながら、ウィンドーショッピング?するのは楽しい。
私は、榮太郎の飴やステテコは買ったことがないが、かりんとうは大好きで、他の銘店の
塩かりんとうや生姜のかりんとうを、いくつか買ったことがある。
脳と直結するという「ゆび筆」は、どんな感じがするのか、使ってみたい気もする。
ネットで注文するつもりはないが、文具店で見かけたら、買ってしまいそうだ。

東京駅のエキナカで、美味しいお弁当を買って、旅をしたくなった。
ステテコは履けないが、かりんとうも買って・・・、飴はどうしようか。
それにしても、1日も早く残暑が鎮まり、涼しくなってほしいものだ。    
つれづれ

暑気払いの会

2010年09月11日
7月と8月の黄老師の中国語学習会は、月1回だった。8月末の授業は全員が出席し、
その日の夜の、新宿での恒例の「老師を囲む暑気払いの会」は、熱中症で入院中の母上の
お見舞いに行かれたK同学をのぞく全員が参加。そして、名誉会員ともいうべきSさんと、
今年になって退会されたAさんも駆けつけて、総勢11名の楽しい集まりとなった。

もともとは沈老師の学習会だったが、老師のご病気により、3年前に閉会せざるをえなく
なり、上海で闘病生活を送られていた沈老師の後を引継いで下さったのが黄老師。
沈老師は逝去され、メンバーが多少変わったが、黄老師のもとで、和気藹藹と楽しく
続けられている。
沈老師がいつもおっしゃっておられたように、「学校ではないし、通訳をめざしている
わけでもなく」「生涯教育」なのだからという方針を受け継いで。  (老師交代
      
          中国茶会2008.9.24
           沈老師の回復を願って わが家でお茶会
              
教科書はあるが、ちょっとしたきっかけで脱線して、ほとんど進まないこともある。
中学時代、姫路城を見て感動したことから、城郭に興味を持つようになり、
中国でも日本でも、たいていのお城は訪れたM同学。
お稽古ごとやボランティアに追われるのは、M同学で、好きなお酒を味わうために、
週2日の休肝日を守っておられる。
歴史に詳しいのはO同学。中国に留学経験もあるO同学が旅の話をすれば、
3人目のO同学がテニスの楽しさを語る。
男性陣はMさんが2人、Oさんが3人の計5人。

一方、女性陣は、私を含めて4人だ。
毎回、家から色々な中国茶を持参して、淹れて下さるS同学は、お茶の話になると、
とまらないほど茶芸にご堪能だ。
「音楽なら任せて!」と、ピアノ初心者の黄老師の質問に丁寧に答えるF同学。
コンサート、映画、落語、スポーツ観戦、何にでも興味ありのK同学。
この4月、ご主人の転勤で、福岡市に越されたS同学は、入会された中国語の会で、
毎週の授業に追われているそうだ。東京に戻られたときには、驚くほど上達されている
ことだろう。
        暑気払いの会 
            ビール、ワイン、焼酎で暑気払い   和食の店で

ところで、「暑気払いの会」での話に戻るが、退会されて以来のA同学だが、
「中国語をやろうという人は、O型とB型が多いのよ」という彼女の言葉から、
血液型の話になった。名誉会員?のS同学とも男性陣は、6人中A型が1人。
女性陣4人中、A型はF同学だけ。この会に欠席のKさんは?A型ではなかったと思う。
そんなとき、黄老師が「私はA型です・・・」と。「老師にとって中国語は母国語ですよ!」
皆で大笑いをした。

楽しい時間を過ごしての帰り、血液型の違いはさておき、何と意欲的で魅力的な人たちの
集まりだろうかと、嬉しくなった。「福岡のSさんはA型だった」ことを思い出したりもしたが。

「暑気払い」とは、夏に薬を飲んで暑気を払うこと。また、その薬。
暑さに負けそうになる心身を元気づけること。また、そのための催し。
(大辞林)とある。
暑気払いの会で、ちょっぴり元気になり、秋が来るまで頑張れそうな気がしてきた。
因みに、中国語学習会の「暑気払い」は、和食の店。薬は、ビール、ワイン、焼酎だった。
中国・中国の旅

線路 道路を跨ぐ橋 

2010年09月10日
先月4日の「橋の日」に、隅田川に架かる3つの橋、仙台堀川、日本橋川などに架かる
9つの橋をご紹介した。                       (今日は橋の日
橋には、川や海、谷を越える橋だけでなく、道路、線路、窪地を跨ぐ陸橋も、少なからずある。


四谷見附橋   千代田区―新宿区 
         四谷見附橋

甲州街道の新宿通りが、JR四谷駅を跨ぐ跨線橋。中央線のホームから見上げると、
赤いレンガの橋壁や照明灯が目に入る。
通りの向こうには、迎賓館、聖イグナチオ教会、上智大学、外濠の土手などが見える。
歩道を歩けば、ネオ・バロック調の欄干や照明灯を楽しめるが、道幅が広いせいか、
車だと、橋と気づかずに通り過ぎてしまうかもしれない。

現在の橋は、交通量の増加などに伴い、拡幅して架け替えられた橋(1991年)。
親柱、いくつものランプを組み合せた照明灯、鋼鉄製の欄干など、旧橋と同じデザインで、
復元、または修復して再利用された。
旧橋は、長池公園(八王子市)の池上に移設され、「長池見附橋」として親しまれているそうだ。
    
        四谷見附跡 四谷見附跡

「四谷見附」は外堀にあった四谷御門の枡形の跡で、江戸城外堀工事の際、築造された。
城内と郭外を結ぶ要衝で、当時はここが、甲州路「甲州街道」の起点だった。
御門は90近くあったと言われ、譜代大名や旗本が、24時間厳重に警備をしていたとか。


聖橋(ひじり ばし)  千代田区
     聖橋
聖橋
    梅(湯島聖堂)とニコライ堂のデザイン            銀杏のデザイン

「聖橋」は、日比谷通り(本郷通り)が神田川を渡る、鉄筋コンクリートのアーチ橋。
この橋は、関東大震災後の復興事業の一環として、昭和4年(1929)に完成した。
その造形の美しさは神田川に架かる橋梁の中では群を抜くばかりか、建築物としても
優れた橋といわれている。
JR御茶ノ水駅、神田川及び「外堀通り」を跨いでいるため、橋の全長は90mを超え、
神田川に架かる橋としては最も長い橋となっている。

  聖堂
              湯島聖堂                    ニコライ堂

この橋の名称は、左岸の「湯島聖堂」と右岸の「ニコライ堂」(日本ハリストス正教会
東京復活大聖堂)の2つの「聖堂」に因んで命名された。


八ッ山橋  品川区 
       八ッ山橋
                                   2代目・3代目の親柱
八ツ山橋は、国道15号(第1京浜国道)にある橋。「旧東海道」と書かれている。
明治5年、東海道と鉄道の東海道線を立体交差させるために架けられた木造の橋から、
度々架け替えられて、現在の萌黄色の橋は、昭和60年に架け替えられた4代目のもの。
映画「ゴジラ」で、日本上陸地点としてこの付近が設定されたとか。


両大師橋    台東区
      両大師橋
            照明灯と一体になった親柱

上野駅のすぐ北側にあり、公園から下谷方面に渡る橋。
JR山手線、京浜東北線、東北本線、常磐線、引上げ線も含めて、計21本の線路を跨ぐ橋。
昭和初めに架けられた「両大師橋」は、昭和45,6年に架け替えられたが、公園側の輪王寺が、
別名「両大師」と言われることから、この名がついたそうだ。
因みに、両大師とは慈恵、慈眼の二人の僧侶のこと。

台東区のホームページでは、「両大師橋」付近(寛永寺旧本坊表門の脇の道路)が、
「東京スカイツリー」おすすめビューポイントの1つになっているが、私のビューポイントは、
国立科学博物館地球館の屋上だ。

     科博
        科学博物館地球館の建物(裏側から)   屋上のハーブガーデン

私がこの橋を渡ったときは、時たま車が通るくらいで、誰ともすれ違わなかったが、
「スカイツリー」見物客だけではなく「てっちゃん」「とりてつ」が集まる人気スポットに違いない。
てっちゃんではないが、時間があれば、次々と来る電車を眺めて、空想にふけりたいものだ。
因みに、「てっちゃん」は鉄道ファン、「とりてつ」は鉄道写真を撮るマニアのこと。
旅・散策・イベント

保育係クク 再び登板か

2010年09月09日
今日9月9日は「重陽」。陽(奇数)が重なる日、そして、奇数の中でも最も大きな数字と
いう意味で、「重陽」と言われている。
古代中国では、菊は邪気を払い、長生きする効能があると信じられていた。
日本では、中国の影響を受け、奈良時代から宮中や寺院で菊を観賞する宴が行われたり、
杉並大宮八幡宮のように「菊の被綿(きせわた)」が行われたりしてきた。(風景印 Ⅱ

わが庭で生れた猫4匹のうちに、ククという名の猫がいる。彼女は11月で3歳になる。
この名は、3歳だった孫りんりんが付けたもので、9月9日生れというわけではない。
今年の春、りんりんが「九九」を覚え始めたとき、ククを「ハチジュウイチ(81)」と
呼ぶことにしたが、これは相当無理があったようで、いつの間にか、使われなくなった。

わが庭の4匹はすべて避妊去勢手術済みだが、親戚猫のミケラスカルは、
さいとうさんが何度捕獲を試みてもうまくいかず、どちらも2回の出産を経験している。
ククは、昨年夏から、親戚猫ミケの子どもたちの子育てを助けて、わが庭で木登りの
特訓をしたり、トラケシと仲良くやっていく方法を伝授していた。
    
       ククとシロ シロを見守るクク

今年になって、彼らは一人前の猫に育ち、いつの間にか、クロは姿を見せなくなり、
シロククの付添いなしに、わが庭に食べにくるようになった。
ククの役目は終わり、手持無沙汰になったのか、元気がなくなった。

5月になると、ラスカルミケが相次いで子どもを産んだ。
わが庭で子育てをしていたミケは、ある日突然、4匹の子猫を連れてどこかへ引っ越した。
           
ラスカルと子猫子猫7.2            
                                   ラスカル ジュニア  

         ミケの子育て7.13
                           ミケの子育て 
           
ラスカルの子は、さいとうさんのところで食べたり、近くの駐車場で遊ぶようになった。
たまにラスカルが子猫の傍にいるときもあったが、最近は、あまり見かけない。

そこで、再び、ククの出番が来たようだ。ラスカル ジュニアの名前はまだついていないが
(誰がつけるのだろう)、彼が遊ぶ傍でククがじっと見守っている姿は、何ともほほえましい。

                    クク 
                       大きくなったラスカル ジュニアを見守るクク
           ラスカルジュニア8.22
 
ミケと子猫たちは、さいとうさんのところで、たまに見かけるが、地域猫とはいえ、
ミケラスカルもノラ猫。その子どもたちも警戒心は強い。
動物など

萩の花

2010年09月08日
今日は24節気の1つ、「白露」。秋の気配が濃くなり、野草に白露が宿る頃。
朝夕の心地よい涼風に、幾分の肌寒さを感じさせる冷風が混じり始める。
白露は露が玉のように白く輝いている様子をいう。

   はぎ  マメ科 ハギ属
        別名  鹿鳴草(しかなぐさ)   
        原産地 日本 中国 朝鮮半島 ロシア東部        

               ハギ

別名の「鹿鳴草」は、文字通り牡鹿が鳴く時季に咲くためについた名らしい。
ハギというと、ヤマハギを指す。草冠だが、マメ科の低木。
秋の七草の筆頭に数えられ、「萩」という日本製の漢字ができたほどで、秋草の王と言われる。
万葉集には、萩を詠んだ歌が多い。(141首)
   
   我が宿の一群萩を思ふ子に見せずほとほと散らしつるかも   大伴家持
   
   白露の置かまく惜しみ秋萩を折りのみ折りて置きや枯らさむ   作者 不明
   
   朝戸開けて物思ふ時に白露の置ける秋萩見えつつもとな    文馬養
(あやのうまかひ

わが庭の萩は、朝、雨戸を開けると眼に入るが、その萩の花が、今年は1つも咲いていない。
数年前、鉢植えで買って来て庭に植えたマルバハギで、2年前に楓の下に移植したのだが、
マルバハギは、日なたを好むらしい。花が咲かないのは日当たりがよくないからだろうか。
ハギは、マメ科植物特有の根粒菌との共生のおかげで、痩せた土地でも良く育つといわれ、
古くから道路斜面、治山、砂防などの現場で、緑化資材として活用されているそうだ。

ところで、そろそろ、街の和菓子屋さんで「おはぎ」を見かけるようになる時季だが、
これは、小豆の粒が萩の花の咲き乱れるさまに似ていることから、「萩の餅」と
呼ばれるようになり、のちに「おはぎ」となったという。
基本的には「ぼた餅」と同じだが、牡丹の咲く春にかけてつくるものを「ぼた餅」、
秋にかけてつくるものを「おはぎ」と呼ぶことが多い。
お彼岸や四十九日忌明けに供えて食べる風習は、古くから赤い色が邪気を払う色と
されていたことに由来し、江戸時代に始まったとされている。

私が子どもの頃、祖母は、お彼岸には必ず、こしあんの「おはぎ」を作った。
「おはぎ」を作る母の姿は記憶にないが、わが家では、春も秋も「おはぎ」だった。
私はこし餡は好きでないので、祖母の「おはぎ」を食べた記憶はあまりないが、
お彼岸が来ると、祖母の「おはぎ」と割烹着姿を想い出す。
つれづれ

記録的な今年の熱暑!

2010年09月07日
今年の夏は、記録的な暑さだ。今月1日、気象庁が発表したところによると、
6~8月の平均気温は、平年より1.64度高く、統計を取り始めてから113年、
最も高かったそうで、全国154の観測点のうち55地点で記録を更新し、
特に北日本と東日本では過去最高になったそうだ。
東京周辺に限れば、8月の平均気温は、29.6度だったとか。
35度以上の猛暑日も、最低気温25度以上の熱帯夜も記録更新中。

            街で

この猛暑の原因として、北のオホーツク海高気圧や寒気の影響を受けにくかったこと、
偏西風が例年より北寄りに蛇行し日本付近が強い太平洋高気圧に広く覆われたこと、
エルニーニョ現象の影響で北日本中緯度帯全体で気温が高かったことが考えられるという。

気象予報士の森田氏によれば、珊瑚や樹の年輪などを調べて、過去の気候変動を研究する
「古気候学」は、2000年前まで遡って、気候の変化の様子を知ることができるという。
それによると、平安から鎌倉時代にはかなり暑い時期があったようだが、今年の夏の暑さは、
まさに有史以来の異常な暑さだそうだ。
地球温暖化(倉本聰氏は「地球高温化」という)で、100年後に平均気温が2.3度上昇する
といわれているが、「今年の夏は、100年後の気温を先取りしたみたい」と森田氏。
         
        ひまわり うなだれるヒマワリ
                         
この猛暑の影響で、猛暑特需も生れたという。
昨年7月に比べ、冷蔵庫1.5倍、扇風機2.5倍、エアコンは3倍と売り上げが増え、
ビールや清涼飲料の売上げは、昨年夏に比べて17%、アイスキャンデーは60%アップ。
わが家では、家電は勿論、ビールもアイスキャンデーも買わずに、昨年夏に購入した
ウォーターサーバーの天然水に頼っている。         (東京の水道水

熱中症対策にと、梅干しの売上げは30%伸びたというが、塩飴も人気があるという。
因みに、野菜はカット野菜やオクラやミョウガ、惣菜売り場では、揚げ物が売れているとか。

       ひんやりグッズ
「ひんやりグッズ」の売れ行きも好調だという。
今年の夏、渋谷の東急ハンズに行ったが、あまりにも多種多様の「ひんやりグッズ」が
並んでいたので驚いてしまった。
昨年、筒状のタオルに保冷剤を入れて首に巻くタイプの「ひんやりグッズ」を買って、
草取りをしたりしたが、保冷剤の重みで垂れ下がるため、あまり役に立たなかった。

この記録的猛暑!熱中症などで救急車の出動回数も相当なものだという。
驚いたのは、寝苦しい夜がつづくため、窓を開けて寝る人も多く、長野県では、盗み目的の
「忍び込み」が急増しているそうだ。こんな暑いときに?と思うが、この暑さによるイライラ
のせいもあるのだろうか。そういえば、はるか昔、「痴漢の被害は、8月がもっとも多い」と、
犯罪心理学の授業で習ったが、これが妙に印象に残っている。
振り込め詐欺も、次から次へと新しい手口が考えられて、相変わらず減らないようだし・・・。
天候も異常なら、人間もどうかしてしまったのだろうか。

この長い残暑は9月末まで続く見込みだとか。
爽やかな秋を素通りして、いきなり寒い冬になったりはしないでほしいと願うのだが。
つれづれ

「中国文明展」を見る

2010年09月06日
東京国立博物館(台東区上野)で、7月初めから開催されていた特別展「誕生!中国文明」が
昨日終わった。この展覧会は、河南省出土の名品に焦点をあてた、中国文明の誕生と発展の
足跡を辿る特別展。 

私は、特別展も観覧できる(特別展の会期中1回)パスポートを買ってあるので、
必ず行くつもりでいたが、この異常な暑さに圧倒されて、二の足を踏んでいた。
いつか涼しい日にと思っているうちに、会期末が迫り、思い立ったのは、8月末だった。
トウハクに到着したのは9時だった。今年春の「阿修羅展」では、この時間にはすでに
長い列が出来ていたが、今回は、さほど混んでいなかったので、館内でゆっくり過ごせた。

            トウハク前

河南省は、中国大陸北部を大きく蛇行している黄河流域の、中ほどに位置する
中国王朝発祥の地。中国最初の王朝とされる「夏()」(BC20~BC16)から始まり、
その後、商(殷)、後漢、魏(三国時代)など、歴代の王朝が河南省に都を置き、
北宋が滅亡した12世紀頃まで、河南省は中国の政治、経済、文化の中心地として栄えた。

第1部「王朝の誕生」では、王朝の権威を示す祭器や財宝が展示されていた。
ポスターで気になっていたのは、青銅製の板にトルコ石が嵌め込まれた「動物紋飾板」で、
これは、想像していたものよりはるかに小さかった。
   
            動物紋飾板 動物紋飾板 (夏 BC17~16)

説明によると、動物の姿を真上から見た様を表しているのだという。
下部にはキツネを思わせる頭、頭の上には幅の広い尾、口の両側に前足、最上部には、
先端が向かい合った後足が左右から伸びている。トルコ石の数は400個前後だとか。
両側上下にある4つの穴は、胸にあてて、紐か何かで固定したようで、
身分の高い少数の人々が身につけた、権威を象徴する装身具であったと考えられている。

以前から、トウハクの常設展では、中国の青銅器のフロアーに足を運んでいたのだが、
お馴染みの鼎(かなえ)、方斝(ほうか)などの青銅器が、紀元前21世紀などという、
気が遠くなるほど昔から作られていたことに、あらためて驚いた。

第2部「技の誕生」では、豊かな暮らしへの願望から、中国文明の特色の1つである
高度な工芸技術が次々に生まれていった様子が展示され、
第3部「美の誕生」では、青銅器、金銀器、漆器、陶磁器、壁画、彫刻、文字資料など、
中国芸術の伝統が発展してきた様子が展示されている。

ここで、もっとも印象に残ったのは、唐の時代に作られた加彩俑(人物を模した像)。
特に「御者と馬」は、御者の腕まくりした右手には力が入っているが、表情は冷静で、
手綱さばきも慣れたもの。そして、前脚を高く上げて抵抗する馬。躍動感に満ちていた。

      御者と馬 「御者と馬」 (唐 8世紀) 

ミュージアムショップで、「動物紋飾板」と「御者と馬」の絵ハガキを買ったが、
中国人が出店している店で、「青銅文化」というトランプ(¥300)を見つけた。
「歴代中国帝王」とか「民族知識」といった、中国のトランプは持っているが、
54種類の青銅器が描かれているとあっては、これを買わないわけにはいかない。

        トランプ  「青銅文化」のトランプ

青銅器は、銅と錫、あるいは銅と鉛の合金で鋳造され、食器、酒器、水器、楽器、兵器、
農具、工具、貨幣などに用いられたという。
青銅器時代は、商代晩期から西周前期までの最盛期を経て、鉄器が普及した戦国時代、
秦漢時代になると、次第に、鉄器時代に取って代わられ、青銅器時代は終わったとされる。
それにしても、「鼎」「爵」「方斝」「尊」「盉()」「豆」といった漢字を見ていると、
青銅器の形とそっくりだ。こうした象形文字からたくさんの漢字が作られたのだろう。
涼しくなったら、また、常設展の青銅器たちに、ゆっくり逢うことにしたい。 
中国・中国の旅

小1 りんりんの8月末

2010年09月05日
りんりんは、夏休みも残り2日という日、コウ君と映画を見に行ったそうだ。
映画を見ているとき、彼の前歯(下の乳中切歯)が抜けたと、夜、得意になって見せてくれた。
娘たちが子どもの頃は、上の歯は下に、下の歯は上に、新しい歯が伸びるようにと、
「下の歯は屋根の上に、上の歯は縁の下に」投げた覚えがある。
幸い、旧宅には縁の下があったが、もう今は、縁の下がある家はほとんどなくなってしまった。
彼は、額に入れて飾りたいそうだが、母親の呆れ顔からすると、そうしてもらえるかどうか。

そんな彼は、夏休みの間、週1度ほどわが家に現れた。あるとき、ユウ君に貰ったという、
「武田信玄の菱小判」を嬉しそうに見せてくれた。ガチャガチャ(300円)で手に入れた
ものらしいが、彼は「ホンモノ」だと言い張る。「ホンモノがガチャガチャで買えるはずが
ないでしょう」「レプリカでしょ」と、こちらも負けずに主張した。
     
       菱小判
                    
「レプリカって何?!」とごんさんに訊く。「モゾウヒン」と答えるごんさん
「モゾウヒンって何!」「辞書をひいてごらん」ということになった。
「小学国語辞典」には「美術品などの本物そっくりにつくったもの。複製品。模造品」とある。        
何ともがっかりした彼の顔をみて、せっかくの夢を壊してしまったかなと後悔したのだが、
彼の方は、意外にもすんなりと納得したようで、ほっとした。

入学前、ことわざ、四字成語などに興味を抱き始めた彼に、オリジナルのカードを作って
あげたことがあった。                    (りんりんの課外学習
「灯台もと暗し」「宝のもちぐされ」「油断大敵」など、用い方をマスターしたものも多い。
            ことわざのカード
「三つ子の魂百まで」は、幼い子どもの頃の性格は、一生変わらないという例えだが、
彼は何か失敗したときに、「あ~ ミツゴノ タマシイ ヒャクマデになっちゃうよ」とか、
「ミツゴノ タマシイ ヒャクマデだから大変だ!」などと、よくわからない使い方をする。
この三つ子が、3歳児或いは幼い子のことだというあたりはわかっているようだが。

「たましい」を6歳児に説明しようとすると実に難しい。
現代はこの言い回しが一般的だが、古くはいろいろだったそうだ。魂の代わりに
「根性」「心」「知恵」、百の代わりに、「六十」「七十三」「八十」とした例もあったとか。
なるほど、今でこそ、100歳は珍しくないが、昔は60歳、73歳でも十分に長寿だった。
それにしても、「ミツゴのたましいナナジュウサンまで」は言いにくい。

少し涼しくなって、猫たちが顔を見せるようになった。
ドライフードがメインだが、最近は、100円ショップで、鰹の削り節を買ってくる。
猫が現れると、鰹節をあげる役目はりんりんで、「待っててね~」と言いながら、器に入れる。
久しぶりにシロが来たとき、突然、「耳と尻尾が黒いのに、何でシロっていうの?」と訊かれた。
ミケが生んだ子は、全身真っ黒の黒猫と耳と尻尾が黒い白猫。
この2匹に「名前をつけてと頼んだのに、付けてくれないから、自然にクロとシロ
なってしまったのよ」と答えたものだ。
わが庭で生れた猫4匹のうち、ククとケシは、彼が名付け親だ。
身近な人びと

「櫛の日」にちなんで

2010年09月04日
今日9月4日は、「くしの日」。また、「クラシック音楽の日」でもある。
ともに語呂合わせで、「94」を「くし」と読み、「クラシック」のク・シにかけたもの。

日本語で櫛(くし)は、串(くし)と同じく、霊妙なこと、不思議なこと」と言う意味の「奇()し」
「霊(くし)び」が語源となっているため、呪術的な意味づけが見られる。
現代の日本人でも櫛を贈答品にしたり、気軽に貸し借りするのを嫌がる人は少なくない。
「落ちている櫛を拾うと、女に呪われる」という迷信があるが、櫛を拾うと「苦と死を拾う」
ということにつながり、縁起が悪いと忌み嫌われる。

櫛を拾うことはあまりないが、櫛を失くすことはありそうだ。こういうときは、苦と死から
逃れたと思っえばいいと、聞いたことがある。

一方、女性が髪を梳くことから、女性格の象徴的な物品としても扱われ、魂の宿る頭に
飾る櫛は、自らの分身として旅立つ人に手渡しもした。
(Wikipedia)

古くから日本人の間では、「櫛を投げると縁が切れる」と信じられてきたが、この迷信は、
『古事記』に書かれている逸話がもとになっているそうだ。
妻のイザナミノミコトに逢いたいと、黄泉の国を訪ねたイザナギノミコトは、追手の鬼女たちが
迫ったために、櫛を投げ捨てたところ、その場所から筍が生え、追手を足止めできたという。

櫛は、ドイツ童話『白雪姫』のように、女性の生命活動を一時的に停止できる(気絶、金縛り)
黒魔法の道具として登場することもある。
古代中国の呪術者の中には、体を洗わず、髪に櫛を入れないことで雨乞いをするものもいた。

ところで、わが家に中国の櫛が4枚ある。10年近く前になるだろうか、日本に留学中だった
張さんから、お土産としていただいた常州特産の黄楊(ツゲ)の櫛、「常州工芸梳櫛」である。

常州市は、中国江蘇省南部、長江三角洲の中心部にあり、上海の西、南京との中間、
北は長江(揚子江)に接し、南は太湖に近く、「京杭大運河」が市内を貫流している。
2500年の歴史を誇る風光明媚な街で、名所旧跡が多くある。古く隋唐の時代から織物が
有名で、明朝以降は美術工芸品の「櫛」が特産となり、「くしのふるさと」とも呼ばれている。

清代の康煕帝、乾隆帝は、この歴史の街「常州」に憧れ、幾度となく訪れた。
また、北宋の蘇東坡も、常州を愛し、終焉の地とした。 (1年つづいた黄老師の教室

     湘云 818no4.jpg  
               「湘云酔眠」                「白娘子」 

櫛の話に戻ると、櫛の裏に「唐僧」「沙和尚」、そして「湘云酔眠」「白娘子」と記されている。
「白娘子」というのは、「白蛇伝」のヒロインだが、あとは分からなかったので調べてみた。
湘云は、「紅楼夢」に出てくる女性だろう。 
どうやら、沙和尚は、「西遊記」に出てきて、孫悟空と旅をする沙悟浄のことらしい。
そうすると、「唐僧」は、玄奘、三蔵法師ということになる。
    唐僧と沙和尚  紹介文
        「唐僧」        「沙和尚」            産品簡介

この櫛の紹介文(産品簡介)には、おおよそ、以下のようなことが書かれている。
特徴:天然素材の黄楊で作られているので、歯は滑らか、静電気は起きず、独特の形。
手工芸画が描かれ、美しい。
長所:人体に無害、長く使用していると、血流浄化、脳の活性化などにも効果があり、
白髪の発生を抑えられる。
弱点:木製品のため、折ったりしないこと。水に濡れると変形するが、乾かせば元に戻る。

手にしてみると、いかにも手作りの品だ。本に挟んで栞代わりにもなると書かれているが、
厚みがあるので、実際に髪を梳くとか、頭に飾るというより、インテリア向きかもしれない。
4枚の櫛は、本棚の中国関係の本の前に置いてある。
この櫛を見ると、数年前、日本の大学を卒業して、常州に帰国した張さんのことや
何度か訪れた常州の街を懐かしく想い出す。
常州の街には、北京と杭州とを結ぶ「京杭大運河」が流れているが、この運河を描きに、
1人でバスに乗って出かけたことがあった。今思うと、我ながら大した冒険だったと思う。
再び、常州に行く機会があっても、もう、1人でスケッチに行く勇気は湧きそうにない。
中国・中国の旅

ことわざに登場する犬

2010年09月03日
日本のことわざに登場する動物のうちで、もっとも多いのは、犬だそうだ。
犬は、「よき友達」「忠誠心の象徴」として、古くから人間と深い関わりを持っている。
犬が登場することわざはいくつもあるが、中でも有名なのは、「犬も歩けば棒に当る」。
江戸系かるた「いろはガルタ」でお馴染みだ。冒頭の音「い」が、このことわざで始まる
カルタは「犬棒カルタ」というのだそうだ。

「ことわざ」は、鋭い風刺や教訓、知識などを含んだ、世代から世代へと言い伝えられた
簡潔な言葉のこと。文の中で、その一部として用いられるものを慣用句といい、文の形を
とるか、または簡潔ながら文に相当する意味を表すものをことわざという。
(Wikipedia)

「犬も歩けば棒に当る」
2説あり、「何かを行うと、災いに出くわすことが多くなる」という、災難、不運説と、
「何かいいことがある」という、幸運説だ。
江戸時代の使用例では、どちらの例も見られるが、結局、いいこと悪いこと、
どちらにも関係のない、「何かに出逢う」として使われることが多いとか。

「尾を振る犬は打たれぬ」「尾を振る犬は叩かれず」
自分の方から人当たりをよくするように心がけていれば、相手から邪険にされたり、
いじめられたりすることもない。「窮鳥懐に入れば猟師も殺さず」。
これとは逆に、「尾を振る犬も噛むことあり」と、注意を促すことわざもある。

      南極犬
             「カラフト犬の記念像」   東京タワー
   
「犬は三日飼えば恩を忘れぬ」「恩は犬でも忘れない」
こういった犬の代表格は、何と言っても、渋谷の「忠犬 ハチ公」だろう。
南極観測で働いたタロとジロたちカラフト犬も忘れられない。 

ハチ公
       「忠犬ハチ公像」           マンホールの蓋   渋谷駅前 
 
「飼い犬に手をかまれる」
恩を仇で返し、裏切りをした者を犬になぞらえている。
江戸時代、このような恩知らずは、「犬」でなく「飼う虫」だったり、噛まれるのは、
「手」ではなく「足」だった時期もあったそうだ。犬は主人に忠実ということが前提。

「吠える犬は弱い」
番犬として飼われている犬は、吠えるのが商売だし、吠えなければ役に立たない。
この弱い犬は、理由もなく、吠えまくる犬、つまり、無闇に人に食ってかかるような人だろう。

わが家のお隣りに、室内飼いのワンちゃんがいる。臆病で、ちょっとした音に反応しては、
ギャンギャンと吠えたてる。屋根を歩く猫やカラスは吠えられても、何のその。慣れたものだ。
ある日、わが庭で、猫ではない声がした。出てみると、何かのはずみで逃げ出して来た、
お隣りのポメラニアンだ。どうやってわが庭に入ったのかわからないが、出られなくなって、
パニック状態。門を開けるまで、鳴き(泣き?)わめいていた。結局、迎えに来たご主人に
飛びつき、喜びの叫び声とともに帰って行ったが。

        中野
                  犬屋敷跡    中野区役所横

*犬屋敷跡 江戸時代の野犬保護施設      (年老いた犬の終の住処)   
         
「犬が西向きゃ尾は東」
当り前といえば当り前。だが、犬だって、身体は動かさずに、横を向くことがあるだろうに?
猫のようにはいかないと思うが、南を向いても尾は東ということもあるかもしれない?などと
屁理屈は止めておこう。
ついでながら、こういった「自明ことわざ」と言われるものは、意外に多いそうだ。
「雨の降る日は天気が悪い」「兄は弟より年ゃ上だ」「親父は男でおっかあ女」などなど。

「犬猿の仲」
世界的にみても、仲の悪いとされる2種の動物が対になっていることわざは多いが、
その多くは「犬と猫」で、日本のように「犬と猿」の組み合わせは、ほとんどないそうだ。

学生時代、一生懸命詰め込んだというのに、ほとんど忘れてしまった英語だが、
土砂降りの雨が降ると思いだすのは、「犬と猫」の成句。 It rains cats and dogs. 
犬と猫の喧嘩のように雨が降るというのは、最近のゲリラ豪雨みたいな雨だろうか。
私が見る限り、猫は犬とは喧嘩しない。
向こうからやって来る犬が、5mくらいまで近づくと、猫はおもむろに立ちあがり、
塀の中や車の下へ。決して逃げるのではないと言わんばかりに、ゆっくりと。

参考:「ことわざの知恵」(岩波書店辞典編集部 編) 「ことわざで遊ぶいろはかるた」(時田昌瑞 著)
動物など

バナナの自動販売機

2010年09月02日
夏バテなのか、歳のせいなのか、この夏の暑さ続きには全くもって閉口したが、
夜遅くまで聞こえた、セミの大合唱に代って、虫の音が聞こえるようになってホッとしている。
夏バテの「バテル」は、「疲れ果てる」の「果てる」が「バテル」に変わったという説と、
走っていた馬が「疲れて足がもつれる」意味の「ばたばたになる」が縮まって、「バテル」に
なったという説とがある。いずれにしても、身体が思うように動かない状態になるという、
お手上げの状態を表しているのだろう。

夏バテ対策には、バナナ一本でもいいから口に入れた方がいいとも言われる。
大量の汗をかくと、特にカリウムが不足し、内臓機能が低下し、食欲不振やだるさ、疲れを
招くことになるが、このカリウムなどのミネラルが豊富なバナナは、夏バテにぴったりの
栄養補給源。しかも、体内での吸収が早くエネルギーに変わりやすく、胃にもたれない。

また、バナナには、精神を安定させ、睡眠効果のあるセロトニンの材料となるトリプトファン
(アミノ酸)が豊富に含まれているので、寝付きにくい夜には最適。
豊富なミネラルを含むバナナは、血液サラサラ効果、免疫力アップ、抗酸化作用、
しかも低カロリーと、いいことづくめだ。因みに、「スジ」の部分が最も抗酸化力が高いそうだ。

鮮やかな黄色のバナナは、免疫効果が一旦減少するが、シュガースポットといわれる
黒い斑点が増えた10日目頃に、その効果はピークに達するそうだ。
シュガースポットが増えると、様々な酵素は増加、ショ糖は減少し、免疫力はなんと8倍に。
食べ頃は、シュガースポットが6割になった頃だという。
  バナナ
    バナナを房ごと袋に入れておくと、エチレンガスを
    出して、熟成が進むと聞いて以来、わが家では、
    Hさんに頂いたバナナハンガーに吊るしている。  
  
    たまに、ハンガーの丈より長いバナナがあったり、
    吊るした翌朝、皮が剥けたバナナが落ちていたりして、
    慌てることもあるが、なかなか便利なハンガーだ。

  今や、街には自販機があふれている。(自販機だらけの街
  渋谷駅(東京メトロ半蔵門線・東急田園都市線)からつながる
  ビルの地下で、「バナナ自販機」なるものを見つけた。

朝夕は忙しくて、朝食抜きになりがちな1人暮らしの(とは限らないと思うが)学生や
ビジネスマン向けに設置されたという。
6月末、国内で初めて渋谷に設置されたと聞いてはいたが、実際に見るのは初めてだった。
その場で食べられるようにと、ご丁寧なことに、隣に専用のごみ箱が2つ用意されていた。

        バナナ自販機

自販機の庫内温度はバナナの保管に最適な13度に設定され、品物を傷つけないように、
ベルトコンベアでバナナを移動させ、取出し口の床には、衝撃を吸収するマットなどを
4重に敷いてある。1本が130円、1房(4~6本)が390円と、値段は少し割高だが、
売れ行きは好調だとか。週3回、搬入するのだそうだ。
私がここを通ったのは昼前だったので、人通りも少なく、買っている人はみかけなかったが、
出勤時間帯には、行列ができているのかもしれない。

袋入りのバナナは、きれいな黄色で、シュガースポットはまったく見られず、
少々若そうだが、朝食を抜いて夏バテしたり、熱中症になるよりは、はるかにいいだろう。
まだまだ、暑い日々がつづくようだ。
亜熱帯になりつつある日本のこと、そのうち、自宅の庭で採れたバナナを食べられる日が
来るかもしれない。
つれづれ

二百十日

2010年09月01日
今日は雑節の1つ、二百十日(にひゃくとおか)。
立春を起算日として210日目、立春の209日後の日にあたり、季節の移り変りの目安となる
「季節点」の1つ。昔は稲の開花期であったが、現代の稲の開花時期は早まっていて、
地域や品種によっては、稲刈りの時期となるところも多いらしい。

二百十日は、八朔、二百二十日とともに「三大厄日」として怖れられ、「荒日(あれび)」つまり、
嵐の来襲する確率が高い日といわれているが、実際はそのような傾向はないのだとも。
因みに、八朔は旧暦の8月1日(朔日)。

二百十日から二百二十日頃に吹く風を、「野分(のわき のわけ)」という。
野の草を分けて吹きすさぶ「野分風」の略で、台風などの秋の強風のことだが、
現在は雨を伴わない強風に限って呼ぶことが多いようだ。

空
                              野分前の多摩川丸子橋    2010.8.11

       野分して盥に雨を聞く夜かな      松尾芭蕉

       鶏頭の皆倒れたる野分かな      正岡子規

       大いなるものが過ぎ行く野分かな   高浜虚子 
 

「野分」は嫌いだが、「のわき」という言葉の響きは、なぜかやさしく、嫌いではない。
野分き立ちて、にはかに肌寒き夕暮れのほど、常よりも思し出ずること多くて・・・
『源氏物語 桐壺』)の「野分き立つ」も好きだ。台風とか暴風といったイメージは湧いてこない。
『源氏物語』の「野分」(28帖)や夏目漱石の『野分』が、「台風」「暴風」だったら・・・?

因みに、漱石は、『野分』(1907年)の前年、『二百十日』という短編小説を発表している。
私は、どちらも読んだ記憶がない。
『二百十日・野分』(新潮文庫)が出ているので、この機会に読んでみようと思う。
つれづれ
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