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歩道の風景 Ⅰ

2010年10月31日
見慣れた駅までの道で四季を感じる。初夏には、栗の花、椎の花、柿の花・・・。
夏、風の強かった翌朝は、ギンナンの青い実や椎の実が落ちている。
秋になると、熟したギンナン、栗、椎の実がよく落ちていたりして・・・。
もっとも、夕方再び通ると、掃き清められて、葉1枚落ちていないことが多いが。

綺麗な葉や可愛らしい実が落ちていると立ち止まり、拾うかどうしようか迷うことも多い。
普段は5分の駅までの道も、秋には倍近くかかることもある。

   花 2010.6   実 2009.8   毬 2010.9     
 栗
        
               
   花 2010.5   葉 2010.9   実 2009.10          
  椎
       

    花 2010.5   実 2010.6   葉と実 2010.10  
      柿
 
銀杏    葉と桜花びら 2010.4   葉 2010.7   葉とぎんなん  2010.8 
                         ぎんなん 2009.9    葉 2009.11  
 銀杏    
       銀杏

今はもう、栗の毬は落ちることはなくなった。見上げると、栗の樹に毬は見つからない。
これからは、ぎんなんと椎の実の季節だ。柿は、だいぶ柿色に色づいてきた。
美味しそうに見えるが、私は大の苦手。私にとって柿は眺めて色を楽しむ実だ。
植物など

変わる読書風景  

2010年10月30日
この10年の間に、本屋さんが3分の1に減ったそうだ。 (渋谷に登場の大型書店!
渋谷でも、先月、東急本店7階に大型書店「MARUZEN&ジュンク堂」がオープンした。
以前、よく利用していた「大盛堂書店」は様変わりし、「三省堂」は閉店したので、
今は東急プラザ5階の「紀伊國屋書店」を利用することが多いが、このビルも再開発が
予定されているとかで、これからどうなることか。

         大型書店
               「MARUZEN&ジュンク堂」 

読書風景も変わりつつあるようだ。電子書籍の出現で、紙の本は減ってゆくのだろうか。
紙の匂い、頁を捲るときの音や手触り、言葉の余韻を楽しむ余裕、がなくなると嘆かれるが、
電子書籍は、紙の本に比べて、軽くて持ち運びやすい。絶版がない。作家との直接契約。
今後の、出版社は?書店は?図書館は?著作権は?どうなるのだろうか?

最近、電子書籍の話などで、よく耳にするのは「ジスイ」という言葉だ。
どういった字を書くのかと思ったら、自分で食事を作る「自炊」だという。
これは、自分で書籍や雑誌、漫画などを電子化することを指し、スキャナーを使って
「自分でパソコンにデータを吸い上げる」ことから「自炊」と呼ぶようになったそうだ。

「iPad(アイパッド)」(電子書籍端末)を手に入れても、日本語ソフトが少ないため、
裁断した本をスキャナーで読み取り、自前の「電子書籍」を作ろうというのだ。
初心者向けに、裁断機でバラバラにした漫画などを「自炊」するためのテクニックを
解説しているブログもあるし、大型電器店などでは、スキャナーの販売コーナーに
「自炊」の実演コーナーが設けられ、パソコンやiPadなどと共に展示されている。

「自炊」が広がる動きに伴い、これを代行する業者も出てきた。1冊当たり100円から
請け負うといった業者もあったり、1日当たり千冊以上を請け負う業者も珍しくないという。
出版社側は、個人で楽しむのなら問題ないが、ビジネスの場合は「著作権法に触れる」と
業者への警告を検討しているというが、一部には著作権手続きを取っていない業者や、
裁断後、廃棄すべき書籍を転売する新規業者もあったりと、一体どうなっているのか。

図書館の本を汚したり、書き込みをしたり、切取ったり、無断で持ち出したりといった、
利用者のマナーが問われる事件が急増しているという。
警報ゲートが設置された図書館では、裏表紙のバーコードが切取られたり、中身だけ抜かれて
持ち出されたり、表紙だけがゴミ箱に捨てられていることもあるとか。(図書館蔵書の受難
電子書籍や「自炊」流行りは、出版業界や書店に大きな影響を与えるだけでなく、
考えたくはないが、図書館蔵書の被害がますます増えるような気がしてならない。

         電子辞書

因みに、電子書籍は、電子ブック、デジタル書籍、デジタルブックなどといった呼び方もある。
考えてみれば、愛用している電子辞書も、いってみれば電子書籍のようなものだ。
軽くて嵩張らず、手のひらに載る大きさの辞書には、何冊分もの辞典や事典が収められている。
中日、日中、大辞泉、漢字源、英和、和英、英英辞典のほか、日中パソコン用語辞典、
英語類語辞典、カタカナ語新語辞典、また、中国語以外、あまり必要ないが、英語、スペイン語、
ドイツ語、フランス語、イタリア語、韓国語自由自在というトラベル用まで入っているのだ。

実際、こんなにたくさんの辞書を持ち歩くことなど不可能だし、収納するにも場所をとる。
電子辞書は、一旦購入すれば、単三の乾電池2本で毎日使っても1年間は持つ。 
文字は大きくできるので老眼鏡は不要だし、他の辞書にジャンプしたり、履歴の追及も便利だ。
私にとっての電子辞書は、財布とケイタイと共になくてはならない「3種の神器」だが、
電子書籍については、今のところ、「自炊」してまで読むつもりはない。
つれづれ

ピアノの島「コロンス島」

2010年10月29日
今日から31日まで、東京農大世田谷キャンパスでは「収穫祭」が行われる。
この学園祭は、「他大学のタレントによる集客とはまったく異なり、100%東京農大生による、
まじりっけなしのハンドメイド」と言われるだけあって、学生さんだけでなく、近所のオジサン
オバサンたちも散歩がてら気軽に立寄れるところだ。食材を調達したり、植木を買ったり、
子ども連れで(なくともいいが)屋台をまわったり、まさに収穫の喜びを皆で味わえるお祭りだ。
特に、各国留学生による屋台では、その国独特の味を楽しむことができる。

この収穫祭は、張さんが入学した年の秋と、呉さん入学後にも3回ほど行っただろうか。
中国の留学生たち(中国人学友会)の屋台は毎年行列ができるほどの人気で、
私はテントの後で、特別に水餃子やチマキなどをご馳走になったものだ。

ここで呉さんに紹介された、学友会長の周さんは、呉さんと同じ福建省廈門(アモイ)出身。
周さんは、農大卒業後は、中国へ戻り、廈門でいくつかのホテルやレストランを経営する
父親を手伝い、和風レストランのオーナーになった。          

2005年、念願叶って、呉さんの案内で、南靖県と永定県の客家土楼群の旅が実現した。
メンバーはKさん、Mさんと私のオバサン3人。土楼訪問の前後の4日間、廈門、泉州に滞在。
2年後、再び、呉さんの結婚式参列のために、中国語同学Kさんと再び廈門を訪れた。
このときは、コロンス島へは渡らず、周さんのレストランで、コロンス島の全景を眺めながら
和風中華?中華風和食?のランチをいただいた。      (再び アモイ・泉州へ

     コロンス島
   
廈門は、15世紀から茶葉の輸出で賑わい、アヘン戦争後に結ばれた南京条約で
開港した5港の1つで、現在は、「経済特区」都市の1つ。
廈門島の西南にあるコロンス島(鼓浪嶼島)は、市街区と海を隔てて向き合っている。
旧称は「原沙州」と言い、元代末期に開拓された。水に浸食された洞窟が波に叩かれ、
太鼓のような音を出すため、明代に「鼓浪嶼」と改称された。

                       コロンス島の切手       (「人民中国」より)  
    コロンス島
           八卦楼           日光岩          菽庄花園       
      日光岩 日光岩

20世紀初めから40年、共同租界となったコロンス島には領事館が置かれ、商社、教会、
学校が建てられ、20世紀前半の内外の建築様式が見られ、万国建築博覧会と言われるほど。
華僑の別荘は海浜公園「菽庄花園」になり、現在は観光の島として、多くの観光客で賑わう。

          菽庄花園 菽庄花園                   

対岸の廈門島とは対照的に、島内に車は1台もなく、観光用電動カートで島内を廻ったが、
坂道でバッテリー切れになり、歩いて戻ったりしたこともあった。
中国でないようで中国の、この島でのタイムスリップは忘れられない想い出になった。

廈門の有名なものの1つに音楽、特にピアノがあるが、ここは「ピアノの島(鋼琴之郷)」とか
「音楽の里」と呼ばれている。ピアノの所有率は中国一で、夕方になると、あちこちの家から、
美しいピアノの音色が聞こえてくる。           

中国で唯一の「ピアノ博物館」には、コロンス島出身の胡さん(オーストラリア在住)が
長年かけて収集した、19世紀前半のピアノなど70台が展示してあった。(館内撮影禁止
胡さんは、若い頃、ベルギーに留学して音楽を勉強したそうだ。

            ピアノ ミニュチュアのピアノ
             
ところで、現在、日本で学ぶ留学生の数は、世界で25位だそうだ。
一方、海外留学中の日本人は1%にも満たないそうで、世界で41位。
この10年、米大学における日本人学生数が減り続け(学部生52%減、大学院生27%減)、
昨秋、ハーバード大学の学部に入学した日本人はたったの1人だったとのこと。
日本人が減少する一方、中国、韓国、インドからの留学生は倍以上に増加したという。

留学しても、帰国後に就職できなくなると考えるらしい。こうした安定志向は学生に限らず、
「もし、海外派遣になったらどうする?」と新入社員に質問すると、31%の人が「断る」と
答えたというから驚きだ。日本の将来が気懸りになる・・・。
中国・中国の旅

かぼちゃ カボチャ 南瓜

2010年10月28日
しながわ水族館」で開催されている「ハロウィーンフェスティバル」も今月末で終わりになる。
アシカのクッキーがカボチャのランタンを鼻先に乗せたパフォーマンスを披露する
「アシカショー」、大きなカボチャ形の水槽の展示、おばけかぼちゃの重さを当てよう!
というイベントなどがあるそうだ。

ハロウィーンというのは、秋の収穫を祝い、悪霊を追い出すお祭り。万聖節(キリスト教で
毎年11月1日にあらゆる聖人を記念する祝日)の前夜祭。 (ハロウィンのシーズン

街中にハロウィンのカボチャが溢れている。ショーケースの中だけでなく、
玩具屋さん、本屋、お菓子屋さん、アイスクリーム屋さん、八百屋さん、花屋さんにも。
レストラン、ラーメン屋さんや日本蕎麦の店内までも・・・。
      

              玄関に
                    住宅の玄関   世田谷区 

   花屋
                   2軒の花屋さん          渋谷区          
 
  アイスクリーム店
           アイスクリーム店      品川区

                食料品店
                            食料品店        品川区 
       
        「おおき~いかぼちゃ  重さ当てクイズ 僕って何Kgあるのかな?」 
        備え付けの応募用紙に書いてスタッフに渡してね 10月31日まで 
                   抽選で「果物セット」が当ります!

            八百屋
                 八百屋さんの店頭      大田区 

今年の夏、巨大なスイカが店頭に飾られていた八百屋さん。
向いに大きなスーパーがあるが、この店は巨大スイカやカボチャがなくとも、大繁盛の店だ。
このカボチャ、しながわ水族館のおばけかぼちゃと、果たしてどちらが重いのだろうか。
シンデレラのかぼちゃの馬車は、こういったカボチャからイメージしたのだろうか。

              博物館 2010.9
                 「食と農」の博物館      世田谷区

りんりんと行った「食と農」の博物館の玄関前には、巨大カボチャがゴロゴロしていた。
彼は生れたときから見慣れているせいか、さほど驚いた様子もなかった。
私が子どもの頃には、こんなに大きなカボチャはなかったのに・・・。

11月になった途端、装飾カボチャたちは姿を消し、やがてクリスマスツリーが街を飾る。
12月の冬至を前に、今度はホンモノのカボチャの出番がやってくる。
旅・散策・イベント

高周波音でリラックス

2010年10月27日
最近、ヘッドホンによる難聴や若年層の人たちの突発性難聴が増えているそうだが、
一部の音が聴きとれない聴覚の歪みや障害は、本人が自覚出来ないことも多く、
それが知らず知らずのうちにその人の健康や性格に影響を及ぼしているという。
ストレスの蓄積、学習障害、免疫低下、老化の促進といった、心や身体の好ましくない
現象は、耳に原因がある場合が少なくないそうだ。
また、低周波音も健康に悪影響を及ぼすことが指摘されている。  (騒音と超低周波音

一方、20KHZ以上の高周波音を豊富に含む音を聴くと、脳のα波と血流が共に増大し、
基幹脳(心と身体の健康を司る脳の深い部分)の活性化がみられるという。
脳が活性化すると、NK細胞が活性化し、免疫活性が増大し、ストレスが減少することになる。
NK細胞は、常に体内を独自でパトロールしながら、がん細胞やウイルス感染細胞などを
退治してくれる頼もしい「殺し屋」のこと。
       バイオリウム
            都会の熱帯雨林?  東京農大「バイオリウム」  世田谷区     

人間は100年前までは、豊富な高周波音を含む熱帯雨林や森林に囲まれて暮らしていたが、
高周波が著しく欠如した都市環境で生活を始めたのは、つい最近のこと。人間の遺伝子や
脳活動は、今でも豊富な高周波音を含む自然環境に、最もうまく適応するようにできている。

どこかの商店街が、集客のために高周波音を含んだBGMを流していると聞いたことがあるが、
胎児のときに聴こえていた音、イルカの鳴き声、川のせせらぎ、森の音、鳥や虫の声、
雨や風などの自然の音には、高周波音がたっぷり含まれているそうだ。

ほかに、水琴窟やオルゴールの音なども高周波音だ。『聴覚脳』の著者篠原氏は、
身近な風鈴の音を聴くことを勧めているが、音楽では、断然、モーツアルトだという。
モーツアルトの曲を子どもに聴かせると、IQが10アップしたというが、それはともかく、
高周波音は脳を活性化するということは間違いないようだ。
素晴らしい音楽を聴いて感動したり、幸福感を感じると、脳の視床下部から脳内モルヒネと
いわれるβ-エンドルフィンが分泌され、免疫機能を高め、老化防止にもなるという。

だが、高周波音といっても、通常、人間が聴きとれる音の周波数(20Hz~20KHz)の中、
17KHzの周波数を持つ音「モスキート音」は、非常に耳障りな音だそうだ。
もっとも、30代になると聞こえなくなるので、それほどの影響はないらしいが。

         モーツアルトのCD
                    
先日、孫りんりんの運動会が無事に終わり、彼がわが家に泊った晩のこと。
入浴後、モーツアルトを聴かせてみた。「僕、モーツアルトがいちばん好きなんだ!
音楽の歴史も大好きなんだよ」と叫んでいたかと思う間もなく眠りについた。
運動会で精一杯頑張って疲れたのだろう。モーツアルトが役に立ったかどうかはわからない。

家にあったモールアルトのCDを集めてみたら、中に「健康モーツアルト音楽療法 Ⅰ」
(脳神経系疾患の予防)というのがあった。1日に2回程度「聴き入る」と、効果的だとか。
ただし、薬も飲み過ぎると毒になるように、聴き過ぎると脳も疲れるそうだ。
これから、寝る前に聴くのは、このCDに決めた。

ところで、『聴覚脳』によると、各民族の言語には、その言語を特徴づける独特な周波数帯が
あるそうだ。例えば、英語の発音の特徴は、非常に高い周波数の音(2000~12000HZ)で、
日本語が優先的に使用している周波数帯は、かなり低い(125~1500HZ)。
母国語以外の外国語を習得することが困難なのは、この周波数帯が異なるからだという。
英語の習得には、まず、高周波層の音に慣れることが必要だそうだ。

グラフには、英語、米語、フランス語、ドイツ語と日本語の周波音域が表わされていた。
中国語はなかったが、英語に負けず劣らず摩擦音や破裂音の高周波音が多いのでは?
だとしたら、低周波音の日本語を話す私が、中国語学習に難渋しているのは当然と言えそうだ。
つれづれ

騒音と超低周波音

2010年10月26日
以前どこかで聞いた話だが、風力発電施設の周辺に住む住民から、風車から出る音に
ついて、苦情が寄せられているという。
環境省が施設のある都道府県や事業者を調査したところ、静岡県や愛媛県など11の県の
25か所の施設周辺では、頭痛や不眠など体調不良を訴える声が相次いでおり、その原因は、
回転する風車から出る騒音や「低周波音」の影響ではないかとの指摘もあるようだ。

9年前の夏、山形県をレンタカーでまわったことがあった。庄内平野の真ん中(酒田市
立川町)で、3基の風車が静かにまわっていたのが印象的だった。
庄内平野の東南部に位置する立川町(現在は合併して庄内町)では、春から秋にかけて
「清川ダシ」(東南東の強風)が吹くが、立川町はこの日本3大悪風ともいわれる強風を、
町おこしに利用しようと風力発電事業に取り組み、シンボル風車として3基を導入した。
私が見たときはまだ、3基だったが、その後、10基近くに増えたようだ。

     風車               
                  酒田市立川町の風車        2001.8

騒音も困るが、これは遮断することできが、部屋の機密性を高め、騒音をカットすると、
却って、気になる音が増すことになる。
これらの超低周波の発生源は、風車だけでなく、波、風などの自然現象、航空機や
自動車などのエンジン、工事現場などのほか、エアコンの室外機、マンションのボイラー、
ウォータークーラーなどなどで、一般家庭にもみられる。特に深夜早朝に多いようだ。

普通人間が聞きとれる音の周波は20HZ(ヘルツ)から20KHZ 。20HZ以下の「超低周波」の
音を聞きつづけたり、感じ続けている場合、様々な障害が起こりやすいといわれている。

この音を聴き分ける能力は年齢と共に変化し、キーンという非常に耳障りな「モスキート音」
(17KHZ程度)は、30代になると聴こえなくなるといわれている。
大人には聴こえないためほとんど影響はないが、若者が聴き続けると不快感を覚えるため、
このモスキート音を利用して、深夜に公園でたむろする若者を追い出す試みがなされたり、
また、多くの店舗でも導入されているとか。

また、混んだ車内や隣の座席に坐った人のヘッドホンから漏れてくるシャカシャカ音に
思わず耳を覆いたくなることが多い。どうもあの音は苦手だ。
周りにどのくらい音が漏れているのか、本人は知ってか知らずか、ケイタイメールや
ゲームに夢中になっていることが多い。
ヘッドホンで大きな音を聴き続けると、難聴になり易いと言われているのに・・・。

騒音やストレスの多い現代社会は、耳にとって過酷な状況にあり、気づかないうちに
問題が生じていることもあるようだ。
耳の老化は、あまり問題にされていないが、高音、つまり、高周波音を聴きとる聴力から
低下していくという。この高周波音には、脳を活性化することがわかっている。
これが真っ先に失われていくことは、脳の老化につながり、さらに身体の老化を引き起こす
といっても過言ではないそうだ。

高周波音は、たとえば、川のせせらぎ、虫の声、森の中の音などに含まれているというが、
都会にいては、いつでも聞けるものではない。
先日、ラジオの篠原佳年医師の話の中で、風鈴の音がまさに高周波音だということを知った。
今年の夏、「500個の風鈴の音を聴く」という催しがあった池上本門寺(大田区)で、
境内に吊るされた南部鉄製の風鈴の音色をたっぷり聴いてきた。  (「風鈴の音」)
私の脳にも少しは効いたにちがいない。   

         池上本門寺
                 本門寺境内の風鈴        2010.7  
          
早速、片づけていた風鈴を出してきて、軒先にかけては近所迷惑だからと室内にかけてみたが、
鳴るわけがない。ドアにでも吊るして、出入りの度に鳴るようにするしかないようだ。
つれづれ

安全なネイルケア?

2010年10月25日
わが庭で生れたのは、クク&ケシトラ&アミだが、アミにとってわが庭は別宅らしく、
たまにしか姿を現わさない。

あるとき、ガラス戸からさほど離れていない段ボール箱に寝ている猫がシロだったので、
驚いたことがあったが、そのうち、爪研ぎ箱?に香箱坐りをするのも珍しくなくなった。
シロはすっかり、わが庭の猫になった。

たまに、ガラス戸越しにごんさんの動く姿を眼で追ったり、お行儀よく前足を揃えて
中をじっと見つめて、暗黙の食事の催促をするようになった。
と思っていたら、最近は、目が合うと「みゃあ~ん」。体に似合わない「猫なで声」を出す。
痩せっぽちだった春とはうって変わって、シロは立派なオス猫(去勢済み)になった。

          シロ シロ

爪研ぎ箱なるものは、1年ほど前、杉並区役所内に出店していた福祉関係の店で買ったもの。
裁断したボール紙片(5×20cm)を何枚も焼杉の箱に縦に詰めてあり、紙がボロボロになれば
いくらでも補えるというもので、オリジナルのアイディア商品のようだった。

杉並から抱えて持ち帰ったのだが、実際、この箱を置いてみても、爪研ぎに使用するものと
思った猫はいなかったようで、たまにベッド代わりに使う程度だった。
彼らはウッドデッキの柱で爪研ぎをしていて、何ら不自由を感じていなかったのだろう。
だが、たまたま、だれかが爪を研いでみたら悪くないな~!ということになってから、
爪研ぎとして使用することも多くなった。
伸びをしたついでに「1とぎ2とぎ」して、立ち去るため、シャッターチャンスはやってこない。
       
               クク クク  
                            
     ケシ ケシ 下にクク

                 トラ トラ

犬は自分で爪を研ぐのだろうか。見たことはない。少なくとも、わが家で飼っていた犬たちは。
切ってやった覚えもない。そういえば、わが庭最後の犬、アルバートだけは、ペットショップで
ヘアカットしたこともあったので、爪の手入れもしてもらったかもしれない。

ところで、人間の爪の話になるが、画材店の日本画用品の売り場で面白いものを見つけた。
爪に塗る「胡粉ネイル」という、瓶入りのネイルコートだ。
胡粉は、ホタテの貝殻などからつくられる日本画の絵具で、日本人形や能面、障壁画などに
用いられたり、京都の五色豆の白や塩豆にも使われるなど、安全な顔料として知られる。

         胡粉ネイル
               「胡粉ネイル」      画材店で           
 
数年前から、自分の手足の爪を飾るネイルアートが盛んに行われるようになった。
さまざまなネイルアートグッズが売り出され、ネイルサロンも流行っているこの頃だが、
爪にカビが生えたとか、接着剤による火傷、除光液使用の際の換気不十分など、
さまざまな問題も指摘されている。

「胡粉ネイル」の説明では、マニキュアと違い、簡単に塗れ、胡粉に含まれる真珠層が爪を
輝かせる。除光液は不要で、消毒用アルコールで簡単に落とせるとか、安全性を強調する。

私は、はるか昔、マニキュアをした時期もあったが、爪が傷んだこともあって止めた。
生来の面倒臭がりの私は、爪の手入れやお洒落は二の次、三の次になってしまった。
これではいけないと思いながらも、歳とともにますます、億劫さが増してくるようだ。
動物など

「風景印」 目黒区 Ⅱ

2010年10月24日
江戸時代、目黒は、上目黒村、中目黒村、下目黒村、三田村、碑文谷村、衾(ふすま)村に
分かれていた。現在の環七通りの西南側全域が衾村で、呑川の本支流に挟まれた
比較的起伏に富んだ地域。江戸の近郊、衾村の特産物は、大根、芋、筍などだった。

目黒八雲五局目黒八雲二局
 八雲五 八雲二
      駒沢オリンピック公園                 八雲学園

   駒沢公園
        駒沢オリンピック公園    

駒沢オリンピック公園は、世田谷区と目黒区にまたがる公園。   (風景印 世田谷区

目黒自由が丘局  
 自由が丘目黒ばやし
 自由の女神像「蒼窮」  目黒囃子           目黒囃子  氷川神社   
            
自由が丘や緑が丘一帯は、かつては衾村の谷畑と呼ばれ、竹林、大根畑とわずかな畑がある
農村だったが、大正末から耕地整理が進み、等間隔で道路が作られ、住宅地へと変貌した。
昭和2年、東急東横線が開通した。当初、「九品仏」だった駅は、地元の「自由ヶ丘学園」の
「自由ヶ丘」の名が採用され、後に、町名も住居表示変更とともに「自由が丘」となったそうだ。

当時の衾村の地主であった栗山久次郎は、「自由ヶ丘学園」に土地を安く提供したりするなど、
この地域の開発に貢献した。「自由が丘誕生の祖」として、熊野神社に銅像が建つ。         
熊野神社の例大祭に神楽殿で奉納される「目黒囃子」は、百数十年の歴史を持ち、
区の民俗芸能文化財に指定されている。
昨年、緑道散策の途中、立ち寄った氷川神社で、「目黒囃子」の演奏を聞くことが出来た。   
        
   自由の女神像と  
            西村知美さん母子のスイーツトークショー
       
「自由の女神像」の前では、よくイベントが行われる。昨年5月の連休は、「スイーツフェスタ」。
お菓子の家が展示されているというので、孫りんりんと見に行った。   
 
目黒柿の木坂局目黒緑が丘局   
   柿の木坂  緑が丘
            柿の木坂                    岡田家長屋門 

柿の木坂は、子どもたちが荷車から柿を抜く「かきぬき坂」とか、坂の近くに大きな柿の木が
あったからとか、夕暮れ時、心細くて「かけぬけ」たなどのいわれがあるそうだ。
東急東横線敷設の工事の際には、柿の木坂付近の竹林を切り開いて行ったという。
因みに、東横線「都立大学」駅は、「柿の木坂」から「府立高等前」「都立高校」を経て、
現在の駅名になったそうで、「柿の木坂」駅当時は竹林と麦畑の中の無人駅だったとか。

緑が丘は、呑川と丑川(九品仏川)に挟まれた穏やかな傾斜地。昔から緑が多く、
隣の自由が丘に因んで、昭和7年頃にこの名がついた。

    長屋門
                    「岡田家長屋門」

「岡田の森」と呼ばれたこのあたりは、湧水がある鬱蒼とした森で、森の裾を流れる呑川には
水車もあった。中根公園に隣接する屋敷林に囲まれた岡田家は代々名主を務めた家柄。
寺郷(てらごう)の坂(衾の茶屋坂)の途中に、江戸の面影を残す長屋門が今も残る。

   寺郷の坂  長屋門脇の欅
          寺郷の坂              長屋門右脇の大ケヤキ           

岡田家から少し南には、江戸時代に「年寄」を務めた栗山家があったが、区内唯一の
茅ぶき屋根だった長屋門は解体され、母屋は「すずめのお宿緑地公園」内に移築されている。
かつて筍の産地として知られた目黒の面影を残す竹林で覆われた園内の旧栗山家では、
伝統的年中行事の再現も行われている。           (目黒のタケノコ)  
この公園には、5月に孫りんりんと、その後、スケッチのお仲間と行ったほか、
七夕の頃にも訪れて、短冊に願い事を書いたことがあった。    
今、ここの竹林のスケッチをもとに、本画に挑戦中だが、なかなかはかどらない。
旅・散策・イベント

24節気の歌

2010年10月23日
今日は24節気の1つ「霜降(そうこう)」。
秋も一段と深まり、寒冷を覚える頃となり、東北地方や本州中部では朝霜を見るようになる。
この頃になると、虫の音もかなり減り、もみじや楓は紅葉し、日本列島が北から徐々に、
燃えるような赤色に染まっていく。
 
昨年の今頃、八王子の「夕やけ 小やけ ふれあいの里」を訪れたとき、夕焼けスポットの橋から
入日を見ようとしたが、結局、時間がなくて断念したことを思い出した。(夕焼け小焼けの里

       八王子 2009.10.18
                  八王子市 稜北大橋より    

24節気は、中国の戦国時代に、太陰暦による季節のズレを正し、季節を春夏秋冬の
4等分にするために考案された区分手法の一つ。
1年を12の「中気」と12の「節気」に分類し、それらに季節を表す名前がつけられている。

なお、日本では、江戸時代になってから採用されたが、もともと24節気は、
中国の気候を元に名づけられたもので、日本の気候とは合わない名称や時期もある。
それを補うために24節気のほかに、土用、八十八夜、入梅、半夏生、二百十日などの
「雑節」と呼ばれる指標を取りいれたのが、日本の旧暦である。(Wikipedia)    

先月、黄老師の中国語の時間、中秋の名月、十五夜、そして、24節気も中国から伝わった
という話になり、老師が24節気の歌を教えて下さった。

春   雨   惊   春   清   谷  (立   水   蛰  分  明  谷
chūn  yǔ  jīng   chūn  qīng    gǔ tiān

夏   满   芒   夏   暑    相连  (立  小  种  至  小   大
xià  mǎn  mán   xià   shǔ  xiānglián

秋   处   露   秋   寒   霜降 (立   暑   白   分  露   霜降
qiū    chǔ  lù   qiū    hán  shuāng jiàng

冬   雪   雪   冬   小   大寒 (立  小  大   至   寒   大寒
dōng  xuě  xuě   dōng   xiǎo   dà hán

「惊」は驚の簡体字。「蛰」は動物が冬眠するという意味で、「惊蛰」は啓蟄のこと。
「谷雨」は穀雨、「芒种」は芒種。 相连は相連なる、つまり、小暑と大暑をまとめて「暑相連」。

漢字を6,7文字並べるだけで、春の行からは春の、夏の行からは夏の情景が浮かんでくる。
しかも、「暑が相連なる」としたことで、すべての行で韻を踏んだ文章が出来ている。
さすが漢字の国、中国!だが、簡体字というのは、どうも味気ないし、馴染めない。

今まで、24節気(節季)にはかなり関心があったが、なかなか順番を覚えられずにいた。
だが、これからは、この中国式の24節気の歌で覚えられそうだ。

           練馬2009.11.20
                   農業祭   練馬区光が丘          

どのくらい前になるだろうか、母が俳句を教えていた頃、手づくりのテキストを用意していた
ことがあった。母の手書き原稿を私が打ち、プリントして、ホッチキスで
綴じた簡単なものだが、久しぶりに開いてみた。「初めて俳句を作る」「実際に俳句を作る」
「俳句の歴史」「四季の俳句」「音のある俳句」「香のある俳句」などの項目の中に
「24節気と俳句」の章があった。その中から霜降から大雪頃の句を選んでみた。

     霜降や擦れ合ひて哭く舫ひ船    小松 幸

     立冬やあをき炎にあをき魚      原田 南海子

     初雪は隠岐に残れる悲歌に降る   野見山 朱鳥

     降る雪や明治は遠くなりにけり    中村 草田男


長い夏が終わり、やっと秋が来たというのに、早や、冬が少しずつ近づいてきているようだ。
旧暦とはいえ、立冬は11月7日、小雪は22日で、大雪は12月7日。
今や、明治どころか、昭和も遠くなってしまった感じがする。         
つれづれ

思わず勝った? 1等賞

2010年10月22日
りんりんの小学校の運動会は、雨のため翌々日に順延になったが、(雨の日の運動会
お陰で運動会当日は、雲1つない好天に恵まれた。
               運動会

9月初め頃だったか、りんりんは、「リレーの選手になれなかった」とがっかりしていた。
幼稚園の年長組のとき、彼はかけっこで偶々?1等賞をとった。そんなことを思い出したのか、
自分は速い方だと思っていたに違いない。
その後、わが家に来たりんりんを走らせてみると、ごんさんいわく「フォームがなってない!」と。
「腕を振って!そんなにそっくり返っては駄目!」などと口で言っても、一向に埒が明かない。
運動会まであと1週間となった土曜日、ついに、ごんさんはグローブとボールを持って
近くの公園にりんりんを連れて行った。

どのくらいの時間が経ったろうか。戻って来るなり、りんりんは体力ない」とごんさん
りんりんはというと、畳にバタンと寝ころぶ始末。
翌週、わが家に練習しに来るかと期待していたごんさんだったが、それどころか、
りんりんの電話では、登校途中に転んで頭をぶつけ、痛いのと、血がいっぱい出たために
びっくりもしただろうが、大泣きしたらしい。幸い、外科医で処置してもらって登校。
1時間の遅刻程度で済んだようだが、それにしても心配した。

翌日、わが家に来た彼はケロッとしていた。今は、頭の怪我は縫わないのだと、娘は言うが、
生え際に1㎝四方の絆創膏が貼ってあるだけなので、とりあえず安心した。
「ふざけながら歩いていたの?」「転んだときどうして手をつかなかったの?」に、
「違うよ!手もついたよ!でも・・・!」と言いながら、転んだ場面を再現して見せた。
よそ見をしないのに転ぶというのも問題では?と心配は尽きない。
ゴール直前
そんな心配をよそに、運動会当日、りんりんは1等賞をとった。
もっとも、事前にタイムを取り、同程度の5人組で走るのだから、
1等賞の可能性はほどほどあったのだが。

運動会の翌日はお休みなので、わが家に泊ったりんりん
この日の日記は、やはり、徒競走で1等になったことだ。
日記は、1日1頁と決めているのか、セロテープで紙を付け足して、
トラックの線とゴール前の3人が並んでいる略図まで描いた。

「思わず1等賞をとりました」の文中の「思わず」の使い方は
おかしいから、「思いがけず」にした方がいいのでは?と言うと、
どうも納得がいかないらしく、小学国語辞典で探し始めた。

「思いがけず」でなく、「思った通り1等賞とった」のではないか!と、ごんさん
そう、1週間前の特訓の成果かもしれない。だが、りんりんは、特訓で学んだ?通りには
やらなかったと主張する。あくまでも自分の力で得た賞だと思っている様子だった。
それはそれで、成長した証だろう。

最近は、徒競走でも順位を決めず、勝ち負けを競う種目が減っているという。
過度の競争はよくないと思うが、高校も大学も学力の差で振り分けられるのに、
運動面でだけ、競争をさせないというのもおかしな話だ。
この世の中にまったく競争が存在しないのなら、順位をつけない運動会もいいのだろうが、
競争を経験していない子どもたちは、競争が渦巻く社会に無防備で放り込まれたとき、
どうなるのだろうか。それこそ、「打たれ弱い」人間になってしまうのでは?
力いっぱい頑張って得た勝ったときの喜びや達成感は、大きく貴重な体験だと思うのだが。

テレビのニュースや報道番組が大好きで、とても1年生で習うとも思えない難しい漢字や
言葉の言い回しなどを覚えるようだが、書く方はどうも苦手で、相変わらず、判読しづらい字を
書くりんりん。何の話をしていたときだったか、「ざいせいはたん(財政破綻)・・・」と言うので
驚いたが、意味も知っているようだった。

漢字や言葉に興味を持つのは結構だし、また、歴史や科学などにも興味は広がっているが、
頭でっかちにならずに、体力をつけて、運動も大好きな男の子に育ってほしいと思う。
多少の怪我くらいは目をつぶって耐えるしかないだろう。
身近な人びと

想い出の旅  中国 雲南省麗江

2010年10月21日
今日、羽田空港の国際線ターミナルが開業し、4本目の滑走路が運用開始となるそうだ。

先日、雑誌「人民中国」の綴じ込み頁で、懐かしい「麗江」が描かれた切手シートをみつけた。
雲南、貴州の少数民族の村を訪ねた、初めての「中国スケッチ旅行」を想い出した。
あのときは、雲南省の昆明空港へ、羽田空港から関空経由で行った。(お馴染みの空港
飛行機に乗ったのも、海外旅行も初めてなら、11日間の旅というのも初めてだった。

雲南省の省都昆明、そして麗江、石林などは、観光地化されつつあったが、
貴州省では、苗(ミャオ)族の暮す奥地に行くのに、大変苦労をした。
雲南省から夜行列車で移動して、六盤水市に泊ったが、そこにはホテルなどはなく、
2泊したのは、地方政府が経営する招待所だった。1999年4月、ずいぶんと昔の話だ。

雲南省は、稲作文化発祥の地といわれ、日本とほぼ同じ面積。
大部分が2,000m以上の高地で、全人口の3分の1は24の少数民族が占める。
貴州省は、中国四大高原の1つ。雲貴高原の一部を全省が占めている。
山が多く、この山間に点在する盆地に、人口の3分の1近くの少数民族が住む。

納西族など10余の少数民族が住む、麗江は、省都の昆明から600km。
標高2,416 mの高地に位置する、納西(ナシ)族自治県の中心都市。
南宋時代末期につくられた町で、かつては納西王国の都だった。
 
           麗江古城
          「麗江古都」の切手シート 「古城清流」「四方街」「納西民居」
             
      玉龍雪山
          「玉龍雪山」(5596m)を眼前に望む「雲杉坪」(3365m)へ 

玉龍雪山の展望台「雲杉坪」まで上がり、高山病に罹った人も多かった。
私は、リフトに乗るのが怖く、ひとり麓に残ったので、玉龍雪山のスケッチができた。

玉龍雪山の雪解け水が、やがて麗江の老街の石畳の路地を縫うように流れる。   
1996年の大地震に耐えた木造家屋は、1本の釘も角材も使わずに造られているが、
大地震の翌年、その価値が認められ、麗江老街は世界文化遺産に登録された。 
        
         麗江の街並

水路脇の路地でスケッチをしていると、野菜が入った籠を背負った納西(ナシ)族の女性が
観光客の間を縫うように通ったり、水路で野菜や鍋を洗っていたりと、女性たちは働き者だ。
それに引替え男性は、椅子を持ち出して将棋をさしていたり・・・。
4時を過ぎると、木製の扉が1枚ずつはめられて、「百歳小食」は店終い。スケッチも終り。
  麗江スケッチ click! 麗江老街  
     百歳坊通りの「百歳小食」*(click!)     納西族衣装のガイドさん         
           ナシ族
         「カエル」のような羊革を背負って野菜を洗う納西族の女性  

納西族は、中国の少数民族。約27万人。その内、麗江に18万人が暮らす。
蛙を模した背中の羊革、北斗七星のワッペン、胸の前で交差させた白い紐などが特徴の、
藍色を基調とした民族衣装。
切手の図柄の下部に「東巴(トンパ)文字」が描かれているが、納西族は、現存する唯一の
象形文字「東巴文字」、琵琶、笙、低故琴、銅鑼などで演奏される「納西古楽」など、
独特の文化を持つ。ナシ語はシナ・チベット語系のチベット・ビルマ諸語に属する。
中国・中国の旅

栗の季節を迎えて

2010年10月20日
今日は旧暦9月13日、「十三夜」。
「十五夜」の旧暦8月15日(9月22日)には、美しい「中秋の名月」がみられた。
「十五夜」は「芋名月」とも言われ、「十三夜」は「栗名月」とも言われる。栗の季節だ。

わが家の近所のお宅に栗の樹があり、万年塀の上から道路に枝を伸ばしている。
初夏、栗の可愛らしい花が道に散っていたかと思うと、夏には黄緑色の毬のような
実が転がっていて、初めて栗の実がなっていることに気づいたこともあった。

    栗の花
                                          2010.6.4       
                栗の実2010.9.9

         歩道

ずいぶんと昔になるが、絵を習い始めた頃、息子のクラスメイトのTさんのお宅の庭で、
栗の実をスケッチさせていただいたことがあった。
今は、お付き合いもなくなって、お宅の前を通ることもめったになくなったが、
今頃の時季、栗を見ると、あのTさんの庭の栗を想い出すことがある。
といっても、果物屋さんの店頭で籠に積まれた栗ではなく、道に転がった「毬(いが)」と
飛び出した栗の実を見たときにだが。

Tさんの庭でスケッチをした数年後、F先生のデッサン教室での色紙制作の時間には、
迷わず、そのときの栗のスケッチを思い出して選び、描くことにした。
今見ると、狭い画面の中にずいぶんと欲張ったためか、少々窮屈な構図だが、
F先生のアドバイスで、金の切箔を散らしたお陰で、少しは秋らしい雰囲気が出たように思う。

             色紙

栗といえば、信州遠山郷「下栗の里」で、雪のチラつく中、描いた栗も印象に残っている。
「下栗の里」は、日本のチロルとも呼ばれる長野県最南端の秘境で、「にほんの里100選」
(2009年)に選ばれた。
ここでスケッチした栗を4号の本画に描いたことがあるが、11月半ばのグループ展に
何とか間に合わせようと、再び、雪の中の「毬」を描き始めたところだ。
道に落ちている毬を、チクチクすると言いながら拾って来ては、何故これほどまでに
尖る必要があるのだろうかと、不思議に思いながら、棘のような毬を眺めている。
植物など

「民家園」でのお月見

2010年10月19日
旧暦9月13日にあたる明日は、「十三夜」。旧暦8月15日の「十五夜」(中秋の名月)が
「芋名月」と呼ばれるのに対して、ひと月後れの「十三夜」は、「栗名月」「豆名月」、
また「後の名月」とも呼ばれる。日本独自の風習のようだ。  

日本では、縄文時代頃から月を愛でる習慣があり、中国から仲秋の十五夜の祭事が
伝わると、平安貴族たちは、舟遊びで杯や池に月を映して楽しんだり、歌を詠むなどして、
観月の宴を催したといわれる。
満月を観賞することを「月見」「観月」というが、「十五夜」と「十三夜」に観賞することを
指すことが多い。古来、十五夜にだけ月見をするのを「片見月」と言って、忌み嫌ったという。

旧暦8月15日の月を「中秋の名月」、その夜が曇天で月が見えないことを「無月(むげつ)」、
当夜に雨が降ることを「雨月(うげつ)」と呼び、月が見えないながらも、ほの明るい風情を
愛でたとのことだ。

「中秋の名月」とは名ばかりで、「中秋の無月」と呼ばれるほど、十五夜の天気は悪いようだ。
気象予報士の森田氏によれば、「この頃、日本では、ちょうど秋雨前線が停滞して、ジクジクした
天気になることが多い。十五夜の風習は、中国から伝わったもので、この頃の中国、とりわけ
都が置かれた内陸部では、雨の日が眼に見えて減ってくる。つまり、十五夜とは、大陸性の
気候に合わせたもので、大陸と日本では、気候が随分と違っているのは当たり前
」らしい。
過去30年間の晴天率をみると、「十五夜」では40%、「十三夜」は57%だったそうだ。

また、俳諧の世界では8月14日、16日のことを特に「待宵(まつよい)」「十六夜(いざよい)」と
称して、名月の前後の月を愛でる。 「いざよい」は、月が躊躇(いざよ)うように出るからだそうだ。
夜ごと月の出が遅くなるが、地方によっては「月待ち」という風習がある。
十七夜の月は、立って待てるくらいの「立待月(たちまちづき)」、さらに、坐って待てるくらいの
「居待月(いまちづき)」。「臥待月(ふしまちづき)」は横になって待つ月、「更待月(ふけまちづき)」は、
夜も更けてから昇る月。そして「寝待月(ねまちづき)」とつづく。
   
              民家園

過日、世田谷区の次大夫堀民家園に立寄ったことがあったが、  (次大夫堀公園の民家園
ここで、「十五夜」前後の数日間、伝統的なお月見の様子が再現されることを知った。
出かけたのは「十六夜」の雨の午後だった。
東急線二子玉川駅前でバスに乗るときは小雨だったが、途中、次第に土砂降りになってきた。
傘をさして、ぬかるんだ園内を行くと、旧加藤家の主屋の縁側に、ススキなど秋の花、
お団子、さつま芋、果物、そして、なぜかお豆腐が供えられていた。

土間に足を踏み入れた途端、落雷があった。瞬間、目の前の樹に落ちたと思った。
雷はしばらく鳴りつづけ、雨の勢いは凄まじく、あっという間に外は池のようになった。
小止みになるまでどのくらいかかっただろう。畳に上がって、しばらく内側からお団子や
ススキを眺めていた。前夜、わが家近くで観た「中秋の名月」を想い出しながら。

お団子は15個だった。「十三夜」は13個になるらしい。さつま芋、円い果物のほか、
里芋、大根や南瓜などの収穫した野菜を供えたり、豆腐(「十五夜」には1丁、
「十三夜」は半丁)を供える地方もあるという。

       旧加藤家
                   雨の中の旧加藤家  
 
ところで、先月の中国語の授業で、私はこの民家園と中秋の名月の話をしたのだが、
中国から伝わったのは「十五夜」だけなので、黄老師は「十三夜」についてはご存じなかった。
また、日本では、月の兎が杵で餅を搗いているとされているが、この「月兎」の伝承も
中国では「白兎が不老長寿の薬を搗いている」のだそうで、日本ではなぜか薬が餅に
変わってしまったようだ。
旅・散策・イベント

「次大夫堀公園」の民家園

2010年10月18日
民家園というと、「江戸東京たてもの園」や「川崎市立日本民家園」などが思い浮かぶ。
「川崎市立民家園」には、子どもたちを連れて行ったことがあったが、ゴチャゴチャとした
印象を受けた。「江戸東京たてもの園」は少々遠いので、まだ、行く機会がないままでいる。

都内では、世田谷区立「岡本公園民家園」「次大夫堀(じだゆうぼり)公園民家園」が知られている。
「岡本公園民家園」には、旧長崎家住宅主屋(区指定有形文化財第1号)、土蔵1棟、椀木門と、
江戸時代後期の典型的な農家の家屋敷が再現されている。
ここは、以前、F先生と日本画デッサン教室で訪れたことがあった。何を描いたか忘れたが、
東急線二子玉川駅からバスに乗ったことははっきり覚えている。

「東急バス一日乗車券」を使っての小さな旅の途中、二子玉川駅に向かっていたとき、
「次は、次大夫堀公園」のアナウンスを聞き、咄嗟にボタンを押して下車した。
名前は聞いていたが、あれほど広い公園だとは!その公園の一角に民家園があった。
     
   次太夫堀公園

「次大夫堀」は、江戸の初期、稲毛・川崎領の小泉次大夫の指揮で開削された農業用水
(六郷用水)の別名。喜多見付近は、半ばごみ捨て場となっていた時期もあったようだが、
野川から取水して昔ながらのきれいな流れを復元し、水田をつくり、そこに江戸時代後期の
古民家と土蔵、納屋、消防小屋などを移築復元したのだという。

「民家園」は、名主屋敷(主屋1棟、土蔵2棟)、民家2棟、消防小屋などが復元されていて、
公園内の次大夫堀や水田とあわせて、江戸後期から明治にかけての世田谷の農村風景や
暮しが丸ごと再現されていることになる。
  
    民家園
         旧谷岡家住宅表門(内側)                     蔵

旧谷岡家住宅表門(区指定有形文化財)は、世田谷区内の長屋門3棟の1つ。
正面に向かって右手の部屋は「ドジ」、左手は「クラ」と呼んでいたそうだ。
「ドジ」は土間で、農具や大工道具をしまう納屋、「クラ」は米などを保管する板敷の穀倉。

 民家園
        火の見櫓                 「警鐘信号」            

七夕の頃、目黒区の「すずめのお宿公園」では、園内の古民家の軒先に笹が用意されていて、
私も短冊に願い事を書いて来たことがあったが、この「次大夫民家園」では、藍染、紙すき、
鍛冶、そば、木挽きなど、ボランティア団体による年中行事、伝承的民俗行事の実演のほか、
さまざまな体験教室が開かれ、昔ながらの生活や風習を肌で感じ取ることができる。
    
私が訪れたとき、「あちらで秋蚕が見られますよ」とボランティアの方から案内された
旧安藤家では、「養蚕」が行われていて、小さな蚕たちが園内栽培の桑の葉を
ムシャムシャと食べているところだった。
今月初めには、ここで育った繭での糸繰りの実演が行われたことだろう。

    民家園
         養蚕(秋蚕)が行われている旧安藤家住宅区指定有形文化財
  
民家園
 旧城田家住宅 江戸時代後期    旧加藤家住宅主屋区指定有形文化財

「さかや」と書かれた、旧城田家住宅(区指定有形民俗文化財第2号)では、本業の農業のほか、
酒屋を営んでいた。そのため、一般の農家に見られない造りをもっているそうだ。
ここの土間は、小さな売店になっていた。「午前中は大変でしたよ。小学生が大勢来て
賑やかだった」そうだ。近くの小学校の社会科見学だったらしい。私は見学もそこそこに、
よく冷えたラムネを買い求めた。普段、冷たいものは飲まないが、この日の暑さは格別。
縁側に腰掛けて飲んだラムネの美味しかったこと!美味しかったこと!

バスの途中下車で、思わぬタイムスリップを味わえた。この日の歩数は1万7千歩近かったが、
「いきいき歩数」は9千5百歩、「いきいき歩行時間」はたったの1時間半だった。
旅・散策・イベント

世界雑学ランキング

2010年10月17日
いつだったか、孫りんりんと、何気ない雑談をしているうちに、「世界でいちばん広い国」は
どこかという話になり、彼の言う「ロシア」に、私は「中国でしょ」と反論したことがあった。
彼は「違うよ。僕の地球儀みても、ロシアがいちばん大きいよ」と主張を曲げない。
「中国は日本の約25倍」と中国語の授業で習ったことくらいは覚えているが、
人名や国名など、もともとカタカナ表記ものに弱い私なので、世界史も世界地理も大の苦手だ。
父が愛用していた、大きな「世界地図帳」はすでにないし、ネットで確かめてみた。
                
面積は、断然、ロシアが1位だった。早速りんりんに謝った。
ロシアの面積は日本の約45倍。世界の陸地のおよそ8分の1を占めるそうだ。
カナダが日本の約26倍。米国(アメリカ合衆国)と中国がともに約25倍。
国土が広いと、同じ国の中でも、時差があることにもなり、例えば、ロシアは、
11の時間帯に分かれているそうだ。国土面積順では、日本は61位となる。
     児童用世界地図
         地球儀と図鑑が一つとは!     
  
中国が世界1というのは、人口だった。2位はインド。ただし、旧インドのパキスタン、
バングラデシュをインドに加えると、中国をかなり上回るそうだが。
3位は米国、4位はインドネシア。  

外務省の公式サイト「KIDS外務省」の「世界いろいろ雑学ランキング」を見ると面白い。
「羊の頭数の多い国」は、ニュージーランドやオーストラリアかと思ったが、1位は中国。
オーストラリアは2位。意外だったのは、「バナナの生産量の多い国」1位はインド。
フィリピンは2位で、中国が3位だ。

中国の市場では、よく山積みになったバナナを見かけたが、1度も食べたことはない。
思い出すのは、福建土楼の旅で見たバナナの樹だ。5年前の春、呉さんの案内で訪れた、
福建省永定県と南靖県の土楼(客家の里)に向かう車から、収穫の終わったバナナの樹や
バナナ売りのおじさんをよく見かけた。     
            南靖県 
                        福建省南靖県
          南靖県 
                     
「リサイクル率の高い国」「歴代外国人相撲力士の出身の多い国・地域」などというのもある。
世界地理や歴史に弱い私には、このKIDS用の頁が、わかり易くてちょうどよいHPのようだ。
つれづれ

ことわざに登場する猫 Ⅱ

2010年10月16日
秋祭りのシーズンだ。孫りんりんと行った近くの神社のお祭りで、「バナナのたたき売り」と
「ガマの油」の実演があるというので、行ってみようとしたが、時間が遅かったので諦めた。

縁日などで、客を惹きつけるために使われる、歯切れのよい、面白おかしい口上に、
「結構毛だらけ 猫灰だらけ」というのがある。ただ「結構」ということを言うための
言葉だが、同様の表現は多い。「いやじゃ 有馬の猫騒動」「蟻が十ならミミズは二十歳」
「恐れ入谷の鬼子母神」「その手は桑名の焼き蛤」「驚き桃の木 山椒の木」など。

猫が登場することわざの類は多く、枚挙にいとまがない。  (ことわざに登場する猫 Ⅰ

「猫の手も借りたい」
忙しいときには、誰かに応援を求めたい気持ちになるが、いよいよとなると、猫にでも
頼むしかないのだろうか。
「猫の手を借りる」ようになったのは、大正時代以降で、それ以前は「犬の手」も借りていた。 
むしろ、江戸中期から明治末期までは、犬の方が重宝されていたらしい。

わが家には、15年前まではいつも犬がいた。1匹をのぞき、すべて番犬として働いた。
犬がいなくなってからのわが庭は、いつの間にか、猫たちの庭になった。
わが庭で生れた4匹だけでなく、親戚猫たちもすでにノラ猫業を廃業しているようだ。
彼らの食住の手助けをしながら、彼らの行動を観察して面白がったり、癒されているわけだが、
彼らにそれ以上の役割を求めるのは無理というものだろう。

「猫も杓子も」                        (「猫も杓子も」のネコ
なんでもかんでも。どれもこれも。だれもかれも。
語源は、一休禅師の狂歌「生まれて死ぬるなりけりおしなべて釈迦も達磨も猫も杓子も」から
という説のほか、「猫のちょっかいが杓子に似ている」という、江戸時代の学者の説、
「女子(めこ)も弱子(じゃくし)も」(女も子供も)や「禰宜(ねぎ)も釈氏(しゃくし)も」(神も仏も)が
変化したという説、「寝子(ねこ)も赤子(せきし)も」が変化した説などがある。
    
   チビ2008.6
                    チビと子どもたち                   
「猫にマタタビ」
大好物のたとえ。また、服従させたり、大人しくさせるのに、与えれば効果が著しく
表れるもののたとえ。
昔、わが庭にキウィの苗を植えたことがあったが、翌朝は、たいてい、掘り返されていた。
キウィは、マタタビの仲間だから無理もないが。
当時、犬を飼っていたはずだが、夜中に侵入するノラ猫に気づかなかったのかもしれない。
最近まで庭の角にあったキウイは、あまり実をつけなかったが、何度かの植え直しのあと、
大きくなったものだ。
  
   ご飯まだ?2009.4
                   ごはんまあだ~?
「猫に鰹節」
大好物の鰹節を猫の傍に置くということで、みすみす過ちや危険を招くことをいう。
または、そのような危うい状況にあることを指す。これはキャットフードがなかった頃の話だ。
「鰹節」の前は、「乾鮭」「生鰯」などが、猫の好物とされていたらしい。
キャットフードに飽きた、わが庭の猫たちは、「猫撫で声」を出して鰹節を要求する。
ドライフードが入った器を「猫は跨いで通る」のだ。
好物のはずの魚なのに、猫さえ跨いで通るほど不味いという意味の「猫跨ぎ」
どうやら、猫たちは鰹節の味をしめたようで、困っている。
動物など

パンダは人気者

2010年10月15日
先月、神戸市立王子動物園で飼育されていた、パンダのコウコウ(興興 XingXing)が逝った。
上野の街は、絵や縫いぐるみのパンダたちであふれているが、上野動物園にパンダが
いなくなって久しい。美男美女がやってくる来年の春が楽しみだ。上野にパンダがやって来る

              上野駅前
               上野駅前 パーキング  台東区

上野とは大分離れているが、台東区と隣接している文京区に汐見坂がある。
汐見小学校西側の狭い坂道には、油石(硬質粘板岩)などで描かれたパンダがいた。
ほかにも、カエルと鳥の絵があった。

           鴎外記念館前
                 汐見坂(団子坂)  文京区      

この坂の上に森鴎外が晩年まで30年間住んだという「観潮楼跡」がある。
当時は海が見えたのであろう。
「観潮楼跡」は現在、鴎外記念室を併設した文京区立鴎外記念本郷図書館となっている。
   
     鎌倉橋~塚本橋
                       神田川沿いに       杉並区             

甲州街道の上北沢付近、「鎌倉街道入口」の丁字路から鎌倉街道を北へ行くと、
神田川沿いに「杉並区立塚山公園」がある。
ここは縄文時代中期の大規模集落跡で、下高井戸塚山遺跡の竪穴式住居が復原されている。
この神田川に架かる「鎌倉橋」から上流に歩いて行くと、柵にパンダが現れた。

初めて上野動物園にパンダがやってきたとき(1972年)、彼らの姿は勿論だが、
カンカン(康康 Kang Kang)、ランラン(蘭蘭 Lan lan)という名前も可愛らしくて、
パンダの写真集を買い求め、写真を見ながら模写のまねごとをしたり、縫いぐるみを
買ったりと、ずいぶんとパンダに夢中になったものだ。

パンダを見ようと、娘たちを連れて上野動物園に行ったこともあった。
まだ、カンカンもランランも元気だったころだと思う。

縫いぐるみのパンダは、本物そっくりの姿をした、20cmくらいの小さな置物のようで、
大のお気に入りだった。
パンダの玩具や縫いぐるみは、今は街中いたるところで見かけるが、当時は、まだ
珍しく、大切にしていて、子どもたちが中学生くらいまで、わが家にあったように思う。
このトラックに載っているパンダに似た大きな縫いぐるみもあったような気がするが。

              引越?
                 ただいま移動中   世田谷区
旅・散策・イベント

雨の日の運動会

2010年10月14日
運動会、体育祭のシーズンたけなわだが、わが孫たちの運動会は先週無事終了。
これまで、りんりんの幼稚園の3年間、ゆうゆうの保育園の2年間、延5回の運動会は
すべて好天に恵まれ、孫たちの成長ぶりを眺める絶好の機会となった。

今年は、りんりんの小学校とゆうゆうの保育園の運動会が重なった。
ごんさんと二手に分かれることも考えたが、小学生になったりんりんを見ようということになった。
だが、当日は朝から雨。小学校の運動会は延期になった。一方、保育園の方は、園近くの
小学校の体育館で行われるというので、急遽、保育園の運動会に行くことにした。

体育館に着いたのは、10時をまわっていた。ゆうゆうたち4歳児のかけっこ、踊り、綱引きは
終わっていたが、保育園の運動会はとにかく出番が多く、玉入れ、親子競技(ママ出場)、
親のクラス対抗競技(パパ出場)などには間に合って、十分に楽しめた。

印象に残ったのは、毎年恒例の5歳児による縄跳びと大縄跳び、そして踊り。
その5歳児の踊りは、昨年、一昨年と同じ「ロックソーラン」だった。
これは、北海道の伝統的な民謡「ソーラン節」を、民謡歌手伊藤多喜雄氏がロック調に
アレンジしたもの。稚内市の南中学校が「南中ソーラン」として踊り始めたのが最初で、
正調の「ソーラン節」よりテンポが早く、1曲の時間が比較的短いなど、若干の違いが
あるらしいが、「ドッコイショ」 という掛け声は同じだという。
どうやら児童用バージョンもあるようで、教材用ビデオが販売されていたりして、
小学校、保育園、幼稚園の運動会で踊られることも多いそうだ。

5歳児たちの「ロックソーラン」の前に、「阿波踊り」も披露してくれた。
2列で入場する、先導の女児と男児の手や足の細かい動きは、大人顔負けだ。
この2人は、きっと小さいときから高円寺の「阿波踊り」でも毎年踊っているのだろう。
「阿波踊り」を皆に教えてきたのは、先生ではなく、この2人だという先生のお話に感動した。

       阿波踊り
                           「阿波踊り」で入場

先導する2人の園児を見て、今年の夏、孫りんりんとスタンプラリー中に、JR三鷹駅で
偶然眼にした3歳くらいの男の子の姿を想い出した。「三鷹阿波踊り」のキャンペーンだった。
彼は踊りこそしなかったが、立派な「連」の一員のようだった。(「阿佐ヶ谷七夕まつり」に行く
因みに、阿波踊りといえば、四国三大祭、日本三大盆踊りの1つ、徳島の阿波踊りが有名だが、
徳島のほか、高円寺(杉並区)、南越谷(埼玉県)が「三大阿波踊り」として知られている。

    ロックソーラン

20人の5歳児がお揃いの衣裳を着て、元気いっぱいに踊る「ロックソーラン」。
観客席からは割れんばかりの拍手がつづいた。「ロックソーラン」を観るのは今回で3回目。
リズムに合わせた大きな動き、全員が揃っていて、いつも感心する。
幼稚園と保育園では、練習時間も違うだろうから比べても仕方がないとは思うが、
りんりんの幼稚園時代のお遊戯とは随分と違うものだ。       

来年の運動会は、2歳になったあいあいも参加する。もし、また、小学校と保育園の運動会が
重なったとしたら、迷わず「ロックソーラン」を踊るゆうゆうを見に行きたい。
来年は、太陽の下で、彼女たちの頑張る姿を見たいものだ。
身近な人びと

池上の絵タイル 本門寺の参道

2010年10月13日
池上本門寺の「お会式」は今日で終わる。池上駅(東急池上線)から本門寺への参道は、
そろそろ、「七五三」詣での家族連れで賑わい始めることだろう。

池上駅周辺のいくつかの通りには、花の絵タイルがあるが、    (池上の絵タイルⅠ  
本門寺への参道には、本門寺の1年間の行事が描かれた絵タイルがある。

 お会式 七五三

参道の脇には、「お会式」に描いてある「纏」のミニチュアを売っているお店もあるし、
日蓮宗の宗紋を模した煎餅を並べているお煎餅屋さんがある。
石段前の瓦煎餅屋さんには、纏がデザインされた「瓦煎餅」があったと思う。
    
 除夜の鐘 初詣
 
「本門寺の「除夜の鐘」は、わが家に居ながらにして聞くことが多いが、
初詣は、1月半ばに遅れることがあっても、本門寺にお参りして、ご朱印をいただく。
今年は、2日に初詣。おかげで「猿回し」の演技を楽しむことができた。
また、11日には、「梯子乗り」の妙技を初めて見て、お正月気分を十分に味わった。
   
 梅まつり 植木市
  
本門寺の「梅まつり」や「植木市」に行ったことはないが、本門寺の裏にある「池上梅園」には
何度か行った。だが、梅の時季には人が多く、せっかくの梅の観賞は落ち着いて出来ない。
秋冬に訪れたときは、池の周りで静かにスケッチすることが出来たが。
旅・散策・イベント

「お会式」と金木犀の香り

2010年10月12日
大田区池上の本門寺の恒例の「お会式(おえしき)」(「秋祭り2010」)は、明日が最終日。
お会式は、日蓮聖人(10月13日入滅)を偲び、10月11日から13日まで、3日間にわたって
行われる法要で、12日夜に行われる「万灯練供養(万灯行列)」は、700年余りの歴史がある。

全国各地から集まった「万灯」は、紙で作った桜の花で飾られた灯明輝く宝塔で、万灯講中は、
纏(まとい)に先導され、団扇太鼓、鉦、笛の音が響く中を、約2kmの道を練り歩く。
1つの万灯講中がお寺でお経、お題目をあげている間、次々に万灯講中が来るため、
順番待ちの長い行列ができる。この行列を「万灯行列」という。
お会式は全国各地で行われるそうだが、日蓮聖人入滅の地、本門寺のお会式が最も盛大で、
池上の町は深夜まで万灯の灯りとお題目に包まれ、参拝者は、毎年30万人にも上るという。        
       本門寺とポスター
         「お会式」のポスター      「法華経」に因んだ96段の石段  

俳句では「御会式」「御命講」「御影講」は秋の季語。「お会式」の様子は古くから
秋の風物詩として名高く、歌川広重の「名所江戸百景」にも取上げられている。
昨年暮、上野公園に飾られた(~2009.12.27)「浮世絵行燈」の中に、本門寺の講中の
様子が描かれた行燈があった。                 (浮世絵行燈100個
       
       金杉橋 芝浦 Click!
           『名所江戸百景』 「80.金杉橋芝浦」 (Click!)  

この画には、江戸講を結んで池上本門寺へ参拝に出かけた人々が描かれている。
金杉橋の高欄手前が参拝帰りの人たち、手前の一行は、本門寺へ向かうところで、
傘から垂れる赤い幕には「南無妙法蓮華経」のお題目が書かれている。

「お会式」が近いと聞くと思い出すのは、金木犀(きんもくせい)の香りと祖母のコート姿だ。
母に聞いた話だが、祖母は「金木犀が香ると思ったら、お会式なのね」とよく言っていたとか。
そして、「お会式」を境にコートを羽織ったのだそうだ。
金木犀が香るのは今頃だが、コートはまだ早いような気がする。50年も60年も前の
話かもしれない。昔は寒かったのだろうか。            (金木犀
以前、子ども連れで「お会式」に行ったり、絵の教室の帰りにお仲間と寄ったこともあったが、
あの人混みの中では、逸れないようにするのがやっとで、縁日を楽しんだり、万灯行列を
見物する余裕などなかった。そういえば、ここ何年もご無沙汰したままだ。

母の秋の句に「お会式」の句は見当たらないが、「金木犀」はよく出てくる。
その中の私の好きな句2首。今の私よりはるかに若い頃の作句だ。
    
    木犀の香の底にゐて日曜日
    
    門際の木犀掃かず客を待つ 
 

図書館に行く途中、金木犀の香りに気づいた。10月3日のことだ。
それまで緑の葉しか見えなかった樹が、よく見ると小さな橙黄色の花をつけていた。
4日、世田谷の烏山川緑道でも、あちらこちらから金木犀の香りが漂ってきた。
金木犀は、ある日突然、一斉に香り始めるようだ。
わが家の金木犀は晩生らしく、香り始めたのは5日だったが、「お会式」までは
待っていてくれなかった。
旅・散策・イベント

小型ロボット「エボルタ」 東海道を行く

2010年10月11日
今日は「体育の日」。運動会、体育祭やスポーツのイベントが行われるところも多い。
先月23日、「いくぜ東京→京都500km!」と日本橋をスタートした、小型のヒト型ロボット
エボルタ」も、京都の三条大橋を目指して、東海道を走っていることだろう。

これは、「充電式EVOLTA」(パナソニックのニッケル水素電池)で動くロボット「エボルタ」による
「東海道五十三次走破実験」。国道1号など公道約500kmを走破し、11月中旬の
京都三条大橋到着を目指すという。ロボットが将来、公道を歩くときのための実験だとか。

大八車を引きながら旅する「エボルタ」号は、身長17cm、大八車は全長40cmと小型で、
前方を走る赤外線センサー内蔵のカメラカーが発する赤外線を検知し、自動追尾する
仕組みで、走行は明るいうちのみ、充電は1日1回だそうだ。
ロボットのお腹にはコンピューターが内蔵されており、平地では時速2~3km程度だという。

「EVOLTA」は世界1の長持ちを実現し、ギネス世界記録にも認定された単三形アルカリ乾電池。
この乾電池を使ったロボットがアメリカのグランドキャニオンの登頂に成功したり、
フランスのル・マンサーキットで24時間耐久走行に成功したが、今回は3回目の実験。

   エボルタ

ラジオで「エボルタロボット」のことを知ったのは、日本橋をスタートしてから1週間ほど
経ってからだった。大八車を引くロボット?! 実際に「エボルタ」号に会ってみたくなったが、
すでに品川宿や川崎宿は通過していた。「エボルタ」の動画サイトで見るしかないようだ。
今日は「沼津宿」からスタートするらしい。

日本橋から1つ目の宿場町は品川宿。だが、「エボルタ」号は、品川宿に向かう途中に、
江戸の南の玄関口として造られた高輪大木戸の跡地(港区高輪)で最初の障害物に遭遇し、
迂回したそうだ。
ここは、かつての名残の石垣が歩道を占めていて、ちょっとした休憩所のようになっていた。
私がここで案内板を見ていると、ちょうど昼休みだったせいか、近くのビルから出て来た
大勢の人たちが通り過ぎていった。

     高輪大木戸
                     高輪大木戸跡
  
品川宿には「土蔵相模」と呼ばれた大きな旅館があり、高杉晋作、伊藤博文など、
幕末の志士たちが密議した大妓楼があった。当時の品川は、江戸を発つ旅人とその見送り、
江戸入りする人とその出迎えで賑わっていたという。

           品川宿
            街道松の広場の「浜松宿の松」   品海公園 北品川
        広場の猫

この宿は、何度か、スケッチに訪れたが、ブラブラと商店街を歩くだけでも楽しい道だ。
旧東海道沿いに、五十三次の各宿場から贈られた「街道松」を植えた一画があるが、
「街道松の広場」を通る度に、縁台で気持ちよさそうに昼寝をしている猫を見かけた。
大八車を引いて通った「エボルタ」号を見ても、彼らは昼寝をつづけていたに違いない。
旅・散策・イベント

ミケの子シロとラスカルの子

2010年10月10日
ラスカルたちの子育ての様子をご紹介したのは先週だったが、 (ミケとラスカルの子育て
この日の夜遅く、さいとうさんから、わが家の前の道路に猫が倒れていたという電話があった。
案の定、5月生れの、ラスカルの子だった。車に当って死んだらしい。

         ラスカルJR
               生後5ヶ月で逝ったラスカルの子

大分人に慣れて撫でさせるまでになっていたというのだが、翌朝、仕事を休まれたさいとうさん
ご夫妻によって、子猫はお寺で手厚く葬られた。
       
車の下を覗いたりと、いなくなった子猫を探し回っていたラスカルの姿が痛々しかったそうだ。
車の怖さを知らないのか、よく道路の真ん中に出てくる猫たちを心配していた矢先だった。
やはり5月に生れたミケの子どもたちが、今、道路でチョロチョロし始めている。
昨年のターノの事故死から、さいとうさんは、道路脇にお花を供えている。(ターノの戒め
これ以上、犠牲者が出ないように願うばかりだ。

ところで、秋になって目立ったことは、それまでさいとうさんのところを本拠地にしていた
ミケの子シロが教育係のククに誘導されるように、わが庭にやってくるようになったことだ。
トラは、ククと一緒に来たときは遠慮しているのに、シロだけでやってきたときには、
ここは自分のところだと言わんばかりに譲らない。シロは諦めず、大人しく順番を待つ。                         
                                       (戻ってきたシロ
      ククとシロ
             シロと教育係のクク   並んで食べるのは珍しい

長い夏が終わって、シロさいとうさんのところとわが庭と半々に往き来するようになった。
朝、雨戸を開けると、すぐ目の前に待っていたり、塀や石の上でくつろいていたりと、
何も知らない人が見れば、わが家の飼い猫かと思うに違いない。

    シロ
                              1歳になったミケの子シロ
   
ククが、そろそろシロの教育係を切り上げて、ラスカルの子たちの保育係を引受けていれば
事故は防げたのではと思うのだが、親戚とはいえ、猫たちにも相性の良し悪しがあるのだろう。
動物など

多摩川の河川敷

2010年10月09日
川向うの川崎市が、9月の1ヶ月間、高津区の多摩川河川敷のバーベキュー場利用を
有料化してみるという、社会実験を行ったという話を聞いた。
この実験は、二子橋を起点に上下流約400mの範囲の河川敷を指定して行われたもので、
1人500円を支払ってリストバンドを受け取った人のみが利用でき、利用時間も
午後6時までに制限された。ゴミは分別して所定の場所に捨てることになった。

このエリアは、田園都市線二子新地駅に近いなど交通の便が良く、バーベキューをする人、
釣りをする人など、多くの人たちの人気を集めているが、若者達がカラオケを始めたり、
花火をしたり、ゴミが散乱したりと、騒音やゴミ問題で環境が悪化。
利用者のマナーの悪さに近隣の住民が音を上げ、苦情も絶えなかったそうだ。

ここで徴収した料金を、これまで公費で賄っていたゴミの処理費用に充てる計画が、
市民に受け入れられるかどうかを見極める実験だが、有料化された9月も利用者は減らず、
大きなトラブルもなく、逆に、家族連れが来やすくなったと、概ね好評だったようだ。
市は、国からこの土地を借り、バーベキューができる市立公園をつくる計画を立案中だという。

10月になって、社会実験は終わり、その後の河川敷はどうなったのだろう。
ゴミは持ち帰ること、騒音を出さないなど、当然のことが守られていればいいのだが。
 
 丸子橋付近
      東横線が渡る               丸子橋付近の河川敷 (大田区)

多摩川の河川敷といえば、色々と思い出すことが多い。
昨年のお正月、「どんど焼き」を初めて見た。広い河川敷で、消防車が控えている中で
点けられた火は燃え上がり、お汁粉と甘酒で新年を祝った。  (多摩川のどんど焼き
春はガス橋近くの土手でお花見をし、夏は打ち上げ花火を見たりしたことも度々ある。
犬の散歩ではほんの数回行った程度だが、スケッチ会では、川崎市側にもよく足を運んだ。

何といってもわが家では、息子がもっとも多摩川河川敷と縁が深かったと言えそうだ。
小学4年生のとき、近所の3年生ケイ君と一緒に、少年野球のチームに入った息子は、
練習や試合などで、毎週のように河川敷に通った。
親たちも当番があり、ポットを持って駆け付けたものだ。

グラウンド                    

野球の方はともかく、毎年正月、河川敷で行われるマラソン大会でいい成績をおさめ、
自信をつけたことが、高校時代、陸上部で活躍?することに繋がったのだと思う。
大学でラクロスを始めた彼の練習場も多摩川河川敷だった。(大学は多摩川と離れていたが)
途中退部するまでの2年間だったが、早朝や休みの日などよく出かけて行った。
今や、「イクメン」になって育児も頑張っている息子だが、彼の体力も気力も、この河川敷で
培われたものといえるかもしれない。 
        
私は、時間に余裕があるときは、東急線二子玉川駅から多摩川の土手沿いの道を行く
「多摩川駅行」のバスに乗ることが多い。
土手沿いの桜並木が途切れると、グラウンドで球を追いかけている少年たちや学生たちが
眼に入る。息子の少年野球で通った頃を想い出しているうちに、巨人軍のグラウンドだ。
そして丸子橋。かつてこのあたりに現れた「たまちゃん」はどうしただろう。
そのうち、河川敷を自転車で走ってみよう。せっかく、サイクリングロードがあるのだから。
旅・散策・イベント

チョウセンアサガオ

2010年10月08日
今日は24節気の1つ、寒露。冷気が加わって、草花に冷たい露が宿る頃。
秋の長雨が終わり、秋も深まり始める頃で、東日本ではもみじの紅葉が始まる。
この頃に運動会が開催される地域が多い。

チョウセンアサガオ  ナス科 チョウセンアサガオ属
              学 名  Datura metel
              和 名  朝鮮朝顔
              別 名  ダチュラ  曼荼羅華(マンダラゲ)  キチガイナスビ
              原産地 南アジア

           チョウセンアサガオ

草丈は1mほどで茎はよく枝分かれする。大型で卵型の葉を持ち、夏に10~15cmほどの
漏斗状の白い花を上向きに咲かせる。
実は球形で短いとげが多数付いており、熟すと割れて種子を飛ばす。
和名のチョウセンは特定の地域を表すものではなく、単に海外から入ってきたものの意味。
花がアサガオに似ていることから、アサガオ(ヒルガオ科)の名が冠されてはいるが、ナス科。

江戸時代、明治時代に薬用植物としてもたらされ、鎮痙薬として使用されたとされる。
世界初の全身麻酔手術に成功した江戸時代の医学者、華岡青洲が精製した麻酔薬が
本種を主成分としていたので、日本麻酔科学会のシンボルマークに採用されているという。

数年前、突然、わが庭に出現して以来、毎年、夏に白いじょうご形の花を咲かせる。
柿の実にイガイガが付いたような果実が裂けて、その種子を鳥が運んできたのかもしれない。
種子も毒で、ゴマ状の種子を、胡麻と間違えて食べ中毒を起こした人もいるという。
鳥は中毒をおこさないのだろうか。わが庭の猫たちは、大丈夫だろうか。
種子、根、葉、花、汁液とすべてが毒で、花をさした花びんの水を誤って飲んだり、
花に触った手で目をこすったりすることも危険だそうだ。

      空地に
              「ヨウシュチョウセンアサガオ」

夕方、近くの空地の一隅でも、一面に淡紫色がかった「チョウセンアサガオ」が咲いていて、
幻想的な美しい空間をつくっていた。
葉にギザギザがあるので、「ヨウシュチョウセンアサガオ」らしいが、いずれにしても、
美しい花には、棘や毒があるというのは、本当かも知れない。
数日後、再びここを通ったら、すべての草木は刈られて、建築予告の看板が立っていた。

園芸関係では、春から秋にかけて白、ピンク、黄色、紫色など、トランペットに似た花が咲く
「エンゼルトランペット」、或いは「キダチチョウセンアサガオ(キダチチョウセンアサガオ属)」を
「ダチュラ」「チョウセンアサガオ」などと呼ぶ場合もあるが、キダチチョウセンアサガオ属は
茎が木質化する多年草のグループで、明確に種類の異なるものだという。(Wikipedia)

塀より高く伸びた「エンゼルトランペット」に、下向きに垂れて咲く花を見かけることがあるが、
この木のような植物が「ナス科」に属しているとは、何とも不思議な気がする。
植物など

酷暑のあとは長雨?

2010年10月07日
各地で異常気象や記録破りの現象が見られた今年の夏。
さすがの猛暑も、お彼岸頃には和らぎ、運動会や遠足のシーズン到来となった。
今度は秋の長雨が気になってくるが、これは平均すると17日間で、平均40日間という
梅雨に比べれば短いが、34日も降り続いた年(2005年)もあったようだ。
今年はどうだろうか。

ずいぶんと昔のことになるが、運動会シーズンの頃、外で飼っていた柴犬チビが、背中の毛が
抜けるという皮膚病に罹ったことがあった。
長雨のせいだと獣医さんに言われたのだが、梅雨時にはなぜか、罹らなかった。
おかげで、「秋の長雨」は、私にとっては、チビの皮膚病を連想させる言葉になってしまった。

              チビ
                   15歳のチビと表彰状

それにしても、静かにシトシト降る雨ならまだ我慢もできるが、短時間集中型の大雨
「ゲリラ豪雨」が増えてきていることは問題だ。
今年7月、私は初めて「ゲリラ豪雨」を体験した。夜7時頃だった。(「ゲリラ豪雨」初体験
『お天気キャスター森田正光の知っておきたい いまどき お天気事情』によると、
都心では、ヒートアイランド現象により、雨の降り方にも変化が起きているという。

それも午後の早い時間、或いは夜遅い時間に多くなっている。
森田氏によれば、これら「前倒しの夕立」が起こり易いのは、地面が温まるのに
時間がかからず、早めに上昇気流が発達するからで、「遅刻する夕立」は夜になっても
地表面が冷めにくいため、海風が入り込んで雨雲が発達しやすいからだとか。

         ゲリラ豪雨 2010.7.5
               西武線石神井公園駅  練馬区
    
今年、東京の真夏日は71日(9/22)に達し、東京以外でも、前橋82日、横浜68日、
岡山88日、高松86日など、各地で最多記録を更新したという。
昼間の高温も大変なものだが、夜の気温が下がらないことも深刻な問題だという。
100年前、都心の熱帯夜(日最低気温25℃以上)は数日だったが、50年前になると、
15日前後に増え、最近は40日をはるかに超えるようになったそうだ。

夜の気温が下りにくい原因は、熱を溜めやすいアスファルトやコンクリートが増える一方の
都心では、夜も余分な熱が残っているために熱の放出が続く。この耐えがたい蒸し暑さに、
冷房もフル回転。さらに大量の熱が排出されるという悪循環が続くことになる。

森田氏の本を読んでいて、改めて驚いたのは、変わりつつある都市気候が地球全体に
影響を及ぼしているということだ。気温1℃の変化は、緯度100kmの違いをもたらす。
つまり、気温が1℃高くなると、それだけ南に100km移動したことになるのだそうだ。
昔より5℃高くなった東京は、500kmも南下したことになり、100年前の九州南端の
気候になっているのだとか。

以前、大田区の田園調布や大岡山などで、夕方になるとインコが群れをなしているのを
何度か見かけたが、薄暗い空に鮮やかな緑色の鳥が飛びまわるのは、少々、不気味だった。
飼われていたインコが逃げ出して、暖かい東京の冬に適応できるようになったからといわれる。

恐ろしいことに、こうした温暖化で、蚊の生息可能地域が北に広がり、マラリアやデング熱は
日本国内でも感染者が発生するようになるという。つまり、気温が3~5℃上昇すれば、
蚊の発生が10倍以上になり、患者数は年間5千から8千万人も増加するといわれる。

だが、森田氏によれば、異常気象は「いつもとは違う天候」くらいに受け取る方が適当だそうだ。
「異常」は、「Abnormal(アブノーマル)」といった印象を受けるが、「Anusual(普通でない、珍しい )」
「Exceptional(並はずれた)」で、つまり、30年に1度あるかないかの頻度で起こる現象だという。

それにしてもこんな暑い夏は初めてだった。とはいえ、「こんな夏初めて」だとか、
「今年の暑さは異常だ」という言葉が毎年聞かれるようになると、異常が異常でなくなり、
毎年のこと、いつものことになっていくのかもしれない。
つれづれ

「風景印」 世田谷区 Ⅰ

2010年10月06日
今年は一段と暑い夏だったが、我ながらよく歩いたと感心する。「風景印」のお陰だろうか。
世田谷に風景印のある局は20局。京王線、小田急線、井の頭線、世田谷線、大井町線の
沿線に散らばっている。出かけたついでに郵便局に寄るので、なかなかに大変だ。

世田谷局  豪徳寺駅前局  
 世田谷 豪徳寺駅前
   招き猫  区の花 鷺草 駒沢公園      招き猫 豪徳寺 小田急ロマンスカー

    豪徳寺
     豪徳寺駅前の招き猫                  豪徳寺    
                             
室町時代、吉良氏が世田谷城を構えていたが、小田原城落城と共に、城は廃城となった。
城の南東の端には、当時の堀割や土塁の1部が残り、現在は世田谷城址公園となっている。
城址公園の北にある豪徳寺も、もとは世田谷城の敷地内だったようだ。

豪徳寺は、招き猫発祥の地といわれ、彦根藩主井伊直孝が鷹狩に来た折、この寺の猫に
手招きされ、落雷から逃れられたという伝説がある。後に井伊家の菩提寺になった。
幕末の大老井伊直弼の墓もある。             (世田谷区の2本の緑道
招猫殿には、大小さまざまの招き猫が奉納されていたし、売店にも色んな猫が並んでいた。
散々迷った挙句、極小サイズと座布団付きの小サイズの招き猫を買うことにした。

駒沢局  駒沢二局
駒沢 駒沢二
  駒沢公園 記念塔と体育館            区の花 鷺草 常盤塚 駒沢公園

駒沢公園記念塔 駒沢公園体育館

駒沢オリンピック公園は、世田谷区と目黒区にまたがる公園。1964年に開催された
東京オリンピックの第2会場として、バレーボール、サッカーなどの試合が行われた。
常盤塚は、奥沢城主の娘、常盤姫と鷺草の伝説にまつわる塚。      (鷺草
   
九品仏局 玉川局
九品仏 玉川
    カヤの樹 阿弥陀如来像          釈迦如来像  多摩川と二子橋

開山は1678年。この地は、もともとは世田谷吉良氏系の奥沢城だった。
広い境内には3つの阿弥陀堂があり、それぞれに合計9体の阿弥陀如来像が安置されている。
それぞれの仏像は、上品上生(じょうぼんじょうしょう)、上品中生、上品下生、中品上生、
中品中生、中品下生、下品上生、下品中生、下品下生を表しているそうだ。

「九品仏」(くほんぶつ)とは、9体の阿弥陀如来像のことで、この九品の仏から、
浄真寺は通称「九品仏」と呼ばれている。
阿弥陀如来像(9体)、釈迦如来坐像が都の文化財に指定されている。

 浄真寺など
    カヤの樹        九品山浄真寺総門        二子橋と多摩川

境内にあるカヤの樹は、イチョウとともに、都天然記念物指定。幹周5.3m 樹高約31m。
カヤは碁盤の材料として良く知られるが、実が食に適し油もとれて極めて有用なことからか、
多くの寺社で植栽されてきた。
特にここのカヤは、都内では、同じ世田谷野毛の善養寺の大カヤと並ぶ。 
また、境内の鷺草園は、小規模になったが、夏には、白鷺のような可憐な花が咲き揃う。

        鷺草

等々力局
 等々力 等々力渓谷
   等々力渓谷   区の花 鷺草            等々力渓谷

等々力渓谷は、都内唯一の渓谷。昨年の春、気功の後、MさんとIさんと3人で、
桜吹雪の中、渓谷を歩き、等々力不動の花まつりに参加したことを想い出す。

花まつり
                等々力不動  花まつり        
旅・散策・イベント

ミケとラスカルの子育て

2010年10月05日
「暑さ寒さも彼岸まで」とはよく言ったものだ。秋分の日、前日までの酷暑が一転して、
驚くほど涼しくなった。長袖を引っ張り出したり、半袖をしまうべきか迷ったりと大騒ぎ。
わが庭の猫たちを見て、衣替えの必要もないとちょっぴり羨ましく思ったり、
毛皮を身にまとって酷暑の夏を過ごしたのだと思って、感心したりする。

このところ、彼らは、庭の食堂?にちょくちょく顔を見せるようになった。
朝、雨戸を開けると、朝食を待っていたのか「遅いじゃないの!お腹空いた~」と伸びをする。
メンバーは、わが庭で生れた、来月3歳になるケシクク、そして2歳半のトラアミ
夏のように、ちょっと口をつけただけで、ほとんど食べ残して去ってしまうことはなくなった。

ミケの子どもたち             (ミケの子どもは4匹だった
彼らにまじって、親戚猫ミケの子シロが、わが庭で食べるようになった。
この夏、1歳になった彼は、わが庭とさいとうさんのところを往き来しているようだ。
シロの兄弟、クロの姿は、このところまったく見かけなくなった。
今年5月、ミケは2度目の出産をし、わが庭の北側で子猫を育てていた時期もあった。
    ミケの子7.13
           自転車の籠の中で遊ぶ   生後2カ月
          
その後、子猫たちをどこかに移して以来、ミケはわが庭には来なくなったが、
たまにさいとうさんのところや駐車場で子猫たちを遊ばせているのを見かける。
   ミケと   8.9
        3匹で遊ぶ           尻尾にじゃれる   生後3カ月
  子猫たち   8.9 

ラスカルの子どもたち                  (ラスカルの子育て
今年5月、ミケとほぼ同時に2度目の出産をしたラスカルは、7月になると、
子猫たちを近所の路地や駐車場で遊ばせるようになった。

     ラスカルと子猫
               ラスカルと生後2か月の子どもたち           7.2  

           ラスカルJr  9.15
             ラスカルとそっくりの尻尾  生後4ヶ月

先月下旬、隣家の犬が吠えたてていると思ったら、床下に子猫が入りこんでいたらしい。
ごんさんによれば、隣家のご主人が、生れて間もない子猫たちを取り出して、
さいとうさんが発泡スチロールの箱に保護して、子猫を探し回っていたラスカル
箱の中の子猫を示しながら、自宅の庭の物陰に移したそうだ。
翌朝、箱の中は空っぽになっており、ラスカルは子猫たちをどこかに移したようで、
その後、だれも子猫たちをみかけていない。

調べてみると、猫はなんと出産後2ケ月で再妊娠し、妊娠期間は約2か月間だという。
ラスカルは、一昨年冬、原因不明の病気で2週間も入院し、退院後は、警戒心が
いっそう強くなり、手術しようにも捕まらなくなった。        (ラスカルの病状
昨年夏、初めての出産(育ったかどうか不明)。今年5月に2度目の出産。
そして、4ヶ月後、今回の出産ということになる。

ミケも捕まらず、昨年夏、シロクロを生んだが、わが庭のククが教育係を務め、
彼らは1人前になった。今年5月、ミケは再び出産した。
ラスカルの入院費用やシロクロを始め、地域猫たちの手術費用などは、すべて
さいとうさんが負担されている。さいとうさんのお宅には、8匹の飼い猫がいるのだが。
わが家が負担したのは、わが庭で生れた4匹とその母猫チビの手術費用のみ。
動物など

頭痛の種食べる?

2010年10月04日
月に数回、小学1年生の孫りんりんが、放課後、直接わが家へ電車で来ることがある。
到着後は、ごんさんと将棋を2回ほど指す?ほか、わが家に置いてある歴史漫画や年表を
眺めたりしているうちに夕食になるので、ランドセルは開けずにそのままだ。
     
2学期になってから、泊ったことが2度あった。ランドセルには、筆箱や持ち帰るべき
体操着が入っていなかったり、学校からのお知らせが入っていないこともあった。
また、「今日は祖父の家に帰宅させます」と記入した「連絡帳」や毎日書いている「日記」が
未提出のまま、ランドセルの中だったりする。面倒臭がりなのか、何かに夢中でほかのことに
気が回らないだけなのか、担任の先生がやさしいこともあるが、どうなっているんだろう?!
我々はともかく、母親の頭痛の種はなくならない。    
     従妹同士
                 従妹のゆうゆうには気を遣う

頭痛の種で思い出したが、「頭痛の種」を食べてくれるという「バッファリス」という
リス?がいるらしい。電車内で見た、解熱鎮痛薬「バッファリン」の広告でだった。

先日、ラジオの「バッファリス」のサイトで、年代、職業を選んで、頭痛の種のタイプを
「仕事・勉強」「恋愛」「友人・家族」「美容・健康」から選択して、スッキリしたいことを
入力すると、その種をバッファリスが食べてくれて、慰めの言葉をかけてくれる、と言っていた。
何でもこの1年間に100万人以上のアクセスがあったという。20代、30代が多く、
女性だけでなく、男性からもあるという。「痩せたいけれど、お酒だって飲みたい~」
「姑とうまくいかない」とか、様々な悩みがあるそうだ。

ほかの人の書き込みを読むこともでき、「自分だけでない」と安心できることも、
なおさらアクセス数を増やしているのかもしれない。
開設当初、1匹だった「バッファリス」は、現在、3匹に増えたとか。リスたちの登場で、
世の中の頭痛持ちが減っても、鎮痛剤の売上げが落ちる心配はなさそうだ。

因みに、身近に「愚痴を聞いてくれる人がいない」という人が多く、どこだったか、
会社に電話をかけて、愚痴や悩みを喋ることで、ストレスを解消させる人たちも多いそうだ。
家庭内のこと、社内の人間関係など、1人で1時間も喋った人もいるのだとか。
それでスッキリするなら楽なものだが。
   
      渋谷
         東急5000系車両(アオガエル)内のりんりん  ハチ公前広場にて       

忘れ物の天才?りんりんは、1学期、上履きのまま帰って来たり、ランドセルを学校に
忘れて?置いてきたこともあった。2学期になってからも、忘れ物をし続けているようだ。
母親にとっては、これは頭痛の種であろうが、母親仲間同士のメールで解消しているようだ。
特にバッファリスのお世話になることもないのだろう。

彼がわが家に泊ったときには、「こうしたら忘れない!」という秘術を伝授しようと、
アメとムチ方式でじっくり話をするが、翌朝になると、また、忘れん坊に戻ってしまう。
元気よく登校し、ちゃんと靴を履いて、無事にランドセルを持ち帰ってくれれば良しとしよう。
身近な人びと

ぞうさん「緑化マット」

2010年10月03日
電車に乗ったとき、乗降口の上にある画面で、トレインチャンネルのニュース、天気予報、
占いなどを見るが、たまに見る「暮しのエコナビ」(パナソニック)シリーズは面白い。
このシリーズは、1週間単位で、山手線、中央線、京浜東北線、東急線車内で放映されている。

         トレインチャンネル

先日見たのは、屋上緑化に関するエコの「ぞうさん緑化マット」篇。(9/13-19)
屋上庭園の芝生が映り、「この屋上緑化には、ある意外な動物が関係している」が、
「その動物は?」との質問。ひつじ、うさぎ、ぞうの絵が登場する。正解は、ぞう!
芝生の床は、象のフンで出来ているのだという。

通常の屋上緑化には、大量の土が必要だが、象のフンは、繊維質たっぷり。
象のフンに、ヤシ殻を混ぜることで、軽量なマットがつくれるそうで、このマットは、
保水力が高く芝生も育ちやすく、「街の緑化とリサイクルをひとつにしたエコ」だという。
行きと帰りの2度見た広告だったが、帰宅後、象のフン+ヤシ殻=マットということは
覚えていたが、選択肢の動物、象と兎ともう1つが思い出せない。
情けないことに、羊を忘れていた。

マットの生産地は、スリランカ。象のフンやココナツミルク工場から排出されるヤシ殻の
活性炭をプレス成形し、ヤシの繊維で編んだメッシュで覆うのだという。
ヤシの実の繊維から出来ているヤシ殻は、マット内に適度な空気層を保持し、それが
根腐れを防ぐそうだ。芝の栽培には遊休農地を活用し、フンに商品価値をつけることで、
絶滅の恐れがある象を保護することにもなるのだという。

象のフンで出来た便箋や封筒など、「ぞうさんのうんち100%の紙」を文具店で
見かけたことがあった。まだ、私は買ったことはないが、これも立派なリサイクルだ。
こういった紙を使うことも、自然環境を守ることにつながっていくのだろう。

西洋芝が植えられたマットは、持ち運び可能。保水力に優れ、夏以外は水やりが不要。  
雑草も生えにくく、土の流出もなし。100%自然素材で、可燃ごみとして処分できる。
屋上緑化にはもってこいだという。
  屋上
           ビルの屋上緑化      シビックセンターより  文京区

そういえば、公園の花壇の土や生ゴミと共に捨てられる「不要になった園芸土」だが、
23区で初めて目黒区が定期的な回収を始め、再生された土は無料で配られたという話は、
このトレインチャンネルの「園芸土リサイクル」篇で見たものだ。(ごみゼロの街づくりを

芝生以外にも、東京都と花壇苗生産者団体が共同開発した「東京花マット」がある。
スミレ、キキョウなどの身近な草花10種ほどを組合せた「野の花マット」もブームだとか。
これは、福島県の種苗会社が開発したもの。
花や植物を平らなトレーで育て、根をマット状に成形させたもので、軽くて薄いことなどから、
傾斜面や垂直面での利用も出来、緑化困難だった建物でも植物を育てることが可能になる。

           ビルの壁面
               環七沿いのビル壁面の緑化       目黒区
       
こうした植物のマットが普及し、都会の緑化が進めば、ヒートアイランド対策だけでなく、
チョウやバッタなどの虫たちが集まり、野鳥たちもやって来て、小さな自然が戻って
来るかもしれない。
植物など

中秋の名月&スカイツリー

2010年10月02日
中秋の名月が望めた9月22日の翌朝、ラジオ(TBS「森本毅郎スタンバイ!」)の
「朝刊読み比べ」を聞いていて、思わず笑ってしまった。
朝刊各紙が、1面に載せた「中秋の名月」の写真は、各紙とも見事に足並みが揃って、
「建築中のスカイツリーと月」の組合わせだったそうだ。
番組スタッフの皆で、どの新聞の写真がいいかという、投票を試みたという。
何人のスタッフだったのか、その結果は、1位が朝日新聞で、2位は産経新聞だったそうだ。 

朝日新聞は、月がちょうどスカイツリーの真上にすっぽりと乗っかった構図だとか。
ネットで見ると、「今年はまだスカイツリーの頭の上 中秋の名月」という見出しで、
確かに月はスカイツリーの頭の上に乗っている。まるで剣先に刺さった剣玉のようだ。

            新聞
              読売新聞               産経新聞

産経新聞は、「新名所にポッカリ」という見出し。雲に包まれた月が風情があるというので、
2位になったらしい。「22日夕、東京スカイツリーの背景に中秋の名月が浮かび上った」と。
読売新聞は「ツリー頭上 中秋の名月」という見出しで、朝日新聞の月よりはるか上空にあった。
厳しい残暑に見舞われたこの日の午後、都心の気温が30度を下回ったのは、
日が沈んでから。わずかな残照でうっすらと見えるツリー最上部から伸びる2本のクレーンに
挟まれるようにして、名月はクッキリと顔を出した
」と。   
                     
私がお勧めの「スカイツリー スポット」は、上野だ。東京都庁や文京区シビックセンターからも
見たことはあるが、やはり、ここからの方がいいように思える。
昨年の11月から、上野に出かけたときは、科学博物館に足を伸ばして、地球館屋上から
「スカイツリー」が伸びて行く様子を眺めることにしている。 (新しい電波塔「スカイツリー」
地球館屋上東側の柵には、今年春頃まで、そこから見えた「スカイツリー」の写真が
張ってあったが、夏に訪れたときには、すでに撤去されていた。
           2009.8.21      
                118m   2009.8.21撮影のスカイツリー 
 
その写真を撮影した時の高さは118mだった。
公式サイトをみると、2008年7月に着工の「東京スカイツリー」は、そのときの高さが、
「NOW ○○○m」と表示され、工事の進み具合がわかる。
私が科博屋上から初めて見た昨年11月末は、215m。年末には、245mになっていた。      
          スカイツリー
            245m  2010.1.7         338m  2010.4.4          
        スカイツリー
            428m  2010.8.27         470m  2010.9.29

「中秋の名月」の3日後、スカイツリーの高さは470mになった。
こうして1ヶ月違いの2枚を並べてみると、向って左隣りのビルも工事中で、負けずに
大きくなっていることがわかる。

今月13日の夜、3時間だけ、スカイツリーが試験的にライトアップされるそうだ。
南西側の根元や第一展望台の1部だけだが、光は粋の水色と雅の江戸紫の2色だとか。
公式サイトの画像(パナソニック)を見ると、スカイツリーが月光の発光体になったようで、
あたりが月の光で包まれているような、幻想的な情景を作っている。
たまにはこの画像を開いて、自宅の居間でライトアップされたツリーを楽しむのもいい。
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