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「早く」言うの?「速く」言うの?

2011年01月31日
「さやか、行くわよ!」 「ママ~ お店に 帽子 わすれちゃった
「それ、はやく言いなさいよ~」 「(早口で)ママ ボウシワスレチャッタ!」
ラジオのCM(カルピス)が面白い。何回きいてもクスッと笑ってしまう。

ママは「早く言いなさい」と言ったのに、さやかちゃんは「速く」言いなおしたというわけだ。
時間がはやいのは「早(zao)」で、スピードがはやいのは「快(kuai)」と表す中国語では、
こんな会話もCMも生れないだろう。

中国語の謎々に「日本で一番はやい電車は新幹線。一番おそい電車は?」というのがある。
答えは「末班車」。終電のこと。日本語の「はやい」「おそい」の二義性を利用している。
新幹線は速い。「おそい」電車は、スピードが遅い電車だろうと思いがちだ。
中国語の「はやい」は「早」と「快」。「おそい」は「晩(wan)」と「慢(man)」。

『漢字源』をみると、「快」には「こころよい」という意味のほか、「速度がはやい」
「もたもたしない」
という意味もある。快速電車の「快」だ。
「晩」は「くれ」「暗くて物の見えない頃」「夕方から夜にかけての時刻」「暮れる」
そして、「おそい」。 転じて、「時刻や季節がおそい」「一年の末に近い」
「晩秋」「晩年」などの言葉もよく使う。「大器晩成」とも。
「慢」は「おこたる」「あなどる」「ゆるい」「ずるずると長引くさま」「ゆっくり」
万歩計と共に歩く「慢歩」は大好きだが、「怠慢」「慢心」・・・。
私の肩コリ、頸痛、腰痛は「慢性」。「慢」という漢字はあまり好きになれない。

  従兄妹どうし
            仲よし従兄妹    かなり「慢」な東急多摩川線    2009.7     

カルピスのCM、もう1つ、さやかちゃんとママの会話が面白い。ママが自宅に電話する。
「もしもし~」 「あぁ、さやかちゃん ママよ」 「うん」 「あのね~パパいる?」 
「ぅ~ん・・・いらない!」 
「居る?」と訊ねたママ。さやかちゃんは「 要る?」という意味にとった。
可哀そうに!パパは「要らない」らしい。
これも中国語では、「在(zai)」と「要(yao)」。漢字も発音も全く違う。
さらに、パパが主語だったのが、さやかちゃんが主語、パパが目的語になってしまった。

ママとさやかちゃんの会話が終わると、氷の音がして、カルピスが出来上がる。
会話は短いし、姿も見えないが、ホンモノの?子どもが演じているのが何ともいい。
さやかちゃんはどんな女の子だろう。ラジオだからこそ、イメージが膨らむ。
「テレビの声は耳に(しか届かないが)、ラジオの声は心に届く」ときいたことがある。
     
     ドーナツ

もう1つ、カルピスのCM。 「さやかちゃん、ドーナツ食べてよ~」と男の子。
「ありがとう。でもね~ドーナツはこの穴が嫌いなの」とさやかちゃん。
「じゃあ、穴だけ残せばいいよ!」・・・!?
そのあと、さやかちゃんはドーナツを食べたのだろうか。男の子はどうしただろう?
きっとふたりで美味しいカルピスを飲んだに違いない。
つれづれ

マイ「スカイツリー」スポット

2011年01月30日
2008年7月着工した「東京スカイツリー」は、100m(2009.8)を超え、200m(2009.11)、
300m(2010.2)、400m(2010.7)、そして、500m(2010.12)を超えた。
634mに向けて伸びつづけるスカイツリーは、2011年12月竣工、2012年開業の予定。 

私のお気に入りの「スカイツリー スポット」は上野。
上野に出かけたときは、科学博物館まで足を伸ばして、地球館屋上から「スカイツリー」が
伸びて行く様子を眺めることにしている。         (新しい電波塔「スカイツリー」
地球館屋上から
    245m      338m       428m       470m        549m  
    2010.1.7     2010.4.4      2010.8.27      2010.9.29       2011.1.2
           
上の写真は、上野の国立科学博物館の地球館屋上から撮ったもの。
昨年夏、スカイツリーの左横に現れたビルは、どこまで伸びるのだろう。
今年は5種類のカレンダーを作ったが、孫りんりん用のカレンダーは、ところどころに
わが庭の猫たちやスカイツリーの写真の頁を挿んでみた。  (完成!マイカレンダー

科学博物館からの帰り道、JRの線路越しのスカイツリーは、下の部分が隠れているためか、
ずんぐりして見える。
   科博裏
        2010.2       2010.4          2010.9         2010.10      
同じ上野だが、東京国立博物館庭からは大分遠くなる。
  トーハク
                     2010.8                  2010.10

シビックセンター(文京区)と東京都庁(新宿区)より
  シビックセンター都庁
    シビックセンター25階より    東京都庁45階 北展望室    南展望室 
          2010.5                            2011.1


街を歩いていると、思わぬ場所で「スカイツリー」が見えることがある。
隅田川の向こうに  2011.1
   隅田川
        相生橋より            佃より             中央大橋より

       お台場   東上野
        お台場海浜公園より              東上野より
             2010.12                  2011.1

「東京スカイツリー ここから見えるよ MAP」といった、情報や投稿写真が掲載された
サイトもあるが、今までスカイツリーをわざわざ見に行ったことはない。
そのうち、もう少し近くまで行って、建築中のツリーをみてもいいかなと思っているが、
その頃にはすでに完成しているかもしれない。
旅・散策・イベント

猫のそっくりさん Ⅲ

2011年01月29日
街や公園で、わが庭や近所の猫たちに似ている猫に出逢うことがある。(猫のそっくりさんⅡ
ノラネコか地域猫なのか、見ただけではわからない。首輪なしでも飼い猫かもしれない。
わが庭の猫に似た猫を見かけると、つい、名前を呼んでしまう。
「にゃあ~ん」とすり寄って来る猫もいれば、じっとこちらを見つめる猫もいるが、
ほとんどの猫は、カメラを向けようとすると、さっと植込みや車の下へ入ってしまう。

     本門寺
                    「至福のとき」     池上本門寺 大田区

   幸国寺 白山神社
      牛込幸国寺  新宿区           白山神社  大田区

   来迎寺
              来迎寺 新宿区

     駒場東大 駒場東大構内  
                   どんな夢見てるの? 
                上野公園 上野公園
                    親はアメリカンショートヘアー? 
                      
       横浜                
           声をかけないのに近寄って来た猫    横浜市

 大田区 大田区
        大田区
               地域猫か飼い猫か?  大田区 
大田区          
動物など

「風景印」 中央区 Ⅰ

2011年01月28日
風景印を置く郵便局は、中央区に30局。23区内でも多い方だ。
銀座や日本橋界隈だけでもかなりの数になる。
風景印のコレクションが目的ではなく、出かけたついでに足を伸ばすことが多い。
お馴染みの街も歩いてみると、意外な発見があって楽しい。

銀座西局東京朝日ビル内局  
銀座西 朝日ビル内
 銀座の柳の歌碑 銀座西8丁目の街並     朝日ビル 啄木の碑 銀座の街灯  
 
    銀座の柳 
          銀座の柳の碑 

街灯 啄木碑
  銀座8丁目の街灯            石川啄木の碑      

朝日ビルは、かつて朝日新聞社本社があったところで、石川啄木は、明治42年から
27歳でこの世を去るまでの約3年間、朝日新聞社に校閲係として勤務した。
その間、歌集『一握の砂』『悲しき玩具』など多くの名作を残した。

現在、朝日ビル前の歩道脇に、没後60周年を記念して啄木の歌碑が建っている。
    京橋の滝山町の 新聞社 灯ともる頃のいそがしさかな (『一握の砂』)。
表面は、啄木の顔のレリーフと歌。裏に啄木鳥(きつつき)が留まっているのを見て、
この歌碑が太い幹を模しているのだと気づいた。

銀座三局銀座四局 
 銀座三 銀座四 
  弁慶 銀座の街並み 銀座3丁目立札       銀座4丁目の街並み 地下鉄           

  和光  みゆき通り
           和光ビル                 みゆき通り

銀座の中心、4丁目の交差点に建つ「和光ビル」は、旧服部時計店。
時計塔の時計は、東西南北のどこから見ても文字盤が見えるように設計されている。
  
銀座六局銀座七局  
 銀座六 銀座七
    銀座の街並み こぶし 街灯            X型歩道橋 人力車
   
銀座の人力車は数回見たことがあるが、いつもシャッターが間に合わない。

昨年の冬至の日、趙さんのディナーショーが銀座7丁目であった。
始まる前、銀座七局と風景印に描かれている昭和通りの銀座東7丁目にかかる歩道橋まで
足を伸ばし、花椿通りの街灯やイルミネーションが灯る中、急いで会場まで行った。

この歩道橋は、珍しいXの形をしている。歩道橋の上は驚くほど広く、まるで広場のようだ。
踊り場が2つある複雑な形をした階段と2基のエスカレーターが付いていた。

       みゆき通り  花椿通り
       みゆき通りの街灯         花椿通り  歩道上から
 
     花椿通り
                   X型歩道橋(銀座ときめき橋)    
旅・散策・イベント

仲良し姉妹

2011年01月27日
2人の孫娘が風邪などで保育園を休むことになると、子守に呼ばれる。
昨年春から保育園に通い始めた妹のあいあいは、夏までは、度々熱を出して休園した。
朝、姉と母親が出かけるときは、全身の力をふりしぼって泣きわめいたものだ。
その後もご機嫌斜めで、だっこ!だっこ!の要求がつづいた。(楽じゃない1歳児のお相手

昨年の暮に、半年ぶりにノロウィルスでダウンしたとき、「私がいる方がいいでしょ」と、
ゆうゆうも園を休んだ。お姉さんぶりを発揮して、一緒に遊んだり、面倒をみるゆうゆう
ことばで自分の意思を伝えられるようになった、来月で2歳になるあいあい
ふたりの成長ぶりには目を見張るものがあった。       

今月半ば、あいあいは肺炎に罹り、園を4日休んだ。3日目の午後は私が、
翌日はごんさんがお相手をしたが、眠くなると「だっこ!」を要求するあいあいには参った。
抱っこのまま腰掛けようとすると「だっこ!もういっかい!」。彼女の「もういっかい」は
どうやら、絶えず動きながらの「正式のだっこ」??のことらしい。
そんなわけで、寝入ってから、ソファで抱いたまま1時間、ということも度々あったが、
半年前の子守と比べると、随分と楽になったものだと思う。

ゆうゆうのお気に入りは「リカちゃんハウス」。
リカちゃんハウスにも数タイプあるようだが、これは「玄関のチャイムが鳴る」(¥5460)。
2段ベッド、ソファ、食卓、調理台、冷蔵庫、バス&トイレなどがセットされている。

    リカちゃんハウス
  片づけ

「レゴやりたくなっちゃった!」とゆうゆうは、箱の裏の図を見ながら、片づけ始めた。
ベッドもバスも箱の底に付いているので、倒しても落ちない。うまく出来ているものだ。

    レゴ
           大きいサイズの「レゴ」はあいあい用

  ケーキ屋さん
            ケーキ屋さん開店   「9じ くじからやてます」

「いちごのケーキ、ぶどうのケーキ、チーズケーキ、チョコレートケーキ、ええと・・・。
何のケーキがいいですか?」「チーズケーキとイチゴのケーキを1つずつ下さい」
ゆうゆうのケーキ屋さんは、椅子を並べて運転席を作り、配達をしてくれた。
大分あとになって、同じようにハンドルを切る真似をして、あいあいが運転をしていたが、
ケーキの配達はなかった。

「そうだ!」と玩具箱から見つけた風呂敷をエプロンにして、ケーキ屋さんになりきった姉。
エプロンを引張り出した妹。足を突っ込んだものの、膨らんだパンツが邪魔してうまくできない。
様子を見ていると、ジレジレしている妹にエプロンをつけてあげる姉。いい光景だった。

        エプロン
        ひとりで頑張るあいあい       手伝うゆうゆう

可笑しかったのは、放っておかれた「ラブりっち」が突然、鳴った。これは「たまごっち」の
1種らしいが、何でも15分以上お世話しないと、ご機嫌が悪くなってしまうのだとか。
ゆうゆうは、妹と「ラブりっち」の2人?の面倒をみなくてはならないようだ。
いうことをきかない妹に「そんなことじゃ、もう一度『ひよこぐみ』さん やらなくちゃ!」。
保育園は、1歳児がひよこ組。2歳児りす組、3歳児うさぎ組、そして、くま組。
現在、くま組の姉は、4月には最年長「きりん組」だ。

肺炎といわれたあいあいだが、熱もなく咳もほとんど出ないせいか、子守というより、
一緒に遊んでいるような半日だった。「明日はおじいちゃんが来るからね」と言って帰った。
大事をとって休ませた翌日の子守当番は、ごんさんが担当したが、帰るとき、あいあいは、
バイバイしながら、「あしたは○○○さんね」と言ったとか。翌日は土曜日。ご勘弁を。
りんりんが1歳のときからずっと、私は「おばあちゃん」ではなく、「○○○さん」なのだ。

「だっこ、もういっかい」の連発のおかげで、めったに肩が凝らないごんさんが、
あの日から「マッサージクッション」を愛用している。  (「手軽なマッサージクッション」
私は、帰宅した翌日、早速に整体院へ駆け込んだ。
身近な人びと

変わりゆくコンビニ

2011年01月26日
40年ほど前に登場したコンビニエンスストアは、今や右肩上がりに増えてきているが、
25年前は、若者や男性たちのたまり場で、コンビニという言葉も定着していなかったという。
90年代になると、コンビニは、女性や年配者の利用も多くなり、小さい店舗を含めると、
5万店以上にもなるという。

コンビニが登場した頃は、「セブンイレブン」の名前の由来のように、早朝から深夜まで
開いているのが特長の1つだったが、現在は、一部店舗や一部地域をのぞき、原則として
年中無休24時間営業となっている。そのため、単なる消費者の利便性だけでなく、
明るい店内は、周辺地域の治安維持にも効果があり、また、常に人がいるため緊急時の
避難場所としての役割も担っている。

10年ほど前から、公共施設、病院、大学、庁舎内などでもよく見かけるようになったが、
最近は、カフェや書店などとの提携による新感覚のコンビニが増えた。(進化するコンビニ

渋谷で、カフェがあるコンビニの前を通ることはあっても、こうした店に入ったことはなかった。
だが、先日、中央区新川付近で、道に迷って2度も同じ通りに出てしまい、がっくりしたとき、
コンビニのカフェが目に入った。とにかくコーヒーより何よりも坐りたかった。
コンビニ内にカフェコーナーがあるというより、カフェの奥にコンビニがあるといった感じだ。
インテリアもお洒落な落ち着いた雰囲気の店だった。

     ローソン

入口近くには本格的なコーヒーメーカーがあり、カウンターで飲み物を注文すると、
紙コップを渡される。あとは、セルフサービス。スタバやドトールにも負けない味だ。
焼きたてパンも並んでいた。トングで紙の袋へ入れてカウンターへ持っていくようだ。
ランチ時には、近くのサラリーマンたちでいっぱいになるのだろう。 

コンビニでは、通常の現金払いの他、各種料金の収納代行や一部商品の代金を除いて、
クレジットカード・プリペイドカード・電子マネーなどで支払いができる。 
私は「ナナコ」(セブンイレブン・デニーズなどのプリペイドカード)で支払うこともあるが、
ツタヤのほかに、ファミマやスリーエフなどのコンビニやドトールなど共用の「Tカード」は
ポイントが貯まるので重宝している。

       銀座
                   
昨年10月の「タバコ増税」を前に、買いだめをした人が来店しなくなるなどの影響で、
売上が一時減ったものの、それぞれの店舗で「プレミアム商品」に力を入れているのだとか。
切手・はがき販売、チケット販売、宅配便など、多種多様なサービスがあるコンビニだが、
郵便ポストがコンビニ店内に登場するようになったとは!
コンビニが変わったのか、郵便局が変わったのか。どちらも日々進化しているのだろう。

   目黒目黒
                     ビル内のコンビニ  目黒区
 
因みに、コンビニを利用する回数だが、週4回以上利用するのは1人暮らしの人に多く、
また、家族同居でも1人暮らしでも、夜、ほかの店が閉まった後に利用する人が多いそうだ。
買うものは、生活用品はごくわずかで、弁当、おやつ、飲料、酒類、雑誌がほとんどで、
よく使うサービスは、公共料金支払い、ATM。

買物などの目的でコンビニに行くのではなく、夜、明るい店につい入ってしまうといった人や
立ち読みをして時間を潰すという人も多いという。
以前、週3回以上、コンビニで30分以上過ごす子どもたちの多さに驚いたことがあったが、
少年たちのたまり場になることもある。夜間に騒いで、近隣の住民から苦情が寄せられたりと、
コンビニの進化の裏には、さまざまな社会問題が隠れているように思える。
旅・散策・イベント

新幹線の旅

2011年01月25日
「JR東日本の新幹線が一時、全面運行停止 システム障害で5万3000人の足に乱れ」。
今月17日のことだ。その2日前のセンター試験当日、東北新幹線で発生した架線の
断線などの影響で、山形新幹線が上下5本が運休となったばかりだった。

17日の運行停止は、東北、上越、長野、山形、秋田の5新幹線の運行計画を管理する
「コスモス」と呼ばれるシステム障害によるもので、降雪によるポイント不具合のため、
ダイヤ修正の必要箇所数がシステムの処理能力を超えたことが原因らしい。
約1時間15分後に運転を再開したが、上下線で運休が15本、ダイヤの遅れは58本とか。
こういったシステムの障害は、平成20年暮れにも起きたそうだ。

日本の新幹線は、車両の技術、運行管理システム、そして軌道、土木技術も世界一。
車両技術は、宇宙航空技術を取り入れた超ハイテク技術、溶接も航空機の溶接技術を
採用しているという。
騒音対策、雪対策、地震対策もなされて、勾配、カーブ、トンネルなど日本の風土に合わせて
作られていて、遅延がほとんど発生しない、世界最高の高速鉄道と言われているそうだが?!

昨年12月4日、東北新幹線は東京ー新青森間の全線が開通した。(ポスターの中の新幹線
大宮―盛岡間が開通(1982年)から、何と28年もかかったのだという。
3月に登場する「はやぶさ」は、「はやて」の時速275kmを上回る300kmで走行し、
東京―新青森間を最短約3時間10分で結ぶ。

        はやぶさデビュー
         「MADE IN DREAM」 「私たちの夢が走り出す JR東日本」

かつてニッポンが変わる時、世界が変わった。夢の超特急が走る時、時代が加速した。
メイド・イン・ジャパンには、夢を現実にする力がある。・・・・・・まもなくニッポンは、
新しい速さと快適さを手に入れる。またひとつ私たちは、夢を現実にする。
―2011年3月5日、東北新幹線E5系「はやぶさ」デビュー
とポスターにある。
    
      渋谷駅 渋谷駅 
           「はやぶさ」デビューの大きなポスター  

大分前になるが、ラジオ(TBS『日曜天国』)で、ゲストの鉄道ジャーナリストの
「日本の新幹線 ここがすごい!」という話は面白かった。

まず、世界一の乗り心地「揺れない車両、揺れない座席」。
車両を揺らさない装置をグリーン車だけでなく、全車に拡張したそうだ。
時速300km近くで走っているのにお茶がこぼれないのはすごい!と安住アナウンサー。

そして1時間に15本という、海外の鉄道関係者を驚かせる「過密ダイヤ」。
最短は3分間隔の超過密ダイヤで、このときの車両の間隔はわずか13.5kmだとか。

意外だったのは、例えばN700系は世界一エコな車両だということ。
車体を軽くしたため、カーブでもスピードを落とさずに済み、エネルギー効率がよくなる。
東京ー新大阪間の新幹線16両で消費する電気代は、一般家庭の2ヶ月分くらいだという。
しかも加速時には電力を消費するが、減速時には発電しているので、エコなのだとか。
さらに、発電する電力は新幹線全体に使用している電力の3割ぐらいだというのだ。

     蒲田駅 蒲田駅       
     「帽子をかぶればきみも駅長さん!」  紙製?「はやぶさ」と帽子  

私が初めて乗った新幹線は、東海道新幹線。高校の修学旅行でだった。
九州の親戚を訪ねたり、ごんさんの単身赴任先の山口に行くために利用したのは、
20年近くも前のことだ。
その後、ごんさんが山形に赴任中は、もっぱら、東北新幹線、上越新幹線を利用した。
そういえば、ここ数年、新幹線に乗っていない。
昨年暮、岩手の祖父母のところへ帰省する孫のゆうゆうたちをホームで見送ったあと、
新幹線の改札口を出てから、エキナカを旅人気分でブラブラと歩いた。
青森までとは言わないが、無性に東北新幹線の旅をしたくなった。それも冬の旅がいい。
旅・散策・イベント

福寿草

2011年01月24日
 フクジュソウ   キンポウゲ科 フクジュソウ属
            学 名 Adonis amurensis 
            和 名 福寿草 
            別 名 元日草 朔日草(ツイタチソウ)
            原産地 中国 日本 朝鮮半島 シベリア 

           福寿草
         
学名の amurensisは、アムール川流域(中国北東部黒龍河)の意味。
Adonisは、ギリシャ神話に登場する、イノシシの牙に突かれて死んだ青年の名前から。
日本では、元禄の頃から正月の縁起飾りとする風習が広まり、盛んに品種改良がされた
「古典園芸植物」のひとつ。露地では梅の咲く頃から咲き始める。

根は、強心作用、利尿作用をもつ民間薬として使われることがあるが、毒性が強い。
芽を出した福寿草を「蕗の薹」と間違えて食べ、中毒を起こすといった事例もあるので要注意。

いつだったか、暮に蕾だった福寿草の鉢植えを買ったことがあったが、お正月になっても
2月になっても咲くことはなかった。福寿草は根がよく発達しているそうなので、どうやら、
小さな鉢に植えられた福寿草の根は大幅に切り詰められたため弱っていたようだ。

大田区の池上本門寺西側にある池上梅園には、丘陵斜面に30種約370本の梅がある。
咲き始めた梅の木の下で、今年も可憐な福寿草が春を告げていることだろう。 

    梅園
               咲き分けて思ひのままといふ名の梅    梅園にて 母  

池上梅園に、母と共に当時2歳だった孫りんりんを連れて行ったことがあったが、
ベビーカーの上のりんりんには人しか見えなかったかもしれない。
梅園を訪れた2週間後、父の長い入院生活が始まった。わが庭の紅梅は満開だった。
再び紅梅を見ることなく父が逝って4年が経つ。庭の紅梅も咲き始めた。
植物など

年中無休の猫食堂

2011年01月23日
わが庭の猫食堂は年中無休。朝7時から夜10時くらいまで開いている。
昨年夏頃までの常連は、ケシ、トラ、アミの3匹だったが、ククが戻って来てからは、
わが庭で生れた4匹が揃うことが多くなった。

4匹 4匹
        開店準備中                             開店!

           水
                     水飲み場

メニューはドライフードがほとんどだが、いつの間にか、100円ショップで仕入れた
鰹節と煮干のトッピングを要求するようになった。
食事がすむと、思いきり伸びをする。毛づくろいをしたり、庭の石臼の水かつくばいの水を
飲んで、塀の隙間から散歩に出ることが多い。

回数も朝夕2回というわけにいかなくなった。彼らは、昼間もちょくちょく顔を出す。
そして、じっと部屋の中を見つめる。目が合うと、もらえる可能性が大きいのを知っている。
たまたま目が合うと、「チョウダイ」のポーズをしたり、「にゃあん」と要求する。
そんなことで、ごんさんは、昼間でもカーテンを閉めておかねばならないのだ。

    ケシ トラ
      ケシとトラ 下にクク              待ちくたびれた~

   クク クク
                        クク      ちょうだい!のポーズ

ココアミ 
       トラ 2階で待機            ココ 2階で待機  アミ 部屋の中へ
 
      ココ 2階
           ココ 2階で待機             ココ 2階で食事

昨年秋から、親戚猫ココが顔出すようになり、玄関前で食べていたふうちゃんが、
待ち切れないのか、庭にまわってきて催促するようになった。

 ふう ふうちゃん
                         ふうちゃん

そして昨年暮、ずっと姿を見せなかったクロラスカルがたまに食べに来るようになった。
ラスカルはますます警戒心が強くなった。
ごんさんの話では、ときどき、ラスカルは子猫を連れて来て、庭で遊ばせているそうだ。

クロ  ラスカル
          ミケの子 クロ                     ラスカル             
動物など

大森にある絵タイル Ⅲ

2011年01月22日
大田区山王のNTTデータビルの前の歩道には、縄文土器の絵タイル、古生代から新生代の
生物たちの絵タイルがある。               (大森にある絵タイル Ⅰ)   
そして、ビルへの階段の石壁にも絵タイルが埋め込まれている。

世界の「もしもし」             
イギリス インド
     Hello(ハロー)         Hello(ハロー)          
      イギリス              インド

    エジプト オランダ
        الو (ロア←)(アロ)      Hallo(ハロー
           エジプト          オランダ
  
          スペイン ドイツ フランス
                Oiga(オイガ)       Hallo(ハロー)       Allo(アロー)                  
                スペイン          ドイツ          フランス
   
                         イタリア アメリカ
                            Pronto(プロント)      Hello(ハロー
                             イタリア           アメリカ

            ブラジル 日本
                ALO(アロー)          もしもし
                ブラジル             日本

中国 韓国
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      中国             韓国

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魚から人間への進化     
      1~5

新生代 ヒトの進化  
     1~5
旅・散策・イベント

受話器は右手に?!

2011年01月21日
人間の脳は、右脳と左脳に分かれており、それぞれ違う働きを持っていて、右脳は左手に、
左脳は右手につながっているといったことはよく聞く。
「右脳は、空間・感性的でイメージ脳とも呼ばれ、身体の左半分の運動や知覚を支配する。
イメージ、図形、音楽、表情を読み取るなどの感覚的情報の把握、直観的思考などを司る。
左脳は、言語脳と呼ばれ、身体の右半分の運動や知覚を支配し、会話、読み書き、計算、
声や音の認識など論理的思考などを司る」といわれる。

右脳を鍛えるために積極的に左手を使おう!ということを聞いて、自動改札を通るとき、
左手でタッチしてみたり、ケータイメールも左の指で打つようにしたりするが、
これはあまり効果がなく、大切なのは、右脳と左脳とを一緒に働かせることだという。

           自動改札
          
例えば、音楽。メロディを聴きとるのは右脳だが、絶対音感の認識、曲名を思い出すのは
左脳というように、両方の脳を使っているという。
プロの演奏家はむしろ、左脳が優れていてるという。メロディだけでなく、曲のテンポやピッチ、
構成などを分析する力がなくては、いい演奏が出来ないということらしい。

日本人は、ヴァイオリン、ピアノなどの西洋楽器の音は右脳で、尺八、琴などの和楽器の音は
左脳で聴き分けているし、虫の音も、欧米人が単なる音として右脳で捉えるのに対し、
左脳で「風情」として感じる傾向があるといわれる。

言語に関しては、漢字の読み取りについて面白いことが分かったそうだ。
漢字1文字を読み取るのには、右脳の方がよく働くが、ひらがなやカタカナの読み取りには、
左脳がよく働く。漢字の熟語、或いは漢字と仮名が混じった文の読み取りになると、
右脳も働きだし、左脳と右脳の共働き状態になり、読書力も高まるという。

数の計算をするときは左脳が働くというが、算盤の上手な人は、右脳も働かせて、
頭の中に算盤の形を思い描き、珠をはじきながら計算するのだという。
つまり、左脳と右脳をいっしょに働かせることで見事な速さで計算が出来るというわけだ。

りんりんは小学生になってまもなく珠算塾に通い始めた。
そのうちに、右脳と左脳を上手に使って難しい計算も暗算できるようになるだろう。
りんりんは、折り紙や工作が好きだ。3歳くらいから、折り方図を見ながら挑戦していた。
私はといえば、「ここどうするの?」と見せられた図の「やまおり」「たにおり」の複雑さに
辟易して、ギブアップすることが多い。
最近の彼は、誰にも訊かずに、あっという間に折り方図を見て折り上げる。
仕上がりはかなり雑だが。
こういった「平面を立体のイメージで捉える」といった図形を読み取る能力だけでなく、
計算することが苦手な私の右脳は、よほど鍛えないと十分に働かないようだ。

   折り紙      

因みに、左右の脳をどう使っているかで、思考の特徴を捉えるという診断法を見つけて、
みんなで試してみた。
「指を組んだとき、左右どちらの親指が上に来るか」は、情報をインプットするとき、
「腕を組むとき、どちらの腕が上にきたときがしっくりするか」は、アウトプットするとき、
どちらの脳を使っているかが分かるというもの。

左親指が上に来る人は、情報のインプット(理解する)は「右脳」を使っていることが多い。
左腕が上に来る人は、情報のアウトプット(表現する)は「右脳」を使っていることが多い。
この場合は、「右脳 右脳タイプ」だが、感覚とイメージで突っ走る、天才肌タイプ」。
りんりんがこのタイプだった。なるほど! 私は逆に「左脳 左脳タイプ」。

「右脳 左脳タイプ」は「直感でとらえて論理的に表現する、得する出世タイプ」。
「左脳 左脳タイプ」は「論理的に優れた、賢くて頼れる存在の先輩タイプ」。
「左脳 右脳タイプ」は「論理でとらえて感覚で表現する両刀使い、おちゃめタイプ」。

耳にも利き耳があり、左耳は右脳、右耳は左脳に刺激を与える。言語を司るのは左脳。
左が利き耳の人は、右耳の人に比べ、判断力、記憶力、集中力が落ちるということが
いわれている。これからは、受話器は右手で持つようにしようと思うが、果たして効果のほどは?
身近な人びと

タイはタイでも

2011年01月20日
今日は24節気の1つ「大寒」。1年最後の節気で、最低気温が観測されるのもこの時期。
小寒後15日で大寒に入り、大寒後15日で寒が明けると立春となる。
武道ではこの頃寒稽古が行われ、また、凍り豆腐、寒天、酒、味噌など寒気を利用した
食物が仕込まれる時期にもあたる。
中国、特に農村では毎年大寒の頃、古いものと新しいものを取り換え、肉などを塩漬けし、
春節(旧正月)の準備に追われるという。

自販機王国の日本は、実にいろいろな自販機がある。病院内の「花の自販機」も見慣れた。
最近は、渋谷駅構内に登場した「バナナ」の自販機、品川駅構内のタッチパネル式の
「次世代自動販売機」を見た。      (バナナの自販機 進化する自販機)     

先日、新橋駅から銀座方面に歩いていて、ガード下に「たい焼」の絵が描かれた自販機を
見つけた。昨年夏に登場したという、「たい焼」は5℃冷蔵の「冷たいたい焼」。
自販機販売ということより、冷たい「たい焼」ということに驚いた。

      新橋
              たいやきの自販機   

店内でも販売するらしいが、私が通ったときは、店のドアに「自販機をご利用下さい」とあった。
2個入りと3個入り。餡はあずき、カスタード、チョコの3種類。
さすがに冷たい「たい焼」は買う気にならなかったが、暑いときはいいかもしれない。

因みに、中国には「たい焼」はないそうだ。日本では、明治時代から食べられていたが、
今川焼きを元に種々の動物などを模した形の菓子が生まれ、その中で縁起が良く
庶民がなかなか食べられない鯛の形をしたものが生き残ったと思われている
。(Wikipedia)

自由ヶ丘(目黒区)のすずかけ通りをたまにバスで通ることがあるが、この通りにお洒落な
カフェがあるのを見つけたのは、重たい足を引きずって駅に向かって歩いているときだった。
NAZEYA 何故屋」という変わった名前の「たいやきカフェ」であった。

店内に入ると、ショーケースにたくさんの「バターたい焼」が並んでいた。
カフェでは、たい焼だけでなく、生ハムやたまごサラダなどをはさんだ「たいサンド」も頂ける。
私はコーヒーを注文した。コーヒーをいただきながら、お土産にいくつか買って帰ることにした。
この「たい焼」は、コーヒーや紅茶が似合う。

   自由ヶ丘
        バターたいやき          「NAZEYA 何故屋」 

たい焼には、タピオカデンプン入りの粉を使用した「白いたいやき」もある。
昨年6月、孫りんりんのリクエストで三鷹市の太宰治のお墓に行った帰り、
「しあわせの白いたいやき」の店で、買って帰ったことがあった。

また、プラスティックのたいやき型付レシピ本「レンジdeプチたいやき」を本屋で見つけ、
母親の手伝いをするようになったゆうゆうにプレゼントしたことがあった。
彼女が作ってみたとは聞かないが、「たい焼」は好きではないと知ったのは、大分後だった。

数年前、JR蒲田駅のコンコースに、小さなたい焼を販売する店鯛プチがある。
水を一切使用していないという皮に8種類の餡。

  蒲田
          16匹(¥525) 23匹(¥735) 33匹(¥1025)

登場した当初は珍しく、乗り換えの際、わざわざコンコースを通ってお土産に買ったものだ。
先日の中国語講座の最終日、餡の種類はお任せして16匹を買って行った。
さめていても美味しく、S同学の淹れて下さった極上鉄観音(烏龍茶の1)にもピッタリ合った。
これからしばらくは、この店の前を通る度に、鉄観音の味と中国へ行かれるS同学、
そして、黄老師や同学たちのことを想い出すことになりそうだ。
旅・散策・イベント

カラスだけがワルモノ?

2011年01月19日
京浜東北線、山手線などの車内で、「トレインチャンネル」に眼をやると、
ちょうど私の好きな番組「パナソニック 暮しのエコナビ」をやっていることがある。
わずか60秒の画像番組だが、頻繁に流れているのか、往復の車内で見る日もある。

昨年11月は福岡市のゴミ収集の話だった。通常の朝のゴミ収集では、車の渋滞や
カラスの被害が問題になるが、福岡市では、ゴミ収集を深夜に行うという、発想の転換で
多くのメリットが生れているという。
まず、カラスの被害がなくなったこと。カラスは夜に行動しないため、収集所が荒らされない。
そして、真夜中は渋滞もなく 排気ガスの削減につながること。 
さらに、よかったことは、深夜の街を巡回することになるので、防犯にも役立っていること。
「綺麗な街には夜の努力があったんですね」と結ばれていた。

        カラス 2010.4 
              自然教育園 水生植物園   港区

ところで、いつでもどこでもキラワレモノのカラスだが、カラスのよき理解者もいる。
「カラスの常識」(柴田佳秀 著)という背表紙の題に眼が留まり借りてきた本は、
想ったより読みやすく面白かった。
「黒」は不気味で、「悪」「死」「恐怖」を連想させる。黒い鳥は縁起が悪いということになる。
他の鳥に比べて大きくて怖いから嫌いという人も多いようだ。
見慣れた光景になったゴミ収集場荒らし。早朝から「カア~!カア~!」と安眠妨害。
また、鳥が好きな人にもカラスは嫌われているようだ。ほかの鳥の邪魔をするからだとか。

柴田氏によれば、これらのカラスの行動は、人間を困らせようとしてやっているわけではなく、
彼らの世界では、常識的な行動なのだという。
カラスに関する誤解もたくさんあるというが、その中で、意外な発見がいくつかあった。

まず、カラスは黄色が嫌いだという説だが、これは、全くの誤りだそうだ。
人を襲う凶暴な鳥と思われているが、繁殖期、それもヒナの巣立ち前後に限られるという。

         カラス
            高輪 港区       日比谷公園 千代田区
 
そして、不燃ゴミの日には姿を現さず、可燃ゴミの日、朝から生ゴミが出されるのを
待っているカラスをみて、「生ゴミの曜日を知っている」という人がいるが別に変ではない。
だが、そんなことはない!と柴田氏。カラスは非常に目が良くて、ゴミを出す人が手に
どんなゴミ袋を持っているのか、遠くからじっと見ているのだとか。

カラスは光るものが好きで集める習性があるか?柴田氏はたくさんのハシブトカラスの
巣を見て来たが、日本のカラスには、そのような習性があるとは思えないという。
おまけに、光るものを集めることから、光るものを攻撃するという、とんでもない話に
発展しているとも。
逆に、光るものが嫌いだからと、CDなどの光るものをぶら下げたりすると近づかないと
思っている人も多いが、単に警戒心が強いからで、光るものが好きでも嫌いでもないという。

カラスは何でも食べるか?ゴミをあさるからといって、何でも食べるわけではなく、
好き嫌いがあることが分かっているそうだ。豚肉、魚肉ソーセージ、りんご、油揚げ、メザシ、
食パン、人参。何度実験しても、真っ先に豚肉がなくなったが、人参とメザシは残ったとか。
カラスは何でも食べる悪食ではなく、むしろ、好きなものを選びとる「美食家」だとも。

            渋谷の鳩2010.2
              ハトの美食家集団  渋谷道玄坂の歩道
 
ゴミ被害から守るには、カラスにとられないようにすること、見えないようにすること。
ネットや蓋つきのポリ容器の使用が一番だという。
数年前から、わが家の近所では、各戸あるいは数軒ごとに、蓋付きのポリ容器かネットを
使用してから、カラスの被害はない。それだけではなく、カラスもたまにしか見かけない。

いつだったか、朝、銀座の通りを歩いたときに見かけたのは、ゴミ対策なしのゴミの山。
そして、たくさんのカラス。昼間、ネズミを見たこともあった。
福岡市で深夜に行われるゴミ収集作業。東京で実現する日は来るのだろうか。
動物など

出会いと別れ

2011年01月18日
故沈老師に代わって黄老師の中国語講座が始まったのは、ちょうど2年前だ。
昨年、K同学はご主人の仕事の関係で福岡へ転居され、昨年末には、S同学が湖南省の省都、
長沙に行かれることになった。
また、春にA同学、K同学が、そして、年末、M同学がご家庭の事情で続けられなくなり、
ついに、黄老師の講座は閉じることを余儀なくされた。

黄老師は、苏东坡の『水调歌头』の一節、「人有悲欢离合 月有阴晴圆缺」を例えに出された。             
「月には満ち欠けがあり、人には出会いと別れがある」。自然の成り行きには逆らえない。
「没方法・・・」(仕方ないことだ)とおっしゃられた。     (中秋節に想うこと
        960no03.jpg
     『水调歌头』  苏东坡        
    明月几时有? 把酒问青天   
    不知天上宫阙 今夕是何年?
    我欲乘风归去 又恐琼楼玉宇高处不胜寒  
    起舞弄清影 何似在人间!
    转朱阁 低绮户 照无眠  
    不应有恨 何事长向别时圆?
    人有悲欢离合 月有阴晴圆缺 此事古难全
    但愿人长久 千里共婵娟
 

人には悲しみと歓び、出会いと別れがあり、月には晴れと曇り、満ち欠けがある、
古き世から完全とは難しいもの。
ただお互いが長く久しきこと、今宵君も同じ月を見ていることを願うばかりだ。
最後の2行がもっとも知られている。婵娟は月のこと。

最後の黄老師の中国語講座は、教科書を開かず、休憩もとらずに終始した。
沈老師との出逢い、中国や中国語との関わり方など、それぞれの思いを語りあったのだが、
黄老師への感謝の気持ちと別れの悲しさで、F同学と私は涙声になってしまった。
      
   お茶会
      新茶を聞く沈老師 2005.5    中秋の茶会 沈老師の恢復を願って 2008.9 
             
2月に長沙に行かれるS同学は、この日、とっておきの「鉄観音」を淹れて下さった。
数年前、上海滞在中に中国茶芸師の資格をとられ、日本人に中国茶を通して少しでも
中国の良さを伝えられたらとS同学。有名な「君山銀針」などのお茶の産地でもある、
湖南省に行かれたら、職業訓練校に入り、さらにお茶の勉強をされるそうだ。
因みに、長沙に暮す日本人は80人。大学の留学生と駐在のビジネスマンが半々で、
ご夫婦での赴任は彼女が最初なのだとか。

F同学と私が提案した同窓会を「桂花の会」と名付けた。
桂花は金木犀のこと。
中国には「八月桂花香」という言葉がある。
旧暦「中秋節」は「八月十五」と呼ばれ、「桂花」の香りが漂う。

早速、全員の都合がつく5月5日に集まることを決めた。
帰宅後、K同学、A同学、福岡のS同学、千葉の御宿へ移られる
S同学にも金木犀の画像入りの「桂花の会通信 第1号」を作った。

最後の講座終了後、お名残惜しいと、都合がつく6人でS同学の壮行会を開いた。
一昨日は壮行会を開いて下さり有難うございました。メンバーお一人お一人が
本当に素敵な方々ばかりでとても楽しいひと時でした。こんな楽しい会を抜けて行くことが
悲しく残念でなりませんでした。でもこれは運命、前進あるのみです。
そしてまたこの素晴らしい仲間に会えることを楽しみにしてがんばりたいと思います。
どうぞよろしくお願いします。そして今まで有難うございました。

翌々日S同学からメールが届いた。S同学、一路平安!お元気でいってらっしゃい!

年齢も家族構成も違う人たちの集まりだが、これほどまでに気持ちが1つになるのは、
皆の心の中には、いつまでも沈老師がおられるからに違いない。
沈老師、そして黄老師、ほんとうに有難うございました。
中国・中国の旅

もうひとつの受験戦争?!

2011年01月17日
15日、大学のセンター試験が始まった。受験シーズンの到来だ。
風景印の集印で立寄った郵便局にチョコレート(Kit Kat)が置かれていた。 
見本のチョコには「がんばって! おばさんより」、説明のカードには「チョコレートの
香りは集中力、注意力、計算力を高める効果があるそうです」と書かれていた。

         チョコ
                 「キットカット」 きっと勝つとぉ?!

「きっと勝つとぉ」(勝つよ)という九州地方の方言に似ているため、数年前から
受験生のお守りとしてプレゼントされるようになったのだとか。
「キットメール」と書かれた箱に応援メッセージを書いて送ろうというもの。
チョコが250円。中には小さなダルマが入っているのだと女性の局員さん。

甥もすでに大学2年生。孫はまだ小学生。切手(¥140)を貼ってまでして送りたい受験生は、
親戚にも友人のところにも残念ながら見当たらない。
集中力や注意力が高まるなら、ふつうの板チョコを買って帰ろうかと思って郵便局を出たが、
私のことだから、香りだけで済むはずがないと思いなおし、板チョコも買わずに帰った。

スーパーに行くと、レジ横の特別コーナーからは鏡餅が消え、「がんばれ!受験生」商品が
並べられていた。ずいぶんとこじつけたものだと感心するやらあきれるやら。
私の受験の頃には、トンカツを食べるといったゲン担ぎはあったと思うが、惣菜コーナーの
袋入りの合格応援メンチカツ「受()カレー」には驚いた。だれが考えたのだろうか。

     菓子 ガム
       スティックカフェオレ 「ガンバレ!受験生」「勝てカフェオレ
       「眠気スッキリ」  ブラックガム ファミリーボトル
       「合格祈願」「がんばれば うカールかも!」  

  カップうどん お茶漬け
      「受験生を応援します」 合格かまぼこ入り? お茶漬け
      「ごま麺づくりで 点づくり」 「麺づくり」(ラーメン)
      「おかげ様で合格」 カレーうどん  

おかげ様で合格?私には意味不明。脳にいいと言われるDHA入りだからだろうか?
お夜食にこういったお菓子やうどんを食べて、やる気が出ればそれに越したことはないが、
頭寒足熱、モーツアルトを聴きながら、疲れてきたら、マッサージクッションでリラックス。
などというのも悪くないと思うのだが。

          メンチカツ
            「合格!」「カレー メンチ勝つ 福神漬つき

合格祈願商品などのサイトを覗くと、あるある!「コアラは寝てても木から落ちないヨ!」と
「コアラのマーチ」。「英数国がわかる」わかめラーメン。
「勝ちみつ100%」は蜂蜜のキャンディー。「ぶどう糖で天才祈願」のチョコボールなどなど。
最近は、単なるゲン担ぎだけでなく、DHAやビタミン入りなど、健康にも気を配った食品も
増えてきたのだとか。

こうした「受験生応援食品」は、冬の風物詩という人もいるが、メーカーにとっても、
毎年恒例の受験戦争といえる。この戦争が終わる頃には、バレンタインチョコのバトルが始まる。
その前に、節分用の豆や恵方巻による小競り合いが始まりそうだ。
つれづれ

「風景印」 大田区 Ⅱ

2011年01月16日
羽田空港内、流通センター内、蒲田局、大森局のほか、大田区内で風景印の置いてある局は、
千鳥局と田園調布局の2局がある。           (風景印 大田区 Ⅰ
        
千鳥局 
  千鳥  五重塔
        池上本門寺五重塔              本門寺五重塔 
      武家屋敷門 光明寺多聞天像

日蓮宗の大本山池上本門寺は日蓮入滅の霊蹟。 (お会式と金木犀の香り本門寺参道
国重要文化財の五重塔は空襲による焼失をまぬがれた貴重な古建築の1つで、
江戸幕府第2代将軍徳川秀忠の乳母である岡部局の発願により建立されたという。

         武家屋敷門              
               東京都指定有形文化財 武家屋敷門

この武家屋敷門は、備前池田家の表門と伝えられている。小大名格の屋敷表門としては
格調の高い様式を備えており、建築年代は江戸末期と推定される。入母屋造、桟瓦葺。
この門のある蓮光院は、安土桃山時代に創建された池田家の菩提寺。

蓮光院と光明寺、どちらも東急多摩川線下丸子駅から歩いて数分のところにある。
子どもたちが小さいとき、光明寺に除夜の鐘を撞きに行った記憶があるが、
2年前、数10年ぶりに1人で出かけて鐘を撞いた。    (2009年元日の旅) 
清々しい新年を迎えたが、果して煩悩は消すことが出来たのだろうか。

          光明寺
                      光明寺山門

天平年間に行基が開き、のちに空海が再興したが、江戸時代、浄土宗に改宗した。
真言宗当時は、七堂伽藍を有し寺領も広大で、「東の高野山」と称されたほどだったという。
池上線千鳥町駅を越え、第二京浜(国道1号線)にある池上警察署まで参道が続いていたとか。

鎌倉から安土桃山時代にかけて造られたとされる200枚もの板碑が出土している。
境内に「光明寺荒塚古墳1号墳」(円墳)があるが、最近、弥生時代の竪穴式住居跡や
横穴式古墳が発見された。環状8号線道路建設で墓地移転などのため寺域は縮小したが、
山門、本堂などは往時の面影をとどめている。

日本画を習い始めた頃、満開の桜と昔の中門だったといわれる山門をスケッチしたことがある。
また、境内と道路の間にある光明寺池を描いたこともあった。
光明寺池は、多摩川の流路の名残といわれるが、この池の周りに、高いフェンスが出来て
立入禁止となってからどのくらい経つだろうか。

    
田園調布局
  田園調布 洗足池
     洗足池 区花 梅 区鳥 鶯              洗足池

環状8号線と中原街道の交差点に面して田園調布郵便局、田園調布警察署が、そして
環八に面して田園調布消防署がある。昨年暮、痛ましい交通事故があったのはこの交差点だ。

郵便局からもっとも近い、東急池上線(蒲田―五反田)雪が谷大塚駅から旗の台駅までは、
中原街道とほぼ平行で、2つ目が洗足池駅。
洗足池駅を出て、目の前の中原街道を渡ると「洗足池」公園で、道に面した南側には
ボート場やレストランがあり、桜の時季をのぞけば、平日は比較的静かな公園だ。

昔から風光明媚な池として知られていたが、安藤広重の画にも描かれたりと、江戸近郊の
名勝として有名だった。また、病気治療のため身延山を下りた日蓮が池上宗仲の屋敷に
向かう途中、この池に立寄って足を洗ったという伝説があり、袈裟をかけたと言われる
「袈裟掛けの松」(3代目)が残る。           (洗足池畔の大樹

かつては「千束の大池」と呼ばれていたが、日蓮にまつわる伝説によって、いつの間にか
「洗足池(せんぞくいけ)」と呼ばれるようになったとか。
勝海舟夫妻の墓所、西郷隆盛留魂碑があるほか、千束八幡神社境内には、宇治川の戦いで
梶原景季と先陣争いをした佐々木高綱の愛馬「池月」に因んだ「池月の像」などがある。

  図書館

洗足池の東側に隣接するのは、区立洗足池図書館。この図書館はよく利用しているが、
区立図書館の中でも比較的新しく、駅から近いこともあるのか、閲覧室はいつも混んでいる。
ここの車止めには、区の花「梅」区の鳥「鶯」区の木「クスノキ」などが描かれている。
旅・散策・イベント

大森にある絵タイル Ⅱ

2011年01月15日
大田区のNTTデータビル前の歩道には、いろいろな種類の絵タイルがある。古生代、中生代、
新生代の生物が描かれた絵タイルも多く、路上科学博物館のようだ。(「大森の絵タイル Ⅰ」 
          
           古生代 古生代
  
   中生代 カブトガニ
                           中生代     カブトガニ  アンモナイト 
 プレシオサウルス ランフォリンクス
   中生代 始祖鳥 プレシオサウルス   ランフォリンクス イグアノドン・ベルニッーサンシス             
     アッシリナ  アロサウルス
             アッシリナ                 アロサウルス
      アパトサウスポトリオス・ポンディルス
           アパトサウス            ポトリオス・ポンティルス
    ステゴサウルス オルニトレステス
          ステゴサウルス              オルニトレステス

       三葉虫 シーラカンス
        デボン紀(古生代)  三葉虫         新生代  シーラカンス

     化石 化石
          始祖鳥化石(中生代)        始新世(新生代)魚化石 メネ・ロンベア
  新生代
       ティアトリア          ハイエノトン          マストトン
  新生代
       トリチロドン           アナカレ          チラコスミルス
旅・散策・イベント

大田区ってすごい?!

2011年01月14日
東京23区で発行の区報は、地元の大田区のほか、杉並、目黒、品川、世田谷、港区の分を
駅や図書館で手にとることがあるが、構成やレイアウトに工夫が凝らされていて面白い。
今年初めの「おおた区報」は、大特集「おおたの自慢」がカラーで紹介されている。

「広い」 面積は23区最大(59.46k㎡)。
区北西部の丘陵地帯は、武蔵野台地の南東端にあたる。南東部は、海岸や多摩川により
自然隆起と堆積によって出来た沖積地と、それに続く埋立地


         羽田空港        
昨年10月、羽田空港は大田区と世界をつなぐ新たな玄関口となった。(「風景印」大田区 Ⅰ
多い」 乗降客数(6200万人 平成21年度)は日本一!世界第5位。
「高い」 昨年完成した管制塔の高さは日本一。


「多い」 銭湯の数は23区で最も多く、黒湯の温泉を含めて56軒あるそうだ。
「多い」 工場数・従業員数は23区で最多。
人工衛星に使われる精密部品や新幹線のシリンダ―なども作られている
そうだ。
ほかに、江戸時代から海苔の養殖で栄えたことから、海苔問屋が多い

「古い」 「池上本門寺五重塔」(国重文)は関東で最古(1608年)。
徳川二代将軍秀忠の乳母である正心院の発願により建立された。
「風景印」大田区 Ⅱ
     
池上本門寺から西へ行くと、千鳥郵便局の風景印にもある光明寺に出る。
光明寺の池は、はるか昔、古多摩川の流路の跡だったといわれ、光明寺から南に行くと、
現在のガス橋辺りに「平間の渡し」が、多摩川大橋あたりに「矢口の渡し」があったらしい。
古多摩川の流れに平行して、古鎌倉街道を南に行くと、南北朝の武将、新田義興(よしおき
謀殺に加担した船頭頓兵衛が建てたとされる「頓兵衛地蔵」、更に進むと「新田神社」がある。

「古い」 新田神社の破魔矢は日本で最初。
平賀源内の考案で、厄除招福・邪気退散の「矢守」として、新田神社の裏手の新田義興の
墳墓にある「旗竹」を使って作られたという。

2007年から始まった多摩川アートラインプロジェクトの一環として、東急線武蔵新田駅
ホームにはアートディレクター浅羽克己氏の作品「破魔矢」が立つ。
「長い」 新田神社に最も近い武蔵新田駅の前に広がる「商店街の長さ」は都内一。

新田神社 破魔矢 
           新田神社と ご神木のケヤキ           ホームに立つ「破魔矢」

「古い」 「田園都市」として開発された街並みは、日本で最初(大正末期)。 
「古い」 トーキー映画は日本で最初。松竹キネマ蒲田撮影所で撮影された
「マダムと女房」(昭和6年)。
撮影所の跡は大田区民ホールアプリコとなった。
数年前までは、展覧会の会期中、ここによく通った。最近は、孫りんりんのピアノ発表会のとき。
「古い」 バレンタインチョコ。 
大森のメリーチョコレートが特売会を百貨店で開いたのが初めて(昭和33年)。     
「古い」 給食のあげぱんは、小学校の調理師の考案(昭和27年頃)。

あげぱんは今でも人気メニューとか。私の小学校の給食は、コッペパンと脱脂粉乳の時代。
たまに登場した「あげぱん」のおいしかったことを想い出す。

話は「おおた区報」に戻るが、3面までが「おおたの自慢」で、4面が「写真コンクール」
発表と「土・日曜、祝日や夜間に病気や歯痛になったら」の医療機関の案内記事だった。
今まで気に留めていなかったが、区報には、毎号こういった情報が載っているのだ。
小児科、内科、眼科、歯痛、薬(処方箋調剤)のほか、接骨(ほねつぎ)まで。
幸い、こうした医療機関に家族だれもがお世話にならなかった年末年始だったが、
私の顎関節症はよくならず、正月明け早々、口腔外科へ駆け込むことになってしまった。
旅・散策・イベント

やっと完成!マイ カレンダー

2011年01月13日
ここ数年、年末になると、孫の写真で明年版のカレンダーを作っている。(カレンダーつくり
孫がりんりん1人だったときは1種類だったので、早目に完成したものだが、
孫が3人になってからは、1年分の写真から各月1枚を選び出すのは結構大変な作業で、
翌年までかかることが多い。
わが家に頻繁に顔を出すりんりんの写真は、私のパソコンにも入っているが、ゆうゆうの方は、
データー画像を受取るのが12月下旬になる。
まず、ゆうゆうの祖父母のお宅用に取り掛かり、とにかく1種類は年内に間に合わせ、
その後、別の写真を使って、数種類のカレンダーを作ることにしている。

今までは葉書版、CD版などの卓上用、壁掛け用などのキットを買うことが多かったが、
今回は初めて大判の壁掛け用のものを買ったため、思いがけず、時間がかかる結果となった。
スナップ写真を大きく入れるとなると、画像が粗くなるので、数枚を重ね合わせることにした。
ゆうゆうあいあいの姉妹はツーショットを選び、画面の縦横も考えなくてはならないのだ。

    カレンダー
                 りんりん用のA4版カレンダー
            
1月初め、ゆうゆうのところと岩手の祖父母のところが終わったので、各月に3人の孫を
登場させたものをわが家用に作り始め、片面にわが庭の猫たちの写真を載せたりと凝り出した。
最後、りんりんの分を作る段になって、更に凝って、スカイツリーを背景にした科博の屋上の
写真の下面に、同じ場所で撮ったスカイツリーの写真を、将棋をさしている写真の下には
「将棋の駒の進め方」を入れて、彼が暗記を試みたことがある「雨ニモマケズ」を表紙にした。
りんりんに渡したときの反応が楽しみだ。

このカレンダーづくりが終わって、やっと私の2011年が始まった。とはいえ、年末に
終わる予定だった2階の押し入れの片づけなど、やり残したことがまだまだ山積している。
身近な人びと

ふうちゃん まだまだ元気

2011年01月12日
わが庭が猫たちの棲み家になったキッカケは、1匹の雄猫だった。 
2006年3月半ば、突然の入院で父がいなくなった庭にやって来た大きな猫に、
当時2歳の孫りんりんと「ふうちゃん」という名前をつけて、ときどき餌をやったりした。
ふうちゃんはすでに地域猫として、去勢済みだったようで大人しく、人なつっこい猫だった。
猫は小さな子どもを嫌がると聞いていたが、ふうちゃんりんりんにもすぐに慣れた。

           2006.5 2006.5

そのうち、チャトランを連れて来て、そのチャトランチビを連れてくるようになると、
ふうちゃんはほとんど姿を現さなかった。     (ネコ紹介 Ⅰ

そんなふうちゃんを近くで見かけるようになったのは、3年経った頃だった。
やつれていて違う猫かと思ったが、「ふうちゃん!」と呼びかけたら「にゃ~ん」と返事。

ご近所のMさんが引っ越されて、そのあとに建売住宅が数軒建った。
恐らく、彼のテリトリーはMさんの庭周辺だったのだろう。
わが家の門の近くまでやってくるようになったのは、1年前。皮膚病に罹っているようで、
毛の艶もよくなかった。

   2009
                    2009.3                     2009.8

今年のはじめ頃から、わが庭へも入ってくるようになった。
あちこち歩き回り、懐かしい!とでもいうようにそこここに顎をこすりつけていた。

   2010
                    2010.2                     2010.6

            2010.10 2010.10

最近は、朝、玄関のドアを開けると「にゃあ~ん」。夕方、だれかが帰ってくるのを
門の内で待っていることもあった。庭で日向ぼっこをすることもある。そんなときは、
わが庭で育ったケシトラふうちゃんには近づけない。

     2010.11
             「だれだろう!? あの貫禄のあるネコは・・・」
           2010.11
           2010.11
                   「通らせてもらいます」 

毛の艶もよくなり、歯も悪くないようで、ドライフードも問題なく食べられる。
樹に登るところは見ていないが、塀の上に難なく跳び移る。意外と身軽なふうちゃんだ。
これからも貫録たっぷり、元気な姿を見せてくれることだろう。       
動物など

鏡開き

2011年01月11日
今日は「鏡開き」。京都では4日に、松の内を15日とする地方では15日または20日に
行われることもあるという。
お正月、神様は全ての人や物に新しい生命を与えるために現れる。お供えした鏡餅には
神様の霊が宿っているので、松の内が明けてから「鏡を開く」つまり、刃物を使わず木槌などで
叩き割った餅を雑煮や汁粉などにして、新しい生命をいただくのだという。

大小2つの平たい円餅を重ねて神仏に供える正月飾りとして知られている鏡餅は、
文字通り円い鏡の形を表しているとか、心臓の形を表しているとか、また、丸く円満な
人間の霊魂をかたどっているなどともいわれている。同時に、年神様の神霊が宿る聖なる供物、
歯固めの願いが込められた硬い供物でもあるそうだ。

      旧長崎家 1.2 
               「岡本民家園」旧長崎家住宅の正月飾り

          床の間
                      床の間の鏡餅

「海老」は腰が曲がるまでの長寿を祈り、「橙」は代々大きくなり落ちないという縁起物。
「よろこぶ」の語呂から「昆布」。勝ちの語呂から、ゆでて干した栗の実「搗栗(かちぐり)」。
ほかにも、串で刺すように財が集まるという縁起を担いで「串柿」。
「裏白」「譲葉」などの飾り葉も、代々の繁栄を祈る意味がある。

  仏壇 神棚
            仏壇                      神棚

              竈
                 竈神・荒神(かまどがみ・こうじん

納戸には「納戸神」、井戸には「水神」、厠には「厠神」。民家園の井戸にも厠にも
鏡餅が飾られていた。納戸神は寝室としての納戸に祀られる神様で主婦の守り神でもあり、
私的なものを守る神様。植村花菜の歌ではないが、「トイレの神様」「厠神」は、
昔から女性のお産を守る神様で大切にされてきたそうだ。

最近は、鏡餅を飾る神棚、床の間、畳の部屋がない家が増え、玄関、サイドボードや
テレビの上などにお供えする家が多いようだが、薄型テレビの上には置けなくなった。
そのため、台座をなくして壁掛けにしたり、テレビ上部に固定して挟むタイプが作られたり、
また、薄型テレビに代わったテレビ台の空きスペースに置ける箱入りの低いタイプなども
発売されたという。
鏡餅を飾る家が減っているというが、形や飾り方は変わっても、大切にしたい正月行事だ。

日本鏡餅組合のサイトを覗いていたら、面白いものを見つけた。
この組合が毎年募集している「鏡餅」の川柳だ。
     正月を正座して待つ鏡餅           (2006年優秀賞
     ひび割れて古武士の如き鏡餅       (2007年優秀賞) 

第4回(2009年)から、一般と小中学生の部に分かれ、「年末年始の行事」川柳募集になった。
その中で、私のことではないかしら?と思った3句を見つけた。
     三日目で目標忘れるお正月         (2010年一般の部)  
     初夢に納得できず二度寝する        (2010年一般の部) 
     ことしこそきょねんもいったきまりうた    (2010年小中学生の部)
つれづれ

大森にある絵タイル Ⅰ

2011年01月10日
「大森貝塚」は、品川区と大田区にまたがる縄文時代後期から末期の貝塚。
アメリカ人動物学者E・S・モースが、1877年(明治10年)横浜から新橋へ向かう途中、
大森駅を過ぎて、崖に貝殻が積み重なっているのを列車の窓から発見、発掘調査を行った。

大森貝塚に関する石碑は、品川区側の遺跡一帯に整備された大森貝塚遺跡庭園内の
「大森貝塚」と大田区側の大森駅近くにある「大森貝墟」の2ヵ所。(「風景印」大田区Ⅰ

縄文土器の絵タイル  大田区内 
大森貝墟は、NTTデータ大森山王ビル敷地内にある。
このビル前の歩道や階段などに、たくさんの楽しい絵タイルをみつけた。
     
           記念碑
                 貝塚発掘125周年記念の碑  大田区
 
           土器
                  釣手形土器          注口土器
    浅鉢型土器深鉢形土器
             浅鉢形土器               深鉢形土器
         深鉢形土器
                         深鉢形土器
        深鉢形土器
 
縄文土器の絵タイル  品川区
大森貝塚遺跡庭園の脇にあるJR京浜東北線の地下通路の壁面に土器の絵タイルがある。                                                             
                 土器 
                 何にでも使えそうな大きさと形です。
                 この器は、底に模様が付いています
。                
 煮炊の図      953no6.jpg
  主に煮炊きをするのに使われたようです。    ひもを通した穴があります。      
  木の実や貝などを煮たのでしょう。         どのように使われたのでしょうか。 
                                ランプと言う説もあります。
 
旅・散策・イベント

「風景印」 大田区 Ⅰ

2011年01月09日
大田区内の風景印が置かれた郵便局は6局。23区面積ランキング1位の割には少ない。
因みに、品川区は5局、中野区と荒川区は4局。
人口では大田区3位で、1位は世田谷区(2009年)。

大田区の6局は、蒲田、大森、千鳥、田園調布の本局とビルの中にある羽田空港内局と
流通センター内局。空港内局は蒲田本局管内、流通センター内局は大森局管内である。 


蒲田局             
             蒲田
                    PIO アプリコ 飛行機                          
        ピオ アプリコ
      PIO バスの車窓から       アプリコ(大田区民ホール)

PIO(大田区産業プラザ)は、Plaza Industry Otaの略。展示場、会議室、経営・技術
支援機能を備えた施設で、高層部分の鋭角三角形のデザインが特徴的。鋸の形と聞いた
ことがあるが、土地の有効利用のためにこのような形になっただけのようだ。

ここで毎週水曜日夜に開かれていたサークルを知り、中国語学習を始めたのが10年前。
入会して数年後、会員数が減ったためにこの会はなくなったが、今でも李老師と年賀状を
交換したり、区役所にお勤めのK同学とは、年に数回はお目にかかっている。

PIOは京急蒲田駅が近い。ピーク時には1時間に40分以上も遮断機が下りていたという、
京急蒲田の「開かずの踏切」は大きな難所だった。夕方、ギリギリで中国語学習会に向かう
お陰で遅刻も度々だった。この踏切も昨年、京急蒲田駅付近の上り線が高架化された。
これでPIOにも羽田空港にもスイスイと行けることだろう。
     

羽田空港局東京流通センター内局  
   羽田空港    流通センター
     東京国際空港ターミナルビル            東京流通センター モノレール
     管理棟 スカイアーチ 飛行機              クローバーチェンジ
羽田空港流通センター
     展望台より / バス車窓より                  流通センター    

昨年10月21日、国際線ターミナルが開業した。     (りんりんにはお馴染みの空港)    
羽田空港へは、蒲田駅から京急バスに乗り国際線ターミナルで下りた。
郵便局を訊ねると、第1旅客ターミナルにあるといわれ、空港内バスで移動。
バスの中は大きなトランクを持った人たちで超満員。このまま、上海でも札幌でも、
どこでもいいから飛んで行きたい!という衝動に駆られた。

はじめて飛行機に乗ったのは、忘れもしない1999年4月。 (想い出の旅 雲南省麗江
羽田から関空経由で昆明空港まで。「雲南省&貴州省のスケッチ旅行」だ。
空港内に入ったのも初めてだったが、私以外の10人は皆、空の旅に慣れた人たちばかりで、
ただ付いて行けばよかった。そんなことを懐かしく思い出した。

羽田空港からモノレールに乗って、流通センター駅で途中下車。
ここは、随分昔になるが、ここで開かれたバーゲンセールに何回か行ったことがあった。
周りの景色はその頃とさほど変わっていないようだ。
郵便局で風景印を押してもらって、帰りはバスでJR大森駅に出た。


大森局 
  大森  大森駅
   大森貝墟碑 万年筆と原稿用紙        大森駅ホームにある碑

大正後期から昭和初期にかけて東京府荏原郡馬込村を中心に「馬込文士村」が形成され、
多くの文士、芸術家が暮していた。現在の大田区山王、馬込、中央の一帯。
「馬込文士村のレリーフ」には、尾崎士郎・宇野千代夫妻など著名人の顔が並んでいる。
北原白秋、三好達治、室生犀星、萩原朔太郎、川端康成、山本有三、石坂洋次郎、
小林古径、川端龍子、徳富蘇峰、三島由紀夫などなど。

         文士村レリーフ
           「馬込文士村レリーフ」 JR大森駅前天祖神社脇      

JR大森駅西口のレリーフ前に、駅からの3時間や5時間の散策コースが紹介されている。

  大森貝墟
             線路脇に立つ「大森貝墟」碑

大森貝塚は「日本考古学発祥の地」と呼ばれている。
「大森貝墟」の碑は山王のNTTデータビルの裏に、線路の方を向いて立っている。
横浜から東京に向かう汽車の窓から貝塚を発見したのは、アメリカのE・S・モース博士。

 品川区
          品川区立大森貝塚遺跡庭園にあるモース博士像

昭和4年、大森貝塚遺跡庭園(品川区)に「大森貝塚碑」が、翌年、「大森貝墟碑」が建てられ、
貝塚の位置をめぐる「混乱」は大きくなり、両方の碑は、「国指定史跡 大森貝塚」に指定された。
モースたちの発掘から100年目(昭和52年)、大森貝塚発掘時の文書が発見されたことで、
「モースの大森貝塚」は、現在の大森貝塚遺跡庭園の位置にあたることが明らかになった。

以前、大森駅から品川区の遺跡庭園やその先の品川歴史館まで行くことが度々あったが、
たいてい、急いでいることが多く、「貝墟」碑まで行ったことはなかった。
旅・散策・イベント

お正月の空

2011年01月08日
年が明けて、真っ先に撮ったのは空の写真だった。上を見ながら歩いて、環八に出ると、
頭上に広がる空、刻々と変わる雲の表情に惹かれて、東の空、北の空、南の空と、
シャッターを押していたら、いつの間にか信号が変わっていた。

1月1日 
        8:40 8:40
           近くの空地    大田区                 8:40                                        
        8:45  8:45
              環八    大田区                8:45 
                        
多摩川丸子橋付近  大田区
   9:20
          浅間神社より                            9:20     

浅間神社から多摩川を隔てて、はるか遠くに雪を冠った富士山も見えた。
ご朱印帳を持参したが、三箇日はご遠慮下さいと言われてがっかり。
   
岡本民家園  世田谷区
           12:10
                                       12:10   

1月2日 台東区上野   
国立東京博物館   
    9:45
                                              9:45            
国立科学博物館 地球館屋上  
        11:40 
                     スカイツリー方面           11:40
    11:45
                    池袋方面                 11:45   

白金高輪  港区  
           13:40 
                                     13:40

1月4日 東京丸の内
    15:15
        工事中の旧中央郵便局                    15:15
旅・散策・イベント

和太鼓の響き

2011年01月07日
1月2日と3日、トーハク(東京国立博物館)では「新春イベント」が行われた。(上野のお正月
2日の朝、「博物館に初詣」をして本館を出ると、池の前では「和太鼓御響(わだいこ おびき)」の
演奏が始まるところだった。前列に敷いてある緋毛氈のすぐ後ろに立つことが出来た。
和太鼓の演奏を間近で鑑賞するのは初めてだった。

        準備中 9:40 
                   1時間前から準備

「和太鼓御響」は、主にステージ演奏を中心に創作和太鼓を演奏しているグループだそうだ。
千葉県柏市を中心に活動しているが、全国でも大活躍。昨年はフランス遠征もしたのだとか。

「風の詩」「夜叉」など4曲(だったと思う)をほぼ同じメンバーでつづけて演奏した。
太鼓の下の皮面から出る音は下にいくので、特に坐っている人たちはビリビリと振動が
伝わるという説明だったが、立っていても足の底から激しく力強い響きが伝わってきた。
 
        10:40 10:40

        11:00 11:00

        11:10 11:10              
            
     「夜叉」
        夜叉の面をつけて  11:10            11:15          
        「夜叉」 11:20

演じる若者たちは、4歳頃から始めた人ばかりで、そのキャリアは長いとのことだ。
練習は土日。演奏会前には朝から晩まで昼食抜きで猛練習。筋トレも欠かせないのだとか。

その後の「獅子舞」「紙切り」(林家二楽)も見たかったが、欲張らずに?と門を出ると、
チケット売場に並ぶ人、人、人! もう少し早く来れば和太鼓の演奏を楽しめたのに・・・。
国宝や重文などの特別公開は勿論、獅子舞、紙切り、和太鼓の演奏などの伝統芸能まで
通常の¥600で見せてくれるとあっては、見逃すわけにいかないのだろう。

そして私は、上野から「山手七福神巡り」の白金高輪(港区)へ。(初めての七福神巡り
旅・散策・イベント

上野のお正月

2011年01月06日
今日は24節気の1つ、「小寒」。「寒の入り」つまり寒さの始まりという意味。
実際にはこの頃になると寒さが厳しくなる。寒中見舞いはこのときから出し始める。
昨日、息子のところの寒中見舞い葉書を作り終えた。今日は私の葉書を作る予定だ。
欠礼葉書を出したので、頂く年賀状は少ないと思ったのだが、30枚ちょっとあった。

上野のトーハク(東京国立博物館)、科博(国立科学博物館)、そして動物園も1月2日から開館した。
トーハクに着いたのは、9時半の開門直前だった。チケットを求める人の列が出来ていたが、
パスポートを持っているお陰で、開門と同時に入って館内をゆっくりと回れてよかった。
リニューアルしたトーハクの本館の案内サインは変わり、中国語や韓国語表記が増えるなど、
また、今までの「常設展」は「総合文化展」と呼ばれるようになった。

     トーハク1.2
               昼を過ぎてもチケット売場に並ぶ列

新春特別展「博物館に初詣」 (1/2~1/30)
兎の季節といえば十五夜、秋を思い出しがちだが、一方で十二支の卯の季節は春、
時刻は夜明けを表し、まさに希望に満ちた新年のはじまりにふさわしい動物ともいえる。
さらに兎が多産なこと、また月の兎が不老不死の薬をついていたという故事もあって、
おめでたい動物でもある
」という。
 
        館内
               大きな時計と生け花   本館2階より

  大皿
  染付双兎図大皿 伊万里 19世紀       肩衣 黒麻地兎牡丹唐草州浜笹模様 19世紀 

    銅水滴
      金茶糸素懸威波頭形兜 17世紀       兎水滴  銅製19世紀

今回は、北斎の「冨嶽三十六景」のうちの22枚が展示されている。
    北斎の富士
           「深川万年橋下」          「下目黒の富士」               

科博・干支シリーズ「卯年のお正月」 (1/2~1/23)
日本館1階多目的室では、奄美大島と徳之島にしか生息していないアマミノクロウサギを
はじめとして、いろいろな種類のウサギの剥製と骨格、凡そ3500万年前のウサギの化石が
展示されている。
        科博2010.8
               
          ウサギの仲間
       ナキウサギ  アマミノクロウサギ ノウサギ  ユキウサギなど

また、花がウサギのような「うさぎ草」、普段は黒いのに、触れると真っ白になる貝
「海うさぎ」など、「ウサギ」の名をもつ植物、魚、貝等の標本も展示されている。
         
「ウサギフクロウ」(タテジマフクロウ)という何とも可愛らしい梟は、中南米に分布する梟。
デッサンしたことのあるコノハズクと比べると、耳のように見える羽角(うかく)は長いが、
さほどウサギに似ているとも思えないのだが。

             ウサギフクロウ
              ウサギフクロウ (フクロウ科)

この日、車内で見かけたスポーツ紙の見出しに「今年はピョンピョン卯年 ツキが来る」とあった。
上野動物園では、ウサギと一緒に記念撮影といった、子ども向けのイベントが行われたとか。
そういえば、わが家でも息子が小学生の頃、ウサギを飼っていたことがあったが、なかなか
じっとしていなかった。動物園のウサギたちは大人しく抱っこさせてくれるのだろうか。
来年は辰年、そして再来年は巳年。干支の動物との撮影会は、当分、無理だと思える。       
旅・散策・イベント

民家園のお正月

2011年01月05日
今年のお正月はKさんと群馬県沼田市の呉さんのところを訪れる予定だったが、年末になって、
厳しい寒さに怖気づいて中止した。
除夜の鐘を撞きに行こうと張り切っていたのだが、それも数時間前に断念した。
初日の出はどこでみようか?一昨年は横浜ランドマークタワー、昨年は東京タワーだった。
今年は羽田空港に?と思っていたのだが、急遽止めてしまった。年々億劫になるようだ。

そんなわけで、世田谷区の岡本民家園の正月飾りと獅子舞を見に行くことにした。
「岡本民家園」は、東急線二子玉川駅前から歩けば20分くらいだが、バスに乗った。
その先にある成城学園駅に近い「次大夫掘民家園」に比べて小規模だが、江戸時代中期に
建てられた茅葺民家と土蔵が移築されている。
  
    岡本民家園
                               旧横尾家住宅椀木門

民家園の上にある「岡本八幡」では、「岡本囃子」が聞こえるなか、初詣の人たちに
お神酒や甘酒のほか、炭火で焼かれたお餅も振舞われた。
出されたコップがあまりに軽いので、まだ注がれていないのかと、コップを差し出した。
入ってますよと言われてよく見ると、底にわずかにお神酒が!何と恥ずかしかったことか。

       民家
                       旧長崎家住宅

       羽根つき竹馬
          貸し出された竹馬、けん玉、コマ、羽子板と羽根などで興じる
  コマ
   
神社の真新しい舞台で行われていた「岡本囃子」と「獅子」が民家の前に下りて来たのは、
予定の時間を大分過ぎていた。民家の前には大勢の家族連れが集まっていた。
お獅子が角に置かれると、子どもたちが恐る恐る近寄っていく。その様子が実に面白かった。

     お獅子と子どもたち
                          
     天狐 獅子 ひょっとこ

やっと始まった「天狐」「獅子舞」。獅子舞は疫病退治、悪魔払いと信じられてきた。
獅子舞は何度か見たことがあったが、獅子舞の途中で「ひょっとこ」に変わるのは初めてだ。
ひょっとこの首がほんのりと赤く染まっていた。お神酒を大分きこし召されたようだ。
やっと予定がオーバーした訳がわかった。

     獅子
              頭噛みのお祓い  若い親たちに大人気

因みに、「岡本民家園」「次大夫堀民家園」とも、正月飾りは6日まで。2~4日までは休園。       
旅・散策・イベント

はじめての「七福神めぐり」

2011年01月04日
例年のことだが、年末から正月にかけて息子も娘もそれぞれの連れ合いの実家へ帰省する。
母のデイサービス(通所)は昨日から始まったが、私の気功、絵や中国語の教室はお休みだ。
まだ整体院や病院の予約もない。私にとってお正月は1年でもっとも暇な退屈な時期だ。
10年くらい前までは、七草の頃まで父の来客が多く、あんなに忙しかったのが夢のようだ。

こんなとき、絵の下図つくりや中国語の勉強をすればいいのだが・・・。
歩けるうちに、お正月らしいことをたくさん体験したいと思って、飛び出していく。
昨年は、池上本門寺(大田区)で初めて「猿回し」と「梯子乗り」、浜離宮庭園(港区)で
「放鷹術」を見た。                 (黒松の老木たちはしご乗りの妙技

今年は「七福神めぐり」をしてみようと思い立った。ごんさんを誘ったが、りんりんから預かった
ショウチャンと遊びたいからか、あっさり断られたので、ひとり巡りとなった。

「七福神」は、インド、中国、日本の福を授けてくれる7柱の神。
七福神信仰は、室町時代中頃から始まり、江戸時代中期に庶民の間で信仰の一つとして
定着したもので、元旦から七草までの間に七福神を巡り歩き、一年の家内安全、無病息災、
商売繁盛を祈願するというもの。

ネットでのぞくと、都内の七福神めぐりだけでもたくさんあった。
都内で一番古い「谷中」、武芸と学問の神「亀戸」、江戸文化を堪能する「浅草本所」など、
迷ったが、おみくじ入りの七福神ダルマに惹かれて「江戸最初・山手七福神」に決めた。
「山手七福神」は、江戸城の裏鬼門守護のため、将軍が鷹狩の際に参詣した「目黒不動堂」の
参詣道筋に設置された、江戸時代からつづく江戸最初の七福神めぐりだと言われる。

ここの七福神めぐりの最寄駅は、JR目黒駅と白金高輪駅(東京メトロ/都営地下鉄)。
まわった順番でご利益が違うといわれ、目黒不動、蟠竜寺、大円寺から廻ると商売繁盛。
覚林寺、瑞聖寺、妙円寺から廻ると無病息災・長寿祈願というので、白金高輪駅で下りて、
目黒通りを目黒駅を抜け、行人坂から山手通りを越えて目黒不動へというコースをとった。
そして東急線不動前駅に出た。

覚林寺 毘沙門天 インドの神様。災難よけ。別名 多聞天。   
    覚林寺
                 
瑞聖寺 布袋尊  中国禅宗の僧侶がモデル。豊かな暮しと円満な家庭の守護神。    
    瑞聖寺 
          重文 瑞聖寺大雄宝殿 

妙円寺 福禄寿尊   中国の神。幸福、財産、長寿の神様。
      寿老人尊   中国道教の神。学芸、智慧、長寿の守護神。                         
 妙円寺 大円寺
             妙円寺                    大円寺
大円寺 大黒天  インドのシヴァ神と日本古来の大国主命の習合。食物・財福を司る神。 
      大円寺  
            大円寺  薬師如来         八百屋お七の碑
 
江戸の町に大火を出して処刑された八百屋お七の恋人吉三は、お七の死後、出家して
西運という僧になり、明王院(現在の目黒雅叙園付近)に身をよせた。
行人坂を石畳に直したり、目黒川に太鼓橋を架けたのは西運だと言われている。

蟠龍寺 弁財天  インドの水の女神。音楽の神とも言われる。智慧、弁才、財を司る。     
    蟠竜寺
                            
瀧泉寺 恵比寿神  古くは「大漁追福」の漁業の神。商売繁盛、五穀豊穣の神。     
      滝泉寺
瀧泉寺(目黒不動)の開基は平安時代。江戸時代には徳川家光の信仰も篤く、
53棟にも及ぶ大伽藍は「目黒御殿」と呼ばれた。

各寺でおみくじ入りのダルマを買ったが、結果がよくないと中断してしまいそうなので、
おみくじは見ないで次のお寺へ向かった。
30cmある台は、大円寺で購入。ダルマも台も500円。すべて揃えて4000円也。
帰宅後、開いたおみくじは、大吉が5枚、吉が2枚だったこともあるが、七福神の置物を
買うよりはるかにいいと自己満足している。

  七福神ダルマ
   布袋尊   寿老人   福禄寿尊  弁財天   毘沙門天  大黒天  恵比寿神  
                          
「山手七福神巡り」の栞に、約2時間半コースと書かれていたが、行き過ぎて遠回りしたり、
足の裏が痛くなったりを耐えて歩き通した結果、2時間ちょうどで巡り終えた。
この日のケイタイの歩数計は2万2千歩を超えていた。もっとも、午前中は上野のトウハク
(東京国立博物館)と科博(科学博物館)で大分歩いたので、1万5千歩くらいだろうか。
せめて週に1,2度はこのくらい歩くといいのだろうが。
旅・散策・イベント

ダルマさん にらめっこしましょ

2011年01月03日
今日は、川越市の「厄除のお大師さま」として 広く知られている喜多院の初大師の縁日で、
恒例の「だるま市」が行われる。関東各地の「達磨」を売る約50の露店が並ぶという。
川越の街や喜多院は何度か訪れ、蔵や喜多院の羅漢さんをスケッチしたことがあるが、
まだ、「だるま市」には行ったことがない。

昨年、他界した義父から遺品の手拭をもらったが、中に「縁起達磨」の手拭が数枚あった。
義父が静岡県下田市の下田達磨大師(向陽寺)で手に入れたものらしいが、どれも使うことなく
大事にしまってあったものだ。                   (義父が残した手拭) 

    手拭
                       大願成就 縁起達磨

久しぶりに広げて眺めると実に楽しい。北は仙台から南は沖縄まで32体のだるまさんが
こちらを見ている。起上りこぼし、姫達磨、鉢巻きをしているものなど、よく見ると
達磨は赤いものだと思っていたが、沖縄の達磨は黄色。この頃は、黄色、白色、緑色、
金色などを基調としたものも登場したというが、甲府市の白い「親子達磨」は珍しい。

         手拭左     
沖縄達磨(那覇市) 高知の女達磨(高知市)  大阪達磨(柏原市) 名古屋鉢巻達磨(名古屋市)  
博多達磨(福岡市) 長州達磨(山口県秋芳町) 京都達磨(京都市) 近江達磨(能登川市
竹田姫達磨(竹田市) 博多起上り(福岡市) 玉島目無し達磨(倉敷市) 大井川達磨(大井川町)    
豊後七福(別府市) 松山姫達磨(松山市) 姫路鉢巻達磨(姫路市) 加賀八幡起上り(金沢市)      

         手拭右
親子達磨(甲府市) 岡谷達磨(岡谷市) 青梅姫達磨(青梅市) 久の浜達磨(いわき市)
甲府達磨(甲府市) 多摩達磨(西多摩郡) 柏あやめ達磨(柏市) 白河達磨(白河市)
森大黒起上り(静岡県森町) 厚木達磨(厚木市) 光達磨(千葉県) 高崎達磨(高崎市)
松本達磨(安曇郡) 狐達磨(新発田市) 岩槻達磨(岩槻市) 七五三達磨(仙台市)
  
だるまから派生したものには、「だるま落とし」の玩具、「だるまさんが転んだ」の鬼ごっこ、
「にらめっこしましょ」などの遊びがある。
スーパーの正月用の玩具コーナーに羽子板、独楽などに混じって「だるま落とし」があったが、
こうした玩具で遊ぶ子どもはどのくらいいるだろうか。大人たちにとっては懐かしい玩具だが。

       玩具
  羽子板¥800~1000 羽根は¥150 花屋さん    スーパーの木製玩具売場  

半年前、孫ゆうゆうが熱を出したとき、江戸東京博物館で買っておいた「だるま落とし」を
持って行き、腕前を披露しようと思ったのだが、なかなかうまくいかなかった。
あちこちに赤や黄色の円柱が飛ぶ様子が可笑しかったらしく、大受けした。
5歳になったばかりのゆうゆうは今、プリキュア、妹あいあいはままごと遊びに夢中だ。
あのダルマさんだけは、木槌で叩かれることもなく、玩具箱の底で休んでいることだろう。
つれづれ

うさぎ年のダルマさん

2011年01月02日
      高崎 干支だるま
                    高崎干支だるま 卯年 
                   
高崎市のだるま屋さんが作ったオリジナルの干支だるま(奈良中川政七商店)を手に入れた。
高崎市は日本一のダルマ生産地。上州のだるま作りは300年の歴史を有するという。
この卯の「高崎だるま」は、光のあたり具合によってはお猿さんのように見えるが、
頭の上に耳が描かれているので、正真正銘「卯だるま」だ。

だるまの丸い形は家庭、社会の円満を表し、眉は鶴を、ひげは亀を、顎ひげは富士山を
モチーフとする縁起物。向かって右の目を開眼するとともに祈願をして神棚などに祀り、
願いがかなったときに、もう一方の目を入れて翌年の初参りの際、 お札などと一緒に
供養される習わしという。この儀式ができるように目を入れずに売られていることが多い。
すでに開眼しているこの兎のだるまの目はやさしい。

かなり昔、高崎のだるまだったと思うが、私の部屋に小さなだるまがいくつかあった。
さすがにもう残っていないが、どれも片目を入れて、何年もそのままだったように思う。

だるまが赤いのは、達磨が赤い衣を着ていたとされることに由来するが、その他に、
赤色には魔除けの効果があると信じられていたことや、疱瘡の神が赤色を嫌うと信じられて
いたことにも由来しているのではないかとされている。
(Wikipedia)

岩波新書の「ダルマの民俗学―陰陽五行から解く」(吉野裕子 著)を借りてきた。
この本のカバーには、「固く結ばれた口、二つの巨大な目……。赤いダルマは縁起物として
正月の市で売られ、選挙事務所にもおかれている。なぜ、これほどまで人びとのなかに
生き続けているのか。各地のダルマ信仰を紹介しつつ、先人たちが生活のよりどころと
していた陰陽五行の世界観により、その謎を探る。身近なモノを通して易・五行の世界へ誘う
ユニークな書
」とある。

だるまのモデルは、インド生まれの禅宗の開祖達磨大師の坐禅姿だとは知っているが、
吉野氏によると、ダルマは陰陽五行説にあり、五行でいう、いわゆる「火」の属性を
持つ呪物だという。
ダルマの形と色は上へ昇る三角形の「火」の象徴だと、仏教の火天、四神における朱雀などを
例にとり説明されている。
陰陽五行説は難しい。気功の楊先生も中国語の黄先生のお話の中にも、この五行説のことが
ときどき出てくる。近いうちに、もう少し勉強しておこうと思っているのだが・・・。
つれづれ
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