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幕を閉じた昭和の珈琲店

2011年12月31日
テレビドラマ『水戸黄門』が42年の歴史に幕を閉じた。
さすがのご老公も視聴率の低迷には勝てなかったようだが、郷土色豊かなドラマは、
伝統文化や美味しい食べ物、名産品の紹介など、ちょっとした旅番組のようだった。

ごんさんのもっとも好きな時代劇は(確かめたことはない)『鬼平犯科帳』だと思うが、
たまに『水戸黄門』も見ていた。私は時代劇は見ないが、歌の出だし部分は耳に残っている。
人生楽ありゃ苦もあるさ  涙の後には虹も出る  歩いてゆくんだしっかりと 
自分の道をふみしめて・・・
」(『ああ人生に涙あり』)

じ~んせい らくありゃ くぅもあるさ・・・」テレビっ子の孫りんりんが年長さんのとき、
この歌を歌ったことがあった。ごんさんが2番、3番の歌詞を書いてあげていた。
人生勇気が必要だ くじけりゃ だれかが先に行く・・・

今年夏、44年つづいた歴史に幕を下ろしたのは、JR阿佐ヶ谷駅前にあるコーヒー店
「可否茶館(こーひーさかん)」。
JR中央線中野~荻窪駅の高架化に伴ってゴールド街が誕生した昭和42年に
オープンした「日本最初の喫茶店」の流れをくむ店だった。「可否」は珈琲のこと。

私がこの店に入ったのは3回だけだが、オレンジ色の少し薄暗い照明の店内と
落ち着いたテーブルと椅子が印象に残っている。コーヒーは決して高くはない。
階段の途中には、「珈琲」のさまざまな呼び名が、古い板に刻まれていた。

明治21年に台東区上野で本格的なコーヒー店「可否茶館」を創業した鄭永慶さんは
店をわずか4年でつぶしてしまい、密航先の米国シアトルで亡くなった。
「庶民の文化交流の場を」という志を70年以上隔てて阿佐ヶ谷で復活させたのが、
開店当初の共同経営者の1人である鄭永慶氏の孫だったという。
経営は現在、もう1人の共同経営者の長男に引き継がれ、80年代前半には、
同じゴールド街の今の場所へ店を移したのだとか。

3年前まで、息子一家は阿佐ヶ谷駅の北側に住んでいた。この店のコーヒーが美味しいと
案内されたのが最初だった。次は、ごんさんもいっしょだった。
阿佐ヶ谷には喫茶店も多い。「可否茶館」は子ども連れで入るような店ではなかったが、
まだ小さかったゆうゆうがプリンを食べたのをはっきりと覚えている。

最後は、趙さん、同学のFさん、Sさんと共に、上海で闘病中の沈老師のことで集まった。
この店の落ち着いた雰囲気の中で、時折、涙ぐんだり、周りを気にせずにゆっくりと話ができた。

息子一家が阿佐ヶ谷駅の南側に越してからもゴールド街の前を通ることはあったが、
その年の12月に亡くなった沈老師のことを思い出すのが辛くて、店内に入ったことはなかった。

今年の秋、久しぶりに阿佐ヶ谷に行ったとき、ゴールド街にはシャッターが下りていて、
駅構内にあったパン屋さんなど、いくつかの店舗は白いテントで覆われていた。
いよいよ中央線高架下の改修工事が始まったようだ。

  ゴールド街
           シャッターが下りたゴールド街 2階が「可否茶館」
 感謝の辞
          感謝の辞
  可否茶館は八月末日をもって閉店いたしました。
  昭和42年にゴールド街ができてから今日まで
  営業を継続できたのも、ひとえに皆様のご愛顧の
  賜物と謹んで感謝申し上げます。
  皆様とともに歩み続けた歳月を振り返りますと、
  万感胸に迫るものがあります。
  ありがとうございました。 
                      店主



44年つづいた「可否茶館」のほかにも、ゴールド街には昭和の香りを色濃く残す店が多かった。
1つ、また1つと消えて行く店。昭和生まれの私としては淋しい限りだ。
明日から平成24年。「昭和は遠くなりにけり」を実感する。
旅・散策・イベント

護美箱と消火器

2011年12月30日
2011年も残りわずか2日となった。今年も我が家は大掃除抜きの年越しとなりそうだ。
大掃除は、12月13日に江戸城で行われていた「すす払い」が始まりとされている。
単に掃除を行い衛生的に正月を迎えるというよりは元旦に行われる「年神様」を迎える
ために清めるといった信仰的な意味があったという。

    ゴミ集積場
       ごみ収集も年内終了                残されたごみ??
                            
ごみ箱は、役に立たなくなった不要なものを入れて、一時的に集めておくための容器。
「ごみ入れ」「ごみかご」「くず箱」「くず入れ」「くずかご」、また、「ダストボックス」
(和製英語)「リサイクルボックス」と呼ぶこともある。「護美箱」の字を当てることも。

自動販売機脇などには飲料容器専用のごみ箱が設置されている。
公園や駅構内、大学などに置かれたごみ箱は、分別できるようになっていることが多い。
  公園
    一般ゴミ(可燃 不燃)カン・ビン ペットボトル               もえるゴミ  びん・カン
              六義園(文京区)                清澄庭園(江東区)

大学
 もえるゴミ もえないゴミ びん・かん ペットボトル            すいがら  カン ビン 燃えるゴミ 
          東工大構内(大田区)                 東大構内(文京区)

    杉並区役所 神宮前       
       もえるゴミ もえないゴミ あき缶入れ     カン・ビン ペットボトル その他のゴミ 
           杉並区役所               原宿表参道(渋谷区)

             ホーム
           その他のゴミ カン・ビン ペットボトル 新聞・雑誌   駅ホーム
                    
かつて屋外に置かれたごみ箱
              昭和のゴミ箱
                     目黒区       昭和くらしの博物館(大田区)

今年1年間の汚れをごみ箱に入れたら、きれいに消えてなくなるといいのだが・・・。

消火器 消火栓
            消火栓
                   江東区             文京区

             消火栓
                駒場東大構内 目黒区     向島 墨田区      

かつての防火用水槽
     防火用水
               墨田区                       杉並区
旅・散策・イベント

気になった「ことば」

2011年12月29日
毎年恒例の「今年の漢字」(財団法人日本漢字能力検定協会)は「絆」に決まった。
東日本大震災などの災害により、家族や友人との絆、助け合う人同士の絆など、また、
サッカー女子W杯で優勝した「なでしこジャパン」の絆の強さがその理由という。
因みに、2位は「災」、3位は「震」だったが、阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件が
発生した1995年にも「震」が選ばれている。

気象予報士森田氏によれば、気象関係者が今年の天候を表した漢字は「水」。
高知県簗瀬で1日の降水量日本1を記録するなど、今年はとにかく雨が多かった。
日本各地の雨量はおよそ5~10%増え、東京でも年間降水量の全国平均(1,610.6mm)を
5回も越えたという。
7月の新潟福島豪雨や9月の紀伊半島豪雨の土砂ダム災害だけでなく、タイの洪水など、
世界的にも局地的な大雨を記録した。
こういった雨の降り方を、7~8割の気象関係者は人為的な原因と考えているそうだ。

地下水位が上昇し、異常湧水の現象が起きているところもある。静岡県の富士宮では、
「異常湧水警戒本部」を設置して警戒しているそうだ。

      帰路 
          19:05            公衆電話に並ぶ列  19:45

ラジオリスナーのつくった四字熟語「帰路整然」を聞いて、3.11の大地震直後に8時間近く
かけて帰宅したことを思い出した。9か月経った今でも地震そのものより帰路の辛さの方が
トラウマになっているような気もする。外出中、ここで地震が来たら?電車が止まったら?と
ゾッとする瞬間がある。情報が入らないことがあれほど恐ろしいこととは思いもしなかった。

今、外出時にはラジオ(付のICコーダー)が欠かせなくなった。
「百花繚乱」は歓迎だが、つづく政治家の失言にはうんざり。「舌禍繚乱」が四字熟語辞典に
載る日が来ないことを願う。
        
12月8日ころのラジオだったか、今の若者たちにきくと、「B29」は柔らかい鉛筆、
「真珠湾」は三重県にあり、「英霊」はイギリスの幽霊だと答えたとか!

12月はじめ、運転センターに免許証更新に行った。タイミング悪く講習は始まったばかり。
廊下で長く待たされた。以前は代書屋で書類を整えて写真を撮ってから警察署へ行き、
再び写真を撮り、視力検査も時間がかかった。最近の更新はデジタル化されたためか、
ひところと比べるとずいぶんと簡単になったものだ。
目の前の壁に「高齢者交通安全川柳」最優秀賞が貼ってあった。
  
     川柳
            気持ちでは 渡りきれない 青信号
      
            家族には 毎日無事故を おみやげに
            素敵だね 光る足元 反射材
            免許証 返す勇気も 長寿法 
            慣れた道 「大丈夫」でも もう一度
            青だけど 次の青まで 待つゆとり


免許証の変わった点は2つ。
本籍が記入されなくなったこと、今までの「普通車」は「中型車」と表記されること。
さらに、保険証同様、裏面には「臓器提供に関する意思」を記入する欄ができた。
次回の更新は5年後だ。その頃には免許証の返納を考えようと思っている。
つれづれ

プラットホームに潜む危険

2011年12月28日
ホームから転落し列車にはねられたり、列車に接触して死傷する事故が増えているという。
今年4月から9月の半年間に全国で119件(自殺者をのぞく)起きていて、過去最多の
昨年を上回るペースで、統計を取り始めた平成14年の同じ期間の2倍を超えたという。
中でも、事故は首都圏で増えていて、全体のおよそ70%を占めているそうだ。

鉄道各社と国土交通省は、今月からキャンペーンを行って注意を呼びかけている。
駅で見かけたのは鉄道24社局合同キャンペーンの「プラットホーム事故0運動」のポスター。
ポスター
  お酒を飲んでいるとき、メール、音楽、ゲームに
  夢中になって歩いているときは
  自分は大丈夫と思っていたり、
  ポスターに目をやることもないのかもしれない。

  「あっ! 危ないですよ!その行為」
    お酒に酔ってのちどり歩き・・・
    メールに夢中になって歩く・・・
    音楽に夢中になって歩く・・・
    ゲームに夢中になって歩く・・・


ケータイやスマホ、ゲーム機などを見ながら歩いていて、ホームから転落する事故も多いが、
全体のおよそ60%が酒を飲んだ乗客が関係した事故。特に、金曜日の午後9時以降、
土曜朝に多く、月別では、忘年会シーズンの12月が最も多くなっているそうだ。
以前は、酒に酔ってタクシーで帰宅する客が多かったが、最近は電車で帰る客が増えた
ことも一因だとか。
駅に着いてドアが開いた。「降りるんだよ!開けてくれ~」と反対側のドアを叩く酔っぱらいも
いるらしい。自分の降りるべき駅がわかるだけマシかもしれないが、それにしても・・・!

     ケータイに夢中

国土交通省によると、鉄道をよく利用する視覚障害者の約半数がホームから転落した
ことがあるという。点字ブロックがあっても、ラッシュ時などに人がその上に立つと
分かりづらく、命取りになりかねない。

こうした事故を防止する効果的な切り札は「可動式ホーム柵」や「ホームドア」だ。
JR東日本では山手線の全29駅につくる計画だが、現在、恵比寿と目黒の2駅に
出来ただけで、全駅に出来るまでには何年もかかるという。

1273no01.jpg
   東急目黒線 目黒駅       丸ノ内線 四ツ谷駅      東急目黒線 多摩川駅

因みに、東京メトロ南北線、丸の内線、都営三田線、東急目黒線などには全駅設置済み。
エレベーター前の傾斜も危険。転落防止柵が続々と設置されている。

         エレベーター前
              転落防止柵  東急東横線 中目黒駅

今月半ば、銀座から電車に乗ったのは夜10時。車内で缶詰になることなく帰宅できたが、
電車に乗っていて「お客様がホームから線路内に転落しました。電車に遅れが出ています」
といったアナウンスが流れるのは日常茶飯事のこと。
この時期の夜ともなると、ケンカや酔っ払っての転落事故が増える。年末恒例の風景といえ、
電車の遅れは、帰宅を急ぐ仕事帰りの乗客には堪ったものではない。
つれづれ

長沙の人びと Ⅱ

2011年12月27日
Sさんご夫妻、中国人の友人Cさんたち一行の旅はつづいた。  (長沙の人びと Ⅰ

2日目、峡谷遊びから歩いて帰る途中、1軒の農家に立ち寄ったとき、Cさんは庭で餌を
ついばんでいた数羽の鶏の中から1羽を選んで、自分で絞めた。「昔は自分で絞めていたが、
今は生活が便利になり、そんな機会もなくなったので、自分でしてみたかった」のだとか。
夜はその農家で食卓を囲んだが、もちろん、正真正銘の「地鶏」も食卓に上がったそうだ。
中国ではここ数年、農家レストランでの食事はちょっとしたブームだといわれている。
  
             1303no2.jpg
              農家レストランで鶏を捕えたCさん
                       
馬に乗って茶馬古道を行くとき、軍で馬に乗っていたというCさんは、さまになっていたし、
峡谷渡りでも「スリルのあるのが大好き」と、実に活き活きしていたそうだ。

茶馬古道のある高城村は辺鄙なところで、その分、夜は静かで星がきれいに輝いていたので、
農家レストランからの帰り道、思わず『里の秋』を歌っていたら、ホテルに着くなり、
「カラオケに行きましょう」と誘ってくれました。
もうそこからはドンチャン騒ぎで、皆、歌は得意ではないのですが大きな声で歌い、
且つ踊ったりもしました。私は元来、歌も上手ではないし、カラオケもあまり行かないのですが、
このとき、「そうだ!楽しめばいいんだ」と思いました。(私はもう立派な「長沙人」ですね。)

 白沙
                       小淹鎮 資水

お別れの日、Cさんは「今回の旅は私の招待です。Sさんの夢の実現に役立って嬉しい」と
言われたそうだ。
遊ぶこと、食べることが大好きで、どんなことでも楽しくしてしまう、そして友のために
時間やお金を使うことをいとわない。優しくて一緒に居るのが楽しい、とてもすてきな
人達だと思いました。Cさんを通して私は長沙人がますます好きになりました。
長沙で早くもこんな良い友人を持っている夫が羨ましくなりました。
私にもこの先どんな友人ができるのか楽しみです。


長沙の人だけでなく、私の知っている中国人は皆「暖かく優しい」人たちばかりだ。
最近、なかなか中国へ行く機会がないが、中国へ帰国した友人たちに無性に逢いたくなった。
中国・中国の旅

長沙の人びと Ⅰ

2011年12月26日
中国湖南省の省都長沙に行かれたSさんから久しぶりにメールをいただいた。
11月の末になって、イチョウのほかにカエデも赤くなってきています。
花はツバキがほんの少し開花し始めています。花が少ない分、街を行くお嬢さんたちは
それぞれにおしゃれをして彩を添えています。こちらは、ピッタリしたスリムパンツに
くるぶしか、もうすこし長いブーツを履くのがはやっているようです。


長沙に移って、彼女はお経を唱えるように「安化!安化!」と繰り返したので、国慶節の
休みに「安化の旅」が実現したそうだ。              (茶馬古道 旅だより
彼女が作った簡単な計画書を持って、ご主人の友人Cさんを訪ねると、「中国の旅行には
もっと周到な計画が必要です。しかも、なぜ安化へ? あそこは避暑に向いています。
道はでこぼこでひどいし・・・」と驚かれたようだ。
彼女は必死になって「安化に行くことは、私の2年来の夢です。このパンフレットのところへ
行きたいのです。私は日本でずっとこのパンフレットを眺めていました」と叫んだそうだ。

          白沙渓茶廠正門
                       白沙渓茶廠正門

「この日本人がこんなものを日本から持ってきたよ」と、周りの人達にも見せると、彼らも
いっせいに「えっ!」と絶句してしまったとか。(長沙の人にとって、安化は田舎の
イメージがあり、旅行といえば、張家界か鳳凰古鎮、上海か広州が相場なのだとか。)
通訳ができるほどの彼女だから、これらのやり取りは中国語だろう。彼女の熱意が伝わった。
「分かりました。計画はこちらで立てます」と、部下のYさんも行くことになった。

旅の初日、指定された場所に行くと、待っていたのはYさんと大きな荷物。その内訳は、
ペットボトルの水1ダース、ポケットティッシュ1箱、バナナ、みかん、冬棗、落花生、
瓜子(ひまわりやかぼちゃの種)など。以後、支払いは何から何まで彼がしてくれたとか。

車に乗るなり、皆が果物や瓜子類を食べ出した。各自の足元にごみ袋を置いてあるのですが、
ごみ袋と車内はどんどん散らかっていき、中でも瓜子類はいつでも食べているようで、
食事が出て来るまでの間、ちょっとした待ち時間など。一方、クッキーやチョコレートの
ようなものは食べないそうだ。中国人は体によいものしか食べないようです。


          店の厨房
               レストランの厨房で注文する運転手のMさん(左) 

「農家レストラン」で食べることが多く、ここはメニューがなく、厨房でその日の材料を見て
客が決めるのだという。これは運転手Mさんの担当らしく、いつもご馳走が並んだそうだ。
夫も日本酒の1升瓶持参で、夜と言わず昼と言わず酒盛りが続きました。
《黒茶の故郷「安化」を目指して「茶馬古道の旅」はまだつづく。》   
中国・中国の旅

いろいろ学んだ1年

2011年12月25日
一昨日の23日、ゆうゆうと合同誕生会をしたりんりんが我が家に泊まった。
昨年はゆうゆうの風邪で中止になったが、今年は、我が家で誕生会ができた。
彼へのプレゼントは「Wiiのゲームソフト」、ゆうゆうは「りかちゃんのヘアサロンセット」など。
もう一泊する?と訊くと、いつもなら泊まると答える彼が一瞬戸惑った。
サンタへの手紙に自宅の住所を書いたので「ぼくの部屋にしか来ないと思う・・・。
ここには届けてもらえない」という。            (サンタさんは来たかな?
昨年はりんりんのところに来なかったサンタさん、今年はどうやら来てもらえただろう。

1年前、孫りんりんの家族になったショータンが明らかに理解している言葉は2つ。
自分の名前と大好きな「パン」。パンの耳もおいしそうに食べていたショータンだったが、
ベーカリーのおいしいパンがあるときは、「耳」には見向きもしない。
ショータンはパンの違いがわかる猫だと、りんりんと大笑いした。

      1年間
          家族になった日   2010.11         1年後     2011.11 
            
最近は、自ら箱の蓋を開けて入り込み蓋を閉めるという、箱入りの技も進歩した。
しばらく待っても誰も相手にしてもらえないと、つまらないのか箱から出てくる。
     
 箱入り
              2010.11      箱入りねこ       2011.11

りんりんの勉強  邪魔?見守り?
  見守り
   書きかけの日記の上に     2011.11      「まだ終わらないの~?」  2010.5     

       カーテン
               カーテンに隠れる術を習得   2011.1

 9月
        カクレンボは・・?                「お手」を習得   2011.9
      
壁は爪とぎの場所、カーテンはロッククライミングの練習場? 怒られてもめげない。
いつの間にか、壁紙がはがれていても何も感じなくなった人間。慣れとは恐ろしいものだ。

      1/1 3/11
          お正月     2011.1.1           大地震直後   2011.3.11

3.11の大地震のときは、平気で眠っていたらしい。 
  
     5月 8月
         武士になる修行?  2011.5      1歳の誕生日    2011.8                      
    12月
               「1日3回は挑戦しないと・・・」      2011.12

雪の結晶、りんごなどの飾りをツリーから器用にはずしては床で転がして遊ぶ。
ツリーの下の方はほとんど外してしまった。勢い余ってツリーごと倒したときは
さすがにビックリしたようだが、懲りずに、毎日りんご外しをつづけている。  
動物など

サンタさんは来るかな??

2011年12月24日
12月ともなると、街でもテレビなどでもサンタさんの姿をよく見かけるようになる。
ほんもののサンタさんの存在を信じ、24日の晩、家にプレゼントをもってやって来ると
疑わないのはいつごろまでだろう。

      渋谷
        キャリアカーを引くサンタさんとマックの袋を下げたトナカイ

ラジオを聞いていて、苦笑した。「クリスマスプレゼントは何がほしい?」と訊く親に
「くびれがほしい」と答えた娘はAKB48に憧れる幼稚園児。
年長さんともなると、「サンタさんは○○をくれるかな」「○○がほしい」と指定する。
サンタさんは「サンタさんがあげたいもの」をプレゼントしてくれるのよと言うと、
「じゃ、お父さんに頼もう!」と言ったとか。
サンタさんに「○○を下さい」と手紙を書けば、○○が来るのが当たり前という子も多い。
「うちは煙突ないから・・・」は問題外。サンタさんは年に1度のプレゼント宅配人?!

        2006 2006.12
                ぐっすり眠るりんりん

「サンタさんのプレゼント」の幕引きは難しい。「ぼくサンタさんが来ること信じているよ」
という小3の男の子。この子はすでにサンタクロースの存在を疑い始めている。
弟の前では「サンタクロースなんていないよ」と言えず、兄は兄なりに気をつかうという。

「プレゼントを置くお父さんを見た」という姉のことばで、サンタさんのプレゼントで
ないことを知った妹もいる。上の子はサンタさんの存在を信じている(ふり?)限り、
下の子より長い期間、サンタさんの恩恵に与れるかもしれない。

娘や息子の子ども時代、サンタさんの代わりにプレゼントを用意した記憶がある。
息子にはレゴ、娘には・・・? まったく覚えていないが、いつ頃まで用意しただろう。
彼らは何歳くらいまでサンタさんの存在を信じていただろうか。

今年の人気のプレゼントの1つに「プラレールアドバンス」(トミー)がある。
以前からあるプラレールが複線として使える車両が発売された。Nゲージに近づいた
幅2cmの4両編成。橋やポイント交換は別売りだが、3千円でおつりが来る。
りんりんのクリスマスプレゼントにとも思ったが、デパートの玩具売場にはなかった。
工場がタイ洪水の被害を受け、品薄だという。

           レゴ 2007.12
                       パパと一緒に
       プラレール 2008.1 
           札幌の祖父母宅で従弟と    5歳のりんりん   
 
数日前、6歳になったゆうゆうはサンタさんの存在を信じて疑わない。
りんりんは数日後に8歳になる。昨年は「1年間の行いがよくなかった?」ため、
サンタさんは来なかった。クリスマス兼誕生日プレゼントがもらえるせいもあるようだが、
彼はサンタさんのプレゼントにはさほど執着していないようだ。

「部屋がきたないと、サンタさんは入って来られない」と言われても、片付けを始める
りんりんではない・・・。
明日の朝、はたして枕元にサンタさんのプレゼントが置かれているだろうか。
身近な人びと

水族館のクリスマス

2011年12月23日
  ポスター
  クリスマスイベント開催中(~12/25)の「しなすい」
  (しながわ水族館)で楽しい時間を過ごした。
  冬休み前の平日の午後だったので比較的空いていた。
  
  クラゲの水槽もクリスマスの装い。水槽越しの撮影のために
  サンタとトナカイの帽子?が用意されていた。
  クリスマス水槽は紅白のビーシュリンプと緑のウィローモス。
  デンキウナギの放電でツリーが光るというが・・・。 
  サンタクロースに扮したアシカのショーやイルカのショー。
  トンネル水槽には サンタの衣装をしたダイバーが登場。   
 
 サンタさんを探そう

 くらげ
              くらげの水槽     貸出用サンタとトナカイの帽子
      くらげ

      サンタツリー
              小さな紅白の縞模様のエビ「ビーシュリンプ」

  トンネル水槽のサンタ
             大きなウミガメとエイがサンタさんを囲む     
         トンネル水槽
              
          でんきうなぎjpg
               デンキウナギ  放電電圧は7ボルト           
 アシカのサンタ

アシカの英語名は SEA LION(海のライオン)。拍手やお辞儀をしたり、ライオンのように吠えたり、
ジャンプしたり、鈴を鳴らしたりと大活躍。    
旅・散策・イベント

「ポジティブ エイジング」 

2011年12月22日
今日は24節気の1つ「冬至」。1年で最も夜の長さが長くなる日。
昔は冬至の日は「死に一番近い日」と言われており、その厄を払うために体を温め、
無病息災を祈っていた。野菜の少ない季節に栄養を補給するためのかぼちゃを食べたり、
その香りに邪を祓う霊力があると信じて、柚子のお風呂に入ったらしい。

         柚子
  
今では「アンチエイジング」という言葉は当たり前になった。だが、「アンチエイジング」は
加齢はよくないものとして、加齢現象にあらがうイメージがある。若返りの努力が少ない
私は悲観的になるが、加齢は悪いことばかりではないはずだ。洞察力、寛容さ、豊かな
知恵など、歳を重ねることで、若いころにはない様々な能力も備わってくるはずだ。

いつだったか、「アンチエイジング」ではなく、「ウィズエイジング」という言葉を聞いた。
歳をとれば1つや2つ病気があったり、不都合なことも多くなる。だが、速く歩けなくとも
四季折々の風景を楽しみながらゆっくり歩けばいい。たくさん食べらなければ美味しいものを
少しずつ食べればいいわけだ。

「なるようになる」。なるほど「ウィズエイジング」とはいい言葉だと思っていたが、
最近は、「ポジティブエイジング」だという。積極的に「加齢」に対処することで、
加齢による老化はコントロールできるということらしい。

このところ、いったん体調を崩すと元に戻るのに時間がかかるようになった。
これがまさに中高年の特徴だという。
10月はじめにひいた風邪が治まって何日もしないうちに、咽喉が腫れ、咳が出始め、
その咳が治まっても、まだ咽喉が痛くなるの繰り返し。ついに耳鼻科で、気になっていた
咽喉の内視鏡検査を受けた。さしあたって心配はないといわれ、やっとインフルエンザの
予防注射ができたのだが、その後、また風邪をひくという情けない有様だ。

風邪をひかない、インフルエンザに罹らないことだけでも、実は老化防止なのだという。
体調を崩さないための基本は、当たり前のようだが「規則正しい生活」を心がけること。
この当たり前のことが難しいが、「ポジティブエイジング」に大切な運動は頑張っている。

「ロコモチャレンジ推進協議会」(日本整形外科学会)によると、40歳以上の女性の
10人に1人が「ロコモ」だという。「ロコモ」とは「ロコモティブシンドローム」の略。
筋肉、骨、関節などの運動器が衰えて、膝痛、腰痛、骨粗鬆症などの「運動器症候群」の
人たちのことをいう。その原因は、筋肉と骨の衰え。女性の方がロコモになりやすいのは、
女性ホルモンの影響で30歳から筋肉が減っていくからだという。
ロコモ度
ロコモ度チェック(ロコモチャレンジ推進協議会
・2kg程度の買い物を持ち帰るのが困難
・家のやや重い仕事が困難
・家の中でつまずいたり滑ったりする 
・片脚立ちで靴下がはけなくなった
・階段を上がるのに手すりが必要 
・横断歩道を青信号で渡りきれない
・15分くらい続けて歩くことができない
(1つでも当てはまったらロコモかも・・・)


「ロコモ」予防には筋トレが一番という。女性だけの筋トレ教室に通い始めて早2年。
中には、数か月でスリムになったとか、ひどかった痛みがすっかり消えたという人もいる。
頸肩痛、腰痛持ちの立派な?「ロコモ」の私だが、運動後はマッサージを受けたように
痛みは取れていて、それだけでも有難い。筋肉がそれほどついたとは思えないが、
毎月の計測で骨格率筋率がわずかながら上がった。「要介護」や「寝たきり」の可能性は
徐々にだが、下がりつつあると自分に言い聞かせて通いつづけている。

柚子には血行を促進する成分や、鎮痛作用のある成分が含まれ、ビタミンCも豊富。
湯につかり全身からそれらの成分を吸収することで風邪をひきにくなるといわれる。
冬至は「一陽来復」の日。転じて悪いことばかり続いたあとでも、幸運に向う日とされる。
柚子湯に入って邪気を払い、少し前向きに「ポジティブエイジング」で行かなくては。
つれづれ

ささやかですが・・・

2011年12月21日
12月に入り、今年もJIM-NETの「チョコ募金」の案内が来た。 (小さなチョコの大きな願い)  
JIM-NETは医師の鎌田實氏が代表を務める。
「チョコ募金」は、「いのちをつなぐチョコ~子どもたちを放射能から守るために~」、
イラクと福島の子どもたちを支援する活動。(1缶¥500 ¥300はイラクの小児がんの
子どもたちの医療支援、¥50は福島の子どもたちを放射能から守るための活動)

今年もわずかだが募金の申し込みをした。北海道六花亭の小さなハート型のチョコが
10枚入った缶とメッセージカードが送られてきた。今年は、イラクの15歳の少女が
描いた花の絵だ。彼女は白血病になり、学校にも3年ほど通えなかったという。
通院は非常に困難だったが、JIM-NETが交通費を負担した甲斐があって元気になり、
この秋から中学校へ通っているそうだ。

       チョコ
                   4種類の絵柄

因みに、昨年は、用意した10万個のチョコレートがバレンタインの日を待たずして
全てなくなり、イラクの白血病と闘う子どもたちの医療費として役に立ったという。


ペットボトルのキャップでワクチンに!という「エコキャップ推進協会」の活動が
各地に広がっている。これは、集められたキャップを業者に買い取ってもらうことで、
世界の子どもにワクチンを 日本委員会(JCV)に寄付するという活動だ。
ちなみに、今年は、宮城、岩手、福島、茨城県にも(各県に1000万円)寄付された。

スーパーや公共施設でもよく目にするペットボトルキャップの回収箱。
12月になってから、私が通う筋トレ教室でも受付の横に回収箱を置き、メンバーたちに
キャップの回収を呼びかけている。「ここで飲んでキャップを箱に入れて帰って下さっても
いいです。よろしくお願いしま~す!」 コーチたちも張り切っている。

冬でも筋トレ中は水分補給は欠かせない。マイポットを持参するメンバーがほとんどだが、
常温と冷蔵の2種類のペットボトルの水も常備されているので、マイボトルを忘れたとき、
私も何度が常温の水を購入したことがある。
キャップ回収を始めて1週間で1000個を超えた!とコーチは大声で報告してくれた。

  回収箱
        ペットボトルの再生材100%の回収箱     図書館

2ℓ入の飲料水を買っていた頃は見る見るうちにたまったキャップだが、ウォーター
サーバーに切り替えてからは大してたまらない。それでも、バケツ1杯くらいはあった。
汚れが残るキャップを取り除いて、とりあえず、きれいなものだけを持参した。
数日後、洗ったキャップをあらためて持参。
りんりんがこのキャップでコマをつくる。穴があいたキャップもいくつか混じっていた。  

ボトルキャップがゴミとして焼却処分されると、400個で3150gのCO2が発生する。
この400個の再生で10円のワクチン代が生まれ、20円のワクチンで1人の子の命が
救えるという。こうして、ボトルキャップが再資源化されると、CO2削減だけでなく、
発展途上国の子どもたちにワクチンを贈ることができるというもの。
世界中で、ワクチンがあれば命を落とさないですむ子どもは1日に6千人にもなるとか。

だが、集まったキャップの輸送時に大量のCO2などが排出されるため、逆に環境に悪影響を
与えたり、輸送費が寄付額の何倍にもなることなど、さまざまな問題点が指摘されている。

現在、ペットボトルの生産は年間250億個。回収率は62%、再資源化率は37%という。
リデュース(減らす)、リユース(再利用)、リサイクル(再資源化)の「3R」問題は
考えれば考えるほど難しい。             (リユース&リサイクル

街のいたるところに設置された自販機の数は半端ではない。ボトルキャップに限らず、
ゴミに出さずに回収に回し、外出時はマイボトルを持参したりすることくらいならできる。
孫たちに「ものの大切さ」を教えることから始めようか。できることをできるところから?!
つれづれ

街を彩るイルミネーション Ⅱ

2011年12月20日
日が落ちて暗くなると、街のクリスマスイルミネーションは、さらにきらびやかに浮かび上がる。
LED電球になったところも多いようだ。        (街を彩るイルミネーションⅠ
3年前にはあれほどみかけた住宅地のイルミネーション。節電が叫ばれているせいか、
今年は、2階の窓に梯子を架けたサンタさんの姿もあまりみかけない。

    蒲田
            「LED電球使用」        蒲田 大田区

      自由が丘 大井町
        自由が丘  目黒区             大井町 品川区         

錦糸町
                       錦糸町  墨田区

       銀座
                        銀座 中央区

       新橋
                         新橋 港区

JR阿佐ヶ谷駅(杉並区)南口前には、大きなヒマラヤ杉と噴水の広場がある。
孫娘の子守を終えての帰り道は、数本のヒマラヤ杉の下を足早に通り抜けるが、12月、
その1本がイルミネーションに浮かび上がって綺麗だったので、立ち止まり見上げた。
高架になっているホームからも電車が来るまでしばらく眺めていた。
  
      阿佐ヶ谷    阿佐ヶ谷
        朝のヒマラヤ杉    阿佐ヶ谷駅前      夜のヒマラヤ杉       

     阿佐ヶ谷

広場のそばには「阿佐ヶ谷七夕まつり」で有名なパールセンターがある。
この杉並区役所までつづく長いアーケードを歩くのは楽しい。


   病院

病院のロビー、待合室、受付などに置かれたツリーやオーナメントの可憐さにほっとする。
旅・散策・イベント

街を彩るイルミネーション Ⅰ

2011年12月19日
今年も街は色とりどりのイルミネーションに彩られているが、省電力型LEDや光ファイバーを
使用する街やビルが増えている。

2008年、サンタやオーナメントを飾った家が目立ち、クリスマスソングこそ聞こえないが、
静かな住宅地もクリスマスムードに包まれていた。 (トリオのサンタ ツリーオンパレード)  

2009年、美術館や科博、駅構内や駅ビルなどでいくつものツリーを楽しんだ。
ほとんどがオーソドックスなグリンのツリーの中、科博のツリーはもっともユニークで、
「人類・植物。理工・動物・地学」と各分野に分かれた5段式。  (クリスマスの季節Ⅰ  )   

2010年、風景印集めを兼ねて訪れた六本木、お台場、天王洲などでは、
いくつもの小さなサンタが下がったツリーやカラフルな光を点滅させるアート作品のような
巨大なツリーなどにも出逢った。                 (街にあふれるクリスマスⅠ 

川崎ルフロンでは、正面の階段が舞台になったクリスマスワールドがつくられている。
今年で3回目だが、ツリーは毎年異なるように思う。

      2009 2009
           2010 2010
 2011 2011
                        川崎市


      渋谷
                     渋谷  渋谷区

    1300no9.jpg
                 渋谷                六本木  港区

     六本木
                       六本木

  自由が丘
                     自由が丘 目黒区

   蒲田
                       蒲田 大田区

大森
                       大森 大田区
旅・散策・イベント

回転寿司

2011年12月18日
すっかりお馴染みになった回転寿司だが、長い歴史がある。   (秒速50センチ
コンベアの回転速度は、科学的に実験された結果、平均秒速4センチが最適だとか。
これは、寿司を眼にしてから色やツヤを確認して、手に取ることが出来るちょうどよい
スピードで、これ以上、速くても、遅くてもうまくいかないのだとか。
右利きの人に合わせ、時計回りがほとんどだというが、反対回り、両方回りもあるという。
また、関西と関東を比べると、微妙に関西の方が速く回転するというのも面白い。

    回転寿司店  

最近は回転するコンベア上の寿司とは別に、直接注文する客が増えているというが、
乾かないように、衛生保持のためにと、プラスティックの透明キャップを被せる店も多い。
このキャップは20年前からあったらしいが、寿司が握られた時間がわからないため、
ICチップを組み込んで管理している店もあるというが、いろいろと問題もあるようだ。

従来のものは、調理中の手で触れたり、客の手がお皿を取り出すときにキャップに触れるため、
重ねたときにキャップの外側についた菌や汚れが別のキャップの内側につくこともあった。
それを防ぐために、回転寿司チェーン「くら寿司」では自社で開発した寿司キャップ「鮮度くん」
(商品登録)を使っているとラジオで聞いた。

先月末にはそこの全店舗で導入されたというが、「何もつかない」(ウィルスなどから守る)、
「誰も触れない」(キャップに触れずに)皿の手前を持ち上げるだけで簡単にとれるという。
何でも鳥を捕まえる仕掛けから思いついたアイディアだとか。
寿司
りんりんは魚介類が好きだ。お酢がきついものは苦手だが、お寿司は大好きだ。
4歳頃までは私も一緒に食べに行ったものだが、ここ数年は行く機会もなくなった。
娘によると、彼のように魚介類が大好きな子はほとんどなく、お寿司屋さんに入っても、
かっぱ巻きや玉子焼くらいしか食べられない子が多いのだとか。

彼の魚介類好きは、札幌の祖父と父親ゆずりだろうか。年に2回、札幌で、祖父に連れて
行かれる本格寿司店でその味を覚えたようで、3歳くらいだったか、「バフンウニ!」
「エンガワ」が食べたいと言っていた時期もあった。
だが、回転寿司やテイクアウトの寿司も「オイシイ」と言って食べるところをみると、
よほど魚介類が好きなのだ。魚は生でも、煮ても焼いても揚げても、骨があってもOKだ。
肉類も嫌いではないし、豆類が苦手でなくなり、里芋も食べられるようになって、
嫌いな野菜はなくなった。ひょっとしたら、私より好き嫌いは少ないかもしれない。
つれづれ

臨時の保育室

2011年12月17日
今日の天気は 曇り、雨、晴れの中で選ばれた曇りです・・・」。そんな曇りの日、
孫娘あいあいがダウンして、2か月ぶりに阿佐ヶ谷で過ごした。
そんなとき、姉ゆうゆうも保育園を休むことが多いので、子守というより保育園状態になる。

まもなく6歳になるゆうゆうのお気に入りはニュースキャスター遊び?だ。
大震災後に購入し、外出時に持ち歩くようになった「ラジオ付ICレコーダー」は、ゆうゆう
お気に入りの遊具になった。自分や妹の声を聞き返しては大笑いするのも楽しいようだ。
この日もいろいろ録音しては楽しんでいた。

「え~ きょう関東地方でおこなわれた トマトなげ会を今からみなさんでやりたいと
思います」「じゃあ みなさんもごいっしょにやってください」「今からトマトの玉入れを
用意します。トマトのもう1本の色は白です」「トマトの玉投げを じゃあやりましょ!」
「うそっこでね」あいあいを誘って2人で「ポイッ ポイッ!」「ポイッ ポイッ ポイッ!」
部屋中を走り回る。肝心のあいあいも熱もなく、すこぶる元気。昼寝もせずによく遊ぶ。
私は笑っているだけ。口は疲れるが、ひところの子守に比べると楽になったものだ。
ままごとなどの相手はともかく、かなりの確率でゆうゆうに負けるオセロゲームや
「神経衰弱」などの相手をしないで済むのだ。
  
  ふたり
      あやとりに夢中のゆうゆう         画を描くパジャマ姿のあいあい

保育園で「お店屋さんごっこ」を楽しんだ2人、「ぺんだんと」「パンやさん」「わにたたき」
「おばけやしき」などに使える「おみせやさんチケット」で買ったチョコレート、ケーキ、
ペンダントを見せてもらった。

         お店屋さんごっこ
              ケーキ ペンダント チョコレート
    
「今から手遊びニュースをします」「そのニュースは手で遊びます」「じゃあまず、
手をパアにしてください」(妹はこの歌は知らないが、ときどき合いの手を入れる)
両手の指を使い「忍者、カニ、猫、タコ、おばけ」を表す手遊び歌(作詞作曲者は不詳)だ。

はじまるよ ったら はじまるよ   はじまるよ ったら はじまるよ
いちいち で 忍者さん ニン

はじまるよ ったら はじまるよ   はじまるよ ったら はじまるよ
で カニばさみ チョキン

はじまるよ ったら はじまるよ  はじまるよ ったら はじまるよ
さんさん で ねこのひげ ニャオ~

はじまるよ ったら はじまるよ  はじまるよ ったら はじまるよ 
よんよん で タコの足 ブラン

はじまるよ ったら はじまるよ  はじまるよ ったら はじまるよ
 と で おばけ  ブワ~


調べてみたら、ずいぶんいろいろな「手遊び歌」があるので驚いた。聞いたことがあるのは、
「ひげじいさん」「ごんべさんのあかちゃん」「おべんとうばこの歌」、そしてりんりん
幼稚園時代に歌っていた「あたま かた ひざポン」くらいだ。
「カレーライス」「なっとう」「肉まんあんまん」「あんパン 食パン」と食べ物の歌も多い。
子どもが嫌いな食べ物を好きにさせようという歌でもなさそうだ。
「あんぱん食パン」は単に「あんぱん食パン あんぱん食パン クリームパン クリームパン
サンドイッチ ドーナツ サンドイッチ ドーナツ  クロワッサン クロワッサン」

パンを並べただけの「グーチョキパー」の替え歌とか。作詞作曲は不詳。

老人ホームや介護センターなどでも、この「手遊び」は取り入れられている。
「ごんべさんのあかちゃん」「糸巻き」など、ただ歌うだけでなく、手を動かすことで、
脳トレにもなるだろうし、上手くできなくても、逆にそれが笑いを誘い、自然に親密感も
高まるだろう。また、子どもとお年寄りの交流が行われている。
孫娘たちと過ごすのは具合が悪く保育園を休んだときに限られるのが少々残念だが、
今流行の「イクジィ」とまではいかないが、孫たちとの時間は貴重な脳トレ活動になっている。

「イクジィ」とは、育児に積極的に関わる高齢者をいう。「イクジィ養成講座」を受講して、
この講座を受講後、自宅に子育て広場をつくった人もいるそうだ。 (イクメンとイクジィ
身近な人びと

都内大通りの「街路樹」

2011年12月16日
街路樹につけられた「マイツリー」のプレートをよく見かける。    (増やしたい街の緑
平成20年に始まった、東京都の「緑の東京募金」のメニューの1つマイ・ツリーは、
「緑の東京10年プロジェクト」施策の一環として街路樹を100万本に倍増するという
取組みで、植栽する街路樹には寄附者の名前などを書き込んだ樹名プレートが取付けられる。

今年度は、外堀通り、山手通り、青梅街道、鎌倉街道などの都道で実施されるという。
街路樹には、高さ2m程度のライラックなどの中木(1万円)と高さ3.5m程度の花水木などの
(5万円)の2タイプがあるという。


ケヤキ、桜、こぶし、プラタナスなど、車で通り過ぎるとあまり気づかない街路樹だが、
四季折々の表情をみせてくれる。

春
     日本橋(中央区)         自由が丘(目黒区)          小伝馬町(中央区)

夏
     駒沢公園(世田谷区)          築地(中央区)         サレジオ通(目黒区)    

 秋
       品川駅付近(品川区)                表参道(渋谷区)
            
秋
          赤坂郵便局前(港区)               新宿副都心(新宿区) 



阿佐ヶ谷中杉通り けやき並木(杉並区
  2.15/4.20
                   2.15                       4.20
    4.27/10.9
                    4.27                      10.9

 12.7
                12.7                     12.8 8:30
  12.8
       
12月、久しぶりに孫娘の子守をしに阿佐ヶ谷へ。中杉通りの黄葉したケヤキは止めどもなく
舞い散る。沿道の銀行や店舗の人たちが開店前から掃除を始めていた。
植物など

夕方の空

2011年12月15日
夕方の空にもいろいろな表情がある。 (10月末~12月初 16時~17時の空)

10.19/22
                          
10.22/28
                         
10.28/11.14                          
                                         
11.17
 
   11.17 12.5
    
東急池上線御嶽山駅ホーム(半分)や跨線橋からは富士山が見える日もある。
下を走るのは、新幹線、横須賀線(湘南新宿ライナー)など。             
旅・散策・イベント

Tさんの「北京留学記」 Ⅱ

2011年12月14日
3週間の北京留学を終え無事帰国されたTさんからメールが届いた。(「Tさんの北京留学記Ⅰ」
通学は片道1時間、満員バスに揺られ押し合いへしあいの毎日。三食とも中華料理。
バス停でおしっこする女の子。王府井のさそりの串焼き。人また人、せかせか、ワーワー
大声を出す。街には馬が居る。交通信号は全く無視してひかれそうな人、自分も轢かれそうに。
タイミングが分からない。

社会学者宮台氏の話の「チキンゲーム」が日常化している北京だ!(日常的なチキンゲーム

            インターチェンジ 2002.10

外国生活には慣れておられるTさんだが、北京到着後、カルチャーショックを受けて、
最初は不眠、胃腸の変調に悩まされたというが、肝心の中国語学習はバッチリの様子だ。
中国語学習は少し進歩した感じがします。去年の市民講座で112時間、ロゼッタストーンで
180時間、今回の学校で70時間の合計、360時間ゆえ、1日8時間とすると45日。
まーその割には上達したかなと思います。(こういう計算は学校の教師が教えてくれました)。


学校は30数人の欧米中心の学生。先生は5名。教科書は全て北京語言大学の英語教科書。
歓迎会で中国語で自己紹介するもみんな目を白黒。校長が英語に訳したので、みな中国語が
苦手なのが分かった。下のお気楽クラスを選び20歳そこそこの息子、娘とテスト、学習。

いつもイベントがあり、歓迎会から長城ハイキング、餃子作り、カラオケ・クイズ大会、
カンフーショーや京劇鑑賞など。
梅蘭芳大劇場で観た楊門女将は素晴らしかったです。日本にも来たそうですが豪華な衣装、
立ち居振る舞い、生の伴奏、歌唱力等素晴らしかったです。機会があればまた見たいです。

ネットであらすじを確認して歴史背景も理解し、字幕が出るのでだいたいは理解できたとか。

日本人は漢字ができるので中国語は易しいとTさん。たしかに、そうなのだろうが、
中座した中国語学習者には、たとえ漢字に強くても、話すことや聞き取りはやはり難しい。

ところで、彼のホームステイ先のおじさんたちは良い人で、親切、ときにお節介だとか。
僕の買い物は全て値段をチェックして批評。無口な元軍人のおじさんの役割は、
3食の料理作り、掃除、洗濯。おばさんは体の調子が少し悪いが口が絶好調。
「日本の女性は弱い。わたしゃー平等なので言いたいことは言うよ」。
僕が「いや、日本の女性は実は強い」と言っても全く聞く耳持たず。


日本に対する反日感情は通常生活では表面には見えませんでした。侵略された歴史的事実、
継続する反日教育等政府の方針が大きいです。日本に対しては羨ましさ、憧れ、ねたみ、
劣等感、優越感等がごちゃごちゃあるのでしょう。日本を目標に、ライバルにしたいのでしょう。
中国人は一般的に大きいものに巻かれる、欧米人に対する劣等感があると感じました。


 公園             
                朝の公園で「老北京」光景  2002.10

反日感情に関しては、私もまったく同感だ。ほんのわずかの滞在だったが、北京、上海、
南京、杭州、厦門などの都市では街を歩いいても店に入っても、とくに何も感じなかった。
雲南省や安徽省のある村では、子どもたちに石を投げられたり、門の前でスケッチブックを
広げたら、門の中からコップの水が飛んできたなど、嫌な思いをしたことはある。
だが、それらは、日本人だからという理由ではないと思う。自分たちの生活の場にズカズカと
足を踏み入れる観光客に嫌悪感を抱くのも無理のないことだろう。

そういえば、北京で人力車の車夫に道を訊ねたとき、乗って行けといわれたのを断ったため、
意地悪され、わざと反対方向の道を教えられたことがあった。おとなしく乗っていれば
待ち合わせの時刻に間に合ったものを・・・。
雲南省の村、安徽省の古村落、北京の街・・・すべて懐かしい思い出だ。
中国・中国の旅

Tさんの「北京留学生活」 Ⅰ

2011年12月13日
北京に3週間の語学留学をされたTさんが帰国された。     (Tさん 北京に留学中
先週日曜日の夕方帰国しました。たかだか3時間の時間差なのに、羽田に着いても
現実感なく、軽い帰国カルチャーショックを受けましたが、今日から調子が戻りました。
   

(ステイ先は)ネット環境はなく、学校は非常に調子悪いです。時々しかつながりません。
そんなことで、第1信の1週間後に送られた第2信は届かず、帰国後に頂くことになった。
第2信には、丸一週間だけですが、かなり長い日数、ここにいる気がしています。
土曜は長城に行きました。すごいものですね。大きさに驚きます。
学校生活以外にも
長城、故宮などの観光や街での買い物など、充実した留学生活を送られたようだ。

日曜日は王府井書店で映画のDVDを買いました。チャンツイーの『我的父亲母亲』
(これはたしか『初恋の来た道』とか言って彼女の処女作でとても可愛い内容です)、
『赤壁』(これは金城武とか香港のスターが一杯出て英語の字幕がついていたような)、
『海洋天堂』(これは去年のヒット作)です。各15元でかなり良い買い物をしたと思います。
王府井書店の品ぞろえはとても良いです。古いものも置いてあるので、
何か欲しいものあれば買って帰りますので教えてください。とにかく200円ですから。

安いと言えば、壊れたスーツケースを持ってきてこちらで同じ大きさのを買いました。
日本で1万2千から1万5千円しそうなものが2500円でした。僕は「黙っていろ」と
言われ、下宿のおじさんが値段交渉しました。外人だとふっかけるようです。


残念ながら、第2信は彼の北京滞在中には届かなかった。
『初恋の来た道』は、比較的初期に見た中国映画だ。ハンカチを何枚も持っていくように
言われていた。Kさんと2人、その覚悟をして行った。覚悟のおかげか、歳のせいか、
素直でない(私だけ)せいか、ハンカチの出番はなかったことを思い出した。

第1信に添えられていたのは、故宮にある「獅子」と「珍妃の井戸」のスナップ写真。
私が想像していた井戸と違って、実にシンプルだ。    

   井戸  案内板
         「珍妃の井戸」         中国語と英語の案内板

昨年『珍妃の井戸』や『蒼穹の昴』(浅田次郎 著)を夢中になって読んだ。
9年前の故宮滞在時間は短く、「珍妃の井戸」は見られなかったことが悔やまれた。
今読みかけの本が終わったら、『珍妃の井戸』を再び読んでみようと思う。
中国・中国の旅

最近の結婚事情

2011年12月12日
中国の上海、南京、広州など大都市の公園には、週1度程度、お見合い広場が出来る。
集まるのは未婚の息子や娘を持つ親たち。多い時で5000人がこの広場に集まるとか。

1人っ子政策開始後に生れた「小皇帝」たちの多くは甘やかされ、比較的高い教育を受けた。
彼らの多くは結婚に対して大きな心理的圧力を感じ、結婚の失敗や離婚に強い恐怖を抱く
「恐婚族」だといわれる。そんな彼らに代わって、親たちは「格好良く能力ある息子です」とか、
「容姿端麗、申し分のない娘です」といった張り紙の中から、わが子に相応しい相手を
探し出す努力をつづけているという。              (中国の結婚事情) 

最近、日本でも親同士の「代理見合い会」が盛んに行われているという。
本人不在の「婚活」会場で、わが子のために必死になっている親たちの姿をテレビで見た。
因みに、男性が女性に望むのは、自分より5~10歳若い、20代後半~30代前半の初婚。

彼女がいない男性は約6割。彼氏がいない女性は約5割。うち半数は交際を望んでいないとか。 
交際相手いない独身者が過去最高を記録したという。(国立社会保障・人口問題研究所) 
18~24歳はまだ若すぎる。25~35歳は適当な相手に巡り合えないという。
  
結婚したい人は少なくない。結婚相手に求める条件は高まる傾向にあり、
「家事・育児の能力」は男女ともに重要度が増し、女性は相手の「経済力」「職業」を重視。

正規労働者が少ない現状では、結婚資金が足りずに尻込みする男性も多いとか。

      婚活ポスター
         結婚予備校のポスター   ブライダルフェスタのポスター    

電車やバスの車内でも「婚活」のポスターをよく見かける。この10年、少子化の影響もあり、
結婚するカップルは激減し、そのうち式を挙げる組は6割程度だとか。
その主な理由は、できちゃった婚とか、非正規雇用のために経済的に窮屈だからとか。
結婚業界もあの手この手となかなか大変だ。ここ数年、ハワイなどで新たに夫婦の愛を誓う
熟年夫婦や「パパママ婚」の「バウリニューアル(Vow Renewal)」が増えつつあるそうだ。

人と人とのつながりを大切にする「絆婚」は以前からあったが、大震災後は顕著になったとか。
ラジオを聞いていたら、大震災後、別れようと思っていた彼と結婚することにしたという
女性がいたり、恋愛のゴールだった結婚が、家族が欲しいという、結婚の先を意識する傾向に
変わってきたそうだ。

      結婚式

学生のときからケータイとともに育った「デジタルネイティブ世代」にとっては、
いつも人とつながっているのが当たり前で、人と人とのつながりを大切にするのだという。
「ブーケトス」ならぬ未婚男性への「ブロッコリートス」まで現れたという。
ブロッコリーはブーケの形に似ているが、なぜブロッコリー?!ブロッコリーは房が多く、
子孫繁栄に通じるからだとか。マヨネーズもついてくることもあるというから笑ってしまう。
つれづれ

大震災から9ヶ月

2011年12月11日
大震災発生から9か月が経った。
気のせいか、少し遠慮がちにイルミネーションが輝き、クリスマスソングが流れる東京の街。
放射線への不安はあるものの、一見、例年とさほど変わらない年の暮れが近づいてきた。
避難所や自宅で避難生活を送る方たちのことを思えば、「寒い」などと言っていられない。


 東北応援パス
        
12月4日、東北新幹線 東京ー新青森間が全面開業して1年が経つ。
「そのキモチを応援したい」「行くぜ、東北」という「東北応援パス」の広告が目につく。
12月の土休日の2日間乗り降り自由の乗車券が大人9500円、こども4000円。
ごんさんの山形赴任期間中には庄内フリーパス(特急指定券込 4日間)を
利用して出かけた。思えば、東北の旅は、2007年元旦に「正月パス」(JR東北)を
使って盛岡や毛越寺などを回ったのが最後だ。
昨年、「正月パス」がなくなってしまったのが残念でならない!

東日本大震災後、結婚願望や「絆結婚」が増えたという。    (いよいよ親の出番
さらに、今や社会問題になっている「うつ病」や心の問題を抱える人たちも増えているという。
今月はじめ、被災者の心のケアに長期的に取り組むため、「みやぎ心のケアセンター」が
仙台市内に開設された。精神科医ら専門家が常駐し、震災による心的外傷後ストレス障害
(PTSD)やうつ病、アルコール依存症などを抱える被災者の支援に当たるという。

大震災後、自転車も増えた。自転車による事故も。若者と高齢者がぶつかって、
死亡事故に至るケースもある。かなり昔になるが、我が家の近所でもこういった事故があった。
坂道を下りてきた高校生の自転車にぶつけられたYさんのご主人が亡くなった。
自転車は被害者だけでなく加害者にもなることを忘れがちだ。

信号を無視する自転車が多いのには驚く。しかも、かなりのスピードを出している。
夜間、ライトを点けずに走る人も多い。暗い道を歩いていて、すぐ横を猛スピードで
すり抜けて行った無灯火自転車にゾ~ッとしたことがある。
ライトは、障害物を発見するためだけでなく、自分の存在を知ってもらうためにあるのだが。
うっかりつけ忘れた場合などによる無灯火の場合でも、5万円以下の罰金だそうだ。

        ライト 16:45               

最近は暗くなるのが早い。夕方の帰り道にはライトをつけて走ることが多くなった。
私の自転車は、点灯するとペダルが重くなる。タイヤの側面で回転させるローラー式だ。
ごんさんが乗る電動自転車は電池式。このタイプは電池切れが心配だ。
発光ダイオードのライトだと、電池の減りも少なく、点滅するので目につきやすいとか。

自転車には、交通ルールやマナーのほか、「ブタハシャベル」が大切だ。(自転車 大活躍
ブレーキ、タイヤ、ハンドル、シャタイ、ベル。自転車点検の合い言葉だそうだ。
近いうちに自転車保険に加入しようと思っている。保険料は年間3000円程度と比較的安い。
つれづれ

銀座線で通った頃

2011年12月10日
今晩、皆既月食が見られる。欠け始めは21時45分で、23時6分には月が完全に
地球の影に入った「皆既」の状態になり、23時58分まで続く。月がもとの満月に
戻るのは翌日の1時18分。このように初めから終わりまで皆既月食を見られるのは
数年から10年に1度くらいのこと
だとか。      (科博メールマガジンより)
月の欠け始めくらいは見たいと思うが、寒さに勝てそうにない。
来年5月21日の朝には、関東地方を含む東日本から西日本の太平洋岸を中心に金環日食が
見られるそうだ。


現在、東京メトロは9路線。来春、東京メトロ銀座線に新型車両が登場する。
日本で最初の地下鉄は銀座線。1927年、浅草-上野間で営業を開始した当時の
ポスターのキャッチコピーには「東洋唯一の地下鉄道」と書かれていたという。

新型の車体は開業当時のレモンイエローの色を再現するなどレトロ調のデザイン。
車内は、窓が大きく、煉瓦色のシート。つり革は10cm低くなる。騒音や振動も少なく、
乗り心地もよくなるそうだ。
      銀座線
銀座線で思い出すのは、東京メトロが営団地下鉄と呼ばれていた頃、走行中に一瞬、
車内の照明が消えた。これはトンネルが小さい銀座線ではパンタグラフを使わず、
第三軌条から車両の左右で電気を取っていたため、左右が入れ替わるときに停電と
同じことが起きたからだという。

       銀座線の踏切 
            銀座線唯一の踏切   台東区上野

私がよく利用する路線は、東京メトロ日比谷線、南北線。そして都営浅草線だろうか。
だいぶ前ラジオで聞いた街の声だが、地下鉄のイメージについて、東京メトロ丸の内線は
「便利」という声が多く、都営では浅草線は「庶民的」で、三田線は「落ち着いている」だった。
銀座線は「都会的」だったが、何となく薄暗いイメージがある。
地下の深いところを走る都営大江戸線などの路線に比べると、銀座線は乗換えには便利だ。

息子が高校に入学した年から卒業するまでの3年間、PTA「会報」の編集に携わった。
3年の間、銀座線の渋谷駅か新橋駅で乗り換えて、月に数回、学校に通った。
帰りが遅くなることも多く、通勤時間帯とぶつかってもみくちゃにされながら渋谷や新橋駅に
辿り着いた。そこからさらに乗換えた。当時、南北線があれば、乗換1つで楽だっただろう。
銀座線に乗っても、南北線に乗っても「あのころ」を懐かしく思い出す。

あのころ、校門をくぐると学生の1人になり切っていた。学園祭、体育祭、合唱祭などでは、
「会報」の腕章をつけ、重たい1眼レフカメラを下げて構内を走り回った。
書棚にとってある3年分の「会報」はめったに開くことはないが、私の画や撮った写真が
表紙になった号もある。
息子が卒業の年の3月号に6頁の特集を組んだ。秋、テープ起しをして編集を始めたが、
突然、12月に入院することになった。
原稿のレイアウトや校正を病院のベッドですることになったのも忘れられない思い出だ。

           会報
            105号(1991.7)          112号(1993.3)

息子とともに過ごした3年間。自分の出身校よりはるかに大好きな学校になった。
20年経った今も、数人の会報部員の方とおつきあいがつづいている。
旅・散策・イベント

初冬の上野へ

2011年12月09日
トーハク(東京国立博物館)の特別展法然と親鸞が4日、幕を閉じた。
「師弟 800年ぶりの再会。史上初の大合同展」の来場者は20万人(12/2)に達したという。
例年何回も訪れる上野公園だが、今年の秋はなぜか、行く機会がなかった。
そこで、せっかく持っているトーハクの「パスポート」を利用しなくては勿体ないからと、
平日の午前中、とくにお目当てもなく出かけて行った。
(パスポートは全国の国立博物館の特別展は1回、常設展は何回でもフリーパス)

ところが、門の前に、館内入場まで「30分待ち」の立札が!・・・。どうしよう!
「午後になると少しは空きますか?」と係員に訊ねるが、「何ともいえません」の答え。
しばし迷った挙句、30分くらいなら仕方ないかと平成館へ向かった。

「法然と親鸞展」へ
    
今年は法然上人の800回忌、親鸞聖人の750回忌という節目の年。
平成館前に並んだ4列の最後尾に並んでから入館までぴったり30分。館内は大混雑。
比較的空いている2室の「親鸞をめぐる人々」からと言われたが、書状や絵巻などの展示を
覗き込む人々が動かない。背が低い方ではないが、見えるのは人の頭だけだった。

鎌倉時代に造られた「善導大師立像」(重文 知恩院蔵)の前に来たとき、ドキッとした。
正面より少し斜め左に立つと、木造の善導大師(ぜんどうだいし)はまるで生きているようだった。
どこかでお会いした? 幸い、周りに人はいなかった。
写真撮影禁止。クロッキーも無理。恐らく絵ハガキも作られていないだろう。
高さ1mほどの善導大師像の前を行ったり来たり。慈愛に満ちたお顔を目に焼き付けた。

善導大師は中国・唐代の浄土教の大成者。法然上人は、この善導大師が著した『観経疏』の
一文を見て、念仏こそすべての人々が救われる教えとの確信を得、浄土宗を開いた。
浄土宗では、宗祖法然上人に対し、善導大師を高祖と仰ぐ。

「法然をめぐる人々」の「阿弥陀如来立像」(重文 浄土宗蔵)は、法然の一周忌に造られた。
像内には、平清盛、源頼朝をはじめ、数万人の名簿が収められているという。

親鸞直筆の「阿弥陀経」(国宝)もあったようだが、人、人、人で何も見えなかった。
展示物すべてを見るには1日かかるだろう。「善導大師」にお会いしただけで十分に満足して、
そうそうに引き上げた。30分待ちの人の列はまだつづいていた。
いつも本館と東洋館の間にのぞくスカイツリーはこの日はぼんやりとしか見えなかった。

        本館より 2009.3
                 本館内より庭園を望む

   トーハク庭園 2011.12

今まで本館の窓から眺めたことしかなかった庭園(本館北側)にはじめて入った。
春と秋の2回だけ開園されるこの庭に、池を中心に5棟の茶室があったが、これらの茶室は
移築されたもので、かつて寛永寺の敷地だったこの庭の、当時の面影を残しているのは
築山と池の一部だとか。
池を前に鮮やかな紅葉を眺めながらお弁当を食べる人たちがちょっぴり羨ましかった。
旅・散策・イベント

りんりんの手作りパソコン

2011年12月08日
「面接試験を始めます。学生時代もっとも打ち込んだものは何ですか?」「キーボードです!」
ラジオCM(リポビタンD)だが、情報社会に生きているのは若者だけではない。
子どもたちにとってゲーム、インターネット、ケータイなどによる情報交換は日常茶飯事だ。
   完成
     孫りんりんは工作が好きだ。
     折り方図を見ながら鶴や苺などを折ることは
     飽きたらしいが、彼の部屋に入ると、
     私には何を作ったのかわからない折り紙の作品?が
     散らばっている。捨てては「ダメ!」なのだ。
  
     我が家に泊まり、段ボール箱で作ったのは「基地」。
     何の基地かわからないが、ラップの芯のアンテナ付。
     結局、箱をつなげただけの机兼物入れになったまま、
     資源ごみになる日まで、我が家の部屋の一部を占領する
     ことになりそうだ。

次の作品はノートパソコン。基地と同じ段ボール箱で作り始めた。
キーボード用に黒い台紙とシールも提供し、セロファンの袋を画面部分に貼り付けて、
その中に何種類かの紙を差し込んだら?というアドバイスに大喜びのりんりん
待ち受け場面には、私のパソコンの画面の真似をして、時計とカレンダーもつけ加えた。

  ノートパソコン
 
ボール紙を切り抜いてCDRom、マウス、マウスパッドも出来た。
残念ながら、ほんもののノートパソコンのように、ボール紙が厚くてたためない。
「さんすうもんだい ちょう初きゅう」「5L+5L3dL= L dL」といった2題の計算問題の
Google画面もつくった。ちょうど彼は水の量(リットルとデシリットル)を習っているところだ。
それにしても、もう少し丁寧に書けばいいのだが。
身近な人びと

やつで

2011年12月07日
今日は24節気の1つ「大雪」。
気温が一段と下がって寒くなり、小雪のころより雪が降る可能性が高いことを意味する。
鰤など冬の魚の漁が盛んになり、熊が冬眠に入り、南天の実が赤く色づく頃。

「寒さは足から」という諺のように、足は心臓からもっとも遠く、血の巡りが悪く、
皮下脂肪が少ない。また、寒さを感じると反射的に呼吸器の粘膜の毛細血管が縮まり
抵抗力が低下し、鼻や咽喉が病菌に冒されやすくなる。
漢方では、「冬に補えば、春に虎を倒す」と言われるように、頭、胸、脚3つの部位が
冷えないように気をつけ、免疫機能を高めるための栄養補給は大切だといわれる。


   八手(やつで) ウコギ科 ヤツデ属
       学 名  Fatsia japonica
       別 名  天狗の羽団扇(てんぐのはうちわ

          やつで

どこにでも見られるヤツデは、日本原産の常緑低木で、庭木としてもよく利用されている。
日本ではあまり大切にはされていないようだが、ヨーロッパなどでは、アオキなどと並んで、
日陰にも強い日本の植物として、園芸的に珍重され始めているという。

30cmほどもある厚い葉は太い葉柄に支えられ、掌状に7~11裂(奇数が多い)する。
「八つ手」という名は、葉を「手」に見立てたもので、「八」は、数が多いという意味。
古い時代には、疫病などが流行したときに、ヤツデの葉を「天狗の羽団扇」と呼び、
大きな葉に魔物を追い払う力があると考えられたから。

冬の季語でもある「やつでの花」は、花の少ない季節の昆虫たちの蜜源となっている。
白色の小花が球状に集まって枝頂につく。果実は球形で黒く熟す。

      花と実

子どもの頃のわが庭は、ヤツデやアオキなどが椎や楓などの下にいやというほど生えていた。
たまに掃除を言いつけらることがあった。ただでも掃除から逃れたいのに、こうした薄暗い
ところはとくに苦手だった。クモの巣も多く、箒でクモの巣を払いながら通るのだが、
うっかりするとクモの巣に顔を突っ込むことになった。

改築後の庭にはアオキもヤツデもなくなった。ツワブキもなくなって、冬の庭は寂しくなった。
わずかに南天の鮮やかな紅い実が冬の空に映えている。
植物など

初冬の空

2011年12月06日
空の写真を撮るために歩くことはなく、自転車に乗っていたり、道を急ぐ途中で、
面白い雲を見つけて足を止めることがほとんどだ。
通りがかりの人に不審に思われないようにと、タイミングをはかってカメラを向ける。

だが、電線を避け、よりよいスポットを見つけようとウロウロしていると人はやって来る。
「上を見上げて何かしている人がいると思ったら、あなただった!」と、Nさんに
呼びとめられた。彼女のお宅にお邪魔して楽しい時間を過ごしたのは20年ぶりだろうか。

10月25日、川崎(神奈川県)へ出かけた。
車窓からも電車を降りてからも、空を見上げて歩いた1日だった。

11:10
 11:10
12:20
    12:20
13:10
    13:10
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14:45東西
                            東   西
                            南   北
14:45南北 
旅・散策・イベント

租界が残る街

2011年12月05日
上海、北京、天津、長沙の4都市を訪ねた社会学者宮台真司氏の第一印象は
「街がデカイ、道がデカイ、そして声がデカイ」だった。 (日常的なチキンゲーム
都市には高層建築が多く、日本と違って敷地も広く、どっしりとした感じを受けたそうだ。

宮台氏が上海で訪ねたのは、「生命科学院研究所」。ここは、日本政府が義和団事件の
賠償金を投じて設置した研究機関(上海自然科学院 1931年~)で、日中両国の研究者が
自然科学の基礎研究にあたったという。宮台氏の祖父も研究者の一人だったそうだ。

この研究所は旧フランス租界にある。本館は、内田ゴシックと呼ばれる、東京帝国大学
(東大)医学部、法文ⅠⅡ2号館、図書館などと同じ設計者(内田祥三)によるが、
はるかに行き届いた整備、保守がされているのだとか。
   内田氏設計
      上海生命科学院研究所                 東大総合図書館

租界(そかい)は、異国に居住する外国人が行政自治権を行使したり、
治外法権を主張できる領域。清国(のちに中華民国)内に多数あった外国人居留地。
阿片戦争後の不平等条約により中国大陸各地の条約港に設けられた。
上海のほか、天津、漢口、杭州、蘇州、重慶にも日本人租界があった。

上海租界は、当初、イギリスとアメリカ合衆国、フランスがそれぞれ租界を設定し、
後に英米列強の租界をまとめた共同租界とフランス租界に再編された。
バンド(外灘)一帯は19世紀後半から20世紀前半にかけての租界地区で、行政と経済の
中心であった。当時建設された西洋式高層建築が建ち並び、現在も官庁と銀行が多い。

     上海租界 2004.4
                 上海租界をのぞむ 
 
宮台氏によれば、こういった租界がまるごと保存、整備されているという。
この10年間、きれいな「街づくり」が徹底的に展開されていて、新築や改築の際、
租界時代の建築物に合わせるようになっているそうだ。おしゃれなカフェ、間接照明の
ソフトなネオンや看板・・・。みやげもの屋、飲食店など、エリアごとに揃っていて、
建築家集団によって、まるでテーマパークのような都市の再開発がなされているという。

租界ということばを聞くと、『フレディもしくは三教街-ロシア租界にて-』を思い出す。
さだまさしの歌だ。漢口の租界は現在の武漢市の一部だという。
武漢には行ったことがないので、ずっと上海の租界やバンドをイメージしていた。

『フレディもしくは三教街-ロシア租界にて-』  さだまさし 作詞 作曲
                                        (2番のみ)
フレディ それから レンガ焼きのパン屋の 
ポンコのおばあさんの 掃除好きなこと
フレディ 夕暮れの 鐘に十字切って
ポプラの枯葉に埋もれた あの人は一枚の絵だった
本当はあなたと私のためにも 教会の鐘の声は響くはずだった 
けれども そんな夢のすべても あなたさえも奪ったのは
燃えあがる紅い炎の中を飛び交う戦闘機
フレディ 私はずっとあなたの側で
あなたはすてきなおじいさんに なっていたはずだった

フレディ あなたと 出逢ったのは 漢口

                  
漢口には日本、イギリス、フランス、ドイツ、ロシア租界があり、ロシア租界には
ユダヤ教、キリスト教、ロシア正教の3つの教会があったことから「三教街」と呼ばれた。

漢口は、現在の湖北省武漢市の一部にあたる。太平洋戦争中、アメリカ陸軍航空隊の
B-29爆撃機による漢口大空襲で、駐屯する日本軍部隊もろとも焼夷弾で焼き尽くされ
完全に破壊された。
(Wikipedia) 
上海バンド               
               上海バンドの夜景       2000.1

張さんに案内された上海のバンドの夜景を「きれい!」としか感じなかった12年前。
当時はピンとこなかった「租界」だが、あらためてこの歌を聴くと、胸に迫るものがある。

宮台氏は、タバコを吸う人も痰を吐く人も都会では見かけなかったという。
オリンピック前、私が訪れたころの北京や上海などからは、俄かに信じがたいが、
東京の街の、いまだに減らない歩きたばこやポイ捨てなどのマナーの悪さを考えると、
徹底の仕方によっては、日本の都市よりはるかにきれいになったとしても不思議ではない。
中国・中国の旅

冬本番

2011年12月04日
両国(墨田区)を歩いていて、店の軒先に猪が下がっているのを見つけた。
「もヽんじや」という猪料理店だった。
案内板によると、享保3年(1718)創業のこの店は、もとは漢方の薬屋で、
薬の一種として出した猪が人気商品となり、のちに料理店へ転身したという。

           ももんじや

もヽんじ」とは「百獣」のことで、四つ足の動物の肉を扱うことが屋号の由来。
昔から猪の肉は、冷え性や疲労回復に効果があり、肉食が禁じられた江戸時代でも、
「山くじら」と称して食べられていたという。
ぶらり両国街かど展実行委員会

JR有楽町駅日比谷口(構内)には、江戸の守護神である山王日枝神社のご神木で彫られた
「有楽大黒」が祀られている。第二次大戦の末期に空襲を避けて駅長に贈られたものだという。
また、駅中央口前の宝くじ売場(大黒天売場)には「有楽町大黒天」の像が!
宝くじ購入後、大黒天の頭を撫でていく人も多いらしい。見ると、お腹のあたりも黒光している。
ジャンボ宝くじ限定で高額当せん祈願の「千社札」シールが配られるそうだ。
ご利益のほどはどうだろうか・・・?

  大黒天
        「有楽町大黒天」                  「有楽大黒」
 
         げんのしょうこ
       軒先の「げんのしょうこ」「唐辛子」など  昭和のくらし博物館 大田区

我が家の近くの「昭和のくらし博物館」でも、いかにも冬らしい干しものが、
何種類も吊るしてあった。
11月末、大田区の商店街では、街灯装飾を秋の「モミジ」から「正月飾り」へと付け替える
作業が1人で行われていた。地面に散ったモミジは、来年も街灯を飾るのだろうか。

    作業中

ペットショップや街の雑貨屋の店頭でも現代版「猫つぐら」をよく見かけるようになった。
わが庭の猫たちには不要だが、しょーたんにどうかな~と思いながら通り過ぎた。
ある日、りんりんの家に行くと、妙に大きなりんご型の「つぐら」が置いてあった。
どうやら犬用らしく、しょーたんには大きすぎて、入ってはみるが落着かないらしく、
今まで通りソファーの上や椅子の上で寝ることが多いようだ。
                         
   猫?つぐら
            湯たんぽと猫つぐら          広すぎて落ち着かない?

紅葉の季節も終わり、六義園(文京区)のライトアップも今日が最終日。いよいよ冬本番だ。
旅・散策・イベント

読みにくい名前

2011年12月03日
「自分のものなのに他人が使うほうがずっと多いものは?」という謎々がある。
答えは「名前」。その名前にルビがふられていないと読めない名前が多くなったと思う。
最近では、なでしこジャパンの澤選手の穂希(ほまれ)。
『読みにくい名前はなぜ増えたか』(佐藤稔 著)が出たほどだから、私だけでないようだが。

小2のりんりんと一緒に、ゆうゆうのバレエ発表会のビデオを見てあらためて驚いた。
演目ごとに紹介される名前がアナウンスがないとほとんど読めなかった。
絵里阿(えりあ)、芽実(めぐみ)、千帆里(ちほり)、菜生(なお)、千遥(ちはる)、
遥華/晴花(はるか)、凛佳(りんか)、花奈(はな)、瑠香(るか)、彩未(あやみ)。
萌珈(るか)、沙佳(さよ)、汐音(しおね)、花音(かのん)、真葵乃(まきの)、
未来理(みくり)、恵理(めぐり)、来南(らいな)、海(まりん)



りんりんは漢字に興味がある。彼のクラスにもこういった名の女の子がいるだろうが、
彼も私といっしょになって驚いていた。「へ~!海を マリンって読むんだ~」。
いやいや、海は「うみ」と「かい」。マリン(marine)は英語。「海の、海洋の」((形容詞)
名詞は海兵隊、海軍省、海の絵)で、海は「sea」と教えたのだが・・・。

ゆうゆうのバレエ発表会の出演者中、「子」のつく名前はたった1人だった。
『子のつく名前の女の子は頭がいい』(金原克範 著)という本も出たり、
昨年、27年ぶりに「子」がつく名前「莉子(りこ)」がベスト3入りしたというが、
それでも「子」がつく名前の女の子は5%くらいだという。
私たちの世代は、「子」のつく名前が圧倒的に(85%程度)多い。ほかに「江/枝/恵/絵」
「代/世」「美」がつくか、「みどり、かおり、かおる、ゆかり、ゆり、ゆき」などだろうか。

今年の赤ちゃんの「名前ランキング」(ベネッセ調べ)が発表された。( 上段 男児 下段 女児
大翔(ひろと)、蓮(れん)、悠真(ゆうま)、颯太(そうた)、蒼空(そら)、翔太(しょうた)・・・
結衣(ゆい)、葵(あおい)、結愛(ゆあ)、凛(りん)、陽菜(ひな)、結菜(ゆいな)・・・


日本の法律では、人名に使う漢字や文字は制限されるが、その読みについては制限されない。
極端に言うと、どう読ませようと、自由なのだ。
まず「音」を決めて漢字を当てるため、読みにくい名前が多くなるのだと聞いたことがある。

美海(まりん/みう)、絆(はーと)、愛音(あのん)、天使(みかえる)、百加(もか)、楓(ハイジ)、
樹里亜菜(じゅりあな)、愛(まな/あい)。未来(みき/みく/みらい)来未は(くるみ)

ここ数年の名前ランキングを見ていると、いやはや・・・。
女の子は「花」「美」「愛」が多いが、ほかにも「音」「月」がつく名前の多いこと!
「花音/華音/香音/佳音/夏音/奏音/果音/歌音(かのん)」「詩音/紫音(しおん)」
「愛音/空音/明音/阿音/紅音(あのん)」。「愛音(らぶね)」には驚かされる。
「莉音/璃音/凛音(りおん)」「彩音/絢音(あやね)」「朱音/明音/茜音(あかね)」
「美音(みお)」「初音(はつね)」「寧音/音音(ねね)」「琴音(ことね)」「葉月(はづき)」
「美月(みづき/みつき)」「優月/結月/悠月(ゆづき)」「咲月/皐月/紗月(さつき)」
・・・。

新しい感覚の植物系の名前も多い。「桜/櫻(さくら)」「桜子(さくらこ)」「実桜(みお)」
「葵(あおい)」「菫(すみれ)」「桃(もも)」「桃子(ももこ)」「桃果(ももか)」
「桃歌(ももか)」「苺(いちご)」「花蓮(かれん)」「梨花(りか/りんか)」「杏(あん)」
「杏菜(あんな)」「杏莉(あんり)」「杏樹(あんじゅ)」「胡桃(くるみ)」「小梅(こうめ)」
「柚子(ゆず)」「柚季/柚月(ゆずき)」「柚花/柚香(ゆずか)」「向日葵(ひまり/ひまわり)」
「楓(かえで)」「楓華/楓香(ふうか)」「紅葉(もみじ/くれは)」「椛(もみじ)」・・・。


  書店で

男の子の名前は、「翔」「航」「樹」のほかに「太」が目立った。女の子の名前に比べれば、
読めるものが多いが、「光海(ひかる)」「和源(わーげん)」といった名前もある。
「陽太(ようた)」「奏太(そうた)」は読めても「陽太(ひなた)」「奏太(かなた)」となると難しい。

自然や動物に関する名前も多い。「海(かい)」「海斗/海音(かいと)」「海里(かいり)」
「拓海(たくみ)」「大河(たいが)」「宙/空/大空/蒼空/空良/宇宙(そら)」「璃空/陸(りく)」
「陸人/陸翔(りくと)」「大地(だいち)」「岳(がく)」
・・・。
「竜馬(りょうま)」「和馬/一馬(かずま)」「拓馬(たくま)」「蒼馬(そうま)」「悠馬(ゆうま)」
「虎太朗/虎太郎(こたろう)」「竜之介(りゅうのすけ)」「龍太郎(りゅうたろう)」
・・・。

音の響きや束の間の流行などでつけられた?多くの名前・・・。
珍しい名前だと、すぐに覚えてもらえると思うのだろうか?変わった名前をつけることで、
個性豊かな子どもになると思うのだろうか?芸名や雅号なら自分でつけたり変えたりできるが、
親がつけた名前はその子どもが一生付き合っていくことになるのだが・・・。
つれづれ

コンビニおでん

2011年12月02日
この時期、夕方のコンビニに入ると、レジ脇に置かれた「おでん」の前に、学校帰りの
中高生が列をつくっている光景をよく見かける。

おでん(御田)は、日本料理のうちの煮物料理の一種。鍋料理にも分類される。
出汁を醤油等で味付けしたつゆに、大根、竹輪、コンニャク、ゆで卵など様々なおでん種を
入れて煮込んだ料理。おでん種の種類は地域や家庭によって異なる。
(Wikipedia)

「ドル箱メニュー」といわれるコンビニのおでんは、以前は中高年の客が多かったというが、
最近のターゲットは部活帰りの中高生や女性にも広がったそうだ。

ローソンに讃岐うどんの「おでんうどん」が登場した(2009年)。
開発されても生き残る具材は多くない。その中、おでんうどんは売れ筋トップ10という。
今年からファミマでは「おでんそば」や「おでんラーメン」の販売が始まったそうだ。
レジでオーダーすると、麺をおでんつゆに専用醤油つゆと共に加えれば、1分後に出来上がり。
別売の野菜かき揚げやおでんの具材にチャーシューなども加わったとか。
ラジオのインタビューに応じた女子高生は、「今までおでんとおにぎり1個だったが、
おでんうどんならこれ1つですむ」と喜んでいた。

   おでん
          スリーエフ                      ローソン

ここ1,2年のコンビニおでんの特徴は、うどんやそばなどの登場のほか、つけだれの
バリエーションが出てきたことだという。

おでんには辛子!が主流だったが、関西のみそだれ、九州の柚子こしょうなどといった、
地域性のある「つけだれ」がコンビニのおでんにも登場した。
ラジオのレポーターがコンビニを回って集めたこれらの小袋は7種類あったそうだ。
サークルKサンクスでは、関東の梅味噌、関西の生姜醤油などが。
ローソンではトマトソース。おでんの具材のロールキャベツのトッピング用だとか。

   おでん
        セブンイレブン             辛子 柚子こしょう 味噌だれ

先月の寒い日の夕方、セブンイレブンに入った。おでん売場には、辛子、柚子こしょう、
みそだれの小袋が置いてあった。
柚子こしょうやみそだれをつけたおでんはおいしいかもしれないと思って眺めていると、
「カップは大小どちらになさいますか?」と訊かれ、つい、「小さいほう」と答えてしまった。
大根、こんにゃく、ゴボウテンなどを選び、柚子こしょうとみそだれの小袋をつけてもらった。

結局、みそだれは使わず、こんにゃくにも大根にも柚子こしょうをつけてみると、
思った以上においしかった。九州生まれの父の食卓には醤油と同じように柚子こしょうが
置いてあった。今、父のいない我が家には柚子こしょうは常備していない。
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