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「龍宝宝」

2012年02月29日
今日は4年に1度の「閏(うるう)日」。
太陽暦と地球の自転速度とのずれを修正するため、4年に1度設けられる日付。
夏季オリンピックが行われる年でもある。閏年でない年を「平年」と呼ぶ。
なお、今年7月1日午前8時59分59秒と9時00分00秒の間に「閏秒」が実施される。

ところで、今年の干支は「辰」。春節を過ぎた中国では、昨年後半あたりから結婚、引越、
新居購入や家の改築、新車購入、転職や起業が相次いでいるらしい。
また、出産を計画するカップルも増え、出生率が十二支のうちでもっとも伸びるという。 
日本では、干支を気にするのは「丙午(ひのえうま)」の年くらいだろうか。

中国人にもっとも好まれる辰は、十二支の中で唯一空想上の生物。
勇ましいイメージに加え、成功や発展を招くとされる星回り。決まってベビーブームが起こる。
さらに風水では、今年は辰年の中でも60年に一度巡ってくる「水龍の年」にあたる。

風水では、「水龍」とは、水の流れ、つまり川のこと。 山脈の龍脈を「山龍」と呼ぶのに
対して、水の流れ、川の流れは「水龍」と呼び、平地の龍脈といえる。
特に水龍は財に関わりが深いとされ、水龍の気を上手に取り入れることができれば、
金銭的に繁栄すると言われ、これに対し山龍は身分に関わるとされている。


   龍口
       大円寺   目黒区              高円寺氷川神社  杉並区

多くの寺社には、心身を清めるために「手洗舎(てみずしゃ)」「手水舎(ちょうずしゃ)」がある。
「水口」は、水と縁が深い龍から水が流れ落ちる「龍口」になっていることが多い。
この龍は「水龍」なのだろうか。
            
中国では1980年代に生まれた第三次ベビーブーム世代が出産適齢期を迎えている。
上海では、昨年を大幅に上回る約18万人の「龍宝宝(辰年ベビー)」が生れる予定で、
ベビー用品店では「龍宝宝」の特需に沸いているとか。「宝宝」は、幼児に対する愛称。

2000年の辰年にもベビーブームが起き、子どもが就学時を迎えた6年後、全国的に
学校施設の不足が相次いだ。
今回の「龍宝宝」たちも、大学への入学難、就職難を招き、結局は貧乏くじ世代になりかねない。
中国人口学会は いびつな人口構造は将来、社会に悪影響を与えることがあると警告している。
   貴州省 江蘇省
       貴州省 少数民族「大紅苗族」         江蘇省 常州市郊外 

中国の「一人っ子政策」は、少数民族を対象に含めなかったほか、地方都市や農村にも
さまざまな例外を設けるなどして、第2子の出産容認を段階的に拡大してきた。
ラジオを聞いていたら、31の省・市・自治区のうち、河南省だけが一人っ子同士の夫婦の
第2子を認めていなかったが、昨年11月、その河南省で第2子の出産が認められたという。
河南省は中国第3位の「人口大省」として知られ、人口抑制策に力を入れていたという。

    子どもたち
         常州市内の公園             李さんの子どもたち(2006)
 
一人っ子政策の時に双子が生まれたら? もちろん、OK。
「一人っ子政策」導入前に生まれた李さん兄妹のことを思い出した。
江蘇省常州から東京の大学に留学した李さんは、幼馴染の姚さんと結婚して、
常州市内にマンションを購入した。男の子と女の子の双子の父親だ。
彼は、常州の日系企業に勤務していて、日本に出張することもあるらしいが、
なかなか会う機会がない。             (久しく会っていない李さんたち
中国・中国の旅

クスリはおいしい?

2012年02月28日
この冬はインフルエンザが猛威をふるっているが、ノロウィルスなどの感染性胃腸炎も
流行っているらしい。先週、孫りんりんがノロらしきものに罹った。
りんりんが新型インフルエンザ、ゆうゆうがノロに罹った冬(2009年11、12月)あったが、
今年の孫たちはみな元気だと思っていた矢先だった。

インフルエンザに(軽症)罹っていた母親の代わりに、近くの内科にりんりんを連れて行った。
熱はなく、すでに吐き気は治まっていたが、吐き気止め、風邪薬、整腸薬を処方された。
ちょうど土曜日。わが家にりんりんを泊めることにした。

昨日から、食よくがよくなくて、吐いていたのでびょういんに行った。
「ノロウイルスかもしれない、おなかのかぜだ」と言われて、「おくすりは、食後、食前に」と。
そして、祖父母の家に泊まることですが、祖母は、吐いた場所をそうじして夕方に帰って
きました。帰ってくるまで、「ライフ」という動物の目で描かれた全く新しい驚きの世界を
テーマにしたビデオを見て、感動しました。(いろんな生き方があるんだな)と。
そして、夜ご飯。茶わんむしに、おなべの中の豆ふ。・・・おいしかったです。


          ゼリー
                  
ごんさんが連れ帰る途中、「おくすり飲めたね」(顆粒、粉薬用ゼリー)のチョコ味がいい!と
騒いだらしい。チョコ味は売切れ。苺味を買ったそうだが、ゼリーがないと薬が飲めないらしい。

その晩、すっかり回復したりんりんは日記にとりかかった。チョコ味がなかったから
苺味のゼリーで薬を飲んだと書いたら?というと、顔を真っ赤にして「嫌だ~!」と叫んだ。
とはいう私は、オブラートの愛用者。漢方薬をオブラートで包む私をみていたりんりん
「ゼリーにしたら?」と仕返しされた。苺味もチョコ味もご免だ。「おくすり飲めたよ」は
どう見ても子ども用だ。果たして、何歳くらいまで、このゼリーで薬を飲んでいるのだろうか。
         オブラート
翌日は日曜日。部屋の中で工作したり「野球ゲーム」(将棋は敬遠)をしたり、ガラス戸越しの
猫たちとの交流?を楽しんだりと、十分に休養した彼は、月曜日、わが家から元気に登校した。

以前、ゆうゆうが熱を出し、病院に付き添ったり、薬局に薬を取りに行ったことがあった。
子どもの医療費は無料と知っていても、実際に病院や薬局を出るまで落着かなかったことを
思い出した。
久しぶりに孫を連れて行ったのは内科・小児科だったが、待合室には大人がほとんどで、
診察券を返してもらっただけで帰ることに少々気が引けてしまった。

子どもの医療費助成はどこの自治体でも行われているが、中でも進んでいるのが東京23区。
07年に15歳まで延長した自治体も多く、08年には医療費の助成は義務教育終了時までに
なった。つまり15歳になった後の最初の3月末までは、所得制限なしで通院、入院ともに
医療費の自己負担分はなしということだ。私の子育て時代には考えられないことだ。
因みに、川向うの川崎市では、小学生から中学生の入院時の医療費助成のみらしい。

りんりんがわが家で過ごした2日間、猫のショータンは、「ミャア~」とりんりんを探していたとか。
そのショータンは、膀胱炎の治療中だった。いつものドライフードが、病気のときは、
くすりを混ぜ込んだ缶詰になる。大喜びでペロリと薬ごと食べるのはいいのだが、
猫の場合は医療費助成どころか、保険も利かないので大変だ。
身近な人びと

はんこ

2012年02月27日
「セルフはんこBOX」というオリジナルのはんこの自販機があることをテレビで知った。
役所関連の手続きなどでは「はんこ」が必要とされることが多い。東日本大震災のとき、
津波や地震で被災した人の中には「はんこ」をなくした人も多い。テレビを見ていたら、
インタビューされた男性は、とくに車と「はんこ」が必要だったと答えていた。

書類に押印するための三文判や実印などが、自動で作成される「セルフはんこBOX」の
第1号機は、被災地のスーパーに設置されたという。街でみかける三文判のようなものが
ボタンを押すと出てくるといった自販機ではないのだ。
まず、牛角やプラスティックなどの印材(¥500~5000)を購入してセットする。
画面に名前を入力して、書体、太さ、印影の太さなどを選択すると、内蔵されたドリルが彫り、
ブラシが削りカスを落として出来上り。ここまでたったの5分から10分というから驚きだ。
 
              印鑑 街の文具店で
           
印章は、主に日本、中国、台湾などの東アジアで使用されており、その他の地域では
サインがこれに代わる。近年では文書の電子化に伴って電子印鑑も登場している。

中国においては、印章の歴史は篆刻史の歴史でもある。
主に篆書を刻することから篆刻(てんこく)といわれる印章は、甲骨文、隷書、楷書、
あるいは肖形(イラスト)を彫ったものも含めることがあるらしい。(Wikipedia)

篆刻作品は書画の落款(らっかん)として利用されることが多いが、押捺した印影自体が
独立した作品であり、鑑賞の対象となる。

日本画の作品が完成したとき、とくに展覧会に出品するときには、落款が必要になる。
私が今までに使用した落款は、ほとんどがごんさんが彫ってくれたもの。
画の大きさによって、あるいは画の種類によっていくつか用意しておかなくてはならず、
一時期はよくつくってもらっていた。
字が白く出る「白文(陰刻)」と、文字と輪郭を残す「朱文(陽刻)」があるが、
私のはほとんどが「朱文」の落款。
           
絵のお仲間からもいくつか頼まれたこともあった。しまってあった道具箱を出してもらったが、
中に篆刻に必要な道具類だけでなく、新しい印材や印箱がいくつも揃っていたのには驚いた。

    道具
    「落款字典」などが入った道具箱            篆刻台 印刀など

亡き父が愛用していた印泥と蔵書印と「緘」印も落款と同じ引出しにしまってある。
蔵書印はともかく、封緘のときに「緘」印は使うかと思っていたが、〆と書くか、
シールを貼ってしまうことになる。

    印材
           印材いろいろ              印泥と蔵書印と「緘」の印 

このごろは、年ごとの公募展に出品するほか、1年おきに予定しているグループ展用に
何とか作品を間に合わせるといった有様で、今までの落款を押して完成させる。
公募展用の画には落款を押さないため、新たに落款が必要になる機会はあまりなかった。
そろそろ秋の展覧会用の画にとりかかり、画が完成したら、新しい落款を押すことにしよう。
つれづれ

「住いさがし」も大変

2012年02月26日
空き家の増加が全国的に問題になっているという。社会的な問題や、地震、災害時などの
問題も指摘されている。別荘や世帯が一時的に不在の住宅を除き、住宅の13%、
多い県では20%(2009年)が有効利用されずに空き家状態だとか。

自治体などが地元住民から住宅の空室や空家に関する情報提供を受け、居住、移住者向けの
物件情報をウェブサイトなどで公開する「空家バンク」は、団塊世代だけでなく、若い人にも
人気だという。築数百年の古民家「田舎暮らしと農のある生活」を営みたい方に(三重県)
カフェなどを始めたい方にオススメ(北海道)。家族連れにもオススメ!周辺環境良好物件など。
 
地域活性化を図る目的でつくられた山梨県の「甲斐適生活応援隊」の「空家バンク」に
登録した人は、東京、神奈川中心に700人以上に上るという。4泊5日のお試し体験もあり、
週末のみの利用や定住など58件がまとまったそうだ。
静岡県の各市が行っていた「空家バンク」は、2年前、県が「静岡県空家バンク」として開設し、
今までに120人が移住したという。  

自治体は熱心だが、空家の物件はあまり増えないという。墓参や親戚が戻るときに使いたい、
先祖代々の土地を手放したくない、見知らぬ人が来るのに抵抗があることなど、
持ち主の理解が得られず、家を求める人々と家主との温度差が顕著になってきているのだとか。

          駅前の不動産屋

都内で住まいを探すのも大変だが、駅前の不動産屋に頼らずに、自分の条件に合う物件を
サイトで見つけることができるので、ずいぶんと楽になったものだ。

ずいぶん昔のことになるが、結婚後のほんの一時期、通勤に便利な中野区と杉並区の賃貸
アパートで暮らしたことがある。中野区の方は駅から近く便利だったが、杉並区の方は、
環境はよかったが、駅から遠く、重い荷物を下げての帰り道はとくに辛かった思い出がある。
           
「家賃5万以下ドットコム」という、23区内の家賃5万円以下の物件が載っている
不動産のサイトがあることをラジオで知った。一般に1DKの賃貸料は7~10万円だが、
このサイトは、約3千件の「5万円以下」物件が検索可能で、ストックは1万件あるという。
店舗はなく、社員は4人。街の不動産屋のように車で案内せずに、駅で集合する。
中国人スタッフ、英語が堪能なスタッフも常駐している。

3か月間に80件の成約があったが、意外にも20代は少なく、30代後半の女性が
6~7割を占めるのだとか。彼らは結婚願望があるが給料が少ないので、1万でも
安い物件を探すのだという。だが、安いからと言って、「訳あり」の物件ではなく、
中には仲介手数料なし、敷金礼金なしや風呂トイレ付、新築物件もあるという。
サイトには、間取り、建物外観写真や地デジ、インターホンの有無など細かく載っている。

3年前、わが家の隣に建った賃貸マンションは1DK4戸、2DK2戸の2階建てだ。
ごんさんによると、2DKには若夫婦、1DKには若い会社員が住んでいるらしい。
引越しの際、菓子折り持参で挨拶に来た若者がいて、今どき珍しい!と驚いたことがあった。
「向こう三軒両隣」という言葉は死語になったと思っていたのだが。

猫と
  3年前の工事現場    チャトラン    チャトランとアミ             トラ

日に何度か、近くに集まる子猫たちを見に?煙草を片手に門を出るごんさんは、
そのマンションの住人と挨拶することもあるらしいが、彼らと時間帯が異なる私は、
顔を合わせたことがない。
夜遅く、カツカツカツと靴音が響き、郵便受を開ける音が聞こえてくることがある。
家族でもないのに、無事に帰宅できたとほっとする。「おかえりなさい」
つれづれ

懐かしの給食

2012年02月25日
昭和20年代に始まり、今も続く学校給食。現在では食育に力を入れている学校も多くあるが、
福島の原発事故による放射能汚染の影響で保護者から給食への不安を訴える声が相次ぎ、
給食が出るのに弁当持参することを許可する自治体が出ている。
江東区では、小学生15人(2011.11)が弁当持参、稲城市でもすでに認められていて、
文京区立の小中学校では、保護者からの要望があれば、4月から弁当持参を認めるという。
文科省や教育委員会などでは、大切な教育の一環としての給食の制度そのものが崩れて
いくのではと困惑しているが、弁当での昼食を認めないわけにもいかないようだ。

昨年夏、新宿プリンスホテル(新宿区)で、「懐かしの給食フェア~あの頃の思い出編~」が
開かれたそうだが、給食メニューを提供する「6年4組 渋谷分校」(渋谷区)や「給食当番」
台東区)といった店があることを知った。

サイトを覗いてみると、「6年4組」は、12名の教室、8名の図書室、4名の図工室などで、
給食が出てくるそうだ。小さな机や椅子が懐かしい。ほかにも廊下、校長室、職員室など、
写真をみると、懐かしの小学校時代にタイムスリップしたようだ。
国語、算数、理科が毎日テストが受けられ、100点でご褒美がもらえるというからおかしい。
忘年会、新年会、クラス会、女子会などに人気があるそうだ。夜のみの営業。

本郷のスープカフェ「Sine with me」でMさんと会う日、「都電、都バス、都営地下鉄、
日暮里・舎人ライナー
1日乗車券 都営まるごときっぷ」(¥700)を購入した。
待合の時間の前、都営地下鉄新御徒町駅で途中下車。(ひと味ちがう「スープカフェ」
「給食当番」の店のドアには、「ま~だだよ」と黒い札が下っていた。ここは昼も営業。
給食当番のスタップは、割烹着(ただしピンク色)姿。何とも懐かしく楽しそうな店だ。

 給食当番
  「よくできました」「給食当番」 「ま~だだよ」     1年~6年生の給食メニュー

1年生 肉巻きおにぎり  2年生 若鶏の唐揚げとナスのおろしポン酢和え
3年生 豚ロースの味噌焼き レタスと豆腐のおろし寄せ  4年生 ハンバーグとコロッケ
5年生 チキン南蛮とイカフライ  6年生 カジキマグロのステーキ エビ玉とブロッコリー
といったメニューのほか、クジラの竜田揚げや揚げパンなどの単品もある。
     メニュー
初期の給食の先割れスプーンは、先端部が「M」か「W」字状で、使いにくいものだったとか。
私の給食時代、先割れスプーンは使ったのだろうか。お箸を使った覚えはないから、
きっとこの先の割れたスプーンでクジラの竜田揚げなどを食べたのだろう。
1990年代からは実用的なspork(先割れスプーン)が一般的となり、今は幼児や児童向けの
食事やコンビニエンスストアの弁当、また介護の場でも利用されている。

昭和の給食で思い出すのは、コッペパンと脱脂粉乳。脱脂粉乳は評判が悪く、どうしても
ダメな子も多かったが、飲み終わるまで居残りさせられたりすることはなかったと思う。
私の時代はコッペパン、娘の時代は食パン。食べきれずに持ち帰ったパンを机の引出しに
入れたことを忘れて、引出しの奥にカビが生えたからびたパンを発見することも度々あった。

「スキムミルク」を半年前から飲み始めた。給食の脱脂粉乳が懐かしいのではなく、
スキムミルクにはカルシウムが多く含まれているからだが、それなりに美味しい。
りんりんが泊まると、朝食に出すが、嫌がらずに飲む。まあまあのお味だということだろう。

今の給食は? 「美味しそう」と思う一方で、「この組み合わせはちょっと」と疑問を抱かざるを
得ない献立が頻繁に登場する学校もあるという。
 (産経新聞)
脱脂粉乳にコッペパンだった給食が、その後、食パンが登場、最近は菓子パンが増えたという。
「ジャージャー麺、フライドポテト、サイダーポンチ、牛乳」「チョコチップパン、わんたん、
ポテトチップス、果物、牛乳」といった献立は、主食がご飯でないときに多いらしい。
文科省では週4日以上の米飯給食を推奨しているが、週3回以上の米飯給食を実施した
小学校は全国で90%弱で、週5日の完全米飯給食はわずか6%とか。(2010年度)

小学校のクラスメイトとはお付合いがない。私より少し若いFさんとKさんと「給食当番」の
懐かしの給食でランチをすることになった。小学時代にタイムスリップ!
つれづれ

冬の空

2012年02月24日
低気圧と寒気の影響で、首都圏は20日未明から広い範囲で雪となり、
東京都心でもこの冬の初雪を観測した。平年より17日、昨冬よりは21日遅い。
都心で1mm以上の降水となったのは昨年12月14日以来、37日ぶりで、
東京地方に出され続けていた乾燥注意報(過去3番目の長さ)は19日に解除された。 

雪の前
 雪の前
                     1.19                         1.23

23日の晩、再び、雪になり、翌未明には止んだ。大手町では積雪が4cmとなり、
6年ぶりの積雪となった。
その後も気温が低い日がつづき、節分のころまで、空地や植え込みには雪が残っていた。

1月24日の朝
7:00
              東          7:00             南
 9:00 11:00
                     9:00                         11:00

朝の空
 1月
                1.6                  1.8                 1.29
午後の空
   1360no1.jpg
                            1.5                     1.11
 1月
                        1.25                            1.30
    2月
                          2.10                      2.11

  夕方の空
  1360no2.jpg
                        1.4                            1.27 
    2月
                               2.1
旅・散策・イベント

健康もエコも・・・

2012年02月23日
東京丸の内、丸ビルのカフェに期間限定(2/20~3/4 ランチ)「はらくっつい 宮城食堂」が
オープンしたそうだ。「はらくっつい」は宮城の方言で「満腹」の意味だという。
食育丸の内プロジェクトの第7弾「シェフズランチ企画」で、宮城県のシェフ3人と
丸の内のシェフ2人によるメニューは、漢方豚、仙台雪菜、塩竈のメバチマグロなど
県の食材を使ったイタリアン、中華、フレンチ、手作りデザートとか。

その丸の内には、今年1月、「丸の内タニタ食堂」がオープンして、連日大賑わいだという。
レシピ本『体脂肪計タニタの社員食堂 500kcalのまんぷく定食』発売から2年。
店頭で8時半より、30分単位の入店時間帯を記入した整理券が配布されるのだとか!

    タニタの本
                     タニタのレシピ本   

社員以外の人も食べられる場所を提供してほしいという声に応えて、1食500kcal前後の
社食のコンセプトを忠実に再現したメニューは日替わり・週替わりの2種類。
さらに、カウンセリングルームでは、管理栄養士から無料でアドバイスを受けられるという。

ラジオを聞いていると、こうした「社食ビジネス」が流行っているようだ。
玩具メーカー「バンダイ」の社食は14階にあるため、そこからの眺めはスカイツリーの
絶好スポット。一般の人が社食に入れるツアーを募集したところ、4千人近い応募があり、
自社製品のスカイツリー・プラモデル発売のPRにもなったという。


数年前から、ロート製薬(港区芝)では、製薬会社ということもあって、社員も健康にと、
家庭薬膳料理を提供する社員食堂「旬穀旬菜cafe」を一般公開している。

ここは気軽に入れると、Oさんに誘われた。待ち合せたのがJR田町駅。大分歩いて、
12時少し前に到着。実は、JR浜松町駅からか地下鉄大門駅の方が近いことがわかった。
店内は、ほぼ満席。イメージしていた社食とは違って、さほど広くはなかったが、落ち着いた
お洒落な店だ。帰る頃になって入ってきた男性社員らしき2人と、1組のご夫婦を除き、
すべてが女性客。いかにも社員風の2人連れのほか、おひとり様が多かった。

メニューはAとBの2種類。そして、すでになかったが、1日10食限定の薬膳カレー。
国際薬膳師が考案したメニューを野菜ソムリエの資格を持ったシェフが調理するのだとか。

旬穀旬菜
   ロート製薬社食「旬穀旬菜」           「冬の1汁3菜」 A膳「牛肉と里芋の揚げ煮」
 
牛肉は柔らかくおいしかったし、クコの実の赤がきれいだった。OさんはB膳の魚料理
(「白身魚のバルサミコソース」)。どちらも副菜2種と汁物、ご飯(白米/玄米)は共通。
近ければ、また行ってみたい社食だ。


昨年6月、新宿伊勢丹デパート屋上の「アイ・ガーデン」に「野菜畑」が登場した。
今話題の「水気耕栽培方法」と「漢方農法による土耕栽培方法」で、ミニトマト、ナス、
キュウリなどが栽培され、収穫された野菜は、社員食堂で提供され(~11月)、それらの
販売も検討されていというが、社食の一般公開はどうだろうか?(屋上で過ごす


人材派遣サービス「パソナ」本社(千代田区)には、「アーバンファーム」がある。
オフィス内の天井や壁では80種類以上の果樹・野菜が育ち、ベランダ・外壁では
200種以上の植物が咲き誇り、都会にいながら四季を感じられるようなつくりになっている

受付横にカボチャ、応接室にトマトなど、野菜や植物が人工光や水耕栽培技術を生かして、
「自然との共生」、都会でできる農業を提案しているそうだ。

パソナ本社
     パソナグループのビル(広告)          水上ステージでのピアノ演奏

以前から一度行ってみたかったが、なかなか機会がなかった。たまたま東京駅の地下道で
パソナの広告を見つけて、地上へ上がってみると、花や果実で囲まれたビルがあった。
   稲架
          稲架のある受付                 「植物工場」

植物工場など
   パッションフルーツ 2階    2階 ミーティング中     受付の天井にカボチャ   

2階までは見学可能。秋に収穫された稲の稲架(はざがけ)もみごとだが、天井から下がる
カボチャ、苦瓜、キュウリには驚いた。採れた一部は社食で提供されるという。
色とりどりの花に囲まれたカフェスペース、子育中の社員のために企業内保育園まであった。
こういった緑に囲まれた環境で働ける人たちが羨ましい。
旅・散策・イベント

福を招く猫 

2012年02月22日
今日は「猫の日」。「2 2 2(ニャンニャンニャン)」という猫の鳴き声の語呂合せ。
ペットフード工業会が全国の愛猫家から公募した結果だという。
因みに、「犬の日」は1月11日かと思ったら、「1 1 1(ワンワンワン) 」で11月1日。

「招き猫の日」というのもある。9月29日が「来(9)る福(2 9)」と読めるところから、
「日本招猫倶楽部」が制定。三重県伊勢市では、招き猫を乗せた山車が巡行するなど、
全国各地で「来る招き猫まつり」が行われるのだとか。

日本では、古くから開運・金運を招くとも言われる「招き猫」。
招き猫の由来にはいくつかの説があるが、世田谷の豪徳寺発祥説が広く知られている。
江戸時代に彦根藩主・井伊直孝が鷹狩りの帰り、雷雨に遭い、弘徳院前の大木での下で、
雨宿りしていると、タマというお寺の猫が手招きした。 一行がお寺の中に入ると、
さっきまで居た大木に落雷。 命拾いした直孝は、荒れていたお寺に寄進、建直して、
この寺の名をを豪徳寺とあらため、井伊家の菩提寺としたというもの。

台東区にある今戸神社の本堂には、この地で焼かれる今戸焼の大きな招き猫がある。
その昔、老女の飼っていた愛猫が夢に現れ、自分を模した人形を作るように告げたため、
その姿を焼物でつくり、浅草寺の参道で売り出したところ評判になったという。
招き猫の発祥の地ともいわれるが、一時は30軒あった窯元も今では1軒になったとか。
ほかに、新宿区の自性院が発祥の地という説、民間信仰説などがある。

     招き猫
       今戸焼   ??   豪徳寺   川崎大師  (手前はチョコ)

わが部屋に何となく集まった小さな招き猫は4つ。もっとも古いのは「今戸焼」の猫。
小さな小さな招き猫はどこで買ったか覚えていない。比較的最近買ったのは豪徳寺の猫。
そして数年前に川崎大師で3色の猫を買った。黄色、金色の猫は孫りんりんの家にある。
この猫は左手を挙げている。右手(脚)を挙げている猫は金運、福を招き、左手を挙げている
猫は人を招くと聞いていたが、右手を挙げるのは雄、左手を挙げるのは雌という説もあるそうだ。

因みに、招き猫マニアによると
  右手挙げ猫 約40% 左手挙げ猫 約60% (両手は「お手上げ」と敬遠される)
  小判猫率      全体の約18%    ヨダレ掛け着用率 全体の約29%
  三毛猫 幸運を招く  白猫 福を招く  黒猫 厄除け・病除け   金色 金運を招く
  赤  病除け    ピンク  恋を招く  そのほか 黄や緑など


昨年の夏、食器や調理器具の専門店が連なる「かっぱ橋道具街」(台東区)の縁起物店に
「招き猫」の注文が殺到したことがあった。きっかけは、外国人観光客を呼び戻そうと
政府が作ったPRビデオの中で、人気グループ「嵐」が手の上に乗せていた「招き猫」。
その招き猫によく似た「手乗り招き猫」を扱う専門店では、月5個程度の売り上げが
ビデオ公開後の2週間で約2千個になったというから、もっとも金運が舞い込んだのは、
この店だったかもしれない。

     ソーラーキャット
      2階ベランダ手すり上のトラ      ソーラーキャットたち?

「ソーラー・キャット」というアメリカで出版され、翻訳された絵本があるというが、
わが庭の猫たちをみていると、猫というのは、まさに「ソーラーキャット」だと思う。
現在わが庭に集まる猫たちは5匹。わが庭で生まれた猫4匹と親戚猫ココ
彼らはいつも自然体。太陽の動きに合わせて行動する。
寒い冬の夜、快適な寝床で朝まで眠り、朝食後、陽だまりを探しに出かける。
暑い夏は夏で、涼しいところで1日過ごす。お腹が空かなければやって来ないことも多い。
4匹の猫と4つの招き猫で、わが家に福を呼び込んでもらえるといいが、欲張りだろうか。
動物など

はじめてのブックカフェ

2012年02月21日
今年の春節、思い立って横浜中華街に行ったが、お目当ての「変面」が見られずに
がっかりした。中国気分を味わおうと、アツアツの中華まんを店の奥に腰かけて食べたり、
中華街を歩き回ったが、どこも日本人の多いこと。(春節に初詣春節の祝舞パレード)  

媽祖廟と関帝廟ではごく略式のお参りをすませ、関帝廟の斜め向かいの「横濱バザール」の
「ブックカフェ 関帝堂書店」の看板に目が留まり、階段を上がっていった。

    カフェ

      カフェ

春節の時期でもあるのか、廊下を通る人は多いが、カフェは素通りする人の方が多かった。
私が入ったときに家族連れがいたが、その後、女性が1人、1組の中年夫婦、そして
男性がふらりと入ってきた。大半の客が「お一人さま」なんだそうだ。
店内は天井まである本棚にはぎっしりと詰まった中国語、日本語の中国関係の本、本、本。
因みに、店内の本はすべてオーナーの蔵書とか。

 カフェ内

飲み物は中国茶に限らずいろいろあった。自家製のパウンドケーキなどもおいしそう。
ジャスミン茶を注文すると、かわいらしいお菓子がついてきた。本に囲まれての至福の時間。
茶壺(急須)に湯を注ぐ。小さな茶杯(湯呑)だが、7杯もお茶をいただいた。

    ジャスミン茶
               ジャスミン茶セットと注ぎ足し用の湯

私が通された卓には、10冊程度の本が綺麗に並べられていた。
その中の1冊『中国の思う壺』を手に取った。女性漫画家が中国で見聞きしたことが
イラスト入りで書かれている。面白そう!! 買うこともできるようだ。
裏表紙には、定価の半額程度のシールが貼られていた。上下巻2冊で千円?! 
結局、「ほかにもありますよ」とオーナーに出してもらった、同じ作者『中国 なんですか
それは?』を購入した。(¥1400→¥700)北京オリンピック前に書かれた本だ。

       小田空 著

外出時に持ち歩いて読み終えた。中国という国の不思議な魅力にますます惹きこまれていく。
せめて10年前に戻ることができるなら、中国のどこでもいいから留学したい・・・。
それはともかく、近いうち中華街に行こう。今度は、ブックカフェで、杏仁ミルクセーキを
飲んでみたい。そして、『中国の思う壺』を買って来ることにしよう。
中国・中国の旅

梅の季節

2012年02月20日
梅の花だよりが聞かれる季節になったが、今年の梅の開花は半月ほど遅れているようだ。
「春告草(はるつげぐさ)」の名のように、厳しい寒さの中で春の気配を感じさせてくれる梅の花。

江戸時代より「梅の名所」としても有名な湯島天神では、「梅まつり(2/8~3/8)」も
開催されている。梅園、社務所前、女坂などには、樹齢約70~80年の木を中心に約300本
(8割が白梅)の梅の木があるというが、やはり、今年は例年より1~2週間遅めだという。

わが庭の梅は・・・
2012.2.12 2009.2.12pg 
              2012.2                      2009.2
                             
梅といえば天神様。東風吹かば匂いおこせよ梅の花 主なしとて春な忘れそ
菅原道真が太宰府へ流されるときに詠んだ句が思い出される。学問の神様・道真公を
まつる湯島天神(文京区)には、この時期、合格祈願の絵馬を奉納する人が後を絶たない。

 湯島天神 
                    湯島天神                 2012.2.3
            

3日、本郷三丁目のスープカフェでランチの後、Mさんと分かれて、湯島天神に立ち寄った。
木の根元にはまだ雪が残っていた。
本殿横の早咲きの白梅だけがわずかに咲いていたが、梅園や女坂の梅は固い蕾だった。

豆まきの時間まで少しあった。梅園前のベンチでの甘酒も悪くはないと思ったが、寒い。
そう長くもいられないだろうと、駅近くでコーヒータイム後、湯島天神に戻ると、
すでに大勢の人たちが集まっていた。

豆まきが始まると、大きな袋を拡げる人、手を伸ばして叫ぶ人、カメラを構える人、
「危ないから拾わないでくださ~い」という注意も何のその、落ちた豆を拾う人・・・。
こうした豆まきは経験があるが、それにしても、凄まじい。将棋倒し寸前の瞬間もあった。
バッグを拡げてみても1つも入らず、前の人の肩に乗った福豆をいただくので精一杯だった。

豆まき 

                福豆と福梅
              ゲットした福豆と境内で買った「ふく梅」(つる瀬)

夕方、ごんさんと今年の恵方、北北西を向いて、駅ビルで買ったミニの恵方巻きを食べた。
りんりんも来ないので、わが家での豆まきは省略したが、鬼は退散してくれただろうか?
旅・散策・イベント

春に降る雨

2012年02月19日
今日は24節気の1つ「雨水」。空から降るものが雪から雨へと変わり、雪が溶け始めるころ。
『暦便覧』には「陽気地上に発し、雪氷とけて雨水となればなり」と記されている。
昔から農耕の準備を始める目安とされる。草木が芽を出し、春一番が吹き、鶯の鳴き声が
聞こえ始める地域もある。また、この日に雛人形を飾りつけると良縁に恵まれるとか。

古代中国で考案された季節を表すものの1つに、24節気を3つに分けた七十二候
しちじゅうにこう)がある。この名称は何度か変更され、江戸時代には日本の気候風土に
合うように改訂され、現在は、明治7年の「略本暦」のものが主に使われている。

       蕗の薹
                   
初候 土脉潤起(つちのしょううるおいおこる):雨が降って土が湿り気を含む
次候 霞始靆(かすみはじめてたなびく):霞がたなびき始める
末候 草木萌動(そうもくめばえいずる):草木が芽吹き始める

日本には、空、雲、雨、風など、自然現象の微妙な差を巧みに表わすことばが多い。
英語の雨は、小雨、霧雨、土砂降り、豪雨、嵐などと、雨の強さをメインにしているようだ。
四季折々の気候で育まれた日本人独特の感性は、同じように見える雨にもいろいろな名を
つけて楽しんできたともいえる。

「春の雨」「春雨」、ぱらぱら通り過ぎる明るいのは「春時雨」、「春霖雨」。「春霙(みぞれ)」
「雪解雨(ゆきげあめ)」「啓蟄の雨」「木の芽雨」。
「彼岸時化(じけ)」から「菜種梅雨」に入ることもあるという。
桜咲く頃の「花の雨」「花時雨」。「穀雨」もあれば、「春夕立」「春驟雨」もある。
「藤の雨」は春の雨。「卯の花腐し」は初夏の雨。卯の花咲くころ降りつづくうっとうしい雨。

      春雨や蜂の巣つたふ屋根の漏    松尾芭蕉
      枯枝に春雨雫結びては         星野立子
      春雨のくらくなりゆき極まりぬ      高浜虚子


いろいろな雨が降る。「青雨(せいう)」は新緑のころ、青葉若葉のころの通り雨は「青時雨」。
雨の日の外出は好きではないが、「青雨」「翠雨(すいう)」「緑雨」なら濡れてもいいかと思う。
「白雨」は、明るい空から降る雨。「にわか雨」、この雨には濡れたくない。

      雨
                   雨に濡れる豆の花             

立春の数日後、久しぶりに雨が降った。春一番の雨だった。初めて雪をまじえず
雨が降る日を「雨一番」ということを初めて知った。それにしてもこの冬は猛烈に寒い。

          たんぽぽ
     
       蒲公英のかたさや海の日も一輪    中村草田男

早春、ひっそりと一輪咲く蒲公英。海に沈む夕日の美しい姿をタンポポの姿と重ね合わせ、
しみじみと眺め入っている作者が目に浮かぶ。
つれづれ

都営地下駅のアート

2012年02月18日
東京メトロ丸ノ内線の東京駅構内に「Echika fit(エチカ フィット)東京」がオープンする(2/20)。
「エチカ」は、東京メトロが運営する地下街にある商業施設。ビジネスマンや観光客など、
東京駅の利用者に向けに、JR東日本の「エキュート」と同じようなスタイルの、アパレルや
日常生活に役立つ雑貨などの店舗が集まる「エキナカ」。

「エチカ」は、表参道駅(港区)、池袋駅(豊島区)、上野駅(台東区)に開業しているが、
表参道駅「エチカ」は日本の地下鉄駅構内の商業施設としては最大規模といわれている。
6月には銀座駅、10月には永田町駅に「エチカフィット」が開業する予定だという。

地下鉄の駅といえば、東京メトロ南北線(1997年開業)の溜池山王駅などは有名だが、全駅がデザイン性を持った都営大江戸線(2000年)の開業によって、駅のアートは
劇的に進化したと言われる。(落ち葉の絵タイル) 地下鉄にもある大型アート) 

都営大江戸線は38駅。そのいくつかの駅に立ち寄った。大江戸線の駅は地下深く、
下りエスカレーターのない駅も多く、少々疲れてしまうが、小さな旅の途中で通り抜けるだけの
私にとっては、改札口の前や長い地下通路にある壁面アートは実に楽しい。
そのうち、1日フリー乗車券を利用して、ひと駅ごとにゆっくり見て回りたい。

光が丘駅  『太陽と緑』
       光が丘
           「 ・・・ 銀杏の新緑と、水面に広がるやわらかい光を表わしたものです」                  

練馬駅  『こびとと つつじと 千川上水 ビバ カーニバル』
      練馬
                 遊園地のからくり壁画
             
新宿駅  『新宿ビッグバン』
       都庁前
      「そこは始源の森だった ある時 風がゆらぎ あらゆるものが生まれた ・・・
   武蔵野の自然 大河のようにながれる歴史 巨大なビル群 空へ地下へのびるネットワーク
      24時間眠ることのない街 新宿  未来への波は ここからひろがってゆく」


代々木駅  『社と鳥たち』
  代々木

大門駅  『波のリズム』
       大門
            
月島駅  『月と海と人』
      月島                
                   
蔵前駅  『光のかたち』 ― 雨・花火・街・灯・川 ―      
     蔵前
    「かつて、隅田川沿いに立ち並んだ蔵の中には人々の夢が大切にしまわれていた ・・・ 」                    

新御徒町駅  『The Metamorphosis of Edo』
   新御徒町
     「この駅の周辺には、江戸のにおいが今でも色濃く残る ・・・21世紀にむけてTokyoが
     変化を続けてゆくなかで それらの歴史が、美しく織りなされ、守られてゆくことを願って ・・・ 」
 
 
               
上野御徒町駅  『藍 ―ai』
     上野御徒町
       「都会的な面影と懐かしさを感じる街、上野・・・ 深い藍色の中に・・・」 

本郷三丁目駅  『CROSSING HEARTS』
          本郷三丁目
          「 ・・・ わたしは 今日 鳥である / 白石かずこ「鳥」('65)
          「 ・・・ 十八才 私は時の何かを知らない / 谷川俊太郎 「生長」('52)
  
                    
牛込柳町駅  『柳町グラフィティ』
       牛込柳町 
    「ビルの窓、お寺の垣根伝い。路地に挟まれた石段。電柱の間からハトが群れ飛んでいく。
        その下を猫のトラ吉が闊歩する。・・・このまちに出会ってよかったと思う」 
 
      
旅・散策・イベント

兄姉妹といっても

2012年02月17日
同じ兄姉妹でも個性豊か。昼間、ケシトラはいっしょに行動することが多い。
アミはひとりで行動するが、夜になると、アミケシトラと3匹で2階に入って眠る。
朝は寒いのか、丸窓から誰かが顔だけを出してカーテンが開くのを待つことにしたらしい。
ククは単独行動。いつも2階には3匹、1階にはククだけ。これだけは不可解だ。

     ごはんまあだ?
       仲良し兄妹 ケシ トラ   ガラス越しのアピール    「ごはんまあだ?」
  2階から
             ケシ         2階でご飯を待つ    兄ケシ 妹アミ (奥にトラ)
   いただきます
     ケシ トラ  「早くごはん もらってよ」        ケシ アミ  「いただきま~す」
   1階
        親戚猫ココもやってきて   ククは中でじっと待つ   トラ   ケシ  ココ
    日なた
            仲良し兄妹 ケシ トラ            姉ククはいつもひとり?
  サンダル
        サンダルでじゃれる ケシとアミ          「落ちてしまった~」
 
4歳の兄ケシと3歳半の妹アミトラはよくじゃれる。だが、ククがじゃれるのは見たことがない。
動物など

茶の故郷「鳳凰鎮」へ Ⅱ

2012年02月16日
湖南省長沙のSさんからのメール、「鳳凰単叢の故郷を訪ねて」の続編。(茶の故郷「鳳凰鎮」へ Ⅰ
「鳳凰鎮」という文字を見た途端、川底に脚を立ててそそり経つ吊脚楼や屋根のついた
虹橋風雨楼などの水辺の風景を思い描いた。「鳳凰鎮」は私が訪れたかったところだ。
彼女のメールを読み終わっても、まだ、「鳳凰鎮」が2か所にあることがわからずにいた。

調べると、「鳳凰鎮」は湖南省と広東省にあり、私の訪れたかったのは、湖南省の方だった。
湖南省にある「鳳凰鎮」は、沱江(だこう)のほとりに立ち、山々に囲まれた古城。
城内の建築はほとんどが明清時代のもので、一部唐時代の建物も残る。
かつてニュージーランドの作家アイリ氏が、中国でもっとも美しい町と称え、日本でも、
雲南省の「麗江古城」と共に、世界でも有数の美しい古城として紹介されたことがある。
ここは、苗(ミャオ)族が多く住む。

広東省の「鳳凰鎮」はお茶の一大産地。「宋種単叢」「夜来香単叢」など、お茶の古木に
感動したSさんは、40分かけて黄さんの実家である茶農家兼茶工場に戻られた。

門を入ると、20人ほどの女の人達が茶葉のより分けの作業をしており、その横には
出来上がった茶葉の袋がいくつも並んでいました。茶工場に入り、機械の説明を受けました。
印象に残ったのは、良い茶葉は最後の乾燥工程は手作業で行うとの事でした。
良いお茶と言うのは天、地、人(の3条件)があつまってこそできるものなんですね。


工場長の黄さんが留守だったので、近くの大地主のお屋敷を見学に訪れたSさんたち。
居間で客人とお茶を飲んでいたご主人の黄さん(一帯は「黄」という姓が多いとか)に、
お茶を勧められたそうだ。

         客間
                     奥の客間
       
彼女が日本人だとわかると、黄さんと客人は目を合わせて「メシ、メシだね」と苦笑したとか。
上海駐在時には感じなかった日本の軍国主義のイメージ、長沙人の知っている日本語が
「バカモノ」「メシ、メシ」だと聞いたが、悪意はないとわかってはいたものの、
まさか、潮州の奥地で聞くとは!嫌な展開にならないようにと心の中で祈ったという。
お茶を飲みながら話をするうちに、すっかり打ち解けたそうだ。2人の日本人の中国語がスゴイ!

黄さんによれば、潮州人は「以茶待客」といって、来客に茶を出すことが歓迎の意味。
茶を出さない客は帰れという意味で、「では、今度は烏崠(ウードン)山の一番高いところで
採れた一番良いお茶を淹れてあげましょう」と、「烏崠蜜蘭香単叢」を淹れてくれたそうだ。
濃くて苦いが、何という素晴らしい「回甘」! 国と国とのわだかまりはあるけれど、
お茶を通して友だちになれば関係ない、まさに私の大好きな言葉、「以茶会友」なのです。


夜、今度はお茶農家の黄さんのお宅で、お茶の品評会が始まり、「いいのがありますよ」と
持ってきてくれたお茶は、10年以上広州に住み、「鳳凰単叢」に親しんだYさんをして、
「今までこんなお茶は味わったことがない」と言わせたお茶だった。

        烏崠山
             黄さんの家に飾ってあった「烏崠山」の写真

いままで鳳凰単叢は苦くて香りばかりが強くて・・・と思っていたというSさん。
本物の鳳凰単叢は苦さの裏側に深遠広大なお茶の世界が
隠れていたのです。
飲んだ後、一瞬の苦さから回甘の世界に。そこからの香の広がり方が実に奥深いのです。
私は今はじめて鳳凰単叢の世界を垣間見た気がしました。・・・
ご主人の黄さんのお話と共に味わう鳳凰単叢の世界にすっかり引き込まれた私でした。
お茶を飲むことがもう楽しくて、楽しくて、時が経つのも忘れ、写真を撮ることも忘れ、
ただ、ただ、お茶の世界に身をゆだねていました。


その晩、「鳳凰招待所」に泊まり、翌日は潮州に戻り、汕頭の空港へ。Yさんは昼過ぎの便で
広州に帰り、Sさんは汕頭で一泊。翌日の夜、長沙に戻られたそうだ。
もし、Yさんに電話しなかったら、鳳凰単叢のお茶の世界も鳳凰鎮もよく分からないままの
ぼんやりした旅になっていたことでしょう。
今回の旅行ですばらしいことがいっぱいありました。烏崠山に行って、古茶樹をこの目で
見たこと、潮州人の心意気を感じたこと、そして一番楽しかったのは、黄さんが淹れて下さった
お茶を飲んだこと、いろいろな方々にお世話になって、忘れられない旅行となりました。
この先また、どんなお茶の世界を垣間見ることができるでしょう。楽しみです。
と書かれていた。
中国・中国の旅

茶の故郷「鳳凰鎮」へ Ⅰ

2012年02月15日
湖南省の省都、長沙のSさんから「長沙通信 ―鳳凰単叢の故郷を訪ねてー」が届いた。
昨年の国慶節の連休には、ご主人たちと「茶馬古道」の旅を旅された。(茶馬古道旅だより
それからひと月後、彼女はお茶の友人との鳳凰鎮(広東省潮州市)の旅を計画して、
「百度」(中国版ヤフー)で飛行機や新幹線、ホテルの手配をした矢先、友人の都合が
つかなくなったそうだ。

一旦は諦めかけた旅だったが、ご主人の勧めもあって1人でも行くことにされた。
同行するはずだった友人の知り合い、Yさんに連絡を取ったSさんは、広州(広東省)到着後、
広州在住歴10年のYさんに中国三大茶葉市場の1つ「広州茶葉市場」を案内してもらった。
YさんもYさん行きつけの「鳳凰単叢」を扱う店主黄さんも、彼女が1人で「鳳凰鎮」に
行くことに反対したが、結局、Yさんが予定をキャンセルして同行してくれることになり、
お茶の故郷「鳳凰鎮」の旅が実現したそうだ。

翌日私たち二人は朝一番の飛行機に乗り、汕頭につくと、黄さんの弟とおばさんが迎えに
来ていました。そこから車に乗せてもらって、一路鳳凰鎮まで向かいました。
汕頭から潮州市までは人家や店が続くが、山道に差し掛かると人家は途絶え、果たして
こんなところに茶産地はあるのだろうかと心配になる。汕頭から2時間余り走ったところで、
急に人家や店が現れました。茶の看板もあちこちに見えます。そしてそこが鳳凰鎮でした。


烏龍茶というと、日本では鉄観音や武夷岩茶、凍頂烏龍茶が有名だが、もう1つ大事な
種類に「鳳凰単叢」がある。
鳳凰山一帯は、山頂まで茶の木が植えられ、数多くの「鳳凰単叢」のが茶樹園がある。
もっとも標高の高い烏崠(ウードン)山(標高1391m)のものが最高級とされる。

いよいよ防寒具に身を包み車に乗る。鳳凰鎮の中心部から車で走ること40分ほど。
道は多くの山を越えて烏崠山に入ると、今度はさらに山道を上っていく。7合目あたりで
車はいったん止まり、私達は山(茶園)に入っていく。数分すると、頑丈な鉄柵で囲まれた
大きな木の前に出た。これが宋種単叢であり、母樹なのかどうか分からないけれど、
よほど大切な木なのだろう、人がかんたんには触れることができないようになっていた。
樹高は他のどの木より高かった、高い割にやせているなと思ったら、2年前に大きな雹が
降ってきて、大部分の葉がやられてしまったそうです。


          宋種単叢
                    宋種単叢

水仙種や八仙種の古茶樹を見て、車は9合目の茶工場まで。そこからは歩きになったそうだ。
山に入ってみると、石段はあるものの、傾斜は急で滑りやすく歩きにくい。ただただ足元に
全神経を集中させて歩くものの、やはり滑ってしまった。茶を摘む人達はこんな過酷な状況で
茶を摘んでいるのだ。滑りつつ転びつつ30分ほど上っていくと、1本の大きな木の前に出た。
「これが烏崠山の一番高いところにある古茶樹、夜来香単叢の木で、樹齢500~600年
ぐらいです」と説明を受けた。お茶の木ってすごい!!


       夜来香単叢
                   夜来香単叢

単叢とは、独立した1本の木という意。単独の1本の木から採取した葉だけで製茶し、
それ以外の茶葉を一切混ぜない。茶木ごとに製茶法が微妙に変えられており、その結果、
同じ鳳凰単叢という名を冠した茶葉でも、採取する木が違えば、味わいも香りも異なる
茶となり、80種類を超えるとされる。
(Wikipedia)

「夜来香単叢」に感動する間もなく、雨は本降りになり、戻ることになった。下りは雨のため
いっそう滑りやすく、彼女は、少なくとも3回は転び、ズボンは泥だらけになっていた。
Yさんも同じくらい転び、弟さんとおばさんがそれぞれに私たちの手を引いてくれた
」そうだ。

鳳凰鎮から見える烏崠山の頂上には、「天池」と称されるカルデラ湖がある。
1年中氷結することがなく、豊かな水をたたえ、そのため、茶畑の気象環境条件を調節する
役割を担っているという。
彼女は「天池」だけは、見ておきたいと思っていたが、雨はますます勢いを増し、
これ以上は迷惑を掛けられないので、諦めることにしたそうだ。

ずぶぬれになった私たちのために、弟さんが何気なく淹れてくれたお茶はとてもおいしい
ものでした。濃くて苦いと思うのですが、「回甘」(のどの奥から戻ってくる甘さ)が
じわっと来ます。ふつうのお茶がこんなにおいしいなんて・・・。


そして、Sさんは黄さんの実家である茶農家兼茶工場に戻った。 (茶の故郷「鳳凰鎮」へ Ⅱ
中国・中国の旅

上野で見た空

2012年02月14日
1月6日、異常乾燥注意報の中、T病院初受診の後、上野のトーハクで開催されていた
『故宮博物館展』へ。

  10:10
                              トーハク前
  11:45 11:50
               科博前                       科博屋上
   12:20
                            上野駅前

刻々と姿を変える雲   上野駅前
  12:42~
         12:42    12:43 
                              12:45      12:46    12:50
 ~12:50
旅・散策・イベント

ビールの「のみ方」

2012年02月13日
明日はバレンタインデー。2月に入ると、デパート、スーパー、コンビニ、駅の構内でも
バレンタイン用の特設売場が出来るが、私はここ数年、売場の前を素通りすることが多い。

「本命チョコ」「義理チョコ」「友チョコ」だけでなく、男性が女性に贈る「逆チョコ」、
自分自身へのご褒美としての「マイチョコ」のほか、今年の傾向として、東日本大震災の
影響もあって、「義理チョコを多く配りたい」とか、家族に贈る「ファミチョコ」などに
人気が集まっているのだとか。

       チョコ

バレンタインデーにはチョコレート!が定番だと思っていたが、「チョコビール」という
ビールがあると聞いて驚いた。今までもチョコレートモルトを使ったものはあったが、
実際にチョコレートやカカオが入ったビールが登場したという。
だが、スーパーのビールコーナーには、チョコ入りのビールは発見できなかった。

因みに、ビールは、オランダの商船使節団が8代将軍吉宗に献上したのが最初だとか。
それにしても、ビールやビールの仲間の多いこと!

「ビール」は、主として大麦の麦芽が原料で、麦芽使用比率が3分の2以上のもの。
麦芽を酵素で糖化させて、ビール酵母でアルコール発酵させたものをいう。
酒税法で定義されている「ビール」は2つ。アルコール分が20度未満のもの。
1つは、麦芽、ホップ、水を原料として発酵させた麦芽100%のもの。
もう1つは、麦芽、ホップ、水のほかに副原料を原料として発酵させたもの。
副原料は、米、玉蜀黍、コウリャン、馬鈴薯、でんぷん、糖類、カラメル(着色料)。


「発泡酒」は、麦、水、ホップと定められた副原料以外のものを使用したもの。
最近よく見かけるハーブを用いたビールや、果実を用いたフルーツビールなども。


「第3のビール」は、最近よく見かけるが、ビール風味のアルコール飲料の俗称。
「新ジャンル」とも呼ばれ、麦芽以外の大豆ペプチドや大豆蛋白を使用、もしくはビールや
発泡酒に焼酎などを混ぜて作られたもの。課税額が低く抑えられビールや発泡酒より
低価格で販売されている。


 ビール

「ビアテイスト飲料」は、運転者や休肝日の人たちなどに需要がある。
以前は「ノンアルコールビール」と呼ばれたが、キリンフリーなど発酵していないものを除き、
1%発酵を経て製造されているため、アルコール含有量はゼロではない。


昨年の孫たちの誕生会兼クリスマス会では、運転する息子に「ノンアルコールビール」を
半ダース用意した。息子は「おいしくないんだよ。そこまでして飲みたくないんだが・・・」と
いいながら、2缶ほど飲んでいた。
私はこのとき、はじめて「ビールもどき」を味見したが、やはり、麦芽100%がおいしい!

ラジオで「温めるビール」(キリン「一番搾り スタウト」)があると聞いたときは驚いた。
耐熱グラスにビールを入れ、電子レンジで30秒から1分ほど温めるという。
50℃に温めるのがポイントで、お好みでシナモンスティックや角砂糖を入れるのだとか。

日本でビールといえば「冷えている」ことが当たり前になっているが、ギネスビールなどの
「黒ビール」本来のおいしさを味わうなら、常温が最適だともいわれる。

はじめての中国の旅、雲南省の麗江だったか、レストランで出たビールが冷えていなかった。
Nさんが「冷えてないビールは飲めない!」と、ガイドの張さんを困らせたことを思い出す。
その後の食事の度に、冷たいビールを出すように交渉していた張さんが気の毒だった。
雲南のあんな小さな村でビールが飲めるだけで十分なのにと思ったものだ。

その後の10年間の旅では、(張さんのいない旅でも)小さな街のレストランに入っても、
常温ビールは出てこなかった。中国でも観光客用にビールを冷やすようになったのだろうか。

休肝日を設けないごんさんは、ウィスキーの水割りオンリー。
私はキンキンに冷えたビールは苦手だが、温めたビールもちょっと勇気が要りそう。
常温の黒ビールにはかなり魅かれる。だが、黒ビールの前に、誕生会のときに残った
3缶の「ビールもどき」を片付けなくてはならない?!
つれづれ

震災後のコンビニ

2012年02月12日
コンビニの売上は年々増加しているという。一昨年秋、値上りした煙草の売上高の増加も
大きいというが、震災後はとくに、女性や高齢者など幅広い層の利用者が増えたという。
震災直後、インスタント麺や日用品のまとめ買いが多く見られたが、その後、「絆」意識の
高まりや節電志向もあって家で食事、飲酒する傾向が高まって、総菜の売上が伸びたという。
スーパーに行く回数を減らし、近所で買い物を済ませる女性や高齢者が多くなって、
スイーツや生鮮食品が売れるとか。ひとり暮らしの冷蔵庫代わりになっている。

セブンイレブンは昭和49年に1号店(豊洲店)が開店してから、売り上げは右肩上がり。
平成3年に1兆円、平成12年に2兆円を超え、昨年は昨年の売上は3兆円を超えたという。
因みに、2位のローソン、3位のファミマは2兆円に届かない。

コンビニ業界で初めての「専用の商品券」を発行することになったのは、ファミリーマート。
「復興支援・住宅エコポイント」の交換対象品。
身近で便利なコンビニのニーズが高まっており、利用しやすい500円の商品券は、
大震災の特定被災区域に指定された10県220市町村にある約920店舗で利用できる。
ほかに、セブン&アイ・ホールディングスでは、スーパーや百貨店、コンビニなどで使える
エコポイント交換対象の商品券の発行を予定しているが、こちらの額面は千円だとか。

今や、小さな私鉄の駅の近くに1つや2つのコンビニがあっても不思議ではない。
実際、わが家から近い2駅にも、それぞれコンビニもスーパーもある。古くからの雑貨店や
衣料品店などがコンビニになることはあっても、コンビニはなくなるどころか、増える一方だ。

  コンビニ

コンビニの蛍光灯は大抵の場合、店の外にも光が届くように、入口側の窓ガラスと平行に
なっているのだと聞いたことがある。夏の虫ではないが、人も明るいものに惹かれるようだ。
暗い道を歩いていると、あの明るさにつられて、ついフラッと中に入ってしまう人も多いそうだ。

 LED
                    LED電球に換ったコンビニ

ところで、震災後はとくに、照明をLED電球に切り換えるコンビニが増えてきたようだ。
わが最寄駅の前にあるセブンイレブンでは、まだ道路に平行に蛍光灯が並んでいるが、
たまに自転車で通るセブンイレブンに入ったら、すでにLED化されていた。
よく見ると、小さなLED電球がずらっと並んでいて、一見、クリスマスの電飾のようでもあるが、
決して暗くはない。ほかのコンビニも、いずれはLEDに切り換る日も近いだろう。

LEDといえば、昨年12月、掲載された東芝の全面広告は面白かった。
    A・D面
                A面                       D面

A:1日目、電球をLED電球に取り換えた。10年。3653日。LED電球の日々は、はじまった。

B /C:7日目、彼女と会う。328日目、犬を飼いはじめる。490日目、プロポーズをする。528日目、結婚する。
837日目、長男が生まれる。2018日目、長女が生まれる。3638日目、次男が生まれる。
3653日目、LED電球を新しいLED電球に取り換える。


D:10年。3653日。その間に僕は彼女と出会い、結婚し、3人の子どもを授かり、
1匹の犬を飼い、たくさん働き、たくさん笑った。変わらないようで、変わっていく毎日。
同じ日は1日としてない。・・・ 
今日換えたLED電球は、10年後の僕たちも明るく照らしていることだろう。
寿命10年 LEDは東芝

 B・C面
           2012年1月からの10年カレンダー    B-C面

わが家では、まだ取り換えていない。今日取り換えたとしても、次に取り換えるときまで
この家にいるだろうか? そんなことを考えているうちに、時はどんどん過ぎていく。
つれづれ

大震災から11ヶ月

2012年02月11日
3.11の大地震から11か月。あの日、首都圏で帰宅難民となった人は515万人。
34%が徒歩で帰宅。平均3時間9分、13.4kmを歩いたことになるのだそうだ。

私の場合はどのくらい歩いたのか? ケータイは夜になると通じなくなった。ケータイは
歩数だけは確実に記録してくれた。朝からの歩数は5万2千歩余となっていたが、
秋葉原駅から自宅までの歩数は3万5千歩。約6時間だった。

駒込の六義園(文京区)にいた私は、夕方動き出したバスで秋葉原駅に到着。
午後6時、秋葉原駅から歩き出すとまもなく、バッグは肩にめり込み、脚はパンパンになり、
ひとたび休むと最初の一歩を踏み出すのが辛かった。家も孫たちも無事だとわかり、
歩いているとまったく余震を感じなかったし、家に辿り着くことだけを思っていた。

交通機関がストップ、幹線道路は渋滞、コンビニの棚からサンドイッチやおにぎりが消えた。
あの日に限って充電器を持っていなかったので、コンビニに入ったが、ケータイ用充電器は
すでに売切れ。もっとも夕方になるとケータイは役に立たず、公衆電話に長い列ができたが。 

     帰路 
          19:05            公衆電話に並ぶ列  19:45

情報も少なく、まして、津波のことも原発事故のことなど思ってもみなかった。
途中、いっそ泊まろうかとホテル(どこも満室)に立ち寄ったり、公衆電話を探したり、
遠回りをしたが、自宅についたのは翌日0時を過ぎていた。 (歩いた歩いた黙々と

ところで、東京湾北部を震源とした震度6強の首都直下型地震が70%の確率で4年以内、
98%の確率で30年以内に起きるという研究結果が出たという。(東大地震研究所)
政府の発表では、30年以内だったのだが・・・。
死者は最悪で約1万1千人、負傷者は約21万人、建物の全壊・焼失は約85万棟に達すると
想定されている。電車やバスが止まることで見込まれる帰宅困難者は1都3県で約650万人。

先月の金曜夜から翌朝にかけて、帰宅できなくなった人が一夜を明かすことを想定した
社会実験が東京駅の地下通路で行われたという。参加者には非常食が配られ、
男性には毛布とエアマット、女性にはほかにテントも用意されたという。
気温が10℃前後と寒くて眠れなかった人も多く、足音が気になったという人も。
実際に大地震が起きたときには、駅の地下通路は停電で真っ暗になり、トイレも断水の
可能性が高いなど、問題は少なくないようだ。

3.11の日、筋トレの帰りだったので、バッグにはTシャツ、白湯入ポット、都内の地図、
六義園で買った「サクラ煎餅」も入っていたが、歩く間、飲みたいとも食べたいとも
思わなかった。水や食べ物より、トイレや公衆電話を探すのが重大事だった。

震災後、購入したものは、ラジオ付ICコーダー。家ではクレードルに乗せてラジオとして、
外出時には、ラジオや録音したものを聞いている。絡まないイヤホンに買い換えて。
ケータイのストラップは、以前からの勾玉風の玉(ギョク)に笛のストラップが加わった。
蓋つきの笛は、書店で見つけた「防災用救助笛」。崩れた建物、瓦礫の下で蓋を開けて
笛を吹けということらしいが、何とも味気のないストラップだ。私の肺活量は人より劣る。
全身の力を振り絞って笛を吹いたとして、いったいだれが助けてくれるというのだろうか。
              
                                 笛のストラップ
  笛とラジオ
        ラジオ付ICコーダー     絡まないイヤホン                  

外出先で大地震に遭ったら、無理に帰宅せずに、ラジオを聞きながらじっとしている方が
いいだろう。ラジオの電波が入らなければ、録音してある中国語の「北京」を聞けばいい。
だが、直下型の地震となれば・・・。
この笛で助かるとも助かりたいとも思っていないが、今やお守り同然になったストラップを
外すのもためらわれる。いっそ紐が擦り切れるときまで付き合ってもらうことにしようか。
つれづれ

1月の猫たち

2012年02月10日
今年1月、関東甲信、北陸より東では平均気温が平年よりも1~3℃低い日がつづいた。
日本に厳冬をもたらすと言われる「ラニーニャ現象」の影響だというが、
先月31日までの30日間の平均気温は関東地方でも軒並み例年より低く、
東京大手町の平均気温は、1986年(4.5℃)以来の低さという。
    
 アミ
           アミ  「氷が張っているよ~」       「冷たい!!」 

先月23日に降った雪は、月末になっても近所の空地にわずかに残っていた。
わが庭の1月の気温も年々、低くなっている。蹲(つくばい)や石臼に氷が張ったこともあった。
とにかく寒い冬だが、猫たちの家の防寒対策は万全だ。

       2012
               昼間用           雨や雪の日、夜用 
         クク
                            クク     

2011年1月  段ボール箱製の家  (たまに ふうちゃん ) 
     2011
                クク                  ケシ トラ アミ
   2011
             ケシ  クク (ふうちゃん)           トラ
                
2010年1月   2階ベランダ内
 2010
                   ケシ    アミ    トラ 
         2010
           トラ  ベランダの畳上              クク  道路

2009年1月   2階ベランダ内  (たまに チャトラン)
           2009
                       ケシ   アミ   トラ 
           2009
                    アミ               トラ

2008年1月 ケシ&クク 生後2か月
 2008
     クク似    クク   ケシ                   クク   ケシ  

ケシククのほかに、クク似の子猫がいたが、1月末、姿を消した。
チャトランが教育係を務めた。このころ、まだ家は用意していなかった。

2008
        クク ケシ                   ケシ   母猫チビ  クク 
  2008
      ケシ      クク                         チビ  ケシ

木登りはチャトランが教えた。ククは上手だったが、ケシはうまく登れなかった。

半年経たないうち、チビアミトラ(ナムとクロは里子に)を生んだ。
4匹の子と共に避妊去勢手術を施してまもなく、チビは子どもをチャトランに託して?姿を消した。
動物など

インフルエンザには・・・

2012年02月09日
この冬、インフルエンザが大流行している。東京都は今月2日、都内の医療機関からの
患者報告数が一定基準に達したため、インフルエンザの流行警報を宣言した。
今シーズンで小学校452校、中学校125校の学級閉鎖が報告されたそうだ。

先月、まもなく87歳になる母がインフルエンザで入院した。ワクチン接種もすんでいたし、
比較的体力もあったので軽くすんで、リハビリ期間も含めて2週間で退院してまもない。
ワクチン接種が予防ではなく、罹っても軽くすむ効果しかないことをあらためて知った。

テレビ、ラジオ、新聞などで、インフルエンザと風邪の違いについて、度々見聞きする。
インフルエンザに罹ると38℃以上の熱がドンと出る。そして関節痛と筋肉痛を伴う。
できるだけ早く、2日以内に病院で受診するように。風邪かなと思って、とりあえず
売薬を飲んでから病院へというのはよくない。熱を下げてしまうと医師が判断しづらい。
葛根湯などの漢方薬は差支えないが、薬の種類によってはかえって悪化させたり、
とくに子どもの場合には神経系に悪影響を及ぼす場合があるので、とにかく病院へ。
 

中国湖南省長沙から春節を利用して一時帰国中のSさんと、中国語「桂花会」の
女性メンバーで会うことになっていた前日、Fさんからメールが来た。
私は風邪でダウンしてしまいました。ただ今38度の熱を出して、休んでいます。
Sさんには、めったに会えないので楽しみにしていたのに、なんとも情けなく、残念です
」。

ちょうど、ラジオの健康番組でインフルエンザに関する話を聞いているときだった。
38℃の熱? 彼女はインフルエンザかもしれない。売薬などを飲まずに、なるべく早く
病院へ行くのがいいのでは?と返信した。1時間後、再び彼女からメールが来た。
病院に行ったら、インフルエンザといわれ、タミフルを処方されて帰ってきたそうだ。
とりあえず、安心した。「身体保重!」 お大事に!

この冬、インフルエンザの大流行で、インフルエンザに有効といわれる「R-1乳酸菌」を
含むヨーグルトがスーパーやコンビニから消えたという。
佐賀県の有田町の小中学生が「R-1乳酸菌」ヨーグルトを毎日食べたところ、隣接する
3市と比べてインフルエンザの感染率が激減し、武雄市の小学生の累積感染率10.5%
に対し、有田町の小学生は0.64%と、明らかな違いが出た
という。(2010.9~2011.3)

         R-1
             品切れのR-1ヨーグルト   スーパーで

この「R-1乳酸菌」に限らず、ほかのヨーグルトや、納豆菌や麹菌、マイタケなども、
インフルエンザ予防の一助になるらしい。
ヨーグルトだけでは効果は少なく、腸内バランスを整えるには野菜や豆類が必要らしいが。
 
それにしても、実にいろいろな種類のヨーグルトがあるものだ。ビフィズス菌は腸で働き、
LG21乳酸菌は胃癌などの発生原因の1つとされるピロリ菌の活動を抑制する効果が
あると聞いて以来、母のために常備しているビフィズス菌入りのほか、LG21乳酸菌
(「リスクと戦う乳酸菌」)ヨーグルトを買って、交互に食べるようにしている。

  LG21
    LG21 ヨーグルトも品切れ       ビフィズス菌入とLG21入  

実は、昨年10月から、処方された3種類の胃薬を飲んできたが、あまり効果はなかった。
それがLG21ヨーグルトを食べるようになってから、胃の方は大分よくなったように思う。
つづければ、免疫力アップも期待できるだろうか。

りんりんの学校では学級閉鎖になったクラスはないそうだが、彼の通った幼稚園では、
なぜか年中組以外、年少組と年長組が学級閉鎖になったそうだ。
一昨年の秋、孫りんりんはインフルエンザに罹った。
いっしょに出かけた帰りの車内で、彼が熱いことに気づいて、かかりつけの医院に直行した。
やはり当時流行の新型インフルエンザだったが、幼稚園を数日休んだだけですんだ。

この冬流行のインフルエンザ。その多くはA香港型だとか。母の発症から3週間が経つ。
ごんさんも私も今のところ大丈夫そうだ。
孫たちが元気に学校に、保育園に通ってくれることを願っている。早く春になあれ。
つれづれ

「風景印」 中央区 Ⅵ

2012年02月08日
中央区の郵便局のうち、風景印を置いてあるのは30局。
東京メトロ東西線茅場町駅、八丁堀駅に近い4局は隅田川に近い。

日本橋小網町

  証券取引所
      東京証券取引所と鎧橋               東京証券取引所

「東京証券取引所」は日本最大の金融商品取引所。通称「東証」。また、その所在地から
「兜町」と呼ばれることも。平日9時から16時まで見学自由(無料)。
かつては、ニューヨークとロンドンの証券取引所と並んで「世界三大市場」と呼ばれたが、
今日では、中国市場の拡大に伴い、香港や上海に追いつかれており、「三大」の地位は危うい。

  鎧橋
           鎧橋の碑                      鎧橋

「鎧橋(よろいばし)」は日本橋川に架かる橋。この橋が最初に架かったのは明治5年。
当時の豪商が自費で架けたのが始まり。橋が架けられたのと前後して、米や油の取引所、
銀行や株式取引所などが開業し、この地は大いに賑わったという。
その後、明治21年に鋼製のプラットトラス橋に架け替えられた。
現在の橋はゲルバー桁橋(昭和32年)。橋の外側に突き出ている鉄骨が鎧を感じさせる。 


中央新川局中央新川二局
   新川局
         永代橋と屋形船           中央大橋と永代橋 リバーシティ21

永代橋
     中央大橋から 永代橋                  中央大橋

「永代橋(えいたい ばし)」は、中央区新川 と 江東区永代 の間で、永代通りが隅田川を渡る橋。
元禄11年(1698)、五代将軍綱吉の50歳を祝して幕府が架橋したとされるが、今よりも
やや北側にあったといわれる。隅田川で4番目に古いという。「永代橋」という名は
当時佐賀町付近が「永代島」と呼ばれていたからという説と、徳川幕府が末永く続くように
という慶賀名という説がある。現在の橋は、震災復興事業で大正15年に架けられたもの。


日本橋茅場町局
   茅場町
   桜 スズラン 日本橋 宝井其角住居跡       宝井其角住居跡

松尾芭蕉の門下で蕉門十哲の一人である宝井其角の住居跡の碑が東京証券会館脇にある。

  日本橋
                        日本橋
旅・散策・イベント

静かな「スープカフェ」

2012年02月07日
昨年末、東京大学赤門(文京区)近くに、スタッフ全員が聴覚障害者というスープカフェ
「Sign with Me」(サインウィズミー)がオープンした。(「ベリーベリースープ」のフランチャイズ店

中国語の同学Mさんとこの店で会うことになった。手話を長年続けておられるMさん、
テレビの手話ニュースでこの店を知って、ぜひ行ってみたいと思っていたそうだ。
昨年秋から彼の身体にはペースメーカーが入っているが、今は、一時中断された中国語、
手話、詩吟、太極拳、そして晩酌の方も復活。以前同様に週2日の休肝日を守られている。

実は私も一時期、娘が小6の頃だったと思うが、区主催の手話講座に通ったことがあった。
初級、中級、上級と2年半のコースを終了後、さらに勉強されて都の通訳者となった人もいた。
パソコンがなかった当時、手書きの「手話辞典」をつくったりするほど熱心だった私だが、
手話通訳者という仕事は向かないことが判り、講座が終わると手話から遠ざかってしまった。
ちょうどそのころ始めた日本画の方が忙しくなったこともあるが。

Mさんとは地下鉄の本郷三丁目駅で待ち合わせた。東大赤門に向かって本郷通りを行くと、
ラーメン屋の横にSign with Meという看板を見つけた。「with」は人が寄り添う手話だ。

12時前だったのに、あまり広くない店内に空席はごくわずかだった。
注文はレジで。「当店はろう者で運営しています。ご注文は指差しでお願いします」
必要な会話はタブレットPCに用意されているので、手話ができなくても困ることはない。
聴覚障害者だけでなく、近くの東大生や手話を学んでいる人も集まるのだとか。

           サインウィズミー
         
隣の席には女性が1人静かにくつろいでいたり、2人連れの女性が手話で会話していたが、
奥では子ども連れのお母さんたち、学生さんたちが楽しそうにおしゃべりする光景も見られた。
次から次へと学生風の客が入ってくるが席がない。
ラジオで聞いた「静かな雰囲気のカフェ」というより、明るく活気のある印象の店だった。

「憩い」「学び」「相談」ができるカフェ空間。壁全体がホワイトボードになっていて、
客の感想や楽しい絵などが壁いっぱいに書かれていた。
行政に頼らず、「ソーシャルカフェ」として、一般社会につながることが目標だとか。

レジに並ぶ
         レジで注文             タブレットPCと指さし用メニュー

食べるスープ、飲むスープ、スープごはん、パスタなど、どれもおいしそうで迷ってしまう。
結局、私が指さしたスープセットを、Mさんが「2つ」と手話で注文した。
スープセットが運ばれてきた。自分で注文したのに、何のスープだったか忘れてしまった。
Mさんが手話で訊ねた。そう、「ジェノベーゼ焼きトマト入りオニグラスープ」だった。
オニグラってオニオングラタンのことだ。煮込んで煮込んで溶けそうな玉ねぎとチーズ。
中に焼きトマトが入っていた。それでいて、くどくない。美味しかった。

スープセット
     「オニグラスープ」のセット                ホワイトボードの壁には

スープの味もだが、手話に、中国語にと頑張られるMさんの姿勢には感動させられた。
SMAPが北京で歌った「世界上唯一的花」(世界に一つだけの花)の歌詞と訳が書かれた
新聞の切抜き、日本人の中国語スピーチコンテストの1位から3位までの内容文のコピー、
「ここはおいしかったよ」と、銀座の焼肉店のパンフまで下さった。

昨年夏やっと、日本の手話は「言語」として認められたんだよと、Mさんは喜んでおられた。
「手話」は、私が習っていた頃はもちろん、長い間、法律上は言語として認められていなかった。
公立のろう学校でも、積極的に教授されているところは少なく、多くのろう学校ではむしろ、
「口話法」(相手の口を見て話を理解する技術)が主流となっている。口話法は習得が難しいと
指摘する専門家は少なくないという。
(Wikipedia)

「手話ひとり芝居」のパンフレットと手話講習会の案内もいただいた。
Mさんの手話歴は20年以上。Mさんの奥様も数年前から手話を始められたそうだ。
また、手話を始めれば?と勧められたが、まずは1年以上遠のいてしまった中国語を
何とかしなくては!と答えたまではいいのだが・・・。

帰宅後、スピーチコンテストで入賞した文(訳文)を読んで圧倒された。高校生一般部門の
「自分を信じる心」「大震災が教えてくれたもの」、大学生の「好奇心」「私の選んだ道」と、
さすが1位、2位だ。肝心の中文でなく、まず訳文に目を通した自分が情けなくなった。
手話も中国語もどんどん遠くなってしまった。
旅・散策・イベント

春節の「祝舞パレード」

2012年02月06日
今年の初詣は、春節で賑わう横浜中華街の関帝廟と媽祖廟になった。 (春節の初詣

春節から元宵節までの期間中、中華街ではいろいろなイベント(~2/6)が開かれている。
春節最後の日の午後、「祝舞遊行」が行われた。これは、皇帝衣装、民族衣装、獅子舞、
龍舞などが中華街を練り歩くパレード。
山下町公園→関帝廟通り→福建路→西門通り→中華街大通り→南門シルクロード→山下町公園)

偶然見つけたブックカフェで、ジャスミン茶と中国関係の本に囲まれて至福の時を過ごした。
ビルを出ると、歩道に人が集まっていた。あと20分で「祝舞遊行」が始まることに気づいた。
迷ったが、春節期間中、この日しか行われないパレードだ。見ていくことにした。

パレードの先頭は「爆竹」。車付の容器?の蓋をあけて持っていた線香を投げ入れた瞬間、
物凄い音がした。歓声が上がった。わずか2mほど先で爆竹が鳴って白い煙が上がっている。
北京の爆竹はこんなものではないだろうが。とりあえず、満足。スカッとした。

         爆竹

爆竹のの起源は2千年以上前、魔除けに用いられていたが、今では、祝日や婚礼、祝典、
縁日などで鳴らされる。春節期間は、1年の使用量の半分以上を消費するとか。

  銅鑼も
 雑技 京劇
                              白い瞼譜        赤い瞼譜の関羽?

関羽などに扮した「瞼譜(れんぷ)」(京劇の隈取)を施した人たちがつづく。
彼らは「がんばろう日本」「東北加油」と書かれたタスキを掛けていた。(加油は「頑張れ」)

京劇の登場人物で最も尊敬を集めているのが、関聖帝君こと三国志の英雄関羽。
「瞼譜」は京劇の中で、最も典型的な芸術といわれ、その人物ならではの色と模様を使い、
人物の性格や特徴を反映し、善悪の区別を出す。関羽の瞼譜は、神仏の加護によって顔が
赤くなって追っ手を逃れたという逸話に因み、赤が基調となったという。

   京劇の隈取
      「がんばろう日本」        「東北加油」          関羽?

         皇帝衣装
テレビ『蒼穹の昴』の光緒帝や珍妃、春雲や文秀などを連想させる皇帝衣装がつづく。 
         皇帝衣装       
      清民族衣装
      孫悟空
            沙悟浄           猪八戒            孫悟空

       踊り
     
  龍舞
                         龍舞
    採青
                         採青

可愛い獅子たちは、ドラや太鼓の音に合わせて伸び上がり、料理店の軒先につるされた
祝儀袋「紅包(ホンパオ)」をつかみとる。
かつて祝儀袋が獅子の好物の青菜で作られていたことから「採青(サイチン)」と呼ばれる。
獅子に頭をかんでもらうと病気にかからず、頭がよくなるといわれるが、小さな子どもは
怖かったのだろう。あちこちから泣き声がした。
中国・中国の旅

春節に初詣

2012年02月05日
横浜中華街では、中国の旧正月を祝う「2012春節イベント」(~2/6)が行われている。
1月22日の大晦日の晩、関帝廟(かんていびょう)と媽祖廟(まそびょう)で、爆竹の音とともに
新年を迎える「春節カウントダウンイベント」が行われた。
23日は、商売繁盛や五穀豊穣を祈願する「採青(さいちん)」が中華街全域で行われた。
5頭の獅子舞が銅鑼や太鼓に合わせて激しく踊り、店頭に吊るされたご祝儀の
紅包(ほんぱお)をくわえ取るという春節の伝統行事も盛大に行われる。

北京のSさんとHさんから「春節だより」が送られて来た。街や庙会(ミャオフィ)の賑わい! 
日本の縁日とあまり変わらないようだ。
食べ物は、肉の串焼き、焼きそば、揚げ団子、さんざし飴、包子や炒肝などの北京小吃や
お茶や暖かい梨のジュースなど。小物は、風車のようなもの、お面、カチューシャ、
干支やキャラクターの付いた帽子、調理用便利グッズ、キーホルダーなどなど・・・。
ゲームコーナーは、あらかじめ全店共通で使えるチケットを買って、射的やコンピューター
くじのような各種のゲームが出来るといったシステムのようです。


 地壇公園
              北京地壇公園の庙会の様子           Hさん撮影

冬の北京は魅力いっぱいだ。すぐにでも飛んでいきたいところだが、やはり無理。
せめて日本で「春節」気分をちょっぴり味わおうと、横浜中華街に出かけることにした。

山下町公園で獅子舞、龍舞、雑技など「春節娯楽表演」(1/28~29・2/4~5)が行われるが、
「変面」(仮面の早変わり術)が演じられるのは1月29日午前と2月4日だけだ。
29日午後は「祝舞遊行」という皇帝衣装、民族衣装、獅子舞、龍舞などが街を練り歩く
パレードが行われる。この日なら「変面」とパレードの両方を見ることができる。

思い立ったのは29日の朝。「変面」は最後の方と勝手に決めて、家を出たのは9時半。
山下町公園には幾重にも重なった人、人、人。10時半過ぎていた。すでに表演は始まっていた。
歓声だけが聞こえる。演じられているのは「変面」だとわかって焦るが、まったく見えない。
思い切り高く持ち上げてシャッターを押したのだが・・・。

 変面

『變臉 この櫂に手をそえて』という映画を見て以来、「変面」を実際に見てみたいと
ずっと思っていた。変面そのものより、主役の朱旭がよかったからかもしれない。
中国映画をそれほど見ているわけではないが、朱旭が主役の映画はずいぶん見ている。
『こころの湯』『心の香り』『王様の漢方』。テレビの『大地の子』の中国の父親役、
そして『末代皇帝ラストエンペラー』の溥儀役も深く印象に残っている。

今年の初詣は、神社やお寺でなく、中華街の「關帝廟」「媽祖廟」となった。
「関帝廟」は、関帝(関羽、関聖帝君、関帝聖君)を祀る廟。
「媽祖廟」は、媽祖(まそ、天后聖母、天妃娘娘、海神娘娘)を祀る。
媽祖は航海・漁業の守護神として、中国沿海部を中心に信仰を集める道教の女神。

  初詣
              媽祖廟                     關帝廟
         
いたるところに龍、龍、龍。そして、人、人、人の中華街の春節。
午前中の「春節娯楽表演」はほとんど見られなかったが、午後の「祝舞遊行」(パレード)は
開始20分前から待った甲斐があった。私が立ち止まった位置は、関帝廟が背景という
絶好のカメラアングルがとれるようで、プロのカメラマンや大きなカメラを構える人たちに
囲まれて見ることになったが。

     媽祖廟
                        媽祖廟  
        両廟
           媽祖廟                關帝廟
 パレード
                         関帝廟 屋根

          横浜大世界
                         横浜大世界

因みに、旧暦では、1月1日にあたる1月23日からが辰年(「壬辰」)。
中国では、「龍は縁起がよい」と考えられていることから、出産時期を調整した夫婦も多く、
今年はベビーブームになる可能性が高いという。
また、60年に1度の「壬辰みずのえたつ」は、「妊娠」に通じることから、子孫繁栄につながり、
なお縁起がよいと考える人も多いのだとか。

  龍舞
                        龍舞   関帝廟前

パレードの後半、龍が近づいてきた。観客への大サービス。私の頭の上を龍が舞う。
龍のお腹を触った! たしか、龍の腹は蜃(しん)に似ているのだっけ。(龍の姿は
堅いビニール製といった感じで、思ったよりがっしりとしていた。
今年は縁起がいい!と思うことにした。

変面はよく見られなかったが、思ったほど寒くはなく、「春節気分」を十分に味わった。
帰りは急行に乗れたこともよかった。お土産に買った重慶飯店のシュウマイは美味しかった。
すでに関帝廟でのわずかなお賽銭のご利益があったのかも。
中国・中国の旅

春を待つ猫

2012年02月04日
今日は24節気の1つ「立春」。暦の上では春なのだが、ほんとうの春はまだ遠い。
新しい1年がスタートするという、大きな節目の日でもある。豆まきをしたり、柊とイワシを
飾ったり、恵方巻きを食べたりすることも、すべて、新しい1年をスタートさせるための
準備だということになる。


寒いせいか、近所を歩いていても猫の姿をあまり見かけない。日向ぼっこをしている猫もいない。
猫たちは昼間どこにいるのだろうかと思ってしまう。

昨年、お向かいのさいとうさんのところは子猫誕生ラッシュの年だった。
といっても、飼い猫ではなく、地域猫のラスカルミケの子どもたちのこと。
この2匹は捕まらないため、不妊手術ができず、一昨年、昨年と次々に生んだために、
ついに、さいとうさんさえも、ミケの子かラスカルの子か、見分けがつかないほどだ。

                   ミケの子 (2011.6生れ) 
     ミケの子
                         2011.8 
      ミケの子

                   ラスカルの子 (2011.8生れ)
        ラスカルの子                         
   2011.10
                           2011.10
2011.12
                           2011.12

お向かいのさいとうさんのガレージの奥には、発泡スチロール製の家がいくつも用意されている。
わが庭の猫たちの親戚猫にあたる猫たち、ラスカルミケが生んだ猫たちの中の数匹ずつが
籍を置いているようだ。

野良猫、地域猫は、数か所の餌場を持っているらしい。
彼らの中で勇気がある猫、好奇心が強い子猫がたまにわが庭にやってくるようになった。
ガラス越しに目が合うと逃げてしまう猫もいれば、興味津々に観察する猫もいる。

   2012.1
                           2012.1

わが庭で生まれ、わが庭に籍を置く猫たちは、寒くなってくると、夜間や雨などは2階建ての
木製の部屋で寝ているようだが、朝食がすむと日なたを求めてさっさとどこかへ行く。
最近、朝食後は正午、午後3時、6時、9時頃、入れ代わり立ち代り現れるようになった。
わが庭で生まれた猫は4匹。すべて手術済み。家猫に比べて自由があり、野良猫に比べると
安定した生活ができるおかげか、穏やかな日々を過ごしている。

今年は初めてスーパーで買った「イワシの頭と柊」を玄関に架けた。
毎年思うのだが、今年こそ、禅語「任運騰騰(にんぬんとうとう)」、スペイン語「ケ・セラ・セラ」。
猫たちを見倣って「明日は明日の風が吹く」で行こう。今日を境に心機一転!
動物など

春を前に

2012年02月03日
今日は節分。都内でも多くの神社で「豆まき」が行われる。
鬼に豆をぶつけて邪気を払い福を呼びこむ「豆まき」は、追儺(ついな)という宮中行事の1つで、
「鬼やらい」や「厄払い」とも言われる。「豆打ち」の名残りの1つ。

  雪谷八幡 豆まき 
                  2009.2.3

豆まきには「炒り豆」を使うが、これは、災いをもたらす鬼の目のことを「魔目(まめ)」と
呼ぶことにかけてあって、生の豆だと「芽が出る」、つまり、「目が出る」ので、鬼の魔目が
出ないように炒るのだとか。さらに、芽の出ない「炒り豆」を投げることで、家の中の災いを
追い払い、魔を滅する、「魔滅(まめ)」にもかけてあるそうだ。
        
この時期、コンビニやスーパーには「節分豆」コーナーができるが、さらに賑やかなのは
「受験応援コーナー」に並ぶ、ゲンを担いだお菓子などの「受験応援グッズ」かと思う。
こうした商品は菓子の季節商品として定着したという。  

「キチンと勝つ!」のチキンカツ入りのチキンラーメン( 日清カップめん)、
「チャーシューでチャンスをつかめ!」(出前一丁 受験生応援カップ)などの食べ物、
「ダルマサイダー」という、業界初の合格祈願飲料もある。
このダルマサイダーは学問の神様である天神様にゆかりのある神社で原材料に
合格祈願していただいております。1.まずはダルマに願掛けをして、片目を入れてください。
2.「念願かなって合格できたら、片目を書き込んでくださいね!」
と神社で祈願の様子の
写真入りのチラシが架かっていた。

何といってもゲンを担いだ食品の多さと語呂合わせのネーミングには驚く。
 
コーナー
 「勝てオレ」(ブレンディ) 「おみくじごえん」(チロル) 「ダルマサイダー」
 菓子                   
「コアラのマーチ」 コアラにあやかって「寝ている時も木から落ちないヨ」
「ウカール」「受験にうカール」に通じる
「Vなげわ」 「Vポテコ」
 菓子
    「合格安歩柿」       「キットカット紅白」 「カナエルコーン」「ウカール」

「キットカット」 「きっと勝つと」 受験シーズン商品の元祖ともいわれる
「キットカット キットメール」 応援メッセージを書いて送れる  (サクラ咲くよ
「カナエルコーン 春咲くさくらんぼ味」 「五角(合格)の猫がはいっているかも」

「キシリトールガム」  「きっちり通る」
「ポッキー」   逆さに読むと「キッポー(吉報)」
「Toppa」   無事受験を「Toppa(突破)」して!

「ごえんチョコ」  合格にごえんがある五円玉そっくり
「勝ちグミチョコ」  縁起のいい紅白の組み合わせ
「勝利のV」  Ⅴ字型に表面をカット 笑顔のハイチーズ味
「うカルピスキャンディ」   3種類のキャンディと応援メッセージ
「ポリンキー とんカツあじ」  とんかつ(勝つ)味

京都の長岡天満宮で祈祷してもらったウメ果汁が入った「ハイチュウ 合格梅味」、
すべての粒に「勝」の字が刻印されたもの、「合格」と書かれた「合格せんべい」、
脳内唯一のエネルギー源「ぶどう糖」入りのチョコボールなど、枚挙にいとまがない。

受験生応援菓子も年々増えているが、ラジオで聞いたのは、「タコの置物」。
タコの英語「octopus オクトパス」は、置くと試験にパスするということらしい。

店には、恵方巻き、節分用の豆、受験応援グッズ、バレンタインチョコのコーナー、
そして、それが終わると雛祭りのコーナーが設けられるのだろう。
春はもうすぐそこに?! 
つれづれ

スマホのこと

2012年02月02日
今日2月2日は「夫婦の日」。各地で「夫婦」にまつわるイベントが開催されるらしい。
11月22日は「いい夫婦の日」(1988年制定 現・日本生産性本部制定)は知っていたが、
実は、毎月22日は「夫婦の日」で、ほかにも4月22日は「よい夫婦の日」がある。

「あれ? スマホが動かなくなった。だからデジタルってやつは・・・!」
「あなた、テ ブ ク ロ!」「あ~あ」
 缶コーヒー「ジョージア」のラジオCMだ。
缶コーヒー1本で「人気ブランドコラボのスマホ手袋」キャンペーンに応募できるという。
この夫婦は缶コーヒーを買って「スマホ手袋」を当てただろうか。

この「スマホ手袋」は、指先に電気を通す素材を使ってあり、さまざまなタブレット端末、
銀行のATM、駅券売機でも手袋を外さずに使えるという。
この冬、デパートやスーパーでも、スマートフォン用の手袋を見かけるようになった。

    スマホ手袋
    「スマホ操作ができるグローブ」(ロフト)  「タッチパネル操作手袋」(スーパー)

先月、都内で発生したドコモの通信障害の原因は、スマホの無料通話アプリに集中したため、
スマホ用に増設した交換機がパンクしたという。
ラッシュ時は特にケータイの利用が多く、さらにJR山手線のダイヤの混乱で遅刻を会社に
連絡するなどケータイの利用が集中したことも、通信量が急増した一因という。
数少ない公衆電話には長い列。タクシー会社、宅配業者など、決済システムや経済活動にも
大きな影響を与えたという。こういうことが度々あると、災害時にはどうなるのだろうか。
3.11の日を思い出してぞーっとした。

ここ数年、あちこちでスマホを使っている人を見かけるようになった。
ケータイを「持っている」人は84.5%というが、そのうちスマホを「使っている」のは
13.4% (前年比9.6pt増)と意外に少ない。
使用率を年代別に見ると、20歳代が42.1%(前年比31.6pt増)で、30歳代が24%、
40歳代は10.9%と、若者の間で急速に普及していることがわかる。
スマホへの乗り換えを希望する割合は各世代で高く、「使っていないが使いたい」人の
割合は20~50歳代で、いずれも30%台とか。(時事通信 調査)

私の周りにも昨年の夏あたりから、スマホに乗換えた人(なぜか全員50代女性)が
数人いるが、電話をかけても応答がなかった。どうやら、出るまでに手間取ったらしく、
「ごめんなさい~。すぐに出られなくって・・・」と、謝られたことも度々あった。
昨年暮れにやっと?ついに?切り替えた息子も慣れるまで時間がかかったようだった。

とてもいろいろなことができて、便利そうに見えるスマホ。そのうち、ケータイは
なくなっていくのだろうか?と思うことがあるが、そうとも言えないという。
スマホを持っている人の中には、ケータイと両方持っている人も多いらしい。
それは普通のケータイの方が使い易い機能がたくさんあるからだとか。
たとえば、携帯アプリ、ワンセグやカメラ、おサイフケータイの機能はスマホにはない。

もちろん、スマホにできて、従来のケータイにできないことはたくさんあって、
パソコン機能や自分でダウンロードしたアプリを使う場合にはスマホが欠かせないという。

私自身も、スマホへの乗換えをしようと、ケータイショップで相談したことがあったが、
考えてみると、現在はメールと電話、歩数計、カメラ機能、手帳代わりに使う程度だし、
外出先でパソコンの機能を使いたいと思ったこともほとんどないことに気づいた。
ケータイなら片手で操作できるし、パソコンはわが家でゆっくり、両手を使えばいい。
結局、当分スマホの必要がないと、ノートパソコン用に「高速、大容量、低遅延」の
クロッシー(次世代通信サービス)を選んだが、果たしてこの選択がよかったのかわからない。
つれづれ

名古屋的喫茶店 

2012年02月01日
早朝の時間帯にドリンクやトーストなど特定のメニュー「モーニングサービス」を提供する
喫茶店やレストランがある。
「喫茶店王国」といわれる名古屋市に生まれ、愛知、岐阜、三重の東海3県を中心に
チェーン展開する「コメダ珈琲店」が、山手線沿線では初めて池袋にオープンしたという。
「コメダ珈琲店」は、父親が営んでいた米屋に因んで「米屋の太郎」という喫茶店が始まり。

コメダが横浜市に関東1号店を出店した当時(2003年)は、コーヒーを注文した客に、
「トーストとゆで卵付」は追加料金が要ると勘違いされたこともあったが、その後、関東でも
「モーニングサービス」が知られるようになり、それを目当てに来店する客も増えたという。
米国の投資ファンドの買収(2008年)後、出店は加速し、店舗は350店近くになったが、
2014年度には関東、関西の店舗を現在の3倍近くに伸ばす計画だとか。
    コメダ珈琲店

都内ではじめて大田区下丸子に「コメダ珈琲店」がオープンしたとき(2007年)、りんりんたちと
出かけて行った。駐車場は広く、東急線下丸子駅にも近く、大型珈琲店が珍しいこともあってか、
オープン後しばらくは、土日の朝ともなると、長い行列ができた。(7:00~23:30 年中無休)
土曜日の朝、7時少し前に行ってみると、開店を待つ数人が並んでいたのに驚いた。

絵のお仲間と忘年会の後、行ったことがある。たまに店の前を通るとき、この店の人気の1つ、
2つの「シロノワール」をたしか8人くらいで分けたことを懐かしく思い出す。
アツアツのデニッシュ系パンに冷たいソフトクリームを組み合わせた不思議なスイーツだ。
昨年亡くなられたKさんのお宅は横浜市。横浜市には「コメダ珈琲店」が多いらしい。
ご主人と近くの「コメダ」によく行くと話されたKさん。あのころはお元気だったのに・・・。

もっとも名古屋的なのが11時までの「モーニングサービス」らしい。ドリンクの料金のみで
トーストとゆで玉子がサービスされる。美味しいコーヒーにトーストとゆで玉子で400円だ。
また、コーヒーを頼むと袋入りの豆菓子が付いてくるのも、名古屋的らしい。

「喫茶店、カフェは、団塊のリタイヤ世代にとって憩いの場、時間消費の場でもあり、
さらに、地域の世代を超えた交流の場であり、文化の発信の場にもなるところだ」
と、
団塊の世代のラジオのコメンテーターが話していた。
喫茶店は激減したが、「コメダ」の快進撃で、ちらほら復活の兆しがあるのが嬉しいとも。

  珈琲
   
久しぶりに、自転車で図書館の帰りに「コメダ珈琲店」に寄ってみた。駐車場に車は少ないが、
自転車置き場はいっぱいだった。午後の店内は、オバサンたちのグループ、子ども連れや
年配の夫婦、若い女性、商談中のサラリーマン、喫煙コナー(だけではないが)には
新聞を拡げてくつろぐオジサンたち、それぞれが思い思いの時間を過ごしていた。

私は奥の席で、借りてきたばかりの『漢語的不思議世界』を開き、胃にも心臓にもよくないと
ずっと我慢していたコーヒーの味と香りを久しぶりに味わった。
オマケの豆菓子とコーヒーの不思議な取り合せ、これが名古屋的なのかと思った。
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