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野菜の栽培

2013年01月31日
寒い日がつづいている。霜が降りても、ほうれん草など野菜は凍らない。
霜に当たったほうれん草の葉は柔らかく、しかも甘く美味しい。
ほうれん草だけでなく、ほとんど水分からできている白菜、カブなどの
葉菜類は、凍らないように細胞内のデンプンを糖分に変える。糖が増えると、
水は氷点下になっても凍らない。これが冬野菜が甘い理由だという。

温室栽培の野菜は出荷前に寒風の下にさらされると、慌てて糖分をつくるため、
寒じめほうれん草や小松菜は美味しくなるのだとか。
温室育ちの人間が世間に出ると、味のある人間になれるのだろうか。

     白菜
                甘くなあれ         
          
ワインソムリエがワイン通であるように、野菜ソムリエは野菜と果物の
スペシャリスト。おいしい野菜の見分け方やおいしい食べ方、種類や特性、
栄養面などに関する講座を受講後、修了試験(日本野菜ソムリエ協会)に
合格すると資格が取れる。ちなみに、魚ソムリエは水産庁公認。

ロート製薬(港区芝)では、家庭薬膳料理を提供する社員食堂「旬穀旬菜cafe」を
一般公開している。国際薬膳師考案の2種の定食と1日10食限定の薬膳
カレーは、野菜ソムリエの資格を持つシェフが調理する。(健康もエコも・・・
     
以前、都庁で購入した都立高校の地理歴史科用教科書『江戸から東京へ』の
「庶民の食事を支えた江戸野菜」について書かれた頁(p20・21)は興味深い。
江戸の町は、当初、上方から来る商品に頼っていたが、18世紀以降、
関東周辺の村々からの地廻り物が増加し、江戸地廻り経済圏が成立した。
塩、酒、醤油、米などがその例である。野菜については、参勤交代により
各地の野菜が江戸に持ち込まれ、江戸にも産地が生まれた。練馬大根や
谷中生姜などがその代表で「江戸野菜」とよばれている。
「江戸東京」を歩く

       亀戸升本
             亀戸大根     亀戸「升本」

田畑の面積は、18世紀はじめには江戸初期の倍近い状況になった。
現在では農地の転用が進み、農家が減少するとともに、江戸野菜はほとんど
栽培されなくなった。

人材派遣サービス「パソナ」本社(千代田区)には、「アーバンファーム」がある。
偶然見つけたパソナの広告につられ、立ち寄ったのはちょうど1年前だ。
受付横にカボチャ、応接室にトマト、秋に収穫された稲の稲架(はざがけ)、
天井から下がるカボチャ、苦瓜、キュウリには驚いた。
 
   パソナ
      パソナ 植物工場      南瓜が下がる受付

採れた一部は社食で提供されるという。色とりどりの花に囲まれたカフェ、
企業内保育園まであった。人工光や水耕栽培技術を生かした「自然との共生」、
都会でできる農業を提案しているそうだ。

近い将来、世界中で深刻な食料不足が起こると予測されている。
「新しい農業を確立し人類の危機を救いたい」という玉川大学農学部渡邊教授の
「LEDで育てる新しい農業のかたち」の話は興味深かった。(TBSラジオ
植物に波長を制御しやすいLEDで特定の波長を照射する光環境のもとで、土も不要、
短期間、省スペースで効率的な栽培ができる。葉菜類、根菜類、果菜類、薬草など、
どんな種類でも自由に作れ、露地物に比べると栄養価にも優れ、おいしいという。
さらに、水道水よりも雑菌数は少ないため、洗う必要もない。
昨年から試験生産が始まった。実用化される日も近いことだろう。

たまに近くの畑の前を通ることがある。農家ではないが、頑丈な柵の中で、
今はブロッコリー、小松菜、大根、人参、葱などいろいろと育っている。
植物工場の小松菜や大根より美味しそうにみえるが・・・。。
植物など

湖南観光 張家界

2013年01月30日
昨年秋、湖南省長沙から帰国されたSさん。日本から訪れたお茶の友人たちを
案内した湖南省の観光スポットは、岳陽市の洞庭湖と世界文化遺産の張家界。
(8~10月間に3度訪れたとか)         (湖南省の観光 岳陽

「張家界」は湖南省随一の景勝地で、中国国内でも「九寨溝」と並ぶ観光地。
天下第一の奇岩、中国山水画のモデル。ユネスコ世界自然遺産。
湖南省の北西部に位置し、長沙から高速道路を走ること4時間半のところにあり、
重慶にも近いことから、料理は四川料理と湖南料理の影響を受ける。

古代の地殻変動の繰り返しにより造られた岩の台地、長い間の風雨の浸食を
受けてできた奇峰の林、それを目の当たりにすると、自然が作り上げた奇跡に
ただただ圧倒されるばかり。「筆舌に尽し難い」という言葉がありますが、
張家界の景色の素晴らしさはどのように言い表していいのかわかりません。
雄大でいて幽玄な世界、見たこともないような岩の連続で、自分がこのような
不思議な場所に立っていることが信じられないような気分にさせられます。
世の中にこんな景色があるなんて!と絶句してしまいました。
それを3か月の間に3回も見られたのはなんという幸せ!でしょう。

   
    天子山             
             天子山 御筆峰   

「張家界」は大変広くいくつもの観光スポットがあり、1~2日ではとても
見終わるのは難しい。天子山自然保護区の「御筆峰」、袁家界の雄大な
岩の峰(『アバター』の撮影が行われた)、中国最初の国家森林公園となった
金鞭渓景区等々、見どころ満載。
今はこれらの景勝地にロープウェイやバスなどで比較的簡単に行けるそうだ。
また、岩の絶壁に沿って造られた335mのエレベーター「百龍天梯」もあり、
一層人気になっているとか。だが、九寨溝同様、大変混み合ってはいるとも。
     袁家界
              袁家界 五指峰
 
このような秘境に一度に多くの人が訪れると、自然の生態環境を壊してしまう
ことにならないのかと、少々心配になります。雲南では、推定樹齢800年の
茶樹王が参観できるようになり、短期間で枯れてしまった例もあります。
四川省や湖南省は少数民族も多く、今まで人に知られず少数民族のみの
神聖な場所だったようなところが一般に知られるようになったのでしょうか。
この素晴らしい自然がずっと続くことを願います。


     ダンス
             土族のダンス

私は、2011年7月から2012年10月まで湖南省長沙市に住んでいました。
一度は行ってみたかった中国の内陸部、しかも、二年前から湖南省の黒茶に
ずっと興味があったところであり、また、約六年毎月中国茶サロンに来て下さった
お客様、そして拙宅まで通って熱心に勉強してくださった方々に私が自分の目で
見た中国の様子、お茶のことをお伝えしたいと思い、「長沙通信」を始めました。
18号をもって最終号とさせていただきます。


過去、今までに何度となく起こった反日行動、しかし、今回は領土問題だけに
解決が難しいです。黒白をつけようとすれば、両国の戦争にもなりかねません。
両国政府が折り合いをつけて平和的に解決することを心から願ってやみません。
過去、数回の駐在で二人の娘たちが、それぞれの地で中国の人たちから本当に
よくして頂きました。私は大好きなお茶や中国のことを紹介することで
私なりの日中友好のおてつだいができるならこんなにうれしいことはありません。


長くて10日間の滞在経験しかない私だが、雲南省、貴州省の少数民族の村を
訪れたことから始まった中国の旅は私を「中国迷」にした。(迷はファン・マニア
安徽省、江蘇省、浙江省、福建省、広西チワン族自治区、南京、北京、上海と、
ごくごく一部だが、どちらかというと観光地ではないところをこの足で歩き、
スケッチしたり、地元の人たちと交流した日々が走馬灯のように駆け巡る。

彼女といつでも会えるのは嬉しいが、長沙通信の終了はさびしくもある。
4月、北京に滞在中のSさんも日本に帰国されることになった。
5月連休明け、2年前に千葉県の御宿に移られたSさんを訪ねることになった。
総勢9人の初の1泊旅行だ。お2人が戻られて桂花会は再び賑やかになる。
中国・中国の旅

湖南観光 岳陽

2013年01月29日
昨年秋、湖南省長沙から帰国されたSさん。帰国後すぐ、グループ展に来て
下さったことから、同学6人、Sさんを囲んでのミニ桂花会のようになった。
桂花会は、故沈老師の中国語講座の同窓会。2年前、学習会は閉会したが、
年2回程度の集まりはつづいている。
今年の「桂花会」新年会は連休にあたり、Sさんは家族旅行、黄老師も
都合がつかず欠席されたが、いつもの店いつもの時間に9名が集まった。

Sさんが、1年余りの長沙生活や中国国内のお茶の旅で見聞きしたことや
感じたことを綴った「長沙通信」は、昨年末までに17篇になった。
18篇は、昨年8、9、10月、湖南省を訪れた日本の茶友達とともに
観光スポットを訪れたSさんの「湖南省のお茶めぐりの旅」最終編だ。

「岳陽市」は、湖南省最北の市で、湖北省に接している。長沙から湘江に
沿って車で北上すること3時間、洞庭湖の畔に立つ古都、岳陽につく。
「洞庭湖」は、中国で2番目に大きい淡水湖で、すぐ北を流れる揚子江とは
運河で結ばれ、昔から水運も発達していて、湖南の黒茶はこのルートで
遠くまで運ばれた。
洞庭湖を目の前にすると、海のように大きく、向こう岸は見えなかったとか。
 
      岳陽楼

「岳陽楼」は武漢の黄鶴楼、南昌の滕王閣と並び称される江南三大名楼の1つ。
色鮮やかな中国式の建物で2階からは洞庭湖が一望のもとに見渡せ、古来より
多くの詩人がここで詩を詠んだが、中でも杜甫の「岳陽楼に登る」は大変有名。
10月旅行でご一緒したKさんが「私は岳陽楼に来ることが夢だったんです。
今やっと夢が叶いました」とおっしゃって、手帳に書き込んだ「岳陽楼に登る」を
詠んでくださった。人の夢が叶う場に一緒にいられたことがとてもうれしく、
また感動しました。


     登岳陽楼
しかし、この楼閣には、杜甫の詩よりもっと有名な名文が伝わっており、
それが岳陽楼の名を普く天下に知らしめたといわれている。
『岳陽楼記』(范仲淹 著)の「士先二天下之憂一而憂、後二天下之楽一而楽」
(天下の憂えに先んじて憂え、天下の楽しみに後れて楽しむ)
は、とくに、
今に語り継がれる名句とされ、日本でも「先憂後楽」や後の2文字をとって
「後楽園」など、広く使われている。

この「先憂後楽」は、漢文の時間かなにかで習ったような気もするが、
「先ず、努力すれば、その苦労や努力は報われ、後は楽しい」といった
意味に受け取られているようだ。
趙さんと食事をしているときにこの熟語が話題になり、彼女が傍にあった
紙ナプキンに「先憂後楽」と書いたことがあった。以来、「先憂後楽」を
見聞きする度に、趙さんを想い出すようになった。

「君山銀針」は、洞庭湖の中にある小さな君山島で作られる高級黄茶。
島の面積の70%に茶の木が植えられ、ここで摘まれた茶の芽のみ使用する。
生産量が非常に少ないため、君山島にあるお茶のメーカーも、長沙市内でも
これを扱うメーカーは1店のみ。
バカ高いので今までほとんど買えなかったが、この機会を逃しては買えないと、
まさに「清水の舞台から飛び降りる」気持ちでようやく買った
そうだ。

    君山銀針

白茶の王様「白毫銀針」と較べると、産毛はそれほど多くなく、色は黄色、
水色も薄い黄色のため、「黄湯黄葉」といわれる。芽はかなり大きい。
グラスの中でまっすぐに立つ姿、なんと上品で気品あふれる姿だろう、
この様子が清朝の貴族から愛されたのだろうか。
君山島での試飲会では、この歴史的な銘茶の一番美しい姿で見せようと、
このすらりと立つ姿を上下に分かれるようにしていた。
「君山銀針」を自分で淹れてみると、上下にはなかなか分かれない。
黄茶なので、「悶黄」という独特の香りがある(いい香りとは言い難い)が、
そのあと穏やかで上品な味わいがある。


黄茶の生産量は年々少なくなり、近年になって「君山銀針」は緑茶と黄茶と
両方作られるようになったという。今後のこのお茶がどうなっていくのか、
Sさんは気懸りな様子だ。    (「湖南省の観光 張家界」
中国・中国の旅

懐かしい玩具

2013年01月28日
子どものころの室内の遊びを想い出すと、「あやとり」「お手玉」「折り紙」
「おはじき」などがあるが、室内での遊びはどちらかというと苦手だ。
本屋さん、お菓子屋さんごっこは、開店準備中がもっとも楽しかった。
お店を開けるころには、お客の妹は飽きていることが多く、姉妹2人での
遊びの限界を感じたものだ。ただでさえ面倒な後片づけがいっそう嫌だった。
孫のゆうゆうたちをみると、「お店屋さんごっこ」や「ままごと」などで
遊べるようになったのは、妹の方が3歳近くになってからだろうか。

「折り紙」は、もともと不器用の上に作り方図(地図も)を読むのが苦手で、
探究心もないため、折鶴、やっこさんとその変形の椅子とテーブル、舟など、
レパートリーは当時から増えていない。

今の子どもたちは「おはじき」「お手玉」であまり遊ばなくなったようだが、
「あやとり」や「折り紙」はよく遊んでいるようだ。
今の折り紙は、和紙やセロファンのような素材、キャラクター柄や花模様、
飛行機、動物園、水族館などテーマ別のものなど、実にバラエティに富む。
りんりんは、平面図を見て立体をイメージするのはお得意で、かなり前から
作り方図を見ながら、難なく折り上げるのに感心したことがあった。

   箱入り

昔懐かしい「こま」「けん玉」など、孫りんりん用に揃えた木の玩具は、
ゆうゆう用に用意したままごとセットとともに箱の中に仕舞ってある。

りんりんはWiiやDSに夢中だった時期もあるが、今は友だちと一緒のときに
遊ぶことが多く、自分の持っていないソフトを交換し合ったりしている。
目下のところ、千円程度で手に入ることもあって、プラモデルが増えていく。
「ダンボール戦機 W」とか「ダンボール戦機 爆ブースト」とか、どこがどう
違うのかわからないが、それらのシリーズがいくつも彼の部屋にある。

     クリスマス

ダンボール戦機ってダンボールでできているの? と訊いたことがあるが、
彼の説明ではよくわからなかった。Wikipediaによると、「衝撃を80%
吸収する強化ダンボールの戦場で戦う小さな戦士
」の2050年頃の話。
わが家にも2時間ほどで組み立てたものが1つ残っているが、完成すると
棚などに並べずに、もともと入っていた箱にしまうことにしているようだ。
もっとも、たいていは床に転がったままで、母親によくおこられるようだが。

母親にきくと、クラスにもプラモデルに夢中の男子は多いが、棚にきちんと
飾る子もいれば、りんりんのように、新しいデザインを考えて、
数体の戦機の武器?などを組み替えて遊ぶのだという。

       片付け
         いつの間にか遊びになっている片づけ

作品をつくって終わりというより、組替え自由の玩具をつくっているのだろう。
ちょうどレゴでビルをつくったりしても、片づけるときはバラバラにして
箱にしまうのと同じようなものだとか。

       レゴ
          最近は遊ばなくなった?レゴ

地下鉄の駅にあった「メトロガイド」2月号の特集は、「大真面目に遊ぶ 
昔なつかし日本あそび」で、「こままわし」「けん玉」「」「たこ揚げ」
「折り紙」「お手玉」「あやとり」が詳しく載っていた。
「けん玉」「こままわし」は、大会があって、技によって段位があることは
知っていたが、意外だったのは「あやとり」「お手玉」に検定があること。

どれも遊びというより、技を競うスポーツのようだ。苦手なわけだ。
お手玉の競技大会は、個人戦と5人制の団体戦(2m☓2mの競技場内で
規定種目を2人同時に行い、先に失敗した方が負け)がある。
競技用お手玉の中身は小豆で、重さは40gと決められているという。
ちなみに、初段は「両手で2個ゆりを20秒以上続ける」で、二段は
「片手で2個ゆりを15秒以上」、三段「両手で3個ゆりを20秒以上」で
なんと六段まである。初段は猛練習すればなんとかとれるかもしれない。
身近な人びと

子どものころの遊び

2013年01月27日
「子どものころ、どんな遊びをしていたの?」と小3のりんりんに訊かれた。
何でも社会科の授業で「昔の遊び」について学習したとかで、東京の遊びと
違うのかどうか、帰省する人は、祖父母に訊ねるように言われたので、
札幌の祖父にいろいろと遊びの話をしてきたという。

ごんさんは「三角ベース、ベーゴマ、めんこ、馬のり、腕相撲・・・」と、
かつての男の子の遊びはかつての女の子の遊びとはかなり違う。
「コマまわし」はごんさんは上手だ。「模型飛行機」や「凧揚げ」でも
遊んだだろう。「剣玉」は?「竹馬」は? 

「ままごと」「かごめ」「石けり」「ろう石画」・・・、誰と遊んだかな?
なぜか想い出せない。「まりつき」「ゴム跳び」「しゃぼん玉」「縄跳び」も。
「はないちもんめ」は少し大きくなってからだったか?

     縄跳び
         ゆうゆう姉妹と近くの女の子たち

たまに道にチョークで描かれた画を見つけて、ほっとすることがある。
踏まないように歩きながら。何の画か解らないことが多いが。
外では「ままごと」遊びの光景は最近見ない。「ゴム跳び」「まりつき」も。
孫たちをみても、「縄とび」は体育の時間の中でも行われているようだが、
昔は、大縄を回しながら、「おじょうさん おはいんなさい ・・・」と
唄を歌いながらキャーキャーいいながら跳んだものだった。

ゆうゆうは保育園時代に、縄跳びをそこそこマスターしたが、りんりん
どうも苦手で、体操教室に通い出した。

     ろう石画
               チョーク画?

外遊びは男女混合。家の中で妹と遊ぶより断然面白かった。
わが家の閂(かんぬき)のある表門は滅多に開けず、遊ぶなどもっての外。
隣りのAちゃんの家の門を中心に男女対抗合戦を繰り広げた?!
内側は女子たちが守ることになるのだが、閂の上に乗っかって、外から、
といっても道路だったが、棒きれを持って攻めてくる男子たちに向かって
小石を投げつけるという、今では考えられない大人公認のワイルドな遊びだ。

もっとも好きな外遊びは「缶けり」。そして「かくれんぼ」「鬼ごっこ」。
当時は縁の下のある平屋のほか、池をはさんで離れがあり、どちらも木に
囲まれていたわが庭は、「かくれんぼ」には絶好のロケーションだった。
だが、虫は多く、蜘蛛の巣にかかることも度々だった。

蛇もいたようだ。幸い蛇とは鉢合わせしたことはない。酒屋さんが
ビールケースを運搬中にアオダイショウを踏んだのを目撃したことがある。
ガマガエルには、啓蟄後の雨の晩などよく出くわした。(カエルのエリザベス
オタマジャクシが孵るとクラスの半数近い男子がバケツ持参でやって来た。
今、池もなくなり木も少なくなった庭だが、池の在った辺りを眺めていると、
オタマジャクシや缶けりに興じたころのことが懐かしく想い出される。

    1677no06.jpg
       「かごめ」「なべなべ」のイラスト  立会川緑道  
 
人間は、動物とくらべて子ども時代の長いことに大いに意味があるという
生物学者福岡伸一氏の話をきいて納得した。
子ども時代は、いわゆる勉強だけでなく遊びを通してさまざまなことを学ぶ。
塾やお稽古通いで忙しい今の子どもたちは遊び時間が少ないせいか、
数人が集まっても、室内でゲームをすることくらいしかできない。
昔は近所の友だちから自然に学んだ伝承遊びや、外遊びなどのルールなども
今は、「あそび教室」といったサイトで学ぶ必要があるのかもしれない。
身近な人びと

雪下ろしの体験

2013年01月26日
今年の成人の日、午前中から降りつづけた雪は見る見る間に積もった。
膝までの長靴、プラスチックと金属の2種類のスコップでごんさん
数時間おきに雪かきをした。おかげで玄関から門、そして道路までは安心して
歩けたが、あまり車が通らない道路を歩くのは怖かった。
10日以上経ち、道路からはほとんど消えた雪はところどころに残っている。

    残る雪
            残る雪         1.25                    

今日から1泊で、『「合掌の森」冬のめぐみ体験モニターツアー』 が合掌造りの
富山県五箇山で雪下ろしの体験ツアーが行われことをラジオできいた。
「合掌の森」は、世界遺産になっている五箇山の合掌造り集落のことで、
合掌造りの材料の森・産業の森・文化の森・掌を合わせてできた感謝の森。
日本の原風景ともいえる美しいこの景色は、茅葺屋根の「カヤ」があってこそ、
後世に伝えることができるもの。その茅を育てる茅場の保存が、大きな課題と
なっているという。冬のめぐみとは「雪」のこと。

この合掌の森再生プロジェクトは、合掌造りの集落で、雪下ろしをしたり、
茅の堆肥で育てた五箇山特産の赤カブを雪の中から掘り出したりと、
「合掌造りの暮らし」を体験できるという。集合解散は五箇山の「合掌の里」。
ボランティアでなく、あくまでもツアー。旅行代金は2万円。

岐阜県の飛騨高山では、夏・秋・冬の3回行われる『どっぷり山之村体験』
シリーズの「雪下ろしと伝統保存食「寒干し大根づくり」が行われた。

     菅沼
             菅沼集落      2000.2.28

冬の五箇山を訪れたことを想い出した。アルバムを見ると、なんと2000年!
「白川郷・五箇山の合掌造り集落」として世界遺産に登録された5年後だった。
雪の中の白川郷(岐阜県)や五箇山の菅沼など、荘川沿いをレンタカーで廻った。
菅沼集落の屋根は、他地区に比べ急勾配だという。

       菅沼
          急勾配の屋根   菅沼集落       

観光客が多いかと思っていたが、とくに、菅沼集落はしーんとしていた。
学校帰りの小学生に出会っただけだった。(雪の中のスケッチ旅行Ⅱ
 
        白川郷              
          降りしきる雪   白川郷  2000.2.27
            
南砺、富山、立山の3市町と市民向け講座「丸の内 朝大学」では、
『富山の魅力発信プロジェクト』の一環として、研修旅行が行われた。
朝大学の受講者63人が菅沼の五箇山合掌の里を訪れ、合掌造りでの
「極上の昼寝」「屋根雪下ろし」「かんじきトレッキング」「ライトアップ
設営体験」の4つの体験メニューを満喫したという。

福井県勝山市では『田舎暮らし体験交流事業』の一環で、大阪府立大生
11人は、農村体験ボランティアとして、屋根雪下ろしに取組んだという。
勝山市入りした11人は、それぞれがスコップを手に、約1mの積雪がある
屋根の雪下ろしをしたという。また、自分たちで作ったかんじきを履いて
雪山散策やそば打ち体験もしたとか。

2月1日、福島県昭和村・金山町・三島町・只見村で行われるのは、
今年16年目を迎える雪おろし体験ボランティア in 奥会津
過疎地の独り暮らしの高齢者世帯の雪下ろしを支援するというもの。
1泊(¥13000)と2泊(¥26000)があり、集合解散は郡山駅。
会津には2度とも桐の花咲く5月だった。冬の会津の厳しさはわからない。

雪おろし作業終了後には地元の方々との交流会も開催され、奥会津の魅力を
再発見することができる楽しいひとときだというが、慣れない雪下ろしで
筋肉痛のお土産を持ち帰ることにならないだろうか。
旅・散策・イベント

冬のカラダ

2013年01月25日
最低気温が0℃未満になる日を「冬日」というが、1月6日、関東を中心に
冷え込んだ朝、東京でも氷点下1.4度となり、この冬初の冬日となった。
14日には大雪が降ったり、その後、17日も冬日だった。

脱水症は冬にもある。体にとって不可欠な体液が不足すると脱水症になる。
これは、単なる水の不足ではなく、電解質も同時に失われた状態のこと。
水分が喪失すると、血液不足、血流低下が起き、食欲不振、集中力低下に。
電解質の喪失により、骨や筋肉の電解質もなくなり、バランスが崩れて、
こむら返り、しびれや脱力が起きる。ほかにも、口の中が粘る、嘔吐や下痢、
めまいや立ちくらみなども脱水症の場合があるという。

軽いストレッチや寝る1時間前にコップ1杯の水を飲むことが予防になる。
急激な姿勢の変化はよくない。起きるときもお風呂から出るときもゆっくりと。
寒いときは、無理して戸外で運動せずに、室内でストレッチなどで。

     使い捨てカイロ

すっかり定着した使い捨てカイロだが、場面に合わせた使い方を守ることが
大切で、たとえば、靴用カイロは足以外で使うと、空気を取り込み過ぎて
必要以上に熱くなる。また、揉むとと破れる可能性もあるので要注意。
  
使い捨てないエコなカイロも人気だ。リチウムイオン電池内蔵の充電式
「エネループカイロ」はおしゃれ。スイッチを切れば発熱を止められる。
「ハンディウォーマー」は、オイルを燃料にした白金触媒式。
USBでパソコンから充電できるエコなカイロ(「iCharge Warmer」)は、
小さいが、温度は2段階に調整可能という。
温度調節はできないが、電子レンジで温める首用のカイロなどもある。

     加湿器
             加湿器も必需品

外出時には、帽子にマフラー、手袋。ついでにマスクが必需品だ。
首と手首を覆うだけでもずいぶんと暖かい。レッグウォーマーで足首も。
たまに、腹巻、ヒートテック肌着を着けて出かけることもある。
コート、マフラー、手袋は室内で身に着けてから外へ出るのがいいそうだ。

そういえば、以前は使い捨てカイロをポケットの中に入れて外出した。
ここ数年、足が凍りそうになることはない。もっとも真冬のスケッチ旅行に
行くこともなくなったが。
筋トレに通い出して3年。医者も漢方に切り替え、ココアを飲みつづけている
おかげだろうか、体温も免疫力もアップしたような気がする。
   
ぬくぬくとした生活を送っていると、外気温の変化を捉える皮膚の感覚器官が
鈍くなり、自律神経の働きも鈍り、免疫力も低下するときいた。
ここ数年、部屋のエアコンは、一度もつけていない。
パソコンに向かうときの寒さ対策は、足を載せるだけの足温器とひざ掛けに
指出し手袋だけ。昨年購入の足温器(腰から足先まですっぽりのズボンタイプ)
は着脱が面倒で今年はあまり使っていない。

   手袋
      百均のスマホ用手袋     愛用の指出し手袋

1人用炬燵もよさそうだが、今のところ、足温器とひざ掛けで十分だ。
隣りのリビングからのガスストーブの暖気で15℃ほどになる。
乾いていると感じたら、小さな加湿器をオン。これで冬を乗り切る予定だ。
まさに頭寒足熱ということなのだが、時折、睡魔に襲われるのはなぜだろう。
つれづれ

懐かしい「揚げパン」

2013年01月24日
今日は「学校給食記念日」。1946年、東京の永田町小学校でララ物資の
贈呈式が実施された12月24日が「学校給食記念日」と決めれられた。
しかし、この日は多くの地域で冬休み期間に当たるため、1ヶ月後の1週間を
「全国学校給食週間」として、「給食記念日」は1月24日となった。

ララは、終戦直後の子どもたちを飢えや寒さから救った、米国、カナダ、
中南米諸国の日系人、在留邦人の宗教や奉仕団体で組織された「アジア
救援公認団体」(Licensed Agencies for Relief in Asia)。(1952 終了)

給食メニューの中でも人気が高い「揚げパン」が、大田区の嶺町小学校で
最初に開発されたということを最近になって知った。
その嶺町小学校のサイトをのぞくと、「給食室から」コーナーに毎日の献立が
載っていた。昨年12月初めの献立は「揚げパン(シナモン) 牛乳 ヌードル
ひじきとツナのサラダ みかん」
で、今年はまだ揚げパンは登場していない。

2学期最終の献立は「ロールパン 牛乳 とりのからあげ マッシュポテト
野菜とコーンのスープ パイのセレクト---最終日は洋風で、デザートの
セレクトにしました。アップルパイとチョコレートパイです」

今の給食はスゴイ。脱脂粉乳(嫌いではなかったが)とコッペパンではない。
パンもロールパンだったり、カレーのときはナンだったり、チャーハン、
上海麺、スパゲティ、麻婆丼など、なんともバラエティに富んでいること!

      揚げパン発祥の地

たまたま通ったパン屋の店先で「元祖 揚げパン」の幟がはためいていたのに
つられて店内に入った。店内には所狭しとパンが並んでいたが、昼をとっくに
過ぎていたせいか、揚げパンのシュガーは売切れだった。きな粉は3個、
シナモンは1個しか残っていなかったので、なんとなく買いそびれた。

     揚げパン

コッペパンを揚げたものに砂糖などで味付けした揚げパンには、砂糖のほか、
シナモン、きな粉、ココアパウダーなどバリエーションがある。
パンを揚げるという調理方法には2種類ある。カレーパンやピロシキのように
焼いたパンを揚げたものと、スペインや中南米のチュロスなどのように生地を
直接揚げるものがある。生地を直接揚げるのは日本ではパンの1種とされるが、
英語圏のフライドドウ(fried dough)やスペイン語圏のチュロスなどは
パンではなくドーナツに近い菓子の仲間として扱われている。
(Wikipedia)

栄養的にはカロリーが非常に高い食品であり、元々は戦後児童らの栄養状態を
安価に引き上げるためだったというが、団塊世代にとっては懐かしいメニュー。
現在でも児童には人気のあるメニューだが、そのカロリーが逆にネックとなり、
献立に入る頻度は少なくなっているとか。

そのカロリーがネックとなる、カレーパンは大好きだ。
パン屋に立ち寄ると、カレーパンも(あれば中辛)を買って帰ることが多い。
カレーパンはたいていごんさんの口に入る。「パンは〇〇の店よりおいしい」
「中のカレーはふつうだった」などのコメントを残して。
毎月8日は「カレーパンの日」。「カレー(0)パン(8)」のごろ合わせ。

人気の給食メニューは何といってもカレー。1月22日は「カレーの日」。
全国学校栄養士協議会でこの日の給食のメニューをカレーにすると決められ、
全国の小中学校で一斉にカレー給食が出されたことにちなむとか。(1982年)
ちなみに、横濱カレーミュージアム制定の「横浜・カレー記念日」は6月2日。
旅・散策・イベント

大田区の古墳

2013年01月23日
「付近に川があり、湧水があり、爽やかな風が通る小高い丘がある」といった
場所は、はるか昔に栄えた地であり、また、古墳があることが多いのだという。 

東京に残る古墳のうち、中央政権とつながりを持った有力首長の100m級の
前方後円墳は少なくとも3基ある。都内の前方後円墳のベスト5は          
1 芝丸山古墳   (港区)    全長112m   前期・4世紀後半
2 亀甲山古墳   (大田区)  全長107m   前期・4世紀後半
3 宝来山古墳   (大田区)  全長97.5m   前期・4世紀中葉
4 摺鉢山古墳   (台東区)  現存長70m  前期?
5 浅間神社古墳  (大田区)  全長 60m    5~6世紀初頭

多摩川下流部に面した世田谷区野毛から大田区田園調布にかけて点在する
「荏原台古墳群」には、都内で最大級の古墳が多く含まれている。
世田谷区
・野毛大塚古墳(玉川野毛公園) 帆立貝式古墳 全長82m 埋葬用棺4基
大田区 
・宝莱山古墳   (多摩川台公園)前方後円墳 全長97m  4世紀前半
・多摩川台古墳群 (多摩川台公園)前方後円墳1基と円墳7基 6~7世紀
・亀甲山古墳   (多摩川台公園)前方後円墳 全長107m 4世紀後半
・浅間神社古墳  (浅間神社) 前方後円墳 全長60m  5世紀末~6世紀
・音塚古墳     東京都最後の前方後円墳  全長41m  6世紀後半          
・鵜木大塚古墳  (雪谷大塚町) 円墳    直径27m (町名の起源)
(扇塚古墳     前方後墳? 現在は石碑のみ 都内最古?4世紀前半?)

     ポストカードと栞
     宝莱山古墳  多摩川台古墳群  亀甲山古墳 Click!
   
浅間神社古墳  全長60m
埋葬施設は竪穴式の粘土槨か木棺直葬ないし礫槨であったと考えられている。
前方部は東急東横線の切通しにより消滅しているが、約30m幅、
後円部の直径は約32mと推定される。後円部には社殿が建つ。
北条政子が、富士浅間神社に夫である源頼朝の武運長久を祈り、
この地に持仏の観音像を祀ったのが、この神社の始まりと伝えられる。
本殿は都内唯一の浅間造という建築様式。社殿建築(大正4)と
社殿改築(昭和48)の際、多くの人物埴輪や動物埴輪などが出土した。

   多摩川台古墳群
         多摩川台古墳群の案内図 Click!
 
宝莱山古墳ほうらいさんこふん) 都指定史跡  全長97m
8号墳の北側にある広場の北側にある、多摩川流域最古の前方後円墳で、
荏原古墳群の最初の首長墓。前方後円墳の鞍部に登れるようになっている。
宅地造成工事(1934)で、埋葬施設が発見され、倣製(ぼうせい)四獣鏡、
勾玉、ガラス製丸玉、鉄剣などが出土した。

亀甲山古墳かめのこやまこふん) 国指定史跡 全長約107m
南武蔵を代表する多摩川流域最大の前方後円墳。
前方部幅約50m、高さ約7.5m、後円部径66m、同高さ約10m。 
後円部の南端は削られているが、航空写真では、前方後円墳にみえる。
宝莱山古墳の次の世代の首長墓ではないかと考えられている。

多摩川台古墳群 第1号墳~7号群が並び、谷を隔てて第8号墳がある。
いずれも小さな円墳だが、1号墳と2号墳はもともと別個の円墳を合体させて
前方後円墳に仕立てられている。最古の円墳は2号墳で、最新は8号墳。

亀甲山古墳や多摩川台古墳のある多摩川台公園は子どものころは遠足で、
その後もスケッチに何度も訪れる場所だ。 最近では、孫ゆうゆう
多摩川台公園、公園内の古墳展示室を訪れた。  (霜柱を踏んだ日
元旦には富士山を見ながら自転車で土手を走り、浅間神社で初詣。
大田区に古墳がいかに多いか、展示室にある大きな立体地図でよくわかる。

     古墳展示室にて

古墳は、川が近くに流れる小高い丘に多いといわれるが、多摩川台公園や
浅間神社からは多摩川の流れと富士山が望めるが、そこから数km下流の
鵜の木には、多摩川を望む丸みを帯びた小高い丘(現 鵜の木松山公園)がある。

     鵜の木松山公園
        古墳時代の横穴(奥行5.4m、幅2.65m、高さ1.85m)

公園造成中に4基の横穴墓が発掘された。東斜面に保存公開されている
ドーム状の墓室で3体の埋葬者が発見された。古墳時代末期から奈良時代の
有力者の墓で、少なくとも2回の埋葬が行われたと推定されるという。
大田区の横穴墓の発掘は多いが、保存公開例は少なく、都内でも3例目とか。
旅・散策・イベント

寒椿と椿

2013年01月22日
   寒椿      ツバキ科 ツバキ属
            学 名  Camellia sasanqua cv
            和 名  さざんか

        寒椿

日本の固有種で、ツバキとサザンカ(山茶花)の交雑種とされる。
枝が横方向に伸びるので背丈は1.5~3mほど。
ただし、「獅子頭」「立寒椿」と呼ばれる品種は背丈が高くなる。
公害に強く、道路と歩道の間の植え込みや公園樹として植栽される。

濃緑色の葉は長楕円形で、縁には鋭い鋸歯がある。
11月から2月ごろ、芳香のある花を咲かせ、花は1枚ずつ散る。
花は鮮やかな濃紅色。白色、ピンク色などの一重咲きもある。
花びらは14枚以上の八重咲き。 

わが庭の寒椿は、ふだんはあまり目立たないが、大雪が降った翌日、
雪の中から徐々に顔を出した濃紅色の花と深緑色の葉が輝いていた。
 
   寒椿
           大雪2日後の寒椿

山茶花とは、学名(Camelia sasanqua Thunb)的にもほとんど同じ。
葉も花も開花時期もほぼ同じで、見分けがつきにくい。(さざんか
山茶花は背丈は高い。花びらは5~10枚、ちぢれるものが多い。
  
  山茶花

歌劇『椿姫』は、中国語では『山茶女』というのだと、ソプラノ歌手趙さんに
伺ったことがある。中国語でツバキは、茶花、山茶、山茶花、山椿などで、
サザンカの名は山茶花の本来の読みであるサンサカが訛ったものといわれる。

山茶花は、中国語でツバキ類一般を指す「山茶」に由来する。
椿の中国名「山茶花」が、このサザンカの名前として間違って定着した。
ちなみに、サザンカの中国名は「茶梅」。日本固有種の寒椿の中国名はない。
植物など

様変わりする本屋さん

2013年01月21日
久しぶりに嬉しいニュースだ。ヨドバシカメラが、来月、家電製品の物流網を
活用した書籍のネット通販に本格参入する。首都圏のほか全国の主要都市圏で、
大型書店の品揃えに匹敵する70万タイトルの「注文当日の無料配送」が
可能になるという。朝、ネット注文すれば、夕方には届く。しかも送料無料。
書籍も他の商品と同様に販売価格の数%のポイントがつく。

家電量販店のポイントカードはヨドバシ、ビック、コジマなどいくつか
持っているが、ここ数年、川崎のヨドバシで購入することが多くなった。
これからは、ヨドバシで書籍を買うとポイントがつくというのは有難い。

本といえば、一旦、書棚に入れた本は滅多に読むことはないが、何気なく
並んだ本に目がいき、突然、並べ替えを始めたりするという変な癖がある。
本屋さんに寄るのは大好きだ。ふらりと本屋さんに入り、店内散策?を
楽しむだけで、結局、買わないことが多いので、大型書店の方が気楽でいい。

つい最近、「東京タヌキ探検隊」の宮本氏の『タヌキたちのびっくり
東京生活 都市と野生動物の新しい共存』を図書館で借りた。
この本が読みたい!と思ったとき、まず、図書館で検索をして予約をする。
図書館にない場合は、書店までの交通費&時間と送料をはかりにかけて、
アマゾンで注文することが多いが、これからは新刊書は断然、ヨドバシだ。
アマゾン(米アマゾン日本)は、中古を含む約600万タイトルの国内書籍が主力の
ネット通販最大手。当日無料配送は年会費(¥3900)を支払った会員限定。

楽天も6月を目途にネット通販の即日配送を開始する。
当初は関東地域、3年以内に国内総人口の7割が居住する地域をカバー。
直販書籍や日用品のほか、一部契約店舗の商品を注文当日に届ける。

   蔦屋書店
            代官山 蔦屋書店

こうした動きは、リアル書店、既存のネット書店に与える影響は大きい。
独自の書店づくりの代官山の蔦屋書店。未精算本を持ち込めるカフェは魅力。
また、「文脈棚」、たとえば、猫に関する小説、随筆、絵本、写真集、
マンガを同じ棚に並べるなど、さまざまな工夫を凝らす大型書店。

   大型書店
         カレンダー、眼鏡、おみくじ・・・  書店で 

なんとか頑張っている書店も大赤字。街の小さな書店はどんどん消えて行く。
そんな中で、本屋さんについての本や雑誌がブームになっているらしい。
『TOKYO本屋さん紀行』『TOKYOブックカフェ紀行』『私のブックストア』
といった本も見かける。一度、のぞいてみたいと思っているのは下北沢の
「B&B」。ここでは、生ビール片手に本が読め、毎晩、トークイベントが
行われる本屋さんで、新しい書店の形だろう。

数年前、わが街の本屋は半分になり、しばらくは細々と営業していたが、
昨年、中華屋となり、わが街に本屋さんはなくなった。(街の本屋さん
本はこれからヨドバシのネット通販で購入し、たまに立ち寄った大型書店で
本に囲まれる時間と空間を味わうことになりそうだ。  

「部長、読書お好きなんですね」「うむ」「読書は何がいいですか?」
「う~ん 眠くなる」「えっ!」 グーグー 「部長!」

リポビタンDのラジオCMだが、読書のスタイルも人それぞれ。
家で本を読もうとすると眠くなってしまう私は、カフェで読むことが多い。
買ったばかりの本を開く瞬間が大好きだ。
つれづれ

「款冬華」の候

2013年01月20日
今日は二十四節気の1つ「大寒」。寒さが最も厳しくなるころ。
『暦便覧』では「冷ゆることの至りて甚だしきときなれば也」とある。
七十二候(しちじゅうにこう)では、初候の「款冬華」(蕗の薹が蕾を出す)。

大寒 略本歴(日本)と宣明歴(中国)で微妙に異なる。
初候 1月20日~
      「款冬華」  蕗の薹が蕾を出す  (日本)   
      「鶏始乳」  鶏が卵を産み始める (中国)
    蕗の薹
       
          「款冬華」(かんとうはなさく ふきのはなさく

次候  1月25日~
      「水沢腹堅」 沢に氷が厚く張りつめる (日本)    
      「鷙鳥厲疾」 鷲・鷹などが空高く速く飛び始める (中国)    
末候 1月30日~ 
      「鶏始乳」   鶏が卵を産み始める  (日本)
      「水沢腹堅」 沢に氷が厚く張りつめる (中国)


なじみの薄かった七十二候だが、それらの言葉をベースにしたスマホ向け
アプリが若者たちを中心にヒットして、解説本や専用の手帳も登場した。
2年前にサービスを開始したスマホやiPad向けアプリ「くらしのこよみ」は、
「繊細な季節感」や「日本の美意識」などが好評で、ダウンロード数は
約22万件に上り、今年1月には関連書籍も出版された。

七十二候の言葉をベースに合わせた写真や絵、旬の食べ物や行事、俳句、
読みものなどが巻物仕立て。無料版のほか、情報量によって有料版もある。
更新は、七十二候にあわせておよそ5日毎で、更新日を過ぎると、その前の
候は見られなくなるのだとか。

七十二候は、古代中国で考案された季節を表す方式の1つで、二十四節気を
さらに3つに分け、その季節の特徴的な自然現象をことばで表現したもので、
気象の動きや動植物の変化を知らせる短文になっている。

古代中国のものがそのまま使われている二十四節気に対し、七十二候は
何度か変更され、江戸時代、渋川春海ら暦学者によって、日本の気候風土に
合うように改訂され、「本朝七十二候」が作成された。
現在では、明治7年の「略本暦」に掲載された七十二候が主に使われている。
俳句の季語には、中国の七十二候によるものも一部残る。
(Wikipedia)

書棚にある講談社『大日本歳時記』(水原秋櫻子 加藤楸邨 山本健吉 監修)は、
持ち歩くことはできないが、春、夏、秋、冬、新年と全5巻のカラー版で
重宝している。とくに、日本画の画題を考えるときに大いに参考になる。
これまで風景や花の画題につけた季語は、「春隣」「待春」「遅春」「浅春」
「夏隣」「朱夏」「ゆく夏」「白秋」「秋思」「深む秋」「冬に入る」「冬隣」
「水温む」「春めく」など。「春隣」「冬隣」「ゆく夏」「冬に入る」など、
何度も使用したお気に入りの画題もある。我ながらあきれてしまったが、
こうして画題を並べてみると、どんな画だったかわからないものもある。

     大日本歳時記

冬の巻の「時候」を開くと、ちょうど「日脚伸ぶ」「春待つ」「春近し」
「冬尽く」の頁だった。雪解け間近の川が映るのは「春近し」、深い雪から
顔を出しているお地蔵様の頭は「日脚伸ぶ」。2枚の写真が載っていた。

    冬 時候
     「日脚伸ぶ」           「春近し」

どちらの写真も春が近いことを感じさせるいい写真だ。眺めていて飽きない。
歳時記だが、ちょっとした季節の写真集のようだ。
最近はご無沙汰していた『大日本歳時記』だが、せめて二十四節気ごとに
開いてみることにしよう。「くらしのこよみ」のアプリは必要ない。
 
「立春」の初候は「東風解凍」、春風が厚い氷を解かし始めるのも近い。
そして、次候「黄鶯睍睆」、鶯が山里で鳴き始めることだろう。
ちなみに、中国の暦の次候は「蟄虫始振」、冬蘢りの虫が動き始める。
つれづれ

合格祈願 他人頼み

2013年01月19日
受験生にとって大切な時期である以上に、受験生の親たちにとっても
「自分に出来ることは何でも・・・!」という気持ちに駆られる時期のようだ。
「いい護摩ネット」という、合格祈願の代行サービスがあるという。

「修験道の護摩行を体験すれば、体に活力がみなぎり、自分の運命を良い
方向に向かわせ、すべての願いは叶えられます」と、修験道の総本山
金峯山寺で修行した行者の験力による「護摩行」にオンラインで参加し、
祈願後、祈祷札が自宅に送られてくるという。つまり、パソコンで申し込み、
護摩炊きの様子を動画を見ながら3分間お祈りするというお手軽なもの。
1回3千円のお札は、熊野の山奥に行くことを考えれば安いものだとか。

「ネット神主」や「ケータイの待受画面のお守り」を知ったのは一昨年。
鎌倉(神奈川県)建長寺が、ケータイにダウンロードしてお守りとして利用できる
画像を提供しているのは、「雲龍図」と「ご朱印」の2種類(¥525)。
   建長寺
    「雲龍図」の待受画面         建長寺 

熊本県の宝来宝来(ホギホギ)神社では、遠方の参拝できない人のために
「ネット神主」のサービスがあるとか。(¥300)。  (いまどきの信仰
  
宗教学者の鎌田東二氏によると、日本人にとって「神」とはパソコンの
フォルダのようなもので、「超すごい」などの形容詞や副詞で表現される
物事への総称
だとか。「神様 仏様」と都合のいいときに神仏にすがるのは、
昔も今も日本人の信仰のカタチだというのもわかるような気がする。

学問の神様菅原道真公を祀る湯島天神(文京区)を訪れた受験生たちへ
「いい護摩ネット」について、インタビュー(TBSラジオ)したところ、
「直接、神様に頼んだ方がいい」「直接お参りに来ると気持ちも高まるし、
部屋に閉じこもるより気分転換になる」など、全員が直接祈願派だった。

         湯島天神
          湯島天神鉛筆 「自信は努力から」・・・
 
もっとも湯島天神に足を運んだ受験生たちなら当然の回答だと思ったが、
付き添う?母親たちの半数は、「今はネットで祈願するのもアリでしょうね」
「お祓いするまで2時間待っている間に風邪をひかれるよりいいかも」と。
数年前から始まったこの「いい護摩ネット」は年々増えているというが、
受験生本人がに申し込むことは意外に少ないとか。 

      絵馬

江戸時代より「梅の名所」としても知られる湯島天神の境内には
樹齢約70~80年の木を中心に約3百本(8割が白梅)の梅の木がある。
昨年の梅の開花は例年より1~2週間遅めだった。今年はどうだろうか。
りんりんの入学時からわが家で使っている湯島天神の鉛筆には「日々の努力」
「一歩一歩進め」などが刻まれている。その鉛筆も短くなった。
旅・散策・イベント

合格祈願 落ちないキャップ

2013年01月18日
今年も明日から大学入試センター試験が行われる。受験シーズンだ。
2年前、街でみかけたさまざまな受験応援グッズ?のことを書いたが、
「ウカール(カール])や「キットカット」といった、こじつけ的ネーミングの
菓子などの多さに驚いた。 (もうひとつの受験戦争春を前に

今年も郵便局には「キットカット」が置かれていた。受験生に応援メッセージを
書いて送ろうというもの。「きっと勝つとぉ」、勝つよという九州地方の方言に
似ているため、数年前から受験生のお守りの定番になった。

    キットカット
          郵便局限定販売「キットカット」

今年の「キットカット」も以前のと同じだと思っていら、そうでもないらしい。
パッケージにスマホをかざすと、若者に人気の歌手(ナオト・インティライミ)が
オリジナルの応援ソングを歌う動画を見ることができるのだそうだ。
受験生のもっとも心の支えになるものは、「好きな音楽を聴く」ことなのだとか。

至るところに自動販売機が置かれている日本。全国の自販機は設置台数、
取扱商品の幅広さは、世界でも類をみないという。飲料の自販機のほか、
ホットドッグやハンバーガー、焼きそばなどの軽食、ソフトクリームや
菓子などのほか、生花の自販機など。バナナやタイ焼きの自販機も。   

2010年秋、JR品川駅構内に2台の「次世代自動販売機」が登場した。
センサーが自販機前に立った人の年代や性別を即座に判断して、数個の商品に
「オススメ」がつく。タッチパネル式。年代と性別が当たる確率は75%とか。
品川駅に登場してまもなく、この自販機の前で、帽子と眼鏡をつけて立ったり、
外してみたり、遊んだこともあった。         (進化する?自販機

今では珍しくなくなったタッチパネル式だが、最近、「落ちないキャップ」の
ペットボトル飲料用に「合格祈願バージョン」がある。
学生帽のブルーとリボンのピンクのキャップがご丁寧にお願いする。
「落ちないキャップポンからのお願い!」「フタは180度以上ツメが出るまで
カチッととめてね」「クルッと回して フタは、ちぎらず開けてね」。
「落ちないキャップで合格祈願」というわけだ。

    合格祈願

こういったキャップは、昨年夏、ホームで見つけて1度だけ買ったことがある。
キャップを開けた後は、片手で済ませられる? さほど便利だとは思わなかった。
もっとも、転がっていくキャップを追いかけるようなことはせずに済むが。

    落ちないキャップ 
         落ちないキャップ   2012.7

五角形の箸を使用している店が増えてきたように思う。3本の指で持つ箸は、
人間工学的には五角形や七角形といった奇数角のものが使いやすいという。
五角形は「ごうかく」に通じるとかで、五角形の箸を使う受験生の家もあるだろう。
箸のほか、五角形の土鍋や鍋敷もあるようだ。

ますますエスカレートする「受験生応援食品」。毎年恒例のメーカーや販売店の
闘いが終わるころには、バレンタインチョコ向けの作戦が始まる。
節分用の豆も店頭に並び、「恵方巻予約」の文字もあちこちで見かける。
旅・散策・イベント

阪神淡路大震災から18年

2013年01月17日
「阪神淡路大震災」から今日17日で丸18年になる。
今日は「防災とボランティアの日」。各種のボランティア活動及び住民の
自発的な防災活動の重要性が広く認識された。

また、国連防災世界会議にあわせまとめられた『阪神・淡路大震災教訓集』が
3ヶ国語に翻訳されたり、阪神・淡路大震災教訓情報資料集平成9~11年度 
内閣府
)などがまとめられ、例えば、倒壊家屋などの下敷きになり、
自力で脱出できなかった約8割の人は、近隣住民などに救出されたという。
1.17は、地域のつながりの重要性を改めて認識させる契機でもあったという。

2007年に導入された緊急地震速報はこれまでに130回発表されたという。
気象庁によるネット調査(2012.10~11 20歳以上の男女約5千5百人)によると、
「緊急地震速報が役に立っている」と答えた人は65%で、その理由として、
身構えられる(73%)、危険回避の行動がとれる(45%)などが挙げられた。
一方、気が付かないことが多い(38%)、揺れが始まってから見聞きしても
対応できない(34%)など、「役立っていない」と答えた人は35%だったという。

      ポスター

「東急線は大地震にも備えます」「震災時安全ハンドブック無料配布」などの
ポスターをよく利用する東急線の駅で見かけるようになった。
3.11のとき、東急線が動き出したのは真夜中だった。わが家近くまで来たとき、
踏切が閉まる音、電車が近づく音をきいて力が抜けた。余震も感じないまま
歩きつづけた半日だった。まだ、津波のことも福島のことも何も知らなかった。

1.17では、ライフラインが麻痺し、交換機故障やケーブルの切断により
数十万回線が一時不通となった。さらに、被災地外からの安否を問う電話が
殺到したことなどにより通信が規制され、つながりにくくなった。
多くの公衆電話は停電によりテレカが使えず硬貨のみの使用となったため、
満杯になった硬貨の回収が間に合わず、使用できなくなる電話もあったという。

これが教訓になって、災害伝言ダイヤルの導入や、大災害の時には公衆電話を
一時的に無料化するという措置がとられるようになった。
3.11の夕方、公衆電話に並ぶ長い列の後についた。テレカがないために、
財布の中に硬貨があるのを確認するまでは安心できなかった。
番が来て、自宅に電話。長い列を背中に感じながら、早々に電話を切ると、
硬貨が戻った。硬貨なしでかけられたことに驚いたことを想い出した。

   3.11
        公衆電話に並ぶ列  3.11 19:00

「おおた区報」に載っていた「区政に関する世論調査」(20歳以上男女2千人)では、
「特に力を入れてほしい施策」として、1位が「防災対策」(50%)で、
「防災対策」で特に力を入れてほしいことの1位は、非常用食料 飲料水、
災害用トイレなどの防災用品の確保(74.1%)、2位は「避難方法 避難所
避難場所の確保(51.5%)、3位は「情報の収集伝達手段の確保(45.5%)。

区では、避難場所である小中学校に非常用食料 飲料水、トイレなどを配備し、
家庭でも備えるように呼びかけている。また、防災行政無線のデジタル化や
ツイッターの活用などで、災害時の情報伝達能力を強化している。

「これからも大田区に住みたい」と答えた人は72.6%で、通勤通学の便、
買い物の便、医者や病院の便など、暮らしやすさに7割が「満足・ほぼ満足」。
一方、「不満・少し不満」の1位は「災害時の安全性」(49.1%)。
次いで、バリアフリー(43.4%)、交通の安全性(41.9%)。

自宅で災害に遭うと限らない。外出先でスマホのバッテリー切れ用に
充電器も持ち歩くが、停電や通信が規制されたら何の役にも立たない。
3.11からまもなく2年。公衆電話の長い列に並び、足が棒になるほど
歩いて歩いて・・・。わが家は遠かった。あんな思いはもうこりごりだ。
つれづれ

アナグマは冬眠中?!

2013年01月16日
「写真の動物はハクビシンには見えないのです・・・」
昨年、わが庭に現れた動物の目撃情報を「東京タヌキ探検隊」の宮本氏宛に
写真を添付して目撃情報を送信した。   夜の訪問者 化けるかな~
頂いた返信は意外だった。「では何に見えるかというと、アナグマです。
その根拠は ・ハクビシンにしては太り過ぎ ・顔の模様がちがう
・白地に目の周りが黒い(ハクビシンは黒地に白) ・鼻がピンクではない」
と。 
ただ、23区内にアナグマが生息しているか非常にあやしく、これまでに
不確実な情報が2件あっただけで、「もし、本当にアナグマなら大発見です」。
        
慌ててアナグマを調べると、たしかに顔だけをみてもハクビシンでなく、
ニホンアナグマにそっくりだった。日本に住むアナグマは日本の古来種で、
北海道と沖縄をのぞく里山に生息。タヌキ(イヌ科)と似ているが、
カワウソなどと同じイタチ科の生き物。クマの仲間ではない。

         アナグマ
         ハクビシンではなく ニホンアナグマ  2012.7

アナグマが好む場所は崖地で、その名の通り穴を掘って巣穴にするという。
近所の空地の崖の斜面には戦時中に掘られた防空壕が残っている。

   枇杷とイイギリ
            枇杷           イイギリ

そばの畑にはいつも季節の野菜や花がふんだんにある。さらに、桜や銀杏、
スダジイ、マテバシイ、イイギリ、枇杷の木なども。雑食で、昆虫、ミミズ、
カエル、爬虫類、鳥類、小型哺乳類、果実などを食するというアナグマには
最高の環境ではないか。防空壕に棲みついている可能性が大きい。

    畑の春
         畑のソラマメ      さやえんどう

ところで、「東京タヌキ探検隊」の宮本氏のメールによると、わが家近くは
いたって目撃情報が少なく、300m離れたあたりでハクビシンが2件程度。
まさかタヌキがいるとは・・・びっくり」だそうだ。
アナグマになると「東京23区内にはおそらく生息していないと思われる」と
宮本氏の『タヌキたちのびっくり東京生活』に書かれている。

「同じ穴の貉(ムジナ)」の貉は、アナグマ(またはハクビシン)のことで、
迷信では、人間を化かすとされるタヌキと同じ穴で生活する習性を
貉がもつことに由来していると思われる。
(Wikipedia)
タヌキは自力で穴を掘ることはなく、アナグマ(ムジナ)の掘った穴を
再利用したり、同居していた、という実例がもとになっているといわれる。

大晦日に現れたタヌキと同居するアナグマが、人間目撃情報や食料情報交換を
想像して楽しんでいる。いや、タヌキは冬眠しないらしいが、アナグマは冬眠中?
咋夏に現れたアナグマが、再びわが庭に来る日が今から待ち遠しい。
動物など

初雪は大雪となって

2013年01月15日
1月15日だった「成人の日」は2000年から1月の第2月曜日となった。
今年は「30歳の成人式in横浜」など、各地で「30歳の成人式」が
行われているという。「自立し家庭を持ち始める人が多い」という30歳を
「本当の成人」と定義し、互いに交流を深めるのが目的だとか。
成人式ができなかった人たちの「還暦の成人式」や「熟年成人式」などが
行われたところもあるという。

成人の日の昨日、関東甲信地方の初雪は大雪となった。横浜市で13cm、
東京都心でも8cmの積雪を記録。首都圏のJR各線などが運休や大幅遅れで
乱れたほか、首都高速の通行止めや羽田空港の欠航が相次いだ。
各地でけが人も出た。都心で5cm以上の積雪は2006年以来だという。

3月末までに仕上げるべき画があり、教室を休むわけにいかず、思い切って
出かけたのだが、傘も大きなパネルも風にあおられ、顔にも雪が飛んできた。

門を出てまず目に入ったのは頭を垂れる南天。
車も人も通った形跡のない急な坂道を下りながら、帰りはどうなるのか、
不安になった。雪化粧したミズキ、ケヤキに見とれながら駅へ向かった。
 
  南天

  ミズキ
               ミズキ            
  
東急線多摩川駅ホームに立つと、田園調布カトリック教会も多摩川台公園の
2本のメタセコイアはかすんでいた。いつまでも見ていたかったが、
雪は厳しく吹きつける。顔にもカメラのレンズにも、バッグの中にも。

  ホームから
     ホーム
                   寒そうなカラス

「大雪の影響でダイヤが乱れています」のテロップ。大幅に遅れた東横線の
到着時刻は消えていた。目黒線は定刻通りの到着だが、東横線は10分遅れ。

   電線 電車

      成人
        ビニールコート ブーツで いざ!

   ご苦労さま
         雪かき ご苦労さま
旅・散策・イベント

魚大好き

2013年01月14日
「ヘイおまち! 魚屋です!」「この地域を回っております 高橋 功です」
「お声をかけてください。すぐ参じます」

年末、整理していて見つけたのは、ポストに入っていた七寶商會のパンフ。
毎朝築地で仕入れた日本近海の旬の魚や、「万葉人が食した西海の地魚」を
水揚げ直後、競りにかける前に漁師さんが選別したものが直送されるという。

       魚屋さん       

軽トラックの保冷車で直接軒先まで届けるのは腹掛、袢纏に鉢巻姿の魚屋さん。
子どものころのわが家には酒屋さん、魚屋さんなどが、ご用聞きに来たものだが、
さすが、今風の魚屋さん。注文はネットやケータイにかけるようだ。

以前から「野菜ソムリエ」の存在は知っていたが、魚の消費拡大策の一環として、
昨年秋、政府公認の「魚ソムリエ」が誕生したときいた。
魚の知識や魚食文化を伝える人材を「お魚かたりべ」とする制度を創設した。
第1弾として、漁業や流通関係者など34人が11月中旬に選ばれた。
魚についての情報発信を強化することで、購買意欲を高めるのが狙い。

      骨取りさんま
          スーパーに並ぶファストフィッシュ
    
水産庁が、気軽に食べられる魚の需要を増やすことが東北復興につながると、
手間をかけずに食べられる魚介類の加工食品をファストフードにちなんで
「ファストフィッシュ」のロゴマークを付けて普及を図ることにしたのは昨夏。
時折、スーパーで目にするが、まだ、買ったことはない。(東北の復興へ
「かたりべ」を「ファストフィッシュ」と並ぶ車の両輪と位置づけ、魚離れを
食い止めたい考えだとか。

鮪や鮭の元の姿を見たことがなく、パック入りの魚しか知らない子どもも多いが、
健康のために魚を子どもに食べさせたいと思う母親は少なくない。
栄養学的に見ても、魚には良質のタンパク質やカルシウム、頭をシャープにする
DHAなどのほか、ビタミンやミネラルも豊富。

     築地市場
     
りんりんは小さいときから肉より魚が大好き。水族館や魚市場に行ったり、
マグロ解体ショーも見た。
昨年の夏休み、自由研究に「築地市場」を選んだ。出かけたのが遅かったために、
競りを見ることはできなかったが、ターレットに乗せてもらい水産物卸売場を
回るという貴重な体験ができて大喜びだった。 (築地市場でマグロのこと) 
つれづれ

楽しい時間わり

2013年01月13日
今年4月、20世紀生れの小学生はいなくなるそうだ。
なるほど、4年になるりんりんが03年生れだから、6年生は01年生れになる。
平成になって四半世紀。昭和も、20世紀も遠くなりにけりが実感だ。

全国の公立の小中学校と高校、特別支援学校の教員対象の調査(文科省)では、
昨年度、病気で休職した教員8544人のうち、うつ病などの精神的な病気が
62%を占め、前の年度より133人減ったものの4年連続で5000人を超え、
10年前の2倍という深刻な状況が続いているという。
年代別では50代以上がもっとも多く39%、次いで40代が33%。
背景には、学校現場の業務量が増えたことのストレス、モンスター化する
保護者への対応に悩む傾向などが言われている。

りんりんが、週1時限の「PC」(パソコン)でつくり持ち帰ったものをみると、
イラスト画が描かれたものが多い。カラフルな名刺(といってもコピー用紙製)を
大量につくり、クラスメイトと名刺交換しているようだ。

      PC画
                  PC画  (Click!)

その中、「3年楽しい組 時間わり」には苦笑してしまった。
連日1~3時間目の「作曲」と4~6時間目の「魔法」だけ。表のつくり方を
学んだのだろうが、なんともはや・・・。少々資源の無駄遣いでは?

       楽しい時間割
           「3年楽しい組 時間わり」 

小学4年と中学2年を対象にした「国際数学・理科教育動向調査」の結果、
日本は4年前の調査に比べ、小4の算数と理科の平均点が10点以上上昇した。
(中学生ほぼ横ばい)「脱ゆとり教育」で学習内容を増やした効果とみられるが、
小中学生とも、観察力や実験を分析し説明する力が弱いという結果が出ている。

理科は実験が少なく、解剖などもビデオで済ませることも多くなったという。
小学校教員向け「理科観察実験実技研修会」「理科実験と昆虫動物観察講座」が
開かれたりしているとは! 森や野原で遊んだことのない先生、頭でっかちの先生、
解剖を嫌がる先生・・・。

「カエルの解剖とかありえないです! 実験の途中で気持ち悪くなりました。
だいたい残酷です。図で見れば十分じゃないですか!」『全国こども電話相談室
リアル』の「回答室」(TBSラジオ)に寄せられた女子中学生のことばだ。
「解剖の授業は脊椎動物の基本的特徴を把握するためだが、指導要領が変わり、
解剖できない先生が増えたことから、最近はあまり行われなくなった」そうだが。

はるか昔になるが、生物の時間になんの解剖をしたか、まったく覚えていない。
娘はアサリの解剖をして以来、アサリは食べられなくなったという。
解剖はカエルとは限らず、カレイやイカだったり、ドッグフード用の鶏頭水煮で
「ニワトリの脳の解剖」を行う中学校もあるようだ。

人体解剖で卒倒する医学生などいないのかもしれないが、実験や観察の時間は
生物学や医学の道に進む人だけでなく、将来役に立つにちがいない。
カエルの解剖をした中学生は、解剖前に先生から言われたそうだ。
「自分のためにやるのだよ。嫌がるとカエルがかわいそうだ」と。
つれづれ

落ち葉

2013年01月12日
2度目の正月を仮設住宅でさびしく迎えた高齢者も多いときく。
近親者と離れ、買物や受診以外周囲との交流を持とうとしない高齢者は
閉じこもりがちで、孤独死を引き起こす可能性が高い。
運動不足などが原因で心身の機能が低下する「生活不活発病」も増加し、
被災地の介護施設の復旧は遅れているが、要介護者、介護予備軍は増えつづけ、
寝たきり、脳梗塞などを引き起こす危険も少なくないという。


保育園の部屋に置かれたビニールプールいっぱいの落ち葉と大はしゃぎの
園児たち。テレビの画面を見ていて胸がつまった。
放射性物質への不安から近くの里山や園庭などで自由に遊べなくなった
福島県相馬市の保育園に届けられたのは、滋賀県東近江市の園児たちが
集めた落ち葉のプレゼントだ。

園児たちが集めた落ち葉は、春はクヌギ、秋はイチョウやサクラも加わり、
3回目の冬は大きなビニール袋20袋分。滋賀ではゴミになる落ち葉も
福島では宝になるという悲しい事実。忘れてはいけないと思う。
外で思い切り遊べない、落ち葉で遊べないのはこの保育園だけではない。

    松山公園

冬休み、孫ゆうゆうがわが家に1泊したとき、富士山が見える多摩川台公園で
拾ったのは小石と松かさ、シイやメタセコイアの実など。(霜柱を踏んだ日
翌日は区立松山公園で小一時間を過ごした。

この公園には工事中に発掘された有力者の横穴墓(古墳時代末~奈良時代)が
保存され、一般公開されている。東急線鵜の木駅からすぐ。
かつては人が住み、坂を下りると多摩川の河原に広がる田畑があったらしい。

公園には広々とした草っぱらもあるが、クロマツ林がすっかり気に入った彼女。
松葉で覆われたふかふかの地面で「たき火をしよう」。松葉で山をつくり、
集めてきた小枝を立てかけた。「お芋は・・・?」少し太めの桜の枝はさつま芋。
枝のマッチ箱と松葉のマッチで着火の真似をする。たき火の始まりだ。
今の子どもたちはマッチなどみたことがないと思っていたので驚いた。

    たき火

お芋が焼けた。「はい、どうぞ!」 子どもは遊びの天才だ。
この日、りんりんはほかに予定があった。彼がいたら、きっと大々的に焼き芋
パーティが行われたにちがいない。

実は、嬉々として遊ぶゆうゆうを見ながら、頭の片隅に「放射能汚染」の
ことばがちらついていた。公園や林などではとくに草木、土に放射性物質が
蓄積しているため、砂場、芝生には近寄らない。枯葉・枯れ木、庭や敷地の
土、苔などを適切に除去する。子供などにはさわらせないようにと・・・。

     2歳
           2歳のりんりんたち        2006.3

大田区でも、区内の放射線量を測定、HPで発表しているが、つい最近も
区立小・中学校の雨どい付近から最高1.01μSv(マイクロシーベルト)/h)の
空間放射線量が測定されたため、0.25μSv/h)以上検出した雨どい付近の
土壌の除染処理を実施した。昨年秋、区内公園を調べた結果、4ヶ所(雨どい3、
雨水溜り1 除染済み
)をのぞきすべて標値以上となったようだが・・・。

今日で満8ヶ月になるじゅんじゅんが思いっきり外を走り回れるのはいつだろう。
福島では、滋賀から届けられた落ち葉ではしゃぐ園児たちが小学生になったら?
中学生になるころ? 福島原発事故からまもなく2年となろうとしている。
身近な人びと

大震災からまもなく2年

2013年01月11日
大震災から1年と10ヶ月。まもなく2年の月日が過ぎようとしている。

岩手県陸前高田市の名勝「高田松原」は10mを超える大津波に呑み込まれ、
ほぼすべての松がなぎ倒された。奇跡的に残った1本の松は「奇跡の一本松」
「希望の一本松」などと呼ばれて復興のシンボルとなった。

だが、周囲の土壌は大地震による地盤沈下で海水がしみ込み、昨年9月、
「奇跡の一本松」は震災モニュメントとして再生するため伐採され、
12月には根も防腐処理をして掘り返された。高さ27mの松を支えた
多数の根は長いもので約6mあり、樹齢は推定190年前後という。

鎮魂と復興を祈願して、「高田松原」の木で制作された仏像が京都清水寺の
本堂に安置されたのは昨年5月。この仏像は高さ約2.7mの「大日如来像」。
清水寺が震災前に、京都伝統工芸大学校に制作を依頼したもので、
震災後、「陸前高田の松を仏像で再生したい」と学生たちは津波で流された
約30本分の流木の角材を取り寄せ、一昨年夏から作業を始めたという。

京都を訪問したブータンのワンチュク国王夫妻のほか、巡回した各都市で
1万人以上の人々がノミを入れ、最後に学生たちの手で仕上げられた。
「大日如来像」は来年3月まで本堂で公開され、その後は現在改修中の
大日堂に鎮座することになっているという。

     震災学習列車
         「震災学習列車」   三陸鉄道サイトより

三陸鉄道は震災により線路や駅舎が流失する甚大な被害を受けたが、
いち早く全線復旧をめざすことを表明した。(東日本大震災から16ヶ月
三陸鉄道は、岩手県の三陸海岸を縦貫する路線(北リアス線と南リアス線)を持つ、
第三セクター方式の小さな鉄道会社。
      
団体向けの貸切列車震災学習列車が走っている。
久慈~田野畑間の37kmを一旦停止や徐行運転を行いながらの約1時間。
沿線の住民が車内で「語り部」となって震災当日の津波の様子を語るなど、
自然猛威、命の大切さ、人と人とのつながりど学んでほしいという。

昨年12月半ば、2年ぶりに三陸鉄道久慈ー田野畑駅間を「こたつ列車」が
復活したことは明るいニュースだ。3月末までの土日祝日の1往復だとか。
ちなみに、現在運休中の北リアス線小本駅ー田野畑駅間と南リアス線全線の
盛駅ー釜石駅も来年4月までに復旧の予定だという。  
20余年前、後にも先にもないだろう娘との旅は雪の残る3月の岩手へ。
三陸鉄道には乗らなかったが、三陸海岸の浄土ヶ浜を訪れるとき、
盛岡から宮古まではJR山田線を利用した。    (浄土ヶ浜
宮古を襲った高さ39.7mの津波、は国内の最高の高さとなったそうだ。

     浄土ヶ浜

うるはしの 海のビロード昆布らは 寂光のはまに敷かれひかりぬ
宮沢賢治の歌碑ができたという。浄土ヶ浜はまた訪れたいところだ。
できれば「こたつ列車」にも乗ってみたい。いつになるかわからないが。
つれづれ

富士が見えた日

2013年01月10日
京浜東北線が多摩川を渡る(蒲田ー川崎)とき、富士山が見えると嬉しくなる。
昨年暮れ、ゆうゆうりんりんがわが家に1泊した。   (霜柱を踏んだ日
朝、出勤前の父親に連れられてきたゆうゆう
渋谷から乗ったバスの中から富士山が垣間見えた。駒沢付近だっただろうか。
「さっき、(阿佐ヶ谷)駅でパパと富士山を見た!」と嬉しそうに話した。
阿佐ヶ谷駅のホームから見たことがないが、中央線の高架区間(中野ー三鷹)で
富士山が見えた朝は、その日1日気分がよい。

大田区からも富士山は見える。高層ビルやマンションに遮られて欠けていても
頭だけしか見えなくても、富士山は富士山だ。
大田区には2つの富士見坂がある。田園調布富士見坂と鵜の木富士見坂だが、
どちらの坂からも富士の姿はまったく見えない。   (大田区の坂Ⅰ 

子どものころは門の外の出ると、坂下の稲荷神社の銀杏越しに富士山がみえた。
20余年前、平屋だった家を改築した。2階のベランダから富士山が半分ほど
見えて嬉しかったが、数年後、ビルでまったく見えなくなってしまった。

冬の澄みきった日は、富士山くっきりと。
多摩川土手
    ガス橋付近 ガス橋付近
    ガス橋~丸子橋 ガス橋~丸子橋
    丸子橋付近 丸子橋付近
    多摩川台公園 多摩川台公園

池上
     池上本門寺 本門寺境内 
    池上会館 池上会館展望台

本門寺を訪れた際、区立池上会館の屋上庭園と展望台に立ち寄ることが多い。
展望台からは五重塔をはじめとする本門寺や池上、蒲田の街、遠く富士山や
秩父の山並みが見渡せる。展望台ができた頃に訪れたことがあったが、
高い建物に邪魔されずに富士山が見えたように記憶している。  
旅・散策・イベント

化けるのかな~?

2013年01月09日
リビングから見える万年塀の上を通り道とするのは、わが庭に籍を置く4匹、
地域猫、ケンカを売り歩くケンカネコと名づけたヨソモノ猫などだ。
数年前からたまに猫ではない生きものが通るのを見かけることがあったが、
タヌキ?ハクビシン?と見極める間もなく姿を消した。

昨年夏の夕方、ハクビシンが現れ、猫たちが食べ残したフードを食べていった。
「この辺りにハクビシンが棲みついている」と、さいとうさんからきいてはいたが、
ガラス越しとはいえ間近に目撃することになるとは!(夜の訪問者) 
 
    ハクビシン
       ハクビシン    2012.7.25   22:00

この冬の寒さは野生の動物にとっても厳しいものらしい。
昨年の大晦日、何気なく窓の外に目を遣ると、今まで見たことのない猫!
いや、猫でない。「ハクビシン!」「いや、鼻が白くないからタヌキだろう」
「え~タヌキ?!」たしかに、どうみてもタヌキだった。
カメラを取りに行く1分足らずの間、猫たちが食べ残したフードを食べていた。

丸々太っていて腹をポンポン鳴らしているイラストやタヌキの置物を目にするが、
実際のところは腹つづみもしないし、スリムな体型だという。
生活環境は森林、人家近くの山など。虫や小動物、木の実など雑食。
日中、ガラス1枚隔てたところまで来るとは、よほど空腹だったのだろう。
食べ終わって後姿を見せたタヌキは、毛が抜けていて痩せていた。疥癬症?
疥癬症に罹ると毛が抜けて寒いので、夜行性のタヌキも日中に行動することが
あるらしい。わが庭に来たタヌキも厳しい寒さと空腹と闘っているようだ。

   タヌキ
      タヌキ   2012.12.31  11:00   見守る?アミ↑

目撃情報の収集、調査活動を行っている東京タヌキ探検隊を知った。
この探検隊は「タヌキを追い回さずに、そっと静かに見守り、タヌキたちが
棲みやすい環境を守る」のが目的だそうだ。
タヌキが安全に繁殖できる緑地は約150ヶ所あり、その拠点周辺地域に
6~12頭生息しているとみられ、23区でおよそ千頭以上いるらしい。

都市周辺では、1980年代からタヌキの目撃情報が増え始め、その後、
赤坂御用地や新宿御苑で目撃されるようになってきたという。
2009年から2011年の目撃例は、タヌキ459件、ハクビシン558件、
アライグマ43件だったそうだ。
タヌキの目撃件数は、練馬区(78)、杉並区(73)、板橋区(67)の
3区だけで半分近い約48%を占めている。大田区では少なく7件。

その後の2012年1月~12月に追加された23区内の目撃情報数は
タヌキ136件、ハクビシン222件、アライグマ10件。

「東京タヌキ探検隊」では、タヌキなどの目撃情報を収集している。
「動物名、年月日、時刻、場所、頭数、行動の様子(どこにいたか、どっちへ
行ったか、人間を見た時の反応など)」
早速、昨年の目撃情報をメールで送った。
さらに「目撃時にイヌと一緒だった場合、犬種と年齢、イヌの反応なども。
タヌキ、イヌ、ネコの力関係に関心がある」
そうだ。

昨夏のハクビシンの現れたのは夜。たまたま猫たちは不在だった。
大晦日のタヌキのときは、現れる直前に察知した猫たちは警戒する様子をみせたが、
その後は自分たちのフードを食べるタヌキをただ眺めていた。
タヌキは「ネコ目 ・イヌ科 ・タヌキ属」。犬とも猫とも仲がよさそう。
わが家に現れたタヌキやハクビシンはどこに棲んでいるのだろうか?
猫たちが日向ぼっこをしているあの空地かもしれない。

伝承の中で、キツネは人間の女性に化けることがほとんどだが、
「狐の七化け 狸の八化け」と、キツネよりも一枚上手とされるタヌキは、
人間のほかにも物や建物、妖怪、他の動物などに化けることが多いらしい。
また、犬が天敵であり、人は騙せても犬は騙せないという。
(Wikipedia)
りんりんにタヌキの写真をみせると「化けるの見た~?」と訊かれた。
『かちかち山』『文福茶釜』など、昔話に登場するタヌキを連想したのだろう。
動物など

「再生」を願って

2013年01月08日
蛇(おろち、うわばみ)は、手足が無く胴体をくねらせて移動する爬虫類。
南極大陸をのぞく全ての大陸に生息。海に住む海蛇もいる。
白い蛇や蛇の抜け殻など、縁起の良いものとして扱われることもあるが、
長い体に毒を持ち、凶暴な性格という印象も強く、嫌われることも多いが、
伝説や神話により、人類をのぞく全ての生き物の最高位に君臨するといわれる。

蛇は脱皮を繰り返すことから「死と再生」「不老不死」の象徴とされる。
中国では「蛇神」は変形もしくは進化して、「龍神」とともに権威の象徴、
皇帝のシンボルとして扱われた。
古代中国の人々はそれを「古い殻を脱ぎ捨てて生き返る」と見たことから、
三皇の伏儀、神農など伝説上の神々は、よく人面蛇身で描かれている。
ちなみに、三皇五帝は中国の神話伝説時代の帝王で、三皇は神、五帝は聖人
としての性格を持つとされたが、現在は、実在の人物とは考えられていない。

また、蛇はネズミなどを主食としたり、脱皮することから「永遠」「生命力」、
豊穣、多産など「大地母神」の象徴とされた。さらに、「知恵」の象徴であり、
キリスト教、イスラム教、ユダヤ教などでは「悪魔」の象徴になった。
   
縄文土器の「渦巻き模様」は、蛇をかたどったものと言われているが、
日本だけでなく、世界中の遺跡にも「渦巻き模様」が見られ、太古から
「蛇神信仰」があったことを示しているそうだ。 (恐れ敬われる蛇

  縄文土器土偶
         火炎土器            土偶   

稲作地域では、蛇は「川」「水」の象徴であり、五穀豊穣をもたらすと同時に
大災害を起こす脅威でもあったことだろう。
お正月に飾る「鏡餅」は、蛇の古名「カガ」の身の餅という意味だとか、
その形が三重にとぐろを巻いた蛇の姿を模したものだとは意外だった。

神社で目にする「しめ縄」は、雌雄の蛇が絡み合う姿だと聞いたことがあるが、
秋の大祭の「大蛇のお練り」で知られる奥沢神社(世田谷区)の鳥居には、
「大蛇」の注連縄(しめなわ)がこちらを見ている。何とも愛嬌ある眼が印象的。
長さはおよそ10m、胴回り1m、重さ150kg。  (大蛇のお練り

        奥沢神社
    大蛇のお練り 2012.9

江戸時代末期までは氏神または恵方詣りが多かったという初詣。
ここ数年、トーハク(東京国立博物館)の初詣だったり、出かけたついでに立ち寄った
寺社で参拝することが多かった。
巳年の今年は、昨年秋の大祭で出会った大蛇のいる奥沢神社に初詣!
蛇にあやかって身も心も再生を願うのは欲張りすぎだろうか・・・。
つれづれ

巳年の弁財天

2013年01月07日
芹 なづな ごぎょう はこべら ほとけのざ すずな すずしろ これぞ七種ななくさ
今日1月7日の朝に7種の野菜が入った粥を食べる風習がある。

     七草
            春の七草   向島百花苑
  
正月のごちそうで疲れた胃をいたわったり、縁が少ない冬の栄養源として、
ビタミンを補給する意味がある。
「せり」には鉄分が多く含まれ、増血作用が期待できる。
「なずな」は、熱を下げる、利尿作用がある。
「ごぎょう」は母子草のこと。咳や痰を止め、利尿作用もある。
「はこべら」はハコベ。タンパク質が多く含まれ、ミネラルほか栄養に富む。
「ほとけのざ」はタビラコ。体質改善全般。
「すずな」はカブ、「すずしろ」は大根。消化不良の改善。


今年は、巳年に運気が向上する弁財天を祀る、鎌倉(神奈川県)の「銭洗い弁天」や 
上野の「不忍弁天」は賑わうことだろう。
財布の中に不忍池弁天堂の「融通守銭」が入っていた。財布に入れておくだけで
金銭に不自由しないといわれるが、財布を替える度に移しているのだが、
お金はちっとも増えないのは、とっくに有効期限は切れているのだろう。

蛇を従える「弁才天」は美と智恵と音楽の神。七福神の神は「弁財天」。
財と福をもたらす女神であることが強調されている。通常、弁才天は琵琶を
持つ女神像だが、8本の腕に武器をもつものや人頭蛇身の弁才天もある。

日本の弁才天信仰は、奈良時代に始まるが、単独に祀られるようになったのは、
中世になって財と福の神としての性格が加わってから。
江戸時代、「巳」の日に弁才天の守り札が出されるなど、弁才天信仰が民間に
広まった。以来、巳の日は弁才天の縁日となったという。

    蟠龍寺
           蟠龍寺         石造の弁財天(岩屋弁天)    

一昨年、初めての「七福神めぐり」を体験した。 (はじめての七福神めぐり
東京近郊では最古の1つ、「山手七福神」でおみくじ入りの七福神が集まった。

   七福神
              
七福神は、大黒天、恵比寿神、毘沙門天、寿老人、福禄寿、布袋尊、弁財天。
「七福神めぐり」には歩く楽しみがある。都内のコースは徒歩で2時間前後。
ただ歩くだけではなく、沿道や寺社に咲く草花や自然に触れてリフレッシュ。
知らない街で意外な発見が楽しい。工夫をこらした神像や御朱印を集めるのも
ついでに?ご利益を期待するのも楽しい。

今年は「七福神の根付」をつけて、谷中の七福神めぐりに出かけてみたい。 
この根付は、息子の家に行くときに通る阿佐ヶ谷の「ねじめ」でみつけた。
年賀状用の「伊勢の竹へび」もこの民芸店で購入した。

  民芸品

ちなみに、「ねじめ」のオーナーは作家、詩人のねじめ正一。サイトによれば、
『高円寺純情商店街』(ねじめ正一 著 直木賞受賞作)にあるように、終戦直後から
隣駅の高円寺で乾物店を営んでいた正一の父は俳人でもあったが、趣味の
美術骨董が高じて乾物店を廃業し、民芸店を開いたが、高円寺の区画整理、
立ち退き(昭和47年)で、阿佐ヶ谷パールセンターに移転したそうだ。
時代の流れの中で、本当の意味での民芸品が数少なくなってきているが、
質のいいものを手ごろな価格、豊富な品揃えで
」と、ほとんどが純日本製。
つれづれ

成語 諺の中の「蛇」

2013年01月06日
現代中国語に生きている成語、ことわざ、格言、警句、歇后語などは実に多く、
中でも成語はは6千~8千語、日常よく用いられる成語は4千語もあるという。
日本は中国との2千年に渡る往来の過程で、これら中国語成語を日本語の中に
多く取りいれられているが、中国語成語からすればごくわずかだ。
「一石二鳥」「一挙両得」「一朝一夕」、まったく同じものもあるが、
「良妻賢母」「前代未聞」の中国語は「賢妻良母」「前所未聞」と1字違い、
「人事不省」「正正堂堂」は「不省人事」「堂堂正正」となる。

中国語の沈老師がご病気のために上海に戻られ、中国語学習が中断していた
4年前、成語熟語の日中対照表をつくるという、途方もないことを思いついた。
亡父の書棚の『中国語熟語辞典』(王永全 小玉新次郎 編著)『四字熟語の辞典』
真藤建志郎 著)などを参考に、調べれば調べるほどに面白くなっていった。

      ファイル

この計画は「一朝一夕」にはいかなかったが、日本の成語も覚えられて
「一石二鳥」「一挙両得」となるはずが、完成させると満足してしまい、
そのままになっていた。
久しぶりにマイオリジナル「中国語 熟語 成語」ファイルを開いた。

画蛇添足」huà shé tiān zú よけいな事物を付け足すこと。
蛇の画を描く競争で、先に書きあげた男が勢い余って足を付け加えたため、
負けになったという故事による。「蛇足」「蛇を画きて足を添う
杯弓蛇影」bēi gōng shé yǐng  注意すれば何でもないことまでが、
疑えば神経を悩ますもとになるたとえ。杯中の蛇影、壁にかけた弓が
杯の酒に映ったのを蛇と思い込み、病気になった故事による。「疑心暗鬼
打草惊蛇」 dǎ cǎo jīng shé 事の進め方がまずく、相手に気づかれ、
用心されてしまうこと。
草を打って蛇を驚かす」。「藪をつついて蛇を出す」「藪蛇
虎头蛇尾」 hǔ tóu shé wěi 頭は虎のように立派なのに、尾は蛇のように
貧弱なこと。初めは盛んだが、終わりは振るわないこと。「龍頭蛇尾

       竹へび
               竹ヘビの笛

「蛇」に関する中国語成語はマイファイルには少なかったが、上記のほか、
日本語の故事成語は中国の『韓非子』『孫子』などからの出典が多いようだ。
常山の蛇勢」 互いに連携して攻撃や防御をするためすきがない陣法のこと。
文章などの構成が一貫しており、破綻がないことのたとえ。
鱣は蛇に似たり蚕は蠋に似たり」 鱣(せん)はハモ、蠋(しょく)は芋虫のこと。
人は利益のためなら恐ろしいことも嫌なことも、平気でやるというたとえ。

鬼が出るか蛇が出るか/鬼が住むか蛇が住むか」「蛇が出そうで蚊も出ぬ
鎮守の沼にも蛇は棲む
蛇は寸にして人を呑む」「蛇に睨まれた蛙/蛇に見込まれた蛙
蛇が蛙を呑んだよう」「生殺しの蛇に噛まれる」「蛇の生殺しは人を噛む
蛇の生殺し」「蛇に噛まれて朽ち縄に怖じる」「盲蛇に怖ず
蛇が蚊を呑んだよう」 けろりとしているさま。物足りないことのたとえ。
灰吹きから蛇が出る」 灰吹きは、タバコ盆についている筒のこと。
その灰吹きから蛇が出るくらいありえないということ。
      
      布製へび
     十二支の卓クロスと飛騨高山(真工藝製)布のヘビ
 
蛇の道は蛇」「蛇の足より人の足見よ」「蛇に足無し魚に耳無し
蛇稽古」 稽古事などが長続きしないことのたとえ。
蛇は竹の筒に入れても真っすぐにならぬ」 生来根性の曲がっている者は、
矯正し難いということのたとえ。

「蛇」はあまりいい意味で使われていないが、「流星光底長蛇を逸す」を
見つけた。蛇は大きな獲物、またとない機会という意味。
頼山陽が川中島の合戦を詠んだ詩『不識庵の機山を撃つの図に題す』に
「遺恨なり十年一剣を磨き、流星光底長蛇を逸す」とあるのに基づくという。

「流星光底長蛇を逸す」ことにならないように、せっかくある足を使って
少しでも多く歩こうと思う。縄と蛇を間違えない目も大切にしなくては。
つれづれ

霜柱を踏んだ日

2013年01月05日
今日は24節気の1つ「小寒」。24節気の中でもっとも寒い時期。

中国で「寒さは三九にあり」といわれ、「小寒」のころ(「三九」の9日間)は
もっとも厳しい寒さが訪れる。
冬至から数えて最初の9日間を「一九」、次の9日間を「二九」、その次の
9日間を「三九」といい、この27日間をまとめて「三九」ということもある。
「大寒」の方が寒いように思っていたが、節気が生まれた黄河流域で
「小寒」と名づけられたまま今日に至っているという。

      氷 2012.12.27 
          庭の石臼にも氷が張って   
         
冬の1大イベントのクリスマスが終わり、急遽、1泊することになった孫たち。
朝、出勤前の父親と渋谷にやってきたゆうゆうの大きなリュックには着替えと
わずかな教材程度。バス好きな2人は夏休み合宿のときのようにバスに乗った。
急行で10分ほどの自由が丘まで40分近くかけてのミニ散策の始まりだ。
朝、阿佐ヶ谷駅ホームから富士山を見たという話をきいて、多摩川近くの
浅間神社や多摩川台公園からなら富士山がよく見えるから行ってみようか。

多摩川台公園は、多摩川沿いに伸びる丘陵地にあり、あじさい園、水生植物園、
野草園、自然林の道、古墳などや2つの広場がある。(750m、66,661㎡)
また、亀甲山古墳、宝莱山古墳をはじめとする多摩川古墳群の散策やアジサイや
桜も多く(300本)、ホタルブクロ、彼岸花など四季折々の花も楽しめる。
ここを訪れる度に、強い陽ざしの中でカラーをスケッチしたことを想い出す。

多摩川駅前の階段を上る。冬のあじさい園も水生植物園もさびしい。
平日の9時過ぎ、この日公園内で出会ったのはたったの2人だった。
木立越しに川向うに雪を冠った富士山。あのビルがなければ絶景なのに・・・!
ゆうゆうは足元の小石を拾い始めた。よく見ると、緑、赤みがかった石、透明な石と、
色や形で選んでいる。「葉っぱも拾おう!」「 あっ、この紅い実きれい!」

日陰に霜柱を見つけた。何年ぶり、いや、何十年ぶりだろうか。
はじめてのゆうゆうと2人、霜柱にはかわいそうだけど、ザクザクと踏んだ。
関東地方の関東ロームの土の粒子は霜柱ができやすいが、霜柱を見かけることが
少なくなったといわれる。これは1つには地球温暖化による影響が考えられるが、
ヒートアイランド現象による影響、また、道路が舗装されたことも大きいようだ。
俳句では冬の季語。霜柱、しもばしら・・・何も浮かばなかった。

  霜柱
       
公園内の「古墳展示室」に立ち寄ったあと、広場で松かさやどんぐり拾い。
濡れた傘を入れるためにバッグに常備しているレジ袋は役に立つものだ。
いつも多摩川駅ホームから眺める2本のメタセコイアの下に出た。
「生きた化石」ともいわれるメタセコイアは、杉の仲間だが、秋に葉を落とす。
なぜか好きな樹の1つだ。曙杉ともいうだけあって杉の実に似た実を拾った。
百均ショップで買ったケースがちょうどよさそうだ。

    メタセコイア
       古墳展示館越しに       駅ホームより

帰宅後、小ケースには色分けした小石、中ケースにはシイとメタセコイアの実。
少しさびしい。「マイ木の実かご」からユリノキ、タイサンボク、フウ、ムクロジを
入れるとケースはさまになった。
松かさにアクリル絵具を塗って南天の実を載せてクリスマスツリーの出来上がり。

    木の実
                       メタセコイアの実

ムクロジは、昨年秋の薄っすら緑の残るもの、数年前の飴色になったもの、
中から取り出した黒い実、そして、ムクロジの実が使われている羽根も。

  ムクロジ

小石と木の実ケースが完成したころ、やってきたりんりん
ケースに収まった木の実や石が羨ましそう。ムクロジの実を見て、
「そうなんだよ、はじめは黄緑色だよね~。1年経つとこんな色になるよ」。
昨年秋、彼といっしょに図書館へ行ったとき、ムクロジの枝の剪定していた
オジサンにいただいた。それ以来、彼もムクロジファンになっている。

おしょうがつには まりついて おいばねついて あそびましょう
羽根も羽子板も玩具屋にあっても、羽根つきの姿をみかけることはなくなった。
身近な人びと

手水舎いろいろ 

2013年01月04日
寺社に置かれている賽銭箱だが、お賽銭は願いを聞いてもらう対価でないと
きいたことがある。自身の罪を金銭に託して祓うとする説(浄罪箱)と、
鈴と同じように賽銭箱に硬貨を入れる音で罪祓うとする説があるという。

金銭を供えるようになったのは中世以降。古くは神前や仏前に米を撒く
「散米」や洗米を神に包んで供える「おひねり」だった。参詣が一般化し、
賽銭をあげることが流行となり、賽銭箱が置かれるようになったのは
近世以降。また、現在も米が供えられている地域もある。

参道または社殿脇に参拝者が身を浄めるための「手水舎(てみずや・ちょうずや)」と
呼ばれる小さな建物がある。手水舎は水盤舎とも呼ばれ、置かれた水盤は
石造りのものが多い。                (寺社にある手水舎

 明治神宮金王八幡宮 
      明治神宮 渋谷区           金王八幡 渋谷区 
  穴八幡成子天神社
      穴八幡宮  新宿区          成子天神社 新宿区
   氷川神社赤坂氷川神社
       氷川神社 新宿区         赤坂氷川神社 港区

  氷川神社松陰神社
      喜多見氷川神社  世田谷区     松陰神社 世田谷区
    湯島天神
        湯島天神 文京区          大鳥神社 目黒区  
   尾崎熊野神社鳥越神社
       尾崎熊野神社 杉並区         鳥越神社 台東区

   寛永寺浄真寺
        寛永寺 台東区           浄真寺 世田谷区
 増上寺 祐天寺
        増上寺 港区              祐天寺 目黒区
旅・散策・イベント

初詣はどこに・・・?

2013年01月03日
年初めの行事「初詣」。元旦から節分までに参拝することをいうようだが、
いつ、どこへ? 神社だったりお寺だったり、毎年何気なく参拝している。
散策途中で立ち寄ることが多い。ぐずぐずしていて初詣にならない年も
あるというありさま。今年は3年ぶりかに近くのお寺で除夜の鐘を撞いて、
りんりんの家近くの神社へ。元旦にダブルの初詣となった。

神社とお寺の違いは? 神社は「神道」、お寺は「仏教」の信仰に基づく。
神道は自然現象などに対する畏敬の気持ちや農作物の豊作を祈り感謝する
ことから生まれた、仏教以前から日本に根づいた宗教で、山や草木、巨石など、
万物に魂が宿ると古来より信じられている。
お寺の歴史は「仏教」が伝来したことに始まる。初期の仏教では、釈迦の
仏舎利を拝んでいたが、次第に偶像としての仏像を拝むようになったという。

さらに、神社とお寺の違いはその象徴、守護役などにもみられる。
神社のシンボル「鳥居」は聖域と俗界とを分ける標とされ、2本の柱上に
笠木を渡し、その下に貫(ぬき)を入れて柱を連結したものが基本。
赤い鳥居が多いが、塗っていないもの、黒く塗られたものなどさまざま。

     鳥居 
            明治神宮   渋谷区
  穴八幡宮 徳持神社
      穴八幡宮 新宿区   石造りビニールのしめ縄 大田区

お寺の象徴は「鐘」。除夜の鐘は、108の煩悩の数が撞かれる。
煩悩とは、智慧を身に着けることを妨げる心の働きで、人生を苦しめるもの。
この煩悩を断ち切り、解脱することで悟りを開くというのが仏教の教えの1つ。

神社の守衛役は「狛犬」。鳥居から拝殿までの参道に鎮座し、魔物を追い払う
役を担うのは1対の「狛犬」。向かって左が口を開いた「阿形(あぎょう)」、
右が口を結んだ「吽形(うんぎょう)」。獅子を守護獣とする文化はヨーロッパから
中国経由で遣唐使によって伝えられたが、日本では「獅子と狛犬」へと変化し、
右に獅子を、左側には狛犬を配して神殿を守護している。
「高麗(こま)犬」とも書くことから、朝鮮半島を経由して伝えられたといわれる。
また、仏教とともに伝えられたため、お寺に置かれているケースもある。

     狛犬
           成子天神社  新宿区  

お寺の山門の左右には、仏敵の侵入を防ぐ守護神「仁王像」が置かれている。
正しくは「金剛力士像」といい、上半身裸形で、筋骨隆々の1対。
阿形は「怒り」をあらわにし、吽形は「怒り」を内に秘めた表情をしている。

     有章院
       重文 有章院霊廟二天門    港区

主なタブーは、神社では、神様の通り道である参道の正中を歩かないこと。 
境内は火気厳禁。タバコも控えるべき。大きな音を立てるのも☓。
先祖供養、修行の場であるお寺には、タブーが多い。大きな音を立てることは
安らいでいる霊を起こして惑わせる行いとなるのだとか。
旅・散策・イベント

新しい年のはじまり

2013年01月02日
3年ぶりに除夜の鐘を撞いた。除夜の鐘が聞こえ始めてから靴を履いた。
灯りがついている家もなくはないが、街そのものが寝静まっていた。
自然に早足になった。山門に近づくと、どこからともなく人が現れた。
本堂でお参りしてから鐘楼へ。順番を待つのは30人ほどだろうか。
お焼香をして階段を上がる。3年前は心細い音だったので、思い切り力を
こめた。ゴ~ン~。大成功。(「除夜の鐘」)(2009年元日の旅
ご住職に頂いた巳の根付の袋には41の数字。
帰宅後も聞こえてくる鐘の音。1時ごろまでつづいただろうか。
ラジオと鐘の音をききながら眠ったようだ。6時前には目覚めた。

東京の初日の出は6時50分ごろ。多摩川に架かるガス橋から見えるはずと
今度は自転車で。ガス橋通りに出ると、橋に向かう人たちも増えてきた。

 6:40 6:40 

橋の歩道はまばらだった。見ると河川敷にも初日の出を待つ人たちがいた。
日の出の時刻にはもっとも冷え込むということだったが、寒くない。
東京都と川崎市の境付近で待つことにした。

雲に隠されたものの、橙色、黄色、紫色・・・さまざまな色に空や水面を
染めていく太陽の神々しさ。心が洗われていくような気がした。
横浜ランドマークタワーや東京タワーなど今までにみた初日の出は、
ガラス越し、人の頭越しだったことに気がついた。
  
  6:46 6:46     
  6:52 6:52
  7:03 7:03
  7:07 7:07

雪を冠った富士山を見ながら、多摩川サイクリングロードを丸子橋まで走り、
浅間神社で初詣。おみくじは吉。風もなく穏やかないい元旦だった。
旅・散策・イベント
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