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内裏雛

2015年02月28日
ついこのあいだ年が明けたと思ったのだが、もう2月が終わろうとしている。
明日からは3月。「1月は行(い)く」「2月は逃(に)げる」「3月は去(さ)る」・・・
それにしても忙しい3か月を表現するのにぴったりの「ことば遊び」だ。
「2月は逃げて走る」 「一月いぬる 二月逃げる 三月去る」ともいう。

先週、雛人形を飾った。雨水にあたる日に飾ると良縁に恵まれるとか。
母が生れた90年前のお雛様だ。         (母の雛人形
今年は、和室の飾り棚に内裏雛、脇に段をつくり、三人官女、五人囃子などの
人形やお道具を置いた。

旧宅時代、座敷の床の間に木製の雛段を組立てて雛人形をかざっていた。
改築後の家には座敷がなくなり、鉄骨の雛段も置く場所がなく、毛氈も廃棄した。
その後、母がお茶の稽古をする和室に内裏雛、三人官女、五人囃子を飾った。

            雛段 旧宅の床の間   
                  1歳の娘
 
       猫も2009
                  猫たちの見学

再び飾るようになった昨年は、和室にお道具もすべて飾った。
今年は、腰痛がひどかったので、勘弁してほしいと思わなくもなかったが、
暗い箱の中から出るわずかな時を待ちつづけているはず。重い腰を上げた。

昨年修理した、両輪が外れた牛車が心配になって箱から取り出してみると、
案の定、片方の車がとれていた。          (なおった牛車) 
今年の修理はごんさんに頼み、翌日まで完全に乾くまで固定しておいた。

内裏雛の男雛は衣冠束帯、女雛は十二単と、王朝風の姿に落ち着いたのは、
江戸時代のことで、左上位の考え方から左に男雛、右に女雛を飾ったようだ。
それが「右に出る者がない」ということばのように、中国や西洋など多くの国で、
右が上位と考えられていた。その考え方が開国後の日本に入って来たことから、
昭和になると男女や内裏雛の並び方も変わっていったのだという。

   内裏雛

わが家では祖母、母のこだわりから「左に男雛、右に女雛」の伝統的な並べ方を
つづけていきたいと思っている。お道具などの配置など臨機応変になるのだが。  
つれづれ

仁王門の十二支

2015年02月27日
目黒区にある祐天寺は徳川綱吉の息女竹姫より寄進を受けた阿弥陀堂や
仁王門、家宣夫人天英院寄進の梵鐘と鐘楼、地蔵堂などが震災火災を逃れて
現存している。
徳川吉宗、大岡越前神忠相による町火消し組織は、勧請開山の祐天上人が
考案した消防制「いろは四十八文字」をもとにしたものと言われている。

表門はもとは将軍や武士のみが出入りするための門だった。
仁王門は三間一戸八脚門。切妻造木瓦葺銅板葺(昭和6年まで茅葺)。
背面東脇の持国天、西脇の増長天像ともに運慶の作と伝えられる。

       仁王門
       仁王

また、中央間の内側には正面に麒麟、背面に海馬の二獣神を配している。
頭貫上の蟇股(かえるまた)には目黒区有形文化財の十二支彫刻が彫られ、
方位を示している。

        子
        丑
        寅
        卯  
        辰
         巳
        午
        羊
        申
       酉
       戌
       亥

蟇股は、社寺建築などで頭貫または梁の上、桁との間に置かれる山形の部材。
はじめは1枚の厚い板から造られていたが、平安後期に装飾材として組物と組物の
中間におく厚みの薄い輪郭だけのものが現れた。カエルが足を広げた形に似ている
ところからこの名がある。
旅・散策・イベント

錦糸町駅ホーム Ⅱ

2015年02月26日
錦糸町駅ホームの柱に伝統工芸品が紹介されている。(錦糸町駅ホームⅠ

手描き提灯
      提灯
江戸手描き提灯とは江戸時代に浅草近辺に多くみられた提灯職人により、
力強く粋な職人芸や工夫が込められた提灯のことをいいます。江戸提灯は
早くから分業化が進み、職人の重要な仕事は文字を書くことにありました。
その特徴は、江戸文字や家紋・線を主体に、その入れ方を工夫しバランスを
取って描くことにより、遠くからみてもはっきりと判読出来るところにあります。


江戸表具
       表具
表具は仏教伝来と共に経典の表装技術として伝わったと考えられています。
以後、床の間の発生や茶道の興隆により需要が増え、江戸時代には上流
社会の必需品となっていきました。その技術は、軸装を主とし、天井・壁・画帖・
屏風・襖などの装丁や修復など幅広い技能を要求されます。そしてすべてが
依頼主の注文に応じて一点ずつ製作され、伝統的な色目使いを重んじた
格調高い取り合せを基調としています。

  
建築漆塗工
      漆塗工
漆塗りには数々の塗る技法があります。地場の塗り、春慶塗、堆朱、梨子
地塗り等です。建築漆工はそれらの技法を用途によって使い分ける必要があり、
それらの塗り技法を全てマスターしなければなりません。寺社仏閣、公共施設、
文化施設等の建具や家具等にその技術が生かされています。


桐たんす
     桐たんす
江戸桐箪笥は江戸文化に生まれ、育まれてきました。江戸幕府開府とともに
全国から職人たちを集め、江戸周辺に住まわせ職人町をつくったのが始まりだと
いわれています。桐は国内でとれる木材としてはもっとも軽く、また、湿気を通さず、
割れや狂いが少ないという特徴がああり、高級木材として重宝されてきました。
日本では特に箪笥の材料として用いることが多く、桐箪笥といえば高級家具の
代名詞となっています。
旅・散策・イベント

錦糸町駅のホーム Ⅰ

2015年02月25日
JR錦糸町駅のホームで電車を待つ間、市松人形が描かれた柱が目に入った。 
ホームを歩いてみると、ほかの柱にも「江戸指物」「足袋」などいくつかの
墨田区の伝統工芸品が紹介されていた。

市松人形
     市松人形          
市松人形の名は、江戸時代に活躍した人気歌舞伎役者「佐野川市松」に
由来していると言われています。市松人形の特徴は元来、胴・腰があり
衣装が着せ替えられるところにあります。人形の存在は、土で作られた
「埴輪(はにわ)」や木や布で作られた「天児(あまがつ)」など身代わりとして
使われはじめたようです。


足袋仕立て
     足袋  
足袋のルーツは一説には奈良時代からとあり、指の股が無く紐で結ぶ形だった
そうです。室町時代に股のある形になり元禄時代にはこはぜ掛けが主流になった
そうです。足袋の寸法は昭和34年までは文数でおいていました。現在はセンチ。
 

江戸指物 
      江戸指物
指物とは、釘などの接合道具を使わずに、木と木を組合わせて作られた
家具・建具・調度品などの総称です。江戸で発展した江戸指物は、武家や
町人・商人に多く用いられました。その風土ゆえに華美な細工は好まれず、
淡泊な木目に渋みをもつ漆塗りを施して素材の木目の美しさを活かした
ものが好まれてきました。


籐工芸
       籐工芸
「籐」は英名ラタンという熱帯・亜熱帯に分布する、椰子科に属する、つる性植物の
総称で我が国には自生しません。しかし伝来は古く遣唐使によってもたらされて
以来、日本の風土に自然に慣れ親しまれてきました。一見して竹と思われる方が
多いが、その性質は軽さ・強靭さ・しなやかさ・通気性に優れ、その種は300以上
に及ぶが細工に向く良質材は主にインドネシア産の数種類に限ります。


2年前、JR錦糸町駅と両国駅はリニューアルされた。
東京スカイツリー開業に伴って、錦糸町駅では改札内コンコースに壁面パネル、
区の伝統工芸やさまざまな表情の東京スカイツリーの写真の展示がされている。
床と壁には東京スカイツリーへの案内サイン、錦糸町と両国界隈の地図を掲出。

その東京スカイツリータウンのソラマチに産業プラザ「すみだまち処」がある。
フロアの各所で墨田区の産業や文化、歴史、観光名所などが紹介されていて、
市松人形、江戸切子、江戸提灯の実演販売なども行われる。
旅・散策・イベント

相撲の街 両国

2015年02月24日
2年前、JR錦糸町駅と両国駅はリニューアルされた。両国駅前の国技館通りの
両側に力士のブロンズ像が置かれていて、台座には何とも大きな歴代横綱の
手形があって面白かった。     (秋祭りとお相撲 風景印 墨田区 Ⅰ) 

     力士像
       手形

2年前の夏、江戸東京博物館にゆうゆうと出かけたときには、東京スカイツリー
開業に合わせてリニューアルされていた。      (両国駅のひな祭り
     
        手形のパネル

         土俵 
         力士
      
改札内コンコースの床と天井には土俵を模した装飾。歴代横綱の手形と説明パネル。

      3番線
                      3番線ホーム

改札外のコンコースの壁面には昔の両国のにぎわいを表現した浮世絵、床には
両国周辺の古地図があった。

     壁画
             日本橋、江戸城、富士山、高札場・・・
旅・散策・イベント

両国駅のひなまつり

2015年02月23日
JR両国駅構内に巨大雛飾りが出現した。江戸東京博物館に行ったときに、
偶然、赤い絨毯が敷かれた煉瓦造りの通路の奥の巨大な雛段が目に入った。
恒例の巨大な雛飾りは、総武線ホームの隣の普段使われないホーム階段に
駅員さんたちが飾り付けたものだとか。

        通路
              
内裏雛、三人官女、右大臣左大臣、五人囃子など、数組の雛人形や道具が
階段の上まで並ぶ「両国駅のひなまつり」は圧巻だった。

         雛段
 
       内裏雛
       
     左大臣
                  並んだ2人の左大臣

     牛車など
                   たくさんの牛車
    
1972年に東京駅の地下ホームが開業するまで、両国駅はターミナル駅の役割を
担っていた。現在は2つまで減ったホームの数は20。房総方面の始発駅だった。
やがて東京駅にターミナル機能が移動し、その結果残ったのが現在の3番ホーム。

          3番線
                   2番線からみた3番線
       両国駅
                   両国 → 房総           
       3番線
              わずかに雛人形とぼんぼりがみえる・・・

ちなみに、この3番線ホームには、2010年までは日に一度、夕刊を房総方面に
運ぶ列車が発着していたが、現在は臨時特急「勝浦ビッグひなまつり号などの
臨時列車が発着するのみとなっている。
旅・散策・イベント

猫除け効果は・・・?

2015年02月22日
今日は「猫の日」。「ニャン(2)ニャン(2)ニャン(2)」という猫の鳴き声の語呂合わせ。

          ネコ除け
     ネコ除け
      猫除け
           縦に横に 並んだ並んだ ペットボトル

わが庭の猫たちは少し傾いた楓の幹で爪とぎをするが、お向かいに籍を置く
猫たちの中にはオートバイのシートで爪とぎをする猫もいる。
あるときから超音波の猫除けセンサーが置かれていた。ペットボトルよりは
効き目があるらしいが、その後の被害はどうだろう。

           猫除け
                    超音波センサー

猫除けもなんのその
      猫
   猫
           見られていた・・・?
動物など

猫の親子

2015年02月21日
ある晩、久しぶりに通った路地。はっきり記憶していないが、たしか一軒家があった
場所が空地になっていた。その前の道路にくつろぐキジトラの母猫と仔猫がいた。
すぐそばを通っても逃げる様子はない。1匹の仔猫は母猫のそばにべったり。
もう1匹は少し離れたところで、気のせいか寂しそうにしていた。

      おやこ
     おやこ

先日、猫たちが陽なたぼっこをしているだろうかと、空地の前を通ったが、
彼らの姿は見えなかった。考えてみれば、あれから半年、仔猫たちは育ち、
どこかで自分のテリトリーをつくっているのだろう。
動物など

夕空の中のケヤキ

2015年02月20日
朝の空、昼の空、夕方の空・・・。一見同じように見える空もこうして並べてみると
微妙に異なる。ケヤキ越しに空を見るのが楽しみだ。 (朝のケヤキ昼のケヤキ

          1.71.7 
                          16:30

           1.181.18
                          17:10     

          1.271.27
                          17:00

          1.281.28
                          17:30

            2.6 2.6
                          16:30
 
          2.92.9
                          17:30        
        
          2.102.10
                          17:30    
植物など

春のきざし

2015年02月19日
今日は24節気の1つ「雨水」。そして今年は旧正月「春節」にあたる。
「雨水」は、空から降るものが雪から雨に変わり、氷が溶けて水になるという意味。
草木が芽生える頃で、昔から、農耕の準備を始める目安とされてきた。
春一番が吹くのもこの頃だが、本格的な春の訪れには遠く、大雪が降ることも。

初候は「土脉潤起土」(冷たい雨が暖かい春の雨に代わり、大地に潤いをもたらす)
中国では「獺祭魚」(かわうそが魚を捕える)にあたる。
次候は「霞始靆」(霞がたなびき始める) 中国では「鴻雁来」(雁が北へ渡って行く)
末候は「草木萠動」(草木が芽吹き始める)(日本・中国)

数年前から砂利の間から蕗の薹が芽を出すようになった。今年は2つ。
薹が立つ前に一輪挿しに飾ろうか、植木鉢に移そうか迷っている。

土脉潤起土
    蕗の薹
                      蕗の薹

         クリスマスローズ
                     クリスマスローズ
草木萠動
       あじさい
                       あじさい

猫たちも・・・
        ケシ

        隣りの猫
                影もまた春めいて・・・
                    
「三寒四温」を繰り返しながら、春に向かっていく。
旅・散策・イベント

立入禁止

2015年02月18日
工事現場でよくみるポールを単管バリケードというらしいが、動物のデザインなど
楽しいデザインのものもたまに見かける。

        カエル 渋谷区

       うさぎ 東京駅付近

        パンダ 横浜中華街
            
       かっぱ 川崎

     渋谷 渋谷区
          巨大なポール
   
     芝公園
              新宿                 芝公園

        新宿 新宿
                      
       浜離宮 浜離宮
旅・散策・イベント

青龍に朱雀に・・・

2015年02月17日
春節が近づくと、中華街の各通りがあたたかい提灯の光で飾られる。
山下町公園のシンボルツリーも華やかな電飾で飾りつけられ、その根元には
中華街を守る神様と四神をモチーフとしたランタンが設置されていた。

四神とは中国の神話、天の四方の方角を司る霊獣で、東の「青龍」、南の「朱雀」、
西の「白虎」、北の「玄武」。中央に黄龍或いは麒麟を入れる場合もある。

      バッグ

中国の天文学では、天球を天の赤道帯に沿って東方・北方・西方・南方の四大区画に
分け、それぞれに四神を対応付けた。東方青竜・北方玄武・西方白虎・南方朱雀。
トーハクのミュージアムショップで購入した星座のトートバッグを愛用しているが、
月や星が暗いところで輝くのが気に入っている。

四神にちなむものには、白虎隊、朱雀門、玄武洞、玄界灘など少なくない。
会津藩では武家男子を中心に年齢別に50歳以上の玄武隊、36歳から
49歳までの青龍隊、18歳から35歳までの朱雀隊、17歳以下の白虎隊
という部隊名としていた。

人生を四季に例え、若年期を「青春」、壮年期を「朱夏」、熟年期を「白秋」、
老年期を「玄冬」と表現することがある。北原白秋の号はこれに由来している。

守護神青龍は[] 木の花や葉が幹の上を覆っている立木が元となっている。
朱雀は[] 光り煇く炎が元となっていて、火のような灼熱の性質を表す。
中央は[] 植物の芽が地中から発芽する様子が元となり、万物を育成・保護する。
守護神はなし。(黄龍をあてることも)
白虎は[] 土中に光り煇く鉱物・金属が元となっていて、堅固・確実な性質を表す。
玄武は[] 泉から涌き出て流れる水が元になって、これを命の泉と考える。

         五行

古代中国では、自然界のあらゆるものを陰と陽にわけた。
たとえば、太陽は陽で月は陰、奇数が陽で偶数が陰、表が陽で裏が陰になる。
こうした「陰陽思想」は「五行思想」と結びついていく。

五行の「行」という字は、巡るとか循環する意味。自然界は木、火、土、金、水の
5つの要素で成り立っていると考えられ、これらが循環することによって万物が
生成され自然界が構成されていると考えられていた。

                  五行色体表 
    象徴   季節   方角     色      臓      腑 
   木     春     東     青     肝     胆
  火炎   夏     南     朱     心     小腸
  大地   土用    中央    黄     脾     胃
  金属   秋     西     白     肺     大腸
   水    冬     北     玄(黒)  腎     膀胱

この五行(5つの要素)の相互間には、相性が良いとされる「相生(そうじょう)」、
相性が悪いとされる「相剋」、ますます盛んに強くなるとされる「比和(ひわ)」がある。
五行の5要素は、季節や方角、色、臓器などさまざまなものにあてはめられている。
中国・中国の旅

春節前の中華街

2015年02月16日
中国では旧暦の正月を「春節」といい、盛大にお祝いする風習があるが、
横浜中華街で開催する「春節」は、今年で29回目を迎える。
獅子舞や龍舞、皇帝衣装のパレードなど、中国の伝統文化を紹介する「春節」は
大勢の人で賑わう。
採青(獅子舞)やパレードを観たのはもう3年も前のことだ。 (春節の祝舞パレード

授業が午前中だけの日、遊ぶ約束していたM君が風邪を引いたため、がっかりして
帰宅したりんりん。春休みの約束を前倒しして横浜中華街に行くことにした。
彼のお目当ては武器屋の木製の日本刀だが、今回は買わないことにして店内へ。
奥の壁に日本刀が飾られていた。

    燈花
                 15:45

中華街山下町公園には、春節を祝う「春節燈花」の飾りがつくられていた。
東方の「青龍」、南方の「朱雀」、西方の「白虎」、北方の「玄武」という中華街を
守る四神についての説明が書かれていた。   
帰り際、再びこの公園の前を通ると、すでにライトアップがされていた。

          2462no2.jpg 16:45   

春節前の平日とあって、関帝廟も人は少なかった。
     
        関帝廟 
                   2012年の春節 

何度が訪れたブックカフェに立ち寄り、烏龍茶セットと茉莉花茶セットを注文した。
早速、彼は書棚の中から『三国志』の漫画を読みだした。
コーヒーゼリー、パウンドケーキ、ラスク、金柑付。どちらのお茶も美味しくいただいた。
     
    関帝堂
                ブックカフェ「関帝堂」で                        
       烏龍茶セット

木耳(きくらげ)、葱油、皮蛋(ピータン)、そしてシュウマイをお土産に買って帰った。
旅・散策・イベント

昼のケヤキ

2015年02月15日
毎朝5時半頃、まだ暗い中にケヤキをみながら雨戸を開ける。 (朝のケヤキ
昼間は外出することも多いが、帰宅してケヤキ越しの空を眺めるとほっとする。
 
           1.71.7
                            15:20            

           1.171.17
                            15:30

           1.281.28
                            15:50 
 
          1.311.31
                            12:50
          
           2.72.7
                           12:40
       
          2.102.10
                            15:20     
植物など

「安土城」完成!

2015年02月14日
中国語の桂花会のお仲間の1人Mさんはアマチュアながら城の研究家?のよう。
何でも中学の修学旅行で姫路城に出会ってから城の魅力に憑りつかれたと伺った。
中国語学習会で、海に突き出ている万里の長城「老龍頭」(河北省)に旅された話を
伺ったり、彼が書かれた紀行文が載った城の専門誌を見せていただいたこともあった。
日本各地の城はもちろん、海外の城も訪れ、今も城めぐりの旅はつづいている。

りんりんの戦国武将好きは日本の城にも興味が及び、今までに名古屋城、犬山城、
松本城、仙台城、米沢城などを訪れた。また、『日本の城』のほかに、Mさんに頂いた
『城のしおり』も愛読書に加わった。

       Mさんと
                 桂花茶会のあとMさんと 

最近は、「六文銭」のロゴ入り傘やミニュチュアの幟だけにとどまらず、友だちにきいた
横浜中華街にある「武器屋」という何とも物騒な名の店で日本刀(模造)を買いたいと
言い出した。春休みにということにしてあるのだが・・・。

「日本の名城」シリーズのプラモデルにも夢中。ごんさんに買ってもらったのは「安土城」。
接着剤を使ってのプラモデルは初めてらしいが、数日で仕上げてしまった。

      完成
                     完成した安土城

昨年、「漢字検定」6級(小5終了程度)に合格した。次は5級(小6終了程度)だが、
苦手な書き順や画数の問題が多いため、先日、4級(中学在学程度)に挑戦した。
この4級に合格したら、「松本城」のプラモデルを買ってもらう約束を取り付けたが、
結果がわかるまでひと月かかる。それまで待ちきれない様子だった。

        松本城
                 早速 松本城に取りかかる
  
目に入りそうに伸びた前髪。剪りたくないと頑張っていたりんりんだったが、カットの
店の向かいにある玩具屋のプラモデルで釣られ、漢検の合格発表前に
約束の松本城を手に入れた。安土城完成からわずか3日目のことだ。
さらに、いくつかの城が完成したら、ペイントする楽しみが待っている。

名城はほかに6種類。大阪城、彦根城、姫路城、名古屋城、岐阜城、小田原城。 
次は大阪城? 彦根城にしようか・・・松本城が完成する前に迷っている。
身近な人びと

「風景印」 文京区 Ⅴ

2015年02月13日
文京区には26局に「風景印」が置いてある。2011年、本郷局から始めた
集印も今回で終わり。           ( 風景印 文京区 Ⅰ   Ⅳ

小石川局小石川一局
    小石川小石川一局
    小石川植物園の桜 東京ドーム   旧東京医学校本館と小石川植物園

小石川植物園は徳川綱吉御殿の跡地に幕府がつくった小石川御薬園が前身。
明治10年、東京大学大学院理学系研究科付属植物園になった。国指定名勝及び史跡。
台地、傾斜地、低地、泉水地などの地形を利用して様々な植物が配置されている。
この植物園は日本の近代植物学発祥の地。桜もさまざまな品種が植えられている。
   
旧医学校本館は小石川植物園に隣接。東大関連では現存する最古の学校建築。
東京大学総合研究博物館小石川分館として公開されている。

    ニュートンのりんご
      ニュートンのりんごの樹       メンデルのぶどうの樹

園内には「ニュートンのリンゴ」の樹や「メンデルのブドウ」の樹がある。
ニュートンの生家にあったリンゴの木は接ぎ木によって、イギリスだけでなく、
アメリカ、ドイツ、スウェーデンなどの科学関係施設に分譲され育てられている。
「メンデルのブドウ」は、遺伝学の基礎を築いたメンデルが実験に用いた由緒ある
ブドウの分株。

小石川五局文京大塚三局
  大塚局 小石川五
   教育の森公園 区スポーツセンター       教育の森公園

   教育の森
      カイザースラウテルン広場          教育の森

教育の森公園は、旧東京教育大学(現在の筑波大学)の跡地に開園した。
緑ゆたかなこの公園は、防災機能を持つとともに、区民の憩いの場となっている。
さらに、隣接した「占春園」は、元の守山藩の上屋敷跡であった斜面地を利用した
筑波大学附属小学校の自然観察の場だが、一般に開放されている。
公園の前の広場には「神話空間への招待」の5点の大きな彫刻作品がある。
旅・散策・イベント

梅の季節

2015年02月12日
寒さに耐え百花に先駆けて凛として咲く梅。桜は満開を愛で、一輪一輪を鑑賞するのが
梅ともいわれる。

私が生れた1月初めに咲いていたというわが庭の紅梅だが、今年は1月末になって
ようやく一輪、また一輪と咲き出した。
今まで仰ぎ見ていたこの老木を2階に移ってからは上から眺めることが多くなった。

          1.23 1.23  
     
    1.28 1.28

     1.30 1.30
                 
        2.6 2.6

         2.10 2.10

この紅梅をこよなく愛した父、梅の時季にはこの樹の写真を撮っていたことを想い出す。
父が病院で亡くなり、10ヶ月ぶりにわが家に戻ってきた翌朝、梅の花が1輪咲いていた。
8年前の1月8日のことだ。
植物など

震災遺構に・・・?

2015年02月11日
東日本大震災から3年11ヶ月。
倒壊した建物を「震災遺構」という形での保存を求める声があるが、そのためには
多額の費用がかかったり、震災を思い出したくないと思う人も多いことから検討が
続けられていたり、「震災遺構」とならずに取り壊されてしまった建物は多い。

陸前高田市の「奇跡の一本松」は残された。観光物産施設もオープンし、一本松に
向かう歩行者用通路の途中には、旧市街地やベルトコンベアが一望できる見晴台が
設置されているそうだ。まるで観光地だ。
 
      一本松
      
津波が目前まで迫る中、若き女性職員が最後まで避難を呼びかけた場所として
有名になった南三陸町の防災対策庁舎。3階建ての庁舎の屋上から更に2mも
上回る巨大な津波に襲われ、鉄骨を残すだけの無残な姿になり、屋上に避難した
30名は、津波が引いた後に10名にまで減っていたという。

町長は当初、保存の必要性を認めていたが、遺族らの「当時を思い出して辛い」との
声や維持管理の財政負担も考慮し、解体を表明したが、県は有識者会議を設置、
約1年間の議論を経て「庁舎は震災の象徴」と保存価値を高く評価した。

今年1月末、県は、震災から20年間は事実上、解体を見送る案を示した。
震災遺構としての保存か、遺族感情を踏まえた解体か。
県が参考にしたのは、20年以上議論し保存の道を選んだ原爆ドームの経過。
結論まで20年の猶予期間に町は困惑しているという。

        防災対策庁舎

ダークツーリズム(Dark tourism)ということばがあることを知った。
災害被災跡地、戦争跡地など、人類の死や悲しみを対象にした観光のこと。
ブラックツーリズム、悲しみのツーリズムとも呼ばれている。
作家の東浩紀やジャーナリストの津田大介が、チェルノブイリ原発を対象とした
紀行を発表。その後、書籍として『福島第一原発観光地化計画』を刊行したことで
一般的に知られるようになった。
(Wikipedia)                 

南三陸町に「震災を風化させないための語り部バス」が走っている。ホテルスタッフ
自らが語り部となって、震災当時の状況や現状を1時間に渡って町をガイドする。
南三陸町では語り部が30人に増えたという。当初は見世物でないと非難される
こともあったという。震災で亡くなった人を覚えている人も亡くなっていく・・・。
モノが残れば、100年経っても哀しみを共有できるからと、語りつづけている。

語り部団体を立ち上げた高校生もいる。修学旅行で訪れた中高生に語る。英語でも
語る。ツイッターなどを使って海外へ発信、同世代との交流が始まっているという。

「遠くからこの町に来てもらえるのは有難いが、防災対策庁舎の前でにこにこ
しながら記念撮影するのはやめてほしい・・・」。ラジオを聞いていて、ある語り部の
ことばが耳に残っている。
旅・散策・イベント

「漱石の散歩道」

2015年02月10日
夏目漱石(1907~1916)が生れ育ち、生涯を閉じた新宿区。(再び「漱石ブーム
晩年を過ごした山房には多くの弟子たちが集まった。この山房で『三四郎』 『門』
『こゝろ』など、数々の名作を世に送り出した。

        漱石山房
                  漱石山房で 6歳のりんりん

新宿区では、漱石が晩年を過ごした「漱石山房」の土地の記憶を未来に継承して
いこうと、漱石の生誕150周年に当たる2年後の開館を目指し、早稲田南町に
漱石にとって初の本格的な記念館の整備を進めている。


            漱石の散歩道 Click!
                  「漱石の散歩道」 *Click!

このプロジェクトの第4弾として、2月8日、講演・音楽・落語で漱石の世界に触れる
イベント「漱石の散歩道」が開催された。

朝日新聞にこのイベントのお知らせを見つけて早速申し込まれた(2人分)Uさんから
「やったー」メールがきたのは1月中旬。新宿区の「漱石の散歩道」入場券が
送られてきました! くじ運が悪い私が当たるなんて信じられません。ハガキに
私の漱石フアンは、半世紀以上になります。と書いたのがよかったのかしら?


彼女のお陰で一昨日の日曜日の午後は、久しぶりに贅沢な時間を過すことができた。
会場は四谷区民センター。東京メトロ丸の内線新宿御苑前から徒歩10分ほど。
開演は14時、開場時刻の13時半にUさんと待ち合せた。
さてどういうルートで行くか・・・?いろいろ考えるのも楽しみのひとつだ。
副都心線から丸の内線、南北線から丸の内線に乗換えというルートのほか、
品川駅高輪口―新宿駅西口のバスもある。

天気がよければ新宿駅から歩くのも楽しいが、当日は残念ながら冷たい雨。
1月末からなかなか治まらない坐骨神経痛。雨の中、歩きたくないので、
品川駅からバスで区民センター前(新宿1丁目)で下りるというルートに決めた。
品川駅高輪口から約20分おきに出ていることだけを確認して早めに家を出た。
     散歩道

品川駅に着くとかなり激しい雨。レインコートを着てくればよかった! 陸橋を渡り
バス停に行くまでにダウンコートの袖はビショビショだ。おまけにバスは行ったばかり。
次のバス? 渋滞していたら間に合わない。品川駅へ戻った。
後悔しきり。初めから新宿駅へ出た方がよかった・・・。

新宿駅着。東南口に出た。丸の内線もバス乗り場も遠い。仕方なく雨の中を
新宿御苑沿いをセンターへ向かったが、約束時刻に10分近く遅れてしまい、
早く到着されたUさんをお待たせしてしまった。

第1部は、講演「漱石と物理学校」。『坊っちゃん』の主人公が東京物理学校(東京
理科大)の卒業生。世界的な化学の研究者藤嶋昭氏東京理科大学長による講演。
第2部は演奏会「倫敦の漱石」。漱石は大英帝国の絶頂期である20世紀初めの
2年余、ロンドンに留学していた。その時代の英国で生まれた楽曲の弦楽合奏。
エルガーやホルストの楽曲・・・久しぶりの生演奏を楽しんだ。
第3部は落語「東京の漱石」。漱石は若き日から亡くなるまで落語をこよなく愛した。
演目は「吾輩は坊っちゃんである」(三遊亭圓窓)と漱石も聴いたという古典落語
「野ざらし」(三遊亭王楽)。

雨の寒い日にもかかわらず満席だった。彼女がロビーで待つ間に耳にしたのは、
このイベントに10倍の応募があったこと。漱石ファンの多さにあらためて驚いた。
という私はUさんに影響を受けた「にわかファン」。『こころ』や『吾輩は猫である』を
電子版で読むことにした。           (タブレットで『こころ』を読んだ
『こころ』は読み終えたが、『吾輩は猫である』は、まだ、34%しか進んでいない。
旅・散策・イベント

ウーパーの冬

2015年02月09日
昨年春、りんりんがクラスメイトにもらってきたウーパールーパーはメダカより
小さかったが、日毎に大きくなっていった。 
なにより暑い夏も無事に過ごすことができてほっとした。(最大の敵 暑さ!

          9.22 2014.9
 
その成長ぶりには目を見張るほど。         (ウーパーのこのごろ
体も大きくなったが、水槽の角に置いた皿がエサ場だと覚えた。お腹が空くと皿に
接近したり、皿の縁に手をついたりしてエサを要求する。
   2.12015.2
           
昨年暮、水槽を南側に移した。陽が射しこんで眩しいのか、エサの時間以外は
エアポンプの気泡を顔や腹にあてたり、眠っているのかじっとしていたりしている。
奥の壁際に引っ込むことが多くなったこともあって、後姿ばかり見せることが多い。
たまに目を合わすと、つぶらな瞳?と哲学者のような顔に思わず微笑んでしまう。

      2014.4 2014.4

それにしてもこれがあの小さかったウーパーなのか、不思議で仕方がない。
動物など

冬のメダカ

2015年02月08日
昨年5月末からメダカが仲間入りした。甕に10匹いたメダカは、1週間後8匹になり、
5匹になり、ついには3匹となったため、止むを得ずエアポンプを入れた水槽に
ホテイ草を浮かべ、残った3匹を入れ室内で飼うことにした。 (メダカの引越し

    6.29 6.29

その後、Uさんのところで生れた黒メダカをいただいたり、金魚屋で買ったりした。
夏、メダカを甕に移し、孵化したメダカを水槽で飼うことにした。稚メダカの数は
減っていったものの、ずいぶんと大きくなった。現在、3匹が元気に泳いでいる。
 
           2.7 2.7
                    映るまでに成長 

寒くなったころ、玄関脇に置いてあった甕を陽の当たる2階のベランダに移動した。
夏、水面を覆っていたアサザの葉がほとんどなくなり、底までよく見えるようになった。
アサザの浄化力はさすがだ。4匹を確認。近づくとサッとアサザの根元に隠れる。
 
     2.72.7
                    ベランダに

春の訪れを告げるように庭の紅梅が咲き始めた。まもなく甕のメダカたちをベランダから
再び玄関前に戻し、小さなメダカたちを水槽から甕に移そう。2つの甕が並ぶ日も近い。
動物など

「風景印」 豊島区 Ⅲ

2015年02月07日
豊島区には35局に風景印が置かれている。豊島区の花はつつじ。
すすきみみずくも何局かに登場する。       (豊島区 Ⅰ豊島区 Ⅱ

雑司ヶ谷局豊島高田局
    雑司ヶ谷
          欅並木とすすきみみずく 区花つつじ  面影橋

          境内
                    鬼子母神 境内

雑司ヶ谷の法明寺(鬼子母神)前には欅並木がつづく。
鬼子母神は、法華経の守護神として日蓮宗・法華宗の寺院で祀られることが多い。
「恐れ入谷の鬼子母神」で知られる台東区入谷の鬼子母神(真源寺)のほか、
千葉県市川市の遠寿院(法華経寺塔頭)の鬼子母神が江戸三大鬼子母神。

     面影橋
                    面影橋

「すすきみみずく」は、すすきの穂を20本ほど束ねて作るが、鬼子母神の参詣土産
として江戸時代から伝わる郷土玩具。
貧しい孝行娘が母親の病気快癒の願掛けに毎夜お参りしたところ、鬼子母神が現れ、
そのお告げにより作って売り出したのが評判となったとの逸話が語り継がれている。

雑司が谷の郷土玩具として継承されてきた「すすきみみずく」の製作技法を保存し、
次世代に伝承することを目的として、製作講習会も開かれている。
境内の大銀杏を見に訪れた7年前のお会式が終わったばかりだったが、境内にある
上川口屋に「すすきみみずく」はあったのだろうか。

駒込駅前局
     駒込駅局 駅                    
                      駒込駅とつつじ     

駒込駅のホーム両側の斜面一面につつじが植えられている。4月末から5月中旬にかけ
見事な花を咲かせるつつじは、九州の霧島山から伝わった。
植木職人伊藤伊兵衛がつつじを研究発展させ、明治43年、駅の開業を祝して贈った。

巣鴨局
   巣鴨  碑

   芭蕉句碑 地蔵通り商店街 区花つつじ   芭蕉石碑

巣鴨駅前局のデザインは、江戸の六街道筋に建立された「江戸六地蔵」のひとつ
真性寺の巨大な地蔵尊。この寺に芭蕉の句碑がある。

豊島局
 豊島千登世橋
  都電荒川線 千登世橋 すすきみみずく    千登世橋    荒川線
         区花つつじ

千登世橋は、明治通りと目白通りとの立体交差橋で、都内でも土木史的価値の高い
橋として「東京都の著名橋」に指定された。
旅・散策・イベント

消えた森

2015年02月06日
大田区の高級住宅地にあった自然林が昨年末、マンション開発のため伐採された。
江戸時代からほぼ手つかずの「奇跡の森」を残そうと、住民が立ち上がり、区も買収を
めざしたが実らなかった。

伐採されたのは、大田区鵜の木1丁目の個人宅の敷地内の林。 環状8号線に面し、
田園調布に近接する好立地にかかわらず、 約9千平方メートルのほとんどが樹木で
覆われていた。地域住民からは地主にちなみ「天明(てんみょう)さんの森」と親しまれていた。

区内最大とされたトチやイチョウなど幹の直径1mクラスの大木をはじめ、
直径10cm以上の樹木が581本あった。
 (『「奇跡の森」が消えた』 朝日新聞1/18)

        2447no10.jpg
    旧六郷用水散策路↑                 ↑環八

前所有者の一族は室町時代から続く旧家で、江戸時代は周辺の名主を務めた。
江戸初期に敷地に接してつくられた六郷用水路が完成してから、ほとんど人の手が
入っていないという。
戦後まもなく一帯は空襲を受けたが、この林は焼け残ったのだが・・・。

土地を所有していた親子はここ数年で相次いで亡くなり、所有権が移り、昨年1月に
東急不動産に売却されていたのだという。近所の方たちも昨秋の住民説明会まで
知らなかったようだ。
    
環八側
     環八側             
               門
                 12階建 278戸の大規模マンションが建つ

昨年秋、環八の歩道を通ったとき門の横に掲げられた建築計画書を見て驚いた。
環八の向い側から眺める樹々の黄葉、花の少ない時季に門脇の深紅の椿を
見ながら歩道を歩く楽しみもなくなるのだと思うとさびしくなった。 

旧六郷用水散策路側
      西側
   
西側の旧六郷用水跡散策路はよく通る大好きな道だったのだが。

          2.1
                         2013.2.1   
    2.1
                     2013.2.1

昨年末に始まった基礎工事の準備で、樹木のほとんどは伐採された。

           12.28
                           2014.12.28

         1.20
                             2015.1.20

このように何百年という手つかずの生態系は大田区でも最後のものだという。
大田区最古の「栃の木」を筆頭に、種類、樹齢も群を抜き、コゲラやキツツキが
認められるなど稀少生物も当然豊富と考えられ、学術的にも貴重。
これだけ貴重な生態系と樹林帯を破壊したら、もう戻すことはできないのだが。
旅・散策・イベント

「ふくはうち・・・!」

2015年02月05日
節分の日は「笑顔の日」「海苔の日」でもある。和気藹々と恵方巻をいただくのにぴったりだ。
夕食は恵方巻と「ん」がつくものがいいとかで「ちくぜん(筑前)煮」「とん汁」みかんとなった。
じゅんじゅんが恵方巻(カットすみ)を食べながらしゃべるため、ついつい笑ってしまう。
黙っての「丸かぶり」はなかなか大変だった。

彼にとって3度目の節分の今年、初めて豆まきをした。
福豆についてきた鬼のお面は、昨年のも合わせて赤鬼が3つ、青鬼が1つとなった。
りんりんがお面を被り「ワオ~!」 「ぎゃあ~こわい~!」と母親に抱きつくじゅんじゅん
保育園で豆まきをしてきたようだ。皆でキャアキャアいいながら逃げ回ったのだろう。

       こわくない
                 こわくないよ~

      鬼面
                   なぜか裏

     豆まき

1年前のふたり
       2人
            豆まき
                    見学のみ
身近な人びと

1月の空

2015年02月04日
今日は24節気の1つ「立春」。この日に満月がみられるのは38年ぶりのことだとか。
古くは季節の移り変りを把握する「自然暦」を使用していたが、
飛鳥時代に中国から24節気が伝えられると、冬至が年の分割の起点と考えるようになり、
立春を1年の初めとして暦が作成されるようになった。
1月6日 
          1.6
                お台場            10:30        
             1.6
                          
          1.6
                                    16:30

1月7日  
          1.7
                                    16:30

1月17日 
         1.17
                                    15:30
    1.17

1月23日  
      1.17
              夢の島                 12:40
       1.23

1月31日
        1.23
                                   12:50
旅・散策・イベント

陽ざしを求めて

2015年02月03日
今日は節分。玄関に柊鰯(正確には柊と大豆のさや)を飾った。
昨晩、夕食に鰯を焼いて、頭を柊に加えた。柊の棘が鬼の目を刺すので
門口から鬼が入れず、また塩鰯を焼く臭気と煙で鬼が近寄らないという。
逆に、鰯の臭いで鬼を誘い、柊の葉の棘が鬼の目をさすともいわれる。

6年前の節分の夜の猫たちの写真をみつけた。豆まきの後の庭にはトラアミ
豆の正体を確かめようとしている。今夜の豆まきには集まってくるだろうか。

          2009
            興味津々のトラとアミ             2009.2.3

2階に部屋を移してからベランダの手すりの上で日なたぼっこをするトラの
姿を見るようになった。晴れている日の9時頃だ。もっとも早く陽が当たる場所を
知っているようだ。10時になるともういない。地上にも陽なたがあるのだろう。

       トラ

              方向転換
                   方向転換もなんのその

        上に
               さらに上に      2015.1.14

ネコの枕?(ぬいぐるみ)を洗って台の上に干しておいた。
翌朝、上を見るとトラがいた。上と下で似たような恰好をしていておかしかった。

     ??
                今日もいい天気・・・  2015.1.31   
動物など

猫との生活

2015年02月02日
今日は「夫婦の日」。「猫の日」でもいいと思うのだが、「猫の日」は2月22日となっている。
りんりんが6歳の秋から家族の仲間入りしたアメリカンショートヘアの猫を彼は桜井翔に
あやかってショウと名づけた。トイレの躾はできていたが、家中を開放したこともあり、
あっという間に壁、柱、カーテンなどは爪とぎのせいでかなりの被害を蒙ることになった。
たまに行くと見るも無残な壁が目に入るのだが、慣れとは恐ろしいもので、4年も経つと
さほど気にならなくなってしまった。

じゅんじゅんが生れて2年半を過ぎた頃からショウタンは彼の遊び相手となった。
撫でているつもりでもショウタンにとっては叩かれるようなときでも我慢する、自分からは
向かっていかない、どうしても耐えられないときはさっさと逃げることを覚えた。

         ショウタンと
              
いつごろからだろう、りんりんの鼻水が出るようになった。とくに朝がひどい。
昨年秋、Tクリニックでアレルギー検査を受けたが、結果を知ったのは今年になってから。
学校でオデコを強打してコブが出来、下校後、母親がクリニックに連れて行ったときだった。
打撲の方は大丈夫だったが、予想外の検査結果だった。花粉、ハウスダストなど、
食物以外のアレルギー検査をした中で、ネコは陽性も陽性、桁違いの数値を示していた。
猫を手放さないと、彼のアレルギーはひどくなる可能性があると医師にいわれたという。
これほど悲しいことはない!ショウタンと別れるなんてイヤダ!と号泣しつづけた。

りんりんがショウタンから離れて生活し、その間症状が出ないなら、猫アレルギーという
ことになる。さて、和室が3部屋、襖、障子合せて20枚近いわが家でショウタンを預かる
となると、暮に張り替えた障子・・・被害はそれだけではない。留守するときはどうする?
今までも週に2、3日わが家に泊まっていたりんりんをとりあえずひと月ほど預かることに。

それからが大変だった。ハウスダストも極力避けなければならない。畳の部屋でなく、
2階のフローリングは3部屋。1部屋はすでに私と彼の机で占領されベッドは置けない。
もう1部屋は冷暖房がないので、ミニキッチンのある2畳の部屋は狭いがここしかない。

1月の桂花茶会が終わった翌日から数日間は朝から晩まで模様替え、片づけに終始。
途中、注文したベッドが届き、組み立てた。頭の中でイメージしたものよりはるかに長い。
じゅんじゅんも興味津々。ネジをネジ穴に差し込んだり部品を電車のようにして遊んだり、
手伝いとはいえないが、さほど邪魔をしているわけでもない。

        組み立て                   

そしてりんりんとの生活が始まった。薬を飲まずとも鼻水はほどんど出ない。
ということは、「猫アレルギー」なのか? 果たしてひと月後、どうなっているだろう。
身近な人びと

「風景印」 豊島区 Ⅱ

2015年02月01日
豊島区には「風景印」を置く局は多い。池袋駅周辺、山手線、都電荒川線、東京メトロ
副都心線、有楽町線、都営大江戸線の沿線に35局もある。 (風景印 豊島区Ⅰ

染井吉野は、花が葉より先に咲くエドヒガンと大きくて整った花形のオオシマザクラの
性質を併せ持った雑種。自生(実生)はなく、たとえ種ができても発芽しないので、
各地の染井吉野はすべて接木などで増やしたものだという。
接木である関係で樹の寿命が短く、50年も経つと老衰するのが欠点とされている。

江戸時代には染井と呼ばれていた巣鴨・駒込地区は大名屋敷ご用達の植木職人が
集まった地域で、造園師や植木職人達によって育成され売出されたものだという。
当初は吉野桜といっていたが吉野山のヤマザクラと混同するので、発生地の名を冠して
染井吉野となったという。

巣鴨駅前には「染井吉野発祥の地碑」があり、駒込駅前には染井吉野桜公園の中に
「染井吉野発祥の里 駒込」の碑がある。

西巣鴨局西巣鴨四局
   西巣鴨局
          染井吉野発祥の地碑 都電と桜 区花つつじ

   荒川線
         都電荒川線          染井吉野発祥の地碑

巣鴨駅前局
    巣鴨駅前 六地蔵
          眞性寺地蔵尊            眞性寺地蔵尊
      染井吉野発祥の地碑と桜並木

眞性寺は、江戸の街道口6ヶ所に造られた「江戸六地蔵」の1つが鎮座している。
中山道を旅する人は道中の無事を祈るため必ず参拝したと言われている。

都電荒川線は早稲田~三ノ輪橋間まで30駅。うち3分の1ほどが豊島区内を通る。
運賃は160円、乗り降り自由な1日券は400円とお得。
 
大塚駅前局南大塚局
    2439no1.jpg
            大塚阿波踊りと都電荒川線 区花つつじ

         荒川線

大塚駅前は、よく映画やドラマの舞台になるという。JR山手線大塚駅への乗換も可。
夏は、阿波踊りでにぎわう。
旅・散策・イベント
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