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江戸期の道しるべ 大田区 Ⅴ

2016年01月18日
大田区内にある江戸期の道標は庚申塚や馬頭観音を兼ねるものが多い。
                  (江戸期の道しるべ Ⅰ) 

南千束の庚申塚道標   中原街道                    

      庚申塚
               文化11年(1814)

右面には「従是九品佛道」 正面に「庚申塚」の陰刻、頂部に「日月」の陽刻
九品仏浄真寺(世田谷区)への道。

妙福寺 馬頭観音像道標 (南千束2) 区指定有形民俗文化財   
           
   妙福寺
                  天保11年(1840)                   

洗足池畔の妙福寺境内にある馬頭観音像は、馬の健康と冥福、交通安全を祈って
地元の馬医師や馬主らにより建てられた。
中原街道と碑文谷から池上に至る道との交差するところにあったものを移設。
馬頭観世音像の下は、角柱型の道しるべを兼ねる。

各面には「北 堀之内碑文谷道」「東 江戸中延」「南 池上大師道」「西 丸子稲毛」
というように、東西南北のそれぞれの方向を示す地名が示されている。
碑文から、もとは中原街道と碑文谷ー池上を結ぶ道との交差する地点に
建てられたと推定される。
江戸時代後期の民間信仰、交通史を考える上で貴重なもの。

石川町の石橋供養塔  区指定有形文化財  (石川町2)
          
      石橋供養塔
                         安永3年(1774)

呑川沿いの遊歩道の入り口に、高さ1.5m余りの石碑が立つ。
表面には「南無妙法蓮華経」、その下に「石橋供養塔」と刻まれている。

中原街道で、呑川を渡るために掛けられていたのか、雪ケ谷村の村民が
石橋の安泰を願って建てた供養塔という。石橋そのものは現存しない。
一般に石橋供養塔は他の民間信仰の供養塔を兼ねたものが多いが、
石橋の無事と通行人の交通安全だけを目的に建てられた貴重なもの。
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