FC2ブログ

犬の認知症

2016年11月30日
人間と同様、犬や猫などペットも急速に高齢化が進んでいるが、いわゆる
認知症、認知障害症候群も増えていて、犬は8歳(人間では50歳くらい)の
犬の2割にみられ、半数は予備軍だときいて驚いた。

犬の認知症は10年前ころから知られるようになったというが、人間が認知症に
なる確率に比べ高いという。好奇心減退、動作緩慢、無駄吠え、旋回歩行、
失禁、夜鳴き、学習能力低下、昼夜逆転などが挙げられるという。
ほかにも飼い主の顔や自分の名前がわからなくなったり、たくさん食べるのに
やせてくる犬もいるようだ。       (猫のいない庭 ペットの介護) 

このようにさまざまな症状があるが、一気に現れるのではなく、個々の症状が
1つ、2つとゆっくり現れるという。気がつかないで放っておけば、日毎に進行し、
異常な行動をとるようになるのだとか。

    過保護
                介護?    過保護?

発症は、早くて7〜8歳、平均すると11歳、13歳を過ぎて急増する。
柴犬など日本犬系の雑種に多くみられるという。特定の犬種に多いことから
遺伝的な素因があるとか、そのほかにも不飽和脂肪酸などのある種の栄養や、
飼育環境なども認知症と関連性があるといわれているらしい。
脳の神経細胞の衰え、自律神経機能の低下、脳の萎縮など、さまざまな原因が
挙げられているが、はっきりしたことはまだわかっていないとも。

子どものころ庭で飼った犬はすべて番犬として。その多くは迷い込んできた犬。
もっとも長生きしたのは私が大学生のときにペットショップで買った柴犬チビ
15歳になると体力がガタッと落ちたが、病気というわけでもなかった。
さすがに昔のこと、はっきり覚えていはいないが、夜鳴きをしていたように思う。
おそらく認知機能は衰えていたに違いない。16歳の誕生日を前に力尽きた。

猫は? 認知症は15歳以上に現れやすいというが、犬ほど多くないらしい。
猫の場合は、「寝ている時間が長くなった」と感じる程度で「困った行動」を
引き起こすことはあまりないという。
りんりんの家は、朝から夕方まで眠るだけの猫のショータンがいる。
現在、6歳。人間なら40歳を過ぎている。めったにじゃれることもない。

    ショータン
    2012.11 あのころは・・・      2010.12  生後5ヶ月

猫の平均的な寿命は8歳程度で10歳を超えれば大往生と言われていたが、
ペットを取りまく環境が良くなるにつれ、高齢化が進み、認知症や身体が
思うように動かなくなったりする。これからはペットの介護も深刻だ。
動物など

気になる坂の名

2016年11月29日
坂道が多いといわれる東京、とくに文京区と港区には100以上の坂があるという。
坂道に名前を付ける慣わしは海外にはあまりないらしい。
東京には由緒ある坂道の名称が数多く残されてきた。同名の多い坂道ベスト4は、
「富士見坂」18(別に新富士見坂1)、「新坂」15(別に「新道坂」2)、「暗闇坂」13
(別に「くらがり坂」1)、「稲荷坂」11。これだけで全坂の1割をすでに越えるという。

実際に海が見える「汐見坂」、富士が見える「富士見坂」はごくわずか。大田区は
2つの見えない「富士見坂」。 (富士が見える坂は・・・大田区の坂Ⅰ

風景スケッチのほか、巨樹、風景印、そして道標などの散策の途中に出会った
坂道は舗装されていて、どこも同じようで、印象に残るのはその名称のみ。
権現坂、神楽坂、八幡坂など宗教関係の名称の由来はわかりやすいが、
撮った写真を整理していて、きき慣れた三宅坂、道玄坂、権之助坂などは
人名からついた坂名だとあらためて知った。柿の木坂、桜坂、馬坂など動植物、
仙台坂、紀尾井坂、壱岐坂など江戸の大名屋敷関連などもよくきく坂の名。

舗装されていない坂道は、雨でも降って路面がゆるんでくると昇降を難しくした。
「すべり坂」(四谷信濃町・麻布)、「転坂」(赤坂)、「なだれ坂」(麻布)、「難歩坂」
(赤坂)などとあるのは、文字どおり歩行通過に難渋したことを想像させる。

転坂ころびざか)   港区赤坂
    転坂2009.9

江戸時代から道が悪く、通行する人たちがよく転んだためにこう呼んだ。
一時盛徳寺横の元氷川坂もころび坂といった。

ぬめり坂   大田区南久が原
   ぬめり坂2011.10

昔は、多摩川は東急多摩川線付近を流れていたため、このあたりは低湿地で
大雨が降ればすぐに坂がぬめった。
付近の豪家に美しい娘があった。娘は人々の難渋を気の毒に思い、自ら望んで
その坂に生埋めとなって以来、通行は容易となり、大いに付近は繁盛したという。

かむろ坂    品川区小山台
     かむろ坂2010.4

江戸時代、白井権八が品川で処刑され、そのあとを慕って遊女小紫が自害した時、
そのかむろ(侍女)もあとを追って桐ヶ谷の二ツ池に身を投げたという。 その後 、
この一帯の丘陵を「かむろ山」、これに通じる坂を「かむろ坂」 と呼ぶようになった。
「かむろ」は漢字で「禿」と書くが、これは「はげ」のことではなく、個人名でもなく、
吉原などの高級遊女の召使いの少女達のこと。

湯立坂ゆたてさか)   文京区小石川
    湯立坂2013.10
         教育の森公園、放送大学などに沿った坂道

里人の説に「往古はこの坂の下は大河の入江にて氷川の明神へは河を隔てゝ
渡る事を得ず。故に此所の氏子とも此坂にて湯花を奉りしより坂の名となれり」
湯立は、神社で巫女などが湯花を笹の葉につけ参詣人にかけ浄める儀式。

遅刻坂(新坂)  千代田区永田町
     遅刻坂2009.9
        右側に資料館          坂上から          

急な坂を上ると右に都立日比谷高校正門、左にメキシコ大使館がある。
新しくできた坂ということで「新坂」という名がつけられているが、登校を急ぐ
学生が鞄を抱えて駆け上がる風景から「遅刻坂」と呼ばれる。
息子の高校時代、資料館の蔦を見上げながら何度も通った懐かしい坂。

鉄飛坂    目黒区大岡山-平町
     鉄飛坂2016.3

「てっぺん」を意味する方言「てっぴ」に由来するとする説が有力だが、名前が突飛で
古くから関心を引いたためか、数多くの謂れが伝わっている。
旅・散策・イベント

クロッキー再開

2016年11月28日
先月、Oさんとお邪魔したI さんたちのグループ展では、T先生の話や画の話で
盛り上がり、OさんとI さんがわが家に見えることになった。(展覧会の季節
わが家でT先生やI さんの画の写真などを見ながら、当時のことを話していて、
T先生のお宅でもラフクロッキーをしたことがあったことを思い出した。

それまでの展覧会に追われる生活から離れたのをキッカケに原点に戻って
デッサン、クロッキーをやらなくてはと思っているうちに1年半が経ってしまった。
ちょうどクロッキーの会を探していたという I さん、この際、2人で!ということに。
以前、参加していた会に連絡をとり、11月の月例会から参加することにした。

新しいクロッキー帳を探す際、今までのクロッキー帳の箱を棚から下ろした。
重たいわけだ。大小合わせて40冊ほどもあった。思いつくだけでも8ヶ所で
クロッキーデッサンをやったことがあった。どこもすっかり途切れてしまったが。

      箱
               デッサン・クロッキーの箱
 
もっとも古いのは1992年、カルチャーのF先生の日本画デッサン教室時代
(10冊以上)。午前のこの教室に続いて午後にT先生の教室(5冊)にも出て
頑張っていた時期もあった。このころの腰は最悪だったが、痛みに耐えながら。

    クロッキ―帳
                 2002年が最後

このほかに参加していた会が2つあった。どちらもわが家から近くの区の施設で
月1回。1日12ポーズのラフ固定ポーズ。
どこで描いたのかわからないクロッキー帳が多いが、ラフのほかにデッサン中の
Kさん、Hさんらしき人をみつけた。何と20年も前のものだ。

ほぼ全員がイーゼルを立てて水彩、油彩、パステルなどで1日頑張っていたが、
ひとりで1ポーズ(20分)の間に立ったままクロッキーして3、4ヶ所をまわって
いたことを思い出す。
その後、会はすっかりご無沙汰したが、幹事のT氏やKさんとはお互いの展覧会や
年賀状でわずかに繫がっていた。

実に久しぶりの美術室。イーゼルが20本ほど立っている。T氏はすぐに分かった。
30年以上つづくこの会だが、「あと30年はつづけたい。だれもいなくなるかな~。
まだまだだから、100歳になるまでにはなんとか掴みたい・・・」とT氏。頭が下がる。

     クロッキー会
                         T氏は油彩で

懐かしいKさん、Hさん、Sさん、Kさんの顔。出かける前の緊張感もなんのその、
長い間のブランクはまったく問題なかった。もっともクロッキー帳の情けない
鉛筆の線は別問題だが。

20分立ちっぱなしも少々つらいし、固定のクロッキーは少々飽きることもあり、
この日の午後6ポーズのうち、4ポーズで早退。自由なところがいい。
I さんに合わせて午後から参加したが、午前の最初2ポーズはクロッキー
(10分×4)なので、次回からは午前中の参加を決めた。

帰宅後、引っ張り出した40冊ものクロッキー帳をみて、どっと疲れが出た。
箱に入れて再び棚に戻すか、少しはマシな数枚を残すか、全部処分する?
それはそれとして、ラフとコスチュームのデッサンが入っている2箱はどうする?
決断するまで時間がかかりそうだ。
絵画・博物館

晩秋のケヤキ

2016年11月27日
色づき始めたケヤキ、葉を落としたケヤキ、萌黄色になっていくケヤキ
遠くから眺めたり、見上げたり・・・。もっとも好きな樹だということもあって、
ケヤキの記事は実に多い。昨年も色づき始め、葉を落とすケヤキについて
2つあった。         (色づき始めたケヤキ 葉を落とす樹々

りんりんのススメでケヤキのパラパラ写真集をつくることにしたのは1年前。
今年の1月から毎朝、ベランダに出てケヤキの写真を撮った。同じ場所から
同じケヤキを撮るというねらいは季節の移り変りの早送りといったところか。

朝日に照り輝く日もあれば、グレーの空、雨の朝、霧が立ち込めた朝もあった。
あと1ヶ月で1年。後にも先にもこれほどケヤキを眺めた年はないだろう。
撮リ忘れたのは2日くらいだろうか。残念なのは、毎日同じ時刻でないこと。
パラパラ写真集をつくる暇もなさそうだ。

   11.21     
                                    
毎日みていると、少しずつ色づいていくのがわかる。この時季になると、
2本に見えていたケヤキも4本重なり合っていることがはっきりしてくる。

11.1
      11.1 6:15

11.8           
      11.8 6:00
              
11.16 
      11.16 6:10

11.19 
       11.19 6:50   

11.23 
      11.23.jpg 9:00
 
11.25
       11.25 8:00          
植物など

ここにも「ネーミングライツ」

2016年11月26日
仙台市が八木山動物公園などの「ネーミングライツ」の売却先募集を開始した
という記事を読んだ。(「河北新報」) 
アメリカでスタートした「ネーミングライツ」(命名権)、日本でも2000年代から
企業に売却して資金を得る自治体が増えたというが、多くはスポーツ施設や
文化施設だったが、その対象は公衆トイレにまで広がっているようだ。

以前から気になっている恵比寿駅西口のトイレ。季節で壁のデザインが変わる。
「恵比寿KANSEIトイレ」として3年前にリニューアルして以来のようだ。
渋谷区では、区内8ヶ所の公衆トイレのネーミングライツ事業者の募集を始めた。
トイレの名前を変えるだけではなく、契約したトイレの専門業者が技術をいかして、
衛生的な設備に改修したり、定期点検を行う。

数年前、渋谷区役所前からバスに乗るときに目に留まったのが渋谷区と契約を
結んだ第1号トイレだという区役所前「トイレ診断士の厠堂」。(公衆トイレ

       トイレ診断士の厠堂2015.6
            渋谷区役所前トイレ診断士の厠堂 

その後、渋谷区とネーミングライツ契約を結んだ1つが恵比寿駅前のトイレ。
利用したことはないが、便座や床、壁などに「防臭効果がある」コーティングが
施されているとか。「KANSEI」の文字は、契約した下水道の維持管理などを
手がける管清工業(株)の意味だった。

 20132013.6
        リニューアルした恵比寿駅西口公衆トイレ 
       
   20152015
     20162016

ほかに表参道ヒルズ、渋谷駅、並木橋トなどにもこうした公衆トイレがあるという。
幡ヶ谷、西参道、裏参道、代々木八幡などは募集中。
ちなみに、渋谷区立公衆便所ネーミングライツ事業は日本トイレ大賞を受賞。
旅・散策・イベント

10月の空

2016年11月25日
10月は空の変化がめまぐるしく、さまざまな表情の雲がみられるという。
前線面上に出来る「波状雲」は前線面の上下の空気の質が異なることで、
空気が波打ち、それに伴って、雲も波打つような変化をすると考えられている。
はけ雲(巻雲)は一般的な雲の中では最も空の高い所(1万m前後)に出来る。
上空は風が強いためうっすらと出来た雲が流されてこのような形になるという。

10月12日  
     10.12
      10.12
            6:10   14:50    17:00    17:30 

10月31日   
     10.31
             10.31
   10.31
        6:10      8:40 8:40     11:30 11:30 
旅・散策・イベント

色づく桜

2016年11月24日
雨戸を開けてベランダに出ると、昇ったばかりの朝日に染まった東の空や
数本のケヤキをしばし眺めるのが毎朝の楽しい日課になっている。

春と秋限定の楽しみもある。Kさんのお宅の屋根越しにわずかに見える桜。
蕾が膨らみ、満開、そして散り始める春もいいが、緑色から黄、橙、赤へと
染まっていく季節はさらにいい。i今年は10日を過ぎるころから色づき始めた。
                     
      11.14
         11.14  6:36   (日の出 6:14)  

天気予報があたった。東京でも11月としては54年ぶりの初雪だとか。
雨から霙にかわった。平野部でも積もるという・・・。桜の葉はすっかり落ちた。
   
      11.24
            みぞれ降る  11.24   9:00 
  
今年の春は
     4.8~
          4.8   4.10   4.15   4.18

この季節、駅まで遠回りしてこの坂を通ることが多い。坂の途中の桜の葉は
そろそろ散り始めたかもしれない。
     
   2015.11
           2015.11.30         12.2
植物など

庭の冬支度

2016年11月23日
この秋、庭の南側にラティスで囲っていたウッドデッキも取り壊し、フード要求の
ために下げていた大きな鈴も取り外した。この鈴を鳴らしたのはアミトラ
目が合ってからも無視していると、ガラス戸に前足をつけて壁ドンのごとき
ポーズでアピールするのはケシ、クク、アミ

南側   (~2016.9)
     2012.12                 
                               日当たりのよい屋上   
西側
       西側
             ふだんは空き部屋            クク
               
以前、引き出しをリユースした木製の部屋はあまり利用されることなく、西側に
移した。だが、たまにククが入る程度で、玄関に置いたボール箱がお気に入り。
もっとも気に入っているのはトモだろうか。ときには2匹で入っていることも。

玄関前
      玄関
         10.29             11.13  これはこれで快適?

南側  2016.10~
      南側
                    アミ    夜も昼も

3ヶ月ぶりにケシが戻ってきた。すっきりした南側のデッキの上にもボール箱を置くと、
早速、アミが入り、ときにはクク、ケシも入る。
寒くなってきたということだろう。庭はすっかり冬支度を終えた。
動物など

北斎と阿栄

2016年11月22日
今日は24節気の1つ「小雪」。わずかながら雪が降り始める頃。『暦便覧』では
「冷ゆるが故に雨も雪と也てくだるが故也」。陽射しが弱くなり紅葉が散り始める。

今日はすみだ北斎美術館オープンの日。少し落ち着いたころに訪れるつもり。    
都営地下鉄両国駅から横十間川までの約2kmの区道は「北斎通り」と呼ばれる。
美術館が建設された緑町公園付近は、江戸時代に弘前藩津軽家上屋敷があり、
北斎は藩主の依頼で屏風に馬の絵を描いたといわれる。(北斎ゆかりの地

     緑町公園
              着工前の緑町公園  2014.1

美術館の着工前、江戸東京博から緑町公園まで「街歩き 北斎ギャラリー」を
楽しんだことがある。この通りの街灯などには、「富嶽三十六景」など墨田区
所蔵の103点が貼られている。ちなみに北斎の残した作品は約万点とか。

     北斎通り                  
                    北斎通り

墨田区役所に立ち寄ったとき「北斎かわら版」が目に入った。北斎に関する
話題のほかに、美術館建設現場レポートまで載っている。

       かわら版
           「北斎 かわら版」  29号、30号、32号   

今年の夏から秋にかけて「新日曜名作座」(NHKラジオ 全6回)で放送された
『相も変わらず てんてこまい』(諸田玲子 著)を何回かきいた。
登場人物は、十返舎一九、葛飾北斎、北斎の娘の阿栄(おえい)などの奇人変人。
日本橋の小町娘 舞は一九の娘。「奇人気まぐれ、きりきり舞い」と唱えながら、
騒動のあと始末はいつもすべて彼女がすることになる。

ドラマに登場する北斎は、「どこにでも巣をつくり、そこで獲物が捕れなくなると
ほかへ移る蜘蛛と同じ」
という。90年の生涯で90回も引っ越した北斎にとって
引っ越しは「絵が描けなくなったとき」?の心機一転だったということのようだ。

死の直前、「天我をして五年の命を保たしめば、真正の画工となるを得べし」と
言ったといわれる北斎。6歳の頃から絵を描いてきた北斎は、70歳以前の絵は
取るに足らないもので、73歳にしてようやく動植物の骨格や出生を悟ることができ、
80歳ではさらに成長し、90歳で絵の奥意を極め、100歳で神妙の域に到達し、
百何十歳になれば1点1格が生きているようになるだろうと、100歳を超えても
なお絵師として向上しようとする気概を語っているという。(「北斎美術館」サイト) 
  
『相も変わらずきりきり舞い』で北斎の娘「阿栄」も浮世絵師だということを知った。
阿栄もやはり舞の家に居候していて家事は一切手伝わず、絵ばかり描いている。
調べてみると、阿栄は北斎の三女と伝えられるが、北斎の助手として、また自らも
葛飾応為(おうい)という名で活躍したが、現存作品は10点前後と非常に少ない。

「江戸のレンブラント」といわれるように、西洋画法への関心が強く、誇張した
明暗法と細密描写に優れた肉筆画を残している。
「北斎作」とされる作品の中にも実際は応為の作もしくは北斎との共作が相当数
あると考えられる。とくに北斎80歳以降の落款をもつ肉筆画は、彩色が若々しく、
精緻に過ぎる作品がしばしば見られ、応為の代筆とする意見もある。
(Wikipedia)

カナダのキャサリン・ゴヴィエの小説『北斎と応為』(モーゲンスタン陽子 訳)は代筆説を
踏襲する形で書かれている。昨年公開の映画『百日紅~Miss Hokusai~ 』や
今年春刊行された『眩(くらら)』(朝井まかて 著)など、このところ阿栄も注目されている。
まずは美術館で再現された晩年の北斎と阿栄が暮らした「蜘蛛の巣」?をみたい。
旅・散策・イベント

強烈な「橋姫」面

2016年11月21日
先日、わが家に I さんが見える日、10数年前の彼女の先生の個展や会の
展覧会の写真をみようと、厚いファイルを引っ張り出してきた。
その中に、K氏主宰の能面展の案内状が数枚あった。
最近、展覧会の案内状や写真は「とりあえずの抽斗」に入れたままだが、
当時はきちんと整理保存していた絵に対する熱意に我ながら驚いた。

    案内葉書
  K氏作 「生成」〈2004年) 「般若」<2008年〉  「大童子」〈2003年個展)

K氏は退職を機に本格的に能面打ちの活動をされるようになり、能面の会を
主宰され、毎年、能面展を開催されている。最大の理解者、協力者であった
奥様のKさんが亡くなって早5年半。        (池に浮かぶ灯籠
スケッチだけでなく、人物デッサンや身近なモチーフのデッサンとわが家での
集まりにも月2回、往復3時間かけてみえた。ついこの間のように思い出される。

今年もAさん、Yさんと伺った能面展の広い会場には、女面、男面、怨霊面など
10名41点の面が展示されていた。K氏はお元気だったが、「怒ってくれる人が
いないのでさびしい。いつまでつづけられるか・・・」とぽつりとおっしゃった。
「これ以上のものはできない・・・」というのは「大童子」(2003年個展)。

「大童子」は、妖精的な感じの童子より年かさの少年の面。キッとした相貌、
眉間の大きな皺が力強い。金を差した眼と歯列が人間ではない存在を表す。


          大童子
                   「大童子」を撮るAさん
                   
K氏にはいつも丁寧に解説をしていただくが、小面(こおもて)、蝉羽(せみのは)、
万媚(まんび)、若女(わかおんな)、増女(ぞうおんな)、孫次郎(まごじろう)など、とくに
女面はいまだに区別がつかない。(能面との出会い久しぶりの能面展
     
今回の展示で「橋姫」と「生成(なまなり)」も「般若」と同じく怨霊面だと知った。
たしかに「橋姫(鐵輪女)」には角はないが、その名から想像できない凄まじい
形相をしている。「般若」よりも強烈な印象を受けた。

「橋姫」は、橋にまつわる日本の伝承に現れる。『古今和歌集』『平家物語』では
宇治橋の守り神である「橋姫大明神」の縁起と結びつけられ、『今昔物語』では、
一条戻橋の鬼女伝説として登場。使用代表曲は『鐵輪(かなわ)』。

古くからある大きな橋では、外敵の侵入を防ぐ橋の守護神として祀られている。
嫉妬深い神ともいわれ、橋姫の祀られた橋上で他の橋を褒めたり、女の嫉妬を
テーマとした『葵の上』『野宮』などの謡曲を唄うと、恐ろしい目に遭うという。
これは、土地の神は一般にほかの土地の噂を嫌うという性格や、土地の信者の
競争心などが、橋姫が女性であるために嫉妬深いという説に転化したもの、
もしくは「愛らしい」を意味する古語の「愛()し」が「橋」に通じ、愛人のことを
「愛し姫(はしひめ)」といったことに由来する、などの説がある。


      橋姫 生成
             「橋姫」             「生成」

「生成」は、まだ生身の人間で、嫉妬に狂い怒りを表す面。角は短い。
「橋姫」より嫉妬の度合いは、「生成」、「般若」、そして「蛇」「真蛇」と強くなる。
それにしても角が生えるのは女の鬼だけだとは・・・!

      般若
            「般若」     赤般若、白般若、黒般若がある

わが家にあるK氏の作品は「蝉羽」。豊かな女の情感をたたえた面と言われる。
襖を開けたとき目に入るのは「般若」や「橋姫」でなくてよかったとつくづく思う。
絵画・博物館

樹を囲むベンチ

2016年11月20日
公園、緑道、駅、施設などのベンチ、樹を囲むベンチもよくみかけるようになった。
もっとも気に入っているのべンチは東大本郷キャンパスにある。安田講堂の前に
大きなクスノキを広く囲む石製のベンチがある。いつ見てもここでくつろぐ人がいる。

      東大
                  本郷キャンパス  文京区

東急線大岡山駅上は東急病院、道の向こうに東工大のキャンパスが広がる。
後方の東急病院の壁は緑化されている。

    大岡山駅前
                    大岡山駅前   大田区 
       
         品川シーサイド
                      品川シーサイド

        鍋島公園
                     鍋島公園   渋谷区

          流通センター
                     流通センター  大田区

          国際フォーラム
                     国際フォーラム  千代田区
 
         大塚公園
                      大塚公園   文京区
 
       北区中央公園
                        北区中央公園

          井の頭自然文化園
              井の頭自然文化園    チョウゲンボウの前
旅・散策・イベント

「トイレ」で思うこと

2016年11月19日
今日は「世界トイレの日」(World Toilet Day)。世界ではいまだ、3人に1人が
トイレを使えない現実がある。下水処理から屋外排泄の根絶まで、多岐に渡る
衛生の問題提起ならびに政策化を促進するために国連が制定した。(2013年)
過去20年ほどの間に、トイレを使える人たちの割合は、少しずつ増加してきた。
49%(1990)が、68%(2015)まで向上したが、ミレニアム開発目標で掲げた
「2015年末までに75%にする」という目標には届いていないという。

トイレがあるのは当たり前になっている日本では、11月10日が「トイレの日」。
日本トイレ協会が「11(いい)10()イレ」の語呂合わせで制定。(1986年)
この日、全国の公立小中学校のトイレについて文科省がはじめて行った調査が
発表された。子どもたちが使うトイレは和式が56.7%、洋式が43.3%で、
洋式設置率は神奈川県が58.4%でもっとも高く、次いで沖縄県、山梨県など。

一般家庭で洋式トイレが普及し、和式の使い方を知らない子も多いらしいが、
学校のトイレを洋式にしてほしいという声が圧倒的に多いという。
今や駅や病院などにも多機能の「だれでもトイレ」は増え、新しいビルなどでは
幼児用のトイレをみかけるようになった。

    トイレ
      二子玉川ライズのキッズトイレ       丸善

災害時に学校は避難所になることが多く、和式だけでは困るという指摘もある。
ゆうゆうたちの小学校のトイレには、今年は運動会、展覧会の際に入ったが、
和洋どちらもあった。
「和式は使いづらい」「汚ないイメージがある」など、「使ったことがない」という
子どもたちが多い一方、「人が使った洋式の便座に座りたくない」とか「しゃがむ
ことで足が鍛えられる」など、和式を歓迎する中学生もいるという。

駅のトイレなどでは、混んでいても和式だけは空いていることが多い。
今は階段を下りるときに膝が痛む程度なので、どちらかというと和式派だ。
洋式だけの駅も多くなったが、小田急は今年度中に全70駅のトイレを洋式に、
東京ディズニーランドでもウオッシュレットを完備するという。
東急線でも次々と駅トイレがリニューアルされ、ウオッシュレット整備も進んでいる。
先日、久しぶりに下りた武蔵小杉駅もリニューアル工事の真っ最中だった。

     武蔵小杉駅
            楽しい壁   東急線武蔵小杉駅構内

買い物をしたり、店員に声をかけないと利用しにくかったコンビニのトイレだが、
3.11以後、トイレ利用のためだけに入る人も多くなったように思う。
駐車場があるコンビニにはトイレのロゴマークが大きく入った看板が立っている。
この秋、戸越で開催された「ねぶた祭り」のときにお茶を買うために入った
コンビニでは入口からトイレまで観客や跳人たちが並んでいた。

        コンビニ

5年前の大震災の日、トイレではなくケータイ充電器目的で入ったコンビニだが、
すでにほとんどの棚は買い占められたあとだった。(歩いた歩いた・・・黙々と
お祭りはともかく、コンビニがあのような災害でごった返すことがないといいが。
旅・散策・イベント

「猫語」がわかるなら・・・

2016年11月18日
いつも思うのだが、ネコ語がわかれば彼らに訊きたいことがたくさんある。
「にゃあ にゃあ」「にゃ~」という声だけでは、何かを要求しているのか、
何を伝えたいのだということしかわからない。

3ヶ月前、病気で庭を去ったのトラの後を追うように姿を消したケシ
仲良しだった妹を探しに行ったのだろうか? (庭を去ったわけは・・・
この夏少し痩せたが、ノラ猫にしては毛の艶もいいし、品もある?猫だ。
まさか三味線になってはいないだろうが、業者に捕まってしまったのか?
命を落としたのか?と思いながら近くを歩きながら彼の姿を探していた。
さすがにふた月経つと、もう会うことはないだろうと諦めた。きっとどこかで
飼われていると思うことにした。           (さびしくなった庭

    ケシ
               姿を消す前のケシ     2016.7

ちょうど3ヶ月経った晩だった。ごんさんに呼ばれて階下に行って目にしたのは、
紛れもないケシの姿だった。目が合う度に「にゃあ」「にゃあ」と何かを訴える。
よほどのことだろう。フードをおかわりするほど空腹だったが、ケシに限らず、
庭で生れ育った猫たちは、フードを要求するときは声を出さない。

    ケシ
          姿を消した日から3ヶ月   10.7  19:30

とにかく生きていてよかった。以前より太り、毛の艶もいい。3ヶ月もの間、
放浪していたとは思えない。どこにあるのか竜宮城?から出ずに何の心配もない
生活を送っていたとしか思えない。生まれ育った庭を突然思い出したのだろうか? 
それとも居心地のよい「竜宮城」を追い出されたのか? トラに会いたくなった?
死んでしまったことを知るはずもない。ケシがいなくなってから、庭の南側と門を
ククが忙しく行き来していることも知らないだろう。 (甘ったれだったトラ

3ヶ月前までは朝、昼、夕と少しずつ食べていたフードだが、夜、やってきて
たくさん食べていく。翌日も19時、やって来た。
3ヶ月の間、何があったのか話してほしい。ああ、猫語がわかるなら・・・!
動物など

高いリュック率

2016年11月17日
今月初め、朝9時過ぎ家を出て、帰りは午後3時過ぎ。わずか往復1時で
ホーム、車内、駅構内で出会ったリュックスタイルの人たちの多いこと。
デザインや素材にも凝ったものが目立つ。      (リュックサック
リュックサックはドイツ語(Rucksack)、バックパックは英語(Backpack)。
軍用語「背嚢(はいのう)」も同じようなもの。

       駅
                 服に靴にコーディネート     

       駅
                  長めに背負って

    駅


      駅
                        
北極キツネのマークでおなじみの「カンケン」のリュック、紺色、ピンク・・・・
往復1時間の間に少なくとも4つに出会った。大人気らしい。

      駅
  
街で見かける若者のようにコーディネートはできないが、外出にはいつもの
ウォーキングシューズ、変わり映えしない服。そのときの荷物の量により、
2Wayのバッグ、小さめの黒いリュックか大き目のベージュのリュックで。 
旅・散策・イベント

「マナーポスター」賛否両論

2016年11月16日
電車を待つときだけでなく、「歩きスマホはやめましょう」といったマナーポスターに
目もくれず、駅構内、エスカレーターでも歩きスマホは相変わらず多い。
どこかに出かけるときに利用するのが東急線。混んでいる朝夕は、駅の構内でも
エスカレーターでも前を行く人の後ろ姿を追いかけて歩くため、壁に貼られた
ポスターなどを見る余裕がないが、昼間は電車を待つ間に眺めることもある。
昨年のスポーツシリーズは面白かった。   (座席は詰めてスワローズ

   2015
        野球           ラグビー         サッカー 
    ヤクルトスワローズ    五郎丸選手      川崎フロンターレ
 
今年のマナーポスターでも「列の割り込み」や「歩きスマホ」などへの注意を
促しているが、ラジオをきいていたら、その中の「車内化粧」に対しての広告が
物議を醸しているという。この 「わたしの東急線通学日記」と題するポスターは
大学進学を機に上京し、沿線に住み始めた女性がさまざまな乗車マナーに
触れるといった趣旨だ。今年9月半ばから東急全線(世田谷線除く)に掲出。

そういえば、どの駅だったか、階段横に「わたしの東急線通学日記」という
ポスターが数枚貼られていた。その中の若い女性の写真と手書き文字風の
「都会の女はみんなキレイだ。でも時々、みっともないんだ」が目にとまった
ことを思い出した。
   2016年度
        「車内化粧」    2016年    「歩きスマホ」

ツイッター上では、この広告に対して、「車内での化粧のどこがマナー違反?」
とか 「女性への抑圧」と疑問の声が続々と寄せられたという。
以前から「車内の化粧」はよく議論の対象になってきたが、さらに、酔っ払い、
騒音、痴漢など「車内化粧」より糾弾すべきものがあるという意見も相次いだ。

「化粧ってのは何のため?他人に良く見られる様、他人に失礼のないように
するためでないのか」「周りにいるのは人ではないのか?」といった声など、
広告に賛成する声も相次ぐなど、賛否が大きく分かれる状態になっている。

これまでにも車内での化粧についてのマナー広告は存在しているが、なぜ?
「みたくないものを見ている」といった不快感を感じる人(私を含め)は多いが、
「迷惑行為」というならともかく、「みっともない」という主観的な表現を公式に
使ったことが、物議を醸しネット炎上する原因の1つではないだろうか。

東急だけでなく、小田急、都営地下鉄などでも「歩きスマホ」「割り込み乗車」など
よく見かける。東京メトロのようなポスターなら「車内での化粧」も炎上することも
なかっただろうが。                  (マナーポスター Ⅰ

   メトロ
    東京メトロ広告  2009       2011        2014

とはいえ、歩きスマホ中の人、見てほしい人には周囲の人もマナーポスターも
目に入らない可能性が大きいのだろうと、ポスターを眺めながらいつも思う。
旅・散策・イベント

集中するのは難しい

2016年11月15日
集中できないことを恐れることはないらしい。むしろ集中できないのは正常。
「集中力」はずっと続くものではない。人間の脳は、集中を持続させないように
できている。ラジオで脳科学者の話をきいて安心した。
むしろ、集中しているときの方が危険だとも。過集中の状態だと、周りの声も
きこえず、状況が見えなくなる。多方面に注意を払える方が好都合なのだと。

集中力が高い人は、この持続しない性質を逆手にとり、短期間の集中状態を
くり返しているという。「もうちょっとやりたかった」というところで仕事や勉強を
敢えて打ち切ることで、疲れが残りにくくなり、モチベーションを持続できる。
これを「焦らし効果」と呼ぶらしいが、どうも苦手だ。休憩をすることなく、気づくと
1時、2時になっていることも。今度は眠れないという悪循環を繰り返すことになる。

脳が疲れを感じる前に15分に1回のペースで椅子から立ち上がるといいらしい。 
座っているときに比べ、立っているときは、集中力や判断力も大きく上昇する。
可能であれば、立って仕事、ときどき腰かける程度でもいいというが、これは
腰痛持ちには少しつらい。

次の作業に入る前の休憩は大事。りんりんの休憩のようにゲームやスマホを
いじるのでは何にもならない。今やお寺に籠ったり無人島にでも行かない限り、
ゲーム、ライン、メールなど、ネット環境を断ち切るのはむずかしく、課題も多い。

「集中力」は生まれつきのものではなく、トレーニングで鍛えられるらしい。
脳が感じる疲労感は思い込みで、「疲れているから集中できない」というのは、
あくまで錯覚らしい。どんなに疲れていても、前頭葉にある「ウィルパワー」を
枯渇させなければ、集中力は持続するという。

「ウィルパワー」? やる気ってことだろうか。必要なもの以外は目に見えるところに
置かないことが大事で、机に向かうだけでウィルパワーが消費されてしまう。

この夏、買い替えたパソコンは派手な赤色。白、赤、黒の3色があった。
店員さんによると、白は汚れやすい、黒は傷が目立つ、赤は人気あるという。
茶系の部屋に明るい色もいいだろうと「赤色」を選んだ。
色彩心理学によると、水色には集中力を高める効果がある。ペン立てなどの
文房具は水色を選ぶとよく、逆に赤色は闘争心をかかきたて、思考力低下を
導いてしまうらしい。思考力の低下も困るが、陶製のペン立ては父の形見、
ブルーではないが、落ち着く色だ。目に入るところに置きなおした。
     
     楓
                     欅と楓

机に向かうとラジオをつける。ときどきは窓の外に目をやり、雲を眺めたり、
色づき始めた欅や楓、柿の葉をチェックする。鳥の囀り、近くの工事現場の
クレーンの音が絶えず聞こえる。どこかで布団を叩いている。登下校時間には
子どもたちの声、わが家だけでなく隣家の門や玄関の開閉音やインターホンの
音も耳に入ってくる。集中するには今一つだが、いい環境だと思っている。

ラジオはときに煩わしくなることがある。CDをきくことが多くなり、寝室から瞑想系の
ものだけを持ってきた。「瞑想」「リラクゼーション」「メンタルデトックス」・・・
思ったよりいろいろあった。最近は「自律神経にやさしい音楽」をきいている。
心が落ち着くのはいいが、眠くなってくるという難点もある。

         瞑想
             
眠気を防ぐには、図書館やドトールなど、適度に集中しやすい空間はいいが、
それも最近は面倒になってきた。歳のせいばかりではないだろう。
つれづれ

このごろの庭 トモ

2016年11月14日
ひところはわが庭で過ごしていた猫は親戚猫ミケを入れると6匹だった。
この秋、南側と玄関側を行き来するクク、たまに食べにやってくるアミ
そして玄関、門付近でのんびりと過ごすトモだけ、庭は急に寂しくなった。
トラとケシがいなくなってからククは実に忙しい。とくに南側から猫の侵入を
許さない。主にお隣の飼猫ボク?だが、ときに実妹アミにも睨みをきかす。
                  (この頃の庭 ククこのごろの庭アミ

トモはわが庭で生まれたわけではないが、さいとうさんのところに集まる猫たちと
折り合いが悪くククに誘われたのか、3年前からわが庭で過ごすようになった。

    2013.3" 
           2013.3      緊張感あるトモ    2013.6

アプローチで過ごす写真が数枚しかないところをみると、このころはまだ遠慮がち。
2014年になると、ククに連れられ、庭の南西までテリトリーが広がった。

     南へ
             南へ      2014.1    和室をのぞく  

最近のトモはとえいば、もっとも人懐っこい猫になった。
テリトリーを守っているとも思えないほどのんびりとした毎日を過ごしている。
彼女にしごとがあるとすれば、自転車で出かけるときの見送りと迎えだろうか。
自転車を門から出すとき、門の横の植込みから抜け出て、ときどき振り返りつつ
前輪の前を道路まで先導する。帰宅したとみるやいなや、門の中から出てきて、
やはり玄関まで誘導するようになった。追突しないように注意が必要になる。

     2016.10
            門を開けると        オーライ オーライ
     2016.5       
      
今年の10月はうす曇りの寒い日が多かった。そんなときは玄関前に置いた
ボール箱の中でククとともに入っている。送迎のしごとは減った。

     2015.5
          2015.5                2016.10
動物など

野菊咲くころ

2016年11月13日
エレベーターの中で会った I さんはいつものデッサンの道具が入ったカートの
ほかに、大きな紙袋を下げていた。中に庭に咲いた野菊の鉢植えをわざわざ
持ってきて下さったのだ。何年か前、お墓参りの折、採ってきた野菊がお庭に
植えたそうだ。毎年種がこぼれて増えたが、今年は少ないという。それほど貴重な
野菊だ。わが庭でも増えるといいのだが。

キク科は約900属15,000~20,000種を含む最大の科といわれる。
そのうちの野菊も日本で見られる全て紹介したら、図鑑が1冊出来るほどとか。

「野菊」は山野に自生するキク科の多年草。「野菊」と言っても、紺色のヨメナ、
カントウヨメナ、ノコンギク、
また、白い花を付けるリュウノウギク、シラヤマギク、
シロヨメナ、ユウガギク
などさまざま。
ノコンギクシロヨメナなどのシオン属はキクではないという説もあるが、これらも
ひっくるめて野菊と呼んで差し支えはないようだ。

いただいた野菊は、図鑑などを調べたが、ユウガギクのようでもあり、はっきりと
区別がつきにくいが、カントウヨメナではないだろうか。

カントウヨメナ  キク科 ヨメナ属    Kalimeris pseudoyomena

           野菊

草丈20-80cm。花期7-10月。花色は白か青味がかった白。花径2-2.5cm。
葉は、幅3cmほど、長さ10cm前後の卵状長楕円形。
葉縁に浅い裂れ込みがある。葉が狭くてざらつきがなくしっとりとしていている。
関東以北に生息し 初々しい嫁のような花で 食べられる菜から。

ユウガガギク  キク科 ヨメナ属    Kalimeris pinnatifida
草丈50-150cm。花期 7-10月。花色は白、青紫色。花径 2.5cm。
舌状花は白色もしくは淡紫色で14-16枚 で 中央に黄色の筒状花が集合して
半球状になる。地下茎を伸ばして増え 枝は広い角度に分枝し 周囲に広がる。
葉は互生し薄く、卵状長楕円形または長楕円形。
和名の「柚香菊」は柚子の香りがするのが由来といわれるが、ほとんど香りはない。

     カントウヨメナ
         カントウヨメナ        ミヤコワスレ

キクは昔から日本人にとって親しみ深い花で、野菊からも園芸品種が作られた。
ミヤコワスレミヤマヨメナから、濃い紫色の花が美しい紺菊ノコンギクから
改良されたという。ミヤコワスレもいいが、ひっそりとつつましく咲く野菊には
I さんではなくとも魅かれる。 

    秋草のいづれはあれど露霜に痩せし野菊の花をあはれむ  伊藤佐千夫

「野菊」といえば、伊藤左千夫の『野菊の墓』を連想する。とはいえ、この小説を
読んだ記憶はなく、テレビドラマや映画も見たことはないのだが。     
植物など

「コタツ使っている?」

2016年11月12日
コタツといえば、蜜柑と猫が思い浮かぶ。立冬の日、「那須動物王国」では
「こたつねこ」が始まったと、ラジオのニュースで扱われたことに驚いた。
和風の空間に置かれた20匹の猫専用のコタツと、猫と一緒に暖まるベンチ式
コタツ2つが設置され、記念撮影用に鍋や蜜柑、そしてドテラも用意されたとか。

ラジオといえば、「コタツが使っていますか?」というアンケートは面白かった。
(TBS「アンケート大体2:8」)「使う派」:「使わない派」が2:8の予想は外れ、
「使っている」派は3.7、「使っていない」が6.3に。「使っていない」派は
実際にはもっと多いかもしれない。

「置くスペースがない」「入ったら出られなくなるのが嫌い」「コタツで寝てしまう」
「掃除が大変」などがその理由。「舅の脱いだ靴下が入っていたこともある」
「コタツがないので大好きな蜜柑も買わないし、猫も好きだが飼わない」という
回答には笑ってしまった。

    コタツ1980.1
              息子の将棋手習 
    
はるか昔の正月、息子がごんさんの実家(旧宅)で将棋を習っている写真には
コタツが写っている。たしか掘りゴタツだった。
旧宅時代の父はいつもダイニングテーブルでなく、茶の間で食事をしていた。
冬にはコタツが置かれたが、家族団欒の思い出はない。
新築の家で初めて迎えた冬、娘も息子もフローリングの部屋にそれぞれの
コタツを置き勉強していた。机より効率が上がったかどうかは定かでないが。

       コタツ
3年前の冬からは椅子式のコタツを愛用している。 (みかんの季節
天板を外したコタツ机はちょうどPC机の下に入るので、1年中このスタイル。

            現在
          PC机の下から引き出したコタツ机

現在は、机の下のコタツを思い切り引き出してPCを置いている。机の上には
書見台や筆記用具、眼鏡置き、そしてマグカップ程度、実に広く使えて便利。
 
       猫2009.9  
             猫がベランダにいたころ 
  
コタツ机の向こうに見えるベランダは殺風景だ。ベランダで過ごしていた猫たちも
このごろは2階まで上がって来ない。コタツに足を突っ込み、蜜柑を食べながら、
彼らを眺めていられたらどんなにいいだろう。
旅・散策・イベント

津波を防ぐ壁

2016年11月11日
東日本大震災から5年8ヶ月。今年から11月5日が「世界津波の日」となった。
1854年の旧暦11月5日に起きた「安政南海地震」の際、今の和歌山県広川町の
実業家だった浜口梧陵が稲わらに火をつけ、村人を高台に導いて大津波から
命を救った逸話「稲むらの火」に由来するという。

先月送られてきた「河北新報」(LINE NEWS)の高い防波堤の写真が目に留まった。
東日本大震災で全壊した岩手県大船渡湾の防波堤の復旧工事が終盤を迎え、
本年度末、資材不足などで計画より1年遅れで完成するという。

     大船渡湾

湾口防波堤は震災前の5mと比べ倍以上も大きくなるという。ビル6階に相当。
すでに「ケーソン」(高さ17mのコンクリート製の土台)が計23個も海に沈められた。
その上部に海面から高さ11.3mの堤を築く。北堤は長さ244m、南堤は291m。
「明治三陸大津波」級津波を防御するというが、まずは逃げることが大前提だという。

津波を防ぐために防波堤はどんどん高くなっていく・・・?! 
大震災後、宮脇昭氏(横浜国大名誉教授)の提唱した瓦礫と木の混植などによる防波堤
づくりの提唱に感動した。 (貴重な緑 照葉樹の森鎮守の森のプロジェクト
「森の長城プロジェクト」といわれていたころから関心がある鎮守の森のプロジェクト
(理事長 細川護熙 副理事長 宮脇氏)。       

このプロジェクトで行っている植樹は、宮脇氏が長年の植生調査によって確立した
「潜在自然植生」方式。その土地に本来根付く植物を密植・混植し、木をお互いに
競争させながら森をつくっていく多様種植える。在来の多様な樹種によって構成
される豊かな森をわずか20年ほどでつくることができるという。
以来、神社を通っても狛犬だけでなく、クスノキ、タブノキ、シイノキなど、どんな木が
境内の森をつくってきたのか、気になるようになった。

         ポスター

「鎮守の森のプロジェクト」が今年のAC支援キャンペーンに選ばれてから、駅でも
岩手県大槌町の「天照御祖神社」の森が写っている大きなポスターをみかける。
ラジオでもCMをよく耳にする。「鈴木京香です。2011年3月11日。あの津波から
残った神社が、いくつかあります。神社を囲む、鎮守の森。深く根をはった木々が、
津波の勢いを和らげ、引き波による被害を最小限に防いでくれたのです。
これは、伝え残さなくてはならない知恵だと思います。様々な広葉樹が根を
張りやすいように、5mほどの盛土の上に、苗木を植える活動を続けています。  
地域と暮らしを守る森を 明日のために」


      大槌町
          大震災直後の鎮守の森  大槌町 (「鎮守の森プロジェクト」サイトより
 
東日本震災では津波でコンクリート堤防や松林がことごとく破壊される中、深く根を
はった木々が津波の勢いを和らげたり、関東大震災や阪神大震災では、大火から
建物が燃え移る被害を食い止めたりと、防災林として大きな役割を果たした。
津波に限らず大災害の多いこの国では、街の中にもできるだけ多く「鎮守の森」を
モデルとした森をつくることは、後世に伝え残さなくてはならない知恵だと思う。

苗1本を植えるのに土壌改良費や資材費を含めおよそ1000円がかかるという。
植樹祭りなどには参加できないので、せめて、募金をすることにした。
旅・散策・イベント

このごろの庭 アミ

2016年11月10日
わが庭の猫のテリトリー地図は変わった。この夏いなくなったケシとトラ
代わりに南側を守るクク、夜はとくに見回りのしごとに抜かりはないようだ。

オジサンのところで仕事を終えて?遠慮がちに庭に入ってくるアミ。ときには
ククとにらみ合い。姉と妹なのに・・・。(猫のおしごとこのごろの庭 クク

      アミ
                        ククはいないかな・・・? 
  
             急いで
                      そんなに慌てないでも・・・

           にらみ合い
               昼も夜も   睨みあう姉ククと妹アミ

朝、ごんさんが雨戸を開けるとアミがアサゴハンを待っているようになった。
彼女なりに学習したのか、無駄なハチアワセを避けているのかもしれない。
動物など

たかが靴 されど靴

2016年11月09日
最近、蒲田の駅ビルで、シューフィッターが相談にのる「コンフォートクリニック」
という靴店に見つけた。足の痛みに悩まされている人が多いのだろう。

もともと外反母趾やウオノメなど足のトラブルも多かったが、靴に拘ることなく、
長く歩いた日には痛い足を引きずるように帰り着くといったことを繰り返していた。
2年前の春、通販で購入したヨネックスのウォーキングシューズを履き出した。
それでもまだ左の指数本が痛んだ。整形外科では、骨の異常なし、偏平足と
外反母趾と。足指のストレッチとインソールを入れることを勧められた。

そんなとき武蔵小杉の「足道楽」を知った。やはり足に痛みがあったUさんと2人、
自分の足に合わせてそれぞれインソールをつくった。    (足の健診
出かけるときは必ずそのインソールを入れた靴を履いた。足指の痛みは軽くなり、
おまけに肩凝りもなくなり、腰痛も軽くなった。筋トレの効果もあるだろうが。

     3098no3.jpg 
             2015.9             2016.10

さすがに靴の方は、踵の内側が摩耗して来た。そろそろ2代目をと思っていた
矢先、ラジオで同じウォーキングシューズのCMが流れた。今度は新色にした。
先月の能面展の日、届いたばかりの靴を履いて出かけた。なかなか具合がいい。
途中、ホームで電車を待つ間、A氏とYさんと靴の話になった。2人が愛用するのは
ミズノのウォーキングシューズだった。

「子ども靴 サイズはOK?」という記事にあらめて靴選びの大切さを知った。
入学以前の子は、最低3ヶ月に一度、靴が合っているか確認すべきとか。

     運動会
                じゅんじゅんの運動会で

子どもの靴は「すぐ大きくなるから」と、大きいサイズを買うことが多い。
だが、大きすぎても小さすぎても外反母趾になる可能性があり、運動量が
少ないと偏平足になるという。運動不足はまったく心配ないじゅんじゅんだが、
運動会のときに履いていた靴を思い出した。ブカブカに見えたが、りんりん
「きついんだよ」という。いずれにしても足に合っていないのだろう。
つれづれ

リュックサック

2016年11月08日
街を歩いていると目に入るリュックサック。最近は登山やレジャーだけでなく、
通勤通学にも背負っている人が多くなった。
りんりんも中学生になってからは黒い大きなリュックを使っている。

      リュック
    青葉城のりんりん 2014.5  上野動物園のじゅんじゅん  2016.3

  2010.8
           2010/2011
         「Superdry  極度乾燥(しなさい)」  シャークバッグ

最近よく見かけるようになったのは、子育て中のママ、オジサン、オバサンの
リュック姿。小さめのリュック姿のシニアもよく見かける。
オシャレなもの、シンプルなもの、ポケットが多いもの・・・だが意外に地味な色。    

    2016
                      若い女性も 
     2016
              オバサンたちも   
                            オジサンたちも
        2016
                       混んだ電車内では前に

           2016
                 子連れのパパとママ
       
子育て中、腰痛がひどく、おんぶができなかったため、肩こり覚悟で抱っこを
していた。今のように抱っこバンドのようなものがあったら楽だっただろうに。
その後も旅行のときでさえもリュックは使うことはなかった。

腰が楽になってきた数年前からリュックを背負うことができるようになった。
それまでのいわゆるバッグはめったに使わなくり、リュックやリュックにもなる
ショルダーバッグを愛用している。背負って自転車に乗れば乗り降りに便利。
旅・散策・イベント

「腸温活」

2016年11月07日
今日は24節気の1つ「立冬」。いよいよ冬到来。さすがに朝夕は冷える。
朝食を抜く人ほど「冷え」など体の不調を訴えるという調査結果がある。
「冷え」つまり「隠れ低体温」のリスクが2倍になるという。
 
働く女性(首都圏20~40代対象)の「低体温」「冷え」「朝食」に関する調査に
よると、若い人ほど低体温傾向が強く、とくに20代女性は4割が低体温とか。
低体温になると、「眠りの質」「胃腸の不調」「むくみ」「太りやすい」などの不調を
日常的に感じるようになる。

1つの解決策は、朝食に温かいスープ、それも具だくさんスープを摂ること。
身体が一番冷えている時間帯は朝。きちんと朝食を摂って身体を温めないと、
脳や体が活発に働かないことは確か。温かい朝食は身体の芯から温めて、
心身のスイッチをオンにする働きがあるという。
「食物繊維3兄弟」である「豆・雑穀・野菜」 入りの温かいスープは、体温上昇
効果が大きく、指先まで温まるだけでなく、腸内環境の改善も期待できるという。

腸を温める朝食ライフスタイルを推進するプロジェクトでは、品川のカフェとコラボし、
「腸温活ドクターズ朝カフェ」を今日から11日までの期間、朝限定でオープン。
メニューは「朝のたべるスープ」(フジッコ)、胚芽入ブレッド、特製ディップとサラダ。

       Soup
                フジッコの「朝のたべるスープ」

具だくさんスープをのぞけば、とくに変わったメニューではないが、面白いのは、
店頭に設置されたサーモグラフィゲート。ゲートを体験して、体の表面温度を
測ると「腸温活モーニングセット」が半額に、さらにサーモグラフィで「冷え」と
判定されると、低体温レスキュー価格として無料になるのだとか。

36℃以下が低体温というが、「低体温」に悩まされ、体温を測っていたことが
あったことを思い出した。パソコンに残っていたデーターは(06年秋、07年春秋、
08年秋)頸椎ヘルニア、腰痛などに悩み、鍼に通っていたころだ。
35℃台前半から34℃台後半が多く、ほんの数回は34.2℃とか体温計が
狂っているのかと思うほど低い日もあった。34℃は生存ギリギリとか。

ベスト体温は37℃~36.5℃だといわれている。35.5℃では代謝機能低下、
自律神経症失調、アレルギー発症など体の機能が狂い始める。35℃になると
内臓機能は働くが、ガン細胞が最も活発に増殖し始める。
筋トレを始めたのは2009年秋、その後も整体、鍼、氣功などもつづけたが、
あまり「冷え」を気にしなくなった。少なくとも低体温状態は脱しているようだ。
        
     Soup
        自家製スープ        「朝の食べるスープ」

ここ数年、遅くとも5時半には起きるが、朝食は7時半ごろ。ごんさんの起床後と
いうこともあるが、胃腸もすっかり目覚めるころだ。いつのころか、わが朝食は
鶏肉、舞茸、豆苗入りのスープか雑炊か定番に。(ごんさんはコーヒーのみ)
フジッコの「朝のたべるスープ」はミネストローネ、コーンチャウダーなど7種類。
自家製スープにも少し飽きた。たまには「たべるスープ」もいい。

夏の冷房期間中は冷たかったお腹も、温かい朝食やココア、腹巻や湯たんぽの
お陰で「腸温活」の成果が現れているようだ。この調子で冬も乗り切らなくては。
つれづれ

健康志向チョコ?

2016年11月06日
「健康志向チョコ 中高年に人気」という記事に目がとまった。「乳酸菌ショコラ」と
「チョコレート効果72%」などのチョコの写真がカラーで載っていた。
熱や胃酸に弱い乳酸菌がチョコの油脂で守られ、良好な状態で腸まで届くらしい。
今年になって電車のドア広告で「乳酸菌ショコラ」を何度か見て気になっていた。

健康を気遣う50代以上の中高年が日常的に食べているという高カカオチョコ。
少子化で頭打ちになっている菓子市場の救世主として期待されているとか。
広告と新聞記事につられて、2種類のチョコとココアを買いに行った。

       チョコ

そいうえば、高カカオチョコやココアを欠かさなかった年もあったが、最近は
チョコもだが、お菓子を買うことがなかった。    (カカオたっぷりのココア

元々はカカオ豆をすりつぶした飲物で「薬」として使用された時代もあるように
チョコレートが健康に良いと言うのは間違いない。抗酸化物質と言われている
カカオポリフェノールのほかにカルシウム、マグネシウム、鉄、亜鉛などの
ミネラル分や食物繊維も含まれる栄養バランスのとれた食品。

香りは「集中力や注意力」「記憶力を上げる」ことが人の脳波や学習実験から
確かめられているという。
また、フラボノイドやテオブロミンなど健康に良いとされる成分も含まれる。
これらの成分はどのチョコレートにも というわけではなく、カカオが70%以上
含まれている「高カカオチョコレート」に多く含まれているという。

     カカオの実
                カカオの実  筑波実験植物園

カカオには、赤ワインよりポリフェノールが多く含まれるため、「動脈硬化を防ぐ」
「がん予防」「ストレスに打勝つ」「アレルギーやリウマチ改善」などの効能がある。

さらに、カカオを多く含むココアには「抗菌効果」が期待されるという。
胃潰瘍や食中毒の原因菌の活動を抑える「遊離不飽和脂肪酸」や整腸効果が
期待される。「食物繊維」も豊富で、ココア粉末の3~4分の1を占めるという。
また、烏龍茶や緑茶以上に、「虫歯を防ぐ」効果があることもわかっている。
脳内の「DHA」の酸化に効果があり、認知症予防、紫外線から肌を守る。
  
ちなみに、チョコレートもココアも痩せる効果があり、夕食後に飲めば食事で摂った
脂肪分を効率的に燃やしてくれるとか。
胃腸への効果を重視するなら、起きがけにココアを1杯飲むのがおすすめ。
また抗酸化作用があるポリフェノールだが、効果は食べてから数時間内のため、
1日にまとめて食べるのではなく分けて食べるのがポイントで、他の食べ物でも
脂質をとってしまうので高カカオチョコは1日に50g~25gがいいようだ。

最近、中国茶のほかゴボウ茶を飲んでいるが、コーヒーは家では飲まなくなった。
ココア(「Cacao70」)をAmazonで早速注文した。12個入りなのでひと冬もつだろう。
つれづれ

このごろの庭 クク

2016年11月05日
わが庭で生まれた猫たち、ケシクク(2007.11)トラアミ(2008.5)は、
この夏までは南側の庭がケシとトラ、西北の玄関から門にかけてはクク
彼女がお向かいのさいとうさんのところから連れてきたトモのテリトリーだった。
アミは南側にときどき顔を見せるが、近所のオジサンの庭付近で過ごしている。

     ケシとトラ
                   在りし日のケシとトラ    2016.5   

今年の夏、トラがわが庭に姿を見せなくなり、まもなく、仲のよかった兄のケシ
姿を消した。ひと月後、動けなくなっていたトラは動物病院に連れて行ったが、
助からなかった。トラの後を追うように姿を消したケシは、4ヶ月近く経った今、
戻ってくることはないだろう。           (犬に猫にカンガルー?

南側にはアミがたまに姿を現すだけになったが、10月半ば、ククが頻繁に姿を
見せるようになった。玄関前でいつものようにトモと共に食べた直後、南側に来て
フードを要求するようになった。そして、南側で過ごす時間が多くなった。

      クク
                  ガラス戸にタッチ      昼でも夜でも

           クク
                   和室の前でも

ククは、玄関や門付近はトモに任せ、南側の庭をテリトリーと決めたようだ。
昼も何となく南側のカゴの中や段ボールの中などで過ごす時間が増えた。
とくに夜は忙しそうに庭を見回りしているらしい。近くのオジサンのところで
過ごすようになったアミが南側に食べにくるのが許せないらしい。姉妹猫は
にらみ合いの後、「ギャ~」という声がしてお互い西と東に走り去ったこともある。
夏まではトラとケシが南側を守っていたということがあらためてわかった。
動物など

スポーツ観戦

2016年11月04日
スポーツしている人たちをみると、羨ましいと思う。多摩川緑地のグランドでは
野球やサッカーなどの練習を頑張っている若者たちをよくみかける。

       丸子橋
           多摩川 丸子橋緑地グラウンド 

スポーツを行うことで言語を理解する脳の活動が高まっていくということが
言われている。一流のアスリートやバレリーナなどが言語能力に優れるのは、
言語を司る言語野の隣にある運動野が連動するためだとか。スポーツ界を
引退後、タレントやキャスターなどへ転身するアスリートが多いのも納得できる。

たまたまきいたラジオ(中野信子の「人生を変える脳の使い方」)では、実際に
スポーツするときだけではなく、スポーツを観戦するだけでも自分がスポーツ
している感じになることがわかっているという。選手になりきる、選手の体に
仮想的に入り込んでしまうような感じとか。これはミラーニューロンの働き。

調べてみると、ミラーニューロンと呼ばれる特殊な神経細胞は、他人の動作を
熟視して、自身が同じ動作をとっているように脳内にシュミレーションする。
この神経細胞は、「鏡」のような反応をすることでこう名付けられた。
スポーツ選手が本番前に行うイメージトレーニングはミラーニューロンの性質を
利用したもの。職人の師弟制度もミラーニューロンに関係しているという。

人間は自分が何か動作するとき、脳のどこか決まったところが活性化するが、
実際に動作をしていなくても、その動作に対応した脳の部分が働くことがある。
他人が歩くのを見ても、自分の脳の歩くのに対応した部分が活性化するという。

スポーツ観戦でがミラーニューロンが活性化して、その爽快感が得られるという。
今までオリンピック中継もスポーツの中継もみたことはないし、ラジオできく
こともなかったが、先月末のTBSラジオは連日「日本シリーズ」の中継をしていた。
初戦の中継のゲストが50年来のカープファンだという久米宏氏ときいて、
久米さんの応援をするつもりでカープを応援しながら最後まで中継をきいた。

ルールもわからない上、しかもラジオだ。選手名も黒田選手、丸選手、大谷選手
くらいしかわからない。どちらが攻撃しているのかもときどきわからなくなる始末。
これではとても選手になったつもりになれるはずもない。そもそもラジオでは
ミラーニューロンは働くはずがないだろう。
最後まできいたのは、解説者やゲストのやり取りが面白かったからかもしれない。

     3083no2.jpg 2016.2.22
                東京マラソン      
 
昨年2月、桂花会の集まりが銀座のビルであった。その前が「東京マラソン」の
コースだったため、何人ものランナーたちが走り抜けていった。
今思うと、このとき、わずかだが、わがミラーニューロンが働いたようにも思う。
つれづれ

「はな子」との写真

2016年11月03日
今日は「文化の日」。1946年のこの日、平和と文化を重視した日本国憲法が
公布されたことを記念して、2年後に「自由と平和を愛し、文化をすすめる」
国民の祝日に定められた。

野生のアジアゾウの寿命は60年といわれるが、動物園のゾウは寿命が短く
野生の半分以下しか生きられないとする研究結果が報告されている。
はっきりとした理由はわかっていないが、ストレスと肥満が関係するらしい。
井の頭自然文化園のアジアゾウのはな子は国内最高齢の69歳で死んだ。
                (動物園のゾウたち 最高齢のはな子さん) 

      はな子
           あまり元気がなかった「はな子」  2015.11    

命日である来年5月、はな子の銅像が自然文化園の最寄駅吉祥寺駅前に
設置されるという。  (静かに穏やかに逝きました 長い間ありがとう

       献花
           献花に訪れる人は多かった  2016.6

武蔵野市立吉祥寺美術館が、都立井の頭自然文化園のはな子と撮影した
写真を募集中ということを知った。幅広い世代の人びとによってさまざまな
時期に撮影されてきたはな子。募集しているのは、来日した1949年以降の
カラー、モノクロ写真で、人物が写っていることが条件。
69年間の生涯は日本の戦後史と重なる。「記録集」は来年9月発行予定。

小学校の遠足で井の頭公園に行った記憶がある。はな子とも出逢ったはずだ。
ひょっとしてゾウ舎の前の集合写真が残っているのではないかと、棚の奥から
当時の写真を出してみた。小学校時代の集合写真は思ったより多かった。
ゾウとの写真はあったが、残念! 野毛山動物園(横浜市)。応募できない。
井の頭公園(現 井の頭自然文化園)の写真はどうやらサル山の前のようだ。

      遠足写真
          
「狭山湖」「としま園」「金沢八景」「江の島」・・・懐かしい写真。あの頃の遠足は
春と秋の2回あったようだが、残念ながらほとんど記憶がない。担任のほかは
顔と名前が一致するのは数人。わが母校は各学年5クラス50人ほどだった。
その小学校も今は各学年2クラス30人以下とか。隔世の感がある。
旅・散策・イベント

丸子橋

2016年11月02日
「丸子橋」は、多摩川下流に(大田区田園調布本町と川崎市中原区)架かる橋。
昭和初期までは中原街道に多摩川を渡る橋はなく、「丸子の渡し」と呼ばれる
渡し舟が存在した。          (丸子の渡し祭り 丸子の渡し船で
   
     丸子橋
                 丸子橋    大田区   

丸子橋の架橋運動は主に川崎市の人々により、1884年以降度々請願され、
1920年の第三次請願を受け、国庫の半額負担による架橋が決定。
残り半額は東京府と神奈川県の負担とされ、神奈川県知事は中原街道沿いの
近隣町村から寄付金を募って負担したという。

     完成持
           1935年       丸子橋 完成      

丸子橋の完成は1935年。丸子の渡しがあった場所からおよそ200m上流に
移された新道にとりつけた。片側1車線道路の橋で、その後老朽化と交通量
増大に対応するため、2000年に片側2車線の新しい橋への架け替えが完成。

    親柱
               初代丸子橋 親柱

         2代目
                 現在の丸子橋

丸子橋北詰付近にアザラシのタマちゃんが出現し、マスコミで取り上げられ
見物客も訪れ賑わったのは、もう14年も前。その後、鶴見川、帷子川、荒川、
中川などで現れたアザラシたち、2014年を最後に彼らの消息はわからないとか。

丸子橋の上流をみると、横浜方面に行くときにはよく利用する東急東横線、
目黒線が多摩川を渡る。下流には、東海道新幹線と横須賀線の橋梁。
思ったより頻繁に通る。

    東急線 2013.1.1
                  東急線 橋梁
     3095no5.jpg 2014.1.12
              東海道新幹線 横須賀線橋梁

現在は比較的まっすぐに流れている多摩川だが、その昔は「暴れ川」と呼ばれ、
曲がりくねって流れていた。その蛇行ぶりは大水の度に流路が変わるほど。
多摩川両岸には同じ地名が残る場所が多くあるが、かつて2つの町が地続きの
集落であり、多摩川の流路変更により分断されたことによることがわかる。
例えば「丸子」では、川崎市に「新丸子」駅、大田区に「下丸子」駅があり、
「等々力」も世田谷区と中原区の両方に町名として存在する。
多摩川を挟んで並ぶのは、世田谷区の「二子玉川」と川崎市の「二子新地」。
旅・散策・イベント

「丸子の渡し船」で

2016年11月01日
多摩川には「丸子の渡し」のほかにも徳川幕府直轄の「六郷の渡し」をはじめ、
「登戸の渡し」「二子の渡し」「平間の渡し」など、45ヶ所もの渡し場跡があった。
かつては川崎市側の上丸子村が運営していた「丸子の渡」しの渡船権を、
元禄年間に二子村の大貫市郎兵衛が買い取って個人での運営を開始した。
その後、渡船権をめぐるいざこざを経て、上丸子村、東京都側の下沼部村と
三者で共同運営することとなった。ちなみに大貫家は岡本かの子の実家とか。
 
   丸子の渡し
           1934年        1984年ごろ 一時的に復活

1984年ころ、一時的に復活したときの運賃は大人50円、小人30円、
2才以下10円だったらしい。今回は大人500円、小人300円。乗り放題
というが、長い時間並ぶことを考えると往復する人はどれほどいるだろうか。

「丸子の渡し」は1935年に橋が架かるまでつづいた。(丸子の渡し祭り
「丸子の渡し祭り」では渡し船の乗船体験に申し込んだ。住所氏名を記入し、
腕に番号入りの紙テープを巻いて並んだ。
10人ほどを乗せた船が2艘。片道およそ5分で行き来していた。

        臨時乗船場

渋々お伴してくれたごんさんは、小学生のとき、さらに下流のガス橋付近で
泳いだ経験があるという。
以前は丸子橋付近でよく浮かんでいたボートをあまり見かけないと思ったが、
貸しボート屋は川崎市側に1軒しかないらしい。(1時間900円、渡しは100円)
  
テント内の「多摩川回顧写真展」を見ているうちに臨時の船着き場が近づいた。
渡されたライフジャケット、コートの上とはいえ、ベルトで調節してもファスナーが
まったく閉まらないごんさんのメタボにも困ったものだ。

いよいよ乗船。幼児が半分ほど。ごんさん側が重い?のだろうか船は傾くし、
おまけに船べりが浅く落ちそうで動き出すまで実に恐ろしかった。 
澄んだ川の水、緊急用に待機する2艘のカヌー、行き交う船・・・、岸辺の樹々も
丸子橋を水上から眺めるのもまた新鮮だった。タブレットで録画を始めたが、
バランスを崩しそうで振り返ることができなかった。

    船から
   
途中、「今だったら水触ってもいいですよ。たぶんあったかいなと思いますよ」と、
船頭さんならぬ係の人。「触ってもいいですよって・・・冷たい?」「あったか!」と
口々に聞こえる子どもたちの声。身体を動かさずに左手を下に伸ばして指先を
入れてみた。確かに温かい。

    横須賀線・新幹線鉄橋
          
「この辺はあそこの堰まで潮の干満があるんです。平均2mくらい上がります。
大潮のときは1日2回、差がもっと大きいときは2m40くらいあるんです」。
「あっ、なんか・・・!」 橋下で子どもたちが ドローンを発見してまもなく到着。

   橋
                             上空にドローン

日差しこそないが、風もなく、この秋はじめてのダウンコートとマフラーのお陰で
乗船までの40分間は寒さを感じることなく、超短の多摩川渡船の旅は終わった。
川崎側に着くと、河岸から土手までつづく乗船待ちの列に驚いた。終了時刻まで
2時間もない。最後尾でも乗れるだろうか?丸子橋を歩いて渡り、大田区側で
並べばいいのに・・・と思いながら、土手を上がり、新丸子駅に向かった。

    東横線
         大田区     東急線車内から    川崎市

東横線で多摩川を渡る。丸子橋の向こうに渡し船も見える。 
旅・散策・イベント
 | HOME |