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りんりんのおススメ

2017年11月30日
明日からいよいよ12月。ハロウィンが終わり11月になると街にはクリスマスの
飾りつけが始まり、11月半ばを過ぎると、店によってはクリスマス商品の横に
来年のカレンダー、手帳だけでなく、干支の置物、ポチ袋、祝箸、富士山柄の
手拭い・・・さまざまな正月用品が所せましと並べられているのには驚く。

12月以降、LINEで送信したメッセージを取り消すことができるということがわかり、
少しほっとしている。これまで一度送信したメッセージを自分のトークルームから
削除することはできたが、相手側には残ったままだった。これからは、24時間
以内なら相手側のトークルームからも削除することができるという。

        ローソン
                        りんりんおススメ「ローソン」

LINE利用者を対象に実施したアンケート調査によると、メッセージを「誤送信」した
経験がある人は約85%だとか。誤送信の内容は、「誤字脱字があるメッセージを
送ってしまった」とする回答がトップで、その他、「メッセージの送信先を間違った」
「意図しないスタンプを送ってしまった」などの回答が上位を占めたとか。

仕事上の誤送信や誤字・脱字は困るだろうが、絵や桂花会などのグループでの
誤字・脱字は度々。おそらく、誤字・脱字の最大の原因はりんりんに勧められて
「Simeji (しめじ)」という文字入力アプリを入れて「フリック入力」にしたことだろう。

      しめじ
              フリック入力    (「しめじ」アプリより)
          
それまでは「QWERTY入力(アルファベット)」だったので、間違いは少なかった。
ほかに携帯電話でメールを打つときに使うテンキーで文字入力するトグル入力
という方法もあるが、例えば「お」を打つためには「あ」のキーを5回押すことになり、
時間がかかるため使ったことはない。

    QWERTY
                     「QWERTY」入力                       

「フリック入力」もだいぶ上達したと思っていた矢先、りんりんに「遅い~! でも
その歳なら速い方かな・・・」と言われて少々がっかり。パソコンでアルファベット
(QWERTY)入力ならブラインドタッチでできるのだが。ちなみに彼は苦手だという。

スタンプといえば、「意図しないスタンプ」を送るというより、これも彼に言わせれば、
メッセージに合わないスタンプを送っているらしい。そんな彼にいくつかスタンプを
プレゼントしているのだが。今、彼が勧めるのは「自作のスタンプ」。すでにアプリは
入れてあるが、そんな余裕はない。それよりまず、「フリック入力」をマスターすること。
その次は左手で、さらに両手で「フリック入力」に挑戦するのもいいかもしれない。
身近な人びと

散り落ちた葉

2017年11月29日
11月も半ばを過ぎると、歩道には散り落ちた桜、蔦、唐楓などの葉が目に入る。
大好きなこの季節はあっという間に過ぎてしまう。鮮やかな落葉を拾ってきては
しばらく眺めている。絵を習い始めたころは落葉を写生したこともあったが。

       桜
                     サクラ

        蔦
                      ツタ

       イロハモミジ
                    イロハモミジ

        トウカエデ
                  トウカエデ

        プラタナス
                   プラタナス

        コブシ
                     コブシ

        カシ
                     シラカシ
旅・散策・イベント

今年の銀杏並木

2017年11月28日
恒例のKさんたちのグループ展に4人で伺ったのは穏やかな日曜日だった。
絵の仲間のLINEグループができた今年は来廊日を決めるのはスムーズだった。

若々しいモチーフ、明るい色づかい・・・最高齢のKさんの画にはあらためて驚く。
3階にある画廊は絵画館へのイチョ並木道を見下す絶好のポイントとなる。
毎年、銀杏が黄金色に染まるころ、かつての故F先生の日本画教室のメンバー
中心の展覧会がこの画廊で開かれる。先生が亡くなってから今年で13年。

      駅
            2013.12.2               2017.11.26

銀座線青山一丁目駅や外苑前駅に「いちょう並木→」の貼紙や「いちょう並木
紅葉情報」(黄葉では?)「色づき度メーター」案内が置かれ、並木まで人たちの
列がつづく。この時季、「いちょう並木の駅」となる。(銀杏並木黄葉スポット)  

       2014.12.2
                      青山通りから   2014.12.2
         2017.11.25
     2017.11.25                               
   11.25

両側に150本近くの銀杏が約300m立ち並ぶ通りは「黄金ロード」ともいわれる。
青山通り口から奥の聖徳記念絵画館まで樹高の高い順に植えられているため
遠近感が強調されているという。

       2017.11.25

    2017.11.25

    2017.11.25

今年は30分以上早めに出て、並木道を絵画館に向かって少し歩いてみた。
時折、中国語が耳に入ってくる。緑が残る樹もあれば葉を落としている黄色く
染まった樹々もある。スマホを向ける人、銀杏をバックに記念撮影する人・・・、
あまりの人の多さに辟易して青山通りへUターンした。
   
銀杏並木のすぐ横に立つ欅はだいぶ葉を落としていた。整えられた銀杏並木より
やはり欅に魅かれる。

      けやき  
旅・散策・イベント

ガマの穂

2017年11月27日
11月半ば、洗足池と龍子公園の池で「ガマ」を見た。洗足池のガマは以前は
もっと多かったように記憶している。

    ガマ    ナス科ガマ属    
    学 名   Typha latifolia L.   
    和 名   蒲  香蒲 
    分 布   北半球 オーストラリア 日本(北海道から九州)
    原産国   不明
            蒲

葉は高さ1~2m。水中の泥の中に地下茎をのばす。穂の下部は赤褐色で
太い雌花、上半分は細い雄花の集まり。開花時には黄色い葯が一面に出る。
結実後は、雌花は冠毛を持つ微小な果実になり、この穂が破れて綿毛が
飛び出す。1つの穂に10万~35万もの種子がついているという。
この果実は風によって飛散し、水面に落ちると速やかに種子が実から放出され
水底に沈み、そこで発芽する。

        洗足池
                       洗足池 

晩秋に綿毛に変わった穂は古くは「ふとん」に用いられ、「蒲団」の由来になった。
蒲の花粉を蒲黄(ほおう)といい、止血薬にする。日本神話「因幡の白兎」では、
毛をむしりとられた兎に大国主命が体につけるよう教えたのはこの蒲の蒲黄。

         龍子公園
                 龍子公園  散華の池

「蒲鉾(かまぼこ)」は、竹輪のような形をしており、ガマの花穂に似ていたことから。
「蒲焼」は、うなぎを筒状に切って焼いていた形がガマの花穂に似ていたことから。
「蒲(かば)色」(樺色)は、蒲の穂のような赤みを帯びた黄色。蒲色と同じ色名として
使われる樺は山桜の一種の樺桜の樹皮のことで、渋い赤色。
植物など

白い花に 赤い実に

2017年11月26日
爽やかな朝、少し遠回りして駅へ。武蔵野のハケがつづく旧六郷用水跡の道を
行くと野鳥のさえずりが聞こえてくる大好きな道だ。桜、欅、樫、椎、銀杏、水木、
夏蜜柑、枇杷、飯桐、芭蕉、棕櫚
、そして鵯上戸、野葡萄、烏瓜など自然が豊か。

枇杷  バラ科ビワ属
     枇杷

黄色味がかった白い5弁の小花は目立たないが、芳しい香りがある。
果実の枇杷はその形が楽器の琵琶に似ていることからつけられたといわれる。
枇杷はもと胡の地に生れた。押してひくのを枇といい、手前にひくのを杷という。
ビハがビワと変化した。楽器の琵琶の胴がでつくられるので、木へんをつけて、
「枇杷」と書き、のちに琴の一種だということから、琴の字の上を揃えて「琵琶」と
書くようになったとか。

飯桐(イイギリ)  イイギリ科イイギリ属   別名 南天桐
      イイギリ

木の姿が桐に似ていること、大きなハート形の葉におにぎりを包んだことから
この名がついた。南天に似た房状の実はきれいだが、美味しくないという。

ちなみに「南天」は不味いだけでなく毒がある。見ていると、南天の実を食べに
来たヒヨドリは数粒食べるとピ~ピ~と飛んで行く。葉に含まれる毒はわずかで
危険性は殆どなく、逆に食品の防腐作用がある。「南天葉」という生薬にもなる。

鵯上戸(ヒヨドリジョウゴ)  ナス科ナス属  
       ヒヨドリジョウゴ

蔓性の多年草。夏に5弁の小さな花が咲き、秋に赤い実がなる。鵯が好んで実を
食べることから名づけられたとされるが、実際はとくに好んで食べるわけでもなく、
冬にbなっても残っていることが多い。また、酒に強い人(上戸)が酔って顔が赤く
なったことに見立てたところから名付けられたという説も。
全草にソラニンを含むため、食べられない。漢方では「白毛藤」という生薬となる。

野鳥たちには楽園。数年前、わが庭に現れたアナグマ、アライグマ、タヌキたちも
この空地のハケに棲んでいたと思っている。今もタヌキアナグマが生きていれば、
そろそろ冬眠の準備を始めているだろうか。とはいえ「タヌキ探検隊」の宮本氏に
数年前に現れたタヌキはおそらくもういないだろうといわれたのだが。 
植物など

コミュニティサイクル

2017年11月25日
先日、区の出張所の前を通ると、見慣れない赤い自転車が2台止まっていた。
千代田区でコミュニティサイクルを見たのは2年半前。 (自転車シェアリング
大田区もそのうちにできるかなと思っていたが、今年3月、大田区でもコミュニティ
サイクル事業(運営はドコモバイクシェア)が始まり、大森海苔のふるさと館、
平和の森公園、平和島公園プール前などのほか、サイクルポートは増えている。

     千代田区
          千代田区  (2015.2)            港区   (2015.6)

出張所前のポートは11月1日に設置されたばかりで、あまり使われている感じは
しなかった。最初の30分は¥150、延長30分毎に¥100、支払いはクレジット
カードやドコモケータイ払い。1日パスや月額会員というのもある。
現在は大田区内限定だが、既存の都内6区(千代田区、中央区、港区、新宿区、
文京区、江東区)との連携も今後予定されているという。

   サイクルポート
               大田区
                       4台のうちの2台

わが家には電動アシスト自転車とかなり年季の入った自転車との2台があるが、
電動の方をごんさんとかち合わないようにして使っている。
大田区にもあればいいなと思ったが、大田区に、しかも比較的わが家近くに
ポートができてみると、どういった利用法があるだろうか考えてしまった。

出張所まで歩いて行き、自転車を借りてどこへ・・・?小さな前籠しか付いて
いないので、買い物向きではない。りんりんの家の近くはまだポートがなく、
彼の家に乗っていっても出張所まで戻すことになる。
多摩川土手のサイクリングはどうだろう、多摩川近くのポートは多摩川2丁目の
ファミマ(と本羽田)しか見当たらない。そのうちに駅近くのセブンイレブンなどに
設置されるようになれば、もっと利用しやすくなるだろう。

ふと思ったのは、いつもフル充電状態ではないだろうということ。サイトには
利用開始前に自転車に装着されているメーターでバッテリー残量を確認する
ようにとある。どうやら係員が廻って残量不足のものは順次取り替えるらしい。
近いうちに利用しようと思うが、利用前にしっかり確認する必要がありそうだ。
旅・散策・イベント

勝海舟と洗足池

2017年11月24日
あまりテレビはみないが、『偉人たちの健康診断』(BSプレミアム)で漱石を取り上げた
ときから見るようになった。「幕府崩壊、第2の人生の過ごし方 徳川慶喜と勝海舟」は
興味深い内容だった。海舟については歴史で習ったほかは、たまに訪れる洗足池畔の
別邸で晩年を過ごしたということくらいしか知らなかった。

勝海舟と徳川慶喜は共に77歳まで生きた。当時としては長寿だ。テレビは
認知症予防に効果的とされるトレーニング「デュアルタスク」に注目した。
例えば、「料理をしながらシリトリをする」といった、2つの違う脳の機能を同時に
使って効率良く脳を活性化すること。「2つのことを同時に行うと脳は混乱する。
その混乱を整理するために脳が活性化する。ワーキングメモリという記憶機能が
強化され、別のことを行っても、もう1つを記憶していて同時進行が可能になる。

海舟は幕末、江戸総攻撃中止と江戸城無血開城を西郷隆盛に直談判するため、
官軍の薩摩勢の本陣がある池上本門寺へ向かう途中、洗足池畔で休息した。
明治維新後、洗足池の風光明媚を愛した海舟は「洗足軒」を設け移住した。
西郷隆盛もここを訪ねて歓談した結果、「江戸城の無血開城」が実現し、当時の
江戸の街は戦火から救われた。   

維新後、勝海舟は困窮した旧幕臣の生活費の足しにするため自ら書を書き、
それを売らせていたという。机に向って書きながら、まったく無関係の雑談に
興じていたとか。さらに速足で散歩をしている間はさまざまな考えごとをして
いたようだ。効果的なデュアルタスク、脳トレをしていたとことになる。

    洗足池
     
久しぶりに洗足池図書館に出かけた折、洗足池畔を歩いた。勝海舟を見倣って?
歩きながらいろいろなことを考えることにした。12月の桂花会の忘年会では何を
披露したらいいか、論語か唐詩を暗誦? いや、今までSさんの淹れた中国茶に
ついて事典のようなものはできないか・・・?

図書館脇のメタセコイヤは色づき、桜の葉は散り始めていた。水面をみていると
なぜか落ち着く。晩秋のガマも絵になるとは思ったが、スケッチする余裕はない。
考えごとはあまりつづかなかった。これでは脳トレにならない。

     ガマ

かつて洗足軒があった大森六中前は工事中。さらに公園内の勝海舟夫妻の
墓所と西郷隆盛留魂祠付近は公園改修工事のため立ち入り禁止だった。

   工事中
           別邸「洗足軒」跡            墓所    

晩年の海舟は晴耕雨読の生活を送った。「富士を見ながら土に入りたい」との
遺言で別邸の裏手にある丘に墓所が建てられた。(大田区文化財)
石塔の「海舟」の文字は、徳川慶喜の揮毫と伝えられている。

公園には遊具もある。園児たちが大勢走り回っていた。 4月にじゅんじゅん
連れてきたとき、ちょうど藤が満開で、池に数えきれないほどのオタマジャクシが
泳いでいたことを思い出した。春の池もいいが、晩秋の池がもっとも好きだ。
旅・散策・イベント

思い出に残るのは・・・

2017年11月23日
11月の桂花会では思い出深い中国菜を発表した。 (忘れがたい中国菜
M氏が挙げたのは中秋節には欠かせない「月餅」。元の時代に始まったとされる
月餅だが、今やその味は多種多様。
         月餅
O氏は、北京の王府井の老舗「東来順」の「「涮羊肉(羊肉のしゃぶしゃぶ)」と
私も行ったことのある「全聚德」の「北京烤鸭(北京ダック)」がお好きだとか。
栄養豊富な羊肉の健康効果は、身体を温め、消化酵素を増やし、胃壁の保護、
肺結核、気管支炎、貧血などにも大いに効果を発揮するという。

       北京ダック 2002.11
                   「全聚德」で

十数年前、Sさんは中国人と共に紹興へ旅をした。魯迅の『孔乙己』に登場する
「咸享酒店」で皆に勧められた「炒香菜根」の味が忘れられないという。
香菜の根を炒めたサクサクとした食感で思いがけず非常に美味しかったそうだ。
日本で手に入る香菜(コリアンダー、パクチー)は高いし、中国に比べると香りも
弱いし味も淡白、しかも根は付いていないので残念だという。

Fさんが忘れられないのは、子どもの頃に料理上手なお手伝いさんがつくって
くれた「たまごサンド」。マヨネーズの代わりにホワイトソースを塗り、厚焼玉子を
挟んだユニークなサンドウィッチ。お弁当に持って行くと友だちは珍しがったという。
最近、厚焼玉子サンド(マヨネーズ)をみつけたので試しに食べてみたが、やはり
あのサンドウィッチが一番!とFさん。

そしてSさんは「冷やし中華」の時期が来ると必ず思い出すことがあるという。
学生時代に初めて口にした冷し中華の虜になり、友人を誘って毎週のように
その店に通ったこともあったほどだという。

夏休みの昼食にいつも子どもたちために冷やし中華をつくっていたそうだ。
ある時、長女が突然、「小さいときから嫌いだったけど、ママがとても楽しそうに
作るのでずっと我慢して食べてた・・・。もう私の分は要らない、自分でつくる!」
と泣きながら叫んだという。それまで大人しく、全く反抗することもなかった長女、
Sさんが唖然としていると、次女も「私も要らない、ほかのもの食べるから」と。

何十年経っても、冷やし中華をつくると思い出すのはあの日の出来事だとか。
今も大好きな味であることに違いないが、どこかほろ苦く、甘く感じられるという。
2人のお嬢さんが長い間、文句をいわずに食べていたことに驚いたと同時に、
お嬢さんたちが「嫌い」と言えないほど楽しそうにつくっていたSさんに脱帽。

   冷し中華

ちなみに、冷やし中華は冷した中華麺を使った夏の日本料理だとか。麺類は
大好きだが、蕎麦やうどんでも冷たい麺は苦手。外でも注文したことはない。
わが家の夏、冷やし中華を食べるのは、酸味に弱いはずのごんさんだけ。
中国・中国の旅

敗れ荷

2017年11月22日
今日は24節気の1つ「小雪」。冬とは言えまだ雪はさほど多くないという意味。
冬樹々は色づき、落葉する。将軍が到来するころ。

夏の間、風に葉を翻していた蓮も、秋風が吹き始めると日に日に色褪せ、
風雨に打た れて破れてゆく。冬になれば、葉は枯れて、枯蓮になる。

「はす」は、花托の形状を蜂の巣に見立てたとされる「はちす」(古名)の転訛。
漢字では「蓮」のほかに「荷」または「藕」の字をあてる。
水芙蓉、芙蓉、不語仙(ふごせん)、池見草、水の花などの異称をもつ。
花期は7~8月で白またはピンク色の花を咲かせる。 早朝に咲き昼には閉じる。

          蓮

原産地はインド亜大陸とその周辺。地中の地下茎から茎を伸ばし水面に葉を出す。
葉は円形で葉柄が中央につき、撥水性があって水玉ができる(ロータス効果)。
  
       海蔵寺
                  鎌倉海蔵寺       2009.7.28
                
      蓮
                  小石川後楽園      2017.7.21        
          2009.9
                            2015.9.6

            さればこそ賢者は富まず敗荷     蕪村 

            敗荷や雨は静かに降りつづく     淡嵩


「敗荷(やれはす・やれはちす・はいか・はいが)」で一面覆われる池は、寂しくわびしい
秋の風情そのもの。

         2011.11
            トーハク庭園       2011.11.30
         2013.11
                            2013.11.28        
            
東京国立博物館(トーハク)本館北の庭園は春秋に開放される。(~12/3)
晩秋の池に映るもみじの赤、野鳥の訪れ・・・、敗れ荷の池にも魅かれる。

        2009.5
                 上野不忍池       2009.5.16       

5月の不忍池には桜の花びら、そして残念ながらゴミも浮かんでいた。
植物など

秋の龍子記念館

2017年11月21日
先日、Ⅰさんのグループ展(T先生主宰)にOさんと伺った。(展覧会めぐり
Ⅰさんと行く約束していた『川端龍子没後50年 龍子の生きざまを見よ!』の
話が出て、Kさん、Uさんもご一緒することになった。

この『龍子の生きざまを見よ』では、青龍展の「会場藝術」を実践した作品や
戦後、西国三十三ヶ所巡礼に赴いた際の小品群、横山大観、川合玉堂との
深い交流から制作された「雪月花」「松竹梅」なども展示されている。
さらに、龍子邸宅内の持仏堂にかつて納められていた仏像も出品されている。

    パンフ
              パンフ        「那智の瀧」(わかやま歴史館蔵)

生誕地、和歌山所蔵作品を中心に、他館からの50点以上も展示されている。
50年ぶりという「那智の瀧」も出品された。記念館所蔵の龍子作品はほとんど
観ているが、画集でしか知らない「那智の瀧」に出逢えたのが一番の収穫だった。
画は意外にも小さかったが、前に立つと瀧音がきこえてくるようだった。

JR蒲田駅に掲示されている「臥龍」の大きなフラッグ広告は何度もみているが、
自ら望んで描いた唯一の龍というだけあって、やはりほんものはもの凄い迫力。

     「臥龍」
                     「臥龍」     

1945年、特攻隊の画(下図が展示されている)を制作中に敗戦となり、急遽、
新しく描き直されたのが、この「臥龍」だという。疲れ切ったようにも見えるが、
描かれている宝珠に復活、希望といった明るさを感じた。だが、龍はまだ宝珠を
掴んではいない。今、龍子が描くとしたらどんな龍になるのだろうと思った。

T 先生はかつて龍子に教えを受けた時代があった。Ⅰさんたちは「西国巡礼」の
色紙をみながら、「T先生も旅にはたくさんの色紙を持参してサラサラと描かれて
いたわね」「このあたりの筆づかい、先生とそっくり」(T先生が龍子に・・では?)

ゆっくり観ていると、11時の龍子公園(アトリエと旧宅)の案内時間となった。
曇りの土曜日、30人近くが集まった。

    草苑
      草苑

川越のFさんを案内して龍子記念館を訪れた夏には、緑一色だった龍子草苑も
公園内も秋そのもの。草苑に据えられた修善寺の桂川で龍子自ら選んだ石も
ススキで覆われていた。                  (久しぶりの龍子公園)                 

    欅

龍子が好きな欅で囲まれた園内はやはり落ち着く。色づいた欅はどこで見る
樹より鮮やかで美しく感じられた。桜の紅い葉が散り落ちた「爆弾散華の池」に
ガマがあることにはじめて気が付いた。洗足池で見たガマより少し細身だった。

   散華の池
               散華の池   門近く
      客間から
               散華の池   客間から 

       ハゼノキ
               ハゼノキ    客間から 

アトリエ前の説明は、龍子の絶筆となった池上本門寺の大堂天井画について。
この「未完の龍」は、奥村土牛により眼が点じられ、開眼された。何度もきいて
いるが、展示されている「愛用の画材」が、この天井画制作中に使っていた
ものだと初めて知った。
龍子の天井画といえば、浅草寺本堂の「龍之図」(1956年制作)。両側には
堂本印象の「天人散華」がある。目黒不動尊天井にも「波涛龍図」がある。

   アトリエ前で
     天井画の説明     画材の展示   「未完の龍」(本門寺サイトより)  
 
次回は『龍子の描いたいきものたち 鳥獣百科』(12.23~2018.4.15)。
1月の講演会「鑑賞マニュアル」に申し込んだが、抽選に弱いので果たして?
いずれにしても冬のうちに龍子公園を訪れようと思っている。
絵画・博物館

忘れがたい中国菜

2017年11月20日
11月の桂花会のテーマはSさん提案の「思い出に残る料理、忘れがたい料理」。
中国菜、中国料理に限るとのことだった。真先に思い浮かんだのは「腰果鶏丁」
という日本でもおなじみの「カシューナッツと鶏肉炒め」だった。

         腰果鶏丁
                      腰果鶏丁

15年も前の真冬、中国語学習会の1人、Sさんと江蘇省常州市にある大学に
わずか1週間の短期留学をした。まだ、桂花会のもとになった学習会には参加
していない頃のことだ。クリスマスイブの午後、上海に到着。張さんと梁老師の
出迎えを受け、車で常州の学院へ。学内のレストランで学院長とも歓迎の夕食。
宿泊は外国人教師のための招待所。ちょっとしたホテル並み。

      招待所

構内には大きな学生宿舎が2、学生食堂が3、図書館もあったと記憶している。
構内にいるときは3つの食堂を利用した。2階では菜館のような料理を味わえた。

         食堂
            食堂
                カードで      Sさん

張さんはまだ当時珍しかったシトロエンで常州市内の観光に連れ出してくれた。
火鍋の店でランチという日もあったし日本留学中の李さんの実家や張さん宅にも
お邪魔したが、学院食堂の「腰果鶏丁(カシューナッツと鶏肉炒)」は最高だった。
今でもメニューで「腰果鶏丁」の文字を見ると、冬の常州を思い出して懐かしさで
いっぱいになる。写真を見るとコートを着ている。暖房はあっても寒かったのだ。

     酒楼
             Sさん    日本語学科学生     張さん
 
新年は宿舎で迎えた。このときの主席は江沢民。午後、北京に向かう機内で
配られた新聞に江沢民の「新年の賀詞」が載っていたので、記念に持ち帰った。
北京に着いたのは夕方。数日前に降った雪がところどころにわずかに残っていた。
2日の朝早くホテルを出て、食事する時間も惜しいほど、夜まで北京市内を廻った。
前年秋に行かれなかった钟楼(鐘楼)、北海、景山公園、王府井、老舎故居・・・、
北京オリンピックで壊される前の胡同や四合院などをスケッチしカメラに収めた。
北京からの雪便り懐かしい北京の胡同「胡」がつくことば来年は未年

        钟楼2003.1.2
              钟楼              上から眺めた胡同 
中国・中国の旅

座り過ぎは・・・

2017年11月19日
ラジオをきいていてなるほどと思ったのは、オーストラリア シドニー大学の調査
結果(45歳以上の22万2千人以上対象)。座る時間が1日11時間以上の場合、
3年以内に死亡するリスクが40%以上、また8~11時間でも1日4時間未満の
場合に比べて15%高かったことが明らかになった。どれほど活動的であっても。

長時間座り続けることによって下半身の筋肉が動かないため、血流速度が低下、
全身の血行が悪くなり、代謝機能が低下するため、糖や中性脂肪が消費されにくく
なるという。この状態が長く続くと、心筋梗塞や糖尿病、肥満などの生活習慣病の
リスクが高まると考えられていいる。

どのくらい坐っているだろうか、朝から晩まで机に向かっている日もある。
11、12月は頼まれた年賀状やカレンダーづくりなどで、玄関から出ることなく
1日部屋に籠っている日が多くなる。今月はじめ、PC机もコタツ仕様にした。
まだ、電気は入れたことはないが、中に足を入れているだけでも暖かいため
離れがたいというのが正直なところだ。

       コタツ

座ることをこまめに中断し、立ち上がって動くことが必要だと言われている。
歩き過ぎたときよりも座り続けたときの方が腰痛がひどいように思う。
あえてポットを隣の部屋に置いたり、足を動かしたり気をつけてはいるのだが。

今までは限界まで足腰を酷使した挙句、整体に飛び込んでいたが、最近は
整形外科のリハビリメンバーに仲間入りした。リハビリルームは2階にあるが、
エレベーターがないが、広いフロアはいつも痛みを抱えた人たちでいっぱいだ。

腰と左膝に電気を当て、温める20分の効果は定かではないが、その後の手技
(整体)は10分だが、効果があるように思う。(リハビリ¥320とは有り難い)
余計な話はしない療法士の方が多いが、重症だからマメに来なくてはダメだと
注意してくれたり、靴のインソールをほめてくれた療法士もいたり、今までに
6回ほど受けただろうか、まだ、同じ人にあたったことはない。

    リハビリ
         リハビリはときに「脊椎のしくみと病態」を眺めながら・・・

先日、2週間ぶりにリハビリを受けた。内視鏡検査の翌日から年賀状つくりで
デスクワークがつづき、その後、2日つづきで画廊巡りをした後だったせいか、
腰も脚もガチガチに硬くなっていた由。そうなると関節の動きが悪く、動く範囲が
狭くなって同じ筋肉ばかり使うことになり、それが痛みの原因となるという。
しばらくは一日おきに来よう! と決心して階段を下りたのだが・・・。
つれづれ

展覧会巡り

2017年11月18日
芸術の秋!旅行に行くことは叶わないが、11月に入り、展覧会などに出かける
ことが多くなった。幸いなことに約束した日は今のところ天気に恵まれている。
友人のグループ展では、絵はもちろん、懐かしい人たちにも逢えるのも楽しみ。

1年前、T先生主宰の会のに日本画グループ展にOさんを誘ったところ、すっかり
Ⅰさんの絵のファンになった。今年も2人でお邪魔した。

      画廊

        御代田駅
                   しなの鉄道 御代田駅から  

Oさんのお気に入りベスト1は、友だちを訪ねたときのスケッチをもとにした絵。
私はブラックベリーの2点シリーズ。近所のブラックベリーをスケッチしていたら
ひょっこり現れた犬と。もう1点は猫が顔を出している。

        猫
                 「ベリーの垣根」

50年もの長い間、T先生に師事してきたⅠさん、彼女の絵には語りかけてくる
何かがある。心に響く。こういった絵が描けたらいいなといつも思うのだが。
Aさんも相変わらず精力的に作品を発表されていたし、昨年、股関節の手術を
されたKさんはすっかりお元気になられていて安心した。
病院から一時帰宅されたというT先生が夕方会場へお見えになるというので
お逢いしたかったが、画廊のハシゴを予定していたため、お昼で失礼した。

     千駄ヶ谷

昼食後、佐藤美術館へ向かった。千駄ヶ谷駅を出ると新国立競技場の工事が
だいぶ進んでいるのだろう、クレーンがいくつも碧い空に聳えていた。
この美術館はFさんの先生、「岩田壮平展」のとき以来だ。(あの椎の木は・・・

      佐藤美術館

漱石山房記念館開館記念の連携イベント『漱石生誕150周年 吾輩の猫展』は
3階から5階まで現代作家70名による「猫づくし」の展覧会。(~12/24)。
水彩画、日本画、立体など74点。作品のモデルになった?猫の写真も楽しかった。

      会場
                       4階会場
  
         猫
                   岩田壮平 「黒き猫と蜂」

      猫
          王培 「風来」       山田りえ 「午後(眠る月光氏)」

       猫
          森山知己  「流水猫」     坂本藍子  「おやすみ」
絵画・博物館

二度咲き

2017年11月17日
アプローチのリュウノヒゲがダメになり土が露出したところに蔓性のものを
植えたいと思って花屋さんで相談すると、「いいのがあるよ」と奥から出して
きたのは「プルーンパゴ」(ルリマツリ)。丈夫でどんどん蔓を伸ばすという。
花期は6月から10月、1つも花は咲いていなかった。(\100の値引)
鉢に括りつけられた写真をみると、近所でみかける花だ。(ルリマツリ

        5.255.25
             ルリマツリ          クレマティス

アプローチのリュウノヒゲがなくなった場所にルリマツリとクレマチスを地植えした。

         6.246.24

南アフリカ原産というだけあって夏の暑さにも強い。坂を上り、わが家近くに来ると
このブルーの花が目に入ってほっとした夏。

       8.268.26
 
そして1週間ほど緑一色になっていたのに10月末に再び咲き出した。蕾もまだ
いくつもついている。「どんどん蔓を伸ばすよ」と花屋さんの言った通りだ。
 
      11.911.9
                 クレマティスは覆われて・・・

本来は常緑性だが、日本では冬の寒さで葉が枯れることも多いらしい。
冬になったら剪定してスタンダード仕立てというのにしてみようと思っている。
まもなく花も終わり、春までは少しさびしくなる。
植物など

マルくならないアタマ

2017年11月16日
東急線車内でよく目にする日能研の額面広告『シカクいアタマをマルくする』は、
過去の中学入試問題をモチーフにしている。 シカクいアタマをマルくする
このシリーズがスタートしたのは1986年というから驚く。当初は中学受験の
啓蒙と日能研の知名度アップだったというが、今や、通勤のお父さんを中心に
大反響を呼び、これまでにテレビや新聞雑誌のコーナーで取り上げられたり、
ゲームソフトやお菓子に商品化されるほどらしい。
シカクい頭の健康法?理科は難題海水から塩難しいゴミの分別)  

中学入試問題の変化に合わせ、2002年から新シリーズ「未来へのチカラ編」へ。
2010年、コンセプトは「中学入試問題を楽しめるワタシ」となったという。
最近の入試問題は、暗記、○×式のテストで育ったワタシには考え込んでしまう
問題ばかり。楽しむどころか、わがアタマはマルくならずにますますシカクくなる。 

社会  学習院女子中等科  (2017年9月掲載)
     学習院     
昨年の5月に開かれた伊勢志摩サミットの際に、オバマ前大統領が「核保有国は、
勇気をもって恐怖の論理からのがれ、核兵器なき世界を追求しなければなりません」
とスピーチを行いました。(中略) 人類をほろぼしてしまう核兵器の廃絶を世界の 
人々が望んでいることは確かです。しかし、一部の国ではさまざまな目的で大量に
保有されていることも現実です。 

問)「核なき世界」を平和的に実現するためには、どのようにすればよいとあなたは
考えますか。あなたのアイディアを1つあげなさい。
 
解答例としては「広島や長崎にいる被爆者の体験談を記録し、それを複数の言語に
訳してインターネットで配信する」。

国語  横浜雙葉中学校   (2017年10月掲載)
     雙葉            
アンドロイドは人間を理解するために大きな意味を持つ存在でした。ところが、
人工知能の進展はめざましく、そろそろ私たち人間の手の届かないところまで
進化していきそうです。となると、もはやアンドロイドは人間を理解する道具では
なくなって、人間の知能を大きく超えていく段階に入りつつあるのかもしれません。

「人間の直観力にはかなわないよ」から「だいぶ人間の能力に近づいたね」になり、
そのうち、人間を置いてきぼりにして進化してしまい、「人工知能の考えている
ことは人間には理解できない」ということになるのかもしれない。ここ2、30年の
間に事態は大きく変化してきているのです。


問) 「ここ2、30年の間に事態は大きく変化してきているのです」とありますが、
人工知能が身近になりつつある社会の中で、あなたはどのようなことを大切に
したいと思いますか。 あなたの考えとその理由を書きなさい。


人工知能が身近になっても、生身の人間とのふれあいはなくならない、人間と
ロボットが互いの能力を生かして共存していく、「人と人とのふれあい」をこれまで
以上に大切にしたい、といった解答例が載っている。

算数   駒場東邦中学校   (2017年11月掲載)
      駒場東邦             
(問)今まで算数を学んできた中で、実生活において算数の考え方が活かされて
感動したり、面白いと感じた出来事について簡潔に説明しなさい。


何も思いつかない。お手上げだ。「マンホールのふたの形を円にするのは、
下に落ちないようにするため」「2進法の考え方で、両手の指だけで0から
1023までの整数をすべて表せること」などが解答例として載っている。

ほかにも、日本国憲法代39条に関する社会の問題(7月 聖光学院中学校)
干潟が干拓されやすい理由、干潟を守る上で何が重要か、「干潟の保護」を
1行で述べる理科の問題(4月 成蹊中学校)など、記述式問題がほとんど。
旅・散策・イベント

翻訳アプリ

2017年11月15日
タブレットなどの機種の変更は煩雑なことが多いが、アプリ整理のいい機会だ。
今はとりあえず気象、防災などは数種類、歩数計は2種類入れたが、結局、
以前使っていたものに落ち着いた。前に入れていた癒し系の音楽は入れずに
脳トレ関係「認知症予防」「脳にいいアプリ「都道府県」などを入れたが、これも
2種類に絞った。

必ず入れるのは「暦」という歳時記。漢検、英検は以前通りだが、外出先では
kindleで本を読むことが多いので、使うことは少なくなった。
翻訳アプリは2種類入れた。中文を書くのに電子辞書でなく、いいのか悪いのか、
このアプリでショートカットしてしまうことも増えた。

   翻訳アプリ
        「Google 翻訳」           「てがき翻訳」                

試しに入れたアプリは「人猫語翻訳機」。これは人のしゃべった言葉を録音して
翻訳され?再生された猫の鳴き声で猫の注意を引き付ける。25匹以上から
集めた鳴き声サンプル、175例の鳴き声から人の声を解析する翻訳機とか。
 
     アプリ

わが庭の猫たちを前に実験。まず初めに「いらっしゃい」を翻訳してみたが、
ケシは庭の奥に目を遣り、声の主の猫を探している。「声がすれど姿なし」。
「いらっしゃい」が間違いなく翻訳されたと仮定しても、彼らは見えない猫の存在を
疑っているようで、その場を動くことはなかった。
タブレットを持って庭に出て行くと、ククは関わりたくないと門の外へ退散。
トモは、猫の鳴きまねと疑っているのか、タブレットでなく人の顔を見る。
鈍いのか賢いのか不明。ほかの猫にも何度か試したが、結果は同じ。実験終了。
    
            トモ
                             
               りんご
                     I さんの「りんご」 2歳
         
I さんにおススメした。「うちの猫、猫の声に挙動不審であえなく撃退」したと。
「うちの子は家中探し回っていました」という。反応が強すぎたようだ。

いわゆる外猫は食住を保障される場を3ヶ所ほどを行き来しているらしい。
こちらも家猫のようなコミュニケーションを望んではいない。言葉が通じずとも
彼ら庭に入れ替わり元気な姿をみせてくれればそれだけで十分。

だが、昨年ケシが突然姿を消したからの3ヶ月、どこでどうしていたのかは
訊いてみたい。動物病院で病死した仲良しのトラを探す旅に出たのだろうか?
戻ってきたときの健康状態はよく、どこかの家で飼われていたと思ってはいるが。
その後、ケシは2日ほど現れなかったことはあるが、長旅には出なくなった。
つれづれ

ゆずり葉

2017年11月14日
今月はじめ、朝から昼過ぎまで6時間余り、病院の2階の内視鏡室で過ごした。
中庭に面した部屋だが、真っ黒なブラインドが降りていたため、昼休みになり
看護師さんがブラインドを上げたときはほっとした。「ほ~ら、いい天気でしょ。
あれが、何という樹だったかしら・・・そうそう、ユズリハっていうんですって」と
「ゆずりは」の詩を見せてくれた。何でも患者さんが持ってきてくれたものだとか。

ユズリハ・・・お正月に飾る葉だ。検査が始まるまでの1時間、隣の控室で検索した。
詩の作者は河井酔茗(1874年~1965年)で、教科書に載ったこともあるようだ。

       ユズリハ

           「ゆずり葉」       河井酔茗

子供たちよ これはゆずり葉の木です。 このゆずり葉は 
新しい葉が出来ると 入り代わってふるい葉が落ちてしまうのです。

こんなに厚い葉 こんなに大きい葉でも 
新しい葉が出来ると無造作に落ちる 新しい葉にいのちをゆずって――。

子供たちよ お前たちは何をほしがらないでも 
すべてのものが  お前たちにゆずられるのです。 
太陽のめぐるかぎり ゆずられるものは絶えません。

かがやける大都会も そっくりお前たちがゆずり受けるのです。
読みきれないほどの書物も みんなお前たちの手に受け取るのです。
幸福なる子供たちよ お前たちの手はまだ小さいけれど――。

世のお父さん、お母さんたちは 何一つ持ってゆかない。
みんなお前たちにゆずってゆくために 
いのちあるもの、よいもの、美しいものを、一生懸命に造っています。

今、お前たちは気が付かないけれど ひとりでにいのちは延びる。
鳥のようにうたい、花のように笑っている間に 気が付いてきます。

そしたら子供たちよ、 もう一度ゆずり葉の木の下に立って 
ゆずり葉を見る時が来るでしょう。 


         ユズリハの実

ユズリハ(楪、交譲木、譲葉)は、ユキノシタ目ユズリハ科ユズリハ属  
学名Daphniphyllum   別名は親子草、ユズルハ(古名)。
高さは10mほど、雌雄異株。葉は長さ20cmほどで、枝先にらせん状につく。
花は5月から6月に咲き、果実は10月から11月に熟し、黒褐色になるとある。
まさにこの黒褐色の実がなっていた。

春に枝先に若葉が出たあと、前年の葉がそれに譲るように落葉することから
この名がある。その様子を、親が子を育てて家が代々続いていくように見立てて
縁起物とされ、正月の飾りや庭木に使われる。葉と樹皮は薬用にもなる。

   正月飾り                 
          岡本民家園   世田谷区 2011.1
   
病院の窓からユズリハを眺めた日は祖母の命日、翌々日は祖父の命日だった。
祖父母から母へ、自分は何を受け継いできたのか、そして何を伝えられるのか、
そんなことをふと思った。今年は母が亡くなった。
今までおざなりだった正月飾り、再来年には心をこめて飾らなくてはと思っている。
植物など

菊花展@池上本門寺

2017年11月13日
11月に入ると晴天がつづいた。秋の風物詩、菊花展が都内各所で開催される。
JR品川駅構内に「笠間の菊まつり」のポスターと十数本の菊が飾られていた。

       本門寺2017.11
      菊花展2015.11
              
大田区では池上梅園(~11/5)や池上本門寺の「菊花展」が知られている。
2年前の11月、本門寺を訪れたとき、毎年10月下旬から11月下旬まで
菊花展が開かれることを知った。この時季、七五三祝の家族連れの姿もちらほら
見られる。屋台が出ないので静かに鑑賞できていい。
厚物、太管、間管、福助、ダルマ・・・丹精込めて育てられたものばかり。

     細管
  厚物
    杉仕立て"
  懸崖
       自由作品

実のところ、あまり観賞用の菊には関心がないが、こういった菊花展などを
訪れるのは秋の楽しみの1つかもしれない。(菊の画像はほんの一部)
境内には即売所が設けられ、苗(¥250)や小菊の鉢植え(\400)が並んでいた。
色が気に入った「嵯峨の孔雀」と可愛い「手まり藤色」の2鉢を買って帰った。
翌日、少し大きめの鉢にとりあえず移し替えた。
以前、近所の花屋さんで画材にと買った鉢植えの小菊もついにダメになった。
手入れをしないので無理もないが、地植えすればよかったのだろう。

     鉢植え
            「嵯峨の孔雀」           「手まり藤色」

夕方、ラインに菊花展の写真を数枚アップしたところ、Kさんから「五重塔と
色づいた桜」の動画とともに「私も午前中行って鉢を買って来ました」という
メッセージが入ったのには驚いた。彼女も1鉢買って帰ったそうだ。
旅・散策・イベント

80年の時を経て

2017年11月12日
『君たちはどう生きるか』という本を高橋源一郎氏がラジオ(NHK)で紹介した日、
Uさんとの待ち合わせの前に有隣堂に寄って文庫と漫画の2冊を購入した。

       漫画と文庫本
           
この小説の改訂版と同時発売の漫画は、発売2ヶ月で33万部を突破したとか。
店頭に並ぶとすぐに売り切れるという。有隣堂では本の名を言い終わる前に
「こちらです」と特設台を案内されたことに驚くこともないのだろう。池上彰氏など
大人にも好評で、漫画のカバーには、「糸井重里さん、松浦弥太郎さん絶賛」と。
りんりんに買った2冊、帰宅後、まず、漫画の方を読み終えた。

    漫画
     漫画 『君たちはどう生きるか』(原作 吉野源三郎 漫画 羽賀翔一)

漫画の方も、各章のあとに続いて、その日の話を聞いた叔父さんが主人公に
書いたノートという体裁で、「ものの見方」や社会の「構造」、「関係性」といった
テーマが語られる、という構成になっている。
(Wikipedia)

『君たちはどう生きるか』は先月末、早稲田大学大隈記念講堂で開かれた
イベント『漱石と日本、そして子どもたちへ』で半藤一利氏と宮崎駿氏の対談の
中で話題になったことを思い出した。    (漱石ゆかりの早稲田

『風立ちぬ』(2013年)を最後にアニメ制作からの引退を表明した宮崎氏だが、
今年2月に撤回して準備に取り掛かっていたが、半藤氏との対談ではじめて
この新しいタイトルが明らかにされた。完成には3、4年かかるとか。待ち遠しい。
このサプライズ情報はSNSなどを通して瞬く間に拡散したらしい。 

映画の原作は、80年前に吉野源三郎が発表した『君たちはどう生きるか』。
主人公の15歳の旧制中学2年生の通称「コペル君」が日常の暮らしの中で
人間や社会について学びながら、精神的に成長していく姿を描く児童小説。
   
山本有三が児童向けに編纂した「日本少国民文庫」の最終巻として1937年に
刊行、版を重ねたが、戦争中は刊行もできなくなり、戦後、再び日の目を見る
ことができた経緯が文庫本の「作品について」に吉野氏が書いている。
「当時、軍国主義の勃興とともに、すでに言論や出版の自由はいちじるしく
制限され、労働運動や社会主義の運動は、凶暴といっていいほどの激しい
弾圧を受けていた」
時代だった。「せめて少年少女たちだけは、時勢の悪い
影響から守りたい」
と、病に倒れた山本有三にかわって吉野氏が執筆した。

『きみたちはどう生きるか』の最後の部分は印象深い。
僕は、すべての人がおたがいによい友だちであるような、そういう世の中が
来なければいけないと思います。人類は今まで進歩してきたのですから、
きっと今にそういう世の中に行きつくだろうと思います。そして僕は、それに
役立つような人間になりたいと思います。
                ...
コペル君は、こういう考えで生きてゆくようになりました。そして長い長いお話も、
ひとまずこれで終りです。
そこで、最後に、みなさんにおたずねしたいと思います。―――
君たちは、どう生きるか。


戦中に書かれ読まれ継がれてきた名著が、なぜ今も多くの人の心を捉えるのか、
脳科学者茂木健一郎氏によると、「先を見通せない時代だから根本に立ち返り、
どう生きるか確かめたいという気持ちが、社会に強くあるのではないか」
と。
つれづれ

コカリナ演奏

2017年11月11日
先月の「河北新報」(ライン)には、コカリナの演奏のことが載っていた。(10/8)
東日本大震災の津波に耐えた岩手県陸前高田市の「奇跡の一本松」の幹を
原料に作ったショールやポンチョが完成し、地元で披露されたという。

      演奏
                                    河北新報より
                       
コカリナ協会の公式サイトによれば、コカリナはもとは「桜の木のオカリナ」
と呼ばれた、東欧の民族楽器だった。最初はソプラノコカリナから始まった。

黒坂黒太郎氏と日本の木工家が試行錯誤をくりかえし、音程・音色を安定させ、
ソプラノコカリナ・バリトンコカリナ・ソプラノトリプルコカリナ等々、多くの種類の
コカリナを開発したという。今は、約2オクターブ半の音域のあるジョイント式、
一升瓶ほどの大きさのコントラバスコカリナもあるそうだ。

長野オリンピックの際、オリンピック道路建設によって伐採されることになった
木からコカリナを製作、オリンピック会場で子ども達が演奏して多くの人たちに
知られるようになったという。

その存在を知ったのは、広島で被爆したエノキの大木からつくられたコカリナで
黒坂氏が演奏したという話からか、桂花会のM氏にきいたからだったか・・・。
毎年12月の忘年会を兼ねた茶会では長い間、コカリナを習っておられるM氏の
演奏がある。その優しい音色はまるで森林の中にいるような心地にさせてくれる。

      コカリナ演奏
               M氏のコカリナ演奏      2013.12 
           
2013年秋、津波に耐えて残った陸前高田の「奇跡の一本松」からつくられた
コカリナをつかって、日本コカリナ協会のメンバーは演奏活動をつづけている。
先月、メンバー約40人がショールをまとって「ふるさと」などを演奏したという。

コカリナ協会が大阪府の繊維メーカーに依頼したという衣装は、一本松を保存
処理するために幹をくりぬいて粉砕したチップから繊維をより上げ、長さ50m、
1.2mの布 20本を作製。これを裁断、縫製したというもの。 
ニューヨークのカーネギーホールで11月に開かれるコンサートで、コカリナ協会の
メンバーや日本人学校の子どもら約250人が着用するという。
旅・散策・イベント

書店のない街

2017年11月10日
文化の日の前後1週間が読書週間だが、その読書週間も昨日で終わった。
全国の自治体(1896)のうち1軒も書店がない地域は2割強(420)にのぼると
ラジオできいて驚いた。4年前に比べて1割増えたという。こうした書店ゼロの
自治体が多いのは北海道、長野県、福島県、沖縄県、奈良県などで、ほとんどは
町村だが、北海道赤平市や茨城県つくばみらい市、徳島県三好市など7市でも
書店がゼロなのだとか。

     コンビニ
                 コンビニの雑誌売り場

雑誌はまず買うことはないが、雑誌は書店の売り上げの6~7割を占めるという。
コンビニの雑誌販売も影響するというが、その市場規模は10年前の6割に縮小。
その原因は、人口減や活字離れのほか、経営者の高齢化、書店の大型化など。
紙の本の市場の1割を握るAmazonなどネット書店利用者が増えたことも大きい。

何かでみたりラジオをきいていてほしいと思う本は、まず、図書館で検索する。
予約者が多かったりすると、Amazonで買う。kindleで読むことも増えてきた。

       書店
                    駅ビル内の書店

駅ビルの書店に立ち寄ると衝動買いしてしまう。駅ビルや街の書店に並ぶのは
ほとんどが新刊書。欲しい本が取り寄せになることもあるのが嫌で、Amazonで
ワンクリックするか図書館で借りることになる。買うと積読状態になりかねないが。

大田区でも大森駅、蒲田駅、田園調布駅の駅ビルには入っているが、町単位で
数えるとどのくらいあるのだろう。わが最寄り駅は2つ。コンビニは2駅どちらにも
2店、3店あるのだが、書店は数年前、どちらの書店も閉店し、今は中華の店と
花屋やクリーニング店になっている。     (街の本屋さんの苦闘ぶり)  
      書店

隣駅近くには頑張っている書店がある。NHK語学テキストを配達してもらった
ともあるが、テキストを買って語学学習をすることもなくなり、最近はめったに
利用することはない。書店だけではない。文房具店もなくなった。酒屋、八百屋、
魚屋、豆腐屋さんなどわが街でも個人商店は激減している。
旅・散策・イベント

秋の便り

2017年11月09日
タブレットを替えてからラインが復活して嬉しいのは送られてくる秋の便り。

Yさんから  日光市 男体山と中禅寺湖
      男体山10.26

この画像をみたときに日中学院に通っていたころ、車何台か連ねて中禅寺湖、
華厳の滝、龍頭の滝などを訪れたことを思い出した。11月、日光にある学院の
施設に泊り、中国人の先生方と家族、生徒たちと晩秋の日光を満喫した。
夜は男性陣が皮からつくった餃子でパーティ、翌朝は張先生がつくった緑豆の
おかゆをいただいた。はるか昔の懐かしい思い出だ。 (思い出深い滝

U さんから  自宅の盆栽
          楓10.31

Sさんから  茅野市 車山高原にて
          車山高原11.3
     ?

この夏、Sさんは脊柱管狭窄症の診断が出て、ご主人との週末の登山はドクター
ストップがかかった。今月の桂花茶会後には茶葉を求めての中国旅が待っている。
そのためにリハビリを頑張ってつづけているとのこと。
「信州の秋!素晴らしいです。東京は今日は暖か、でも曇ってきました」とFさん。

池上本門寺  菊花展
久しぶりに秋らしい晴天に恵まれた3連休だった。文化の日は池上本門寺の
「菊花展」に立ち寄ったのは3時を過ぎていた。
本堂の向こうから山門の先まで、まるで龍が境内を囲むように雲が動いていた。

     本門寺
        本門寺
旅・散策・イベント

ひょんなことから

2017年11月08日
先月、とんでもないことが起きた。使い始めて4ヶ月しか経っていないタブレットが
壊れてしまった。ドコモとは20年の付き合い。スマホからタブレット+ガラケーに
替えてまもなく4年。その間、ドコモのタブレット(Arrows)を2回修理し、ついに
3回目の不具合の時、Ymobile でHuawei 製タブレットに替えた。このタブレットが
ひょんなことから使えなくなった。SIMカードも使用不能。これを機会にYmobile を
解約してドコモに戻ることにした。

スマホに戻すか、りんりんおススメのi Phoneかi Pad+ガラケーか迷った挙句、
慣れたHuaweiのタブレット+ガラケーにした。
機種を替える度にデーターを移し、アプリを入れ直したり、使いこなせるまで
操作方法を訊きいたりと、煩わしいだけであまり楽しくない「脳トレ」がつづく。
面倒だったのがライン。以前のデーターもすべて消え、新しくつくりなおしたが、
以前のメンバーとのライン再開まで3日間かかった。クラスメイトのT氏を除けば。

        タブレット

T氏は定年後、中国語学習を始め、何度か短期留学も経験している。数年前、
スペイン語学習も始めた彼にそれらの教材を見せられて学習を勧められたが、
丁重にお断りしたことがあった。 (Tさん 北京に留学中北京留学生活) 

そのT氏から久しぶりにラインがあった。りんりんの勧めでラインに入れた
ステータスメッセージ「生まれ変わるなら縄文人」について疑問を抱いたという。
そこで、月1度、かつての中国語学習会の仲間が集まって中国茶をいただき、
少しでも中国語に触れるようにと簡単な中文を発表する会があること、そして
「生まれ変わるならいつ?」のテーマのときに「縄文時代」を選んだことを書いた。
最後に「よかったらいらっしゃいませんか?」と。

      茶
          茶芸   2016.6         青茶(烏龍茶)  2013.9  

すると、「今はスペイン留学中、11月と12月は行かれます」「中国留学のことを
書くつもり・・・」
といった内容に(残っていないが)驚いた。中国はウィチャットしか
できないが、スペインとのラインができることは知らなかった。
10月の桂花茶会で「大歓迎」だったことを伝えようという矢先、タブレットが壊れた。

11月になった。T氏の帰国は10月末だが、旅の疲れもあるだろうからと電話は
遠慮していたところ e-mail が入った。「日曜日に帰国しました。ラインがなぜか
使えなくなりデータも消えました。次回のお茶会は予定ありますか?もし気軽に
参加できれば呼んで下さい」
不通の理由、お茶会の詳細を返信して一件落着。

その後、T氏ともラインが開通。現在、上海の趙さんとのウィチャットが不通だが、
とりあえずはe-mail がある。いずれタブレットも4ヶ月前の状態に戻るだろう。
つれづれ

山茶花の句

2017年11月07日
今日は24節気の1つ「立冬」。初候は「山茶始開」(山茶花が咲き始める」。
中国では「水始氷」(水が凍り始める)。

    山茶花

山茶花は初冬の花。漢名は茶梅。花の少ない冬に咲き出す。庭樹として用いられ、
茶花にも愛用される。大好きな花の1つ。とくに白に薄桃色交じりの花が好きだ。
『日本大歳時記』など歳時記に気になった句があった。
  
     山茶花は漱石の花一枝折る       草間時彦 

漱石は山茶花が好きだったのだろうか。『吾が輩は猫である』にも山茶花は
出てくる。庭のつくばいの傍に山茶花があったのではないだろうか。
    
     つくばいに散る山茶花の氷りけり      夏目漱石

     二三片山茶花散りぬ床の上        夏目漱石

     山茶花の垣一重なり法華寺        夏目漱石


     赤白 薄桃

漱石が熊本の第五高等学校で英語の教師をしていた時の教え子、寺田寅彦は
俳句も漱石に師事した。

     薄氷や山茶花散り込む手水鉢      寺田寅彦
   
     垣越しに山茶花散りし小溝かな      寺田寅彦


     白ピンク

俳句では漱石は大学時代から子規の弟子だった。
 
     山茶花のこゝを書斎と定めたり      正岡子規

     山茶花の垣根に人を尋ねけり       正岡子規

     山茶花を雀のこぼす日和哉        正岡子規
  
     山茶花のこぼれかゝるやかなめ垣    正岡子規 
 
植物など

柘榴の樹

2017年11月06日
駅への道に柘榴の樹がある。初夏に鮮紅の花を咲かせ、秋には大きな実を
つける。道路にせり出しているため実が赤くなり始めると、つい立ち止まって
見上げることが多い。
台風一過、通りかかると、無残にも赤い種子あちこちに散らばっていた。

    ザクロ
                  9.9             10.9         
          ザクロ10.30    
                        
「紅一点」は、北宋の詩人王安石が詠んだ「万绿丛中红一点 动人春色不须」
(『詠柘榴詩』)に由来することを最近知った。 (一面の緑なす叢に1輪の紅い
柘榴の花、人を感動させる春の景色は多ければよいというわけではない)
日本では、明治以降、「紅一点」は、多くのものの中で、ただ1つ異彩を放つもの。
多くの男性の中にまじっているただ1人の女性の意味になった。

   花
                                      6.7

花は初夏に咲くのでは?と思うが、それにしても中国人は柘榴がお好きなようだ。
以前、北京四合院の活き活きとした様子を表す諺を習ったことを思い出した。
清代の諺 「天棚、鱼缸、石榴树、老爷、肥狗、胖Y头」(日除け、金魚鉢、柘榴、
主人、肥った犬、まるまると太ったお手伝い)だ。

        宋慶齢故居2002.10
                 宋慶齢故居のサンザシ

四合院は閉鎖型の住宅、1つの門しかなく、門を閉めれば独自の空間が保たれる。
中庭が広いため、樹を植え花を育てることができる。ザクロ、サンザシ、ナツメなど。
盆栽としてはザクロ、夾竹桃、ツツジ、クチナシなどが多い。 

胡同とか四合院ときく度に北京に行きたくなる。だが、オリンピック開催に伴って
都市整備や再開発が行われた。多くの四合院は取り壊され、かつての胡同の
面影は失われていることだろう。
中国・中国の旅

大隈記念大講堂

2017年11月05日
先月末、雨の午後、大隈講堂で開かれた「漱石と日本、そして子どもたちへ」に
出かけた。何度も大隈講堂の前を通っているが、講堂内に入ったのは初めて。
講堂前の大銀杏はすでに黄色に染まっていた。(漱石ゆかりの早稲田
             
   125カフェ
             Uni.Shop & Cafe  125
   10.2810.28

「早稲田大学大隈記念講堂」は大隈重信像とともに早稲田大学を象徴する
建造物。大隈重信に対する記念事業として計画され、総長高田早苗の注文は、
「ゴシック様式」と「演劇に使えること」。建築科創設に携わった佐藤功一教授を
中心に設計された。
創立45周年にあたる1927年10月、ロマネスク様式を基調にゴシック様式を
加味した地上3階地下1階(地下は小講堂)客席数1435席の講堂が竣工した。

当時、東京帝大(東大)の安田講堂が竣工したばかりで、それを参考にしたが、
安田講堂にはない先進的な様式や工夫が施されている。
シンボルの7階建の時計塔は、大隈重信が提唱した「人生125歳説」にちなみ、
塔の高さは125尺(約38m)。外壁のタイルは信楽風の全て手作りの焼き物。

      内部
                              (早稲田オフィシャルサイトより)    

天井は宇宙、楕円形の採光窓は「宇宙のように広い視野」の意味で太陽系を
模し、中央に太陽、西に三日月、周りに水・金・地・火・木・土・天・海・冥の星。
舞台に向かって一様の傾斜を持つ客席、12m突き出た2階席は支柱ではなく
23mの梁が支えている。2階廊下にはステンドグラスが散りばめられている。
庭園に面して講堂の回廊がつづく。大隈重信の銅像が庭園を眺めている。

その後、歴史的な意匠と外観とを保存しつつ、耐震補強や文化ホールとして
多機能化の工事が行われ、2007年10月には大学創立125周年を迎えた。
この年の12月、大隈記念講堂は重要文化財(建造物)に指定された。

    大隈講堂
                          2012.3          2009.9     

「漱石と日本、そして子どもたちへ」が終わり外へ出るとすでに暗くなっていた。
夜の大隈講堂をみたのは初めて。思い出に残る日となった。

  夜の講堂10..28
             大隈講堂      17:00    
旅・散策・イベント

漱石ゆかりの早稲田

2017年11月04日
昨年は没後100年、今年は生誕150年とつづく記念の年となった夏目漱石に
関連するイベントなどが多く企画されている。漱石が生まれ育ち、その生涯を
閉じた新宿区では、今年の9月に初の本格的な漱石の記念館が開館した。

早稲田大学大隈記念講堂で開かれた漱石山房記念館開館記念イベント
「漱石と日本、そして子どもたちへ」に行かれたのは漱石ファンのUさんが、
朝日新聞の小さな記事を見つけたお陰。どうやら5倍ほどの倍率だったらしい。

        記念館
                 漱石山房記念館  

早稲田は漱石ゆかりの地。漱石が誕生した早稲田喜久井町は夏目家の家紋
{井桁に菊)に因んだ町名。自宅前の坂を「夏目坂」と命名したのは漱石の父。
早稲田南町の晩年を過ごした地には記念館が建つ。(再び漱石ブーム?
漱石が帝大(現 東大)の学生でありながら講師をつづけたという早稲田大学
(東京専門学校)も縁があることから今回の大隈講堂での開催となったとか。

   講堂

15年の2月にも新宿区のイベントに漱石大ファンのUさんの応募葉書が当たり、
お伴させていただいた。「坊ちゃん」の学んだ東京理科大(東京物理学校)の学長
藤島昭氏の講演、「倫敦の漱石」当時のイギリス音楽に聴き惚れ、漱石が愛した
落語を楽しんだ。この日は四谷区民センター、雨だった。(漱石の散歩道
 
小雨模様の土曜、ランチはSさんおススメの「鰻 すず金」で。大隈重信ゆかりの
明治10年創業の老舗とか。箸袋の裏には「我輩もかつて食したここの蒲焼」と。
いつも混んでいるというだけあって、店内外に待つ人が大勢。長居はできず
とりあえず大隈講堂へ向かった。

     うなぎ

12時半到着。2時開演、1時15分開場となっているが、すでに5人ほどの人が
並んでいた。Sさんとおしゃべりしながら待っていると、階段の下には色とりどりの
傘の花が増えていった。雨のお陰で1時に開場となり、あっという間に1階席は
満席となり、2階席へ案内されていた。(入場無料イベント 自由席)

    12:2012:20
        12:40
                   12:40                 12:45
     12:59
                                       12:59

第1部 〈朗読〉竹下 景子(俳優) 『夢十夜』 『硝子戸の中(うち)』 『草枕』
〈チェロ演奏〉浦井 勝美 「BUNRAKU」 バッハ「無伴奏チェロ組曲 第1番/第3番」 
第2部 〈対談〉半藤 一利(作家)X宮崎 駿(アニメ映画監督)

最初はチェロ演奏。まるで琵琶のような『BUNRAKU』(黛敏郎作曲)の音色から
『夢十夜』に繫がった。チェロ演奏に聴き入る竹下さんの素敵な横顔から目が
離せずにいた。Uさんはずっとチェロを見ていたとか。帰りの車内、LINEでも
「無伴奏のチェロの響きは心にしみた」と繰り返していた。

『硝子戸の中(うち)』も『草枕』もそれぞれ最後の章から。対談はとにかく楽しかった。
『草枕』が大好きで繰り返し読んでいるという宮崎氏は気難しい印象があったが、
半藤氏とウィットに富んだ会話が弾み、舞台下で係員が示す「時間です」?の紙も
気づかないほど盛り上がった。

開演まではいろいろハプニングがあったものの、UさんとYさん、そしてSさんと
招待客席から2列目の真中、Uさんによれば「S席」並みの席で、楽しい時間は
あっという間に過ぎた。Uさんは「大好きな宮崎駿の顔もよく見え、日焼けして
いるのは山歩きのせいと確信した」と。それにしても対談の中にまさに数日前に
読み始めた『漱石俳句探偵帖』(半藤一利 著)の話が出てきたのには驚いた。

アニメ製作からの引退宣言をした宮崎氏だが、『君たちはどう生きるか』という
長編に取り掛かったことをこの対談で初めて明かした。3、4年後に完成予定。
「漱石記念館のビデオ用に5分ほどのアニメ製作を!」と半藤氏のリクエストを
何とかかわしていた宮崎氏も、最後は「宿題として持ち帰らせていただきます」
ということになったが、果たして・・・。

今回のイベントは朗読、演奏、対談はもちろん、重要文化財の大隈講堂の中に
入ることができたことも思い出深いものになった。
近いうちに夏目坂上の来迎寺に眠る父母の墓参後に新しくなった記念館を
訪れようと思っている。そろそろ寺の山門の桜の葉が色づいていることだろう。
旅・散策・イベント

遠かった日本

2017年11月03日
先月の桂花会の「尊敬する中国人」というテーマにはいつになく困ったのだが、
何のキッカケだったか忘れたが、ふと「鑑真」のことを思い出した。
奈良時代、日本への渡航を企てたがなかなか成功せず、しかも失明した高僧で、
来朝後は唐招提寺を創建したくらいしか知らないことに気づいた。

       唐招提寺
               唐招提寺   (Wikipedia)

調べ始めると知らないことばかり。来日が難しかった原因は遭難だけでないこと、
さらに授戒師を探し求めて唐の各地をまわった2人の日本人僧の存在も。
当時の船旅は命がけ。無事に往復できた遣唐使は12回のうち5回だけだという。

鑑真和上は、唐の僧で日本律宗の開祖。長江河口近くの揚州に生れた。
13歳の時に出家、律宗や天台宗をよく学び、揚州の大明寺の住職となった。
仏教僧の敬称、和上(わじょう)は律宗、浄土真宗、和尚(わじょう)は真言宗、法相宗、
和尚(かしょう)は華厳宗、天台宗。和尚(おしょう)は禅宗、浄土宗の呼称。

「遣唐使船で渡航し、授戒を詳しく知る名僧を連れて来るべし」と勅命を受けた
興福寺僧侶、栄叡と普照を乗せた第9次遣唐使船は無事に大陸に到着したが、
鑑真のもとを訪れることができたのは、上陸後9年目のことだという。

2人の僧は、鑑真に弟子を遣わせてほしいと懇願したが、国民の出国を禁じて
いた唐では、国法を破ってまで海を渡ろうという希望者はいなかったという。
結果、鑑真と弟子21人が随行することになったという。鑑真54歳。

第1回(743年) 上海南方の天台山に参詣するフリをして日本に進路をとる
作戦を立てるが、渡航を迷っていた弟子が密告。しかも「日本人僧は海賊」と
港の役人に流したため、栄叡と普照は囚われて4ヶ月を獄中で過ごす。

第2回(744年) 頑丈な軍用船に仏像や仏典を山ほど積み込み、彫工、石工など
85人の技術者・職人を乗せて出航したが、暴風雨で遭難。船体を修理し再び
外洋に挑むも座礁。寧波(唐代の明州、現在の浙江省)付近へ戻ることに。
第3回(744年) 鑑真の渡日を惜しむ者の密告で、栄叡が再び投獄され失敗。
鑑真は栄叡を助けるために奔走し、最終的に栄叡は「病死扱い」で救出された。 
第4回(744年) 厳しい監視下、福州からの渡航を試みるが、弟子が鑑真を
引留めるために密告。鑑真は揚州まで送還され、栄叡と普照は内陸部に潜伏。

第5回(748年) 栄叡たちは依然監視下にあったが、隙をついて出航する。
巨大暴風雨の直撃を受け半月間漂流し海南島まで流された。揚州に引き返す
途中で、体力を消耗した栄叡が他界。鑑真もまた眼病で失明してしまう。

            鑑真和上
                鑑真大和上像      (唐招提寺サイト)

第6回(753年) 20年ぶりに来た遣唐使船に鑑真と弟子5人は別れて乗船。
4隻600人の大船団。出航直前、唐側の厳重な警戒を恐れた大使が鑑真らを
下船させたが、副大使が独断で自分の船に鑑真一行を乗せて出航した。
嵐に遭遇して大使の船は南洋に流されたが、鑑真の乗った船は持ちこたえ、
1ヶ月後に鑑真と普照は薩摩の地を踏んだ。第1回から11年、悲願が達成された。

ふと思ったのは、遣唐使たちはいわゆる中国語をどうやってマスターしたのだろう。
調べた「鑑真の東渡」を中文にするだけの作業だが、いい辞書もあるのにアタマを
抱えている自分が情けない。
中国・中国の旅

役目を終えたゴーヤ

2017年11月02日
今年、わが庭のゴーヤは大豊作。6月になって苗を植えたが、蔓は太く、長く、
みるみるうちに2階の屋根に到達した。先端近くの茎でさえ鉛筆ほどの太さ。
8月初めまでは食べることなく熟して赤い種子がこぼれた実もいくつもあった。

友人たちに助けてもらっても間に合わないくらいの収穫でゴーヤーチャンプルも
少々飽きるほどの大豊作。 (ゴーヤカーテン ゴーヤ三昧 ゴーヤその後)
10月末、花は1つ、2つ。あれほどよく来ていたハチや蝶の姿もみなくなった。

       8月 9月
                 8.20    2階まで      9.30

       9月 10月
                 9.2    2階屋根まで     10.14

         9月
                   じゅんじゅんもお手伝い     9.18

      10月
                       最後の花と・・・   10.14

          11.111.1
       11.1
                かたく黒ずんできた実     11.1                         

そろそろ黄色い葉も目立つようになった。残っている実は大きくなることなく
黒ずんでしなびてしまうだろう。ゴーヤチャンプルは10月26日に収穫した2本で
つくったのが最後。夏を乗り切れたのはゴーヤのカーテンとチャンプルのお陰か。
植物など

猫いる庭の10年

2017年11月01日
今日は「犬の日」。猫のケシククの10歳の誕生日。地域猫のチビが庭で生んだ
4匹のうち、年が明けると、ケシククが庭で過ごすようになった。

    2007.122007.12
    2018.12008.1
         ケシ ♂      母親チビと       クク ♀

半年後、妹たちが生まれた。2匹は兄と姉となった。

           2008.62008.6

その後、母親は姿を消し、ケシ、ククそしてトラ、アミの4匹の兄姉妹となった。
    
     2015.10
          クク 2016.12       ケシ  2015.12     トラ

1年前の夏、彼らの妹トラが病死した後、もっとも仲のよかったケシが姿を消した。
約3ヶ月後、どこかを彷徨っていたとは思えない栄養状態で戻ってきたケシだが、
朝夕、お腹がすくとやって来るが、昼間はトラのいない庭で過ごすことは少ない。

ククは日がな一日庭で過ごすことが多い。少し寒くなってきたからか、南側の籠に
丸くなっていたり、西側のボール箱にトモと共に入っていることも多くなった。
動物など
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