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鰊蕎麦

2018年12月31日
今日は大晦日。年越蕎麦を食べる習慣があるが、蕎麦は長く伸ばして細く切って作る食べ物なので、細く長くということから「健康長寿」「家運長命」などの縁起をかついで食べるようになったという説が一般的。  

新聞の「おでん特集」に篠原菊紀氏(公立諏訪東京理科大学教授)の「おでんできずなを」という脳科学者ならではの話が載っていた。温かいおでんやなべ料理を囲むとほっこりした気分になるが、「実際、たとえば、温度的な温かさを感知する脳部位と、感情的な温かさで反応する脳部位はほぼ共通しているそうだ。

おでん    
全国7都道府県、20~50代の主婦1400人が対象(紀文食品 2018年度)
ちなみに既婚男性1000人対象の調査では、大根と卵が1位、2位を占める、4位がちくわ、5位がはんぺん。

24日、この記事をLINEでいくつかのグループに送ったところ、Fさんから「おでんで一杯やりたくなりました」と。「いいですね」に「でも、出来ないの。今日は休肝日。クリスマスイブだけど、キリスト教でもないし」と。
りんりんたちが来るのは明日、「今晩は2人で残り物の夕食」に、Sさんから「我が家もクリスマスなのに残り物夕食で~す。昨日近所のお餅つきにかり出され、80キロを午後6時までかかってお餅にしてきました。本日も疲れ引きずり、物好きにもほどがあると主人に呆れられてます」とのこと。80キロとは想像もつかない。お疲れ様。

   身欠きにしん

その後、Fさんから「この美しくない鍋の中身は、身欠き鰊です。亭主の好物。買うと高いので自分で煮るのです」。するとKさんが「渋い~~」「ねー、渋すぎるよねー。クリスマスイブなのにねー」とFさん。高校までアメリカで育ったFさんのご主人の好物が身欠き鰊?きいてみると、おふくろの味どころか、料理をまったくしない母親だったとか。ご主人は日本帰国後、京都の知り合いに鰊蕎麦を勧められ、初めて食べた鰊の虜になったそうだ。

彼女は「祖父が好きだったので、うちではよく鰊を煮ていたけれど、私は食べ飽きちゃった。あまり好きではなかったけれど、不思議に年とったせいか、最近は美味しく感じます」と。

鰊蕎麦で思い出すのは、母と同じ歳のKさんのこと。彼女との思い出は限りなくあるが、蕎麦屋さんに入ると必ずといっていいほど鰊蕎麦を美味しそうに召し上がる姿を思い出す。
あの3.11の翌日だったか、「お宅大丈夫だった?お母さまは?」と心配して電話を下さった。それがKさんと話した最後だった。彼女はその後、心臓の手術を受け、お見舞いに伺おうとしていた矢先、逝ってしまわれた。

おでんの話からお餅80キロ、身欠き鰊の話になった。食べ物にまつわる思い出話だけでも心が温まったように感じた。
「プルースト効果といって、匂いは記憶とよく結びついている」と篠原氏。記憶を呼びさますような匂いは、心地よい、幸せな気分を生むそうだ。今晩の年越蕎麦のかわりに年越しおでんもいいかもしれない。
身近な人びと

蒲田駅西口の変遷

2018年12月30日
JR蒲田駅東口駅前で工事中の仮囲いに展示されている写真には西口の街の様子の移り変わりもよくわかる。子どもの頃から蒲田はお馴染みの場所。東口に駅ビル、西口に東急プラザができたときは嬉しかった。
駅ビルはパリオ、その後グランデュオ蒲田となった。グランデュオはJR東日本と阪急百貨店が提携して開発した商業施設らしいが、何がどう変わったかわからないが、アトレのポイントが付くのは有難い。(蒲田駅東口の変遷
蒲田東急プラザは開業50周年。都内で唯一の屋上観覧車は今も健在。

 ねぶた
  「青森ねぶた」     2016.9

広場ではよくイベントが行われる。2年前の秋、Oさんと「第1回青森ねぶたまつり」を見に出かけたことがあった。
昭和62年の広場の写真をみると、クスノキはまだ植えられたばかりのよう。(東京のねぶた祭

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以前はユザワヤに行くために西口を利用することが多かったが、最近は生涯学習センター、東邦医大、耳鼻科など東口に出る機会が増えた。先日、久しぶりに行ったユザワヤでラシャ紙を探すのに時間がかかってしまった。
来年こそできれば病院通いは減らしたいものだ。
旅・散策・イベント

蒲田駅東口の変遷

2018年12月29日
現在、JR蒲田駅東口前に工事中の仮囲いがあり、その壁面に「蒲田駅の変遷・あゆみ」「シティプロモーション・お知らせ」の展示がされている。この秋から生涯学習センターや耳鼻科に行くときなど、この前を通ることが多い。
大田区は、地域ブランドの確立・「シティプロモーション」に向けた取組を進めている。現在は「勝海舟基金と記念館」「伊豆高原体験型温泉宿」のお知らせが貼ってある。

    工事中
東口駅前を撮影した写真から蒲田駅の変遷がよくわかる。
  2018.7
左側歩道沿いにバス乗場がみえる。交通島には「上昇気流」というオブジェのほかモアイ像などがある。 
  交通島
     「上昇気流」   2018.11

 元年
 昭和58年
 48年
 36年
 大正から
  東口周辺 大正6年頃 昭和24年頃 
  東京市蒲田区役所 昭和6年頃
旅・散策・イベント

勝海舟と大田区

2018年12月28日
今年は「江戸無血開城150周年」。勝海舟没後120年の来年の夏、大田区の洗足池畔に日本初の海舟記念館がオープンする。
海舟に関する図書などを収蔵する「清明文庫」が洗足軒脇に建てられた。大田区では、この旧清明文庫を保存、活用。海舟の人物像に触れる展示や、海舟や地域にまつわる資料のほか、咸臨丸のCG映像も公開予定という。
『西郷どん』は終わったが、大田区ではこれからも「海舟フィーバー」はつづきそうだ。(勝海舟と洗足池

   2018.10
    2018.10
   記念館

思えば、1年前に受講した『粋は生き様~勝海舟に見る敗者への眼差し~』ですっかり粋な勝海舟に魅了されたのかもしれない。講師は近世文学研究者の渡辺憲司氏(自由学園最高学部長・立教大学名誉教授)。
江戸の粋は「意気」。上方の粋(すい)は「推」。日本の文化は、弱者にやさしい。敗者であることは、時に誇りを生む。それを勝海舟に見ると渡辺氏。(勝海舟のヒューマニズム勝海舟の眼差し

今年は12月になって講座『蘇峰が語る師・勝海舟』(於:大田文化の森)と『勝海舟と大田区』の講演とトークショー(於:区民センターアプリコ)があった。
講座の方は定員50名のところ約120名の応募があったとか。当選したのが不思議。アプリコの方は夜だったが、やはり当選したOさんと楽しい時間を過ごした。

勝海舟は西郷隆盛と「江戸城無血開城」を成し遂げ、江戸を戦火から守った人物、また、日本海軍の祖であり、坂本龍馬が師と仰ぐ人物ということくらいしか知らなかった。
江戸開城後は徳川慶喜や旧幕臣たちと交流、救済をつづけたこと、また、西南戦争で自刃した友、西郷隆盛の鎮魂やその遺児の援助などにも尽力するなど、情の厚さと面倒見の良さで周囲の人から終生慕われていたことなど今年になって知った。

洗足池畔の図書館に度々足を運んでいるが、その前にある大森六中の地に海舟が構えていた別荘「洗足軒」があったことや公園内に海舟夫妻の墓所があると知ったのは比較的最近のように思う。
海舟の墓所の隣に西郷隆盛追慕のため隆盛の漢詩が刻まれた「留魂祠」がある訳がようやくわかった。
さらに海舟を慕う人々によって建てられた石碑も残る。石碑には徳富蘇峰が筆を執った海舟と西郷両雄を偲ぶ詩が刻まれ、海舟と蘇峰の縁を伝えている。

   記念碑
   西郷隆盛留魂詩碑  徳富蘇峰詩碑 
 
徳富蘇峰が海舟邸に暮らし、海舟から教えを受けた門下生であったことなどは『蘇峰が語る師・勝海舟 江戸開城から海舟逝去まで』で初めて知った。黒崎氏(大田区立山王草堂記念館学芸員)によれば、江戸開城の立役者は誰かの議論がなされる中、蘇峰は江戸開城の立役者を海舟と西郷の二人とし、「史劇的記念の絶頂」(日本史上記念すべき最たるもの)と評したという。後に、その思いを形にしたのが、この記念碑だという。

『勝海舟と大田区』は、1部が歴史作家山村竜也氏の講演「勝海舟 波濤の生涯」。山村氏は小学生のときみた大河ドラマで勝海舟に興味を持ったのがキッカケで歴史好きに。大田区職員から歴史作家に転身後、各種時代劇ドラマで時代考証等を手がける。今年の『西郷どん』では資料提供や時代考証も担当。著書に『いっきにわかる新選組』などがある。

2部のトークショーには山村氏をはじめ、生れてからずっと洗足池畔に暮らすという女優の高橋ひとみ氏、そして松原区長と司会の堀口茉純氏。毎朝、愛犬と池畔を散歩しているという高橋氏が出演する来年1月に始まる『小吉の女房』(NHK連続8回)の撮影裏話は面白かったが、2部はこのドラマの宣伝と「海舟記念館基金」の募集が目的のようでもあった。
ちなみに小吉は海舟の父親で、喧嘩と家出を繰り返すなど破天荒な人物だったとか。

海舟は江戸城明け渡しに関する官軍との交渉で、池上本門寺に向かう途中、洗足池周辺で休憩したときに、池の景色を気に入って、のちに「洗足軒」を構えた。10月の区民大学で本門寺の奥庭松濤園にある「西郷・勝両雄会見碑」を見ることができたのはラッキーだった。(池上松濤園へ
わが「海舟」ブームはまだしばらくつづきそうだ。
旅・散策・イベント

家に居ながら

2018年12月27日
Doodleは23日からクリスマスバージョン。23日は、プレゼントをそりに積み込んでいるサンタさん。トナカイたちもスタンバイ。
24日は煙突にプレゼントを入れているサンタさん、いくつ入れるつもりだろうか。
25日は奥さんのミセスクロースと家でくつろいでいるサンタクロース。そしてぐっすり眠るトナカイ。
  23日
    そろそろ出発
 24日
    煙突からプレゼントを入れる
  25日
    疲れ果てたサンタさん

LINEで最新グループのSさんから目黒川五反田側の桜色イルミネーション送られてきたのがキッカケで、こちらもいくつかのグループと数人に自由が丘、青山、そして東邦大学大森医療センターのツリーを送った。(街のクリスマスツリー

       Sさん
        目黒川 桜色

目黒川のイルミネーションは何年も前に行ったことがある。Fさんからは家の動画、Oさんはご自宅の飾りつけ、Kさんからは恵比寿ガーデンプレイスの最大級のバカラシャンデリア。恵比寿はよく行くが、ガーデンプレイスまで足を伸ばすことはあまりなかった。
    Oさんから
     Oさんの自宅
  
 Kさん
   Kさんから バカラシャンデリア
   Sさんから 
        Sさん
     恵比寿ガーデンプレイス ツリー
   Sさんから

その後、Sさんからは前の晩に友達から送られてきた恵比寿のバカラシャンデリアが。昼と夜ではまた異なる。
そしてYさんから汐留のイルミネーションとKITTEの本物のモミの木の画像。

  Yさんから
           汐留

       Yさんから
           KITTE

Fさんからはなぜか猫のキリスト。きいてみると、イブに友人から来たものだとか。「キリスト猫」で調べてみると、クリスマスシーズンになると、欧米ではキリストの生誕シーンを再現した「馬小屋飾り」をつくって祝うという。日本のひな人形のように親から子へと代々受け継がれるのだとか。各家庭や教会だけでなく街の広場などにも飾られるという。
キリストの代わりに野良猫が飼い葉桶に入った!ということらしい。

 Fさんから
     Fさんから
      猫誕生? 

4年生のあいあいのサンタさん宛の手紙には笑ってしまった。1枚目には「サンタさん毎年プレゼントありがとうございます。プレゼントはニンテンドースイッチのスプラトゥーン バージョンをください。お願いします(×5回)」。
2枚目には「サンタさん もしよかったらリンゴ持って行ってください。毎年ありがとうございます。おつかれさまです」。そして「お願いします」は8回。いつまでサンタさんを待つクリスマスが来るのだろうか。

     サンタさんへ

じゅんじゅんはパジャマ姿でサンタさんからの?「仮面ライダー ジオウ(時王)」の変身ベルトをつけてご満悦。
イブから丸二日間、LINEで送られてくるさまざまな「クリスマス」を楽しんでいると、街はすでにお正月ムードに切り替わっていた。
旅・散策・イベント

来年の桂花会は 

2018年12月26日
2013年6月から始まった桂花茶会も59回。昨年は「中国茶ハンドブック」をつくった。(今年最後の桂花会
今年は「卓上カレンダー」に決めた。はがき大のプラケースを揃え、昨年のハンドブックの中から6種類選んで、レイアウトしなおした。
1-2月は「中国茶の産地」で地図を入れた。3-4月は「6大茶類」で発酵の度合いも。5-6月は「烏龍茶茶芸」。7-8月は「十大名茶」。9-10月は「花茶茶芸」。11-12月は「十大名花」。(中国茶ハンドブックつくり

  10個
      「2019年 桂花会」
   カレンダー

「六大茶類」は緑茶、白茶、黄茶、青茶、紅茶、黒茶の写真。不発酵の緑茶から後発酵の黒茶まで。

  3-4月
 緑茶  白茶  黄茶   青茶  紅茶  黒茶 
 
「中国十大名茶」は清朝末期から挙げられるようになった。こうしてみると、緑茶が多い。 
西湖龙井(浙江省 緑茶) 洞庭碧螺春(江蘇省 緑茶) 黄山毛峰(安徽省 黄茶) 庐山云雾茶(江西省 緑茶) 六安瓜片(安徽省 緑茶) 君山银针(湖南省 黄茶) 信阳毛尖(河南省 緑茶) 武夷岩茶(福建省 青茶) 安溪铁观音(福建省 青茶) 祁门红茶(安徽省 紅茶) 

「十大名花」の蘭、梅、菊に竹を加えたのが「四君子」。
        
   ツツジ
     ツツジ  バラ   牡丹
     椿
       椿    梅
     蘭
       蘭    荷花
  菊
      菊   桂花   水仙

Sさんのフルート演奏の前に配った卓上カレンダーは大好評だった。今年はT氏が参加、しばらくお休みだったM氏が復帰して賑やかな会になった。来年も美味しい中国茶の集まりがつづくように。
       
中国・中国の旅

今年最後の桂花会

2018年12月25日
今年最後の桂花会は4年前に始めたクリスマス茶会。(中国茶でクリスマス会和洋中の忘年会今年の抱負) 
ゲストのK氏が急用で来られなくなったが、この日学校が休みだったりんりんが参加。フルメンバー8人+1人となり実に賑やかだった。

テーブルはクリスマスカラーで演出、Sさんの手づくりミネストローネスープ、Fさんのローストビーフ、サンドウィッチ、いなりずし、サラダ数種、春巻など所狭しと並んだ。
乾杯は、ビールのほか、M氏、O氏、Fさん持参の焼酎や純米酒、まったくアルコールを受け付けないSさん、車のSさん、そしてりんりんはジンジャーエールで。

  フルメンバー
      りんりんも加わって  (byみんみん)

この日は年に1度の「講習も宿題もなし」だが、それぞれ得意のものを披露することに。Sさんが淹れたお茶は「六安瓜片」という安徽省の緑茶、そして日本でもよく知られている「鉄観音」(福建烏龍茶)「普洱茶」(雲南黒茶)の3種。

  茶
      普洱茶     六安瓜片

Sさんのフルート演奏は『タイスの瞑想曲』、何度かFさんのお宅に通ってピアノに合わせる練習してきたというだけあってみごとな演奏だった。この曲はジュール・マスネが作曲した歌劇『タイス』の第2幕第1場と第2場の間の間奏曲。その甘美なメロディーで広く知られている。(Wikipedia)

今年から参加したT氏は映画『おくり人』(チェロ演奏曲)ほか2曲を二胡で演奏。

    演奏

M氏は詩吟かコカリナ演奏?かと思いきや、「今日はナシ。(お茶とお酒を)飲むために来た」のだと。
O氏は『月亮代表我的心』の歌詞を用意。「你问我爱你有多深我爱你有几分・・・」、テレサテンなどが歌っていたこの曲を皆で歌った。中国語学習を始めたころを思い出した。
中国・中国の旅

止め天神

2018年12月24日
北野天神は京浜急行六郷土手駅近くにある神社。現在は六郷神社の兼務となっている。毎月25日の縁日には、木馬にまたがり祈願する江戸時代から伝わる神事が執り行われ、「落馬止め天神」「止め天神」と呼ばれる。

  北野天神

江戸幕府第8代将軍徳川吉宗の乗馬が暴走した際に落馬を止めたことから、東海道を往来する武士から「落馬止め天神」と称されるに至り、この加護にあやかり将軍指南役の柳生家留守居役が近くに屋敷を構えた。農民や町民は「止め天神」と呼んだという。天満宮本来の学問のみならず災いや痛みを止め「落ちない」ことを祈願する者の参拝を受ける。

   止め天神

先月の縁日にじゅんじゅんを連れて出かけた。話には聞いていたが、あまりに木馬が大きく驚いた。
「老若男女を問いません。願い事が〝決して落ちませんように″と心静かにお祈り下さい」と書かれていた。

 木馬
じゅんじゅんごんさんと一緒に乗り手を振るのがやっと。
昔、狛犬のクロッキーをするために訪れたことがある神社だが、木馬に乗ったのはこの日が初めてだった。踏み台から馬に乗り移る。想像以上に高い。

    木馬

生まれて初めてのおみくじを引いて興奮気味のじゅんじゅんは「吉」が出て大喜び。この日来られないりんりんに絵馬とお守りをいただいた。

  おみくじ
             11.25

2日後、りんりんは絵馬を奉納するためにごんさんと多摩川土手を自転車で。
学業成就
             11.27

彼のリュックには2つのお守りが下がっている。今年の正月、新田神社で頂いた「勝守」とご祭神菅原道真の「止め天神」のお守り。
複数のお守りを持つと本来の力を発揮できなくなる可能性があるとか。人間のように神様は喧嘩などしないとか、同じタイプの「合格祈願」だったり「学業成就」のお守りだったらとくに問題はないとかいうが。
旅・散策・イベント

年賀状も「断捨離」

2018年12月23日
かつての中国語同学S氏からの2009年の年賀状には次のように書かれていた。「80歳を迎え元気に気儘な日々を送っております 誠に勝手ながら 年賀状でのご挨拶は今年限りとさせていただきます 当方皆 元気で暮らしておりますので ご休心のほどを--」この最後の賀状を受け取ったとき、寂しいと同時に、やはりS氏らしく素敵な引き際だと感心したものだった。(年賀状を作る年賀状を眺めつつ

ごんさんの父も80歳を機に、仲間同士で「年賀状は遠慮しよう」と申し合わせたときいたことがある。元気だった父だが、その翌年亡くなった。母の方も、正月には4姉妹で集まっていたことをやめ、たまに電話する程度になっていった。

わが家でも母が施設に入所する頃に年賀状のやり取りを辞退する旨の葉書を出した記憶がある。80歳まではだいぶあるが、そろそろ自分の「年賀状の断捨離」を始めようと思っている。心のこもった年賀状を出すことを心がけ、この数年間、会うことも連絡をとることもない相手には「次年より賀状の交換は遠慮させていただきます」とひと言書き添えようと思っている。

そんなことを思っていたら、新聞に「やりとり辞退の注意点」がいくつか載っていた。それによると、葬儀や終活に関する情報通信を手がける「鎌倉新書」の調査(2017)によると、65歳以上の約200人のうち、57%が「今後は年賀状を出さない」と伝える年賀状を受け取ったことがあり、自分も年賀状の辞退を伝えることに関心があるとした人は65%だとか。
「付き合いの範囲を身近なところにとどめておきたい」「年末は多忙で負担が大きい」「年賀状を出す友人知人が少なくなってきた」などがその理由として挙げられるという。

かと思うと、今年も95歳のSさんの年賀状を2種類つくった。長い間1人暮らしの彼女、「以前の絵よ」というものの絵を描き、100枚の年賀状の宛先を書いて・・・と考えるだけで驚く。以前は、原稿や葉書の受け渡し場所は2人の家の間の駅前の喫茶店だったが、ここ数年は彼女の家の近くのバス停になった。

   はがきづくり
      「谷川連峰」と「平家の里」 
  
この時期になると思い出すのは、さだまさしの『住所録』。最初のフレーズは時代を感じさせる。「住所録を替える度 消さねばならない人がある 忘れるはずもない人を 忘れるために消してゆく 古いノォトを捨てたなら 想い出までも捨て去るようで 捨てたふりしてひきだしの 二度と開けない場所に置く・・・」遠い遠い昭和の歌になった。

毎年「消さねばならない人」はいる。そして、わが名もだれかのアドレス帳から消えていく。アドレス帳の整理、断捨離を比較的時間がある1月中にやってしまおうと思っている。
この1年、PC内の住所録は変化ないが、LINEか電話連絡で済むスマホのアドレス帳には9人加えた。新年のご挨拶はLINE上になるだろう。
つれづれ

帰り花

2018年12月22日
今日は24節気の1つ「冬至」。「日短きこと至る(きわまる)」という意味。夏至から徐々に日照時間が減っていき、南中の高さも1年で最も低くなることから、太陽の力が一番衰える日と考えられてきた。中国では、この日から新年の始まる日とされ先祖を祀る習俗があった。 
冬至は「一陽来復」ともいう。「一陽来復」は中国の「易経」に出てくる言葉。中国の昔の暦では10月はすべて陰の気で覆われ、11月になると陽の気が復活し、冬至を境に長くなっていくとされている。つまり、衰えていた太陽の力が再び勢いを増してくるため、新しい年が来るという意味の他に、悪いことが続いた後に幸運に向かうという意味も込められている。

たまに通る池上線の線路わきに菜の花を見つけた。ここには、毎年春に土筆、スギナ、諸葛菜、秋は彼岸花が咲くのだが、真冬の菜の花を見たのは初めてだった。
3日後の強風の日、気になって行ってみると、風にあおられながらも花は散らずに頑張っていた。

   12.11
                 12.11     
   12.14
       強風の中で   12.14

タンポポは、冷たい風をなるべく浴びないように低く地を這うように葉を広げて、春が来るのを待っている。
冬にもタンポポが咲き、綿毛がついているのを見かける。西洋タンポポはどうやら一年中咲くらしいので、返り咲きとか帰り花とは言わないようだが、どうもピンとこない。
  12.9
  11.6

11月頃の小春日和に、桜、梅、梨、ツツジなどの草木が本来の季節とは異なって咲かせることは「帰り花」ということが多い。人が忘れた頃に咲くので、「忘れ花」とも。
  11.29    
植物など

街のクリスマスツリー

2018年12月21日
街にあふれるクリスマスツリー。JR阿佐ヶ谷駅南口広場のメタセコイア(曙杉)のイルミネーションが3日から始まった。この「阿佐谷イルミネーション」は、平成5年に始まり、アケボノスギをクリスマスツリーに見立て、毎年電球を飾りつけてきた。32.5mのツリーは都内一の高さ。今年はなかなか阿佐ヶ谷に行く機会がない。(曙杉のクリスマスツリー

   渋谷ストリーム
     渋谷ストリーム

     自由が丘
   自由が丘
     「オイシイひかり」   自由が丘駅前

 蒲田   
  蒲田アトレ
       蒲田アトレ

   蒲田
        蒲田      アプリコ

東邦医大
       東邦大学大森医療センター

   ビック
      ビック×コジマ

   目黒
     目黒アトレ   文化の森

こうやってみると、今年の12月は都内、それも東急線沿線にしか出かけていないということになりそうだ。
わが家では子どもたちが幼稚園のころから少しずつ増えてきたクリスマス飾りを出したが、ツリーはここ数年用意していない。桂花会の集まりがなければ、おそらく、箱に入れたまま押し入れの奥で眠ったままになるところだった。
旅・散策・イベント

「おのくん」がいるわが家

2018年12月20日
東日本大震災後、宮城県東松島市の仮設住宅で作り始めた「おのくん」。この手縫いの靴下人形が転売されたり偽物が出回ったりして作り手が対応に苦慮しているという。毎夕配信される「河北新報」に目が留まった。

「おのくん」は2012年4月に誕生。陸前小野駅前仮設住宅の集会所で米国発祥の靴下人形「ソックモンキー」を作り始めたのがきっかけで、名称は仮設住宅の名前にちなんだ。ボランティアらに口コミで広まり、この集会所の来訪を「里帰り」と呼ぶなど、ファン同士で交流を深めている。

  仮設住宅
      仮設住宅集会所  2014.5

定価1000円の商品がインターネット通販などで数千~1万円で販売されるケースが頻発している。フリーマーケットアプリで「おのくん」を検索すると、新品や中古品がずらりと並ぶ。2体6000円の出品者は「可愛いのでぜひどうぞ」「注文して半年待った正規品です」と堂々と転売する書き込みや「福島 復興支援」との間違った表記もある。

   メルカリ
      『お』のタグ付きも2300円とは!

2014年に商標登録されたソックモンキーだが、作るのは自由だが、「おのくん」を名乗って無断販売することは禁じられる。「本物は○の中に『お』の字が入ったタグが付き、販売価格は1000円と決めている。偽物には気を付けてほしい」「おのくんを通じた交流を大切にする趣旨にも反しており、やめてほしい」とプロジェクト共同代表の新城さん。

   おのくん

今、わが家の棚には武田さんたちが集会所でつくった「おのくん」4人が坐っている。4年前、城巡りに夢中だったりんりんと仙台、米沢を旅した折、材料になる綿やソックスを持って「おのくんのふるさと」を訪ねた。
クルっとした丸い目の彼らを見る度に、津波被害に遭った野蒜駅や小野駅、そして仮設住宅や武田さんたちを思い出す。(おのくんの里親におのくんの今

    3871no3.jpg   
     おのくんづくりの武田さんたち  2014.5

あれから4年半、わが家の「おのくん」たちはまだ里帰りが果たせていない。武田さんはもう野蒜に戻られただろうか?
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それでも歩く?

2018年12月19日
エスカレーターは転落や転倒を防ぐために立って手すりにつかまるというのが正しい乗り方だが、歩いたり駆けたりする人のために片側をあける習慣が広まっている。東京ではうっかり右側に立つと、後ろから来る人に舌打ちされたり、はねのけられかねない。
   
    歩く

多くの人が訪れる東京オリンピック・パラリンピックをきっかけに、誰もが安全に乗れるエスカレーターの利用方法を広めようと東京都理学療法士協会が、先月、練馬区にある商業施設でイベントを開いたことを耳にした。
左半身麻痺があるなどの障害があって右側につかまりたい人やお年寄りなどが利用しづらい状況がつづいているという。

「エスカレーターは止まって乗りましょう」という呼びかけも行われ、「片側あけ」は危険を伴う行為だということはだいぶ浸透してきたようだが、朝夕のラッシュ時でなくとも、まだまだ、暗黙のルールで追越して行く人たちは多い。よく見るとステップの右側だけがすり減っていることもある。

そもそもエスカレーターは、歩くことを前提とした構造ではない。ステップ上に立ち止まって利用することを前提にしていて、歩いたり走ったりしたときに起きる振動で安全装置が働き、緊急停止することもあるらしい。エスカレーターを歩く行為は、人にぶつかったり、ステップを踏み外したり、荷物を落としてそれがほかの人に当たったりと、危険を伴う。 (止まったエスカレーター

   ポスター

エスカレーターは階段とは異なる。階段は、建築基準法では、例えば、幅140cm以上、蹴上げ(段差)18cm以下、3m毎に踊場の設置をするなどの一定の基準が決められているという。
エスカレーターの蹴上げは明らかに階段より高くなっている。稼働中に歩いて上がるのを防ぐため、階段より少し高めにしてあるとのこと。通路幅が狭いのもそのためだときいて納得したことがあった。

また、安全面だけでなく、両側に立つことで、エスカレーターの輸送効率も向上するとか。効率は悪いかもしれないが、個人的には1人しか立てない幅のエスカレーターが増えるといいと思っている。いずれにしても急ぐ人は階段を使ってほしいと思うのだが。
旅・散策・イベント

「有縁分千里来相会」

2018年12月18日
前回の桂花会の発表テーマは「分岐点」についてだった。それぞれの岐路で選んだ中国語学習の場で出逢って、今、桂花会で共に楽しく過ごしている。(それぞれの分岐点

商社マンのご主人とともに広州、北京など海外駐在生活が長かったSさんは何十年も前の「岐路」について。彼女は2通の紹介状を持って新橋の交差点にいた。目の前にはその2つの会社が並んでいたとか。迷った挙句、どちらでもいいやとまず入って採用されたのが、のちにご主人と出会った商社だった。「私の運命はこんなに簡単に決まった」という。まさに交差点が「岐路」ということになるのかもしれない。
ご主人は退職後、料理学校に通い、念願の店を持った。そのおかげで年に数回、中国語学習会の同窓会を開けるようになった。

彼女が上海駐在中に知り合ったSさんが中国茶の講師になったきっかけは、上海駐在中、あるお茶の店で通訳を頼まれたことに始まるという。次第に中国茶、中国文化の奥深さに魅かれていったという。その後、中国茶芸師の資格を取り、帰国後もずっとお茶が生活の中心になっている。

  中国茶
   
お茶を飲む度に幸福を覚えるという彼女、今も素晴らしい友人である上海の友人は常々「有縁分千里来相会」といっているそうだ。「縁があれば遠く離れていても会うことができる」といった意味だが、この後は「無縁対面不相逢」( 縁無ければ顔を合わせても知り合いにならない)とつづく。

そしてわが「分岐点」は20年ほど前になる。当時、絵の教室で中国の少数民族を描きに行こうという企画が持ち上がり、そのための案内パンフレットつくりを頼まれた。
それまで海外旅行の経験もないし、別に中国に関心もなかった。飛行機に乗ったこともないし、一生乗るつもりもなかった。そんなこともあり、この旅行にも行くつもりはなかったが、とにかくパンフレットつくりをしなくてはならず、資料集めを始めた。

図書館に行った。少数民族について、雲南、貴州省について、中国について、調べていくうちに興味がわいて、さらに深く知りたくなった。そんな矢先、Kさんに「一緒に行きましょうよ」と熱心に誘われたこともあり、次第に未知の国へ関心が向いていった。(中国少数民族を訪ねて想い出の旅 雲南省麗江

4ヶ月後、生まれて初めて飛行機に乗った。生まれて初めての海外、11日間の旅となった。雲南省の昆明、石林、麗江では納西(ナシ)族をスケッチ、玉龍雪山を拝み、夜行列車で貴州省へ。大紅苗(ミャオ)族、長角苗族の少女をスケッチ。まだ中国語で挨拶もできなかった。初めて尽くしの旅から戻り、中国語学習を開始した。

  麗江
     雲南省 麗江の納西族

  貴州省ミャオ族
    貴州省の大紅苗族

長角苗族の村に入るとき、民族衣装の少女たちから水牛の角に入った茅台(マオタイ)酒を受けなければならない。

  貴州省
   入村の儀式 茅台酒を受けるMさん

中国語学習が面白くなり、中国が好きになり、その後、10年の間に何度もスケッチに訪れた。現地で通訳、ガイドをしてもらった張さんとも、当時、留学中だった張さんの甥たち3人とも交流がつづいた。

Oさんに紹介されて沈老師の学習会に入り、日中学院で知り合ったSさんを沈老師の学習会に誘った。のちに彼女に勧められて入会したのが茶芸師のSさん。そんなこともあって、桂花会の元になった学習会の同学は、都民大学や日中学院、また、大学の生涯学習講座で学んだ人がほとんどだ。

残念なことに、その学習会は沈老師の病気で黄老師に引き継がれたが、それも2年で会を閉じることになった。だが、桂花会と名付けた同窓会はつづき、まもなく8年になる。お2人の老師の「中国語学習を通して生涯学習をつづけてほしい」という願いを大切にしたいと思っている。

あのとき、図書館に行かなければ、案内パンフをつくらなければ、中国へ行くこともなかった。多くの中国人とも知り合うことはなかったし、中国語も学ぶことはなかった。
今こうしてSさんのおいしい中国茶をいただき、中国茶の世界の深さを知ることができるのは、あの分れ道で選んだ道がよかったから!と、「謝謝S同学 謝謝大家(皆さん)!」と結んだ。桂花会のお仲間はまさに「有縁分千里来相会」だ。
中国・中国の旅

それぞれの分岐点 

2018年12月17日
明後日は桂花茶会。毎年最後の桂花会は「アルコールありのランチ 宿題なし」。Sさんの淹れるお茶をいただきながら、M氏のコカリナ演奏やSさんのフルート演奏など、それぞれのお得意を披露することになっている。Fさんは今年も得意料理一品を持参するとか。桂花会茶会が4年目に入った昨年は「中国茶ハンドブック」を人数分つくった。
今年は悩んだ挙句、「中国茶」卓上カレンダーをつくることにしたが、まだ、完成していない。和洋中の忘年会今年の抱負は中国茶ハンドブック

前回の桂花会はフルメンバー。8人と多いこともあったが、ランチを早くすませ、茶会をいつもより1時間早く始めた。
宿題のテーマに「あのときこの道をきたことで・・・」「あそこであっちの道を選んでいたら・・・?」と「それぞれの分岐点」を提案した。「むずかしいテーマ!」「こりゃ、たいへん」と口々にいわれたが、実際に当日になると、「すごくいいテーマだった」と好評だったのでほっとした。おそらく、皆、自分の人生を振り返るいい機会になったようだ。

 発表文
    T氏  O氏  M氏  M氏

男性陣は、退職や病を得たことが、さまざまなことを始めるきっかけになったようだ。
囲碁の腕前は相当なもの、何でもとことん頑張るO氏は、退職後、ますますゴルフにのめり込み、ついにゴルフ場で怪我、そして膝の手術。ゴルフから中国語学習に舵をきった。

昨年から会に加わったT氏も癌を克服後、始めたものは中国語、スペイン語、料理教室。水泳に通い、数年前から二胡を習い始めた。現在は英語、中国語、スペイン語のボランティアガイドも。

城郭のアマチュア研究家M氏は、30年以上前、出張先の台湾で懇意になった人にもらった「実用中国話(英ー中)」の本を大切にしている。退職後、都民大学で沈老師に中国語を習ったのが学習のきっかけ。その後、沈老師の学習会が誕生した。
   
    会話集
 
山登りが好きなM氏は、以前、ご夫婦で毎月一度、2千m以上の山に登っていたそうだ。1985年8月12日、初めての富士登山の日は忘れもしない「日航機墜落事故」の日となったという。
富士山東麓を北上し、大月市上空で急な右旋回をしていったというジャンボ機、M氏は目撃したわけではないが、毎年夏になり、テレビなどでこの事故の報道を目にすると、この事故のこと、富士登山の日が蘇るのだという。あの日から33年が過ぎた。

Fさんの転機は30年近く前、中日友好連絡会の招待で初めて北京を訪れたこと。中国人の温かい人柄に触れ、中国語を学ぶことに。まずは早稲田大学の生涯学習講座を受けた。そこで知り合ったKさんに沈老師の中国語学習会を紹介されて入会したのだが、学習会がなくなってからも桂花会として学習会の同窓会の幹事役を引き受けてくれている。
中国・中国の旅

今年の紅葉 黄葉

2018年12月16日
今年の紅葉、どうやら台風24号の影響で異変が起きているという。ケヤキモミジなど、色づくことなく枯れ散っていく樹を多く見かける。
原因は強風が運んだ塩害。潮風で葉が損傷、塩分で樹が痛み、さらに塩分が葉の水分を奪った。台風が過ぎ去ったあと、好天が3日つづいたために塩分が洗い流されなかったためらしい。とくに相模湾の潮風を受けた鎌倉をはじめとする湘南がひどい。そして神奈川、東京も塩害を被った。一度塩害でやられた葉は、もう紅葉は期待できないのだとか。

    モミジ

  ケヤキ
    
わが庭のイロハモミジも、窓から見えるケヤキも早々と枯れ始めた。毎年今頃は通るのが楽しみなガス橋通りのケヤキ並木も。ケヤキはとくにひどい。

   滄浪泉園 
     滄浪泉園  小金井市

今年、奇麗だと感じたのは武蔵小金井の滄浪泉園のモミジ。(はけの森へ
毎年楽しみな神宮外苑のイチョウ並木はいつもとあまり変わらなかったが、近所のイチョウは様子が違う。
神社のイチョウも明らかに塩害の影響を受けている。このひと月の間に少し持ち直したようにも思えるが。
田園調布のイチョウ並木もだめだとOさんが写真を見せてくれた。大田区は海に近いのだろう。 

  イチョウ
    11.9        12.10

ちなみに、塩害は樹だけではなかった。近所のSさんの話では、夕方、送電鉄塔のそばを通ったら「ジージー」といった不気味な音がして怖かったという。東京電力に問い合わせたら、大気中の塵、埃、塩分などが鉄塔と電線を接続している「がいし」に付着し、霧雨や夜露などで湿気を帯びた時に「がいし」表面が放電し、その際に発生する音ということだという。特に台風通過後によく見られる現象で、降雨により「がいし」表面の塩分や埃が洗われて、音は解消されるというが。

台風はともかく、今年のような異常な夏の暑さはどうにかならないものだろうか。それよりまず、これからの厳しい寒さは何とか我慢しなくてはと思っている。
植物など

石のベンチ

2018年12月15日
ベンチには、昔ながらの背もたれなしの腰掛け型や、長い椅子型のほか、上から見ると円形・楕円形・三角形のものや、その他様々な形状のものがある。
石造りのものは古代から世界各地に存在した。現代の都市社会では座面には木製、合成樹脂製等が用いられ、脚部に金属が用いられるものが主流となっているが、コンクリートや石等で脚部が地面に固定されている据え付け型も少なくはない。

噴水を囲むようにつづく長いベンチ、坐りづらそうなベンチ、オシャレなデザインのベンチ・・・木のベンチに比べると腰かけてくつろぐ人をあまり見かけない。冬には冷たくて坐っていられないような気がする。

 田園調布駅前
    田園調布駅前  大田区

    逆川
      逆川   大田区
  逆川  
逆川(さかさがわ)は、六郷用水の支流の1つ、現在の大田区役所方面から呑川までを結ぶ水田地帯を流れていた。地形や潮位などの影響によりしばしば逆流したことから、この名がつけられた。

   本門寺公園
    本門寺公園 キャンプ場 大田区

   中目黒
     中目黒  目黒区

    中村彝記念館
     中村彝記念館 新宿区

   ニューオータニ
    ニューオータニ  千代田区

    和田倉門
     和田倉噴水公園  千代田区


   目白
      目白  豊島区
 
   初台
      初台   渋谷区

  はけの森美術館
    はけの森美術館  武蔵野市 
旅・散策・イベント

京急線の駅名

2018年12月14日
毎年12月14日には「赤穂義士祭」が港区の泉岳寺で催される。泉岳寺は、主君の仇であった吉良上野介を討ち取った47人の家臣「赤穂義士」が眠る墓があることで知られる。泉岳寺は、都営地下鉄浅草線と京急本線が乗り入れる泉岳寺駅からすぐのところにある。

   京急線

京急鉄道は創立120周年記念事業として、京急沿線に住む小中学生から京急線72駅のうちの46駅の駅名変更案を募集した。この中には都営浅草線との共同使用である泉岳寺駅は入っていない。ほかにも品川、鮫洲、京急川崎、横浜など、他社線との乗り換え最寄り駅や公共施設、神社仏閣、歴史的史跡などの最寄り駅として広く認知されている駅は変更を予定していない。

この企画は、京急線「産業道路」駅の地下化がきっかけ。2019年に新駅としての運用開始を予定しているこの駅は、地下化によって近くを通る通称「産業道路」と呼ばれる県道との縁が薄くなるため、駅名変更が確定している。
これを機に、他の京急線駅名ついても変更を検討するというもの。どの駅をどういう名前にするかは社内会議で検討後、来年の春ごろ発表される予定らしい。

    青物横丁駅

南品川の「青物横丁駅」。旧東海道をスケッチブック持って歩くときに下りる駅。この商店街の野菜をデザインした街灯は印象的。。「青物横丁」の名前の由来は、江戸時代、参勤交代や池上本門寺への参拝客で賑わい、農民が野菜を持ち寄る市が立ったことからという。

   青物横丁

新馬場駅の「馬場」も、品川宿では幕府公用の旅人に対して1日当たり馬100匹、人足100人を無償で提供する義務があり、従事する馬小屋があったことからつけられた地名らしい。
「立会川」は、鈴ヶ森で処刑される罪人を江戸市中引き回し後、浜川橋のところで舟を渡し、処刑に関わる役人に引き渡すときに立ち合いをする川なので、「立会川」となったという。ちなみに、浜川橋の別名は「泪橋」、ひそかに見送りに来た親族が涙ながらに別れたところから来ている。

   浜川橋
      立会川にかかる浜川橋(泪橋)

こうした長年使い慣れた駅名だが、路線バスの停留所名や公共施設や銀行などの支店名などに入れたものも多く、混乱が予想される。規模が大きな駅だと、一説には億単位とも言われる莫大な費用がかかる。
京急線沿線の住人ではないが、その土地の歴史を物語る名前を変えることもないと思うのは、歳をとったせいだろうか。今どきのキラキラネームに変わってしまうのだろうか。

ところで、2020年春、JR山手線・京浜東北線の田町~品川間に開業する新駅の名も一般公募だった。結果、1位は「高輪」(8,398件)、2位は「芝浦」、3位は「芝浜」。そして新駅名に決まった「高輪ゲートウェイ」は130位(36件)とか、こうなると公募しなくともよかったのではと思う。
旅・散策・イベント

海のシルクロード 泉州 Ⅱ

2018年12月13日
2005年のアモイ、泉州の旅ではすっかり呉さんにお世話になった。泉州では、Sさんに頼まれた武夷岩茶(烏龍茶)を求めて市内の茶舗に入った。武夷山の岩茶は、世界遺産「武夷山脈」で造られる高山茶。

   泉州の街
       泉州の街

   茶舗
   岩茶
   岩茶

崇武古城や是非訪れたかった安平橋に案内してもらった晩は市内の呉さんの姉夫妻の家にお邪魔した。

崇武古城は、泉州市恵安県の東南海岸、泉州湾を囲む崇武半島の先端に位置し、台湾海峡に面している城郭都市。倭寇からの防衛のために建てられたT字型の古城は、中国で唯一往時のままの姿で海岸に残っており、保存状態の良い石で築かれている。 すべて花崗岩で築造され、城壁は4つの丘の上にまたがり、城壁の内側には古い街並み(老街)が形成されており、容姿が美しいことで有名な「恵安女」と呼ばれる女性たちのユニークな習俗がみられる。

   古城
   古城
     小雨の中  2005.3   

安平橋は、泉州市晋江安海鎮と南安水頭鎮の間の湾に架けられた石橋。全長2,000余m、幅約3m。361の橋脚に支えられ、花崗岩で作られた石橋。1905年に黄河大橋が完成するまでの約800年の間、中国最長の橋だった。1138年から建造が始まり、約14年かけ完成。明清代など過去に何度も修復され今に至る。全国重点文物保護単位指定。

       安平橋
   安平橋

北京でも江南でも、舟を通すために橋桁を高くした太鼓橋が多いが、まっすぐの平橋は中国ではあまり見かけない。橋面には厚さ50~100cm、幅60~100cm、長さ5~11mの細長い石材が敷き詰められており、重いものだと25㌧もあるとか、当時の施工の大変さは想像に難くない。
中国・中国の旅

海のシルクロード 泉州 Ⅰ

2018年12月12日
先月、実に久しぶりに「世界ふれあい街歩き」(NHK)をみた。途中からだったが、海のシルクロードともいわれる泉州の街並み、自宅から見える開元寺の景色を「泉州一」だと自慢する夫婦・・・。2005年、呉さんの案内で訪れた客家土楼、厦門(アモイ)、コロンス島、そして泉州の懐かしい風景が蘇った。(アモイ・泉州へ

泉州は、福建省東南部に位置する地級市。古くからの港町で、北東部に位置する泉州の港は、宋や元の時代に「海のシルクロード」の出発点として栄えた貿易港があり、マルコ・ポーロの『東方見聞録』でも泉州の繁栄が讃えられている。
南宋から元朝にかけて、ベトナムやインド、アラビア半島にまで及ぶ海上交易ルートがあり、「陶器の道」「海のシルクロード」と呼ばれて、その起点となった。
  
  泉州
         泉州の街並

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    「泉州一だよ」
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       開元寺の塔

嬉しくなってWechatで呉さんに「泉州をやっていました」「途中からだったので残念」と報告すると、まもなく「これで見て下さい!」と「日本NHK专题报道中国·泉州」が送られてきた。お陰で見逃した場面をみることができた。
    
   呉さんから
       呉さんから(Wechat)

開元寺は、738年、唐の玄宗の勅命によって、全国に設置された寺院の1つで、泉州は代表的なもの。既存の寺院を改名してこれにあて、国家の祭儀などをここで行なった。日本の国分寺も隋や唐の官寺の制の影響で生れた。
中国・中国の旅

カヤの木像

2018年12月11日
東日本大震災から7年9ヶ月が経つ。宮城県東松島市野蒜(のびる)でも甚大な津波の被害を蒙った。
りんりんと松島駅から陸前小野駅まで代行バスに乗ったのは、大震災から3年後の5月だった。バスの中から野蒜駅のホームがみえた。現在、旧野蒜駅は震災遺構として東松島市震災復興伝承館が設置されている。(津波の記憶誕生した新しい街

  野蒜駅
     旧野蒜駅    2014.5.4

津波は海岸から約1km離れた海津見(わだつみ)神社を襲い、毘沙門天立像も社殿から流出した。神社周辺の瓦礫の中から頭や胴など大半は見つかったが、毘沙門天が踏みつけている餓鬼は、左脚以外は行方不明のままだという。
この像は、文化庁の文化財レスキュー事業で引き渡された東北歴史博物館から、移転再建された社殿に移されたという。

     毘沙門天立像
     毘沙門天立像 (河北新報)

この毘沙門天は、カヤをくりぬいて作る技法などから約700~800年前の鎌倉時代の作品とみられ、野蒜海岸で漁網に掛ったと伝わり「海の神様」「目の神様」として信仰を集める。毘沙門天のご開帳は「60年に一度」といわれ、近年、姿を表したのは2004年ごろ。今年8月、市の有形文化財に指定されたという。
神社は、震災の年から中止している5月5日の「みこし渡御」を再開し、ご開帳の機会も検討中だという。

中国から伝わった仏像だが、木像については中国では白檀の木が用いられた。香りが良く、木肌が美しいので、木像に彩色や金箔を施さないものが多い。法隆寺の九面観音立像は唐から伝わった白檀の仏像。

白檀は日本にはないため、代用としてクスノキ、ヒノキ、ケヤキ、カヤなどが用いられたが、国宝仏像の材料はクスノキ、ヒノキ、カヤのほぼ3種類だとか。カヤヒノキも香りが良いので、彩色などされていないも像もある。

8-9世紀の主要な一木彫の仏像はすべてカヤであることが判明した。「新薬師寺の本尊」「法華寺の十一面観音立像」「室生寺の釈迦如来立像・十一面観音立像・釈迦如来坐像」はカヤの一木造で作られている。

    カヤ
     善養寺の大カヤ 世田谷区
     樹高22.6m 幹周5.25m

カヤは、軟らかく弾力に富む。碁石や将棋の駒が傷まないことから碁盤や将棋盤に用いられる。成長が遅いので年輪幅が狭く、年輪部分が目立たないため、緻密な工作が容易。
香りが良い。防虫効果があるためか仏像に虫食いの跡が見られない。また、腐りにくく、年とともに風合いがよくなる。

大木になる。日本最大のカヤの木は、福島県桑折町万正寺の大カヤ(樹高16.5m 幹周8.7m)。 
実は食用になり、漢方薬として用いられる。(カヤの実
旅・散策・イベント

カヤの実

2018年12月10日
カヤ(榧)の樹は、昔はどこの山にも自生していて、農家の庭先に凶作時の非常食として植えられていたが、明治以降盛んに伐採されたために今はもう神社や寺院境内に見かける程度になった。

今までに善養寺、九品仏浄真寺、そして増上寺で大きなカヤの樹に出逢った。善養寺のカヤは都指定天然記念物、九品仏浄真寺と増上寺のカヤはそれぞれ区の指定天然記念物。(巨樹大カヤのある古刹芝公園の名木たち風景印 世田谷区

    世田谷区
     善養寺   世田谷区  浄真寺  
     樹高 22.6m   樹高 31m    
     幹周 5.25m   幹周 5.3m

     増上寺
     増上寺  港区
     樹高 25m 幹周 4m 樹齢600年

カヤは古くから神への供え物、または縁起物として扱われてきた。大相撲では場所前に土俵祭りという儀式が行われ、相撲の三神への供物として、勝栗、昆布、米、するめ、塩、そしてカヤの実が土俵の中に封じられる。
古い木造仏には、カヤ材が使われているものが多くあり、国宝としては観心寺の木造如意輪観音坐像や獅子窟寺の木造薬師如来坐像などが知られている。また、空海が唐での密教留学を終え、日本へ帰国する際に手にしていた数珠も、カヤで出来ていたと言われている。

木目の美しさとその香りのよさからカヤ材でもっとも知られている用途は、最高級品の碁盤、将棋盤、連珠盤で、とくに宮崎県日向地方や奈良県春日山産のものがよいとされる。
昔はその油を灯火に利用したり、頭髪油としても重宝した。油切れの良さ、香りの良さ、それに身体によく、国産の油が注目されているという。
間伐材や枝は燻して蚊を追い払うために使われた。カヤの語源はこの「蚊遣り」に由来するという説がある。 さらにこの樹液は身体の回虫除けにも利用されたので何かと便利な木だったようだ。

縄文時代の各地の遺跡からクルミクリ、トチノミといった木の実とともに、カヤの実も出土している。多種の脂肪酸をはじめとする栄養素を豊富に含んだカヤの実は、狩猟採集の時代から大切な食料の1つだったという。

   実
    カヤの実  善養寺

カヤの実は果実ではなく、日本古来のナッツ(種実)に分類される。果肉に似た緑の外種皮を取り除くと現れる、固い殻に覆われた種子は、数日間アク抜きを行い乾燥させることで食用となる。比較的アーモンドに近い味と食感で、噛むほどに豊富な油分とカヤ独特の香りが口の中に広がるという。

カヤの実に含まれる主な成分は脂肪油やタンパク質、トコフェロール(ビタミンE)。脂肪油にはパルミチン酸・オレイン酸・ステアリン酸・リノール酸などが含まれているため、カヤの実を継続して1日に3〜5粒食べると、血中の悪玉コレステロールが減少することにより、動脈硬化や高脂血症の予防・改善が期待できるという。

先月、多摩川畔でみつけたオニグルミはあくがないので、硬い殻さえ割れば食べることができるが、カヤの実を食べるのにはあくを抜くなど、そう簡単ではないようだ。
植物など

「漱石忌」に

2018年12月09日
今日は「漱石忌」。冬の季語。夏目漱石は、帝国大学(後の東京帝国大学、現在の東京大学)英文科卒業後、松山中学校、熊本第五高等学校などの教師を務めた後、英国へ留学。帰国後、東大講師を勤めながら「吾輩は猫である」を執筆。大学の同窓・正岡子規との出会いにより俳句を学ぶ。
「倫敦塔」「坊ちゃん」などで人気作家としての地位を固める。以後、朝日新聞に「虞美人草」「三四郎」「それから」「門」「彼岸過迄」「行人」「こゝろ」「道草」「明暗」などを連載。「明暗」の執筆中胃潰瘍のため死去。享年49歳(1916)。

漱石が晩年の9年間を暮した「漱石山房」があった敷地の一部は新宿区立漱石公園となり、展示室と山房ベランダを模したコーナなどが整備された。卒園したてのりんりんにせがまれて訪れたのが最初だ。(漱石忌

  2010.3
    バルコニーで  2010.3

その後も父の墓参の折、何度か訪れたが、漱石生誕150周年の昨年9月にオープンした山房記念館にりんりんと訪れたのはちょうど1年前。中学生になった彼は読書感想文に『吾輩は猫である』や『こころ』を選んだこともあり、暗くなるまで書棚の漱石の本を手に取って読んだりしていた。このとき漱石先生と背比べした写真がある。この1年でぐっと背が伸びた彼、身長だけは追い越しただろう。ちなみに、漱石の身長は約159cm。当時の日本人男性の平均157cmとか。

   2017.12
      記念館          2017.12

漱石の漢詩は、近代の日本文学の中の最高峰といわれる。若い頃に二松学舎に通い、漢文を学んだ漱石は、漢学の道へ進みたいと思ったが、それでは世を渡って行かれないと英文の方に転じたという。
10月の桂花会の宿題は「漢詩の朗読」だったので、漱石の漢詩関連の本を数冊借りてきた。その時、手元に置いておきたくなって購入した『漱石の漢詩を読む』(古井由吉 著)を久しぶりに開いた。(漱石の漢詩

桂花会用に選んだのは、「青い灯」という、大吐血の約1ヶ月後、9月20日(明治43年)につくった五言絶句。
漱石の漢詩を中国語読みしてよかったのかどうかわからないが、練習しているうちに杜甫のような唐代の詩人がつくった詩のように思えてきた。

秋風鳴萬木 山雨震撼高楼 病骨稜如剣 一燈青欲愁

9月29日につくった「透明な詩」も好きだ。 

仰臥人如唖 黙然見大空 大空雲不動 終日杳相同 

仰臥 人 唖の如く 黙然 として大空を観る 大空に雲動かず 終日 杳かにして相い同じ
 

『思い出す事など』には、「ただ仰向けに寝ていた。ありがたい事に室の廂と、向こうの三階の屋根の間に、青い空が見えた。その空が秋の露に洗われつつ次第に高くなる時節であった。余は黙ってこの空を見詰めるのを日課のようにした」と書かれている。
古井氏によると、この空を眺めているというのは「自分から見るのではなく、向こうから入ってくるという病後の衰弱のうちにあること」だという。

   書斎

晩年の9年間を過ごした居宅跡につくられた「漱石山房記念館」に再現された漱石の書斎を思い出した。畳の上にペルシャ絨毯が敷かれ、座布団と文机、火鉢と鉄瓶、積まれた書物の数々。この部屋で過ごした時間は意外に少ないのかもしれない。
旅・散策・イベント

東洋医学的「冷え」

2018年12月08日
10月はじめ、眩暈が気になって受診した東邦大学医療センターの東洋医学科だが、現在は「冷え」を中心に漢方薬と鍼灸治療の2本立てで、だいぶ落ち着いてきたように思う。

そんな中、担当医T先生の「漢方サロン」が開かれ、テーマが「冷えについて」と知り参加した。会場は誰でも使える病院内の図書室。ここは病院スタッフに承認された医学書、病気に関するパンフレットなどが揃い、司書が相談に乗ってくれる。給茶機も用意され、音楽が流れる。また、パソコンとプリンター、コピー機も自由に使えるなど至れり尽くせり。

 としょしつ
    「からだのとしょしつ」

この日の参加者は女性ばかり7人。わかりやすい先生のお話に、東洋医学、漢方などが身近に感じられ、また、冷えからくる不調についてもセルフケアを教えていただいた。

西洋医学には「冷え」という概念はないという。東洋医学的には「冷え」は自覚症状のほか他覚症状(冬の体調不良、意欲低下、鬱症状など)がある。秋口の鬱症状は「冷え」からくるとか。ちなみに春はストレスから。
「冷え」の原因は、身体を温める力が弱い、浮腫(冷えを助長)、精神的ストレスや緊張(血管収縮)など、加齢や過労なども影響する。

「秋冬は頑張らないこと、新しいことを始めたりしないで、静かに過ごすのがいい」とのこと、この季節に無理をすると春に悪影響を及ぼすという。ショックだった。今年秋に始めたことがいくつかあり、少々無理しているような気もする。

東洋医学科の鍼灸の先生には「腎」に問題があると言われた。「腎」「肺」の系統はとくに冬の寒さ、乾燥に弱いという。ちなみに、東洋医学の臓 「腎」とは、成長、発達、生殖、水分代謝に関係する機能系統で、現代医学で言えば、腎臓、副腎、生殖器などの内分泌系を含む概念でアンチエイジングとも密接に関係している。

カモマイル(カモミール)とマイレンをミックスしたお茶を飲みながらお話を伺った。カモマイルは、ストレスや不安、不眠に有効な、気分を落ち着かせるという。からだを温める効果もある。マイレンは、ハイヤ呼吸器の粘膜を鎮静させる。風邪や喘息、気管支炎、慢性の咳など呼吸器系の症状を緩和させたいときに。そのほか、からだを浄化する効果や抗菌、抗炎症作用もある。

セルフケアは大切。身体を温め、むくみをとるのにはキノコ、川魚(海の魚はダメ)など。乾姜(生姜の乾燥したもの)、食事に山椒、唐辛子、ニンニク、ニラなど香辛料を上手に加える。飲み物には、シナモン、クローブ、カモミールなど。
ツボは、三陰交、関元、命門など。ストレッチは足から股関節をやわらかくすることも大切と教わった。この程度なら何とかできそうだ。

   香辛料
      乾姜   唐辛子   山椒

冬の食材として、T先生のおススメは、蓮根、百合根、長芋など、食文化にすでに浸透している馴染みのあるもの。「食文化が育んだ知恵を改めて意識しながら、その季節を過ごすことで、来年は今年ほど身体にこたえないように一層健康な身体を創り上げていく」という。この冬はせっせと蓮根やきくらげを取り入れることにした。

以前、気功を習っていたころを思い出した。楊先生は折に触れて「ストレスは万病のもと」「自分で自分を守らなくてはだめ!」と免疫力をアップさせる食材や病気の予防法を教えて下さった。まさにセルフケアだ。(気功と養生楊先生おすすめの気功
つれづれ

「はけの森」へ

2018年12月07日
今日は24節気の1つ「大雪」。暦便覧では「雪いよいよ降り重ねる折からなればなり」とある。 日に日に寒さが増し、地方によっては雪が降り積もり、 様々な動物が冬眠に入る時期。

ずいぶん前になるが、野川や「はけの道」にスケッチに度々通った。武蔵野国分寺、真姿の池、殿ヶ谷戸庭園、貫井神社、滄浪泉園、小金井神社、ほたるの里、そして「はけの道」(国分寺崖線)から武蔵野公園、野川公園を歩いたこともある。
この「はけ」とは立川から世田谷までつづく多摩川の浸食によって出来た崖のこと。(秋の野川

「はけの道」の途中に武蔵小金井市立はけの森美術館がある。この美術館では、洋画家の中村研一の作品を中心としたコレクションを紹介する所蔵作品展のほか企画展が年1~2回開かれる。
今回の企画展『ほとけをえがく、そしてうつす』(~12/22)は、台東区所蔵の東京芸術大学修了制作の一環として制作された敦煌莫高窟壁画模写と法隆寺金堂壁画の模写。N先生の敦煌壁画の模写も展示されているというので、ギャラリートークの行われる日に出かけた。

     ほとけをえがく展
    「ほとけをえがく、そしてうつす」 *Click!
「敦煌莫高窟台220窟南壁 阿弥陀浄土変相部分(初唐)」

美術館の前に立ち寄った「滄浪泉園」は「はけと湧水」をたくみに生かした由緒ある庭園。古多摩川が長い年月をかけて南西に移って行った過程で作った、最も古い段丘の1つに位置する。 当初は3万3千㎡余あったといわれる庭園も今では3分の1程度になったが、千本ほどあるとされる雑木林の樹種はあわせて135種類。「東京の名湧水57選」に選ばれた湧水、こんこんと湧く清水をたたえた池、園内は武蔵野の面影を十分とどめている。

  滄浪泉園
        滄浪泉園

国分寺崖線と呼ばれる斜面からは豊かな地下水が湧き、この「はけ」は、立川市の北東から世田谷区の野毛町まで続く。
滄浪泉園近くの「はけうえ遺跡」からは石器時代や縄文時代の人々が「はけ」沿いに生活していたことがわかっている。

  美術館
      はけの森美術館
   美術館の庭
      美術館の庭

「はけの森美術館」の今回の展示は「仏教壁画」と「模写」の2つがテーマ。敦煌莫高窟は4世紀半ばから14世紀にかけての非常に長い期間にわたって造営が続けられた。その中でも7世紀からの唐代は、ちょうど日本に仏教が伝わった時期。教えだけでなく、日本でも仏の姿をあらわすようになったとき、唐代の絵画はお手本となった。日本最古の本格的な仏教壁画として法隆寺金堂壁画をみると、唐代の敦煌莫高窟と共通する要素を見出すことができるという。

ネガティブに捉えられがちな「模写」だが、実は奥深いもの。複製とは異なり、模写することで「追体験」をして学ぶ、傑作がどのような手わざによって生み出されているかを、忠実になぞり体験することで理解していく貴重なレッスンでもあるという。
画を学ぶ上で模写が重要だということが最近になってやっとわかってきた。以前、日本画デッサン教室で鳥獣戯画などの模写の時間が嫌でサボりがちだった。後悔先に立たず。

ギャラリートークに集まった10数人の中にKさんの姿があった。彼女もN先生の画とギャラリートークのために駆けつけたのだとか。トーク後、学芸員の方としばらく話をしたあと中村研一の水彩画、パステル、鉛筆画などを鑑賞。

Kさんと美術館の敷地内にある「はけの森カフェ」へ。中村研一夫妻の住居を改装したカフェのメニューは往時の中村家の家庭料理をイメージしたものだとか。「ほとけをえがく、そしてうつす」展コラボの「蓮の実餡の黒米ブッセ」と紅茶をいただいた。画の教室ではあまり話をする機会がないKさんと薄暗くなるまでお喋りした。

   カフェ
      はけの森カフェ

道に出ると、ちょうどバス停にいたコミュニティバスに乗って駅へ。かなり歩いたと思ったこの日の歩数は8,000歩程度だった。
遠いと思って最近は敬遠していた野川、はけの道だが、上野とさほど変わらない。また1つ行きたいところが増えた。
旅・散策・イベント

昼食と昼寝

2018年12月06日
スマホの普及などによりライフスタイルが多様化し、今の子どもたちも睡眠時間が不足しているらしい。大阪市の小学校で児童が机に伏せて寝る「午睡」の時間を設け、睡眠習慣の改善に取り組んでいるところがあるそうだ。以前にもどこかの中学校や高校などでもこうした昼寝の時間があるときいた。(昼寝ですっきり??短い昼寝

15分の仮眠をとったグループはそうでないグループに比べて作業効率がアップすることがわかっている。質の高い昼寝をとることで、記憶力や学習能力の向上 集中力の復活 疲労回復 ストレス解消、精神安定、心臓病やアルツハイマー病のリスクの低下などがあるという。

ラジオをきいていたら、午後になると眠くなるのは、自然のリズムでもあるらしい。睡眠不足も原因の1つでもあるが、もっとも大きな原因は血糖値の乱高下による「機能性低血糖症」の可能性。
昼食に丼ものやラーメンなどを食べると、猛烈に眠くなり仕事が手につかなくなったり身体がだるくなるのは当然だとか。米やラーメンのように精製された炭水化物はとくに吸収が早く血糖値が急激に上がる。そのためインスリンが出て一時的に低血糖になる。この血糖値が急激に下がるときに倦怠感、眠気が襲うのだという。
 
昼寝をしたり、身体を動かしたりすることもいいが、昼食に一工夫することも大切だという。つまり、血糖値を乱高下させない食事をする。早食いをやめ、昼食と夕食にご飯やパン、麺類、デザートなど炭水化物と糖質を控えるようにすると症状が改善するとか。ご飯も丼物でなく、定食を選び、おかずの中でも食物繊維が豊富な野菜などを摂ると、血糖値の吸収がゆるやかになる。その後にメインのおかず、肉や魚、豆類などの蛋白質、ご飯は最後にすると量も少なくて済むと。
  
   丼
     「勝丼」に「せご丼」

大田区、品川区内で展開されたどんと来い!幕末・明治プロジェクトも先月末で終ったが、「勝丼とせご丼とゆかりの地をめぐる幕末・明治スタンプラリー」で提供されたのは丼物がほとんどだった。
洗足池や本門寺など勝海舟、西郷隆盛、坂本龍馬ゆかりの地は何度か訪れたが、一度も食事する機会はなかった。

昼食後から15時の間で30分程度の昼寝が有効という。それ以上長く、深い眠りに入ると、今度は夜の眠りを妨害するので逆効果。実際45分寝てしまうと心筋梗塞のリスクが減るどころか1.3倍に、認知症も1間以上の昼寝の習慣がある人はリスクが2倍になるという研究結果もあるらしい。

毎朝5時ごろ、目覚まし代わりのスマホに起こされることなく自然に目が覚める。ラジオをつけてすぐに起きずにトロトロしているが、最近は二度寝してしまうことも多くなってきた。就寝中も付けているウェアラブルウォッチのデータをみると、何度か起きた日もあれば、小刻みながらも深い睡眠が比較的長い日もたまにある。それは1日外出したとか、太極拳の練習をした日などに多いかもしれない。

  睡眠の深さ
  深い45分 浅い5h15分 起12分
        / 深い1h14分 浅い5h 5分  
  
午後になると眠くなることは以前からよくあったが、最近はあまりいい睡眠をとっていないのか、朝食後1時間もしないうちに眠くなることもたまにある。
今一つやる気が起きないのは食事のせいだけではないような気もするが、食事を見直し、昼寝も30分以内にすれば、少しは免疫力が上がるだろうか。漢方内科で処方されて飲み始めた漢方薬もそろそろ2ヶ月、効き目はあるようなないような。
つれづれ

実のなる熱帯植物

2018年12月05日
渋谷区ふれあい植物センターの2階で面白いものを見つけた。熱帯植物の花の写真とヒントが書かれた蓋を開けると、植物名と実の写真があった。(日本一小さい植物園

 2階
     蓋を開けると答えが…

アーモンド(バラ科) 同じバラ科のサクラやモモの花にそっくり。
  アーモンド

カカオ(アオギリ科) 花の数のわりには実が少ない。実はとても大きいが、花は直径1.5㎝程度と小さい。
  カカオ

アセロラ(キントラオ科) オレンジジュースの14~35倍のビタミンが入っている。
  アセロラ

モモイロバナナ(バショウ科) 天然のピンク色で、果肉の中にたくさんの種がある。熟すとひとりでにむけていく。
  3851no8.jpg
 
ドラゴンフルーツ(サボテン科) 中央・南アメリカなどで育てられている。月下美人と似た花が咲く。
  スドラゴンフルーツ
 
スターフルーツ(カタバミ科) 実は生で食べる以外にジャムにもできる。断面が星型のためこの名がついた。
   スターフルーツ

ほかにコーヒー、マカデミアナッツについても解説があった。可憐な花からは想像つかない形をしている実、どれも人間たちの役に立っている。
植物など

日本一小さい植物園

2018年12月04日
渋谷区にある「ふれあい植物センター」は日本で一番小さいといわれる屋内型植物園。熱帯植物をはじめ、多肉植物や食虫植物、ハーブなど、年間を通しておよそ500種類の植物を鑑賞できる。清掃工場からゴミ処理で作られた電力を供給されている施設。

   センター

先月、國學院大學博物館から渋谷駅まで歩いたが、途中、清掃工場の煙突が見えたので久しぶりに立ち寄った。
何回か訪れたことがある植物園だが、いつも比較的空いているので、ゆっくりと周れる。7年前の6月には、「ホタルの夕」にりんりんと訪れた。(ホタルの夕べ

  植物園
  1階
  ラフレシア
      ラフレシア(模型)

ラフレシアは、インドネシアのスマトラ島に分布するラフレシア科ラフレシア属の全寄生植物の1種。 山地のやや湿った林床に生育し、ブドウ科ミツバカズラ属の植物の茎または根に寄生する。開花中は周囲に肉の腐ったような臭気を放出する。この臭気に誘われて集まったハエによって雄花にある花粉を雌花に運ぶといわれている。

小川が流れる温室「グリーンガーデン」には、モモイロバナナバオバブといった熱帯植物を中心にたくさんの植物が茂っている。 中央に置かれた青い水槽には、クロメダカドジョウなど、かつて渋谷に生息していたという生き物たちの展示も。

また、2階は「学習エリア」。テーブル(飲食可)で本を読んだりくつろぐことができる。図書コーナーには植物や園芸、昆虫に関する本がおよそ700 冊あり、誰でも自由に利用できる。また、植物だけでなく、水生生物の飼育展示や小さな遊戯コーナーも。近ければ、頻繁に訪れたいスポットだ。
植物など

銀杏の季節に

2018年12月03日
神宮外苑前の銀杏並木が色づくころにKさん、Aさんたちのグループ展が開かれるが、画廊の窓から眺める晩秋の銀杏並木も1つの楽しみになっている。

 秋
    外苑前駅ホーム 壁画
 ホーム
    画像は2015年12月のもの

Fさんとは1年ぶりだろうか、Yさんに予約していただいた青山の葉山庵tokyoでランチ。ビルの6階の窓からは渋谷ストリームなど渋谷の街がずいぶんと近くに見えた。

    葉山庵tokyo
      スパークリングワインで乾杯

ゆっくりとした時間を過ごして画廊へ向かう。鮮やかに色づいたケヤキをほとんど見かけない今年、外苑前の銀杏はまだ緑色を残し、黄色い葉とのコントラストもよかった。

 2018.11..22
      2018.11.22

毎年、この時季に開かれるこのグループ展は、F先生の日本画デッサン教室のメンバー中心。F先生が亡くなって早いもので14年が経ったことに驚く。
昨年の今ごろは怪我をされて入院中だったAさんもすっかりお元気の様子。最年長のKさんのもっとも明るく若々しい画には感銘を受ける。

画廊から渋谷に向かって歩いた。Fさんは青山一丁目から地下鉄へ。Yさんと2人、クリスマスイルミネーションで飾られた通りを渋谷駅まで歩いた。渋谷ストリームまで来るとさすがに賑やかだった。

クリスマスツリー
ストリーム

年毎に異なった色あいをみせる銀杏並木。約300mつづく通りの両側にはおよそ146本の銀杏が立ち並ぶ。青山通り口から樹高の高い順に植えられたイチョウは遠近感が強調されている。(黄葉スポット

   2013.11.22
      2013.11.22
 2014.12.2
       2014.12.2
  2016.11.28
     2016.11.28
 2017.11.25
      2017.11..25
旅・散策・イベント

変わる渋谷の街

2018年12月02日
来秋、渋谷駅真上に高層ビルが生まれる。東急電鉄が渋谷駅周辺の再開発を進める複合ビルの屋上にできる展望施設の名称が「SHIBUYA SKY」に決まったという。47階建ての地上約230m、渋谷区ではもっとも高く、広さも日本最大級だとか。

今年9月に東急東横線の旧渋谷駅ホーム南部の線路跡地に「渋谷ストリーム 」が開業した。渋谷川を挟んで西に旧東横線の高架、東に明治通り。商業ゾーンの他、ホテルや渋谷最大面積を誇るオフィス、700名を収容できるホールなどの大規模複合施設。渋谷駅周辺で唯一川が地上に顔を出し、明るく開放的な親水ゾーンが誕生した。

   並木橋から
   徒歩橋から

先月、久しぶりに國學院大學博物館に出かけた。今までは往復バスを利用していたが、この日の帰りは渋谷ストリームまで歩くことにした。氷川神社の色づき始めた樹々の中を抜けて東交番前の交差点に出ると清掃工場の煙突がみえたので、「ふれあい植物センター」に立ち寄ることにした。
「ホタルの夕べ」にりんりんを連れて来たのは10年近く前、極楽鳥花のスケッチに訪れたのはいつだったか。ここは都内で最小の植物園だが、温室で200 種類以上の熱帯植物が栽培されていて、それなりに楽しめる。

並木橋付近までの渋谷川は以前とあまり変わらないようだが、駅までの遊歩道は洒落た空間になっている。夜になればライトアップされて、明治通り沿いの店舗裏の窓や換気扇、室外機、ダクトなども目につかなくなるだろう。
レモネード専門店「LEMONADE by Lemonica」には平日の昼間というのに行列ができていた。金沢、高崎で大人気となり、都内では下北沢、原宿に展開中だとか。

   レモネード

渋谷ストリームの大階段、稲荷橋広場では「CHTISTMAS pairing bells」 (11/15~12/25)などクリスマスに向けて準備の真っ最中だった。

  大階段
       13:10         13:50
   準備中
  店舗 
       駅へ   
旅・散策・イベント
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