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ゴーヤ料理

2019年08月31日
今日は「野菜の日」。「や(8)さ(3)い(1)」(野菜)と読む語呂合わせから。全国青果物商業協同組合連合会(全青連)など9団体の関係組合が制定。

今年のゴーヤは不作。2階ベランダの鉢植えには、大小?というか中小合わせて11個しかならなかった。(やっと収穫
ほぼまっすぐの実もあったが、ほとんどは小さいまま曲がっていて、そのまま黄色くなっていった。
桂花会の暑気払いの集まりでもゴーヤが話題になった。その後のLINEでも。

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     最後の2つ     小さいままで    
   
Fさん 「実は未熟児なのね。きれいな黄色だけどね」
Aさん 「可愛い! 天ぷらにすると、種子も香ばしくておいしいですよね!!」
Fさん 「Aさん、やったことあるのね!私はゴーヤ、塩もみくらいしかしたことなし」
Aさん 「ええ、天ぷらは、綿のままスライスして揚げるので簡単! あと、中身をくり抜いた中に、ひき肉と玉ねぎを混ぜたアンを入れ、小麦粉をまぶし、ゴマ油で焼きつけるのもお薦めです!! その時、肉のアンは、ビニール袋に入れて絞り出すと便利です。お試しください」

Aさんは日本語学校の先生をしているが、栄養士でもある彼女、さすがレパートリーが広い。
天ぷらは無理だが、ゴマ油で焼く方は早速やってみることにした。
 
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このひと月、摘芯した茎をビンに入れて眺めている。数日間、水中で元気でいる。窓辺に置いてあったゴーヤの蔓がブラインドに巻き付いていたことも。眺めれば眺めるほど、美味しそうな葉、ネット検索すると、天ぷら、おひたし、卵と炒めたり、明太子で和えたりとたくさんのレシピが載っていた。

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暑気払いの翌朝、ゴーヤの摘芯したての若い葉、卵、ハムとを炒めてみた。物足りないくらい苦みがない。ほうれん草や小松菜のような独特の風味はないが、りっぱな一品になった。
LINEで一品?を送ると、Aさんから「美味しそう。ゴーヤの葉から、ふんわりと漂う瑞々しい香り、大好きです!」とお褒めのことば。

最後の2つがなくなったら、買ってきたゴーヤでチャンプル以外の料理にも挑戦を宣言すると、Aさんから「餡を詰めてから1センチくらいにカットしてね!苦みと歯ごたえのある、餃子風になります。是非お試しあれ!」「ゴーヤはミネラル豊富で、この季節にはもってこい、身体も冷やしてくれます」
「出遅れたが、これからどんどん食べなくちゃ」とFさん。夏も終わりに近づいた。
植物など

夏の虫、秋の虫

2019年08月30日
じゅんじゅんの虫好きはどうやらホンモノらしい。コガネムシなどを捕まえてきて飼い始めたが、今頃になって、仲間が増えたという。コガネムシのようにキラキラ光っている「ニジイロクワガタ」だとか。(迷路はできたかな?
 
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             コガネムシ
   
ニジイロクワガタは、オセアニアに生息。ニューギニア南部及び、オーストラリア北部のクイーンズランド州が有名な生息地。七色に輝く世界一美しいクワガタとして知られる。

グループLINEに送られてきた画像はニジイロクワガタらしいが、「夏も終わるからすぐに死んでしまうだろうが、イトーヨーカ堂の売場で死ぬよりは少しでも飼ってあげた方がまだいい」と彼が欲しいというクワガタを買ったそうだ。

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            ニジイロクワガタ

「たかそ!」と書いたりんりんに「そんなこと言っていないで、失くしたレポートをさっさと探しなさい」と母親。ありゃ、また、失くしもの名人になったのか。

この夏、庭でアブラゼミの声をはじめて聞いたのは7月15日だった。17日に鳴き始めたミンミンゼミだが、いまだに朝から暗くなるまでミ~ン ミン ミン ミ~ンと鳴いている。
ツクツクボウシが鳴き始めたのは8月9日、ちょうど長崎の原爆忌の日。ツクツクボウシミンミンゼミと競い合うように鳴いている。
実に賑やかなこと。

24日、桂花会の暑気払いの夜、門まで来ると虫の声がしていた。前の晩は家にいたが、聞こえなかった。
この晩は涼しく、アルコールが入ったせいか熟睡、3時に目が覚めてしまった。すると虫の声が聞こえた。夜にきいた虫の声だ。そして明るくなるとピタっと止んで、ミンミンゼミツクツクボウシにバトンタッチ。

すっかり目が覚めたが、まだ外は真っ暗。ベッドの中でスマホで検索して、鳴き方で虫の名前がわかるサイトをみつけた。
実際の声ときき比べてわかったのはツヅレサセコオロギ。13から22ミリくらいの中型のコオロギ。リィリィリィリィリィ・・・・・・エンマコオロギの鳴き方とは違う。大型のエンマコオロギはコロコロコロ、コロ、コロ、コロと鳴く。鳴く時期はどちらも8月から11月だという。
秋はもうすぐ、これからは秋の虫が主役になっていく。
身近な人びと

この夏最後の「暑気払い」

2019年08月29日
恒例の桂花会(中国語学習会の同窓会)の暑気払いは夕方から始まった。今回は中国湖南へお茶の旅のSさん、中国短期留学のT氏のほか体調不良などで都合がつかなかった人も多く8人となった。
この会も10年、新橋から始まって銀座、そして東上野(新御徒町)と、すでに24回目だそうだ。もとは沈老師の中国語学習会メンバーのため、月1度の桂花茶会は中国語作文の宿題がある。

この集まりは日本語使い放題、飲み放題と料理長の美味しい料理が魅力。
料理は青森産しめ鯖、豚肉と大根の黒酢煮込み、そうめん南瓜の天ぷら、空心菜炒め、米茄子と鶏肉のピリ辛炒め。  

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       黒酢煮込み   そうめん南瓜の天ぷら

そして定番は料理学校で中華を教えていたという料理長の麻婆豆腐。デザートは世田谷産の葡萄(タマユタカとフジミドリ)。
飲み放題のアルコールは、ビールからはじめて赤白ワインや焼酎などいろいろ試す人が多い中、Fさんと2人はいきなり麦焼酎から始めた。2杯目からは芋焼酎のお湯割り、何杯お替りしたか覚えていない。

新御徒町駅で二手に分かれ、Sさん、Fさんと春日駅で分かれ、都営三田線に乗り換えた。土曜日の10時近いこともあり、車内はガラガラ。撮った数枚をLINEアルバムに入れ、ウィチャットで中国湖南省旅行中のSさんに写真を送るとすぐに「今、岳陽です。岳陽楼に登りました」と。彼女は岳陽楼は何度か訪れている。
 
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         岳陽楼

岳陽楼は、洞庭湖の東北岸に建つ三層の木造建築。眼下に広大な洞庭湖、北に長江を臨む雄大な景観で知られる。杜甫の『登岳陽樓』(岳陽楼に登る)という五言律詩で有名。
  
T氏は何度か短期留学経験のある大連でなく、今回は、「雲南省昆明で宿舎3食付きの学校で勉強中。田舎で物価安く、一対一です」とのこと。10月はスペインに行き、11月初めに帰国するとのことだった。彼の場合はVPNでLINEもGoogleも使えるようにしたとかで、LINEで返信が来た。

昆明といえば、初めて訪れた中国の街。ちょうど「世界園芸博覧会」が開かれていた。初めての海外旅行は「雲南省と貴州省の少数民族を描く」旅だった。これが中国か!とみるものきくもの初めてのものばかり、強烈に印象に残っている。

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       昆明の街   1999.5

中国の地方都市昆明は雲南省の省都、標高2千m近い高地でありながら、昆明は「四時如春」といわれる。四季を通じていつも春のようと言われる。
中国の急激な経済成長の影響を受けて、日々変化しているが、1999年の「世界園芸博覧会」の影響はとくに大きく、大都会の仲間入りを果たしたという。それでもまだ街の片隅に、どことなく中国の田舎らしい泥臭さを残し、周囲を取り巻く少数民族たちの存在が、東南アジアへの通り道であることを感じさせている。

この夏最後の暑気払いは少しさびしかった。次回は12月。M氏とO氏の元気な姿をみることができるように願うばかり。
中国・中国の旅

自家製麦茶 完成

2019年08月28日
今年はさまざまな体験をしてきた。郷土博物館で大森麦わら細工の会に参加して、麦刈りをし、麦切り、そして麦わら細工も教えてもらったりもした。麦茶づくりをしようと麦の穂を分けてもらったのだが、眺めるだけでひと月が過ぎた。

夏休みになると、小学生の体験講座「勾玉づくり」のお手伝い、そして「大麦の脱穀と麦粉菓子」体験は小学生と一緒に。
この日、麦茶を焙煎していたのは、学芸員や学生さんたちだったが、カセットボンベにフライパンでゆっくりと木べらを動かしていた。
何ともいえないいい香りが部屋中に漂った。出来上がった麦粉菓子は少し残してしまったが、出来立ての麦茶の美味しかったこと!

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        手作業で脱穀・・・  7.24
 
わが家でも早く麦茶をつくろうと思ったが、手作業でやり始めた脱穀はすぐに諦めるしかなかった。
ネットで調べると、段ボールと小型扇風機で簡単な唐箕がつくれることがわかった。ごんさんに頼むと、翌日にはコンパクトな簡易唐箕が出来ていた。
あとは猛暑がおさまってくれれば言うことがない。麦のヒゲやら殻などが飛び散るので、室内ではやりたくない。外でやるには暑さと蚊対策もしなくてはならない。

ひと月放っておいた8月下旬、やっと暑さが一段落した。ネットで見たようにはうまくはいかなかったが、庭に出した簡易唐箕に3回ほどかけ、その後、細かい調理用のザルでふるったりしたが、ヒゲなどがまだ残った。

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            簡易唐箕で   8.25
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            細かいザルで

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            水に浮かせて

その後は水に浮いたものを掬い取り、新聞紙を広げて天日干しをした。
好奇心旺盛のトモが上で寝そべるのではという一抹の不安があったが、2階へ上がった。まもなく、ごんさんから「トモちゃんが麦の上に乗っかった」という報告があった。 

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         天日干し

夕方になって、焙烙風の陶器をガスにかけ、弱火で少しずつ焙煎を始めた。麦の大きさが色々、ところどころポップコーンのように白く弾け始めるころには、換気扇をつけても隣の部屋まで麦の香ばしくいい香りが漂った。

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15分ほどガスの前に立ち、木べらで混ぜつづけていたので、少々疲れた。だいぶムラだが、焦げ目もついて倍以上に膨らんだのでとりあえず終了。結局、半分ほどを2回にわけて焙煎し、残りは缶に入れて保存することにした。(麦茶の効用

今日は午後からわが家にすいよう会のメンバー6人が集まって勾玉づくり。今月初めの集まりのときに「勾玉づくり」の話が出た。さっそくお孫さんとつくるというSさんの5個も含めて13個注文した。博物館でつくったのより小さめ、しかも大体の形ができた半完成品。(勾玉づくり) 
おそらく1時間はかからないででできそうだ。3時には焙煎したての麦茶を淹れようと思っている。
植物など

今年は失敗だろうか?

2019年08月27日
今日は「スイカの日」。スイカは西瓜、トウガンは冬瓜、カボチャは南瓜、そしてツルレイシ(蔓茘枝)、つまりゴーヤは苦瓜。みんなウリ科の植物。
ニガウリ(ゴーヤ)は、中国語では 苦瓜 (kǔguā)や 涼瓜 (liángguā)などと呼ばれ、広東料理、台湾料理などで日常的に食用にするだけでなく、焙煎してお茶として飲用することも。
スイカは嫌い。カボチャは好きだが、トウガンは嫌いではなかったが、ニガウリは十数年前までは食べたことはなかった。それが、どうしたことか、グリーンカーテンをつくるようになった数年前から大好きになった。

一昨年のゴーヤ栽培は驚くほどうまくいったらしく、数えられないほどの豊作で、何度も食卓に上った。(ゴーヤのカーテンゴーヤ三昧の夏
そうした印象が強烈に残っているせいか昨年の印象が薄れていたものの、2階のベランダの鉢植えのゴーヤも天井まで届くほど伸びていた。(今年のゴーヤ

そう思うと、今年は、地植えのゴーヤはほぼ失敗。2階ベランダの鉢植えも昨年と比べても出来が悪い。
まず、苗の購入時期が1~2ヶ月遅れたこと。猛暑のわりに水やりが少なかったかもしれない。

地植えの方は8月末になっても小さな実が3個しかならなかった。わずか3本の苗を間隔を空けて植えたせいか、摘芯をしてもカーテンどころかスカスカの簾のようだった。

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     ベランダの手すりにも届かない・・・  8.23

さらに2階のベランダを越えることを予測してネットを2階の天井まで伸ばしたのだが、これが1階の庇までにも届かない有様。思うに、少しだけ土を入れ替えたが、連作に近いのだろうか。

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         ベランダのゴーヤ     8.23

本来、地植えの方がうまくいくはずだが、2階ベランダは摘芯がうまくいって、少なくともグリーンカーテンにはなっている。
日当たりはよく、咲いた花によく蜂が来ているのをみた。それでもわずか11個しか実をつけず、食卓に上ったのはその半分程度。
ベランダの「ほろにがゴーヤ」はどれも同じ条件のはずだが、実は素直な形は4本ほど。あとはへそ曲がりばかりであまり大きくならない。しかも曲がっているのに限り小さいまま黄色く熟し始めている。もうこれ以上大きくならないと宣言しているかのよう。

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それでもこの夏はゴーヤを3度ほど味わった。今までは箸をつけなかったごんさんも。
来年は梅雨になる前にできれば10本以上の苗を植えよう。そして土を新しくして水もたっぷりと、肥料も考えなくてはならないだろう。
植物など

ほど遠い「断捨離」

2019年08月26日
日常の掃除や片付けは苦手だが、整理や模様替えは大好きときているから困ったものだ。目に留まった書棚の本の位置を並べ替え始めたり、抽斗の中の整理や卓上のペン立の筆記用具を入れ替えたりすることはよくある。1つの抽斗が終わると、机すべての抽斗に移り、そのうち机の位置を変えたくなり、ガタガタと動かし始めるといった具合。

つい最近は隣の部屋で使っていたビューローを運び入れ、中身を入れ替えるのに数日かかった。思いついてミシンの横に入れようとしたソーイングボックスが数センチの差で入らない。そんなことから雑然としている箱の中身を整理したくなった。

わが家には裁縫道具が入っている箱が3つある。祖母が使っていた塗りの裁縫箱、母愛用の持ち手のついた木製、そしてなぜか娘の「リトルツインスターズ」のデザインのプラスチック製ソーイングボックス。(コンパクトな裁縫箱

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3つの箱からすべてのものを出して広げてみると、同じものがいくつもあることにあらためて驚いた。針刺3つはいいとしても、錆が出ている糸切ハサミが6つ、指ヌキときたら金属が3、皮製が5つもあった。ボビンも縫い針も数えられないほど。ミシン糸は黒や白の糸は未使用分入れて各10個以上。祖母の縫い糸はまず使わないからと缶にしまって処分できないでいる。

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ソーイングボックスに一式入れて、サンリオの箱は空になった。あとは裁縫箱に糸や余分なものをとりあえず保管。このとりあえずがよくないのだが。
父の本棚の下段に祖母と母の裁縫箱を入れて、ミシンとは離れたが、収まりがついたように思う。

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まずは、山積みになっている母の残した茶道関係の本と、絵の関係の本を処分し終わったら、母の着物で何点かリメイクしようと思っているのだが、いつになるやら。
身近な人びと

モネの池にのように

2019年08月25日
この夏、三鷹市の井の頭池に絶滅危惧種の水草「ツツイトモ」が池面を覆うように繁殖し、昨年の約6倍に拡大したことがわかったという。夕方LINEで東京新聞の記事を読んで嬉しくなった。

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  ツツイトモに覆われた池   2019.7 (東京新聞

ツツイトモはヒルムシロ科の沈水植物。小型の多年草で、細い線状の葉が特徴。
井の頭池にはアオコなどの植物プランクトンが増え、水質が悪化している。外来魚が多くなり在来魚が減少、小魚やミジンコなどの隠れるツツイトモなどは姿を消した。
  
2013年度以降、3回にわたって行われた「かいぼり」で復活し、水草も年々増えてきたという。1年前と比べてボート場付近での繁殖が顕著になっていて、今年はボート利用者がオールを漕ぐ際、絡みつく水草に戸惑うほどだとか。

かつて農作業の年中行事だった「かいぼり」は、現在では、池の水質改善や外来生物の駆除が目的。池の水は神田川などに排水、池底の天日干し、水草の植え付けなどを行う。
はじめて「かいぼり」を見たのは井の頭公園の弁天池の「かいぼり」。2015年11月10日から池の水抜きが開始された。池の水が減るにつれて、2トントラック2台分の自転車やテレビ、建設廃材などのゴミが引き揚げられた。廃棄された自転車が200台とか、賽銭箱もあったとは!

21日から水位の下がった池でボランティアが魚などの捕獲作業が開始された。翌日は「小寒」、さすがに寒かった。10時少し前、弁天池に到着。「かいぼり隊」と数人の投網師が池の中で魚を追い込んでいた。
3日間の捕獲総数は6512匹。捕獲された在来種は池に戻すが、外来種は肥料業者に引き渡して処分する。(かいぼりが始まって生態系の回復を

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        かいぼり   2015.11.23
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今年のツツイトモなど水草の復活は、池の水辺で暮らす在来生物にも好影響を与えていて、カイツブリは今年、過去最多の6組の番いが確認されている。水草に産卵するイトヨリトンボなどの個体数は昨年の3倍に。
水草をクロード・モネが描いたスイレンに見立ててまるで「モネの池」などと話題を呼んだ。以来、池を見に来る来園者がふえたとか。
旅・散策・イベント

「迷路」はできたかな?

2019年08月24日
この春、小学生になったじゅんじゅんははじめての夏休み。彼の最近の興味はどうやら恐竜と昆虫に絞られてきたようだ。学校からの帰り道、毎日のように昆虫を持ち帰るようになったらしい。たいていは死んでいたりするが。ついこの間までアリを見て逃げていた子だとは信じられない。

思えば、このころの兄りんりんは、お城や日本の歴史、とくに戦国時代に夢中だった。中国の歴史や「三国志」などにも興味が広がっていったのは3年生くらいからだろうか。
ダンゴムシの迷路をつくって遊んでいたことがあったにはあったが、恐竜にも昆虫は見向きもしなかった。

7月末、2日つづきでじゅんじゅんが持ち帰ったコガネムシを飼うことになったが、2匹とも3週間近く経った今も生きているというから驚きだ。「コガネムシのかんさつ」も自由研究になったようだ。

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           コガネムシ

お盆休み、映画『トイストーリー4』を兄に連れて行ってもらったじゅんじゅん、わが家に寄ったので「くりらぼ多摩川」に連れて行った。夏休み期間は町工場で生れた「スクラップ」材料が揃っているクリラボ。
8月初め、偶然立ち寄ったときに買ってきた円型(舞台用のLEDらしい)スクラップをチェーンでぶら下げるだけのペンダントにした。持ち帰った2つをFさんたちにあげたので、翌週再び仕入れに?行った。(捨てたもんじゃない スクラップ

じゅんじゅんを連れて行ったのは3回目、閉まる直前だったため、スクラップ材料を買って帰ることに。「こんなのができるのよ」とスタッフのスマホをみせてもらって「迷路」用にボール紙の切れ端数枚と鉄製のボールなどを選んだ。1g10円だが500円になった。ほとんどボールの重さだ。

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        選んだ廃材の重さを測る

彼らが帰宅後、迷路をつくり始めたじゅんじゅんの画像が送られてきた。鉄のボールが重すぎてうまく転がらないらしい。ビー玉でよさそうだ。

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     つぎはどうするかな・・・?

夏休みも終わりに近づいている。何はともあれ、この工作?は学校へ提出することもない。自由研究は「こがねむしのかんさつ」のほかにも「うちのネコのしょうかい」「ゆうはんのさんちしらべ(夕飯の産地調べ)」が出来上がっている。
高1の兄の方はといえば、今頃になって「レポートがまだ4つも残っていた」ことに気づいたらしい。少しは焦ってもいいと思うが、部活のない日は寝るかスマホか、ダラダラと過ごしている。これまでもずっとこんな調子なので驚きもしないが。
身近な人びと

ビルの植物工場

2019年08月23日
今日は24節気の1つ「処暑」。『暦便覧』では「陽気とどまりて、初めて退きやまむとすれば也」と説明している。暑さが和らぐという意味。厳しい暑さの峠を越し、朝夕は涼風が吹き始め、山間部では早朝に白い露が降り始め秋の気配を感じる。この頃は台風のシーズンでもあり、二百十日、二百二十日とともに台風襲来の特異日。

東京駅八重洲口からほど近いところにある、緑のランドマークと呼ばれていたパソナグループの本部ビルはビル全体を「アーバンファーム」と位置づけ、都会でできる農業の可能性を提案。LEDでの野菜栽培やハイブリッド電源の植物工場、潅水装置の導入など、新たな取り組みを実践してきた。(健康もエコも・・・野菜の栽培
Sさんともりんりんとも見学に訪れた「アーバンファーム」だが、2017年4月、本部移転に伴い終了していたことを最近になって知ってがっかりした。

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         パソナ   2013.11

東京メトロが2015年から栽培を始めたのは>「とうきょうサラダというプロジェクト。東西線の西葛西駅から葛西駅間の高架下の50坪ほどの土地に野菜工場がある。   

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この植物工場は高架下を管理しているグループ会社と協同で運営。現場で栽培をしているメンバーは農業未経験、中には元々東西線の運転士だった人もいるのだとか。フリルレタスなどのレタス類、ロメインレタスやチコリ、バジル、ベビーリーフ、ハーブ類を栽培。
そこで採れた野菜の品質の高さが注目を集めているという。(東京メトロの野菜工場

2015年6月、銀座の伊東屋本店がリニューアルオープンした。その際に2つのテーマを設定したのだとか。1つは「働くをサポートする」。もう1つは「買う場所から過ごす場所へ」。
全12フロアのうち文具売り場が占めるのは8フロアで、11階には水耕栽培で野菜を育てる「FARM」がある。この階にあるのはガラスの向こうに並んだフリルレタス、ルッコラ、ミントなど緑の野菜たちだけ。太陽の代わりにLEDの光を使い、土の代わりに水耕栽培で、野菜の栽培がおこなわれている。
12階には採れたて野菜を使用したカフェがあり、1階にあるドリンクバーでは、1袋¥300で野菜の販売も行っているのだとか。

文房具好きとしては大好きな店だが、フロアも狭くエレベーターは混むのでここ数年は足が遠のいていた。銀座に出かけることも少なくなったこともあるが、リニューアル後一度も行っていない。機会があれば、新しくなった伊東屋を探索してみたい。
旅・散策・イベント

「えきもく」ベンチのある店

2019年08月22日
先日、大田区民プラザに立ち寄ることがあった。ロビーに見慣れないベンチが置いてあった。池上線の駅に置かれた木製ベンチに形が似ていた。(池上駅の長いベンチは・・・
背もたれの端のプレートには「このベンチは旧池上駅舎の木材で作られています 駅古材活用プロジェクトえきもく」と刻まれていた。

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      座布団付ベンチ  @大田区民プラザ

「駅古材活用プロジェクト(えきもくプロジェクト)」の第3弾は、池上駅の改良工事で出る古木材の活用。池上駅の長い木製ベンチを「えきもくベンチ」としてリデザインし、古材を用いたベンチの制作キットとして10組が無料配布されたという。
ということは、旗の台駅のように再び長いベンチは登場することはないのだろうか。(池上線 木になった駅」

ごんさんと池上総合病院に入院中の義母を見舞った帰り、気になっていた本門寺参道入口の「HOT SANDO」というカフェでランチをとることにした。以前ここは昔ながらの「栄屋ベーカリー」だったところ。前を通る度にこのパン屋さん頑張っているなあと感心したものだった。

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まちづくり拠点SANDO BY WEMON PROJECTSさんど ばい ゑもん ぷろじぇくと)がオープンしたのは今年の5月。カフェやイベントスペースを備え、人材交流と地域資源の発掘・発信する拠点。

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店に入るとすぐに目に入ったのが、「えきもくベンチ」だった。池上駅改修工事で出た廃材を床に利用してあり、入口の扉にも木材が生かされている。長いテーブルや椅子も池上駅の古材のようだ。大きなのっぽの古時計などもいい雰囲気を醸し出している。
   
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パン屋さんだったこともあるのか、サンドウィッチのメニューが多い。それぞれツナサンドと野菜サンドを注文、コーヒーもおいしかった。

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ごんさんと分かれ、池上図書館へ向かった。池上駅改修工事が2021年3月に延びたため、それまではこの店の前を通って図書館に行くことになる。たまに「SANDO」に寄ってみたいと思っている。
旅・散策・イベント

池上駅の長いベンチは・・・

2019年08月21日
東急池上線の戸越銀座駅、旗の台駅と多摩の木材を生かした駅舎にリニューアルされた。(木になる駅
今年10月で開業から97年、長い歴史のある池上駅は、駅ビル開業に向けての改良工事が行われている。

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          クレーンが目に入る
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      ホームも覆われて・・・  2019.8.17

毎年、ごった返すお会式の日は臨時の改札口がつくられたりしたが、そんな光景もまもなく見られなくなる。(池上で寄り道
2017年6月から始まった工事は2020年9月に開業予定だったが、工事遅延により2021年3月に延期となったらしい。
ということは、来年の池上本門寺のお会式に間に合わないということになる。

ホームの様子も少し見ない間に変わっている。今では珍しい構内踏切も消える運命。上りホームに電車が入ると遮断機は上がる。それから踏切を渡っても電車に十分間に合う。それだけこの駅はふだんでも乗降客が多い。(お会式の日に
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ホームは現在の場所で2Fの改札口を出るとコンコースから北口と南口に分かれ階段とエスカレーター、エレベーターで地上に降りる。5階建のビルには保育所、図書館、飲食の店などができる。とにかく図書館が移ってくるのが嬉しい。

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           下りホーム
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             上りホーム

旗の台駅も池上駅も長い木製ベンチがあった。7月末リニューアルが完成した旗の台駅のベンチは修復されて戻ってきた。
駅舎の壁と一体になっていた池上駅のベンチは旗の台駅より長く、全長10m。ペンキが剥げ落ちたり、なかなか痛々しかったが、背もたれの角度がいいのか、坐り心地が実によかった。2018年2月、長いベンチは撤去された。(昭和のベンチともお別れ
旅・散策・イベント

池上線「木になった駅」

2019年08月20日
グッドデザイン賞など数々の賞を受賞した池上線戸越銀座駅のリニューアルに続き、旗の台駅のリニューアル工事が完了した。
戸越銀座駅の工事は2016年12月に完成した。駅開業90周年を記念して、駅の利用者や沿線住民の意見を参考に歴史ある木造駅舎を雰囲気を継続する上でも木材を使うことに。
多摩地区産の木材を使用して、老朽化したホーム屋根を温かみのある木造ホーム屋根に取替え、待合室にも木材を活用し、居心地の良い空間に改修された。
木造の駅を木造でリニューアルするというのは全国でも珍しいという。(木になる駅舎

8月5日、あざみ野駅の整形からの帰り、旗の台駅で池上線に乗り換えるとき、今年7月末にリニューアルしたばかりの「木になる駅舎」に出会った。
戸越銀座駅と雰囲気は似ている。下りホームにはあの長い木のベンチと太い角材のベンチ?がつながっていた。
かなり傷みが激しかった古い木製ベンチは「お待たせしました 木製ベンチ復活です!!」と生まれ変わった。  

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     池上線旗の台駅 下りホーム 2017.6

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     リニューアル後のベンチ  2019.8.5 
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「お色直しがおわり、心機一転、みなさまのご期待に応えられるように戻ってまいりました。 悪くなっていたところが治り、丈夫になって、少し見た目は変わりましたが、中身は昔の記憶をもった私のままです。 これからも末永くよろしくお願いします。 旗の台駅のベンチより」

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            下りホーム
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             上りホーム 

多摩地区で生産される「多摩産材」を使用し、老朽化した駅ホームの屋根を木造に造り替え、待合室なども改修。木造とすることで、鉄骨造に比べ約300㌧の二酸化炭素削減に寄与するという。
なおホーム屋根は、都内の鉄道施設では初となるCLT(Cross Laminated Timber)を使用。繊維方向が直交するように積層接着した木質系材料で、断熱遮音の効果に加え、森林資源の循環利用を促進。

来年には池上駅が5階建てのビルに生まれかわる。こちらは大掛かりな工事が行われている。駅ビルには保育園ができるほか、図書館も移転するので今から楽しみだ。
旅・散策・イベント

やっと収穫

2019年08月19日
7月はじめに苗を植えたゴーヤ、7月末に最初の雄花が咲いた。雌花が咲き始めたのは8月7日。やはり、茎や葉がある程度成長しないうちは雌花はもちろん雄花も咲かないことが確かめられた。植物には植物の知恵があるようだ。(ゴーヤの夏
  
数日ごとに蔓の先を切っていったところ、2階のゴーヤは横に斜めにと脇から蔓が伸び、まさにカーテンのようになってきた。
切り取った茎を水に入れておくと、元気に伸びていく。ブラインドに絡みついたり、根が出た茎もあったのには驚いた。

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10日、大きなものから親指大の小さなものまで実は10ヶあった。

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         収穫 第1号

16日になってやっと20㎝ほどになった実を採ることができた。小さめだが、とれたての新鮮なゴーヤでチャンプルにしたところほど良い苦さ、実においしかった。
それにしてもだれに似たのか少々へそ曲がりのゴーヤが多い。
   
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植物など

暑気払いしても・・・

2019年08月18日
立秋を過ぎたが、暑い日がつづく。朝からミンミンゼミの声がしているかと思うと、ツクツクボウシ、クマゼミも加わり大合唱が始まる。
今も昔も体に溜まった熱を冷たい食べ物や飲み物で冷ましたり、海や川に入って暑さを凌いだり、漢方を使って体の熱をとったりする。また、江戸時代には夏バテ対策として、庶民は甘酒売りから買って飲んでいた。甘酒は米麹についている麹菌の酵素が米の栄養素を吸収しやすい形に分解されるので、飲む点滴とも呼ばれる江戸時代の栄養ドリンク。ちなみに「甘酒」は夏の季語。
そして暑熱順化

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      池上 萬屋酒店

火照った身体を冷やす食べ物にはスイカ メロン キウイ パイナップル、キュウリ、トマト、ゴボウ、ナス、レタス、そして「麦」も体を冷やす。冷や麦やそうめん、麦が原料のビールも理にかなっているという。

暑気払いと称してこの夏はとくにランチに出ていくことが多い。そもそも暑気払いは、「暑さを打ち払う」といった意味があり、元気に暑さを乗り切ろうとすること。熱気を取り除くこと。

恒例の暑気払いは桂花会(中国語学習同窓会)。ふだん飲まないお酒もこの日だけは「飲み放題」。そののために体調を整えている。
昨年の暑気払い桂花会に集まったのは10人。欠席は3人。Sさん夫妻はアメリカ在住のお嬢さんを、Aさんはカナダ在住のお嬢さんたちを訪問中。T氏は中国大連に3週間の留学中で、帰国後はスペインにひと月という勉強家。
今年も冬瓜(とうがん)のスープとか冬瓜のあんかけなど、夏らしいメニューになるのだろうか。それにしても夏が旬なのになぜ「冬瓜」? 昔は夏に収穫したものを、風通しのよい暗い場所に置いておき、冬の保存食としていたところから名付けられたとか。(酷暑の東京から

今年はすいよう会の暑気払いがあり、その前後は「暑気払い週間」のようになった。桂花会の女子会、Rさんにランチを誘われ、Oさんにも誘われた。絵の会も8月は外で暑気払いのランチとなった。
暑気払いを重ねても涼しくはならないが、せっせと外出しているせいか、何とかこの夏の暑さを乗り切れそうな気がしている。

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中国では「納涼族」が増えているとか。家の冷房代を倹約するためスーパーや地下鉄などの床にゴザを強いて寝転がったり、家具店のベッドで熟睡したり、デパートでも床で刺しゅうする人がいる。ファストフード店では購入せずに水筒持ち込みで毎日通う人もいるとか。政府も「納涼族」は夏の風物詩と暑さが収まるのを待つしかなく野放しだとか。
さすがに日本ではこういった光景はみあたらない。デパートや図書館などで椅子に腰かけている人はよく見るが。
旅・散策・イベント

捨てたものじゃない?!スクラップ

2019年08月17日
毎週木曜日は大田区矢口の工場長屋の一角にある、工場をリノベーションして誕生したくりらぼ多摩川」ではいろいろなイベントが開かれる。「モノづくりのまちづくり」 を行うための地域交流拠点。モノづくりワークショップやセミナー、展示企画など「モノづくりのまちならではの体験」ができる場所。

たまたま自転車で通りかかったのが木曜日だった。中で親子が廃材で何やら制作中。いくつか作り終えて、ちょうどワインのコルク栓を切って箸置きをつくっているところだった。なるほどグッドアイディアだ。

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      SCLAP @くりらぼ多摩川  *Click!

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面白そうなので、帰りに寄ってペンダントになりそうな円形のスクラップを40円(1g=10円)で買って帰った。
ビニールテープを剥がし、アルコールでふき取って、ありあわせの鎖に下げてペンダントは出来上がり。

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       アクセサリーにも

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すいよう会の暑気払いにこのスクラップペンダントを下げて行ったところ好評で、持って行ったコード付きのもの2つ、F さんとS氏に差し上げた。
翌日は木曜日、再び、くりらぼ多摩川へ。ちょうど同じ円形のスクラップがあったので、2つ購入。このスクラップはLEDで何でも舞台衣装に使われたらしいが、点かない部分があったかでスクラップとなったのだとか。

先週の博物館のイベントで仲良くなった若いMさんにLINEでお知らせした。(気分は小学生 Ⅰ
Mさん一家はお盆休みで大阪に帰省中だった。大阪の方が暑いらしい。「東京よりおいしいものがたくさんあるので食べ過ぎてしまいます」と。そしてS君とパパは、くりらぼ多摩川の「紙で橋を作ろう」というイベントに参加したばかりだとか。

昨年まではりんりんの自由研究をいくつも手伝ってきた。今年はコミュニケーション英語の課題に選んだオバマ大統領の広島での演説(2016.5)をプリントして渡しただけ。
そして初めての夏休みを迎えたじゅんじゅんの自由研究用に20枚ほどの写真をプリントしたくらい。
今年の夏休みは自由研究の小学生に紛れて、ただ楽しむだけ。断捨離する一方でモノが増えていく。
そしてあっという間に9月、忙しくなる。
旅・散策・イベント

麦わら細工@川崎

2019年08月16日
8月のすいよう会は街の散策は休みにした。猛暑日つづきの日、JR川崎駅で集まったのは体調を崩したというSさんをのぞき9人。大田区の区民大学受講後の自主グループだが、たまには大田区を離れるのもいい。
暑気払いランチの後、何度か訪れたことがあるSさんと2人で提案した「東海道かわさき交流館」へ。初めての人たちはとくに春に散策した六郷用水と川崎側の二ヶ領用水との関わりに興味を持ったようだった。

現在、多摩川には六郷橋が架かり、歩いても自転車でも簡単に渡ることができるが、当時は川崎宿から江戸へ入るには川を渡らなくてはならない。六郷川(多摩川)には江戸時代初期まで橋が架けられていたが、洪水でたびたび流され、貞享5年(1688)以降は「六郷の渡し」を舟で渡るようになった。
品川宿は、江戸から出る諸街道のうち最も重要視された東海道の1番目の宿。元和9年(1623)品川から神奈川両宿の伝馬負担を軽減するため開設されたのが川崎宿。

2階には夏休み中ということもあるのか、ボランティアだろうか、係りの方が2人も揃っていて、丁寧に解説してくださった。
りんりんを連れてきたのはずいぶん前になる、彼も飛脚の扮装で六郷の渡しを背景に舟に乗って記念撮影したことを思い出した。今回、記念撮影スポットの背景には六郷の渡しのほか、東海道の街並みもあった。
熱心にすすめられて、意外にもO氏が街並みに立つ?飛脚の衣装とカツラで記念撮影。

もっとも気になったのは「川崎宿の土産物 麦わら細工」のコーナー。今年春、大田区の郷土博物館の「大森麦わら細工の会」に顔出すまでは関心がなかったせいか、以前は気づかなかった。(馬込の麦畑

  
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      大師門前の麦わら細工 明治40年
  
大森の麦わら細工は、江戸時代の享保年間に大森の大林寺住職の日好が村人に教えたのが始まりと言われている。
その後、大森名物として「東海道中膝栗毛」に取り上げられるなど、土産物として定着していった。次第に川崎にも広まり、川崎大師門前の土産物屋で売られていた様子が様々な文献や写真に残ってるという。

明治時代に入っても麦わら細工は作られ続け、明治10年の内国勧業博覧会にも出品されたが、第二次大戦の頃に大森、川崎の麦わら細工は途絶えた。兵庫県の城崎では現在も職人が麦わら細工を作り続けているとか。
   
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     麦わら細工 絵はがき作品

大田区立郷土博物館には、当時の麦わら細工の名品が展示されています。大森と川崎で麦わら細工の技術を伝える取り組みが行われており、川崎では「麦人の会」が活動していますと書かれていた。
麦わら細工でも大田区と川崎はつながっていたことがあらためてわかった。

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     大森村名産 麦わら細工   郷土博物館

大田区の郷土博物館ではこうした絵はがき作品はみたことがない。来年の年賀状にいいヒントをもらった。編み細工を少し覚えたら、今度は張り細工に挑戦してみよう。
旅・散策・イベント

父と母の敗戦忌

2019年08月15日
8月15日は「戦争の誤ちを反省し、平和の希求 を確認する日」で、「終戦記念日」「終戦の日」などといわれるが、「終戦」にも「記念日」ということにどうも抵抗がある。
「敗戦忌」「敗戦日」という方が違和感がない。2年前、92歳で逝った母も10数年前まで俳句をつくっていた。

     すいとんの塩を利かせて敗戦日 1994年  

     兵たりし夫の無言や敗戦忌  1997年
  
父は中国江蘇省南通市で敗戦を知ったという。その後、2ヶ所で収容され、復員したのは翌年3月。
父は晩年から始めた短歌に戦場での日々を多く詠んでいる。

   敗戦を信じぬ兵ら司令部に 押しかけ来たり騒然となる 1945年8月15日

   昭和逝きいま「平成」となりたるも 忘れ難きは戦場の日々 1989年
 
両親たちにとって8月15日は「終戦記念日」でなく「敗戦の日」だった。毎年この日の昼食は「すいとん」。具だくさんだったが、苦手だった。今はあの味も懐かしい。

ところで、高校の日本史教科書の多くは、終戦の日を9月2日としていることを知った。
8月14日は「ポツダム宣言受諾が決定され連合国側に通知した日」、8月15日は「戦争が終結することをラジオ放送で国民に知らせた日」と記されているものが多いという。

8月15日はあくまでも天皇が戦争後の日本の在り方を定めたポツダム宣言の受諾を日本国民と大日本帝国軍人に「玉音放送」という形で直接語り掛けた日であり、武器を置き、敵対行為をやめるように命じたもので、戦闘状態をいったん休止する「休戦宣言」をした日とも。

日本の降伏調印式は9月2日、東京湾上に浮かぶ米戦艦ミズーリ号で行われ、その状況はラジオの実況中継で全世界に流された。トルーマン大統領は、ラジオの実況中継後、全国民向けのラジオ放送で演説。その中でこの日を正式にVJデーとし、第二次世界大戦を勝利で終えたことを宣言。
ロシア(旧ソ連)でも対日戦勝利は9月となっている。中国は9月3日を「日本の侵略に対する中国人民の抗戦勝利日」として軍事パレードを予定している。

2015年1月1日から東京新聞などで掲載が始まった「平和の俳句」には、1年間に世界中から5万7千通以上が寄せられたという。下は3歳から上は106歳まで。翌年、出版された『平和の俳句』(金子兜太 いとうせいこう 選) には、352句が載っている。(平和の俳句

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      戦争の命日八月十五日    (8/14  岩谷隆司 73歳)

(金子)今次大戦に大敗北した日を戦争が死んだ日と思え。平和の燭光を浴びた日なのだ。
(いとう)敗戦とともに戦争を終わらせることでしかわれわれの勝利はないのだから。

      千枚の青田に千の平和あり   (8/15  浅田正文 74歳)

(いとう)作者は福島県の旧緊急避難準備区域から金沢に仮住まいする。
(金子)棚田が連なる能登の千枚田。作者はそこに平和を感じている。


母にも多くの平和の俳句がある。8月15日の3日前まで板橋の造兵廠に動員されていた母の学生時代は、戦争の時代とぴったりと重なる。(母の戦いの中の青春母の青春
   
   青すだれかけて平和の戻りけり  1945年の句   
身近な人びと

麦茶の効用

2019年08月14日
今から1万年前には麦の栽培が始まっていたという。当時はまだ小麦と大麦の区別はなく、豆や雑穀と混ざったままの状態で平らな石の上にのせて、石で叩いたりして砕いたものを焼いて食べたりしていたとか。

大麦の種子を煎じた麦茶にはさまざまな効果効能があるとされる。カフェインが含まれていないので、就寝前やこどもが飲むのにも適している。
中国医学では緑茶など発酵していない茶葉は体を冷やすことは知っていたが、チャノキ以外の植物などから作られるいわゆる「茶外茶」である麦茶にこれほど多くの効能、効果があることを知って驚いた。

夏休みの郷土博物館体験学習「大麦の脱穀と麦粉菓子づくり」に参加して、できたての麦粉菓子と麦茶を味わった。(気分は小学生 Ⅰ)
その後、たまたまテレビで「熱中症予防に麦茶が効果的」という実験の結果を知ってから麦茶のことが気になり始めた。

今、熱中症対策としてスポーツドリンクなどを持ち歩く人が多いようだが、ペットボトルの麦茶も熱中症対策にはピッタリの飲物だろう。熱中症の原因となる水分不足やカリウム不足が補えること、また、カリウムの利尿作用により、体温が下がる効果もある。

調べてみると、体温を下げる効果のほかにもいろいろあった。
大麦を煎ったときに生まれる香り成分には血栓ができたり血がドロドロになったりするのを防ぐ効果がある。そういえば、博物館で麦茶、麦粉菓子のために焙烙かわりのフライパンで大麦の種子を炒り始めたら、部屋中にいい香りが漂っていた。あの香りも身体にいいということか・・・。麦茶用には、麦粉菓子用の麦より少し長めに炒るのがコツらしい。

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        体験学習で
      
また、アミノ酸の一種であるGABAは、血圧を上昇させるノルアドレナリンの過剰分泌をおさえ、血圧を下げ、不眠やストレス解消といった効果もいわれている。
新陳代謝のアップ、ビタミンB2で肌の代謝アップ、胃腸の働きが活発化、Pクマル酸で発がん性物質の抑制効果など、いいことづくめ。
さらに麦茶は、バクテリアの定着と固着を予防することが発見され、とりわけ虫歯や歯周病など歯科疾患の主な原因で心循環器の病気に関係するといわれるミュータンス菌の菌膜生成を阻害するのだとか。

ところで、麦刈り、麦切りと参加した郷土博物館(「大森麦わら細工の会」)で、麦茶をつくりたいからと分けてもらった麦だが、これがなかなか大変。

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体験学習では臼で搗いたり、ビニール袋に入れて叩いたり、足で踏んだりした光景を思い出して、わが家でもビニール袋に入れて足で踏んだり、石で叩いたりしてみた。
だが、袋から出してみると、種子は半分以上穂についたまま。仕方なく、手袋をして1つずつしごくようにして、フルイにかけて籾に混ざっている藁などを取り除くが、あまりうまくいかない。

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           唐箕があれば・・・

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             唐箕

博物館には唐箕があった。レバーを回転させて、風を起こすのだが、回す速度が大事で、遅過ぎると藁やくずが飛んでいかないし、早過ぎると籾まで飛ばしてしまうという。

段ボール箱と扇風機で簡易唐箕をつくり、庭で藁くずなどを飛ばして籾を取りだしてみようと思っているが、こう暑いと躊躇してしまう。
そんなわけで皆に自家製麦茶を飲んでもらう約束の日までにできるかどうかわからない。
物置からホウロウ製の大きなやかんを出して、とりあえずは市販の麦茶を煮出して麦茶をつくることにした。

ところで、水出しの場合も含め、水道水か軟水のミネラルウォーターを使うのが風味がいいらしい。また、水出しでも、最初はお湯を少量入れて蒸らし、その後に水を入れるほうが風味豊かになるという。
人肌程度の温度の牛乳や豆乳で1~2分煮出して蒸らし、砂糖を加えた「麦茶オレ」はカルシウムやタンパク質も補給できるおススメの飲み方だとか。今、流行りの「ほうじ茶オレ」も好きだが、「麦茶オレ」もおいしいに違いない。
旅・散策・イベント

気分は小学生 Ⅱ

2019年08月13日
午前の部が終わり、各自持ってきたお弁当を食べる。炎天下のベランダでの作業だったが、とくに気分の悪くなった子どもはいなかったのでほっとした。(気分は小学生 Ⅰ

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     上の臼の模様は? 下の臼は?

学芸員実習の人たちが炒る麦の香りが部屋中に漂ってくるころ、麦粉菓子用の麦は石臼へと運ばれる。
 
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     麦茶にするにはさらに炒る
  
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    4ヶ所に置かれた石臼で粉にする   

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           回して回して
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           フルイでこして

麦茶をいただき、出来上がった麦粉菓子をそのまま口に運ぶ。何とも言えない香ばしさ、だが、少々、食べにくい。回ってきた砂糖を入れたり、お湯で溶いたりするが、さすがに食べきれず持ち帰った。

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     S君は「おいしくない~」らしい

いい体験ができた上にお土産まで。配られたワークシートに石臼の模様を描いたり、唐箕の画も描いた。
暑いベランダ、一方、室内温度23度にも少々まいったが、この日は一日小学生気分。ちなみにこの体験無料。

仲良くなった小3のS君のお母さんとも話が弾んだ。彼の鉱物好きは半端でなく、来週にでも千葉だったか茨城だったか、鉱物展?に連れて行く予定だとか。電車2駅隣に住んでいるが、わが町についても詳しい。どちらからともなくLINEをつなぎ連絡取り合うことにした。
娘より若いだろう、この日から1週間余りが経つが、ほぼ毎日LINEが往来している。「あのパン屋さんで、平日の11時から売るランチボックスご存じですか?キッシュや色々な種類のパンが入っていて楽しいです」「たまに買いに行きます。たまに豪華な気持ちになれます」と。今度、行ってみるかな、豪華な気分味わいに。
旅・散策・イベント

気分は小学生 Ⅰ

2019年08月12日
夏休みは小学生対象の体験学習会やイベントが目白押し。大田区立の大森海苔のふるさと館や郷土博物館などでもいろいろなイベントが企画されている。
博物館では大森麦わら細工の保存ということもあるのか、毎年、小学校3年生以上を対象に「大麦の脱穀と麦粉菓子づくり」が行われる。材料はもちろん、大森麦わら細工の会で育てた大麦(裸麦)。晩秋の種蒔きから始まり、土寄せ、麦踏み、そして6月の麦刈り、麦わら切りと会の人たちが作業をつづけてきた。
今年の麦刈りから参加して、最近は編み細工を習い始めた。思ったほど簡単ではないが、1本の麦わらから形ができていく過程はなかなか楽しい。

7月の会のとき、「脱穀と粉菓子(むぎこがし)つくり」に空きがあると誘われて申し込んだ。ベランダで脱穀すると聞いていたので覚悟の上の参加だった。
小学生が20名弱、大人で申し込ん数人にもワークシートが配られた。「麦の籾がらを、昔はどのような道具で外したか描いてみよう」「風の力で麦の粒と籾がらを分けた、昔の道具の絵を描いてみよう」「麦粉菓子をつくるために麦の粒を炒るのに使った昔の道具は何?」
ほかに10人ほどの学芸員の実習生、そして学校の先生たちや付き添う親たちもいて会場は賑やか。

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     小麦       大麦(裸麦)

午前中は炎天下のベランダで「千束に伝わる麦打ちの歌」が流れる中、「くるり棒」で叩いて籾がらを外す作業。
ビニール袋に入れて叩いたり、揉んだりしてもOK。

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        くるり棒で叩く
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       袋に入れて叩く

フルイにかけた籾がらを「唐箕」へ。1人20回ずつ回していた。2巡ぐらいしたのだろうか、傍にいると細かい粉が飛んで、痒くなる。

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        唐箕
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暑いこともあり、室内からガラス越しに脱穀の様子を見学していた。隣に座った男の子に話しかけられ、しばらく話をしていた。彼は脱穀には興味がないようだった。

「ねえ、真珠があるよ」という妹が呼びにきた。真珠やメノウが大田区立田園調布高校の構内から発見されている。考古のコーナーの説明をしているうちに、彼が鉱物に関心があることがわかった。 
午前の部は脱穀で終わり、午後の部が始まる頃にはすっかり小3の鉱物博士と仲良しになった。目下のところは鉱物が一番、ほかにもキノコ、特に毒性のあるものに関心があるとか。
旅・散策・イベント

「おのくん」空を飛ぶ

2019年08月11日
東日本大震災から8年5ヶ月。毎夕送られてくる「河北新報」に「おのくん」の記事をみつけた。
仙台空港を拠点とするアイベックスエアラインズ(東京)が全国12都市を結ぶ19路線で運航するむすび丸ジェットに「むすび丸」の人形と共に「おのくん」を載せ、宮城や東松島をPRするという。
さらに全9機内でスマートフォンを使って、「おのくん」の活動動画を視聴できたり、機内では「おのくん」や関連絵本をオリジナルステッカーとセットで販売。「おのくん」の活動やイベントに合わせ、航空券の提供や格安航空券販売も計画する。

「おのくん」は東日本大震災で被災した東松島市の女性たちが靴下で作るモンキー人形。
「全国を飛び回る飛行機とのコラボレーションはうれしい。多くの人に、被災地を回って現状を見てもらいたい」とプロジェクト代表の1人、武田文子さん。

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                     (河北新報)

武田さんには、りんりんと伊達政宗ゆかりの地を訪ねて仙台、米沢へ旅したときにお会いした。5年前、この旅でどうしても訪れたかったのが「おのくん」が生れた陸前小野駅前仮設住宅。
仙台から陸前小野に向かう車内で知り合った親子と一緒に仮設住宅の集会所を訪ねて、東京から持参した人形用の綿、靴下などを武田さんにお渡しした。(おのくんの里親に出逢い-仙台 陸前小野被災地の集会所

そして迷った挙句、4体の「おのくん」を連れ帰ったが、いまだに「おのくん」たちの里帰りを果たしていない。

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旅・散策・イベント

道のこと

2019年08月10日
今日は「道の日」。道路は国民生活に欠くことのできない基本的な社会資本だが、あまりに身近な存在のため、その重要性が見過ごされがち。国土交通省は道路の意義・重要性についての関心を高めるために8月10日を「道の日」に制定した。

ふだん当たり前に通っている道。道路は、「日々の生活を支えるだけでなく、災害時には避難路、火災時には防火空間として私たちを守ってくれる大切な存在」と大田区報(8/1号)に書かれている。

現在、わが家の前では道路の舗装工事が行われている。この炎天下、工事の人たちの暑さを思うと、傍を通るのが憚られ、つい、遠回りして余計な汗をかいている。

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区報によると、区道の総延長は約780km。雨水などが浸透しやすい「浸透性舗装」や、路面温度の上昇を抑え、夜間の方熱量を減らす「遮熱性舗装」なども増えているようだ。

あらためて気づいたのは、ガードレールのパイプの色。通学路では黄緑色のパイプ。街を歩いていて、変わったデザインのガードレールを撮ったりしていたが、白色と黄緑色の違いを疑問に思ったことはなかった。

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最近、自転車走行レーンが増えてきた。ナビマーク・ナビラインが印された道路もよくみるようになった。だが、環八のように交通が激しい道路の場合は、走行レーンを走るのは少々怖く、ついつい歩道を走ることになってしまう。
旅・散策・イベント

ゴーヤの夏

2019年08月09日
今日は「長崎原爆忌」。74年も経った今も苦しんでいる人がいる。「広島原爆忌」の朝、テレビをつけた。広島は雨。
2人小学6年生の二度と戦争を起こさない未来への想いが込められた「平和への誓い」に胸を打たれた。「国や文化や歴史、違いはたくさんあるけれど、大切なもの、大切な人を思う気持ちは同じです。みんなの大切を守りたい」「自分の周りを平和にすることは、私たち子どもにもできることです」。 

今年のゴーヤカーテンづくりのスタートは遅れた。気候不順に加えて、苗を植えたのが7月になっていたため、どうなるかと思っていたが、摘心をしていったせいか、2階ベランダに置いた3鉢はどうやらカーテンの体をなしてきた。このところ毎日5つから7つの花が咲き、実も少しずつ大きくなっている。

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             7.6

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             8.9
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ゴーヤなど瓜類は同じ株に雌花と雄花が咲く。ゴーヤが雄花と雌花に分かれていて他家受粉を行うのは、より強くて丈夫な子孫を残すため。茎が太く、葉が大きくなってくると、雄花が咲き、その後、雌花がやっと咲き始めるのだとか。その比率は9対1とも。

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                        雄花
               
雄花のガクは小さいが、雌花にはすでに雌しべは黄緑色、すでに小さな実がついている。受粉するとこの実はどんどん大きくなっていく。

 4103no7.jpg雌花
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今日咲いた花は雄花6、雌花1。実の第1号は10cm以上になり、4cmほどの実が5つなっている。
同じ日に植えた地植えのゴーヤ3本はまだ花も咲いていない。とくに日当たりが悪いわけでもないのだが。 

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        地植えのゴーヤ 8.9

一昨年の豊作にはまったく及ばないが、来週からはゴーヤチャンプルをつくることができそうだ。(ゴーヤのカーテンゴーヤ三昧の夏
植物など

懐かしい秩父

2019年08月08日
今日は24節気の1つ「立秋」。暦の上では秋だが、実際はまだまだ暑い盛り。ミンミンゼミに加わってツクツクボウシの声が聞こえるようになった。

埼玉県秩父市は87%が森林。秩父市の市有林を、姉妹都市の豊島区が「としまの森」として整備し、区民が出すCO2の相殺(カーボン・オフセット)と区民の自然体験に活用することが決まったとラジオで聞いた。

市によると木材需要の減少で、樹齢50年以上の古い木が残り、十分な手入れができていない。豊島区が森林環境譲与税を活用して約520万(初年度)を出資し、下草を刈ったり、古い木を切って再生させるというもの。
初年度の整備面積は0.5ヘクタールで、4.5トンのCO2の吸収を見込む。豊島区は「山も川も畑もない。秩父市の好意を最大限生かし、地球温暖化対策を行い、区民が大自然に触れられる機会をつくりたい」と区長。秩父市は「森林環境譲与税で林業を再興したい」と。
「森開き」は10月19、20日に決まり、初年度は草刈りや豊島区の花ツツジ、同区駒込発祥のソメイヨシノの植樹を予定とか。

秩父というと、わが故郷のような懐かしさを覚える。
「秩父に雪が降った」というニュースをきいてスケッチブックを持って家を飛び出しひとり秩父へ向かった。羊山公園から雪の武甲山を描いたのが、秩父の旅の始まりとなった
絵を始めたころの日帰りスケッチは秩父が多かった。春、夏、秋、冬、秩父には四季それぞれの思い出がある。
古い写真を出してみた。デジカメもなかったころだから枚数は少ない。誰といっしょだったか、思い出せないものもある。

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       春の武甲山    1988.5.3

池袋からレッドアロー号に乗り80分。皆でお喋りをしている間に西武秩父駅に着く。このころは今ほどコンビニもなかったため、手作りのお弁当を持って出かけたものだった。当時は、本格中華チマキに凝っていて、前の日にたくさん作って皆に配ったこともあった。今からは考えられないほどエネルギッシュだった。(秩父通いの日々

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       秋の武甲山  1988.10.29

絵の会とは別の仲間で札所巡りをしたこともあったし、数人のグループでスケッチに出かけたことも度々。
当時、「秩父・上州路」という1冊のガイドブックを、ご朱印帳とともにいつも携帯した。そして本には訪ねた日やスケッチ場所を書き込んだり、タクシーの電話番号などのメモも挿んだりしていた。秩父にスケッチに行くこともなくなり、本もとっくに処分してしまったが。

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     小鹿野 法性寺   1993.8.3

秩父の札所は34ヶ所。秩父札所全部を訪ね、必ず1枚ずつスケッチしようと決めたのだが、札所めぐりは20ヶ所もいかないところで中断している。
八番の横瀬の西善寺は3度訪れた。桐の花咲くとき、秋の芒のころ、雪の日。この寺からは武甲山がよくみえた。
2年前から土日休日には東急線から西武秩父直通の「S-TRAIN(Sトレイン)」(座席指定)が運行されている。渋谷(7時37分発)から西武秩父(9時15分着)までは約1時間35分。池袋で乗り換える必要もない。
豊島区民ではないが、涼しくなったら秩父に出かけてみよう。
旅・散策・イベント

バナナの日

2019年08月07日
今日は「バナナの日」だとか。バナナには、特に旬がなく1年中いつでも食べることができる。
8月は夏バテで体力を消耗することから、バナナを食べて暑い夏を元気に乗り切ってもらいたいと「8(バ)」「7(ナナ)」の語呂合わせで、日本バナナ輸入組合が定めた。

今でこそ果物の中でも値段が安いバナナ、明治36年に台湾から日本に持ち込まれて以来、昭和の初め頃まではお土産品や病気のときにしか口にできない高級品だったのだが。
国連食糧農業機関(FAO)によると、バナナは世界でいちばん輸出量の多い果物。

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        板橋区立熱帯環境植物園
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      「バナナの葉っぱと背くらべをしてみよう!」

バナナの健康効果はすごいという。バナナの天然の糖分には多くのビタミンとカリウムなどのミネラルも含まれ、食物繊維も豊富、満腹感が続くだけでなく、糖分の消化もゆっくり。
食物繊維が3g(1日推奨摂取量のおよそ10%)含まれるバナナは消化を助け、風邪の治りを早めてくれる。さらに、減量にまで役立つという研究結果も。 

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       モラードバナナの花と実  

モラードバナナは、別名レッドバナナ。海外ではよく食べられている。黄色のバナナよりもほのかな酸味があり、すっきりとした後味。

運動前のエネルギー補給に、さらに運動後の回復にも効果的。
カリウムが豊富なバナナ、カリウムを摂取することで心臓に与えるダメージを減らすという。血圧が下がり、脳卒中のリスクも低下するという。

そういえば、以前、降圧剤を処方されていたごんさんだが、勝手に飲むのをやめて(いいのか悪いのか)、先月からバナナを食べ始めた。きいてみると、その理由がわかった。テレビで1日2本食べると、血圧が下がるからという。効果のほどは・・・?
植物など

『萬花譜』の旅

2019年08月06日
今日は74回目の「広島原爆忌」。被爆者の平均年齢は82歳を超えるという。

洋画家辻永(つじひさし)は広島市生まれ(1882)だという。生れてまもなく、茨城へ移り住んだ。
この夏、彼の著した『萬花譜』(昭和30年刊)はもっともふさわしい居場所を得た。子どものときからずっと絵を続けているKさん、最初に習った先生が辻永の教え子だったという偶然に驚いた。

辻永(1884-1974)は、水戸中学校在学時代に白馬会会員で図画教師の丹羽林平宅に同居しつつ油絵を学び、以後東京美術学校西洋画科本科に進学し黒田清輝、岡田三郎助らに師事し洋画家となった。
「植物学者」か「画家」のどちらになろうかと迷ったという彼が30余年コツコツと描きためてきた植物画は、昭和5年から7年(1932)に『 萬花図鑑 』(全12巻)として出版された。

『萬花図鑑 』発表後、日本国内、旧満州、台湾、中国南部インドシナなどで描いた植物写生の中から約1,600点を選んだ『萬花譜 』(全12巻)の刊行は昭和30(1955)年のこと。
著者の「序」によると、その解説は専門の学者にすべてを依頼して、私はいくぶん行文の体裁を整一する程度のことで、解説校訂はすべて牧野老博士にお願いした。 94歳の老博士が、熱意をもつて私の仕事を助けて下さつたことは、まことに感謝感激に堪えないものがある。-略-先に発刊した《萬花図鑑》では、今まで和名のなかった植物に初めて名付けられたものが相当数あつたが、 その後20余年にして世に出るこの《萬花譜》においても、新しく名を得る若干の花があろう。
   
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      『萬花譜』 12巻  平凡社

10年前、沈先生の中国語講座でご一緒していたS氏は世田谷のお宅を整理をして、お元気なうちにと、ご夫妻で御宿の山の上にある介護付有料老人ホームで悠々シニア生活を始められた。
その際、神田の古書店で買求めたという『萬花譜』12巻をいただくことになった。ケースは大分傷んでいるが、本はそれほど古さを感じられない。サラッと描かれているようで、細かいところまで神経が行き届いている。右側には描かれた日付や場所、どんなふうに描いたかなどが記されている。

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    おおはまおもと   *Click!

おおはまおもと  小笠原産の常緑の多年草草本で、万葉植物の一つとして知られている「はまゆう「」の大形種。・・・
本図は昭和9年8月4日、丸ノ内明治生命ビルの地階食館マーブルで写したもので、貸ばちの品である。やや小さい。


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      あさ    *Click!  

S氏ご夫妻が御宿に移られて2年後、中国語同学5人でS氏ご夫妻を訪ねた。ホテルでSさんが中国茶を淹れて下さったことが、わが家での桂花茶会が始まるキッカケになった有意義な旅だった。(御宿へ
   
『萬花譜』がわが家に来て10年、ときどき眺めることはあったが、ここ数年は本棚にしまったままになっていた。
何年前になるのか、リサイクルショップを始めたMさんに勧められて購入した小磯良平の石版画が棚上に置きっぱなしになっていた。この本も『萬花譜』とともにKさんのもとへ。
   
Kさんが本の間に挟まれていた神田神保町の書店の古い領収書を発見した。何と領収書には「昭和52年12月20日」と書かれていた。(元の価格は「1,500円」だが、「¥140,000」) 
Sさんが30年余年間大切にしていた本を「絵をやっているからと」私に下さったことにあらためて感謝し、また、著者と多少縁があるKさんの手元に行ったことは感慨深い。

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    『小磯良平石版画作品集』 ウメダアート

細々と始めている断捨離、母の俳句関係の本、雑誌は数年前に専門業者に、茶花、茶道関係の本は数冊ずつだが、今年になってOさんやSさんに。
画の本は逆に大森のOさんのお宅から引き取ってきた。やはり何人かにもらっていただいたものの、自分の本とともに山積みのまま。近いうち、画や図録専門の業者を、と思っているのだが。この暑さでは・・・。
絵画・博物館

呑川上流にかかる橋 

2019年08月05日
呑川(のみかわ、のみがわ)は、東京都を流れる二級河川。呑川水系の本流。
田園都市線桜新町駅(世田谷区)付近を水源として、世田谷区、目黒区と暗渠で流れ下り、東京工業大学付近(大岡山駅付近)で顔を出し、大田区石川町、雪ヶ谷、久が原、池上、蒲田(JR蒲田駅、東京工科大学、日本工学院専門学校、京急蒲田駅付近)を流れ、糀谷を抜けて東京湾に注ぐ。(呑川下流に架かる橋

大田区内を流れる呑川、蒲田の菖蒲橋(あやめばし)から上流は
御成橋-宮之橋-呑川橋梁-馬引橋-山野橋-大平橋-双流橋-若宮橋-日蓮橋-上堰橋-一本橋-堤方橋(池上通)-浄園橋-養源寺橋-妙見橋-霊山橋-稲荷橋-鶴林橋-谷築橋-久崎橋-池上橋(第二京浜)-北の橋-長栄橋-根方橋-仲之橋-八幡橋-久根橋-道々橋-本村橋-芹ヶ谷橋-呑川橋梁(JR品鶴線 新幹線)-境橋-東橋-谷中橋-鷹の橋-水神橋-鶴の橋-円長寺橋-居村橋-雪の橋-西の橋-山下橋-宮前橋-二之橋-呑川橋梁(東急池上線)-一之橋-石川橋(中原街道)-柳橋-島本橋-38号歩道専用橋-境橋-目黒区へ

霊山橋りょうぜんばし) 池上本門寺参道
毎年5月、霊山橋から妙見橋の間には鯉のぼりが泳ぐ。
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久崎橋ひささきばし
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池上橋 第二京浜国道 
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宮前橋
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石川橋 中原街道
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柳橋
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島本橋
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38号歩道専用橋、島畑橋を過ぎると次の境橋が目黒区との境になる。
旅・散策・イベント

呑川下流にかかる橋

2019年08月04日
今日は「橋の日」。河川と橋を通して郷土愛の精神を培い、河川の水質向上を図る啓発デー。日付は「8 4(はし)」の語呂合わせから。

今年になってすいよう会の散策で呑川の中流、下流域を歩くことが多かった。(六郷用水 南堀支流海苔のふるさと)
呑川(のみかわ、のみがわ)は、東京都を流れる二級河川。呑川水系の本流。
田園都市線桜新町駅(世田谷区)付近を水源として、世田谷区、目黒区と暗渠で流れ下り、東京工業大学付近(大岡山駅付近)で顔を出し、大田区石川町、雪ヶ谷、久が原、池上、蒲田(JR蒲田駅、東京工科大学、日本工学院専門学校、京急蒲田駅付近)を流れ、糀谷を抜けて東京湾に注ぐ。

呑川は大森海苔の生育に必要な栄養分を運ぶ河水となったり、特に下流は海苔舟の交通路としても大切な役割を果たした。
やがて付近に住宅や工場が増え、水や海が汚れ、さらに肝心な海苔場が東京オリンピックを契機に埋め立てられることになった。

下流は、大田区東蒲田付近で旧呑川と新呑川に分流するが、いまの流路(本流)は新呑川になっている。洪水や氾濫を防ぐために直線化した新呑川(呑川)は、羽田空港との間の海老取川に注ぎ込んでいる。
河口が昭和島の目の前だった旧呑川はほぼ全区間埋め立てられ、緑道となって整備されている。河口のほんの一部は開渠となっており、水門もある。

呑川の名の由来は大雨の度に氾濫し流域の田畑を呑み込んだからとも、灌漑用水や飲料水として利用されたからとも。
江戸時代以降、農業用水として田畑を潤してきた呑川だが、昭和の中頃までは大雨になると溢れ、地域の住民は床上床下浸水で大変な思いをしてきた。洪水対策としてまず蛇行していた川を直線にして早く海に流せるようにし、深く掘り下げ3面をコンクリートに、橋桁を高くし、監視カメラも設置。

海老取運河から呑川下流に架かる橋は多い。
旭橋-藤兵衛橋-末広橋-東橋-呑川新橋(産業道路)-八幡橋-北糀谷橋-宝来橋-清水橋-天神橋-夫婦橋(第一京浜)-呑川橋梁-弾正橋-柳橋-仲之橋-菖蒲橋(多摩堤通)-御成橋-宮之橋-呑川橋梁(JR東海道線)-上流へ

北糀谷橋
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夫婦橋
京急蒲田駅と京急線、新呑川の交差地点に架かる橋。その昔、橋の上流側にもう1つの川と橋が架けられていたことからその名がついた。
新呑川にかかる橋だけ残る現在は、橋の下に「夫婦橋親水公園」が造られ、なくなったほうの夫婦橋の親柱がオブジェとして残されている。
公園は昔の船着場の名残でもあり、今も大震災などで陸上の交通手段が閉ざされたときの、船による物資輸送のための施設として整備されている。歴史公園でもあり、水辺の防災公園でもある。

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     夫婦橋      親水公園の旧夫婦橋親柱

弾正橋だんじょうばし
鎌倉時代、北条氏に仕え、六郷一帯を納めていた領主の行方弾正(なめかただんじょう)が橋の名の由来。
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菖蒲橋あやめばし
欄干にはあやめのデザイン。今はその姿も見られないが、江戸時代から明治にかけてこの周辺はあやめでいっぱいだったという。
戦後に大森区と蒲田区が一緒になって大田区が誕生し、河川敷も整備され川の氾濫もなくなったが、あやめもその時に消えたという。現在その跡地には大田区立蒲田小学校が建つ。
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旅・散策・イベント

枯れたモチノキ

2019年08月03日
毎夕、東京新聞と河北新聞からLINEが入る。7月末の東京新聞の記事に樹齢約250年の「益田家のモチノキ」(横浜市戸塚区)のことが載っていた。
このモチノキは、県指定天然記念物だったが、枯死が確認されたため、県教委は指定解除を決定。
県天然記念物の指定解除は、2010年に強風などで倒れた鶴岡八幡宮(鎌倉市)の「大銀杏」以来、9年ぶり。

この「益田家のモチノキ」はもともと、高さ18mと19mの並んで立つ2株で、旧東海道沿いにあった。1981年に2株合わせて県の天然記念物に指定された。通称「相模モチ」。
2013年以降、競売などで土地の所有権が入れ替わり、2017年に当時の所有者が県教委に無断で1株を伐採。所有者は県文化財保護条例違反罪で罰金5万円の略式命令を受けた。

昨年4月、現在の所有者の建設会社が、土地造成のために残る1株を31m離れた敷地内の別の場所に移植。この際、専門家の助言を得たものの衰弱が進んで葉がなくなり、県教委は今年6月に枯死を確認したという。

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      2009 (Wikipedia)     2019.6 (東京新聞)

巨樹と言われる大きな樹にを観ることに夢中になっていた数年間で、都内はほぼ踏破?した。ケヤキ、クス、イチョウ、カヤ、タブ、ムク、シイなどの巨樹はいくつも出逢ったが、モチノキの巨樹は・・・記憶にない。
たまに群馬や山形、福島などの旅で巨樹のあるところまで足を伸ばしたこともあった。そのころに「益田家のモチノキ」を訪れていたら、2本揃った元気なモチノキに逢えただろう。

今までにもっとも印象に残る巨樹は・・・、もっとも好きなケヤキから選べば、4年前の5月、りんりんの城巡りの旅で出会った神指(こうざし)城跡の高瀬のケヤキだろうか。(城跡のケヤキ
会津若松城から神指城跡にタクシーで。水田が広がる向こうに土塁があり、若葉に包まれた大ケヤキが聳え立っていた。

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      根囲12.55m、樹高24.64m  国天然記念物

城の鬼門に位置する「高瀬のケヤキ」と北極星を基点に縄張りしたと伝えられる。築城計画当時、すでに大木だったケヤキの樹齢は推定約500年とか。このケヤキ越しに望んだ磐梯山も忘れられない。

樹高の高い木や太い木を大木、巨木、巨樹などと呼ぶが、はっきりとした定義はなかったが、1988年に巨樹・巨木林調査を行うにあたり、「地上から1.3mの位置で、幹周が3m以上の樹木を対象とする」と定め、現在ではこれが巨樹の一般的な定義となっている。
植物など

宗観好みの茶器 8月

2019年08月02日
母が大切にしていた12種類の茶器「宗観好十二ヵ月の棗」は、井伊宗観、つまり井伊直弼が自らの意匠と詳細な指示で、幕末の名工である八代中村宗哲に作らせたという月次茶器のこと。

これらが『宗観好十二月茶器の研究』に詳しく解説されている。
これらは藤原定家の『詠花鳥倭歌』の本歌取り、そしてこれらの歌をモチーフにしたのが江戸期の『十二ヶ月花鳥図』。(「十二種類の茶器

八月   萩に雁
      紅溜塗  八角茶器  高さ 7.5cm 径 5.5㎝    

旧暦八月は「葉月とも萩月、雁来月、紅染築ともいわれ、新暦ではほぼ九月上旬から十月上旬までである。
秋の来りて春に帰る二季鳥とも呼ばれる雁を天に飛ばせ、秋の野の代表的な花である萩を正面に描き、芒の穂には赤口の朱を差している。
八角の形と合口の口紐造りは細川三斎好みの野風茶器の影響が感じられる。同じ秋の八月の八角茶器である。塗が紅溜塗なのは、木の葉を紅葉させる紅染月からと推せられる。それとも、二月の溜塗の「春はあけぼの」に対し、赤く染まる「秋は夕暮」を思ったのであろうか。
紅溜塗とは朱漆の上へ、さらに透漆をかけた技法。

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            萩に雁   p28

本歌
   八月  鹿鳴草  秋たけぬいかなる色と吹く風に頼て移ろふ本荒の萩
   八月  鵲     眺めつつ秋の半も杉の戸にまつほどしるき初雁の声

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          女郎花・初雁図

宗観好十二月茶器は半年ごとの「対」の構造を持っているという。八月の茶器は二月の茶器は「塗の対」になっている。
正月茶器と七月茶器は「形の対」、三月茶器は九月茶器と「形と塗の対」、四月茶器と十月茶器は「形の対」、五月茶器と十一月茶器は「形の対」、六月茶器と十二月茶器は「形と材質の対」。
身近な人びと
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