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外出自粛の中で

2020年03月31日
27日の都の対策本部会議の結果、さまざまな自粛要請が発表された。都知事の会見にも「国難」という言葉が飛び出した。
「総力を結集して乗り切る必要がある」と。
りあえず4月12日まで、都立のすべての動物園、水族園、庭園などは休園、都立公園内施設使用中止、花見も自粛、上野公園の桜通りも封鎖された。都立大学はGWまでの休講、キャンパスへの立ち入り禁止、留学生、入学生の東京への転入自粛」という言葉が飛び出した。

娘によると、このところ7,8時台の車内は座れるほど空いているが、9,10時台がラッシュ並みの混雑だという。
26日、9時過ぎに家を出たが、ホームにも車内にも大勢の人。りんりんと待ち合わせがうまくいかず、それこそ「不要不急」?のこの日の予定を取りやめた。

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            ホーム待合室
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           自由が丘駅ホーム 9:45
  
だが、帰宅する途中、すいよう会の中でもとくに仲の良いLINEメンバーFさんからLINEが入った。
「オリンピックの問題が少し落ち着き?ほっと一息したら、桜を昨年、東工大で見たことを思い出します」

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        入学式の日  2019.4.3

昨年のすいよう会はほぼフルメンバーだった。洗足池駅に集合、洗足流れに寄り、いくつかの石碑を見ながら大岡山方面へ歩いた。昨年は、ちょうど入学式、桜は満開だった。

そんなことを思い出して桜を見たくなって降りた。校門の日章旗と袴姿の女子学生をみて卒業式だとわかった。コロナウィルスの影響か、まだ蕾も残る花の下を歩く人も少なかった。
30年近く前、キャンパスの桜はMさんたちと訪れて以来、わがお気に入りの花見スポットになっている。講堂に向かって左側の「マイさくら」に逢うのも1年ぶり。
   
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       卒業の日    2020.3.26   

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         マイさくら

いくつかのグループに写真をアップ。「すいよう会で行ったお花見&まち歩きを思い出しました。楽しかった~」とKさんから。Fさんからは「元気にまたゆっくり桜を見たいですね
週末は「不要不急の外出自粛」となった。今年はこの日の桜が見納めになった。
旅・散策・イベント

雷それとも・・・

2020年03月30日
今日は「春分」の末候「雷乃発声」(雷すなわち声を発す)。遠くで雷の音がして、稲光が初めて光る時候。
「啓蟄」のころに鳴る雷は「虫出雷(むしだしかみなり)」と呼ぶが、春分以降の雷は「春雷」と呼ばれ、雷鳴が轟くように鳴る。「春雷」は、寒冷前線の通過時に発生する界雷で、よく雹を伴う。春の到来を伝える雷ともいわれる。

いつだったか、深夜2時頃に目が覚めたときにゴゴゴゴと雷のような音がした。羽田空港から近い?から航空機のルートになっているのだろうか。だが、こんな夜中にも?調べると、旅客機や貨物機も飛ぶが、自衛隊の輸送機も多いらしい。
夜中に目が覚めるのが悪いのだろうが、昼にはあまり気にならない音も不気味に感じた。

昨日29日に運用が始まった都心低空を通る羽田空港の新飛行ルート。国土交通省によると、2月上旬にあった試験飛行の騒音データを分析した結果、約2割の地点で想定より1~3デシベルほど大きな値が出た。想定通りが約6割で、想定以下は約2割だったという。

大田区では、羽田空港(東京国際空港)に離着陸する航空機から発生される騒音の影響は、区内及び周辺の広い地域に及んでいるが、 空港周辺に調査地点を設置し、航空機騒音発生状況の確認のため年間を通じて常時24時間の連続測定を行っているという。

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「大田区の皆様へ」(国土交通省)のパンフレットには「国際線増便のための方策について」「新飛行経路について」「騒音・環境影響について」などについて書かれている。
現在の国際線(昼間時間帯)は1日80便。これに加え、国際線を1日約50便増加へ。羽田空港では、滑走路の運用、飛行経路を見直して増便を行うことになったという。

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南風時の着陸経路が、大田区上空を通る経路となるという。南風運用は年間約4割とか。
北風時には新たに荒川上空を通過する飛行経路を設定しているという。

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     南風時 15時~19時(うち3時間程度)

ちなみに、現在の着陸経路は、南風時も北風時も、ほぼ千葉県上空を利用して羽田空港に着陸。 一方、離陸経路は、東京湾を活用し、高度を上げてから内陸部に入るという。
旅・散策・イベント

多摩川土手の桜

2020年03月29日
3月半ば、Oさんと多摩川土手を歩いた。新型コロナウィルスの影響で学校も休みになった。二十一世紀桜はまだ蕾が固かったが、の下でシートを敷いてお喋りしたり、子どもたちが走り回っていたのが印象に残っている。(多摩川土手を歩く Ⅰ

23日の午後、すいよう会の晴れ女?5人で鵜の木駅から東京高校横から多摩川土手を歩いた。
東京高校前は満開だったが、土手沿いのは3分咲きといったところだろうか、ハマダイコンをよくみると、すでにかわいらしい実ができていた。
 
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         ハマダイコンの実

10日前、固かった蕾もだいぶ膨らんで、ところどころ開いた花の下で、Fさんたちが買ってきてくれた鯛焼きをいただきながらひと月ぶりにお喋りすることになった。

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「二十一世紀桜」は、下丸子ガス橋付近のスーパー堤防工事による桜並木の伐採の危機を救うため地域を挙げて、2015年から桜の植樹、2017年からはは枯木対策として苗木の補植事業を行ってきた。多摩川の土手沿いに約170本ある。

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     老木         植樹された桜    
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  「二十一世紀桜」植樹     台風19号で倒れた老木
「矢口小学校 平成15年度卒業生一同」

今年、満開になったをOさんとみる約束をしていたが、土日の外出自粛要請のため取りやめた。
多摩川の、今年はこの日が見納めになったようだ。
旅・散策・イベント

桜のみち

2020年03月28日
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       東邦医大通り   3.19

東邦医大通りの「陽光」は満開だった。

久ヶ原遺跡の中にある久が原南台児童公園には大きなソメイヨシノがある。
この公園では弥生時代の竪穴住居跡が3軒分みつかっている。
 
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        久が原南台児童公園   3.20

Yさんからは靖国通りの桜。ソメイヨシノとは違うようにみえる。

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       靖国通り   3.19

二ヶ領用水沿いをよく散歩されるFさんからの花だより。 二ヶ領用水は、多摩川などを水源とし、神奈川県川崎市多摩区(上河原堰・宿河原堰)から川崎市幸区までを流れる、全長約32kmの神奈川県下で最も古い人工用水路。

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       二ヶ領用水    3.20 

Sさんもご主人とよくこの二ヶ領用水沿いを散歩される。
大田区民大学で知り合ってつくった歩く会もコロナ騒ぎがなければ、大田区を離れ、この宿河原の疏水付近を歩いていたかもしれない。

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      二ヶ領用水 宿河原付近 3.22
旅・散策・イベント

Mさんと「お花見」

2020年03月27日
今日は「さくらの日」。日本の歴史や文化、風土と深くかかわってきた桜を通して、日本の自然や文化について関心を深める日。日本さくらの会が1992年に制定しさくらと「3(さ)×9(く)=27」の語呂合わせ。
古来、桜は「さ=田の神」「くら=神の宿る場所」で、稲の神の宿る木とされていた。また、桜の語源は「咲く」からきたとも。

今年は新型コロナウイルスの影響で様々なイベントがキャンセルとなり、学校も休校・・・。お花見も自粛、規模を縮小、花をじっくり眺めるお花見になりそうだ。

昨年閉じた桂花会(中国語学習会同窓会)の茶会に、はじめて欠席されたM氏に、この日の写真やカレンダーをSさんが送って下さった。カレンダーは、沈老師の中国語学習会の最後の忘年会から黄老師に代わってからの学習会、同窓会(昼の酒宴)の10年と6年半の茶会の写真でつくった。

お礼の手紙と共に信楽焼きの小さな「たぬき」が5人の家に届いたのは暮れだった。
夕方、LさんからのLINEにはSさんへのお礼と届いた「たぬき」の写真が。 

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        Lさん宅      

「わが家のお正月飾りです。加油(頑張れの意味)Mさん~ お目にかかれる日、きっとくると信じてます!」
わが家にやってきた「たぬき」は玄関の南天の横に置いた。(信楽のたぬきやって来たたぬき

その日から「たぬきさん」はM氏になった。今年1月末、闘病生活を送られていたM氏はご家族で見守られて逝かれた。奥様からお電話いただいたときはM氏の穏やかなお顔が目に浮かんだ。

そして3月、桜の便りがきこえてきた。LINEでもみんなから桜の便りが多く送られてきた。
Lさんから「何桜かわからないのですが、Mさんのお花見」という桜の前のMさんの「たぬき」さんが。

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   Lさん宅    Fさん宅   わが家 (上から

恐らく「啓翁(けいおう)桜」では? Lさんから「遠出できないので、近場の犬ともだちと洋裁教室と称して、遊んでいます。桜はそのときにいただきました」と。

するとFさんから「うちのMさんはケニア人の女の子と飲んでいます」と来た。急いで帰って玄関にいたMさんを2階の部屋へ。たぬきのMさんをいつもの席に置いて撮った。

数日後、Sさんからは「わが家のMさんは花見にでかけました」と宿河原の疏水に出かけた。桜の下でMさんも大好きだった黒茶を淹れて。

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Fさんから「素敵! Mさん、喜んでいる!」 そして私は「Mさんのお腹! お酒とお茶、飲みすぎかな?」と書いた。

Lさんとわが家の徳利と、FさんとSさんの徳利は違うことに気づいた。そしてLさんとSさんのたぬきのMさんのお腹には「信楽焼」のシールが貼られたまま。

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もうわが家にみえることはないMさんだが、たぬきのMさんは皆の家で見守っていて下さるだろう。
中国・中国の旅

花始開

2020年03月26日
七十二候に「桜始開」というのがある。まさに昨日25日で、「サクラの日」というのは明日。わが家では少し遅れて冬に植えたチューリップが開き始めた。

昨年の12月半ば、今年の年賀状の原稿を受け取るために、Sさんとホームセンターの園芸売場で待ち合わせた。原稿を受け取り、チューリップの球根を買うという彼女について行った。
チューリップは、何度か球根から咲かせたことがあるが、2017年以来だった。「チューリップ」の歌のように、赤白黄色を併せて15個買った。

2階のベランダに置き、冬越しをした。2月になると葉の間に小さな花芽が見えるようになったため、プランターごと地面に下ろした。
どんどん伸びて蕾が見え始めたころ、門の外のアプローチに移動した。

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                3.15

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                3.21
植物など

「陽光」」という桜

2020年03月25日
今日は春分の七十二候は次候「桜始開」。まさに桜が咲き始めるころ。
先週、月一度の診療のため東邦医大へ。昨年初めて目にした医大通りの桜は鮮やかなピンク色。「陽光」という名のように明るい気持ちにさせてくれる。

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       医大通り      3.19

1年前、初めて出会った桜の名が分らずに病院の受付で訊ねたが、わからず、区に問い合わせてはじめて「陽光」を知った。
診察室でT先生にその話をすると、「そう、陽光というんです」とちゃんとご存じだった。しばし桜の話で盛りあがった。
今年は「陽光」と札がついていた。

「陽光」は、日本原産の交雑種のサクラで、愛媛県に在住していた高岡正明がアマギヨシノ(天城吉野)と台湾原産のカンヒザクラ(寒緋桜)を交雑させて作出した園芸品種。てんぐ巣病や病害虫に強い樹勢強健な種とされている。
最近はあちこちで「陽光」を見かけるようになった。「ようこう」ときくとこのときの先生との会話を思い出す。

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今年は3月に翌月の予約を入れる時、陽光桜のことはすっかり忘れていたが、ちょうど見ごろを迎えた桜をみることができてラッキーだった。
予約時間の9時までには20分あったので、受付を通してから桜の写真を撮りに外へ出た。すでに満開の樹も多い。

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今年は、診察室に入るなり「桜が満開ですね」と桜の話から始めてしまった。
病院を出てからバスを待つ間、桜の中で囀るヒヨドリだろうか、鳥の姿を夢中になって追いかけていると、気づくといつの間にかバスが来ていた。危うく乗り損なうところだった。

今週はソメイヨシノも満開になった。多摩川の二十一世紀桜沿いの高層マンションに住むOさんは毎日、土手を散歩している。20日のLINEには「東京高校の桜は満開、あとは3本ほど咲き始めています」「日曜にはほぼ満開になるかと」だったのが、ピタリ当たった。その日曜日「今日一日で桜が大きく膨らんできて明日は満開になりそう」と。

その月曜日、歩く会の有志4人が久しぶりに集まって花見&お茶をすることに決めた。「晴れ女揃い組が参加ですね?待っててね、桜さん」とFさんから。
植物など

再会を楽しみに

2020年03月24日
30数年前に建て直した家では半間しかない床の間に雛壇をつくりすべての人形たちを飾ることはできなくなった。やむを得ず棚などを利用したり、茶室に内裏雛と三人官女だけを飾っていた年もあった。

旧宅時代のアルバムをみても、雛壇の写真は、娘が1歳の時に撮った写真しか見つからなかった。
息子夫婦とゆうゆうが写っている写真は、2006年、父が入院する10日ほど前、2階応接間で撮ったもの。
その後も、1階の和室に飾ったりしていたが、すべての人形、道具を飾るようになったのは母がホームに入所してからのことで、母と一緒に飾ったのはいつのことだか思い出せない。
  
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      2006.3         2014.3  
 
最近では、じゅんじゅんと飾ったこともあった。
今年は1人で飾ったが、このときはまだ、お別れすることははっきり決まっていなかった。 

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         2018.2

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         2020.3

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3月半ば、博物館へのお嫁入りが決まり、学芸員の方たちと仕舞ったこともあるのか、不思議と淋しさは感じなかった。
母と同じ歳を重ねてきた切れ長の目、鼻筋が通った京美人の雛人形。祖母、母とこだわり続けた京都式で飾って下さるとのことだった。
男雛を向かって右、女雛を向かって左に飾るのは、京都御所の紫宸殿の御即位の式典でこの並びだったのが由来。
また太陽が先に当たる側が位が上とされて、これは中国からの考え方「太陽が登る東の方角が上位となる」という考え方から来ているとか。(京雛は京都風に

箪笥の抽斗に母が入れたと思われる着物の端切れもそのまま、そっくりお嫁入りをした。
娘としての責任をやっと果たせたような気がしている。祖母も母も喜んでくれているに違いない。
いずれ博物館で再会できる日もあることだろう。その日を楽しみに、わが絵関係の断捨離に取り掛かることにしよう。
身近な人びと

別れの時

2020年03月23日
旧宅時代には座敷の床の間に長い間飾っていた雛人形は、母の初節句の94年前のもの。大臣の矢とか五人囃子の笛などは紛失、桜橘は色褪せたりしているが、人形の着物や顔は時代を感じさせない。

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          1歳の娘

今年は2月21日、雛人形を飾り、その間、大勢の方にみていただいた。

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郷土博物館の学芸員、友の会のメンバーがみえた26日、博物館にお嫁入りする話が決まったため、お節句を過ぎても飾っておいた。(きいておきたかった・・・

民俗の学芸員2人がみえることになったのは、3月17日、旧暦では2月23日。昨年、博物館の麦わら細工の会で親しくなったYさんに来ていただいて手伝っていただいた。
朝10時、母の出生から結婚までのアルバムと祖母のアルバム、旧宅の解体前の写真をみながら、しばし母や祖母についてお話をした。
当時は集合写真が多いが、中には「呑川が写っていたり、当時の様子がわかる写真もあるため、お役にたつならとこれら2冊も持って行っていただいた。
   
K学芸員とYさん、男性の I 学芸員と私がペアになって人形たちを木箱の収める作業開始。畳に座っての作業は意外にきつく、時間もかかった。
人形の顔をティシューで覆い、それまでの新聞紙などの代わりに I 学芸員が用意して下さった薄葉紙で包んで、木箱に収めていった。埃を払ったり包んだり、一体一体丁寧に扱う I 学芸員の様子を見て涙がでそうになった。
いいところにお嫁入りできたことにあらためて感謝。

すべて仕舞い終えて、木箱は葛籠(つづら)の衣裳箱3つに収まった。これも祖母の時代のもの。残しておいてよかったと思った。

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      葛篭に入れて  

葛籠はフジのつるで編んだ蓋つきの籠の一種。後に竹を使って網代に編んだ四角い衣装箱を指して呼ぶことが一般的になった。竹製なので軽く、通気性が良く、柿渋と漆の効果で湿度を適宜に保ち、防虫と抗菌の効果がある。耐用年数は100年以上とも言われ、その頑丈さは放り投げてもばらばらになりにくいため、火事などの緊急時に粗雑に扱われても中に保管していたものを守りやすいという特徴を持つ。

いよいよお別れ、箱を入れた3つの葛篭がすべて車のトランクに並べられた。いつか博物館で再会できるのが楽しみ。

車を見送ってからYさんと近くのイタリアンでランチ。昨年知り合って家が近いこともあってLINEを開始。ゆっくり話したことがなかったが、10歳近く若い彼女とすっかり意気投合。楽しい時間を過ごした。店を出たのは2時を過ぎていた。彼女には祖母の時代から使っていた朱塗の重箱、屠蘇セットを使っていただくことになった。
最適の居場所に落ち着いた雛人形もアルバムも、屠蘇セット、母も祖母も喜んでいるに違いない。
身近な人びと

豆苗

2020年03月22日
今日は「世界水の日」。国連は加盟国に対して、この日に各国で活動を企画するよう薦めており、水の危機に対応し、水と飲料水の確保や水資源の持続可能な開発に関連する取り組みを行う国連機関も様々な企画を催している。

青いTシャツを着る、青いネクタイを身に着ける、青いネイルをする、青いスニーカーを履く、青い花を飾るなど、青いアイテムを身につけることによってより多くの人に世界の水の問題に関心を持ってもらうキャンペーン「Blue4Water」が行われる。
青い空の絵を描いたり、家を青のイルミネーションで飾ったり・・・。また、#Blue4Water のハッシュタグを付けて、表現した青いものの写真をSNSに投稿する、周りの人に、3月22日が「世界水の日」であることを伝えるなど、できることは色々ある。

豆苗を久しぶりに買った。昨年夏のりんりんのリボべジの自由研究を思い出し、豆から3cmほどのところでカットして水を入れたガラス皿にセット。
次から次へと芽が出てくる。食卓に置いて、食事のときにスープにちぎって入れたり、パンに載せるなどして重宝している。

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窓から2mほど離れた食卓だが、茎の先が窓の方に傾いていた豆苗、夜や雨の日には真っすぐに戻っていた。
光を感じるのだ。屈光性運動は生長運動の一種で、光の受容には葉身、葉柄ともに働くという。

1パック100円前後と実にリーズナブルな豆苗だが、その栄養価はすばらしい。緑黄色野菜に分類されるほどβカロテンを多く含み、そのほかにもビタミンK、葉酸、ビタミンCが豊富に含まれている。クセがないため料理に取り入れやすく、炒め物、お浸し、汁物、鍋物などさまざまな料理に使うことができる野菜。

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             3.18    8:00

豆苗の再生栽培は2回までがオススメだとか。豆苗は豆の栄養で育つので、栽培を繰り返すたびに豆の栄養が少なくなり、おいしくなくなるとか。そろそろ豆苗を買ってこなくては。
植物など

蹲にも春

2020年03月21日
世の中はコロナ関連の暗いニュースがつづくが、冬ごもりならぬ「春ごもり」 を余儀なくされているが、庭はすっかり春。
紅梅の花びらが散り落ちた水を飲むのは猫たちだけではない、ヒヨドリも水浴びをしたり、すっかり実になった梅の枝で羽繕いをしたり、春を謳歌しているようにみえる。

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               クク
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わが庭の猫がククだけになってから茶色や黒の大きな雄猫がやってくるようになった。

3月初め、ごんさんがポチャンといいう音が聞こえたという。庭に冬眠していたガマガエルが毎年、産卵場所に決めている蹲に下見に来たらしい。オスかメスかどちらか、わからなかったようだが。ちなみにオスの方が小さい。
鳴くのはオス、メスは鳴き声によって、カエルの種類を見分けるという。
     
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数日後、蹲に卵があった。昨年はとくに遅かったせいか、オタマジャクシにならずに溶けてしまった。
そんなこともあり、毎年、いこい公園の流れに持っていきたいところだが、生態系を壊すからよくないらしい。
旧宅時代、池に毎年産卵していたが、池がなくなってからはいつの間にか蹲を選んだようだ。(のんびり屋のカエルたち

「春を感じて、せっかく産んだのにかわいそうですが、仕方ないですね~」とKさん。「立派な卵です。もったいない。オタマジャクシもカエルも大好き。生態系と言っても、日本の生き物だから大丈夫じゃない?ダメなのかやっぱり」「孵るといいなぁ!」とFさん。
「池がなくなって32年、まさかそのころのペアではないでしょうが・・・」と書いたのだが、Fさんの「わからないわよ。銀婚式も過ぎて、金婚式を目指しているかも」に勇気づけられた。

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まずはオタマジャクシになるように最適の環境をつくることにして、一部を水槽に移した。
「春爛漫 カエルの自由研究、宜しく!」といわれ、必ず通る玄関に置いて観察することにした。
動物など

春の庭

2020年03月20日
今日は24節気の1つ「春分」。そして上野動物園開園日。恐らくいろいろなイベントが予定されていたと思うが、今年の上野動物園は新型コロナウィルスの影響で休園がつづいている。

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七十二候は「雀始巣」。スズメが巣を構え始めるころ。ツバメの巣はよく見るが、スズメの巣は100m四方に数個と多いらしいが、まだ見たことがない。 
木に巣を作らないスズメは、屋根瓦の隙間、屋根と壁の隙間、道路標識のポールに空いた穴などの人工構造物の隙間。そのため、巣そのものは見えないが、それらの隙間に餌をもって入っていく親鳥の姿やその隙間から聞こえる雛の声で、巣があるとわかるという。

日本では、700種ほどの鳥が記録されている。このうち、ほとんどの鳥は、山や草原などの自然豊かな環境にいる。町の中にいるのは、スズメをはじめとした10~20種ほどだという。

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最近庭で最も多くみられる鳥は、何と言ってもヒヨドリキジバトスズメもよくやって来る。椿の蜜を吸っていたり、実がつき始めた紅梅の枝で羽繕いをしたりするのはシジュウカラメジロ

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動物など

そして茶道具・・・

2020年03月19日
細々と続けている断捨離。今年になって始めた祖父母の遺したものについてはある程度目処がついた。
母の茶道具は、ホーム入所した7年ほど前から、とくに思い入れのある茶碗や建水、紹鴎棚や屏風などをのぞき、友人知人に引き取られていった。さらにホームにも運び、母は行事の度にお茶を点てていた。

ご家族で茶道教授をされているKさんには稽古用、お茶事用の道具を詰めた2個の衣裳箱、着物や帯を入れた大きい衣裳箱3個、釜や屏風、毛氈、『茶道』全集など、大きな車のトランクと座席に積めるだけ積んだ。積み込み終わったのは6時を過ぎていたのを覚えている。(断捨離再び

昨年末、Oさんのご紹介で埼玉に教室を持つ方に平水差などをボール箱に入れて宅配で。

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残るは紹鴎棚や竹台子、旅箪笥など、さらに大きなもの。何気なく尋ねたところ、Oさんの知り合いのお茶の先生を紹介された。今度は都内、お弟子さんが教室を開くのでと、車でとりに見えることになった。

紹鴎棚(じょうおうだな)は、檜材の春慶塗で、地板の上に白の鳥の子張りで引違いの小襖の嵌った高さ六寸一分の地袋が付き、その上に四本柱が立ち天板がのった、武野紹鴎好みの炉用の大棚。

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籠はいくつかあったが、この宗全籠はススキや秋海棠など秋草を生けたり、どしっとしていて好きな籠だったが、押入れの奥に仕舞ったままだった。

籠花入は特殊な例外を除き、風炉(5~10月)に用いる「草」の花入で、風炉の季節に限るようになったのは明治時代初めから。大きく唐物籠と和物籠に分けられる。
唐物籠は「真」で、細かく削った籐が素材で、精巧な編み方をされた花入れで、室町時代から存在する。
中でも胴に丸みがあり、口が大きく外に開いて、持ち手が高く作られている「牡丹籠」が代表的。

一方、「行」の和物籠は、利休の茶道が完成する頃に登場。竹が主で、隙だらけの反面、親しみやすさが漂う。
鉈(なた)を収める鞘を模した鉈籠は、利休が鞘を花入れに見立てたのが始まりとされている。

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宗全籠(そうぜんかご)は、江戸前期の茶人久田宗全好みの置籠花入。宗全は茶道具にも工夫をみせ、裏千家四代仙叟宗室の依頼により作った置籠に、創意で手を付けたものという。
女竹を用い、底が長四角で、口は丸く編み上げ、底と四方に細い女竹を当てて藤蔓で粗く結び、口縁は真竹を廻して藤で止め、丸篠を二本合わせた手がついている。

紹鴎棚や宗全籠、風炉先屏風、茶掛けなどのほか、茶道関係の本、とりあえずすべて持ち帰っていただいた。十数年ぶりに肩の荷を下ろすことができた。
身近な人びと

多摩川土手を歩く Ⅱ

2020年03月18日
Oさんと待ち合わせて多摩川土手を歩いた午後、菜の花が満開の花壇からスタートした。(多摩川土手を歩く Ⅰ) 

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         武蔵小杉の高層ビル群  

昨年の台風19号の爪痕はまだまだ残っているが、そんな中、柳はわずかに芽を吹きはじめていた。

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この日はまだ桜は蕾。だが、新型コロナウィルスの影響で休校になった子どもたちやテレワーク中だろうか、お父さんたちの姿も目立った。 
旅・散策・イベント

多摩川土手を歩く Ⅰ

2020年03月17日
多摩川ガス橋付近緑地付近には、約120本の桜の樹が植えられていて、毎年多くの花見客で賑わう。
だが、今年は新型コロナ流行の影響が大きい。大田区民プラザで行われる「第9回 二十一世紀桜まつり」は中止が発表された。

Oさんからのお誘いがあり、土手の散歩にお付き合いすることにした。土手沿いの高層マンションに住む彼女と待ち合わせたのは二十一世紀桜の並木の中程の土手。花壇には菜の花のほかにアネモネ、ルピナスなど春の花々が植えられていた。
 
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上流の方に歩いていくと、うっすらピンク色の桜と薄紫のハマダイコンが春の訪れを感じさせてくれた。

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       東京高校付近  2020.3.12

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                   14:00
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                   14:35

ボール遊びなどで興じる子どもたち、シートを広げてまだ蕾の桜の木の下で走り回る子どもたちを見守る人も。
段ボールで斜面を滑り降りたりする子たちからも歓声がきこえてきた。
土手を歩いていると、ランニングする人や自転車とすれ違ったり、追い抜かれたり、桜の咲いていない土手には珍しい光景だった。

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              猫たちも
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          甘草を採る人       

土手の斜面では、土筆を採っている男性や甘草を採っているという2人の女性。
Oさんは、ご主人が採ってくるハマダイコンでおひたしにするという。
   
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ガス橋の手前でUターン、最初に歩き始めたところで分かれた。
久しぶりに多摩川を歩き、子どもたち同様、リフレッシュできた。わが家ももう少し多摩川に近いといいのだが。

学校へ行かれず、家に閉じこもっているは難しい。土手にも公園にも自転車がとめられ、いつになく子どもたち、中高生たちの歓声がきこえていた。

この日はまだ蕾だった桜。OさんからのLINEによると、翌日3輪ほど咲いたという。毎日の散歩が楽しみだという。
靖国神社の桜が5輪開き、開花宣言されたのは14日だった。冬のような寒さに震えたことだろう。
旅・散策・イベント

鼈甲に 珊瑚に

2020年03月16日
終活でもある断捨離、祖父母のものと母のものと同時進行。わが画関係のものはなかなか手をつけられないでいる。
ほとんど和服で過ごしていた祖母のものには、ビーズバッグ、鼈甲の櫛やコンパクト、珊瑚の帯留などがあった。

ビーズのバッグは3つとも使っていただけることになった。(昭和のビーズバッグ
だが、鰐皮のバッグや鼈甲の櫛などはどうしたものか。

鼈甲は、熱帯に棲むウミガメの一種・タイマイの甲羅の加工品で、背と腹の甲を構成する最外層の角質からなる鱗板を10枚程度に剥がして得られる。色は半透明で、赤みを帯びた黄色に濃褐色の斑点がある。黄色の部分が多いほど高価。

古くは正倉院にも収められているほか、職人の技術が向上した江戸時代には眼鏡のフレーム(徳川家康の眼鏡が有名)、櫛、かんざし、帯留、ブローチ、ボタンなどに加工されて普及した。
現代ではこうした装飾品の多くはプラスチック素材に変わったが、昔ながらの「鼈甲柄」を模していることが多い。
(Wikipedia)

加工し易いので工芸品や装飾品の材料として重用されてきた。希少価値のほか、プラスチックとは異なる軽い質感を求めて鼈甲製品を購入する客層は厚いとか。

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鼈甲の櫛が入っていた桐箱に書かれた「銀座すみや」は、現在は銀座5丁目にあるが、以前は七丁目の表通り、資生堂と並んであったようだ。
日本政府は絶滅の恐れのある野生動植物の種の国際取引に関する「ワシントン条約」を批准。以来、タイマイ(鼈甲)の商業取引は原則禁止されているが、鼈甲製品の国内販売や使用に問題はないという。
 
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祖父の象嵌や鼈甲のほか、珊瑚のタイピンや帯留もあった。

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珊瑚は、刺胞動物門に属する動物のうち、固い骨格を発達させるもの。宝石になるものや、珊瑚礁を形成するものなどがある。
生息海域が限られ、成長が遅いにもかかわらず現代において宝飾品需要が高まっているため、資源保護が課題となっている。
密輸や乱獲が大きな問題となっている中国の申し入れにより、アカサンゴ、モモイロサンゴ、シロサンゴ、ミッドサンゴの4種が「ワシントン条約」附属書Ⅲ類に掲載された。
(Wikipedia)

宝石珊瑚の多くは太陽の光が届かない深く冷たい海の底でひっそりと生息して、ゆっくりと成長して行く。その骨格はとても硬く磨くと美しい光沢を放ち、太古の時代から洋の東西を問わず宝飾品として愛されてきた。
ポリプ内に共生する褐虫藻といわれる藻類の働きにより、動物でありながら植物と同じように二酸化炭素を吸収し、酸素をつくりだす働きをしている。

珊瑚は、海を浄化する働きや天然の防波堤としての役割、他の生物への影響など、海中だけではなく地球にとって大変大きな役割を果たしているが、生活排水による水質の汚染をはじめ、埋め立て、ゴミの放棄、釣りによる被害など、海の中にも目を向けなくてはならないといわれている。

和服姿の祖母しか覚えていないが、当時身につけていた鼈甲や珊瑚など
身近な人びと

菜の花の咲く

2020年03月15日
今日は啓蟄の末候「菜虫化蝶」。菜虫が蝶になり、飛び交い始める頃。菜の花が咲いて、蝶が舞い始めるといよいよ本格的な春の到来。

菜虫とは、大根や蕪などの葉を食べる青虫のことで、一般的にはモンシロチョウなど蝶の幼虫などを指す。

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        畑に咲いた菜の花    2.21

菜の花はアブラナ科のアブラナ科の黄色い花の通称総称。セイヨウアブラナ、セイヨウカラシナの花
花蕾とか茎葉を野菜として扱う時は「菜花(なばな)」。アブラナ科の食用に改良された野菜の品種。

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                      3.10

河川敷や原っぱ、線路脇などで野生の菜の花が広がる。今年は2月末から咲き始めた。
多摩川線沿いにある「矢口渡頓兵衛地蔵」の横に椋の大木がある。その下に毎年菜の花が咲く。

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Oさんに誘われて多摩川土手を歩いた。桜はまだ蕾だったが、ハマダイコン、菜の花、花壇にはアネモネ、パンジーなどが咲き誇っていた。

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    菜の花越に武蔵小杉のビル群  3.12
植物など

LINEで ほっこり

2020年03月14日
3月になってますますコロナ関連のニュースばかり。学校に行かれない子どもたちも親たちも大変だが、高齢者もそれなりにまいっている。

小1のじゅんじゅんは学童保育に行かれたので、助かっているが、4年生の子を持つOさんからは「・・・私はゲームの音に耐えられず、1人で散歩に出ています。夫もテレワーク中で、ストレス満載です」と。

桂花会の皆はそれぞれに工夫して毎日を過ごしているようだ。
Sさんは、ご主人とマスクを探して中国の友人に送った・・・といっていたのは2月はじめだったか、その後、とくに企画準備していたお茶会も中止になった落胆ぶりは相当なものだった。
それでも3月に入ると「この1週間、ほとんど人気のない海、山を歩いています」と。

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         3.8  長野富士見町 bySさん

そして、長野県富士見町のスキー場へ。「心配でマスク10枚、消毒液などいろいろ持っていきましたが、電車は1車両に3人」、2日間の宿泊客はSさん夫妻のみだったとか。
写真をみると、貸切状態のレストランとゲレンデにポツポツと人の姿。

洋裁、料理・・主婦の鏡のようなSさんは、コーラスもフルートもお休み。洋裁したり、ラジオ聞き逃しサービスで朗読やカルチャー講座を聴いているそうだ。「お気に入りは『科学と人間 虫たちの不思議』」昆虫学者小松貴に惚れ込んでいます」

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       3.11  bySさん

4月に披露宴に出席する予定の孫娘Aちゃんのためにワンピースや可愛いマスクをつくったそうだ。「行き場を失った夫と、とりあえず元気にしてまぁす」とのこと。

4月初めに桂花会が予定されている。それまでにコロナは少し落ち着いていれくれるだろうか。
旅・散策・イベント

LINEで ガッカリ ほっこり

2020年03月13日
現在、親戚以外にいくつかのLINEグループがあるが、中でも区内の女性グループはときに「地域情報誌」の役割も担っているようだ。
今までは新規開店の情報や梅の便りだったが、区関係のイベントなどの中止が決まったあたりから、一気にマスクやトイレットペーパー情報になっていった。
「コロナウィルス予防にお湯やお茶を飲むといい」などSNSで拡散し始めたデマに気を付けましょう!とSさんからくれば、Kさんからは「手洗いの時間・回数による効果」の表など。

そんな中、池上梅園に散歩に行ったと、満開になった梅の写真にほっとしていたが、それもつかの間、「イオンで除菌ウェットティッシュが完売、トイレットペーパーは品薄」というのが来たのは26日だった。

桂花会のFさんからは友人がみたという買い占めの写真がきた。

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     2.26   コストコで

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     2.27    ココカラファイン  byUさん 
   
3月、骨粗鬆症の薬(3ヶ月分)のためにあざみ野の整形外科へ。下りとはいえ田園都市線の空いていたこと。だが、整形外科はいつもよりわずかに空いている程度だった。

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     3.3    田園都市線車内
    
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      3.6   

別のグループのFさんは、1人暮らしの方用にお弁当作りのボランティアをつづけられている。「やりがいがありますが、とても疲れました」と。
「今日はボッチャをしてきました。身体も頭も少しだけ軽くなりつつ  ~あくまでもですよ」という元気そうな彼女が目に浮かんだ。

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       3.7

市ヶ尾の「実家に行った帰りに青葉区の農協に野菜を買いに寄りました。トマト、ネギ、ホウレンソウ、芽キャベツ、苺です」というのはKさん。

友の会グループでも、2月20日ごろからは「3月に予定の区関連のイベントや講演会すべて中止」になったことを嘆き、花粉症のFさんを励ましたりしていた。Fさんの所属する4月の横浜名流華道展までも中止決定されたのは3月9日。
送られてきたチケットを眺めてため息をついている。
旅・散策・イベント

早春の黄色

2020年03月12日
黄色い花は、圧倒的に春、しかも早春に咲く花が多い。わが庭でもサンシュユ、トサミズキが咲き始めた。

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     蝋梅ろうばい) 
     開花期:12月~2月

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    満作まんさく)   Uさんのお庭  
    マンサク科  金縷梅  開花期:2月~3月

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     ミモザ(銀葉アカシア) 大田区西嶺町
     オーストラリア原産 アカシア属  開花期:2月~4月

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   山茱萸さんしゅゆ) 
   水木科  原産地 中国と朝鮮半島  別名 春小金花 開花期:3月
   秋にはグミ(茱萸)に似た赤い実がなる

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    土佐水木  マンサク科 土佐近辺に自生 
    開花時期:3~4月
植物など

震災短歌

2020年03月11日
東日本大震災から9年が経った。毎年、このころになると、「あのとき」を振り返るさまざまな番組が特集される。
そんな中、途中からだったが、『三十一文字の思い 震災短歌からたどる「復興」』は(NHK東日本大震災プロジェクト 「明日へつなげよう」)は心に響いた。そしてわずか三十一文字で思いを伝える短歌の力に感動した。

毎年、東日本大震災を詠んだ短歌を募集してきたが、今回はおよそ250の歌が寄せられ、その中で特に多かったのが、「復興」への複雑な思いを詠んだ歌だという。
復興住宅や新しい観光施設ができ、復興が進んでいるが、その一方で、生まれ育った町の風景が一変してしまい、喪失感を抱えている人や、近所づきあいがなくなったことへの寂しさを感じている人もいるという。

気仙沼高校生の歌にもそんな複雑な思いが詠まれている。被災地に知り合いもなく、あのような大津波は経験していないが、わずか三十一文字から震災の恐ろしさと復興への複雑な思いが伝わってきて涙が止まらなかった。

   わが町の 幼き記憶 薄れゆく 復興でなく 上書き保存  気仙沼高校1年 後藤 華沙 
  
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   復興が 進む海町 真っ新で 瓦礫もなければ 面影もなし  気仙沼高校二年 藤村 爽杜
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今年100歳を迎えた岩手県山田町に住む中村さんは長くつづいた仮設住宅暮らしの中でも詠み続けたという。

九十一の われ三度目の 大津波 ながらえて見し この世の無残  

13歳で「昭和三陸地震」を経験し、チリ地震津波(1960)を経験したが、東日本大震災は想像をはるかに超える惨状だった。住んでいた家は土台だけ残して流されたという。

あのとき小学1年生だったりんりんは、高校1年生。震災の記憶は薄れてきている。
じゅんじゅんたち、今の小学1年生は「あのとき」を知らない。 
彼ら高校生たちをはじめとして、こういった震災短歌が、「語り部」として震災の記憶を未来につないでいってくれるだろうと信じたい。
旅・散策・イベント

「桃始笑」

2020年03月10日
今日から「啓蟄」の七十二候は次候。中国では「倉庚鳴」(山里で鴬が鳴き始める)、日本では「桃始笑」(桃の花が咲き始める)。

古代のものがそのまま使われている二十四節気に対し、七十二候の名称は何度も変更されている。日本でも日本の気候風土に合うように何度か改訂され、現在使われているのは「略本暦」(1874)によるもの。

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             桃

桃始笑」の「笑う」というのがとても気に入っている。ちなみに中国では「桃始華」(3/5)。
そういえば、七十二候にはないが、春の季語「山笑う」というのがある。これこそ日本独特の感性かもしれない。

桜はとみると、春分の初候(3/25~)が「桜始開」。桃は「笑う」、桜は「開く」というのが面白い。

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              桜

ほかにも花は「牡丹華」「菖蒲華」(あやめはなさく)「蓮始開」「菊花開」「山茶始開」(つばきはじめてひらく)と、なぜか「笑う」のは桃だけのようだ。

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             牡丹華                  
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            山茶始開

「咲」という字には、もともと笑うという意味があり、「笑」には咲くという意味があったと言われている。
「日中辞典」で「咲(xiao)」は「笑((xiao)」と同じとある。
「大辞泉」でも「笑う」には、「花の蕾が開く・果物が熟して裂ける」。また、「春になって、芽が出たり咲いたりして、明るい様子になる」とあった。これこそが「山笑う」だということを確認した。

毎日窓から見えるケヤキの枝を見ているが、わずかに芽吹きが始まっているようにも見える。まるで微笑んでいるかのような若葉や春の花に彩られた山々、1日でも早く、コロナウィルスのことも忘れて春を満喫したものだ。
植物など

久しぶりの銀座は

2020年03月09日
先週、久しぶりに銀座に出かけた。コロナウィルスが気になり地下鉄を避けてJRを利用して有楽町駅から歩くことにした。
5年ほど前までは桂花会の集まりや趙さんのディナーショーなどよく訪れた銀座だが、新しいビルが次々にできて、街の変わりようにあらためて驚いた。

とりあえず三越方面に向かって歩いた。「春の火災予防運動実施中」、三越の正面入口には消防士のライオン像が。
さすがにマスク姿ではないが、もう1頭は工事中の塀に囲まれてみえない。まさか隔離?ではないだろうが。

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               2020.3.5
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               2018.2.5

外国人観光客は確かに少ないが、松屋通り、みゆき通りと、人通りはさほど少ないようには感じなかった。だが、デパートの中に入ると、客の姿はまばら、手持無沙汰の店員たちが目立っていた。

昨秋の消費増税以降、苦戦が続く業界にとって新型コロナウイルスの感染拡大が追い討ちをかける形となったと言われる。とくに銀座の三越や松屋は消費増税の直撃と異例の暖冬、コロナ禍の「三重苦」に苛まれる状況は今後も続きそうだという。

コロナ騒ぎ前には歩行者天国で賑わっていただろう歩道に掲げられた「Welcome ! 2020 Tokyo」の全銀座会の旗が強風ではためいていた。2020オリンピック・パラリンピック・・・無事に迎えることができるだろうか。

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地下鉄で帰ることにして東銀座まで出たが、歌舞伎座の地下も閑散としていた。観光客の減少がこれほどまでに影響しているのか、正直驚いてしまった。
地下鉄車内は空いていた。ふとみると、ほとんどの人がマスクをしてスマホ中。1年前には見られない光景かもしれない。
昨日の銀座歩行者天国の様子がテレビに映ったが、パラソルだけが目立っていた。
旅・散策・イベント

オジサンの駄洒落

2020年03月08日
一昨年秋から新たに2つの会に参加するようになったが、どちらの会でも男性の口から頻繁にダジャレが飛び出すことがわかった。
友の会の男性3人はもっとも若いK氏が60代後半、O氏もK氏も70代後半から80代だろうか、すいよう会ではO氏、S氏とも70代。

先月、わが家に友の会メンバーが集まった。この日唯一の男性K氏はいつものようにダジャレ連発。
男性のダジャレが話題になったとき、Yさんが見た『チコちゃんに叱られる』で「おじさんギャグは脳のブレーキがきかなくなっているから」と言っていたそうだ。詳しくは覚えていないが、中高年男性に独特の脳の働きだとか。
これだけではよくわからず、翌日、調べてみることにした。

なぜ、中高年になったらおやじギャグが多くなるのかについて、チコちゃんによると、いや、脳科学者茂木健一郎氏によると「脳のブレーキがきかなくなっているから」らしい。

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例えば「お昼ご飯はバナナ」と言われた夫の口から、「そんなバナナ!」というギャグが飛び出すといったもの。バナナときいた瞬間に左脳にある「側頭連合野」が活動。バナナに似た響きの言葉についての検索が開始。すると次々と浮かぶ言葉の中から「バカな」という言葉がピックアップ。「バナナ」と「バカな」から「そんなバナナ」となるのだとか。

ちなみに、オバサンは「バナナ」という言葉をきくと、「バナナを食べたい。買って帰ろうかな」など、主に記憶やイメージをもとに思考する脳の使い方をするためにギャグを思いつきにくいとのこと。
男性が主に言語を司る「左脳」を使うのに対し、女性は「左脳」のほかに記憶やイメージを司る「右脳」も使っているからだという。 
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               2019.9

1つの記憶から他の記憶を思い出すことが「連想記憶」。この能力は年齢を重ねて語彙が増えれば増えるほど高まっていく。30代から伸びていき、50歳ごろピークに達するという。
一方で、彼らの脳の中では別の現象も。理性を司り、感情をコントロールしている前頭葉は、20代で発達のピークを迎えて、50代を境にガクっと働きが弱くなり、70代になると20代の1/4にまで低下。60歳の時点で12歳並みに機能が低下するらしい。

若い男性ならダジャレを思いついてもブレーキをかけられるが、50代あたりからのいわゆる側頭連合野の暴走を前頭葉が抑えられないという脳のメカニズムがおやじギャグの原因とのこと。
60歳を過ぎて盛んにダジャレを言っている男性がいたら、それは脳が非常に若々しいということだという。たしかに彼ら皆、若々しい。スマートでキビキビとした行動は尊敬するが、ダジャレの連発には少々辟易している。

この話をFさんにご報告すると、「K氏たちのダジャレについて行けない! 頭の回転悪いなぁと自己嫌悪になってたけど、そうなんだ--- あなたは思いつく?」。いやいや思いつくどころか、「昨日、玄関を出る時にK氏が発したダジャレすら思い出せず・・・」。
「せめてオジサンたちをギャフンと言わせてスカッとしたいなぁ」「このひと月の間にダジャレのネタ帳つくっておきませんか?」「良い種見つけたら共有しましょう!」などとオバサンたちは約束した。

「紅葉を見に行こうや」・・・今の季節は使えない。「アルミ缶の上にあるみかん」・・・みかんの季節も終わった。結局、オバサンには無理のようだ。
コロナウィルスの影響で3月は博物館関係のイベントや集まりは中止となった。しばらくオジサンたちのダジャレとはお別れ。少し淋しい気もし始めている。
つれづれ

昭和のビーズバッグ

2020年03月07日
今頃になって物置の奥にしまってあった祖父母の遺したものを広げてみてあらためて驚いている。
最初は祖父の昭和8年の「大日本帝國外國旅券」というパスポートだった。(祖父のパスポート

さらに祖母の鼈甲の櫛、コンパクトのほか、ビーズのバッグが3つと鰐皮のバッグが出てきた。ほかにも珊瑚のカフス、珍しい貝のカフス、珊瑚と銅製だろうか唐獅子の帯締、そして別の「防蟲箱」と書かれた金属製の箱にはテンの襟巻と6頭分のテン?をつなげたショールが入っていた。

このうち、ビーズのバッグについては「昭和 ビーズバッグ」で検索すると、吹田市にある国立民族学博物館(みんぱく)では2017年に、特別展「ビーズ―つなぐ・かざる・みせる」が開かれたことがわかった。この時携わったのがビーズ細工などの研究を行う池谷教授だという。昭和に流行ったビーズバッグだが、池谷氏によれば、ビーズバッグが需要の低下や職人の減少により、製品として流通に乗らなくなりつつあるという。

驚いたのは、ビーズの誕生は今から約10万年前のホモ・サピエンスの時代だとか。
なぜ民俗学で扱うのか不思議だったが、池谷氏によると、ビーズでバッグをつくるというのはかなりユニークなもの。アフリカや欧米、アジアでは、古代から服や髪をビーズで飾る文化が根付いているが、本州以西の日本では「古墳時代のあとで一度発展が止まった」という。

日本では1000年以上経て、再度流行した昭和の「ビーズバッグ」。
文化的に価値がある理由のひとつは、長くビーズを装飾として使う文化がなかった日本で、昭和に入り、海外からの輸入品の人気の高まりなどから国産のビーズバッグが一大ブームとなった。
もうひとつは、「線」ではなく「面」の装飾として生まれ、浸透したことだという。アクセサリー、服の刺繍など、ビーズ装飾は初めは線状のものから始まることが多いが、バッグは最初から面を前提としたデザインだ。
    
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             Sさんに

ビーズバッグ、そして刺繍の技巧自体は海外にも古くからあるものだが、花や植物など、海外のものとはタッチが異なる繊細なデザインも多く、日本のビーズバッグは、世界的な文化史から見て独自の進化を遂げていったという。  
  
さらに、母親のバッグを娘が譲り受ける習慣など、日本人はビーズを「人と人をつなげる珠(たま)」とみなしている側面があり、ビーズのバッグは、単なる製品としてではなく、日本人特有の繊細な価値観や美意識を内包した重要な「文化」のひとつとして考えるべきだという。

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             Oさんに

ちなみに、「みんぱく」が世界中から集める収蔵品約34万点のうち、3%程度の約1万点がビーズ関連のものだという。
素材としてのビーズそのものや、技術面よりも、文化的な側面から価値があるとされている。
それほどの価値があるのなら「みんぱく」に寄贈しようと思っていた矢先、わが家にみえたS学芸員が集めていることを知った。なるほど、彼女は考古の中でも黒曜石、翡翠、瑪瑙などの「珠」に造詣が深い。ということで、彼女に2つ、さら1つは翌々日わが家にみえたOさんに差し上げた。

祖母から母へそして、私の代わりにSさんやOさんのお嬢さん、お孫さんにつながっていくだろう。
身近な人びと

きいておきたかった・・・

2020年03月06日
コロナ騒ぎの中、男性1人を含む友の会の5人がわが家に集まり楽しい時間を過ごした。母の初節句のときの雛人形のほか、祖父母の遺したものを見ていただくためでもあった。昨年、家が近いということでお誘いした麦わら細工の会で親しくなったYさんも。

父がいただいたと思われる翡翠が入った石と祖父が遺した土器2点とを博物館に受け取っていただけたことでまずはほっとした。
この須恵器風の土器について、学芸員のSさんは朝鮮半島から来たものだろうというが、コロナ騒ぎが収束して博物館の友の会の集まりが再開されるころには詳しいことがわかっているだろうと思う。(土器いろいろ

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旧宅の床の間や書院に飾ってあった置物で残っていたものは多いが、今までまったく関心がなく、小学1年の時に亡くなった祖父はともかく、祖母にきいていなかったことを後悔している。

お宅がちょっとした博物館のようだと言われているK氏には、端渓の硯や円形の硯など3点差し上げた。残念なことに細かいヒビがあるが、蓋や側面には螺鈿象嵌が施されている2段式の硯箱は珍しいとのこと。
ほかにも旧宅の書院に飾られていた翁の置物も。  

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         旧宅

何はともあれ祖母や母ともっと話をしていたら・・・と今頃になって思っても遅いのだが。
身近な人びと

「蟄虫啓戸」 

2020年03月05日
今日は24節気の1つ「啓蟄」。72候の初候は「蟄虫啓戸」。大地が温かくなり、冬ごもりから目覚めた虫が穴を開いて顔を出す頃。「啓」はひらく、「蟄」は土の中にとじこもっていた虫だけでなく、蛙や蛇なども表す。
また、冬の間は鳴らなかった雷が鳴り始めることもあり、この初雷を「蟄雷(ちつらいともいう。

啓蟄に「菰(こも)はずし」を行うところもある。菰の中で越冬した害虫を駆除するという江戸時代から伝わる風物詩だが、実はマツカレハの幼虫などの害虫より害虫の天敵となる益虫のクモなどが多くいて、害虫駆除としては逆効果であるということがわかってきた。外した菰は、益虫たちを逃がしてから処分するようにしたり、菰巻きを中止したりするところも増えてきた。

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         品川公園  

先月、すいよう会で訪れた池上梅園では池周辺では、菰に巻かれた松がみられた。ほかに雪つりも雪囲いもつくられていたが、今年は冬の風物詩でしかなかったようだ。
   
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          池上梅園       

旧宅時代は庭で蛇をみたこともあったが、さすがにこのごろはみかけない。ここ数年、冬眠しているガマガエルが蹲に産卵するようになった。先月は一度だけ蹲の中にカエルをみた。下見にきたのだろうか。

土の中から顔を出すのは虫ばかりではない。土筆(つくし)が顔を出し、ゼンマイなどの山菜も採れ始める頃。独特の苦味がありますが、実は、春の山菜の苦味やえぐみが、冬の間に縮こまっていたからだに刺激を与えて、身体を目覚めさせてくれるという。
若いときには目もくれなかった山菜だが、土筆や蕗の薹などを見つけると嬉しくなる。今年は庭の蕗で蕗味噌をつくった。

そろそろ店先にも蕗の薹や菜の花などが出回る頃、また、蕗味噌をつくってみたいとおもっている。(フキノトウ味噌
旅・散策・イベント

宗観好みの茶器 三月

2020年03月04日
「桜田門外の変」で大老井伊直弼が暗殺されたのは、安政7年3月3日(1860年3月24日)。季節外れの雪だった。
井伊直弼という人物が、国学、古学、兵学、居合、茶道、和歌などにもすぐれた才能を発揮したということ、石州流の茶の湯をよくし、「12ヶ月棗」などの好み道具のほか、『茶湯一会集』『茶湯をりをり草』などの著書もあることを知ったのはつい最近のこと。

『井伊宗観好十二月茶器研究』(大崎善之 著)という本に目が留まり、この本が以前、絵や中国茶の集まりのときに飾っていた月ごとの大棗、中棗、面中次、薬器、雪吹、割蓋など12種類の茶器は「月ごとの棗」に関する解説の本だということに気づいた。
宗観つまり井伊直弼は近世の大茶人、石州流を学びながら『南方録』を研究し、自ら有名な『茶湯一会集』を著し、「一期一会」「独座観念」を茶の湯の根本精神とした。

この十二月茶器を復元、研究した「井伊宗観好十二月茶器研究会」によると、この宗観が、きわめて周到緻密な配慮をもって自ら意匠し、京都の名工八代中村宗哲に作らせた、いわゆる「井伊宗観好十二月茶器」は長い間歴史の闇に埋もれたまま世の人々の目にふれることなく、初めて公表されたのは、つい戦後のことだったという。

この研究会により ①形、寸法、塗、蒔絵までの茶器の復元 ②茶器の本歌が、『小倉百人一首』の選者として名高い藤原定家の『詠花鳥倭歌』24首であり、図案の参考にしたのは、和歌書『鴫の羽掻』所収の十二ヶ月花鳥図 ③井伊宗観が本歌をもとにし、十二月十二個の棗の、それぞれの形、塗等にほどこした細密な意図と、その対応関係の推理、解明がされたという。

三月   桜に雉
      朱塗  薬器  高さ6.4cm 径8.0cm

旧暦三月は桜のさかり。金蒔絵の花びらが真朱の薬器のこんもりと高い甲に散り、胴に舞っている。
弥生(いやおい―草木がいよいよ生いる)三月、あでやかな緋朱のなかに心が躍るようであり、また朱の色に雛の節句の緋毛氈を思い浮かべる。
     
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本歌 (二月茶器の本歌は三月 藤と雲雀)
   二月  桜   かざし折る道ゆき人の袂まで桜ににほふ二月のそら 
   二月  雉   狩人の霞にたどる春の日を妻とふきじの声に立らむ 

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      桜に雉   p66
   
本は非売品で茶器12種とセット。これらは断捨離の候補から外した。
ほそぼそとつづけている「断捨離」。父の書籍の整理も大仕事だったが、当時はまだ少しは若かったからさほど苦にならなかった。母の残した茶道具、茶道関係や俳句関係の整理は思った以上に進まなかった。かつて茶道を習ったこともあり、母が長年つづけてきた稽古を裏で手伝ってきたこともあり、思い入れのある茶道具も多かった。
身近な人びと

桃の節句

2020年03月03日
母の初節句の94年前の雛人形は、旧宅解体とともに鉄骨の雛壇も処分したため、内裏雛と三人官女だけを飾った年もあった。
4年前から今年も和ダンスと抽斗を利用して雛壇をこしらえ、すべての人形と道具を飾るようになった。
嫁入り先が決まったことで、わが家では今年が見納めになるかもしれない。

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大森の東邦大学医療センターに月1度通院するようになって3回目の春を迎える。ロビーに飾られた京雛に出会うのも今年で3回目。祖母、母が頑固に守ってきた「男雛が向かって右側」という京都風の飾り方であることが嬉しい。

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         東邦医大 *Cklick!
  
I さんのところにも95年前の雛人形があるそうだ。義母さん初節句のものだとか。彼女自身は掌サイズの小さな雛人形を集めているとか。

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      I さんの小さな雛人形  *Click! 

Fさんはお得意のクロスステッチで。

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      Fさんのお雛様  *Click! 

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娘が誕生したときの木目込人形。なかなかいいお顔をしている。五人囃子などは出さないようだが、息子2人の家でも毎年飾っている。 
わが人形はなく、母が生れたときの90年余年前の雛人形を飾る。今もこれからも母の雛人形だと思っている。
身近な人びと

画仙紙で

2020年03月02日
考古に興味がわき始めて大田区の郷土博物館の友の会に顔を出すようになって1年余りになる。昨年の3月で日本画の教室はやめてからはほぼ毎回友の会に参加して土器片の整理をするようになった。

土器片の拓本が載った資料と目の前の土器片とを照合させるのが主な作業だが、少しずつだが、拓本の見方がわかってきたように思う。ベテランのK氏やO氏は実際に拓本を取ったこともあるというだけあって、土器片のちょっとした特徴を捉えて「ありました!」と見つける確率は高い。もちろん、一致せずにそのまま袋に戻す場合もあるが。

品川歴史館の企画展示『品川区の縄文時代』でもっとも印象に残ったのは「土器片の拓本の取り方」だった。(品川区の縄文時代

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    池田山北遺跡p62掲載の実測図 *Click!

話には聞いていたが、輪郭線を写しとるのに用いる「マコ」という道具を初めてみて感動を覚えた。
マコには細い竹ひごがついていて、土器の表面に押し当てて、型取った竹刃を鉛筆でなぞることで土器の形状を写し取ることができる。竹刃は1枚0.5mm程度の薄さで柔らかく、自然の竹素材特有のしなりがあり、土器を必要以上に傷つけずに実測することができるという優れもの。

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             マコ  

日本画でお馴染みの画仙紙を用いることがわかった。押入れに入れっぱなしの画仙紙で何か拓本をとって見たくなった。

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  水で湿らせて密着←画仙紙で土器片を包む

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   タンポで画仙紙の上から墨を付ける←タンポに墨を付ける
芸術・文化・考古
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